噺の話

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 3月26日に、NHK FMの「日曜喫茶室」が終了した。
 録音していた内容を、昨日と今日の通勤時間に聴き、なんとも言えない虚脱感に襲われている。

 はかま満緒さんが亡くなったとはいえ、40年に渡る豊富なライブラリーから選ばれた過去の放送を楽しんでいたのだ。

 最終回、藤本義一さんが語る川島雄三の思い出や、昨年亡くなった江戸家猫八(出演時は小猫)と三宮麻由子さんの鳥の声に関する対談は、実に結構だった。

 まだまだ、聴いていない貴重な音源の宝庫だろうと思うと、終了が寂しくて・・・・・・。

 また、高田文夫の本を読んでいたので、はかま満緒さんや高田文夫という、「笑芸」に関する“目利き”“語り部”“作者”の存在の大きさにも思いが至った。

 “笑芸”作家として、かたやあの林家三平を、かたやビートたけしを支えてきたことや、ラジオで人気長寿番組を持っていたことも、共通する。


 さて、いつものように、私の読書は芋づる式。

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 高田文夫の「誰も書けなかった『笑芸論』」を読んで、彼が編集した『江戸前で笑いたい』を読み返していた。


 この本については、ブログを初めて間もなくの2008年9月に記事を書いた。
2008年9月6日のブログ

 目次をご紹介。
 ご覧のように、第一部と第二部が落語、第三部では他の“笑芸”をテーマにしている。
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第一部 やっぱし落語だ!
    口上・・・・・・高田文夫
  笑いと二人旅(前編)・・・・・・・・・・高田文夫
  現代ライバル論(1) 志ん朝と談志・・・・・・・・・・・・・・山藤章二
  現代ライバル論(2) 志ん生と文楽・・・・・・・・・・・・・・玉置 宏
  現代ライバル論(3) 高田文夫と藤志楼・・・・・・・・・・・・森田芳光
  小朝、志の輔とそれに続く若手たち・・・・・・・・・・・・・吉川 潮
  変貌する落語−今こそ、新作落語に注目!・・・・・・・・・・渡辺敏正
  談志論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・立川志らく
第二部 中入り
   中入り・・・・・・高田文夫
  志ん生と江戸の笑い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鴨下信一/高田文夫
  みんな落語が好き・・・・・・・・・・・・篠山紀信/春風亭昇太/高田文夫
  名人に二代なし?・・・東貴博/三波伸一/柳家花緑(司会・高田文夫)
  浅草芸人寿司屋ばなし・・・・・・・・・・・・・内田榮一(聞き手・高田文夫)

第三部 東京の喜劇人
    口上・・・・・・高田文夫
  東京喜劇人列伝1  三木のり平・・・・・・・・・・・・・・永 六輔
  東京喜劇人列伝2  三木のり平・・・・・・・・・・・・・・小野田勇
  東京喜劇人列伝3  由利 徹・・・・・・・・・・・・・・・高平哲郎
  東京喜劇人列伝4  渥美 清・・・・・・・・・・・・・・・長部日出雄
  東京喜劇人列伝5  渥美 清・・・・・・・・・・・・・・・高田文夫
  東京喜劇人列伝6  クレージーキャッツ・・・・・・・・・・岸野雄一
  東京喜劇人列伝7  萩本欽一・・・・・・・・・・・・・・・ラサール石井
  東京喜劇人列伝8  ビートたけし・・・・・・・・・・・・・井上まさよし
  東京喜劇人列伝9  イッセー尾形・・・・・・・・・・・・・中野 翠
  東京喜劇人列伝10 伊東四朗・・・・・・・・・・・・・・・西条 昇
  気分はいつもハードボイルド・・・・・・・・・・・・・・・・内藤 陳
  東京の若手お笑い人 自分好みの芸人になること・・・・・・・水道橋博士
  映画に見る東京ブラック喜劇(ユーモア)人事典・・・・・・・・・快楽亭ブラック
  江戸前的? コミック・ソング・・・・・・・・・・・・・・・大瀧詠一

  笑いと二人旅(後編)・・・・・・・・・・高田文夫
  東京芸人ギャグ・フレーズ年表・・・・・・・・・・・・・・・西条 昇

  編者あとがき
  文庫版のためのあとがき

  解説  笑芸人
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 単行本は1997年1月に筑摩書房で発行され、この中公文庫発行は2001年9月。

 書き下ろし、語り下ろしもあるが、『東京人』などに初出の内容の再録が中心の本。

 なかなか、高田文夫の編集のセンスの良さが見受けられる、落語好き、お笑い好きには実に楽しい本だ。

 読み返してみて、落語家や芸人さんへの懐かしさと、最初にこの本を読んだ時の懐かしさの二重のノスタルジーに浸ってしまった。

 「中入り」で高田文夫は、こう書いている。

まずは私が尊敬してやまないTBSの演出家、“芸”の事を話したらこの人の右に出る人は三人も居るという、あの鴨下信一氏です。
 下町育ちの歯切れのよさを堪能してください。 
 東京人の先輩と後輩が共通して愛する人、志ん生とビートたけしについてじっくり語り合いました。
 この日、呑み屋を三軒ハシゴしたのは言うまでもありません。

 さて、その呑み屋のハシゴの成果(?)を少しご紹介。

鴨下 TBSには出口(一雄)さんという人がいて、ひじょうに落語に力を入れていた。高田さんなんかは、林家三平からはいった世代ですか。
高田 そうですね。ぼくは若き日の三平、立川談志を追いかけまわして、次第に円生に近づき、ありがたいことに志ん生と文楽の生前に間に合いました。でも、やっぱりライブの楽しさは三平さんですね。あの魅力は客席で観ていると、もう最高。だから、志ん生、三平のいいとろこが、みんなたけしさんに入ってますよね。
鴨下 たけしさんのギャグというのは意外に古典的なんですよね。
高田 そう、彼は落語が好きで、ヒマさえあればよく落語のテープを聞いてますよ。
鴨下 彼のギャグのネタそのものは新しいけど、言い回しはクラシックですね。それは志ん生にそっくりです。
 ぼくは放送局(TBS)に入った時、客席の中継なんかをずっとやっていたんです。その時、月の家円鏡(現・円蔵)が、やらなきゃいいのに『四段目』をやったんです(笑)。ぼく黒門町から教わったのかと思ったら、円鏡さんのはちょっと違う、いったいどうしたのと聞いたら、志ん生さんから聞いた噺だと言うんです。へえーと思った、落語家というのは割合自由で、師匠からの噺だけをやらなくてもいいんだね。
高田 そうです。出稽古といって、よそに行って、そこで教われば自分のものにしていいんです。勝手に盗んじゃいけませんが。
鴨下 芝居好きの小僧がお仕置きで土蔵に閉じ込められる、腹へった、腹へったと、円鏡さんはそこがとっても上手なんですよ。それは志ん生師匠からの写しで、「他のことはどうでもいい、腹へったことだけやれ」と言われたらしい。
高田 なるほど、テーマだけなんですね。この噺は飢えなんだと。
鴨下 後々いろいろと聞くと、みんなそういう教え方なんですね。例えば『時そば』なら蕎麦の食い方とか細かい仕種なんかどうでもいい、騙しなさいと教える。そっちのテーマさえしっかりしてればいい。
高田 ずばっと本質を摑まえれば、あとはどうでもいいんだと。

 再読して、こんな対談があったんだ、なんて驚いていた。

 その円蔵も旅立った。志ん生仕込みの『四段目』、聴きたかったなぁ。

 鴨下さんは昭和10年生まれでご健在。
 あの「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」などの名ドラマを演出した人だ。

 「日曜喫茶室」の過去のデータを見ると、何度か出演されているんだよねぇ。
 はかま満緒さんの絶妙な進行で、鴨下さんがどんなことを語っていたか、気になるなぁ。


 本書を再読して印象に残ったものについては、今後書くつもり。

 この本の目次を眺めても分かることだが、かつては、噺家にしても、他の“笑芸”にしても、“キラ星のごとく”人材が豊富だった。

 そして、それぞれの芸人について語っている人の名も、錚々たるものだ。
 芸の良さ、本質が分かる人も、多かった。

 それに比べて・・・と思う。

 
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by kogotokoubei | 2017-03-29 22:36 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(2)
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佐藤義和『バラエティ番組がなくなる日』

 昨今相次いで終了したつまらない“ネタ見せ番組”や『M-1グランプリ』について何度か書いてきたが、かつて『THE MANZAI』や『らくごin六本木』『オレたちひょうきん族』、『笑っていいとも』などのディレクターやプロデューサーとして、新しいお笑い番組の創造に取り組んできた創り手の方が、大いに共鳴できる内容の本を書いてくれた。サブタイトルには、“カリスマプロデューサーのお笑い「革命」論”、とある。次のような章の構成。

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序章  危機に瀕するバラエティ番組
第1章 バラエティ番組の進化
第2章 お笑い芸人の習性
第3章 バラエティ番組をダメにしたテレビマンたち
第4章 バラエティ番組はどこへ行けばよいのか?
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 著者は佐藤義和さん。フジテレビの制作会社フジポニーを経て1980年にフジテレビに入社。演芸制作担当部長などを歴任され、2005年にフジテレビを退社されて、現在フリープロデューサーという方である。「ひょうきんディレクターズ」5名の一員だった方でもある。「夢で逢えたら」をとっかかりにダウンタウンやウッチャンナンチャンを表舞台に引き上げ、SMAPをバラエティ番組に登場させた方でもあるらしい。

 この本は至るところ「うん、うん」頷ける部分があり、ついつい引き込まれて読んでしまった。たとえば、次のような指摘。

 ネタ見せ番組に、才能を感じさせる新しいコンビなどが出てくると、彼らの将来に期待をしたくなるだろう。しかし彼らが、ひな壇に座って、大きな笑いをとることはない。お笑いタレントそのものには可能性を感じたとしても、新しい笑いを生み出してくれそうな可能性を感じさせるバラエティ番組は皆無である。お笑いタレントたちの才能はまったく生かされていない。(序章)


 「ごもっとも!」、である。この“ひな壇形式”のバラエティについては、次のような制作者達の問題を指摘している。

 たとえば、6人の出演者を選ぶという場合、その人選はひとりひとり入念に行われなければならない。それが10人であっても同じことである。しかし最近のバラエティ番組は、とりあえず、そこそこのレベルのタレントを集めておけばなんとかなるといった安直さが目立つ。その典型例がひな壇形式のバラエティ番組である。(第3章)


 そして、ご自分の経験に基づく鋭い指摘につながる。

 30年前の『THE MANZAI』において演じている漫才師たちを、それ以前に浅草や花月の舞台で見た人がいても、テレビの画面で演じている漫才師と同一人物とは思わなかっただろう。それほどに、『THE MANZAI』は、出演者たちを化けさせることに成功した。私自身が、彼らの変貌ぶりに驚いたのだ。
 だからバラエティ番組において、出演者選びを安直に行うべきではないし、使い捨てにすることを前提にタレントを使うべきではない。ひと目見ただけで、素人でも与えられた役割がわかってしまうような予定調和的なバラエティ番組は、視聴者にばかにされるのがおちである。(第3章)


 現在のバラエティ番組なるものが、“タレントの使い捨て”であり、視聴者に“ひな壇タレント”の役割を見透かされる予定調和の番組であるからこそ、この小言なのだ。

 この本は、主婦の友新書の「なくなる日」シリーズの新刊として最近発行されたばかり。前半は、著者佐藤さんのフジポニー入社のいきさつや、入社後のさまざまな番組づくりにおける苦労話などが時系列的に綴られている。しかし、決して鼻持ちならない自慢話ではなく、フジテレビがフジポニーなどの制作子会社を吸収する際、『THE MANZAI』の成功がなかったらリストラされていただろう、と非エリートでだった自分のことを率直に語っている。ビートたけしや明石家さんま、タモリ達のデビュー当時のエピソードなども興味深く読める。もちろん、著者がディレクター時代に上司だった横澤彪プロデューサーの思い出も語られている。

 『夢で逢いましょう』や『シャボン玉ホリデー』に刺激を受けてテレビ番組制作者の道を目指し、1980年代以降の傑作バラエティ番組をいくつも手がけた佐藤さんが、本書の最終章「バラエティ番組はどこへ行けばよいのか?」で、次のように書いていることが、落語ファンにはうれしいじゃないか。「落語がバラエティ番組を救う」から、中略しても少し長くなるが引用する。

 私は、日本で新しい笑いをつくっていくためには、まず落語の魅力を知る必要があると考え、後輩たちにも常にそのことを伝えてきた。団塊の世代以上の日本人は、多かれ少なかれ落語の洗礼は受けている。子どものころ、テレビではけっこう寄席中継をやっていた。バラエティ番組と比べれば、ずいぶんと地味な雰囲気ではるが、期待もせずに見ていると、思わず引き込まれていく経験をみな何度かはしている。
 しかし、現在、落語は意識をしなければ、なかなか触れるチャンスはない。寄席中継はあるにはあるが、放送時間は、視聴率が期待できない時間帯だからである。
 私は、落語の魅力を多くの人に知ってもらいたい思いで、漫才ブームが渦巻く1981年4月に、『らくごin六本木』という番組を深夜枠で立ち上げた。
 (中 略)
 江戸時代後期から明治時代に、その原型が確立された落語は、世界的に見てトップといえる話芸であり、そのユーモアのレベルはきわめて高いと私は確信している。社会風刺もあり、ニュアンスの機微を描く洗練されたコメディもあり、荒唐無稽ともいえるアバンギャルドな設定の上のナンセンスジョークもある。一切セットのないなかで、たったひとりでさまざまなキャラクターを演じ分ける技能は、他の国のコメディアンにはまねはできない。
 私はここで「みなさん落語を鑑賞しましょう」というつもりはない。ただ、落語的な笑いの世界を軽視しないでほしいといいたい。それが日本人の笑いを堕落から救ってくれると考えるからである。お笑いバラエティが破たんする前に、制作者もお笑い好きの視聴者も、落語に目配せしながら、笑いとは何かを考えてもらえればいいと思う。
 そして、私自身も、これからの創作活動のなかで、落語との付き合い方を模索している。


 この最終章には、落語以外に次のようなキーワードが並ぶ。
  ◇見えていない中高年へのアプローチ
  ◇社会を風刺しなければお笑いではない
  ◇時代劇の可能性
  ◇時代のリズムをつかむ
  ◇ジャーナリズムの視点を取り戻す

 佐藤さんがフジポニー入社時の指導員的な存在でフジテレビ開局に文化放送から参画した元フジテレビプロデューサー常田久仁子さんが昨年11月に亡くなり、先日横澤彪さんも・・・・・・。テレビの作り手の世界に向けて正しい小言を発することのできる人がどんどん少なくなっていく中で、団塊世代の佐藤さんが鳴らす警鐘は貴重だろう。
 佐藤さんが過去に制作者として携った番組や、その番組の出演者が輝いていた頃に興味があり、昨今のバラエティ番組に憤りを感じる方にとっては、結構カタルシス効果の大きい本としてもお奨めします。
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by kogotokoubei | 2011-01-19 15:22 | お笑い・演芸 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛