噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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高田文夫著「誰も書けなかった『笑芸論』」(講談社文庫)

 先に、古今亭志ん朝の部分をつい記事にしたが、この本、初版は2015年の講談社からの単行本。
 私は加筆・修正されて3月15日初版の文庫で、初めて読んだ次第。

 目次を、あらためてご紹介。
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 開口一番
第一章 体験的「笑芸」六十年史
 はじめに
森繁久彌
三木のり平
青島幸男
渥美 清
林家三平
永 六輔
古今亭志ん朝
森田芳光
立川談志
三波伸介
景山民夫
大瀧詠一
坂本 九

番外編 
 脱線トリオ
 ハナ肇とクレージーキャッツ
 コント55号
 ザ・ドリフターズ

第二章 ビートたけし誕生

第三章 自伝的「東京笑芸論」

 秘蔵フォトアルバム
 はみ出しフォトアルバム
 文庫版の為のあとがき
 解説ー高田文夫になれなかった 宮藤官九郎
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 「第三章 自伝的『東京笑芸論』について、「開口一番」で次のように説明されている。

 一冊の本にするには「小説現代」の連載分だけでは物足らず、この度、この“第三章”はなんと2015年の正月休みに一気に書く下ろしました。私の書き下ろしは珍しいです。

 この描き下ろしの第三章、年齢も違えば生まれ育ちも違う私なのだが、妙に同じような少年時代の体験をしていていることが分かり、共感できる部分が多い。

 たとえば、“一日幼稚園体験”。
 ちなみに高田は渋谷で生まれ、五歳で千歳船橋に引っ越している。

 幼稚園へは一日だけ行ったが、いじめられて泣いて帰ってきた姿を見て、母親が、「そんな嫌な奴が居る処へか行く事ァない。幼稚園なんか行かなくたって人生大丈夫だよ」
 そのひと言で呑気に過ごした。我々の世代、幼稚園行ってない人も多かったような気がする。

 実は私も、幼稚園は一日しか行かなかった。
 隣町の幼稚園で、その近くに住むお金持ちの家の子どもが偉そうにして、たとえば、砂場で遊ぼうとしたら、「そこは、俺の場所だ」とかなんとか言って、遊ばせてくれなかった。
 隣町なので、いつも泥だらけで一緒に遊んでいた仲間もいなかった。
 そして、幼稚園には私の時代も、誰もが通っていたわけでもない。
 その日、高田のように泣いて帰ったわけではないが、翌日いったん行く素振りを見せて家を出たものの途中で引き返してきて「行きたくない」と言ったら、「そんなに嫌なら行かなくていい」と母親が許してくれた。
 それ以来、仲の良い近所の友達(悪ガキ?)達ともっぱら遊んだ。
 缶蹴りにタカタカ鬼、S陣取り、チャンバラごっこ、などなど。

 小学校は、そういった顔見知りの友達も周りにいて、行くのが楽しくてしょうがなかったなぁ。

 私にとっても懐かしいテレビ番組の名を発見。
 私の家の前では、いつも「少年ジェット」のロケをやっていて、お昼の休憩に入ると少年ジェットと敵役のブラックデビルが仲良く弁当を食べ、キャッチボールをしているのを見てショックを受けたりもした。
「本当は仲がいいんだ・・・・・・」と小さくつぶやいた。
 ♪行こうぜ シェーンよ
   とりこになっても負けないぞ
 と元気ハツラツな主題歌。オープニングで愛犬シェーンが買物カゴをくわえ買物に行く酒屋は、我が家がひいきにしていた“石井酒店”。

 「少年ジェット」は、よく覚えている。
 近所の仲間と「少年ジェットごっこ」でも遊んだ。
 黄色いマフラーしたジェットが何人もいて、ブラックデビル役がいない。芝居噺の落語のマクラ、勘平ばかり三十六人、のようなものだ。

 テレビの前に釘づけになって観たものだ。

 引用部分を含め、主題歌のこうだった。

 ♪ 勇気だ力だ 誰にも負けないこの意気だ (ヤー)
  黄色いマフラーは 正義のしるし
  その名はジェット 少年ジェット
  進めジェット 少年ジェット (J! E! T!)
  
  行こうぜシェーンよ とりこになっても負けないぞ
  正しく強いこの快男児
  その名はジェット 少年ジェット
  行こうジェット 少年ジェット (J! E! T!)

 懐かしい^^

 そして、野球体験。
 東映フライヤーズに憧れた悪ガキ達は、少年野球チームを作る。
 私も、小学校入学前は、近所の空き地で三角ベース。小学校に入ってからは、二年生でその仲間たちと野球チームをつくって、憎っくき隣町のチームと試合をしたものだ。
 高田少年達のチームには、すごいコーチ(?)がいた。
時々“花形のお兄ちゃん”がバットを持って現れ、我々「少年シャークス」にノックの嵐を浴びせてくれた。
 このお兄ちゃんこそ誰あろう渋谷の安藤組親分・安藤昇の右腕とも呼ばれた花形敬である。

 へぇ、あの花形敬だよ。
 本田靖春さんが『疵』で書いた、花形だ。
 私は隣町の小学校と試合を重ねたが、高田さんの相手は、あのチームだった。

 花形ノックを受けた小学校の高学年、我々は渋谷は松濤の少年野球チーム“ジャニーズ”と対戦。たしか二戦して二敗している。もうあの頃から何をやってもジャニーズには負けていたのである。
 少年野球で対戦した一、二年後、テレビをつけると彼らは歌っていた。
 そう、あおい輝彦やら飯野おさみでおなじみの四人組、元祖ジャニーズである。

 そうなのだ。ジャニーズは、元々少年野球チームの名前。
 
 さて、高田少年は、野球だけではなく、幅広く活躍していた。

 小学校も三年生くらいになると各学期末に学芸会というか、お楽しみ会の様なものが催された。私は気の合う五人程を集め、口立てで演出をし、一週間位前から毎回毎回稽古にはげんだ。私がリーダーでスリッパの様なものを持ち、これでひっぱたくつっ込みである、一座にアクト講座をするのである。多分、テレビで見たばかりの三木のり平&八波むと志、そして脱線トリオの影響をモロにうけたいたと思う。
 一学期の学芸会、二学期の学芸会、三学期の学芸会と私の作・演出・座長のコント劇団はもの凄い人気となっていき、四年になっても五年になってもこの一座が名物となっていった。

 なるほど、すでに放送作家としての片鱗が小学生であった、ということか。

 私も、学芸会やお楽しみ会で「笑芸」を披露したが、さすがにコント一座までを主宰するには至らず、漫才(てんや・わんや、Wけんじなどの真似)か、一人でべニア板をウクレレに見立て牧伸二の真似をするにとどまっていた。

 とはいえ、中学で卒業生を送る予餞会では、作・演出・座長を務めたので、高田少年の“笑芸”自伝には、他人とは思えない近さを感じてならない。

 “山の手”育ちの高田の寄席初体験は、小学四年生の時、寄席通の友人が、三平を見せてやる、と連れて行ってくれた、新宿末広亭。
 
 第一章の林家三平のページで明かされていることなのだが、第三章でも、こう書いている。
 
 馬の助(早逝)や小さんも出演していた。“山の手小僧”にとって寄席とは上野鈴本でも、浅草演芸ホールでもなく、新宿末広亭なのである。あの建物自体が昔の大人のにおいがして、なんとも魅力的であった。“悪所”の感じもたまらなかった。近所のパチオンコ屋からは守屋浩の「僕は泣いちっち」やら、村田英雄の「人生劇場」が流れていた。

 この感覚も、十分に共有できる。

 池袋の狭い空間も嫌いではないが、私にとって“寄席”としてしっくりくるのは、都内四席の中で、間違いなく末広亭である。

 読んでいるうちに、なぜ私も放送作家にならなかったのか、なんて不思議な思いにかられていた。

 お笑いが好きだった高田文雄(本名)少年時代と、いくつか自分の少年時代が重なり、何度も「そうそう!」なんて相槌を打ちながら読んでいた。

 読了し、なかなか心地よい読後感を味わっている。

 第一章、第二章での個々の芸人さんの高田文夫の思い出や懐かしい写真を含め、私にとっては楽しい書だった。

 もちろん、落語を含む「笑芸」がお好きな方には、お奨めの本と言えるだろう。

 この本からは今後も何度か紹介しようと思っている。

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by kogotokoubei | 2017-03-27 21:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
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『落語を聴くなら 古今亭志ん朝を聴こう』

 書店で買おうかやめようか、悩むこと約10分。

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「買え」という自分:
 「志ん朝」ものは、できるものなら全部欲しいよなぁ。落語ファン倶楽部と内容がかぶって
  いても、あっちは重くてかさばるから持ち歩きできないし・・・・・・。

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「買うな」という自分:
 今さら、そんな当たり前のこと(タイトルについて)を言われなくても・・・・・・。
 内容は落語ファン倶楽部のVOL.3『そうだ、志ん朝を聴こう!』の二番煎じじゃないか。
 値段だって、1,000円もするしなぁ。
落語ファン倶楽部 VOL.3「そうだ、志ん朝を聴こう!」

そして、・・・・・・結局買ってしまった。

 志ん朝との思い出や印象に残るネタなどを語る噺家さんは次の通り。

  林家正蔵、桂米團治、笑福亭鶴瓶、林家たい平、春風亭小朝、
  春風亭昇太、三遊亭小遊三、古今亭朝太、林家木久蔵、古今亭志ん五、
  笑福亭仁鶴、柳家花緑、立川志の輔
 <特別採録>五代目三遊亭円楽 志ん朝を語る


 内容は、ほぼ「落語ファン倶楽部 VOL.3」と同じ。違うのは昨年亡くなった五代目円楽の章は「笑芸人 VOL.6」からの引用。これは持っていなかったから、少しは得した気分はある。
 あとは、各落語家さんを紹介する浜さんのコメントも、まぁオマケと考えられないこともない。巻末のCDやDVDのリストも、本書を買わなければ分からない情報ではない。

「早い話が、この本買って良かったのか?」という声にお答えするならば・・・・・・
 
 志ん朝生誕記念日3月10日に、このブログで紹介できたことだけでも良かった、と思う。まだまだ、志ん朝落語を知らない若い落語ファンもいるだろうしね。誕生日というきっかけで、この本を紹介するというのも、そう悪くない試みでしょう。

 そうなのだ、昭和13年の今日3月10日にお生まれになったのである。生まれた時、たしか名古屋で高座に上がっていた父志ん生は、志ん朝が生まれる前後は『桃太郎』ばかりかけていたらしい。強次という名前は、同じ長屋に住み志ん生の師匠でもあった初代の柳家三語楼が名付け親。昔の陸軍記念日にあやかり、「強い男の子」に育って欲しいとの思いで名付けたらしい。ちなみに、陸軍記念日は、明治38(1905)年の3月10日に日露戦争の奉天会戦に勝利したことを祝ったもの。3月10日は東京大空襲の日でもあり、いろいろとメモリアルな日ということですなぁ。

 立川志の輔の章から、少し長いが引用。
 確か地方の落語会でご一緒した時なんですが、驚いたのは、志ん朝師匠がいらっしゃるだけで、楽屋がパーッと明るくなったこと。
 志ん朝師匠は、おかみさんと楽屋で何ごとか話してたんですけど、居場所が見つからなくてうろうろしていた私にふと気づいて、「ねぇ志の輔さん、お弁当あるからさ、こっちぃ来ておあがんなさいよ」って声をかけて下さった。
「わー、志ん朝師匠がわたしの名前を呼んで下さった」って、もうまるでジャニーズのファンのような気分でした。
 そして、驚いたことに、その声がもう高座そのままだったんです。
 志ん朝師匠は落語の時だけ、ああいう口調になるわけじゃない。
 普段の会話からしてもう、人が心地よいと感じる口調なんです。
 しかも、どんな言葉も落語の台詞に聞こえるんです。
 そういう音、リズム感が体中から出てたんです。
 志ん朝師匠って、やっぱりミュージシャンなんだ、って、その時改めて確信しましたね。
 私の知人で、大の落語ファンのジャズ・ミュージシャンがこんな風にたとえてくれました。
 志ん生支師匠が、チャーリー・パーカー。
 我が師匠の談志は、マイルス・デイヴィス。
 そして、志ん朝師匠はビル・エヴァンスだよ、と。
 ついでに、私のこともたとえてくれたので、言っていいですか?
 本当にいいですか?(笑)
 ハービー・ハンコックですって。うれしいー、ははは。


 ジャズ・ミュージシャンのたとえは、志ん生のバード、談志のマイルスと管楽器できて、なぜ志ん朝でピアノになるの?管で揃えるなら、私なら迷うことなく志ん朝さんはクリフォード・ブラウンだ。たとえば、「チェロキー」のノーブレスのアドリブ・ソロのような、凄くて美しくて心地よいメロディー。マイルスならミュートを使いそうなバラードもオープンで泣かせる技術、まさに志ん朝落語に通じると思う。ビル・エヴァンスねぇ・・・・・・。もしピアノで揃えるとして、志ん生がモンク、談志がキース・ジャレット、そして志ん朝がビル・エヴァンスときて、まぁそれもあるかな、という感じ。金管・木管でたとえるなら、バード、マイルス、そしてブラウニーでしょう。人によっては異論もあるでしょうが、志ん朝さんはブラウニー。

 そうそう、これはジャズのブログじゃなかった・・・・・・。
そのうち、ジャズと落語についても書こうとは思っている。

 さて、この本は悪くないですが、白夜書房のビジネス感覚に、若干「宵越しの銭」稼ぎを思わないでもない。
 しかし、初出の「落語ファン倶楽部」や「笑芸人」をお持ちでない方には、手放しでお奨めします。やっぱり、志ん朝は不滅です。


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by kogotokoubei | 2010-03-10 12:07 | 落語の本 | Comments(0)

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 9月4日「志らく百席」第26回のことを書いた際に、吉川潮さんによる10年ほど前の志らく評を紹介したが、この高田文夫編集による『江戸前で笑いたい』からの引用である。吉川さんの文章は、「第一部 やっぱり落語だ!」の中で「小朝、志の輔とそれに続く若手たち」というタイトルの、本書のための゛語りおろし゛である。
「志らく 談春」の部分をもう少し紹介しよう。
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立川流では志の輔のあとに志らくと談春が続く。落語協会には志らくと談春
どころか志の輔さえも認めない落語家が大勢いるんだよね。・・・・・・でも批判
する連中が二人の落語をちゃんと聞いているかと言えば、聞いてないんだよね。
・・・・・・最近の志らく、談春の落語を生で聞いてみればわかることだけど、声が
通るようになって、めりはりもあって、とってもいいよ。寄席で修行した落語家で
彼ら二人と同じキャリアの落語家と比べたら、二人のレベルはかなり高いね。
志らくの場合は、創作力、構成力、演出力を兼ね備えているのが強い。小朝に
しても志の輔にしても、その三つを持っている。・・・・・・
談春は高座姿がきれいだわな。最近形のいい落語家が少ない。・・・・・
談春は声もいいよ。ドスが利いて歯切れがいい。・・・・・・
志らくは野球で言えば技巧派の投手。七色の変化球を操る。・・・・・・
対して、談春は本格派の速球投手だ。ストレートの速さが魅力で気持ちがいい。
今はまだコントロールがないから、試合に出ると打たれることもあるだろうが、
コントロールがついてくれば楽しみだよ。
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初版が1997年の1月に筑摩書房から単行本で発行、2001年に中公文庫で復刊。だから、吉川さんの゛語りおろし゛は、談春の真打昇進がこの年の9月なので、その直前での評価である。ちなみに、吉川さんが小朝、志の輔に続く若手として9人の名前を挙げているのだが、それは次の通り。
市馬、花緑、三木助、昇太、たい平、喬太郎、勢朝、そして志らく、談春である。このなかで、たい平、喬太郎、談春の三人が、当時まだ二つ目である。

この本は゛江戸前゛の笑いに関する宝庫といっても良い傑作だ。口上のあと、編者である高田文夫さん自身の「笑いと二人旅」(前編)で始まる。渋谷で生まれ世田谷で育った高田さんが、鳶頭の子で粋でいなせなお母さんの影響もあり、笑いに身近に接し、日大芸術学部落語研究会でも活躍した、といったプロフィールは、本書で初めて知った。近所に『社長シリーズ』で売れる前の森繁久彌の家があり、庭の柿や栗を盗んでは「森繁のバカヤロウ」とかウワーとか言って、森繁さんが出てくると逃げた、などのエピソードも楽しい、高田さんの傑作な半生記である。

第一部と第二部が落語をメインテーマにしているが、その目次は次の通り。
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第一部 やっぱり落語だ!
    口上・・・・・・高田文夫
  笑いと二人旅(前編)・・・・・・・・・・高田文夫
  現代ライバル論(1) 志ん朝と談志・・・・・・・・・・・・・・・・・山藤章二
  現代ライバル論(2) 志ん生と文楽・・・・・・・・・・・・・・・・・玉置 宏
  現代ライバル論(3) 高田文夫と藤志楼・・・・・・・・・・・・・森田芳光
  小朝、志の輔とそれに続く若手たち・・・・・・・・・・・・・・・・・吉川 潮
  変貌する落語−今こそ、新作落語に注目!・・・・・・・・・・渡辺敏正
  談志論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・立川志らく
第二部 中入り
   中入り・・・・・・高田文夫
  志ん生と江戸の笑い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鴨下信一/高田文夫
  みんな落語が好き・・・・・・・・・・・・篠山紀信/春風亭昇太/高田文夫
  名人に二代なし?・・・東貴博/三波伸一/柳家花緑(司会・高田文夫)
  浅草芸人寿司屋ばなし・・・・・・・・・・・・・内田榮一(聞き手・高田文夫)
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森田芳光監督が日大芸術学部落研で高田さんの後輩(しかし在籍半年)だった、というのも、本書で初めて知ったことだ。言わずもがなだが、第二部は対談である。唯一の゛素人゛さんである内田榮一さんは美家古寿司のご主人。金原亭馬生師匠が生前に足繁く゛飲むだけ゛に通ったお店である。

第一部と第二部は、ほとんどが本書のための書き下ろし、または語り下ろし。
「第三部 東京の喜劇人」は、雑誌「東京人」95年7月号からの収録が多いが、三木のり平、由利徹、渥美清、クレージーキャッツ、萩本欽一、ビートたけし、イッセー尾形、伊東四郎といった喜劇人について、それぞれニンな書き手が担当している。この第三部でも、喜劇人を語る中でふんだんに落語と落語家のことにも話は及んでいる。

第一部に戻る。本書を読んでうれしかったのは、志ん生のことが目一杯書かれているからだ。玉置宏さんの文章から少し抜粋。
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昭和28年(1953年)六月、新たな同人を加えて「第二次川柳鹿連会」が発足、その
作品記録のうちの十二冊が私の手許にある。これは八代目春風亭柳枝未亡人から
頂戴したもので、同人は、桂文楽、三遊亭円生、先代橘家円蔵、先代桂三木助、
先々代三升家小勝・・・(中略)・・・志ん生の作品をいくつか御披露しておこう。
 同業に 悪くいわれて 金ができ
 宝くじ 当たるは政府ばかりなり
 煮てみれば 秋刀魚の姿 哀れなり
 恵比寿さま 鯛を逃して 夜にげをし
 ビフテキで 酒を呑むのは忙しい
ちょっぴりケチで皮肉屋の、いかにも志ん生らしい川柳である。
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志ん生本来のブラックなセンスが川柳にも十分現れているではないか。
第三部で中野翠さんがイッセー尾形を語る文章の冒頭で、こんな志ん生の言葉を紹介している。
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「落語というのは、世の中のウラのウラをえぐっていく芸であって、おもしろいうという
ものじゃなくて、粋なもの、おつなものなのだ」−と。この言葉は、よくかみしめたい。
言いたいことは、何となく、わかるような気がする。
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当時まだ健在だった志ん朝師匠と談志家元を論じた山藤章二さんの次の名文も有名だ。
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・・・・・・と、ここまで書いてハタと気づいた—<現代(コッチ)>から<過去(アッチ)>へ
客を運ぶのが志ん朝で、<過去(アッチ)>をグイと<現代(コッチ)>の岸に引き寄せる
のが談志である。
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11年前の本とはいえ、珠玉のような名文、名企画が一杯の本である。しかし、あまり本屋には並んでいないのが残念。落語ファン、たけしファン、渥美清ファン、そしてすべての“江戸前”のお笑いファンにとって、必読の書だと思いますよ。

高田文夫_江戸前で笑いたい
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by kogotokoubei | 2008-09-06 17:09 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛