噺の話

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 5日の記事で、NHKの落語アテブリ番組「超入門!落語THE MOVIE」の、高座のみを別に放送して欲しい、と書いた。
2017年1月5日のブログ

 ある方から教えていただいたのだが、別番組とはならなかったものの、NHKの同番組サイトで、次週の予告のみならず、過去のものを含め高座の動画を公開してくれるようになった。


 ここ数日、あまり楽しいニュースがない中、私にとっては嬉しい出来事。

 私のように高座のみを見たい、という方からの要望が多かったのだろう、きっと。

 ネタについての簡単な説明も載っている。なかなか親切ではないか。

 とはいえ、昨夜の兼好『二番煎じ』で、火の用心の夜回り場面を割愛したように、本来の内容の短縮版が多いことは補足しておきたい。

 ご覧いただくと分かるのだが、それそれの噺を8~10分位。

 この番組で落語に興味を持たれた方は、ぜひ寄席や落語会でオリジナル(?)を楽しんでいただきたい。

 また、落語愛好家の方は、どこを端折ったかを発見するのも、この番組の楽しみ方になるかもしれない。

 なお、来週の『風呂敷』(古今亭菊志ん)は、女房役が野々すみ花。
 『吉原裏同心』の薄墨太夫 や『あさが来た』の美和さん。
 元宝塚出身の方で、私の好みなので、楽しみだ^^


 たまにはNHKも、いいことやるじゃないの!

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# by kogotokoubei | 2017-01-12 21:52 | テレビの落語 | Comments(2)

 メリル・ストリープのゴールデングローブ賞授賞式でのスピーチが話題になっている。
 
 いくつかのネット・メディアが、翻訳文を掲載している。

 「ハフィントンポスト」にもスピーチの全文が掲載されている。
「ハフィントンポスト」の該当記事

 訳文は「クーリエ・ジャポン」が良さそうなので、少し紹介したい。
「クーリエ・ジャポン」の該当記事

ここにいる皆さん、私たち全員はいま、米国社会のなかで最も中傷されている層に属しています。だって、ハリウッド、外国人、記者ですよ。

それにしても、私たちは何者なんでしょう。ハリウッドとはそもそも何なんでしょう。いろんなところから来た人たちの集まりでしかありません。

私はニュージャージーで生まれ育ち、公立学校で教育を受けました。ヴィオラ・デイヴィスはサウスカロライナの小作人の小屋で生まれ、ロード・アイランドのセントラルフォールズで世に出ました。サラ・ポールソンはフロリダで生まれ、ブルックリンでシングルマザーに育てられました。サラ・ジェシカ・パーカーはオハイオで8人兄弟のなかで育ちました。

エイミー・アダムスはイタリアのヴィチェンツァ生まれです。ナタリー・ポートマンはエルサレム生まれです。

この人たちの出生証明書はどこにあるんでしょう。

あの美しいルース・ネッガはエチオピアのアディス・アババで生まれ、ロンドンで育ち──あれ、アイルランドだったかしら──今回、ヴァージニアの片田舎の女の子役で受賞候補になっています。

ライアン・ゴズリングは、いい人たちばかりのカナダ人ですし、デヴ・パテルはケニアで生まれ、ロンドンで育ち、今回はタスマニア育ちのインド人を演じています。

そう、ハリウッドにはよそ者と外国人がうじゃうじゃしているんです。その人たちを追い出したら、あとは、アメフトと総合格闘技(マーシャルアーツ)くらいしか見るものはないですが、それは芸術(アーツ)ではありません。

こうした皆さんが私に3秒間くれたのは、次のことを言うためです。

役者の唯一の仕事は、自分たちと異なる人々の人生に入っていくことで、それはどんな感じなのかを見ている人に感じさせることです。まさにその役目を果たした力強い演技が、この1年もいっぱい、いっぱい、いっぱいありました。息をのむ、心のこもった仕事ばかりです。

しかし、この1年の間に、仰天させられた一つの演技がありました。私の心にはその「釣り針」が深く刺さったままです。

それがいい演技だったからではありません。いいところなど何ひとつありませんでした。なのに、それは効果的で、果たすべき役目を果たしました。想定された観衆を笑わせ、歯をむき出しにさせたのです。

我が国で最も尊敬される座に就こうとするその人物が、障害をもつリポーターの真似をした瞬間のことです。

特権、権力、抵抗する能力において彼がはるかに勝っている相手に対してです。心打ち砕かれる思いがしました。

その光景がまだ頭から離れません。映画ではなくて、現実の話だからです。

このような他者を侮辱する衝動が、公的な舞台に立つ者、権力者によって演じられるならば、人々の生活に浸透することになり、他の人も同じことをしていいということになってしまいます。

軽蔑は軽蔑を招きます。暴力は暴力を呼びます。力ある者が他の人をいじめるためにその立場を利用するとき、私たちはみな負けるのです。

さあ、やりたければやればいいでしょう。

さて、この話が記者につながります。私たちには信念をもった記者が必要です。ペンの力を保ち、どんな暴虐に対しても叱責を怠らない記者たちが──。建国の父祖たちが報道の自由を憲法に制定したゆえんです。


 私は、ストリープの発言内容、そして彼女の勇気に拍手を送りたい。

 ロバート・デ・ニーロが、賞賛する手紙をストリープに送ったことがニュースになっている。
「朝日新聞デジタル」の該当記事
 朝日新聞デジタルから、引用されている米ピープル電子版の内容を紹介する。

デ・ニーロは手紙の中で、「君が言ったことは素晴らしい。君は、言われる必要があったことを見事に言ってのけた。世界が君の業績をたたえている時に、発言したことを非常に尊敬している。私も君とまったく同意見で、(トランプ氏の)くだらないたわごとや、弱い者いじめには本当にウンザリしている」と書いている。

 過去に2度、オスカーを受賞しているデ・ニーロと、3度にわたりオスカーを受賞しているストリープは、映画「ディア・ハンター」(1978年)や「恋に落ちて」(1984年)など、4本の作品で共演している。


 「ディア・ハンター」、懐かしいなぁ。

 印象に残っているのは、あのロシアン・ルーレットもそうだが、ラストシーンで、葬儀の後に仲間が集まって食事をしている場面だったりする。


 さて、ストリープのスピーチについて、ネットでは批判的な内容も飛び交っているようだ。

 それは、ハリウッドの“セレブ”たちへの妬みも背景にあるのだろう。

 たしかに、ストリープやデ・ニーロのレベルの俳優は、裕福な部類に入るだろう。
 日々の暮しに困ることもないだろうし、ましたや仕事を移民などに奪われる恐れもないだろう。

 しかし、重要なことは財布の中身ではなく、心の中身なのだと思う。

 いくら有名な俳優であろうと、次期大統領に対する反対意見を、大衆が注目する場で敢然と表明することは、大きな危険を伴う行為である。

 それでも、言わずにはいられない、そんな強い衝動と覚悟がストリープにはあったのだろう。

 さて、そこで日本だ。

 今まさに「共謀罪」を成立させようとする安倍政権に対し、俳優やタレント、あるいはメディアの従事者は、いったいどう発言、行動しようとしているのか・・・・・・。

 テロ対策、2020年オリンピック、国際的な条約批准、などという理由を元に、600を超える犯罪を対象にして、恣意的に拡大解釈して国民を逮捕できる法律をつくろうとしている。

 
 日本弁護士連合会(日弁連)のサイトから、共謀罪に関するパンフレットがダウンロードできる。
「日弁連」サイトの該当ページ

 一部をコピペでご紹介。
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 まさに、“警察国家”“監視社会”に向かう恐れがある。

 レッドパージ、東宝争議などの悪夢が繰り返されようとしているのではなかろうか。

 「言論の自由」「表現の自由」の危機である。

 昨年後半から年初にかけて、紅白(あかしろ)がどうしたとか、あの四人組が解散するとか、誰かが不倫したとか、あるバンドがしばらく休むなど、私にとってどうでもいいことでメディアは賑わっているが、その背後で着々と暗い時代への逆コースへの道を日本が辿ろうとしているという危機感を、どれほどの人が抱いているのだろうか。

 昨年、お上に批判的な人物が相次いでメディアから去って行った。
 それは、さまざまな政府からの圧力があったり、メディアの経営陣が「忖度」しての結果なのだろう。

 そして、NHKも、いわば民放化し、民放はますますバラエティ番組ばかりとなる。

 引用したメリル・ストリープのスピーチの最後に、「報道の自由」という言葉があり、「記者」の奮起を求めている。

 アメリカでさえ、次期大統領に反旗を翻すのが容易ではないことが察せられる。

 日本でもそうかもしれない。
 
 もし反政府的な発言をしたら、仕事を奪われる危険性もあるだろう。

 しかし、今、沈黙していていいのだろうか。

 メディアの関係者や、影響力のある俳優やタレントは、いつまで頭を下げて、自分に火の粉が飛んでこないように屈んでいるのだろうか・・・・・・。


 日本には、ストリープもデ・ニーロも、いないのか・・・・・・。

 成人の日に、大人ってなんだろう、という素朴な疑問を感じて記事を書いた。

 自分の意見を持つこと、そして然るべき時にはその思いを勇気を出して表明すること、その発言に責任を持つこと、なども大人としての重要な条件ではないか、と思う。

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# by kogotokoubei | 2017-01-11 12:46 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

 1月15日ではなく、“ハッピーマンデー”とやらの悪法(?)で、今日が成人の日。

 ここ数年、成人式が荒れる、というニュースが目立つ。
 一日早く昨日式典を実施した会場でも、ひと騒動あったようだ。

 還暦を過ぎ、ずいぶん前になった自分の二十歳の成人の日を思い起こす。

 大学で運動部に所属していて、いわゆるオフは遠征費稼ぎにアルバイトに明け暮れた。
 京都という土地柄、修学旅行生や観光客のお客さんで忙しかった、三条のある旅館でのアルバイトが長かった。

 あの成人の日にも、その旅館でアルバイトをしていた。
 
 そういえば、先輩アルバイトでその後は社員になった方には、卒業後その旅館に来ないかと誘われたなぁ。

 数年前、その旅館は廃業したということを知り、なんとも寂しい思いがしたものだ。

 二十歳のころ、自分なりに「大人とは何か?」を模索し、山口瞳の本を読んで、ジッポーのライターを持ったりしたものだ。

 形から入る、というやつ^^

 社会人になり、いわば地方の勤務地で長く務めたが、良い先輩に恵まれたこともあり、大人、あるいは“男”のあり方を学ぶことができたように思う。

 その当時、先輩の薦めで読んだ本がある。
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池波正太郎著『男の作法』

 池波正太郎の『男の作法』だ。
 昭和59年、新潮文庫の初版発行。
 二十代最後の年で、ちょうど転職を考えていた頃だった。

 池波正太郎が編集者たちとの旅行で語り合ったことが元になっている本。
 外で何かを食べる時のことなどを中心に、本来、大人の男がとるべき“作法”が、並んでいる。
 初めて読んだ時、「これこそ、大人の男のバイブル!」と感動しながら読んだものだ。

 今思うと、その当時の私は、実に生意気な男で、酒の席でも、この本から得た“作法”を会社の同僚などに無理やり“伝授”したものだ。

 例えば、次のようなこと。

ちゃんとした鮨屋は“通”ぶる客を軽蔑する

  (よく鮨屋で、飯におことをシャリと言ったり、生姜のことをガリ
   と言ったりする客がいますが、やっぱりああいうほうが、「通」
   なんでしょうか・・・・・・)

 いや、客がそういうことばを使って通ぶるのを喜ぶような鮨屋だったら駄目だね。ちゃんとした鮨屋だったら、客がそんなことを言ったらかえって軽蔑されちゃう。
 だからね、鮨屋へ行ったときはシャリだなんて言わないで普通に「ゴハン」と言えばいいんですよ。トロぐらいは、いま、どこでもそう言うんでしょうから「中トロください」と言えばいいけれども、ぼくらの時分はトロのところなんかでも、
「少し脂のところを・・・・・・」
 と、こういうふうに言ったものだよ。
 飯のことをシャリとか、箸のことをオテモトとか、醤油のことをムラサキとか、あるいはお茶のことをアガリとか、そういうことを言われたら、昔の本当の鮨屋だったらいやな顔をしたものです。それは鮨屋仲間の隠語なんだからね。お客が使うことはない。
 普通に、
「お茶をください」
 と言えば、鮨屋のほうでちゃんとしてくれる。だけど、いま、みんなそういうことを言うね。鮨屋に限らず、万事にそういう知ったかぶりが多い。


 今思うと、良き先輩の教えや、こういう本に巡り会う前の二十代、鮨屋で平気で「アガリください」なんて言っていた自分が、なんとも恥ずかしい^^

 あらためて「大人ってなに?」と問うなら、そういう恥や失敗の数々を積み重ねた“子供”時代の体験を、少しでもその後の人生に生かすことができるのが大人、なのかなぁ。

 あとは、“常識”と“非常識”の区別ができる、ということも大人の条件かもしれない。

 成人の日の残念なニュースに接して思うのは、「大人とは」「男とは」ということを、行動や言葉で示してくれる“大人”が周囲に少なくなった、ということだ。

 子供の頃、親以外にも、近所には親身になってくれる大人や、悪さをすると叱ってくれる怖いおじさんやおばさんがいたものだ。

 では、自分はあの頃出会ったような“大人”になれているのだろうか。

 まだまだ子供から大人になる途中のままでいるように思う。

 知ったかぶりから始まって、それがしっかりと身につけば良いのだろうが、まだまだ“形”だけのような気がする。

 たぶん、それは一生変わらないのだろう。

 大人になる、男になる、というのは、永遠に続く課題かもしれない。

 どうも、しっくりこない、1月15日ではない成人の日、こんなことを考えていた。


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# by kogotokoubei | 2017-01-09 11:33 | 幸兵衛の独り言 | Comments(8)
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 前の記事で、立花家橘之助の浮世節家元の看板を今日まで伝える大事な役割を果たしたのが、寄席文字橘流家元の橘右近だったことを紹介した。

 引用した右近の『落語裏ばなし』(昭和50年、実業之日本社)を久しぶりに読んで、この本に永六輔さんや円生が推薦文を寄せていることに納得。実に貴重な本だ。
 
 橘右近は、明治36(1903)年の生まれなので、三遊亭円生の三つ年下になる。

 右近の経歴をWikipediaから引用。
Wikipedia「橘右近」

家業は庭師だったが継がず、最初は浪曲の吉川小龍の門で龍馬を名乗る。

1922年 - 18歳の時に柳家さくら(後の3代目柳家つばめ)に入門。柳家龍馬で初高座。
1932年 - 師匠であり父の名、柳家さん三と改名。
1939年 - 橘右近と改名。
1946年 - 同じく師匠の名、柳家さくらと改名。
1947年1月 - 橘右近に復名。
1949年4月 - 落語家を廃業し神田立花演芸場楽屋主任と専門の寄席文字の書家専業になる。
1954年11月 - 神田立花演芸場閉場。
1955年8月 - 東宝名人会再開にともない楽屋主任と寄席文字の担当になる。
1965年11月 - 8代目桂文楽の薦めで橘流寄席文字家元になる。
1980年 - 8月一杯で東宝演芸場閉鎖のため楽屋主任と寄席文字担当退任。以後、フリーとなる。
1995年 - 肺炎で死去。

 金原亭で「龍馬」を名乗っている噺家さんがいるが、あの名は柳家で右近が先だったようだ。

 落語家としての戦前の二十余年、そして戦後に寄席文字の第一人者となってからの約五十年、右近は落語界を見続けてきたということか。

 まさに寄席は初席の最中。
 本書にも、「初席」の章があるので紹介したい。

初席

 寄席に、新年がやってまいりました。
 正面入り口に門松をたてて注連飾(しめかざ)りをし、大きなお供えには紅白のご弊をたらして海老をおき、天井からはまゆだまがたれており、
「おめでとうございます」
 楽屋では、こんな挨拶がゆきかいます。好きなひとは、席亭からおとそが届けられたご酒をきこしめしながら、いい心地になって楽屋待ちをしている。
 あちらのほうでは、まんだら(手拭)の交換だ。年始の挨拶用に染めたまんだらがゆきかいまして、各師匠がたからご祝儀つきでいただいた下座や前座が、
「師匠、こりましたネ」
 てなことをいったりします。

 今も残る風習はあると思うが、その昔の初席の和やかな雰囲気が良く伝わってくる文章だ。

 かつて初席でトリを務めることの名誉は、今日の比ではなかった。
 右近が、その当時の顔ぶれを記している。

 昔から、初席でトリ(主任です)をとれるようになれば、これはたいしたもの。噺家としての大目標でございましょう。
 まあ、そこでどこの席でも、初席と二の席(つぎの席です)のトリはたいていきめております。
 私のつとめている東宝名人会では、先代の金馬師匠が亡くなってから現小さん師匠に移り、いまは立川談志さんのトリでございます。
 小さん師匠が、上野・鈴本の再開でトリをつとめるようになったためでして、二の席のトリは林家三平さんでした。
 上野・鈴本の初席は、昼が馬生師匠、夜が小さん師匠。二の席は、昼が柳橋師匠、夜が今輔師匠。
 新宿・末広亭の初席は、昼が柳橋師匠、夜が今輔師匠。二の席は、昼が円生師匠、夜が正蔵師匠。
 こんな顔ぶれでございます。

 鈴本が現在のビルで再開したのは昭和46(1971)年。

 昭和四十年代の初席、二の席のトリの顔ぶれは、たしかに名人と言える凄い名ばかり。

 現在は東宝名人会はないが、上野の鈴本と新宿の末広亭は存在する。

 それぞれ、どんな名が並んでいるか確認。

 <鈴本>
 初席第一部が市馬、第二部が菊之丞、第三部は三三。
 二の席は昼が一之輔、夜が喬太郎。

 <末広亭>
 初席第一部が昇太、第二部が前半歌丸で後半は竹丸、第三部は文治。
 二の席は昼が市馬、夜が小三治。

 もちろん初席は浅草演芸ホール、池袋演芸場でも開かれているし、国立演芸場では新春国立名人会がある。
 それらのトリの顔ぶれには、他の芸達者の名が並ぶ。
 
 また、鈴本に落語芸術協会が出演しないこともあるし、単純な比較はできない。
 加えて、三部制になってから、初席は慌ただしい顔見世興行という番組になり、ゆっくりと高座を楽しむ席とは言いにくくなったようだ。

 娯楽は時代とともに、たとえば、寄席や芝居->映画->テレビ->スマホ(?)と変わってきている。

 正月の大事な娯楽の一つだった寄席の初席は、その趣向にも、お祭りとしての工夫があったようだ。
 右近はかつて存在した寄席での思い出を遺してくれている。

 そうそう、初席といえば、私がなくしちまうのが惜しいなといまだに考えているものがあります。
 人形町の末広では、初席のトリが高座をつとめた後、追い出し太鼓はやりませんでした。
「テケテン、テンテン」
 デテイケ、デテイケと聞こえてせきたてる追い出しをして、お客を下足にワサワサと追いたてたりしません。
 何をしたかって?高座に太鼓を持ってきまして神田囃子をやるんでさァ
「へい、ありがとうござい、ありがとうござい」
 神田囃子を賑やかに流しながら、トリがおじぎをしつつ初席のお客を送り出す。
 これが、昔の初席の慣わしでございまして、いいもんでございました。


 いいねぇ、初席のお開きで、神田囃子とは。

 橘右近のこの本、あらためて読み出すと、なかなか良いのだ。

 また、何度か記事にするつもりだ。


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# by kogotokoubei | 2017-01-08 19:45 | 落語の本 | Comments(0)
 三遊亭小円歌が二代目立花家橘之助を襲名することは、以前書いた。
2016年11月24日のブログ

 その初代橘之助をモデルにした榎本滋民さんの芝居『たぬき』を山田五十鈴が演じ、古今亭志ん朝も出演していたことなどは、山田五十鈴の訃報を知った後に記事にしていた。
2012年7月11日のブログ

 あの記事では、いくつかの本から引用することで、橘之助という稀代の芸人についても振り返った。

 その橘之助について、別な本からも紹介しようと思う。

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 その本は、明治36年生まれで、今日につながる寄席文字、橘流初代家元橘右近の『落語裏ばなし』。
 何気なくめくっていて、橘之助という名跡について、私にとっての大発見があったのである。

 本書の副題は「寄席文字にかけた六十年」。
 実業之日本社から昭和50年に初版発行。

 著者の右近は庭師の家に生まれたが、最初噺家になろうとして三代目柳家つばめに入門。戦後は寄席文字一筋。
 落語家時代から寄席にまつわる物を数多く収集した。
 そして、『ビラ辰』などのビラ字を教えを乞う師匠がいない状態から見よう見まねで書き始め、自身のスタイルを確立した人だ。
 弟子の左近に、昔の名人が書いたビラ字を見てきた古い噺家(例えば五代目柳亭左楽)や席亭(例えば末広亭の北村銀次郎)がいたので真剣だった、と語っている。

 その右近の経験や知識を元にしたこの本は、帯には永六輔さん、本書冒頭に円生の推薦こ言葉が並んでいる。

 本書にも「初代 立花家橘之助」に一つの章を設けているので引用したい。

 五歳で上野池の端・吹抜亭で初舞台、八歳の春には大師匠円朝から真打昇進の許しを得て清元から義太夫、何でも弾きこなす腕前に、明治四十五年六月二十八午後四時、ときの東京府知事阿部浩殿より浮世節家元の名前を許可された師匠の芸歴。

 この部分の前には、浮世節「たぬき」の科白も紹介されている。

「それでは、お賑やかにたぬきとまいりましょう。
  夫(そ)れ伝へ聞く茂林寺の 文福茶釜のその由来
  怪しくもか亦面白き 昔々その昔
  婆喰った爺の狸汁 えんの下谷の骨までも
  広尾の原の狸蕎麦 のびた鼻毛の・・・・・・」

 そうか、小円歌姐さん、「たぬき」のネタ持っていたなぁ。
 きっと橘之助への憧れがあったのかもしれない、などと読みながら思っていた。

 そして、読み進むうちに、橘之助という名前を小円歌が継ぐことにつながる、その背景を窺い知るような内容があった。

 集古庵初代を名のっていおた私も友だち、横浜の志ん馬さんは、橘之助師匠の愛人でございます。
 前座でも、二ツ目でもいい男をひきたてる、これが師匠の道楽というよりは生きがいみたいなところがございました。
 志ん馬さんの家は、妻君が待合をやっておりましたが。橘之助師匠用の部屋がとってあったぐらいで、女房公認の仲でさァ。志ん馬さんが亡くなって後、このおかみさんに私は橘之助師匠の愛用品ともども、浮世節家元の看板を託されました。
「右近さんが預かっておいて、適当なかたがいたらばゆずってあげてくださいな」
 そういわれて預かった看板、どうみ気になっていけません。私は看板を柳家三亀松師匠のお弟子、亀松さんに、わたしてお願いしましたョ。
「弾きがたりをやる亀松さんが持っていて、これはというひとにわたしておくれ」と。

 おや、ということは、今回の二代目橘之助襲名には、志ん馬->右近->亀松と伝わった浮世節家元の看板が実を結んだ、ということなのだろう。

 亀松はその後二代目三亀松を襲名しているが、故人。
 きっと、その二代目三亀松から、浮世節家元の看板が途切れずに誰かに渡された、と察する。
 その誰かが、小円歌が「これはというひと」と認めた、ということか。


 以前の記事で書いたように、橘之助という名跡の復活は、大歓迎である。
 その背後には、芸人さん達の、箱根駅伝にも勝る、名跡の看板をタスキとしたリレーが存在したわけだ。

 二代目橘之助襲名に伴い、浮世節家元の看板を横浜の志ん馬のおかみさんから預かり、三亀松の弟子亀松に受け渡してくれた橘右近という寄席文字の名人のことが振り返られることにつながるのなら、それもまた結構なことだろう。

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# by kogotokoubei | 2017-01-07 21:36 | 落語の本 | Comments(0)
 昨夜、NHK総合の「超入門!落語THE MOVIE」を観た。

 この番組がレギュラー化されることを書いた記事は、驚くほどアクセスが多い。
2016年9月30日のブログ

 こんなことを書いていた。
 最近落語を楽しみ始めた若い方が知識を習得するためにも有効だろうし、今以上に落語愛好家のすそ野が広がることも期待できるので、レギュラー化は結構なことだと思う。

 できることなら、視聴率を追いかけず、人気者ではなくてもいいので、しっかりアテブリを含めた演技のできる芸人さんを起用してもらいたい。
 なぜなら、主役は「落語」のネタそのものであり、出演者ではないはずだから。

 また、ネタの中には、今の社会では使いにくい言葉や風俗もあるが、できるだけ忠実に再現して欲しい。

 学校じゃ教えない、実にためになる内容が落語には満載であることを、ぜひ伝えて欲しいものだ。

 当初よりも、いわゆるお笑い芸人さんばかりではなく、演技のできる(?)役者さんを起用する傾向が強くなったように思うし、演じる噺家も、まさに現役バリバリの実力者の名が並んでいる。
 
 そういう面では、私の期待は裏切られることはなかったとも言えるのだが・・・・・・。


 レギュラー放送が始まってから、今まで記事を書くことはなかった。

 せっかく案内をしていたのだから感想でも書くか、と思った時もあったが、どうしても小言になりそうで、気が進まなかった・・・・・・。

 しかし、小言幸兵衛なのだから、小言を書くのは当たり前か、と思い直し書こうと思う。

 たとえば、昨夜の『初天神』について、NHKサイトの番組のページには次のような説明がある。
NHKサイトの番組ページ

「初天神」…息子の金坊(鈴木福)を連れて初天神にお参りに行くことになった父親(松尾諭)。出店を見ても「あれ買ってこれ買って」と言わないと約束させたのに、金坊のアノ手コノ手のおねだりに根負けして…

 このネタについては、ずいぶん前になるが記事を書いている。
2009年1月24日のブログ

 その記事で紹介したように、原話は安永二年刊『聞上手』所収の「凧」なのだが、寄席で凧の場面まで演じられることは、稀有だ。

 だいたい、団子の部分まで。

 また、前座噺の範疇に入れられるが、決して生易しい噺ではない。

 浜美雪著『師匠噺』の「柳家さん喬・喬太郎」の章に、『初天神』修行中の喬太郎の回想がある。
浜美雪著『師匠噺』
「僕も中途半端な覚え方をしていたんですけど、『もうわかった。全然ダメだ』って途中で止められてこう言われたんです。
『お前の「初天神」には雑踏が出てない』って」
 劇画の名台詞を思わせる印象的な言葉だ。
「でもそんなことを前座の頃言われてもね(笑)。でも、あとの弟弟子はみんな『初天神』をどんどん上げてもらってるんですからね。
 ですから普段の生活については厳しいと思ったことはないですけど、落語の稽古に関しては確かに『何で俺だけが』っていうのはあったかもしれません(笑)」

 その厳しい師匠さん喬にしても、3日にNHK総合で放送された恒例の鈴本初席で、団子のアンコと蜜を言い間違えていたけどね^^

 いずれにしても、団子の蜜のように甘く見てはいけない噺であり、凧まで通しで演じられることは珍しいのは事実。
 昨夜の一之輔は、しっかり凧まで“通し”の高座で、その出来栄えも良く、なかなかの好高座だった。

 だから、見終えてから、「高座だけを楽しませてくれればいいのに」と強く思ったのである。

 部分的に一之輔の高座の映像に戻るのだが、ハナからサゲまで高座だけを楽しみたい、と私などは思う。

 もちろん、この番組があくまでアテブリを主体として成り立つことは百も承知ではあるが・・・・・・。

 NHKのサイトには、この番組の意図らしきものについて、次のように記されている。
ふだん、想像で楽しむ落語の演目を、落語家の語るはなしに合わせてあえて映像化。完璧なアテブリ芝居をかぶせてみたら…初心者でも楽しめる新たなエンタメが誕生しました!

 「想像で楽しむ」落語を、「あえて」映像化しているのだ。
 演ずるタレントさんや役者さんも、大変だろうなぁ。
 しかし、問題は、そのアテブリがどこまで「完璧」にできるかどうか。
 というか、「完璧」は難しいから、どこまで落語本来の楽しさを伝える映像化ができるか、が重要だろう。
 『初天神』の親子、一之輔のスピーディな語り口に合わせ、なかなか頑張っていたと思う。

 レギュラー放送化についてNHKのサイトでは次のように紹介していた。

とかく「長い」「単調」「難しい」と言われがちな落語に、完璧な「アテブリ芝居」をかぶせてみたら…初心者でも「面白くわかりやすい新たなエンタメ」が誕生!名付けて「超入門!落語THE MOVIE」。
 噺家の語りに合わせて再現役者の口が動く、いわゆる「リップシンク」に徹底的にこだわり、あたかも落語の登場人物たちが実際に話しているかのような臨場感を演出。見ている人をリアルな落語の世界へと導きます。


 「長い」「単調」「難しい」という感想は、たぶんにそのネタや演じる噺家さんに依存するが、たしかに、そういうイメージは初心者の方に強いかもしれない。
 というか、いまだに「笑点」の大喜利を「落語」と思っている方もいらっしゃる。

 だから、初心者の方に落語の楽しさを味わってもらう方法の一つとして、この番組は存在意義はあるのだろう。

 ちなみに、レギュラー化以降の出演者とネタは次の通り。

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第1回 10月19日
『かぼちゃ屋』 春風亭一之輔
『お見立て』  古今亭菊之丞

第2回 10月26日
『粗忽長屋』 桃月庵白酒
『目黒のさんま』 春風亭一朝

第3回 11月2日
『転失気』  柳家三三
『粗忽の釘』 林家たい平

第4回 11月9日
『時そば』 春風亭一之輔
『三年目』 三遊亭兼好

第5回 11月30日
『猫の皿』 柳家三三
『三方一両損』 春風亭一朝

第6回 12月7日
『長短』 柳亭市馬
『はてなの茶碗』 桂雀々

第7回 1月4日
『初天神』 春風亭一之輔
『饅頭怖い』 古今亭菊志ん
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 そして、来週11日は、三三の『釜泥』と兼好『二番煎じ』と案内されている。

 
 一之輔、三三をはじめ、第一回からの顔ぶれは、まさにバリバリの現役中堅の噺家さん達。

 くどいようだが、高座のみで、「想像」する楽しさを味わいたい演者とネタが並ぶ。


 そろそろ、せっかくの企画に水を差すような小言はここまでにして、私の提案。

 この番組で、初心者の方がアテブリを楽しんで落語への興味を抱いたのなら、「日本の話芸」でもいいし違う新番組でも結構、ぜひ、元となった高座の映像のみを放送してはどうだろうか。

 落語番組の素材を、主催する東京落語会以外に広げる好機ではなかろうか。

 「あのネタ、落語だけ見てみたいなぁ」という願望は、きっとあるはず。

 NHKとしても、高座はアテブリのためにも通しで収録しているのだから、コンテンツとして高座のみを放送することは、一度で二度美味しいわけで、悪い話ではないはず。

 ぜひ、高座->アテブリ->高座、という先祖帰りとも言える企画、NHKの担当の方にご検討いただきたいものだ。

 かつて放送されていた、この番組に出演しているような、現役中堅どころの噺家さんを中心とする民放の落語番組が、ことごとく終わっている。
 視聴率が低かったせいで、スポンサーが降りたのかと察する。
 そこはNHK。ぜひ、同時代で観て楽しく、十年後には貴重なライブラリーとなるであろう高座の放送、実現して欲しい。

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# by kogotokoubei | 2017-01-05 21:45 | テレビの落語 | Comments(8)
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むのたけじ『99歳一日一言』

 昨年8月に101歳の天寿を全うされた、むのたけじさん。

 むのさんがご子息に遺された色紙を中心に編集され、2013年11月に岩波新書で発行された『99歳一日一言』をめくってみた。

 なお、本書については、巻末に本書の成り立ちについてご子息が説明されている内容を含め、お亡くなりになった翌日の記事で紹介したので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2016年8月22日のブログ


 さて、元旦から今日四日までの言葉は、このようになっている。

  一月一日
拝むなら自分を拝め。
賽銭出すなら自分に渡せ。
自分をいたわれ。
自分こそ一切の原点。

 元旦は行列だったので二日に出直してまで、越後長岡の金峯(きんぷ)神社にお詣りし中途半端な賽銭を投じる前に、読むんだった^^
 というのは冗談として、あくまで自分自身に投資しろ、という言葉として噛みしめたい。

 正月の神頼みに関しては、続きがある。

  一月二日
何かを望むなら、望むにふさわしい行為をすることだ。何かを頼むなら、頼むにふさわしい行為をすることだ。

何万人もの人が一緒くたに述べる願いを受けとめて、その一人ひとりの願いを叶えてやれる人がどこにいますか。お願いの礼金を自分めがけて投げ入れてよこす人の願いを、素直に叶えてやる人がどこにいますか。

 「望むにふさわしい行為」、「頼むにふさわしい行為」・・・深い言葉だなぁ。

  一月三日
おのれを励ます最後の言葉はこれしかあるまい。
「この地球に、オレはこのオレだけだ。がんばれよ、オレ」

自分を救う者は自分であって、他の誰でもないと誰も気付く。
気付く日が必ず来るけど、遅すぎる。
 
 そうそう、春風亭柳昇師匠の有名な言葉を思い出すが、この世界、この地球にオレはオレだけだ。
 「がんばれよ、オレ」と思う。

  一月四日
数百数千の人群れの中にいて、オレは終始キチンと立っていた。人は多数の一単位として生きながら、出るも入るも個体だ。一個体、そこが人間存在の意義と誇りの土台だ。そこをお互いにうんと大切にしなくては。

 むのたけじさんのようにキチンと立っていられるかは別として、なんとか、一個体として、この一年キチンと立っていたいし、それぞれの個人を、互いに大切にしたいものだ


 遅ればせながら四日分をまとめて確認したが、この一年、この本を毎日めくるつもりだ。


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# by kogotokoubei | 2017-01-04 19:54 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
 ここ数年は、連れ合いの越後長岡の実家で年を越す。

 そこから近い金峯(きんぷ)神社、地元の方の愛称で蔵王様に昨日元旦の午後に出向いたのだが、今年は雪がなく足元が良いからなのだろう、いつにない人の出があって長い行列があったので、出直した。

 これが、本日2日の午前中の金峯神社の鳥居を望む、雪のない珍しい風景。

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 こちらの写真の左側にあるのは、「松代藩士の墓」の案内板。

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 五年前にこの案内板に初めて気づき、記事を書いた。
2012年1月3日のブログ

 案内板のアップ。
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 ちなみに、五年前、蔵王様の鳥居を望む写真が、これ。こっちが越後の正月なんだけどねぇ。
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 さて、案内板には、松代藩が、「東軍」(徳川幕府側)ではなく、「西軍」として戦ったと記されている。

 松代藩は元和8(1622)年に上田藩から真田信之が入封した後、明治まで真田が十代治めた藩である。

 父昌幸、弟信繁と袂を分けてまで徳川への忠誠を誓った信之から続く真田の松代藩が、なぜ戊辰戦争で徳川と戦うことになったのだろう・・・・・・。

 実は九代目の藩主幸教が病弱だったため、伊予宇和島藩主伊達宗城の長男であった幸民を養嗣子に迎えた段階で、男系も女系でも信之とは血がつながらなくなったのである。

 この幸民が十代藩主となった翌年に、幕府が崩壊。

 もはや、信之の徳川への忠誠心を継ごうとする思いは、血が途切れたこともあり消え去ったのだろう。松代藩は速やかに新政府に対して恭順の姿勢を示し、戊辰戦争では官軍の一員として奥羽戦線に藩兵を送り出したのである。

 池波正太郎は、信之が九十を過ぎても松代藩の永続のために奮闘する姿を『獅子』で描き、その後の同藩存続の危機をどのように耐えて真田が永らえてきたかを、『真田騒動-恩田木工ー』として記した。

 果たして、あの世で信之は、戊辰の役で徳川方と戦う松代藩の姿をどんな思いで眺めていたのだろう。

 雪のない蔵王様へのお詣りの帰り道に、そんなことを思っていた。


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# by kogotokoubei | 2017-01-02 15:24 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

1 NHK経営委員のトンデモ発言は、安倍の人選の必然的な結果である。
  (2014.2/6)
2 NHK「超入門!落語 THE MOVIE」、10月19日よりレギュラー放送開始。
 (2016.9/30)
3 月例三三独演「嶋鵆沖白浪」その十一、その十二 イイノホール 12月8日
 (2016.12/9)
4 『擬宝珠』—柳家喬太郎による古典掘り起こしの成果の一つ。(2014.1/18)
5 噺を演じることの、難しさ、楽しさ。(2016.12/4)
6 命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。 (2013.10/5)
7 新宿末広亭 12月下席 夜の部 12月27日(2016.12/28)
8 『文七元結』に見る、落語の伝承と創作。(2016.12/1)
9 柳派の噺家さんに挑戦して欲しい、初代談洲楼燕枝の十八番。(2016.12/10)
10 今年のマイベスト十席(2016.12/29)


 まったく意外だったのが、トップの記事。
2014年2月6日のブログ
 かれこれ、三年近く前のものだ。
 検索用語のランキングで判明したが、この記事ではNHK経営委員会の委員だった上田良一が、NHKの会長に就任したことからアクセスが急増したようだ。
 前任者よりは酷いことはないと思うが、監視する側のメンバーからの会長就任は、疑問だ。馴れ合い体質の現れではなかろうか。

 三ヵ月連続2位には、NHKのアテブリ落語番組の記事。タイトルのみで検索にひっかかっているようだが、落語は、やはり高座そのものを楽しみたいなぁ。

 3位には、三三の『嶋鵆沖白浪』楽日の記事が入った。なんとか、駆けつけることができたのは、昨年の収穫の一つ。

 4位の『擬宝珠』に関する三年前の記事。これも、いきなり増えて驚いた。
 どうも、12月18日のNHKの演芸図鑑で喬太郎の『擬宝珠』が放送されたためのようだ。

 5位は、テニス仲間との合宿での宴会での、自分の余興の落語での体験を書いたものだが、まさかのランキング入り。三席演ったのは初めて。聴くだけで稽古しなかった『子は鎹』だったが、登場人物が勝手にしゃべり出すとはこういうことか、という不思議な体験をした。

 6位にも、2013年の古い記事。三遊亭小円遊に関する談志の本を元にした記事だが、「笑点」関係の検索でひっかかることが多いのだろう。

 7位は12月27日の末広亭の記事。掲載は28日なので、四日間の掲載なのだが、ランキング入りした。やはり、“生”の落語に関する記事が、もっとも興味を持たれているということか。

 8位は『文七元結』に関する三代目円馬の演出を中心にした記事。このネタでの検索も多かったようだが、時期的なものなのだろう。

 9位は、三三の『嶋鵆沖白浪』をきっかけに書いた初代談洲楼燕枝に関する記事の一つ。
 円朝に比べて余りにも触れられることが少ないが、もっと語られるべき偉大な噺家だと思うなぁ。

 10位には12月29日のマイベスト十席が入った。三日間の掲載でのランキング入りとは、驚いた。


 今、NHKの「ブラタモリ」セレクションを見ながら記事を書いている。
 伊勢神宮の後、横浜。落語を楽しむにも実に参考になる内容。
 
 さて、ブラタモリの後は、昨日行ったら、雪のない元旦のせいか凄い行列で戻ってきた金峰神社(地元の人は蔵王様と呼ぶ)に、ブラ幸兵衛とするか。


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# by kogotokoubei | 2017-01-02 09:52 | アクセスランキング | Comments(0)
 本年も、我が家のシーズーの年始のご挨拶です。
 左がミミー(Mimy)、今年四月で八歳になる、永遠のお嬢さん。
 右がユウ(You)、今年九月で七歳になるヤンチャ坊主。

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 江ノ島のイルミネーションをバッグにした写真なのですが、これではどこにいるか不明^^

 いつものように、越後長岡での正月ですが、雪は雨に流され、街の中には積雪がありません。

 昨年、いろいろあった悪いことや何やらも、この雪のように水に流したいものですね。

 皆さんにとって今年が良い年でありますことをお祈りいたします。
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# by kogotokoubei | 2017-01-01 10:23 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛