噺の話

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 今日は午前中休みをとっているので、つい二本目の記事。

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中島隆信著『大相撲の経済学』(ちくま文庫)

 さて、シリーズの二回目。

 前回、大相撲は個人競技でありながら、「部屋別総当たり制」という対戦方式の制限があることが、他のスポーツとは大きな違いであると書いた。

 では、この「部屋」のこと、および「部屋」と「協会」との関係について、本書の「第5章 相撲部屋の経済学」から紹介したい。

 相撲部屋の役割
 力士は日本相撲協会に所属し、場所手当や給与などの報酬を受け取るが、稽古や寝食などは基本的な活動の場は部屋が中心となる。部屋は力士の面倒を見ると同時に、彼らを育成する」という責務を負う。
 入門した力士は六カ月間、協会の付属機関である相撲教習所に通い、相撲実技の指導を受け、教養講座(相撲の歴史、運動医学、スポーツ生理学、書道、一般社会、詩吟など)を履修することが義務付けられている。足を左右に180度近くまで開いた上で胸を床につける「股割り」と呼ばれる角界独特の柔軟体操もこの教習所で兄弟子たちから習う。しかし、協会サイドで行う指導は基本的にこれだけである。その後の育成はすべて師匠(部屋持ち年寄)と部屋に所属する年寄(部屋付き年寄)に一任されている。
 部屋に所属しているのは力士だけではない。行司、呼出し、床山、世話人、若者頭といった協会員はすべて相撲部屋に配属されている。
 (中 略)
 こうしてみると、相撲協会は持ち株会社で相撲部屋はそこにぶら下がっている子会社のようにも見える。たとえるならば、協会は各相撲部屋に出資し、相撲部屋はその資本金をもとに力士育成事業を行い、その成果として関取という配当を協会に渡すといった感じだろうか。しかし、後で見るように実際のしくみはそうした資本関係とは大きく異なるものである。

 私は、力士のみならず行司から床山、呼出しまでが部屋に所属していることから、サーカス団のようなイメージを浮かべる。

 あくまで、スポーツではなく、興行。芸人も裏方さんも一緒に移動し、行き先々で興行を打つ、という感じ。

 では、力士をはじめ、相撲興行を行うための多くの関係者が属する部屋は、どうやって団員(?)たちを食べさせているのか。

 相撲部屋の収支
 相撲部屋はどのようにして運営されているのだろうか。まず、相撲部屋を開設する際にかかる費用はすべて親方の自己資金で賄われる。協会がそのために出資したり補助金を出したりすることはない。したがって、部屋の財産はすべて部屋持ち年寄の私有物である。
 部屋は弟子を入門させてはじめて協会から補助金を給付される。補助金には、部屋維持費、稽古場経費、力士養成費の三種類がある。はじめの二つは、場所ごと弟子一人につき11万5000円と4万5000円給付され、あとの一つは幕下以下の力士一人につき毎月7万円の給付である。これらを合計すると取的一人を入門させると年間180万円の収入になる計算だ。
 そして彼らを無事に関取に育て上げるとそのご褒美として養成奨励金が給付される。これは、階級が上がるごとに増えるしくみになっていて、十両ならば一人につき年額114万円、平幕なら126万円、三役156万円、大関216万円、横綱276万円である。これは師匠に対して強い力士を育てるインセンティブを与える制度と解釈できるだろう。
 他方、支出に関して、その額の大きさは部屋の規模によって異なるが、その内訳は基本的に大部分が力士たちの食費と住居費によって占められている。あとは電気代やガス代などの光熱費、浴衣や下駄などの消耗品費、さらに部屋によっては専門のトレーナーからトレーニング指導を受けるための費用などがかかる。
 しかし、こうした費用には規模の経済性が働く。規模の経済性とは規模が拡大するほど単位当たりコストが下がることをいう。ここでは、力士の数が増えるほど力士一人を養成するためにかかる費用が少なくてすむということを意味する。その理由は明らかだろう。たとえば食事を例にとれば、力士が一人でも十人でも一定の支度は必要となるわけだし、大勢の方がむしろ材料などを効率的に使用できるからである。
 収入が人数に関して比例的である一方、支出面において規模の経済性が働くならば、人数を増やせば増やすほど経営は楽になるはずである。しかし、実際はもう少し複雑である。
 このように、相撲部屋は、取的(入門した力士の呼称)がいて、初めて協会からの補助を与えられる。
 そして、協会は金は出すが、力士の管理、育成内容については、口を出さない。

 協会と部屋の関係について、もう少し詳しく紹介したい。

 協会と相撲部屋の関係
 相撲部屋と協会の関係はきわめて奇妙なものである。表は両者の役割分担を整理したものである。
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 これを見ると、まず協会は力士の採用と育成に関しては部屋に「丸投げ」状態であることがわかる。しかし、力士と年寄は部屋ではなく協会に所属し、協会がその昇進を決定し、給与、部屋への補助金などを払っている。
 協会は部屋にすべての権限を与えているわけではなく、肝心なところは押さえているというべきだろう。師匠は弟子がよく頑張ったからといって勝手に昇進させてやるわけにもいかず、給与を増やしてやることもできない。協会からもらえる補助金の額はルールで決まっているから部屋は無制限に支出を増やせない。すなわち、支出にキャップがかけられている。
 一方、力士の育成に関しては完全に部屋の自由だ。どのようなタイプの力士を育てようと協会が口出しをすることはない。指導方針も任されている。ただ、協会としては部屋には相撲道を発展させ、観客を魅了する関取を育ててもらいたい。そのためには部屋に関取育成のインセンティブを与える必要がある。
 そこで、協会は、関取に昇進した力士には給与を与えて経済的に自立させるとともに、番付に大きな字で名前を載せて権威付けをし、華やかな土俵入りをさせてやり、NHKの相撲中継に映って目立たせることで、関取を持つ部屋が後援会のサポートを受けやすいように便宜を図る。こうして関取を育てた部屋の経済的負担が軽くなるようにしているのである。

 こういう関係なのである。

 今回の騒動でも明白なように、協会が過去の賭博事件や八百長事件を踏まえ、危機管理委員会なんて仰々しい組織をつくったところで、所属する力士を指導、育成する役割を部屋の年寄(親方)に丸投げしている構造が、問題解決への道を遠くさせてもいる。

 この協会と部屋との関係を考えても、やはり、他のスポーツとはあまりにも違うのである。

 加えて、協会の理事長や理事という幹部は、年寄しかなれない。

 外部から理事などになることはないのだ。

 まさに、閉じられた世界で、相撲という伝統ある興行を守ってきたわけだ。

 著者は、この後に、こう続けている。
 ここで一つの疑問に突き当たるだろう。なぜ協会は、本場所や巡業など全体活動を除くすべての部分に関する資源配分を部屋に任せてしまわないのだろうか。たとえば、力士の番付に対応する給与額を定め、各部屋には所属力士の番付に従って給付した上でその配分は部屋の年寄に任せてもよいように思える。そうすれば関取を育成することのさらに強い金銭的インセンティブが生まれるのではないだろうか。
 その理由は簡単である。協会は相撲部屋同士での過激な競争を望まないのだ。相撲部屋に高い自由度を与えることはそれだけ部屋同士の競争の余地を増やすことになる。第1章で述べたように、競争はシステムを変えるエネルギーを生み出す。相撲のように伝統を保持することを目的とする組織にとってシステムの変更を誘発するようなことは御法度なのである。

 “伝統を保持することを目的”とする組織である角界は、今、その伝統の破壊にもつながりかねない難題に直面している、と言ってよいかもしれない。

 協会が望まない、“相撲部屋同士の過激な競争”も起こりそうな気配がする。

 貴乃花親方が、協会と部屋の関係をも含む変革を目指しているのなら、それは、協会の大多数の理事(年寄たち)による保守派の厚い壁にぶち当たるだろう。

 他のスポーツと同様にオープンに、という考えを貴乃花が付き進めて行くと、部屋別総当たり制から、同部屋同士の戦いまでを含む個人別総当たり制まで行きつくが、そこまでは考えていないと思う。

 あくまで、協会、一門、部屋という構造における「部屋」の発言力を、今までより一層高めたいのではなかろうか。

 彼の懸念は、協会-一門-部屋という伝統的な構造に、新たに“モンゴル力士会”という組織が割り込んできて、その組織によって、彼の考える相撲の伝統とは違う文化や権威が持ち込まれたことにあるのだと思う。


 貴乃花は、検察の判断が示されてから、何を語るのか。

 その変革の目論見も、伝統に基づく旧来の大相撲の経済学と、深く関係しているはずだ。
 
 次の最終回は、伝統的な方法による、関取の給金のことについて紹介したい。
 
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by kogotokoubei | 2017-12-14 11:57 | 大相撲のことなど | Comments(0)

 日本では大相撲に関し、なんとも批判的な声がメディアに溢れている今、海外のサッカー界から賛美する声が届いたので、「あらためて、大相撲を考える」シリーズの関連として、この件を紹介したい。

 マンチェスターダービー後のトラブルについて、1995年と1996年に名古屋グランパスエイトの指揮官だったアーセナルのベンゲル監督が、相撲を模範とせよと苦言を呈したのである。

 日刊スポーツから引用する。
日刊スポーツの該当記事

ベンゲル監督、相撲を引き合いに乱闘騒ぎに言及
[2017年12月13日19時23分]

 マンチェスターダービー後にマンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティーの選手らがトンネル内で起こした乱闘騒ぎについて、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督が相撲を引き合いに出してコメントしたと、13日に英国複数メディアが報じた。

 ベンゲル監督は名古屋グランパスエイトを率いた2年間で相撲のファンになった。同監督は試合後に両チームの間に起こったことに驚かなかった。「ビッグゲームに負けたとき、受け入れるのは難しい。100%相手チームは勝利のお祝いをしている。少し無礼だと感じるものだ」とコメントした。「だからこそ私は相撲が好きなんだ。対戦相手をリスペクする意味から、試合後にどっちの力士が勝ったのか表情からは分からない。名古屋にいたとき、いつも観にいっていた。でも最も興味深かったのは横綱審議委員会だ。良い態度をとっていなかったり、尊敬する心を持ち合わせていなかったら、毎回勝利していたとしても横綱にはなれない」と相撲について説明した。

 ベンゲルが日本にいた2年間、1995年と1996年の名古屋場所の幕内優勝は、貴乃花。
 その2年とも、年間最多勝利は、貴乃花。

 ベンゲルが日本で相撲を観て、相撲における「対戦相手をリスペクト」する姿、横綱の「良い態度」「尊敬する心」に強く印象を受けたその対象は、間違いなく貴乃花だったと察する。

 今、一部のメディアでは、検察と警察を勘違いした詫びをFaxで送るのは非常識だ、とか貴乃花批判の声が続いている。

 私は、たしかに、検察と警察とを間違えたのだろう、と思う。

 検察がどう判断するかで、貴乃花の次の一手が変わるのは当然だ。

 本質から離れた、協会側に立つメディアによる貴乃花バッシングは、止まらないなぁ。

 そもそも、危機管理部長なる年寄が、わざわざ作業服のようなものを着て、会うはずもないことを分かっていながら部屋を訪問することこそが、演出の一つではないか。

 おい、被害者はどっちだ?
 
 加害者は、ベンゲルがかつてその姿、態度を賞賛した、「横綱」だ!

 ベンゲルが賞賛する、勝っても表情を変えることのない「良い態度」で対戦相手を「尊敬する心」を持つ横綱が、今の角界にいるのか?!

 ベンゲルが好きになった相撲の姿が失われていることこそが、今回の傷害事件につながる、今日の角界の構造的な問題ではないのか。

 このベンゲルの発言は、今の横綱のあり方を考えるためにも、もっと取り上げられるべきだと思う。

 Faxがどうのこうの、言っている場合ではないのだよ、メディアの皆さん。
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by kogotokoubei | 2017-12-14 10:58 | 大相撲のことなど | Comments(0)
 元横綱日馬富士傷害事件の話題が、まだメディアを賑わわせている。
 
 他のスポーツのように透明性を、などと指摘をする人たちは、あの興行と他のスポーツの違いについて、どこまで分かった上で発言しているのだろうか。

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中島隆信著『大相撲の経済学』(ちくま文庫)

 中島隆信という人や著書『大相撲の経済学』については、2011年の八百長事件の際に、その名にふれたことがある。

 2月10日の記事は、中島氏が出演したNHKスペシャルの感想、翌11日の記事は、「日刊ゲンダイ」が、中島氏の著者を引用し「八百長擁護派」とレッテルを付けた記事への小言だ。
2011年2月10日のブログ
2011年2月11日のブログ

 あの記事を書いた後に『大相撲の経済学』を入手し読んでいたが、まだ紹介したことがなかった。
 この本は、2003年に東洋経済新報社より単行本が発行され、2008年にちくま文庫に加わった。
 私が読んだ文庫の記述は、平成20年初場所時点と「序章」で記されている。

 同書を元に、まず、大相撲と他のスポーツとの大きな違いを中心に、紹介したいと思う。

 大相撲は、個人の総当たり制ではない「部屋別総当たり制」である、ということ。

 「第一章 力士は会社人間」から、引用。

 総当たりではない
 相撲は個人競技だが、個人別総当たりではない。、力士は日本相撲協会の一員であると同時に相撲部屋に所属している。相撲部屋には指導にあたる親方衆と先輩力士の兄弟子、後輩の弟弟子がいる、本場所の取組では、同じ部屋の兄弟弟子とは割が組まれない。つまり、対戦がない。このシステムを「部屋別総当たり制」と呼び、昭和40年から採用されている。
 それ以前に採用されていたシステムは、「一門系統別総当たり制」といって、同じ一門に所属する相撲部屋の力士同士は本場所での対戦がなかった。さらに昭和22年までは基本的に「東西制」で、力士が東方と西方に別れて対戦するというものであった。

 このことからも、大相撲は、あくまで興行であって、他のスポーツとは大きな違いがあることは明白だ。

 他の個人同士が対戦するスポーツ、テニスやバドミントンや卓球といった球技でも、柔道や空手でも、公式競技で、同じ会社や学校や道場などに所属する選手同士が対戦しない、などというルールのある競技は存在しない。
 
 大相撲の「部屋別」総当たり制は、次のような現象をもたらす。
 グループ内の取組がなければ、それだけ対戦の組み合わせの数は少なくなり、競争の程度が軽減されることは明らかだ。たとえば、平成13年春場所では、横綱、大関七人のうち、武蔵川部屋が四人(横綱一人、大関三人)を占めていた。個人別総当たりならば横綱、大関同士で21あるはずの取組が、部屋別総当たりのときは15に減ってしまう。また、武蔵川部屋に属さない幕内上位力士は横綱、大関七人全員と取組があるのに対し、武蔵川部屋の力士はそのうちの三人とだけ対戦すればよいのである。

 ちなみに、平成13年春場所は、横綱が貴乃花と武蔵丸(武蔵川部屋)、大関が魁皇、千代大海に加え、武蔵川部屋の武双山、出島、雅山という顔ぶれだった。
 この場所では、千秋楽に魁皇が武双山を下して、13勝2敗で二度目の優勝を果たしている。

 部屋別総当たり戦での例外は、同部屋同士が同じ勝ち星で優勝決定戦を争う場合。

 記憶に残る、あの一戦。

 平成7年九州場所千秋楽の優勝決定戦、横綱貴乃花と大関若乃花のあいだで、同部屋力士による史上初の兄弟対決という取組が実現した。このときにおテレビ視聴率は58%を記録したという。完全個人別総当たりを望む声は強い。

 しかし、大相撲の協会と部屋の関係は、個人別総当たり制の実現を難しくしている。
 大相撲では衣食住の日常生活は部屋単位、鍛錬のための稽古は一門単位でなされることが多い。かつて一門別から部屋別総当たり制に変更した際にも、「一門でいつもけいこをやっていたし、地方場所では宿舎も一緒だった」(出羽海・元理事長談)仲間と本場所では対戦しづらかったようだ。
 第5章で詳しく述べるが、日本相撲協会は力士の育成に関して各相撲部屋にほぼ「丸投げ」の状況である。力士育成にかかわる補助金や奨励金の類はすべて部屋単位ないし部屋を所有する年寄単位で支給される。つまり、弟子を鍛えるインセンティブは各部屋に与えられているのである。
 こうした状況にあって個人別総当たり制を採用することは「合理的」どころかむしろ非合理である。同じ部屋に所属する力士同士が対戦するようになれば、部屋の親方は力士を鍛えることよりむしろ、弟子たちの間での白星と黒星の配分の方に気を遣うようになるだろう。昇進のかかった力士の対戦相手が同部屋だったりすれば、勝ったとしても裏で星のやりとりがあったのではないかと疑われよう。真剣勝負は減少し、角界にとってもファンにとっても決してプラスとはいえない。

 たしかに、同じ部屋の力士が、千秋楽で対戦することになり、かたやすでに勝ち越し、もう一方が七勝七敗なら、その結果がどうなりそうか推測できる。

 今回の騒動で、他のスポーツと同一視して発言している人は、この「部屋別総当たり制」という仕組みを充分に認識しているのかどうか、怪しいものだ。

 では、その部屋と協会は、どんな関係にあるのか・・・・・・。

 次回は、そのあたりについて、ふれるつもり。

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by kogotokoubei | 2017-12-13 12:18 | 大相撲のことなど | Comments(0)
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江國滋著『落語美学』

 このシリーズの最後、四回目。

 「第三章 金について」より。

 国会でプロレスごっこをしていればどんどん金が入ってくる人とか、泥棒にくれてやる大金を枕もとにおいて寝る人などは、金なんか自然に湧いてくるとでも思っているのだろうが、本当は、
「けッ、馬鹿にしやがって、三文べえの銭、なくすもなくさねえもねえ、こんだなもの・・・・・・しかし、地べたァ掘っても三文の銭ァ出ねえちィ譬(たとえ)がある。これで商(あきね)えぶてねえことあるめえ、よし、やってみべえ」(『鼠穴』)
 というくらい尊いのが金である。
 そこでまたこんなことがいわれる。
「何をいってんだねえこの人ァ、夫婦の仲で水くさいことおいいでないやね、そんな礼なんぞいわなくたって」
「いや、なんの仲でも銭金は他人てえことがある。おめえのおかげでおれも本当にありがてえ、これでまァ病気がなおるんだから・・・・・・」(『文違い』)
 これもまた至言には違いないが、それにしても「なんの仲でも銭金は他人」とは厭な言葉である。人生が索然としてくるような、そんな響きを持っている。だが、金の世の中という現実に目をつむるわけにはいかない。だいいち、法律でさえ「夫婦ノ一方ガ婚姻前カラ有スル財産及ビ婚姻中自己ノ名デ得タ財産ハソノ特有財産トスル」(民法 第七百六十二条)と定めている。なんとも味気ない話だが、いまさら反対してみてもはじまらない。「なんの仲でも・・・・・・」という『文違い』の科白は、このようにちゃんと民法精神にのとっているわけだが、しかし金というもの、それほどまでに執着しなければならないものだろうか。

 「国会でプロレスごっこ」は、この本の初版発行が昭和40年であることから、あの時代の政治状況を察することができる。
 今では、良くも悪くも、そういった体を張った議員さんたちの応酬は見かけないが、それは、今が平和だからではないと思うぞ。
 「真摯」とか「丁寧」という言葉の大安売りに対しては、野党議員も少しは体を張って欲しかった、と私は思っている。

 話を戻そう。

 『文違い』に出て来る、「なんの仲でも銭金は他人」は、落語愛好家の方はご存知のように、目の病気と偽って新宿遊郭のお杉を騙す、芳次郎の言葉だ。
 そう考えると、この「なんの仲でも」という言葉には、より一層、厭な響きを感じるなぁ。

 江國さんは、上記のように金への執着に関する疑問をふった後、こう続けている。

 極道の限りをつくす大工の熊公が、その疑問に答えてくれる。
「人間てえものァ、ちィちィして銭ばかり貯めたってしょうがねえじゃねえか、え?いくらおめえ、山のように金ェ貯めたって、もういま息を引きとるてえ場合(ばやい)になて一文だって銭ァ使わねえだろう、そう考えてみりゃつまらねえや、なァ、何万両残したって、死んで背負ってけやしねえんだ」(『子別れ・上』)
 隠居の葬式酒にのんだくれた熊公が、これから女郎買いに行くという場面で、こんな怪気炎をあげる。
 とんでもない無類の徒ではあるが、「何万両残しても死んで背負っていけない」という言葉は正鵠を射ている。

 熊が仕事の金を前借りした後なので、言える言葉かもしれないが、たしかに、貯めた金を背負って三途の川を渡ることはできない。
 
 しかし、現実には、なかなかこう割り切ることは、そう簡単ではないのも人情。

 江國さんは、ある実体験をこの後に披露している。
 
 本郷にNという旅館がある。京都風の落着いた宿だが、熊公の言葉を聴くと、ぼくはいつもここの女将を思い出す。彼女は六十九歳になって、ソ連とどこだかに旅行をしてきたという変りものだが、“外遊”がよほど気にいったとみえて、近く印度を中心に六カ国旅行に出掛けるという。さぞ費用がかかるだろうね、とい尋ねたら、この女将、ニヤリと笑っていった。
「なんぼお金を残してみたところで、死んで背負っていけるものやおまへん。生きてるうちに使うたほうがトクでおます」

 この旅館の女将さんの言葉は、古希を前にした達観が言わせるものだろう。 
 しかし、江國さんも、つい“変りもの”と形容する位、なかなか達観できないのが、生身の人間。

 江國さんはこの後、落語の中にも、なかなか言えないことを言う主がいることを、紹介している。

「いやいや、そんな言訳をしなくてもいい、お前が金を出して遊んでいるか、他人(しと)のお供か見てわからないあたしじゃない。しかしまァきのうのお前がお供で遊んでいたんでしょう。どうか、他人さまとつきあって遊ぶときには、充分に金は使っておくれ。いいかむこうで二百両出して遊んだときはお前は三百両お出し。五百両使ったら千両お使い。どうかそうしてくれないと、いざというときに商売の切ッ先が鈍(なま)っていけない。そんなことでつぶす身代なら、あたしァなんともいわない」(『百年目』)
 かくれ遊びをしている番頭に主人がこんなことをいう。おだてたり、やんわりと叱ったり、ちくりと皮肉をいったり緩急自在にあやつりながら、しかも情理を尽した説諭の、これはほんの一部であるが、さすがに大店の主人の言である。商売をしたことのないぼくにはよくわからないが、いかにもそうかもしれないという気がする。とくに「切ッ先が鈍っていけない」という表現がおもしろい。

 こんな主人も、なかなかいるものではない。
 しかし、実に見事な指導、教育の姿ではなかろうか。
 こう言われてしまうと、無駄な金の使い方などできようもないだろう。

 『百年目』では、かつて立川志の輔がパルコで演じた映像を見たことがあるが、主人が泣いて番頭に辞めないでくれ、と頼む場面があり、閉口した。

 泣くような主人では、ないのだ。
 志の輔がその後、演出を変えたかどうかは知らないが、あの時の人物造形は、腑に落ちなかったなぁ。

 江國さんは、この章の最後に、あのネタを持ってきた。

 さて、金の項の最後に、万人だれでもが共感を覚える会話を紹介しよう。
「あのじじいが、まァいけッ太えじじいだな、あん畜生ァ、門跡さまのお茶屋へでも行ってころがってやがる年ごろで・・・・・・囲い者をしやがるとはどうもあきれ返ったじじいだなァ、・・・・・・大体なんですね、あの女はあんなじじいいに惚れてるんですかねえ」
「惚れてやしねえやな、お面もぼんくらだなァ・・・・・・金だよ」
「あ、そうか、金ですかねえ・・・・・・いい女だなァ、まったく。ああいうのが金があれば自由になるんだなァ。金さえありァいいんだ(と目をつむって嘆息して)ああ、ああ、金がほしいや、どうも」(『三軒長屋』)
 これこそ、まさしく、お説ごもっとも、であろう。

 金のこと一つとっても、『鼠穴』で描くように、地べた掘っても三文の銭が出てくるわけでもない、という教えももっともだし、厭な言葉とはいえ、なんの仲でも銭金は他人、という『文違い』の教えも否定し切れるものではない。
 また、『子別れ』で熊が酒の勢い言ったとはいえ、死んで金を背負って行けるわけでもないというのも、名言に違いない。
 『百年目』の主人の大店の主人としての説諭には、こんな上司に仕えたい、と思わせる。
 そして、『三軒長屋』では、人間の本音が顔を出す。

 金をめぐっても、こういった多様な人間の姿が描かれるところに、落語の素晴らしさがあるのだろう。
 
 ということで、このシリーズはこれにてお開き。

 いやぁ、落語って、ほんとにいいもんですねぇ!
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by kogotokoubei | 2017-12-12 12:33 | 落語の本 | Comments(2)
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江國滋著『落語美学』

 このシリーズの三回目。

 その前に、「哲学」という固い題が気になる方もいらっしゃるだろうから、江國さんが「序説」で書いていることを紹介しておきたい。

 われわれがいま耳にするのは、要するに二百年にわたって磨きぬいた芸であり、その芸に裏打ちされたすぐれた表現なのだ。これを称して「落語哲学」と、ぼくは勝手にそう名付けたのだが、何を大げさなといわれるかたには、八っつあんの倫理、熊さんの知恵といい直してもいい。それもお厭なら、落語・温故知新とでもいおうかー。

 ということで、あまり「哲学」という言葉に目くじらを立てずに、ご覧のほどを。

 では、「第二章 色について」から。

 まずは、志ん生の高座を思い浮かべてお読みのほどを。

「あんまりやさしくすると当人が図にのぼせてしまう、といって、小言をいやァふくれるし、なぐりゃ泣くし、殺しゃ化けて出る・・・・・・どうも困るそうですなァ、女というものは、見たところは大変綺麗で、いいようですが、外面如菩薩内心如夜叉なんてえまして、見たとこは菩薩のように綺麗だけれども、腹ン中は鬼か蛇だって、これァお釈迦様がそういったんで、苦情はむこうのほうへもってってくださいよ」(『お直し』)


 あくまで志ん生がマクラで使っているから、外面如菩薩内心如夜叉(げめんにょぼさつないしんにょやしゃ)なんてぇ言葉を引用しているので、私がそう思っているのではないことを、強くおことわりしておきます^^

 江國さんは、次のように続けている。

 外面如菩薩内心如夜叉という言葉そのものは別に珍しくもない。仏教の「華厳経」が出典だそうだが、この言葉を志ん生が、あのめんどくさいような、どうでもいいような調子で喋ると、とたんにおかしくなってくる。ただおかしいだけではなく、どことなく真実味が加わってくるから妙である。聴いているうちにぼくは、劇作家ボーマルシェーがフィガロにいわせた有名な独白を思い出す。
「噫々、女! 弱ああい、当(あて)にならねえ代物だなあ! およそ生きとし生けるものは本能に縛られるが、手前の本能は男を誑かすことか?」(『フィガロの結婚』第五章第三幕。辰野隆焼く)
 女性よ、期せずして似通った彼我の女性観に腹を立ててはいけない。一見女性蔑視のように聞こえるこの二つの言葉の底に流れているものは、蔑視どころか実は、徹底した女性崇拝の思想なのだから。


 志ん生の『お直し』で、『フィガロの結婚』を連想するところが、江國さんなのである。
 この後を続ける。
 同じ『お直し』の中にこんな言葉もある。
「この、女ってえのァそういう時に慰められるてえと、いちばんうれしい。ああこの人は親切だなッと思う・・・・・・親切と慰めとこんがらがってきますね、そうすると、二人の間でもって、なにかそこにできあがってくる」
 今も昔も変らぬ男女間の微妙な心理。その本質を衝いた至言ある。
 先月の柳家小満の会で、この噺を聴いた。
 “男女間の微妙な心理”を描いた、好高座だった。
 かつては売れっ子だった吉原の花魁が、年を重ねてお茶をひくことが多くなり沈んでいるところを、同じ店で妓夫として働く男が優しく声をかける。

 男は、この時、夜叉ではなく菩薩を彼女に見たのだろうねぇ。

 男は、その外面如菩薩に、弱いのだ。

 それが独身だったりすると、大きな勘違い、あるいは都合の良い錯覚をしてしまう。

 そういった、スケベ心から女に騙される男のだらしなさは、数多くの落語で明らかにされている。
 引用を続ける。
「ああそうだよ、それァおればっかしじゃないよ。あすこの家ィ稽古にくるものは、みんなあわよくばってのがもうずうッとそろってるんだ。ああ、あわよか連だ。そういうおまえだってあわよか連だよ。おまえなんざァ、あわよかが着物を着て下駄ァはいているようなもんだよ。だけどそのことについてはもう心配しなくてもいいよ。師匠はあたしに惚れてんだから」(『猫忠』)
 美人で愛想のいい遊芸の師匠が稽古所を出すと、町内の若い衆がたちまち競争で通ってくる。もちろん、芸なんぞどうだっていいという手合いだ。師匠も心得たもので、適当に「スジがよござんす」だの「お声がよろしい」だの、心にもないお世辞をそれぞれに配合する。いわれたほうは「こりゃ、ことによると・・・・・・」と、勝手にうぬぼれる。三回も通ううちに、あわよくば金的をという野心を抱きはじめる。
 馬鹿馬鹿しい、と嗤う資格はわれわれにはない。毎日美人喫茶にやってきて珈琲一杯で三時間もねばる学生。どうせ会社の金だから痛くも何ともないのだろうが、それにしては法外に高い金を出して、せっせと高級バーに通勤するサラリーマン。いい齢をして小料理屋のおかみに目をつけて、何とかして旅行・・・・・・それも東京都内一拍旅行に誘い出そうとヤッキになっている好色おやじ。即ち悉く「あわよか連」である。
 
 “美人喫茶”というのが、この本が昭和四十年発行ということを思い出させるねぇ。

 盛り場の様子も平成の今では変わっているにしても、「あわよか連」が夜の街を彷徨っていることには、変わりがなかろう。
 キャバクラで「あわよくば」と鼻の下を伸ばしている男は、少なくなかろうし、好色おやじが通う、昔は美人だったであろう女将のいる小料理屋も、少なくはなったとはいえ、ないことはない。

 「あわよか連」のマクラは、『あくび指南』『稽古屋』『汲み立て』など稽古ごとが登場するネタでよく聞くことができる。

 炬燵の中で手を握っていたのが美人の師匠ではなく、同じ「あわよか連」野郎だったことが判明した時の男に同情を禁じ得ない人が、少なくないだろう。

 しかし、淡い期待が裏切られたとしても、「あわよか連」のショックは、そう大きなものではない。
 江國さんも、こう書いている。
 あわよくばということは、失敗してモトモトだということにほかならない。ごく安直にちょっかいを出すかわりに、望みがないとわかればいささかの未練もなく引下がるー男性の助平根性は、おしなべてまあそんなところである。

 見事にふられた後で、「あわよか連」の面々の中にも、「外面如菩薩内心如夜叉」を痛感する者がいるだろうなぁ。

 くどいようだが、この言葉、お釈迦様が言ったので、苦情はむこうのほうへもってってくださいよ^^

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by kogotokoubei | 2017-12-11 12:39 | 落語の本 | Comments(0)
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江國滋著『落語美学』

 このシリーズの二回目は、「第四章 生活の知恵」から。

「おばあさん、なんか着るものを出してやんな、え?印半纏、うん、古いやつでいいよ(略)ああ結構、結構、じゃそいつを出しといてやんな。それから紐のついた財布を出して、それから、かぶり笠はあるかい?ああ、ふたッつある、浅いのと深いのと、そうだなァ、浅いほうがいいだろう、うん、笠の底に青ッ葉を二、三枚入れといてやんなよ。暑さにやられねえように・・・・・・」(『唐茄子屋』)
 というのには、ちょっとしたおもむきがある。苦労人の伯父さんが、ぐうたら野郎の根性をたたき直そうとして、きついことばかりいいながら、時折り、言葉のはしにちらりと、甥に対するいたわりが顔を出す。その人情味もさることながら、暑気ふせぎに青ッ葉をという民間衛生をきくとつい「ふうん、そういうものかなァ」という気になってくる。たとえ科学的根拠はなくても「俺は青ッ葉を入れているから大丈夫だ」という自信によって、もし気力が出てくるとすれば、それはもはや「迷信」ではなくて一つの立派な「知恵」である。

 『唐茄子屋』でこの「青ッ葉」を聞くまでは、そういう知恵があることを、私は知らなかった。

 この後の江國さんの体験が興味深い。
 昨年の夏、ぼくは日本橋のY病院に入院して痔の手術を受けた。生来弱虫の上に、堪え性がないので、あたりかまわず痛い痛いを連発して、病院中に勇名を馳せてしまったのだが、痛がるたびに院長は看護婦に命じて、惜し気もなくモルヒネなどの麻薬注射をしてくれた。痛み止めの散薬も普通の患者の三倍近くのませてくれた。薬石効あって、いよいよ数日後にはめでたく退院というある日、回診のあとで院長が笑いながらいった。
「キミが有難がってのんだ薬ね、あれの三分の二はただの重曹だよ」
 ほんとですかというぼくの言葉をさえぎって院長はさらにいった。
「注射だって、ほんとの麻薬を打ったのは二、三本だよ。あとはみんな食塩注射さ。それでピタリと静かになるんだからキミも不思議だねえ、ハハハ」
 “真相”を告げられて、無念、はかられしかという口惜しさは全然感じなかった。といって、ころりと暗示にかかるおのれの単純な神経をはずかしいとも思わなかった。院長は不思議だといったが、ぼくはちっとも不思議だとは思わない。患者の神経なんて、みんなあんなものではあるまいか。
 近代医学でもこの通りである。「青ッ葉を二、三枚・・・・・・」という教えも、あながち軽蔑したものではない、と、これは自分の体験からいうのである。

 う~ん、なるほどねぇ。

 江國さんにとっての“青ッ葉”は、院長の見事な暗示だったわけだ。

 病は気から、ということか。

 この後には、こんな落語の中の一言が紹介されている。

「で、この品川あたりまではうちの者はもちろん、親類友達なんてえものが見送ってくれまして、『じゃァ、道中気をつけて・・・・・・水が変るぜ』」(『三人旅』)
 これは青ッ葉に比べれば、ある程度科学的な根拠がある言葉かもしれない。例えば、都会の子供がいきなり田舎へ行って井戸水をのんでお腹をこわすというのは、いまでも充分あり得ることだ。だが、ここでは、そのこと自体よりも、「水が変るぜ」という些細な注意を別れぎわのきまり文句にした古人の知恵に感心する。どんな場合でも、別離の時というものはしめっぽくて、厭な感じのするものである。もっともっと話しておきたいことがありそうでいて、実際にこの瞬間にはもう何もいうことがない。といって、ここで何かいわなくては間がもてない。悲しみをやわらげようと下手な冗談をとばしてみても、むなしさがあるだけで、うっかりすると笑いが涙に変ってしまう。どうも仕様がない。しかし発車のベルまであと三分あるーそんな片づかない雰囲気を「水が変るぜ」の一言がみごとに救ってくれる。情がこもっていて、しかも適当に突き放したような感じもあって、いったん口に出してしまうと発つ人、送る人の間にくっきりと線が引かれて、そこに諦めの感情が生じる。こんなすばらしい別離の言葉が、外国語にあるだろうか。いろいろきいてみたが、中国語の「水土不服(スイトウプーフウ)」が、わずかに雁行するといえばいえようか。
 「水が変るぜ」という言葉の持つ深い味わいを、このように説く人は、そういないだろう。

 私は被害にあったことはないが、海外で水で被害にあった人の話は、数多く耳にしている。

 青ッ葉よりは、たしかに科学的根拠があるだろう。


 今では、落語以外では聞かことがほとんどのない、青ッ葉、水が変る、などの言葉、大事にしたいねぇ。

 思うのは、そういう言葉が残るということは、そういう言葉をかける気持ち、気配りや優しさも残るということだ。

 落語の世界には、そういう庶民の暮らしの温かさ、柔らかさがあるということが、紹介した内容から強く感じるなぁ。

 もう一、二回、このシリーズは続く予定。

 
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by kogotokoubei | 2017-12-09 11:50 | 落語の本 | Comments(0)
 前の記事で冒頭に引用した『二十四孝』の科白は、実は、江國滋さんの落語三部作の一つ『落語美学』を再読していて、目についたものだった。

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江國滋著『落語美学』


 三部作は、『落語手帖』が昭和36年に普通社から初版が発行され、この『落語美学』が四年後昭和40年、『落語無学』がそれからまた四年後昭和44年に東京書房から発行された。
 旺文社文庫での再版後、今ではちくま文庫で読むことができる。

 最初の『落語手帖』は、昭和9年生まれの江國さんが二十代で書いた本であるから、恐れ入る。

 前の記事で引用した『二十四孝』の科白は、「落語哲学」の中の「第五章 道徳について」で登場する。
 その少し前から、ご紹介。

 「何処(どけ)ェ奉公するにしてもつまんねこンだ。それよりも自分で商売ぶってみろ。奉公ぶつより商えぶてや」(『鼠穴』)
 成功した兄が、おちぶれた弟をさとす場面で、こんな言葉が朴訥な兄貴の口からすらりとでる。これをそのまま、これから就職する学生諸君に贈りたい気がする。将来が一応安全で、小ぎれいで、体裁だけは頗るいいホワイトカラーになりたがって、われもわれもと大会社に殺到する、その気持ちはわからないでもないが、しかし、めでたく大会社に就職したその瞬間から、人生の墓場へ片足ふみ入れたことになる事実を、学生諸君ご存知か。

 これは、慶應を卒業して新潮社に入社し「週刊新潮」の編集部員などを経て独立した江國さんの、本音なのだろうか。

 今なら、「起業のすすめ」とでも言い換えられそうな江國さんの言葉、今の学生諸君にも聞かせたいような気がする。

 最近の新入社員の安定志向は、その昔を思わせるものがある。

 大企業志向や長期勤務を要望する傾向が強い。

 海外留学は年々減少しているし、たとえば、アメリカのシリコンバレーで活躍するアジア人は中国やインドの若者ばかり。

 さて、この後。

上役の目をたえず気にしてびくびくしながら、スポーツ新聞と麻雀とヤケ酒とでずるずると日を送り、やっとこさ課長になって気がついた時には五十五歳の定年、というのがホワイトカラーの大多数の運命である。「奉公ぶつより商えぶて」といいたくなるではないか。
 逆に大学当局のお耳に入れたい言葉もある。
「おまえの親父は、食べる道は教えた、人間の道というものを教えないから、貴様のようなべらぼうものができたんだ。ええ?」(『二十四孝』)
 与太郎に対する伯父さんの小言だが、「親父」を「大学」と置きかえるだけで、立派に現代にも通用する言葉である。

 この部分を読んで、私は「大学」を「親方」と置き換えても、十分に通用すると思った次第。

 これ、本来の「親父」あるいは「母親」においても、もちろん現代でも通用するのは、当然のこと。

 「道徳教育」とか「礼儀」とか「礼節」とか「躾」などという言葉を使うと、すぐ、右寄りだとかなんとか指摘されかねないので敬遠されるが、親でも先生でも、師匠でも親方でも、「食べる道」のみならず、それらの言葉を包含した「人間の道」を教えることが、今の時代に欠如しているのではないか。

 しかし、それは学校の「道徳」の授業を増やせばいい、という問題ではないのは明らか。

 そもそも、先生が生徒、学生に信頼されているのかどうか。
 何を言っても、言っている先生自身に戻ってくるばかり、というのが実態ではないか。
 江國さんは、紹介した文章のしばらく後で、こんなことを書いている。

 学校の教育があまりアテにならないとなると、家庭で教育するしか方法はなくなるが、その家庭の躾けがまた恐れ入る。どこの家庭も、早期才能教育と自由放任教育の二本立てばかり。
「・・・・・・あ、これ、商売もんの算盤またぐんじゃない。脇ィやっときな」(『金明竹』)
「へえ、へえ」
「重ね返事はよしなよ。へえへえというのはいけない」(『小言幸兵衛』)
 こういうなつかしい躾けは一体どこへいってしまったのだろう。

 こういう文章を読んでいると、しみじみ、落語っていいよね、と言いたくなる。

 ということで、何度かに分けて、この「落語哲学」の部分を紹介するつもり。

 私の名前が出たところで、今回はお開き。

 
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by kogotokoubei | 2017-12-08 19:54 | 落語の本 | Comments(0)
 今回の相撲界の騒動について、先にオチャラケ版の記事をマクラ(?)でふったが、それでは本編を。

 落語の『二十四孝』の科白に次のようなものがある。

「おまえの親父は、食べる道は教えたが、人間の道というものを教えないから、貴様のようなべらぼうものができたんだ。ええ?」

 今回の相撲界の事件で、この科白を思い出した。

 この「人間の道」という言葉は、やや重すぎて、言ってみれば、生涯かかって教わり、教えるものかと思う。これは、一生続く授業なのかな。

 常識や礼儀、礼節なども、この「人間の道」という授業の重要教科となるだろう。

 日馬富士の引退会見で、彼は貴ノ岩に暴行を働いた理由について、「礼儀と礼節がなってないと、ただしてあげたかった」と言った。

 加害者である日馬富士から、「礼儀」「礼節」という言葉が出るあたりに、あの世界の特殊性がかいま見える。

 あの世界での常識は、外の世界のそれとは、違うのだ。

 日馬富士は、三十路を少し過ぎたばかりの、べらぼうものであることは間違いない。

 あの引退会見で、傷害事件の被害者貴ノ岩への詫びがあったとは思えない。

 それは、次のような本音が、腹の底に渦巻いていたからだろう。

 「なぜ、こんなに大袈裟になったのか・・・・・・」
 「内々に済ませられたはずなのに・・・・・・」

 本人も親方も、これが本音だろう。
 
 それにしても、今回の騒動において、これまでの不祥事の時と同様に、メディアやコメンテーターなる人々が、相撲界に透明性を求めたり、他のスポーツと同じように扱う発言には、閉口する。

 コメンテータなる人たちが、「なぜ同じ過ちを繰り返すのか」という言葉は、彼らにこそ突きつけたい。

 興行の場所の名に「国技館」とつけたがために、「国技」として論じられるのには、閉口する。
 日本は、法令で国技を定めているわけではない。
 また、国民にもっとも普及しているスポーツでもない。
 そもそも、スポーツではなく、興行なのである。

 七年前に野球賭博事件が起こった際、記事を書いた。
2010年7月8日のブログ
 実は、ここ数日、この記事へのアクセスが急増している。

 同記事は、朝日新聞の2010年7月7日付け朝刊の特集に、小沢昭一さんの「正論」と言うべきコメントが掲載されたことがきっかけで書いた。

 あらためて、小沢さんの主張の一部を紹介したい。

 特集ページのタイトルは「大相撲は何に負けたのか」、となっていて大学教授などのコメントなどと併せて、小沢さんのまっとうなお話が次のように載っていた。
 神事から始まった相撲は江戸の終わり、両国の回向院で常打ちが行われるようになる。両国というのは、見世物小屋や大道芸が盛んなところです。このころ現在の興行に近い形ができあがりました。
 明治になりますと、断髪例でみんな髷を落としました。だけど相撲の世界では、ちょんまげに裸で取っ組み合うなんて文明開化の世に通用しない、てなことは考えない。通用しないことをやってやろうじゃないか、と言ったかどうか分かりませんけど、とにかくそれが許された。そういう伝統芸能の世界。やぐらに登って太鼓をたたいてお客を集めるというのも芝居小屋の流儀でしょう。成り立ち、仕組みが非常に芸能的。どうみても大相撲は芸能、見せ物でスタートしているんです。
 芸能の魅力というのは、一般の常識社会と離れたところの、遊びとしての魅力じゃないでしょうか。そんな中世的な価値観をまとった由緒正しい芸能。僕は、そんな魅力の方が自然に受け入れられるんです。
 美空ひばりという大歌手がおりました。黒い関係で世間から糾弾されて、テレビ局から出演を拒否された。ただ、彼女には、世間に有無を言わせない圧倒的な芸があった。亡くなって20年になります。そんな価値観が許された最後の時代、そして彼女は最後の由緒正しい芸能人だったんでしょう。
 昨今のいろんな問題について、大相撲という興行の本質を知らない方が、スポーツとか国技とかいう観点からいろいろとおっしゃる。今や僕の思う由緒の正しさを認めようという価値観は、ずいぶんと薄くなった。清く正しく、すべからくクリーンで、大相撲は公明なスポーツとして社会の範たれと、みなさん言う。
 しかし、翻って考えると、昔から大相撲も歌舞伎も日本の伝統文化はすべて閉じられた社会で磨き上げられ、鍛えられてきたものじゃないですか。閉鎖社会なればこそ、独自に磨き上げられた文化であるのに、今や開かれた社会が素晴らしいんだ、もっと開け、と求められる。大相撲も問題が起こるたんびに少しずつ扉が開いて、一般社会に近づいている。文化としての独自性を考えると、それは良い方向なのか、疑問です。

 どうです、この本質を突いた発言。

 他のスポーツと大相撲は、成り立ちからして違うのである。

 地方の興行では、暴力団、今で言う反社会的組織の力を借りるのが当たり前だったし、かつてのタニマチには、その筋の人も多かった。
 
 相撲が閉じられた世界であり、興行、もっと言うなら、見世物としての歴史を刻んできたのは、紛れもない事実だ。

 閉じられた世界、という表現はネガティブな印象を与えるかもしれないが、言い換えれば、その組織が共通の価値観を元に強く結びついている、とも言えるわけで、外とは分離された固有の世界なのだ。

 だから、あの世界での常識が、世の中一般の常識とは限らない。
 
 しかし、そういう固有の世界は、必ずしも悪い面ばかりがあるわけではない。

 その固有の世界にいる人たちだからこそ、伝え続けることができることがある。

 たとえば、「可愛いがる」という名での稽古は、まさに伝統である。

 その激しい稽古については、誰も「暴力」とは言わない。

 “教育”や“指導”はどのスポーツの世界にもあるが、かつては竹刀で叩かれながら稽古で鍛えられてきた相撲は、やはり、他のスポーツとは異質なのだ。

 まさに、閉じられた世界だからこそ、相撲という興行は伝統をつないできた。

 今回の事件、“閉じられた世界”の人々は、できれば内々に処理したかった。

 もし、被害者が貴乃花部屋の力士じゃなければ、今回の件は、公けにはならなかったかもしれない。

 協会幹部側の最初の貴乃花批判は、警察への被害届の前に、協会に届けるべきだった、ということ。

 その背景にある本音は、あくまで内々に処理したかったということであり、決して、再発防止対策を検討するためではない。

 私は、協会側、貴乃花、どちらの味方でもない。
 
 あえて言えば、客観的にこの事件を眺めている。

 相撲という世界は、好き嫌いは別にして、閉じられたままでいいと思う。
 というか、そうじゃなければ、あの興行は成り立たないとも思う。

 問題は、その伝統の世界が閉じられているかどうかではない。

 若くしてあの世界に入り、稽古して、食べて、眠って・・・という特異な日常を送ってきた、十代、二十代の若者に、「食べる道」のみならず、「人間の道」を叩き込むことが、今の相撲界ではできていない、ということが問題なのである。

 そうした、「食べる道」は身についたものの、常識や礼節など「人間の道」には疎いままの若者が、番付が上がり周囲からチヤホヤされて、勘違いしたままで精神的には未成熟な人間になってしまう。

 スポーツや芸能の世界である程度の活躍をした人の不祥事は、人間的に未成熟なままに周囲に甘やかされて、「何やっても許される」と勘違いした結果であることが多い。

 これは、どの世界でも同じだろう。

 相撲界において、その勘違いを正し、世間一般の常識や礼儀を教えるべきなのは、親方や女将さん、タニマチなどの役割になるはずなのだが、残念ながら、そういう環境にはなかったことが、問題の根源にある。

 親方を含め、部屋の関係者にとって、横綱、大関などは大事な稼ぎ頭であるので、つい甘やかす。

 加えて、部屋のみならず、相撲界全体でも、幕内上位の力士を甘やかす体質になっているのが、現状ではないか。

 伊勢ヶ浜親方は、日馬富士の酒癖の悪さを知らなかったと言う。
 そりゃあ、自分の前では、大人しくしているだろう。
 親方が嘘をついているのではなくて、自分がいない酒席や飲み会での横綱の酒癖の悪さが親方の耳に入らなかったとするなら、本来は通じているべき、閉じられた世界のコミュニケーションのパイプが詰まっているということだろう。
 タニマチは、知っていても忖度したのか。
 女将さんは、悪い噂を、本当に耳にしなかったのか。

 日馬富士にしろ、白鵬にしろ、まだ三十歳を少し過ぎたばかりの、若者なのである。
 スポーツと同一視して透明性を求めることなどは、何ら解決の道につながらない。
 
 親方はもちろん、女将さん、タニマチなど周囲が、彼らに「食べる道」のみならず、「人間の道」を教える努力をしていたかが、問われるべきだ。

 たまには、『二十四孝』など落語を聴かせるのも、大事ではないかな^^

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by kogotokoubei | 2017-12-07 12:36 | 大相撲のことなど | Comments(4)

ある日の鳥取の夜。

 この度の相撲界の暴力事件について何か書こうと思っているが、その前に、オチャラケから。


 10月のある夜、鳥取のカラオケスナック「寿限無」で、こんなことがあった。

158.pngムンフバティーン・ダワージャルガル 
  おい、ダワーニャミーン・ビャンバドルジ、最近生意気なアデヤギーン・バーサンドルジを、
  少し可愛がってやれ。

159.pngダワーニャミーン・ビャンバドルジ
  へい、分かりやした、ムンフバティーン・ダワージャルガル。最近生意気な、アデヤギーン・
  バーサンドルジを、少し可愛がってやります。
  こら、アデヤギーン・バーサンドルジ、スマホなんかやらずに、こっちを向け!
 (やおら、カラオケのリモコンを持って、一発、アデヤギーン・バーサンドルジの頭をなぐる)

141.pngアデヤギーン・バーサンドルジ
  痛っ!痛いじゃないですか、ダワーニャミーン・ビャンバドルジ。
  瘤(コブ)ができました。

159.pngダワーニャミーン・ビャンバドルジ
  アデヤギーン・バーサンドルジ、最近、お前が生意気だから、可愛がってやってるんだ。
 (今度は素手で、アデヤギーン・バーサンドルジの頬を数発なぐった)
  こら、アデヤギーン・バーサンドルジ、これからは先輩への礼儀をわきまえろ。
  分かったか!

141.pngアデヤギーン・バーサンドルジ
  何で、こんなにぶたれなきゃならないんですか、ダワーニャミーン・ビャンバドルジ。
  (と、ムンフバティーン・ダワージャルガルとダワーニャミーン・ビャンバドルジの
   顔をにらむ)

159.pngダワーニャミーン・ビャンバドルジ
  なんだ、その目は、アデヤギーン・バーサンドルジ!
 (また、素手でアデヤギーン・バーサンドルジを、殴り続ける)
  これで分かったか、ムンフバティーン・ダワージャルガルや俺の言うことが、
  アデヤギーン・バーサンドルジ!

158.pngムンフバティーン・ダワージャルガル 
  おいおい、ダワーニャミーン・ビャンバドルジ、アデヤギーン・バーサンドルジが
  大怪我しない程度にしておけよ。
  アデヤギーン・バーサンドルジの親方はあの人だ。瘤なんかあったんじゃまずいぞ。

159.pngダワーニャミーン・ビャンバドルジ
  いえ、大丈夫です、ムンフバティーン・ダワージャルガル。
  モンゴルの長い本名を言っているうちに、瘤が引っ込みました。


 こうだったら、表沙汰にならずに収まったのにね^^

(どの名が誰の本名かは、ご想像のほどを)

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by kogotokoubei | 2017-12-04 20:54 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 池袋の記事が先になったので、遅ればせながら先月の記事別アクセスランキング。

1.三遊亭小円歌が、二代目立花家橘之助を襲名(2016年11月24日)
2.NHK新人落語大賞の“動画”を見て。(2017年11月7日)
3.二代目立花家橘之助のこと(1)ー秋山真志著『寄席の人たち』より。(2017年11月23日)
4.NHKアナザーストーリーズで、志ん朝を見た。(2017年11月1日)
5.健さんが愛した歌、「ミスター・ボージャングル」についての補足。(2014年11月25日)
6.二代目林家正樂のこと。(2017年11月9日)
7.さん喬、鰻初体験の思い出ー
『噺家の卵 煮ても焼いても-落語キッチンへようこそ!-』より(1) (2017年11月16日)
8.東雲寺寄席 さん喬・新治二人会 成瀬・東雲寺 11月5日 (2017年11月6日)
9.NHK「超入門!落語 THE MOVIE」は、いつ収録しているのか。(2017年10月27日)
10.山田五十鈴の代表的な舞台、『たぬき』について。(2012年7月11日)


 1、3、10が、橘之助関連。

 まず、9月、10月に続き、昨年書いた小円歌の橘之助襲名に関する記事が、約700のアクセス数でトップ。

 次は、録画予約を忘れながら、ネットで動画を見ることで書けた、NHK新人落語大賞の記事。くどくなるが、あの審査員は問題だぞ^^

 三番目には、秋山真志著『寄席の人たち』から二代目橘之助について書いた記事。これも、披露目の効果なのだろう。

 NHKのアナザーストーリーズ再放送では、志ん朝の貴重な記録を見ることができた。

 高倉健の記事は、命日が近くなると読まれる、ということなのだろう。
 
 二代目正楽の記事に予想以上にアクセスがあったのは、嬉しい。

 7位は東雲寺でさん喬ご本人からいただいた本の記事で、8位はその落語会のこと。
 あの本、副題に“キッチン”とあるだけに、なかなか味のある内容だった。

 NHKの落語THE MOVIEがいつ収録されているのか、という疑問を書いた記事にいただいたコメントで、その謎が解けた。鍵コメさんに感謝。

 山田五十鈴の記事も、橘之助効果ということだろう。
 NHKは、舞台の映像をぜひ再放送して欲しいものだ。
 肖像権とかいろいろ難しいのかなぁ。

 
 師走の初日に、なんとか橘之助の披露目に行けて良かった。
 年内、あと一、二度は寄席、落語会に行きたいものだが、果たしてどうなるものやら。

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by kogotokoubei | 2017-12-04 08:54 | アクセスランキング | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛