噺の話

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 入院中の外出時間でこの本、飯島友治『落語聴上手』を入手したことはお知らせした通り。
 ちなみに、上は、病院の食堂のテーブルに置いて、私のガラケーで撮った写真。

 筑摩書房の『古典落語』十巻が落語家別に「ちくま文庫」に収められることになったのを機に、『古典落語』の飯島さんの解説を核に肉付けし一冊の本をつくることになり、『古典落語』でも協力をしていた東大落語会(東大落語研究会OBを中心にした会)のメンバーが、飯島さんに聞き書きをした内容なども元に出来た本である。

 もちろん発行は筑摩書房、初版は平成3(1991)年11月20。飯島さんの93歳の誕生日11月18日近辺での発行を目指したようだ。
 だから、飯島さんは明治31(1898)年生まれ、志ん生より八歳年下、円生よりは二歳年上、ということになる。

 私にとって「ちくま文庫」の演者別落語集は、落語の内容を知るために、興津要さんの『古典落語』、麻生芳伸さんの『落語百選』と同様に、大変重要な本。
 その編者である飯島友治という名は、よく知っているのだが、この人のことを調べようとしても、Wikipediaにはプロフィールがないし、ちくま文庫にも編者の情報は載っていない。
 正岡容や安藤鶴夫という人たちのようには、著作もあまりなさそうだ。
 私にとって、結構、飯島友治という人は、ミステリアスな人物だった。

 だから、この本を読むことで、飯島さんのこと、そして、飯島さんの落語への考え方を知ることは、飯島友治という人を包んでいた謎のベールを一枚づつ剥がしていくような、楽しいものだった。
 
 本書からは何度かに分けて記事を書くつもりだ。

 まず、飯島さんが評価してやまない三代目三遊亭小円朝についての記述を引用したい。
 なお、「円」の字は本書では旧字の「圓」を使っているが、「円」で統一する。

微笑を演じる芸

 小円朝朝の祖父は円麗という、円朝の兄弟子に当たる人です。なおかつ、小円朝の実父は円朝の直弟子だった二代目小円朝、三遊派の頭取を務めたこともある実力派でした。
 その人の息子ということで、実に三代続いた生粋の江戸っ子噺家。毛並みはよし、芸の質はよしというので、若いころから小円朝は若旦那と言われていた。
 円喬には特別に目をかけてもらって、習いに来いとしょっちゅう声をかけてもらっていたが、若いので欲がなくて何度もいかず、今になって見るともっと行っておけばよかったと後悔していますよと、のちのち話していました。円喬の名跡は円喬のおかみさんのおげんさんから小円朝に譲られていたが、自分の芸に謙虚だった小円朝は何度も名前を変えていながら、一度も使うことがありませんでした。
 両者の時代が異なるので、芸の比較はなすべき術がありませんが、ぼくは円喬の芸の質と小円朝の芸の質は似ているし、小円朝の芸を六十年近くも聴きつづけてきて思い巡らすと、小円朝のほうが円喬よりうまかったのではないかという感想も持っています。
 この円喬は、もちろん、名人と言われ志ん生や文楽、円生などが讃える四代目橘家円喬である。
 その円喬より、小円朝が上とまで、飯島さんは言う。
 小円朝の全盛期は三十代の、昭和の初めころでしょうか。一般の評価でも、噺によっては円喬をしのぐとも言われ、ごく一部の人からは円朝の再来とさえ言われていた。ぼくも円喬を聴いた何人かの人にそのことを問いかけてみたことがあるが、そう言われてみればそうかもしれないという人が結構いましたよ。
 しかし、小円朝の芸は地味な芸でした。
 地味というのはけれんがないということ。華やかさやオーヴァーな演技がない。笑いを得るために、あえてあくの強い演技をしようとはしないということです。爆笑よりも暖かみのある微笑みを表現する。その人物の置かれた心理をこまやかに描き出す。少人数でじっくり聴く芸です。かすかな目の動き、頬の動きにその人物の心を表現する。その人物の置かれた心理をこまやかに描き出す。

 見出しにある「微笑を演じる芸」の意味が、こういうことなのである。
 
 私は飯島さんの小円朝評を、当代の噺家さんなら、柳家小満んが、まさに「微笑を演じる芸」ではないかと思いながら読んでいた。

 しかし、この飯島さんの小円朝への高い評価は、必ずしも周囲の理解を得られるものではなかった。この後の部分を引用する。
 ぼくは、小円朝の芸がわかれば、落語は卒業だと言いつづけてきました。ところが、この言い分に不満な人が多い。多いどころじゃない。ほとんどの人はそんなことはありえないと考えてきました。落語家でさえ、そんなことは信じられないと言う人が大半でした。
 ひところ、ぼくが勧めて前座や二つ目の連中が小円朝のところに稽古に通いました。小円朝も進んで稽古台となって教えてくれていた。その連中に小円朝芸の素晴らしさを口が酸っぱくなるほど解説しても、だれもが「そんなに上手なら売れるはずです」「人気がないじゃありませんか」という反応しか示しませんでしたな。
 小円朝は、昭和の初めころは売れて人気もあった。高座に上がったときの迎えの拍手など盛大なもので、晩年の小円朝からは想像もつきません。戦前には香盤〔寄席の席次〕は、落語協会の会長を務めた四代目小さんより上にあったこともある。しかし時勢が変わってけれんの多い芸が好まれるようになり、あえて派手な演出をしない小円朝は取り残されていった。
 
 正岡容や安藤鶴夫などに比べ、飯島友治という名が、落語・演芸評論家として知名度が低いのは、著作が少ないことに加え、飯島さんが推していたのが、派手さのない、爆笑ではなく微笑を演じる小円朝であったことも一因だったのか、などとも思う。

 昭和44年に、筑摩書房が落語家の高座をソノシートに収めようという『古典落語名人会』という企画があった。
 飯島さんは、小円朝の高座を残す絶好の機会と思っていたのだが、その企画が始まる矢先に、小円朝は脳溢血で倒れたため、残念ながら音源は残っていない。

 このことは、小円朝にとっても、そして飯島さんにとっても、実に不運なことだったように思う。

 しかし、本書で紹介される小円朝の魅力は、私には実に興味深いものだった。
 次の記事では、その小円朝の十八番に関して、本書から紹介しようと思っている。
 
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by kogotokoubei | 2016-04-29 11:56 | 落語の本 | Comments(4)
 振り返ると、意外に楽しい入院生活だったなぁ、と思う。

 それは、主治医の先生、看護師さん、食堂の方々など病院の皆さんのおかげだと思っているが、私も、病院で重要なキャスト“患者”として頑張ったと、自負している(偉そうに!)。

 今回の入院では、気持から病気にならないようにしよう、と肝に銘じていた。

 結果として、本当に運や縁に恵まれて術後の痛みもほとんどなく順調に退院できたのだが、自分自身としては、次のようなことに気を付けていた。

 入院における私の心がけであり、宗教じゃないが、入院中の我が「戒律」だ。

(1)できるだけ、パジャマ(寝る服装)でベッド、の時間をつくらない。
(2)とはいえ、疲れたら無理せず、普段着のままでもベッドに横になる
(3)食事、パソコンを含め食堂に行く時の服装はパジャマは厳禁とする
(4)許可が出たら、無理はしないが、できるだけリハビリとリフレッシュのため外出する
(5)食事は、しっかり食べる

 早い話が、服装なども含め、気の持ちようで、患者ではなく健常者側に自分をどんどん引っ張って行こうと思っていたのだ。

 結果として、この戒律を守ることができた。
 
 食事に関しては、朝・昼・晩、ご飯大盛りで最後まで通した。
 しかし、二十代、三十代と思しき男性患者は、入院数日たっても「ご飯少な目」なんてのばかり。

 もちろん、病気によっては、こんな戒律をあてはめることはできないものもあるだろう。

 しかし、日常においても、今の若い人は、ご飯を食べなさ過ぎに思えてしょうがない。
 太り過ぎはいけないが、たくさん食べて、たくさん体を動かすことが、健康の元だと思うがなぁ。
 杉浦日向子さんは、著書『杉浦日向子の江戸塾』の中で、次のように江戸時代のご飯を食べる量について、紹介している。
杉浦日向子の江戸塾
 一日五合が基準。二食のときは一食で二合半です。だからどこの家庭にも、二合半の升が必ずあった。一人前の分量ということで。それで、一人前じゃない人に対して「この一合野郎」という罵り言葉があったほどです。半人前以下ってことですね

 一日「五合」ですよ!
 八っあん、熊さんが、現代の若者の食事風景を見たら、間違いなく「この、一合野郎!」と言うことだろう。
 いや、一回の食事で、「一合」も食べないか。
 ということは「この、五勺(しゃく)野郎!」となり、半人前どころか、江戸っ子から見たら、「四半人前」なんてぇ新しい言葉が必要になりそうだ。

 紹介した言葉は宮部みゆきとの対談から抜粋したのだが、この本を中心にして六年前の杉浦さんの命日に記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2010年7月22日のブログ

 入院中に思ったことの、つづき。
 症状や考え方の違いもあるのは、百も承知二百も合点なのだが、同じような耳鼻咽喉関係の手術の方の大多数が、昼食時もパジャマ姿であったり、外出が可能な日数を経過しても、リハビリ外出に行かない人も少なくない。

 私は、朝起きたら、すぐ普段着に着替えていた。
 逆に、寝よう、と思うギリギリまではパジャマには着替えない。
 拙ブログをご覧いただいていた方は、私が食堂でブログを書いていた時間が短くないことは、お察しいただけると思う。
 結構、消灯ぎりぎりまで、ベッドに戻らなかったなぁ。

 だから、ほとんど痛みも消えていそうに見受けられるのに、パジャマやジャージなど寝る時の服装で終日過ごす人や、外出できるのに行こうとしない人たちは、私にとっては疑問だった。

 病は気から、という格言(?)は、入院前から常に頭で響いている言葉だった。

 落語などによる笑いは、実に免疫力を高める効果があることは、自らが患者として体感できた。

 そして、病院内で過ごす服装などを含め、精神的な面から健常者に近くあろうとする気持ちのあり方も、大事であると実感している。

 自分自身は、これらの戒律を守ることで、術後の快復度が高まったと思っている。

 退院診察の際に主治医から、いきなり健常者としてふるまうことには釘を刺された。
 それは、そうだ。退院=健康、ではないからね。
 実に話しやすい先生だし、質問には丁寧に答えてくれた。入院中に信頼度が大いに高まった。
 次回の外来診療で会うのが楽しみな先生である。
 まつやでの一杯に、誘いたいくらいだ。


 せっかくの私の体験である。
 もし、私のように鼻の中がポリープだらけになるなどの慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の方で、私が実際に受けた「内視鏡下副鼻腔手術(ESS)」の詳細などをお知りになりたい方は、管理者のみが見えるモードでのコメントでメールアドレスをお知らせいただければ、ご質問などにお応えしたい。

 かつては、もっと大変な外科手術で一か月の入院は必要だったのが、今日では内視鏡で行うことができ、十日ほどの入院で済むという事実は、同じ病でお悩みの方に、ぜひお知らせしたい情報である。

 「一歩」を踏み出すきっかけは、人さまざまだろう。
 私は、還暦を過ぎたこともあって長期の休暇が取りやすくなったことと、ここ数年、花粉症-今回の入院で初めて調べたら、スギ・ヒノキ・ダニ・ハウスダストにアレルギー-の時期の鼻づまりが半端じゃなく、ほとんど鼻から息が出来ない状況から脱したくなったことが大きな動機だった。

 鼻から息ができることの幸福感は、それが出来なかった人にしか味わえないものである。

 しかし、「目から鼻に抜ける」のは、手術では難しいので、ご勘弁を。


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by kogotokoubei | 2016-04-28 12:52 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 昨日は、神田淡路町の病院を退院し、すぐお隣須田町の老舗蕎麦店まつやで昼食。
 記事に書いたように、実に素敵なご夫婦にお会いした。
 店も混んできたので、同じ町内の、これまた老舗喫茶ショパンで本物のアイスコーヒーをいただいてから、神田連雀亭で二ツ目さんの若い高座を楽しんだ。
 位置的には、まつやとショパンに挟まれているのが連雀亭、と言っても良いかもしれない。
 ショパンからは、すぐ近く。
 ちなみに、まつやとともに有名な藪蕎麦は、ショパンの向かい。

 この近辺、とにかく老舗の飲食店の宝庫。
 連雀亭が出来たおかげで、これらのお店に行くきっかけができたし、界隈を散歩する楽しさも味わえた。
 池波正太郎が愛したお店など、神田の老舗のことについて何本か集中して記事を書いたことがあるので、ご興味のある方は、ご覧のほどを。

2014年11月8日のブログ
2014年11月11日のブログ
2014年11月13日のブログ
2014年11月15日のブログ
2014年12月13日のブログ
 2014年11月8日の記事が、初めて連雀亭に行った際に立ち寄った際の、まつやでのガラケーのピンボケ写真なども含め、高座の感想を記したもの。
 それ以降、かつての連雀町、現在の神田須田町、神田淡路町界隈のお店や池波正太郎の本などに関して記事を書いた。
 今回の入院日記風の記事のように、結構同じテーマで続けて記事を書くことが多いのは、記録や記憶があるうちに記事を書いておこう、と思うからである。

 脳細胞は、日々、とんでもない数が消えていくからねぇ。

 ということで、まだ記憶が残っているうちに、久しぶりに行った「きゃたぴら寄席」について、四人の出演順に、感想などを記しておこう。

 当初は13時から14時半だったが、現在は13時半から15時の開催になっている。
 午前11時半からは「ワンコイン寄席」があるし、夜もいろんな会が催されている。

 「巣鴨獅子座」と併せて、公演内容や出演する二ツ目さんのプロフィールなどは、ぜひ「連獅子」のサイトでご確認のほどを。
「連獅子」のサイト


 38席あるが、開演から終演まで、私を含めて13名のお客さん。それでも、「つ」ばなれは、した。

瀧川 鯉丸『(小町から)道灌』 (23分 *13:31~)
 昨年4月二ツ目昇進を機に、前座名の「鯉○」から「鯉丸」に替わった。
 鯉○時代に、何度か聴いている。
 最初は、2014年12月の「人形町らくだ亭」の開口一番。『馬大家』という珍しいネタを披露したことが、印象的だった。このネタのことを含め、ご興味のある方は該当記事をご覧のほどを。
2014年12月26日のブログ
 また、二ツ目昇進の直前、「さがみはら若手落語家選手権」の予選で、開口一番の『転失気』を聴いている。出場選手より落ち着いていた、とブログで記している。
 この日の高座は、なんとも感想を書きづらい。というのは、褒めるところを探すのが難しいのだ。
 まず、私が鼻の手術をしたこともあるが、鼻づまりのような声が、気になった。
 風邪か? もしポリープなら、近くにいい病院があるのだが。
 言い直しや言いよどみが多く、高座は最後まで落ち着かない。
 私に限らず客席がわく場面がほとんどなかったし、感心してうなづくような科白回しなども、見当たらなかった。
 寝ていたお客さんもいたが、あれは失礼。
 出身の横須賀に関するマクラも、滑りがちだったなぁ。
 後から登場する好の助が、鯉丸が高座を降りてから楽屋で「蹴られた・・・・・・」と落胆していたと明かすが、自覚症状はあるだろう、手が届きそうな、すぐ目の前にお客さんがいるんだから。
 精進していただきましょう。

春雨や風子『強情灸』 (21分)
 結果として、この日の四人の中では、この人がもっとも良かったと言えるだろう。
 初めて聴いたのは、2013年2月の「さがみはら」予選での『反対俥』。
2013年2月17日のブログ
 実の個人的な家庭の事情を含むマクラが、意外と(?)可笑しかった。
 お父さんが、チャキチャキの江戸っ子、とのこと。
 マクラが8分ほどあったので、12~13分で本編を語りきったわけだが、なかなかの出来だったと思う。女流噺家がやたらと増えているが、正直なところ、「将来はタレント志望か」と思わせる人が少なくない。
 しかし、この人は、また聴きたい、と思わせた。

三遊亭好の助『在校生』 (17分)
 マクラで鯉丸の落ち込みぶりをいじる。そして、自分も堂々と蹴られて高座を降りてやるから、と励ましたとのことだが、この新作は、途中までは結構楽しく聴いていた。。
 マクラの小学校での落語会のことという内容も本編へのつながりがあり、結構。まぁ、少し下ネタだったのも、こういう場なら問題ないだろう。
 ネタは、田舎の生徒一人の小学校に、一挙に30人の転校生がやって来る、という設定。
 転校生たちは、近くに出来た新しい工場に勤務する会社の社員の子息で、前の学校も一緒で同級生、お互いをよく知っている。
 なおかつ、ロシア人やフランス人なども含む、なんとも国際色あふれる30人なのだ。
 よって、自己紹介の場面などでは、在校生が転校生になったかのような、主客転倒の状況がつくられる。
 この逆転の発想は、悪くない。
 多勢に無勢で、教科書は、転校生たちが使っていた英語のものに替わることになった。
 たった一人の在校生は、きっと転校生が一人だろうと思っていて、友好を深めるため大事にしていたルービックキューブをプレゼントしようと決めていた。
 彼は、30人の転校生に、ルービックキューブの一つ一つのピースをあげることにしたのだが・・・あらすじ説明は、このあたりまでにしておこう。
 まだ、出来て間もない新作なのかと察するが、もっと練り上げていけば、ややシュールさのあるサゲも活かすことのできるだろうし、まだまだ面白い内容になりそうな気がする。
 この人は、この寄席に最初に来た時に出会ったのだが、その時の『壺算』も悪くなかった。
 将来性を期待させるし、不思議な魅力を感じる。
 円楽一門なので都内の四つの定席では、聴くことはできない。気になる人は、ぜひ連雀亭へ。

林家扇兵衛『くしゃみ講釈』 (39分 *~15:13)
 初である。とはいえ、昨年3月、関内ホールの柳家小満んの会の開口一番の一部を、ロビーのモニターで聴いてはいる。しかし、全編の高座を客席で聴いたわけではなから、やはり、初だな。
 木久翁の十番弟子、とのこと。
 師匠のラーメンのマクラは、笑点出演者があの番組関係のマクラをふるのと同様で、好きじゃないなぁ。
 持ち味なのかもしれないが、あまりにもテンポが遅すぎる。マクラで本人いわく、高見盛に全体的に似た大きな体の人なので、ところどころでペースを緩めるならまだ良いのだが・・・・・・。
 覗きからくりは、まあまあ聞かせていた。
 内容によってはもっとスピーディーに、またメリハリをつけるよう心掛けて欲しいものだ。
 このトリネタ約40分が予定通りなら、前の三人は4~5分づつ時間を詰めるべきなのだが、扇兵衛が予定した20分でまとめることができなかった、のかもしれない。
 祖師谷の十席しかない小さな会場のネタを、マクラで長々とやりすぎたような、気がする。

 
 さて、終演後は、家路についた。
 帰って懐かしがる我が家の二匹のシーズーと散歩して夕食。
 控えめながら晩酌。これが、なんとも美味いこと。
 酔いの回りは、やはり早い。
 ブログ記事は途中までで切り上げ、短かめの風呂に入って(長湯は退院後の注意で戒められている)、久しぶりの爆睡。
 寝酒なしの入院中は、かならず夜中の二時頃に目を覚ましたものだ。

 朝になって、やっと日常に一歩づつ近づいていることを実感。

 多くの方にお気遣いのコメントをいただいたなぁ。
 あらためて、お礼を申し上げます。
 入院中の激励など、誠にありがとうございました。


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by kogotokoubei | 2016-04-27 12:57 | 落語会 | Comments(4)
  
 先ほど無事退院した。

 その後、開店を待つ「まつや」の店先で、気さくなご夫婦にお会いした。
 
 ちなみに、最近の人は「まつや」と言うと、牛丼の「松屋」と間違うのである。

 さて、そのご夫婦から、私の荷物が多いので、「ご旅行ですか?」とお声をかけていただいたのである。

 私が退院したばかりであることを話すと、「それはおめでとうございます」とおっしゃっていただき、開店して、一番奥のテーブルでご一緒させていただいた。

 お店のベテランと思しき従業員の方を名前でお呼びになっていたから、相当の常連さんだろう。

 お二人は、両国にお住まいで、週に一度は自転車で夫婦で来られるらしい。

 まつやの蕎麦とつゆが一番合っている、とおっしゃる蕎麦通のご主人。
 
 ビール大瓶一本を仲良くお二人でお飲みになってから、もりをお一つづつの後、天丼一つを、これまた仲良く分けていらした。
 なんとも、いい雰囲気のご夫婦。

 私は・・・S先生は脅された(?)が、「もり」の前にビールの小瓶を、味噌を舐めながら、ゆっくりと美味しくいただいた。
 
 それにしても、なんとも素敵なご夫婦だったなぁ。

 せっかく神田にいるのだ。
 連雀亭の「きゃたぴら寄席」へ行くことにしており、始まるまで時間があるので、今は喫茶ショパンでお茶をしているところ。

 今では珍しくなった、ミルクがなかなか落ちない、本物(?)の濃厚なアイスコーヒーと半分のサンドイッチを食べながら、少しくつろいでいる。

 当初出演予定の小痴楽は出なくなったようだが、若々しい高座を楽しみたいものだ。

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by kogotokoubei | 2016-04-26 12:40 | 幸兵衛の独り言 | Comments(8)
 本日、主治医S先生の、退院のための診療を受け、経過は順調、予定通り明日退院、とのお墨付きをいただいた。

 この診療の最初には、血止めとともに副鼻腔に空間を作るために左右に2枚づつ入れてあったガーゼを取った。
 取る際には少し涙が出たが、とんでもない痛さというわけではない。

 その後で、明日退院OKをいただいた、のだが・・・・・・。

 退院=健常者、ではないことを痛感する会話が交わされた。

 途中で看護師も口をはさむが、S先生との会話を再現する。
 
S   「順調ですね。明日退院で問題なし」
私   「先生、退院後に綿球は、いらなくなりますか」
S   「たぶん、血が垂れてくることはないと思いますが、念のため渡しておきます」
私   「明日退院後のお昼は、まつやか藪の蕎麦と熱燗で自分で祝うつもりです」
S   「私の好みなら、まつやだね」
私   「私も、そうです。焼き味噌なんか、いいですよね。ヌキと洒落ようかな」
S   「ヌキもいいねぇ、高いけど。でもねぇ・・・お酒は控えましょう」
私   「えっ、だめですか?」
S   「あのねぇ、手術後にも話したけど、長年のポリープを除去するのに、結構、
    骨も削ったりしてるんだよ。今残っていたガーゼも取ったし、もし、酒のせいで、
    内部から出血したら、また入院することになるかもしれないよ」
私   「・・・・・・」
看護師「えぇ、以前にも出血で再入院された方がいます」
私   「・・・・・・では、運動はどうなんですか、毎週日曜にテニスをしていて、
    次の日曜、1日に行くつもりだったのですが」
S   「テニスねぇ、激しいスポーツだからね・・・次の日曜は控えましょう。
    そうだ、次の外来、都合がいいなら2日やりましょう。その時の状態をね、
    診てね、お酒のことや運動のことも相談しましょう」
私   「・・・あぁ、そうですか・・・分かりました。楽しみにしていましたが、
    明日の蕎麦屋での酒・・・控えるようにします」

 冒頭の会話で、“先生も蕎麦好きなんだなぁ”と喜んだのもつかの間、明日の当初の計画は無残にも打ち砕かれてしまった・・・・・・。
 加えて、次の日曜のテニスも断念。

 退院=健常者、ということではないということだ。
 
 病人-----------------←自分→----------------健常者

 このどこに自分が位置しているかは、きわめて流動的、ということだろう。

 退院したからといって、病人から健常者に、ジャンプアップできるわけもない、よなぁ。
 しかし、八泊九日の入院は、結構、退院した時点で健常者にきわめて近くなることを期待していた私としては、まつや&熱燗を、夢にまで見ていたのに・・・・・・。

 2日の外来の後にOKが出たら、S先生を蕎麦屋に誘おうか。

 夕食前、病院のすぐ目の前にある、淡路公園で春風にあたっていた。
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 高層ビルの中の、実に狭い公園でも、つつじを眺め風に当たれば、春を感じるねぇ。

 蕎麦屋で一杯できないのは残念だが、明日、無事退院できることを喜ぼう、と公園にいる間に思い直していた。

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by kogotokoubei | 2016-04-25 19:34 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 「今週の一冊、あるいは二冊」というカテゴリーだが、あくまで、今週出合った本のことであり、該当する本の記事は、後日までお待ちの程を願います。

 昨日、許可を得て一時間外出した。
 なお、外出理由には「リハビリ」と書かなくてはならないらしい。
 つい「リフレッシュ」と書いて出かけて、戻ってから看護師さんの指示で、(リハビリ)、と付け加えた。
 その外出の際、真っ先に立ち寄ったのは澤口書店。
 イアン・マッカーサーの『快楽亭ブラック-忘れられたニッポン最高の外人タレント』に出会った小宮山書店にも近い。
 澤口書店は、近距離に二店舗あり、その一つが巌松堂ビル店。
 平凡社の東洋文庫の品揃えは、たぶんここが神保町でも随一だろう。
 そして、私を待っていたのが、ジョン・レディ・ブラック著『ヤング・ジャパン』である。

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 第一巻から第三巻の初版三冊セットが、程よい価格だったので、購入。
 ちなみに、第一巻は、昭和45年2月28日の初版刊行。

 実は、同書店にこの本があることは、以前に発見していた。
 しかし、イアン・マッカーサーの本について書いていた記事を入院までに終わらせ、入院中の外出で澤口書店に行って、もしなかったら、縁がないものと決めていたのである。
 よって、縁があった、ということ。

 ジョン・レディ・ブラックのことは、その長男であるヘンリー・ブラック、初代快楽亭ブラックについて、同じオーストラリア出身のイアン・マッカーサーが書いた本の記事、二回目で少し紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。この記事の中で、『ヤング・ジャパン』を発見(?)したことも書いている。
2016年4月2日のブログ
 さて、同じ澤口書店のもう一軒の方の2階に喫茶ができて、500円以上購入すると、そこでお茶が飲めるとのことで、店を渡り歩く。
 せっかくなので、落語コーナーを眺めていて、私の目に飛び込んできた本があった。

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 この本である。
 飯島友治著、『落語聴上手』。
 飯島友治さんは、現在ではその多くが文庫になっているが、筑摩書房の『古典落語』の編者として、落語愛好家で知らない人はいないだろう。
 しかし、この方、Wikipediaには、プロフィールが存在しない。
 文庫にも、著者紹介的な内容が見当たらない。
 よって、名前に反して、私にとって、よく分からない人であった。
 この本の「あとがき」は、飯島さんが顧問をしていた東大落語研究会のOBたちの会である東大落語会の鷲森保という人が書いているのだが、引用する。

 飯島先生が編集された筑摩書房の『古典落語』十巻を、演者別に再構成して「ちくま文庫」に収める計画があるが、この機会に先生の解説部分を核にしてさらにお話を聞きだし、何か読み物とすることができないかと、『古典落語』の編集を手伝ったご縁で、編集部の面谷哲郎氏からご相談があった。先生にお話しすると、ぜひやりたいと意欲満々、これが五年前。
 さっそく先生から、いろいろとお聞きすること一年余、十数時間分に及ぶ録音テープがたまった。本書は、その一部である。
 この間、よくもまあ、この企画に、『酢豆腐』の豆腐のように、シャツの裏みたいなカビが生えなかったもの。刊行の日をいまや遅しと望まれていた先生には、たいへんご心配をかけてしまった。先生は、今年j11月18日に93歳の誕生日を迎えられる。

 本書の初版刊行は1991年11月20日、出版元は、もちろん筑摩書房。

 これが、今日の外出時のカフェでのお茶の時間に読んでいて、まったく飽きない楽しい本。
 それは、私にとって謎であった飯島友治という人物のベールが一枚づつ剝がれていく楽しさなのである。
 また、残念ながら音源が残っていない、三代目三遊亭小円朝への飯島さんの深い思いが、伝わる本でもある。


 もちろん、この本についての記事は近いうちに書く。

 『ヤング・ジャパン』は、三巻あるので、『落語聴上手』の記事が先行することは、間違いない。

 いつになるかは・・・退院後まで、お待ちのほどを。


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by kogotokoubei | 2016-04-24 19:50 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(2)
 別に入院日記を書こうと思ったわけではないのだが、そんな雰囲気も出てきたので、ご期待(誰も期待してないってか!?)に応えて、少し。

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 ガラケーのピンボケ写真で恐縮だが、これが、お風呂の入り口にかかっている入浴時間記入ボード。
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 すでに書いたように、翌日手術の方が、18:30以降に入ることができる。

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 他の入院患者は、翌日手術の人がいなくても、午後一時から午後六時半までの入浴、ということになる。

 非日常的な入浴時間なのだが、朝風呂は、許されない。

 蛇の目の自動温度管理システムで、入ろうと思えばいつでも入れるのに、入浴時間は「規則」を守らなくてはならない。
 このあたりのことが、病院が監獄に、患者が囚人に近い存在である、ということだね。

 私は、病院という存在が、TPPなどの影響を受けて、今後は、次の左右の位置づけの中で、どんどん右に進まざるを得なくなるだろう、と思っている。

 【医は仁術】-----------------←病院→-----------------【医は算術】
 <怖い先生のいる病院>             <健康サービス産業の中核である病院>
 (過去の日本)                     (現代のアメリカ)

 とうの昔に、「医は仁術」という価値観はなくなり、この言葉も死語化しているように思う。
 しかし、本来の医者や医療に携わる人のあるべき姿は、赤ひげであり、ナイチンゲールであり、マザー・テレサであるべきだと、個人的には思っている。
 しかし、医者の威厳や品格が落ち、同時に人々の医者への尊敬の念も希薄になってきた。

 そして、人・モノ・カネで考えるならば、病院という環境が、できるだけ患者にとってQOL(Quality OF Life)を維持、向上させるものであるためには、医者や看護師さんたちによる人的なサービスや精神的な支えだけでは、足らなくなっているのも事実だろう。 

 医者、看護師さん、医療に携わる人々への負担を軽減させ、なおかつ、外来、入院を含む患者にとって、「ハコモノ」としての病院という環境のみならず、サービス提供の仕組みを日々改善するよう努めなければ、近い将来、「xxxホスピタル」という外資系の病院が、日本に増えることは必定だと思うし、優秀な医者などは、間違いなく引き抜かれる。

 仕組みとして、いわゆる、構造的に改善しなくてはならないことなのだが、私がガラケーで入浴時間記入ボードを撮っていたら、三日前に手術をした方がやってきて、「午前中に入れると、嬉しいんですがねぇ・・・・・・」と言って、部屋に戻って言った。
 まった同感だ。
 お風呂には、緊急時用のナースコール・ブザーだって付いている。
 
 今は、私も我慢しよう。
 しかし、もうちょっと先の未来。
 私が、鼻の調子がまた悪くなったとしよう。
 今回のように病院をネットで探すことになるだろう。
 もし、信頼できそうな実績のある医者もいるようであり、24時間入浴可能、食堂以外にもくつろげるカフェがあり、テレビなども最新の設備の整った外資系ホスピタルがあったなら、迷わずそっちを選びそうな気がしてならない。 


 最初のネタは、入浴時間のこと。
 「たかが、入浴時間・・・・・・」と、病院関係者が思っていたら、それは大間違い。
 患者を患者としてしか見ないようでは、取り返しのつかないことになりかねない、と私は思うなぁ。
 そこに、現在と将来の日本の病院の本質的な問題点、患者を「お客様」として考える視点などを読み取らなくてはならないのではなかろうか。

 安倍政権が、TPP締結でやろうとしていることは、間違いなく「医は算術」という考え方に基づいている。
 
 私は、今入院している病院を、最優先課題として、「信頼できる手術と術後のケア」を基準として選択した。
 その目的は、ほぼ達成している。

 しかし、人間という動物は我儘だ。
 あまり考慮していなかった「心地よい入院環境」、という次なる課題について、今は小言を書いている。
 それも、また大事なことと、患者として今は思うからである。

 さて、今日は、午前中にすでに一時間の外出許可をもらって、雨上がりの神田界隈を散歩し、カフェでお茶をしながら、昨日購入した本を読んでいた。
 これが、何とも楽しい本で・・・ということは、午後、あるいは夜の記事で、少しだけ書くつもりである。
 もうじき検温時間。
 さて、午後の外出は、どんな戦略と戦術(?)で計画しようか・・・・・・。
 

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by kogotokoubei | 2016-04-24 13:53 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 昨日は、30分の外出を許され、午前中に病院近くのカフェでお茶をし、コンビニで買い物をした。

 今日は、3時から一時間の外出を許してもらえたので、楽しみでならない。

 今は、2時の検温前の5階食堂。

 できるものなら、7階にある病室のベッドには、いたくない。
 なぜか、ということを少しでもご理解いただきたく、ガラケーのピンボケ写真で恐縮だが、掲載したい。

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 これが、七階にある、私を含む六人部屋の様子。
 右に3、左に3づつベッドが並び、カーテンで仕切られている。
 この階には他にも、四人部屋、二人部屋、個室がある。

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 これが、病室の奥の窓から見える風景。鉄格子のかかった、監獄のような窓・・・・・・。

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 そして、これが、私のベッドの頭の方にある、ナースコールのボタンなど。
 とにかく、狭い。
 ベッド以外に、壁には狭いクローゼット。椅子が一つ置いてあって、持ってきたバッグを空きスペースに置くと、足の踏み場がほとんどなくなる。
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 そして、こちらが、まさに今、この記事を書いている5階の食堂の様子。

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 こちらは、食堂のベランダから見た、外の風景。
 高層ビルばかりではあるが、七階でベッドに寝ているよりは、格段と解放感のある光景である。

 別に、閉所恐怖症ではないが、狭い空間に長いこといるのは、精神衛生上良いはずがない。

 ついつい、食堂に避難(?)する所以、お分かりいただけただろうか。

 これは、個室なら状況は変わるかもしれないが、四人部屋、二人部屋あたりまでは、基本的に変わらないだろうと思う。

 別に、この病院特有のことではなかろう。
 入院患者は、規則正しい生活を強いられる。それは、「正常」ではない健康状態を、快復させるための措置なのだ。そして、手術などの後は、睡眠がもっとも重要な回復への要素となる。
 だから、その環境が無駄に快適であることを、病院に求めてはならないのだと思う。

 しかし、問題は、「不健康」(「異常」)と「健康」(「正常」)のはざまにある場合なのである。
 適宜、ベッドで休息をとることは重要である。
 しかし、今の私のように、そろそろ日常生活へのリハビリモードに入るべき段階においてまで、不必要な時間をパジャマでベッドで過ごすのは、「健康」状態への復帰を遅らせるばかりだと、私は思っている。

 だから、いろいろと看護師さんにも要求をするのだが、なかなか敵(?)もさる者、なのだ。
 
 たとえば、昼食後に入浴時間をお風呂の前のホワイトボードに記入するのだが、夜7時以降の入浴は、翌日手術を受ける人が優先。
 しかし、明日は日曜で手術がない。よって、該当者はいないのだ。
 だから、さきほど、看護師さんに、「今夜は遅く入浴してもいいのでは?」と聞いたのである。
 しかし、その答えは、その時間帯の入浴は「規則」であり、「遅番」の看護師さんの負担が増えるので、と退けられた。
 術後の入院患者は、昼12時から夜7時までに入浴するという、「原則」を守らねばならないのである。

 分からないではないけれど、それって、入院患者のQOL(Quality Of Life)という観点から考え、適切なのか、私には疑問だ。

 ただし、看護師さんの仕事の大変さ、ハードさを今回の入院で実際に認識している身としては、それ以上、特定の看護師さんを追求することはしなかった。彼女の責任では、ないのだから。
 
 さて、そろそろ、その看護師さんが検温に来る時間だ。
 嫌なベッドに戻らねば。


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by kogotokoubei | 2016-04-23 13:50 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

 手術明けから三日が経った。

 差額など払いたくないし、寝るだけと思っているので六人の大部屋にいる。
 耳鼻咽喉科の専門病院で、私のような鼻の病気に限らず、扁桃腺の手術をした方も同室にいらっしゃる。
 昨日私と同じ副鼻腔手術をされた方もいるのだが、術後の状況は辛そうだ。
 看護師さんとのやりとりから、実に生真面目な五十代の会社員と想像している。

 また、昨日、副鼻腔と併せて鼻中隔の矯正手術をした二十代の若者の術後の辛さは、見るに忍びない状況が続いている。
 病院のサイトでは、鼻中隔の矯正のみなら約30分の手術と紹介している。
神尾記念病院サイトの該当ページ
 彼の手術所要時間自体は、私より短く1時間半だったようだが、鼻の骨を削るのだから、きついよね。
 関西からお見舞いにご両親が来られていて、一昨日-彼の手術前日で私の手術翌日-食堂でお会いし、「麻酔から醒めたら無事終わっていますよ」と、私は励ましていたのであるが・・・・・・。

 扁桃腺の手術の方が二人、鼻中隔の手術の方がもう一人、という病室の構成。

 自慢でもなんでもないが、私がもっとも術後の経過が良いと思う。

 手術の当日から、看護師さんが「痛み止めは、いりませんか」と聞くのだが、痛くないのだから、決まった以上のクスリはもらっていない。

 もちろん、病気にもよるし、その症状もそれぞれ、手術の内容によっても違うことなのだが、私自身は、今回の入院で落語による笑いの効能を再認識した。

 手術前夜も寝る時に携帯音楽プレーヤーで聴いていたし、手術の夜も、聴いていた。
 早い話が、毎晩聴いている。
 22時に消灯されても、すぐ眠れるはずもない。
 また、同じ部屋の他のベッドからは、さまざまな声や音が聞こえてくる。
 辛い声は、聞く側も・・・辛くなる。

 だから、落語を聴くに限る。日中、少し横になる時も、聴いている。
 聴きながら眠くなり、イヤホンをはずして、すぐ眠れる。麻酔より効くのではないか(^^)

 入院してから聴いた落語を、ランダムにあげてみよう。
   枝雀『口入屋』『替り目』『軒づけ』
   米朝『京の茶漬け』『稲荷俥』
   古今亭志ん生『風呂敷』『火焔太鼓』
   三代目春団治『お玉牛』『寄合酒』
   春風亭柳枝『四段目』『花色木綿』『喜撰小僧』
   春風亭一之輔『代脈』『雛鍔』
   春風亭勢朝『荒茶』
   柳家権太楼『人形買い』

 こう並べてみると、ポッドキャスト系の音源が多い。
 時間的にも手ごろだし、マクラも結構楽しいものが多い。
 今思えば、ニフティのぽっどきゃすてぃんぐ落語や、フジポッドの、懐かしの塚ちゃんのお台場寄席には、大変にお世話になった。

 また、現役の噺家さんの音源は、途中で寝ちゃってもいいや、と軽い気持ちで聴ける。 
 好対照なのは、志ん朝。
 聴きながら寝れないように思うので、もう少し先にと思っている。
 そうか、大須のマクラだけ、という手もあるか。

 笑いが免疫力を向上させる、といったことについては、日本やアメリカで学会もでき、「笑い療法士」という資格まであるそうな。
「一般社団法人 癒しの環境研究会」サイトの該当ページ
 この「一般社団法人 癒しの環境研究会」サイトから、「笑い療法士」に関する記述を引用する。
笑い療法士の誕生と今後についてのメッセージ

 社)癒しの環境研究会(理事長=高柳和江)では、『笑い療法士』の認定を2005年10月23日に行い、第1回の認定者として49人を3級に認定しました。2015年に認定した11期生までで、およそ785名が全国各地で実践を重ねています。

 この笑い療法士とは、笑いをもって自己治癒力を高めることをサポートする人のことです。笑いは、人が幸せに生きることを支え、また病気の予防にもつながっていきます。そうした笑いをひきだすのが「笑い療法士」です。

 笑い療法士は癒しの環境の理念から生まれました。 そこにいるだけでほっとして元気になる。これが癒しの環境の基本です。落ち着いた環境でその人らしい生き方を取り戻せば、ふつふつと自分の力が湧いてくるのです。患者さんがどんなに落ち込んでも、自己治癒力が高まるこうした環境を提供していきたい。この理念から、笑いによって自己治癒力を高める笑い療法士の活動が始まったのです。

 患者さんやストレスをたくさん抱えている人は、笑おうと思ってもなかなか笑えません。その人といると、いつの間にか笑っている。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと。心温まる笑いを引き出すのが笑い療法士です。特別な療法があるわけではなく、笑い療法士のメソッドは、各自が相手と心の交流をするなかで模索していくものと考えています。ここで重要なことは、単に援助の手をさしのべることではなく、その人自身の生きる力を引き出すことです。

 その人といると、いつのまにか笑っている――。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと。そのような人を、社会にどんどん送り出していきたいと考えます。

 そして、もっとも大切なことは、笑い療法士がそれぞれに地道な活動を長く続けること、質を高めることです。私たちは、この課題に全員が一致して取り組みたいと思います。

癒しの環境研究会理事長 高柳和江

「笑い療法士」認定評価委員会
委員長:山崎陽子(童話作家・ミュージカル脚本家)
委 員:田辺 功(ココノッツ・元朝日新聞編集委員)
委 員:土井章弘(一般財団法人 操風会 岡山旭東病院・院長)
委 員:阪口周二(JA尾道総合病院 精神科医)
委 員:高柳和江(癒しの環境研究会・理事長)


 熊本、大分での大地震災害後、お笑い系のテレビ番組を自粛すべきかどうか、巷では、私にとってどうでもいい議論(つぶやき合いか?)があるようだが、問題は、その内容であり、質である。

 上記に、“患者さんやストレスをたくさん抱えている人は、笑おうと思ってもなかなか笑えません。その人といると、いつの間にか笑っている。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと”と書かれているが、今必要な芸人やタレントは、まさに「笑い療法士」のような人なのだろう。
 その番組を観ることで、ストレスを抱えた震災の被害者の方が、「自然と笑える」強い「笑いの感染力」を持った番組であり、人であるか、ということが重要であるということだ。
 しかし、そう考えると、現在のテレビ界に、該当する番組は、正直見当たらないかもしれない。
 「笑ってやるぞ」と待ち受けている人に対しても、必ずしも笑いを提供できない人や内容なのに、そんな状況にない人に、いったい何を提供できるのか。

 いわゆるバラエティの笑いと、落語の笑いは違う。
 落語には、話芸としての味わいがあり、そこに人に共通して「伝わる力」、そう、「感染力」があると思う。

 もちろん、「笑い療法士」さんの役割と、落語家のそれとは違うだろうが、根っこの部分はつながっていそうな気がする。

 被災地の状況が落ち着いたら、出前の落語会や、落語のCDなどによる「笑いの感染力」で、「自然」な笑いを被災者の皆さんに取り戻して欲しいと、現在は「患者」の側の私は思うばかり。
 
 さて、今夜は誰の何を聴こうかなぁ。

 残念ながら、旧暦3月16日の満月、今年地球からもっとも遠くにあって小さく見える満月「ミニマムーン」は、雲に隠れているようだ。
 以前は「マイクロムーン」と言っていたはず。逆に、もっとも地球に接近した大きな満月は「スーパームーン」。
 ミニマムとムーンを合成して「ム」を一つ減らしたわけだね。
 「無」を減らすことはできない。
 「夢」は減らしてはいけない」。
 将来の見通しを邪魔する「霧」は、ぜひ減らしたいね!

 さあ、看護師さんが検温にやってくる前にベッドに戻らねば。

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by kogotokoubei | 2016-04-22 19:46 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

病院の時間割、など。

 本日は、主治医(執刀医)の先生に診ていただき、「順調」のお墨付きをいただいた。
 やはり、嬉しい。
 調子にのって、つい、
 「先生、お風呂はシャワーでなく湯船に入れますか?」
 とお聞きすると、先生が看護師さんに「どうだっけ?」と尋ねられ、看護師さんから
 「手術から二日後ですね、まだ今日はシャワー、明日から湯船OK」とのこと。
 これは、事前に知っていたルール通り。
 この病院の日程表の信頼度を確認するつもりでも聞いてみたのだが、なかなか日程遵守のガードは堅い(^^)

 ガラケーで部分的に撮ったピンボケ写真なので、これでは何か分からないが、入院中の日程表である。
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 この日程表にあるアクションプランは、この病院の歴史と、数多くの経験を背景にしたものであるのだろう。

 日程表の全体は明かさないが、きっと、どこの病院でも大きくは変わらないだろうと思う一日の時間割がある。

 では、全身麻酔で副鼻腔の内視鏡手術をした翌日から三日間の時間割をご紹介しよう。
 四日目から、天敵、もとい、点滴がなくなる。

 この時刻ピッタリではないが、ほぼこのような行動が「ルーティン」となっている。

 -07:00   起床  検温、血圧測定

 -08:00~  朝食 
 
 -09:15~  診察(主治医とは限らず)
 
 -10:00~  点滴(抗生剤)

 -12:00~  昼食

 -14:00~  検温、血圧測定

 -16:00~  点滴

 -18:00~  夕食

 -20:00~  検温、血圧測定

 -22:00   消灯・就寝
       *眠れない時は、食堂に24時までいて構わない。

 なるほど、これでは逃亡できにくい(^^)

 今は、四時の点滴前。
 今日は、三時頃に、先生がベッドを回っての内科検診があった。これはルーティンではない。
 二時半頃からベッドで待つように言われ、待った挙句たった一分で終了。 
 あぁ、あの医者は財前だったのかな(^^)
 しかし、この病院は耳鼻咽喉関連の専門病院なので、院長ではないね。

 さぁ、そろそろベッドに戻って点滴をしていただきましょう。

p.s.
後で発見。内科検診は、日程表の欄外に小さく「毎週木曜3時頃」と書いてあった。
でも、一人の先生がベッドを回って一~二分話すだけで、効果あるのかなぁ。
本当にやるなら、一人づつ診察室で行うべきじゃないか・・・・・・。
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by kogotokoubei | 2016-04-21 15:44 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛