噺の話

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 26日に堺市で開催された「NHK新人落語大賞」の結果が、すでに新聞報道で明らかになっている。
 スポニチから引用。
スポニチの該当記事

NHK新人落語大賞に桂佐ん吉 故米朝さんの下で内弟子修業

 NHK新人落語大賞の本選が26日、堺市の市立美原文化会館で開かれ、大賞に桂佐ん吉(31)が選ばれた。

 佐ん吉は大阪市出身で、2001年に桂吉朝さん(05年に死去)に入門。今年3月に死去した桂米朝さんの下で05年まで3年間、内弟子修業をした。

 予選は東京、大阪で開かれ、計106人が参加した。本選の模様は31日午後3時5分から、NHK総合で放送される。 [ 2015年10月26日 21:17 ] 

 NHK大阪放送局のブログの記事でも結果を掲載しているので、ご参照のほどを。
NHK大阪放送局のブログ

 先日、予想を書いた。
2015年10月21日のブログ

 これまでの大賞受賞者の歴史などから、桂佐ん吉の優勝と予想したので、結果として、予想は当たった。

 しかし、テレビを含め佐ん吉の高座を聴いたことはなく、あまり自慢にはならない。

 NHK大阪放送局のブログに、“2位とわずか1ポイント差という接戦”と書いてある。

 私の予想は、小痴楽との一騎打ちで佐ん吉の勝ち、としていたので、この1ポイントの差の相手が小痴楽だったのか、他の人だったのかが、気になるところだ。

 放送は、総合テレビで10月31日(土) 午後3時05分~4時18分とのこと。

 佐ん吉の『愛宕山』が楽しみなのはもちろんだが、五人全員の高座、なかでも「成金トリオ」と言われている落語芸術協会の三人の出来栄えはどうだったのか。
 そして、佐ん吉の接戦の相手が誰だったのか、審査員はどんな判定をしたのか・・・いろいろと興味がわく。
 

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by kogotokoubei | 2015-10-28 20:50 | テレビの落語 | Comments(2)
 昨年師走の第57回以来、久々の、人形町らくだ亭。

 前回は桂九雀の『土橋萬歳』に感心した。
 2014年12月26日のブログ

 小学館主催で、かつては専用サイトを開設していたが、現在では「サライ」のwebサイトで案内をしている。
 ちなみに、今回の案内は次のページ。
「サライ」サイトの該当ページ
 以前の専用サイトがなかなか更新されず、拙ブログでな何度か小言を書いたが、「サライ」での案内は、そこそこのタイミングで更新されているようだ。(当たり前だが)
 しかし、誤字が長らく放置されていたり、まだ問題はある。

 会場の入りは八割ほどだったように思う。サイトの宣伝効果だろうか、以前よりは増えている。
 次のような構成だった。
-------------------------------------------
(開口一番 春風亭朝太郎『子ほめ』)
隅田川馬石 『粗忽の使者』
露の新治  『中村仲蔵』
(仲入り)
五街道雲助 『持参金』
春風亭一朝 『死神』
-------------------------------------------

春風亭朝太郎『子ほめ』 (9分 *18:51~)
 初、である。落語協会ホームページによると、「2013(平成25)年4月春風亭一朝に入門 、2014(平成26)年8月前座」、とある。以前、白酒がまくらで、入門者が多くすぐには前座になれず、“待機児童”が多い、と言っていたが、その一人だったのだろう。あるいは他の事情か・・・それは分からない。
 23日に池袋で聴いた林家たま平とほぼ同じキャリアでネタも同じ。持ち時間が違うので比較はしないが、悪くはない。
 往来で年齢による世辞を失敗する場面を省いて赤ん坊を褒めようとする場面のみを演じたが、結構ご通家が多いと見受ける客席から笑いをとっていた。師匠もいいし、見習うべき先輩もいる。ぜひ精進していただこう。

隅田川馬石『粗忽の使者』 (23分)
 まくらが、ややシュールというか、不思議だった。「素麺は油断ならない」とふって、賞味期限がまだ二年と思って置いていたが、いざ食べようとしたら五年前に期限が切れていた・・・というもの。実体験なのかなぁ。そこから、「そそっかしい人はいるもので」と本編につなぐところで「うまく(噺に)もってきましたよ」と言って会場からは笑いがあったが、私には唐突に思えたなぁ。
 地武太治部右衛門が口上を忘れて、田中三太夫に尻をつねってもらう場面を、大工の留っこが隣の部屋から盗み見た、という設定で語らせたが、この演出の必然性があったのだろうか。
 もちろん、相棒の大工に話をふくらませて聞かせる場面は可笑しいのだが、実際に田中三太夫と治部右衛門とのやりとりとして演じてみせて、それを近くで普請をしていた留っこが耳にした、という設定でも不思議はないように思う。留っこは活躍場面が多かったが、田中三太夫の存在がかすんだ、という印象。
 もちろん、この人なので、しっかり会場から笑いをとり、全体の流れもよどみないものだったが、どこか一つにひっかかると、その疑問が頭から離れず噺を楽しめないもので、私はあまり笑えなかった。

露の新治『中村仲蔵』 (33分)
 結論から書くが、圧巻だった。
 土台になっているのは、正蔵版だろう。と言うか、東京から上方にこの噺を移した師匠露の五郎兵衛が、正蔵版を元にしていた、ということだろうか。
 たとえば、円生では、名題の仲蔵に五段目山崎街道の斧定九郎一役しかもらえなかったことを、喧嘩をした立作者の金井三笑のいじわる、と設定している。これは、三代目仲蔵の自叙伝『手前味噌』にある話なので、実話に近いようだが、新治は正蔵と同様、金井三笑の名を出さず、周囲で名題に出世した仲蔵へのやっかみが強く、そういった幕内の連中の仕業、と仲蔵に言わせている。周囲のやっかみが強かったのも事実。
 女房のお岸の描き方が見事なのだが、それも、正蔵の型に近いだろう。もちろん、サゲの煙草入れも、正蔵と一緒。
 新治は、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』をよく知らない客を想定して、適度に補足説明を入れた。名題になるには、大部屋(稲荷町)-中通り-相中上分-相中-名題下があることや、五段目のみならず、判官切腹の四段目を、上方では「通さん場」(東京では、出物止め)と言うことや、五段目から六段目の主要なあらすじも説明。
 このへんは、あまり丁寧すぎても、くどさが逆効果になる場合もあるが、そのへんは流石の按配。
 蕎麦屋での三村新次郎との出会いの場面。仲蔵が三村に手ぬぐいを渡すという演出は初めて見たが、不自然さはない。そこで、二人の話も進もうというものだ。
 仲蔵は自分の工夫がまったく受けなかったと勘違いして、いったんは上方へ行こうとしたが、芝居を見終えた客が仲蔵の定九郎を褒め上げるのを耳にする。正蔵は魚河岸の若い衆としていたが、新治は、つい中村座の近くまで行ってしまい、小屋から出た客の言葉、としていた。これは、どちらでも良いだろう。「一人でも褒めてくれる人がいた」の言葉が大事。

 女房のお岸が際立つ高座だった。新治の女性の描き方には、感心する。
 仲蔵が、斧定九郎一役と知ってふてくされて、上方に行こうか、とぼやく場面。お岸は「やるだけやってみなはれ。役者の意地は舞台で通すもの」と言う。仲蔵は、この女房の言葉で、思い直す。ここで、「夢でもいいから持ちたいものは 金の成る木と いい女房」の都々逸を挟むが、これまた正蔵の型に同じだ。
 そして、お岸の造形とは対照的に、師匠である伝九郎を描く際の声の太い調子を含む貫禄ある姿も、実に良かった。
 仲蔵とお岸が上方言葉を使うのは、私には気にならなかった。
 つけ打ち、三味線のはめものも、少ないながら効果的だった。
 新治が、非常に印象的な言葉「夢に向かって、仲蔵が走り出す」と形容した仲蔵版斧定九郎の舞台。
 山賊姿から一新された白塗りの顔、のびた月代、黒羽二重の単衣に白献上の帯、朱鞘の大小を落とし差しして、腕をまくって尻からげ、白塗りの足。イノシシを狙った勘平が撃った鉄砲の弾が間違って定九郎に当たり、口から紅でつくった赤い血が真っ白な足に流れ出る・・・しっかりと山崎街道の斧定九郎の姿が見えた高座、迷いなく今年のマイベスト十席候補としたい。

五街道雲助『持参金』 (17分)
 ネタ出しされていなかったので、何を演ってくれるのか楽しみにしていたのだが、この噺。
 仲入りの新治、主任の一朝がともに大ネタなので、考えた末の軽い滑稽噺、ということか。このへんの気配りが、やはり雲助だなぁ、と思う。
 元は埋もれかかっていた上方落語を米朝が継承し、東京には談志が移したとも言われている。配役やサゲは噺家さんによって、いろいろだ。
 雲助は、伊勢屋の番頭が男に貸した十万円を返して欲しいと請求する役、伊勢屋のご隠居が、男に持参金十万円付きの伊勢屋の女中おなべを結婚相手として紹介する役としていた。なるほど、こういう設定もありだね、と思う。
 「つりあいの取れた顔」のおなべの形容に大笑い。
 雲助というと、どうしても芝居噺や円朝ものなどのイメージが強いようだが、実は『ざるや』を筆頭に、寄席で鍛えた短い滑稽話にも得難い味があることを、あらためて認識した高座。

春風亭一朝『死神』 (33分 *~21:03)
 この人のこの噺は、昨年6月の三田落語会以来。
2014年6月29日のブログ
 
 全体として、昨年聴いた時よりは、ずいぶんと良かったと思う。
 回向院の貧乏神のご開帳という短いまくらから本編へ。
 一朝のこの噺の良さは、ご本人の柄もあるが、暗い噺にはしないところだろう。
 途中で、彦六の声色なども入るのが楽しいし、ちょっとしたくすぐりも個性的だ。

 男が死神から医者になる儲け話を聞いて、かまぼこ板に「いしや」とかな釘流で書いてすぐにやって来た男が、「先生は?」と聞かれ、「先生は・・・あっし!」と答え、男が「あっし!?」と応じる場面なども、実に可笑しい。
 その男に連れられて行った患者の家で、男がこれまでもいろんな名医と言われる人に診てもらったがダメだっと、と語り、その例として“高島平終点先生”の見立ては“先がない”、というのは他の噺家さんも使うように思うが、“寄席の昼夜先生”の、“夜までもつかどうか”というくすぐりは、他の人では聴いたことがないと思う。これ、落語愛好家としては、実に可笑しい。
 サゲ前の場面で、男が死神に命乞いをするが、死神が「ダメ!」と断った後で、彦六の声色が登場し、爆笑。
 サゲは・・・・・・内緒にしておこう。
 楽しい高座だったが、やはり、一朝の噺は、江戸っ子の啖呵が聴きたくなるのだなぁ、私は。


 終演後は、新治の仲蔵をようやく聴くことができたことをに感謝しながら、地下鉄の駅へ向かった。
 もちろん、他の高座も悪くはなかったが、この日は仲蔵、そして女房のお岸が主役だった。

 会場ロビーでは、人形町末広で収録された「圓生独演会」のCD16枚セット(27,000円)を販売していた。
 また、次回の前売りを販売していたが、顔ぶれや日程から躊躇し、買わなかった。
 ちなみにプログラムに書かれた情報によると、次回は12月22日(火)の開催で、主任は龍玉の『鰍沢』、他にさん喬『按摩の炬燵』、ネタ出しはされていないが、志ん輔、立川こはるも出演。

 せっかく「サライ」のサイトのことを少し褒めたのだが、まだ次回の案内はサイトに掲載されていない。このへんが、小学館のやる気を疑う点なのだよなあ。
 「サライ」の「らくだ亭」のページ

 私の席の近くには、その会話から小学館の社員と思しき人が複数いらっしゃった。動員されたのかどうかは知らないが、客の視点で、ぜひサイトの誤字があることや、更新をすぐするよう、社内で助言して欲しいものだ。

 また、この会の記事では、小言めいたことを書くはめになってしまった(^^)

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by kogotokoubei | 2015-10-27 12:54 | 落語会 | Comments(2)
 久しぶりの落語は、前から行きたかったのだが縁のなかった、この会。
 
 古今亭志ん輔が、協会を問わず二ツ目の育成の場として開いている会で、場所が変われど「たまごの会」の名で開催されている。
 本家(?)の池上の実相寺では、9月27日(日)に68回目を開催をしている。
 実相寺は日曜開催もありなかなか縁がなかったのだが、今回の池袋は日程的にも巡り合わせが良かった。

 加えて、志ん輔がまくらで、池袋ではこの日が最終回とのことで、ぎりぎり間に合った、ということになる。
 
 次のような構成だった。
-------------------------------
(開口一番 林家たま平 『子ほめ』)
入船亭小辰   『いかけや』
古今亭志ん輔  『火焔太鼓』
柳亭小痴楽   『祇園祭』
(仲入り)
小痴楽&小辰 コント
立川吉幸    『芝浜』
-------------------------------

林家たま平『子ほめ』 (14分 *18:30~)
 初、である。協会のプロフィールによると、二年前4月に正蔵に入門、昨年8月から前座、とのこと。実は、次の小辰が明かすのだが、正蔵の息子さん。私は知らなかった。
 元気なのは結構。ただし、時おり巻き舌になるところは修正したほうが良いだろう。しかし、前座として一年余りにしては、しっかりした高座で、親の血と祖父の血のどちらが今後出てくるか、などという興味もないではない。
 
入船亭小辰『いかけや』 (18分)
 まくらで、たま平のことを明かした。また、この会が協会の壁を乗り越えていて、この日のトリは落語芸術協会の前座が務める、と言ったあたりは、仲間内のご愛敬か。
 まくらでお祭りの夜店の「型抜き」のことを話していたが、へぇ~、小辰の子供の頃にも、まだあれがあったのか。そういったまくらは本編に相応しく良かったので結構期待させたのだが、やや残念。鋳掛け屋が、悪ガキ共が大挙やってくる時に、独り言の小さな声でぼやいているのだが、その同じ調子で子供たちとの会話がすばらく進んだところが噺の盛り上がりを削いでいた印象。子供たちがやって来てからの会話は、もっと大きな声が欲しかった。次のうなぎ屋では、対照的に大きな声でのやりとりとなり、楽しい雰囲気でサゲまで進んだので、前半が少しもったいなかった。

古今亭志ん輔『火焔太鼓』 (31分)
 床屋へ行ったのかな、しっかりと決まった(?)頭髪。
 池袋での会は、この日が最後とのこと。どうも、会場の費用に理由があるらしい。結果として、私はなんとかぎりぎりで間に合ったことになった。小咄と少しふり、昔の商売のことから古本屋のことになり、小さん全集のサインの逸話から小さんを真似てみせたが、これが結構おかしかった。
 本編で特徴的だったのは、火焔太鼓を売った代金三百両を五十両づつ数える場面での演出。今後また変化する可能性もあるので詳しくは書かないが、一つだけ明かすと、百両の場面で鳥が羽ばたくような仕草をするのが、なんとも可笑しかった。もちろん、女房も同じ格好をする。
 このあたりが、師匠の芸の呪縛から解放された、という一つの証左なのかもしれない。ブルブル震わせる顔の芸を含め、志ん輔ならではの演出があって、大いに結構だと思う。出演する二ツ目たちのことを思ってか結構抑え目の高座だったが、噺の勘所はしっかり押さえていたのは、流石。


柳亭小痴楽『祇園祭(祇園会)』 (25分)
 まくらで鯉八、松之丞と年に一回、貧乏海外旅行に行く話。これまで、台湾、タイに行った時の逸話を楽しく聞かせる。来年は正月にベトナムに行くらしい。旅の噺のまくらとして結構だったと思う。
 その8分ほどのマクラがあったので、本編は16分ほど。
 
 私はこの時期にかける噺は、26日のNHK新人落語大賞向けかと思っていたので、どれほど刈り込んでこの噺の楽しさを演じるかと思って聴いていた。

 ずいぶん前にこのネタについて記事を書いたことがある。
2009年7月4日のブログ

 その時の内容と重複するが、本来のあらすじは次の通り。

----------------------------------------------------------
(1)江戸っ子三人が連れ立って伊勢参りを済ませた後、京見物にやって来たが、
  京都の夜の街で金を使い過ぎてしまい二人は先に江戸に帰り、京都に叔父の
  いる男だけが残る。
 (かつては、残る江戸っ子を八五郎として、八五郎が病に伏せ、他の二人が先に
  江戸に帰る、という筋書きが主流だったようです)

(2)叔父と茶屋で祇園祭を楽しむ予定だったが、祇園祭の当日、伯父に用事が
  でき、替りに茶屋で一人で楽しむことに。
 (この部分も叔父に替わって一緒に飲むことになったのが叔父の知り合いの京者、
  という設定もあります)

(3)茶屋に居合わせた京者がいつしか京都の自慢話を始めた。「王城の地だから、
  日本一の土地柄だ」と自慢する京者。「ワァー、ハー、ハーッ」という間延び
  した笑いが、短気な江戸っ子をいらつかせる。ついに京者が、江戸を「武蔵の
  国の江戸」ならぬ「むさい国のヘド」と言うに至り、江戸っ子は“切れた”。

(4)江戸っ子は、京都の町の面白くないところをことごとく上げて反論していく。
  そしてこの噺のヤマ場に向かう。、

(5)江戸と京都の祭りのどっちがいいかという話になり、二人は祭り囃子や神輿
  の情景をそれぞれ言い合って譲らない。
  京者が祇園祭の囃子を「テン、テン、テンツク、テテツク、テンテンテン・・・
  ・・・」とやり、対抗して江戸っ子は「なんて間抜けな囃子だい。江戸は威勢
  がいいやい。テンテンテン、テンテンテンツクツ、ドーンドン、ド、ド、ドン、
  テンツクツ、テンツクツ・・・・・・」とやり返す。

(6)二人のお国自慢合戦はまだ続き、京者が
 「御所の砂利を握ってみなはれ、瘧が取れまんがな」と言うと、江戸っ子は、
 「それがどうした!? こっちだって皇居の砂利を握ってみろい・・・・・・」
 「どうなります?」
 「首が取れらぁ!」で、サゲ。
----------------------------------------------------------
 小痴楽は、前段の(1)(2)を地で簡単に説明し、料理屋の会話から。これは、妥当だろう。
 聴かせどころは、もちろん、江戸っ子と上方者の自慢合戦であり、舌戦だ。なかでも、口で太鼓や笛を真似る江戸の祭囃子にこの噺の楽しさがあるのは、ご存知の通り。そして、舌戦と祭囃子を、いかに立て板に水で語るかも、大事。
 もちろん、小痴楽も、そのへんは百も承知、二百も合点だろう。
 上方者が江戸っ子を馬鹿にして京都自慢をした後の笑い方「ダーッ、シャッシャッシャ」「ヤー、シャッシャッシャ」は、印象的だ。
 江戸っ子の言い立ても全体的には悪くなかった。
 しかし、この高座からは、もしNHKをこの噺で狙うとするなら、気がかりな点があった。
 江戸っ子が上方者の悪口として「風を喰ろうて屁をこいとる」と言う科白を「屁を喰ろうて風を・・・」と言い間違えて言い直した。さすがに小痴楽は、上方者に「せっかくいいところで言い間違えおって」と語らせ笑いを取っていたが、これはNHKでは笑いをとるどころか、減点を喰らう。
 まだ、この噺が腹の中に、しっかり納まっていない、という印象だ。
 江戸弁の言い立ては、この人の大きな魅力だが、この高座では、ややスピードを制御しきれていないように思った。
 もちろん、二ツ目としては十分に及第点だし、中堅真打としても通る高座だとは思う。
 しかし、NHKの大賞を取るには、まだ足らない、と思う。

 仲入りとなり、喫煙所でご通家と思しきお客さん同士で、小痴楽の高座が、やや強引な部分のあることに触れながら「あれも小痴楽の魅力だから」とおっしゃっていたが、まったく同感だ。

 実際にこの噺でNHKに臨むのかどうかは知らないが、もしそうなら、最後まで磨き上げて、ぜひ健闘を祈りたい。

柳亭小痴楽&入船亭小辰 コント「平成のヒーロー」 (7分)
 意外におもしろかった。下手なテレビの一発芸の漫才よりも、ずっと良かったなぁ(^^)

立川吉幸『芝浜』 (33分 *~20:49)
 本人もまくらで「池袋演芸場は15年前の余一会に前座で出させていただいて以来ですが、今回トリですが、また前座です」と笑わせていた。
 師匠の談幸が立川流を脱退し落語芸術協会に入ったことから、一年期限付きの前座になったことは、志ん輔のブログの紹介を含めで今年2月に記事に書いた。
2015年2月25日のブログ
 元々師匠が本格古典派であり、その弟子なので、高座は実に真面目。
 この噺に関して、昨今、どうも過度に持ち上げる風潮があるのが腑に落ちないが、圓朝作の名作であることは否定しない。
 吉幸の高座について、どう表現すればいいのか考えたが、あえて言えば「教科書のような高座」である。
 三木助--->談志の流れを引く、魚勝が三年目に店を持つ、という筋書き。
 芝の浜に朝日が昇る情景もしっかり描いているので、より三木助版に近いと言えるかもしれない。
 ほとんど、言いよどみや言い間違いがなかったように思う。
 もちろん、まだ若いので深みがあるとは言いにくいが、実にしっかりした高座には驚いた。
 一年限りの前座修行は太鼓などを含む楽屋仕事を覚えるためにも重要だろう。しかし、まくらでは、疱疹ヘルペスができた、と言っていたが、疲れもストレスもないはずがない。
 一年の前座修行の姿を先輩たちがしっかり認めてくれるなら、あえて言うが、来年、真打昇進してまったく不思議はないだけの経歴と技量のある噺家さんである。
 

 ようやく行けた初の「たまごの会」は、池袋では最後の会、ということになった。
 まったくそんなこととは知らず、こちらの思いと都合との巡り合わせでしかない。
 思いもしない縁に驚き、喜ぶ、そんな夜だった。

 一日経ち、ラグビーワールドカップ準決勝のニュージーランド対南アフリカ戦の前に、なんとかこの記事を書き終え、外で一服すると、綺麗な月。

 なぜか世間は、ケルト人の大晦日(10月31日)の悪魔払いの伝統行事に沸いている。

 明日25日は旧暦九月十三日、そう十三夜だ。

 日本人なら、月を静かに愛でたいものだ、と私は思う。

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by kogotokoubei | 2015-10-24 23:28 | 落語会 | Comments(4)
 古今亭志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」に、昨日22日、NPO法人「神田 連雀亭」の設立総会があったことが書かれていた。
「志ん輔日々是凡日」の該当記事

 へぇ~、そうなんだ。

 総会がきっちりと行われたようで、どこかの協会とは違う、という表現に目が留まる(^^)

 税制的な優遇などのあるNPOとして、ますます連雀亭の活動が充実することを期待したい。

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by kogotokoubei | 2015-10-23 12:40 | 寄席 | Comments(2)
 以前紹介したように、今年のNHK新人落語大賞は、26日に開催され、31日に放送予定。
2015年9月24日のブログ
 詳しくは下記のNHKのサイトでご確認のほどを。
NHKサイトの該当ページ

 出場する五人のプロフィールについて9月24日のブログで紹介したが、あらためてかいつまんでご紹介。(50音順)


桂佐ん吉
2001年 (平成13)年 9月 桂吉朝に入門

春風亭昇々
2007(平成19)年4月 春風亭昇太に入門
2011(平成23)年4月 二ツ目昇進

笑福亭べ瓶
2002(平成14)年5月 笑福松亭鶴瓶に入門

瀧川鯉八
2006(平成18)年8月 瀧川鯉昇に入門
2010(平成22)年8月 二ツ目昇進

柳亭小痴楽 
2005(平成17)年 初高座(当時の桂平治門下)
2008(平成20)年 五代目柳亭痴楽門下
2009(平成21)年 柳亭楽輔門下
11月 二ツ目昇進

 入門の年で2001年から2007年の、6年の幅がある。
 上方の二人が、芸歴は長い。
 べ瓶と鯉八は二度目の出場。

 佐ん吉とべ瓶は生で聴いていない。
 べ瓶は昨年のこの大会の放送で聴いているだけ。

 東京の三人の中では、小痴楽を優勝候補の筆頭とすることに迷いはない。

 しかし、ここでよ~く考えなければならないのは、過去の歴史だ。

 落語と漫才を分けて表彰するようになった年からの、優勝者は次の通り。

-------------------------------------------------------------
        西             東
1994年                桂平治(→桂文治)
1995年                柳家三太楼(→三遊亭遊雀)
1996年                古今亭志ん次(→志ん馬)
1997年  桂宗助
1998年                柳家喬太郎
1999年  桂都んぼ(→米紫)
2000年                林家彦いち
2001年  桂三若
2002年                古今亭菊之丞
2003年                古今亭菊朗(菊志ん)
2004年  桂かい枝
2005年                立川志ら乃
2006年  笑福亭風喬
2007年  桂よね吉
2008年                三遊亭王楽
2009年                古今亭菊六(→文菊)
2010年                春風亭一之輔
2011年  桂まん我
2012年                桂宮治
2013年                鈴々舎馬るこ
2014年                春風亭朝也
-------------------------------------------------------------

 ご覧のように、東京が三連勝している。

 おまけに、今回の開催は関西。


 桂佐ん吉のプロフィールを天満天神繁昌亭サイトにある「上方落語家名鑑」より再確認。
「上方落語家名鑑」佐ん吉のページ

1.芸名/桂佐ん吉(かつらさんきち)
2.本名/黒田 周作
3.生年月日/1983年 (昭和58)年 12月23日
4.出身地/大阪市
5.血液型/A型
6.入門年月日/2001年 (平成13年) 9月「桂吉朝」
7.出囃子/
8.紋/三つ柏
9.趣味/野球、けん玉
10.ホームページ/
11.所属/米朝事務所
12.その他/大阪府立東住吉高校芸能文化科卒
平成26年なにわ芸術祭新人奨励賞、平成23年文化庁芸術祭賞新人賞受賞、平成24年第2回繁昌亭ドリームジャンボコンテスト小枝杯8Rチャンピオン、平成23年第1回繁昌亭ドリームジャンボコンテスト小枝杯3Rチャンピオン
主な会は「ビバ☆佐ん吉」「鉄瓶・佐ん吉落語LIVE」「同級生。」
「get's待っツ動楽亭」
ひとこと:フレッシュさでがんばっていきたいところなんですが、前頭部がだんだん薄くなって、フレッシュでなくなってきました。そんなこと気にせず、元気よくやっていきたいと思っております。

 聴いたことのない佐ん吉なのだが、吉朝門下で、上記のような過去の受賞歴もある。

 いろいろ悩ましいが、こう予想する。

 小痴楽と佐ん吉の一騎打ちとなり、佐ん吉が優勝。

 佐ん吉は、かつての規定から考えると最後のチャンスではないかと察する。
 小痴楽には、まだチャンスがある。

 もちろん、はずれるかもしれない。
 しかし、はずれるなら、小痴楽の優勝であって欲しいし、十分にその実力もある。

 さぁ、結果と放送が楽しみだ。

 
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by kogotokoubei | 2015-10-21 18:50 | テレビの落語 | Comments(2)
 なんとも、複雑な思いのするエンディングだった。

 ラグビーワールドカップの準々決勝最終戦、オーストラリア対スコットランド戦である。
 
 「なぜ、小言幸兵衛が、ラグビーのことを?」という疑問もおありだろうが、私はラグビーを観るのが大好きで、あの昭和60(1985)年1月15日の新日鉄釜石対同志社大学戦を国立競技場で生で観ているということで、ご許しをいただきたい。

 アルゼンチンがアイルランドに圧勝した試合を観た後、午後零時開始のこの試合は前半だけ観て寝ようか、と思っていた。
 オーストラリアが圧勝するような気がしていたからである。

 ところがどっこい。
 前半をスコットランドがリードして折り返すと、眠気も覚めた。

 いわゆる、一進一退の攻防とはこの試合のことだ。
 南アフリカ対ウェールズ戦にも興奮したが、それに負けずに「手に汗握る」というゲームになった。

 ほぼスコットランドが勝っていた。

 日本が後半24分にウィングのシーモアにやられたと同じように、後半34分にオーストラリアのパスをセンターのベネットがインターセプトして逆転のトライをあげた。

 残り時間5分で、34対32。

 いつになくミスの多いオーストラリア、そして試合の流れ、これまでのスコットランドの戦い方から、自陣での反則に気を付け堅いゲーム運びで逃げ切るだろうと思っていた。

 「スコットランドにとって歴史的な勝利になるなぁ。日本は、準決勝に2チームとも残ったB組で3勝したんだなぁ・・・・・・」などと感慨深く思っていた時に、問題のプレーは起きた。

 主審は南アフリカ協会のクレイグ・ジュベール。ベテラン審判だ。
 一次リーグで日本対サモア戦の主審も務めた人。
 四年前のニュージーランド大会決勝の主審だ。

 的確な判断に定評のある元銀行員のジュベールなのだが、今回は、大きなミスをしてしまったと言えるだろう。

 スコットランド勝利かと思われた終了2分前。スコットランドがラインアウトのボールを確保できなかったことから、問題のプレーが起こった。
 味方がノックオンしたボールを拾ったとして、プロップのジョン・ウェルシュがオフサイドと判定された。

 しかし、ウェルシュがオフサイドのポジションになる前に、オーストラリアのスクラムハーフ、ニック・フィップスがボールに触れていたのだ。
 次のYoutubeの画像でではわかりにくいが、2分50秒あたりのプレー。21番がフィップスで、18番がウェルシュ。



 放送中の再生画像では、21番フィップスにボールが当たったのが、はっきり確認できた。

 これなら、18番のウェルシュはオフサイドにはならない。

 しかし、ジュベール主審は、ノックオンオフサイドの反則を宣した。

 ジュベールの審判では、その前に印象的なことがあった。
 オーストラリアのパスをインターセプトして逆転のトライをスコットランドがあげる前に、実はオーストラリアの幻のトライがあったのだ。
 オーストラリアがダメ押しトライかと思えわれたそのプレーの前のラックでのノックオンを、ジュベールはTMO(テレビジョンマッチオフィシャル)で再生確認させて反則とし、トライを認めなかった。

 この判定には感心していた。よく見ていたと思う。

 ジュベールなら、きっと、この大事な場面でのオフサイド判定に関してもTMOで再確認するだろうと思ったのだが、そうせずに、オーストラリアはペナルティゴールを得た。

 この日はペナルティゴールの調子が良くなかったオーストラリアのスタンドオフのフォーリーだったが、プレッシャーのかかるゴールを決め逆転。

 すでに残り時間はわずか、スコットランドのキックオフ後のボールをオーストラリアが外に蹴り出して、ノーサイドの笛。北半球で唯一残っていたスコットランドの勝利を信じていたファンによる激しいブーイング。

 ジュベールは、身の危険を感じたのだろうか、足早にピッチを去った。

 「たら」「れば」、「IF」の話だが、もしジュベールが正しく判定していたら、スコットランドのノックオンでオーストラリアボールのスクラムになる。
 スクラムは後半はスコットランドが圧倒していたことや、スコットランドの動きが良くスクラムも低く鋭かったので、簡単にはオーストラリアがトライチャンスを作ることはできなかったと思う。

 あくまでも、「IF(もし)」、のことだが。

 TMOは、ゴールエリア内のプレー、あるいはトライにつながるプレー、ラフプレーの確認などで活用されるのが原則なので、あのプレーでTMOを利用しなかっとこと自体は責められないかもしれない。
 そうなると、ジュベールの「眼」と「判断」のミス、ということになる。
 
 実に大きな判定だった。誤審と言って間違いない。

 しかし、時間は戻らない。

 TMOを活用しない時代なら、よくあること、でもある。

 かつて私は、大学選手権において私が応援する関西の大学が、関東の大学に有利な主審の判定で涙を飲んだ試合を、何度も観てきた。

 ジュベールがオーストラリア贔屓だったかどうかは、分からない。
 しかし、この誤審は、今大会で最大のものになりそうだ。


 さて、準決勝はニュージーランド対南アフリカ、アルゼンチン対オーストラリア、となった。

 準決勝と決勝を、素人ながら予想する。

 日本が勝った南アフリカには、ぜひ勝ち残って欲しいのだが、ニュージーランドのフランス戦の“横綱相撲”を観ると、ニュージーランド優位は動かない。

 もう一つの戦いは、アイルランドを圧倒したアルゼンチンの初の決勝進出を予想する。今大会のアルゼンチンは、とんでもなく充実している。

 そして、決勝。
 アルゼンチンが予選リーグと同様に善戦するだろうが、地力に勝るニュージーランドが初の二連覇、になるように思う。

 もちろん、準決勝も、一進一退のゲームになるだろう。

 次の土曜と日曜の夜が、実に待ち遠しい。

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by kogotokoubei | 2015-10-19 18:23 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

 例年、自分で「怒涛の一週間」と呼んでいる日々をなんとか乗り越えることができた。

 この期間の前後は、ブロぐを書くことができにくく、ご訪問者の皆様には申し訳ありませんでした。

 久しぶりの記事は、ある噺家さんの訃報に接しての内容。

 その名は、橘家圓蔵。

 私を含め落語愛好家の多くの方には、月の家円鏡の前名の方が親しみがあるだろう。

 昭和40年代から50年代を中心に、志ん朝、談志、円楽とともに四天王と呼ばれた人気者。
 本格的な落語家という意味での四天王には円蔵ではなく柳朝が相応しいと思うが、円鏡が人気者であったことは誰も否定しないだろう。

 円蔵のことで思い出すことがある。

 ある落語家の書いた本にあった逸話だ。




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古今亭菊之丞『こういう了見』(WAVE出版) 

 古今亭菊之丞の『こういう了見』については、ずいぶん前に記事で書いた。
2010年12月7日のブログ
 その時も引用したが、菊之丞が一人真打昇進の披露をする際の逸話。

 一人昇進での披露興行に莫大な費用がかかることは先輩噺家は承知のことなのだが、さすが落語界(?)、その苦労を慮ってやさしい声をかける先輩は貴重なのであった。

 菊之丞の金策の苦労から、その貴重な噺家さんの名が登場する部分をご紹介。

 借りたものだけじゃ足りないから、あっちこっち贔屓にしてくださるお客さんのところへ金策に回りましたね。「ください」とは言えないから「貸してください」と。一応、みんな一筆書きました。あっちから二十万借り、こっちから三十万借り。あちこちの借金をまとめたり削ったりしながら、ようやく借金を百五十万にして、ひとつの銀行にまとめて、ひと息つきました。それを三年がかりで返すことになりました。  
 ところが、披露目なんて終わっちゃうとみんな忘れちゃうんですよ。そんなことあったっけ、てなもんです。だけどひとりだけ、忘れずにいてくれたのが、五街道雲助師匠。楽屋で会うたんびに
「どう、借金返してる?」
「はい」
「えらいねえ」  
 またどこかで会うと聞いてくださる。
 それで三年たって、ようやく完済というとき、たまたま楽屋でお会いした。
「返してるかい?」
「はい、今月で完済です」
「返した?今月で終わり?えらいなー」  
 当時、結婚して子どもができたばかりだったので、
「そのかわり、じゃり公ができました」
「入れ替わりだな」  
 ずっと気にかけてくださったのは、雲助師匠だけです。  
 あとお金のことで心配してくれたのは圓蔵師匠。口上に並んでくれることになっていたので、披露目が始まる前にご挨拶に行ったんです。口上に出てくださる師匠のところには、必ずおうちに行くという決まりがあって。
「よろしくお願いします」
 そう言ったら、
「おう、いくらくらいいるんだよ」
「は?」
「いくらいるんだよ」
「いや、まあ、今のところなんとか」
 こっちが口を濁していると、師匠が言うんです。
「他の師匠はやってくんねえぞ。オレがやってやるよ。あげるんじゃないよ、貸すんだよ。月にいくらって日を決めて返してくれればいいんだ。言ってこいよ。どうにもならなくなったら、オレんとこ言ってこいよ」
 結局、お借りしませんでしたが、心強かったですね。圓蔵師匠は、特別な存在なんてすよ。昔からそうやって、みんなの披露目のときに助けてる。

 円蔵は、「よいしょ!」という言葉のギャグで世間的には有名だが、噺家の後輩たちにとっては、「オレんとこ言ってこい」という、頼もしい言葉で信頼されていたのだろう。

 私は、この本を読んでから、圓蔵への見方が一変した。

 きっと、数多くの後輩噺家たちが、辛いときに助けてくれた、あるいは、暖かい言葉をかけてくれた圓蔵を偲んでいるように思う。

合掌
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by kogotokoubei | 2015-10-17 23:20 | 落語家 | Comments(6)
 事前に記事に書いていた「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」を観た。これまでの「漫才」「コント」に続き、ようやく「落語」がテーマ。

 あらためて、NHKサイトから、同番組の案内を引用。
NHKサイトの該当ページ

ザ・プレミアム 「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」(3)
10月10日(土)午後7時30分~
ビートたけしが落語の魅力を語り尽くす!SPゲストに笑福亭鶴瓶を迎え“爆笑&真剣”落語論を展開。めったに見られないたけしの高座姿も必見?貴重な名人映像もたっぷり! ▽たけし&鶴瓶!二人の落語エピソードは秘話満載!▽落語は敷居が低い?たけし的落語入門に目からウロコ▽小さん、三平、小三治、志ん生、志ん朝、貴重なアーカイブス映像満載!▽必見!落語の世界を映像化してみると…▽たけしの師匠、立川談志とは何者だったのか?たけし&談春SP対談!▽鶴瓶の師匠、笑福亭松鶴爆笑エピソード▽いろもの界のレジェンド、林家ペー登場!▽曲独楽(きょくごま)スタジオ実演も!。
【出演】ビートたけし、笑福亭鶴瓶、所ジョージ、松井玲奈、荒俣宏、三増紋之助、立川談春 【アナウンサー】片山千恵子


 感想などを、私がもっとも興味を抱いていたアーカイブ映像を中心に記したい。

 期待していた古今亭志ん朝は、1988年7月30日「演芸指定席」の『酢豆腐』。
 今月NHKエンタープライズから発売されるDVDの第一巻にある1982年6月18日収録 の東京落語会の高座ではなく、1988年7月15日の同落語会だろうから、志ん朝五十歳での充実の高座、と言えるだろう。
 若旦那の仕草の、なんとも楽しいこと。
 あえて、発売する内容以外のものを放送するあたり、NHK、さすがに東京落語会における豊富な文化的財産がある、ということだ。

 番組の最初に放送されたアーカイブ映像は、小さんの『うどんや』で、1992年1月24日に「日本の話芸」で放送されたもの。流石だ。
 私が仲間内で披露した『うどんや』は、小三治の動画を参考にしたものなので、あらためて小さんの映像を見て、弟子小三治に小さんの芸の真髄、無理に笑わせようとしないのに楽しい芸、が伝わっていると思った。

 林家三平の『源平盛衰記』は、度々放送される1979年1月26日「夜の指定席」放送の高座で、まくらの途中で入場したお客さんをいじる部分は、何度観ても楽しい。

 続いて小三治『小言念仏』は2011年1月3日「初笑い東西寄席」の放送。
 手の仕草で陰と陽を表すことをまくらでふっていたが、こういったネタに相応しいまくらなら大いに楽しいし、勉強になる(^^)
 しかし、ネタとは関係のない内容を延々とふられるのは、小三治以外には客も許せないだろうなぁ。

 番組では、たけしが「まくらを制する者は落語を制す」と持論(?)を語り、鶴瓶がネタごとのまくらのメモなどを見せていたが、これを観た若い噺家さんが勘違いをして欲しくないものだ。
 若手の場合は、まくらに凝るより、ぜひ本編を磨くことに精を出して欲しいと思う。

 古今亭志ん生の映像は、貴重な対談場面を少しはさんで、1955年9月18日、とだけテロップがあった『巌流島』。
 いかにも志ん生らしい船頭や町人の姿が楽しい。こういう映像は、永久保存ものだ。

 1982年5月21日の「夜の指定席」での笑福亭松鶴の『らくだ』を観ることができたのは、嬉しかった。
 らくだが死んだ、という紙屑屋の知らせに、嬉しさが腹の底からこみ上げてくる長屋の住人の様子は、映像でしか味わえないものだろう。

 たけしと談春の対談の後、1985年12月6日の演芸指摘席から立川談志の『紙入れ』。
 このくらいの女性の描き方には、抵抗はない。しかし、私は評判の高い晩年の『芝浜』における女房の造形は、あまり好きではない。
 たけしと談春の対談では、さすがの談春がおとなしかったねぇ。「赤めだか」の話題がなかったなぁ。

 色物については、番組でも所ジョージが言っていたが、林家ぺーにあれだけの時間を割いたのは意外だった。
 三増紋之助の実演は、相変わらずの楽しさ、上手さ。

 全体として、落語入門としては、よく出来ていた番組だと思う。

 アーカイブ映像は、それぞれが短いのはやむを得ないだろう。
 ぜひ、子会社の商売抜きに、選ばれた珠玉の高座の全編を、今後番組で放送されることを願う。

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by kogotokoubei | 2015-10-12 09:44 | テレビの落語 | Comments(4)
 NHK BSプレミアムで放送されている「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」、明日放送の第三回は、これまでの「漫才」「コント」に続き、ようやく「落語」がテーマ。
 NHKサイトから、引用。
NHKサイトの該当ページ
ザ・プレミアム 「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」(3)
10月10日(土)午後7時30分~
ビートたけしが落語の魅力を語り尽くす!SPゲストに笑福亭鶴瓶を迎え“爆笑&真剣”落語論を展開。めったに見られないたけしの高座姿も必見?貴重な名人映像もたっぷり! ▽たけし&鶴瓶!二人の落語エピソードは秘話満載!▽落語は敷居が低い?たけし的落語入門に目からウロコ▽小さん、三平、小三治、志ん生、志ん朝、貴重なアーカイブス映像満載!▽必見!落語の世界を映像化してみると…▽たけしの師匠、立川談志とは何者だったのか?たけし&談春SP対談!▽鶴瓶の師匠、笑福亭松鶴爆笑エピソード▽いろもの界のレジェンド、林家ペー登場!▽曲独楽(きょくごま)スタジオ実演も!。
【出演】ビートたけし、笑福亭鶴瓶、所ジョージ、松井玲奈、荒俣宏、三増紋之助、立川談春 【アナウンサー】片山千恵子

 スペシャルコラムには、もっと詳しい情報もあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
NHKサイトの該当コラム

 放送は、BSプレミアム 10月10日(土)午後7時30分~8時59分。

 私が興味のあるのは、実はアーカイブ映像。
 志ん朝の名もあるが、NHKエンタープライズで発売されるDVDとCDの三十四席の宣伝もあるか・・・NHKだから、それはないか・・・でも、やんわりとありそうな気がする。

 たけしと談春の対談では、TBSで年末に放送される『赤めだか』のことも話題になりそうだ。
 二宮和也が談春役で、たけしが談志役だからね。
TBSサイトの「赤めだか」のページ

 実は『赤めだか』は、電車で読んでいて涙が出てきた本。
 Amazonのレビューも書いたのだが、不穏な炎上に巻き込まれたので削除したことを思い出す。
 この件、興味のある方は過去に書いた記事をご参照のほどを。
 ネットの匿名性の功罪の罪の側面を経験した。
2009年7月1日のブログ

 さて、この番組のこと。
 私は何度か書いてきたが、立川談志という人については、噺家よりも、落語を含む大衆芸能の優れた目利き、批評家として評価している。

 ビートたけしについては、もちろん漫才師としての評価はしているが、この人の芸能全般を見る目の確かさは本物だと思う。実際の演者としてのみならず、客観的に、客の視線で確かな評価ができる人だと思う。

 なかなか、楽しみな企画だ。

 録画してじっくり見直してから、感想などを書くつもり。


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by kogotokoubei | 2015-10-09 12:54 | テレビの落語 | Comments(2)
 暑さ寒さも彼岸まで、の彼岸が過ぎ、もうじき旧暦9月、長月になる。

 長月の名の由来は諸説あるが、次第に夜が長くなるから、というのが本命(?)だろう。

 来週13日が旧暦の9月1日、再来週21日が重陽の節句の9月9日。

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荒井修著『江戸・東京 下町の歳時記』(集英社新書)

 以前にも紹介したことがあるが、『江戸・東京 下町の歳時記』は、浅草の老舗舞扇店である荒井文扇堂の四代目社長、荒井修さんの本。

 なぜ「重陽」の節句なのか・・・・・・。

 本書から重陽の節句に関する部分を引用したい。
■重陽の節句

 九月九日は「重陽の節句」です。陰と陽があるでしょう、陰は偶数、陽は奇数という考え方があって、この日は「九」という陽の数字が、それもいちばん大きい奇数が重なっている。それで「重陽」。なにかの祝いのときに、一万、三万、五万というような奇数のお金を入れるでしょう。これは陽の数字だからなんだね。だから、お金を渡すときに、ピン札の角をちょっと折って袋の中に入れるっていうのも、紙片の角を四つより五つにしたいがためなんですね。
 陰と陽の数字、知っているようで知らないことでしょう。
 勉強になるねぇ。
 引用を続ける。
 重陽の節句では、菊の節句ともいわれるので菊を手向けたり、菊切り蕎麦なんていうお蕎麦を食べたりもする。菊切りは普通に食べるもんじゃなくて、おやじなんかがわざわざ連れていってくれた。「どこどこで菊切りが始まったから、食いにいこう」なんて言ってね。あたしは、菊切りより、香りの立つ柚子切りのほうが好きなんだけど、季節のもんだからよく食べたりしましたよ。
 浅草寺では「菊供養」というのがあります。十月の十八日に行われているけど、この日は旧暦でいえば九月九日。みんなで菊を供えに行くんですよ。で、外供養といってすでに献菊されたものと交換してくる。
 でも、菊はまだつぼみだよ。つぼみの菊に半紙をぐるぐる巻いて、寺に持っていくの。あたしたちもよく行かされました。
 ついでにいうと、これも十月に入ってからだけど、昔は東京中の大きな神社仏閣では、「菊人形」というのをやってたね。あたちたちもよく見に連れていてもらったりしました。菊人形が芝居の出し物にちなんだものになっていたりすることが多くて、それがなんの芝居なのか、子供が当てられるかどうか試されるわけ。簡単な「助六」なんかはいいんだけど、ちょいと地味なのになると「なんだろう」なんてね。それを当てたりするのがうれしいかったね。

 私は、夏目漱石の『三四郎』に団子坂の菊人形のことが書かれていて、その当時の秋の風物詩のことを初めて知ったものだ。
 今では、菊人形を見ることのできる場所も、限られているように思う。


 さて、この季節、衣替えをすべきかどうか迷う人も多いと思うが、昔の人はどうしていたのか。
 今日では、6月1日、10月1日が、衣更えの目安となっているようだが、かつては、旧暦の特定の日を境に衣更えをしていた。



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松村賢治著『旧暦と暮らす-スローライフの知恵ごよみ-』(文春文庫)

 こちらも以前紹介したことがある本。
 著者は、社団法人大阪南太平洋協会の理事長で、同協会では「旧暦カレンダー」を発行している。
(社)大阪南太平洋協会のサイト

 本書から、ご紹介。
衣更え 

 平安時代の衣替えは、四月一日と十月一日だったそうです。もちろん旧暦の日付です。
 しかし、室町時代になると、武家の生活習慣が規範となって、四月一日に綿入れを袷(あわせ)に替え、さらに五月五日、端午の節供には帷子(かたびら)に替えました。すなわち、裏地を付けない単衣(ひとえ)の着物にしたのです。そして、九月一日には再び袷となり、更に九月九日の重陽の節供から、綿入れを着たそうです。
 これは、あくまで武家など上流社会の習慣で、江戸時代の商家などではこれを見習い、四月一日に綿入れから袷に、そして足袋をやめます。さらに、五月五日には単衣に「衣更え」です。九月一日にはまた袷に変え、足袋を履いて綿入れと、かなり規則正しく、四季の変化に衣装を合わせて、寒暖に対応していたようです。

 なるほど、旧暦の節句(節供)が、一つの季節の替わり目であり、衣更えの目安だったわけだ。
 単衣とか袷なんて言葉、今の若い人は読めるかなぁ。


 旧暦オタクなどと言われそうだが、やはり、自然と密着しているのは、新暦(グレゴリオ暦)ではなく、太陰太陽暦の旧暦だと思う。
 
 天気予報を参考に翌日着るものを選択するのを現代の知恵とするなら、旧暦を踏まえた季節の替り目に、「そうか、長月か」、「重陽の節供だね」などという会話とともに衣更えのことを話題にすることは、古からの知恵、ではなかろうか。
 

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by kogotokoubei | 2015-10-06 21:42 | 旧暦 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛