噺の話

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兄弟ブログ「幸兵衛の小言」と重複するのだが、大晦日にちなみ、昨日の東京新聞の社説について書きたい。

 『芝浜』が、あまりにも特別な噺として祭り上げられすぎているため、新聞が社説でも引っ張りだしたのだが、どうもその喩えが、相応しいとは思えない。

 該当社説を引用。太字は管理人。
東京新聞の該当社説

年のおわりに考える アベノミクスと「芝浜」
2014年12月30日

 政府・与党が来年度の税制改正大綱をまとめます。振り返れば、経済の話題の中心はアベノミクスと、そして税でした。私たちはよく考えたでしょうか。

 すっかり年末の風物詩となった「今年の漢字」。京都・清水寺の森清範貫主が大書したのは「税」の一文字でした。「消費税増税」騒動に明け、「消費税再増税の先送り」騒動に暮れた一年だったということでしょう。

 四月に5%から8%へ十七年ぶりとなる消費税引き上げがありました。駆け込み需要の反動減が、政府や大半のエコノミストにとって「想定外」の大きさとなったのは周知の通りです。

◆何のための消費増税
 四~六月期、七~九月期の二期連続でマイナス成長。安倍晋三首相は二〇一五年十月に予定されていた10%への再増税を一年半先送りすることを決めました。

 政府は春の増税に備えて五・五兆円もの経済対策をまとめ、「これで夏以降、景気は回復する」と言ったはずです。

 それがアベノミクスによる物価上昇も加わって消費は今に至っても冷え込んだまま。追加の経済対策を迫られ、その規模は三・五兆円、合わせて九兆円に上ります。

 消費税を3%引き上げたことによる税収増が一年間で約七・五兆円ですから、景気対策に費やした額の方が大きい。何のための増税なのかという気になります。
 

 消費税は、導入時や増税のたびに巨額の景気対策が必要となるので、かえって財政を悪化させてきました。当然です、国内総生産(GDP)の六割を占める個人消費を破壊するわけですから。

 安倍首相は増税先送りの理由を「景気が低迷して税収が落ち込めば元も子もない」と言いましたが、ならば消費税はこれ以上、引き上げるべきでないはずです。

◆所得再分配機能こそ
 消費税増税と関連して軽減税率の議論もありました。低所得者ほど負担が重い「逆進性」対策との触れ込みですが正しくありません。富裕層も同様に、いやむしろ富裕層の方が恩恵は大きい。

 対象品目の線引きも難しいし、それをめぐり政官に新たな利権を生みかねません。軽減税率よりも低所得者に絞った「給付付き税額控除」の方が効果は高いのです。

 税制改正大綱は法人税減税が最大の目玉といわれています。消費税は増税する一方で、逆に法人税は減税する。理解に苦しむ方も少なくないでしょう。

 政府や経済界の言い分はこうです。欧州やアジアに比べて税率が高いので国際競争上、不利なうえ、海外からの投資(進出)も増えない。このままだと日本勢は税率の低い海外に逃げ、そうなれば法人税収は落ち込む、と。

 半ば脅しのようにも聞こえますが、海外の投資が増えないのは法人税だけの問題ではなく、規制や需要の低さなどさまざまなはずです。欧州は法人税こそ低いが社会保険の負担は重い。そもそも赤字やら節税やらで法人税を納めていない企業は七割に上るのです。
 

 それでも企業寄りの政策に熱心な安倍政権ですから法人税減税は既定路線でした。アベノミクスの第三の矢、成長戦略の柱として「数年で20%台を目指す」と海外と遜色ない水準にする方針です。しかし、減税しても、投資もせず内部留保をため込むのではとの疑念がぬぐえません。

 安倍政権の最大の問題は、アベノミクスでこれだけ格差が拡大しているのに、税による所得再分配に冷淡なことです。格差や貧困を放置していると言わざるを得ない。税には、財源調達機能とともに所得再分配機能という重大な役割があるのです。

 たとえばアベノミクスで潤った株保有者の譲渡益や配当への課税方法(20%の分離課税)を変えるとか、富裕層の資産への累進強化、所得がありながら年金も受給する高齢者の二重控除の問題など…。首相は株価が上がれば問題はすべて解決するとでも思っているのか、それとも株高に酔って民の声が聞こえないのでしょうか。

 年の瀬、酔うといえば、落語の人情話「芝浜」が思い浮かびます。早朝の芝浜で大金入りの財布を拾った魚屋の主人は、もう働かなくていいと大酒を飲んで寝てしまう。女房は夫に内緒で財布を届け出、夫には「夢を見たんだろ」と諭す。心を入れ替え、真人間へと立ち直った夫に、妻は謝って真実を打ち明ける…。

◆国民こそが賢妻たれ
 いうなればバブルに酔って自分を見失った夫を、機転の利く妻がたしなめたわけです。株高だけで実体経済を好転できないアベノミクスを「この道しかない」と繰り返すばかりの首相−。ここは国民が賢妻となって夢から覚めさせるしかないと思います。


 途中までの指摘はもっともなのだが、最後に『芝浜』を引っ張り出した内容には、疑問を感じる。

 『芝浜』という噺は、昨今、少しメディアなどでもてはやされ過ぎている感があるが、あくまで旬のネタの一つ。冬には、他にも『二番煎じ』や『夢金』『富久』、『鰍沢』『味噌蔵』『うどん屋』『しじみ売り』、そして大晦日なら『掛取萬才』『睨み返し』『言訳座頭』といった旬のネタがあるのに比べて、『芝浜』のみを特別視する風潮は解せない。

 東京新聞の社説も、無理がある。そもそも、国民は安倍政権と結婚したわけではない^^

 『芝浜』の主人は、もともと腕の良い魚屋で、多くの贔屓客を持っていた。だから、財布を拾ったことを夢と思い、気持ちを入れ替えて酒も断ち、しばらくぶりで客に顔を出しても、その腕で商売が出来たのである。

 では、安倍政権は、本来は腕の良い政治家集団、安倍晋三は立派な政治家、なのか・・・・・・。

 私は、国民が『芝浜』の女房で、安倍政権という夫の夢を覚まさせるという設定には、賛成できない。

 元々、腕が良いわけでも、バブルに乗って浮かれているのでもない。安倍政権を魚勝に喩えるのなら、何ら反省もなく、酒を飲んで仕事を放り出しているのだ。もし、国民を女房と喩えるにしても、この罪深き夫を奉行所に突き出さなければ、その病は治らないのである。

 アベノミクス批判は結構。しかし、この時期、つい無理に担ぎ出すほどに、この噺が祭り上げられている。そんな印象を持つ社説だった。

 東京新聞は、基本的には期待している数少ないメディアの一つ。しかし、落語については、もう少し勉強が必要かな^^

 本年、この記事をもってお開きです。
 拙ブログにお立寄りいただき、誠にありがとうございます。

 大晦日の私は、戦争と原発再稼動の道へまっしぐらな政治について、女房が注ぐ酒を呑んで、その現実が「夢」であればよいと思う、そんな心境です。実際は、手酌ですがね。

 来年も、よろしくお願いいたします。
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by kogotokoubei | 2014-12-31 08:21 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
一年前の師走も押し迫った時期に、まさか大瀧詠一の訃報を目にするとは思わなかった。

 私の携帯音楽プレーヤーに、「A Long Vacation」をはじめ、大瀧詠一の曲を外すことができない。
 
 大瀧詠一は、漫才やモノマネ、そして落語などの演芸が好きだった。

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『増補新版 大瀧詠一』(文藝別冊 KAWADE夢ムック) 
 今年1月に版を重ねたKAWADE夢ムック『大瀧詠一』から、いくつか引用したい。
 初版は2005年11月である。

 まず、自ら、“ナイヤガラー”と称する内田樹との、2005年8月16日に行われた対談から。

内田 大瀧さんの声には実に複数の層があって、喉からだけでなく、たとえば鼻骨や頭骨が時間差をもって震動しているということがあると思うんです。だから「一人交響楽」みたいな感じになる。歌唱における説得力というのは、単音がその前後で空間的な厚みと時間的な幅をどれだけ持って成立するかということが重要なのじゃないかと思うんです。すぐれた歌い手は声を出す前にすでに「予兆」のようなものを発信しますね。
大瀧 戦う前にわかるということだね。松井でも打席に入る前にスウィングしているだけで調子がわかる。今日は上手く歌えそうだとかダメだといったことは歌う前にわかるんだよね。
内田 録音状態のよい音源を聴いたときの、ギターの弦を指がスッと滑る音や発声前のブレス音が好きなのですが、これから先にいい音が出てくるという場合は、息を吸い込む瞬間の音がとても色っぽい。
大瀧 最近はブレスを強調する平井堅など流行ってるね。
内田 あれは録音技術が上がっているから拾っているということなのですか?
大瀧 わざとやっているんですよ。昔から三田明とか、ブレスを強調する歌手はいたんですよ。それを息継ぎでやっているのが山本富士子ですね(実演してみせる)。
内田 それは誰かのモノマネじゃないですか?
大瀧 桜井長一郎でやる山本富士子のマネ。
内田 山本富士子はそんなことやらないです!(爆笑)
大瀧 この突っ込みができるかどうかが僕の相手になるかどうかのポイント(笑)。


 この“予兆”って、よく分かるなぁ。
 いい曲って、昔なら、レコードの針を落とした最初の音から、予感させる何かがあった。

 しかし、大瀧詠一が桜井長一郎の山本富士子を演じるとは。聞いてみたかった^^

 次に、星セントとの対談から。

セント 初めて会ったのは、何年前ぐらいでしたっけ?
大瀧 えーっと、ラジオで一日だけスペシャル・パーソナリティをやってたときだから・・・・・・。
大瀧のマネージャー氏 77年3月の春分の日です(と即座に返答)。
大瀧 すごい記憶力だね(笑)。そうそう三波春夫の「東京五輪音頭」をかけたんだ。で、その番組にゲストで来てもらったんだ。えらい風邪ひきでね。ぐしゃぐしゃの鼻声だから間がもたないでしょ。で、これは色モノを間に入れようってんで、お願いして、わざわざ来てもらったんですよ。
 忙しい人達でしょ。来てくれないんじゃないかなと思ってたのね。でも来てくれて・・・・・・もう、その頃は人気の絶頂期は過ぎてたんですいか?
セント ・・・・・・!?
大瀧 てなことはないね、ハハハ。
セント アハハハハハ(ブキミな笑)。
大瀧 そのときは、すごく面白かった。ちょうど、その半年前に初めてテレビでセント・ルイスを見てね。
セント あの頃、どんな出しものをやってましたっけ?
大瀧 「美人の論理」ちか「幸せの論理」とか。とにかく異常な面白さだったね。何をいってるんだかよくわからなかったんだけど(笑)。
セント ほんと、わかんなかった。俺にもわかんなかったぐらい(笑)。
大瀧 何をいってんのかわかんないというのは、ここ四、五年のマンザイの人の特徴だね。たけしも紳助もわかんない。言葉が明瞭じゃないし、テンポがやたらに早い。
セント みんな、間が恐いんですね。シラケの間ってヤツが、一秒でもあると恐いんだ。
大瀧 でも勉強になるね。わかんないことでも早くパッとやって次に移ってしまえば、それでいいんだってことを学んだし(笑)。
セント 何をいってんだかわかんないというのが、何回も聞かせられるコツですよ(笑)。
大瀧 初めてテレビで見たとき、偶然にテープに録ってたんだ。何いってんだろうって何回も聞いたね。
セント 暗号解読だね(笑)。
大瀧 それまで、マンザイのテープをくり返し聞くことはあったけど、10回も20回も聞いたのは、あれが初めてだったねえ。でも結局、何いってんのかわからないもんね(笑)。


 セント・ルイスのテープを何度も聴き直す大瀧詠一の姿を想像すると、笑えてくる。

 「間が恐い」という指摘、何か深いものを感じる。

 高田文夫が「冷麺で恋をして」と題して、次のようなことを書いている。

意外に思われるかも知れないが大瀧詠一氏と私はツーカーの仲。この本ではありとあらゆる方達が大瀧氏のゴー・ゴー・ナイアガラ的な音楽界における大巨人ぶりをお書きになっていると思うが、ここでは案外知られていない笑芸的見地からの私と大瀧氏とのふれあいについてふれたい。お互いに昭和23年のネズミ年生まれという事もありますが、その事がふたりの中ではっぴいいえんどという訳ではない(ン?いきなり訳が分からなくなってきたぞ、しっかりしろ五十七歳)。まっこの本全体の中で私の頁がイロモノ的という事を含めて河出的にはOKでしょう。私の耳に“大瀧”なる男の名前が届いてきたのが、私が脚本等で参加していた「オレたちひょうきん族」。漫才の駄目な方の相方ばかり三人を集めた“うなずきトリオ”で出した曲の作詞作曲が誰あろうこの匿名のO氏。その名曲「うなずきマーチ」は小さなヒットを飛ばし、イモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」に追いつきたいけど追いつけない情なさでした。その詞その曲は私のハートをつかんではなさないアイアンクローな出来栄えでした。大瀧詠一恐るべし。

 

 お笑い好きな大瀧詠一の一面をうかがわせる。

 高田文夫作詞「冷麺で恋をして」を、「A面で恋をして」の曲で発売することを大瀧は快諾した。


 もちろん、落語も好きだった。
 今年3月のお別れ会で、奥さんの静子さんが、最後の姿について語る言葉が、音楽ナタリーの記事に載っていた。
 「音楽ナタリー」の該当記事

静子さんは「夕食前だからリンゴでも食べるかなと思い皮を剥いていたとき、突然『ママ、ありがとう!』と大きな声で言われました。そんなことを突然言われましたので、びっくりして主人のほうを見ますと、イスにもたれかかり、ぐったりしていました」と当時の様子を克明に語ってくれた。その後救急車に乗せて病院へ行っても、大瀧が息を吹き返すことはなかった。静子さんは続けて「当日会話をしたのは20分ぐらいだったと思います。今では会話のすべてが遺言となってしまいました。本来ならば、12月末は大好きな落語を聴いて、スタジオの整理、片付けをしている姿があったのですが、昨年はありませんでした。亡くなる最後に『ありがとう』と言ってくれたのは、これまで主人を支えて見守ってくださった方々、またファンの方々に私から一言お礼を述べてほしいということだったと思います。この場をお借りしまして、本当にありがとうございました」と深々とお辞儀をした。


 年末、好きな落語を聴きながら、スタジオの片付けをしている時、きっと大瀧詠一は、何事にも替えられない至福の時間を過ごしていたのだろう。

 大瀧詠一が、“落語は哲学であり、哲学書など読まなくても、落語を聞けば哲学的な思索はできる”、というようなことをつぶやいていたのをネットで目にしたことがある。

 まったく同感だ。

 大瀧詠一の歌を聴くたびに、落語や漫才など大衆芸能好きの彼が、微笑んでいる姿を思い浮かべる。

 さて、一周忌の歌は何にしようか、悩んだ末に、これにした。
 CM集!
 大瀧詠一を知らない人も、彼の名曲をコマーシャルで聞いたことのある人は多いのではなかろうか。それにしても、同じ曲がたくさん使われてるね。

 彼は、天国で“長いバケーション”を、今楽しんでいるに違いない。

 大瀧詠一さん、ありがとう。


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by kogotokoubei | 2014-12-30 07:01 | 今日は何の日 | Comments(2)

今年のマイベスト十席

さて、今年もマイベスト十席を選ぶ時期になった。

 まず、この一年の落語会や寄席(定席)に行った回数、そして聴いた落語の高座数は次のようになった。
 ちなみに、昨年二回に分割した内容を、一回で書くので、少し長くなりますことを、ご了承のほどを。
 
1月 5回、27席(寄席1回-末広-)
2月 3回、12席
3月 5回、33席(寄席1回-末広-)
4月 4回、20席
5月 3回、12席
6月 3回、14席(寄席1回-池袋-)
上半期 23回-寄席3回-、118席

7月 5回、28席(寄席2回-末広・池袋-)
8月 3回、20席(寄席2回-国立・鈴本-)
9月 5回、34席(寄席2回-浅草・末広-)
10月 4回、20席(寄席1回-鈴本-)
11月 4回、16席
12月 7回、35席(寄席2回-末広・末広-)
下半期 28回-寄席9回-、153席

年間合計 51回-寄席12回-、271席


 ちなみに昨年の回数が58回、一昨年は48回、その前年が47回。昨年が、少し多すぎた^^
 昨年寄席は16回、一昨年が8回。今年は後半意識して行って、12回。このくらいがちょうどいいような気がする。
 落語会と寄席、週に一回行ければ御の字と思っているので、十分に回数はこなせた(?)と思う。

 さて、マイベスト十席候補を並べる。
 ちなみに、昨年は35席、一昨年は34席だった。さて、今年はどうなったのか。
 
(1)古今亭菊之丞『士族の鰻』(『素人鰻』)
>みなと毎月落語会 麻布区民ホール 1月21日

(2)五街道雲助『初天神』
>雲助蔵出し ぞろぞろ 浅草見番 1月25日

(3)桂宮治『宿屋の仇討』
>柳家三三独演会 横浜にぎわい座 2月4日

(4)笑福亭鶴志『時うどん』
>横浜にぎわい座上方落語会 2月15日

(5)五街道雲助『按摩の炬燵』
(6)五街道雲助『らくだ』
>らくご街道 雲助五拾三次 -酒- 日本橋劇場 2月19日

(7)柳家権太楼『火焔太鼓』
>渋谷に福来たるSPECIAL 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール 3月1日

(8)桃月庵白酒『今戸の狐』
>新宿亭砥寄席 新宿文化センター 3月7日

(9)古今亭志ん輔『明烏』
(10)桂小文治『野ざらし』
>国立名人会 国立演芸場 3月22日

(11)五街道雲助『花見の仇討』
(12)五街道雲助『反対俥』~『干物箱』
>雲助蔵出し ぞろぞろ 浅草見番 4月5日

(13)五街道雲助『夜鷹蕎麦屋』
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 4月12日

(14)入船亭扇遊『厩火事』
(15)入船亭扇辰『藁人形』
>入船亭扇遊・入船亭扇辰 二人会 日本橋社会教育会館 4月22日

(16)柳家三三『粗忽の釘』
>J亭落語会 柳家三三独演会 JTアートホール 5月8日

(17)柳家喜多八『お直し』
>落語睦会 国立演芸場 5月21日

(18)古今亭志ん輔『お直し』
>池袋演芸場 六月上席 夜の部 6月5日

(19)五街道雲助『宮戸川~通し~』
>らくご街道 雲助五拾三次 -大川- 日本橋劇場 6月19日

(20)柳家小満ん『有馬のおふじ』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 7月17日

(21)春風亭一朝 『宿屋の富』
(22)春風亭一朝 『淀五郎』
>県民ホール寄席-馬車道編- 春風亭一朝独演会 関内ホール 7月30日

(23)古今亭志ん輔『酢豆腐』
>国立演芸場 8月上席 8月9日

(24)露の新治『胴乱の幸助』
>第33回 三田落語会 夜席 仏教伝道センター 8月23日

(25)柳家喬太郎『任侠流山動物園』
>浅草演芸ホール 9月上席 夜の部 9月4日

(26)橘家圓太郎『算段の平兵衛』
>ざま昼席落語会 三遊亭吉窓・橘家圓太郎 ハーモニーホール座間 9月13日

(27)柳家小満ん『寝床』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 9月26日

(28)柳家権太楼『鰻の幇間』
>第27回 大手町落語会 日経ホール 10月11日

(29)入船亭扇辰『五人廻し』
> 通ごのみ 扇辰・白酒二人会 日本橋劇場 10月23日

(30)桂九雀『土橋萬歳』
>第57回 人形町らくだ亭 日本橋劇場 12月25日

 昨年、一昨年に比べ30席と少なかった。それも、6月までの上半期で19席あったのだが、後半は11席。寄席を除く落語会の回数は、前後半ほぼ同じだったにも関わらず、である。これは、巡り合わせとしか言いようがないなぁ。

 選ぶに当たって、昨年まで踏襲してきたルール、一人の噺家から一席、という縛りを今年も継続するのかどうか。
 今年の30席のうち、複数ノミネートされた噺家さんは、五街道雲助(7席)、柳家権太楼(2席)、古今亭志ん輔(3席)、入船亭扇辰(2席)、柳家小満ん(2席)、春風亭一朝(2席)の六人。高座の数で18席と、六割になる。
 
 熟慮(?)の結果、今年も一人一席ルールとした。どうしても、好きな噺家さんの会には数多く通うことになる。しかし、できるだけ多くの噺家さんの名演を記録に残しておきたいという思いを優先した。

 悩みに悩み、決めた。それでは、マイベスト十席を発表!

(1)古今亭菊之丞『士族の鰻』(『素人鰻』)
みなと毎月落語会 麻布区民ホール 1月21日
->神田川の金を演じる巧みな芸。骨太の菊之丞発見!

(2)桃月庵白酒『今戸の狐』
新宿亭砥寄席 新宿文化センター 3月7日
->古今亭の伝統の継承者として、着実に芸の幅を広げていることを示した好高座!

(3)五街道雲助『花見の仇討』
雲助蔵出し ぞろぞろ 浅草見番 4月5日
->旬な噺で、見番にも見事な花を咲かせた至芸。その後の墨堤散歩も懐かしい!

(4)入船亭扇辰『藁人形』
入船亭扇遊・入船亭扇辰 二人会 日本橋社会教育会館 4月22日
->千住を舞台にした珍しい、暗いネタをしっかり。やはり目の離せない人!

(5)柳家三三『粗忽の釘』
J亭落語会 柳家三三独演会 JTアートホール 5月8日
->滑稽噺の三三の面目躍如。無駄なクスグリなし、話芸で描き出す夫婦の物語!

(6)古今亭志ん輔『お直し』
池袋演芸場 六月上席 夜の部 6月5日
->私もリクエストしたネタでの池袋での高座。古今亭の十八番をしっかり継承した!

(7)春風亭一朝 『淀五郎』
県民ホール寄席-馬車道編- 春風亭一朝独演会 関内ホール 7月30日
->淀五郎と仲蔵との場面が蘇る名演。優秀な弟子が育つはずだ!

(8)柳家喬太郎『任侠流山動物園』
浅草演芸ホール 9月上席 夜の部 9月4日
->喬太郎が浅草で演じた白鳥の新作には、大衆芸能のエキスが集約されていた!

(9)柳家小満ん『寝床』
柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 9月26日
->関内での手作りの会で出会った、師匠文楽の芸を継承する見事な高座!

(10)柳家権太楼『鰻の幇間』
第27回 大手町落語会 日経ホール 10月11日
->会場の問題はさておき、権太楼ワールドが花開いた名演を外せない!

 さて、今年もなんとかマイベスト十席を選ぶことができた。
 
 次は、特別賞(?)の発表。

 まず、寄席の高座から「寄席の逸品」を、今年前半と後半一席づつ選びたい。
 その時のブログの記事も一緒に紹介したい。

寄席の逸品賞・上半期
柳家小はん『親子酒』 (10分)
新宿末広亭 正月二の席 夜の部 1月17日
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金馬の代演。こういうことも寄席ならでは、である。私は、小はんの何とも言えない
味が好きだ。ところどころに、「えっ?!」と驚かせるクスグリがあったりする。
息子との禁酒の約束を破って飲み始めた親父。女房に向かって
「乾きもんがありゃぁいいよ。乾きもんたって、おまえのことじゃない」とか、
酔っ払った親父を見て怖い形相をしている女房に、
「屋根瓦だって雪化粧すりぁ、もう少し色気があらぁ」なんて、いいよねぇ。
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寄席の逸品賞・下半期
金原亭馬の助『権助芝居』 (17分)
新宿末広亭 9月中席 昼の部 十代目馬生三十三回忌追善興行 9月15日
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番頭が足らなくなった役者の代りにしようと権助を呼出し、「村芝居で十八番は
何だった?」と聞くと権助が「18番は、村長の電話番号」に、無性に笑えた。
七段目で権助のお軽が二階から飛び降りて客席から野次られ、「今年のお軽は、
マツコデラックス」でサゲた。その後、お約束の百面相。
大黒→恵比寿→達磨大師→線香花火→カチカチ山の狸、をしっかり。
こういう芸、ぜひとも若手に継承して欲しいものだ。
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 そして、特別賞をもう一つ。
 1時間27分の、私の経験した最長時間の高座に捧げたい。

圓朝に挑戦賞
むかし家今松『仇討 札所の霊験』
むかし家今松 独演会・秋 国立演芸場 11月8日

 長講お疲れ様で賞、などと言う名にするには、あまりにも失礼な高座。
 今松の挑戦心に敬意を表したい。

 さて、マイベスト十席と特別賞の選定もお開き。

 今年も、拙ブログにお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
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by kogotokoubei | 2014-12-29 06:02 | 落語会 | Comments(12)
 連雀亭のブログ記事を神保町のネットカフェで書いた後、地下鉄で新宿三丁目へ移動。
 コンビニで助六や煎餅を仕入れて末広亭に着いたのは五時少し前、開口一番三遊亭歌実『初天神』の途中。
 歌実の高座の後、下手桟敷に席を確保。
 
 出演順にネタと感想を記す。印象の良かったものにをつける。

柳家麟太郎『千早ふる』 (15分 *17:01~)
 初である。来春真打昇進する一人。真面目な高座とは言えるが、どこと言って特色が見つけにくい。見た目の年齢が二ツ目にしては高そうなので落語協会のサイトでプロフィールを確認する。あら、私とあまり年が違わないではないか。サラリーマン時代に小里んに落語を習ったことをきっかけに、四十代で入門したらしい。ご本人が楽しいのなら、それは結構だが、それにしても、なかなか出来るこっちゃないなぁ。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (4分)
 仙三郎一人で登場というのは、初めてだ思う。本来の膝代わりから、浅い出番に変更になったのは、そういうこともあったか。土瓶のネタなどから、初めて見るお客さんも多いらしく客席から「うぉーっ」と歓声。他の二人は別な仕事なのだろうな、きっと。「寄席の吉右衛門」が聞けず、残念^^

古今亭志ん陽『熊の皮』 (13分)
 この人のこのネタは、安心して聞いていられる。客席からも結構笑いをとっていた。聴く度に、かつての慌しさのようなものが消え、一種の風格まで出てきたと言うと大袈裟だろうか。甚兵衛さんがニンだなぁ。

隅田川馬石『堀の内』 (12分)
 名前にちなんだ隅田川、浅草のマクラから本編へ。前半を短めにお湯屋までしっかり。この時間で決して急いだ様子もなく仕上げる技量に感心する。龍玉が芸術祭の新人賞を受賞したが、この人も二年前に受賞している。ますます、雲助一門、充実の季節だなぁ。来年は一門会になんとか行きたいと思う。

笑組 漫才『杜子春』 (14分)
 初めて聴く、期待のネタ。
 なるほど、洛陽の町で杜子春がぼんやり立っていた、その理由を中心に構成したんだ。
 大いに楽しんだ。しかし、せっかくのかずおの熱演だったのだが、もう少し杜子春が贅沢する様子を語るべきだったかなぁ。
 ちなみに、芥川龍之介の原作では、仙人鉄冠子が言うように自分の影の頭の地面を掘って黄金を掘り当てた後の贅沢三昧を、次のように記している。

洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春は、この御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、中々口には尽されません。極(ごく)かいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生れの魔法使が刀を呑んでみせる芸に見とれていると、そのまわるには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながr5あ、笛や琴を節面白く奏しているという景色なのです。


 結構ネタに使える内容ではないかと思う。これだけの放蕩なので、三年でまた一文なしにもなる。
 もちろん、持ち時間の制約などもあって、やりたくてもできないギャグもあるだろう。今後さらに磨きがかかって、この二人の十八番の一つになることを予感させる名演だった。

柳亭燕路『やかんなめ』 (16分)
 楽しい高座だった。癪の合い薬である“やかん”に似たつむりを舐めさせてくれと頼まれる侍が、供の可内(べくない)に向かって、「いつまで笑っておる」と叱る場面がほどよく挟まれるのが、結構。

桂ひな太郎『強情灸』 (13分)
 代演で登場。寄席で代演はつきもので、ハズレもあれば当たりもある。この日は私にとっては当たりが多い日。
 マクラでのお決まり「寄席の玉三郎、病み上がりの舟木一夫」の後者に似てきたが、しっかりした高座。
 そろそろ、古今亭志ん上という前名を知っている人も減ってきたかもしれないが、私は、いまだに志ん朝一門の人と思っている。

マギー隆司 奇術 (10分)
 マギーさん、申し訳ない、一服しておりました。

古今亭志ん橋『居酒屋』 (14分)
 辛党、甘党などに関するマクラから、先代金馬を懐かしく思い出させてくれるこのネタへ。
 居酒屋の小僧が、なんとも可愛いのだ。短縮版だからだろう、「できますものは~」の言い立ては割愛したが、寄席らしい噺が嬉しかった。

林家正雀『豊竹屋』 (14分)
 仲トリは、この人。昼間、連雀亭で圓満で聴いたネタ、絶好の比較の機会を与えてくれた。
 なるほど、年季が違う。圓満と同様に、朝湯→食べ物屋のいい匂い→朝食→隣りの婆さんの洗濯→口三味線との掛け合い、の筋書きなのだが、やはり、一つ一つの語りの出来栄え、味わいが、明らかにこの人の方が上である。当り前と言えば当り前なのだが、なかなかここまで出来る人は、そういないのではなかろうか。決して圓満の高座が悪いわけではなかったので、あらためてこの人の技量を再認識した高座だった。

天乃家白馬『三人無筆』 (18分)
 先代馬生、最後の弟子がクイツキ役だったが、少し荷が重かったかもしれない。十三回忌の興行の高座もあまり感心しなかったなぁ。なんでもないところでも言いよどむ感じがあり、リズムが良くない。せっかく、志ん橋、正雀というベテランが暖めてきた空間だったので、やや残念。きつい言い方になるが、一門の先輩たちの芸を、意欲的に学んで欲しい。十代目馬生門下生に、今後を期待するからこその小言である。

昭和こいる・あした順子 漫才 (10分)
 白馬は、このお二人の芸に救われたと思う。お互いの相方が病で休んでいる状況で、結果として、絶妙な漫才コンビが誕生したのではなかろうか。客席も、もちろん私も大いに笑った。

金原亭馬生『不精床』 (12分)
 この噺は、愛犬家として犬が登場する場面が聴いていて辛く好きになれないのだが、その場面を省いた好演。
 時代は古く、客が自分で元結をほどく。端正な顔立ちが、江戸の町人の風情を醸し出していて、この噺を見直させる高座だった。もしかすると、馬生も愛犬家か^^

金原亭馬の助『権兵衛狸』と百面相 (12分)
 代演で、私にとっては当たり。朝馬なら漫談になったのではなかろうか。このい時間でしっかりネタを演じた上に得意の百面相まで披露してくれた。これが寄席の芸だと思う。
 ネタは先週のらくだ亭で小満んで聴いているが、この人のこのネタも大いに結構。狸なら得意、という感じか^^

柳家小菊 粋曲 (15分)
 「きんらい節」から、寄席のスタンダード“への八番”、都々逸からさのさまでしっかりだったが、後半、私は今松のネタの持ち時間を心配しながら聴いていたなぁ。

むかし家今松『富久』 (34分 *~21:09)
 短いマクラからネタへ。
 古川の旦那が久蔵に富札を売る際、「賞金は札と交換だから、なくすんじゃないよ」と、仕込みをする当たりに、この人の丁寧ぶりが表れていた。柳家のような酒乱ではなく、古今亭の、お調子もの久蔵という設定なのだが、その弾け具合は、抑え気味。帰宅の電車の中で師匠馬生のこのネタを聴いていて、旦那の家で火事がしめってから、女中に酒を注いでもらう場面で、「湯呑み、もっと大きなのはないの・・・体が入るような」で噴き出してしまった。あの師匠のクスグリは継承して欲しいなぁ^^
 久蔵が、箪笥、長火鉢など風呂敷で運ぼうとして諦める場面、聞き逃したのかもしれないが、「柱ごと背負っているよ」の科白がなかったようにも思う。やや全体が急ぎ目だったせいかもしれないが、助演者が遅くとも8時半までには今松を高座に上がることができるよう協力する必要もあっただろうと思う。
 以前に、このネタのことを書いたことがある。
2008年12月25日のブログ
 主な昭和の名人の、設定の違いなどを整理しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
 今松は、富札(鶴の千五百番)は、志ん生や馬生と同じ。旦那の住まいは、志ん生と同じ芝久保町。馬生は、この人だけなのだが、日本橋石町。富興行の場所は、古今亭は椙森神社なのだが、なぜか湯島天神。このへんは、結構いろいろ調べてネタづくりをする人なので、何らかの理由があるのかもしれない。旬なお目出度い噺で、聴き納めができた。


 なんとか、今年も今松が主任の楽しい寄席芸の席で落語納めができた。

 さて、後は今年のマイベスト十席選びが待っている!
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by kogotokoubei | 2014-12-28 10:04 | 落語会 | Comments(10)
 本年の生落語最終日。
 神保町の古書店を覗いてから須田町にやって来たら、まつやも藪蕎麦も行列。
 立ち食いの六文そばが土曜なのに開いていたので、かきあげ蕎麦380円をいただき、連雀亭へ。

 最初から最後まで12名のお客さん。少し、さびしい。蕎麦屋に並んでいた人の少しでも回って来て欲しいものだ。

 開演前に、始が出てきて注意事項の後、「残念なお知らせがあります」と、1月5日から事情によりしばらく休館とのこと。
 後から本人の高座で補足した内容によると、保健所が来て、トイレをもう一つつくらなければならなくなったらしい。「貸しスペース」として申請していたが、一般の催し物会場としての扱いになったようだ。「それも、皆さんがたくさんお越しいただいているから」と言っていたが、私が来た三回、そんな大入りはなかった。役所というものは困ったものだ。

 出演順に、ネタと感想。印象に残った高座にをつけた。

橘ノ圓満『豊竹屋』 (16分 *13:03~)
 最初に登場したのは、初めてだが、お目当てだった人。38歳で入門し12年目。だから今年50歳なのだ。見た目はもう少し若い。三笑亭夢吉とほぼ同時期の入門。しかし、年齢は20歳ほど違う。
 義太夫好きな豊竹屋節右衛門、なんでも節をつけてうなってしまう。圓満は湯屋で一節かたってから、家に帰って朝食でも一節。口三味線の花林胴八が訪ねてきて、でたらめ浄瑠璃と駄洒落口三味線の、楽しい高座。
 とても、二ツ目の芸ではない。数年前NHK新人演芸大賞で文菊(当時は菊六)が演じて感心した。それほどではないが、短い時間でもツボを押さえた好演。年内に聴くことができて、良かった。なぜ、来春、夢吉と一緒に真打に昇進できないのか、不思議でならない。

古今亭始『鈴ケ森』 (19分)
 マクラで前述した1月5日からの休館のことを説明。楽屋話では、誰かがチクったに違いない、圓満はxxxxxxだろう、と言っていた、と暴露すると、着物を着替えている途中のご本人登場。ネタではないだろう。可笑しかった。
 本編は、前座時代から着実に成長していることを証明する高座で、メリハリもついていて、竹の子の場面でも、しっかり笑いをとる。この噺はニンだと思う。今後も精進して、喜多八とも一之輔とも違う、始の噺として磨きをかけて欲しい。

春風亭正太郎『堪忍袋』 (20分)
 今日もっとも笑ったのは、この高座。前半の八五郎とお崎が実に結構。近くで聴いて、この人がこんなに声が太かったことを再認識したが、その声が効いていた。梅干が重要な役割を担っていて、八五郎が弁当箱をお先に渡しながら「明日は、沢庵にしてくれ」と言う理由が、「梅干料理はお埼は日本一だが、朝・昼・晩と梅干、それも昼の弁当は“逆日の丸弁当”で。梅干が回りを囲んで真ん中におまんま」では、八五郎が可愛いそう^^
 堪忍袋をお埼が縫いながら、『締め込み』のように、八五郎が求婚した際の「うんでば」の逸話を挟むのも、楽しい。サゲまできっちりと少ないながらも客席を笑わせてくれた。一時は師匠も問題もあったり苦労しただろうが、着実に伸びている、そんな印象を受けた。

柳家喬の字『黄金の大黒』 (25分 *~14:26)
 楽屋で始と「正太郎の芸が荒れてきた。あんな芸じゃなかったのにと話していた、と言っていたが、本音は、「やられた!」という思いではなかっただろうか。
 少しテンポも悪いし、聴かせどころでの笑いもそれほどは取れない。主任で持ち時間も他の三人より少し長いのだが、やや精彩を欠いた。精進しへもらおう。


 1月5日からの休館は残念だが、4日まで初席がある。なんとか一日でも行きたいと思っている。神田連雀亭サイト「平成27年初席」のページ

 さて、神保町のネットカフェで記事を書いた後は、新宿へ移動である。内容は明日のお楽しみ!

P.S.
 保健所問題の件、後から志ん輔のブログを確認すると、書類の再提出などでなんとかなりそうな様子。事実はよく分からないが、あの狭い場所で二つの手洗いは無理だろうと思う。とにかく、早く再開されるのを祈るばかりだ。
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by kogotokoubei | 2014-12-27 15:07 | 落語会 | Comments(4)
先週に引き続き、この会で日本橋劇場へ。

 一週間ほど前、「サライ」のサイトにある落語のページで、この落語会の情報がなかなか更新されないことについて小言を書いた。
 その後、19日に12月の会の情報が掲載され、22日に1月の案内が載った。「サライ」サイトの該当ページ
 遅ればせながらでも更新されたのは良いのだが、会場の入りは六割強、七割には届いていないだろう。やはり、サイトでの情報発信の遅れも影響していると思う。せっかく顔ぶれが良く木戸銭もお手頃な会なのに、もったいないことだ。

 次のような構成だった。開口一番以外は、ネタ出しされていた。とは言っても19日までは、「サライ」のサイトに載っていなかったけどね(ちょっと、しつこいか^^)
----------------------------------
(開口一番 瀧川鯉○『馬大家』)
三笑亭夢吉 『思ひ出』
桂 九雀   『土橋萬歳』
五街道雲助 『くしゃみ講釈』
(仲入り)
柳家小満ん 『権兵衛狸』
柳家喜多八 『睨み返し』
---------------------------------

瀧川鯉○『馬大家』 (7分 *18:49~)
 初、だと思う。鯉昇の11番目の弟子、とのこと。調べたら、13人も弟子がいる。ちょっとした人数だ。
 終演後の居残り会でも話題になったが、初めて生で聴く非常に珍しい噺を短い時間で聴かせた。
 よくお世話になる「落語の舞台を歩く」では、二代目円歌の噺を素材に紹介されている。
「落語の舞台を歩く」サイトの『馬大家』
 馬好きの大家なので、住んでいる店子は全員午年生まれ。空き部屋を借りに来た男が、馬で縁起をかつぐ大家に気に入られようと、馬づくしを披露するのが聴きどころ。「落語の舞台を歩く」から、一部引用すると、こんな感じ。

横浜・馬車道に永らくいたが、その後東京・浅草の馬道8丁目、厩橋(うまやばし)と駒形橋の間で焼け出され、練馬の方に引っ越して、叔母さんが日本橋の小伝馬町と馬喰町の間にいて、叔父さんが渋谷の駒沢と上馬にいます。


 『ざるや』とも趣の近い、縁起担ぎのネタと言えるだろう。先代の小せんも寄席でよくかけていたようだが、居残り会でOさんからは、さん助のこの噺を寄席で聴かれたことがある、とのこと。そういえば、来年、さん弥がこの懐かしい名前を襲名する。非常に結構なことだと思う。
 鯉○は、果たして誰に稽古してもらったのだろう。鯉昇もやるのかな。高座の出来はともかく、このネタを選んだ(選んでもらった?)ことを評価したい。

三笑亭夢吉『思ひ出』 (18分)
 冒頭、この日に落語芸術協会のサイトでも発表された、来春の真打昇進を報告。夢吉と朝夢の夢丸門下二人と小柳枝門下の笑松の三人が来年五月に昇進。
落語芸術協会サイトの該当記事
 私は、あと二人、計五人昇進する可能性もあるか、と思っていたが、今年と同じ三人だった。
 二ツ目になって羽織を着ることのできた時の逸話という自然な流れのマクラから本編へ。このネタも珍しい。二代目円歌『社長の電話』の作者である鈴木みちをが、五代目古今亭今輔のために作ったと噺かと思う。
 古着屋が出張(?)で古着を買いに訪れた家の奥さんが、時分の着物のシミや、亡くなった主人の羽織の破れなどにまつわる思い出を滔々と語り出し、古着屋が往生する、という内容。主人の浮気から喧嘩したことを思い出した奥さんが興奮するあまりに古着屋の首を絞めるあたりが、なんとも可笑しい。
 珍しいネタを楽しく聴かせてくれたが、居残り会でもOさん、Kさんが指摘していたが、緊張もあったのだろうか、少し早口で聴き取りにくさもあったなぁ。スピード感は持ち味なのだが、やや先走りしすぎるきらいもある。短い持ち時間が、焦りを誘ったかもしれない。
 真打昇進を機に、より芸を磨きあげて欲しいと思う。いずれにしても、今後期待した若手であることには違いない。

桂九雀『土橋萬歳』 (32分)
 生では初めて聴く。この噺も、今日では上方でもなかなか聴くことのできない、珍しいネタと言えるだろう。
 まず、九雀はマクラで、その昔、大阪にやってきた萬歳は、大和萬歳が多かったことと、船場などの丁稚の出身も大和が多かった、ということを説明した。これを仕込んでおかないと、今ではサゲが分からない。
 あらすじをご紹介。
 (1)船場の道楽者の若旦那が遊びに行けないよう、番頭が丁稚の定吉に、割り木
   (薪ざっぽう)を持たせて番をさせている。
 (2)その定吉を、若旦那は二十銭と笹巻きのお寿司で買収し、南へ遊びに行った。
 (3)主人に代わって番頭が葬式(葬礼)に定吉を伴って行った阿倍野からの帰り道で、
   番頭は定吉から、若旦那を逃がしたことと若旦那の行先を白状させる。
 (4)若旦那が芸者や幇間を遊んでいる難波の料理屋に番頭が乗り込み、若旦那に
   意見をするが、怒った若旦那に階段から突き落とされ、追い返された。
 (5)若旦那ご一行、河岸を替えようとして新川にかかった難波の土橋に来ると追剥が
   現れた。命が大事と芸者も幇間も若旦那を残して逃げた。追剥の若旦那への要求は、
   もう遊ぶな、ということ。実は、追剥の正体は、番頭だった。
 (6)若旦那から雪駄で打たれ額から血を流した番頭、怒りのあまり、葬式衣装で腰に
   差していた葬礼差しの刀を抜いてしまった。二人がもみあううちに・・・・・・。
   ここからは、芝居がかり。上方歌舞伎「夏祭」のパロディ。見せ場。
 (7)番頭が刀を若旦那に差したところで、若旦那、番頭ともに、夢から醒める。

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『米朝ばなし』(講談社文庫)
 
 夢から醒めて、若旦那が番頭に語る言葉からサゲまで、そしてサゲの解説を、『米朝ばなし-上方落語地図-』の「難波」の章から引用したい。

「おまえがほんまにわしのことを思やこそ、お互い同じ夢を見たのや。しかし、これが本当やったら、おまえのような忠義な男を殺さんならんで。かずかず罪はあっても、主殺し、親殺しは一番重い。重罪で死刑じゃ」すると定吉(本書では常吉)が泣き出す。「重罪で命がないなら、わしのおとっつぁん、どうなります」「おまえのおとっつぁん、何や」「わたしのおとっつぁん、大和の万歳です」

 -苦しいサゲですが、重罪と万歳、つまり十ザイで命がないなら、百・千・万の万ザイではどうなることやら、というわけです。


 サゲはともかく、九雀の高座は、なかなか結構だった。松本優子女史の三味線とも息が合っており、ヤマ場の芝居がかりの場面を楽しめた。持ち時間を少し過ぎたのかと思うが、このネタならやむを得ないだろう。『大丸屋騒動』にも近い、芝居がかりの見せ場がある貴重な上方の噺。米朝からの伝統を、この人なら継承できそうだ。
 高座のすぐ後では、やや逡巡したが、思い出してみて、やはり良かったあの高座、マイベスト十席候補とする。

五街道雲助『くしゃみ講釈』 (23分)
 時間を短縮させる工夫なのだろう、講釈師に仕返しする遺恨の内容が、寝不足で釈場で鼾をかいていて追い出された、という内容になっていた。だから、‘犬糞’は登場しない^^
 ひどい鼾をする男に、相棒がその凄さを形容する「田舎のかみなり」や「八町迷惑 行き戻り」などが、楽しい。
 覗きからくり「八百屋お七」、そして、講談「難波戦記」ともに、さすがの芸。唐辛子の‘えぐい’煙で苦しむ講釈師の表情が、頗る可笑しかった。30分の持ち時間なら、もっと楽しさも増したと思わせる高座。こういうネタでも、雲助の引き出しの多さが光っていた。

柳家小満ん『権兵衛狸』 (23分)
 仲入り後は、ご本人も言っていたが、この人では珍しい噺。
 狸と狐に関するマクラでも、こ本領を発揮。鳥羽上皇が寵愛した伝説の女性で九尾の狐の化身であった玉藻姫が、正体がばれて数万の軍勢によって囲まれ、石となったという逸話がある那須野の殺生石のことが出るあたりが、心憎い。「那須野まで 十二単の ままで飛び」なんて、イメージが浮かぶじゃありませんか。
 本編も、誠に結構。権兵衛さんが狸の頭を刈り上げる場面など、扇子のリズミカルな音が心地よい。今後、寄席でもお目にかかりたいネタだ。

柳家喜多八『睨み返し』 (32分 *~21:18)
 旬なネタ。先週の『二番煎じ』でも、黒川の旦那、という侍上がりがドスに聴いた声で結構だったが、この噺でも、「齋藤氏(うじ)から借金の取り立てを依頼された、郡山剛蔵」さんが良い。前半、威勢よく乗り込んできて、何かと威張りちらすが、「借金の言い訳屋」が、無言で、放心したような表情で睨み返していると、次第に気弱さが露呈し、最後は涙声になる件、喜多八の真骨頂と言える。
 『短命』などもそうだが、科白のない表情だけの演技で、この人は独特の世界をつくる。まだ、言い訳屋さんが来る前、男(八五郎?)と薪屋とのやりとり、前半などは、二人の表情を見ているだけで笑えてくる。薪屋が、道ですれ違っても顔をそむけた、と食ってかかると、男が「最近、飛ぶんだよ。まだらになっちまう」は、本人の呟きか^^
 とにかく、言い訳屋の、やや‘危ない’表情が、この人特有で可笑しい。ああいう顔で睨む人とは、町ではすれ違いたくないものだ^^


 終演予定を九時としていたが、そもそもこの人数、そしてそれぞれの噺家さんの演目を考えると、まず無理な設定ではなかろうか。九時終演とするなら、開口一番は、少なくとも省くべきかと思う。このままなら、九時半覚悟で、ネタによっては持ち時間を増やすべきのように思う。

 終演後、Oさん、Kさんという、いずれも拙ブログにいただいたコメントをきっかけにお知り合いになることのできた方と、会場近くの居酒屋で居残り会。あらかじめテーブルを予約しておいて良かった。テーブル席もカウンターも満席。
 お二人の生の落語歴は、私などよりずっと古く、先代のさん助や、同じく先代の小せんの話題なども含め、話が弾んだ。同じ落語という趣味を通じたお仲間との会話で、二合徳利がどんどん空く。しかし、先週のこともあるので、日本橋で日付変更線を越えることはなく、車中で、表参道あたりで超えたような気がする^^

 さぁ、後は明日で、今年の落語納めの予定。その後は、マイベスト十席の選定なのだなぁ。今年も早い!
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by kogotokoubei | 2014-12-26 06:46 | 落語会 | Comments(2)
 NHKの来年の大河ドラマ「花燃ゆ」の予告編的な内容を見て、少し気になることがある。

 主役は吉田松陰の妹の文。原作はなく、二人の女性脚本家がストーリーをつくるらしい。
 私は、「えっ、文でドラマ!?」と驚いた。
 それは、杉文、その後の楫取美和子に関する情報が、松陰や玄瑞などに比べ、極端に少ないだろうと思うからだ。

 もし、歴史的な文献や、記録があれば、NHKのドラマの‘捏造’や‘歪曲’を検証できる。しかし、実在の人物とはいえ、杉文について、どれほど史実や記録を元に、一年に渡るドラマを作り続けることができるのだろう。
 実在の人物(ノンフィクション)を描く、フィクション満載なドラマになるような気がする。

 これまでも、NHKのドラマにおいて、ノンフィクションを装うフィクションは結構目立った。

 そうなのだ。あえて言うが、NHKのドラマで、歴史の‘捏造’あるいは‘歪曲’がありえる。
 主人公を‘良く’描くために、意図的に無視された事実や重要人物がいる場合も、あえて‘歪曲’の範疇に入れると、朝の連続ドラマや大河では、歪曲された歴史を提示することがある。
 NHKの影響力は小さくないので、これは困ったことだ。ドラマの内容がすべて事実であると思っていると、歴史を見誤ることになる。

 その一例として、「花子とアン」。
 毎回見ていたが、あまりに、モデルの村岡花子に関する史実を‘歪曲’していたのが残念だった。

 サイゾーが運営する‘本と雑誌の情報サイト’「リテラ」から引用する。
 ドラマでは、花子が戦争に反対していたかのように演出されていたが、歴史的な事実として、まったく違う花子の姿が残っている。
 「リテラ」の該当記事

 本ドラマの原案である『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(村岡恵理/新潮文庫)によると、ドラマと同様に戦争中も「子供たちの世界から夢を奪いたくなかった」と考えていたという花子だが、その一方で、「銃後を守る女性たちの協力を呼びかけるために、もんぺ姿で連日のように大政翼賛会、大日本婦人会、国防婦人会、勤労奉仕の女学生などの会合や、講演に狩り出された」とある。

 だが、もっと強烈なのは、北海道大学大学院准教授の中島岳志氏がTwitterで紹介した花子の発言の数々だ。中島氏によれば、花子は「婦人新聞」1938年1月20日号で、「今度政府が幼少年の読物の浄化運動に乗り出したことは大変結構なことだと思います」と、文学者でありながら、こともあろうか“思想的検閲による発禁処分を肯定”。同紙の同年1月1日号での座談会でも、「戦争は国家の意志ですからね」「(戦争で負傷した兵士について)有難いと思へと、何時も子供等に話して居りますわ」と発言しているという。

 さらに、『女たちの戦争責任』(岡野幸江、長谷川啓、渡辺澄子、北田幸恵・共編/東京堂出版)には、花子が、

「私は戦争の文化性を偉大なものとして見る。平時には忘れがちになつてゐる最高の道徳が戦争に依つて想起され、日常の行動の中に実現される」「母は国を作りつつある。大東亜戦争も突きつめて考へれば母の戦である。家庭こそは私どもの職場、この職場をとほしての翼賛こそ光栄ある使命である」

 などと随筆集に書き綴っていたことが明かされている。加えて、内閣情報局と大政翼賛会の指導のもとに結成された文学者組織である日本文学報国会のイベント・大東亜文学者大会で、花子は「子供たちの裡にこそ大東亜精神を築き上げるべき」と述べているのだ。戦争に戸惑うドラマの花子とは大きくかけ離れた、ずいぶんな前のめりぶりである。


 あの時代にやむを得ない状況があったとは言え、実際の花子の戦争に関する立ち位置と、ドラマの内容は、あまりにもかけ離れている。

 ドラマには、花子のライバルとして宇田川満代という作家が登場した。宇野千代など複数の女流作家がモデルかと思うが、彼女は戦争を支持し、実際に戦地にまで赴いている。村岡花子の本来の戦争協力者としての素顔は、ドラマの宇田川満代の姿に近いと言えるだろう。

 また、村岡儆三と結婚前の安中はなは、いわば不倫関係にあり、半年間に70通の手紙(ラブレター)交わしている事実があるが、ドラマでは、不倫の匂いをあえて消していたと思う。往復書簡の話題など、なかったはずだ。

 また、柳原白蓮が九州の炭鉱王伊藤伝右衛門を捨てて結婚した宮崎龍介は、孫文の盟友と言われた宮崎滔天の長男。白蓮事件の時に父の滔天はまだ健在だったのだが、ドラマには名前すら登場しなかったのではなかろうか。

 私は、こういった歴史的事実の‘歪曲’に近い無視などのために、「花子とアン」の後半は、結構興醒めしていた。

 主役の花子を、できるだけ‘良い人’に描きたかったのだろうが、程度の問題もあると思う。
 戦争協力者としての花子を描くことも、あの時代の世相と歴史を伝えるためには、重要である。

 ドラマの構成上の都合などもあろうが、NHKのドラマでは、結構重要な人物が抜ける。
 
 それは、「マッサン」でも同様。

 竹鶴政孝が摂津酒造(ドラマでは西川きよしが社長役だった住吉酒造)に入社したのは、大阪高工醸造科の一期生として先輩であった、常務の岩井喜一郎を頼ってのことだった。
 大正7(1918)年に摂津酒造・阿部喜兵衛社長と常務岩井喜一郎が、竹鶴政孝をスコットランドに派遣したことが、その後の彼の人生の転機となったのだから、岩井の存在は小さくない。日本人として初めてウイスキー造りを学んだ竹鶴政孝が帰国し、岩井喜一郎に提出した「竹鶴ノート」が、その後の国産ウイスキーの原点であったことを考えると、岩井の不在は問題である。
 「竹鶴ノート」を元に山梨でつくられたマルスウィスキーのことが、「ウィスキーマガジン」サイトに載っているが、日本のウィスキーの歴史を語るのに、竹鶴の最初の師であった岩井喜一郎の存在の大きさが確認できる。
「ウィスキーマガジン」サイトの該当ページ

 さて、「花燃ゆ」に戻る。

 主人公の杉文は、吉田松陰の末の妹。Wikipediaから引用。Wikipedia「楫取美和子」

楫取 美和子(かとり みわこ、天保14年(1843年)- 1921年(大正10年)9月7日)は、江戸時代末期(幕末)から大正時代にかけての女性。幕末の思想家・吉田松陰の妹。松陰門下の秀才・久坂玄瑞に嫁いだが、禁門の変で久坂が自害して未亡人となる。後に実姉の元夫で群馬県令や貴族院議員を歴任した楫取素彦と再婚して多忙な素彦を支えた。旧姓名は杉 文(すぎ ふみ)。



 兄が吉田松陰、最初の夫が久坂玄瑞、再婚の相手が楫取素彦、そして78歳までの生涯。女性の視点で幕末から明治を描こうとする試みは分からないでもないが、果たして、どれほど、歴史を歪曲しないで済むだろうか。
 また、長州出身の官軍側の役人の妻で生涯を終えた杉文を描くことで、このドラマは何を伝えようとしているのか。

 それを知りたいと思って、NHKの「花燃ゆ」のサイトを見た。
 インタビューした内容として、次のような二人の脚本家の発言が載っていた。NHKの「花燃ゆ」のサイト

大島 大河ドラマとしては「花神」(1977年)が先行して「花燃ゆ」と同じ題材を扱っていますが、あちらは英雄の話。男たちの物語は派手だし面白いのですが、私たちは普通の女の子である文を主軸に据えた物語にしようと、1話1話、そこはしつこくストーリーを構築しています。長州の歴史をはめ込むようなドラマにするつもりはまったくなくて、私たちの仕事は一人の女の子から見た長州の物語にすること。兄である吉田松陰がこうしたから、文はこうリアクションする……というような話にならないよう、常に「それだと文が主人公にならないよね」を合言葉にディスカッションを重ね、主人公として成立しているかどうか確認し合いながら作っています。

宮村 よく「無名の人を取り上げて」と言われますが、私たちは無名のほうがカセが少なくていいと考えています。無名であることをマイナスに考えたことはなくて、むしろ激動の時代に思い切って飛び込ませることができる利点のほうが大きい。

大島 史実は少ないのですが、文の設定って抜群なんです。いろいろ事件を起こす兄・松陰。結婚相手は長州で最初に大砲をぶっ放した久坂玄瑞。最終的に姉の夫・小田村伊之助と再婚。さらに彼女の周りには歴史で名を残す偉人がいっぱい。作劇する上で、作ろうと思ってもなかなか作れない、ドラマチックな設定の主人公です。

宮村 少ない資料の中でも、おもしろいのがあります。文は「女幹事」と小田村伊之助に言われていたみたいです。群馬へ伊之助が移り住んでいたとき「早くあの女幹事来ないかな」と、文の到来を待ちわびていたようなんです。「女幹事」っておもしろい! と、ここでも大島さんと一緒にくいついきました(笑)。そういったことから相談して生まれたのは「文を出会わせ上手にしよう」ということ。第1回から文は、偶然や自分の好奇心に従った行動で、いろいろな人を出会わせていきます。



 男性中心のドラマではなく、女性の視点でドラマをつくるのは結構だは、‘長州の歴史をはめ込むようなドラマにするつもりはまったくなく’という発言には、ひっかかる。
 長州の歴史から遊離した杉文の存在はありえない。
 ‘常に「それだと文が主人公にならないよね」を合言葉にディスカッションを重ね’るのは結構だが、妙に現代風の女性像にして欲しくないものだ。
 
 男性のキャスティングも気になる。「イケメン大河」などと言われているようだが、「龍馬伝」で高杉晋作を演じた俳優が吉田松陰、「ごちそうさん」の夫が久坂玄瑞。NHKにはお気に入りの俳優を何度も出演させる傾向が強い。他にも俳優はいるだろうに。

 珍しい名前として大沢たかお。彼が小田村伊之助(楫取素彦)というのも、勝てば官軍側の役人で、貴族院議員、男爵であった人に、いわば‘いい男’をあてがったのが、個人的には不満である。

 そもそも、前半の主要舞台となるであろう長州は、現首相の故郷。私は、このドラマの成り立ちの背後に、政治の匂いを感じる。

 「嫌なら見なきゃいいじゃない」と言われそうだが、もし、歴史的事実を歪曲した場合に小言を書くために、見ようと思っている。なんだかんだと言って、NHKのドラマの影響力は大きい。間違いや、歴史的事実の歪曲は放っておけない。
 特に、安部首相お気に入りのあの会長がいる間のNHKは、ドラマであろうが、どんな内容になるか気になるのだ。
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by kogotokoubei | 2014-12-24 00:07 | 歴史ドラマや時代劇 | Comments(7)
今年ももうじき暮れる。
 いろいろあった一年、世の中を騒がしたいくつかの出来事で、連想する落語のネタがある。

 今年の出来事と言えば、年明けから年末までの長い間、巷の話題であった「STAP細胞」騒動は、外せない。
 浮かんだネタは『文違い』
 オボちゃんを新宿遊郭のお杉にたとえるのは可愛そうとも思うが、結局は事実とは違う‘文’(論文)を書いたことには違いない。
 個人的には、検証実験の結果「STAP細胞、できました!」と発表するオボちゃんの笑顔を見たかったのだが。
 『文違い』では、お杉が金欲しさに、客の二人を騙し、間夫(まぶ)と慕う芳次郎のために、その金を貢ぐ。その芳次郎は眼病を治すのに金がいるとお杉に頼んだのだが、これが、芳次郎が惚れた花魁小筆の計略。最後には、小筆の手紙を見て、お杉も芳次郎の嘘に気付くのだが・・・・・・。
 オボちゃんを、お杉とするなら、お杉を騙す芳次郎は誰か。これが必ずしも簡単ではない。亡くなったあの教授が芳次郎とは、一概に言えないように思う。あの教授も、被害者の一人と言ってよいだろう。
 芳次郎は理研の責任者たちではないのか。理研という組織そのものが、特定法人の認定による補助金の獲得のために、オボちゃんを利用した、と言えなくもない。なぜなら、論文の偽装問題が発覚してから、理研の別の研究者が、論文の問題について詳細に指摘しているので、時間さえかければ、内部で検証できたわけだ。内部検証も行わず、拙速に発表して、割烹着やらリケジョやら、オボちゃんの話題性を含めてメディアも利用した理研の責任者たちは、罪をオボちゃん一人になすりつけて、自分たちは居座りをしている。問題発覚後の理研のオボちゃんへの態度には『突き落とし』に似た乱暴さを感じた。
 発表を焦らず、内部検証を重ねていれば、一人の若手研究者と、その指導者でノーベル賞受賞も噂されていた優秀な研究者を失うこともなかったのではあるまいか。
 もちろん、手のひら返しのマスコミにも、私は非があると思う。割烹着美女やらリケジョやらと囃し立てていたテレビや新聞や週刊誌が、その後は、彼女や周辺の人々を罪人扱いで取り上げた時、私は『品川心中』で、金の用立てができたと聞いてからの白木屋のお染を思い浮かべたものだ。あっさりと海に沈む貸本屋の金蔵を見捨てた豹変ぶりと似たものを、あの頃のメディアに感じたぞ。
 もちろん、オボちゃんにも非はあるが、その管理責任は理研にある。理研は大きな犠牲を払った騒動を十分に反省して、組織として再生しなければならないと思う。
 お杉がなじみの半七や田舎大尽の角蔵を騙すより、そのお杉が間夫(まぶ)と思っていたのに騙した芳次郎とその背後にいる花魁小筆の方が、ずっと悪党ではなかろうか。では、芳次郎を操った小筆は誰か・・・・・・。結構永田町や霞が関あたりに、いるような気がしてしょうがない^^

 次に、佐村河内のゴーストライター騒動。これは『干物箱』だなぁ。
 佐村河内が若旦那、新垣が貸本屋の善公。しかし、大きな違いは、事件後の二人の関係。若旦那と善公は、あの身代わり作戦がばれた後でも、一緒に吉原に繰り出す関係は続けるだろう。いや、前にもまして、結束(?)は強くなるかもしれない。佐村河内と新垣は、ヨリを戻すことは当面ありそうにない。

 さて、お次は、ファストフードの中国期限切れおよび危険食材の事件。
 中国の委託先工場で期限切れ鶏肉が使用されていたり、食材から大量の抗生物質が発見された事件だが、私はあの騒動で『てれすこ』を連想した。

 この噺のあらすじは、次のようなもの。
 
(1)ある漁村で、珍しい魚がとれた。漁師も名前が分からない。奉行所の役人も分からず、ついに、この魚の名が分かる者に百両の賞金が出ることになった
(2)多度屋茂兵衛という商人が、賞金に目がくらみ、「これは、てれすこ、という魚です」と申し出た。誰もその真偽を証明できないので、茂兵衛は賞金百両をせしめることに成功。
(3)どうも茂平兵衛は怪しいと思った役人、この魚を干物にして、ふたたび名前を知っている者に賞金百両、と高札を出した。計略とは知らない茂兵衛が奉行所に出向き、今度は、「これはステレンキョウと申します」と言ったので、役人は、不届者と茂兵衛を捕らえた。
(4)てれすこと言った魚を、次にはステレンキョウと言い賞金をだまし取ろうとした、として茂兵衛は打ち首を言い渡された。「妻子に一目合わせて欲しい」という茂兵衛の願いを聞き入れ、女房がやせ衰えた姿で乳飲み子を抱えて出頭。
(5)茂兵衛が女房に聞くと、亭主の救われるよう断食していたが、赤ん坊のお乳のために、そば粉を水で溶いたものをすすっていたとのこと。茂兵衛、「それほどわしの身を案じてくれていたか。もう思い残すことはない。子供が大きくなっても、決してイカの干したものをスルメと言わせてくれるな」と言った。
(6)それを聞いた役人、膝を打って、「多度屋茂平兵衛、言い訳相立った。無罪を申し渡す」と言った。首が飛ぶはずだった茂兵衛、スルメ一枚で命が助かった。助かるはずで、女房が火物(=干物)だちをしていたから。

 このように、頓智が命を救った、という話なのだが、なぜ中国鶏肉問題で、この噺を思い浮かべたか。
 まず、ファストフードで食べているものは、これまで自然界に存在した食材とは違う、謎の食べ物と言ってよいのである。 そして、その原料となる鶏肉などの仕入れ先を、今後中国の工場からタイなど別な国に替えたところで、それは、てれすこがステレンキョウになるだけではないか、と思ったのだ。
 もちろん、安全管理などの面で日本や海外のファストフードは今後は審査などを強化するのだろうけど、その食材が保存料や着色料などによる、自然界には存在しない‘謎’の食べ物であることには変わらないだろう。
 もし、コストダウンのための海外への委託を続けるならば、そのうち中国以外の国の工場でも、同様の問題は繰り返されるのではなかろうか。
 噺の本筋とは違うが、あの騒動でこのネタを思い浮かべた私は、元々、ファストフードのハンバーガーなどには、わけのわからないものが入っているから食べようとは思わない。いまだに、子供を連れてあのお店に行く若い主婦の気持ちが分からない。彼女たちには、「あなたたちは、てれすこ、あるいはステレンキョウを食べているんだよ」、と言っても、分かんねぇだろうなぁ^^

 さて、忘れられないのが、あの‘号泣議員’だ。うそ泣き、ということで『お茶汲み』というネタがあるが、松つぁんを騙す紫花魁は、泣いたふりをしてお茶の水を目につけるだけで、号泣ではない^^
 しかし、あの号泣には驚いた。あの人のブログは、県会議員を辞職する際の7月14日付けのお詫びの内容以降、更新されていない。その最後の記事の締めの言葉を引用。しかし、いまだにブログを閉鎖していないとは・・・・・・。
野々村竜太郎公式ブログ

最後に、子どものように号泣しましたのに加えて、政務活動費が議員活動全体に比較すれば小さいことと発言したことを含め、政務活動費収支報告も議員活動全体も同様に重要だと改めて表明すると共に、本当に誠に心からお詫び申し上げます。


 ‘本当に誠に心から’のお詫びの涙の端に、お茶がらがついているのを、世間は見逃さない^^
 また、全国の議員という議員が、彼に詫びてもらいたがっているのではなかろうか。彼があんなに大胆に嘘の費用を申告していたことが暴露されたために、大なり小なり政務調査費や活動費の‘やりくり’をしていた議員さん達への目が厳しくなったはずだ。「程度があるだろう。お前は馬鹿か!」と、多くの議員さん達は思っているに違いない。
 実は、号泣議員で私が真っ先に思い浮かべた落語は、三遊亭遊雀の『初天神』の金坊だった。号泣度合いは、金坊も某議員も、甲乙(?)つけがたいが、金坊は泣いた後で、その脅し(?)の効果よろしく団子などを獲得する。しかし、議員さんのお茶っ葉付きの涙では、何ら得るものはない。

 さて、そのお後は、アベノミクス。迷うことなく『花見酒』だ。
 消費税増税分は、法人税の減税を補うだけではないのか。介護報酬は減額されるし、消費税増税が本来の福祉の充実には使われていない。昭和62年に発行され話題を呼んだ笠信太郎の「"花見酒"の経済」は、今の日本の実態をも予言しているような気がしてならない。先日の衆院選では600億円余りの費用がかかったようだが、まったくの無駄遣いではなかったか。
 そして、今の世の中、落語のネタを題材にして経済を語るほどの洒落た人がいないのが、いちばん残念なことかもしれない。

 締め(?)は、現在進行形だが、サッカー日本代表のアギーレ監督八百長疑惑
 そもそも、この監督に決める前に、ワールドカップの惨敗について、日本サッカー協会の誰も責任をとっていない。反省の弁もなく、退任するザッケローニに罪をなすりつけようとしていたと思う。ワールドカップ開催中から、アギーレの名前がスペインから漏れてきていた。スペインでの八百長疑惑があることは、十分承知だったはずなのに、なぜ、あんなに拙速に、かつ、自分たちの責任は棚に上げて、日本サッカー協会の上の人たちはアギーレに決めたのか。
 日本サッカー協会と、理研には、次のような共通点がある。
 ・スケープゴートをつくり、罪をなすりつける
 ・上にたつ者が、失敗の責任をとらない
 日本サッカー協会は公益財団法人だから、税金が投入されている、ということとしっかり認識しているのか。
 会長や副会長、専務理事といった人たちは、まだ居座ろうとしているのだろうか。彼らはこの半年、どんな仕事で日本のサッカー界に貢献してきたのか。責任も取らず、反省もせず、新たな日本のサッカーが進むべき指針を示すこともせず、ただ混乱を招いただけではないか。
 『居残り佐平次』だって、追い出されるまでは、幇間のような芸を披露して客を楽しませたり、花魁たちの雑用係として役に立っていたのである。
 日本サッカー協会は、21日に行われた評議員会の後で、アギーレの釈明会見を行うと説明したようだが、真偽はともかく、彼が「八百長しました」と言うはずもない。日刊スポーツの該当記事
 今の日本サッカー協会幹部の心境は、もしかすると佐平次を追い出す際の廓の主人に似ているかもしれない。私は、報酬の残りやら違約金などを払ってでも、アギーレに辞めてもらうことになると読んでいる。疑惑の人に長くいてもらうわけにはいかないだろう。

 そして、こんな会話が交わされるのではないか。

 原専務理事「アギーレは、問題ない、八百長はしていない、と言ってましたが、やはり、
         おこわにかけられました」
 大仁会長  「なに、おこわにかけた!?」
 原専務理事「えぇ、会長の頭が、ごま塩ですから」(*日刊スポーツの記事をご参照)
 大仁会長  「何を言う、アギーレの八百長の方が、もっと灰色じゃないか!」


  なんとも締まらない‘アギーレかえる’サゲにて、失礼。
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by kogotokoubei | 2014-12-22 06:28 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 明日12月22日は、冬至。
 旧暦では、今年閏九月があったこともあり、明日で11月1日。旧暦で最初の日は“朔日(さくじつ”と言う。朔は、新月の意味。
 そういうこともあり、今年の冬至は「朔旦冬至(さくたんとうじ)」と呼ばれる19年に一度の冬至で、新月と冬至が重なる。

 満月に比べ新月は真っ暗闇なので縁起が悪いのか、と言うと、そうでもない。
 古来、冬至は極限まで弱まった太陽が復活する日、すなわち「復活の日」とされている。

 太陽と月の復活の日が重なるのが「朔旦冬至」。だから非常にめでたい日とされ、古来朝廷では盛大な祝宴を催したといわれている。また恩赦を行い,田租を免じ,あるいは叙位を行うこともあったらしい。

 いろいろあった今年だが、ぜひ、戦争のない、そして原発の恐怖のない、平和な日本の“復活”につながる「朔旦冬至」となって欲しいと祈るばかり!
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by kogotokoubei | 2014-12-21 19:14 | 旧暦 | Comments(2)
夕刊フジ主催の桃太郎を中心とする落語会。オフィスエムズの加藤さんのことを中心に書かれた本『席亭志願』に、かつて練馬で開催されていて客の入りが少なかった会を、エムズさんが手伝って日本橋開催に変わった会というのが、これかと思う。
 エムズパワーの成果か、一階は満席、二階にも多くのお客さんが入っていたようだ。

 桃太郎と言えば、ずいぶん前になるが、2009年のらくだ亭、“脱力系爆笑競演”と題された鯉昇との二人会で聴いた『寝床』が頗る楽しかったはず(?)。五年余り前になるので、自分のブログで再確認。少し思い出した。
2009年9月8日のブログ

 固定メンバーになる前のらくだ亭は、いろんな取り組みをしていた。あの頃は、結構小学館の、やる気を感じたがなぁ。

 さて、夕刊フジの会。次のような構成だった。
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(開口一番 古今亭今いち『動物園』)
昔昔亭桃太郎 『やかん』
柳家喬太郎 長いマクラ&『諜報員メアリー』
柳家喜多八  『二番煎じ』
(仲入り)
トークショー 桃太郎&喬太郎
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古今亭今いち『動物園』 (12分 *18:46~)
 当代今輔の弟子。9月の一之輔と夢吉の会以来。ギャグを言っては、会場の静けさに「今いちです」と何度か言っていたが、ネタの方も、今いち^^
 噛むことは少なくなった。明るい調子も悪くない。基礎的な素養はあると思う。しかし、前回感じたのと同様で、登場人物の心情描写など、まだまだ精進してもらわなければならない。芸協には、見習うべき二ツ目の先輩が多い。ぜひ、今後聴いた時に、「おや!」と思わせて欲しい。

昔昔亭桃太郎『やかん』 (27分)
 年賀状の文面を考えるのに苦労している、ということから、見て頭にくる年賀状のことを二つ三つ。知ったかぶりのことを“やかん”と言った、と先代文治のネタがしばらく続いた。「お疲れさまでした」と前座などが言うと「お疲れさまです、だ!」と怒るので、文治生存中の芸協は、「お疲れさまです」が標準だったとのこと。「ありがとうございました、じゃなく、ありがとうございます」と主張していたことも有名(?)。過去形が嫌いで現在形が好きな“ラッキーおじさん”が懐かしい。
 本編は前半は鯛、鮭、イカ、タコなど魚類シリーズの問答。途中で「昇太はどうして結婚しないんでしょうかねぇ」という問いかけなどを挟み、再び、うなぎ、かめ、つるなどの動物シリーズへ。楽しくはあったが、久し振りの桃太郎に期待していただけ、物足りなさを感じたのも事実。

柳家喬太郎 長いマクラ&『諜報員メアリー』 (32分)
 この会、まるで自分がレギュラーのようになっているが、あくまでゲストとして呼んでいただいている、とのこと。基本は桃太郎とゲストとの三人会、ということなのだなぁ。
 去年の今頃は、紅白歌合戦での“あまちゃん”のことが楽しみで、当日も見て盛り上がった、とのこと。今年を振り返る、ということでソチオリンピックのことより、号泣議員の方が印象に強い、とふって、会社員がプレゼンで失敗しても号泣してしまいましょうと、やってみせる。泣いて済むなら、これまでどれだけ号泣していたことだろう^^
 喜多八と歌武蔵との落語教育委員会で6月に岩手、7月に九州から名古屋への地方公演をしたネタを引っ張る。ワンコ蕎麦を何杯食べたとか、喜多八がどうの、歌武蔵がどうの、という話で会場は結構笑うが、噺を期待していた私にとっては22分ものマクラは長すぎた。途中で咳き込むのを誤魔化したが、あまり体調が良いようにも思えない。
 本編は予想したこのネタ。10分で出来る寄席版と言えるだろう。
 仲入り後のトークで、落語協会の新任理事として昨日は理事会に出たと言っていたが、気苦労もいろいろあるのかもしれない。

柳家喜多八『二番煎じ』 (36分)
 短いマクラはら旬のネタへ。この人のこの噺は、何と言っても“黒川の旦那”が渋い(?)
 侍と泥棒が登場する噺で光る噺家さんだ。トークで桃太郎、喬太郎がふれていたが、あの太い声は魅力だ。番屋で熱燗を口に含み、「生き返りますな」「うらぎりませんな」の言葉も実に結構。
 夜回りで、かつて吉原で「煙管の雨を降らした」と回顧する男が、花魁との当時のやりとりを可笑しく再現する演出は、珍しい。『あくび指南』や『宿屋の富』に似たクスグリだが、悪くないと思う。
 細かいことだが、一つ小言。一回りして番屋に帰ってから、一人が持ち込んだ酒を月番がどびんに移させて、「フクベに入った酒は駄目だが、どびんに入った“お茶”ならいい」と言ったが、これは、最後に言いなおすように“煎じ薬”であって欲しい。
 この日、唯一の本格的(?)古典。悪くはなかったが、喜多八なら当り前、という感じもするなぁ。

トークショー 桃太郎&喬太郎 (32分 *~21:22)
 仲入り後、桃太郎は私服、喬太郎は羽織を脱いだ高座着のままで登場。
 煙草の話題が多かったが、喫煙者である私ではあっても、あまり楽しいネタではないなぁ。桃太郎は、末広亭や池袋の後でも、まっすぐ帰らず赤羽で夜11時まで開いている喫茶店で本を読んだり、原稿を書いたり、堂々と(?)煙草を吸ってから家に帰るとのこと。書斎、だね。
 先代文治のネタもいろいろあったが、もっと自分の師匠柳昇について語って欲しかったと思う。
 貴重な情報は、来年3月にさん喬門下で真打昇進する二人について、喬太郎から、喬之進が小伝次、さん弥がさん助を襲名すると明かされたこと。


 会場で次回来年4月14日の前売りを売っていた。桃太郎・喬太郎・三三とのこと。喬太郎、やっぱりレギュラーじゃないか^^
 この会、桃太郎のファンは、もちろん楽しめるのだろう。準レギュラーの喬太郎で客を呼ぶこともできるだろう。また、三人目のゲストの名で、客の入りも積み上がるかもしれない。
 しかし、あえて言うが、誰が出ようと、高座の魅力がなければ、常連客が増えるとは思えない。桃太郎は、2月10日のエムズさんの一之輔と夢吉の会にゲストとして『千早振る』をネタ出ししてゲスト出演するようだ。これは、結構な企画だと思う。しかし、本来は、自分が主役のこちらの会で、ネタ出しを含めた挑戦を披露すべきではないのか。
 いただいたチラシを見ながら、そんなことを感じていた。
 
 終演後は、楽しみにしていた忘年居残り会。
 東銀座の、かつて志ん朝も通ったことのある馴染みのお店へ、リーダー佐平次さん、そしてM女史にI女史、Oさんと五人で乗り込む。
 相変わらず絶品の馬刺し、刺身、薩摩揚げなどと熊本の酒美少年の熱燗で、盛り上がる。この日の落語会のことはもちろん、M女史が佐平次さんにお貸しした本の話題などなど、話題は尽きることなく、二合徳利が空いていく。気がつくと、結構な時間。お開きとして、地下鉄銀座駅へ行くと、忘年会の集中日なのだろう、ホームは人で溢れている。電車も遅れており、銀座で、日付変更線を超えた。表参道でもなかなか電車が出発せず、結果として、乗換駅から30分待ちでタクシーで帰った時には午前二時少し手前だった。
 「マッサン」の録画を見ることもなく、風呂に入って爆睡だった。

 さて、今年もあと残り少なくなってきた。あと一回か二回の落語会と寄席で、マイベスト十席を選ぶことになる。

 実は11月以降は、候補が出ていない。さて、候補の高座に、まだ出会えるのかどうか。それは、落語の神様しか知らないのだろうなぁ。
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by kogotokoubei | 2014-12-20 11:05 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛