噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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29日の人形町らくだ亭で、志ん輔は『もう半分』のまくらで、先代馬生の料理上手なおかみさんから聞いた、「豆腐の煮びたし」のレシピを披露した。
 私はブログで詳細は書かなかったが、メモはしていたので、今度作ろうと思っていたのだ。
 ところが、志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」の昨日の記事で、レシピ内容の修正が書かれていた。「拡散」希望のようなので、ご紹介したい。
「志ん輔日々是凡日」の10月30日の記事

「らくだ亭」で先代馬生師匠のお内儀さんに教わった豆腐の煮浸しと煮奴のレシピとして醤油、味醂、酒、出汁と言ってしまったのだがかみさんに確認したら出汁はいらなかったのだ。正しくは醤油、味醂、酒を1:1:1 思わずtweetした。どうでもいいと言えばどうでもいいのだが先代馬生師匠のお内儀さんの名誉の為になんとか拡散しますように。



 醤油、味醂、酒を1:1:1

 ですよ!

 なお、実際のまくらでは、これを沸騰させて豆腐を加え、大晦日の夜に玄関に置いておく。
 そうすると、正月にちょうど良い具合の「豆腐の煮びたし」ができる、と説明していた、はず。

 正月の挨拶に来た噺家さんにふるまわれる、絶品料理らしい。

 娘の池波志乃が今でも作っているのかどうかは、不明^^

 その日の居残り会で行った東銀座のお店の大将にこの話をしたら、「1:1:1が4:1:1になると○○○。5:1:1だと△△△、8:1:1で□□□」などと修業時代に教わった数字をスラスラとおっしゃっていた。この場合は、出汁:醤油:味醂の配合である。

 しかし、熊本の美少年の熱燗を何本も空けながら聞いていた話だったので、○○○や△△△、□□□が何の料理だったかは、すっかり忘れている^^

 脳細胞は日々、とんでもない勢いで失われているのである。志ん輔の間違いなど、可愛いいものだ。
 そして、しっかり修正するあたりが、この人の生真面目さを表していて、あらためて好きになった。

 そんな、噺家さんのブログのネタでありました。
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by kogotokoubei | 2014-10-31 12:01 | 噺家のブログ | Comments(6)
この会は、ほぼ一年前、第50回以来。2013年10月3日ブログ

 その時も記念の会で、レギュラー五人揃い踏みだった。

 なぜ、少し間が空いたかというと、この会に関する記事で何度か書いたことだが、主催者である小学館の‘やる気’が見受けられなかったからである。
 
 いまだに残っている「らくだ亭」のサイトの更新が滞っていたのが、行く気にならない理由の一つだった。
「らくだ亭」のサイト

 しかし、今回はレギュラー五人の揃い踏み。なんとか行きたいものだが、主催者の意気込みはどうなのか、とネットを探していたら、雑誌「サライ」のサイトに、‘らくだ亭’の案内が出ていたので、行くことを決めた次第である。
「サライ」のサイトの‘らくだ亭’のページ

 それにしても、古い「らくだ亭」のサイトは、閉じて欲しいものだ。私のようにブックマークしている人は、中身を見る度に、腹を立てることになる。

 また、「サライ」のサイトも、すでに昨日会場で販売していた、次回12月25日の第57回については、まだ案内されていない。チケットぴあでは今日から発売なのにねぇ。夢吉の名を目にして、私は会場で迷わず買った。通常の会なので、木戸銭は2500円。やたら木戸銭の高い落語会が増える中、お得である。
「チケットぴあ」サイトの該当ページ

 ネットに関する小学館の対応は、まだ問題ありだなぁ。
 拙ブログでさえ宣伝しているのだから、リンク先に最新情報が掲載されるように、主催者はサイトを速やかに更新して欲しいものだ。BtoBなどのビジネスの世界では、こんなに遅いサイト更新は、お客さんから多くのクレームが出るレベル。
 どうも、日本の老舗媒体は、かつてのような‘紙’への依存から脱却できず、ネットのスピードをおろそかにしがちである。
 もし紙にのみ依存したいのなら、中途半端にサイトなど作らなければいいのだ。その代わり、ぴあなどに頼らず、社員が足でチケットを売らなければならない。
 ネットの販売業者に頼りながら、自分たちのサイトの更新は滞っているのは、大きな問題だよ、小学館さん。

 さて、‘紙’媒体である「サライ」創刊25周年記念の特別公演は、次にような構成であった。
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(開口一番 柳家さん坊『からぬけ』)
五街道雲助   『商売根問』
柳家小満ん   『溲瓶』
古今亭志ん輔  『もう半分』
(仲入り)
春風亭一朝&太田その 音曲演奏 『黒髪』
柳家さん喬   『らくだ~通し~』
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柳家さん坊『からぬけ』 (9分 *18:35~)
 この人の開口一番、さて何度目になるだろうか。とにかく昨年から今年、よく出会う。役割上、無駄なまくらもなく、この時間でこなしたのは結構。

五街道雲助『商売根問』 (17分)
 この高座、楽しかったなぁ。まくらでは、『サライ』に掲載されたことがあるが、それは着物(着付け)の特集であったことなどをあっさりふれて、本編へ。
 根問いものの代表的な噺だが、隠居と与太郎風の男の二人の会話が、頗る可笑しい。
 隠居が、仕事はなにをしているかと問う場面の伝統的な会話から。
 「飯はどうやって食べている」
 「箸と茶碗で」
 「その米はどこから持ってくるんだ」
 「米屋が運んでくる」
 「そのお代は?」
 「踏み倒す」
 などと続け、
 「おまえさん、今、何をやってるんだい」
 「こないだまで、日本酒でしたが、今は焼酎・・・」
 なんていうやりとりでも、しっかり笑いが起きるのは、芸の力。あくまで与太郎‘風’であるが、与太郎ではない。与太郎は、金儲けのために三日三晩考えるなんてぇこたぁ、しないよね。
 荒唐無稽の金儲け策を考えて、実際にやってみる、という筋書きは、「すずめ捕り」から「うぐいす捕り」につながる。
 この雀の生け捕りの話には、‘江戸っ子の雀’や、‘芸者の雀’が登場。焼酎に漬け込んだ米を食べさせて雀を酔っぱらわせる。そこに南京豆を撒いて枕と思わせ、寝込んだところを箒で生け捕ろうという作戦なのだが、‘紙に包んだ雷おこし’は、その‘芸者の雀’用の箱枕、という芸の細かさ(?)が、すごい^^
 着物の袖をパタパタさせて雀を演じる雲助の、なんとも可愛いい(?)こと。
 河童のエサは尻だ、と自分の尻を晒して河童の生け捕りまで画策する男の努力には、頭が下がる。
 上方なら、この後に『鷺とり』に入るまくらに相当するが、この内容だけでも、十分にお金の取れる高座。
 寄席にうってつけの噺なのだが、意外に出会う機会の少ないネタ。実に結構。さすがの雲助、であった。

柳家小満ん『溲瓶』 (19分)
 なんと言っても、そのまくらが粋で洒落ていて、楽しかった。パリの「のみの市」に行った時の話。パリでは「パルドン(pardon)」という言葉が便利で、「ごめん(なさい)」「すいません」や「ちょっと失礼」など、さまざまに使える。だから、街でやたら「パルドン」「パルドン」(「ごめん」「ごめん」)と言う言葉が交わされる。
 ある骨董屋に、四角い日本製の土瓶があり、四つの面と蓋にも般若などの絵が描かれていた。だから、‘五面の土瓶’。その骨董屋のアーサー・ミラー似の親父(こういうたとえができる人は、そうはいない^^)が、やたら、五面の土瓶を勧める。いくらか尋ねると、紙にとんでもなく「0(ゼロ)」を並べるから、その「0」を三つほど消してやったら、怒った。なるほど、パリだから、「ごめん(パルドン)」の壺か、とサゲがつく。これ、笑える人は結構限られてるかなぁ^^
 「とんち教室」の石黒敬七が柏崎につくった「とんちん館」のことにもふれたが、一時越後に住んでいた私には懐かしい。 しかし、石黒のコレクションを集めた「とんちん館」は、2002年に閉館しているのだ。ご興味のある方は、柏崎日報の次の記事をご参照のほどを。
柏崎日報の該当記事
 「のみの市」は、‘蚤取りまなこ’で古道具屋を回るから、と石黒が命名したらしい。勉強になるねぇ^^
「蛙のしょんべん」は、‘池しゃぁしゃぁ’からきているとのこと。勉強になる!
 だから、小学校で英語やら道徳など授業にするより、落語を教科にしたほうが、‘日本人’教育には良いのだと思う。真面目な話。
 ネタそのものも、「溲瓶」を「花瓶」と間違えて五両という大金で買ってしまう田舎侍と、売りつけたうそつきの骨董屋、そして、侍に溲瓶がどんなものかを明かす古本屋の会話を、楽しく聴かせてくれた。しかし、何と言ってもまくらが良かったなぁ。

古今亭志ん輔『もう半分』 (27分)
 まくらで、居酒屋の肴のことから、先代馬生の女将さんがつくった、美味しい、冬の「豆腐の煮びたし」と、夏の「煮奴」のレシピが明かされた。だし:醤油:味醂を・・・内容は秘密。きっと、これを聴いていた、我らが居残り会のリーダー佐平次さんは、ご自分で挑戦されるはず^^
 棒手振りの八百屋の爺さんが、酒を半分づつ飲む仕草で、こっちも早く一杯やりたくなった。その爺さんが、忘れていった五十両をネコババする居酒屋夫婦、女房は、もっと悪どく描いたほうが良かったような、そんな印象。
 しかし、この高座も小満ん同様、まくらが良かったので、まったく不満はない。 

  
春風亭一朝&太田その 音曲演奏 『黒髪』 (6分)
 仲入りの後は、変わった趣向。一朝は落語ではなく、得意の笛を披露。『たちきり』で亡くなった小糸が途中までつま弾く『黒髪』を、太田そのの三味線と合奏。さすがに上手いとは思うが、私は一朝の高座も聴きたかったなぁ。欲張りなのだよ、私は^^

柳家さん喬『らくだ~通し~』 (48分 *~20:56)
 『黒髪』は地唄と長唄があって、演奏されたのは長唄の方、とのこと。そのへんは、まったくめくらなので、勉強になる。
 男をと女が会うのも、「あいつら、らくだしてるぜ」と言われた、というのは初めて聞いたと思う。これまた、勉強。
 らくだの兄貴分の名は、丁の目の半次ではなく、どぶろくの政。聴いたことはないのだが、師匠小さんの型なのだろう。
 この噺の見どころ、聴きどころは、屑屋(留という名にしている)が、酒を飲むにつれて、兄貴分と主客が逆転する場面なのだが、四杯目に、その序章が訪れる。
 留さん、次のようならくだの悪事を思い出しながら、声を荒げる。
 (1)らくだが天ぷら屋のどんぶりを買え、と言い、留さんが「買えない」と言うと、
   天ぷら屋にどんぶりを返しに行かされ、天ぷら代まで払わされた
 (2)般若とひよっとこの絵を買え、と言われ金を払ったら、背中の入れ墨だった
 (3)(左)甚五郎が彫った蛙だと言って、生きた本物の蛙を買わされそうになった
 こういった悲惨な思い出(?)を回想した後、「よほど、やっちまおう・・・差し違えようかと思ったが・・・子供の顔が浮かんできて・・・」という科白が印象的だ。
 そして、五杯目、留さんは湯呑を政に突き出し、「なに、ぼんやりしてんだ」と言うあたりで、完全に主客逆転。
 この後の落合の火屋(火葬場)に行くくだり、留の友人である火屋の安の酔っ払いぶりが可笑しい。
 後半のもっとも落語的な部分は、火屋に行く途中でらくだを菜漬けの樽から落としてしまい、道を戻って、酔って寝ていた願人坊主をらくだと間違えて連れてくるくだりだろう。この場面で、願人坊主と屑屋が‘会話’するのだが、死人と思っている人間との会話に、酔っているとはいえ違和感を持たない屑屋。その会話から導かれる笑いは、『粗忽長屋』のサゲで、熊五郎が自分の死体(と思しきもの)を抱いてつぶやく言葉と同じような、SF的な不条理感を抱かせる。「ありえない」ことが落語の世界では起こる、という笑いである。
 しかし、何と言っても、この噺のヤマは、屑屋と兄貴分との立場が変わる場面だなぁ。だから、通しがそれほど演じられない、とも言えるのではなかろうか。

 居残り会では、らくだが屑屋に‘憑依’したという言葉を私は使った。私は平岡正明が著書の中で、この二文字を使っていたように思っていたが、勘違いで、この言葉そのものは使っていなかった。

 志ん生のこの噺を中心に書いた、自分の記事の引用になるがお許しのほどを。2012年6月27日のブログ

 数多くのネタと同様、この噺も上方がルーツ。元々の題を『駱駝の葬礼(そうれん)』と言って、四代目桂文吾が完成させ、大正時代に三代目柳家小さんが東京へ移植したと言われている。松鶴もそうだが、上方版は屑屋を泣き上戸として描く。
 しかし、東京版が上方と違う演出になったことに関して、平岡は『志ん生的、文楽的』の中で、志ん生の音源を聴いて次のように書いている。この噺についての鋭い考察である。

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平岡正明著『志ん生的、文楽的』(講談社文庫)

 文吾に対して三代目小さんと志ん生は、したがって剣術の小さんも可楽も、久蔵が泣き上戸であるという演出を採らない。小心で善良な屑屋の久蔵が、三碗の酒でトラになり、生傷男を圧倒するのだ。三碗にして岡を過ぎず。水滸伝の武松が景陽岡で、三碗呑んだら岡を越えられないという強いききめの「透瓶香」という酒(同じ銘柄の白酒が現在の景陽岡にある)をぐびぐび飲んで、ますます気宇壮大になって、虎が出るから夜間の山越え禁止という役所の高札を無視して岡を越え、あんのじょう人喰虎に出くわしたが、これを素手で殴り殺したとき、虎の魔性が武松にのりうつったことを感じる。同様に三杯の酒でらくだが久蔵にのりうつったのだ。三代目小さんが「らくだの葬礼」を東京に移植するにあたって、久蔵が三杯の酒でがらっと性格が変って関係が一気に逆転したほうがよく、屑屋の内心の変化を追う上方の演出はぬるいと感じただろうことを志ん生も感じているようだ。


  私は、同じ音源を聴いたが、とても、平岡のような想像力を働かすことはできなかった(あたりまえだ!)。
 平岡は、“らくだがのりうつった”、と表現していた。私はこれを自分なりに‘憑依’という言葉で心に留めていたようだ。
 
 さん喬ならではの、ほどよいくどさのある『らくだ』、実際の時間ほどは長く感じなかったのは、9時前にお開きとなり、居残り会を早めに開演(?)できる楽しさもあったからだろう。

 その居残り会は、我らがリーダー佐平次さん、国内外を精力的に飛び回るI女史。そして、拙ブログへのコメントからお付き合いが始まり、9月の小満んの会以来の居残り会参加となるKさんのよったり。
 お飲みにならないKさんの車に乗せていただき、よったりは、東銀座へ。かつて志ん朝も通ったことのある、馬刺しなどの肴が頗る結構なKへ。久しぶりだ。大将も、相変わらずお元気。
 落語の話が最高の肴。もちろん、馬刺しも刺身盛り合わせも、さつま揚げも、すべて美味。
 佐平次さんは、前日に行った落語研究会で、さん喬は『愛宕山』を演じ、幇間一八になりきって、その悲哀を描き、『らくだ』では屑屋になりきることで、さん喬ならではの『らくだ』に仕立てて、というようなことをおっしゃっていた(はず。結構呑んだからね^^)
 I女史やKさんも、それぞれ長~い落語歴をお持ちで、話題は尽きず、美少年の二合徳利が、さて何本空いたのやら・・・・・・。
 もちろん、帰宅は日付変更線を越え、ほぼ午前一時頃(だったはず)。風呂へ入って爆睡だった。

 最近は、前の夜の帰りが遅くとも、年のせいか、朝は早く目覚める。
 振り返ってみると、突出した高座はなかったかもしれないが、すべての高座が、それぞれの芸達者が彼らの持ち味をたっぷり魅せてくれた、総体的に良い落語会だったと思う。

 小学館さんも、会場にいたスタッフの人数のみならず、以前よりはやる気をみせているようだし、あらためて、この会にできるだけ行こうと思った次第である。
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by kogotokoubei | 2014-10-30 06:15 | 落語会 | Comments(2)
 ようやく、と言ってよいのではなかろうか、

 河出書房新社の「KAWADE夢ムック」シリーズに、古今亭志ん朝の名が加わった。

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河出書房新社サイトの該当ページ
Amazonの本書のページ

 同出版社からは、『志ん朝のあまから暦』、『花は志ん朝』、『世の中ついでに生きてたい』、『もう一席うかがいます。』などが出版されていることもあり、そろそろ出るだろう、と思って期待していた。


 目次をご紹介。

未公開音源より初公開(聞き手 清水一朗)
志ん朝芸談
 -落語のこと、三木のり平のこと、親父のこと

古今亭志ん朝 生涯最後の対談 未収録部分を初公開
古今亭志ん朝x林家こぶ平(現・正蔵)
 親父は親父、芸は一代

古今亭志ん朝コレクション
【志ん朝の談話】
一つ屋根の下に
赤の他人三家族が住んだ
少年時代


【志ん朝インタビュー】
仲入り前に

対談
山本進x清水一朗
 若き日の古今亭志ん朝

インタビュー(聞き手 石井徹也)
噺家が見た
古今亭志ん朝

 古今亭志ん橋・三遊亭好楽・春風亭一朝・柳家小満ん・五街道雲助

インタビュー
二ツ目勉強会と古今亭志ん朝
 柳家三三・桃月庵白酒・入船亭扇辰・橘家文左衛門

対談
古今亭志ん朝x早川東三
 独語と落語とコンサイス

エッセイ
立川談志 志ん朝へ
中条省平 『仮性文藝時評』より
八木忠栄 『ぼくらの落語ある記』より

古今亭志ん朝
演目一覧


石井徹也 志ん朝の演目

古今亭志ん朝略歴

 この本を手にして、真っ先に目を通したのは、「演目一覧」である。

 『よってたかって古今亭志ん朝』にも、主要ホール落語会での演目の詳細な一覧があって重宝しているが、この一覧はホール落語会や独演会はもちろん、ラジオの音源や寄席などでの演目も含め、志ん朝のあらゆるネタを網羅しようという試みで、志ん朝ファンには、なんとも嬉しい企画だ。

 たとえば、先日、大須のまくらシリーズで『時そば』のまくらを書き起こしたが、このネタについては、次のようになっている。

時そば
 昭和36年5月14日 第86回 三越落語会
 昭和40年1月28日 第37回 若手落語会 「湯浅喜久治七年追悼」
 平成11年11月9日 第10回 大須演芸場 三夜連続独演会 初日


 『よってたかって~』の巻末資料には、紀伊国屋落語会の記録はあるが、三越落語会の情報はない。

 よって、23歳での三越落語会、37歳での若手落語会の上演記録は、この本で初めて知った。

 他に、たとえば『らくだ』については、次のような記録が掲載されている。

らくだ
 昭和38年4月22日 第30回 若手落語会
 昭和43年3月15日 第105回 東京落語会
 昭和47年2月28日 二朝会


 NHKの東京落語会の音源が残っていれば、志ん朝のみならず、昭和の名人の貴重な‘歴史’があるはずなのだが、なかなか世に出てこないのが残念でならない。30歳の志ん朝の『らくだ』を、ぜひ聴きたいと思う。

 この演目一覧、眺めているだけで、楽しい。

 他の内容は、以前に世に出たものもあれば、初出の内容もあるが、なかでも、若かりし日の志ん朝の姿を教えてくれる、「噺家が見た古今亭志ん朝」と、「二ツ目勉強会と古今亭志ん朝」が楽しい。

 好楽へのインタビューから、一部ご紹介。高校時代、池袋の最前列席でトリの志ん朝を十日間聴いた人である。
 前座にとって憧れだった志ん朝の姿が描かれている。

好楽 そう、人形町末広が廃業するまでの、昭和41年から45年の間が我々の黄金時代です。「おいちょっと」と志ん朝師匠が言ったら、あたしなんかはそういうのがすぐ読めちゃうからパッと用事をすると、「おっ、さすがだね、お前。俺がこういうのを飲みたいな、食べたいなってわかるな」ってよく褒められました。楽屋の蕎麦でもパッと、「たぶんお腹が空いてらっしゃるでしょう」「あたぼうよ、江戸っ子だよ!」なんて、「この後どこかへ飲みに行こう」って、その言葉を待ってるの(笑)。
 (中 略)
-当時、人形町末広で志ん朝師匠がトリを取ると、やっぱりお客さんは満席でしたか。
好楽 もういっぱいですよ。終わってからみんなで「みの家」へ行ったらお店の人が、「ちょっと師匠、見せたいものがあるんだけど」って。えーと、羽子板かな、志ん生師匠と(八代目)文楽師匠の羽子板が飾ってあるんです。志ん朝師匠がそれを見て「おい、これ美津子姉さんが喜ぶだろうな」って言いました。
 前座はみんな、何かっていうと志ん朝師匠の真似でした。志ん朝師匠が着物をパッと脱ぐと、肌襦袢にポケットなんかついてる。普通、肌襦袢はポケットなんかついてないからみんな聞くじゃないですか。「師匠、どうしてこれつけてるんですか」「いやうちのおふくろが・・・・・・」。つまり、志ん生師匠のおかみさんが貧乏だったから「何でも大事なものを楽屋に置いといちゃいけない」って(笑)。考えたら(十代目金原亭)馬生師匠もそうでした。「あっ、馬生師匠もそういえばそうですね」「そうだよ、兄貴もそうなんだよ」。そしたら次の日前座全員、肌襦袢にポケットつけてるの(笑)。

 昭和41年から45年というのは、志ん朝が28歳から32歳の頃である。24歳で真打昇進し、NHK「若い季節」などに出演するなど、バリバリ売り出し中の志ん朝は、前座にとって、どれほど輝いて見えたことだろうか。

 「二ツ目勉強会と古今亭志ん朝」では、ある噺家さんの高座をきっかけに、大須で『藁人形』をかけることになった、という逸話なども発見できる。このネタ、演目一覧では、大須の一席のみ。さて、志ん朝をその気にさせたのは誰だったのか。

 などなど、現役の噺家さんが語る志ん朝の姿に新鮮な内容が多い。

 インタビュアーの石井徹也も、出しゃばらずに噺家から得難い話を聞き出している。伊達に落語会や寄席に足を運んでいるのではないなぁ^^

 小言を言いたい部分も、ある。
 略歴は、少しお粗末。横書きに無理に漢数字を使うこともなかろうし、量的にも内容が薄すぎる。とってつけたような印象は拭えない。

 あの当時、『東京人』に掲載された、亡くなる直前に行った当時のこぶ平とのインタビューは、写真を見るのが辛かった・・・・・・。
 今なら、少しは冷静に読める。大須のまくらで、父の三平のことは、寄席にお客を動員した貢献者として高く評価している。その偉大な父をもった芸人という、いわば同じような境遇をもつ者への共感はあるのだろうが、志ん朝は空の上で、当代正蔵をどう評価しているだろうか。

 最後に、「仲入り前に」と題された、「SWITCH」94年1月号のインタビュー記事から。

 あたくしは噺家になってから36年。これまで親父に追いつけ追い越せってんでやってまいりましたけれど、なかなか追いつけるもんではありません。
 どうかすると芸のほうよりも、頭の毛のほうが先に追いついちゃったというような具合で・・・・・・。
 志ん朝というのは、親父が考えた名前なんですが、あたくしは三代目だそうです。
 初代は兄貴で、志ん朝から今松、今松から志ん橋になって、それから十代目馬生を襲名したんです。
 兄貴は志ん橋っていう名前のほうを大変気に入っていて、大事にしていたんです。だから、兄貴が馬生になって志ん橋という名前があいたんで、あたくしの弟子に志ん橋という名前をつけさせたいなと思ってもらいに行っても、あまりいい顔をしてくれなくて、結局駄目だって言われたくらいでしたからね。
 というわけで、兄貴は、志ん朝という名前には、あまり思い入れがないんです。
 で、二代目という人はあたくしは知らないですよ。途中で噺家をおやめになったそうですし。だから、志ん朝って名前はどっちかって言いますと、パッとした名前じゃないんですよ。
 口はばったい言い方をすれば、あたくしが一番大きくしたようなもんなんです。
 それだけに、すごくこの名前に思い入れがある。気に入っているんです。
 志ん生襲名っていう話がたびたびあっても、なかなか踏ん切りがつかないのは、それだけ、志ん朝という名前に愛着があるからなんです。
 ですから、いましばらく、この志ん朝という名前でお付き合いを願っておきます。


 大須のまくらを書き起こしているので、この‘あたくし’という声が耳にこだまするようだ。

 志ん生も、そして志ん朝も、しばらくは誰も襲名しないままになるのだろうか。

 それとも、今から十年もすると、誰かが継いでいるのだろうか。
 先のことは分からない。しかし、過去の志ん朝のことは、この本を含め、今後も何度も振り返られることだろう。

 時が経てば経つほど、志ん朝の存在は、私には大きくなるばかりである。

 本書、小言を言いたい部分もないではないが、紹介した内容や、最初にある、昭和54(1979)年の宇都宮における落語会で披露された芸談などを含め、志ん朝ファンには楽しい内容が豊富である。
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by kogotokoubei | 2014-10-28 00:51 | 落語の本 | Comments(0)
このシリーズの4回目。
 

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『よってたかって古今亭志ん朝』(志ん朝一門、文春文庫)


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 *印が、初CD化のネタである。

 今回は、『時そば』のまくらにした。

 上にある、『よってたかって古今亭志ん朝』の巻末資料を元にした大須の公演日と演目の一覧表で確認できるように、最後の年、平成11(1999)年の初日の一席目を選んだ。

 なぜなら・・・実際にこの日の会に行かれた方から、貴重なコメントをいただいた。会場で写真を撮っていたお客さんに志ん朝が、やんわりと注意をしてくれた、とのこと。以前にこの音源を聞いていたのだが、私はそれを忘れていた。
 再度聞きなおして、「あっ、これか!」と思い出した次第。

 初出しのネタも貴重だが、まくらも非常に楽しいし、その場面の扱いも粋なのだ。

 亡くなる二年間で、やや体のことで愚痴っぽいことも語られる。
 聞いていて、少し辛くならないでもないが、あえて振り返りたい。


 ありがとうございます。うゥ-、今年で十回目でございます。十年続けるというのは、なかなか容易なこっちゃございませんでね。まぁそりゃぁそのゥ、お客様がたのおかげには違いないんです。ねぇ。またぁ、ここの社長ですとか、世話役さん、ねぇ、皆さんのおかげでございます。うゥ、あたしも褒めてやりたいなと自分で思っておりますが、うゥ、十年ひと昔ってぇますけどねぇ、昔始まったんですよ、これ、ねぇ。そん時はまだ若かったっすな。十年も経つとだんだんだんだん人間様子が変わってまいりましてね。うゥ、なんかこう、この頃、疲れて疲れてね。しょうがないですよ。うゥ、あの、どういうことを普段してるんですか、なんてなことを聞かれることがある。あんまり、なんかしなくなりました、っすね。道楽が減っちゃったン。なんか、あんまり、おもしろくいないんです。何をやっても。うゥ、まぁ、たとえば昔は、外国へ行くのが夢で、ねぇ、なんかお金が貯まって暇ができるってぇと、ひとつ、じゃあ外国へ行こう、なんということを考えてたんですが、行って帰って来るってえと、またすぐに行きたくなったもんです・・・今ちっとも、そんな気がない、ねぇ。一時ほんとにカメラなんかに懲ったことがありましてねぇ。前にもお話したかもしれませんけども、とにかく、旅へ行くなんてぇとねぇ、こっちの方にモノクロのフィルム入れたカメラと、こっちにカラーの方と、なんというんでね、重い思いをして行ったんですが、今もゥなんにも持ってかない。ねぇ。あっちこち歩きまわっていろいろ写真撮ったのが、まるで表を歩かない。いけないですね、こういうのは。いちばん自分で危険だなと思ってましたがね、あのゥ、通販で買ってうちに大きな椅子があるんですよ。テレビの前に置いてある。そりゃなんかスィッチを入れると、背中をワァーンと揉んでくれたりなんかする、ねぇ。で、朝起きて湯に入って、軽くこのビールの小瓶なんぞをグーッと飲んで、おまんまをいただいて、で、楊枝つかいながら、そぼテレビの前でもって、ボーッとしているのが、一番良かったんです。こりゃやっぱ危険ですなぁ。どうも調子がおかしいなぁと思って、やっぱりね、人間ドックにお入んなさいなんてなことを言われて、人間ドックに入って調べてもらったら、「血糖値が高いんだ、あぁた、ねぇ、だめですよ」なんてなこと言われてね、えぇ、「こういうことしちゃいけません、こういうことで、こういうことで、ああいうことで」、聞いているうちにだんだんだんだん気が重くなってくる。そりゃしょうがないですね、ちゃーんと注意をしてくださるんですから。そりゃ、ありがたいなと思わなければいけないんですけれども、酒、飲まないほうがいいたってねぇ、そりゃなかなかそうはいかないですよ。ねぇ。この商売は、毎日毎日寄席出てるってぇと、その都度、なんなんですから、ストレスがたまるんンすから。ねぇ。あっ、うけた、とか、うけなかっただとか、いろんなことになるもんでございます。ねぇ。その都度終わって、クッこんなになって、どうしたって飲みますよ、ねぇ。そりゃしょうがないン。だから、そんなこと言わないでくださいよって言ったんですけども、体悪くするよりゃそのほうがいいでしょ、ってなこと言われると、がっかりしちゃってね、ええ。

 体調は良くなかったことが、察せられる。

 この次に、問題の場面が登場。
 名前を呼んでいるので、ご常連さんか、スタッフの方なのかもしれない。
 ただし、名前はご本人の名誉のために、Kとする。

 そして後半、同期の仲間との会話、というのが頗る楽しい。昔は「酒」か「女」か、だったのは、今では・・・・・・。

 どうぞ・・・Kさん、Kさん、、向こう行った、どうもありがとうございます。そんなもんで十分でござんしょう。ねぇ、うウ、何枚撮ってもあんまり良くないですよ、最初の一枚が一番いいんだから。ありがとうございます、どうも、ねぇ。あたしゃ構わないンすよ、写真なんかしょっちゅう撮られてますから、他のお客さんが気になるんでね、ちょいとすいません、も、お休みしてください。はい、どうも。
 うゥ、もう写真撮られなくなったら、もうおしまいですけどね。ありがたいな、とは思っておりますが。
 うゥ、その、なんの話してんだか忘れちゃいました。ほんと、なんですねぇ、だんだんそのいろんなことが面倒くさくなって、それで、まぁ、高座へ上がって噺するなんというのも、だんだん面倒くさく・・・今だってほんとはやりたくないン。やりたくないけども、私はそういうところ、とても律儀ですから。これ、こういうような状態だと、立川談志だと、来ないよ。偉いねぇ、あの人は。感心しちゃいますよ。平気でストーンってんで来ないんですから。そいで騙されたお客が、またやったよあいつは、なんてんで喜んでるんですから。ちょっと変態の気味がありますかな。
 うゥ、もうとにかく、私どもの同期会というねぇ、会がありまして、鈴々舎馬風だとか林家こん平だとかね、今の文楽だとか、そのへんがみんな同じ時期に前座で修業をいたしました。ねぇ、みんなでもってひとつ会でもつくって、お互い励ましあおうじゃねぇかって、なんというんでね、年に一回づつ旅行に行くんですよ、ねぇ。みんな芸人ですから、若づくりにしてますよぉ。ねぇ。だけど、はっきり出てきちゃう、ねぇ。動きに現われる。なんかあると、すぐどっかにつかまりたがるン。もう、すぐ分かっちゃいますよ。ねぇ、楽屋で話してることだってねぇ、昔はもうたいへんですよたいがい決まってるン、こないだのコレどうしたい、なんてなこと言ってたんすが、今そういうこと言いません、どう血圧は・・・ねぇ、あウ、おめえ酒と女とどっちか取れって言ったらどっち取る、なんてなこと言ってたんですが、今そんなこと言いませんな、あゥ、おめぇ毛と歯とどっちが欲しい・・・両方欲しいですけどねぇ、なかなかうまくいかないもんっすよ、ねぇ。ほんとうにいろんなことがありますけども、しかしねぇ、こういう商売だからやってられるんですよぉ、ねぇ、のんきなもんですよ。それこそもウ無責任なことを言ってても大丈夫ですしねぇ、えぇ、あんまりしゃべってていきなり、表に出るとたんにブスッとやられたなんというような、そんな話は聞いたことがない。ねぇ。うゥ、だからほんとうにねぇ体にはいいはずなんです。いいはずなんですけど、甘え過ぎちゃって、だんだんだんだんあっちが痛ぇ、こっちが悪いなんてぇなことになってくるんでね。どうか一つ、皆様方の方こそ、お体気をつけていただいて、ほんとうに、体だいじにしてくださぁい、って人がいたけど、ねぇ、ほんとうにあのウしみじみそう思いますなァ、あの言葉を聞くってぇと、えぇ、やっぱり体は大事にしなきゃいけません。うウ、病院行ってごらんなさい、こんなに具合が悪い人いっぱいいるんだ、世の中に、と思いますよ、ねぇ。なかなか自分の順番が来なくってね、みんなイライラして待ってますが、慣れてる人は平気な顔して待ってますな、あぁ、あそこまでいくとたいしたもんでございますが。
 うゥ、まぁどっちに転んでも馬鹿なことを言っているという、この商売でございまして、あまりムキにならずに聞いていただきますよう、よろしくお願いをいたします。
 うゥ、召し上がりもの、ねぇ、よくあの江戸っ子は妙なことを自慢にいたしましてね、おらぁ蕎麦っくいだよ、なんてぇことを申しまして・・・・・・。

 写真を撮る人への、“大人の”のたしなめ方も結構だし、なにより同期の仲間との会話、という話が楽しい。

 このまくらを、「毛と歯」と称する落語愛好家の方もいらっしゃるはず^^

 今回は、これにて、お開き。

 さてさて、次回は何にしようかなぁ。結構、悩ませるのだよ、傑作が多くて。
 
 「毛と歯」、どっちも欲しいなぁ・・・・・・。要するに、どちらも風前のともしび状態なのである^^
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by kogotokoubei | 2014-10-25 08:29 | 志ん朝 大須の「まくら」 | Comments(4)
この会、同じ日本橋でも、社会教育会館から日本橋劇場に変更になった。

 結構多くの方が以前の会場に行ってしまったと思う。白酒も間違えたらしい。まくらで言っていたが、ネタではなさそう。そして、居残り会仲間のYさんも^^

 生の落語は7日の鈴本以来だが、一か月くらい聴いていないような感じ。

 ここ数年10月の中旬が何かと忙しくて落語会や寄席に行けないため、その後の最初の落語会は、いわば自分への褒美のつもりでいるが、時期的に昨年同様この会になった。

 会場に着くと、巡り合わせでオフィスエムズの加藤さんご自身が、もぎり役。大手町落語会のことで会場に関する小言を書いていたので、内心少し気まずい思いをしながら、チラシをいただく。(悪気はないんですよ、ほんとに。)

 前売りで一階席は完売していたが、ほぼ満席。二階席にも数名のお客様。

 次のような構成だった。
----------------------------------------
(開口一番 林家つる子『のめる(二人ぐせ)』)
桃月庵白酒 『茗荷宿』
入船亭扇辰 『五人廻し』
(仲入り)
入船亭扇辰 『一眼国』
桃月庵白酒 『死神』
----------------------------------------

林家つる子『のめる』 (12分 *18:45~)
 この人については何度か小言を書いているが、今までの中では、もっとも良かったと思う。まず、無駄なまくらをふらなかった。二人の描写もなかなかに滑らか。声に好き嫌いがはっきり分かれるのは致し方ないだろう。今後、どのように落語の世界や芸能界で歩んでいくのかは分からないが、まぁ、頑張ってもらいましょう。

桃月庵白酒『茗荷宿』 (23分)
 ロビーで販売しているCD(昨年のこの二人会、10月の『首ったけ』と3月の『犬の災難』)を、少し宣伝。たしかに、去年の『首ったけ』は非常に良かった。結構カットされたらしいが、デジタル編集で分からなくなっているとのこと。昨年の会にご関心がある方は、ご確認のほどを。2013年10月19日のブログ 
 その後、いまだに落語界の入門者の数が‘高止まり’していることや、とある会社の慰安会の高座で、社長だけが張り切っていて社員はひたすら終演を心待ちにしている、という経験談をふってから、どんな商売も楽なものはない、と飛脚のことにつなげて本編へ。約10分のマクラだったので、本編は十数分の寄席の尺。
 大師匠の馬生から伝わる一門のネタと言ってもよいのかもしれない。飛脚が足をけがして宿に泊まる。挟み箱には、なんと百両。宿の夫婦が、茗荷づくしの料理で挟み箱を持っていくのを忘れさせよう、という作戦が始まる。
 聴きながら、なぜ天ぷらがないのかと思っていたら、飛脚に白酒も聞かせた。宿の主人いわく「面倒だから」。なるほど、茗荷をそのまま切って「茗荷の刺身」と出す宿だけのことはある。小品だが、こういう噺は好きだなぁ。

入船亭扇辰『五人廻し』 (38分)
 お約束の楽屋で白酒が‘食べている’というネタ。今回は、たい焼き^^
 遊び場所がなくなってきたが、人の遊び心もなくなってきたのでは、と語る。その例として、松島うちわ。たしかに、あんなの貰っても嬉しくはないし、大騒ぎすることはない、という論もわからないではない。しかし、私は、「あれは氷山の一角」と思いながら聞いていた。
 まくらが9分位あったので、本編を非常にコンパクトに仕上げたことになるが、その内容は充実していた。
 登場順に、次の五人が、喜瀬川の廻しの相手。
 (1)江戸っ子 (2)官吏風の男 (3)田舎者 (4)半可通 (5)お大尽(杢兵衛風)
 最初の江戸っ子は、お手の物。越後育ちの江戸っ子(?)、と言える啖呵が結構。しっかり、吉原の沿革を立て板に水でまくしたてた。官吏風の男が、病気の妻の了解のもとで吉原に来た、と最後は泣く場面は、せつなくも、笑える^^
 「ここへ、こっ。こっけこー」の田舎者は、最後のお大尽と被らないように声の調子を上げて特徴を出していた。しかし、役割的には、どうしても被るよねぇ。
 「せつ」と「げす」の半可通も可笑しかった。火箸を若い衆の背中に押し付けようとする、初代小せん作のくすぐりも、しっかり。
 その小せんが練り上げたこの噺は、ふられ役が四人なので、田舎者が二人出ることはない。この噺を聴くたびに、ネタの題はともかく、四人でよいように思うなぁ。小せんの創作では、最後に関取を出す演出もあって、一之輔がその型で演じていたのを聴いたことがあるが、やはり最後は喜瀬川に登場して欲しい。扇辰は喜瀬川を、淡々と演じていた。妙に悪ぶった花魁にしないのも、結構だったと思う。若い衆(喜助)の狂言回し役も効果的で、まったくダレることがなかった。
 扇辰の高座は、人物の個性をこの人ならではの顔や仕草、声の調子などで演じ分けて見事。静と動、明と暗、叫び声と呟き、そんな強弱の効いた演出の妙が見受けられた高座、今年のマイベスト十席候補としたい。

入船亭扇辰『一眼国』 (18分)
 仲入り後に再登場。昔の見世物に関するまくらは、『蝦蟇の油』とも共通する。だから、「べなだよ、べなー」などを聴くと、円生の『蝦蟇の油』の音源を思い出す。
 見世物小屋の主(あるいは興行主)に問いただされ、ようやく自分の恐怖体験(?)を語る六部が、なんとも凛々しい男に描かれている。白酒の一席目同様、寄席向けの小品なのだが、師匠譲りの伝統の芸であろう、楽しく聴かせてもらった。

桃月案白酒『死神』 (27分 *~21:00)
 扇辰とは違う観点から、松島うちわネタ。たしかに、あの写真が載っているカレンダーなど、毎日眺めたい人はおるまい^^
 小渕ネタもふくめ8分ほどのまくらから本編へ。だからネタは20分前後。これほど短く刈り込んだ、そして破天荒な設定の『死神』は、初めてである。死神がデブ、というのは、自分が演じるなら、痩せた死神は無理、という開き直りかなぁ^^
 この死神が、橋から身を投げて死のうとしている主人公に、「一度でいいから、一所懸命生きてみろ!」と言うのだから、驚く。
 枕元に死神がいる伊勢屋の主人を助ける策に「か~ごめ~、かごめ~」が使われるなど、独特の工夫がされていて、挑戦心は認める。次は、「マイムマイム」かもしれない^^
 しかし、これほど怖くないこの噺とは、いったいなんなの、という印象は拭えない。私の頭が固いのかもしれないが、この噺は、あの‘ゾクゾク感’が楽しいのだ。少しダイエットしてもらって、本寸法で演じて欲しい^^


 終演後は、久しぶりに会った居残り会創設メンバー(?)の一人Yさんと、神保町のジャズバーで居残り。実は、私は夕方も近くで野暮用を済ませてこの店に顔を出していたのだ。
 Yさんとは拙ブログにいただいたコメントからお付き合いが始まったのだが、ジャズもお互いに大好き。そして、このお店、2000年代のヨーロッパのジャズプレーヤーが50年代を思い起こす結構な音を聴かせてくれるので、きっとYさんも喜ぶはず、と日本橋のネオンを後にお連れした次第。Yさんは予想通りに、喜んでくれた。
 イタリヤ、オランダ、スペインなどのプレーヤーが、ハードバップの香りのする音を奏でる。つい、ウィスキーのピッチも上がるのだった。

 もちろん、帰宅は日付変更線超え。
 しかし、最近は飲んでも朝は早く目が覚める。年かなぁ。
 思い返すと、昨年は白酒の好調ぶりが目立ち、扇辰を少し心配したが、今回はそれが杞憂であったことが分かった。
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by kogotokoubei | 2014-10-24 06:15 | 落語会 | Comments(4)
「NHK新人落語大賞」なるものへの興味が沸かないのは、その不透明性にもある。

 名称が変わったので、出場資格も変わったのだろうか・・・・・・。

 「NHK新人演芸大賞」の頃は、東京では二ツ目、上方では4年~15年の芸歴という、出場のための資格(内規?)があったはず。

 そのルールはなくなったのだろうか。なぜなら、桂三度は落語家としては、まだ三年目。

 名称も変わり、出場資格も変わったのなら、それを公開すべきではなかろうか。

 プロ野球のドラフト制度と同じで、なんともいえない不透明感を与える名称変更と出場者の存在なのである。

 私は、この大会はそれなりに権威のあるものであると思っていた。

 もし、出場資格を含め模様替えをしたのなら、そう説明してもらいたいものだ。
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by kogotokoubei | 2014-10-21 20:33 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
NHKの案内にあるように、昨年まで「NHK新人演芸大賞-落語部門-」と銘打っていたが、「NHK新人落語大賞」と名称変更となり、本選が27日(月)に行われる。NHKサイトの該当ページ


 出演者は次の通り。

NHK新人落語大賞】
[出演]桂三度、三遊亭歌太郎、春風亭昇吉、春風亭朝也、笑福亭べ瓶 (五十音順)
[司会]林家たい平、藤井彩子アナウンサー


 テレビ放送は11月1日の土曜日、総合で午後3時5分~4時18分予定。

 今回は、ご案内のみ。予想は、しない。
 なぜなら、聴いたことのない人が過半数だからである。それは去年と一緒だな・・・・・・。
 
 あえて、私が期待している二ツ目さんが出演していないから、と加えよう。

 以前にも書いていることだが、予選の内容が公開されていないことが、このイベントの大きな問題だと思っている。
 2013年10月21日のブログ

 どんな予選を経て、この五人が残ったのだろうか・・・・・・。

 小辰や一蔵、夢吉などが予選に出ることが案内され、落語愛好家が観覧できるのなら、ぜひ行きたいと思っているのだが・・・・・・。

 未見の中で朝也は、拙ブログへのコメントをいただく複数の方が高く評価されているので、楽しみにはしている。

 放送時間は外出する予定なので、録画を見てから、何か書こうと思っている。
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by kogotokoubei | 2014-10-20 20:17 | テレビの落語 | Comments(12)
先週後半から昨日までいろいろとあって、ブログを更新するのが少し遅くなってしまった。ここ数年、この時期の恒例だ。


 テレビで観ることはなかったが、日本のプロ野球のクライマックスシリーズ(このネーミング、あまり良くないねぇ)のここまでの結果や、MLBのポストシーズンの状況を思うと、3年前に書いたことだが、日本のドラフト制度の問題点を思わないわけにはいかない。
2011年10月28日のブログ


 以前の記事の内容と重複するが、ご容赦を。

 この内容は、菅野がドラフトで日本ハムに指名されたにも関わらず拒否したことから書いた内容である。
 三年前、私は、菅野に日本ハムに行け、とブログで書いた。
 しかし、彼は日本のいい加減な制度の抜け穴を通って、浪人して巨人に入団した。
 経験を積んでから、原が健在なら、FAで伯父さんの球団に入ることだってできるのに。

 ドラフト制度を度外視して巨人に入団した菅野が今年あのようになったことは、居酒屋のアンチ巨人同士のネタとして、“自業自得”と私は思うが、まぁそれは別にして、ドラフト制度について。

 日本のドラフト制度は中途半端である。完全なウェーバーにすれば、たとえば重複指名の抽選などもありえない。
 Wikipediaから引用するが、完全ウェーバーとは、下記のようなものだ。

 1.シーズン終了時のチーム順位を参考にし、どの指名巡目でも最下位のチームから順に選手を指名する
 2.指名は即ち独占交渉権獲得を意味し、他チームとの競合(抽選など)は起こらない

 青木の所属するロイヤルズは、過去成績が低迷したので、ドラフト上位で選手を指名できた。
 上位で指名された選手の活躍が、ワールドシリーズ進出の大きな要因であることは明白だ。ホズマーやゴードンはドラフト一巡目で獲得できた選手である。ジャイアンツのキーマンである捕手のポウジーも、弱かった時代の第一巡目指名での獲得選手。

 アメリカでは、もし、欲しい選手の獲得のために、すでに優勝の可能性のないチームが、わざと最下位になるような不正が行なわれる危険性もあるので、「ロッタリー」という制度と併用しているスポーツもある。アメリカのNBAやNHLなどで採用されているロッタリー制度は、上位の一部指名順をプレーオフに進出できなかったチームの中から抽選(lottery=宝くじ)により決める制度である。ロッタリー対象の順位指名が終わると、以降は通常のウェーバー方式となる。

 こういった、いわばスポーツマンシップに反するような行為を規制するルールにすることで、特定チームばかりが優秀な選手を獲得することを防げるし、ドラフト対象選手も覚悟して臨めるのだ。

 日本のプロ野球のルールのままでは、球団と大学や高校との癒着を促しやすい。お互い相思相愛と宣言すれば、他の球団は遠慮する。そして、万が一意図しない球団に指名されても、菅野のように、“浪人”が許される。
 競争相手には、日本的な阿吽の呼吸というか、行間を読むというか、“雰囲気”“空気”で譲歩を押し付けているわけだ。ある意味では非常に“日本的”だが、スポーツの仕組みにおいては、これほどいい加減なものはない。
 三年前に菅野を指名した日本ハムを「KYだ」、と巨人は思ったことだろう。しかし、日本ハムは、まったく不正をしたわけではない。

 繰り返しになるが、日本のプロ野球のドラフト制度は、完全ウェーバー制度にすべきだろう。

 完全ウェーバーで、そのルールに従わなかった場合は、以降そのルールで成り立っているスポーツ界には参加できない、というくらいに徹底すべきだ。毎年どのチームが強くなるかわからない、という仕組みが日本にも必要だ。
 だから、弱い地元チームを何十年も応援するファンにも夢がある。その好事例が、カンサスシティの今年の光景である。

 経営する新聞やテレビを笠に着たオーナーがいる特定の球団に優秀な選手が集まるような、市場原理主義的、新自由主義的な状況は、そろそろお開きにして欲しい。

 最後は、居酒屋のアンチ巨人の言葉で締める。

 今年の巨人は、ドラフト制度を否定するゴリ押しで菅野を入団させたので、“罰が当たった”のである!
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by kogotokoubei | 2014-10-19 19:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
落語協会のサイトでは、すでに案内されていたことだが、柳家さん喬が国際交流基金賞を受賞し、14日に授賞式があったことが、朝日新聞で紹介されていた。
落語協会サイトの該当ニュース

朝日新聞の該当記事

柳家さん喬さんに国際交流基金賞 落語家の受賞は初
山根由起子 2014年10月14日23時05分

 落語家の柳家さん喬さん(66)が、落語を通して国内外の日本語教育に継続的に取り組んだとして、2014年度国際交流基金賞を受けた。14日に東京都港区のホテルオークラ東京で授賞式があった。落語家の受賞は初めて。

 国際交流基金賞は1973年から始まり、日本と海外の相互理解の促進に長年にわたって貢献した個人や団体に贈られる。

 さん喬さんは2001年から筑波大の留学生に、落語会で日本語表現法や文化を教えてきた。06年からは毎年、米国のミドルベリー大学夏期日本語学校で落語公演や小噺(ばなし)指導をしている。米国、韓国、シンガポール、フランスなど7カ国で活動を広めている。

 式典で、さん喬さんは「落語や小噺から日本の文化、生活、美意識を分かって頂けるのではと考えるようになった。日本語を学ぶ人には落語は実践的な教材」と話した。人情噺を演じると日本語の学習者が涙を流して聞いてくれたことがあったとエピソードを披露した。

 「命のあらん限り、落語を通して日本語教育のお手伝いや日本文化の紹介が出来るよう努力させて頂くつもりです」とあいさつ、「副賞の300万円は日本語教育に生かしたい」と述べた。(山根由起子)


 ちなみに、この記事を書かれた山根記者は、先日紹介した、「神田連雀亭」に関する記事も書いた方。
2014年10月9日のブログ

 非常に嬉しい受賞だと思う。

 私は江戸時代至上主義者ではないが、江戸の文化は好きだ。農業など生活と密着した旧暦、太陰太陽暦も好きだ。
 
 そして、江戸時代を中心とする落語の世界は、日本人のみならず、海外で日本に興味のある方にとっても、重要な情報を含んでいると思う。

 日本の伝統文化や庶民の生活などを落語を通じて海外の方に伝えることは、日本の理解者、そして日本ファンを多くすることにつながる。
 日本の政府は、「グローバル」という言葉を連発しながら、アジアの隣人から嫌われることばかりやっているように思う。
 「グローバル化」のために小学校から英語教育をするなどいう間違った政策ではなく、小学校から落語を教育すべきではないかと思う。

 さん喬は、海外の方に日本語で落語を通じて日本と日本の文化を伝えることで評価されたが、日本語以外の言語で落語を伝える努力を続ける噺家さんもいる。

 かつては、桂枝雀の英語落語が有名。

 現役の噺家さんで英語落語の達人は、桂かい枝。「えいごらくご」サイトに紹介されているように、中学の英語の教科書に採用された。
「えいごらくご」サイト

 露の新治は中国語で演じる。2011年に上海の日本総領事館で演じたニュースが、INSIGHT CHINAに掲載されている。
INSIGHT CHINAサイトの該当記事

 多言語で落語をすることのできる噺家さんとして、五代目円楽門下の三遊亭竜楽がいる。六か国語を操るというのだから、凄い。
三遊亭竜楽HPのプロフィールのページ

 最近では、三遊亭兼好や春風亭一之輔が、ドイツを中心にヨーロッパ公演をしている。仲立ちをしているクララさんの存在が大きいと思う。素晴らしい文化交流である。

 日本語を勉強する人に日本語学習、日本文化の学習のために落語を教材にする活動も、海外の地で現地の方の言葉を使って落語を演じ、日本の落語という伝統芸能を紹介することも、どちらも大事な「国際的」な活動だと思う。

 重要なのことは、言語は、落語という内容(コンテンツ)を伝えるための、手段であるということだ。
 内容がなければ、伝える手段も意味がない。

 現在の政権は、この手段と目的をはき違えている。英語を学ぶことが目的化している。
 
 たしかに、英語は便利な道具かもしれない。アジアの隣人とも、英語で会話することができ易い状況ではある。

 しかし、その道具で何を伝えるのかが重要なのだ。

 もし、初対面の海外の方から、「日本の文化について教えてください」と聞かれたら、どう答えるのか。

 稲作文化、農作業と深く結びついている日本人の相互扶助の精神や、江戸幕府が開かれた後に上方からの人口大移動があったことや、火事が頻発したことなどを背景にした‘江戸っ子’気質など、語るべき「内容」を持たずして、道具である英語が使えても、会話は5分ともたないであろう。

 また、国際交流基金賞の表彰理由に、‘日本と海外の相互理解の促進’とあるように、一方的に自分のことを伝えるのが国際交流ではない。お互いを知る、そして認め合うことが、‘グローバル’な交流の基本だろう。

 日本の伝統芸能である落語を、そしてそこに描かれる伝統的な日本と日本人をうまく伝えることができたら、会話の相手から、ぜひ彼の地の文化についても学びたいものだ。

 まずは、日本を理解してもらえるための知識習得が、道具である英語の習得より重要である。

 だから、日本の政府が「国際化」を叫ぶのであれば、まず、小学校から英語ではなく、落語を教えてはどうか。

 そうでもしないと、「グローバル」化したはずの英語が上手な日本の若者が、近い将来、海外の方に日本のことを教わるようになるだろう。
 
 外国語という伝達手段の習得のためには目的が優先する、ということの良い例がある。
 NHKの朝ドラ「マッサン」で亀山エリーを演じるアメリカ人のシャーロット・ケイト・フォックスさんは、同番組のオーディションに挑戦し、合格してから日本語を学んだそうだ。それまで、日本に来たことも日本語を習ったこともないらしい。エリー役を務める、という目的のために、英語などよりもっと難しい言語の日本語を、あれほど上手に話すようになっている。それも、関西弁だよ。
 彼女の努力は、実際にマッサンの妻となったエリーの努力と重ね合って映る。彼女の存在によって、非常に説得力のあるドラマになっているように、私は思う。

 手段である英語は、自分の経験から、意欲、あるいは、差し迫った事情、そして集中特訓でなんとか伝わるレベルにはなる。問題は、その目的であり、言語に乗せる中身のはずだ。

 落語による国際交流、非常に結構なことだと思う。

 学校寄席は、あくまで課外授業的に行われているわけだが、落語を聴くことだけでもいいので、小学校の必須科目にすべきではないか。
 しかし、『寿限無』ばかりではなく、別な噺も演目にしてもらおう。廓噺も、高学年ならいいんじゃないの。『唐茄子屋政談』や『船徳』などは、道楽息子の行く末に関する戒めとなり、結構良い教材になるんじゃないかなぁ^^
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by kogotokoubei | 2014-10-15 07:41 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
大須のまくらシリーズ(?)の第三弾。
 まず、 『よってたかって古今亭志ん朝』の巻末資料を元にした、公演日と演目の一覧表を確認。

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『よってたかって古今亭志ん朝』(志ん朝一門、文春文庫)

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 *印が、初CD化のネタ。

 一回目と二回目は、10年間の独演会の大初日、1990年10月4日の二席のまくらを書き起こした。
 
 次はどれにしようかと、結構迷ったが、7年目の初日二席目、『碁泥』のまくらにした。

 大須では住吉踊りのことをよく話題にしていたが、その中でもこのまくらでは、いろんな芸人さんのことが、何とも楽しく紹介されていて印象的だ。

 えぇ、ただいまはまた、歌る多くんで、踊りなどを踊って、華やかでなかなかやはりご婦人てぇのはよろしいですね。うウ、あたくしが音頭とりになって、住吉踊りの会というのをやっておりまして、うウ、東京の浅草の演芸ホールという寄席で、毎年十日間、ちょうどお盆興行のときにやるんでございます。今年も、もうやりました。ねぇ。そんなかじゃ、かなり重要なところにきてまして、ねぇ、だんだんだんだん踊りが上手くなってきた。いろんな人がいますから、大変ですよ。えぇ、金馬さんなんかも参加してんです。やな顔しちゃいけませんけどもね。もウ、好きなんですねぇ、みんなと付き合うということが。なんかやってないと、仲間はずれにされてるような、錯覚を起こすんでしょうなぁ。誘わなかったんですけどもねぇ。「俺もやるよぉ!」なんか言って。やるのは結構なんですが、ちっとも覚えないんですよ。もウ、凄いですよ、えぇ。今はもう抜けちゃったんですけども江戸家猫八さん、ねっ。金馬さん、そっから圓菊さん、っていうねぇ、うちの一門の人、いますよ。はすっかいになる人が。それと、順子・ひろしさんという、漫才の。順子さんは踊りもなかなか上手い。ひろしさん。ねぇ。それと、橘家圓平という人がいる。この人ぁ、ご存知ないかもしれませんけども、あたくしなんぞより、古いンです。えぇ。そっ、圓蔵さんの弟弟子なんです。えぇ。今あげた五人の方が、ほんとに、覚えないんです。このウ圓平さんという人はね、あのウ、芸事好きなんですよ。芝居観に行ったりなんかして、大変好きでね、踊りの稽古のとき、必ず、必ず来るんです。来るんだけど、覚えないんです。そぃで、そのウ、圓菊さんはですね、あのう、やっぱり、それほど好きではないんですけども、みんなとそういうふうなことをしてなきゃいけないんではないか、という、なんかそういう危機感から、参加してるんですねぇ。えぇ。だから、あの方だけはずしてこっちでみんなでまとまって話をしていると、とっても気にするんです。えぇ、別になにも、圓菊さんのことなんか言ってないのに、「なに言ってるんだろな」っていう感じで、こう、そういう感じで参加している。だから、もともとそういうねぇ、お下地もないし、お醤油もなにもない人ですから、だから、なかなか覚えられない。で、この金馬さんてぇ人は、さっき言ったように、やっぱり圓菊さんと同じように、なんとか参加したくってやったって、これがなかなか覚えられない。そぃから順子・ひろしのひろしさんは、もう、まったく、まったく、駄目なんです。でもとても重要な人なんです。いわゆるお笑いのコーナーが、ある。そこでは絶対欠かせない人なんです。だから是が非でも参加しててもらう。そぃから、江戸家猫八さんてぇ人は、この人は大変熱心な人なんです。お上手ではないけれども、きちっとものを覚える方なんです。でも、みんなねぇ五人の人たちは覚えが悪くって、みんなで何人かで踊るときは、必ずね、隣りの人の手を、こぅ見ながら踊るんですよ。そぃでいっぺん面白いからってんで、この五人に、一緒に躍らしたんです・・・深川を・・・今でもビデオに撮ってありますけどもねぇ、こらぁ、壮観ですよ。お互いにみんなで向こうを、こやって見てるン、どれ見たってアテになんないんですから・・・バラッバラ。これは、もうほんとうにお腹抱えて笑っちゃうくらい。8月の中席と申しますからねぇ、8月の11日から20日まで、浅草演芸ホール昼席で、毎年やってますんで、恒例になってる。お暇があったら、ひとつ上京していただいてね、ご覧になるとね、ぁぁ世の中にこんなに馬鹿馬鹿しいものがあるのか、うれしくなっちゃいますよ、ねぇ。


 金馬の声色は上手いよ^^

 楽しいでしょ、“住吉踊りの五人組”のこと。

 圓平師匠にご興味のある方は、落語協会サイトのプロフィールをご覧のほどを。
落語協会ホームページの該当ページ

 この後に続く内容は、音源が公開されているとはいえ、ある芸人さんの個人情報に深く関わる部分なので割愛し、その後をご紹介。

 まぁ、そんなことはどうでもいいんですが。あたくしこの頃、どうでもいいことを、よくしゃべるようになって・・・なかなか噺に入れないんです・・・困っちゃうの急に、こんなこと言ってて「江戸時代に」なんてなことを・・・・・・今までのはなんなんだってことに・・・いけないと思いながらね、ついつい気を許しちゃうんですね、お馴染みのお客様が多くいらっしゃいますから、ほっとしてなんかこう無駄話してると、楽しくなっちゃって、なかなか噺に入れないんで、困ったもんですが。・・・・・・「よく、道楽なんてぇことを」ふふふふふふっ・・・・・・最近こんな楽しい高座はないです。あたしあんまりね、高座好きじゃないんですよ。ていうのは、他の噺家さんはみんな落語家なりたくてなった、そういう人が多いんです、えぇ。なかには、そうでないのもいますけれどもね。あたくしなんか、好きでなったほうじゃない。ねぇ、あたくしだとか、三語楼っていう、今の小さん師匠の倅さん、ね、好きでなったんじゃない。小さい時分におだてられてね、うウ、おなりよってんで噺家にさせられた。あたしなんか、絶対いやだった。それ、無理に、悪いこと言わねぇから噺家になっとけ、ってんで親爺にそう言われて、渋々なったんで、いつなんかに替わろう、いつ替わろうかな、っとそればっかり思ってて、いまだにずうーっとこうなっちゃって、もうあきらめてますけれども、何も変わらない、ねぇ。(会場から、「志ん生に変わって」の声)、いやいやいやいや、それはだって、名前だけの話ですからね・・・ところがあれですよ、枝雀さんなんてのはねぇ、あなた道楽なんですか、って聞くと、落語ってすぐ言います。大好きなんだって。そぃで、俺の落語が一番おもしろいって、自信持ってる。あ、いいなぁ、いいなあと思いますよ。ほんとにね、やってんの袖でこう拝見してると、楽しそうですものねぇ。あたしなんか、少しこう苦しんでいるところが、見られるでしょうけど、今日は大変楽しいですよ。
 「道楽なんてぇことを・・・・・・」


 
 この後のネタにつながるまくらも楽しいのだが、ここまでとしましょう。

 枝雀の名前が出てきた。1996年の高座ということなので、この三年後、道楽も落語と言い、志ん朝が袖から楽しそうに高座を務めるのを観ていた上方落語の天才は旅立った・・・・・・。

 さて、このまくらの途中、会場ではほとんど笑い声が途絶えない。しかし、(笑)、などという不粋なことは書かない。読みながら皆さんが「プッ」と笑う箇所は、大須でも確実に笑いが起こっていると思っていただきますよう。

 10月10日が体育の日でよいのに、この期の変わり目で何かと忙しい時に、ハッピーマンデーとやらで無理に体育の日を設定したからきっとこんな天気になったのだろう、などど思いながら、書き起こした。
 ということは、お休みには感謝すべきかな。

 58歳の志ん朝のまくら、何度聴いても楽しい。
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by kogotokoubei | 2014-10-13 08:57 | 志ん朝 大須の「まくら」 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛