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ヘイトスピーチは、規制されるべきだ。国連人種差別撤廃委員会から法律で規制するよう勧告されるまでもなく、明らかな人種差別、民族排外主義だからやめさせるべきであった。
 しかし、この勧告に便乗して真っ当なデモ行為まで規制しようとする自民党の暴挙は許されない。
 東京新聞の社説をご紹介。
東京新聞の該当社説

【社説】
「ヘイト」規制 国会デモにも広げる愚
2014年8月30日

 政権批判は耳が痛くても、民の声に耳を傾けることこそ政治家の仕事ではないのか。人種差別的な「ヘイトスピーチ」規制に便乗した国会周辺のデモ活動への規制強化は、民主主義を危うくする。

 国会周辺のデモに対する規制強化を検討し始めたのは自民党のプロジェクトチーム(PT)だ。

 もともと、ヘイトスピーチ(憎悪表現)への対応を検討するために置かれたが、高市早苗政調会長は二十八日の初会合で、国会周辺の大音量のデモや街頭宣伝活動についても「仕事にならない」として、規制強化を検討するよう求めたのだ。

 国会周辺では毎週金曜日、複数の市民グループによる「首都圏反原発連合」が活動している。原発再稼働や特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認などへの反対を訴えてきた。

 政権側には耳障りだろうが、デモは有権者にとって意思表示の重要な手段だ。集会、結社や言論、出版などの表現の自由は憲法で認められた国民の権利でもある。侵すことは断じて許されない。

 そもそも国会周辺のデモは「国会議事堂・外国公館等周辺地域の静穏保持法」や東京都の条例で規制されている。厳重な警備の中でも行われているのは、法律や条例に違反していないからだろう。

 実際、警察庁も自民党に対し、静穏保持法による摘発は年間一件程度と説明した、という。

 そのデモ活動と、国連人権規約委員会が日本政府に差別をあおる全ての宣伝活動の禁止を勧告したヘイトスピーチとを同列で議論することが認められるはずがない。

 ヘイトスピーチの放置は許されないが、法規制には慎重であるべきだ。治安維持を名目に、表現の自由など人権が著しく蹂躙(じゅうりん)された歴史的経緯があるからだ。

 自民党の石破茂幹事長はかつて国会周辺でのデモ活動をテロ行為と同一視する発言をして陳謝した経緯がある。同党の憲法改正草案には表現の自由よりも公益や公の秩序を優先する規定まである。

 表現の自由に枠をはめたいというのが自民党の本音なのだろう。在日外国人の人権を守るという理由で、政権批判まで封じ込めようとしているのなら、悪乗りがすぎる。

 差別的な言論や表現をなくし、在日外国人らの人権を守り抜くために、品位ある国民としての英知を集めたい。指導者たる者が国家や民族間の対立をあおる言動を慎むべきことは、言うまでもない。



 “高市早苗政調会長は二十八日の初会合で、国会周辺の大音量のデモや街頭宣伝活動についても「仕事にならない」として、規制強化を検討するよう求めた”らしいが、この人の「仕事」って何なの?

 「政調」会長だろうが、おしなべて国会議員は国民の多様な声を「静聴」することこそ仕事ではないのか。その基本を忘れているから、国民が伝えようとしているのである。

 ヘイトスピーチをする人達も、高市のような国会議員も、人間は平等である、ということが考え方の根本に存在していないことがさまざまな問題を引き起こしているように思う。

 最近読んだ本の印象的な文章を思い出した。

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渡辺京二著『無名の人生』(文春新書)

 『逝きし世の面影』や『江戸という幻影』『北一輝』などの著者である渡辺京二へのインタビューを元にした本。『無名の人生』には、いろいろと示唆される言葉がある。

 第六章の「無名のままに生きたい」の中の「われわれは地球に一時滞在を許された旅人」から引用したい。

 みんな一皮むいてみればただの人間だとは、仏法が説く世界であり、キリスト教が教える世界です。それは、古代インドにみられた一種の共和国「サンガ」の世界でもあって、そこで人間は一人ひとりが独立した存在です。集団のなかの地位であるとか、業績であるとか、権力であるとかは消え去って、宇宙の光が注いでいるだけ。そういう世界こそが真実の世界であることを、昔の人はみんな知っていたのではないか。
 そうであれば、誰もが誇りをもって生きられたでしょう。渡し守で一生を終えても、なんの悔いもなかったでしょう。そして、そういう人は今もいるのです。
  (中 略)
 職業に貴賎なしというものの、われわれは、実際には貴賎の区別はしています。それでも、昔の人間は誇りをもって仕事をしていました。自分の職業に「気位」を持っていたのです。それは、世の中である一定の役割を果たしているという自負であったのかもしれない。しかし同時に、この現世での地位や身分は「仮のもの」であるという考え方もおそらく身についていた。
 われわれは、みな旅人であり、この地球は旅宿(りょしゅく)です。われわれはみな、地球に一時滞在することを許された旅人であることにおいて、平等なのです。
 娑婆でいかに栄えようと虚しい。すべてが塵となるのですから。金儲けができなくても、名が世間にゆき渡らなくても、わずか数十年の期間だけこの地上に滞在しながら、この世の光を受けたと思えること。それがその人の「気位」だと思う。



 “この地球は旅宿”“われわれはみな、地球に一時滞在することを許された旅人であることにおいて、平等”という思いがあれば、他国の人を差別したり、デモの声などに煩わされることはないはずだ。みな同じ旅人なのである。

 そして、「気位」という言葉。今のままでは死語になりそうだが、胸に刻むべき言葉のように思う。

 ヘイトスピーチをしている人に、そして国政を担う議員たちに、あなたたちは一人の旅人としての「気位」がありますか、と問いたい。
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by kogotokoubei | 2014-08-30 10:23 | 責任者出て来い! | Comments(4)
立川談笑が、日経に「知性派落語家、立川談笑のつぶやき」というコラムを掲載しているのだが、8月27日の内容は、なかなか結構だった。
(しかし、このタイトルは、いただけない。「立川談笑のつぶやき」だけでいいではないか)
日本経済新聞の該当コラム

 先日、露の新治で聴いた『胴乱の幸助』という上方落語を素材として、昨日紹介したばかりの日本国憲法の前文の一部が登場する。
 何かの縁(?)を感じ、紹介したい。

国際社会のニッポン 上方落語で考えたら…  立川談笑
2014/8/27 6:30
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 上方(大阪)落語の中で好きな演目が『胴乱の幸助』です。主人公は
脇目も振らず仕事一筋で財をなした幸助さん。町内の顔役ぶりを発揮
すべく、街をパトロールして喧嘩を見つけては仲裁をして回ります。
幸助さんの行動と、今の日本の姿とをつい見比べてしまうんですよ
ねぇ……。
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 「待て待て、待てーい!わしを誰やと思てんのじゃい」

 若い者を叱りつけ、料理屋で飲食させてやって仲直りさせる。

 話としては、このおじさんのただ酒を目当てに喧嘩を装った若者二人を交えたひと悶着(もんちゃく)があって、さらなるトラブルを解決するべく幸助さんは旅立つという内容です。

 ここに、なにがしかのヒントがあるような気がするんです。我々にとっての。「仲裁する能力」を私たちはもっと積極的に研究して身に付けるべきじゃないかと。そこで今回の話題はなんと、国際関係です。無茶かな?? 無茶だなあ。


 いやいや、無茶やないよ^^

 なかなか鋭い視点だと思う。続けよう。

 普通はまず、国家が当事者として一方的に身を守るために備えるのが「防衛」です。これに関しては古今東西あらゆる国が用心を怠りません。そこでの「防衛」行為の多くは隣国の軍事的脅威に対しての自衛でしょうし、あるいは自国内の反乱分子から国を守ることだったり。

 でも、これはとかく行き過ぎることがあるし、大義名分にされやすい。ほんの一歩違うと、「自衛の名を借りた侵略」になったり「国家維持をうたった少数民族虐待」になったりするところです。

 ええと念のためですが。このあたり、一般論として話をしています。具体的な国家を指しての、反省でも非難でもありません。微妙なところですが、関係者の方々にご迷惑はかけたくないので。なまじっかな軽口はたたかないつもりで言えるところまで言ってみる所存です。(↑うあー、っと。ここまでチェック。…うん、大丈夫。かもww)


 大丈夫だよ。関係者というのが、いわば権力者を指すのなら、それも結構。
 落語は江戸時代に侍社会を笑い飛ばすところにも庶民の支持があったわけで、現代の落語家だって、お上に向って言いたいこと言いましょう!

 「二本差しが怖くて焼き豆腐が食えるか、気のきいた鰻を見ろい!、五本も六本も刺してらあ。お前、そんな鰻を食ったことがあるかってんだ・・・・・・俺も久しく食ってねぇが」の精神だよ^^
 
 それでは、残り最後までをご紹介。

 改めて話を戻します。

 敵対する国家同士の横あいから、部外者として日本が割って入って仲裁する技術を備えたいとは思いませんか。

 たとえば。

 「おうおう、おう。待ちな待ちな。ここに仲裁に入ったこの俺が誰だと思ってやがる。よそさまの揉め事にしゃしゃり出るのもおこがましいが、国際渡世の義理だ。名乗ってやらあ。白地に赤く日の丸おっ立てて出張ってきたのは、ニッポンでいっ!」

 「くっそー。ニッポンが出しゃばってきやがった。面倒くせえ。あと少しだったのに」

 「ああ、ニッポンだ!ニッポンが来てくれた。助かったあ」

 「さあさあ、俺が来たからには争い事は許さねえぞ。ここまでの揉め事のあらかたは、すっかり飲み込み済みだ。どっちが正しいもないし、どっちが間違ってるもない。いや、同じように、どっちも正しいしどっちも間違ってる。おまえたちにゃ分からないだろうがな。まあ、そんなことはどうでもいい。そっちもこっちも砲撃やめろ。飛行機とばすな。車両も兵隊どもも下げろ。下げられないか。それなら現状のまま動くな。とにもかくにも、まずは落ち着いて話をしようじゃねえか」

 なんて。もちろんこれはただ私が言っているだけ。こんな仲裁ができるようになるには、具体的にどんなことをすればいいのか、国際的な信頼を得てなおかつ維持するには何が必要なのか。現状の日本は全然ダメなのか、はたまた実は案外いい線いってるのか。漠然としてよく分かりません。

 「平和」「戦争反対」という大切な理念に対応する具体的な方策や系統立てた理論は、はたして我々に備わっているのでしょうか。たとえば「貧乏は嫌だ」に対するならば、経営学、経済学、就職セミナーのようなものが充実しているのに。日本の大学に「平和学科」なんてないのかな。もしもあるのなら、私が知らないだけのことです。残念。

 ということで、今回のネタ元はこれ↓

 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」(日本国憲法前文より抜粋)

 「胴乱の幸助」で入って憲法前文で終わる。これでいいのか? うん!これで、いいのだ。



 これでいいのだ、と私も思う。
 まるで、この一週間の私のブログの題材をなぞっていただいたようで、うれしいよ^^

 談笑は、新作派として人気もあり、志の輔・志らく・談春・談笑を「立川四天王」と呼ぶ人もいる。
 この人の新作は、古典の改作が中心。
 『壺算』の改作が『薄型テレビ算』、『居酒屋』の改作で『イラサリマケー』など。
 「古典の内容が現代では通じない」から改作、という考えには必ずしも同意できない面があるが、古典の精神を元に、状況を現代に置き換えて落語を楽しむお客さんの裾野を広げようという試み自体は悪くない。各作品の受容度も高く、誰でも出来ることではない。

 たしかに、頭は良さそうだ。問題意識も同意できる。

 “ええと念のためですが。このあたり、一般論として話をしています。具体的な国家を指しての、反省でも非難でもありません”とことわっているが、憲法の前文がネタ元なら、滅茶苦茶具体的に特定国家を指している^^

 日経という媒体の特性上、非常に気を遣っているようだが、談笑のコラムには、「日本は胴乱の幸助になろう」、という明確は思いがあるわけで、まったく同感だ。

 割木屋のおやっさん幸助は、丹波篠山から裸一貫で大阪に出て、一代で割木屋(薪屋さんのこと、炭なども扱う燃料店)を築いた人物。仕事一筋だったので、「呑む打つ買う」といった遊びは一切しない。唯一の趣味が喧嘩の仲裁。だから、浄瑠璃も聞いたことがなく、稽古家から『桂川連理柵(かつらがわ れんりのしがらみ)』、通称「お半長」での姑の嫁イジメの場面が聞こえてくるのを実際の出来事と早とちりして、船で京都まで仲裁に参じたわけだ。

 おやっさん、喧嘩の仲裁のためには、当事者に小料理屋で手打ちをさせ、ご馳走までする。子どもにだって饅頭を与え、犬には生節(鰹節)をふるまう。仲裁のための金は惜しまない。しかし、無駄な金は使わない。

 日本も、見習わなければいけないのではないか、幸助さんを。

 「お・も・て・な・し」でカジノなどつくる必要がありますか?
 オリンピックの後を考えず莫大な税金を投入して新国立競技場など必要ですか?

 そんなことに血税を費やすより、世界の、地球のために使って欲しいじゃないか。

 日本が胴乱の幸助のように、世界の喧嘩の仲裁役となるのは、非常に結構なことだ。

 あらゆる戦争や紛争(喧嘩)の場に、割木屋のおやっさん(日本)が登場したら手打ちせなあかん、という町(世界)の噂(通念、共通認識)が広まることは、この国を尊敬し、信頼する世界の友人を増やすことになる。

 まさか、日本の仲裁を期待して、芝居で戦争をする国もあるまい^^

 割木(薪)にしろ、炭にしろ、再生可能エネルギー。
 脱原発で、ドイツを見習ってエコエネルギー先進国になり技術的な指導者の役割を担い、世界の紛争においては勇気ある、そして信頼され尊敬される仲裁役を目指す。
 こういう展望があり、そのために使われるのなら税金を払う甲斐もあるというものだ。

 談笑は、ここまで書いているわけではないが、日本が「胴乱の幸助」になる、という発想は大いに同感。
 このコラムの内容に、座布団三枚!
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by kogotokoubei | 2014-08-29 00:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
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鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(朗文堂)

 本書に関する第四回目は教育がテーマなのだが、その前に、本書巻末にも青空文庫からの引用として憲法全文が紹介されているが、その中の憲法13条を確認したい。憲法を語る上で非常にに重要な内容である。

第十三条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 
 国政上でも「個人」が最大に尊重されなければならない、のである。
 「個人」という言葉、しっかり覚えておこう。

 次に、自民党の改正(改悪)案で第十三条は、こうなっている。

第十三条 
 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。



 違うのだ、まったく。
 さて、この自民党案について、憲法さんはこう言っている。。

憲法を改正してわざわざ「個人」を「人(ヒト)」といいかえようとしているのは、国民を「臣民」「天皇の赤子」として、没個性的に「国家の駒」のように位置づけた戦前の憲法の考え方に戻そうというもので、それは国民ひとりひとりを個性を持ったひととして尊重する基本的人権の思想を否定する考え方を、こっそり憲法の中に持ち込もうとするものなのだ。


 「人」と変えることが、「人でなし」になるということ・・・・・・。 
 
 なお、自民党案については、昨年の憲法記念日に兄弟ブログ「幸兵衛の小言」で記事を書いたので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2013年5月3日の「幸兵衛の小言」

 もちろん、教育においても、「個人」が尊重されなければならない。その主役がどの「個人」かが問題なのである。
 それでは、『わたくしは日本国憲法です。』の「教育の重要性」からの引用。

(1)「義務教育」についての誤解
 さてここで、これからしばらくは教育について話をさせて貰おう。
 教育を考える上でまず君たちが持っている根本的な誤解について触れておく必要がある。それは義務教育に関する誤解についてだ。義務教育ということで、君たちの多くは子どもには教育を受ける義務があると考えている。
 「学校に行くのは子どもの義務だ」、「勉強しなさい」、「まじめに授業を聞きなさい」等々、これらはすべて子どもには教育を受ける義務があるという考え方を結びついている。
 しかしわたくしは、決して子どもには教育を受ける義務があるなどとはいっていない。わたくしは26条で、
 「全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」
 と、はっきり「権利」といっているのだよ。26条でわたくしがいっているのは、すべての子どもたちには自分の能力を最大限に活かし、引き出すために学ぶ権利があり、大人社会は子どもの学ぶ権利を保障する義務を負っているということなのだ。


 この「義務教育」に関する誤解は根強い。そもそも、欧州を中心に、年少児童を不当に労働させていた悪習を正すための制度として義務教育は始まっている。
 産業革命期に、年少児童が工場などでの重要な労働力として、劣悪な環境下で酷使された。労働者階級の親も、食べるめには子どもを一人の稼ぎ手として期待せざるを得なかった。そこに、子どもに教育を受けさせようとする余裕はない。
 そういう状況にこそ、政治の存在意義があるのだ。イギリスにおいて、まず19世紀前半に工場法などによって年少児童の工場雇用が禁止され、19世紀後半には義務教育制度が施行されるようになったのである。

 あくまで、子どもに教育を受ける「権利」があり、親は国(政府)が子どもに教育を受けさせる「義務」を負うのだ。

 憲法さん、次にこの誤解によって本来のあるべき教育の姿が歪められていると指摘する。

(2)教育についてのふたつの根本的に異なる立場
 教育についてのこの誤解の持つ意味は極めて重大だ。
 教育にはふるくから大きく分けるとふたつの根本的に異なる立場がある。
 ひとつは、子どもの外にある知識や価値観を子どもに教えるのが教育だと言う立場である。
 もうひとつは、子どもの内にある可能性を引き出し、子どもが自ら学び、学んだことを礎に行動する(生きる)ことができるように援助するのが教育だという立場だ。
 前者は子どもとは教えられるべき立場にあるわけだから、必然的に教育は子どもの義務という考え方と結びつき、後者は、子どもは自らが主体となって学ぶという立場にあるわけだから、必然的に教育(学習)は子どもの権利という考え方と結びつくことになる。
 そうすると既にこのこと自体で、前者の立場の教育論は教育(学ぶこと)とは子どもの権利であるとしている私に反する考え方だということになる・。つまり憲法違反の教育輪なのだ。



 すでに二回目で紹介したように、憲法の精神、理想が反映されていた「旧教育基本法」が葬り去られ、なおかつ、義務教育に関する大きな誤解をよいことに、子どもの権利が義務とすり替えられた結果、今日の教育の現場がさまざまな問題を抱えるようになったと言ってよいだろう。

 では、憲法さんは、どんな教育を望んでいるのか。

(3) 真の教育は、子どもたち自身の中の「問い」を育て深めるために手助けすることにある。
 教育の重要な目的のひとつは、世の中の様々な問題についての「なぜ?」、「どうして?」についての回答を、子どもたち自身が自分の力で見つけていくことができるように援助することにある。知識を学ぶこともそうした回答を得るためにその知識を持っていることが必要だからにほかならない。



 憲法13条にある「個人の尊重」の精神からも、教育における主役が誰かは明らかだろう。あくまで子どもが主役、先生、教育委員会、ましてや都道府県や国などは、あくまで子どもの学びのための援助をすべき“黒子”である。

 ところが、実態が乖離していることを、憲法さんも嘆く。

 たとえば日本の科学教育(理科)では、あらかじめひとつの結果が予定されている実験をさせ、その結果を出さないと減点されることがおこなわれる。そこでは、教師があらかじめ予定した思考経路を辿らない生徒は教師によって否定される。それは教師にとっても生徒にとっても感動も発見も無い授業であり、そこにあるのは、科学技術は教えるが科学精神を持つことは認められない教育にほかならない。



 こういった状況なので、教科書を巡る騒動が起こることを憲法さんは指摘する。

(4)教科書について
 このように子どもたちの学習の内容は、子どもたちの外から学校や教師が与えるという教育神観に立っているから、教科書になにを記載しなにを記載しないかを巡る争いが、教科書検定とそれにたいする家永裁判、「新しい教科書を創る会」等々、大きな争いになっていくのだ。それはいいかえれば「教科書を教えるのが教育」だという考え方が土台にあっての争いなのだ。
 しかし教科書は、本当は子どもたちの学習のひとつの参考書にしか過ぎない。



 そして、憲法さんは、こう言う。

 真の教育はこの後に触れる長野小学校の総合学習がそうであるように、「教科書を子どもが創る」教育にほかならない。

(5)総合学習について
 教育は、子どもの学習権を保証するために組織されるものだという立場に立つならあ、「授業がどう組織されているか」ということがないよりも重要な問題となり、そこに「子どもが主体となる授業」と、「教師が主体となる授業」との鋭い対立が生じることになる。
 数年前「総合学習」というものが取り入れられたことがある。総合学習とは、もともとは信州大学付属長野小学校が戦前から取り組んできた「子どもが主体となる授業」のひとつの優れた実践例につけられた名前である。そこでは文字通り、子どもたち自身がこれからの一年間にどんなことについて自分たちが学んでいくかを決め、その課題を子どもたちの持つ興味や疑問、関心などを基に徹底的に追いつめていくという授業が組織されている。
 たとえば、年の初めに「蛇を飼う」ことを決めた学級がある。当初は蛇への嫌悪感からそうした方針を決めることに子どもたちの中にも抵抗が大きかったが、実際に飼いはじめて行く中で次第に蛇にたいする嫌悪感が薄れていき、むしろ可愛いと感じるようになっていく。
 そうなって子どもたちは、なぜ自分たちはあれほど蛇を嫌ったのだろうかを考えるようになり、そこからその答えを求めて町に出て、様々なひとたちにたいするアンケート調査を実施するのだ。
 そうした調査を通して、子どもたちは嫌悪感の根っこには「知らない」ということがあることに気づいていく。ここで子どもたちは、嫌悪感=差別の根には、相手を良く知らないということ=無知・無理解があるという重要なことを自ら掴みとるのだ。


 長野小学校の総合学習は、この後、蛇の餌であるカエルを巡っても、かんかんがくがくの議論が交わされる。
 蛇が餌を食べられないとかわいそうだが、食べられるカエルはかわいそうじゃないのか・・・・・・。

 答えに窮した子どもたちは、またもや町に出て行き、様々なひと(その中には善光寺の住職も含まれている)に質問して答えを求めていく。そうした行動を通して、子どもたちはついに、
 「すべての生命は、ほかの生命を取り込んで成り立っている。その中でも人間は、植物、魚、動物など数え切れないほどたくさんの生命を取り込んで成り立っている」
 という事実に自ら気づいていく。重要なのはそこで子どもたちが気づいた、人間が自分の内に取り込んでいる「生命」は、もはや単なることばとしての「生命」ではなく、自分たちが可愛いと感じている蛇や、自分たちが生きたまま餌にして良いのかとおもいを寄せたカエルにつながる「生命」としての実感を伴ったものだということだ。


 これこそが、あるべき教育の姿、という例が紹介されているではないか。

 しかし、この総合学習も、文科省によって「子どもたちの頭越しに、上から」カリキュラム化を強制した結果、教師も、そのほとんどが総合学習の神髄を理解せず失敗に陥った、と憲法さんは嘆く。

 ビジネスでもそうだが、総合学習の失敗は、日本語で言えば「仏つくって魂入れず」である。
 少し英語を交えて考えるなら、「どう行うか」(How)は、「何を」(What)を、形だけでなぞっても十分ではない。「なぜ?」(Why)と、「何のために」(Object)をしっかり理解していないと、上手くいかない、と言うことだろう。
 
 なお、信州大学教育学部附属長野小学校のサイトには、総合学習についての説明もある。この学校、歴史の重みを感じるなぁ。信州大学附属長野小学校サイトの該当ページ

 この章の締めをご紹介。
 (6)において、模範授業などで、「先生の問いに、子どもたちが自分の知識の引き出しから答えを探して、手を挙げて発言する」見た目活発な授業が模範的な授業なはずがない、「そこにいるのは教師から教え込まれたことを反射的に答えているパブロフの犬のようなもの」「そうした授業で主人公となっているのは有能な調教師となった教師にほかならない」と斬り捨てた後の言葉だ。

 つまりこの国では、まだ民主主義が子どもたちの血となり、肉となるような教育がおこなわれていないことにほかならない。その結果世界には選挙の投票率が80%を超えるような国があるのに、わが国では50%を超えるにが精一杯となっていることに端的に表れているように、国民の民主主義意識は低いままになっているのである。


 残念ながら、まったくその通り。

 なお、投票率の低さに関して、このままなら投票の義務化を検討すべきではないか、ということを書いたことがあるので、ご関心のある方はご覧のほどを。
2013年7月22日のブログ 
 本来「権利」であるものを「義務」にすることの問題はあるが、これだけ投票率が低い状態は民主主義の危機である。
 本書で憲法さんが小選挙区制と比例代表制の問題について指摘する通り、結果として有権者のうちわずかの投票が、多数決原理を支配する与党の横暴を生み出している。

 憲法さんの、憲法が掲げる精神、理想に反するわが国の現状への怒りは激しく、嘆きは深い。

 他にも紹介したい内容は山ほどあるが、あとはぜひ実際にお読みいただきたい。
 次の目次のように、私が紹介したのは、ほんのごく一部なのだ。
 全体で200ページに満たないが、分かりやすくて、内容は濃いよ。

----------------目  次----------------
○はじめに
○わたくしは日本国憲法です
◯押しつけ憲法
◯多数決は民主主義の原則?
◯小選挙区制について
◯民主主義・・・・・・個人の尊厳と基本的人権
◯再び多数決原理について
◯教育の重要性
◯思想教育
◯ヘイト・スピーチ、極右・ネトウヨについて
◯もう一度「押しつけ憲法」について
◯民主主義政党の不在
◯わたくしの「前文」
◯集団的自衛権
◯国民自身の中にある民主主義的で無いものについて
◯本音と建て前
◯地方自治の本旨と道州制、あるいは大阪府・市一体化構想
◯特定秘密保護法
◯護憲派はオオカミ少年なのか
◯生活保護法の改悪
◯最後に・・・・・・
◯参考資料 日本国憲法全文
--------------------------------------------------

 本書の読者が増え、日本国憲法の本来の精神や理想に基づく国に少しでも近づけるよう、そして、憲法精神に反する政府の暴挙を止めるために、国民の声が日々高まっていくことを祈って、本シリーズお開きとします。

 最後に、本書でも巻末で引用している青空文庫の「日本国憲法」から、「前文」を掲載したい。ここに、憲法の精神、理想がしっかりと記されている。
青空文庫「日本国憲法」

前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


 ここに書かれた日本国憲法の精神と理想を大事にしたいと思います。
 本シリーズへの長々のお付き合い、誠にありがとうございました。
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by kogotokoubei | 2014-08-28 00:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(4)
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鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(朗文堂)

 三回目のご紹介は、「多数決は民主主義の原則?」の章から。
 憲法さんは、怒っているぞ。

 「多数決は民主主義の原則」という考え方は国民の中に深く浸透しているようにおもえる。
 実は、わたくしが長年の間「違う!違う!そうじゃない!」とおもってきたことのひとつが、この考え方なのだ。
 戦後の教育の中でも、あるいは新聞や雑誌や出版物などの中でも、当然のように多数決は民主主義の原理と教え、語られてきている。
 ではみなさんにひとつ質問したい。多数決が民主主義の原理であるというなら、そのことと民主主義の根本は、ひとりひとりんの個人をかけがえなおないものとして尊重すること、つまり個人の尊厳を認めることにあるということとは矛盾しないのか?多数決とは少数意見の切り捨てではないのか?それは結局のところ、国民の中の少数者の権利や利益の制限や抑圧につながるのではないのか?



 憲法さんは、憲法13条の「すべて国民は、個人として尊重される」という民主主義の基本となる精神と、多数決の矛盾に関し、ある有名な詩を題材として主張を続ける。

 多数決を民主主義の原則だというのは根本的に間違っているのだ。本当は、多数決は民主主義の本来の原則を守り抜いた後の問題解決の方法として、民主主義とは異質な原則を例外的に制度として取り込んだものなのだ。ことばを替えていえば民主主義の限界を示すものなのだ。そのことをしっかり理解しておかないと大きな間違いを犯すことになる。
 少し前に「もし世界が100人の村だったら」という詩がインターネットを通して全世界に広がったことを覚えているひともいるだろう。その一部を抜粋するとこんなくだりがある。

 もし世界が100人の村だったら
 ・・・・・・
 6人が全世界の富の59%を所有し
 ・・・・・・
 80人は標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません
 50人は栄養失調に苦しみ
 1人が瀕死の状態にあり
 1人は(そうたったの1人)大学の教育を受け
 そして1人だけがコンピューターを所有しています
 ・・・・・・

 さて、これを見て素朴な疑問を持たないなだろうか。
 「6人が全世界の富の59%を所有している」ということは、全世界の94%のひとが所有する富は41%でしかないということだ。
 同様に、全世界の80%のひとは標準以下の居住環境に住み、70%のひとは文字も読めず、50%のひとが栄養失調に苦しんでいるということだ。
 このように、世界の中の富める者はごく僅かで、貧しくて十分な栄養も取れないというひとびとの方が圧倒的に多いというのに、なぜその多数のひとたちの願いが政治の基本に据えられず、いつまでも貧しいままになっているのか、そこには民主主義は無いのかという素朴な疑問である。


 多数決は、民主主義の原則ではなく、あくまで便法であるということを示した後で、“本当に多数決でものごとが決まるのなら、この実態をどう考えるのか”と、象徴的な詩が紹介された。
 この詩は、実はもっと長い。詩の全文は、最初に英文を訳した方による、こちらのサイトをご参照のほどを。
中野裕弓オフィシャルサイト「もしも世界が100人の村ならば」
 この詩は、NGOの開発教育協会では、国際理解のための教材として使っている。
開発教育協会のサイト

 安倍晋三は、“グローバル”という言葉が好きなようだが、この詩で語られている地球(グローブ)の実態については、知っているのかどうか。もし知っていても、彼の会食やゴルフの常連のお相手の顔ぶれを見ると、富める6人だけのための政治をしているように思えてならない。

 “世界の中の富める者はごく僅かで、貧しくて十分な栄養も取れないというひとびとの方が圧倒的に多いというのに、なぜその多数のひとたちの願いが政治の基本に据えられず、いつまでも貧しいままになっているのか、そこには民主主義は無いのかという素朴な疑問”について、憲法さんは、こう続けている。

 こうしたことは、なにも一部の「後進」国や非民主的な独裁国家に限ったことではなく、民主主義国家だと自他共に認められているいわゆる先進諸国にも共通する問題なのだ。この日本だったその例外ではない。一方に何千万円あるいは何億円もの年収を得ている一握りのひとがいて、他方では家族を抱え年収300万円以下という膨大な数のひとがいるのだから。
 民主主義がきちんと機能しているのなら、こんな不公平な状態は直ぐに解消されるはずではないか。-
 おかしいではないか。-
 こんなことがまかり通っている背後には、なんらかのトリックや秘密が隠されているのではないのか。


 まさに、民主主義が働いているなら、100人のうち、たった6人が冨の6割を所有し、80人は標準以下の居住環境に住み、70人は文字が読めず、50人は栄養失調に苦しむ、なんてことにはならないはずだ。
 憲法さんご指摘の通り、なんらかのトリックか秘密がない限り、世界中の不公平は説明できそうにない。
 では、民主主義を機能させないトリックとは何か。

 かつてこの秘密の正体は「数千の網の目」であり、トリックの正体はそれを背景にした「多数決原理」だとl喝破したひとがいた。
 どういうことかというと、権力を握っている側は、まるで数千もの網の目でからめ取るように、ありとあらゆる手づるによって国民を組織し取り込んでいて、そのため、普通に多数決を取れば自分たちに都合の悪い結論などは決してでないようになっているというのだ。そして国民の側は自分たちがそのようにからめ取られ、操作されているということに決して気づかず、自分たちは民主主義の権利を行使しているとおもいこんでいるのだ。
 今の日本でいうなら国民のひとりひとりは、学校教育や、新聞、テレビ(テレビから流れるコマーシャルも含めて)、週刊誌、雑誌、小説、音楽、演劇、映画はいうまでもなく、会社の人間関係、地域の人間関係等々、更にはこうした物に取り囲まれてその影響をどっぷりと受けている親とその子との関係、友人との関係など、それこそ文字通り「数千」どころか「数万の網の目」によって知らず知らずのうちに影響を受け、ひとつの方向に誘導されているのだ。
 この「網の目」の一端を示しているのが、最近出版された『原発ホワイトアウト』の中で紹介されている、原発から生じる膨大な余剰利潤を原資とするモンスターシステムにほかならない。この本の最後にしるされている柏崎原発のメルトダウンのシーンはフィクションだが、そこまでの部分はまさに今君たちの目の前で進行している事実そのままなのだ。
 つまり3.11大災害の直後にも、経済産業省内では原発推進を前提とした計画が策定されていたという事実、原発再稼動に向けて着々と手順を踏んでいる原子力規制委員会の動き、エネルギー基本計画での原発ゼロ方針の撤回、福島の子どもたちの健康調査の結果についての「原発事故による放射線と福島で発見されている子どもたちの甲状腺癌との間には、因果関係は無い」という発言、いつのまにかテレビやマスコミに原発反対派の学者や識者が登場しなくなっていること、政府がセールスマンとなって原発輸出を進めていることなどなど。


 『原発ホワイトアウト』は、経産省の現役官僚が仮名で内部情報を元に原子力村の実態を交えて書いた本。

 憲法さんの、民主主義を阻むものが、「数千の網の目」と「多数決原理」であるという指摘は、非常に重要だ。
 数千、数万の網の目が、100人のうち圧倒的多数の貧しい人々の姿を隠し、ほんの一部の富める者の有利な多数決原理が支えている、という現実を、私も日々感じないわけにはいかない。
 憲法さんの指摘するモンスターシステムは、時間の経過と、忘れっぽい国民性を味方につけて、今まさに活発に稼動してている。

 何度か書いてきたが、今やジャーナリズムという言葉が死語になりつつある。マスコミの世界にいる多くの人は、単なるサラリーマンであり、企業の論理、経営者の意向に従うばかり。加えて、勉強不足だ。
 憲法さんも、こんな事例を書かれている。

 池上彰というひとが新聞に書いていたことによると、自分の知っているテレビのディレクターに、秘密保護法の問題を取り上げようと提案したところ、そのディレクターから「なに?それ?知らない」という対応をされたそうだが、池上彰と一緒にニュース解説の番組をつくっている担当ディレクターにしてこうなのだから、多くの国民は秘密保護法について新聞に記事が載っても、テレビでそれについて報道や解説があっても、そうしたものを見ようともせずにスルーしてしまっているということだ。

 
 テレビマンたちは、ここまで落ちたということだ。それにしても、いつまでたっても池上彰にしか教わる人がいない、というのも、彼なら視聴率が稼げるという商売の論理が背景にある。そろそろ別な論客の登場を期待したいが、そういう人はマスコミには出ないだろうことを、憲法さんは、次のように表現している。

 国民の中で本当の意味で民主主義を身につけて、真実を語ろうとするひとびとは、いつまで経っても「変わり者」で、「少数者」にしかならない。


 私も頑張って「変わり者」のブロガーを続けようと思う^^

 さて、この章の最後は次のように締めくくられている。

 多数決がこういうトリックとして効力を維持するためには、国民が目覚めてもらっては困るから、教育を変え、報道を変え、不都合な情報が国民に知られないように秘密保護法をつくる等々のことにあんなにも必死になるのだ。
 このように見てくると、多数決の原理といのは、民主主義の原理であるどころか、多くの場合、民主主義を否定し民主主義を骨抜きにする側面を持っていることに気づくはずだ。
 つまり、多数決原理は民主主義を効果的に活かすための原理という側面と同時に、その理解と使い方を間違えると民主主義を骨抜きにしかねないという側面の、二律背反する性質を持っているのだ。そのことをしっかりと理解しないで、多数決=民主主義などと安易に考えていると、とんでもない間違いを起こすことになるのだ。


 
 国民が目覚めてもらっては困る、というモンスターシステムの思いのままになっては、民主主義も憲法の精神も滅びてしまう。
 しかし、希望はある。福島地裁の判決なども含め、国民は寝ているのではない、実は寝ているフリをしていただけであり、モンスターシステムに反撃するのが、まさに今なのだと思う。

 次回は、教育の重要性について、憲法さんが具体的事例も交えて主張しているので、ご紹介したい。
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by kogotokoubei | 2014-08-27 00:28 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(2)
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鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(朗文堂)

 さて、『わたくしは日本国憲法です。』の内容についてだが、前半でもっとも勉強になったのが、「旧教育基本法」についての記述である。
 「押しつけ憲法」の章から紹介する。
 ここでは、まず最初に、憲法押しつけ論争の不毛について“憲法さん”が指摘する。

 わたくしを嫌うひとたちは、わたくしがアメリカ軍によって押しつけられた憲法だといって攻撃してきた。それにたいして、わたくしを守ろうとするひとたちは、わたくしは決して押しつけられた憲法ではないといって、当時この国にもあった、民主主義的な憲法の制定を目指す様々な試みの例を挙げて反論している。最近では美智子妃が、五日市憲法のことに触れたことで話題になったりもしている。
 だけどわたくしからいわせると、そうした議論は少し焦点からずれているようにおもわれる。確かに「護憲派」のひとがいうように、この国にも民主主義的な憲法の制定を求めるひとがいたことは事実だし、そうしたひとがいたということは、わたくしもとても嬉しくおもう。それでも残念ながら、そうしたひとは、わたくしが生まれた時にはこの国ではきわめて少数でしかなかったということもまた事実なのだ。
 (中 略)
 「押しつけられた憲法だから、そんな憲法は無くしてしまえ」
 という改憲派の考え方に対置すべき考え方は、
 「いや、決して押しつけ憲法ではない」
 ということではなく、
 「確かに押しつけという側面があったことは事実だ。だからといって、そのことはこの憲法のなかみが持っている価値とは別の問題だ。この憲法の中身は決して否定されるようなものではない。むしろ問題は、押しつけであったがために、憲法の持っている本当の価値が、その後のこの国の生活や政治の中で十分理解されず、活かされてこなかったことにこそあるのだ」
 ということにあるはずだ。


 この部分を読んで、私も反省した。以前に“押しつけ”という改憲派の主張に対し、“押しつけではない”と反論してきたからだ。
 そうなのだ。問題は、その中身、日本国憲法の精神であり思想なのである。

 この後、次のように、葬り去られた「旧教育基本法」のことが語られる。

 わたくしが生まれて間もない頃のことだから、今ではもうほとんどの国民が知らないだろうが、旧教育基本法とそれを受けた教育委員会法は、田中耕太郎(1890-1974)が文部大臣を務めていた時期に制定された法律なのだ。田中耕太郎は、戦前の教育への反省から、戦後の日本国憲法の下での教育の在り方についてこんなことを書いていた。

 1 国家も真理及び道義に奉仕すべきものなるを明瞭にすること。国家が
   正邪善悪の尺度を規定し、国家に有用なるもの即ち正且つ善なりとの
   思想を排撃すること。
 2 教育を政治より分離し、教育制度を政党政派の対立及び勢力関係の
   影響外に置くこと-このために教育に憲法上司法権に与えられる独立
   の地位を保証する取り扱いをすること。
 3 文部省の存在理由及び機能を再検討し、これを存置するとせば、その
   活動を原則として教育の内容に干渉せざる純粋なる事務的方面に
   限局すること。

 ちょっとばかり難しかったかな。なんせ60年以上も前のひと、しかものちに最高裁判所の長官にもなったひとの文章だからね。

 

 ここで念押ししておくが、著者は「日本国憲法」として、書いているのである。しかし、その文体は非常に分かりやすい。だから、“憲法さん”と、たまに書かせてもらう。続ける。

 最初の文章がいっていることをわかりやすくいうと、真理とか道義というのは国が決めるものではない、なにが正しくて、なにが間違っているかを決めるのも国ではない。それは国の判断や思惑とは別に、客観的なものとしてあるものだからだ。
 だから「国にとって有利だ」とか、「国にとって有益だ」からといって、それが正しいとか善だということには決してならないし、国にとって不利だとか不都合だからといって、それが真理や道義ではないということにもならないのだということ。
 たとえば戦前は戦争に反対し、天皇の神格化に反対する思想や意見は、当時の国にとっては不都合な思想だったから、誤った思想や意見とされて弾圧の対象となっていたが、本当の真理や道義は、弾圧された側にあったことは今では明らかになっている。
 国の役割は、そうした真理とか道義にしたがって、国民に奉仕することにあるのであって、真理や道義が自分(国家)にとって都合が悪いからといって、それをねじ曲げて、自分に都合の良い「真理」や「道義」をつくり出して、それを「これが真理だ」とか、「これが道義だ」などと国民に押しつけ、まして真理や道義を語ろうとする国民を弾圧するようなことを二度と繰り返してはならないということだ。
 その点で、最近NHKの会長に就任したひとが、
 「政府が右といっているのに、左というわけにはいかない」 などと発言していたが、この発言は事実や真理や道義を報道するジャーナリズムの使命を公然と投げ捨て、NHKは政府の宣伝機関になると宣言したようなもので、正に戦前の大本営発表を垂れ流す国営放送への回帰ということになる。こうした発言が公然となされるようになっていること自体、今この国がどれほど危い状態にあるかを如実に物語っている。


 このあたりの文章を読みながら、私は何度、「そうだ、その通り!」と頷いたことか。
 憲法さんの言い分にはすべからく同意できるし、その危機感にも共感する。

 旧教育基本法そのものについても、しっかり説明されている。

 田中耕太郎のこの三つ目の文章の考え方は、旧教育基本法の10条1項の、
 「教育は、不当なる支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」
 という条文、そして同条2項の、
 「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」
 という条文に表現されている。
 1項の「国民全体に対し直接責任を負う」は、文部省の役人や政府などによる官僚的な統制に服するものではない、教育はまっすぐに国民(子どもたち)を見て、その国民の利益のためだけにおこわまれるんべきものだといっているわけだ。
 そして2項は、文部省の仕事は教師と子どもたちが自主的に伸び伸びと学習していくために必要な条件を整えるという教育の環境整備だけに限定し、教育内容には一切口を出すなといっているわけだ。
 この教育基本法にはわたくしと同様に前文があり、そこには、
 「日本国憲法・・・・・・の理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。・・・・・・個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育の基本を確立するため、この法律を制定する」
 と記されていた。この考え方は当時のわたくしの考えをそのまま表現するものだ。



 「旧教育基本法」の精神と、現在の教育のあり様の、なんとも乖離していることか。

 本書の注から、日本国憲法が、「わたくしの考えそのまま」と振り返った「旧教育基本法」が捨て去られた経緯をご紹介。

 旧教育基本法は、憲法の施行(昭和22年5月3日)に先立つ昭和22年3月31日施行された。それを全面改正した現教育基本法が成立したのは平成18年12月15日である。本文で触れた旧教育基本法の第10条(教育行政)は、この改正によって、「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところによりおこなわれるべきものである」と変えられ、旧法が目指した「教育の独立」という考え方は完全に投げ捨てられている。最近の、首長の教育への支配介入の権利の承認・拡大は、このことの直接の結果といえる。



 たった八年前に、日本国憲法の精神をしっかり踏襲していた教育基本法は、“旧”という肩書きに追いやられた。
 しかし、改正(もちろん、実態は“改悪”であるが)されるその前から、憲法の精神を反映したこの法律を葬る動きがあり、それを阻止できなかった歴史がある。そのことについて、本書では次のように書かれている。

 だが残念ながらこの教育基本法の理想は、法律ができるのとほとんど同時に、文部官僚によってこっそりと棚の奥にしまい込まれてしまった。
 いやいや、そういうと不正確になる。旧教育基本法の理想を棚の奥にしまい込んだのは文部官僚だけではない。教育を担っていた全国の教師たち、そして子どもを抱える親たちも、そのほとんどは旧教育基本法のこの理想を十分に理解できず、戦前の思想と感覚を色濃く残したまま教育に当たり、子育てをしてきたのだ。
 つまり、一方では文部官僚が意図的・意識的に旧教育基本法の精神を骨抜きにしようとし、他方では全国の教師や親(つまりは国民)は、そうした文部官僚の動きの重大性を十分に理解できずに見逃してしまい、さらには自らも民主主義を本当には理解していないまま、子どもたちを育て教育してきたということによって、そうとは自覚しないまま旧教育基本法の骨抜きに手を貸してきてしまったのだ。



 本書でも指摘されている通り、憲法制定、施行の時期、ほとんどの国民は食べるだけで精一杯だった。押しつけの側面があろうと、国民を主役とする素晴らしい「日本国憲法」を持つことができたのだが、それを十分に自分たちのものとして咀嚼する余裕などなかった。だからこそ、その精神や理想を肉体化するには、教育が必要だったのだ。
 ところが、その憲法の精神や理想を国民の武器とするための重要な教育を骨抜きにする官僚の暴挙を、教育者や親を含む国民も許してしまった。これが、紛れもない歴史の事実であろう。

 しかし、まだ日本国憲法そのものを失ったわけではない。

 本書について憲法さん(著者)は、「遺言」という表現を使っているが、それは特定秘密保護法や集団的自衛権など憲法の精神と真っ向から反する安倍政権の暴挙に、「今、言わねば」という強い危機感を抱くからの言葉である。
 
 この国民の宝であり、武器を失うわけにはいかない。

 次回は、本来の“民主主義”とは何か、について紹介したい。「多数決が民主主義・・・冗談じゃない」と憲法さんは怒っている。
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by kogotokoubei | 2014-08-26 00:23 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(4)
落語愛好家仲間であり、ブロガーとしても人生の先輩としても尊敬しているのが、我らが居残り会のリーダーである佐平次さん。
 その佐平次さんの弟さんで弁護士をされている鈴木篤さんが本を出されたことを、佐平次さんのブログ「梟通信」で知った。『わたくしは日本国憲法です。』という本だ。
「梟通信」の2014年8月21日の記事
 出版社の朗文堂さんのサイトを拝見すると、なかなかユニークな会社のようだった。
 佐平次さんのブログでは、本書希望の場合に著者鈴木篤さんの江戸川法律事務所に連絡する手はずが書かれていたのだが、少しでも早く読みたいこともあるし、三田落語会は夜席でその前に神保町の古書店巡りをするつもりだったから、直接出版元に行ってみようと思い金曜日にメールで訪問の件をご連絡したところ、本来は定休日だが出社される方がいるので来店可能とのこと。
 
 そういうことで、土曜の午後、新宿二丁目交差点近くの朗文堂さんに立ち寄らせていただいた。

 ビルの四階に上がると、扉のガラスにこんな風に表示があった。

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 ビルの外には看板など一切ないので、「ここで間違いないのか?」と不安気に上がって行ったのだ^^

 中に伺うと、出社されているとメールで返事をいただいた大石さんだけでなく、社長の片塩さんもいらっしゃった。

 つい、この本を知ったいきさつなどをご説明していると、大石さんがお茶を出してくださり、少しお話をさせていただくことになった。

 片塩さんは、著者である鈴木篤さんとは長野高校の同級生で、顧問弁護士もしていただいている古くからの友人ということから、今回出版を請け負われたようだ。以前は近くの末広亭で落語もよく聴かれたらしい。先代小さんがお好きだとのこと。
 同じ信州から大都会に出てきた友人鈴木篤さんのことは、人権派弁護士としての活動やご苦労もよくご存知なのだろう。言葉数は多くないが、片塩さんとの会話から、お二人の友情の厚さが伝わった。

 事務所には、今では貴重な活版印刷の機械があり、壁際には活字が棚に収まっている。学生時代に新聞社でアルバイトをしていたことがあるので、非常に懐かしい空間だ。

 朗文堂さんは、「タイポグラフィ」に関する書籍の出版が多く、「タイポグラフィ」を学ぶ「新宿私塾」も開催されている。
 片塩さんによると、日本は明治になって一気に活版印刷が産業として入り込んだが、ヨーロッパでは古くから学問としての歴史を持っている、とのこと。
 サイトにある「新宿私塾」の紹介ページには、冒頭、次のように記されている。
朗文堂サイトの「新宿私塾」のページ

「新宿私塾」はタイポグラフィをまなぶための、ちいさな教育機関です。 
 書物と活字づくり、すなわち「タイポグラフィ」の 550 年におよぶ魅力的な歴史をまなび、本格的なタイポグラフィの教育と演習を通じて、あたらしい時代の要請に柔軟に対処する能力を身につけた、タイポグラフィの前衛を養成します。


 少数しか塾生を募集していないので、いつもすぐ定員になるようだ。ご興味のある方は、朗文堂さんにご連絡ください。

朗文堂 タイポグラフィ・スクール 新宿私塾
〒160-0022 東京都新宿区新宿 2-4-9 中江ビル 4F
telephone 03-3352-5070 , facsimile 03-3352-5160



 さて、片塩さん、大石さんとの楽しい会話の後、事務所を辞して持ち帰った本を、近くの喫茶店に入りさっそく読み始めた。

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鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(朗文堂)

 しばらくして、「その通り!」と何度も頷く自分がいた。

 朗文堂さんの本書紹介ページにある、下図のチラシ(フライヤー)の冒頭には次のように書かれている。
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 わたくしは日本国憲法です。

  あなたがた日本国民が、
  平和のうちに幸せな生活を送れるように、
  あなたがたを守るために生まれてきました。
  わたくしを手放さないでください。
  わたくしを葬らないでください。



 朗文堂さんの紹介ページから「はじめに」の一部も引用。
 なぜ、著者鈴木篤さんが、「日本国憲法」の立場で本書を執筆したか明かされている。

 現実には戦後の六八年間、この国に民主主義や民主主義を守り育てようとするひとびとがいなかったわけでは決して無い。
それどころか、戦後の歴史は、民主主義を踏みにじろうとする勢力と、平和と民主主義と基本的人権を守ろうとする勢力との闘いであったといっても過言ではない。

 そして、憲法をないがしろにしようとする勢力が政権を握り続けてきたにもかかわらず、そうした多くの先達による、粘りつよくて勇敢な闘いがあったからこそ、平和が守られ、根本のところで民主主義と基本的人権が守られてきたことは紛れもない事実なのだ。

 そうした力は、いまも特定秘密保護法成立を阻止しようとして、官邸や国会前に集まったひとびとや、日に日に強くなっている、集団的自衛権行使容認に反対する国民各層の声としてあらわれている。

 しかしそうした悲鳴にも似た反対の声にも関わらず、安倍政権は、国民はおろか国会をも無視して、ついに集団的自衛権の行使容認を閣議決定という形で押し通してしまった。
それを許してしまったことの背後にあるのは、「ながいものにまかれ」、「みんなが望んだからわたしもと成り行きに身を任せ」、「どこからどうしてこうなったのかには責任を負わず、それを追求しようともしない」という、いわゆる「無関心層」の存在ではないのか。

 一個人に過ぎない者が憲法に成り代わって、憲法を一人称とするこのような本を発行することについては、「僭越だ」とか、「おこがましい」等の批判も多々あることだろうが、それはほかでもない、そうしたひとびとに、憲法自身が語りかけるという形を取りたかったからである。

 憲法は、憲法に関心を持たないあなたにとっても、かけがえのない味方なのだ、それを失うことは、あなたにとって取り返しがつかないことだということを、なんとしてもわかってほしいというおもいからこのような文体を採用したのだ。



 新宿の喫茶店を出て、神保町に移動して目当ての本を見つけてから、あらためて喫茶店で続きを読んだ。

 ほぼ2ページに一度位、「その通り!」と心の中で叫び続けながら半分ほど読んだところで、落語会のある三田に移動。
 好みのラーメン屋でも食べながら読んでいたが、読み進むうちに、この本は全国民の必読者であり、中学の副読本とすべき、などという思いが強くなる。
 しかし、本書にも現在の教育現場の問題が指摘されているが、まったく憲法の精神に反する実態となっているから、ほとんどの教師や教育委員会が、本書を選ぶことはないだろう。
 本書で著者が丸山真男の言葉から指摘するように、教育者の多くも「既成事実への屈服」「権限への逃避」をし、ながいものにまかれているからだ。

 まずは、この本とのありがたい出会いのことで第一章(?)とするが、次回は、「旧教育基本法」について記載されている部分を中心に紹介したい。この前半の教育問題をはじめ、この本の内容は、目から鱗の連続である。
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by kogotokoubei | 2014-08-25 00:25 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(2)
 実は、この会のチケットを獲得するためのプロジェクト(?)は四ヶ月前から始まっている。
 4月の会に来られたI女史に6月の会のチケットを買っていただき、その6月の会に行った私がこの会のI女史の分を含むチケットを獲得、という次第。やはり前売りは完売。それだけ、露の新治という上方の噺家は魅力がある。
 昨年6月の会、『狼講釈』と『大丸屋騒動』二席の素晴らしさが、未だに忘れられない。
2013年6月23日のブログ

 加えて二人会の相手が喬太郎である。人気になるはずだ。二人とも、鈴本な8月上席の夏まつり夜席を務めた同士でもある。

 新宿のある出版社に立寄り、神保町の古書店経由で三田へ。新宿で入手した本については、別途書きたい。

 次のような構成だった。プログラムでは、新治の一席目、喬太郎の二席目がネタ出しされていた。
--------------------------------
(開口一番 柳家さん坊『からぬけ』)
柳家喬太郎   『蒟蒻問答』
露の新治   『七段目』
(仲入り)
露の新治   『胴乱の幸助』
柳家喬太郎 『錦木検校』
--------------------------------

柳家さん坊『からぬけ』 (16分 *18:00~)
 この会の開口一番の座が長い。与太郎の酒の粕の小咄から。金髪女性のネタが好き、と披露したが、まだこういう遊びは早かろう。この人は器用でいろいろと“こなす”技術もあるのかもしれないが、前座の基本は大きな声で前を見て教わった通りに、である。
 しかし、この会の会場も以前からは結構変わってきたようにも思う。前座のクスグリでも意外に笑ってくれる。しかし、それは若い噺家を勘違いさせることもある。
 サゲも喬太郎にいじられていたが、もっとはっきりと前を向いて話す方が良かろう。まだまだ精進をして欲しい。

柳家喬太郎『蒟蒻問答』 (21分)
 共同主催者であり会場の提供者を考慮してのネタ選びと察した。喬太郎は、昨年12月から今年2月までNHKのEテレ(旧教育テレビ)で放送された「落語とブッダ」8回シリーズで2回出演しているが、二席のうちの一つが、この噺だった。この番組のことは書いたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。2013年12月12日のブログ
 仏教が、そして落語が江戸庶民の生活に密着していたからこそのネタだが、今の時代では沙弥托善が、なぜ六兵衛の仕草で「負けた」と思ったかは、分かりにくい。
 (1)托善が両手で小さな輪を作り「和尚の胸中は」と問うと、六さんが
  「お前のとこの蒟蒻はこんなに小さいのかと言うから、こんなに大きい」
  と両腕で大きな輪を作った。托善は「大海のごとし」と解釈し、恐れ入る。 
 (2)「十方世界は」と托善が両手の十本の指を広げると、六さん、
  「俺の蒟蒻は十丁でいくらか、と聞くから五百文と答えた」。托善は、
  「五戒で保つ」との答えと解釈。
 (3)托善が「三尊の弥陀は」と指を三本出すと、六さん「あの野郎、
  三百に負けろと言うから、あっかんべい」。托善は、「目の下にあり」
  という答えと解釈し、退散。

 少しだけ解説。 “十方世界”とは、東西南北、丑寅(北東)、辰巳(東南)、未申(南西)、戌亥(西北)の八方位に上下を加えた世界のことで、宇宙の意である。
 “五戒”とは禅の戒律で、「殺生戒」(殺さない)、「偸盗戒」(盗まない)、「邪淫戒」(この字のごとし^^)、「妄語戒」(嘘をつかない)、「飲酒戒」(酒を飲まない)の五つだ。最後の一つだけは、守れそうにない.
 “三尊の弥陀”は、浄土宗寺院本堂にまつている仏さまのこと。正面真中に阿弥陀如来、 向って右が観音菩薩、左が勢至菩薩。
 解説が長くなったが、喬太郎の高座は、なかなかではあったのだが、この人にしてはおとなしかった。二席目の咳も考えると体調も万全ではなかった印象。この噺では、現役なら瀧川鯉昇が秀逸だ。マクラで問答の例を示してくれるのも親切。

露の新治『七段目』 (25分)
 「形から入る」というマクラで、聖飢魔Ⅱのコンサート帰りのコスプレした若者が電車に乗ってきた、という話が笑える。
 本編は下座の太田そののハメモノもよろしく、結構な高座。ヤマは、もちろん若旦那と小僧定吉の寺岡平右衛門とお軽の場面。
 「アイ、残らず読んだその後で、互いに見かわす顔と顔、じゃらじゃら、じゃらつき出して身請けの相談・・・」を繰り返してから「・・・オオ読めた」までいくのだが、前半はもう一回あっても良いように感じた。時間の関係なのか、この人の本来の“くどすぎない上方落語”ということなのかもしれない。
 早い話が、私はあの「・・・じゃら、じゃら・・・」の科白、好きなんだよね^^
 鈴本で『蔵丁稚』を聴いているので、この一週間で新治の忠臣蔵を二場楽しませてもらった。

露の新治『胴乱の幸助』 (31分)
 尾道でレポーターをした時の釣りの逸話の短いマクラは、“仕込み”“やらせ”に関する本編とのつながりからだろう。
 浄瑠璃 「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」、通称「お半長」が重要な主題となる噺で、一席目の歌舞伎に続き、伝統芸能と落語、芝居や浄瑠璃と江戸庶民、という組合せがうれしい。
 喧嘩の仲裁が唯一の趣味である幸助おじさん、わざと喧嘩した二人を連れて手打ちをする店に向かう場面、二人が喜んで話をしているのを聞き、「勝手に手打ちをするな」「なに、打ち解けてるんや」が可笑しかった。
 浄瑠璃の稽古をしている場面で、京都まで仲裁に行こうと幸助が決意する場面、浄瑠璃の師匠と弟子にお半長のあらすじを確認するのだが、どうしてもこの噺は枝雀の音源の印象が強く、「あれ、やじ馬連中から聞いて京都に行くはず」と思ったが、後から米朝の音源を確認すると、しっかり浄瑠璃の師匠も弟子も幸助は引っ張り出していた。
 このへんは、好みもあるが、新治の高座では、浄瑠璃師弟を登場させることで可笑しさが増していたように思う。
 この噺、東京では馴染みのない、でんぼ(おでき)や、ごへだ(石炭)という言葉も登場するが、新治の芸で客席も自然に受け入れることができ、非常に結構な高座と客席の一体感があったように思う。今年のマイベス十席候補とする。
 この良い雰囲気がトリの喬太郎まで維持できなかったのが、残念。

柳家喬太郎『錦木検校』 (30分 *~20:19)
 元の噺である『三味線栗毛』でのサゲを含む内容をマクラでふって、 「つまらないでしょう」と言うところが、この噺を改作した理由なのかもしれない。
 初なので期待して聴いていたが、高座も、客席も残念な内容だった。喬太郎が本当に咳き込んでいて、錦木が病で咳をしているのか、本人なのかが、後半は交じり合っていた印象。そして、最後の重要なヤマ場である、大名になった酒井雅楽頭(うたのかみ)と錦木の対面で、携帯が鳴った。携帯はこの後にもう一度、錦木が息を引き取る前に、それも「♪あまちゃん」である・・・・・・。
 喬太郎も咳で調子が今ひとつのところで、携帯のダブル攻撃では気持ちも萎えたことだろう。残念。


 トリの高座の携帯は、伝統ある会らしくない。ビクター落語会の頃から来ているが、こんなことは記憶にない。新たなお客さんも増えているとは思うし、ご高齢の方もいらっしゃる。仲入り後に、主催者は注意すべきだろう。 非常に残念な幕切れだった。

 さて、終演後は、我らがリーダー佐平次さん、そしてYさんの居残り会創設者三人組に、ほぼレギュラーと言えるI女史、M女史との五人での居残り会だ。
 田町駅前の居酒屋で、久し振りに顔を揃えた仲間との居残りは落語、野球、ジャズ、そして最近佐平次さんの弟さんが書かれた素晴らしい本のことなどで、盛り上がった。帰宅途中の二子玉川で厠に立ち寄ったこともあり、帰宅は日付変更線超え。花火帰りの若者を多く見かけたが、男の浴衣が似合わないのが、目立つ。三三なら「天才バカボンの集団」と言いそうだ^^
 帰宅すると連れ合いが一人でビールを飲んでいたが、こちらは我慢し、翌日のテニスのためにも、そのまま風呂に入り爆睡。

 テニスとその後の食事(もちろんアルコール付き)から帰って昼寝をしてからブログを書き始めたが、あらためて昨夜のことを思い出すと、新治、喬太郎のお二人は、鈴本の十日間の後で、少しお疲れだったかもしれない。新治の二席は結構だったが、もう少し時間をかけても良かったような印象。昨年は大作揃いということもあったが、それより終演は30分も短い。居残り会のためには助かったが、意を決しての土曜の夜席だったので、量的な物足りなさは残る。このあたりは、なかなか難しいところだが、居残り会の楽しさを含めて“良し”とするか^^
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by kogotokoubei | 2014-08-24 15:31 | 落語会 | Comments(4)
広島の土砂災害の捜索はまだ続いている。
 亡くなられた方のご冥福をお祈りします。また、遺族の方や被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。そして、行方不明の方々の一人でも多くの無事確認をお祈りいたします。

 この災害について、消防局の幹部が避難勧告の遅れを認めているのに、松井という市長が反論している。
朝日新聞の該当記事

広島市長「防災計画通り対応した」 避難勧告遅れに反論
2014年8月22日11時52分

 豪雨災害の対応について、広島市の松井一実市長は22日、記者会見を開いた。消防局幹部が避難勧告の遅れを認めるなか、「ただちに勧告を出すように見直す必要があるかもしれない」としながらも、一連の対応について「防災計画のマニュアルに基づいてしっかり対応した」と述べた。

 今回、避難勧告が出たのは土砂崩れなどが相次いだ後だった。防災計画上では勧告を出すのは原則市長だが区長らが発令していた。「何でも私がするのがリーダーシップとは思っていない。それぞれの区で判断できるという計画になっている。判断をしている時に私の所に情報が入ったという状況ではない」と述べた。

 松井市長は災害があった20日未明、午前3時に対策本部の立ち上げなどについて報告を受けた後、午前7時に登庁するまで自宅にいたと説明している。「寝たり休んだりしながら情報を聞き、対策会議を開くと言うことで関係者を招集した」。今回の対応について、「私も職員も計画に基づいて対応したと思っている」と述べた。



 “マニュアルに基づいてしっかり対応”“計画に基づいて対応”・・・・・・ファストフードの店員じゃあるまいし、これだけ被害が拡大している状態において、私には血の通った人間の言葉として伝わらない

 この市長、8月6日の平和宣言で、集団的自衛権にまったくふれなかったのはご存知の通り。
 
 起こってからの問題もあるが、この災害そのものが、天災とは言い切れない。

 専門家による見解が掲載されている京都新聞から引用したい。京都新聞の該当記事

広島土砂災害、宅地開発が一因 京都・滋賀でも可能性

 広島市の土砂災害について京都大の専門家らは、崩れやすい地質や谷筋を造成した宅地開発が、大規模な土石流につながったと分析する。京滋で同様の災害が起きる可能性もあるとして、注意を呼びかけている。

 国際斜面災害研究機構理事長の佐々恭二京都大名誉教授(地滑り学)は、1999年に広島市北部の土石流などで死者・行方不明者32人を出した広島豪雨災害の緊急調査団長だった。「あの時と同じく、花こう岩が風化した『まさ土』というもろい地質が被害を拡大させた」と指摘する。

 「まさ土」は、いったん崩れ始めると摩擦抵抗が非常に少ないため、高速で流出して大きな被害をもたらす。小規模な土石流が、谷に堆積していた土砂を巻き込み、雪だるま式に拡大した面があると分析する。

 佐々名誉教授によると、京都市左京区の比叡山西側斜面や滋賀県の比良山系は、同じような花こう岩の地質で、土砂崩れが起こりやすいという。16日の大雨で土中に水分を含んでおり、「今週末にかけて、少量の雨でも土砂災害に警戒が必要」と呼び掛けている。

 京都大防災研究所斜面災害研究センター長の釜井俊孝教授(応用地質学)は、宅地開発のあり方が大被害を招いたと指摘した。「広島市の被災地は谷筋の奥まで宅地化されている。谷筋はもともと土石流の通り道で、地盤の流動性が高い」と説明する。

 特に被害が大きかった安佐南区の山本地区では、切り開いた斜面の直下に家が建てられ、土砂崩れの跡をコンクリートで補修したとみられる場所もあったといい、「自然が危険性を教えてくれていたのに」と悔やむ。逆に無事だった地域は、尾根筋を切り開いた宅地だという。

 釜井教授は「激しい雨に加え、社会的な要因が重なり、大規模な土砂災害になってしまった」と話した。

 近年は、温暖化によって「観測史上最大」というような豪雨の頻度が増え、災害のリスクが高まっている。両氏は自分が暮らす地域の地形を知るとともに、自治体から出される土砂災害警戒情報を確認し、「早めの避難で命を守ってほしい」と話している。
【 2014年08月21日 08時38分 】



 “崩れやすい地質や谷筋を造成した宅地開発が、大規模な土石流につながった”“宅地開発のあり方が大被害を招いた”という専門家の指摘の通りなら、明らかに人災である。

 広島市のサイトにある、「宅地開発許可の手引き」を紹介したい。広島市サイトの該当ページ

宅地開発許可の手引き

 都市計画法に基づく開発許可制度は、都市の無秩序な市街化を防止し、基盤整備の伴った健全な市街地の発展を図るため創設された制度です。また、宅地造成等規制法に基づく許可制度は、宅地造成に伴うがけ崩れや土砂の流出等による災害を防止するために設けられた制度です。
 これらの制度が相まって、公共公益施設の整備された安全で良好な宅地が供給されることは、本市のまちづくりにとって重要な役割を果たしており、開発事業者等の皆様をはじめ、関係機関のご理解を賜りながら、官民一体となって、よりよい都市づくりの実現を図っていく必要があるものと考えております。
 しかし、開発許可等の事務は手続や基準が複雑で多岐にわたることから、スムーズな許可制度の運用の一助となるよう、「宅地開発許可の手引き」を掲載します。
 開発事業者等の皆様におかれましては、都市計画法等の制度についてご理解をいただき、活力と調和のある都市づくりへ向けて、より一層のご協力を賜りますようお願い申し上げます。



 冒頭に、“宅地造成等規制法に基づく許可制度は、宅地造成に伴うがけ崩れや土砂の流出等による災害を防止するために設けられた制度”と書かれているのだが、なぜ、広島市は被害が発生した地域の宅地造成を許可したのか。

 もちろん、現在の市長だけの責任とは言えない。しかし、マニュアルや計画に基づいて行動するのがお好きな現市長も、肝腎なところで法制度に基づく業務を怠っていたとは言えないだろうか。

  住んでいる人の自己責任とは言えないのだ。そこに公的に建設を認可された住居があるのだから。

 そして、市を統括する役割を持つ県は、するべきことをしてきたのか、その県の行動を管理するはずの国は、果たして何をしてきた、あるいはしてこなかったのか。

 広島や京都のみならず、全国に同様の危険な地域にある住居は多いことだろう。地震や台風、そしてここ数年の集中豪雨という自然の驚異を考慮し、国が率先して早急に調査と対策を推進すべきだと思う。

 安倍晋三は、“美しい国”がお好きなようだが、土砂崩れによる被害が、尊い生命を奪い、自然を破壊している状況は、とても“美しい”とは言えない。

 憲法を“解釈”することより、カジノを東京につくることより、五輪のために建設という名の破壊を進めることより、安倍政権が優先すべきことは、いくらでもある。
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by kogotokoubei | 2014-08-22 12:11 | 責任者出て来い! | Comments(1)
昨年は二日目だったが、今年は楽日に鈴本の夏祭りへ。あの二人に新治、他の顔ぶれもなかなか結構だから、午後から休みをとって、オマケの夏休み(?)として駆けつけた。
 また、落語愛好家仲間の皆さんにお声をかけたところ六名集合となり、都合でお越しいただけない我らがリーダー佐平次さんに代わって、居残り会に良さそうなお店をネットで探し、場所を確認してから会場へ。

 ぴあでの前売りは、15日だけはしばらく売れ残っていたが、最終的には全日完売。しかし、お盆休み明けということもあるのだろう、千秋楽とはいえ当日券は残っていたようだ。

 演者とネタ、所要時間、そして短い感想を記したい。良い印象の高座や色物をピンクにする。

柳家喬志郎『つる』 (15分 *17:20~)
 鈴本は寄席なのに、開演前のブザー、あまり感心しないなぁ。
 終演後の居残り会でM女史から聴いた情報から察して、このネタは兄弟子喬太郎の指定と察する^^
 構成で疑問が一つ。隠居から「なぜ、首長鳥がつると言うようになったか教えてやろうか」と八五郎にふる、というのは、この噺としては不自然ではなかろうか。八五郎に聞かれて、知らないとは言えないので無理矢理こじつけた、という流れでこそ、筋が通るように思うがなぁ。
 それにしても、着物も袴も、少しブカブカだったぞ^^

ストレート松浦 ジャグリング (10分)
 この日唯一の代演。紋之助には申し訳ないが、楽しみにしていた。落語協会の若手色物として、この人の存在は大きい。語りも洗練されてきたし、踊る傘や“踊る黒と黄色と赤の棒”(工事用のコーンバー)の芸は、何度見ても素晴らしい。

橘家円太郎『親子酒』 (16分)
 この席では、さん喬、権太楼がネタ出しでトリネタを披露するので、他の噺家さんの演目選びは苦労されるだろうが、結果として芸達者が軽いネタを楽しく演じてくれる効用がある。円太郎のこの噺なども、その好例で、子供時代の夢のことから劣性遺伝につないだマクラの後、実に心地良く親子の酔っ払いを演じてくれた。

入船亭扇遊『狸の賽』 (14分)
 円太郎に続く、巧者による小ネタの好高座。居残り会でI女史は、“この日一番”とおっしゃったが、同感。なかなか、扇遊の狸ネタなんか聴けませんやね^^

柳家三三『開帳の雪隠』 (15分)
 映画アナ雪のマクラが10分。お客さんに映画を観た方は、と挙手をさせて少ないため、「きっと、今後も見ないでしょ!」と粗筋をかいつまんで、アナという女性が、明るい我がまま女で、「もっとも苦手なタイプ」とのこと。
 私も観ていないし、観るつもりもないが、時間調整とは言え、本人は楽しそうだったが、こっちには興味のないた題材。5分で本編をこなす力量には感心しないでもないが、『加賀の千代』でもいいから、15分のネタを聴きたかったなぁ。

江戸家小猫 ものまね (13分)
 もう親や祖父の七光りの域を超えたように思う。最近は父猫八の声があまり出なくなっているので、芸としては超えたと言っても良いだろう。初めてと思しきお客さんも少なくなかったようだが、皆さん大いに感心されたように思う。

柳家喬太郎『極道のつる』 (15分)
 喬志郎に古典版を仕込ませておいたに違いない^^
 このネタがあるということは知っていたが、聴くのは初。近い席の若い女性客が大笑いしていた。こういうネタで女性客を掴んでいるんだなぁ、この人。結果として、この日は「つる」が他の演者もクスグリに使う“基調ギャグ”(?)になった。
 私は、あれだけ大きな声で登場人物が怒鳴る内容は、好きとは言えない。喬太郎が“キラーコンテンツ”の一つで客席をドッカンドッカンさせたのは、仲トリの新治への対抗心もあるのかもしれない。(23日の三田が楽しみだ)

露の新治『蔵丁稚』 (20分)
 仲トリも三年目。志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」で、台湾で食中毒になり痩せた、とあったので少し心配だったが、見た目はそんなに感じなかった。連夜の打ち上げで体重が回復したか^^
 このネタは好きだ。上方が元で東京では演題が『四段目』。八代目柳枝の音源は携帯音楽プレーヤーの定番だ。
 判官切腹の場面での科白が、少しリズムに乗りきれない面もあったが、持ち味の明るく楽しく巧みな高座。結構だった。

ホームラン 漫才 (10分)
 結婚式ネタで、神父役の勘太郎が、ネタとして間違う演出と、本当に言い間違えた部分が適度に融合(?)、会場も大爆笑。この大事な席でのクイツキとして短時間ながら十分に役割を果たした。

柳家さん喬『水屋の富』
(33分)
 居残り会でも、このネタ自身への好悪の話が出たのだが、確かに“損なネタ”の部類に入るかもしれない。私はさん喬では、ブログを書きはじめる前、2007年6月30日前進座での喬太郎との親子会以来。さん喬は、この噺、嫌いじゃないのだろう。ちなみに、その日のさん喬のもう一席が『唐茄子屋政談』だった。この二席の取り合わせが良い、ということなのか。
 古典でも、何らかの新解釈、新演出をする人だが、『宿屋の富』ばりに湯島での富興行場面を挟むのは、私には良い工夫には思えなかった。志ん朝の大須での音源などでもそうなのだが、水屋が悪夢にうなされる場面を、もう少し印象づけることで、サゲが生きるように思う。悪夢を三晩見る演出だが、回数ではなく、その怖さが欲しい。これは好みの問題にもなるが、私はそう思うなぁ。

林家正楽 紙切り (12分)
 ご挨拶代りの「線香花火」に始まり「水屋の富」「権太楼」「風神雷神」と続いた。居残り会で話題になったが、その日のネタや噺家のお題、さていかがなものか・・・・・・。ご祝儀を渡した人はいなかったような気がする。これも好みの問題か^^

柳家権太楼『唐茄子屋政談』 (48分+三本締めで50分 *~21:24)
 叔父さんが主役、と言える構成。志ん生版がベースにあるような印象。 しかし、小さん、かもしれない。
 あえて、“くさい”演出なのだろう、徳が誓願寺店での出来事を叔父さんに話す場面などで、結構、徳が泣く。叔父さんは怖くもあるが、徳への思い遣りもある。なかなかいい男だ。
 唐茄子売りになるのを「みっともない」と嫌がる徳に、「唐茄子が口をきけたら、お前みたいなもんに売られるのが、みっともない、と言うぞ」のひと言、いいなぁ。
 吉原田圃で売り声の練習をしながら、花魁との楽しい日々を思い出す場面、花魁に催促されての唄は、志ん生のように「薄墨」ではなく、「鬢のほつれ」。「鬢のほつれは枕のとがよ それをお前にうたぐられ 勤めぢや苦界ぢやゆるしやんせ」を、アカベラで軽く聴かせたが、三下がりの三味線があっても良かったのではなかろうか。下座さんが申し出たが権太楼が断ったのかもしれない。
 途中から、居残り会のこともあり、やや長~く感じながらの一席だったが、数年前に体調を崩していたことを思うと、元気な権ちゃんの高座を確認できたことだけで、満足だ。


 終演後、湯島方面に少し歩いた場所にある「おばんざい」のお店へ。カウンターのみ七席に六名で貸切。
 落語のことを中心にいろんな話題で盛り上がり、ついつい純米酒のグラスが空になり、あれこれと違う銘柄をいただく。
 幹事役としては、想像よりは割り前が高くはなったが、皆さんも楽しまれたようなので許していただこう。 六人の頭文字を並べると「I MAY OK」となるので、ほぼOK!、,と考えることにしよう^^
 九時半始まりで十一時にお開きなのだから、電車の中で日付変更線越え。ちどり足でわが家に帰り、風呂に入って爆睡である。

 最近は、結構遅くまで飲んでも、早く起きてしまう。年か^^
 あらためて昨夜のこと。夏の風物詩になりつつある、鈴本夏祭りの千秋楽、主役のさん喬、権太楼のお二人には、本当にお疲れ様でした、と言いたい。お二人の本席のネタは次の通り。

        柳家さん喬      柳家権太楼
初日     ※お 直 し      疝 気 の 虫
二日       明   烏      ※井戸の茶碗
三日     ※船   徳       蛙 茶 番
四日       笠   碁     ※抜 け 雀
仲日     ※猫   定        短   命
六日      三 枚 起 請     ※一 人 酒 盛
七日     ※唐茄子屋政談     お化け長屋
八日      千 両 蜜 柑     ※鰍   沢
九日     ※百 年 目       代 書 屋
楽日      水 屋 の 富     ※唐茄子屋政談

 大変だよ、暑い中でのこの十日間は。 (※がトリ)

 楽日、個々の高座には小言がないではないが、全体として非常に結構だったと思う。また、久し振りの顔ぶれを含む大人数での居残り会も、頗る楽しかった。
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by kogotokoubei | 2014-08-21 06:30 | 落語会 | Comments(10)
関西の方への情報。
 MBSテレビ25日夜7時からの「水野真紀の魔法のレストランR」で、枝雀の行きつけの店が紹介されるらしい。
スポニチの該当記事

枝雀さんが愛した店 “上方落語の爆笑王”感動秘話が続々

 伝説の落語家・故桂枝雀さんが愛した料理や知られざる感動秘話が、25日放送のMBSテレビ「水野真紀の魔法のレストランR」(月曜後7・00)で明かされる。 

 今は亡き関西ゆかりの著名人が通った店を、思い出とともに紹介する同番組の人気企画「あの大スターが愛した味」の第4弾。1999年4月、59歳で世を去った“上方落語の爆笑王”の行きつけだった店を同門下の桂ざこば(66)、弟子の桂南光(62)、元同局アナウンサーの角淳一氏(69)らが訪れる。

 一日に2回通ったこともあるほどお気に入りだった大阪府吹田市内の寿司店「栄すし」。茶わん蒸しをおかわりする枝雀さんのために、特大茶わん蒸しが用意されるようになったというが、寿司は「トロとアジしか食べんかった」とざごばが振り返った。

 大阪・ミナミの法善寺横丁にある「洋酒の店 路」は、枝雀さんがプロポーズを決行した店。枝雀さんの決意を知っていた彼女は、お酒を飲んでいない状態でプロポーズしてくれたら受けると決めていたといい、シラフの枝雀さんの様子に、告白される前にOKしたという前代未聞のエピソードなどが披露される。

 亡くなる数日前にも行ったという大阪府豊中市内の「焼き肉たかみ」のハラミ、新梅田食道街の立ち飲み居酒屋「北京」の名物たまご料理「エッグ」など、枝雀さんこだわりのメニューも紹介。飲みながら語ったお笑い論や哲学など、天才の金言もよみがえる。 [ 2014年8月14日 09:27 ]



 角淳一と言えば、MBSラジオ「ヤングタウン(通称:ヤンタン)」ではないか。懐かしい。

 こういう時は、関西の方が羨ましい。しかし、録画してDVDを送る、などというお気遣いは結構ですよ。本当に。

 何かと情報の東京偏重が多い中、上方落語関係については、地元で情報が多いのは当り前なのです。

 ただし、MBSサイトの同番組の案内を見ると、必ずしも枝雀関連ばかりではないようだ。
MBSサイトの該当ページ

人気シリーズ「あの大スターが愛した味」の第4弾!今回は、上方落語の爆笑王、桂枝雀、ガッツ石松や井岡弘樹を育てた伝説のボクシングトレーナー、エディタウンゼント、そして「ポストダウンタウン」とも言われ、25歳でこの世を去った、ベイブルースの河本の愛した味。桂ざこば、桂南光、角淳一が、桂枝雀の思い出を辿り、あの田原総一朗が、エディタウンゼントの生涯に迫り、相方の高山や公私ともに姉貴でもあったシルクが、ベイブルース河本を振り返る。愛したグルメを通して、壮絶人生や感動秘話が今、よみがえる。


 一時間番組の中でどれ位が枝雀行きつけの店に割り振られるかは分からないが、ご興味のある方は、どうぞお楽しみのほどを。
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by kogotokoubei | 2014-08-19 12:22 | 上方落語 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛