噺の話

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<   2013年 12月 ( 21 )   > この月の画像一覧

一人一席にしたところで、あらためて候補を並べてみる。(*の印は寄席での高座)

(1)瀧川鯉昇『芝浜
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 1月12日

(2)春風亭小柳枝『時そば』
>新宿末広亭 2月中席 昼の部 2月11日

(3)古今亭寿輔『ラーメン屋』
>池袋演芸場 3月上席 昼の部 3月2日

(4)入船亭扇辰『さじ加減』
>通ごのみ 扇辰・白酒の会 日本橋社会教育会館 3月5日

(5)桂文我『菜刀息子』(『弱法師』
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 3月9日

(6)古今亭志ん輔『柳田格之進』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 4月11日

(7)五街道雲助『髪結新三』
>らくご街道 雲助五拾三次之内~吉例~ 日本橋劇場 5月14日

(8)橘家文左衛門『天災』
>橘家文左衛門・入船亭扇辰 二人会 日本橋社会教育会館 5月24日

(9)柳家喜多八『仏の遊び』
>柳家喜多八・柳家三三 二人会 中野ZERO小ホール 6月5日

(10)露の新治『大丸屋騒動』
>第26回 三田落語会 夜席 6月22日

(11)笑福亭三喬『まんじゅう怖い』
>JAL名人会 内幸町ホール 7月30日

(12)瀧川鯉昇『ちりとてちん』
>瀧川鯉昇・春風亭一之輔 弾けるふたり 新宿文化センター  8月29日

(13)古今亭文菊『甲府い』
>池袋演芸場 九月下席 昼の部 9月23日

(14)柳家小三治『付き馬』
>第300回 県民ホール寄席 9月25日

(15)桃月案白酒『首ったけ』
>通ごのみ扇辰・白酒 二人会 日本橋社会教育会館 10月18日

(16)三遊亭兼好『茶の湯』
>道楽亭出張寄席 扇辰・兼好二人会 深川江戸資料館 10月23日

(17)桂南喬『長短』
>新宿末広亭 10月下席 昼の部 10月26日

(18)春風亭一之輔『子は鎹』
>柳家喜多八・春風亭一之輔 二人会 箪笥区民ホール 10月28日

(19)柳家さん喬『天狗裁き』
>東雲寺寄席 さん喬・新治 二人会 11月4日

(20)柳家三三『小言幸兵衛』
>月例三三独演 イイノホール 11月15日

(21)入船亭扇遊『干物箱』
>落語睦会~鯨のゼントルマン~ 国立演芸場 12月17日


 さて、これをほぼ半分に絞る、楽しくも悩ましい頭脳労働(?)が始まる。

 まず、定席の寄席(*印)から四席が入ったのだが、この中から「寄席の逸品賞」と名付けた賞を、上期と下期で一席づつ選びたい。
 上期は小柳枝の『時そば』、下期は南喬の『長短』とする。

◇寄席の逸品賞・上期
春風亭小柳枝『時そば』
>新宿末広亭 2月中席 昼の部 2月11日
--->可楽が主任の席の仲トリで貫録を見せた高座だった。うどんのような蕎麦を食べる場面などでの不思議な(?)可愛さも印象に残る。芸協でのこの人の存在は大きい。文化庁芸術祭の大賞も、むべなるかな。「落語芸術協会」サイトの該当ニュース
この人、今後はもっと聴かなきゃなぁ。

◇寄席の逸品賞・下期
桂南喬『長短』
>新宿末広亭 10月下席 昼の部 10月26日
--->初めて昼夜居続けをした日の夜の部、円太郎が主任だった。仲トリは小満んで、その前に登場。この人が出て来ると、それだけで寄席が懐かしい空間に包まれる。語り口の良さで聴く者を江戸の世界に自然に招いてくれる。27日の『替り目』も結構でした。小里ん、小燕枝などと共に寄席に不可欠の噺家さん。

 どちらも当日の主任ではない。しかし、自分の高座についての責任は自分で持つ、という印象だった。こういう高座に出会うのが寄席の楽しみでもある。


 さて、これで十九席から選ぶことになる。

 よ~し、もう決めよう!

 感謝を込めて選んだマイベスト十席と感想を短めに書こう。(順番は時系列)


049.gif瀧川鯉昇『芝浜』
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 1月12日
三代目桂三木助版を下敷きにした本寸法の高座で、鯉昇の底力を見せつけた!

049.gif古今亭寿輔『ラーメン屋』
>池袋演芸場 3月上席 昼の部 3月2日
大師匠先代今輔の十八番を池袋で見事に演じた。見かけに騙されてはいけない実力者!

049.gif桂文我『菜刀息子』(『弱法師』)
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 3月9日
西の『火事息子』とでも言える噺で、天王寺での親子の対面場面では思わず目が潤んだ!

049.gif古今亭志ん輔『柳田格之進』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 4月11日
古今亭の十八番を自分のものとして演じきった高座に、志ん輔の芸の行く末が明るくなった!

049.gif五街道雲助『髪結新三
>らくご街道 雲助五拾三次之内~吉例~ 日本橋劇場 5月14日
芝居がかりの第一人者としての至芸に酔いしれた。もっと観客が入って欲しい好企画だ!

049.gif露の新治『大丸屋騒動』
>第26回 三田落語会 夜席 6月22日
上方に新治あり、を強く印象づけられた見事な高座。この人には目が離せない!

049.gif柳家小三治『付き馬
>第300回 県民ホール寄席 9月25日
伝統ある地域寄席の記念落語会において、満員の観客を圧倒した名人の高座!

049.gif桃月案白酒『首ったけ
>通ごのみ扇辰・白酒 二人会 日本橋社会教育会館 10月18日
古今亭の十八番を蘇らせた高座で、次代のリーダーとしての存在感を示した!

049.gif柳家さん喬『天狗裁き
>東雲寺寄席 さん喬・新治 二人会 11月4日
まったく途中をダレさせない芸で、この噺の楽しさを存分に引き出した!

049.gif柳家三三『小言幸兵衛』
>月例三三独演 イイノホール 11月15日
本寸法の高座で、次代を担う噺家であることを見事に証明した!

 今年も何とかマイベスト十席を選んで年を越せそうだ。

 あえてMVPのような賞は設けない。あくまで自分で聴いた見事な高座への感謝を込めた賞と考えたいが、候補に四席が上がった五街道雲助と春風亭一之輔の二人は特筆すべきだろう。
 雲助の充実ぶりは目を見張る。いたちやさんの主催する五拾三次やオフィスエムズさんによる浅草見番の会、石井徹也氏の企画する会などでにおいて、水準の高い高座を、引き続き来年もぜひ期待したい。芝居がかりは、他を圧倒している。
 一之輔は、昨年春に真打昇進したばかり、ということを忘れさせるような存在感を示した。すでに中堅どころの噺家さんとして落語ファンや寄席の席亭、多くの主催者から認められ期待されており、その期待に十分に応えている。

 次に三席が候補に残った、古今亭志ん輔と露の新治。
 志ん輔は、本人の日記風ブログでも時折書かれているが、師匠の十三回忌を過ぎて、重くのしかかっていた肩の荷が下りた、そんな印象。邪心を捨て、あくまで志ん輔の落語を目指そうという意気込みを感じるし、着実に自分の世界を作っているように思う。来年もぜひ彼の落語を味わいたい。
 そして、露の新治である。大げさを承知で言うと、上方落語をあまり好んでいなかった多くの東京の落語愛好家の方の目を大きく開いてくれた噺家さんだと思う。来年は、まず二月に内幸町ホールで独演会がある。私が原則として行かない土曜の夜の席でも、彼の場合は例外として行きたくなる。

 今年もたくさんの一期一会を味わうことができた。それは高座はもちろんだが、ブログを通じて知り合った落語愛好家の皆さんとの楽しいひとときも含めてである。

 そして、拙ブログにお立寄りいただいている皆さんとのネットでの出会いも、貴重な一期一会なのだと思う。

 お立ち寄りいただき誠にありがとうございます。皆さん、良いお年を!
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by kogotokoubei | 2013-12-29 00:05 | 落語会 | Comments(8)
マイベスト十席の選出の前に、今年行った落語会と高座の席数について振り返る。

一月   5回 20席
二月   5回 28席
三月   5回 27席
四月   5回 31席
五月   6回 34席
六月   4回 24席
七月   5回 38席
八月   4回 23席
九月   4回 24席
十月   6回 46席
十一月 4回 14席
十二月 5回 28席

年間での回数と高座数は次のようになった。

 □落語会と寄席に行った回数:58回 
 □聴いた落語の高座数:上半期164+下半期173=337席

 昨年より10回、回数が増えた。その中に、寄席が十六回含まれている。昨年の八回から倍増。だから、高座の数も多い。回数も高座数も過去最多。それにしても、よく行ったものだ。

 さぁ、この337席から絞った候補の中より、今年のマイベスト十席を選ぶのである。

 マイベスト十席候補とした高座を並べてみる。

2013年 <今年のマイベスト十席候補>

(1)五街道雲助『二番煎じ』
>五街道雲助独演会 横浜にぎわい座 1月9日

(2)瀧川鯉昇『芝浜』
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 1月12日

(3)春風亭一之輔『明烏』
>月例 三三独演 新春公演 イイノホール 1月18日

(4)春風亭小柳枝『時そば』
>新宿末広亭 2月中席 昼の部 2月11日

(5)古今亭寿輔『ラーメン屋』
>池袋演芸場 3月上席 昼の部 3月2日

(6)入船亭扇辰『さじ加減』
>通ごのみ 扇辰・白酒の会 日本橋社会教育会館 3月5日

(7)桂文我『菜刀息子』(『弱法師』)
>ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 3月9日

(8)五街道雲助『山崎屋』
>雲助蔵出し 浅草見番 3月30日

(9)古今亭志ん輔『柳田格之進』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 4月11日

(10)春風亭一之輔『大山まいり』
>ハマのすけえん 横浜にぎわい座のげシャーレ 4月30日

(11)五街道雲助『髪結新三』
>らくご街道 雲助五拾三次之内~吉例~ 日本橋劇場 5月14日

(12)橘家文左衛門『天災』
(13)入船亭扇辰『団子坂奇談』
>橘家文左衛門・入船亭扇辰 二人会 日本橋社会教育会館 5月24日

(14)柳家喜多八『寝床』
(15)柳家喜多八『仏の遊び』
>柳家喜多八・柳家三三 二人会 中野ZERO小ホール 6月5日

(16)露の新治『狼講釈』
(17)露の新治『大丸屋騒動』
(18)柳家さん喬『包丁』
>第26回 三田落語会 夜席 6月22日

(19)五街道雲助『もう半分』
>新文芸坐落語会 落語の王道三つ巴プラスワン 7月16日

(20)笑福亭三喬『まんじゅう怖い』
>JAL名人会 内幸町ホール 7月30日

(21)瀧川鯉昇『ちりとてちん』
(22)春風亭一之輔『粗忽の釘』
>瀧川鯉昇・春風亭一之輔 弾けるふたり 新宿文化センター  8月29日

(23)露の新治『立ち切れ線香』
>まいどおおきに露の新治です 内幸町ホール 9月9日

(24)古今亭文菊『甲府い』
>池袋演芸場 九月下席 昼の部 9月23日

(25)柳家小三治『道灌』
(26)柳家小三治『付き馬』
>第300回 県民ホール寄席 9月25日

(27)古今亭志ん輔『紙入れ』
>第50回 人形町らくだ亭 10月2日

(28)桃月案白酒『首ったけ』
>通ごのみ扇辰・白酒 二人会 日本橋社会教育会館 10月18日

(29)三遊亭兼好『茶の湯』
>道楽亭出張寄席 扇辰・兼好二人会 深川江戸資料館 10月23日

(30)桂南喬『長短』
>新宿末広亭 10月下席 昼の部 10月26日

(31)春風亭一之輔『子は鎹』
>柳家喜多八・春風亭一之輔 二人会 箪笥区民ホール 10月28日

(32)柳家さん喬『天狗裁き』
>東雲寺寄席 さん喬・新治 二人会 11月4日

(33)柳家三三『小言幸兵衛』
>月例三三独演 イイノホール 11月15日

(34)古今亭志ん輔『掛取萬歳』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 12月3日

(35)入船亭扇遊『干物箱』
>落語睦会~鯨のゼントルマン~ 国立演芸場 12月17日


 35席が並んだ。ちなみに、昨年が34席。

 次に、自分で決めたルールに基づき、同じ噺家さんで複数選ばれている場合、一席に絞る。

五街道雲助
(1)『二番煎じ』
>五街道雲助独演会 横浜にぎわい座 1月9日
(2)『山崎屋』
>雲助蔵出し 浅草見番 3月30日
(3)『髪結新三』
>らくご街道 雲助五拾三次之内~吉例~ 日本橋劇場 5月14日
(4)『もう半分』
>新文芸坐落語会 落語の王道三つ巴プラスワン 7月16日
四席のどれもが印象深いが、凝った演出と芝居がかりの見事な芸で、『髪結新三』を選ぶ。

春風亭一之輔
(1)『明烏』
>月例 三三独演 新春公演 イイノホール 1月18日
(2)『大山まいり』
>ハマのすけえん 横浜にぎわい座のげシャーレ 4月30日
(3)『粗忽の釘』
>瀧川鯉昇・春風亭一之輔 弾けるふたり 新宿文化センター  8月29日
(4)『子は鎹』
>柳家喜多八・春風亭一之輔 二人会 箪笥区民ホール 10月28日
この人も四席が入った。
これは悩ましい・・・・・・。
僅差で『子は鎹』を選ぼう。三三もそうだが、先輩との二人会で光る人だ。

入船亭扇辰
(1)『さじ加減』
>通ごのみ 扇辰・白酒の会 日本橋社会教育会館 3月5日
(2)『団子坂奇談』
>橘家文左衛門・入船亭扇辰 二人会 日本橋社会教育会館 5月24日
どちらも、珍しい噺。白酒を前に貫録を見せた『さじ加減』を選ぶ。

古今亭志ん輔
(1)『柳田格之進』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 4月11日
(2)『紙入れ』
>第50回 人形町らくだ亭 10月2日
(3)『掛取萬歳』
>志ん輔三昧 横浜にぎわい座 12月3日
三席の中では、文句なく『柳田格之進』である。

柳家喜多八
(1)『寝床』
(2)『仏の遊び』
>柳家喜多八・柳家三三 二人会 中野ZERO小ホール 6月5日
珍しい噺を楽しく演じてくれた『仏の遊び』にしよう。

露の新治
(1)『狼講釈』
(2)『大丸屋騒動』
>第26回 三田落語会 夜席 6月22日
(3)『立ち切れ線香』
>まいどおおきに露の新治です 内幸町ホール 9月9日
やはり『大丸屋騒動』だなぁ。

柳家さん喬
(1)『包丁』
>第26回 三田落語会 夜席 6月22日
(2)『天狗裁き』
>東雲寺寄席 さん喬・新治 二人会 11月4日
さん喬はどちらも露の新治との二人会での高座。『天狗裁き』を選ぶ。

柳家小三治
(1)『道灌』
(2)『付き馬』
>第300回 県民ホール寄席 9月25日
メモリアル落語会の二席からは、やはり『付き馬』になるなぁ。

 これで、複数の高座が候補になった噺家さんも各一席に絞ることができた。(ふぅ~っ、と溜息)
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by kogotokoubei | 2013-12-28 14:53 | 落語会 | Comments(2)
三年続けて落語納めを末広亭の今松で迎えることができた。

 六時少し前に入った時は、東京ガールズの途中。一服してから下手の桟敷へ。

 演者とネタと所要時間、そして感想を記す。良かった高座にをつける。

三遊亭窓輝『権兵衛狸』 (14分 *18:00~)
 狸がどうやって権兵衛さんの家の戸を叩くのかは、先代小さんと懇意にしていた狸に聞いた、というクスグリにのみ「クスッ」としたが、他は笑いようがない内容。この人の高座の出来は波があるなぁ。まだ父のDNAを感じるような高座には出会っていない。

桂藤兵衛『色事根問』 (16分)
 昨年は『商売根問』だった。この人の名跡そのものが上方に起源があるから、上方の噺が元来好きなのだろう。まだまだ東京に移植されていない上方の名作はある。ぜひ積極的に上方ものをかけて欲しいと思う。
 さて、この噺。ある男が別な男に、どうすれば女にもてるかを尋ねての掛け合いが中心。次の十のうち一つでもあれば女性にもてる、らしい。
 ①見え(見た目の良さ)②男(前)③金④芸⑤精(精を出して働く姿に女は惚れる)⑥オボコ(世慣れていないと年増が惚れる)⑦科白(喧嘩の仲裁の科白、など)⑧力⑨肝(度胸)⑩評判
 芸のところで「宇治の蛍踊り」に会場が沸く。果たして私には・・・この中のどれもないなぁ。もてないはずだ。

あした順子 漫談 (14分)
 途中で前座の三遊亭わん丈を呼び出して“ひろし”役にした。「龍馬音頭」(?)での踊りも披露。元気に相方の復帰を待つ姿に、ぜひとも、あの順子・ひろしの漫才をまた見たいと思い、少しジーンときた。

柳家喬之助『宮戸川』 (15分)
 本編は悪くなかったが、マクラが少し冗長でややリズミも悪かった。現代風のサゲはまぁまぁ笑えたが、高座はマクラとネタの全体のバランスが大事。もっとネタ自体で勝負して欲しい。随分良くなったので、妙にウケを狙わないで欲しいものだ。

柳家小満ん『馬のす』 (12分)
 仲入り前はこの人。このネタを聴けたのは幸運だった。
 マクラも実に結構で、マンホールに釣り糸をたらしている男に通りがかった人が「何が釣れるんですか?」と聞くと、「あなたで三人目です」という本編につながる楽しい小咄。銀座の床屋での話にも笑えた。
 最初の師匠文楽が、三代目三遊亭円馬に二十八日間通って稽古してもらったが「やればやるほど難しくなる」と語っている。こういう噺がしっかり継承されているのがうれしい。枝豆を食べる場面は時間の関係で短かったように思うが、この日一番の高座だった。

三遊亭歌奴『佐野山』 (14分)
 講談では『谷風の情け相撲』。マクラで円歌に入門志願した時のことを語っていたが、ちょっと書けない内容もあったなぁ。笑えたけど。本編での大相撲の場内アナウンスが楽しかった。久し振りに聴いたが、やはりこの人はいい。

浮世亭とんぼ・横山まさみ 漫才 (15分)
 とちった部分で笑いが起こったが、私はこのリズムの悪い芸、感心しない。

吉原朝馬『鮑のし』 (16分)
 一門の十八番。この人の持ち味は飄々とした軽さにあると思うが、それがプラスにもなればマイナスの要素ともなる。この日の高座は、ややマイナスにつながった気がする。途中で「うけてないよ」という言葉など挟んではいけないなぁ。

桂南喬『替り目』 (11分)
 寄席に不可欠な人だ。このネタも何度か聴いているが、その度に楽しませてくれる。マクラで「下戸の人は、一生シラフなんですよ。そういう人とは付き合いたくないですねぇ」には同感なのだが、呑みたくても体質で呑めない人もいるからなぁ・・・・・・。しかし、呑める人と楽しい時間を過ごすことは、やはり私もすきなのだよ。
 時間調整のためだろう、おでんのネタによるクスグリは割愛したが、こんな短時間でも十分に客席を沸かせた。

アサダ二世 奇術 (10分)
 珍しく、と言うと失礼だが鮮やかな手さばきだった。トランプの芸で手伝ったお客さんのトボケぶりでも笑った。

むかし家今松『富久』 (37分 *~21:12)
 二年前が『風の神送り』、昨年が『品川心中~通し~』だった。今松ファンで初日から皆勤で記録をつけられているブログ「毎日が落語日和」を拝見していたので、「今年も『風~』かな」などと思っていたら、なんとこのネタ。
 この噺にはいくつか過去の名人たちの型、というか設定の違いがある。
 (ご興味のある方はこちらをご参照のほどを2008年12月25日のブログ) 
 今松の場合は、久蔵の長屋は浅草三間町、旦那のお店は芝の久保町、富札が鶴の千五百番までは、旦那の住まいが日本橋石町であった師匠馬生の設定ではなかったものの、基本は古今亭の型だった。しかし、富興行の場所は志ん生親子の椙森(スギノモリ)神社ではなく、可楽や小さんの湯島天神にしていた。
 また、久蔵が旦那のお店に駆けつけて箪笥などを運ぼうとする件、志ん生のように風呂敷を柱にひっかける、という『粗忽の釘』(上方の『宿替え』)のような演出にせず、文楽のように久蔵に力がない、ということで演じていた。
 このへんは、他のネタとツクのを避けたのか、今松の久蔵という人物像としての結果なのかは分からない。
 大師匠は、久蔵の願掛けの場面での調子の良さや、自分がどうやって火事を撤退させたかという法螺話など、とにかく天才的なくすぐりで笑わせながら、ノー天気で尻の軽い幇間、非常にいい加減な男として久蔵を描いている。
 文楽は、久蔵が火事見舞いの来客を受け付ける場面のリズムの良さ、酒の肴に「なんごのワタ抜きめざし」といった逸品(?)を登場させる工夫、久蔵が安倍川町の自分の住む長屋へ息せき切って駆けつける場面などで客席を沸かせる。
 しかし、あくまで今松なのである。感情の起伏を表現したのは、サゲ前に久蔵が富札を火事で焼いたと思い込みうなだれる場面と、鳶の頭(かしら)から大神宮様を預かっていると聞いてからの頭とのやりとり位で、後は、なんとも淡々とした展開。しかし、これが、この人の持ち味なのである。


 終演後は、忘年居残り会だ。YさんとYさんのお友達のMさん、そして今年ブログを通してお会いすることができたOさんと曙橋の蕎麦屋さんへ。
 新鮮な鳥の鍋も結構だったし、他の料理も旨かったが、何より落語や音楽などの趣味の話題が最高の肴。飲み放題で調子に乗って、熱燗徳利が何本空いたのだろうか。名残惜しくお開きとなり、渋谷で乗り換えた時点で日付変更線は超えていた。一夜明けて、ようやくブログを書き終えた次第。

 さて。これから昼食をとって気合いを入れ直して、今年のマイベスト十席の選定である。
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by kogotokoubei | 2013-12-28 08:14 | 落語会 | Comments(8)
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(写真は落語芸術協会サイトより拝借)

 春風亭小柳枝が、11月の三越落語会における『二番煎じ』によって、平成25年度文化庁芸術祭大衆芸能部門の大賞を受賞した。
「落語芸術協会」サイトの該当ページ

 昨日の文化庁による発表資料に、受賞理由が次のように書かれている。文化庁の受賞者発表資料(PDF)

演者が第576回「三越落語会」において口演した「二番煎じ」は、正攻法で奇をてらわない語り口の中にごく自然に冬の夜の情景、また登場人物を浮かび上がらせ、落語本来の味わいを堪能させた。いかにも落語らしい落語となったこの一席は、演者の蓄えてきた実力が遺憾なく発揮されたもので、同落語会の高い水準の中でも特に大賞にふさわしい出来栄えであったといえる。



 「まだ受賞していなかったの!?」という驚きも若干あったが、素直にこの受賞を祝いたい。

 今年は二月の末広亭で結構な『時そば』を聴かせてもらった。『二番煎じ』も、食べる場面が重要な噺と言える。同じ芸協において、鯉昇が食べる場面の演出で爆笑を誘い、小柳枝は「う~ん」と唸らせる、そんな印象。

 評価の高い『青菜』は未見なので、来年は巡り合いたいものだ。

 昭和11年生まれは故談志家元と同じ。芸協には、米丸や笑三など大正生れでまだ現役で高座に上がる先輩もいる。四代目柳好門下の重鎮には、今回の受賞を機にますます活躍していだきたい。まさに、“円熟”という言葉が相応しい噺家さんである。
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by kogotokoubei | 2013-12-26 06:34 | 落語芸術協会 | Comments(2)
スノーデンが、久し振りにメディアにメッセージを発信し始めた。まず、ワシントン・ポストに語った内容。
「朝日新聞」サイトの該当記事

「任務は完遂、私は勝った」 スノーデン氏、米紙に語る
2013年12月25日11時43分

【ワシントン=奥寺淳】任務は完遂した。私は勝った——。米政府の情報収集活動を暴露した米中央情報局(CIA)のスノーデン元職員が、米ワシントン・ポスト紙のインタビューに応じ、こう語った。誰かが秘密を暴露しなければならなかったとも述べ、自らの正当性を主張した。

 同紙(電子版)が23日夜に報じた。スノーデン元職員は現在、一時的な亡命でロシアに身を寄せている。同紙との約束の時間に1人で現れ、インタビューは計14時間に及んだ。食事をとりながら、リラックスした雰囲気で進んだという。

 スノーデン氏は個人的な満足と断りつつ、「私が試みてきたすべてが正しいと証明された」。CIAの職員として働いていた当時、大量の危険な監視活動がチェックされず、機密の名の下に公の場で議論することが妨げられてきたと指摘。「誰かがジャーナリストと秘密に接触し、十分な証拠を提供しなければならなかった」と振り返った。


 14時間のインタビュー内容は、もっといろんなメッセージを含んでいると思うが、英テレビのインタビューに応じた内容が、現地25日に放送されるらしい。
「時事ドットコム」サイトの該当記事

オーウェルの「監視社会」警告=スノーデン容疑者初のTV登場−英

 米国家安全保障局(NSA)の電話・インターネット情報監視の実態を暴露した中央情報局(CIA)のスノーデン元職員が英テレビ・チャンネル4のインタビューに応じた。同テレビは25日に「もう一つのクリスマス・メッセージ」として放映する。
 スノーデン元職員がテレビ・インタビューに応じたのはロシア亡命後初めて。事前に公表された抜粋によれば、元職員は英作家ジョージ・オーウェルが近未来小説「一九八四年」で描いたような監視社会の到来を警告。「現代社会に生まれた子どもたちはプライバシーという言葉が何を意味するか分からないようになる」と指摘した。
 その上で、情報監視について「われわれは国家に大量監視をやめさせ、国民の考えを知りたければ、スパイ行為ではなく、単に国民に尋ねればいいということを政府に分からせる必要がある」と述べた。(2013/12/25-12:38)


 スノーデンの「現代社会に生まれた子どもたちはプライバシーという言葉が何を意味するか分からないようになる」という指摘は、決して大げさではない。

 そして、それはアメリカだけのことではなくなっている。

 スノーデンはジョージ・オーウェルの『1984』を引き合いにしたようだが、私もこの件について6月に取り上げた時に、次のように書いた。
2013年6月18日のブログ

 「倫理」「モラル」「民主主義」といったキーワードによる壁をネットにおいても築かなければ、ジョージ・オーウェルが『1984』に描いた全体主義化、監視社会化を助長することは間違いないだろう。ビッグ・ブラザーのような政府は必要ない。
 為政者がネットでの監視や検閲を強化することで、過去の歴史さえ塗り替えることもあり得る。まさに安倍右傾化政府が進めようとしている“国家の司令塔機能強化”は、そういった全体主義化、監視社会化の匂いがプンプンする。
 「フェィスブックと同じで、別にいいじゃん」とか、「しょうがないじゃん」と言う若者が増えることを、実は政府は望んでいるのだろう。

 安倍軍国化政権は、まさに政府が“ビッグ・ブラザー”になることを目指している。

 特定機密保護法案、日本版NSA、PKOでの武器輸出正当化、など、なぜ今の段階で“国家”“国家”と叫ばなければならないのか。

 先日書いたように、夏目漱石が『私の個人主義』で指摘する愚行を、安倍政権はどんどん犯し続けている。
2013年12月16日のブログ

青空文庫 夏目漱石『私の個人主義』

 いったい国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂いが少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなってしかるべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すよりほかに仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。したがっていつどんな事が起ってくるかも知れない。そういう意味から見て吾々は国家の事を考えていなければならんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、——考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛し個人の活動を切りつめても、国家のために尽すようになるのは天然自然と云っていいくらいなものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。この点についても、もっと詳しく申し上げたいのですけれども時間がないからこのくらいにして切り上げておきます。ただもう一つご注意までに申し上げておきたいのは、国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義にやはり重きをおく方が、私にはどうしても当然のように思われます。その辺は時間がないから今日はそれより以上申上げる訳に参りません。


 ジョージ・オーウェルが危惧した世界は、予想から三十年後に訪れるかもしれない危険性が出てきた。

 しかし、オーウェルのSFの世界は、文字通りフィクションであり続けさせなければならないし、プライバシーという言葉を死語にさせてはならないだろう。

 安倍政権は、彼等の内部をトコトン防御し、国民の生活をガラス張りにしようとしている。住みよい社会とは、まったくその逆のはずだ。
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by kogotokoubei | 2013-12-25 19:46 | 責任者出て来い! | Comments(0)
かつて一流の落語家は“お座敷”が重要な収入源だった。特定の噺家を贔屓にする、いわゆる“旦那”からお座敷にお呼びがかかれば、その稼ぎ(祝儀)は寄席の割り(その日の給金)の比ではなかっただろう。

 そんな旦那として、八代目桂文楽にとっての「ひいさん」こと樋口由恵氏が有名だが、その「ひいさん」の出身地で、弟子の柳家小満んが、「ひいさん」をモデルとした旦那が登場する噺『つるつる』を披露したらしい。
「山梨日日新聞」サイトの該当記事

2013年12月24日(火)
増穂出身の「ひいさん」ゆかりの落語で里帰り

 増穂町(現富士川町)出身の商人・樋口由恵さん(1895~1974年)ゆかりの噺はなしを披露する落語会が23日、地元のますほ文化ホールで開かれた。交流の深かった、昭和の名人と言われた落語家8代目桂文楽の十八番「つるつる」に、「ひいさん」として登場する樋口さん。文楽の愛弟子・柳家小満んさんが、情感たっぷりに披露した。

 「つるつる」では、お旦だん(スポンサー)と幇間ほうかん(たいこ持ち)のユーモアと人情味あふれるやり取りが描かれる。文楽は実際のスポンサーだった樋口さんを、お旦のひいさんとして演じていた。

 小満んさんは、熟達した話芸で「ひいさん」のきっぷの良さなどを表現。料亭で文楽らをもてなす際に、芸人が来るまで待っていたという人柄もうかがわせた。たいこ持ちが縄をつかんでつるつると下りる場面などで、会場から笑い声が沸き起こった。

 樋口さんの孫で川崎陸送(本社東京)社長の樋口恵一さん(55)も来場し、「祖父の性格が伝わってくる古典落語を、縁の深い増穂で聞くことができ貴重なひとときだった」と感想を話していた。〈沢登雄太〉



 非常に良い話だなぁ、と思う。お孫さんのお爺さんを偲ぶ気持ちが暖かく伝わる。

 ちなみに、この会は小満んと喬太郎の二人会だったようだ。落語会の開催前にも同新聞で案内があり、その記事には「ひいさん」こと樋口由恵氏と文楽、志ん生、円生という三人の名人が並んだ次の写真も掲載されている。
「山梨日日新聞」サイトの該当記事

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樋口由恵さん(右から2人目)と交流のあった6代目三遊亭円生(左)、
8代目桂文楽(同2人目)、5代目古今亭志ん生(右)=1966年


 さて、相撲とりにとってのタニマチ、芸能人にとってのお旦は、英語で言うならパトロンということになるのだろう。パトロンと言うと、特定の女性への男性の支援者という意味の方が一般的かもしれないが、本来は芸術・芸能を支援する資産家や企業家ことだ。
 
 メディチ家の存在なしにルネサンスは語れないだろうし、カーネギーホールの鉄鋼王カーネギーも大いなるパトロンである。
 より庶民に近い位置にいるパトロンが、芸能人にとってのお旦だと思うが、お旦といえども、それ相応の財産が必要である。

 「ひいさん」との出会いのことは、文楽の話を正岡容が聞き書きした『あばらかべっそん』に、次のように紹介されている。

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「筑摩書房」サイトの該当ページ
*画像はちくま文庫(1992年4月初版)だが、在庫がないようだ。
私は古書店で買った朝日ソノラマ版で読んだ。ちくま文庫で廃版なら河出文庫あたりで再刊を期待したいものだ。


実在する「つるつる」の旦那
 
 私を大へんひいきにして下すったお方のひとりに樋口由恵(よしえ)さんとおっしゃるお方がございます。「東京新聞」の須田栄先生をやせさせたような感じの方です。
 お家は甲府で、お父さんは樋口半六という県会議員もなすった方で、御本業は運送屋さんで、お邸の中にレールまでしいてあるという、すばらしい御商売振りなんです。
 丁ど、大地震のすぐあとでしたネ、各派が一しょになって焼けのこった山の手の席をうっているころのことでした。
 私は芝の席がトリでしたが、四谷の喜よしへ向嶋の待合から電話がかかって来ましてネ、
「ぜひ来て下さいよ。来て下さらないと。そのお客さまが大へんなんです」
 と、こうなんです。
 ところが生憎(あいにく)そのときはカケモチが何軒もあるので、
「折角ですが今晩は伺えません」
 そういって断わると、一、二日してまた電話が、今度は幇間(たいこもち)からかかって来て、
「師匠助けるとおもって来て下さいな。でないと我々が困るんです」
 と、こういうんです。
「じゃあ伺いましょう。けど、あと三軒歩きますから十一時過ぎになりますが・・・・・・」
「それでもいいから、とにかく一ぺん来て下さい」
 それから席を二、三すませていったから、もう十二時ちかくでしょう。
 そのじぶんですから或いは十二時過ぎていたかもしれませんが、
「今晩は・・・・・・」
 と入ってゆくと、その待合じゅうがシーンとしているんです。
 女将(おかみ)もでて来なけりゃ、第一、階下(した)でシャダレ(芸者)がふてくされて、二、三人ねそべっている。
 ところへさっき電話をかけて来た幇間がでて来て、
「よく来てました。ヒーさんてえお客さまなんですがネ、この間の晩、師匠がおいで頂けなかったでしょう。そうしたら、ヤイてめえンとこじゃ文楽はよべねえのかって、芸者が引叩(ひっぱた)かれる、つねられる、だもンで今夜もみんなイヤがってアアやって寄付かないんですよ」
 いわれて私もいささかコワクなりましたが、ソーッと二階へ上がっていって障子の穴から透き見をしてみると、成程、皿小鉢がこわれて、そのお客さまはうなだれて、
「ウーム・・・・・・ウーム」
 とうなっています。
「今晩は・・・・・・」
 そこで私が低くこういいながら入っていったら、とたんに一と目みて、
「ヨーッ来たな」
 そのマー喜びようたらないんです。
 「オイオイ師匠がみえたじゃないか。何をしているんだ。早くそこらを片付けろ片付けろ」
 って、急いで女中たちに皿小鉢を片付けさせて、ガラッと一ぺんに世界が変わったように明るくなってしまったんです。
「オイ文楽さん、私は前から君のファン(というコトバはまだなかったでしょうが)なんだよ」
 といった塩梅(あんばい)で御祝儀を下すって、その晩は泊ってゆけとおっしゃるんですが、私ははじめてのお客の前で不見転(みずてん)を買うのはいやだから御辞退したんだが、先方さんはすぐ妓(おんな)をよんで下すっていて、
「じゃこの妓じゃ師匠の気に入らないんだろう。面食(めんく)いだネこの人は・・・・・・」
 てんで、次々とかえては三人もよんで、
 とうとう女将が私を次の間によんで、
「師匠が泊って下さらないと、またヒーさんがお怒りになりますから」
 てんで、それから私も心得てすぐひけ(寝る)てえことにしましたら、
「ハハーあの妓はきに入ったんだな」
 てんで、大へんなごきげんでかえっていった。連中みんなはじめてホッとしたそうで、何しろ大へんな荒れようだったんだから、そりゃマーそうでしょうよ。

 

 “不見転”なんて、死語だねぇ。こういった内容が、この本の再刊を妨げているのかどうかは、知らない・・・・・・。

 いずれにしても、これが文楽と“ひいさん”の初対面であるらしい。この後、文楽はひいさんに大いに贔屓にされ、花柳界の表と裏を実地に学ぶことができたわけだ。ご祝儀も重要だったろうが、この体験は貴重だったろう。
 『つるつる』の登場人物には、旦那としてのひいさんはもちろん、文楽がひいさんを通じて味わうことのできた様々な体験に基づく“無形の財産”が反映されている。

 こんなお旦と芸人の関係って、今ではありそうにない。

 思うに、今の世に“ひいさん”のようなお旦が少ないのは、必ずしも財政的なことだけではないのだろう。

 芸者遊びがすたれたこともあるが、それよりも“了見”の問題ではなかろうか。現代の資産家は、果たして噺家やお相撲さんに、自分の余剰金を費やすような“了見”を持っているだろうか・・・・・・。


 そんなことを考えると、今日の“お旦”は、もしかすると、細かく分割されて落語ファン一人一人が担っているのかもしれない・・・などと自分勝手な思いに浸るのであった。

 それにしても、“ひいさん”の地元での落語会はきっと楽しかっただろう。それは、お孫さんの祖父への思いを乗せた“最後のお旦”への鎮魂歌だったのではなかろうか。お旦は遠くなりにけり、である。
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by kogotokoubei | 2013-12-24 19:35 | 落語家の支援者 | Comments(2)
「日刊ゲンダイ」サイトの該当記事

ふざけるな! 安倍政権 「復興予算」を「原発輸出」に流用
2013年12月21日 掲載

 「ゼロとはいかない」。安倍首相が20日のTBS番組で、小泉元首相が訴える「原発即ゼロ」に改めて反論した。
 安倍は「安くて安定的な電力を供給しなければ……」とシタリ顔で話していたが、もはや原発の発電コストが他のエネルギーと比べて「安い」と騙(だま)されている国民は皆無に近いだろう。福島原発を見ても、一度事故が起きれば廃炉や除染、住民避難……で莫大なカネがかかる。

 原発再稼働に突き進む安倍政権は24日に決定する来年度予算案で、総額3兆円の「復興特別会計」を計上する見通し。復興予算といえば、被災地復興と全く関係のない事業にカネがバンバン使われていたことが判明している。なんと、「原発輸出」にまで流用していたことが分かった。

「ベトナムと原子力協定を締結した日本側は09~11年度にかけて、ベトナム現地の調査費用として約25億円を日本原電に支出しています。驚くことに、この中で5億円が復興予算から支出されていたのです。ベトナムに原発をつくることがなぜ、被災地の復興になるのか全く分からないし、よりによって原発輸出のために使うなんて、被災者をバカにしているとしか思えません。国側は『原発の輸出で被災地の原発機器メーカーが潤う』と説明していたが、あまりにデタラメ過ぎますよ」(経済ジャーナリスト)

 政府が年内にもまとめる中長期的なエネルギー政策では、原発が「重要なベース電源」に位置づけられるという。大半の国民が原発に反対しているにもかかわらず、押し切るつもりだ。復興予算がまた原発関連事業に流用されるのも時間の問題だ。



 ベトナムに原発を輸出するための現地調査費用に復興予算が使われたのは、民主党政権時代だったかもしれない。しかし、原発を推進してきたのが自民党だったのは明白である。民主党政権時代でも、原子力ムラは継続して原発の維持を画策してきた。
 そして、安倍政権は、数の暴力で、やや窮屈になりを潜めていた原子力ムラを生き返らそうとしている。

 復興予算が「核融合炉」研究に使われていたことについては、昨年書いた。
2012年10月19日のブログ

 今年も、「節電メーター」への補助金など、被災地支援とはまったく無関係な用途に復興予算が流用されていることを紹介した。
2013年9月15日のブログ

 霞が関に数多くの原子力ムラ構成員や支持者がいるからこその、こういった復興予算のデタラメな運用があるのだろう。

 安倍政権が数の暴力をふるって、ますます原子力ムラの悪事が行なわれようとしている。納税者として、そんなデタラメな政権には早々に退陣してもらいたい。
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by kogotokoubei | 2013-12-23 18:46 | 責任者出て来い! | Comments(2)
先日の落語睦会で瀧川鯉昇が演じた『持参金』は、私も昨年、友人達との旅行の宴会で披露したネタでもある。ニフティポッドキャストの菊志ん(当時は菊朗)の音源を元に演じたが、意外に受けた。

 鯉昇は、甚兵衛さんが不精男に嫁を世話をする話をしたその日の夕方に嫁を連れて来る、という上方の型で演じていたが、東京の型では女は登場しない。
 
 このネタについて今日少し調べてみて、発見したことがある。

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『落語の鑑賞201』延広真治編(新書館)

 『落語の鑑賞201』は2002年9月5日の初版発行。延広真治の編集だが、二村文人と中込重明の著である。

 このネタの該当ページから引用。

持参金=逆さの葬礼、金は天下のまわり物、捨米

(【梗概】を省略)

【鑑賞】上方落語『逆さの葬礼』の一部。現立川談志が桂米朝から教わって東京に移したが、長く上方にいた四代目三遊亭円馬も演じた。米朝は大阪の古老桂南天に習ったという。
 (中 略)
 『逆さの葬礼』では、この後、産気づいた女が子供を産むが、その直後に亡くなる。寺に持って行くとき、棺桶に逆さまに入れたので、寺で葬式を断られてしまう。訳を聞くと、この仏には首がない。
 ここまでが『逆さの葬礼』で、さらに、産まれた子供が奇妙なので捨てると、それを見つけた連中が「子めが捨ててある」「米なら拾おう」「いや、赤子めだ」「赤米でもいい」「いや、人だ」「四斗なら、二斗ずつ分けよう」というのがサゲ。これが『捨米』という咄。このように、後半はかなり不道徳で、またさほど優れた笑いになっているとも思えない。しかも『捨米』のサゲは、書いたものならともかく、聞くには無理がある。演じられなくなるのもうなずける。
 この落語は現在でも頻繁に演じられ、それも比較的笑いをとりやすいようだが、実は、人間は追いつめられると、何にも増して金を優先させてしまうという現実を目の前に突きつけている怖い咄なのである。



 東京に移したのが談志だったことも意外だったが、とにかく上方の元ネタを知って驚いた。

 たしかに、『逆さの葬礼』や『捨米』の内容では今日演じにくいだろう。

 私が一杯呑んで友人達を結構笑わせていい気になっていたが、この噺の奥が深~いことを知った。

 東京版では、甚兵衛さんが世話をする女の名を“おなべ”とすることが普通。

 さて、猪瀬は5000万を貰う代償として、どんな“おなべ”を預かったのか・・・・・・。これから、その実態が明かされることを期待したい。

 『落語鑑賞201』は、編著者が良いので、非常に重宝しているのだが、このネタについては今日まで読むことがなかった。
 昨年、仲間との旅行の前にこの本を読んでいたら、気楽にこのネタを演じることはできなかったかもしれないなぁ。
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by kogotokoubei | 2013-12-21 10:09 | 落語のネタ | Comments(2)
猪瀬の最後は何とも情けなかったが、問題はこれからである。猪瀬は都知事を辞めるという代償を払うから逮捕はしないで、というつもりかもしれないが、贈収賄疑惑はもちろん残っている。しかし、あくまで猪瀬はトカゲのしっぽでしかない。

 猪瀬と徳洲会との関係は、前任石原慎太郎からの「引き継ぎ事項」だった。石原が猪瀬に引導を渡したのは、あくまで自分の保身のためである。


 今回は引用記事が多くなるが、ご容赦のほどを。
 
 まず、大新聞が表立って書かない石原慎太郎と徳田虎雄との親密な関係について、「日刊ゲンダイ」から、写真を含む全文を引用したい。
「日刊ゲンダイ」サイトの該当記事

急浮上! 石原前知事と徳田虎雄氏の“親密すぎる関係”
2013年11月25日 掲載

選挙前の「あいさつ」も引き継ぎ事項か

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2人はみんな認める古くからの「盟友」/(C)日刊ゲンダイ

 猪瀬都知事以上に徳洲会とズブズブだったのは前任者、日本維新の会の石原慎太郎共同代表(81)だ。

 石原と徳洲会の徳田虎雄前理事長は、自他ともに認める「盟友」。99年3月、石原が都知事選に出馬表明する前夜に都内のホテルで会っていた相手も虎雄だ。

“密談”をスクープした「FRIDAY」の取材に、虎雄は「出馬会見の前に話がしたいというから、急きょ、奄美大島から飛んできた」と話していた。

 虎雄は石原新党構想を盛んに訴えていたこともある。次男の毅衆院議員が03年に盛大な結婚式を挙げた時も石原は主賓として招かれた。

「石原都政1期目の99年に、都内で初の徳洲会グループの病院を武蔵村山市に招致することが決まりました。しかし、02年に誘致反対の市長が当選して、計画は頓挫。徳洲会が建設予定地を昭島市に変更して申請すると、都は地元医師会の反対を押し切って、早々に開設を許可しました」(都議会関係者)

その石原から、猪瀬は後援会組織や献金団体、人脈など、丸ごと引き継いでいた。都選管の資料によると、12年に猪瀬の資金管理団体に寄付した16団体のうち、都医師政治連盟など10団体が、その前年に石原の資金管理団体に献金していた。10団体の寄付総額は1723万円で、全体の95%に当たる。

「石原さんは1人2万円の会費で知事を囲む昼食会の集金システムも継承させています」(前出の都議会関係者)

 猪瀬は昨年11月の都知事選立候補挨拶が、虎雄との「初対面」だったと説明している。

「石原氏も都知事選の前には虎雄氏に会っていました。3期目の都知事選を目前に控えた07年春にも、神奈川県葉山町の医療施設で闘病中だった虎雄氏を見舞っています。正確な病状を知らなかった石原氏は、難病で不随状態になった虎雄氏の姿を見て、泣き崩れてしまったそうです。それほど、2人の関係は深かった。問題になっている猪瀬知事の5000万円も、石原氏の後継者だからということで、虎雄氏が用立てたのでしょう」(「トラオ~徳田虎雄 不随の病院王」の著者でジャーナリストの青木理氏)

 石原人脈によって窮地に立たされた猪瀬は「とんだトバッチリ」と思っているかもしれないが、有権者はどう感じるか……。


 「とんだトバッチリ」だと思うから、猪瀬はあれだけ知事の椅子に居座ろうとしたのであろうし、まるで他人事のような対応をしたとも言える。
 「アマチュア」だった、などと言う表現は、彼が物書きとしての視点で都知事を務めようとしたのでなく、権力を欲し、本気で政治家になりたかったのだがプロの政治家にはなりきれなかった、という思いから出た言葉だろう。

 石原を徳田に引き合わせたのは亀井静香と言われているが、亀井に関しては徳洲会金脈の一部が暴露されてきた。
 「朝日新聞」サイトの該当記事

亀井氏、徳洲会側から2千万円 08年、収支報告せず
2013年12月17日05時00分

 元国民新党代表の亀井静香衆院議員(77)=無所属=が2008年、医療法人「徳洲会」グループからパーティー券購入代金2千万円を受け取りながら、政治資金収支報告書に記載していないことがわかった。亀井氏側は昨年後半に2千万円を返し、「収支報告書を訂正する必要はない」としている。一方、総務省は「収入があった時点で記載義務が生じる」としており、政治資金規正法に違反する可能性がある。

 徳洲会関係者らによると当時、グループの「金庫番」と呼ばれ、事務総長だった能宗(のうそう)克行容疑者(57)=警視庁などが業務上横領容疑で逮捕=が08年前半、亀井氏の政治団体が07年までに開いた4~5回分のパーティーの券の購入代金2千万円を、現金で亀井氏側に手渡したという。

 現金は、能宗容疑者が社長だった徳洲会の関連会社「インターナショナル・ホスピタル・サービス」(IHS、大阪市北区)が捻出した。昨年、徳洲会内の内紛に伴い、IHSの資金の使途について能宗容疑者を追及する動きが表面化。能宗容疑者は亀井氏側に領収証を求め、亀井氏側が同年中に返却した2千万円が、IHSに戻されたという。


 この記事で登場する能宗克行という人物が、一連の徳洲会の事件の鍵を握っている。

 能宗容疑者の逮捕についての記事を紹介。
「47NEWS」サイトの該当記事

徳洲会の元幹部を横領容疑で逮捕 告訴受け警視庁

 医療法人「徳洲会」グループの関連会社から数千万円を着服したとして、警視庁捜査2課は3日、業務上横領の疑いでグループの元事務総長能宗克行容疑者(57)を逮捕した。

 能宗容疑者は徳田虎雄前理事長(75)の元側近で、グループ法人の専務理事などを務めたが、徳田氏の親族らから資金を着服するなどしたと迫られて2月に解任された。

 グループと離反後は、一連の選挙違反事件の情報を捜査当局に提供したとされる。徳洲会側から業務上横領などの疑いで警視庁に告訴されていた。
2013/12/03 11:43 【共同通信】



 あくまで「告訴」による逮捕、である。

 徳洲会ファミリーと能宗克行容疑者との関係について、少し古くなるが「現代ビジネス」の今年2月の記事から引用する。
「現代ビジネス」サイトの該当記事

2013年02月14日(木) 伊藤 博敏
「徳洲会=旧自由連合」スキャンダルの背後にある
「徳田ファミリー vs "すべてを知る男"」の血みどろの戦い


 何度も浮かんでは消えた「石原新党」は、今回の衆院選で石原慎太郎前都知事が橋下徹大阪市長と組むことでようやく結実したが、10年前にも一度、現実化しそうになったことがある。

 2003年5月31日、都内のホテルで盛大な結婚式が開かれた。新郎は徳田虎雄自由連合代表の次男毅氏で、媒酌人は亀井静香自民党元政調会長。石原氏は野中広務自民党元幹事長とともに主賓として出席。全員、当時の小泉純一郎首相に公然と反旗を翻しているメンバーで、「石原新党結成の布石」と、取り沙汰された。

 この時もそうだが、徳田虎雄氏に常につきまとうのは「政治とカネ」の問題。旬を過ぎた有名タレントを中心に大量出馬させ、大量に落選させられる資金力は、日本最大の医療法人徳洲会の理事長だからで、「右のポケット(徳洲会)のカネを左のポケット(自由連合)に移している」と、批判された。

□徳洲会と自由連合の「すべてを知る男」

 私は、この結婚式から書き起こした自由連合のカネにまつわる話を、講談社発行の『月刊現代』(03年8月号)に、「石原慎太郎の盟友・徳田虎雄『疑惑の錬金術』」と題して記事にした。書いたのは、「右から左への移し替え」のカラクリである。大量購入で医療機器を極端に安く仕入れ、間に赤字法人を挟み込む形で節税、浮いたカネを自由連合にバックさせていた。

 その構図は、赤字法人の"内輪揉め"が法廷闘争となり、その過程で明らかになったものなので、疑いようがなかった。裁判所も裏ガネであることは認定、その後、この取引に関わった徳洲会系医療機器リース会社などが、「所得を隠した」と東京国税局が指摘、追徴課税したことでも明らかだった。

 この取材の過程で浮上したのが、能宗克行氏だった。問題となった徳田氏のファミリー企業の代表取締役で、徳洲会の秘書室長、自由連合の会計責任者。徳田虎雄氏のスケジュール管理を含め、「すべてを知る男」だった。

 曲折の末、能宗氏は取材に応じ、「裏ガネ6億円をキャスター付きの旅行鞄に詰めて、新幹線で運んだ」という法廷証言にあった話は否定したものの、「ファミリー企業から自由連合への56億円の貸付金」などは認めた。認めるべきは認める姿勢に好感を持った。なにより「能吏の金庫番」として、破天荒な医者であり政治家でもある虎雄氏が、能宗氏を重用する理由もわかった。

 それから10年、その能宗氏は今、虎雄理事長と徳田ファミリーに反旗を翻している。

□徳田ファミリーの「聴聞通知書」と能宗氏の「回答書」

 能宗氏は、本来、徳洲会と旧自由連合(11年に解散)と徳田家の秘密を、「墓場まで持って行かねばならない秘書」であり、本人にもその気はあったはずだ。

 しかし、徳田氏が10年前に筋萎縮性側索硬化症を患い、目で文字盤を追って自分の意思をかろうじて伝えられるものの、統率力は低下した。その不足を能宗氏が補ううち、「能宗が徳洲会を私物化している」と疑った秀子夫人と2男5女の徳田ファミリーとの間に、抜き差しならない対立が生じた。

 ファミリーは、弁護士や公認会計士などを使い、徳洲会のカネ、政治団体のカネ、ファミリー企業のカネの動きを徹底的に洗い、「私物化の証拠」を掴んだという。だが、その動きがあった最初の頃は、「波風を立てるな」という虎雄氏の言葉で、収まっていた。虎雄氏は、能宗氏が反撃に転じた時の怖さはわかっていた。

 だが、ファミリーは執拗だった。「不正の数々が判明。許し難い」として虎雄氏の許可を得たうえで、昨年9月末、能宗氏の事務総長職を解いた。追い打ちをかけるように、懲罰委員会を置き、今年1月21日、12項目の「聴聞通知書」を能宗氏のもとに送った。それに対して能宗氏は、同月29日、「回答書」を作成、懲罰委員会に提出している。

 そして、当時、「政治とカネ」だけでなく、ファミリーのスキャンダルにも対応したのが能宗氏である。「回答書」には、相手から民事訴訟を起こされたものの、07年5月に1,000万円で示談が成立、そのうちの800万円は徳洲会で用意、「徳田毅代議士の人間性に問題あり」と、書かれていた。

□肉を切らせて骨を断つ血みどろの戦いに

 徳洲会スキャンダルは、これで終わらない。83ページの「回答書」で能宗氏は、自分にかけられた嫌疑を晴らしつつ、返す刀で毅氏の醜聞を書き立てたように、虎雄氏を含むファミリーに挑戦状を叩きつけている。肉を切らせて骨を断つ作戦だが、予想以上の深手となる可能性もある。

 能宗氏は、元代議士を使った病院払い下げ工作では、政治家への根回しを赤裸々に語り、虎雄氏が特別な配慮を求めた亀井静香代議士に関しては、亀井事務所に求められれば、徳洲会工事の「推薦状」を書くことが一般化。臓器移植に絡んで関係を指摘された暴力団組長との"共謀"は否定したものの、関係そのものは認め、そのほかにも虎雄氏が持っていた暴力団や右翼との関係を引き継ぎ、捌いてきたと主張した。

 また、ファミリー企業を利用した裏ガネ作りや葬祭業者からの個人的な借金についてもふれ、「政治活動に必要なものだった」と説明、選挙対策の"実態"を語った。そこは確かに、能宗氏でなければわからない表と裏のカネが錯綜する世界だろう。

 だが、潔白を証明する文書は、捜査当局、国税当局、マスコミなどが見逃せない不正を感じさせるものも含まれており、今後、「能宗攻撃」につながる可能性は否定できない。

 もちろんそれは「能宗は俺に刃向っている」と、意思表示した虎雄氏と徳田ファミリーにもいえる。政党助成金を受けながら77億円もの負債をそのままにしている自由連合の責任者は代表だった虎雄氏であり、各種の優遇措置を受けてきた医療法人を、政治活動のために私物化したのも虎雄氏だった。

「側近の罪」を叩くなら、まず先に虎雄氏自身が過去を清算、徳田ファミリー支配の見直しも必要だろう。

 地獄の釜の蓋は開いた。双方が、血みどろの戦いになる可能性は高い。



 “すべてを知る男”が逮捕されたが、逮捕に関する記事に、“グループと離反後は、一連の選挙違反事件の情報を捜査当局に提供したとされる”とあるように、すでに“能宗メモ”は検察の手に渡っているようだ。

 猪瀬辞任などは、あくまで序章にすぎない。本人が言うように彼は“アマチュア”なのだ。すぐバレる嘘をついて逃げ道をなくした。しかし、その背後には周到にバレないように手を尽くして私服を肥やしているワルがいる。

 検察は、徳洲会をめぐる政治家との黒い金脈を探って、“プロのワル”の巧妙な罠を見破って彼らを追い込むところまで行かなければならないと思う。それが、ここ数年下がってきた検察の権威を回復するためでもあるだろう。国民を欺く為政者の罪を追及してこそ、検察の存在意義があるのではなかろうか。
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by kogotokoubei | 2013-12-20 19:56 | 責任者出て来い! | Comments(2)
横浜にぎわい座での開催には、昨年の九月に行っているが、国立演芸場の会は、なんと2010年9月以来となる。
2012年9月6日のブログ
2010年9月28日のブログ

 そんなにご無沙汰だったとは思わなかったが、それだけ間が空いたからこそ、この三人が揃う会が懐かしくなりチケットを入手したのかもしれない。
 昨年のにぎわい座は、やや期待はずれだったが、果たして今回はどうだろう、喜多八は元気なのだろうか、などの思いと、終演後の忘年居残り会も楽しみ(いや、こっちが主役か?!)に隼町へ。

 開演時では八分程度の入りだったように思うが、最終的には満席に近かった。

 次のような構成。
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(開口一番 柳家ろべい『千早ふる・改作』)
瀧川鯉昇  『持参金』
(仲入り)
入船亭扇遊 『干物箱』
柳家喜多八 『うどん屋』
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柳家ろべい『千早ふる・改作』 (21分 *18:30~)
 鯉昇か、あるいは他の誰かの楽屋入りが遅れたのだろうか、無駄に長いマクラで引っ張って、千早ふるの改作。
 理由の如何にかかわらず、小三治のお供をした盛岡でのわんこ蕎麦のことやら、自分の出身大学などを含む長すぎるマクラには閉口した。ニュートリノやカミオカンデなどを素材にした改作の中身も、あまり感心できなかった。会場には結構笑ってくれるお客さんや初落語と思しきお客さんも多かったようで、予想以上に笑いをとっていたが、私は半分寝そうになっていた。

瀧川鯉昇『持参金』 (41分 *マクラ18分)
 なんとマクラが18分・・・・・・。小三治でも最近はマクラが短いのに。富士山への登山、世界遺産のことや東京オリンピック、子供時代の海水浴などからようやく本編へ。
 上方の型に近いが、そこはこの人なので、改作されている。東京の古典の標準では不精な男の友人からの借金は五円だが、鯉昇の場合は現代に合わせているのだろう十万円。
 その不精男に甚兵衛さんが嫁の世話をしようとするが、相手の女性の主な特徴は次の通り。
 (1)年は男より五つ上 (2)器量は、悪い(イタミがきている) (3)背がスラっと、低い
 (4)色がクッキリと、黒い (5)おでこが出ていて、眉は上野の銅像の犬に似たドングリまなこ
 (6)普通の人は鼻の穴が地べたを向いているが、この女は景色の方を向いている

 といった具合。この女の“ちょっとした傷”が、八か月になる子供がお腹にいること。
 煙草を吸うのでヤニが眉にこびりついて黒くなっているから、雑踏でもすぐ見つかるという。この真っ直ぐつながった眉を手でサッと横切って現す仕草は、なんともこの人らしくて可笑しい。普通に歩いていても四股を踏んでいるようだ、など、鯉昇らしい形容も印象的ではあるが、なにせ長~いマクラとあまり変わらない時間でのネタなので、やや物足りない。実は、『味噌蔵』か『二番煎じ』、もしかして『芝浜』、かと期待していたので、肩すかし、という印象。マクラで風邪気味であると言っていたが、それにしても二人続いた長いマクラも含め、前半には不満を感じながら一階の喫煙室へ向かった。

入船亭扇遊『干物箱』 (32分)
 喜多八が、マクラで開演前に楽屋にいろんな人が来ていた中で、扇遊を訪ねたのは“まともな人”、鯉昇に会いに来たのは不動産屋っぽい人、などと言っていたが、「待ってました!」の声は、まともな人ご一行かと察する。
 連絡事項、として、ろべいも中途半端な言い方で紹介していたが、喜多八が本を出すことを案内。12月29日という暮れも押し迫った時の発行でタイトルは『喜多八膝栗毛 パート1』とのこと。
 会のタイトルがなぜ“鯨”かを説明したり、かつての川越での落語会と打上げでの逸話(鯉昇の奥さんとの出会を暴露)などの短いマクラから本編へ。
 前半のダル~い空気を一新してくれた高座と言って良いだろう。若旦那が吉原の馴染みの花魁に会いたいばかりに、自分の声色が上手い貸本屋の善公を身代わりにして家に帰らせるのだが、この善公が良かった。
 無事に若旦那の父親を自慢の声色で騙して二階の部屋に入った後、つい若旦那は今頃俥で吉原に向かっているなぁ、と思い一人芝居を始め、つい声が大きくなってしまい、階下の父親から「起きているなら聞くが、今日の無尽はどうなった」やら「貰った干物はどこにやった」などと問い詰められ四苦八苦する様が可笑しい。花魁から若旦那宛ての手紙に自分の悪口を発見して大きな声で「おれだって客じゃねぇか」など言ってしまって父親が二階へ。そしてサゲまで。少し声が上ずっていたのは、ご贔屓を前に気合が入り過ぎたせいかもしれないが、テンポの良い本寸法の高座、今年のマイベスト十席候補としたい。
 聴き終わって、たまたま隣同士の席になったI女史が「誰に教わったのかしらねぇ?」とおっしゃっていたが、たしかに扇橋でもなさそうだし、志ん朝でもないように思う。ちょっとした謎が残ったが、いずれにしてもハズレのない扇遊の“当たり!”と言って良い高座だった。

柳家喜多八『うどん屋』 (41分 *~21:04)
 楽屋の様子などを含め、この会は“ゆる~い”“大人の会”であって、無理に笑わせようとする会とは違う、と言ってから本のことへ。師匠小三治に“帯”の言葉を頼みに行った際の鈴本の楽屋での逸話を披露。
 いったんネタに入ったかのように、「ちょっとお前さん、起きておくれよ」と『芝浜』の冒頭を演るフリをして、「こういう噺はやりません」で会場は大爆笑。
 実際に演じたのは柳家伝統の冬のネタだが、酔っぱらいが、少し酔って(?)呂律が回らなさ過ぎ、の印象。終演後の居残り会でリーダーSさんが、「あれは師匠の型をいかに壊そうかというアンチテーゼだ!」とのご指摘があったが、なるほどそう思わないでもない。小さんから小三治に伝わってき型を、少しづつでも自分なりにい変えていこうとする、そんな意図を感じた。しかし、私は、酔っていながらも口跡のはっきりした高座が好きだなぁ。


 終演後は、待望の“忘年居残り会”である。地下鉄で新富町に向かい、東銀座の例のお店へ。駅から何度か道を間違えた先導役のYさんは、後から“落ち着けば一人前”なんだけどねぇ、と『粗忽の釘』の八のごとくにいじられてしまうのだった。新メンバーOさんも含む五人の忘年居残り会は、馬刺しやマテ貝に舌鼓を打ちながら落語談義に花が咲き、美少年の二合徳利が、さて何本空いたのやら。Yさんんが友人達の前で披露する落語のネタを何にするかで盛り上がっているうちに、あっと言う間に時は過ぎてお開き。帰宅の電車が渋谷通過時点で、すでに日付変更線を越えており、乗り継ぎの終電で一時過ぎての帰還となったのであった。

 喜多八の本は、東京音協の編集で発行は“まむかいブックスギャラリー”という会社のようだ。ご興味のある方は下記ご参照のほどを。
「まむかいブックスギャラリー」サイトの該当ページ

 「どこかで聴いているなぁ?」と思って後で調べたら、2011年1月の横浜にぎわい座での睦会でも扇遊の『干物箱』を聴いていた。しかし、その日は鯉昇の『二番煎じ』が圧巻だったので印象が薄くなったようだ。2011年1月12日のブログ

 なかなか、三人とも凄い、という日には巡り合わないようだが、それは贅沢な望みなのかもしれない。“ゆる~い”“大人の会”、一席でも見事な高座に出会えれば僥倖、と思うべきなのだろう。こちらも、もう少し“ゆる~い”気持ちで、この会には臨んだ方が良さそうである。
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by kogotokoubei | 2013-12-18 01:30 | 落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛