噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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 昨夜帰宅後に一杯やりながら半分位書いて、翌朝少し早めに起きて続きを書いている時に、松喬の訃報に接した。
 
 その後、しばらく呆然としていた。


 しかし、なんとか残りを書き続けよう。

 この会は、顔ぶれに笑福亭三喬、桂宮治などの名を見つけ、結構早い時期にチケットを確保していた。出演者によってはあっと言う間に売り切れる会だが、今回は八分程の入りだったろうか。
 
 昨年八月の会で、松喬の『崇徳院』を聴けた時の感動は今でも忘れない。そして、あれが最初で最後となったことは、残念でならない。
2012年8月29日のブログ

 出演者と演目、感想と所用時間を書き留めたい。ちなみに入場の際にいただいたプログラムには開口一番以外のネタが書かれている。

柳家緑太『狸の札』 (12分 *18:30~)
 昨年の、松喬が出演した会以来。花緑の七番目の弟子、のはず。未だに協会のサイトのプロフィール欄には生年月日と出身(埼玉県和光市)しか記載されていない。入門年が不明。この人のすぐ下の弟子が先日池袋で聴いたフラワー。
 昨年は、落ち着きすぎている、というような小言を書いたが、今回は素直に褒めたいと思う。滑舌は良く語り口は明瞭、カミシモもしっかり。今後に期待したい人だ。

桂宮治『道灌』 (20分)
 会場に来るのに少し遅れた言い訳として、大阪のオバチャンが電車の改札でトラブルがあった、というマクラをふっていたが、テレカで改札を通ろうとしたオバチャンが本当にいたら、それはなかなか凄いものだ^^
 ところどころオリジナルと思われるクスグリを入れた爆笑ネタで会場を沸かせた。しかし、やや“馬力”のみで単調に過ぎた感はある。
 昨年のNHK新人演芸大賞を受賞した実力は、もちろんフロックではない。しかし、そろそろ得する見た目とパワーだけではない落語に進む段階のような気がする。まだ二ツ目であることは承知してはいるが、この人はもっと大きくなるだけの素養も心がけもあるように思う。芸協の期待の星。

笑福亭三喬『まんじゅう怖い』 (28分)
 生の高座は初めて。しかし、かつてCSのSKY・A「らくごくら」などでよく見て聴いていたので初めてのような気がしない。
 マクラで師匠のことは触れない。そして、暗いそぶりも一切見せない。当り前とも言えるかもしれないが、プロの仕事の証だろう。
 上方落語の特徴である見台、膝隠し、小拍子の由来と六代目のことなどをしっかり語って本編へ。この噺は東京と上方ではネタの重さ、というか位置づけが違う。東京では、どちらかと言うと軽いネタとして捉えられているが、上方では演技時間も長いし、結構難しいネタと考えられている。その上方版の特徴の一つである“親っさん”が語る怪談めいた夢の話を三喬は演じなかったが、もちろん時間の関係だろう。大師匠六代目などはこのネタを一時間近く演じていた大作だが、JALの機内放送番組としては長すぎるからね。
 しかし、大師匠譲りと思える、饅頭を銘柄を含めて丁寧に語る場面などは楽しかった。孤月堂の最中、戎橋橘屋の“へそ”、高砂屋の薯蕷(じょうよ)など。そして、今の時代のクスグリとして“551の豚マン”が入る^^
 上方版の長講とはならなかったが、笑福亭の伝統をしっかり継承する見事な高座、今年のマイベスト十席候補とする。この人には師匠の芸をしっかり継いでいって欲しいし、その力は十分にあると思う。

三遊亭円橘『百川』 (25分)
 仲入り前は初めてのこの方。いわゆる円楽一門だが、五代目円楽の門下に入る前は、三代目小円朝の最後の弟子だったようだ。萬橘(旧名きつつき)の師匠。住まいから“深川の師匠”と呼ばれているらしい。寄席に出ない(出られない)ので縁がなかったが、こういうベテランが、あの一門にもいるんだよね。
 江戸の三大祭りや四神剣の丁寧な説明から始まる、安心して聴ける高座だった。百兵衛さんのあの口癖は、「へ!」としており、他の噺家さんのような「うっひょ!」などと凝ることはなかったが、それも自然で良いかと思う。演出上で一つ気になることがあった。百兵衛さんが二度目に二階の河岸の若い衆の座敷に上がって正体(?)がばれる場面。「四神剣の掛け合い人」と聞き間違えていた初五郎が、実は「主人家の抱え人」であったと気づくのだが、百兵衛さんに、「主人家の~」を言わせるのではなく、初五郎が自分で言う演出。あの場面は、やはり百兵衛さんが言って欲しかったなぁ。もしかすると、少し時計を見たような気もしたので、時間短縮のためだったかもしれない。
 いずれにしても、こういうしっかりした江戸の香りのする“深川の師匠”についているから、萬橘の今後も楽しみだ。

ユリオカ超特Q 漫談 (18分)
 初めてである。きっと他にもいろいろネタがあるのだろうが、自分の頭がそうなので自虐的と言える“ハゲ”を題材にしたネタ。NGが抜け毛、KYは、髪に良くない、などのネタで会場は沸いていたが、私はあまり感心しない。身体的な特徴(ハンデ?)をネタにするとなると、デブのネタ、チビのネタ、というものまでありえるかもしれないが、「本人がそうなのだからいいだろう」とは言えないように思う。お客さんのなかには、心地よく聴けなかった人も少なくなかったのではないだろうか。
*私の思いを表すため、やむなく普段は使わない蔑視的な表現を使っていることをご容赦ください。

桂米丸『杖』 (35分 *~21:04)
 前半の師匠今輔との思い出話は貴重だった。途中からは先日末広亭で聴いた内容とほぼ同じ。しかし、最後に十分ほどで演じた新作は、末広亭の後でネットで調べたところ『さくら通り商店街』と書かれていた方がいて、何の疑問もなくその題でブログを書いていた。私のメモも“さくら通り”としていたので、やっぱり、と思ったのだった。しかし、『杖』が正しいようだ。なるほど、『さくら~』では、サゲが分かるからね。
 いずれにしても、今年で八十八歳の若々しい高座にまた出会えてうれしかったなぁ。


 なんとか書き終えたが、まだ喪失感は残ったままだ。

  昨日午後四時半、とスポーツ紙にある。 三喬の出番は午後七時を少し回った頃だった。彼は師匠の訃報を知っていてあの高座だったのか、それとも知らなかったのか・・・・・・。きっと、高座を休むことを師匠も許さなかったはず。いずれにしても、彼の熱演に感謝するばかりだ。

 上方落語の重鎮を一人失った。昨年ぎりぎりのところで生の高座に出会えたことは僥倖だった。合掌。
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by kogotokoubei | 2013-07-30 22:45 | 落語会 | Comments(10)
残念ながら、今夜の道頓堀角座こけら落とし「月夜はなしの会」夜の部に、松喬は休演とのこと。
「道頓堀角座」サイトの該当ページ

出演
笑福亭松枝、笑福亭鶴志、笑福亭枝鶴、笑福亭三喬、笑福亭銀瓶
※出演予定でした笑福亭松喬は体調不良のため、休演となりました。
代演:笑福亭竹林



 角座は逃げることはない。ただ快復を祈るばかり。
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by kogotokoubei | 2013-07-29 07:00 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
先日、現在末期がんと闘っている松喬が、28日から再開される道頓堀角座への出演を予定していることを紹介した。
2013年7月23日のブログ

 道頓堀角座について、「松竹角座」のサイトに、「劇場の名称『角座』に関して」という説明があるので引用したい。
「道頓堀角座」サイトの該当ページ

「角座」の名称は、「角の芝居」と呼ばれた江戸時代に遡ります。 「角座」はかつて、浪花座、中座、朝日座、弁天座と共に、「五つ櫓」若しくは「道頓堀五座」と呼ばれ、1960年~70年代には、上方演芸の殿堂として栄えました。

その後、「角座」の名称は、松竹(株)の直営映画館(大阪市中央区)や弊社直営の劇場「B1角座」(大阪市中央区)に引き継がれていましたが、2008年の角座ビル(大阪市中央区)の閉館と共に、消滅致しました。

この由緒ある名称を、日本のエンタテインメントの中心である東京・大阪で復活させ、新たな歴史をスタートさせたいと考えております。
この劇場から、日本を代表するエンタテインナーが続々と輩出され、文化の発展に寄与できるものと考えております。


 新たな歴史のスタートが今日28日からで、松喬が出演を予定しているのは明日29日の「角座 月夜はなしの会」夜の部である。「道頓堀角座」サイトの“角座 月夜はなしの会”のページ

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笑福亭松枝著『ためいき坂 くちぶえ坂』(浪速社)

 以前にも紹介したことがあるが(2012年6月18日のブログ)、入門では松喬のすぐ後、六代目笑福亭松鶴五番目の弟子である松枝が書いた『ためいき坂 くちぶえ坂』は 1995年に初版が発行され、一昨年6月に改版発行。
 副題が「松鶴と弟子たちのドガチャガ」。まさに、その“ドガチャガ”は何とも可笑しかったり、理不尽だったり、そして感動的であったりする。


 この本で、角座のことを書いている部分から引用したい。六代目の芸についても、弟子松枝の熱い視線で語られている。

 「お陽気な、漫才と漫才の間に挟まりまして、私の方は至って陰気な落語で御座居ます・・・・・・」
 松鶴が喋り始める。道頓堀・角座、千百席を埋めつくし尚通路に溢れる観客は、その耳を熱心に傾けているとは言えない。
 「お後が、皆様お目当ての漫才で御座居ます・・・・・・」
 言葉通り彼らは漫才を楽しみに来たのである。プログラムを改めて見直し、小用やロビーでの喫煙に立ち、弁当に取りかかる客の多さがそれを物語っている。隣席が空いたと、大声で連れに知らせる者もいる。其席に着いた者も又、此の後の漫才を待ち焦がれている。彼等は落語等、松鶴等いらない。早く終れば有難い。
 「只今(その漫才が)楽屋で支度中、その用意が出来ます迄のお付き合い、時間に致しまして」客が耳をそばだてる。
 「ホンの僅か・・・・・・、八時間半程、喋らせて頂きます」客席に笑いが起こる。
 「只今、大相撲○○場所、たけなわで御座居ます。・・・・・・『さあー、しっかり相撲取れよー』・・・・・・」おもむろで静かな語り出しから一転、とてつも無い大声を張り上げ、ランランと輝いた瞳で、架空の土俵を中空に見据える。松鶴は今、獲物を捕えに掛かった。声と目で威嚇し追い詰め、そして柔和に微笑みかけ、抱き寄せる。観客は何時しか、“相撲場”にいる。角座の舞台は奇麗に消えて、舞台の松鶴の相撲場に居る見物客になる。
 ~手に持った握り飯が無くなりキョトンとする客、小便を堪えかね泣く客、一升瓶に入れられたそれを酒とカン違いし、今まさに口にせんとする酔っぱらい~が、確かにそこに居る。
 「大騒ぎ。お馴染の『相撲場風景』で、御座居ます」
 涙こぼれる程に笑いころげた客は、万雷の拍手で満足を伝える。後を歩く松枝に、楽屋へ帰る松鶴の背中は大きく大きく見える。

 昭和四十年代、関西は大型の演芸場ブームで、吉本は難波、梅田、京都にそれぞれも「花月」、松竹には角座、神戸・松竹座、新世界・新花月が有って、何処も活況を呈していた。収容客数の多さと広い舞台には、それに見あう芸能が人気を集める。百花繚乱の趣を誇ったのが、「漫才」「音楽ショウ」であった。「落語」は、それが“寄席”である言い訳の様に、せいぜい一本(一人)か二本組み入れられている状態だった。松鶴・米朝・春団治・小文枝(現・文枝)達はその中で孤塁を守るの感があった。
 現在、道頓堀に「演芸の角座」は無い。僅かに其の名は映画館を含むテナントビルにとどめている。


 
 漫才ブームの中、落語への興味の薄い客の目と耳を高座に向けさせようとする六代目の気迫が伝わるようだ。

 松竹芸能の所属である六代目にとって、角座は特別な場所だったに違いない。

 それは弟子の松喬にとっても同じだろうし、長い休みを挟んだ“演芸場”角座への思いはとりわけ強いものがあるだろう。

 明日の夜、こけらおとし「角座 月夜はなしの会」の高座に、松喬が無事上がってくれることを祈るばかりである。
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by kogotokoubei | 2013-07-28 18:40 | 上方落語 | Comments(2)
朝、芸協のサイトで代演情報を確認。おや、本来は夜の部予定の文治が昼に代わっている。これは寿輔が主任の末広亭に行かねばなるまい、と少し遅れたが新宿に向かった。

 12時少し過ぎに着いた時は、神田あっぷるの講談の途中。椅子席はほぼ満席。好きな下手の桟敷も七割ほど埋まっていた。途中からは二階も開放された大入り。まさか、これだけの人が昇太の人気で九時間ここに居続けるわけではあるまい^^
 学校が夏休みとはいえ、子供は最前列の女の子の他は見当たらなかったなぁ。とにかく盛況だった。

 ちなみに、夜の部に関して芸協サイトの協会会員に“ゲスト”と書いていることに小言を書いたが、末広亭のプログラムには、夜の膝前に「真打交互(昇太他)」と書いてある。まったく、その通りであって、“ゲスト”などとは書いていない。当り前である。


 演者とネタ、感想と所用時間を書くことにする。 印象が良かったものにを付けておく。
 
ぴろき ウクレレ漫談 (8分 *12:14~)
 “色物の芸協”の代表的な一人になった感がある。たった数分で会場を沸騰させる。ネタバレで恐縮だが(一つ位は許して^^)、父親の携帯に女子高校生になりすましてメールを送ったら、父から「大学生です」と返信があり、三日後に会うことになったというネタの可笑しさなど、この人は見た目だけのコメディアンではないと思う。センスの良さと笑いのツボを押さえた今後ますます活躍するだろう人だ。テレビの雛段芸人とは大きく違う。

昔々亭慎太郎『壷算』 (15分)
 初である。芸協サイトのプロフィールによると、もちろん桃太郎の弟子で三年前に真打昇進したようだ。新作ではなく古典、それもほとんど本来の筋で演じ、お客さんもこの噺を初めて聴く方が多いのか、ネタ自体の可笑しさで笑っていた。サゲだけは、店の主人が「そのカラクリを教えてください」と問いかけ、その答えで落したが、師匠譲りかどうかは勉強不足で分からない。何の先入観も持たずに聴いたのだが、芸協の若手真打にもこういう人がいることを発見できた。今後も聴きたい人だ。

春風亭鹿の子『お菊の皿』 (11分)
 この人も初。慎太郎と同じ三年前五月の真打昇進。柳昇に入門し小柳枝門下に移った人のようだ。古典でほぼ本来の筋の通り。女性ならではのお菊さんの化粧場面などもあったが・・・・・・。もう少し聴いてみないとなんとも言えない、そんな印象。もし、新作をネタに持っているのなら聴いてみたい。

松旭斉小天華 奇術 (10分)
 短い時間だったので、今回は“しゃべり”なし。淡々とこなすこの人の奇術、好きだなァ。

桂文治『源平盛衰記』 (15分)
 昼の部の春馬と昼夜交代の出演。「常連さんがいらっしゃるので、いつもの前半ではなく後半を」と那須与一の『扇の的』を中心に。このネタの前半は、同じ会場で昨年襲名披露公演で聴いている。2012年9月27日のブログ
 途中で挟むオリジナルのクスグリには、池袋演芸場の○○さんと△△さんが、例のごとく登場。
 そして、私は初めて聴いた余芸(?)、「ホップ・スキッ・ジャンプ」と表現する、口と歯での声色が楽しかった。うぐいす、らしく聞こえるのである^^
 よく笑ってくれるお客さんが多かったとはいえ、さすがの高座である。得した気分。
 
桂伸乃介『長短』 (16分)
 江戸っ子と田舎者に関するマクラをたっぷりふってネタへ。ベテランなのだが、二人の描き方が今一つ、という印象。長さんの仕種と語り口で、私は眠くなってしまった・・・・・・。

宮田 陽・昇 漫才 (9分)
 ナイツとの交互出演なので、「ナイツじゃなくて、すいません」の言葉から始まったが、私はこの二人の漫才は好きだ。初めてと思われるお客さんも、陽の「わかんねぇんだよ」で最後は大爆笑。二人の魅力は、わかったようだ^^

桂南なん『狸の札』 (14分)
 いつ聴いても、見ても不思議な魅力のある噺家さんだ。初めてと思われるお客さんも、最初はいぶかしげに聴いているのだが、最後は気持ちよく笑いながら聴いている。そういう力のある高座。

春雨や雷蔵『子ほめ』 (15分)
 マクラで楽しかったネタ。八十八歳のお婆さんが、「三途の川を渡るため」にスイミングスクールに通って泳ぎを習い25m泳げるようになった。嫁がスクールにやって来てスクールの先生に、「お願いですから、ターンは教えないでください」。オリジナルかどうかは知らないが、こういうのは好きだ^^
 香盤では寿輔から一つ下、というベテランだが、若々しく前座噺を楽しませてくれた。

林家今丸 紙切り (13分)
 前半は喫煙タイムに充てた。後半は最前列の女の子のリクエストで「ミッキーマウス」、その後「茶摘み」(静岡出身の方で土産に新茶を今丸に献上^^)、「盆踊り」そして、いつものようにお客さんの似顔絵、で締め。
 正楽とは芸風は違うが、客席と一体感のある芸で会場を和ませた。

桂米丸『杖』 (18分)
 仲入り前は、協会の最高顧問。創作中の新作の話をマクラに、オリジナルの新作へ。大正14(1925)年4月6日生まれ、八十八歳のこの方が元気で高座に出られていることだけで、私は嬉しい。スイミングスクールでは、ターンも教えてあげて欲しいものだ^^

桂歌蔵『大安売り』 (13分)
 初である。無難ではあるが、やや単調な運び。少し眠くなった。

Wモアモア 漫才 (9分)
 この人達の漫才も好きだなぁ。上手の福島出身のけんが、隅田川の花火に行くつもりだが、天気予報では雨、どうなるのか、いつものようにリアルタイムな話題で笑いをとる。下手の熊本出身のしん、いつになく怒って見せる場面もあり、“生きている漫才”という印象だ。やはり、芸協の色物は充実している。

三笑亭茶楽『紙入れ』 (12分)
 初である。八代目可楽の弟子であるベテランに、なぜかこれまで縁がなかった。順番が入れ替わった鶴光について、「電車で痴漢容疑で取り調べを受けている」と言って会場を爆笑させてから本編へ。
 端正な高座で、時折最前列の女の子を気遣う間を入れ、会場の笑いをとる。非常に若々しい高座は、とても昭和17年生まれとは思えない。まだまだ聴かなければならない噺家さんが東京にもいることを再認識。

笑福亭鶴光 漫談&『生徒の作文』 (13分)
 茶楽のマクラは聴いていなかったのだろうか、痴漢の件はまったく出ない^^
 会場は大受けだったが、私は漫談もネタも、あまり可笑しくなかった。相性もあるのだろうなぁ・・・・・・。

ボンボンブラーザース 曲芸 (11分)
 大好きな紙切れを使ったネタは出なかったが、いつもながらの名人芸。初めてと思われるお客さんは、最初は結構上から目線で見ているのだが、最後は大拍手。これが芸である。

古今亭寿輔『天狗裁き』 (27分 *~16:29)
 いつものように「拍手なんていりませんよ」、そしてテトロン着物のことなどのマクラの中で、「二列目のお客さん浅草の常連さんで、どうしてここまで来るんですかねぇ・・・うれしいけど」とか、最前列の女の子に愛想をつかって「袖から見ててもツボをはずさず笑っているし、頭のいいお子さんだねぇ。末はお茶の水、あるいは東大でしょう」などと言って、「なぜ子供を大事にするかというと、少なくともこの子は今後七十年はご贔屓、比べて他の方は・・・あと五年・・・」などで沸かせる。ヨイショなのだろうが、「今日の客席は一体感があって、今までで一番」などという科白もあった。本音、じゃないよなぁ^^
 本編も程よくオリジナルのクスグリを散りばめた結構な高座。導入部で、前の方のお客さんがペットボトルを落とし、「落としたよ!」といじって、ネタを忘れたフリをしていたが、しっかり復帰し、下手をするとダレがちな噺を最後までしっかり聴かせた。伊達に三十年テトロンを着ていない噺家さんである。


 仲入り後あたりから、夜の部目当てのお客様が入場し、後ろで立ち話をしているのが少し気になったが、全体的には高座も会場の空気も良い、夏の寄席だった。
 色物、そして初めて聴くベテランの味に加えて、なんと言っても寿輔ワールドに満足し、カーニバルの様相を示す騒がしい新宿から帰路についたのだった。
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by kogotokoubei | 2013-07-27 18:04 | 落語会 | Comments(2)
末広亭七月下席の夜の部は主任が小柳枝。ちなみに昼の部の主任は寿輔である。昼か夜のどちらかになんとか行けないかなぁ・・・と思っているのだが、芸協のサイトにある下記の夜の部に関する案内を読んで、何とも腑に落ちない。
「落語芸術協会」サイトの該当ページ

新宿末廣亭七月下席夜席/日替りゲスト出演中

七月下席(7/21-30)新宿末廣亭夜席は、主任:春風亭小柳枝で、日替わりゲスト出演者を交えて番組をお贈りしております。

ゲスト出演者 20:05上がり
21日 三遊亭小遊三
22日 桂歌丸
23日 春風亭昇太
24日 春風亭昇太
25日 春風亭昇太
26日 春風亭昇太
27日 春風亭昇太
28日 昔昔亭桃太郎
29日 昔昔亭桃太郎
30日 桂歌丸



  出番は、いわゆる膝前だが、“日替わりゲスト出演者”と書いてある。

 “ゲスト”って“お客”さんという意味だよね。

 これが円楽一門や立川流、あるいは上方の噺家さんなら分かるが、四人とも芸協所属の噺家なのに、なぜ“ゲスト”と称するのか・・・・・・。

 それに“日替わり”と言っているが半分は昇太なのである。

 この内容なら、本来は昇太の出演で、彼が十日間は無理なので半分務め、残る五日間を他のベテランが代演、というのが実態ではないのか。

 しかし、芸協では、その当人より香盤の下の人が代演する基準。歌丸、桃太郎、小遊三の三人とも昇太よりは香盤が上なので、その結果、苦しい“日替わりゲスト出演”という表現を捻り出したように思える。

 それにしても、自分たちが主催する寄席に所属会員が出演することに対して“ゲスト”と書く神経が理解できない。

 つい“ゲスト”と書かせた背景に、“滅多に寄席に出ない昇太が五日間も出演しますよ。他の日も人気者ばかりですよ!”という本音が見える。

 客足が遠のいていることに席亭が苦言を呈した末広亭である。テレビの人気者が出演すること自体は結構だろう。しかし、“ゲスト=お客さん”は、あくまで高座を見ている客席側にいるのであって、高座に上がる同じ協会会員のことではない、という当り前のことを認識してもらいたいものだ。もし、それが分かっていたら、身内の芸人のことを“ゲスト”などとは表現しないはずだ。
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by kogotokoubei | 2013-07-25 07:30 | 落語芸術協会 | Comments(2)
癌と戦っている笑福亭松喬のことが気がかりだ。最近は、ブログよりも更新回数が多いのでFacebookを見るのが日課になっている。
「笑福亭松喬」Facebook

 しばらく更新がなく心配していたが、松竹の道頓堀角座の落語会に出演を予定している、という記事が目に入った。 
「スポーツ報知」サイトの該当記事

松竹、道頓堀角座で定期落語会開催

 松竹芸能は22日、大阪・道頓堀に28日にオープンする専用劇場「道頓堀角座」で、落語会「角座月夜はなしの会」を定期開催すると発表した。毎週月曜日の午後7時から、所属の落語家がさまざまな会を催す。

 29日のこけら落とし公演には、末期の肝臓がんと闘病中で21日の独演会を中止した笑福亭松喬(62)も出演を予定。弟子の笑福亭三喬(52)は「本人は何とか出たいと言っている」と説明。27日に天満天神繁昌亭で予定する三喬との二人会は休演し、体調回復に努めるという。

[2013/7/23-06:01 スポーツ報知]


 角座のサイトにも、しっかり名前が記されている。「道頓堀角座」サイトの“角座 月夜はなしの会”のページ

 関西に住んでいたら、ぜひ行きたい会だが・・・・・・。

 師匠六代目と同じ松竹芸能の所属である松喬。この落語会に出演したい思いは強いだろう。

 今日の大暑を過ぎ、暦どおりに暑さが峠を越してくれて、松喬が角座の高座に姿を見せてくれるのを、とにかく祈るばかり。
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by kogotokoubei | 2013-07-23 19:32 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
参院選は、予想通りの低投票率が、組織で戦った政党と、いわゆる保守的な高齢者の支持を背景にして政権与党に有利に働いた。「朝日新聞」サイトの該当ページ

2013年7月22日1時23分

参院選投票率52.61% 戦後3番目の低さ

 今回の参院選選挙区の投票率は、各都道府県が発表した結果などを朝日新聞社が集計したところ、52・61%だった。前回の2010年参院選の57・92%を5・31ポイント下回り、戦後3番目の低さだった。

 高かったのは島根の60・89%、山形の60・76%、鳥取の58・88%だった。低かったのは青森の46・25%、岡山の48・88%、千葉の49・22%だった。沖縄以外の46選挙区すべてで前回より投票率が低下した。

 参院選の投票率は1980年に74・54%を記録して以降、低下傾向が続き、95年に最低の44・52%となった。98年に投票時間を2時間延長してからは56~58%台で推移していた。

 政治とカネをめぐる問題や「消えた年金」問題が争点となった前々回の07年は58・64%(04年比2・07ポイント増)と近年では比較的高い投票率を記録。前回10年は消費税引き上げなどが争点だったが、投票率は07年比で0・72ポイントの微減だった。

 今回はインターネットを使った選挙運動が国政選挙で初めて解禁されたことから、若年層を中心に選挙への関心が高まるかどうかに注目が集まっていた。

 公示翌日の5日から20日までの16日間に期日前投票をした人は、総務省の速報値で47都道府県で1294万9982人となり、前回10年参院選の1208万5636人に比べ7・15%増えた。全体の有権者に占める割合は12・36%だった。参院選で期日前投票が始まった04年以降、増加が続いている。



 昨年の衆院選翌日のブログでも引用したが、総務省のサイトから「目で見る投票率」と言う資料(PDF)をダウンロードすることができる。2012年12月17日のブログ
総務省サイトの該当ページ

 参院選の前回までの投票率の推移のグラフを紹介。
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 2009年の民主党政権誕生から一時持ち直した投票率が、まさに民主党の崩壊につながる惨敗とともに、投票率の下降傾向に戻ったのだ。
 “二大政党制”への期待は、それが幻影だったと知ることで、再び政治への“無気力”、いわば“有権者の引きこもり”という病を悪化させた、とも言えるだろう。

 一度期待させただけに、民主党の責任は極めて大きい。小沢も鳩山も菅も全員同罪である。民主党という薬は、日本の有権者の政治不信という病気にいったんは効果的だったが、この薬の内部構造が勝手に自己破壊することで、健康を害する毒薬になったとも言えるだろう。薬(drug)が、麻薬(ドラッグ)に変った。

 しかし、民主糖という処方箋の代りに共産糖という薬が、今の日本の症状に効果的とも思われない。

 薬ではなく、ここは日本の有権者に“お灸”が必要だと思う。

 ちなみに、参院選前二回の年齢層別の投票率は、次のようになっている。

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 今回の選挙の統計が発表されるのは少し先になるだろうが、二十歳代後半から、四十歳代の投票率は、前回よりさらに下がったであろうと予想できる。

 今回、彼ら重要な日本の働き手を襲っていた“空気”は、次のようなものではなかろうか。

 “たぶん、自民党が勝つだろう。民主党はどうしようもない体たらくだし、橋下じゃしょうがない。他に自民党に対抗できるのは・・・共産党位かなぁ。まぁ、アベノミクスがいつまで持つか分からないが、景気は回復しつつあるようだし、今は自民党でもいいかもしれない・・・どうせ自分が投票に行かなくても、結果は変わらないさ”

 こんな思いで棄権した有権者は、決して少なくないだろう。もっと、政治に冷めている若者も多いに違いない。

 ちなみに過去最低、2007年の投票率44.52は、第一次安倍政権で閣僚の不祥事が続いたことによる有権者のシラケムードが大きく影響している。


 政治的な“引きこもり”を発症させた原因は、環境にもある。たしかに、政治に期待できない状況が政権交代前の自民党、そして民主党時代を経て続いたのは事実だ。しかし、だからと言って、投票の「権利」を四割以上の有権者が放棄していることの言い訳になならない。


 衆院選の後にも書いたが、投票は「権利」ではなく、「義務」化すべき時に来ていると思う。

 その仕組みが効果的に機能していないかもしれないが、投票を媒介とする「間接民主主義」を選んだ国民は、投票でしか、政治に対して主体的、具体的な影響を行使することはできない。

 衆院選の後にも書いたように、世界には「義務投票制」によって、棄権した場合に「罰則」のある国や地域がある。Wikipediaから、罰則規定の厳格な国のみを引用する。Wikipedia「義務投票制」

義務投票制を採用している国

罰則適用の厳格な国

ウルグアイ  
  :罰則は、罰金・権利の一部制限。罰則適用は、厳格。
キプロス   
  :罰則は、罰金(500キプロス・ポンド以下)・入獄。罰則適用は、
   厳格。
オーストラリア
  :罰則は、罰金(原則20豪ドルだが、裁判所で争うと50豪ドル以下)。
   罰則適用は、厳格。
シンガポール 
  :罰則は、選挙人名簿からの抹消。棄権がやむを得ないものであった
   ことを明示するか、5シンガポール・ドルを支払えば、選挙人名簿
   再登録可能。罰則適用は、厳格。
スイス   
  :シャフハウゼン州のみ。州法により、連邦選挙における投票も
   法的義務。
   罰則は、罰金(3スイス・フラン)。罰則適用は、厳格。
ナウル   
  :罰則は、罰金。罰則適用は、厳格。
フィジー  
  :罰則は、罰金・入獄。罰則適用は、厳格。
ベルギー  
  :罰則は、罰金(初回は5-10ユーロ。二回目以降は10-25ユーロ。)
   選挙権制限(15年間に4回以上棄権の場合は、10年間選挙資格
   停止)。罰則適用は、厳格。
ルクセンブルク
  :罰則は、罰金(99-991ユーロ。初回の棄権から6年以内に再度棄権
   すると、重い罰金が課せられる。)。ただし、71歳以上の者と投票日
   に海外にいる者との投票は任意。罰則適用は、厳格(初回の棄権に
   対しては通常は警告文書が送られるだけだが、棄権が重なると裁判所
   での判決を受けることになる可能性がある。)



 義務化しなくても投票率の高い国は北欧に多い。最近の国政選挙で、スウエーデン、アイスランド、デンマークは80%を超えている。しかし、他の西欧諸国では、ドイツが約70%、イギリスが60%台、フランスやアメリカの大統領選以外の選挙は50%台で日本に近い。
 しかし、日本の50%とアメリカ、フランスの50%は、同じように語ることはできないだろう。もし投票(間接民主活動)を行なわない場合でも、ボランティアやNPOなど、直接的に社会貢献のための活動を行なう国民が欧米では多いということを考慮すべきだ。ある意味、それはキリスト教精神が背景にある博愛精神の発露でもある。
 
 もちろん、日本にだって「相互扶助」の精神は昔からあったし、味噌・醤油を借りあう長屋文化はあった。しかし、その農耕民族として自然に培ってきて日本の協調の美徳は、今や古典芸能の世界にしか遺されていないのではないか。

 あえて問おう。日本の若年層の棄権者は、投票行動に代わって何か社会のための行動をしているのか。選挙という方法以外に社会と積極的に関わっている若者は決して多くはないだろう。逆に、そういう若者は決して棄権しそうに思えない。

 そんなことも考えると、私は、投票は「権利」から「義務」に変えるべき時を迎えていると強く感じる。どうしても投票しなければならないならば、きっとその投票行動に主体性を持つだろうし、情報も収集するだろう。しかし、「義務化」し、投票率が上がって困るのが、政権与党であろうから、このパラダイム・シフトは、そうそう生易しいことでは進まない。「棄権する自由」も重要だ、という主張もあるだろう。

 私見だが、一票の格差問題と同様に、ここは「三権分立」の「司法」が、「国民の半数が投票しない選挙は無効である」位の主張をしないだろうか。

 しかし、「行政」と「立法」を動かすためにも、結局「投票」によって「投票の義務化」を進める政府を選ばなけれなばならない、というループに陥るのが、何とも残念だ。

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by kogotokoubei | 2013-07-22 19:31 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
何とか都合がつきそうだったので寄席へ行こうとネットで代演情報を確認し、久しく聴いていない馬生が主任の池袋、千秋楽へ。
 
 開演時の客が十二人。なんとか“つばなれ”はしたが、土曜にしては少ないなぁ。トリの時点での客数も四十人程度だったように思う。その中には夜の部の喬太郎、市馬などを目当てに途中から来られた方もいるだろう。
 
順番に演者とネタ、感想に所用時間を書く。 印象の良かったものにを付けよう。

柳家フラワー『出来心』 (13分 *12:16~)
 一昨年十月、相模大野グリーンホールでの花緑、喬太郎、三三の会での開口一番以来。この人は落語協会サイトのプロフィール欄に、相変わらず出身地と生年月日しか書いていない。花緑の八番目の弟子のはず。初めて聴いた二年前の方が印象は良い。真面目な高座、ということは言えるが、見た目も含め少し硬すぎるかなぁ。もう少し気持ちの余裕があると持ち味が出てくるだろうと思う。精進していただきましょう。

桂三木男『千早ふる』 (19分)
 この後の出演者の誰かが買い物でちょっと行き違いがあったようで、「長く」かけるよう言われたらしい。マクラでは自分の買い物でのトラブルについて語っていたが、私も含めまったく会場は反応しない。本編も、この噺の筋そのものの可笑しさがあるはずなのだが、どうもリズムが良くない。八五郎に「隠居にお聞きしたいことがあるんですよ」と言われた隠居が「聞くは一時の恥、聞かぬはマツタケの恥」と答えたのはクスグリだったのか、あるいは言い間違いなのか。いずれにしても八五郎が「それを言うなら末代」と受けるわけでもなく流すので、会場が反応できようもない。
 時には「ほう、なかなかやるね」という高座がないではないので、祖父三代目三木助から引き継いだ財産はあるだろうと思う。少し長い目で見てあげたい。周囲も認めて、将来五代目三木助を継げる噺家になってもらいたいものだ。

笑組 漫才 (10分)
 三木男が引き延ばしていた進行時間を元に戻す役割になったのだろう。10分では宮沢賢治『銀河鉄道の夜』も夏目漱石『坊ちゃん』も出来んわなぁ。それでも、会場を温める役割はしっかり果たすところがプロである。
 これまで仕事で行った最北端が苫前とのこと。北海道出身の私でも、行ったことはない。最南端が長崎五島列島というのは意外だった。キリンからゾウでサゲ。この人たちのエスプリが効いたネタは、後日に期待しよう。

林家扇『金明竹』 (17分)
 六月から二ツ目。与太郎の声の大きさが耳に残る。小さい声よりは良いかもしれないが・・・・・・。頑張っていただきましょう。

初音家左橋『お菊の皿』 (15分)
 かつて末広亭で二度聴いているが、この高座が今までの中ではもっとも良かった。しかし、それは下座さんのお蔭でもある。最初にお菊が井戸から出てくる場面、そして人気が出てきたお菊と客が会話をする場面で効果的な三味線と太鼓が入った。元々噺家さんによって工夫の入るネタだが、この人の高座も楽しかった。ようやく会場も温まってきた。

のだゆき 音楽パフォーマンス (12分)
 初である。ベルを使ったネタ(?)の後、主役は「ヤマハ ピアニカ37D」である。せっかく本人が型式まで紹介していたので、写真を掲載^^
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 長いパイプを接続して口に咥え、頭で「上を向いて歩こう」、顔(顎)で「蛍の光」を演奏。
 元はピアニストらしい。どういう経緯かは分からないが、女性のピンで音楽演奏の芸人とは、非常に珍しい。夫婦では“夫婦楽団ジキジキ”がいる。この人は、ジキジキのリズミカルでストレートなノリとの差別化なのか、いわゆる天然ユルユルなキャラを演じている。最後はリコーダーでの演奏。二本使って「ふるさと」そして「出たい番組」とふって「笑点」のテーマ。そう言えば、ジキジキはあの番組に出ていたなぁ。
 色物としての希少価値はあると思う。しかし、本人の天性なのかどうか分からないが、必ずしも、ゆるキャラで演出しなくても、スピーディに演奏技術を披露してもよいような、そんな印象も受けた。

三遊亭歌司『小言念仏』 (15分)
 朝ネットで調べたら、国立演芸場はこの人が主任だった。一之輔やひな太郎の名もあったので、少し心が動いたが、古今亭の池袋を選んだ。
 漫談風のマクラを8分ふって本編へ。このネタは今では喜多八が十八番にしているが、歌司もなかなか楽しい高座。しかし、この人の力量なら当然、とも言えるだろう。

柳家はん治『鯛』 (20分)
 新幹線での怖いお兄さんの迷惑な携帯電話のマクラから、「おや、『背なで老いてる唐獅子牡丹』か?」と思っていたら、同じ六代目(あえて“目”をつける)文枝作のこの噺。生簀(いけす)の魚を客が選んで掬い上げて食べさせる料理屋があるが、その生簀の中の鯛たちの会話のネタ。普通は三日とはとどまらずに料理にされるのに、なんと開店以来二十年生簀に残る主がいる。新人の鯛が挨拶に行くと、いかに生き残るかという技を伝授する、などSF的な楽しいネタ。はん治にとっては平成17(2005)年に芸術祭新人賞を受賞した時のネタだ。
 私は六代目文枝は落語作家としては高く評価している。そして、はん治は文枝の落語が、何とも似合うのである。『ぼやき居酒屋』や唐獅子も含めて、はん治のための落語作家ではないかと思うほどである。はん治が文枝の新作を演じると、本人以上に高座には“古典”的な色合いが出るし、なんとも言えない味わいが醸し出される。これは、感性の問題なので何とも表現しにくいが、はん治にとって文枝は得がたい落語作家に違いない。

ダーク広和 奇術 (15分)
 ロビーで一服してから戻って後半を楽しんだが、この人の“しゃべり”は好きだ。紅白の紐、トランプ、なかなか楽しい奇術。

桂文楽『替り目』 (24分)
 仲入り前は、久し振りに聴くこの人。どうしても“ソース焼きそば”の小益、のイメージが払拭できないが、この人は志ん朝と同じ昭和13年生まれだから今年で75歳。見た目は年齢を感じないわけにはいかないが、高座は結構だった。ほぼ志ん生の型なのだが、もしかすると志ん生に稽古してもらったかもしれない。女房をおでん屋に行かせた(と思った)後、酔っ払っている旦那がうつむき加減で目を半分閉じながら女房への感謝の独り言を言う場面、筋書きとしても納得のいく演出。うどん屋も登場してサゲまでの高座。私は、懐かしさもあって、なぜか嬉しかった。
 しかし、文楽の高座の最中に三名ほどお客さんが入ってきたのは、ちょっと感心しない。開口一番や色物は途中入場も問題ないと思うが、落語の高座は、寄席であろうがホールの落語会であろうが、途中なら待つべきだろうと、私は思う。それも仲入り前の高座である。実は、仲入り後も、たぶん夜の部(主任は市馬、仲入り前が喬太郎)目当てのお客さんなのだろう、数名が落語の高座途中で入場していた。池袋の客層も、以前に比べて変わってきたのだろうなぁ。

橘家円十郎『ナースコール』 (16分)
 仲入り後はこの人。久し振りだが、また太っただろう、座布団に座る時の「よいしょ」が物語っている^^
 お客さんに「らくだが好きです、歌武蔵師匠」と言われた、と言っていたが、歌武蔵より上ではないか。
 ネタは三遊亭白鳥作。詳しい筋書きは説明しないが、このネタはこの人に合っているようだ。とある病院、204号室の入院患者吉田さんと新米看護師みどり、そして婦長との会話が、なかなか楽しい。クイツキとして、この日もっとも笑いをとっていた高座。

古今亭志ん輔『稽古屋』 (16分)
 ブログを見ていると、最近はこのネタが多いなぁ。見た目が悪く金もない男が、どうしたら女に持てるかを隠居に相談に行き、隠居から金を借りて稽古屋に行く、という設定が何とも優雅(?)である。
 清元の「喜撰」では調子が合わずに、上方唄の「すりばち」を大きな声で練習するように言われ、屋根に上がって稽古をしていたら、という筋書きだが、八代目柳枝の十八番だった『喜撰小僧』が今では誰も演じないので、この噺で清元であり、お茶の名である「喜撰」が出ることが、非常に貴重な気がする。文菊のこのネタも定評があり、古今亭の噺になってきたような印象。短いながらも結構な高座だった。

小菊 俗曲 (12分)
 私にとっては珍しいことに、『淡海節』の時に三の糸が切れた。三味線には一番細い三の糸の予備を付けているので、張替えをしながら、「三の糸ほど 苦労をさせて いまさら別れる バチあたり」の都々逸をご披露。これも間違いなく芸のうちだろう。張替え後『品川甚句』で締めた。流石だ。

金原亭馬生『船徳』 (29分 *~16:26)
 四年前に、よく朝日名人会に行っていた時に聴いた『唐茄子屋政談』の印象があまり良くなかったのだが、この日の若旦那ものは、非常に結構だった。師匠の先代ほど船上で苦労する徳が客二人にきつく当たることはないが、それもこの人の個性として相応しいように思う。見た目も噺の内容も、清潔感と品を感じる清々しい高座。一門では雲助や今松のみならず、この当代馬生も、もっと聴かなきゃならないなぁ、と実感。


 馬生の高座に感心しながら腰を上げて帰ろうとした矢先、ハプニング発生。高齢のご夫婦の旦那さんが、会場の段差で躓いたようで転んだ。ようやく立ち上がって杖をついてロビーへ。心配になって様子を見ると、相当痛そう。ご自分では歩けそうにない。パイプ椅子で腰を強く打ったようだ。肩を貸してあげて奥の喫煙コーナーの椅子までお連れした。
 ちょうど着替えて出てきた馬生が楽屋から出てきて、心配そうに「どうされました」と声をかけた。演芸場の人も、しばらく様子を見て状況によっては救急車を呼ぶように言っていたので、大丈夫だろうと演技場地下から地上へ。この日は高齢のご夫婦と思しきお客さんが他にもいらしたなぁ。つい、北海道の両親のことを思っていた。

 駅前ではフラダンスの大会(?)なのだろうか、舞台が作ってあり、結構な人だかり。横目で見ながら帰路を急いだ。連れ合いが外出するので帰って犬の散歩に行かなきゃならないのだ。

 帰宅、散歩、そして飲みながらブログを書いていたが、ついゴルフ全英オープンでの松山のプレーに目が行く。よって、書き終わるのは、翌朝になった次第。あらためて、寄席はいい、と思うのであった。
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by kogotokoubei | 2013-07-20 18:41 | 落語会 | Comments(6)
先日㊤を紹介した朝日新聞「2013年参院選 日本の現在地」の㊦が掲載された。サイトでも確認可能。
「朝日新聞」サイトの該当記事

 ㊤と替わって、今度は、いわゆる「右翼」と「左翼」から一人づつ。

「お手軽な愛国主義に席巻され」と題したコメントは、「一水会」代表・木村三浩。プロフィールが以下のように紹介されている。

きむらみつひろ 56年生まれ。81年、「反米愛国・自主独立」を掲げた新右翼「統一戦線義勇軍」を結成、議長に。00年から現職。著書に「憂国論」「『男気』とは何か」など。



 木村の指摘は、次のようなものだ。

 「アメリカと仲良くすることが日本の国益につながる」という政治家や官僚の言説がまかり通っていますが、国益は、目先の損得とは全く違う次元で構想されるべきでしょう。大国の陰に隠れてものを言うような国が、他国から尊敬されるはずがありません。

 決定的だったのは、イラク戦争への加担です。真っ先に開戦を支持し、協力した。そこには日本独自の判断なんかみじんもないし、その判断が妥当だったかの検証すらいまだに行われていません。こんな現状を放置したまま憲法を改正したら、集団的自衛権の旗印のもと、アメリカの下請けとして、どこまでも引きずられて行くことになる。ゆえに現時点では、憲法改正には反対せざるを得ません。

     *

 <何を「取り戻す」>

 TPP(環太平洋経済連携協定)もそうです。日本をアメリカに売り渡すことになると、右翼の立場から反対しています。だけど安倍晋三首相は、東京都議選告示前の街頭演説で遭遇した反対派の人たちを「左翼の人達」「恥ずかしい大人の代表」とフェイスブックで批判しました。日の丸を持っている人もいたのに、自分の言うことに反対する人間はみんな左翼だとレッテル張りをして攻撃する。お手軽な時代にふさわしい、お手軽な政治手法です。

 何よりも許せないのは、アメリカに付き従っている代償行為として、お手軽ナショナリズムを政治がくすぐっていることです。その典型が、今年4月28日の「主権回復の日」。沖縄を例にとるまでもなく、主権なんて回復されていないじゃないですか。あまりにも腹が立ったので、「羊頭狗肉(ようとうくにく)の戦後レジームからの脱却を許すな」という横断幕を掲げ、記念式典の開催に合わせて3日間、初めて国会前で座り込みをしました。

 自民党は「日本を取り戻す」と盛んに言っていますが、どこから何を取り戻すつもりなのでしょうか。政治の言葉にくすぐられ、踊らされたらロクなことにならない。「取り戻す」の内実はきちんと検証されなければなりません。


 私は、木村の主張を好意的に受け取った。

 かたや「左翼」代表としては、社会運動家・太田昌国が、「自己批判できない左翼の敗北」と題して、次のように主張している。 

 日本は産業構造が大きく変化し、少子高齢化も進んで新しい時代を迎えています。私たちはかつてのような「経済成長第一」の考え方自体を見直すべき時期に来ているはずです。いったんは解決したと思われた貧困問題も再び浮上し、中堅の働き手も高齢者も子どもも、それぞれつらい状況を生きている。問題の根がどこにあるのかをよく見極め、具体的な解決策を打ち出していくのが、本来の政治のあるべき姿でしょう。

 ところが安倍政権は、目の前に山積している課題を放置しながら、矛盾を糊塗(こと)するかのように外に「敵」をつくり、ナショナリズムをあおっている。「日本を取り戻す」という威勢のいい言葉で目くらましにしようとしている。

 残念ながら、社会全体が抵抗力を失っている感じがします。メディアの批判的な言論もすっかり衰退しました。社会はここまで、むざむざと壊れるものなのかと、呆然(ぼうぜん)とすることもあります。

     *

 <新しい運動模索>

 もともと無政府主義に惹(ひ)かれていた僕は、党や組織を絶対化することが諸悪の根源だと考えていましたから、無党派ラジカルの立場からイラク派兵阻止や反安保など様々な社会運動にかかわってきました。ソ連崩壊は抑圧的な社会主義の崩壊であって、広い意味での社会主義思想が再生するためにはプラスだと評価する立場です。

 だからこそ、ますます非人間的になっていく状況を人間の理性がいつまでも放っておくとは思わない。批判の理論と実践が人々の間から生まれないはずがない。こういう時代だからこそ、左翼は再登場しなければならないんです。

 そんな芽はどこにも見えないじゃないか。一体どこにあるんだと言われれば、確かにそうかもしれない。でも失敗に学び、どうすれば「権力を取らずに社会を変えられるか」という問題意識は生まれています。反権力ではなく、非権力・無権力の立場から新しい言葉、新しいスタイル、新しい社会運動の模索が始まっています。それは、大きな希望です。

 いま世界をおおっている現代資本主義は、5世紀かけて形成されてきた強靱(きょうじん)なシステムです。これを批判する思想と運動が、いったん敗北した後によみがえるには、まだまだ時間が必要なのです。



 ちなみに、太田のプロフィールは次のようになっている。

おおたまさくに 43年生まれ。「現代企画室」編集者。南北問題や民族問題を研究。著書に「『拉致』異論」「鏡としての異境」「チェ・ゲバラ プレイバック」など。




 木村の“自民党は「日本を取り戻す」と盛んに言っていますが、どこから何を取り戻すつもりなのでしょうか。政治の言葉にくすぐられ、踊らされたらロクなことにならない。「取り戻す」の内実はきちんと検証されなければなりません”という言葉に異論はない。

 そして、太田の“残念ながら、社会全体が抵抗力を失っている感じがします。メディアの批判的な言論もすっかり衰退しました。社会はここまで、むざむざと壊れるものなのかと、呆然(ぼうぜん)とすることもあります”という感慨には共感できる。

 よく言われることでもあるが、もはやかつての「右翼」「左翼」と、紹介されている二人の見解にも表れているように、今日の「右翼」「左翼」の実態は相当変わってきている。

 「日米安保体制」に批判的な「右翼」は、かつて想像できなかっただろうし、「非権力」「無権力」からの新たな社会運動を唱える「左翼」も、従来のイメージからかけ離れていると言える。もう、かつてのイメージの「右翼」≒「保守」であったり、「左翼」≒「権力打倒」を払拭しないと、発言内容だけでは「右」か「左」かの判断ができない。


 さて、あらためて今回の特集のこと。朝日は㊤の五人、㊦の二人の発言から、いったい次の参院選に向けて、何を伝えたかったのか。


 「とりあえず、いろんな考えを持つ人たちの発言を載せました」というのが、この特集の意図ということなら、それはそれでよし、としよう。

 では、肝腎の朝日新聞の「足元」はどれだけ強固なものなのか、それは社説にでも表明されているのだろうか。

 最近の社説で参院選に関して主張が少しは明確になっていそうなのが9日の社説だ。全文をご紹介。「朝日新聞」サイトの該当記事

(社説)参院選と憲法 首相は疑念にこたえよ

 憲法改正の行方を左右する参院選なのに、議論がどうにも深まらない。改憲を持論とする安倍首相が、選挙戦では多くを語らないからだ。

 まずは「アベノミクス」で参院選を戦い、改憲は政権基盤を安定させてから——。首相がそんな計算から議論を逃げているとしたら、あまりにも不誠実な態度だ。

 首相はこの春、改憲手続きを定めた96条をまず改正するよう訴えていた。参院選の結果次第では、日本維新の会などを含め改憲発議に必要な3分の2の勢力を、衆参両院で確保できると踏んだからだろう。

 ところが、その後の維新の会の低迷や、改正に慎重な公明党への配慮もあって、96条改正に正面から触れなくなった。

 かといって、首相が改憲を棚上げにしたわけではない。街頭演説では「誇りある国をつくっていくためにも、憲法改正に挑んでいく」と語っている。

 問題なのは、首相は「私たちはすでに改正草案を示している」というばかりで、どの条項から改めたいのかを明確にしていないことだ。

 自衛隊を「国防軍」と改め、集団的自衛権の行使を認める。首相がそう考えているなら、なぜ9条改正をめぐって野党と堂々と議論しないのか。でなければ、有権者に十分な判断材料を示せない。

 憲法に対する首相の基本的な認識についても、疑念を抱かざるを得ない。

 首相は日本記者クラブの党首討論会で、権力に縛りをかける憲法の役割について「王権の時代、専制主義的な政府に対する憲法という考え方」だと語った。自民党草案には基本的人権を制約する意図があるのでは、との質問に答えてのことだ。

 だが、民主主義のもとでも権力や多数派がしばしば暴走することを、歴史は教えている。それを時代錯誤であるかのように切り捨てるのは、認識不足もはなはだしい。

 参院選後は、消費税率引き上げの判断や環太平洋経済連携協定(TPP)など課題が山積みだ。仮に改憲派が多数を占めても、改正が直ちに政治日程に上るかどうかはわからない。

 一方で、参院選は与党の優位が伝えられ、今後3年間、衆参両院で与党主導の態勢が続く可能性がある。

 改憲が現実味を帯びてきた中での参院選である。「改正する」「しない」の抽象的な二元論では済まされない。

 具体論がなければ、一票の行き先は決められぬ。



 この社説が指摘する、 “問題なのは、首相は「私たちはすでに改正草案を示している」というばかりで、どの条項から改めたいのかを明確にしていないことだ” って、本当に問題なのだろうか?

 安倍右傾化自民党の狙いは、あまりにも明確だろう。安倍が言うように「改正草案」の内容を吟味すれば、十分にメディアは問題点を指摘できるはずだ。

 そもそも、この選挙戦において安倍は確信犯として憲法改正に関する具体論を避けているのは明白だ。

 最後の「具体論がなければ、一票の行き先は決められぬ」という言葉は、読者に、「そうか、そうだよなぁ、それじゃ決められないなぁ」という空気を助長し、無関心派や棄権組を増やすことにさえなりかねないのではないか・・・・・・。

 この論調で最後を締めるなら、「具体論を避け、アベノミクスのプラスのイメージに頼って選挙を乗り越えようとしても、有権者に対して説明責任を果たしているとは言えない」とでも書けばよいわけで、思考中止を肯定するような表現は大いに疑問だし、安倍晋三への悪口を言っているだけのようで、まったくオピニオンにはなっていない。


 今、朝日を含むかつての「左翼」メディアは、自分達の足元が見えていないか、あるいは、その足元を固めることを放棄しているようにも思える。そして、産経を代表とするかつての「右翼」メディアは安倍自民党の広報部門に成り下がっている、と言ってもよいだろう。

 21日には、テレビ局も大新聞も選挙結果の速報のために多くの人間を動員するのだろうが、「当確」を早く出すのことは、政治の本質的な問題としては、まったく重要ではないだろう。
 選挙の開票速報を、どこかのテレビ局が勇気をふるって放送しないで、ぜひ落語でも放送してくれないかと期待しているが、なかなかそうはならない。

 いっそ、投票日は、じっくり自分達メディアの今後のあり方について、社内で議論を戦わせる時間に充ててはどうか。そんな気がする。「速報性」なら、今やネットの時代である。新聞には、もっと別な使命があるはずだ。
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by kogotokoubei | 2013-07-18 00:24 | 責任者出て来い! | Comments(0)
第47回、とのこと。今年一月の第41回、昨年の落語協会の三人の抜擢真打の会以来。2013年1月24日のブログ

 久し振りのネオン瞬く池袋東口だ。今月前半は平日の落語会に行くことが難しかったので、6日の国立演芸場以来の生落語。この顔ぶれに期待していた。

 「王道」はともかく、「三つ巴」とは、たぶん落語協会、落語芸術協会、そして円楽一門、という三派の代表といった意味が込められているのだろう。プラスワンが立川流なので、四派競演とも言える。

次のような構成だった。
---------------------------
(開口一番 立川こはる『十徳』)
三遊亭兼好 『粗忽長屋』
瀧川鯉昇  『船徳』
(仲入り)
五街道雲助 『もう半分』
---------------------------

立川こはる『十徳』 (26分 *19:02~)
 一昨年8月の国立演芸場での一之輔の会以来。昨年立川流の二ツ目になり、積極的にいろんな仕事を引き受けているようだ。朝4時起きで岐阜の郊外に6時間かけて行って、「田植え」「落語」「バーベキュー」というイベントに出演した体験や、私服はジーンズとTシャツと長袖シャツだけで通しており、毎晩風呂場で洗濯するなどのマクラ、約16分は長かったなぁ。たぶん25分の持ち時間があったのだろうが、かつて浜松町かもめ亭などで前座時代に聴いた高座は、ほとんどマクラなしだった。せっかくのチャンスとばかり、こはるは、少し自分の体験を元にしたマクラで、頑張ったのだろう。会場の笑いはとっていたが、私は、もう少し長いネタを聴きたかった。
 また、この噺は、噺家によって独自のクスグリを入れることもできるのだが、ほとんど内容をいじっていなかった。たとえば、一昨年の9月の桂米二の会で桂そうばが演じていたが、彼のオリジナルかどうかは分からないが、「羽織にニタール」「衣にニタール」で「シタール」、「インドの楽器かい!」というのが、楽しかった。2011年9月9日のブログ
 私は若手女流噺家の中では、もっともこの人を買っている。二ツ目は、いろんな意味で“踊り場”と言えるだろうが、ぜひこの時期の修行をバネに成長して欲しい。NHK新人には出ないのかなぁ。昨年のぴっかり☆に続いて、チャレンジしてもらいたいものだ。

三遊亭兼好『粗忽長屋』 (25分)
 こはるが、可愛い顔をしてなかなかしたたかである、と評していた。そりゃぁ、そうじゃなかったら談春の弟子は務まらないだろう。温度差が眠気を誘うが、冬、室内が暖かくなって眠る客は徐々に眠っていくので高座から安心して見て居られるが、夏場、冷房が効いて寝る人は突然なので、気にかかる、とジェスチャーを交えて解説(?)。自宅ではエアコンを入れないので、兼好一家が“裸族”であるということや、奥さんがなぜか死体と縁がある、とネタにつながるマクラを経て本編へ。
 この人らしい演出で楽しかったが、終演後に居残り分科会でのリーダーSさんの評価は、あまり高くない。これは相性なのだろうなぁ。語り口が現代風とも言えるので、仲間内で話しているような印象を受けるのではないだろうか。それを、プラスの親近感と受け取るか、古典を崩しすぎと思うかは、人によって分かれるかもしれない。

瀧川鯉昇『船徳』 (38分)
 地元(浜松)で警察署長をしていた同級生のネタも、定番のマクラになってきた。冷房は団扇が五つと古い扇風機。モーターが熱を持つので、夫婦で交代で団扇で扇ぐ、というのも夏のレギュラーかな。「甲」「乙」「丙」で風力を切り替える扇風機って、ないでしょ^^
 そういったマクラ10分ほどで本編へ。入場の際に配布されたプログラム、恒例の主催者永田さんのコラムでこのネタのことが書かれていたので、誰かがかけるとは思っていた。この人のこの噺を最初に聴いたのは、かれこれ四年前の横浜にぎわい座、当時の平治との二人会だったが、その時は大爆笑だったし、独自の演出に感心もした。
2009年6月10日のブログ
 たとえば、船宿の二階に厄介になっている若旦那の徳が、銭儲けをしようと思い、なんとか「うぐいす」を捕ろうとしたが失敗したというクスグリの内容は、上方落語『鷺とり』でよく使われるネタなので、その向学心(?)に驚きもしたし、感心したことを思い出す。しかし、この日は、今一つリズムが乗らなかったように感じる。「うぐいす」のネタもなかった。
 船宿の親方と徳との会話が少し冗長になった感じで、親方に呼び出された船頭たちが、勝手に「小言」と勘違いして、しくじりを暴露する場面がなくなったのは、時間調整だろうか。終演後にSさんが、「せっかく、軍鶏鍋のぼうずの名を出したのに、もったいない」と嘆いて(?)いらした。最後の独自のサゲに至るまで、私は着物の裾の乱れが気になっていた。それだけの力演なのだが、ややお疲れ気味の還暦鯉昇、という印象。

五街道雲助『もう半分』 (35分 *~21:20)
 鯉昇と雲助の持ち時間が、たぶん35分だったと察する。雲助は、きっちりと時間内での結構な高座で、この会を締めてくれたように思う。
 マクラは、テレビで見たという昔ながらの暑さしのぎで、実際に体温が下がるのかという実験のこと。
 ①風鈴②かき氷③怪談話、で実験したらしい。風鈴は意外に効果があったが、かき氷はいったんは体温が下がるものの後で反動も大きい、とのこと。落語の怪談は、かつては彦六の正蔵が書割などの舞台装置や、前座が幽霊になって客席に登場するなど大掛りなものだったが、「私のは、怪談のようなもの、なんちゃって怪談」と卑下していたが、どうしてどうして、マクラも無駄なく楽しかったし、本編も結構な高座だった。
 三年前に、「稲葉守治を偲ぶ盆公演」と題された「若手研鑽会OB会」で聴いて以来だが、流石だ。2010年8月5日のブログ
 他の噺家さんでは、棒手振りの八百屋の爺さんが、娘が吉原に身を沈めてこしらえた五十両を煮売酒屋夫婦にネコババされ、悲嘆にくれて橋から身を投げるという筋書。しかし、雲助は五代目の正蔵の速記を掘り起したらしいが、煮売酒屋の主が爺さんを追って、包丁で芝居仕立てで殺す演出である。芝居噺とまでは言えないのだろうが、こういう演出の噺なら、他の追随を許さない。煮売酒屋夫婦が、爺さんの五十両を奪うことを相談する場面など、人間の本性を垣間見せる目と仕草での演技も見事だった。三派(こはるを含めると四派)競演ということで言えば、落語協会雲助の完勝、という高座。もちろん、落語に勝ち負けなどはないのだが、そう思わせる高座、今年のマイベスト十席候補とする。候補となる雲助の高座が、また増えた。
 なお、小学館の「落語の蔵」から、雲助のこの噺をダウンロードできる。次の該当ページに筋書きも詳しく書いてあるし、五代目正蔵の速記を元にした演出であることは、このページの解説で知った。「落語の蔵」サイトの該当ページ
 

 終演後はリーダーSさんと居残り分科会。会場近くの居酒屋、初めて行くがSさんの旨い店を嗅ぎ付ける“臭覚”は鋭い。私が頼んだ鮪の中落ちには焼き海苔がついてきて手巻き風にも食べれるなど、気が利いている。Sさんが注文した鮎の塩焼きも美味しかったようだ。「雲助以外は、今一つだったかなぁ」、などと話していると、なんとその雲助を除く出演者と主催者の方々が入ってきた。「じぇじぇ!」である。打ち上げだ。カウンターに座る我々のすぐ近くの席なので、とても大きな声で小言は言えない状況に陥った^^

 それでも、落語のことやら、海外ミステリの話題、そしてSさんが九月に同じ日にシェイクスピアの芝居と能のダブルヘッダーがあることなどで話が弾み、二合徳利が空いていく。もちろん、予定通り(?)に帰宅は日付変更線を越えたのだった。

 それにしても、出演者の皆さんの打ち上げは、時々こはるの声が聞こえた位で、非常に静かだったなぁ。皆さん夏の疲れがたまっているのでしょう、きっと。こっちも、バテずに夏を乗り越えなきゃ。
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by kogotokoubei | 2013-07-17 06:10 | 落語会 | Comments(2)

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by 小言幸兵衛