噺の話

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27日に末広亭に行き、プログラムの「寄席だより」に、落語協会の来秋、そして二年後の春の真打昇進者とともに、落語芸術協会の来年五月の昇進者三名のことが掲載されていた。
 
 落語芸術協会のホームページにも掲載されているのだろう、と思っていたのだが、現時点ではまだ案内がない・・・・・・。

 末広亭のホームページにも「寄席だより」の内容は掲載されているのでご紹介。末広亭のHPの「寄席だより」のページ

落語芸術協会は来年5月 3名が昇進

落語芸術協会(会長・桂歌丸)は3名の新真打。三笑亭月夢、春風亭笑好、雷門花助で、真打披露は来年5月上席(1日~10日)の当席から始り、各寄席で興行。



ちなみに、今年の春の昇進者の案内は、昨年の八月に発表されており、私もブログに書いた。2011年8月3日のブログ

 来春の昇進者の三名は例年通りの年功昇進で香盤通り。落語芸術協会のHPの二ツ目のページ
 春風亭笑好と雷門花助は生で聴いている。花助は今年二月の人形町らくだ亭で『薬違い』という珍しいネタを聴いてが、結構しっかりした高座に好感を持った。2012年2月22日のブログ

 笑好の高座は、あまり良い印象はないが、これからの精進次第だろう。
 月夢は、なかなかユニークな経歴の持ち主のようだが、来年ぜひ聴いてみたいと思っている。

 しかし、芸協は、なぜホームページに、この大事な情報を掲載していないのか・・・・・・。
 ホームページ担当者が、すでに正月休みに入ったかだけか。

 いずれにしても、来春は、落語協会の真打昇進はないから、芸協の三名は、ある意味非常に得な時期での昇進と言えるのではなかろうか。ぜひ、その時の“利”も生かして三名の披露興行が盛況であることを期待する。

 芸協幹部は、昨年の今頃、納会での末広亭席亭の一言で動揺していたと察する。しかし、他の一門の手助けなどなくとも、十分に定席に客を呼べるはず。春の披露興行も、その一環とすることができるのではないか。だからこそ、もっとネットも有効に使うべきだと思うよ。
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by kogotokoubei | 2012-12-29 13:40 | 真打 | Comments(0)
一人一席に絞り込んだものを含め、あらためて時系列で並べてみる。

(1)桂米二『けんげしゃ茶屋』
   京の噺家 桂米二でございます 内幸町ホール 1月10日

(2)むかし家今松『子別れ~通し~』
   ざま昼席落語会 むかし家今松・柳亭燕路 ハーモニーホール座間 2月11日

(3)柳家喬太郎『竹の水仙』
   噺小屋スペシャル 小満ん・喬太郎の会 銀座ブロッサム 2月29日

(4)柳家小満ん『しじみ売り』 
  雪月花五たび 柳家小満ん 国立演芸場 3月27日

(5)桂歌丸『双蝶々 雪の子別れ』
   国立演芸場 四月中席 4月14日

(6)古今亭菊之丞『棒だら』
   第32回 新文芸坐落語会 2000年代真打昇進者競演 4月18日

(7)五街道雲助『景清』
   雲助蔵出し ふたたび 浅草見番 4月21日

(8)春風亭一之輔『五人廻し』
   真打昇進披露公演 国立演芸場 5月19日

(9)春風亭一朝『天災』 
   北沢落語名人会 春風亭一朝・一之輔親子会 北沢タウンホール 6月1日

(10)柳家権太楼『らくだ~通し~』 
   第十三回 大手町落語会 昼席「ザ・柳家!」 日経ホール 6月23日

(11)春風亭百栄『マザコン調べ』
   第397回 花形演芸会 国立演芸場 6月30日

(12)柳家喜多八『付き馬』
   柳好十八番~四代目春風亭柳好トリビュート~ 国立演芸場 7月4日

(13)入船亭扇辰 『野ざらし』
   喬太郎・扇辰・白酒 三人会 杜のホールはしもと 7月6日

(14)三遊亭兼好『へっつい幽霊』
   横浜ひとり会  横浜にぎわい座・のげシャーレ 7月31日

(15)古今亭志ん輔『お見立て』
  国立演芸場 八月上席 8月4日

(16)入船亭扇遊『三井の大黒』
  入船亭扇遊・扇辰 兄弟盃の会 三杯目 国立演芸場 8月7日

(17)笑福亭松喬『崇徳院』
  JAL名人会  内幸町ホール 8月29日

(18)桂文三『はてなの茶碗』
  ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 9月8日

(19)桃月庵白酒『心眼』
  白酒ひとり 国立演芸場 11月12日

(20)柳家三三『錦の袈裟』
  月例三三独演 イイノホール 12月11日


 あら、ちょうど二十席になった。これを半分に絞るのが、大変なのであるが、これがまた楽しくもある。(若干M的なのかもしれない^^)


 思案に思案を重ねた結果選んだ十席を並べよう。
 
<小言幸兵衛 平成二十四年 マイベスト十席>

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 むかし家今松『子別れ~通し~』
   ざま昼席落語会 むかし家今松・柳亭燕路 ハーモニーホール座間 2月11日
→地域落語会で、さりげなく演じられた大ネタ。その時の驚きと喜びは今でも忘れられない!
2012年2月12日のブログ

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 柳家喬太郎『竹の水仙』
   噺小屋スペシャル 小満ん・喬太郎の会 銀座ブロッサム 2月29日
→“古典回帰”を象徴するような、無理な笑いを取ろうとしない新生『竹の水仙』に拍手!
2012年3月1日のブログ

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 柳家小満ん『しじみ売り』 
   雪月花五たび 柳家小満ん 国立演芸場 3月27日
→しじみ売りの小僧の言葉に、思わず目が潤んだ。志ん生版を踏まえた珠玉の高座!
2013年3月28日のブログ

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 五街道雲助『景清』
   雲助蔵出し ふたたび 浅草見番 4月21日
→江戸時代の寄席の雰囲気漂う会場で、ご通家揃いの客の前での名人芸に唸った!
2012年4月21日のブログ

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 春風亭一朝『天災』 
   北沢落語名人会 春風亭一朝・一之輔親子会 北沢タウンホール 6月1日
→この師匠にして、あの弟子あり。大師匠・師匠から歴史をつなぐお家芸が見事!
2012年6月1日のブログ

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 柳家権太楼『らくだ~通し~』  
   第十三回 大手町落語会 昼席「ザ・柳家!」 日経ホール 6月23日
→通しで味わえた、復活権ちゃんの至芸に感謝!
2012年6月23日のブログ

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 柳家喜多八『付き馬』 
   柳好十八番~四代目春風亭柳好トリビュート~ 国立演芸場 7月4日
→この難しい噺のイメージを一変させてくれた喜多八ワールドの奥は深い!
2012年7月5日のブログ

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 入船亭扇辰 『野ざらし』
   喬太郎・扇辰・白酒 三人会 杜のホールはしもと 7月6日
→緩急と間、そして表情の変化、時間と空間を操る芸術的な扇辰ワールドが輝いた!
2012年7月6日のブログ

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 笑福亭松喬『崇徳院』
  JAL名人会  内幸町ホール 8月29日
→一席に精魂を込めた上方落語界重鎮の見事な高座。これぞ一期一会!
2012年8月29日のブログ

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 桃月庵白酒『心眼』
  白酒ひとり 国立演芸場 11月12日
→白酒は滑稽噺だけではない、ということを立証する高座。あの師匠にして、この弟子あり!
2012年11月12日のブログ

 迷い始めたらキリがない。悩みに悩んで目をつぶった高座も数席。もちろん外した十席を含めて、マイベスト二十席と言うことである。

 あぁ、何とか年内に選ぶことができた。


 次に、特別賞があるのでご紹介。

 まず、「新人賞」を今年から設けたい。これは、迷うことなく、この人。

<新人賞>  春風亭一之輔
 五十日間、五十一席の真打昇進披露興行で二十四種類の噺を披露。そのうち二席のみだが生で聴くことができた。披露興行の後も、寄席を休まず、また呼ばれれば東奔西走で披露の落語会をこなした様子は、ブログを読んでもよく分かる。真打は始まり、ということで言えば、非常に素晴らしいスタートを切った一年だったと思う。
 なお、一之輔の二十四のネタにご興味のある方は、5月21日のブログをご覧の程を。
2012年5月21日のブログ


 次に、上期と下期で一つづつ、寄席で出会った得難い高座に寄席大賞。
  
<寄席大賞>
  
上期:三笑亭笑三『悋気の火の玉』 池袋演芸場5月上席 5月3日
   →御年八十七歳の、何とも力感溢れる高座が、印象に残る。「長生きも芸のうち!」
2012年5月3日のブログ
  
下期:金原亭伯楽『目黒のさんま』 末広亭10月中席 10月27日
   →「旬」のネタを、無理なく無駄なく楽しく聴かせていただいたことに、感謝!
2012年10月28日のブログ

 次に、滅多に聴けない演出の、この噺。

<特別余興賞>
   五街道雲助『人情噺 火焔太鼓』  雲助蔵出し ふたたび 浅草見番 4月21日
   →この人、そして、この会だから聴けた演出。今でも思い出すと笑ってしまう。
   マイベスト十席に入った 『景清』と同じ日に、あのネタとは、なんと贅沢な会だったことか。


  さぁ、これで今年も年を越せる。

  少しでも来年が良い年であることを期待したい。そして、また落語を愉しむだけの心と財布の少しの余裕のある一年であれば良いと思う。
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by kogotokoubei | 2012-12-28 17:30 | 落語会 | Comments(6)
昨夜の末広亭で、私の年内に行く落語会、寄席はお開き。

 1月の小田原で始まり、末広亭まで、結果として計ったかのように月に四回づつ、計四十八回となった。昨年より一回多かった。

 さて、今年も、飽きずにマイベスト十席を選ぼうと思う。候補を時系列で並べてみる。

(1)桂米二『けんげしゃ茶屋』
   京の噺家 桂米二でございます 内幸町ホール 1月10日

(2)むかし家今松『子別れ~通し~』
   ざま昼席落語会 むかし家今松・柳亭燕路 ハーモニーホール座間 2月11日

(3)入船亭扇辰『夢の酒』
(4)柳家喬太郎『死神』
   如月の三枚看板 喬太郎・文左衛門・扇辰 銀座ブロッサム 2月17日

(5)柳家喜多八『もぐら泥』
(6)春風亭一朝『三枚起請』
   第40回 人形町らくだ亭 日本橋劇場 2月21日

(7)柳家小満ん『雪とん』
(8)柳家喬太郎『竹の水仙』
   噺小屋スペシャル 小満ん・喬太郎の会 銀座ブロッサム 2月29日

(9)春風亭一之輔『不動坊』
   第34回特撰落語会 一之輔・菊六 日本橋社会教育会館  3月2日

(10)柳家小満ん『しじみ売り』
   雪月花五たび 柳家小満ん 国立演芸場 3月27日

(11)桂歌丸『双蝶々 雪の子別れ』
   国立演芸場 四月中席 4月14日

(12)古今亭菊之丞『棒だら』
   第32回 新文芸坐落語会 2000年代真打昇進者競演 4月18日

(13)五街道雲助『景清』
   雲助蔵出し ふたたび 浅草見番 4月21日

(14)柳家喜多八『短命』
   喜多八膝栗毛 春之瞬 博品館劇場 5月16日

(15)春風亭一之輔『五人廻し』
   真打昇進披露公演 国立演芸場 5月19日

(16)春風亭一朝『天災』 
   北沢落語名人会 春風亭一朝・一之輔親子会 北沢タウンホール 6月1日

(17)柳家権太楼『らくだ~通し~』 
   第十三回 大手町落語会 昼席「ザ・柳家!」 日経ホール 6月23日

(18)春風亭百栄『マザコン調べ』
   第397回 花形演芸会 国立演芸場 6月30日

(19)柳家喜多八『付き馬』
   柳好十八番~四代目春風亭柳好トリビュート~ 国立演芸場 7月4日

(20)入船亭扇辰 『野ざらし』
   喬太郎・扇辰・白酒 三人会 杜のホールはしもと 7月6日

(21)柳家喜多八『明烏』
   道楽亭出張寄席 笑っていただきます!!  牛込箪笥区民ホール 7月20日

(22)三遊亭兼好『へっつい幽霊』
   横浜ひとり会  横浜にぎわい座・のげシャーレ 7月31日

(23)古今亭志ん輔『お見立て』
  国立演芸場 八月上席 8月4日

(24)入船亭扇遊『三井の大黒』
  入船亭扇遊・扇辰 兄弟盃の会 三杯目 国立演芸場 8月7日

(25)笑福亭松喬『崇徳院』
  JAL名人会  内幸町ホール 8月29日

(26)桂文三『はてなの茶碗』
  ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 9月8日

(27)柳家小満ん『忍び三重』
(28)古今亭志ん輔『子は鎹』
  人形町らくだ亭 日本橋劇場 10月22日

(29)むかし家今松『大坂屋花鳥』
  むかし家今松独演会 国立演芸場 11月8日

(30)桃月庵白酒『心眼』
  白酒ひとり 国立演芸場 11月12日

(31)柳家喜多八『黄金の大黒』
  喜多八膝栗毛 秋之瞬 博品館劇場 11月20日

(32)三遊亭兼好『磯の鮑』
  横浜ひとり会 横浜にぎわい座・のげシャーレ 11月28日

(33)柳家三三『錦の袈裟』
 月例三三独演 イイノホール 12月11日

(34)柳家小満ん『大神宮の女郎買い』
 おさらい会 其の三 目白庭園・赤鳥庵 12月14日

 
 上半期で十八席、下半期で十六席の、計三十四席になった。

 まず、自分で決めたルールに基づき、一人の噺家は一つの高座に絞る。
 
 複数の高座が候補に上がった人は九人。選択したネタと理由を、簡単に書かせていただく。

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むかし家今松
(1)『子別れ~通し~』 ざま昼席落語会 ハーモニーホール座間 2月11日
(2)『大坂屋花鳥』 むかし家今松独演会 国立演芸場 11月8日
→『大坂屋花鳥』も捨てがたいが、座間での『子別れ~通し~』の印象が、あまりにも強すぎる。

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入船亭扇辰
(1)『夢の酒』 如月の三枚看板 喬太郎・文左衛門・扇辰 銀座ブロッサム 2月17日
(2)『野ざらし』  喬太郎・扇辰・白酒 三人会 杜のホールはしもと 7月6日
→『夢の酒』も良かったが、ライバルの目の前で、サゲまでしっかり演じ貫録を示した『野ざらし』を選択。

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柳家喬太郎
(1)『死神』  如月の三枚看板 喬太郎・文左衛門・扇辰 銀座ブロッサム 2月17日
(2)『竹の水仙』 噺小屋スペシャル 小満ん・喬太郎の会 銀座ブロッサム 2月29日
→憧れの先輩との二人会で、かつてのような大げさなはしゃぎっぷりを抑えながらも十分に楽しませてくれた『竹の水仙』を選ぶ。

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柳家喜多八
(1)『もぐら泥』  第40回 人形町らくだ亭 日本橋劇場 2月21日
(2)『短命』 喜多八膝栗毛 春之瞬 博品館劇場 5月16日
(3)『付き馬』  柳好十八番~四代目春風亭柳好トリビュート~ 国立演芸場 7月4日
(4)『明烏』 道楽亭出張寄席 笑っていただきます!!  牛込箪笥区民ホール 7月20日
(5)『黄金の大黒』 喜多八膝栗毛 秋之瞬 博品館劇場 11月20日
→最多ノミネートは、ダントツ五席の喜多八。先月聴いた『黄金の大黒』の印象は強いが、四代目柳好トリビュートは、会そのものが楽しく、小柳枝や鯉昇も含め、皆が楽しそうに高座に上がっていた。「落語をやらせていただきます」で始めた高座を喜多八自身も楽しんでいたのがよく伝わってきた『付き馬』を選ぶ。

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春風亭一朝
(1)『三枚起請』 第40回 人形町らくだ亭 日本橋劇場 2月21日
(2)『天災』 北沢落語名人会 春風亭一朝・一之輔親子会 北沢タウンホール 6月1日
→これは迷わず、弟子の前で大師匠~師匠を経て伝わるお家芸を見せつけた『天災』。

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柳家小満ん
(1)『雪とん』 噺小屋スペシャル 小満ん・喬太郎の会 銀座ブロッサム 2月29日
(2)『しじみ売り』 雪月花五たび 柳家小満ん 国立演芸場 3月27日
(3)『忍び三重』 人形町らくだ亭 日本橋劇場 10月22日
(4)『大神宮の女郎買い』 おさらい会 其の三 目白庭園・赤鳥庵 12月14日
→これは悩む・・・・・・。銀座も隼町も人形町も目白も、そのどれも良かったが、途中で思わず目が潤んだ『しじみ売り』にしたい。

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春風亭一之輔
(1)『不動坊』 第34回特撰落語会 一之輔・菊六 日本橋社会教育会館 3月2日
(2)『五人廻し』 真打昇進披露公演 国立演芸場 5月19日
→真打披露興行の大千秋楽前日、会場に子どもの姿を見つけながらも廓ばなしを強行(?)した『五人廻し』を選ぶ。

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三遊亭兼好
(1)『へっつい幽霊』  横浜ひとり会  横浜にぎわい座・のげシャーレ 7月31日
(2)『磯の鮑』  横浜ひとり会 横浜にぎわい座・のげシャーレ 11月28日
→桂三木助版を元に、自分なりの無理のない演出を加えて魅せた『へっつい幽霊』を選択。

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古今亭志ん輔
(1)『お見立て』 国立演芸場 八月上席 8月4日
(2)『子は鎹』 人形町らくだ亭 日本橋劇場 10月22日
→これは悩ましい。どちらも結構だったのだが、古今亭十八番を、師匠の呪縛から脱して“志ん輔のネタ”に磨き上げたように感じた『お見立て』を選ぶ。杢兵衛大尽と牛太郎の喜助のやりとりの可笑しさが思い出される。


 さぁ、これで一人一席に絞った候補ができる。

 まず、マイベスト十席選びの序は、ここまで。
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by kogotokoubei | 2012-12-28 14:27 | 落語会 | Comments(0)
仕事納めで終業が早いため、落語の方も今年の納めと決めていた末広亭へ。今松の七日目である。
 昨年も七日目だった。その時は、この会に誘っていただいた落語仲間のYさんと一緒だったが、今年はお互いの都合が合わず単独での参上。

 五時過ぎに着いた時は、伊藤夢葉の奇術の最中。会場の入りは、この時で六分位だったろうか。仲入り後には七分から八分近くまでになっていた。夢葉の後に桟敷へ。
 
 演者とネタと所要時間、そして感想を短めに記していく。

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柳亭左龍『粗忽長屋』 (14分)*17:21~
 ご本人が、「まだ五時二十一分です。まだまだお目当てが続きますから、どうぞお気楽に」と私にとっての開演時刻を教えてくれた。昨年のこの日も左龍から聴いたことを思い出した。こういう本寸法の滑稽噺はニンだ。すでに、中堅の雰囲気が出てきたように思う。持ち味の“目ぢから”が結構だった。

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柳家一琴『目薬』 (13分)
 この人は久し振りなのだが、以前に比べると丸くなった、そんな印象だ。艶笑ネタを楽しく聴かせてくれた。

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丸山おさむ 声帯模写 (10分)
 初である。私には懐かしい“オールナイトニッポン”ネタから始まり、「ビタースィートサンバ」のBGMに続き糸居五郎さんの真似だったが、あまり似ていない。他のあの時代の声帯模写も、客を置いてく芸に、ちょっとついていくのが難しい。

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古今亭菊之丞『権助魚』 (14分)
 柳家が続いた後は古今亭のこの人。今年は聴く機会が少なかったので、暮れに出会えてうれしかった。高座に上がるだけで、その場がパッと明るくなる人は、そうはいないが、この人はその一人。そして、寄席に似合う噺家さんでもある。お内儀さん、旦那、そして権助、何気ない素振りや語り口でしっかり描き分ける、結構な高座だった。

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三遊亭吉窓『ぜんざい公社』 (16分)
 半分位が、あまり笑えない地口の連続。やはり、私には、この落語協会常任理事さんの高座、馴染めない。

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笑組 漫才*「坊ちゃん」 (13分)
 聴きたいネタだった。ゆたかが「坊ちゃん」のあらすじを十秒で説明するあたりでは、この素材を、「ただの我がまま男の物語」的に扱うのか、と思ったが、そこは笑組である。ゆたかが、物語のラストで坊ちゃんが世話になった下女の清をしっかり看取ったことに焦点をあてて“含蓄”をふって、かずおが、坊ちゃんの暴力騒ぎから“青春ドラマ”の教師と悪がき生徒の物語に引き込む。ところどころで「八つ墓村」や「吾輩は猫である」を効果的にクスグリとサゲで使って、なかなか味のあるネタになっていたと思う。このネタでは、かずおの動きと喋りが、なかなか効いていた。「青春って、そんなにうすらトンカチなもんなの」の科白が、なぜか気に入った。

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柳亭燕路『短命』 (17分)
 喜多八の代演。主任の今松とこの人ということになると、今年二月の座間の二人会を思い出す。きっちりした江戸前の本寸法の高座は、寄席を引き締める。マクラのドーベルマンのネタも好きだ。

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三遊亭歌之介『松本とおる君』 (13分)
 仲入り前は、この人。同じネタでも何度でも笑わせる巧みの芸。松本君には、たまにご馳走してあげているだろうなぁ、きっと。

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古今亭菊太楼『たらちね』 (14分)
 初である。歌奴や百栄、志ん丸などと同じ平成20(2008)年9月の真打昇進。マクラで照れを見せてはいけない。なかなかの二枚目だが、他の同期に比べると、線が細いと言わざるを得ないか。ところどころ、センスの良いクスグリがあったりするので、化ける可能性はあるかもしれない。また時間を置いて聴いてみよう。

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ペペ桜井 ギター漫談 (10分)
 たった10分で、ハーモニカまで含む十八番を披露。この人、だんだん良くなっていくような気がする。

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橘家半蔵『祇園会』 (14分)
 初である。小咄を半分して、短縮版の本編へ。師匠譲りかと思われる明るい高座は結構なのだが、季節感のない噺の選択と、ところどころ噛んでいたのが残念。

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桂藤兵衛『商売根問』 (11分)
 初であり、ぜひ聴きたかった人。結論から言うと、結構な高座だったし、私はこの人は好きだなぁ。すずめを焼酎に漬け込んだ米で酔わせて獲る話から、一瞬、「おやっ、鷺とりか?」と思ったが、カッパのネタに進み伊勢屋の蔵に釣竿に一円札を餌として投げ入れて、もっと大金を釣ろうという話でサゲた。
 今振り返ってたった11分とは到底思えない高座。埋もれた噺を上方も含め掘り出して演じるらしいが、来年もぜひ聴いてみたい人を発見でき、うれしい限り。

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翁家勝丸 太神楽 (9分)
 今松への配慮だろう、短い時間で十八番をしっかり。しかし、傘と鞠の芸で、会場から鞠を投げたい人が一人もいなかったのは、なぜだろう。もしかすると、お客さんも、今松の時間づくりに協力するつもりで、見えない意思統一が出来ていたのかもしれない。

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むかし家今松『品川心中~通し~』 (38分) *~21:08
 品川宿のことをマクラでふり始めて、ネタは「心中、それとも居残りか?」などと思っていたが、前者。それも「通し」である。結論から言うと、約40分でまとめた編集の妙には驚いたが、その結果として、個々の見せ場の時間配分が少なくなった印象で、そちらは残念。しかし、このへんは、むかし家今松という噺家について、ある程度の割り切りを持って楽しむことが大事なのだろう。
 『大坂屋花鳥』の時にも感じたのだが、この人は、長講と言えども、不可欠な要素のみを組み合わせて、淡々としたリズムで、客が飽きない範囲で全編をかける、ということに重きを置いているのだろう。言ってみれば、足し算よりは引き算が基本なのかなぁ。
 しかし、そういった今松流が功を奏して、二月の座間での『子別れ~通し~』のような傑作を生む、ということなのでろう。
 『品川心中』の「通し」を生で聴くのは二度目。最初の、四年前の九月、神奈川県民ホールでさん喬の所要時間は、1時間15分だった。
2008年9月18日のブログ
 
 そのほぼ半分で演じる今松の技量は、たしかに凄い。しかし、ある程度覚悟をしてやって来たお客さんがほとんどだったであろうから、あと10分位の足し算があっても良かったように思う。あるいは、過度な引き算部分の復活、ということなのかもしれない。


 さて、今年も末広亭で、今松でお開き。初めて聴けた噺家さんも多く、なかでも桂藤兵衛に縁があったのが、うれしかった。帰宅し、旧暦11月15日の満月を見ながら、仕事納め、落語納めの酒を飲みながらのブログは、すぐには書き終わらず、翌日まで時間が必要だった。

 さぁ、次はマイベスト十席選びである。これまた、楽しくも苦しくもある年の瀬の行事になったなぁ。もちろん、好きだからやるんだけどね^^
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by kogotokoubei | 2012-12-27 23:15 | 落語会 | Comments(6)
先日、一之輔のブログから引用し、BSジャパンでの大晦日の放送予定について書いた。
2012年12月5日のブログ

 ようやくBSジャパンの番組表で31日の内容も表示されるようになったし、番組の案内も掲載された。BSジャパンのサイトの該当ページ

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午後7時からの放送。あくまで「特別」のみなのか、レギュラーとしての復活もあるのかは、サイトの情報からは分からない。

概要は次の通りに案内されている。

番組概要

落語協会、落語芸術協会、落語立川流、圓楽一門会、と。落語4団体から人気、実力を兼ね備えた4人が集合。番組タイトル通り、豪華出演者による、テレビでしか見られない、いや、テレビでも見られなかった夢の競演、
大晦日の落語ライブが実現しました。



 一人だけ「えっ?」という人がいるので、“夢の競演”という言葉に強い説得力を感じないが、語りが伊集院光だから円楽(楽太郎)なのであろう。まぁ、後から見てもよいかなぁ、と録画はしておくつもりだ。サイトをご覧になれば、四名の噺家のネタも記載されている。BGMも、たぶんマイルスと察する。


 また、この番組の前、午後五時からは、次の番組も予定されている。
談志の芝浜~証言からの真実&テレビ初ノーカット一席
BSジャパンのサイトの該当ページ

 私には、なぜ談志の『芝浜』が、これだけ特別扱いされるのか、正直なところ不思議だ。「落語の神様が舞い降りた」とか、いろいろな形容詞がつくことが多いが、それは、やはりその場で一期一会の出会いをした場合にだけ、感動を共有できるもので、ライブラリとして放送するものに、もし過剰な褒め言葉が続くようなら、少し腰が引ける。家元自身が、「俺の落語は『芝浜』だけじゃねえ!」と怒っているのではなかろうか。

 この番組では、よみうりホールで三日間にわたって開催された、立川流の追善落語会の様子も放送されるようだ。もちろん、人それぞれだが、私は、こちらは録画するつもりはない。録画したとしても、きっと途中まで見て消すことになるだろうから。
 
 
 まぁ、それはよいとして、「今どき落語」は、この特別番組のみで終わらず、ぜひ復活を期待している。

 テレビ朝日の「落語者」は復活しそうな気がしない。SKY Aの「らくごくら」も、ほとんど休止状態に近い。MXテレビの「東京スカイ座 一朝一席」もあるが、ちょっと出演者がかたよっているように思う。そして、この番組もそう長続きしような気がしない。もっと“短命”の予感がするのは、BS11の「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」だ。
 地上波、BS以外では、時代劇チャンネルが特番でなかなか頑張っているが、かつて楽しみにしていた横浜にぎわい座の名人会のレギュラー番組がなくなった。 

 もし、テレビの落語のレギュラー番組が、「落語研究会」と「日本の話芸」だけになるとしたら、ちと寂しいのだ。
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by kogotokoubei | 2012-12-25 17:50 | テレビの落語 | Comments(0)
古今亭志ん輔の日記風ブログ「志ん輔日々是凡日」は、たまに「えっ、ここまで書くの?!」という内容があって楽しいのだが、12月20日の記事に、次のような内容があった。12月20日の「志ん輔日々是凡日」

9時30分 落語協会へ向かう。
13時30分 寄合いは終了して懸案の議題が決定した。小三治師匠の一言が決め手になったのは言うまでもない。



 さて、この“懸案の議題”とは何だったのだろう・・・・・・。

 “懸案”と言うからには、結構大きな課題だろう。

 そうなると真打昇進関連かもしれない。

 今年春の一之輔、秋の文菊、志ん陽が抜擢昇進、来年の秋、再来年の春は見事な年功昇進、さて、その後のことについて、何らかの決定がなされたということなのか。

 もちろん別な議題だったかもしれない。これ以上の邪推はしてもしょうがないが、非常に気になる内容なのだ。
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by kogotokoubei | 2012-12-23 19:01 | 噺家のブログ | Comments(0)
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 柳家小満んの目白庭園・赤鳥亭での「おさらい会」で初めて『大神宮の女郎買い』を聴いた翌日、志ん生の最初の速記本である立風書房版『志ん生廓ばなし』(昭和45年1月10日初版発行)を久し振りに開いた。
 装丁・さし絵が清水昆、題字が橘右近、という古書店でもなかなか手に入らない書だが、この本に小島貞二さんの志ん生への聞書きを元にした「廓ばなしご案内」があって、『大神宮』の説明があったのを発見(?)し、ブログに書いた。
2012年12月15日のブログ
 
 「廓ばなしご案内」には、他にも今ではほとんど演じられない廓ばなしが紹介されている。
 まず、冒頭部分から引用。

“廓大学”入門案内 
 落語の中に“廓ばなし”という、たいへんに珍重すべき分野がある。この本にえらんだ十五篇は、その中でも代表的なものであるが、決してすべてというわけではない。



 同書にニッポン放送の音源を元に収録された十五篇は、次の通り。

 五人まわし・首ったけ・坊主の遊び・錦の袈裟・居残り佐平次・品川心中(上・下)・つるつる・茶汲み・付き馬・三枚起請・文違い・お直し・干物箱・二階ぞめき・子別れ(上・中・下)

 『子別れ』を通しで“廓ばなし”として初の速記本に加えたところが、志ん生らしい。『首ったけ』や『坊主の遊び』などは、今日ではなかなか聴く機会がない。ぜひ、小満んや他の噺家さんにかけてもらいたいものだ。

 小島貞二さんの文章は、次のように続く。

 今の人から見ると、廓などというものは、およそ縁遠いもののようだが、ひと昔前の男性にとっては、廓は成人式の場所であり、セックスの戦場であり、浮世のうら表や、人情の機微を学ぶ社会科大学でもあった。
 そこで、この廓ばなしというのは、けっこうその大学案内、つまり廓についての予備校みたいな役割を果たしたものである。
 たとえば、この本に収録されている志ん生廓ばなしの、随所にまくらとして使われている吉原を素見(ひやか)して歩く風景など。実は『廓の穴』という独立したスケッチものとして演じられることもある。
 昔、浅草に紙漉きの職人がいて、浅草紙をつくっていた。原料が玉になっていて、長く水につけておくと、これが冷やけてきて、紙を漉くのに都合がよくなる。この冷やけるまでの時間を利用して、近くの吉原を一まわりしてくるよいうところから、“ひやかす”という言葉が生まれ(『首ったけ』のまくら)などは、シャレではない、文献にものこっている本当のはなしである。

 

 今や、廓という“社会科大学”がなくなって久しい。しかし、その当時のことを少しでも偲ぶことのできる廓ばなしは、ぜひ遺して欲しいものだ。
 
 今日では珍しい廓ばなしについて、ご紹介。

 かわったところでは、『三助の遊び』では、田舎出の湯屋の三助が、釜がこわれて休みになったのを利用して出かける。そいつを野幇間の次郎八というのが取りまいて、質両替屋の若旦那というふれこみにする。そして最後に、「はい、釜が損じて早じめえ」と、正体を出してしまう。


 『三助の遊び』、ぜひ、聴きたいものだ。

 生きている人間ばかりではない、幽霊まで吉原へゆくのが『幽女買い』で、甚公に半公の二人が、冥土でバッタリ会い、冥土の遊郭へくりこむが、夜あけにふられるという他愛ないもの。

 
 落語は“他愛ないもの”ほど、可笑しいのである。

 廓ばなしが日常のネタとして受け容れられていた時代、それを語る噺家も、いろんな達人(?)がいたようだ。

こういう廓ばなしを演じる以上、落語家自身もその道のベテランでなければならない。

 『とんちき』というのがある。以前嵐の晩に、客がいなくなってえらくモテた男が、“夢よもう一度”とばかり、大嵐をねらって出かける。ところが案に相違して、もう一人別な客が来ている。向こうも同じ思いの男らしい。「誰だい?」ときいてみると、「前に、階下(した)でおまえさんと、出会った客だよ」という。「あァ、あのトンチキか」とセセラ笑うが、実は向こうの客も、「あのトンチキか」と、同じことをいっているという短篇。つまり、こちらは人間誰もウヌボレがあるという、客の心理をたくみにとらえている。
 この『とんちき』は、本文が短いので、マクラで演者自身の廓遊びのザンゲを、漫談風に入れるのが普通のようだ。得意にしていためくらの小せんは、
「正直なところをいうと、私はお女郎買いに参ったことが、八度半ございます。半というのはおかしいようですけれども、それは、友達と一緒にお女郎買いに参りまして、引き付けへ通って、ご酒を頂いているところへ、宅から電話がかかって参りまして、急用が出来たから、すぐ帰れというので、よんどころなく帰宅をいたしました、それが半なのでございます」


 この後に、小せんの“女郎買いの決死隊”の体験談が続く^^

 他にも、小せんや、小せんの先輩であった橘家米蔵がよく演ったらしい『白銅』、そしてその名も『廓大学』など、今日ではお目にかかれない廓ばなしが紹介されている。

 親の命日は忘れてもこの日は忘れない、と噺家がよく言う昭和三十三年三月三十一日は、私は小学校に入学する前、だから赤線も知らない。もっと言えば、その時にいたのが北海道では行きようもない^^

 廓は遠くなりにけり、であって、江戸以来の“社会科大学”吉原を知るのは、落語の世界だけである。ぜひ、埋もれたままの廓ばなし、小満んに限らず多くの噺家さんが演じて欲しいと思う。
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by kogotokoubei | 2012-12-22 18:32 | 落語のネタ | Comments(2)
「日本未来の党」の嘉田代表に対し、滋賀県議会で「県知事と党首」の兼任への疑問や批判があったとニュースに掲載されていたが、たしかに、兼務には無理があると思う。
 しかし、橋下は、大阪市長のままで参院議員になろうと、法改正案の提出を目論んでいるらしい。

 そういった無茶に対し、自民党の広告塔の一人、三原じゅん子がブログで噛みついたようだ。
デイリースポーツの該当記事

三原じゅん子氏、ブログで橋下氏を批判
2012年12月19日

 自民党の参院議員で元女優の三原じゅん子氏が19日、更新した自身のブログで、日本維新の会・橋下徹代表代行を批判した。

 橋下代表代行は前日、自治体の首長と参院議員の兼職を認める地方自治法改正案を来年の通常国会に提出する方針を明らかにしたが、三原氏は「首長の仕事ってそんなに楽なのでしょうか」とけん制。朝8時の部会から始まり、各委員会での質問作成や各省庁担当者への質問通告など、地道で過密な参院議員の日常をつづった上で、「首長との兼務だからといって特別扱いで本会議だけ出席すればいいとでも?」と大阪市長のまま、来夏の参院選出馬を視野に入れている橋下氏の動きにチクリとクギを刺した。

 三原氏は「国会議員になったら、ただの1期生ですよ。雑巾がけから、というのが当たり前。お分かりなのかな?」と、橋下氏の“二刀流”への拒否反応を示した。



 私は、この件については三原じゅん子を支持する。興味のある方は、ご本人のブログもご確認のほどを。三原じゅん子のブログの該当ページ

 たとえば、自治体首長と議員の兼職を認めているフランスと、日本は事情が違う。フランスは小さな町、市の首長が議員を兼任している例がほとんどで、首長としての業務負荷は、日本よりもきわめて少ない。たとえば、サルコジが議員と兼職していたパリ郊外のヌイイ市は人口約7万人。ちなみに、政令指定都市である大阪市の人口は約270万人。また、フランスでは議員と閣僚の兼務を認めていないので、大臣になると議員を辞職しなくてはならない。

 大阪の市長は、本来、多忙であって然るべきだろう。しかし、その仕事は、“公開”の名の元にマスコミを利用して、いかにも誰もが反対しそうにない論点を見つけて声を荒げ、自らを目立たせようとするパフォーマンスのことではない。

 270万人市民の生活や市内の産業を守り豊かにするために、忙しくすべきである。時によっては、大阪府との利害対立の中で丁々発止の交渉だってあるはずだ。

 維新は兼職を認めるさせることを衆院選の公約に入れていたので、今回の法案提出は既定路線かもしれない。しかし、それは、「道州制」とセットのプランであったはずで、「道州制」という土台の仕組みも出来ていない状態で、兼務のみ実現しても、本来は意味がないはず。

 維新のサイトにある「維新八策」の「各論」の中から、「統治機構の作り直し」の部分を引用する。「道州制」と「兼職」の部分を赤字にした。
「日本維新の会」サイトの該当ページ

1. 統治機構の作り直し~決定でき、責任を負う統治の仕組みへ~

理念・実現のための大きな枠組み
中央集権型国家から地方分権型国家へ
難問を先送りせず決定できる統治機構
自治体の自立・責任・切磋琢磨
国の役割を絞り込み、人的物的資源を集中させ外交・安全保障・マクロ経済政策など国家機能を強化する
内政は地方・都市の自立的経営に任せる
国の仕事は国の財布で、地方の仕事は地方の財布で
倒産のリスクを背負う自治体運営
国と地方の融合型行政から分離型行政へ

基本方針
首相公選制(人気投票的になることを防ぐ方法を措置)
現在の参議院廃止を視野に入れた衆議院優位の強化
首相公選制とバランスのとれた議会制度
国会の意思決定プロセスの抜本的見直し
政府組織設置に関し、法律事項から政令事項へ
道州制を見据え地方自治体の首長が議員を兼職する院を模索(国と地方の協議の場の昇華)
条例の上書き権(憲法94条の改正)
地方財政計画制度・地方交付税制度の廃止
消費税の地方税化と地方間財政調整制度
自治体破綻制度の創設
都市間競争に対応できる多様な大都市制度=大阪都構想
道州制が最終形



 「道州制を見据え」とあるが、「兼職」が先に実現するのは、やはりおかしい。維新としては、「兼務」を主張して、「道州制」の議論をテーブルに早く上げたいのだろう。

 それにしても、“自治体の首長が議員を兼職する院を模索”、って何?


 では、そもそも「道州制」は、誰のための施策なのか疑問だ。決して、国民生活が豊かになるようには思えない。

 橋下は、とにかく手をつけやすい支出の削減策に目を向けて「ムダ」と言って切り捨てることは好きだが、果たして「道州制」によって、経済面でも、心情の面においても、日本は豊かな国になるのだろうか。


 小泉純一郎元総理大臣首席秘書官の飯島勲が、雑誌「PRESIDENT」11月12日号に寄稿した内容を、「PRESIDENT Online」で読むことができる。タイトルは、維新八策のゴール「道州制」は日本を滅ぼす、である。冒頭箇所から引用。
「PRESIDENT Online」の該当ページ

橋下市長率いる維新の会、
支持率凋落の原因は何か


 橋下徹氏率いる大阪維新の会の支持率凋落が激しい。私は大きく期待をしていたほうだったが、維新の会に群がった国会議員や有識者たちのあまりにも残念な顔ぶれを見て有権者が離れていったのだろう。

「生活保護の不正受給は許せない」「大阪市のバス運転手の給料が高すぎる」などと、どんな相手でも反論できないことだけをずっと発信していればよかった。わざわざ「竹島を共同管理に」などと、どう考えても反発がきそうなことを発言するのは、自分が未熟で幼稚な政治家だとさらけ出しているようなもの。ここは「激しい憤りを感じる。政府には早急に明確な実効性の高い対応を求めたい」などと具体性の一切ないものでお茶を濁しておくべきだ。声を荒らげる・机を叩くなどの演出を入れるとテレビなら誤魔化せる。

今後は、絶対に勝てる論点・相手を見極めたうえで(行政全体から見ればまるで大したことがない課題でも)論戦を挑むという初心に帰るしかないだろう。

ご同情、申し上げる。

そんな橋下氏が、次に旗印として掲げそうなのが「道州制」だ。維新の会につられるように、各政党も力を入れはじめた。

その内容は、明治維新以来の中央集権的な国家体制を否定し、外交・防衛といった「国」にしかできない仕事以外は、地方に委ねるというものだ。首長出身者が多く集まる維新の会にとって選挙向けに都合がよい政策といえる。とはいえ国民がこの問題について関心があると思えないのが橋下氏にとって頭の痛い問題だろう。

維新の会が発表した「維新八策」では、一番目に登場する「統治機構の作り直し」の理念として、中央集権型国家から地方分権型国家へ、と書かれている。具体的な道筋としても「道州制を見据え地方自治体の首長が議員を兼職する院を模索」して、道州制が最終形とまとめている。

しかし、この維新八策の「最終形」という道州制と橋下氏の最大のテーマである大阪都構想は、日本や大阪の経済成長にはつながらないことは当事者が認めていることだ。

橋下氏や維新の会は、かつて大阪都構想について大阪経済の低迷を打破するものだと主張してきた。たしかに府と市が一体化して、都となった場合、行政の無駄が省かれるというメリットはあるかもしれない。しかし、国だろうと地方自治体だろうと、行政の歳出が減れば、国やその地域の景気が悪化するのは経済学では自明の理である。もし維新の会の言うように、都構想や道州制が行政のムダを省くものだとしても、景気対策・成長戦略には決してならない。実際に大阪府自治制度研究会において、「経済と大都市制度の因果関係を明確に論証することは困難」という結論に至っており、少なくとも府市がバラバラだから景気や成長を下降させたわけではないことがわかる。

橋下氏が都構想を実現したいのは、自分の大阪府知事時代の失政を隠したいからだ、とまでは言わないが、実際に隠し通せる可能性があることも指摘しておく。



 前半にある、“わざわざ「竹島を共同管理に」などと、どう考えても反発がきそうなことを発言するのは、自分が未熟で幼稚な政治家だとさらけ出しているようなもの。ここは「激しい憤りを感じる。政府には早急に明確な実効性の高い対応を求めたい」などと具体性の一切ないものでお茶を濁しておくべきだ。声を荒らげる・机を叩くなどの演出を入れるとテレビなら誤魔化せる”、の指摘、なるほど小泉を支えた飯島ならではの論である。

 市民の生活を豊かにする、という発想は、橋下にはない。パフォーマンス化しやすいテーマを選び、コストカットを進めるだけでは、経済が向上するわけもない。

 そして、引用した部分の最後、“橋下氏が都構想を実現したいのは、自分の大阪府知事時代の失政を隠したいからだ、とまでは言わないが、実際に隠し通せる可能性があることも指摘しておく”については、私は、大阪都構想は、大阪府知事時代の失政を隠すためでもある、と思っている。

 引用部分のすぐ後から、飯島勲の「PRESIDENT」3月19日号の記事にリンクできるが、その中からグラフを含めご紹介したい。「PRESIDENT Online」の該当ページ

 あまり知られていないが、橋下市長が府知事だったとき、「総負債残高(府の借金)」は就任から辞任までに増えている。記憶に残るようなセンセーショナルなコストカット策を打ち出したので、橋下市長には、徹底的に歳出を切り詰めた印象があるが、実際には「臨時財政対策債」を大量に発行した。

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 臨時財政対策債とは、府で発行しつつ、償還は地方交付税で行う。実質的には、地方交付税の前借りと考えてよい。地方交付税が不要だという理念と、現実の行動が、まったく逆の方向になってしまっている。

 私の実感からすれば、橋下市長が二重行政の解消に寄与したことは正しいが、その他の点に関しては、2年という短い府知事在任中にほとんど結果は残せていない。


 大阪都構想や道州制という施策には、彼なりの「理念」や「展望」もあるのかもしれない。しかし、その施策が、彼の府知事時代の失政を覆い隠す効果があることも明白である。

 彼の府知事としての使命を果たさないまま、市長となり、何ら具体的な成果を出さないまま参院議員との兼務を欲している。しかし、もし兼務することになった場合、彼は確実に市長の仕事をサボタージュするだろう。

 繰り返すが、この兼務は、道州制とセットで検討されるべきことだ。そして、その検討のためには、さまざまな立場の人間が参加すべきであり、相応の時間を必要とするはずだ。

 道州制に関しては、維新のみならず、自民党も議論すべき施策として掲げているし、みんなの党などは、維新同様に積極的だ。みんなの党は、TPPへのスタンス、そして道州制へののめり込み方を見て、どうしても私が支持できない政党と思われた。反民主効果は、自民とみんなの党、そして維新に働いたと言える。

 維新が掲げる地方交付税の廃止や消費税の地方税化が、果たして本当に市民、州民、国民のためになるのかどうか疑わしい。
 これから、議論を重ねていかなければ、単に地方を今まで以上にやせ細らせるだけの道州制になる危険性は高い。

 「兼務」そして「道州制」の実現を目指す橋下の、その下心は何か。

 一つは、参院議員として、ますますパフォーマンスを派手に繰り広げたいということだろうし、もっと大きな狙いは、彼の大阪府知事としての失政、そして大阪市長としてのサボタージュを隠すこととしか、私には思えない。

 大手の日刊紙やテレビなどのマスメディアは、決して、大阪府、そして大阪市の首長としての橋下の評価をしようとしない。それは、今のところは、タレントとしての橋下を敵にしたくない、それだけであろう。その賞味期限が、決して長いとは思えない。
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by kogotokoubei | 2012-12-20 19:44 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
自民大勝の勢いで、同党の広報部門に成り下がった産経に、さっそくこんな記事が載った。

MSN産経ニュースの該当記事

安倍氏、憲法改正へ一歩 雌伏5年…「蹉跌乗り越え」
2012.12.17 09:16 [自民党]

 自民党の安倍晋三総裁が再び首相の大任を担う。1度目は前任者の小泉純一郎元首相がレールを敷いた「禅譲」の色合いが濃かったが、今度は違う。不利な情勢にあった9月の党総裁選に逆転勝利し、さらに衆院選でも自力で2度目の首相の座を引き寄せた。だが、大勝しても安倍氏は16日夜のフジテレビ番組で淡々とこう述べた。

 「基本的に自民党に対して完全に信頼が戻ったということではない。(有権者は)期待に応えていくか厳しい目で見ている」

 勝利は民主党や第三極の自滅によりもたらされたもので、浮かれている場合ではないと引き締めているのだろう。

「気負い」見えず

 5年3カ月前、病に抗せず退陣を余儀なくされた安倍氏は今回、尊敬する幕末の志士、吉田松陰の戒め「一蹉跌(さてつ)を以(もっ)て自ら挫折することなかれ」を実践してみせた。

 「私は政治的に一度ほとんど死んだ人間だ。もう怖いものはなくなった」

 安倍氏は総裁選以降、会合などで現在の覚悟についてたびたび強調してきた。その通り、最近の安倍氏の言動からは以前は目立った「気負い」はうかがえず、自然体にみえる。


 安倍に好意的な記事には、同じグループのフジテレビでの発言が続けて紹介されている。

フジテレビ番組ではこうも語った。

 「(前回は)今より6歳ほど若く、肩に力が入りすぎていた」

 政権を投げ出したとの批判にさらされ、いったんは議員引退すら考えた安倍氏が、親族を含む周囲の反対の声を押し切って再び立ち上がったきっかけは何か。

 それは皮肉にも、自民党から政権を奪った民主党政権のあまりの体たらくゆえだった。連戦連敗の外交、誤った政治主導、東日本大震災の復旧・復興の歯がゆいばかりの遅滞、改善されないデフレと円高…。



 私は、あの時に安倍は引退すべきだったと思う。

 今回の選挙に当たり、かつて政権を投げ出した安倍を、産経は精一杯支援する報道に徹してきた。もちろん、このメディアが「右」なのは明白だが、ある特定の政治家に、これだけ確信犯的な支援をするメディアに、“公平性”とか“中立性”などは、もはや求めることはできない。
 この記事は次のように締められている。

 日米関係を対等にするための集団的自衛権の政府解釈変更、根拠もなく慰安婦募集の強制性を認めた河野談話の見直し、靖国神社参拝などやり残した宿題も片付けなければならない。

 「何とか来年の参院選と4年後の参院選に勝ち、憲法改正を果たしたい」

 安倍氏は総裁選後、周囲にこう大望を明かした。ただ、政権に返り咲いたからといって、いっぺんに何でもできるわけではない。やるべき政策課題に優先順位をつけ、一歩一歩確実に前に進んでいくしかない。(阿比留瑠比)



 上杉隆著『官邸崩壊』(幻冬舎文庫)から、上記の記事の執筆者である阿比留瑠比の名も登場する部分を、引用する。なお本書は初版は2007年8月に新潮社から単行本で発行され、文庫は昨年11月に発行されている。
 なお、以前にも本書を紹介したことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年9月15日のブログ
2012年9月17日のブログ

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上杉隆著『官邸崩壊』(幻冬舎文庫)

 安倍政権では、当初から一部の記者が安倍側近と手を結んで、政権プランを決めているという話が流れていた。とりわけ、フジテレビ、産経新聞、夕刊フジのフジサンケイグループは安倍政権の「特務機関」とさえ言われた。安倍政権は間違いなく彼らで動いている部分があると、政治記者の多くが感じる。中でも、産経新聞の阿比留瑠比と石橋文登の両記者の食い込みは群を抜いていた。
 阿比留は安倍との関係を隠すどころか、自身のブログで誇らしげに語っている。安倍との親密さを謳い、そのブログをまとめた本の出版記念パーティーに安倍官邸の錚々たるメンバーが参集した。紙面に載せられないような内容も、ブログで堂々と公表している。民主党のような勢力を蛇蝎のごとく嫌っている。ブログにも頻繁に民主党への攻撃がエントリーされる。代わりに安倍に対しては驚くほどの共感を表明している。



 このブログの内容の異様さが、次のように書かれている。

 他社の記者が、通常国会における安倍の方針を取材しようとした時のことだ。世耕、的場などの側近に取材してもなかなか要領を得ない。取材対象を増やし、自民党幹部や閣僚にも聞く。だがやはり安倍からの完全な情報は伝えられていないようだった。半ば諦めながら記事を仕上げる。当日、安倍が、官邸でのぶら下がり会見に答える。まさしく取材案件について言及していた。直後に、ふと、阿比留のブログを訪れてみた。するとそこには、たったいま安倍が話したばかりの内容が、極めて正確に記されていた。しかも、そのエントリーの日付は前日のものだったのである。


 当時、日本の記者クラブの閉鎖性と戦いながらフリージャーナリストとして取材していた著者にとって、この事態は驚くべきことだったに違いない。

 阿比留の安倍への共感は、個人としての関係なら問題はない。しかし、阿比留は、現在産経の編集委員である。

 第一次安倍政権の時と同様に、産経は阿比留を中心に安倍自民党を擁護し、支援して、今回の圧勝を導いたと喜んでいるに違いない。
 しかし、こんな偏向報道を垂れ流すことが、国民の幸福につながるとは到底思えない。

 日本人なら、「あっ、産経ね・・・・・・」で、済ますことができるかもしれない。
 しかし、中国を含むアジア諸国の政府は、メジャーなメディアの一つとして捉え、その内容を利用することができる。そして、安倍との蜜月構造がバレバレの産経の内容は、きっと中国政府の絶好のターゲットになるだろう。産経が浮かれて書く記事は、今後の外交の火種を作りかねない。

 自民党のデフレ対策は、頑張ってもらおう。広報部門の産経も後押しすべきだろう。
 しかし、憲法改正を含む右傾化路線の記事を、フジサンケイグループが自社のメディアで今後垂れ流すことについては、十分警戒の目を向けなければならないと思う。
 
 「勝てば官軍」で、安倍も産経も“怖いものなし”状態に、今はあるだろうから、なおさら要注意である。

 あらためて、五年前のことを思い出す必要がある。
 政権発足の翌2007年七月の参議院選挙で歴史的大敗を喫し、政権発足からほぼ一年後、所信表明演説から二日目に辞任するという身勝手で、政治の混乱を招いたのは、たった五年前。『官邸崩壊』文庫版のみに追加された「最終章 散花」から引用したい。

 9月12日、突然の辞任に日本中が驚いている時、安倍は憔悴しきった表情で、首相官邸の会見場に立っていた。誰一人、その辞任理由を納得した者はいない。その証しに、記者たちからは繰り返し同じ質問が繰り出されたのだった。
「党首会談を、小沢さんに、断られました」
 うつろな目で辞任会見に臨む安倍。時に詰まりながら、心ここにあらずといった様子で淡々と言葉を紡いでいる。記者から辞任の理由を問われた時、少しだけ困惑した様子で、こう語るのがやっとだった。
 結局、この会見で、国民への謝罪の言葉が述べられることはなかった。
 (中 略)
 初出馬直前、安倍晋三は、母・洋子と一緒に、若くして自民党の幹事長を務めた小沢一郎の元を訪ねていた。政治の「イロハ」を学ばせるつもりで、当時の政界最強の実力者に「あいさつ」のために訪れた。父・晋太郎の無念を知る小沢は、この母子に優しく接する。そして、何かあったら遠慮なく訪ねてくること、その時は力になろうと約束するのであった。
 結局、安倍が最後に頼る人物は自民党にはいなかった。皮肉なことにそれは野党の小沢一郎、その男しかいなかったのである。
 辞任直前、安倍は、小沢との党首会談を熱望した。いったい何のためにそこまで「あいさつ」をしたかったのか。
 官邸の崩壊したあとでは、それは誰にも分からない。そう、当の安倍ですら、当時の自らの胸の内を掴み切れないくらいなのだから・・・・・・。



 安倍が投げだした後も自民党の不調は続き、民主党は2009年に政権交代を実現した。

 にもかかわらずの今日の状況である。
 
 今の安倍は、小沢一郎と会おうなどとは毛頭思っていないだろうし、たった九議席の弱小政党になったことを、「ザマァ見ろ」と思っている、かもしれない。
 しかし、野田の師走拙速解散は民主の自殺行為であったが、そのあおりを「未来」他の政党も被ったわけで、来年の参議院選挙までには、しっかりした体制ができることを、私は期待している。


 たしかに、安倍晋三も、五年前とは違うのかもしれない。
 そうであるならば、2007年9月12日のことを、今あらためて振り返って、政権を投げ出した身勝手を国民に謝罪することから、出直して欲しい。

 歴史を誤魔化すことはできないし、自分たちの都合の良いように、これからの歴史をつくることだってできない。ましてや、産経のように軽率に安倍自民の提灯を持つメディアが、国民をリードできるはずもない。今回の選挙結果は、あくまで、“反民主”の慣性で自民が勝っただけであり、正念場はこれからであることを安倍も広報部門(?)も、肝に銘じるべきだろう。
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by kogotokoubei | 2012-12-18 20:52 | 責任者出て来い! | Comments(6)
先日、「四割の浮動票」がどこに向かうのか、というタイトルで書いたが、結果として、戦後最低の「四割が投票権を放棄」した選挙となった。
asahi.comの該当ページ

2012年12月17日10時36分
衆院選投票率59.32% 戦後最低の記録更新 

 今回の衆院選(小選挙区)の投票率は朝日新聞社の集計で59.32%となり、戦後最低だった1996年の59.65%を下回った。

 政権選択選挙として関心を集めて民主党が大勝した前回09年は69.28%で、小選挙区比例代表並立制が導入された96年以降では最高を記録していた。今回は10ポイント近く下落して、03年以来の60%割れとなった。

 当日有権者数は1億395万9866人で、このうち6166万9473人が投票した。



 投票権を含む選挙権について、Wikipediaから引用。
Wikipedia「選挙権」

選挙権(せんきょけん)とは参政権のうちの1つであり、選挙人の資格すなわち選挙に参加できる資格もしくは地位を指す。これは選挙において投票する権利(投票権)のみならず、選挙人名簿への登録や選挙の公示を受ける権利などを含み、広義では被選挙権(選挙の候補者となる権利)を含める場合がある。また、選挙における議員定数に著しい不均衡が生じた場合に、選挙人がその是正のための立法措置を求める権利も含まれるとされている。



 かつて「投票権」は、国民のほんの一部にしか認められていなかった。そして、長い間、女性には認められていなかった。念の為、このことについても引用する。この事実を知らない若者もいるかもしれないからね。

選挙権と年齢

日本においては、1889年に大日本帝国憲法及び衆議院議員選挙法が公布され、一定以上の財産を持つ25歳以上の男子に選挙権が与えられ、数度の改正を経て、1925年に25歳以上の男子全員に選挙権が与えられた[1]。その後、1946年に日本国憲法が公布され、20歳以上の男女と定められており、現在まで改正がなされていない。

2007年に公布された国民投票法では、投票権は18歳以上の者と規定されているが、公職選挙法上の選挙権が改正されるまでは20歳以上の者しか投票できないこととなっている。

高齢者が急激に増加したため、世代ごとの数のバランスを取るため選挙権の年齢の引き下げの必要性が指摘されている。また、選挙権の年齢の引き下げが、若い世代が政治に興味をもつきっかけになることが期待されている。



 選挙権を所有する年齢を引き下げることが、投票率を引き上げることにつながるとは到底思えない。18歳以上に投票権を与えたら、投票率は今以上に下がるだけだろう。

 果たして「投票」は「権利」なのか、「義務」と考えるべきなのかが、今回の選挙も踏まえ論議されて然るべきではないのか。

 「支持政党なし」の国民の大半が、投票所に足を運ばなかったように思えてならない。「投票する気がない」人は、各政党の政策などを真剣に確認することに時間を割かないだろう。

 前回選挙で民主党に投票し、今回は自民党に投票した人も、

 「民主にはもう何も期待しない」
 「かと言って維新も未来も他も頼りないなぁ」
 「やっぱり、経験のある自民か」

 という心情で、数多くの人が投票したと察する。

 しかし、国民の六割しか参加しなかった選挙結果によって政治が動く、という国は幸福なのだろうか・・・・・・。

 もし、投票が「権利」ではなく「義務」になったのなら、今回棄権した四割の国民は、きっと真剣にどこに投票するか考えたはずだ。そうすれば、結果は大きく変わっていたように思えてならない。

 世界には、「義務投票制」によって、棄権した場合に「罰則」のある国や地域がある。Wikipediaから、罰則規定の厳格な国のみを引用する。Wikipedia「義務投票制」

義務投票制を採用している国

罰則適用の厳格な国

ウルグアイ  
  :罰則は、罰金・権利の一部制限。罰則適用は、厳格。
キプロス   
  :罰則は、罰金(500キプロス・ポンド以下)・入獄。罰則適用は、厳格。
オーストラリア
  :罰則は、罰金(原則20豪ドルだが、裁判所で争うと50豪ドル以下)。
   罰則適用は、厳格。
シンガポール 
  :罰則は、選挙人名簿からの抹消。棄権がやむを得ないものであった
   ことを明示するか、5シンガポール・ドルを支払えば、選挙人名簿
   再登録可能。罰則適用は、厳格。
スイス   
  :シャフハウゼン州のみ。州法により、連邦選挙における投票も
   法的義務。罰則は、罰金(3スイス・フラン)。罰則適用は、厳格。
ナウル   
  :罰則は、罰金。罰則適用は、厳格。
フィジー  
  :罰則は、罰金・入獄。罰則適用は、厳格。
ベルギー  
  :罰則は、罰金(初回は5-10ユーロ。二回目以降は10-25ユーロ。)・
   選挙権制限(15年間に4回以上棄権の場合は、10年間選挙資格
   停止)。罰則適用は、厳格。
ルクセンブルク
  :罰則は、罰金(99-991ユーロ。初回の棄権から6年以内に再度棄権
   すると、重い罰金が課せられる。)。ただし、71歳以上の者と投票
   日に海外にいる者との投票は任意。罰則適用は、厳格(初回の棄権
   に対しては通常は警告文書が送られるだけだが、棄権が重なると
   裁判所での判決を受けることになる可能性がある。)。



 マスコミ、中でも読売と産経は自民党の広報部門としての報道を行い、未来などに対しては敵対的な姿勢を露わにしていた。まったくの「誘導」である。

 そうした「自民圧勝報道」によって、「別に自分が別の党に投票したって、自民でしょ」という思いで棄権した人も少なくないだろう。

 また、政治不信が募り、「どこになっても同じ」「どの政党にも期待できない」という心情から棄権した人も多いのではないか。


 もし、「義務投票制」にして、棄権した四割の方が、真剣に政党や人、政策に対して考えたなら、結果は間違いなく変わっていたように思う。結果として自民が第一党になったかもしれないが、これだけの圧勝はあり得なかっただろう。

 しかし、自・公で三分の二を衆議院で占めた今、彼らが、自分達に不利になるような「義務投票制」を選択するはずもない。

 しかし、「四割の棄権率」は、国家として放置しておける問題ではないはず。

 総務省のサイトから、「目で見る投票率」と言う資料(PDF)をダウンロードすることができる。
総務省サイトの該当ページ

 同資料の中の平成17年と平成21年の小選挙区選挙の「年齢別投票率」のグラフである。
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 平成17年の全体の投票率は、最初に紹介した朝日の記事にもあるが、小選挙区比例代表並立制が導入された平成8(1996)年以降では最高を記録した69.28%だった。しかし、ご覧のように二十代前半では五割を切っていた。
 今回の統計結果が出るのは少し先だろうが、四十代、五十代でも投票率は六割代と推定するし、二十代、三十代は、三年前より低下しているのだろう。

 このグラフの山の形状は、状況が変わらなければ、年々右側にずれていくことになる。次第に中央が低い山になっていくわけだ。
 いわゆる中年の有権者の棄権の理由は、さまざまだろうが、投票行動そのものに、まったく意欲のない若者が、このまま年齢を重ねて行けば、間違いなく投票率は低下の一途だろうことが予測できる。

 AKB48のCDをたくさん買って、好きなタレントが“センター”の位置を獲得するための選挙には“燃える”若者の多くが、国政選挙にはまったく“燃える”ものを感じることなく棄権しているのが実態であるならば、それはこの国の構造的な問題として捉えるべきだろう。次回選挙で投票率が五割を切っても、何ら不思議はない。
 若者が選挙に“燃えない”“超うざい”という感覚で棄権するのならば、彼らに“権利”だヘチマだと言っても埒はあかない。

 「日本の、そして君たちの将来がかかっている。有権者は全員投票する義務がある!」、と言わざるを得ないのではないだろうか。

 「義務投票制」を、真剣に議論すべき時だと思う。
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by kogotokoubei | 2012-12-17 07:05 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛