噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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 4月28日の夜にWOWOWで放送された林家しん平脚本・監督による『落語物語』の録画を見た。

 昨年3月12日から封切り、という時期的には不運とも言える巡り合わせがあったし、正直あまり期待をしていなかったので劇場では見なかったが、予想以上に良かった。

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「落語物語」公式ホームページ

 落語協会の協力で噺家本人、色物芸人さん本人が多数登場することと、都内定席四席で撮影されたことで、リアルに落語の世界を描く映画になっていたように思う。

 私がもっとも感心したのは、田畑智子のお内儀さん役。ピエール瀧が演じる今戸家小六を支えるチャキチャキの江戸っ子女房役は光っていた。林家しん平が「理想のお内儀さん像」として、彼女をイメージして脚本を書いたようだが、これはハマリ役だった。

 この映画のベースは、落語家の生活そのもの。中心の舞台は寄席である。そして、その落語家の世界に、林家しん平がこれまで暖めていたらしい次のようなエピソードが織り込まれる。

(1)引っ込み思案で口べたな若者が落語の世界へ入門し理不尽な修業に悪戦苦闘する
(2)実力はそれほどでもないがマスコミ受けをする噺家が人気を背景に昇進する
(3)いわゆる“フライデー”されてしまい、干される
(4)自信過剰だった噺家が挫折を味わい、自暴自棄になってしまう
(5)元気で健気だった噺家のお内儀さんが突然病魔に襲われる

 (1)の若者を演じるのが柳家わさびだが、まるでオーディションをして探してきたような適役。

 (2)(3)で、せっかく抜擢されて二ツ目で主任をとらせてもらったのに、不倫現場が暴露されて干される役を演じるのはぽっぽ、今のぴっかり。なるほど入門前は舞台女優を目指した片鱗を見せている。

 (4)で山海亭心酒を演じる隅田川馬石も、入門前は石坂浩二主宰の劇団にいただけの演技を見せている。嶋田久作演じる師匠文酒との二人会、出番前の楽屋での会話などなかなかの見せ場である。

 (5)のお内儀さんが田畑智子なのだが、その主人役ピエール瀧は、田畑のお内儀さん(役名山崎葵)やたった一人の弟子わさび(役名小春)の引き立て役、という印象。それでいいのだろう、この映画は。

 他の噺家さんの演技では、協会の寄合で末広亭の席亭役だった柳家小さんが、妙にハマリ役だった。科白はほとんどないのだが、ただのおじさん風で可笑しかった。
 
 小さんと対照的なのは、バーのマスター役の喬太郎、協会の事務局長役の笑組・ゆたか、寄席の常連役の百栄などで、強いキャラそのままの演技で、楽しい。

 ややトリビア的だが、警官役で一之輔も登場している。

 この映画は、主役が独りではない。下座さん達も光っているし、寄席の楽屋の映像なども主役の一人。また、さりげなく登場する銘店のどら焼きやカステラなどのお菓子も、重要な脇役。

 上述したようなエピソードが凝縮されているので、やや全体のストーリーとしては落着きがない。しかし、落語の世界や寄席の舞台を知りたい人には興味深いだろうし、落語愛好家が楽屋の様子を知って喜び、落語家の演技を見てニヤニヤと楽しむ、そういう映画であろう。

 5月8日にWOWOWで再放送される。WOWOWオンラインの該当ページ

 今戸家小春のその後を描く『落語物語Ⅱ』の制作を期待したい、そんな思いがした落語ファンにとっての秀作。
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by kogotokoubei | 2012-04-30 09:23 | 落語と映画 | Comments(10)
小沢一郎が無罪になった。

 『日本/権力構造の謎』や『人間を幸福にしない日本というシステム』などの著書があるカレル・ヴァン・ウォルフレンの昨年単行本として発行された『誰が小沢一郎を殺すのか?』が、新たに小沢一郎との公開対談を含んで文庫化されている。
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カレル・ヴァン・ウォルフレン『人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか?』

 本書に収録された対談は、昨年7月28日、自由報道協会会見場で行われたもので、内容は再構成されている。実際の対談内容全文は、マガジンハウスのサイトの中の「ウェブ ダカーポ」に掲載されている。「ウェブ ダカーポ」の該当ページ

冒頭部分を引用したい。

「政治家がすべきことがわかっていない」

司会(上杉隆氏) ウォルフレンさん、まずは対談に向けて一言お願いいたします。 

ウォルフレン ここ数年、日本に住む友人からは「本当にイライラしてどうしようもない」と聞いてばかりです。「政権が交代したのに、政治の構造が変わらない。より良い制度が生まれると期待していたのに」というのが理由でした。こういう大災害に接した時こそ、何か壮大なことができる、一つの大きな窓が開かれたと思うのです。それを可能にする資源、素質というのは日本の中にある。そんな壮大な何かをしないといけない時期が今なんだと、今日はそんな話ができればと参りました。

個人的な話になりますが、家内と私は、通常だったら地震の発生した日も日本にいる時期だったのですが、ちょうどその時期、家族のお祝い事がありたまたま帰国していて日本にいませんでした。私と家内は、「日本にいるべきだった」ととても悔やみました。日本国民ではありませんが、それくらい日本に親しみがあるのです。そんな気持ちから、今日はお話をさせていただきます。

司会 3・11以降、既存メディアでは「小沢さんの影が見えない」「何もしていないのではないか」という報道がなされました。地震発生以降、どのような活動をされてきたのでしょうか。

小沢 私も被災県の岩手出身ですが、未だかつて経験したことないような大災害に日本は見舞われました。特に原発の損壊と、放射能汚染の問題。それが非常に深刻な事態だと当初から訴えてまいりました。このような時にあたって、世界でも評価されるような日本人の長所が発揮されるのと同時に、日本人の欠点も露呈されました。長所というのは、こんな大災害にも関わらず、みんな一生懸命力を合わせて復興のために頑張っている、その忍耐と努力、そして能力。これは日本人として誇っていいことだと思います。

ただ、放射能汚染という、より大きな危険性を秘めているこの原発事故のような深刻な事態になりますと、本来もっと国家が前面に立って、英知を結集して思い切った対策を講じる仕組みと姿勢が必要だと思いますが、それができていない。政治だけではなく、一般の国民の間からも強い要求が中々出てこない。まさにこの欠点が、日本的な現象だと思っています。他の国であれば、黙って現状を見過ごしている国民はいないと思います。そこが日本の国民性の不思議なところでして、物を言わずに個々人が頑張っているというところです。



そして、対談の締めの部分。

「政治家は国民の中に、大衆の中に」

ウォルフレン 最後に小沢さんに質問です。1993年、羽田務さんとともに自民党を後にされました。そこで日本の政治に変化が生じた。今振り返ってみて、'93年以降成功してきたと思いますか。また、民主党が真の政治改革をできずに終わった時には、小沢さんはどのようなアクションをとりますか。

小沢 その当時の予定よりも時間がかかりましたけど、17、18年かけて政権交代ということを成し遂げたということは、大きな満足です。同時に、今日の状況は、民主党に対する国民の期待は地に落ちている。もはやこのままでは総選挙の惨敗は火を見るより明らか。何故かと言うと、我々が訴えてきた国民主導、政治家主導というものが未だ確立できていないからだろう。目先を色々心配するあまり、国民との約束に対して、「無理だった」とか「間違いだった」という誤った行動に繋がっているからだと思います。約束したことを100%完璧に達成することは現実にはありえないのですが、約束した以上はその約束を守るために最大限の努力をする。その姿が尊いのだと思う。こんな約束はいい、と斬り捨ててしまっていては、信頼関係は成り立たない。それが今日の民主党の現実です。

私は、選挙を実際に指揮してきた立場。そこで若手たちにいつも言うのは「政治家は国民の中に、大衆の中に」ということです。これは政治の基礎であり、原点。民主主義の原点でもある。私は選挙においても、自ら率先して「大衆の中」に入ってきたつもりでいますので、民主党はこの初心を思い起こし、それを政治の上で実践してゆく。少なくとも、民主党がその努力を全力でやるということになれば、国民の信頼をもう一度取り戻せると確信しております。



 本書において、著者ウォルフレンは、今回の“小沢一郎つぶし”の背景にあるものを「画策者なき陰謀」と名付けている。(第二章「霞が関というシステムの起源」より)

 この画策者なき陰謀は、どんなときに生み出されるのか?人間の管理下にあるべき行動や人間関係などが、そのような管理下をかいくぐる際、それは発生する。そしてそれは管理下を離れ、「独り歩きをはじめる」。たとえばアメリカの軍需産業に軍隊、また政府が加わって形成される軍産複合体は、画策者なき陰謀が巨大化した一例である。この軍産複合体が独り歩きをし、自己増殖しているために、アメリカの権力者たちは、自衛を目的としない戦争まで推進しなければならないのである。そして、避けようと思えばたやすく回避できるはずの、政治的な紛争をあおり立てているのである。アメリカ大統領、あるいはペンタゴン(国防総省)の最高司令官の力をもってしても、もはや軍産複合体を抑えることはできない。
 そして体制の現状維持を危うくする存在であると睨んだ人物に対して、その政治生命を抹殺しようと、日本の検察と大新聞が徒党を組んで展開するキャンペーンもまた、画策者なき陰謀にほかならない。検察や編集者たちがそれにかかわるのは、日本の秩序を維持することこそがみずからの使命だと固く信じているからである。そして政治秩序の維持とは旧来の方式を守ることにほかならない。そんな彼らにとって、従来のやり方、慣習を変えようとすることはなんであれ許しがたい行為なのである。



 この「画策者なき陰謀」という言葉は、2010年に発行されたウォルフレンの著『アメリカとともに沈みゆく自由世界』で初めて使われた概念だが、本書では、体制の現状維持を危うくする小沢一郎という存在を亡き者にしようとする「人物破壊」(character assassination)という「画策者なき陰謀」の実態を、官僚組織の歴史的起源などを含め解き明かそうとしている。
 政治家に権力を握らせない、そして政治家は国のためではなく自分の利益を優先する汚い存在であり、反面、官僚は健気に国家に尽くす清い存在である、という虚像がマスコミを含む「画策者なき陰謀」で浸透していく。

 そして「人物破壊」の先頭に立つ検察と法律について、次のように説明されている。

 日本の法律には、検察がみずから達成しようとする目標に合わせてできるだけ自由に解釈できるような、意図的に曖昧な表現が使われている。この事実がとりわけ重みを増すのは、政治資金規正法に違反したとして、政治家が検察によって捜査された場合だ。法律の条文が意図的に曖昧に記されているからこそ、野心的な政治家のふるまいをそれに結びつけ、なんらかの違反行為があったと検察は主張することができるからだ。


 小沢一郎が有罪ならば、国会議員の半分は黒、という指摘もあるように、税金をかけてだらだら続けられた裁判は、まったくの茶番である。しかし、民主党の現在のリーダーは、小沢を救おうとはしなかった。彼ら自身が、小沢の次に「陰謀」の標的になることを嫌い、クリーンなイメージを保ちたいからだ。

 民主党が、なぜ今のような情けない状況になったのか。“クリーン”なイメージを保とうとする愚かな他のリーダー達の行為が、次のように断罪されている。(第四章「“政治的現実”と日本のメディア」より)

 民主党は政権党としてのキャリアを歩みはじめた時点で、すぐれた辣腕をなによりも必要としていた。なぜなら日本の政治システムを憲法に沿う形で変革するという、民主党がみずから任じた課題は、それほどまでに重いものであったからだ。日本の憲法には、主権は日本国民にあり、選挙によって選ばれた国会議員が国民を代表すると記されている。しかし本書でも述べたように、この国で実際に影響力を持つのは憲法規定ではなく、古い慣習である。
 これほど重大な任務をまっとうするには、民主党政府は党内のあらゆる政治的見識を結集させる必要がある。ただしそれができるのは小沢氏である。彼が鳩山氏や菅氏に打つべき手を指示するよう期待するしかなかったのだ。
 ところがメディアは鳩山政権が小沢氏を頼りにしすぎ、小沢氏の舞台裏での影響力が大きすぎると騒いで、この試みを邪魔立てした。ではそれ以外にだれに頼れと言うのか?小沢氏ではなく官僚たちを当てにすべきだったとでも言うのか?菅首相は小沢氏の影響を退けようとしたことで称賛された。だがなぜそのようなことで称賛されるのか?日本の新聞は聞こえのいい陳腐な決まり文句を繰り返しながら、日本に大変な悪影響を与えてきたが、こうした事例などその最たるものだ。菅氏の姿勢は、彼がメディアを恐れていたことのあらわれにすぎない。



 昨年の大震災、そしてフクシマの際、「小沢一郎だったら・・・・・・」と思った人は私だけではないだろう。
 
 既得権にすがり現状を維持したい政治家、官僚、マスコミは、現状維持を破ろうとする政治家を「画策者なき陰謀」の標的とする。

 マスコミが一致団結して「ダーティ小沢」キャンペーンを展開した。無罪になった今なお、「限りなく黒に近い灰色」などというコメントがテレビや新聞に登場している。あれだけ陰謀に加担してきた以上、マスコミが「我々が間違っていました」と言うわけもない。
 
 1993年に小沢と羽田が自民党を飛び出してから、来年で20年になる。あれはいったい何だったのか。

 なぜ、「社会保障と税の一体改革」が「待ったなし」で、大震災とフクシマからの復興、フクシマを踏まえた長期的エネルギー政策には「待った」ばかりしているのか。

 相変わらず、今や世界のリーダーとしての力も品格もないアメリカの言いなりになろうとしている野田ドジョウやカメレオン枝野では、とても日本の将来は楽観できない。

 永田町を見渡して、小沢一郎以外に、今の日本の舵取りを任すことができる政治家は、いるのだろうか?

 私は、陰謀によってゆがめられた小沢一郎のイメージを払拭するキャンペーンを張るくらいの真っ当なメディアの存在をこそ期待する。そして、あらためてこの男に日本の舵取りを任せるしかないように思う。陰謀の主役である霞が関や、大衆に迎合する空虚な言葉しか発することができない政治家達に、何が期待できるだろうか。今こそ、国を導く強いリーダーが必要なのが、日本の現状ではなかろうか。

 これからの日本がどうなるのか、それは消されかけていた小沢一郎が政治の舞台で再生できるかどうかにかかっていると思う。大震災の被災地出身の小沢なら、今の日本における課題の優先順位を間違えることはないように思うが、まだまだ「画策者なき陰謀」は続くのだろうか。特に“ベテラン”と言われるマスコミ人に小沢は評判が悪い。それは、彼らが小沢一郎のダーティイメージをこれまで目一杯発信し続け、たとえば小泉を持ち上げてきたのだから当然とも言える。

 国民の“支持”と“人気”の、ビミョウな違いを峻別し、あくまで誰に任せたら日本が世界の中で馬鹿にされず、尊敬される国になるのかを、今こそ自分自身で考える、それが一人一人に求められているのではなかろうか。いざとなれば、自分の生命を国のために預ける、そんな了見を持った政治家が必要なのだ。
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by kogotokoubei | 2012-04-27 14:34 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(6)
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 発売中の「アエラ」の“現代の肖像”というコーナーに春風亭一之輔が登場。本人のブログ4月23日の「いちのすけえん」にも、こんなふうに書かれている。「いちのすけえん」

昨年の暮れから取材を受けていたAERAの「現代の肖像」。

23日発売の合併号に掲載されています。5ページ、かなり読み応えあるかも。
大変なもんです。ありがたい。お恥ずかしい。読んでみてくだされ。



 私は朝日新聞の関係者でも何でもないが、一之輔に興味のある方にお奨めである。400円払って損はなかった。


 一之輔の日常はどうなっているのか。 

 彼がどんなふうに育ってきたのか。どんなご両親なのか。どんな家族構成なのか。

 中学や高校では何をやっていたのか。

 なぜ一朝を師匠に選んだのか。

 奥さんとの馴れ初めは。


 などなど、いろんなことが分かって、あらためてこの男を好きになりそうな記事になっている。

 これから読む人のためを考えると、ネタバレは避けたいが、次の部分だけ紹介したい。

普通、入門すると前座は楽屋仕事の他に毎日師匠宅に通う。掃除などの家事を手伝いながら行儀見習いなどをするのだ。一朝は「そんな時間があったら稽古をしなさい。映画や芝居などどんどん観て勉強しなさい」と言って来させなかった。自分も師匠の先代春風亭柳朝にそうされたからだ。


 もちろん師匠一朝が一之輔を評価していたからのことだろうが、この師匠があっての、この弟子なのだと思った。
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by kogotokoubei | 2012-04-24 21:45 | 幸兵衛の独り言 | Comments(8)
先週20日で浅草が終了し、一之輔の真打披露興行は池袋に突入(?)している。池袋は予想通りの立ち見の盛況らしい。

 鈴本・末広亭・浅草演芸場で演じられた三十席は、本人のブログによれば、次の通り。春風亭一之輔のブログ「いちのすけえん」

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(ネタの数)      (10)          (+5)         (+4)

 演目の右横に*があるのが、重複ネタ。よって、鈴本の十席に、末広亭で新たなネタとして五席、浅草で四席加わったので、三十席のうちネタの種類としては十九席ということになる。

 私の希望的予想は、各席で半数は新ネタということだったので、惜しい^^
 また、三つの会場すべてで演じられたネタが『百川』『欠伸指南』『茶の湯』の三席ある。

 すでに池袋の初日が『明烏』、二日目は『不動坊』と公開されているが、どちらも他の席で披露済みのネタ。

 やはり、そろそろきついのだろうなぁ。打ち上げもあるだろうし、挨拶やらで気も遣うだろう。主任を十日勤めるだけでも大変な労力が必要だろうから、すでに四席続いているのだ、口に馴染んだネタになるのも十分理解できる。もちろん、同じ噺でも「次はこうしてみよう」とか、「この前は今一つだったから、もう一度かけてみよう」と、この披露興行の間にも磨きをかけていたり改善したりしているのだろうし、それも重要。

 ここからは、彼に新ネタの出現を数多く期待するのは難しいだろうし、必ずしもネタ数が多ければ良いと言えないだろう。国立演芸場終了まで、ネタの種類が高座数のほぼ半数二十五を数えることができれば、それでも凄いことかと思う。量だけではなく、質だって求められるからね。

 末広亭では六日目に行くことができた。そして、何とか国立にも一回行けそうである。

 新文芸坐の永田さんは、先日の落語会のプログラムで、喬太郎とたい平の昇進から今年干支でちょうど一回り、ということを書かれていた。私は、大震災の年に小三治会長が英断を下し、震災の翌年に昇進したということに、歴史的な意義のようなものを感じている。

 政治や社会における“平和ぼけ”、旧態依然とした感覚、当事者意識や危機感の欠如に対し、落語の世界から“一石”が投じられた、と勝手な解釈をしている。一之輔には毎日毎日の“一席”に集中してもらい、その後の落語界に長くその名前を刻んでもらいたいものだ。

 あっ、もしかして、次に彼に関するニュースは大名跡の襲名になるのかもしれない。本人は現在の名を大きくしたいと思っているのかもしれないが、私は、いろんな障害はあるだろうが、九代目の春風亭柳枝を名乗って欲しいと思っている。一之輔の師匠一朝の大師匠八代目林家正蔵は、かつて四代目小さんの内輪で蝶花楼馬楽を名乗り、その後五代目小さん襲名を夢見ていたわけだから、柳派の系統にもつながっている。初代春風亭柳枝は、あの円朝と競い合った初代談洲楼燕枝の師匠であり、この名前は実は柳派における大名跡。久しく絶えているこの名前、一之輔が継ぐのなら芸術協会だって文句は言わないのではなかろうか。そんなことも期待させる、今回の披露興行である。
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by kogotokoubei | 2012-04-23 14:18 | 真打 | Comments(4)
気になっていたが、これまでなかなか都合が合わずようやく初めて浅草見番での雲助の会へ。少し余裕をもって電車に乗り、土曜の浅草の賑わいを楽しみながら、まず会場の場所を確認。どこかで軽い昼食をと思い辺りを探したが、結局見番すぐ近くの中華料理屋さんに入った。カウンターとテーブルが三つの、決して広いとは言えないお店。テーブルのお客さんは見た目でタクシーの運転手と思われた。そうなら、店の選択は正解のはず。生ビールはないようなので瓶ビールとラーメンを注文。懐かしい屋台の味の醤油ラーメンを食べていると電話。奥さんと思しき女性が電話を受ける。「はい、橋之助さんですね、ワンタンとチャーハン、2時ですね、分かりました。毎度ありがとうございます。」と電話を切った。そうか、今、平成中村座が墨田公園で芝居をしている。注文を確認した主、「そうか、じゃあ勘三郎さんの注文と一緒に持っていけばいいな」ときた。この夫婦二人の小さな中華屋さん、ただものではなかった^^

 さて、この会は初めてで勝手が分からず、「自由席」となっているので、少し早めに会場へ。靴を脱いで二階へ上がると、オフィスM'sの方がモギリ役でいらっしゃった。
 畳敷きの会場は結構広い。ここで、普段は芸者さんが三味線や踊りを稽古しているのかと思うと、何か艶っぽい空気を感じた。まだ、前の方の席が空いていたので三列目にコートと本を置いて、いったん外へ出て、一服。本来は「居残り会 月例会」の予定が、残念ながらYさんは体調不良で休むと携帯にメールがあった。Sさんは、蕎麦屋が込んでいてギリギリでの入場のようだ。

 会場へ戻ると座布団席も一番後ろのソファー席(?)もほとんど一杯。お客さんの様子を見ると、間違いなくコアな雲助ファン、そして落語ファンという感じ。会場のつくりも含め、少し広く立派すぎるが、江戸時代の寄席はこうだったか、と思わせる趣だ。

次のような構成だった。
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(開口一番 古今亭志ん吉 『金明竹』)
五街道雲助 『景清』
五街道雲助 『人情噺 火焔太鼓』
(仲入り)
五街道雲助 『五人廻し』
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古今亭志ん吉『金明竹』 (13:59-14:22)
 昨年の3月、池袋での小満んの会の開口一番以来。その時は、なかなか雰囲気のある好印象だった。今回も全体としては二ツ目としてレベルだとは思うし、なかなか可笑しい今風の工夫もあった。旦那が帰ってきて、上方の客の伝言を振り返って頓珍漢なことを言うお内儀が、「なんでも遊女の工場があって、とっても相乗効果があるんですって」には、「これもありかな^^」と笑った。
 しかし、気になる間違いがあったのを指摘しないわけにはいかない。この噺の聞かせどころ、上方者の言い立ての後半で、「・・・兵庫の坊主が好みます屏風じゃによって、表具に出し・・・」という部分、「表具」を「ひょうぐ」ではなく「ひょうご」と四回言っていた。本人は「ひょうぐ」と言っていたつもりかもしれないが、前から三列目で聞いていたので、私の聞き間違いではないと思う。私が素人芸で仲間うちで披露するネタの中の十八番の一つなので、こういう間違いは見逃せない^^

五街道雲助『景清』 (14:23-14:54)
 まず、マクラが良かった。かつていろんな先輩に教わったが、今思うと、もっと教わっておけば良かったと思うことが多いとのこと。いろんなネタに挑戦するから、実感なのだろう。そして、自分が弟子や若い噺家達に伝え教えることももっとあるのではないかと思う、特に「基礎」ができていない人が多い、と指摘する。その例として、戸を叩く場面で、右手で扇子を床に叩けばいいのに、わざわざ左手に持ち替えていた若手がいた、と指摘。それが実は自分の三番目の弟子と言って、会場は大爆笑。寄席や落語会では決して聞けないだろう内容に、この会のあり様のようなものを確かに感じることができた。この会は、雲助のまさにホームグラウンドなのだろう。
 黒門町と同様に生まれつきの盲目と後天的な盲目の違いなどを説明し本編へ。もっとも感心したのは、定次郎の“白目”の演技。つぶるではなく、何ともいえない具合の演技をしながら、石田の隠居の会話になると自然に目があいている。実は、聞きながら真似しようとしていたが、何とも難しいのだ、これが。百日目の満願でも目が開かないので上野清水様に毒づく定次郎の姿、雷に当たって目が開く場面の、感情を適度に抑えた噛み締めるように喜ぶ場面、“砂かぶり”の席で聞いた黒門町の十八番は、今後は小満んと雲助のネタになるような、そんな思いがした。もちろん、今年のマイベスト十席候補である。

五街道雲助『人情噺 火焔太鼓』 (14:54-15:20)
 高座にそのまま残ったままで二席目へ。『火焔太鼓』は今松と一緒に師匠に稽古をつけてもらったらしい。大師匠の志ん生とほぼ同じ型だったようだが、太鼓の値が三十両になっており、五両づつ渡されていたらしい。しかし、決して間違いを認めない馬生は、稽古の後に「あんなものが三百両もするわけがない」と、何とも苦しい言訳をしていたらしい^^
 雲助はある人に、「芝居話と人情噺の口調しかできない」と指摘されたことがあったらしい。その時は、「そんなことはない!」と心で思っていたようだが・・・・・・。そこで考えた雲助、「火焔太鼓を人情噺の口調でやったら、どうなるか?」と試しにやってみると結構おもしろい。そこで、遊びで練習していたが、とても通しでやることはできず、この会のネタも尽きてきたのでかけてみよう、ということになったようだ。
 こんなに会場がシンクロして何度も爆笑した高座は、これまでになかった。とにかく可笑しい。冒頭、「ねぇ、お前さん、どうするんだい、まったく売れないじゃないかさぁ」と古道具屋の女房は何ともいえない口調で切り出してから、ご通家ばかりの会場は沸く。道具屋の主もまるで歌舞伎役者のような語り口で答えるものだから、笑いが輪をかけて広がる。太鼓の代金三百両(三十両ではない^^)を五十両づつ受け取る際の道具屋、そして女房の大袈裟な身振りにも涙を流して笑っていた。本寸法ではないのでマイベスト十席の候補にはできないが、何か特別な賞をあげたい位の高座。とりあえず、演目に目立つ色だけは付けておくことにした。高座を下りる際の雲助の苦笑いも、何とも可笑しかった。

五街道雲助『五人廻し』 (15:32-16:06)
 冒頭、「もっと軽く流すつもりが、少し頑張りすぎてしまいました・・・・・・」と息をつく。それだけ熱演であったし、二席通しである。当然だろう。しかし、トリのネタがこれである。
 江戸には“廻し”があって、客の振り方にもいろいろあって、“三日月ぶり”は、「宵にちらりと見たばかり」、それよりひどいのは“新月ぶり”でまったく来(出)ない。もっと残酷なのは来ているのに寝てしまう“居ぶり”というマクラは、とても若手ではできない味なものだった。
 本編は、江戸っ子、軍人(役人?)風、“もちりん”の通人、田舎者のお大尽、そして関取の五人は皆それぞれ楽しかったのだが、最初の江戸っ子が吉原の歴史を言い立てで牛太郎に聞かせる場面で、二度ほど言いよどみがあった。あれさえなければ、こちらもマイベスト十席の候補であった。


 雲助の名人芸を堪能した後は、「居残り会 分科会」。リーダーのSさんと、「“三日月ぶり”よ」とお付き合いいただいた紅一点Iさんの三人で「ホッピー通り」の店に飛び込んだ。雲助や落語のこと、そしていろんな話を肴にホッピーならぬ日本酒の徳利が空く。途中Iさんがお帰りになってからもSさんと話ははずみ、帰宅してしばらくはブログを書ける状態ではなかった^^
 次回が日曜なので断念するが、またぜひ参加したい会である。雲助、恐るべしである。
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by kogotokoubei | 2012-04-21 22:03 | 落語会 | Comments(4)
池袋の何とも言えないネオン街の中にある映画館、新文芸坐での落語会へは、去年11月以来。前回は「看板と若手たち」というシリーズの三回目で談春と立川流の若手たちの会だった。談春『包丁』は、マイベスト十席には残さなかったものの、流石だった。

 受付で配布されたプログラムに、主催者永田稔さんの、次のような文章がある。

新真打・一之輔の披露興行の人気に思う

今日の顔付けは、高田文夫が編集する唯一の落語雑誌『落語ファン倶楽部』で、「これだけ豊かなジェネレーションは、落語史上初めてだろう」ということで『大豊作!2000年代真打』で取り上げられた世代の三派競演である。
たい平は、2000(平成12)年3月に喬太郎と共に抜擢されて真打に昇進した。遊雀01年9月、菊之丞03年9月、談慶05年3月に真打に昇進しているが、他にこの世代には白鳥、彦いち、白酒、三三、百栄、生志、兼好、王楽たちがいる。■今年は一之輔、朝太、菊六が抜擢されるが、今春昇進の一之輔の披露興行は、鈴本、末広と続いて今、浅草演技ホールで行われており、毎日大入り満員の盛況である。二つ目の勉強会である「土曜深夜寄席」「日曜早朝寄席」に、一之輔、朝太、菊六が出演していた時も、立ち見客が出たりで何時もより賑わっていた。たい平、喬太郎の抜擢昇進から丁度干支が一巡して、落語界に新時代が到来する因縁を感じる。


さて、“大豊作”の2000年代昇進者の中からの四人による、次のような構成だった。
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立川談慶  『洒落小町』
三遊亭遊雀 『初天神』
(仲入り)
古今亭菊之丞『棒だら』
林家たい平 『井戸の茶碗』
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それぞれの生年月日、入門年、真打昇進年と、感想などを記したい。

立川談慶『洒落小町』 (19:00-19:22)
-1965年11月16日生まれ。1991年入門、2005年真打昇進。-
 初めて聞く人。談志の17番目の弟子とのこと。師匠談志、そして円生で有名なネタだ。上方では『口合小町』(口合=洒落)と言い、上方版がルーツのはず。
 筋書は、吉原に“穴っ入(ぱい)り”(=“浮気”、と言うか“女遊び”と考えたほうが内容的には合いそうだ)ばかりして家に寄り付かない亭主に悩む女房に、ご隠居が故事に基づき知恵を貸す。この故事、結構古典芸能に幅広く関連するネタなので、少し長くなるが紹介したい。
 在原業平が河内にいる生駒姫の所に頻繁に遊びに行くが、奥方の井筒姫は決して嫉妬などしなかった。ある風雨の強い日にも、「こういう時にこそ行ってあげてくれ」と業平を送り出す。不思議に思った業平は井筒姫の不倫を疑い出かけたふりをして隠れて様子を見ていると、間男が来るどころか、井筒姫は次の和歌を詠む。『風吹けば沖津白波たつ田山 夜半にや君が一人越ゆらん』。この風の強い中、夫はたつ田山を一人で無事超えることができるだろうか、と業平の身を案じていたわけだ。これを聞いた業平は、大いに反省し、以後二人は仲睦まじく暮らしたとさ、というお話。しかし、相談に来た女房は和歌などたしなまない。そこで得意の駄洒落で勝負する、という内容。
 だから、今日風のギャグがふんだんに盛り込まれることになる。でも、私はこの人の高座で、あまり笑えなかった。前半の女房が立て板に水と亭主の悪口を並べる部分も、早口で言い間違いのない技量は認めるものの、聞いているこっちが落ち着かなく、落語としての味わいを感じない。サゲは書かないが、これまた和歌にちなんだ内容なので、この噺は結構奥が深いとも言える。業平の故事は『伊勢物語』二十三段に基づくもので、オリジナルでは、あくまで「昔、男ありけり」と業平とは書いていないのだが、近松の浄瑠璃や能の『井筒』なども業平の逸話として作品が成立している。
 談慶は今年で47歳。年齢的なことも考えると、故事と古典芸能との関係なども含めて語るなどの味付けがあれば、ただのギャグ満載ネタではなく、より品のある高座になったのではないか、と思った。ギャグとスピードで圧倒する高座は、もっと若手に任せればいいのではなかろうか。このへんも、前座修行と寄席の経験のない流派に感じる共通した傾向だが、早く話すことがスピードを生むわけではない。緩急があって、スピード感を印象づける。これは、野球のピッチャーを考えればわかることだ。しかし、結構勘違いする人が多い。

三遊亭遊雀『初天神』 (19:23-19:50)
-1965年1月28日生まれ。1988年入門、2001年真打昇進。-
 マクラの前半は先週の国立演芸場とほぼ同じだったが、後半に弟の娘姉妹とのエピソードを語り本編につないだ流れは、噺の内容との整合性もあって良かったように思う。
 この人のこのネタである、はずすはずがない。前半の女房との会話で、女房が、「金坊を怒らせると、怖いよぉ~」「早くしたほが、いいよぉ~」と亭主を脅す場面が、以前より長めになったように思うが、結構伏線として効いていたと思う。ただし、この場面は持ち時間などの状況に応じて調整しているのかもしれない。肝腎の金坊が“壊れる”演出にもいっそう磨きがかかったような印象である。終わり方が、やや唐突だったことだけが残念。
 この会場は、「友の会」のお客さんも多いようで、映画はよくご覧になるが落語を聞く機会が少ない方も多くいらっしゃたような印象。それだけに、遊雀初体験の方には、相当強い刺激を与えたように思う。

古今亭菊之丞『棒だら』 (20:02-20:27)
-1972年10月7日生まれ。1991年入門、2003年真打昇進。-
 マクラは「地震、雷、火事、オヤジ、これ全部寄席で経験しています。」というエピソード。前座時代からこれまでに鈴本他での経験談が楽しかった。こういうマクラも、寄席に出ていなければ出来ないわけだ。中でも「オヤジ」が可笑しかったが、内容は明かさない。12分ほどのマクラ後半は、酒でのしくじり話や下戸の噺家さんのことで会場を沸かせて本編へ。マクラからの流れも滑らかだ。
 本編も非常に結構だった。昨年暮れの末広亭で聞いたさん喬のこのネタも良かったが、菊之丞も捨てがたい。薩摩の田舎侍の奇妙な唄、それを聞いて反応する芸者。隣室で田舎者の声や唄にいらだつ若い江戸っ子となだめる男の二人連れ。高座に、この物語の空間がしっかり見えていた。「赤べろべろの醤油づけ」もその場にあったし、最後の場面では板前がふりまく胡椒の香りさえした。江戸の風を味わうなら、中堅ではこの人、という思いを強くした。最近この人の高座を聞いていなかったことも、ある意味で新鮮だったのかもしれない。
 長めのマクラを含め、持ち時間と思われる25分でサゲまでしっかり。これがプロ、という高座を味わうと、「寄席で鍛えられているからできる芸だなぁ」という思いが深まる。四人の中で年齢はもっとも若く、真打昇進も遅い菊之丞が、結果としてもっとも完成度の高い高座を見せてくれた。今年のマイベスト十席候補である。
 
林家たい平『井戸の茶碗』 (20:28-21:10)
-1964年12月6日生まれ。1988年入門、2000年真打昇進。-
 たい平の生の高座は、ずいぶん久しぶりだ。2007年11月に麻生市民館での昇太との二人会以来。それぞれ一席づつ(昇太『壺算』、たい平が『愛宕山』)だった。その時も、上手いと思える部分もあるのだが、マクラを含め「笑点」ネタに閉口した記憶がある。それ以上に、二人会で一席づつということに落胆したものだ。
 今回の高座でも、喬太郎と同時昇進し将来を期待されていた人の芸の停滞を、強く感じた。結果として人気テレビ番組に出たことによる収支決算はプラスだったのか・・・・・・。
 マクラは、妙に政治色を強く出し、「冷温停止という言葉はありますが、冷温停止状態という言葉はありません。政治家はこういうゴマカシをします」とか、石原慎太郎と尖閣諸島問題に話はおよび「武士道」まで持ち出して本編へ。落語のマクラでないのなら、もちろん賛同できる部分もあるが、ちょっと唐突すぎたなぁ。本編との整合性はあるものの、あんな怖い顔して時事ネタのマクラをふることはない。
 そして、本編での「笑点」ネタ。「屑屋の清兵衛さん、正直者で人が良く、たとえば貧乏な好楽さんが借金の保証人になってくれと頼めばハンコを押し、友達のいない円楽さんから頼まれれば友達になってあげる、そういう人」と入れごとをする。まったく感心しないし可笑しくない。「笑点のたい平です!」と割り切っているのだろうが、そんなクスグリで笑いをとろうとするのは、ある意味で客への迎合である。
 他にも最後の方で、千代田卜齋が清兵衛に、「高木(佐久左衛門)殿は、おひとり身であるか」と聞いた時、清兵衛が、「中間の良助が、主人がいない時に、『うちの昇太』とか言ってますから、独身に違いありません。」と挟む。こういう演出には、苦笑するしかない。
 他にもっとも違和感を感じたのは冒頭の千代田卜齋が、あまりにも元気なこと。いくら武士とは言え、風邪をこじらせていたのだから、病み上がりであるはず。“明るい落語”が売りなのかもしれないが、登場人物になりきって演じようとするなら、ああはならないだろう。
 他にも細かいことを言い出したらキリがなくなる。たとえば、高木の命を受け仏像の中から出てきた五十両を千代田卜齋に清兵衛が渡しに行った時、先に仏像が売れた利益の半分五十文を卜齋に渡すべきだろうが、渡さないまま会話が進む。結局最後まで五十文は渡さない。こういう細かいところが、結構気になる。
 全体的な印象としては、なんとも起伏の少ない平板な流れ。そして、リズムが悪い。ところどころ、余計な一拍が入る。セリフを思い出しながらの高座、という感じがした。
 この噺を初めて聞くお客さんも多かったようなので、本来の噺の筋の可笑しさで笑いは結構とっていたが、私には笑える部分も感心できる演出も、共感できるような場面も、ほとんど探すことができなかった。
 稽古不足としか言いようがないのではなかろうか。この人、このままでは後ろからやって来る若手に抜かれる、いやすでに抜かれている、と思えるような残念な高座。


 顔ぶれがなかなか良かったので足を運んだ会。結果として行った甲斐はあったのだが、書いた通りで、2000年代の真打昇進者と言ったって、あれから10年前後経過すれば、人それぞれに変化はある。

 この日の四人の高座で私が強く思った言葉が「了見」。以前に紹介したことがあるが2010年12月7日のブログ、著書『こういう了見』の中で、
 落語はあたしにとって
 「惚れぬいている、とんでもなくいい女」。  
 大好きだし、尽くしているのに、すごく冷たいときがある。  
 オレはこんなに好きなのになあって、いっつも悩んでいる。


 と書いた菊之丞の高座に、彼が「悩んだ」末の芸の実りを感じた会だった。

 この度の一之輔と同様に、一人で真打昇進興行を行ってから早や9年が経つ。着実に芸を磨き、無理に笑わせようとするのでもなく、無駄なクスグリを入れるわけでもなく、安心して江戸の長屋へ連れて行ってくれる本寸法の噺家さんになっているし、今後もまだまだ成長の糊しろを感じる。一時は、女性の描き方が妙に艶っぽすぎて、噺全体のひ弱さを感じたことがあったが、今やそんな印象はない。長屋噺、侍噺、幇間の噺、人情ものも滑稽な落とし噺も、すべからく菊之丞の落語として楽しませてくれる。そんな幅広さと奥の深さを感じるこの人が、この四人の中では、際立って見えた。「了見」の違いだろう。

 2000年代の真打、“大豊作”だったから“量”が多かったのは事実。しかし、その後もしっかり栄養をとって成長してきたのか、そして食卓(寄席や落語会)で人を喜ばせる味わいになっているのか。“質”の問題は一人一人の「了見」にかかっている。

 喬太郎が抱いている危機感、師匠さん喬の厳しくも暖かな目。そう思うと、たい平の周囲には、彼を叱咤する人は少なそうだ。「笑点」メンバーとの地域落語会を減らしてでも、寄席で、一之輔、菊六などと比べて自分の高座はどうなのか、冷静に考える時期ではないだろうか。「了見」を替えるのに、まだ遅すぎはしないだろう。そんなことを思いながら、ネオンのきらめく中、家路を急いだ。
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by kogotokoubei | 2012-04-19 09:07 | 落語会 | Comments(7)
 先週土曜、久しぶりに落語芸術協会主催の国立演芸場の定席に行ったことを書いた。

 会長である歌丸の『双蝶々 雪の子別れ』の力演には感心したが、その反面、ふがいない若手やベテランの高座への小言も書いた。

 以前にブログにいただいたコメントで、芸協が円楽一門や立川流の噺家も交えた定席開催の件がほぼ決まったとの情報を得ていた。実は3月16日に行った新宿亭砥寄席で桂平治が、出演人数の上限を決めて両派の噺家も加えた開催をすることを検討していると語っていたが、まだ最終決定ではない、とのことだったのでブログには詳細を書かなかった。。しかし、どうやら本決まりになり、この夏から実施することになったようだ。
「NHK NEWSweb」の該当記事*映像は、なぜか末広亭の一之輔真打昇進披露興行の会場。

落語 “会派の垣根を越えて
4月16日 5時46分

人気落語家の桂歌丸さんが会長を務める落語芸術協会は、寄席の活性化を目指して、かつて落語家の団体から分裂した円楽一門会や落語立川流の人気落語家たちと組んでことしの夏から興行する方針を決めました。

落語芸術協会はおよそ130人の落語家が所属する団体で、東京の新宿末廣亭など4か所の定席で興行していますが、ここ数年、観客数の減少傾向が続いているということです。
このため落語芸術協会では、寄席の活性化を目指して人気落語家を擁する円楽一門会と落語立川流と組んで興行していく方針を先月の理事会で決めたもので、ことしの夏の興行から2つの団体の落語家がゲストとして出演していくということです。
円楽一門会と落語立川流は、亡くなった5代目三遊亭円楽さんと立川談志さんが、それぞれ既存の団体から分裂したあと旗揚げしたもので、これまで落語芸術協会と落語協会の2つの団体の興行には原則として出演できませんでした。落語芸術協会では、「会派を問わず出演してもらうことで、落語界を活性化させたい」と話しています。



 芸協の定席に客が来ないという問題の根本的な解決のためには、協会の噺家全体の技量やモラルを向上させる努力を腰を据えて続けるしかない、というようなことをこれまで書いてきた。合同開催により目新しい顔ぶれが寄席に登場することで、たしかに一時的に芸協主催の定席に客は増えるかもしれない。しかし、それだけでは年功的に真打に昇進するため緊張感のない若手や、年功と名前のみで深い席に上がり中途半端な高座で会場を冷え冷えとさせるベテラン達の存在、という構造的な問題の解決にならないと思うからだ。また、小三治会長の革新的な真打抜擢昇進により、ますます落語協会との差がついているわけで、今年の五名の真打昇進記者会見で、落語協会のことを質問された際に「うちはうち!」などと居直っている場合ではないはずだ、と思っていた。

 しかし、自助努力での限界もあるだろうし、歌丸会長が元気なうちにしかできない、彼の人脈頼りの策かもしれない。

 歌丸人脈と言う意味で危惧するのは、円楽一門からの出演が笑点メンバーが中心となりそうな気がすること。好楽、円楽二人の高座を知らない人は、最初はテレビでの知名度で寄席に出かけるかもしれないが、果たしてリピーターになり得るかどうか。もし他派の出演枠が3~4名とすると、円生襲名問題で名が少し売れた鳳楽を加えた幹部のうちの誰かを客寄せの目玉として、その脇を、なぜか一部の評論家に買われている王楽、そして大勢の落語愛好家が評価する兼好などと他のベテランで固めるような布陣になるのだろうか・・・・・・。

 しかし、そう簡単には済まないかもしれない。以前にも書いたように円楽一門は落語協会に比べて小所帯とは言え、落語家だけで45名いるのだ。
2012年2月7日のブログ
 *星企画」のサイトがなくなっているので、Wikipediaから引用。( )内の人数は幸兵衛の計算。
Wikipedia「円楽一門会」
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構成員
※以下一覧では、孫弟子の見分けとして、《1》( = 鳳楽の弟子)、《2》( = 好楽の弟子)、《3》( = 圓橘の弟子)、《4》( = 6代目円楽の弟子)を末尾に付記。

総帥
5代目三遊亭圓楽(2009年10月29日死去)

会長(1)
三遊亭鳳楽

幹部(4)
三遊亭好楽、6代目三遊亭圓橘、6代目三遊亭円楽(楽太郎改め)、三遊亭楽之介

真打(30)
三遊亭貴楽、三遊亭小圓楽、三遊亭喜八楽、三遊亭五九楽、三遊亭楽麻呂、三遊亭圓左衛門、三遊亭道楽、三遊亭栄楽、三遊亭とん楽、三遊亭楽春、三遊亭洋楽、三遊亭真楽、三遊亭好太郎《2》、三遊亭楽松《1》、三遊亭竜楽、三遊亭良楽、三遊亭愛楽、三遊亭京楽、三遊亭全楽、4代目三遊亭小圓朝《3》、三遊亭鳳好《1》、三遊亭神楽、三遊亭上楽、三遊亭楽生《4》(楽花生改め)、三遊亭圓福(福楽改め)、三遊亭楽京《4》(花楽京改め)、三遊亭兼好《2》(好二郎改め)、三遊亭大楽、三遊亭鳳志《1》、三遊亭王楽

二ツ目(6)
三遊亭楽市《4》、三遊亭きつつき《3》、三遊亭橘也《3》、三遊亭好の助《2》、三遊亭鳳笑《1》、三遊亭楽大《4》

前座(4)
三遊亭一太郎《4》、三遊亭好吉《2》、三遊亭たい好《2》、三遊亭こうもり《2》

色物(1)
ニックス《4》
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 計46名。落語家のみで45名。

 会長、幹部を含む真打だけで35名。もし、ある程度の出演の公平性を保とうとしたら、いったいどのようなローテーションになるのだろう。それとも、客寄せと割り切って人気者だけで固めるのか。その場合、円楽一門の中で出番のない噺家達から不協和音が聞こえてきはしないか。


 次に立川流。真打は20名。
 *昨年昇進が内定した、こしら、志らの、談修(内定したはず?)を含む
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4代目桂文字助、10代目土橋亭里う馬、立川左談次、立川談四樓、6代目立川ぜん馬、
立川龍志、立川談之助、立川談幸、立川志の輔、立川談春、立川志らく、立川談慶、
立川談笑、立川生志、立川志遊、立川雲水、立川キウイ、立川こしら、立川志ら乃、
立川談修
-----------------------------------------------------------------

 客を呼べる名前で組みたいのなら、志の輔、志らく、談春、談笑の、いわゆる立川流四天王(?)を参加させたくなるだろうが、独演会などですでに十分に稼げるしスケジュールも結構埋まっている彼らを十日間拘束するのは難しかろう。せいぜい日替わりで人気者が出演し他2~3名は別の顔ぶれになるのが現実的ではないだろうか。

 いずれにしても、芸協は“腐っても”何とかで、人数だけならいる。円楽一門、立川流の真打に対しても、中堅どころには実力的に結構対抗できる噺家だっている。もし、彼らの出演機会を減らしてでも他派の噺家を招くことで、芸術協会内での不協和音が発生しないとも言えない。しかし、そんなことを言ってられない非常事態でもあるのだろう。

 1984年に、鈴本から芸協主催では客の入りが悪く、落語協会との合同開催を要請されたのを「侮辱」として蹴ったために、鈴本という老舗への出番を失ったままである。そして、昨年末の末広亭席亭からの、ある意味同じような要請に応えた結果が、これだ。芸協がこの四半世紀で失ったものは、プライドだけではないようだ。「危機感」という言葉が、この協会の辞書から時間とともに失われていたのだろう。

 紹介したニュースでは、十日間の席に円楽一門と立川流の両方から参加する場合もありそうな内容。そうなると、他派からの人数はどうなるのか。

 いろいろ不明な要素はまだ残っているし、私が不安を指摘するのは老婆心かもしれないし、芸協からは大きなお世話と言われるかもしてない。

 ビジネスとして考えると「提携」と言えるような芸協の決断。これまでの「定型」的な緊張感のない高座に良い刺激を与えて、「落語界」ではなく、「落語芸術協会」が活性化することを期待している。「落語界」への心配より先に、まず自らの足元をしっかり見直すことが先だろう。
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by kogotokoubei | 2012-04-16 10:24 | 落語芸術協会 | Comments(12)
久しぶりに芸協の定席を見たいと思っていたら、国立演芸場の中席がなかなかの顔ぶれに加え、主任の歌丸会長が『双蝶々 雪の子別れ』のネタ出し。十日間同じネタというのも不思議な感じだが、評判は聞くが歌丸の円朝ものは一度も聞いたことがなく、土曜昼雨の中隼町へ。

 少し早めにと、12時50分に会場に入ったが、すでに開口一番の声が聞こえる。土曜ということもあるのだろう、八分ほどの入り。平日の空席が推察できる。聞こえていた高座は瀧川鯉和の『子ほめ』。15分前から開口一番は始まっていたようだ。途中から聞いたのでコメントは差し控える。鯉和の次は日替わりの二ツ目の中から小痴楽。この高座から、所要時間と感想を書きたい。

柳亭小痴楽『反対俥』 (15分)
 昨年の末広亭初席以来だが、少し小言を書かないわけにはいかない。このネタ特有とは言え、あまりにも激しく動くので着物の前がはだけて足が丸見え。本人も分かっていてギャグにするのだが、まったく感心できない。せっかく懐かしい名跡を襲名したのだから、もう少し真っ当な高座をして欲しい。会場はよく笑うお客さんが多く結構沸いていたが、品のない高座には目をそむけたくなった。

鏡味正二郎 曲芸 (14分)
 正統派の芸。色物は芸協も決して落語協会に劣っているとは思わないが、こういう人達が支えているのだと思う。

三遊亭遊雀『粗忽長屋』 (18分)
 雨だったので四谷からタクシーに乗った、というマクラなどで会場を暖めて本編へ。落語の中でも、これだけシュールなネタもないが、遊雀ならではのギャグを抑え目にほぼ本寸法の高座。ようやく真っ当な高座にめぐり合えた。この人の落語会は私が行かない土曜夜や日曜が多く、なかなか最近聞いていなかったが、芸協の定席に人を呼ぶには欠かせない中堅である。

コントD51 コント (14分)
 本日一番受けたのは、本来の東京ボーイズの代演だったこの二人。よく笑うお客さんと掛け合いに応じるお客さのおかげで、会場はなんともアットホームな空気に包まれた。定番のコントに程よく会場を引き込む二人の技も流石であった。私は、こういう芸、嫌いではない。 

雷門助六『浮世床』と踊り (27分)
 せっかくコントD51が盛上げ暖めた会場を、この大ベテランは目一杯冷やす。途中でわざわざ着物の中に入れてきた歌丸の本(『恩返し』)を紹介し、途中私服の歌丸が高座に登場するという(たぶん予定された)ハプニングなどを含め、どうでもいいマクラと、まったく受けない駄洒落で12分を費やした。
 本編も、あえて小言を言うなら二ツ目でももっと上手い人がいる。昭和22年生まれで、マクラでも言っていたが歌丸よりほぼ一回り若い65才、団塊の世代。体調がよほど悪くないのなら、もっとしっかりした高座をして欲しい。最後の踊りは師匠譲りだが、まず大事なのは落語だろう。
 せっかくコントD51が盛上げた会場をここまで冷やしてしまうベテランの存在に、芸協の問題の一面が見えたような気がした。私の席の近くにいらっしゃったお客さんは、小声ながら何度も「真面目にやれ!」と呟いていた。私もまったく同感である。

三遊亭円丸『宮戸川』 (23分)
 仲入り後のクイツキは、本来の平治の代演のこの人。初めてである。大きな顔と体で、なかなかの本寸法。名前からは分かりにくいが小遊三の弟子。そういう雰囲気もないではない。しかし、三遊亭で円がつく名でもあり、爆笑ネタよりも本格古典が似合いそうだ。

桧山うめ吉 踊り (6分)
 風邪で踊りのみとのこと。「奴さん~姉さん」「夜桜」。楽しみにしていた三味線と俗曲がないのは、あまりにも残念。

桂歌丸『双蝶々 雪の子別れ』 (48分)
 どう言えばいいのだろう。なぜ今までこの人を聞かず嫌いでいたのかを、今は反省している。音源なら何と言っても円生になるが、最近は五街道雲助一門が、『長屋』~『定吉殺し』~『権九郎殺し』~『雪の子別れ』の通しで演じるなど、新たな試みもあって決して過去の噺ではなくなったが、歌丸の円朝もの(このネタは円朝作ではないという説もあるが)への取り組みは年季が入っているようだ。
 談志と同じ昭和11年生まれ今年76歳の歌丸の口跡ははっきりしているし、地の部分と登場人物が語る部分も流れるように展開されていく。たしかに、白酒が一門の会の楽屋ネタとして、この噺は病気の老人の噺でつまらない、という会話があったと言っていたが、本来『双蝶々』と言えば、この噺。終盤、雪に見立てた紙吹雪の演出と三味線も程よく効果的。この高座に出会えただけでもこの中席は満足である。もちろん、今年のマイベスト十席候補とする。


 終演後に玄関脇で一服していて思ったのが、下座さんの素晴らしさ。唄わないうめ吉の踊りに三味線と唄をつけ、歌丸の高座でも効果的な鳴物。出囃子はもちろん、曲芸でもその三味線が一味違っていた印象。

 歌丸会長の高座を見て、芸協の若手、中堅、そしてベテラン陣も何か考えることがあるはず。十日間通しの『雪の子別れ』、実は客のためだけに歌丸が演じているのではないのではないか、そんな気がした。

 帰り道はまだ止まない雨の中なのになぜか嬉しかったのは、歌丸の高座のみならず、仲入りの時に五月中席の一之輔真打昇進披露興行の空席を入手できたこともある。ネットでは売り切れていたが、演芸場にはまだ若干の空席があったのだ。これまた僥倖であろう。
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by kogotokoubei | 2012-04-14 19:17 | 落語会 | Comments(10)
藤原正彦『国家の品格』から、また引用したい。「第七章 国家の品格」から。ちなみにこの本は2005年発行である。藤原正彦著『国家の品格』

「国家貢献」を考え直す
 いま、国際貢献などと言って、イラクに戦えない軍隊を送っています。とても賛成する気になれません。
 なぜなら、そんなことをしても誰も日本を尊敬してはくれないからです。「アメリカの属国だからアメリカの言いなりになっているだけ」と思われてるのがせいぜいでしょう。それに自衛隊員が気の毒です。世界でもっとも危険な地へ行かされながら、重装備は認められず、オランダ軍など他国の軍隊に守ってもらう、という屈辱的な立場に置かれているのですから。
 そもそも今のアメリカに、手前勝手なナショナリズムはあっても、「品格」はありません。
(中略)
 本気で世界に貢献したいのなら、「イラクの復興は、イスラム教にどんなわだかまりもない日本がすべて引き受けよう。そのために自衛隊を十万人と民間人を一万人送るから、他国の軍隊はすべて出て行け」くらいのことを言えなければなりません。


 アメリカがイラク戦争の理由(へ理屈)にしていた「大量破壊兵器」は、どこを探しても見つからなかったし、日本が自衛隊員に苦労を強いて、国民の血税を使いながらもまったく感謝も尊敬もされない支援をしたこの戦争で、民間人を含めどれだけの血が流されたのかは、歴史が証明している。そして劣化ウラン弾による被害は未だにイラクの人たちを苦しめている。劣化ウラン弾テストのためにもアメリカがあの戦争をしたかったのではないか、そう思わないでもない。

 今日の状況なら、イラクをイランに換えて、次のように言うことができるはずだ。そうすることで、「おっ、日本やるじゃないか!」と、あらためて「尊敬」される国になるチャンスがあるのだ。

「核を持っていながら他国の核保有疑惑を非難するアメリカの言い分は筋が通らないし品格がない。長年友好関係のある日本にイランのことは任せてもらう。アメリカはこれ以上中東の平和のために余計な口をはさむな」

 これ位のことは、明治の日本のリーダーなら言えたはずだ。

 今日のドジョウやカメレオンには、少しハードルが高すぎたのは百も承知。しかし、イランという重要な友好国との関係を、アメリカの横暴に追従して悪化させるしか脳のない政府も自民党も、鳩山を非難する資格などない。そもそも鳩山の行動を批判するマスコミは、日本に独自外交をさせたくないアメリカのメディアかと疑いたくなる。
 
 もし、アメリカが、「我が国も核を段階的に廃棄し、核のない世界平和を目指す」と具体的な計画を示すのであれば、日本もアメリカに同調する余地はある。しかし、ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経験した日本は、一方的なアメリカのイランへの攻撃を支援してはいけない、世界で唯一の国のはずだ。
 
 浜岡を止めたのも、大飯を再稼動させたいのも、背後にアメリカの影が浮かぶ。しかし、「政治的判断」で大飯を再稼動しようとする政府は、とても国民からは尊敬などされないだろう。そろそろアメリカ頼りではだめなことを分からなければ、フクシマ以降の日本の復興などないのではなかろうか。

 しかし、ドジョウがアメリカに行くらしい。きっと“Yes”をふりまいてくるのだろう。しかし、アメリカ(それはオバマでも誰でも)の言うままに、日本古来の伝統も誇りもかなぐり捨てて追従するこの国の政府には、大きな声で「誇りを持て!」と言いたい。
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by kogotokoubei | 2012-04-12 21:39 | 責任者出て来い! | Comments(0)
春風亭一之輔の、一人真打昇進披露興行50日(国立演芸場5月18日は昼夜二回なので、計51回の口演)の、前半鈴本と末広亭が終了した。

 一之輔のブログで昨日末広亭千秋楽の演目も判明したので、これまでの20席を並べてみる。一之輔のブログ「いちのすけえん」

鈴本
(1) 3/21 粗忽の釘
(2) 3/22 百川
(3) 3/23 藪入り
(4) 3/24 茶の湯
(5) 3/25 明烏
(6) 3/26 花見の仇討
(7) 3/27 子は鎹
(8) 3/28 欠伸指南
(9) 3/29 不動坊
(10)3/30 長屋の花見

末広亭
(1) 4/ 1 竹の水仙
(2) 4/ 2 欠伸指南*
(3) 4/ 3 らくだ
(4) 4/ 4 百川*
(5) 4/ 5 初天神
(6) 4/ 6 雛鍔
(7) 4/ 7 花見の仇討*
(8) 4/ 8 子は鎹*
(9) 4/ 9 くしゃみ講釈
(10)4/10 茶の湯*

 末広亭のネタの横に*があるのが、鈴本でもかけられたネタである。末広亭ではちょうど半分が鈴本ではかけられなかったネタ。よって、ネタの種類としては二十日間で十五席になる。このペースが今後も続きそうな気がするなぁ。持ちネタは150席とも言われているが、ある時点で高座にかけられるネタということなら、せいぜい50~60席だろう。そして、あくまで主任としてのネタとなると、もっと絞られてくる。

 このペースで進むとネタの種類ということでは、鈴本で10、末広亭、浅草、池袋、国立演芸場で各5席が加わって、合計で30席の違う演目が登場することになる。もちろん、量のみならず質も問われるだろうが、どのネタでもがっかりさせる高座にはならないだろう。

 さて、今日から浅草。昼の部なのですでに出番は終わっているはずだが、何から始まったのやら。浅草では、鈴本と末広亭の両方でかけたネタは登場しないと私は勝手に予想している。もちろん、この予想はハズレることも大いにあり得るが、当たって欲しいと思っている。
 場所柄、浅草で『五人廻し』がありそうだ。この人のこのネタは、なかなか結構。その日に巡り合った人は、うらやましい限り。また、マクラから考えて『鈴ケ森』も浅草で初登場しそうだなぁ。

 他にまだ登場していない持ちネタとしては馴染み深いもので、抜け雀、化け物使い、短命、代脈、加賀の千代、野ざらし、黄金の大黒、夏どろ、へっつい幽霊、ろくろ首、猫久など、たくさんある。船徳、千両みかんもあるが、夏の噺だから、かけるとしたら国立だろうか。

 今後の披露興行に実際に行けなくても、どんなネタが登場するか、ということだけでも楽しめる。一之輔のブログ、そして落語愛好家の皆さんのブログを見るのが、しばらく日課になりそうだ。
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by kogotokoubei | 2012-04-11 16:29 | 真打 | Comments(7)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛