噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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録画していた柳家喬太郎の『紙入れ』を見たのだが、日経が自社グループのBSジャパンで放送していた「今どき落語」が、とりあえず、終了するようだ。
 BSジャパンのサイトに伊集院光の次のメッセージが掲載されている。BSジャパン「今どき落語」サイト

昨年10月に何の前触れも無くスタートした「今どき落語」。今回を持って一旦終了となります。
登場して下さった落語家さんたちの古典、新作を飛び越えた「落語」が「今どき」と感した方も、超デジタルな現代日本にあって、超アナログな芸能こそが、逆に「今どき」と感じた方も、その中で語られる、人情や絆、人間の可笑しさ、可愛らしさ、それを許す度量、といった世界観こそが、今、この国にとって「今どき」かも、と。
様々にお感じになったと思います。
ポッと出の番組なので、苦肉の策で「twitter」で集客し、常に満員という落語会も過去に例が無く「今どき」だった落語番組です。
それだけ、今、やはり、落語はキテル!と言う事で。そんな落語界のさらなる発展を願いつつ、「今どき落語」シーズン2もあればイイな~などと願いつつ、「今どき落語」を愛してくれた皆さん、本当にありがとうございました。
語り:伊集院光



同サイトには過去の放送履歴が掲載されているので、放送順にナンバーをつけて並べてみる。
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( 1)柳家 権太楼 「家見舞」
( 2)古今亭 菊之丞 「湯屋番」
( 3)三遊亭 小遊三 「替り目」
( 4)柳家 さん喬 「天狗裁き」
( 5)立川 談笑 「金明竹」
( 6)三遊亭 兼好 「一分茶番」
( 7)林家 彦いち 「睨み合い」
( 8)林家 たい平 「干物箱」
( 9)三遊亭 白鳥 「マキシム・ド・のん兵衛」
(10)春風亭 昇太 「ストレスの海」
(11)柳亭 市馬 「転宅」
(12)瀧川 鯉昇 「時そば」
(13)桃月庵 白酒 「壺算」
(14)三遊亭 歌武蔵 「子ほめ」
(15)橘家 文左衛門 「千早ふる」
(16)三遊亭 圓丈 「前座生中継」
(17)柳家 三三 「萬金丹」
(18)立川談志 追悼特別編「談志の落語なら、この一席!」
(19)柳家 花録 「花見小僧」
(20)古今亭 志ん輔 「豊竹屋」
(21)五街道 雲助 「お見立て」
(22)三遊亭 王楽 「片棒」
(23)古今亭 菊志ん 「品川心中」
(24)立川 生志 「たいこ腹」
(25)柳家 喬太郎 「紙入れ」
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 ブログに書いたものは数少ないが、ほぼ半分は見ていると思う。録画していて土曜か日曜に見るのが楽しみだった。

 マイルス・デイビスのアルバム「Round About Midnight」の中の「Bye Bye Blackbird」をBGMに、かつて楽太郎の弟子でもあった落語通の伊集院光がナレーターで盛上げる、結構渋い番組と評価していた。

 朝日新聞、読売新聞、そして最近は渋谷で毎日新聞も落語会を開催するようになっており、日経もこの番組を機に落語会を主催するのか、とも思っていたのだが、それは勘違いだったか・・・・・・。

 喬太郎も終演後のトークで「再開を期待」と言っており、伊集院も「シーズン2」と表現しているが、ぜひ再開を期待したい。朝日の落語者よりも、いわば大人の番組という印象だった。BGMのセンスの良さ、女子アナのインタビューなどないことで高座により時間をかけることができる、など好ましい配慮があったように思う。

 落語者のように地上波が最初でBSで再放送(BS朝日の再放送は不定期だし、サイトも相変わらずだらしないが)というわけにはいかないから、コンテンツの二次利用というメリットはないが、単独の番組として存在意義はあったと思う。

 来週の同じ時間帯は、駅弁をテーマにした漫画のドラマ化らしい。駅弁ファンにはうれしいのかもしれない。しかし、BSには、まだまだ番組構成上の時間の余裕はあると思う。人気者の時間確保と集客を含む収録の苦労はあるのだろうが、まだまだ「今どき」で出演していない人も多い。果して、今が“やめどき”だったのか、やや疑問の残る終了でもある。
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by kogotokoubei | 2012-03-31 07:41 | テレビの落語 | Comments(4)
昨年は震災の十日前に池袋での開催だった。三席とも見事な高座だったことを思い出す。2011年3月2日のブログ
 場所は替わったが、またこの会に来れる幸せを感じながら、2週つづけての隼町詣でだった。

 これまで年に一回開催されてきた会の過去四回での演目が書かれた「柳家小満ん(雪月花の夕べ)控え」が、入場の際に渡された。
①平成20年3月15日 花見酒・雪とん・三十石
②平成21年4月 1日 百年目・柳田格之進(月雪)
③平成22年4月 5日 雪てん・青の別れ・花見の仇討
④平成23年3月 1日 盃の殿様・夢金(雪)・景清(月) 
 なお、この資料のもう片面には、初代中村仲蔵による『月雪花寝物語』からの抜粋が紹介されている。このへんが、他の噺家さん達とは、一味もふた味も違うのである。まさに、“江戸の風”を感じる。

さて、五たび目の今回は次のような構成だった。
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(開口一番 柳亭市也『一目上がり』)
柳家小満ん 『花見小僧』*『おせつ徳三郎(上)』
柳家小満ん 『刀屋』*『おせつ徳三郎(下)』
(仲入り)
柳家小満ん 『しじみ売り』
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柳亭市也『一目上がり』 (19:00-19:15)
 3月16日の新宿亭砥寄席と同じネタ。滑舌、リズムともに前回の方が少し良かったような印象。柳家で他にも前座さんはいるだろうに、なぜかこの人の開口一番が続くなぁ。

柳家小満ん『花見小僧』 (19:16-19:44)
 昨年6月の人形町らくだ亭で、さん喬と二人で通し口演を聞いて以来。二人目の師匠小さん譲りだろうが、この人の何とも言えない軽さが聞く者に心地よい。この軽さは、良い意味で通しでの効果にもつながったように思う。
 小さんの音源でも好きな場面だが、本来主人に昨年の花見の様子を尋ねられている側の小僧の定吉が、逆に聞き手に回って、主人が博学ぶりを自慢げに長命寺のこと桜餅の由来などを語ってしまうやりとりが結構だった。定吉の「それから?」という相槌で、会場も鸚鵡返しのように穏やかな笑いが起こる感覚が好きだ。途中やや一瞬間があく場面などがあり、この“上”に限っては昨年の高座の秀逸さが上かと思うが、十分に楽しむことができた。
 そして、サゲの部分で通しであることがわかって期待が膨らんだ。

柳家小満ん『刀屋』 (19:45-20:14)
 いったん袖に下がってすぐ再登場。江戸時代に心中(「相対死」(あいたいじに)が一時多くなった一因に、心中を美化する豊後節(浄瑠璃の一派)の流行があり、禁令が出たほどである、などとマクラでふって似合うのは、今やこの人くらいかもしれない。
 ネタそのものは結構暗い内容なのだが、小満んの軽妙な演出で、昨年のさん喬と同じ噺とは思えない印象を受けた。この噺の通しは同じ噺家さんで演じるほうが、どうも良さそうだ。噺の構成そのものでも笑いの多い『花見小僧』と、その逆と言ってよい『刀屋』を、同じ人が演じ分けるところに楽しさがあるような気がした。
 主役と言える村松町の刀屋の主人が、特に良かった。おせつとその結婚する相手を斬って自分も死のうと刀を買いにやってきた徳三郎の軽率な行動を戒めるやりとりを聞いていると、この噺は若手では無理だなぁ、とつくづく思う。
 サゲは『鰍沢』と同じ地口なのだが、その前に橋から飛び降りようとするおせつが法華のお題目を唱える場面は『小言幸兵衛』のサゲ前を思い出させる可笑しさもあり、全体として暗さのない高座に仕上げた。この軽さは、この噺を嫌いだった人にも合いそうな、そんな気がした。

柳家小満ん『しじみ売り』 (20:28-21:00) 
 まさかこの噺は予想できなかった。最初の師匠文楽はもちろん、二人目の小さんも持ちネタにないはず。古くは志ん生、小文治、そして小南が演じ、今日では志の輔の“新版”が有名で私も生で聞いている。三三もやるらしいが未見である。内容的には志ん生版のような気がする。やはり、志ん生が稽古をつけたのだろうか。終演後にロビーで客を見送っているご本人に、よほどお聞きしようかと思ったが、思いとどまった。近すぎない芸人さんとの距離感、それがブロガーとして重要なのだと、私は思っているのだよ。(偉そうに!ホントは聞くだけの思い切りがなかっただけか^^)
 今では、登場人物の衣装の詳細を語って絵になる数少ない噺家さん。茅場町の魚屋和泉屋の親方として世を欺いている鼠小僧次郎吉が、博打ですった帰りに汐留の船宿伊豆にやって来た姿の描写は、ほぼ志ん生版と同じだったと思う。『志ん生人情ばなし』(ちくま文庫)から引用する。『志ん生人情ばなし』(ちくま文庫)

 藍微塵(あいみじん)の結城の袷の下に、弁慶のこまかい浴衣ァ重ねて、八端織(はったん)の三尺に、古渡りの半纏をひっかけて、銀杏歯(木の広がった下駄の歯)の下駄ァ素足で、尻ィはしょって、濃い浅黄の手拭で頬ッかぶりをして、番傘ァあみだにかついで、新橋の汐留まで来た。


 いいんだなぁ、このあたりの語りが。すべての衣装の解説はできないが、“弁慶のこまかい浴衣”は、「弁慶格子」の細かい浴衣ということで、この「弁慶格子」については、歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」に、次の浮世絵とともに説明されているので、ご興味のある方はご確認のほどを。歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」の該当ページ
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“弁慶格子”の例 

 全体の筋書や舞台背景などは、いつもお世話になっている「落語の舞台を歩く」でご確認のほどを。「落語の舞台を歩く」の『しじみ売り』のページ
 この噺の主役は次郎吉ではなく、やはり、しじみ売りの小僧だろう。病に伏せる母親と姉を、しじみを売って支える十一歳の小僧が、何ともあどけなくていい。小僧が食べるものがなく芋の蔓を食べていると、病身の姉が弟がご飯を食べていると勘違いして、「どれご飯よそってあげようか?」と聞く。姉に心配かけまいと思いあわてて食べ終えた弟。急いで元から空の御櫃(おひつ)を洗って誤魔化した。この場面で、私は柄にもなく少し目が潤んでいた。しかし、小満んは、無理に泣かせようという語り口ではない。人情噺で自然に泣ける場面は、だいたい笑いがあるような気がする。本当に“泣ける”というのは、実は“泣き笑い”に近い状況なのかとも思う。この場面、志ん生の場合は、姉に芋の蔓を食べているのがばれるのだが、どちらでも構わないだろう。
 さて、この噺で次郎吉以外の人物で重要なバイプレーヤーが船頭の竹、“ひょろ竹”である。次郎吉が博打ですって軽くなった財布から三分取り出して小僧にあげようとするが、小僧は姉から他人様からむやみに金などもらうわないよう注意されているので、断る。、姉の言葉には自分の過去の災難が背景にある。実は次郎吉から三年前に箱根の宿でもらった五十両のせいで、売れっ子芸者小春だった姉と、姉に惚れて勘当されていた三田の紙問屋の若旦那庄之助に不幸が訪れたのだった。話は“ひょろ竹”に戻るが、次郎吉の金を断る小僧に、「なんで親分のせっかくの金をうけとれねぇんでぃ」などと割り込むのだが、次郎吉と小僧との会話に立体感をもたせる貴重な役割になっているし、笑いをほどよく加味する味付けにもなって結構だった。ちなみに、志の輔の“新版”では、この役は船頭ではなく次郎吉の弟分がつとめる。最後に誰が番所に自首するかも、小満ん(=志ん生)と志の輔では違っている。
 「雪月花」で言うなら「雪」に相当する小満んの予想もしなかった『しじみ売り』、大いに楽しませてもらった。文句なしで、今年のマイベスト十席の候補とさせていただく。


 『おせつ徳三郎』も、“通し”として今年のマイベスト十席候補にしようかとも悩んだが、“上”は、昨年の人形町らくだ亭の素晴らしさが、未だに強く印象に残っているので、ここは我慢、とした。2011年6月9日のブログ
 終演後は、本来は「居残り会」“月例会Part2”のはずだったが、事情により“分科会”となった。分科会メンバー三人の顔ぶれは、実は昨年のこの会の終演後の反省会と同じ。レギュラーYさんと、紅一点美女との三人で、たまたま私が行ったことのある、知る人ぞ知る“半蔵門のおでん屋”さんへ。リーダーSさん不在の会にもかかわらず、落語の話を肴に大いに盛り上がり、ついつい空の銚子の数も増えていった。料理のほうも、関西風と関東風のおでん、しめ鯖、栃尾の油揚げ、うるめいわしなどを美味しくいただき、最後は不在のリーダーSさんを偲び(?)瓶ビールで締めた。
 
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Yさんが撮った写真を掲載。いつになくピントが、ほどほどに合っている^^(これは関西風おでん)

 結構暖かな夜だったにもかかわらず、おでんが美味しかった。その味の良さももちろんだが、小満んの『しじみ売り』が、ほどよく“江戸の冬の風”を感じさせてくれたからではなかろうか。もちろん、帰宅は日付変更線を越えたのだった。小満ん、やっぱりいいんだなぁ^^
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by kogotokoubei | 2012-03-28 09:40 | 落語会 | Comments(10)
今日3月24日は旧暦3月3日の雛祭り、というお話ではなく、安政7年(1860)年のこの日、あの桜田門外の変があった。なお、3月18日に安政から万延に改元されている。。

 大老井伊直弼は彦根藩主であったわけだが、彦根藩と聞くと、落語では柳田格之進を思い浮かべる。格之進は彦根藩士。しかし、今日は落語の話ではなく、この桜田門外の変のことを少し書きたい。

 徳川四天王の一人であった藩祖の井伊直政から数えて十五代目の藩主井伊直弼が水戸の浪士に討たれた日は、雪だった。吉村昭著『桜田門外ノ変』から引用したい。
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吉村昭著『桜田門外ノ変』(新潮文庫)

襲撃メンバーが前夜集合したのは品川の引手茶屋稲葉屋。

 その茶屋を集合場所にきめたのは、薩摩藩士の有村雄助の助言によるものだった。
  品川は薩摩ばかりの下駄の音
  品川で口がすべると愚僧なり
 という川柳があるほど、品川遊郭の客は、増上寺の僧たちとともに三田の薩摩藩邸の者たちが上客であった。有村たちは稲葉屋に行って近くにある品川宿随一の妓楼相模屋にあがるのが常で、稲葉屋の主人とは親しく、恰好の集合場所であった。
 鉄之介は、稲葉屋の男に案内されて最後の打合わせ場所である相模屋に行った。

 
 あの相模屋が登場。『幕末太陽傳』では長州藩士の隠れ場所だった。関鉄之介たちとは別の部屋に、もしかすると高杉晋作や居残り佐平次がいたのかもしれない。どうしても落語から離れられんなぁ^^

 事件の日の雪が、当時においても季節外れだったことが、最後の打合わせにおける次の会話から分かる。

「明日は潮干狩りの日だそうな」
 一人が、言った。
 品川の潮干狩りは、深川のそれとともに江戸の行楽として名高い。舟を遠く沖に出し、やがて潮が引いた一面の砂地で、舟からおりた男女が蛤をひろう。ひらめを踏んでとったり、海水がわずかに残った潮だまりにいる小魚もひろう。それが終ると、舟の上で宴をひらく。
「この寒さでは、貝をひろうのに手も足もこごえるだろう」
 他の者が、つぶやくように言った。


 実際に翌3日は潮干狩りよりも雪見酒の合う天候になったようだ。
 

「雪だ」
 という声に、鉄之介は目をさました。
 決行の日だ、という意識が全身を走り、かれははじかれたように体を起した。
 雨戸がわずかにひらかれ、同室の者たちが外をのぞいている。夜が明けはじめているらしく、かすかに明るんでいる。
 雪がちらついているのか、と思った鉄之介は、立つと雨戸に近づいた。
 かれは、眼をみはった。ちらついているどころか、激しい降雪だった。
「大雪ではないか」
 かれは、驚きの声をあげた。
「まことに・・・・・・。雛祭りの日だというのに・・・・・・」
 岡部も、呆れたように雪を見つめている。
 屋根をみると、まだ雪にうすくおおわれているだけで、振り出して間もないことを知った。
 雪は、決行に利か不利か。同志たちの顔にも判断つきかねる表情がうかんでいる。
 鉄之介は、かれらの気持ち浮き立たせるため、
「赤穂の浪士討入りも雪だったぞ」
 と、言った。


 
  「ノーサイド」という月刊誌の連載をまとめた『日本史が楽しい』という半藤一利編集による対談集があって、その中に「桜田門外の変と尊皇攘夷」という題で、吉村昭、綱淵謙錠との対談があるので引用したい。旧暦3月3日は今の暦なら3月24日頃という話題が冒頭にあり、いくつかの話題で対談が進むが、雪についても語られている。半藤一利編著『日本史が楽しい』(文春文庫)

半藤 さて、次は雪なんですけど。
綱淵 僕は樺太出身ですから、雪にはわりあいうるさいほうなんです。
吉村 そりゃそうでしょう(笑)。
綱淵 昔見た桜田門外の映画では、吹雪のような粉雪を降らしまして、
   それが死んだ人びとの上にパァーッとかかって埋めていく。
   これはたしかに悲壮感があった。でもね、3月24日に東京で降る
   雪が吹雪とは、どうしても考えられない。
吉村 ボタン雪ですよね。しかも相当積もったらしい。後始末のときに、
   井伊家は血のついている雪までもっていったんですから。
綱淵 薩摩の有村治左衛門が最後に腹を斬って雪を食べる。あれも、雪
   が相当積もってないと、食べられません。
吉村 雑誌で「江戸時代の何になりたいですか」というアンケートが
   きたとき、桜田門外の変が起きたときに傘の見世が二軒出ていた
   という、あの傘見世のおやじになりたかったなと思った。そうしたら
   事件をうまく書けたと思うんだ(笑)。



 その傘見世のことは、『桜田門外ノ変』で、次のように書かれている。

 あたりは森閑としている。濠に動くものがみえるのは数羽の鴨であった。
 桜田門の近くの濠端には、傘見世と称されている葭簀張りの茶店が二軒出ていた。その付近は、登城する大名行列を見物する者たちでにぎわうので、それを見込んで、傘見世ではおでん、餅、酒、甘酒などを売る。ことに年頭と五節句には諸大名がぞくぞくと登城のため桜田門を入ってゆくので、必ず傘見世が出るのが常だったが、雛節句の日とは言え、大雪なので同志たち以外に人の姿はない。



 ちなみに、大名の登城の際の行列は、地方から江戸見物に来た人々にとって定番の見学コースであり、家紋の解説本が大名行列見物の必須アイテムだった。人が集まるところに店が出没するのは、昔から変わらないようだ。吉村昭の本は、いろんなことを教えてくれる。

 それにしても、あの事件を目の当たりに確認できる傘見世のおやじになりたい、という吉村昭の思いは、さまざまな記録文学の傑作を遺した作家らしいが、吉村昭が客に甘酒を供しながら、外の様子に注意を配っている姿を想像するだけで、なぜか可笑しくなる。

 昨年は映画にもなったが、明治政府になって“義挙”と称された襲撃犯たちは、この事件後に決して英雄としての人生を歩んだわけではなかった。

 さすがに雪ではなく雨になった旧暦3月3日。この雨は関鉄之介達の涙なのか、それとも井伊直弼の涙だろうか。私は旧暦3月3日の今日、雛祭りではなく、雪の桜田門を思い浮かべていた。
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by kogotokoubei | 2012-03-24 15:57 | 今日は何の日 | Comments(2)
昨年12月の第24回では、『景清』に驚かされた。2011年12月12日のブログ
安定的な人気が出てきており、300席の会場での独演会は、なかなかチケットが取れないが、今回は幸運にも後ろの方とはいえ入手できた。ちなみに次回(5月)は18日の日曜日の発売だったが、午前中恒例のテニスとその後の飲み会の後の帰宅後にパソコンを見ていたのでは、“ぴあ”で「予定枚数終了」になるのも、やむなしか。

今回も写真のように、「満員御礼」の看板が出ていた。
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 左側に少し見えているのは、一之輔の真打昇進披露興行のポスター。今夜の鈴本から五十日間の興行が始まる。

 会場に入ると、ボリュームを小さくして、あるジャズの名曲がBGMで流れていた。あえて、曲名と演者は伏せよう。白酒が以前に、「ブログでBGMのことが書かれていたのを見て、JASRACから問い合わせがあった」と言っていたからなぁ。(こんなボケた内容でも追及されるとは思わないが、何かあったら、ゴメン)

 開演後にところどころ空席があったのは、一部は一之輔の鈴本に流れた、のかどうかは分からない。

次のような構成だった。
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(開口一番 柳家さん坊 『子ほめ』)
桃月庵白酒 『平林』
桃月庵白酒 アンケートへの回答&『禁酒番屋』
(仲入り)
桃月庵白酒 『明烏』
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柳家さん坊『子ほめ』 (18:50-19:00)
 初めてかと思う。2010年9月にさん喬に入門して昨年から前座らしいから、一門でもっとも新しい弟子かと察する。見た目の雰囲気はあるが、もう少し聞いてみないと評価は難しい。また聞く機会はあるだろう。成長度合を確認したい。

桃月庵白酒『平林』 (19:01-19:29)
 やはり、一之輔が披露興行の初日であることにふれ、「会場にも、このチケットさえ買っていなければ、と思っている方が多いでしょう」と、つかみの一発。昨日は風邪で38度の熱があり、休日診療の町医者に行ったらしい。その病院の高齢の医者とのやりとりで笑いをとる。何とか熱は治まったらしいが、完調とは言えないようで、聞く側にはそれほど気にならなかったが、咽喉の調子が悪いとのこと。
 素人芸能人に落語を教える企画があり、真野恵里菜という女性アイドルに教えていて、4月に口演があるらしい。*ご興味のある方は、このニュースをご覧のほどを。スポニチの該当記事
 いろいろマクラが膨らみ20分を超えた。さて、本編はさぞ短いネタかと思っていたが、先日平治で聞いたばかりの、この噺。正味8分だったが、平治のムリのあるクスグリなどに比べると、ずっと良かった。交番のおまわりさんに対して「国家権力の犬」と定吉に言わせるのが、この人ならでは。咽喉の具合も、本人が言うほど悪くは感じない。軽い“アイドリング”の一席目、という印象。

桃月庵白酒 アンケートへの回答&『禁酒番屋』 (19:30-20:09)
 恒例の前回のアンケートへの回答が16分。傍らにある湯呑から、時折お茶(?)を飲みながら、10件ほどの質問に答えていた。このアンケートコーナー、私はあまり感心しない。取り上げる質問のセンスの問題もあるが、私はネタに時間を回して欲しい。しかし、病み上がりの今回は、白酒にとっては、うれしい救いの時間だったかもしれない。その後、先日帝国ホテルで行われた一之輔の真打昇進披露パーティーにおいて、芸術協会の副会長小遊三の祝辞の内容、というネタ。これは、先週の新宿亭砥寄席でも話題になっていたが、「人気者の一之輔さんに、無償で芸術協会主催の寄席に出演して欲しい」と小遊三は言ったらしい。もちろん、芸人のスピーチなので“洒落”なのだろうが、末広亭席亭なども臨席する中、会場は“洒落”とは思ってくれなかったようだ。会場には、「余計なことを言って・・・・・・」という気まずい雰囲気に包まれたらしい。しかし、意外に小遊三も本気だったりして^^
 正味17分の本編は、菓子屋に紛した酒屋の手代が番屋で「水カステラ」を持ち上げる時に思わず発した言葉「ドッコイショ」を、「ドイツの将校」とごまかそうとする、などこの人らしいユニークなクスグリもあり、悪くはなかったし、会場も結構沸いていた。しかし、体調が十分でないせいか、私には、彼が本来持っているパワーの七分程度の迫力、そんな印象。やはり、無理はできないのだろうが、湯呑は似合わないわなぁ。

桃月庵白酒『明烏』 (20:25-21:09)
 ガーコンの川柳とは結構仲がいいらしく、「円生のような口調なら、高座で湯呑に口をつけやすいけどねぇ」という話題になったことがあるらしい。少しだけ円生を真似したが、今一つだったかなぁ。
 次に、先日日本橋劇場で開催された雲助一門四人による『双蝶々』のことに話が及ぶ。「師匠は、とにかく『権九郎殺し』をやりたくてしょうがない。花道に上がって颯爽と下がっていきたい」ということで、弟子三人が、前段と締めを分担することになったようだ。白酒いわく、「馬石や龍玉は、芝居噺などの雲助が好きで入門してきたが、私は寄席の雲助が好きで入門したので、どうも合わせるのが難しかった」とのこと。「『雪の子別れ』なんて、ただの病気の老人の噺でつまんねぇ」と師匠と白酒が合意していた(?)締めのネタを馬石が受け持ち、「定吉、しっかり殺します!」と訳の分からないノリで張り切っていた龍玉が『定吉殺し』。白酒は『長屋』を受け持つことになったが、発端なのでそれなりに大事だし、その後のネタとトーンを合わせなければならないので、少し苦労はあったようだ。概ね上手くいったようだが、「二つだけしくじりがあった」というその一つは、「肝腎の師匠の花道シーン。場内は真っ暗で花道にピンスポットも当たっていないので、いくら師匠が演技していても、お客さんはよく分からなかった」とのこと。この会は、私がよくお邪魔する先輩落語愛好家の複数の方のブログで高い評価をされていたが、都合が悪く行けずに若干悔しい思いをしていた。しかし、その背景や後日談を聞くことができたので、よしとしよう。
 14分のマクラの後で本編は30分。2009年に浜松町かもめ亭での喜多八との二人会以来のネタ。2009年2月18日のブログ内容は、時次郎が子供達と太鼓を打っていたら蝶々が飛んできて追いかけているうちに迷子になる、という独自のクスグリや、太助には文楽に臆せず甘納豆を食べさせているのも、ほぼ同じ。この場面、たい平なら、「名人文楽で有名な甘納豆」とか何とか、照れ隠しで余計な入れごとをしてしまうが、この人はそんなことは言わない。なかなか結構ではあったが、最初に聞いたかもめ亭の印象が強く、やはり病み上がりでのパワー不足を感じつた。
 途中でたびたび湯呑を口にしていたので、咽喉の調子をだましながらの熱演には拍手したいのだが、やはりリズムが崩れる。この人の持ち味は、本寸法な古典を土台にしながらもセンス良くオリジナル化する構成力と、高座全体のスピード感、そしてリズムの良さ、そして何より声が良いこと。体調万全の白酒落語は、こんなものでないのだ。


 本人が言うほど、咽喉の影響は聞いていては感じなかったのだが、やはり高座全体のパワーやスピードには影響があったように思った。風邪で病み上がりという高座には、以前に三三の独演会でも遭遇しているが、やはり出来栄えへの影響は隠しようがない。もちろん、その体調でも会場を沸かせる技量は、白酒も三三も持っている。
 野球で言えば、調子が万全ではなくても、5回まで3失点までには抑えた、そんな感じだろうか。『平林』にしろ『禁酒番屋』にしろ、寄席で鍛えられた高座と言ってよいのだろう、しっかりツボは押さえているし、『明烏』にしても、初めて聞く人なら文句なく楽しめただろうと思う。しかし、それ以上の白酒の高座を経験していると、贅沢かもしれないが、やはり物足らないのだ。

 誰でもそうだが、特に芸人は体が資本、なかでも咽喉は重要だ。古今亭志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」を読むと、私も含む同年代の一般市民に比べて、彼の健康維持・管理への意識は相当なものだ。日常の結構大きい部分を、耳鼻咽喉科などの医者や漢方の薬局通いが占めている。毎日の朝の体操も然り。私自身は、深酒のネタを読むほうが、もちろん安心するけどね。

 白酒は、まだ四十路。「俺は大丈夫!」的な感覚が強いだろうが、人気があって高座数も多いということは、それだけ白酒落語を心待ちにしているお客さんが多い、ということだ。たまたま今回は、中止や延期、あるいは代演という事態には至らなかったが、ぜひ文楽が吉井勇から贈られた言葉、「長生きも芸のうち」という言葉を思い出し、体調管理につとめて欲しい。

 数年前に比べてずいぶん体が締まってきたのは、どこにでも自転車で出かけているのが、よい運動になっているのかもしれない。ぜひ、今一つ体調管理に気配りをして欲しいと思う。個人的には、本人はそんな気はさらさらないだろうが、近い将来に六代目志ん生の名前を継いで欲しい候補の一人である。ぜひ、長生きして落語界の中核となって欲しいからこその小言と期待なのだ。
 4月上席夜の部は、本人も言っていたが、末広亭が一之輔の披露興行、池袋の主任は花緑、そして鈴本は白酒の主任興行。受付では、鈴本「スタンプラリー」用の値引きチラシをが配布された。2,200円になるのか・・・・・。しかし、期の初め、一之輔の末広亭でさえ行けるかどうか、なのだが、鈴本も気になるなぁ。とにかく、体調万全で、「さすが、白酒!」という高座を次回は期待したい。

P.S.
 しかし、過去の自分のブログをたどると、よくもその日のうちに書いていたことが多いことよ。もう最近では「居残り会」の有無に関係なく、ほぼ日付変更線を超えてしまう。まぁ、そろそろ無理ができなくなってきたなぁ、と思いながらも、酒を飲みつつ深夜までブログを書いている五十路も半ば過ぎのオヤジが、白酒の体調管理のことなど小言を言えた立場か、と思わないでもない。(酔って書いているから、誤字脱字の固まりのため、翌早朝や昼休みに校正しないと、とても公開できないありさまなのだ)
 しかし、小言を書くには、たまには自分のことを“棚に上げる”必要もある、ということでご容赦のほどを。最近はその棚も相当重くなってきたようだ^^
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by kogotokoubei | 2012-03-22 08:29 | 落語会 | Comments(4)
 顔ぶれがいいので落語ブログ仲間のSさんYさんにもお声をかけて、終演後の「居残り会」開催を楽しみに、週末の新宿に駆けつけた。この会は2009年7月の第6回以来になってしまった。
 今回は、瀧口雅仁の「落語の達人」出版記念の会。良くも悪くも、背景にあるこの企画が、会のあり様を左右したと言える。次のような構成だった。
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対談 瀧口雅仁(司会)柳家権太楼・桂平治・柳亭市馬
開口一番 柳亭市也 『一目上り』
古今亭駒次 『電車戦国絵巻』
柳亭市馬  『花見の仇討ち』
(仲入り)
桂平治   『平林』
柳家権太楼 『一人酒盛り』
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対談 (18:59-19:22)
 幕が開き、パイプ椅子が並んでいたのを見て対談と分かったが、市馬が出てこない。司会役の瀧口氏の話では、まだ会場に着いていない、とのこと。理由はともかく、このへんから、この会は少しギクシャクし始めていた。
話題は、やはり権太楼の芸術選奨文部科学大臣賞受賞から。しかし、この賞は芸術祭賞と紛らわしくて、過去の落語家の受賞者という質問では、芸術祭賞の文楽、志ん生の名が混在してしまう。芸術選奨は、その人の一連の活動や作品が対象だが、芸術祭は、賞の評価対象として参加することを意思表示した特定の公演や作品の評価で決まる。
 あらためて、落語協会で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した噺家を確認するが、協会HPの本件のニュースにあるように、六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵、古今亭志ん朝、柳家小三治。権太楼で五人目。二つの賞の違いや受賞者のことを、落語評論家の瀧口氏が説明できないのが、やや不思議であり不満であった。
 対談開始10分後に市馬が登場。権太楼のリクエストで「達者でな」を唄う。このあたりから、私はこのプロローグを早く切り上げてもらい、肝腎な落語に時間を割いて欲しくなっていた。
 それでも対談で印象に残ったことはある。権太楼が最初の師匠つばめ門下の“ほたる”時代、元旦は、まずつばめ師匠の家に行き、一緒に目白の小さんの家に行って、その後に全員で黒門町の文楽の家に挨拶に行った、という思い出話。
 企画の背景にある瀧口氏の本(『落語の達人』)は、この五代目柳家つばめのことを権太楼に、三代目三遊亭右女助について桂平治に、そして橘家文蔵のことを柳亭市馬に取材し、この“馴染みのない”三人の「落語の達人」のことを本に書いたため、取材したこの“馴染みのある”三人の会を亭砥寄席と合同で企画した、ということらしい。しかし、著作を紹介したこともあるが、つばめに関して言えば“馴染みのない”噺家でもないし、“忘れさられようと”しているわけでもないと思うけどね。
*『創作落語論』を紹介した2009年6月14日のブログ
*『落語の世界』を紹介した2009年12月29日のブログ

 取材した三人を集めてみた、というところに、やや無理がある。個々に取材した三人を集めれば落語会が成り立つというわけでもなかろう。別の噺家について別々に取材したのだから。また、もし対談でそれぞれの“馴染みのない”達人のことを題材にするなら、開口一番も駒次の出演も割愛し、もっとしっかり事前準備をした対談を組むべきだろう。今回の中途半端な構成を考えると、出版記念という企画の味付けなしに、普通にこの三人の落語会にしたほうが、もっと良かったように思う。
 対談で平治にマイクが渡ると、どうしても昨年末の末広亭席亭の芸術協会批判のことになる。平治からは、今検討中の他派との合同企画について少し話があったが、まだ決定ではないようなので明かさないことにする。ともかく、芸協から平治が一人。権太楼も市馬も芸協をなじるので、やや平治は四面楚歌状態。このあたりの成り行きが、その後の後味の悪い高座につながったように思う。
 残り三分位から権太楼の顔は「早く終わらないかなぁ」といった表情に見えた。受賞祝いの花束をもらって笑って下がったが、いずれにしても長すぎた。落語家の対談は、ほぼ“スベる”のだが、今回もその例外ではなかった。長すぎた対談に、つい書く小言も長くなってしまった。

柳亭市也『一目上り』 (19:23-19:33)
 10分で何とかまとめた市也は責められない。構成から考えて、開口一番は余分だった。

古今亭駒次『電車戦国絵巻』 (19:34-19:52)
 駒次の“テッパン”ネタで会場は沸きに沸いた。しかし、本の出版を記念した企画なのに、駒次の存在は何だったのか。これまた、疑問の残る構成と言える。「あれも、これも」の企画は、結果としてうまくいかないのだよ。

柳亭市馬『花見の仇討ち』 (19:53-20:20)
 市馬は、こういうネタで活きることを再確認。「桜」を二度「松」といい違えたのは愛嬌とも言える、弟子が開口一番の後の高座返しも勤めながら師匠の姿を見ていたことを考えると、あまり褒められたものでもないなぁ。とにかく、明るい落語ならこの人、あるいは、どんな噺でも明るく、といった個性がはっきりしてきたようだ。

桂平治『平林』 (20:39-20:58)
 師匠の文治のことから、先代の小文治の逸話あたりまでは良かった。小文治が、「茄子」と言われていたらしく、その意味が「ヘタなりに付いている」というのは、なかなか可笑しかった。
 しかし、トリの権太楼のネタをバラしたのは、まったくいただけない。いくら、市馬に足袋を隠されたとか、権太楼が楽屋で口をきいてくれないとか、落語協会包囲網でイジメられていたにせよ、これから登場する噺家のネタを明かすのか、御法度だろう。「さぁ、何をかけてくれるのか」とマクラの内容から推理するのも、客の楽しみなのである。
 本編も無理なギャグを入れすぎで、この人らしさのない、やや品のない高座。この会の企画の悪い面が露呈したような流れとなり、ややがっかりした。

柳家権太楼『一人酒盛り』 (20:59-21:32)
 座ったとたん、「あんな落語だから、芸協はダメなんです」。
 ネタをバラされて、怒っていないはずがない。
 いやぁ~な幕開けだったが、初めてこの人で聞く本編はなかなかの高座で、見て聞いているこちらが、だんだん酔ってくるような気がした。この噺となると、何と言っても上方の六代目松鶴となるが、設定なども少し違う東京版のこの噺、十分に権太楼の十八番となり得るだろう。 『猫の災難』と噺の構成的には似たネタ。権太楼に合わないはずがない。


 事前に厭な予感はしていたのだが、やはりこの手の企画モノは、なかなか難しい。瀧口氏が最新刊を書くため、異なる過去の噺家のことを取材した三人の現役の噺家さんに集まってもらい、
・会場で本も宣伝し、販売もしよう
・出演する噺家さんの既存のCDを売ろう
・高座を収録してCD化して発売しよう

 という商売っ気が明白な会であるのはわかっていたが、運営上の未熟さがあまりに目立った。
 
 開場後にも、全ての席にプログラムが配置されていなかったり、結構前のほうの席がまとまって空いていたり、構成上の問題として、仲入りでサイン会があり休憩時間が20分近くになり、対談があって、開口一番もあり、肝腎な三人の高座の持ち時間に微妙な差があって、結果として終演が九時半過ぎにであったり・・・・・・。
 プラスに働けば「手作り感のあるアットホームさ」のある会になるはずだが、今回は素人の運営による杜撰さとなって露呈した感がある。何より、対談そのものがチグハグ。権太楼の受賞という計算外の要因が加わったという点もあるだろうが、いずれにしても主催者側の落ち度は少なくないように思う。
 邪推だが、両協会の看板が集う楽屋で、あまり良い空気、雰囲気が作れなかったのではないだろうか。そうだとするなら、それもスタッフの重要な仕事だと思う。

 などと、必ずしも満足とは言えない気持ちではありながら、ほぼ午後10時頃から始まった「居残り会」は、大いに盛り上がった。Sさんは、雲助一門の会、権太楼を含む長講の会に続く落語会三連チャン。Yさんは長講との二連ちゃん。皆さん、ホントに落語が好きなんだなぁ。酒の勢いから、後半はSさんと私が、最近ブログの更新のないYさんへのイジメ(?)が中心となった。「居残り会」でお約束とも言えるネタで、また盛り上がる。もちろん、帰宅は日付変更線を大幅に超えることになった。
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by kogotokoubei | 2012-03-17 09:58 | 落語会 | Comments(4)
柳家権太楼に、新たな勲章である。素直に喜びたいし、「権ちゃん、おめでとう!」と言いたい。落語協会HPの該当ニュース

柳家権太楼 芸術選奨文部科学大臣賞受賞

3月13日、文化庁は第62回平成23年度芸術選奨を発表しました。文部科学大臣賞「大衆芸能部門」で柳家権太楼が受賞しました。授与式は19日に都内で行われます。
当協会所属としては六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵、古今亭志ん朝、柳家小三治に続いて5人目の受賞となりました。


 歴代受賞者の顔ぶれが、凄い。
 文化庁のサイトには、報道発表資料が掲載されており、贈賞理由が次のように書かれている。文化庁のサイトにある報道発表資料

落語家・柳家権太楼氏は、柳家の太い柱である滑稽噺を軸に、人情噺まで幅広い芸風を開拓してきた。近年は池袋演芸場に於ける「日曜朝のおさらい会」を中心に演目を研磨鍛錬、その成果は毎年晩秋の上野・鈴本演芸場、年数回に及ぶ横浜にぎわい座での「柳家権太楼独演会」などに顕著である。得意演目とも言える「代書屋」「井戸の茶碗」「笠碁」「くしゃみ講釈」「火焔太鼓」なども、その時々に応じての臨機応変のマクラで、新たなる光を当てて口演。さらに、多くの演者が挑み続ける「芝浜」では、“権太楼の芝浜”とまで言われる境地を切り開いた。その実りある成果に対しての評価である。


 「芝浜」か・・・・・・権ちゃんの魅力はそっちじゃないんだけどねぇ。まぁ、細かいことは抜きにしましょう。

 大衆芸能部門のもう一人の受賞者は、由紀さおりさん。権ちゃんとは年齢で一つ違い。権ちゃんが昭和22年、由紀さんが23年のお生まれである。

 二人には、病気の克服、という共通点もあるなぁ。60歳代半ばの先輩達が、こうやって自然体(のように見える)でプロの仕事を続けていることへの評価、という意味で、なかなか良い人選だったのではないだろうか。

 落語愛好家の方によっては、評価が分かれる噺家さんかもしれないが、私は権ちゃんが好きだ。

 当初昨年3月12日に予定されていたが震災で11月に延期になった茅ケ崎の落語会における『笠碁』や、2009年8月に南大沢の独演会で爆笑した『火焔太鼓』と『代書屋』のように、地域の落語会での旺盛なサービス精神に、芸人としての“こだわり”を感じた。また、昨年震災後に最初に行った4月の「大手町落語会」では、マスクをして登場し、腎臓ガンの手術をして落語はできないことをお詫びしたい、と高座で頭を下げたことを思い出す。

 そういう人なのだよ、権ちゃんは。まだ、完全な快復ではなかろうと思うので、受賞後も無理をせずに長生きしてほしい。まだまだ、落語会や寄席でお会いしたい人なのだからね。
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by kogotokoubei | 2012-03-15 17:41 | 幸兵衛の独り言 | Comments(12)
3月14日はホワイトデー、のことではなく、三代目春風亭柳好の命日である。亭号違いを含めると五代目になるようだが、本人も“三代目”と言っていたようだし、現在では三代目で通っている。

 以前に、柳好の初出し音源の大量発売を喜んでブログを書いた。
2009年2月11日のブログ
 その時と同じ内容になるが、亡くなった日のことをご紹介。

 昭和31(1956)年3月14日に、専属だったラジオ東京(現在のTBS)のスタジオで『穴泥』を収録し、その後に向かった鈴本で脳溢血で倒れ、その夜に亡くなっている。翌日の追悼番組の中で放送されたが、このCDにはその際の正岡容のメッセージも併せて収録されており貴重な音源といえるだろう。明治20(1887)年生まれ、享年70歳。落語芸術協会の所属だった。

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日本伝統文化振興財団サイトの該当CD紹介ページ

 遺作となった『穴泥』を収録したこのCDは発売後すぐに購入して聞いた。『青菜』『居残り佐平次』と併せた三席とも非常に結構で、特に『穴泥』は、この後に倒れたということが信じられない内容。

 柳好の全盛期、当時の落語協会の中心人物であった桂文楽は、柳好のはなやかさや人気の高さから、「序列は上でも構わないから落語協会の方に来て欲しい」と真顔で語っていたらしい。当時は、芸術協会の寄席の方が落語協会よりも人気があったようだが、たぶんに柳好の貢献があったのだろう。

 立川談志は、柳好について、あの『現代落語論』で次のように書いている。

謳いあげる春風亭柳好
 『ガマの油』で人気のあった春風亭柳好が、「梅は咲いたか」、の出ばやしで、高座へ上がると、パッと高座に花が咲いたように明るくなったもので、専売特許といってよい『野ざらし』、そして『棒だら』、ああいった噺はもう聞けないと思うし、聞いた者だけが自慢できる楽しみがあった。
 柳好の芸の特徴は、噺の全篇を謳いあげるような雰囲気になり、先代の鶴本の志ん生もそうだったというが、噺全体がトーンのよく効いた音楽のような感じで、抑揚のよさ、緩急自在な呼吸、いうならばおとなの楽しむ一級の娯楽品、映画でいうと、さしずめ007といったところかもしれない。


 “謳いあげる”という表現は、まったく言いえて妙で、どの噺も、そのリズムの良さで、聞いていてうきうきしてくる。志ん朝も、“謳う”イメージがあるが、少し違う。

 こういう実力と人気の両方を兼ね備えていた噺家が、その昔の落語芸術協会にはいたのだ。

 ご興味のある方は、『ガマの油』をお聞きください。いいんだよね、これが!

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by kogotokoubei | 2012-03-14 16:44 | 今日は何の日 | Comments(6)
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 小学館から発売された「昭和の名人」の最初のシリーズの第11巻を、昨日帰宅途中の乗換駅の書店(あのシリーズのバックナンバーを結構揃えている)で購入できたので、携帯音楽プレーヤーに収録し、今日通勤時間中に、馬生の『天狗裁き』を聞くことができた。

 なぜ、この号を2009年発売後にすぐ買わなかったかと言うと、CDに収録された三席、『笠碁』『天狗裁き』『そば清』のうち、この『天狗裁き』以外の二席は、音源が違うとはいえすでに持っていたから、というのが理由の一つ。とにかくあのシリーズは第一回の志ん朝(特別価格で安かったが)を買って、すでに持っている音源と同じと分かって以来、ほとんど買うことがなくなっていた。その時の心境はブログにも書いた。
2009年1月10日のブログ

 馬生の号を買わなかった理由のもう一つは、『天狗裁き』について、志ん生→馬生と継承される“型”が、今日の東京の噺家さんの多くが演じる桂米朝の“型”と違うなどとは、ち~っとも知らなかったせいもある。


 その後の私の調べ(?)によると、、東京落語には古くから伝わる『羽団扇』という噺がある。そして、志ん生独特の『天狗裁き』がある。加えて、米朝が志ん生や馬生の噺に触発されて、上方に古くから伝わる『天狗裁き』を掘り起こし、今日では、この米朝版が東京に逆流した、ということのようだ。

 “天狗伝説”は全国的に残っており、民話などで、似たような話が各地で伝承されていたようなので、様々な内容の天狗にちなんだ話があったのだろう。そして、落語として、大きく次の三つの型がある、ということのようだ。

(1)『羽団扇』 
 二代目の三遊亭円歌や立川談志が演じていたようだが、この噺は、天狗からだまし取った羽団扇を仰いで空に舞い上がった主人公が落ちた場所は、下記のように七福神の宝船。引用は、いつもお世話になっている河合昌次さんの「落語の舞台を歩く」から。

落ちたところが、七福神の宝船の中。「今日は正月だから七福神が集まって吉例の宴会をしている」と大黒。それでは仲間に入れてと頼んだが、「何か、芸が出来れば」と許され、仲間の中に。
 そこには綺麗な弁天が居て、お酌をしてもらいご機嫌で、恵比寿にも勧めたがお酒は駄目でビールだけという(エビスビールのシャレですよ)。肴は恵比寿様が釣った鯛のお刺身、またこれが美味いこと。飲んで食べて、芸をする間もなく寝入ってしまった。弁天様に起こされると・・・


 これ以上の解説は、ぜひ「落語の舞台を歩く」でご確認のほどを。なお、ネタ元は談志の高座。「落語の舞台を歩く」の『羽団扇』のページ
 ちなみに、この噺は、正月二日の“初夢”という設定で、“旬”の明確な落語となっている。志ん生大好きの談志が、なぜ志ん生版の『天狗裁き』ではなくこの噺を好んだのかは、まだ調査不足である。

(2)馬生(志ん生)版『天狗裁き』
 今回聞いたばかりの馬生版、と言うより志ん生版と言ってよいのだろう。志ん生の音源は、まだ聞いていないのだが、調べたところ、馬生はほぼ父親の型で演じているようだ。
 特に季節感は明確ではない。近所の寅さんが蛇をまたぐ夢を見てから運が回ってきたと聞いた女房が、朝起きたばかりの亭主(梅さん)に、「あんたも縁起のいい夢を見て!」と無理やり寝かせるのが幕開き。
 そこからしばらくは、米朝版とほぼ同じ筋書となる。いろんな人が梅さんの夢を知りたがるわけだ。
・女房
・長屋の仲間(寅さん)
・大家
・奉行
・天狗
 それぞれから、梅さんは見ていない(あるいは覚えていない)夢の内容を明かすよう無理強いされるのだが、米朝版との違いは、舞台にやや動きがあること。同じ長屋の寅さんは、梅さんから夢を聞き出すために、梅さんを外に連れ出し長屋の隅っこで聞こうとする。大家は自分の家へ引き込む。
 また、奉行に向かって、「お奉行様でも天狗でも、見てない夢は話せねえ」と啖呵を切った梅さんを、奉行が「それはおもしろい!」と、天狗が出ると言われる愛宕山に梅を連れて行き、木に体を縛り付けて、わざわざ天狗に裁きを依頼する書置きまで残してくる。このあたりも、米朝版とは大きな違いである。
 そして、誠に私が迂闊だったことに、よくお世話になる「落語のあらすじ事典 千字寄席」の『天狗裁き』には、しっかりと志ん生・馬生版の説明があったのだ。「落語のあらすじ事典 千字寄席」の『天狗裁き』
 天狗の羽団扇を奪い空に舞い上がった梅さんは、宝船ではなく、商家の大店に着陸するのだが、その部分を引用したい。

しばらく空中を漂って、
下り立った所が大きな屋敷。

ようすが変なので聞いてみると、
お嬢さんが明日をも知れぬ大病とのこと。

たちまち一計を案じた熊、
医者になりすまし、
お嬢さんの体を天狗団扇で扇ぐとアーラ不思議、
たちまち病気は全快した。

その功あってめでたくこの家の入り婿に。


 さて、無事、町内で小町と呼ばれる美人のお嬢様の婿となって、一夜を過ごそうとするんだが・・・・・・そこからサゲは、お察しのほどを。

(3)米朝版『天狗裁き』
 このブログにお立ち寄りになる落語愛好家の方には、ほとんど説明は不要だろう。あえて蛇足で書くなら、志ん生版や『羽団扇』のように、主人公が羽団扇を天狗から騙し取ることはない。夢の内容を明かさないため怒った天狗に八つ裂きにされようとするところで、女房に起こされる、という筋。
 そして、私は、今日東京でもほとんどがこの型なので、(1)や(2)を調べることすらしていなかったわけだ。まだまだ、未熟である。


 と、言うことで、志ん生・馬生版の『天狗裁き』の、「大店のお嬢様の病気を治して婿になる」という“出世話”を、確認することはできた。

 ここで、今回の一連の事件(?)の発端に戻る。

 古今亭志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」の3月8日の記事の、次の部分が発端。「日々是凡日」の3月8日の記事

15時35分 浅草楽屋入り。「妾馬」をやりたかったが「天狗裁き」が前に出ていて 少しだが似た箇所があるのでやめにして「子は鎹」をやらせて貰った。


 『妾馬』と志ん生版の『天狗裁き』では、お殿様(赤井御門守)が、たまたま江戸の町で見かけた八五郎の妹のお鶴を見初め“側室”になるのと、夢とはいえ大店のお嬢様の病気を治して“入り婿”となる話、確かに同じ“出世”あるいは“抜擢”“僥倖”という意味で共通点はある。
 先日のブログには想像を超える多くの方にコメントを頂戴し、私などよりもずっと筋金入りの落語愛好家の方々から、この部分しかありそうにない、とご指摘を受け、私も「そうかな」と思わないではないのだが、実は、まだ納得はできていない。

 まず、『天狗裁き』は、志ん輔の高座より“前”に出ていたのだ。志ん輔が古今亭版のこのネタをするのならともかく、他の噺家さんなら、確率的には米朝版である可能性のほうが高い。その場合、その噺には入り婿として“出世”する筋書はない。
 しかし、古今亭版の場合は、その部分があるので、志ん輔がついこだわった、と言えなくもない。楽屋でネタ帳を見て、瞬時の判断なのだろうから、固定観念に左右されることは、あるだろう。

 しかし、もしそうだとしても、「えっ、そこにこだわるの?!」という思いは残る。

 それとも、“少しだが似た箇所”は、前回のブログに他の方がコメントしていただいている、大家と主人公との会話に潜んでいるのか・・・・・・。それとも、『妾馬』の殿様と八五郎との会話と、『天狗裁き』の奉行と主人公との会話あたりに、ヒントがあるのだろうか。謎なのだ、いまだに。


 この件、少し時間を置いてみたい。それにしても、お陰様で数多くの方のご参加(?)をいただき、私も『羽団扇』の存在を知り、馬生の『天狗裁き』を聞くきっかけになったので、得るものは多かった。

 志ん輔の“何かへの”こだわりのミステリーは、この後も続く。まるで、権太楼版『天狗裁き』のサゲのように、エンドレスかもしれない・・・・・・。


 まさか、このブログを書いていることは夢ではないだろうなぁ・・・・・・あっ、連れ合いの声が聞こえる。
「あんた、起きなさいよ!」、「あっ、夢か・・・・・・」(蛇足でオソマツ)
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by kogotokoubei | 2012-03-13 11:31 | 落語のCD | Comments(10)
たびたび紹介する古今亭志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」の3月8日の記事に、気になった内容があり引用。「日々是凡日」の3月8日の記事

15時35分 浅草楽屋入り。「妾馬」をやりたかったが「天狗裁き」が前に出ていて 少しだが似た箇所があるのでやめにして「子は鎹」をやらせて貰った。



 この日は夜に帝国ホテルで春風亭一之輔の真打昇進披露パーティーがあったらしく、そのことも少し書かれている。
 さて、この高座は、本来夜の部であったのを昼に替えてもらったようだが、難しい落語問題を提示されたような気がして、読んでからずっと悩んでいる・・・・・・。

 『天狗裁き』(A)と『妾馬』(B)で、“似た箇所”ってどこ?

 前者の主人公を熊五郎とする場合もあるが、ここは同じ八五郎と考え、共通していると思える部分を考えてみた。
 ・大家と八五郎との会話部分がある
  →Aは夢の内容を大家が聞き出そうとする場面、
    Bは大家が八五郎に殿様(赤井御門守)からお呼びがかかったと告げる場面
 ・夫婦の会話がある
  →Aは夢の内容を聞き出そうとする女房と八との喧嘩に発展、
   Bは大家に呼ばれる前、あるいは後での会話(短縮版では割愛されることが多い)
 ・基本的には二席とも「長屋噺」の範疇に入る

 位しか思い浮かばないのだ。

 同じ「長屋噺」であることや、同じ八五郎が登場することで“ツク”とするなら、寄席でかけられるネタはとんでもなく制限される。

 女房や大家との会話にしてもまったく状況設定が違うわけで、とても“ツク”とは思えない。

 もちろん、BにはAのような「夢」が題材ではない。


 志ん輔が“少しだが似た箇所”と指摘した、その“箇所”とは?

 私にとってこの件、結構ミステリーなのである。このブログ、中途半端な落語愛好家である私に、ときどき、こういう宿題を提供してくれるのだ。しかし、そういうところも、魅力の一つではある。
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by kogotokoubei | 2012-03-10 17:42 | 噺家のブログ | Comments(32)
何度か紹介しているが、古今亭志ん輔の日記風ブログ「日々是凡日」の3月4日の記事が少し気になったので引用したい。これは、「いわと寄席」で『全段 真景累ケ淵』を口演する直前のコーヒーブレークの時間での記述。その心理的な背景は分からないが、落語界への憂いが吐露されている。「日々是凡日」の3月4日の記事

12時30分 スタジオイワトでの「真景累ヶ淵」第一回に向かう。
13時05分 打ち上げが中華なのを聞いていながら中華の店に入って昼飯。
13時25分 半輔を中華屋に残して一人スタバでエスプレッソ。なんとなく息苦しいのは気のせいだろうが事実。
コーヒーを飲んでいたらいろんなことが頭に浮かぶ・・落語界は何処へ行くのだろうか?落語協会ではない。
近頃どこを見てもチェーン店ばかり、その味気なさは当然だけど「客が入ればいいんだ」とこれも最近の経済のように金がモノの価値を決めてしまうようになった現在。本来さほど経済とは密接な関係ではなかった「落語」というモノを道具にして活計を立てようとするのはいいが、これも昨今の様子の通りダメになったらやめてしまうのではないのかしら。そもそも入門の動機が大した志もなく「やることがなかったから」なんて入って来た輩が多いのだ。然すればやめて行くのも簡単だろう。
また観客の質もかなり変化して同じようにチェーン店ならと大した期待もせずに入店して腹を見たして帰って行く程度の方々が全てではないけれど増えていることも事実だ。四代目小さんの「一つ間違えれば「落語」は悪ふざけになる」の様な「落語」を聞いて見て「ちょっと変わった味」を覚えて「これが落語だ!」と叫ぶだけ叫んで飽きたらいなくなる。後になにが残るのかと考えると寒気がする。そんな時期を迎えている気がしてならない・・。


 落語を楽しみに聞く側とにとっても、結構重い問いかけと言える。チェーン店を引き合いにして、「客が入ればいいんだ」という言葉が、やや否定的に語られている部分から、昨年末の末広亭真山席亭の芸協への苦言のことを思い浮かべてしまう。

 芸能の世界に住む人たちにとって、「経済の論理」は、なかなか馴染み深いものとは言えないかもしれない。しかし、喰わないわけにはいかない。それこそ、家族に加え弟子まで抱えているなら、なおさらである。

 それこそ、瀧川鯉昇の最初の師匠で、奇人変人の誉れ(?)のあった八代目春風亭小柳枝のように、弟子と一緒に「雑草」を食べてでも生きてはいけるかもしれないが、そんな“サバイバル生活”など長続きはしない。当の小柳枝も落語家を廃業して仏門に帰依したらしいが、ぎりぎりの生活では、己の芸の修業だってままならないだろう。

 志ん輔のブログには、彼のその時々の思いが、結構ストレートに綴られているように思う。この記事を書いた時に彼の脳裏にはどんな思いがあったのか・・・・・・。

・芸術協会の定席の不入りに関する席亭の悩みと苦言
・四代目小さんの言葉に代表される“悪ふさけ”に近い落語の横行
・フリーター的感覚の入門志願者の増加と、彼らを金銭的に支援してしまう、今どきの親

 そんな実態を思いながらの、ため息まじりの文章なのか、と邪推する。

 まったく見当違いかもしれないが、“落語ブーム”と言われて久しい今、現実はそんなに甘くない、ということなのではなかろうか。

 ほどほどに採算が立つ程度に定席寄席に客が入り、噺家は挑戦も大事だが古典芸能の継承という役割は忘れず、表層的な人気に目を奪われない独立心のある個性的な入門志願者が増えること、そういったことが、志ん輔の落語界への不安をなくす道なのではなかろうか。志ん輔のブログを読んで、勝手ながら、そんなことを思っていた。
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by kogotokoubei | 2012-03-06 08:32 | 噺家のブログ | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛