噺の話

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モノづくりでもそうなのだが、IT(情報技術)を導入しても、そこに熟練者の経験や暗黙知が注がれなければ、生きた仕組みにはならない。どんなシステムでも、経験者の獲得した知恵やノウハウを忘れてはならないし、日本のこれまでの成長は、そういったベテラン達が汗と涙の結果得た厖大な知恵や“料簡”が支えてきたのだと思う。
 フクシマの収束に、そういったベテランが立ち上がったようだ。時事ドットコムの該当記事

「福島原発行動隊」、始動へ=収束作業で現場視察—リタイア組400人志願
時事通信 6月30日(木)18時59分配信

 福島第1原発事故の収束作業を志願している「福島原発行動隊」が7月中旬に現場の状況を視察することが決まった。元技術者らリタイア組約400人が参加を表明しており、政府や東京電力との打ち合わせ、1カ月程度の訓練を経て、「9月中にも作業に就きたい」という。
 同原発では、高い放射線量で被ばくする作業員が相次ぎ、人手不足が深刻化している。元技術者の山田恭暉さん(72)が「若い人よりも被ばくによる影響が小さいわれわれ引退組が作業に当たった方がいい」と呼び掛けたところ、6月末現在で、60歳以上の約400人が参加を表明したほか、約1200人が支援を申し出た。
 山田さんらは5月末、細野豪志首相補佐官(現原発事故担当相)や東電幹部と接触。細野氏らから「行動隊を受け入れたい」との意向が示されたため、志願者の経歴、能力を記載したリストを手渡したという。
 参院議員会館で30日に開かれた行動隊の説明会には、約150人が出席。山田さんは、元放射線管理士、元原子炉設計技術者ら計5人で7月中旬に現地に入り、同原発の吉田昌郎所長とも意見交換する予定であることを報告した。実際にどのような任務に就くかは視察を踏まえて検討するが、当面は原発周辺のがれきを重機で除去する作業などを想定しているという。
 奈良県生駒市から駆け付けたというプラント工事の元技術者(66)は「循環注水冷却の配管の水漏れは、完全な素人仕事。頭数だけそろえて素人ばかり集めたためだ。早く現場に入れるようにしてほしい」と話した。


 何度も繰り返されるミス。もちろん、人為的な間違いは避けられない。しかし、今の現場での度重なるトラブルには、いわゆる「プロフェッショナル」な仕事の印象が薄い。

 かつて危険な現場で苦労して得た経験や知恵が生きるのなら、フクシマの収束も早まる期待ができる。

 「福島原発行動隊」を応援したい。しかし、活かしてもらいたいのはその“技”と“料簡”であって、決して危険な場所への“特攻”はさせてはならない。この方々は心身ともにお強いのだろうと思う。でも、無理をしないで収束に貢献していただき、その経験から多くのことを若い世代に伝えてもらいたいと思う。
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by kogotokoubei | 2011-06-30 21:26 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
福島県出身の三遊亭兼好が、ドイツで落語会を開催するらしい。時事ドットコムの該当記事

復興願い、独で落語上演=福島出身の三遊亭兼好さん

 日独交流150周年の今年、福島県会津若松市出身の落語家、三遊亭兼好さん(41)=本名佐藤健司=が来月2日から、ドイツ・ベルリンやオーストリア・ウィーンなど4都市で落語を上演する。東日本大震災後、落語を通じて地元・福島の支援に取り組んできたが、今度は伝統の話芸を通じて、海外に「日本は必ず復興する」というメッセージを伝えようと、準備を進めている。
 震災と原発事故の影響で、学校での公演などで何度も通った同県双葉町も立ち入り禁止区域に指定されるなど、福島は今もなお厳しい状況が続く。「自分ができることは何だろう」。兼好さんは避難者に少しでも笑ってほしいと考え、落語家有志とともに会津若松市で落語を上演、収益金は有志の交通費を除いてすべて同市に寄付した。
 被災地に向かう前には「落語どころではないんじゃないか」と思いながらも、落語を聞いた後の観客の和んだ表情を見るたびに、やってよかったと感じたという。
 ドイツ公演に備えて企画を持ち掛けてきた在日ドイツ人の知人と打ち合わせや練習を重ねる。海外で在留邦人向けの落語会の経験はあるが、外国人に向けてやるのは初めて。当日は日本語で話し、ドイツ語の字幕が付く。間合いやしぐさ、食習慣など、まったく違う文化の中で通じるのか不安がよぎる。
 「日本だとお客さんの反応を見て、微妙な言い回しを変えられるが、ドイツではそうもいかない。お芝居っぽくなるでしょうね」と笑う兼好さん。「でもね。原発事故に関心の高いドイツでよかったと思っているんです。ドイツで『日本はこれから復興するぞ』っていうのを伝えたいから」。そう言うと、今までおどけていた表情が、真剣なまなざしに変わった。問い合わせはtodoku2011@gmail.comまで。(2011/06/29-06:01)


 「在日ドイツ人の知人」とは、もしかすると横浜にぎわい座で、よくお見かけするあの方かな?
 そして、海外での落語会開催は、これまた横浜にぎわい座で二人会を開催している桂かい枝の影響もあるような気がする。
 
 そんなにぎわい座との縁を(勝手に)感じるドイツの兼好落語会で、ぜひ日本の話芸の素晴らしさが伝わることを期待したい。原発-フクシマ、という話題のキーワードだけでなく、こんな素晴らしい芸能が伝承されてきた国として、日本のことを知ってほしいではないか。

 場所柄、落語だけでなく“都々逸”なんかもあるといいのではないかなぁ。郭噺の中に挟んで、「あとがつくほど つねっておくれ あとでのろけの 種にする」なんてね。でも、ドイツ人にゃあ、ドドイツ、わかんねぇだろうなぁ。(大変、失礼しました!)
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by kogotokoubei | 2011-06-29 09:14 | 落語会 | Comments(10)
 今日6月26日は、クリフォード・ブラウンの命日である。

 内藤遊人の『はじめてのジャズ』(講談社現代新書)から引用。
内藤遊人著『はじめてのジャズ』

 1930年10月30日アメリカ東海岸のデラウェア州にあるウィルミントンで生まれたクリフォード・ブラウンは、13歳で父親からトランペットを買い与えられ、ハイスクール時代に、音楽理論をマスターするという、やはり天才ミュージシャン。大学で数学を学びはじめたものの、音楽の道捨てがたく、音楽奨学金を得て、メリーランド州立大学に学んだ秀才である。
 1950年代に入って、タド・ダメロン、ライオネル・ハンプトン、アート・ブレイキーらのバンドに参加、その天才を世に示したわけだが、54年3月、ロスアンジェルスで、ドラマーのマックス・ローチと出会って、ブラウン=ローチ・クインテットというジャズ史上に残る名グループを結成し、以後、数々の傑作アルバムをレコーディングした。
 しかし、1956年6月26日、シカゴへと向かう演奏旅行の途中で自動車事故を起こし、突然この世を去ってしまうのである。



 6月25日の夜、フィラデルフィアの地元ジャズプレーヤーとのジャムセションを終えた後の移動での事故だった。その最後の夜のセッションもアルバム「The Beginning & The End」に収録されている。シカゴへの移動は、ピアニストのリッチー・パウエル(バド・パウエルの弟)と彼の妻ナンシーと一緒で、運転はナンシーだったと言われている。ペンシルベニア・ターンパイクでの交通事故死。25歳。事故当夜は雨が降っており、ナンシーを含めて3人全員がこの事故で亡くなった。

 早熟の天才トランペッター、という意味ではリー・モーガンの名を挙げざるを得ないだろう。ベニー・ゴルソンがクリフォード・ブラウンを偲んで作った「クリフォードの想い出」を収録した「リー・モーガンvol.3」は1957年3月24日の収録なので、1938年7月10日生まれのモーガンは、当時18歳。

 マイルス・デイビスは、誰も疑いようのないモダンジャズの巨人である。いわゆる“マラソン・セッション”の4作はどれも好きだ。
 アート・ファーマーも嫌いじゃない。しかし、私は、一人だけトランペッターを選ぶならクリフォード・ブラウンなのだ。例えば、ソニー・ロリンズが心の病でシカゴで暮らしていた時に、彼の人生を変えたのは、まさにブラウンの存在であった。マイルスだって、チャーリー・パーカーのバンドを麻薬が理由で解雇され落ち込んでいた時、クリフォード・ブラウンの演奏を聴いて再起したと言われている。そういった彼の人間としての大きさ、存在感が、好きだ。

 しかし、素朴な疑問がある。多くのジャズミュージシャンが、酒とドラッグに溺れていった時代に、なぜクリフォード・ブラウンはあれほど音楽に真摯だったのだろう。ブラウンに会って人生を取り戻したロリンズは、結果としてブラウンの事故の四日前に、あの名作「サキソフォーン・コロッサス」を生み出す。


 彼の残した音源の中で一曲だけ選ぶのは難しい。あえて、ということで「スタディ・イン・ブラウン」から「チェロキー」。
 


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by kogotokoubei | 2011-06-26 19:11 | 今日は何の日 | Comments(2)
月末最終金曜日の夜、「落語者」を休止させての「朝まで生テレビ」を収録していたものを、途中途中を飛ばしながら見た。飛ばすのは、見ていて腹が立つから。
 タイトルは次のようになっていた。
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                   *テレビ朝日の番組紹介ページより。テレビ朝日の番組紹介ページ
出演者は下記の通り。
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司会: 田原 総一朗
進行: 渡辺 宜嗣・長野智子(テレビ朝日アナウンサー)
パネリスト: 渡辺周(民主党・衆議院議員)
松原仁(民主党・衆議院議員)
茂木敏充(自民党・衆議院議員)
山本一太(自民党・参議院議員)
斉藤鉄夫(公明党・衆議院議員)
下地幹郎(国民新党・衆議院議員)

猪瀬直樹(作家、東京都副知事)
上杉隆(ジャーナリスト)
小沢遼子(評論家)
古賀茂明(経産省大臣官房付)
長谷川幸洋(東京・中日新聞論説副主幹)
三橋貴明(作家、経済評論家)
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 この顔ぶれで発言に注目していたのは、猪瀬直樹、上杉隆、長谷川幸洋、そして古賀茂明あたり。政治家の発言は、ほぼ想像できる。
 
 古賀は放送のあった昨日、いわゆる“肩たたき”になっていたようで、田原もトピックス的に古賀問題を取り上げた。だから冒頭の10分くらいは、少し期待させる導入。参考のために毎日JPの関連記事を引用する。毎日JPの該当記事

経産省:古賀氏に退職打診 公務員制度改革などで民主批判

経済産業省は24日、民主党政権の公務員制度改革を批判してきた同省の古賀茂明氏(55)=大臣官房付=を退職させる方針を固め、同日午後、本人に打診した。古賀氏は東京電力福島第1原発事故を受け、電力会社が猛反発する「発送電分離」などの電力改革を唱えたほか、5月20日に出版した著書で、事故を巡る政府の対応を批判しており、現職官僚による「内部告発」が引き金となった可能性が濃厚だ。

 関係者によると、松永和夫経産事務次官が同日、古賀氏に7月15日付の退職を打診した。古賀氏は「あまりに性急だ」と回答を留保しているという。

古賀氏は1980年、通商産業省(現経産省)に入省。経済産業政策課長などを歴任。政権交代前には国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官として「天下り規制の強化」「事務次官廃止」などを提案したが、霞が関の猛反発で退けられ、2009年12月に待機ポストの現職に就いた。【三沢耕平】

毎日新聞 2011年6月25日 2時36分



 5月に出版された古賀の本(『日本中枢の崩壊』)は読んでいないが、政府も経産省も、こういう“獅子身中の虫”を許せない、ケツの穴が小さい組織ということなのだろう。だから、改革などは到底出来ないわけだ。もちろん、これは自民党政権になっても、歴史が示す通り同じである。

 番組の冒頭のちょっとした期待はすぐ裏切られる。その後は、民主と自民の馬鹿馬鹿しい堂々巡り。これじゃあ、菅も居座るだろうと思わせる無能な言い合いが続く。

 期待した猪瀬も上杉も、そして古賀も、切れ味は鈍い。

 いったい、この番組は何を意図したのだろう?

 そもそもタイトルそのものが、「脱原発」なのか「菅政権」なのか、どっちつかず。
「脱原発?!」が、“形容詞”的なものなら、主題は「菅政権」と思える。

 途中までは、そんな感じで進むが、上杉隆などは、菅の居座りが確信犯的であり、すぐには辞めないと思っているから、民主と自民の堂々巡りの話など興味はない。田原がそれを察して指名するのだが、結局田原も最後まで上杉に話しをさせないので、見ているほうはストレスがたまる。

 途中の議論について田原が「ムダ」という言葉を使うが、原発がテーマの時にも書いたが、この番組自体が公共の電波を使うのはムダに思える。そんなこと言うと、今のテレビ放送の過半数がムダかなぁ。この番組は深夜電力を使うことになるので、原子力村を喜ばせることにもなる。もちろん、「落語者」も休止になるしね。

 冒頭で田原の古い本の復刊によるプレセントを告知していた。猪瀬が少しヨイショしていたが、私はまったく読む気がしない。三十年前から問題指摘してきたのなら、彼はもっと反原発の行動ができたのではないか、と思う。

 もしこの番組を続けたいなら、発言も頓珍漢で、議論をミスリードするような司会者を刷新することから考えるべきだろう。もういいお年ですよ。いったん、この番組止めましょうよ、テレビ朝日さん。
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by kogotokoubei | 2011-06-25 15:37 | 責任者出て来い! | Comments(2)
 なんとか都内での仕事のメドをつけ時計を見ると、末広亭への到着が午後6時半くらいの状況。落語協会のホームページで種平とさん喬の出番が入れ替わっていたのは確認していた。「さん喬に間に合うかどうか、やめにするか・・・・・・」という思いも一瞬よぎったが、「小三治を聞かなきゃ!」との思いで、立ち見覚悟で向かった。結果は6時25分着と、ほぼ読み通り。「立ち見です」と、これも予想通り。後で分かったのだが、二階が団体さんの貸切では、しょうがない。高座はさん喬の『天狗裁き』の後半。「えっ、あと5分早ければ」と思うのが、なんとも往生際の悪い男の性(?)。

 正楽師匠の紙きりが始まり、先に立ち見だった人が、さん喬の終演後にポツポツと空いた席に座ることができた。市馬が高座へ。立ち見の順(?)で、次の空席待ちが私ということを末広亭の人もわかっていて、近づいてきて小声で空いた席を教えてくれた。次の高座返しの間に座ってくれ、とのこと。このへんが、なんとも嬉しい。まさに僥倖と言えるだろう。結果として、私の後に一気に立ち見のお客さんが増えたのだから。

 あくまで、私が通しで聞けた高座のみを記す。
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柳亭市馬『かぼちゃ屋』 (15分)
唄がない、そして師匠小さんの十八番となると、やはりこのひとはいい。以前に小言を書いたが、とことん小さんを追いかける市馬でいいのだと思う。なんとも与太郎が可笑しかったこと。

林家種平『お忘れ物承り所』 (19分)
結果として仲入りになってしまった、という高座。根岸ネタの漫談で終わるかと思ったら、ずいぶん前にも小朝の会で聞いた新作へ。長くなって自分で不安になったのだろうか、楽屋に「まだいいのぉ?」と聞いてサゲたが、会場のノリは悪くなかった。

柳亭燕路『もぐら泥』 (13分)
トリが師匠である、食いつきには適任。今日の家屋の状況からは分かりにくい噺だが、こういうネタこそ今後も長く継承して欲しい。柳家では結構重要な噺だと思う。その大きな鼻を赤くしての高座、結構でした。

大瀬ゆめじ・うたじ 漫才 (7分)

柳家さん福『短命』 (14分)
小さん門下で初めて聞く人。それも今夜の楽しみの一つでもあった。結果として、少し残念な高座。隠居がやたら下を向きながら話す場面が多く、落ち着かない。南喬などは、寄席でこの噺ならもっと会場を沸かす。深い出番では、ちょっときついかもしれない。経験年数などを考えて、あえての小言、ご容赦を。

古今亭志ん輔『強情灸』 (12分)
途中までは、ちょっと言いよどみがありながら、それ相応の高座だったと思うのだが、サゲで、本来「五右衛門は熱かっただろう」と言うところを、目一杯噛んでしまい、やや苦笑しながら高座を下りた。小三治に八時半までには高座に上がってもらおう、という取り決めがあったように思うので、さん福の長さを挽回する焦りがあったかもしれない。しかし、これも寄席。

仙三郎社中 大神楽 (6分)

柳家小三治『馬の田楽』 (40分)
無理して来て、良かった。マクラは、場所によってエスカレーターの左右どちらを空けるかという話で、東京(=福岡)、大阪(=広島)、と話しながら、「この話から入れるネタを考えたが、ありそうもない」で会場を沸かす。ネタを決めたのだろう(あるいは初めから決まっていたのか?)九段坂の急な勾配のことから本編へ。マクラが私の計測(?)で12分だったので、本編28分。本人のこの噺は、数年前NHKの「日本の話芸」で見ているが、生は初。このネタそのものは今年2月に「扇辰・白酒の会」で白酒が一席目にかけたのを聞いている。
結果として途中で空いた前方の椅子席で見ることができたことも含め、非常にうれしい高座に巡り会えた。元は上方の噺だが、東京版とは設定なども結構違う。両方の噺の違いなどは別途書きたいと思う。主役の馬方、そしてやんちゃな子供、耳の不自由な老婆、酔っ払い、など全ての登場人物が、土の香りのする、なんともいい味を出している。ホッとするなぁ、こういう噺を聞くと。
さて、小三治を別格扱いするかどうかは迷うところだが、当たり前なら、今年のマイベスト十席候補には確実に入る。年末再検討するとして、候補マークを付けておこう。
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 久しぶりの小三治の高座。体調も良さそうだったし、その高座の楽しさといったら・・・・・・ない。一階、二階、立ち見も含めた会場が、小三治が高座に上がった瞬間から、なんとも言えない一体感に包まれる。マクラの奔放さは客も十分に知っているので、“マクラファン”(?)には、少し残念なのかもしれないが、ほぼ30分の『馬の田楽』は見事だった。
 やはり、違うんだよなぁ、本物は。そんなうれしい思いで帰路についた。
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by kogotokoubei | 2011-06-23 23:21 | 落語会 | Comments(12)
この会は2月以来。2011年2月14日のブログ東西の今が旬と言える二人会なので、いつも楽しみに桜木町にやって来る。しかし、今日も当日券があった。会場はほぼ八分の入りか。平日では満席まではいかないのだなぁ。そう考えると、三三の人気の高さが分かろうというものだ。
 「にぎわい倶楽部」と題した会で12回目らしい。さて構成は次の通り。

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かい枝・兼好 オープニングトーク
(開口一番 笑福亭笑助 『田楽喰い』)
三遊亭兼好 『道灌』
桂かい枝  『口入屋』
(仲入り)
桂かい枝  『恋するオ・ト・メ』
三遊亭兼好 『ねずみ』
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オープニングトーク  (19:00-19:12)
“めくり”に「オープニングトーク」と書かれているのも、なかなか珍しいことだ。天満の繁盛亭で二人会を開き、震災のためのオークションをした話が中心だった。兼好が、文楽と志ん生が楽屋で飲んだ茶碗、というふれこみの偽物を偽物としてセリに出し5,000円で落札、かい枝が自分の本やDVDが思いのほか安く落札したので思い切って出前落語を提示したが、最終的な落札額10,000円、というのが笑えた。毎度、このオープニングは楽しい。

笑助『田楽喰い』(『ん廻し』) (19:13-19:28)
2月のこの会も、高座返しが宮治、開口一番が笑助だった。笑瓶のたった一人の弟子、ということにコメントは割愛するが、2月の『池田の猪買い』でも少し褒めたのだが、今日も悪くない。この噺、雀々と談春の二人会で聞いて以来。2009年9月2日のブログ東京なら『寄合酒』になるが、現在では「ん廻し」までやらないので、珍しさもあってうれしいネタ。東京、上方、それぞれに前座噺の楽しさがあって良いと思うし、私は上方噺も好きだ。(なぜか、力んでいるのは、上方落語を下にみなす、あの京○さんへの対抗心かもしれない)
 せっかくだから、少しだけネタの補足。「ん」のつく言葉を話したら、その数だけ田楽を食べることができる、という遊びが噺の中心。もっとも多く、「ん」が四十三も入っているのが次のもの。「せんねんしんぜんえんのもんぜんのやくてん げんかん ばんにんげんはんめんはんしん きんかんばんぎんかんばん きんかんばんこんぽんまんきんたん ぎんかんばんこんげんはんごんたん ひょ~たんかんばんきゅ~てん」。漢字で書くとこうなる。「先年神泉苑の門前の薬店、玄関番人間半面半身、金看板銀看板、金看板根本万金丹、銀看板根元反魂丹、瓢箪看板灸点」。ちょっと回転のゆるい人物が「かぼちゃ」と言う。「ん、入ってへんやろ、お婆さんはかぼちゃのこと何て言う?」「う~ん、かぼちゃん」「そんなん言うか!」「そや、パンプキン」という部分は雀々でも聞いたはず。誰の作か知らないが、ここの部分が妙にに好きだ。

兼好『道灌』 (19:29-19:47)
「夜目 遠目 傘の内」—梅雨に入り、傘をさした女性を見るのが好き、という話題から、「女性はどの位遠く離れていると美人に見えるか本能的に知っていて、この会場でいえば前から三列目より後ろ・・・前に座っている方はよっぽど自信があるのか、それとも・・・」というマクラで、会場の中年女性のお客さんが、身をよじって笑っていた。若干“ゲラ子”(ゲラおばさん?)が多かったかなぁ。やっぱり、上手い人は、こういう前座噺もしっかりしている。

かい枝『口入屋』 (19:48-20:32)
東京では『引越しの夢』になるが、上方では、結構やかましいネタ(?)。少し冒頭の口入屋での場面を引っ張りすぎた印象。この部分は噺家によってクスグリもいろいろ工夫できるところだが、本寸法にやろう、という思いが強かったのかもしれない。若干間延びした。笑いの一つのヤマは番頭が美人の女性使用人(候補)を前に、自分の裁量の大きさを誇示して「ドガチャガ」を繰り返す場面だが、ここは楽しめた。長講になった理由の一つが、今では通用しない江戸時代のお店(たな)の構造の解説があったことだが、たしかに、「膳棚」や「薪山」なんてわからんわなぁ。かい枝も丁寧に解説してくれたが、上方の噺の情報として頻繁にお世話になっている「世紀末亭」さんの「集成! 読む上方落語」のホームページから、この用語解説を引用。「世紀末亭」さんのホームページ

膳棚(ぜんだな)
 食膳を並べて納めておく棚。昔は奉公人は銘々の箱膳で食事をし、
 終わると各自の食器を膳の中に納めて並べておいた。その棚は台所
 の土間に造りつけてあるのが普通で、釣膳棚というのは頑丈な腕木
 で柱に打ち付けてあった。
薪山(きやま)
 町家では夏のうちに一年中の薪炭を買い込んでおいた。それを湿気
 を避けるため、二階と吹き抜けになった土間に面したところへ積み
 重ねておいた。


『田楽喰い』の「ん」が四十三もある科白も同ホームページからお借りした次第。たっぷりの高座なんだけど、こういう言葉の解説などを挟むと、ややリズムが崩れるのも事実。あえて、用語解説は全て省略して、噺のリズムを崩さないようにし、もし可能なら終演後に用語解説を含むリーフレットなどを希望者にのみ配布する、という工夫なども要検討かと思った。

かい枝『恋するオ・ト・メ』 (20:42-20:52)
「ご安心ください、短いですから」と言っていたが、なんと10分。今年1月、NHKの「笑神降臨」で三作放送された新作のうちの一つ。『口入屋』が長引き、トリの兼好への配慮あったのだろうが、10分はないでしょう(^^)「笑神降臨」のことを書いたブログにご興味のある方はこちらをご覧ください。2011年1月8日のブログ

兼好『ねずみ』 (20:53-21:25)
オリジナルが誰かは分からないが、旅籠「ねずみ屋」の主人が、元は「虎屋」の主人であったのが今に至るまでのいきさつを、幼馴染で二軒隣りの同業者「生駒屋」が甚五郎に語るという設定。たしかに、腰が抜けている(あくまで精神的にだが)病人が語るのは辛く、幼馴染が替わりに代弁してやる、というのも不自然ではないのだが、何か腑に落ちない。要するに、三木助が作りあげたこの噺の世界では、もっと情緒的な空気が流れ、時折ぐっと心に迫るものがあるはずだ。たとえば、志の輔のこの噺などはそういう本流の人情噺として存在感がある。兼好としては、彼の持ち味であるリズム感と滑稽噺としての味付けで挑戦しているのかもしれない。しかし、あくまで好みであるが、この噺ではもう少し泣かせて欲しい。楽しかったが、残るものが少なかった高座、とあえて書いておく。彼なら、もっと出来るはずだ。


 寄席も落語会も博打のようなもので、当たるも八卦・・・だが、今回はややハズレに近い。まず会場にゲラおばさんが多かった。そして、私の席の近くで鼾をかいて寝ているおっさんもいた。高座の二人も、これまでの会に比べると、やや精彩を欠いた、そんな印象。もちろん、水準を超える内容だが、この人たちへの期待が高い分、辛口になる。
 桜木町駅へ向かう地下通路では、上りも下りもエスカレーターが止まっている。節電は、分かる。しかし、東電も政府も、国民が快く我慢するために、情報公開と現実的な政策を立案をしろ、と今ひとつだった落語会の憤懣を原子力村に八つ当たりしながら帰路についた。
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by kogotokoubei | 2011-06-15 23:20 | 落語会 | Comments(12)
 前回4月9日の第六回は、私にとって震災後に行く最初の落語会だった。楽しみにしていた権太楼が休演ながらもマスクをしてお詫びの口上のために高座に現れたことを思い出す。
2011年4月9日のブログ

 「今日こそ、元気な権ちゃんを!」との思いでやって来た甲斐はあった。構成は次の通り。

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(開口一番 柳家おじさん 『子ほめ』)
春風亭一之輔 『粗忽の釘』
桃月庵白酒  『化け物使い』
柳家権太楼  『青菜』
(仲入り)
春風亭一朝  『大工調べ』
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 悩みに悩んで、もう一人の出演者(?)である今日のプログラムの“口上”を書くことにする。なぜなら、一之輔も、白酒も、そして一朝もマクラや本編で題材にして、それが結構大きな要素でもあったので披露しないわけにはいかない。主催者の方には誠に申し訳ないが、あきらめてください。まるで“傷口にキンカン”のような悪行に思われるかもしれないが、これ位のことを“シャレ”として笑ってもらえないと、興行なんてできないですよね。
  春風と柳と古今で 一衣帯水 
 関東も早め梅雨に入りました。二ケ月に一回のこの会も、はや六月。
 この度は第六回大手町落語会にご来場いただきました誠にありがとうございます。 
 今回の番組、じっくり観れる会としては、ありそうで意外とない組み合わせとなりました。
 風格、人気、実力ともに二つ目を超えているといわれているが、しかし謙虚さも併せ持つ春風亭一之輔。
 素直に笑えるブラックジョークと心地のよい声質と軽快な口調でいまや引く手あまたの人気者、桃月庵白酒。
 体調回復、ますます元気で今日の噺もお楽しみ。大手町の顔、柳家権太楼。
 今回のトリは一之輔の師匠で朗らかな雰囲気と軽快で流ちょうな江戸弁での長講がたのしみな春風亭一朝。
 「今日も一朝けんめいやります」パワーが全開で勝負します。
 最後までじっくりお楽しみください。

 今回は“第七回”なのだ。しかし、こういうミスはあるのよ、よく分かる・・・・・・。
 さぁ、このプログラムの口上を含め、どんな高座が続いたのかを振り返る。

一之輔『粗忽の釘』 (14:01-14:27)
 さて、マクラでっそくプロゴラムの口上について、「お褒めの言葉をいただくのはうれしいんですが、『しかし謙虚さも併せ持つ』、と言われると、あえて言わないといけないみたいで・・・・・・」とイジる。その後、師匠一朝が“城”好きで、通販で作った安土城が完成したのが3月10日、というネタ。保険はきかないわなぁ。本編は5月20日に横浜にぎわい座の地下秘密倶楽部(?)のげシャーレで聴いた内容の短縮版で、引越しした後からの内容。しかし、やはりこの人のこの噺は可笑しい。行水で盥の底が抜けてからの夫婦の“土星踊り”で会場は沸いたが、感心したのは、冒頭のシーン。「煙草のんで落ち着いたらオツな釘を打ってやる」「野暮な釘でいいからすぐ打ちな」という夫婦のやりとりだ。この会話、にぎわい座でもあったのか記憶にない。聴き忘れていたのか、新たな演出か分からないが、とにかく粋だった。このネタは一之輔の十八番になることは間違いがない。にぎわい座の会に興味がある方はこちらを。
2011年5月21日のブログ

白酒『化け物使い』  (14:28-15:00)
楽屋でプログラムのことが一之輔と話題になったことからマクラが始まった。「“素直に笑えるブラックジョーク”は、そもそもブラックじゃないでしょう・・・・・・」。その後、この昼の落語会に備えて(?)昨夜早く寝ようと思ったが、近所の地鎮祭の雅楽の演奏が下手で眠れなくなった、と続き本編へ。隠居役は元々ニンなのでこの噺は結構だった。桂庵(口入屋=人材斡旋会社)の大手、千束屋の場面で、プログラムが再登場。「え~、次は大手町でプログラムの書き手を探している、誰かいないか・・・・・・はい、これ持って行ってらっしゃい、あたりさわりのないように書くんだよ」とイジった。本所割下水に住む人使いの荒い隠居と、千束屋から、仲間が人使いが荒いからと止めるのも聴かずやって来た使用人の杢助(他の噺家では久蔵が多いが)との一幕と、化物屋敷に引っ越してきた後の隠居と“化物”たちの三幕、流石に「引く手あまたの人気者」の存在感を示した。この噺、志ん生、志ん朝親子の名人芸がどうしても思い出されるが、「ついでに品川から千住まで」とか「豆腐、がんもどき、卯の花」をバラバラに買わせに行かせる隠居のムダを杢助に指摘させるなどの演出は、三代目三木助の作らしい。そんな薀蓄も言いたくなる好きなネタだが、白酒、結構でした。今年のマイベスト十席の候補とする。

権太楼『青菜』  (15:01-15:36)
休演でもなくマスク姿でもない権ちゃんの元気な高座、それだけでうれしかった。マクラも心に響き、そして笑えた。「それぞれの3.11です・・・しかし、なんですか今の政治は・・・路上生活者の朝の日課じゃないんだから、菅つぶし菅つぶしと・・・」で、会場が大いに沸いた。震災の時は末広亭にいたとのこと。末広亭はあの後も休まなかった。「末広亭は休まなきゃダメでしょう・・・・・・二階があるんですが、高座から見ていていつも(いつ落ちるかと)心配で・・・・・・」。知っている人は皆うなづく。そんな楽しいマクラからいきなり「植木屋さん、せいがでますね」ときた。うれしいネタだ。数年前、鈴本の夏以来。細かな説明はいらないだろう、この人のこの噺には。このネタについて興味のある方は以前に書いたブログをご参照のほどを。権ちゃんの本からの引用もあります。
2011年5月21日のブログ
「ありがとう、権ちゃん」、そんな思いで聞き、笑っていた。権太楼、復活である。この高座の出来自体は権ちゃんにしては“当り前”かもしれないが、私にとっては、前回のことがあるだけに記憶に残る高座。今年のマイベスト十席の候補としたい。

一朝『大工調べ』 (15:47-16:22)
プログラムに書いてあろうがなかろうが、「一朝けんめい」は定番。会場の拍手も大きかった。江戸の職人、江戸っ子の気性などに関するマクラからは、「まさか『大工調べ』じゃないよな、『天災』かな・・・・・・」などと思っていたが、うれしい誤算。この人のこの噺、はずすわけがない。ちょっと力んだのか、ところどころ言いよどみがあったのと、お白砂前でサゲたのが残念。 時間的には通しで出来たと思うのだけど、時間的に何か事情があったのだろうか。通しで聞きたかった高座。


 一之輔が25分、白酒が30分、権太楼と一朝が35分という持ち時間だったのだろう。本音を言うと、神奈川くんだりから、ある程度覚悟して都内に出かけている。3時間くらいは平気だ。そういう意味では物足りない。打ち上げ会場の時間の都合なのだろうか?朝日名人会と伍して行こうというなら、長講をまじえて3時間はやりましょうよ。

 しかし、とにかく元気な権太楼ワールドに会えた、それだけで幸福な会だった。他の出演者も含め、非常に中身が濃く詰まった会。次回は行けそうにないが、今後も週末の大手町は楽しみである。
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by kogotokoubei | 2011-06-11 19:23 | 落語会 | Comments(6)
本来は3月14日に予定されていた会。その時は都合が悪かったのだが、震災の影響で延期になり行くことができた。震災の影響では、延期で行けなかった会が一つ、強行開催(?)されたが、とても行く気になれなかった会が一つという被害があったが、逆にこういうご利益もあった、ということか。すべからく、今回の震災や原発事故が、「災い転じて福と成す」という方向につながって欲しいものだ。
 朝方の雨が止み、梅雨の晴れ間でじんわりと汗ばむ気候の中、仕事の関係で開演直前での会場到着。
*混んでいるエレベーターを避けて階段で4階の会場へ向かったが、階段からの来場を避けるようなポールとテープでの“通せんぼ(?)”がある。それを自分でどけて、エレベーター側にだけいる係の人に「階段で来た」と言って、もぎってもらった。階段側にも出入り口を設けるべきではないのかなぁ。 
 
 こんな構成だった。
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(開口一番 桂宮治 『元犬』)
金原亭馬治 『粗忽の釘』
立川談幸  『時そば』
柳家小満ん 『花見小僧』*『おせつ徳三郎』(上)
(仲入り)
柳家さん喬 『刀屋』*『おせつ徳三郎』(下)
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宮治『元犬』 (18:50-19:00)
にぎわい座の一之輔の会などでも見かけるし、このネタで聞いたこともある。これまでも結構プラスの評価をしてきたが、あらためて褒めたい(!?)。相対比較で、次に登場した馬治よりも会場の笑いは確実に大きかったし、芸も上回っていたように思う。社会人を経験してからの入門で妻子もいるらしい。どんどん活躍の場を広げて欲しい、楽しみな人。オマケで、師匠伸治の「オフィシャルサイト」から、三年前の入門したばかりの師匠とのツーショットを紹介しよう。一之輔が「キン肉マン」と評する、芸人にとって得な表情をご確認の程を。(今の髪型は、モヒカン刈りになっている)桂伸治オフィシャルサイトの該当ページ

馬治『粗忽の釘』 (19:01-19:18)
2000年に十一代目馬生に入門した二ツ目さん。師匠同様、というか真面目な高座ではあるが、会場の反応が物語っていたが、このネタならもっと笑いをとらなきゃいけないだろう。比べては可哀想な気もするが、入門で一年後輩の一之輔の同じネタを最近聞いて、ひっくり返って笑ったばかりなので、なおさら物足りなさを感じた。悪くはない、しかし、それほど良くもない、もっとも評するのが難しいタイプ。

談幸『時そば』 (19:19-19:39)
立川流門下で唯一家元の内弟子経験者という、ほぼ同年代の人。いろいろエピソードのネタはあるのだろうが、この会では披露しずらかったのだろう、全国各地の麺類紹介から本編へ。これまた、何とも言いがたい高座だった。もちろんベテランで水準以上ではあるが、立川一門としては(というのは偏見だろうけど)本寸法で、特段ユニークなクスグリを入れるでもなく、すっきりした内容。再び比較になるのだが、このネタはどうしても鯉昇や、上方版をベースに弾ける昇太のイメージが強く、物足りなさを感じる。気持の良い高座ではあり後味も悪くない。独演会や立川流の会であれば、マクラを含めもっと幅のある高座なのかもしれない。今後、あらためて別な環境で聞いてみなければいけないのだろう。

小満ん『花見小僧』 (19:40-20:10)
マクラからしてこの人らしく、箱入り娘に関する川柳で楽しませる。「白状を 娘は乳母に してもらい」などで、大家(たいけ)の“お嬢さん”と“婆や”が、この噺の陰の主人公であることを匂わせるあたりは、なんともいえない味わい。本編は、二人目の師匠五代目小さん版をベースだと思うが、随所にこの人らしい可愛さ(?)があって、笑いのツボもはずさない。奉公先のお嬢さんを称して、小僧の定吉が、「あのおてんばが!」と言う一言も効いている。なかでも、昨年の花見を回顧する定吉の話の中で、“桜餅”で有名な長命寺の場面、定吉と主人の主客が逆転し、つい調子に乗って薀蓄を披露する主人の話に、定吉が薄笑いを浮かべて相槌を打って、「それから?」と繰り返すところは、聞いているほうの期待とシンクロする楽しさがあって、なんとも可笑しい。もちろん、師匠小さんのこのネタの音源も大好きだが、師匠の名人芸がしっかり継承されているこの高座を聞けてうれしかった。仲入り後に、さん喬が、小満んが前半を先に選んでずるい、というニュアンスのグチを言っていたように、この通し口演では噺そのものの可笑しさは、間違いなくこっちなのだが、演者の力量だって重要だ。流石だった。もちろん、今年のマイベスト十席候補である。

さん喬『刀屋』 (20:22-20:58)
「仲入りの間に、小満ん師匠はさっさと着替えて帰った・・・本来はトリは先輩がとるものだろうに、先に前半を選ばれたら後輩は逆らえない・・・」云々と、半分時間稼ぎ、半分は笑いの少ない後半部分に関する言い訳的(?)な解説から本編へ。たしかに、この噺のほうが難しいだろうとは思う。しかし、志ん生、志ん朝親子は、こっちだけで見事な音源を残しているので、そういったプレッシャーも感じながらの高座だったのかもしれない。最後の身投げの場面の前に浄瑠璃での迷子探しの演出を詳しく解説してつなげたあたりは、私は良かったと思う。本来は『鰍沢』と同じサゲだが、“刀”にかけた別なサゲにしていた。「刀屋」の場所は当時の日本橋村松町、現在の東日本橋一丁目なので、地元のネタと言えなくはない。その村松町の刀屋の主が、徳三郎の暴挙を諌めようとするやり取りがヤマ場だが、この人ならでは演出だった。ご本人は、本音で『花見小僧』のほうをやりたかったのだろうなぁ。機会があればぜひ聞きたいものだ。

 『花見小僧』は、通し口演でもなければ、なかなか聞く機会がない。好企画に震災のおかげ(?)で来ることができた。さて、終演後は落語ブログ仲間のSさんYさんとの、今月の「居残り会」だった。歴史を感じる(?)居酒屋での会話は盛り上がり、ついつい盃は進む。もちろん、帰宅は日付変更線を超えた。いろいろ政府や原発村などへの不満はある。まだまだ気の抜けない危機的状況も続く。しかし、そこから逃避することなく、すべてを日常としてとらえるしかないのだろう。今後も、好きな落語を楽しみ、同好の士と美味い酒を飲みたいものだ。世の中、そんな捨てたもんじゃない、と心底思える日々が来ることを信じて、水天宮前駅に向かっていた。
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by kogotokoubei | 2011-06-09 09:34 | 落語会 | Comments(6)
久しぶりの落語の話題、そして明るいニュースである。桂平治が師匠文治の名を継ぐことになったようだ。
毎日JPの該当記事

落語:桂平治さん、十一代目桂文治を来年襲名
2011年6月7日 18時31分 更新:6月7日 19時1分

 落語芸術協会(桂歌丸会長)は7日、十一代目桂文治を、桂平治さん(43)が襲名することが決まったと発表した。襲名披露は2012年9月の予定。

 初代文治は江戸時代の上方にさかのぼり、三代目は江戸における桂派の祖になった由緒ある名跡。

 平治さんは大分県出身。1986年、十代目文治に入門し、99年に真打ち昇進した。



 芸術協会の中堅実力者。横浜にぎわい座での鯉昇との二人会には何度か行って平治の芸を楽しんでいたので、素直にうれしい。披露は来年9月と先になるが、ぜひ披露興行のどれかには駆けつけたい。

 “ラッキーおじさん”の芸をしっかりと土台にし、明るく楽しい11代目になってくれるだろう。
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by kogotokoubei | 2011-06-07 19:30 | 襲名 | Comments(8)
福島第一原発の吉田所長にJNN(TBS)がインタビューしたニュースが、動画を含め掲載されている。文章の全文を引用する。動画も下記URLで、ぜひご覧のほどを。TBSのサイトの該当ニュース

吉田所長「止めていたら死ぬかも」

福島第一原発の事故で現場で復旧作業の陣頭指揮をとる、吉田昌郎所長がJNNの単独インタビューに応じました。このなかで、吉田所長は事故直後、本社の指示に従わず、海水の注入を続けたことについて、「もし止めていたら死ぬかもしれないという気持ちだった」と当時の判断について語りました。吉田所長が事故発生後、メディアの取材に応じるのは初めてのことです。

 「まずやることを丁寧に一つ一つやること。現場でたくさんの人が働いてますから、健康や安全をちゃんと確保する。この2点だけですね」(福島第一原発 吉田昌郎所長)

 福島第一原発の事故以来、現場の責任者として復旧作業の陣頭指揮をとっている、吉田昌郎所長がJNNの単独インタビューに応じました。

 「現時点では1~3号機とも原子炉の中は冷えている。そういう意味で原子炉は安定していると考えていい」(吉田昌郎所長)

 メルトダウンに至っている1号機から3号機の状況について、吉田所長は「安定している」としたうえで、当面の最大の課題は大量の「汚染水」であると指摘しました。

 「汚染した水をどう処理するか、ここが一番大きな課題。そこが最大のポイントだと思って取り組んでいる」(吉田昌郎所長)

 一方、政治問題へと発展した、事故直後の海水注入。吉田所長は本社の指示に背く形で、1号機への海水注入を続けたとされています。なぜ、注入を続けたのでしょうか。

 「ひと言で言いますと、あの時点で現場は生きるか死ぬかでしたから、もし(海水注入を)止めていたら死ぬかもしれない。そういう気持ちでいたということはお伝えします。(Q.判断は間違っていなかった?)間違っていなかったというよりは入れ続けないといけないと思っていた」(吉田昌郎所長)

 海水の注入を止めるという本社の指示に従うことは、当時の判断の選択肢に全くなかったことを明らかにしました。さらに、海水の注入を続けていたことを本社に報告しなかったことについて、次のように説明しました。

 「忙しかったからですよ。1号機だけでなく、2号機3号機でも危機的状況が続いてましたから。第三者委員会ができれば、きちんと経緯を話そうと思っていた。そのタイミングが若干遅れたということ、非常に申し訳なく思っています」(吉田昌郎所長)

 「(Q.地元・福島に対しては?)福島県の地元の皆さんにご迷惑かけたということ、これはこの事故が起きてから忘れたことはありません。本当に皆さんに申し訳ない。しっかり謝りに行きたいが、なかなかそういう状態にならない。そういう皆さんのためにも一刻も早く(事故を)収束させたい」(吉田昌郎所長)
(06日10:21)



 「事件は現場で起きている」のだ。「生きるか死ぬか」の現場の責任者として、吉田所長の判断と行動を責めることができようか。しかし、必要以上に“賛美”することもない。彼には、まだ現在進行形の事故を解決してもらわなくてはならないのだから。吉田所長、現場を頼む!

 次に「現場」から遠く離れた場所にいる「顧問」について、少し旧聞になるが、asahi.comの記事から引用する。asahi.comの2011年5月21日の記事

21人で年間報酬計2億1900万円 東電が顧問一覧
2011年5月21日19時41分

 東京電力は21日、同社の顧問一覧を初めて公表した。現在、官僚OBも含む21人が就いており、年間報酬は総額で2億1900万円にのぼる。7月以降は13人に減らし、総額は9800万円になるとしている。

 21人のうち官僚OBは、東電副社長も務めた元通産省基礎産業局長の白川進氏と、国土交通省出身の川島毅氏、旧建設省出身の藤川寛之氏、警察庁出身の栗本英雄氏の計4人。ほかは加納時男元副社長(元参院議員)ら東電OB16人と、国際協力銀行出身の近藤純一氏。

 6月末には白川氏ら11人が顧問を退任し、清水正孝社長ら3人が無報酬で顧問に就く予定。


 この記事にある「顧問」の名は、前日5月20日にオフィシャルにリリースされた人事異動情報にはない。合理化に関する東電側の説明に対し、「顧問」に関する情報の公開をフリーランス記者を中心に質問した結果、東電が公開した情報を元にしている。ちなみに、加納時男の名前は、朝日以外の記事には見当たらない。
 これまで、「国策」という“錦の御旗”の元で原発建設推進の中心的な役割を担ってきたのが、現在の東電の経営陣、それ以上に罪が重いのが彼らの先輩や官庁から天下ってきた「顧問」とか「フェロー」という人たち、そしてそのまた彼らの先輩達であったと言って間違いはなかろう。

 ちなみに、5月20日に東電が公開した「人事異動」の中には下記の「フェロー」や「理事」のリストは公開されている。「顧問」と違って「フェロー」は正式な「役職」ということなのだろう。ようやく、この二つの違いが、少しだけ分かった。*発令日は株主総会の6月28日。東電HPの該当ニュースリリース
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  新役職            現役職       氏名
[フェロー再任]
フェロー(副社長待遇)    左に同じ    武黒一郎
フェロー(執行役員待遇)   左に同じ    立花慶治
フェロー(執行役員待遇)   左に同じ    高橋明男
フェロー(理事待遇)      左に同じ    角江俊昭
フェロー(理事待遇)      左に同じ    原 策志
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 フェローに関しては、全員再任、新任も退任もない。
 3月12日、何とも不可解な「海水注水中断していないのにしていたと騒いだ事件」のあの時、本社では海外出張中だった勝股会長、私用で関西に旅行していた清水社長が出社の途上か戻ったばかりの状況と想定できるので、結構パニくってたように思う。その時に首相官邸の顔色をうかがっていた「フェロー」が、以前のブログで紹介した武黒一郎である。2011年5月23日のブログ

 私が以前のブログで書いた通り、国際原子力開発社長として、「日本国株式会社原発海外営業部長」である武黒一郎は、吉田所長の「現場力」がなければ、「海水注水を止めた男」として、フクシマの事故をより悲惨なものにした可能性があるのにも関わらず、お咎めどころか、「フェロー(副社長待遇)」で再任だそうだ。彼のことは、また別途、「原発事故と放射能を海外にまで輸出する日本の問題」という観点で取り上げたい。

 さて、「顧問」のことに戻る。7月以降の顧問13人のうち3人は無報酬。ということは10人で9800万円ということだ。ほぼ一人平均1000万の報酬を、この状況において彼らは臆面もなくもらおうというのか・・・・・・。元々給与水準が高いとは言え、経営陣や社員は合理化のために減俸を余儀なくされている。顧問の人たちは、これまでの貯えや退職金などで、老後の生活に苦労するとは到底思えない。彼らがもらうほぼ合計1億円について、少しでも過去の責任を感じるのであれば、返上するか寄付するのが当然のように思うのは、私一人ではないだろう。

 すでに、フクシマ以降、東電および全ての電力会社が、他の民間企業のような企業努力の歴史を歩んできたのではなく、「国策」という御旗を最大限に振りかざし、原発建設に伴うさまざまな特権を利用して利益を荒稼ぎしながら、「安全」という神話を語る裏で繰り返される事故によって放射能を撒き散らしてきたことは、国民の多くが知ることになった。
 もし、彼ら顧問が報酬を得るのであれば、一人一人の名前と役割も公開してもらおうじゃないか。しかし、公にされない名誉職で、天下りと退職後の単なる「ご褒美」としての報酬を臆面もなく財布に入れるのなら、彼らへの形容詞として、震災の被災地や原発で避難している人たちの苦労を目の前にしても何にも感じない、目も鼻もなく赤い血の通っていない、のっぺらぼうの“丸太ん棒”という、落語『大工調べ』の棟梁政五郎の啖呵を思い出すのだ。だったら、その丸太ん棒は、フクシマの現場で使ってもらおう。汚染水の除去などの作業のための材木として使ってもらえば、少しは人の役に立てるのではなかろうか。
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by kogotokoubei | 2011-06-06 13:25 | 責任者出て来い! | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛