噺の話

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もっと早く書こうと思っていた日曜日(5月29日)の朝日新聞の記事について。日曜の楽しみの一つである書評覧の「著者に会いたい」は、京須偕充の『こんな噺家はもう出ませんな』という講談社から発行された新刊を取り上げた。朝日名人会の、いわゆるプロデューサーである人の本だ、ヨイショするのは当り前だろうが、その内容が頷けない。この本、まだ読んでいないが、この記事で読む気がしなくなった。asahi.comにはまだ載っていなかったので全文を書くことにする。(asahi,comの「著者に会いたい」は、どうも一週間遅れのようだ・・・・・・。)

「面白い」より「うまい」が名人
■こんな噺家は、もう出ませんな

 何とも変なタイトルだ。明治末の東京の寄席で、四代目橘家圓喬の一席の後、客が発した一言なのだという。前座時代の八代目桂文楽が耳に留め、圓喬の高座とともに忘れがたい記憶として後に語った。
「並外れた存在だったんでしょうね。圓喬は私には幻ですが、名人とはどんなものかを通して落語の魅力を語ってみたいと思いまして」
 京須さんは、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」や、古今亭志ん朝、柳家小三治のライブ録音などを手がけたプロデューサー。東京・神田の生まれで、小さいころから落語や芝居は普通の娯楽だった。文楽、圓生、古今亭志ん生ら「昭和の名人」たちは「ベース」と言う。いま、「落語ブーム」と言われるが、時代の好みや他ジャンルの影響を勘定に入れても、どうもかつてと落語の聴き方が違っている。「時代遅れかもしれませんが、伝えていきたいことがあります」とも語る。
 京須さんによれば、「面白い」より「うまい」をめざして芸を磨く方向に「名人」がある。だから「大阪にはない」と、きっぱり。明治の三遊亭圓朝を「始祖」に、噺家たちのエピソードを重ねて「名人」像を手繰っていく。中でも間近に接した圓生の、芸への執念と自負、63歳で亡くなった志ん朝の、時代をわきまえた名人観など印象深い。圓朝と志ん朝の死の間に101年。この1世紀に登場したような名人は、「もう出ませんな」ということらしい。
 もっとも、寄席になじんだ京須さんたちのような聴き手も、もう生まれないだろう。この本はだから、名人たちへの「恩返し」のつもりだそうだ。(講談社・1890円)文・大木朝美 写真・高浪淳



 ほう、昭和17年生まれ、古希の人だからこういうことを言うのか、というのが第一印象。圓喬が著者にとって「幻」なら、圓生、志ん朝だって、今日の“落語ブーム”と言われるものを支えている多くの落語愛好家にとって「幻」である。

 インタビュアーにもよるかもしれないので、この記事が著者の真意を反映していないのかもしれない。しかし、“きっぱり”明確に言ったと思われる、“「面白い」より「うまい」をめざして芸を磨く方向に「名人」がある。だから「大阪にはない」”は、明らかな間違いだ。

 この人の名人の定義が「うまい」にしかないのなら、本来落語のルーツである上方の噺家に脈々と流れる“笑わせよう”という芸人魂は、いったい何なのか。

 この本を読むつもりはない。だから、この本についての感想ではなく、あくまで朝日の「読書」欄のこの記事への感想でしかないが、落語には上方もあれば、東京(江戸)もあり、滑稽話もあれば、人情噺もある。著者が、単に「滑稽噺より、人情噺が好き」ということなら、個人の好みの問題で済まされるが、「名人」という定義で上方をはずすのは、許せない。そこまで落語評論家としての“公平”さを捨てて主張したいのなら自費出版でもしてはいかがか、という思いがする。

 別に八方美人になろうとしているわけではなく、上方も東京も、滑稽噺も人情噺もある、そういった多様性を受け入れることが、落語の楽しみを増やしてくれると、私は思っている。

 いわゆる「團菊爺」になることを割り切って書いたのかもしれないが、上方の“笑い”をベースとする落語を「差別」するかようなことを、なぜこの人が言うのか理解できない。春団治、松鶴、米朝などの“名人”の存在を、落語評論家なら無視できないはずだ。これまで、落語の指南番と思い、少なくはない著作も読んできたからこそ、あえて反論するのだ。
 *「團菊爺」については過去に書いたので、興味のある方はご覧のほどを。2009年7月13日のブログ
 
 何度も言うが、朝日名人会と落語研究会の両方をプロデュースしていることこそ、落語を聴く側の「名人」のすることではない。あるいは、主催者は、それをさせてはいけないだろう。
 2年前の著作に関し、二番煎じならまだしも三番煎じの本だったことに、私は小言を書いたことがある。2009年5月14日のブログ

 「老害」を撒き散らすのは勘弁して欲しい、というのが、この記事を読んだ正直な感想である。アンツルさんも晩年は相当頑固だったように思うので、ある意味ではしょうがないのかもしれない。しかし、「あぁ、また爺さんが好きなこと言っているな」というだけで他人に被害を与えなければいいが、これから落語を楽しもうという人をミスリードするようなことがあってはいけないだろう。一応、あなたは“権威”のある立場にいるのだから。

 落語を楽しむのに「べからず集」は必要ない。それは、原発社会と同じ、非人間的な管理社会を類推させる。
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by kogotokoubei | 2011-05-31 22:07 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
20日金曜深夜の録画を今見たところ。今回のシリーズの人選は非常に私の好みに合っていて、うれしい。まさか扇辰が登場するとは思わなかった。

 この噺は結構難しいと思う。女房、お隣さん、大家、奉行、そして天狗の五人が、熊の見てもいない夢の内容を聞きたがるという場面が繰り返されるので、聞いているほうが飽きやすい。だから、並の噺家のこの噺を聞くと、どうしてもダレる。

 そういうこともあり、正直なところこのネタ、私はあまり好きではない。2月の白酒との二人会の二席目でかけたが、一席目の『徂徠豆腐』が良かったこともあり、その時のこのネタの印象はあまり良くない。2011年2月26日のブログ
 しかし、さすがの扇辰である。番組のテロップで「超技巧派」という形容詞がついていたが、その表現はともかく、場面ごとのメリハリも効いているし、顔の表情を含むこの人ならではの演出で飽きさせない。

 終演後の対談では、鏡を見ながら稽古などしていない、と言っていたが、「へぇ?」と素朴な驚き。きっと鏡を見て練り上げていると思うのだが・・・・・・。本人を信じるべきか、噺家の言うことは信じちゃいけない、という原則(?)にしたがい疑ってかかるかは、人それぞれ。

 来週も扇辰で『三方一両損』。これは“ニン”なネタ。江戸っ子の歯切れのいい啖呵が楽しみ。テレビ朝日サイトの落語者次回予告ページ
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 前座修業をともにした喬太郎と扇辰の二人会のチケットは即売り切れる。白酒との二人会や、中堅どころの実力者との落語会でも扇辰が顔を並べる機会が増えてきたが、この人の存在感は光る。この人の登場は、この番組関係者のセンスの良さを感じる。
 今回のシリーズ、兼好、吉坊、そして扇辰と二週連続である。再来週がどうなるか、それも楽しみである。
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by kogotokoubei | 2011-05-22 16:12 | テレビの落語 | Comments(2)
昨年12月17日に、この会場で行われた百栄との二人会「落語101」最終回で案内があった隔月の独演会に、三回目にしてようやく来ることができた。1月は都合が悪かった。3月は気がついた時は売り切れだった。

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*横浜にぎわい座HPより
 この横浜にぎわい座の地下秘密倶楽部(?)“のげシャーレ”では、かつて桃月庵白酒や三遊亭兼好も独演会を開催し、その後、上の芸能ホールでの会を開催するまで飛躍していった実績があり、それに倣っての一之輔自身の思い入れで開催されたと、にぎわい座の方が12月に説明していたことを思い出す。
 左の写真の右側が高座になるが、高座の前にパイプ椅子の席を並べる。後方の階段状の背もたれのない座席をあわせて150席くらいしかないが、満席になるとなんとも言えない親近感、一体感を醸し出す。そして昨夜も満席。

 開演が19:30というのが会社員にはうれしい。もちろん、その分だけ終演時間は遅くなるが、週末である。その19:30になって、普段着の一之輔が登場して始まった会の構成は次のようなものだった。
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春風亭一之輔 あいさつ(開口一番?)
桂宮治 『狸札』
一之輔 『代脈』
一之輔 『粗忽の釘』
(仲入り)
一之輔 『船徳』
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一之輔 あいさつ (19:30-19:36)
1回目と2回目のアンケートで、この“あいさつ”が必要なのか、と疑問があったとのこと。これまでも私服挨拶があったようだ。一之輔によると、寄席や落語会の開演5分前に叩かれる(あるいはCDで流す)「二番太鼓」は別名「着到(ちゃくとう)」と呼ばれるが、あれが鳴るとどうしても会場に緊張感が漂うのが厭らしい。それで、一度会場の雰囲気をほぐすため、あえて私服で登場したわいないことを喋っている、とのこと。なるほど、でもあるが、それはマクラでもできないことではないので、なんとも言えないなぁ。まぁ、彼の会だ、思うままにやればいい。内容は子供の保護者会に昼わけてきた話。まぁ、普段着の彼の姿を垣間見るという効果はあったように思う。

宮治『狸札』 (19:37-19:53)
一之輔に、「キン肉マン」と紹介されて笑いながら登場。開口一番で聞くのは四回目かと思う。しかし、もっとも最近では2月の「かい枝・兼好」の上の階にある芸能ホールでの二人会。しかし、開口一番ではなく、客席で大声で騒ぐ酔っ払いを、たまたま手伝いに来ていたのだろう、この人がにぎわい座の方と外に追い出した姿を見て以来だ。芸術協会所属の前座さんだが、社会人を経験して入門しており若くはない。これまでに『元犬』や『強情灸』も聞いているが、私は好みだ。愛嬌のある表情と体型は芸人向きだし、とにかく何ともいえない明るい雰囲気がよろしい。好みは分かれるかもしれないが、私はこの人に妙に魅かれる。

一之輔『代脈』 (19:54-20:19)
入門して十年ということに関し師匠の一朝に話した時のやりとりが、なんともユルくて可笑しい。一朝一門の雰囲気が分かる。他の一門のことなども少しマクラでふれたが、明かさないでおこう。このネタ、ずいぶん久しぶりに聞くと思ったら、2008年12月の「三三冬噺三夜」(紀尾井ホール)以来だった。あの時も可笑しかったが、銀南の無謀ぶり(?)に拍車がかかった。伊勢屋に着いた代脈役の銀南、なかなかお茶と羊羹が出ないと、最後は「女中、早く持って来い!」と怒鳴るあたり、二年半前に聞いた時より同じ年数を銀南が重ねたような印象。もちろん、ポジティブな評価。「ご老母さま」を「ゴロンボさま」としてコロンボのギャグを入れるところなどは変わらないが、やはり笑える。このネタ、間違いなくこの人の十八番の一つになるだろう。

一之輔『粗忽の釘』 (20:20-20:48)
いったん高座を降りたが、すぐに復帰で二席目。引越しの場面から引越し後までのほぼ全編を演じたが、私がここ数年聞いたこの噺の中では相当上位に位置づけられる。少し弾け方が飛びぬけているとも言えるが、このネタなら許されるだろう。粗忽者が隣家にいって、「落ち着く」ために煙草を一服しながら夫婦の馴れ初めを語る場面。最初に口をきいた場面の回想も可笑しいが、何と言っても二人で行水をする場面が笑えた。シャボンをつけて体を合わせて洗いっこしているうちに盥の底が抜ける。盥の枠を二人で持ち上げて大事なところを隠して踊るのが「土星踊り」にはマイッタ。そして、その後の間で冷めた表情で「あれが今から七年前・・・」が、大いに効いていた。隣家の仏壇の阿弥陀仏の喉に瓦釘が突き刺さり、「明日からここに箒をかけに来なくちゃ・・・」でサゲたが、ちなみに昔のサゲはこうなる。
 「お宅じゃここに箒をかけますか」
 「のん気な人だ。それでご家内は何人で?」
 「私にかかぁに、九十八の親爺・・・・・・あっ、親爺を先の家に置き忘れた」
 「あきれたね、いくら粗忽でも自分の親を忘れるなんて」
 「なあに、酒をのむとわれを忘れます」
落語は生きている。そして、東京と上方でも同じネタで味わいは違う。例えば、上方でこの噺に該当するのは『宿替え』で、枝雀の音源などはいつ聞いても楽しいが、筋書きとヤマ場が微妙に違う。このネタで現役では三遊亭小遊三もいい。しかし、一之輔の高座は「生きている噺」としてのダイナミズムのようなものを感じることができて新鮮だ。今年のマイベスト十席の候補となる滑稽噺の秀逸な高座だった。

一之輔『船徳』 (20:57-21:34)
仲入りをはさんで三席目。長講でも会場はずっと笑いで沸いていたが、私にはまだこの噺はこなれていない印象。徳が船を漕いで客を大桟橋まで乗せていこうとする途中、お決まりの「竹屋のおじさん」が登場し、心配のあまり船を追いかけて転び、地面を叩きながら泣いている、というのは可笑しかったが、このネタは独自のクスグリで駆け抜けられるような噺とは違う。どうしても文楽や志ん朝をイメージさせる噺なので、四万六千日の情景がしっかり浮かぶような高座にまで磨いて欲しいと思う。一之輔なら、それは可能なはずだ。


 常連さん、あるいは一之輔ファンで、ぎゅうぎゅうに詰まった濃密な“地下秘密倶楽部”で、独自の企画も含め、たっぷり三席の充実した会だった。マクラの中で、天満天神繁盛亭での林家市楼との二人会のチケットの売れ行きが悪かったので、もったいないので新幹線に乗らず、大阪まで「青春ドリーム号」(バスですよ)で往復した話が披露されたが、まだ33歳だからできることだろう。十分に真打の力量はあるが、落語協会は彼の先輩達の今年の真打昇格もしないらしい。プラス思考でいくなら、昇進でかかる費用を稼ぐ時間ができたわけだ。独演会でしっかり芸を磨き、貯金を増やそうじゃないか。それにしても、チケットはますまず取りにくくなったなぁ。これもプラス思考で、見る目を持った落語愛好家が増えたと、喜ぶことにしよう。
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by kogotokoubei | 2011-05-21 00:05 | 落語会 | Comments(6)
旅について自分の経験で印象的なのは、最初の海外での体験である。今の会社で営業時代に、ある意味ではご褒美的なアメリカ出張が初の海外だった。会社の仲間二人と一緒だし、招待元の外資系企業のご一行は全体で20名くらいだっただろうか。
 しかし、初めてのサンフランシスコの入国手続きなども含め、結構緊張したものだ。実はその時、サンフランシスコ地震が、我々一行がサンフランシスコ空港からコロラドへ向かう空の上にいた時に起こった。もちろん1906年の地震ではなく、1989年10月のほうである。MLBはジャイアンツとアスレチックスのワールドシリーズが、ベイブリッジ・シリーズとして盛り上がろうとしていた時の地震だった。
 地震のことは、コロラドのホテルで、ラウンジのテレビの前に多くの客が釘付けになっていたのを見て初めて知った。サンフランシスコで火事も発生していたし、高速道路も寸断されている光景が映し出されていた。つい少し前まで、あの近くにいたのだ。その時の冷や汗を今でも思い出す。

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伊集院静著『大人の流儀』


 さて、また伊集院静の本書から引用。伊集院静著『大人の流儀』本書で著者は旅に出ることを勧めているが、その危険性や、帰りを待つ者の心境について、次のように書いている。

 旅のすすめを書いたが、旅というものは危険がともなうものなのだ。
 私はこれまで旅に関するエッセイで、簡単に海外旅行に出かけられると考えない方がいいと何度か書いてきた。
 今から四年前までの七、八年の間、私は一年の大半を海外で旅をしていた。見ておけるものを体力があるうちに見ておこうと思ったからだ。なぜ体力があるうちにかと言うと、見知らぬ土地で事故や災難に遭遇した時でも体力があれば切り抜けられると思ったし、危険を察知できる鋭敏な神経が残っている時なら何とかなる。
 しかし田舎に住む母は、そう思わなかったらしい。
 海外に出かける度に、彼女は息子の無事を神社に祈りに行っていた。
 帰国すると、私は成田空港から母に、今、無事に戻ってきたと報告した。
「それはよろしゅうございました」
 母は一言だけ言って電話を切る。
 母のそばにいるお手伝いさんに言わせると、
「これで安眠なさいます」
 となる。


 
 この後にも、著者の旅での危険を物語る逸話が続くが、それはご自分でご確認を。

 自分のことに戻る。初めての海外出張。地震の後、一緒に行った仲間が会社に全員無事であることを伝えてくれた。会社から自宅に連絡すると聞いていたので、私自身は連れ合いに直接電話するこもなく、残りの旅程を過ごし、帰宅した。
 連れ合いは、「それはよろしゅうございました」などと言うはずもなく、「どうして電話しなかったの・・・・・・」と、地震の後で連絡しなかった私の非を指摘する。私は、何も言えない。初の海外出張で、その日その日が結構緊張の連続、自分自身のことで精一杯だったことを、その時初めて振り返った。我が家にパソコンなどもない時期で、連絡方法は国際電話しかなかった。「時差」とか、高い「電話料金」とかを考え躊躇していた自分を今さらながら情けなく思い出す。

 その後の海外出張では、行き先の現地ホテルからと、帰国で成田に着いた時は、電話で連絡してきた。そんなことを思い出して連れ合いに話していたら、「9.11の後でアメリカ出張した時は、もう帰ってこないかもしれないと覚悟していた・・・・・・」と、ドキッとする発言。そうだ、2001年は、9.11の前後にアメリカに行っていた。特に11月の出張では、まだテロの余韻が残る中どうしても行く必要があり、行きはガラガラの機内で横になって寝たことを思い出す。しかし、さすがに帰りまではそうはうまくいかないもので、帰国日が感謝祭の休暇の始まりとぶつかった。大混雑に加えてテロ以降に強化されたチェックのせいもあって、ローガン空港で3時間近く並んだ記憶がある。ボストン-シカゴ-成田の路線で、2001年は四度ほど出張している。9.11で国際貿易センタービルに突入した飛行機のうち一機はボストンからだった。たしかに、9.11以前の、あの空港の警備はいい加減だったように思う。成田では必ずアラームがなるズボンのベルトが、9.11以前のローガンでは鳴らなかった。しかし、11月にはアラームが鳴った。それだけ以前の警備基準が緩かったのだ。今思うと、私がハイジャックの被害者になるか否かは、結構紙一重だったのかもしれない。国内や海外への旅でひどい病気になったことも、これまではない。しかし、私自身が危険を察知して何かしたわけでも、体調を気遣ってきたわけでも何でもない。ただ、運が良かったとしか言えない。

 ちょっと個人的なことが長くなったが、こういう経験もあり、旅は、国内だろうが海外だろうが危険性が伴うことは、実感としてわかる。そして、肉親は本人が無事帰ってくるまで心配なのだろう、とも思う。だから、伊集院さんのお母さんの「よろしゅうございました」の一言の重みと、私が海外出張中の連れ合いの心境を、今になってあらためて感じている。
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by kogotokoubei | 2011-05-16 20:59 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
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伊集院静著『大人の流儀』
 昨夜の落語仲間との「居残り会」では、どうしても夏目雅子の元夫、かつ現在の篠ひろ子の夫ということで、やっかみの対象であったが、その悔しさ(?)を棚に上げて、この本は良い。
 私は週刊誌をほとんど読まないので、「週刊現代」に連載されていたらしい、このエッセイを知らなかった。
*本書は2009年7月から2011年1月掲載までの抜粋。
 伊集院さんは震災を仙台で迎えた被災者でもある。震災後のインタビューを以前に紹介した。2011年4月26日のブログ
 このブログの後で、この本はすぐ買ったのだが、つい他の本が優先して読むのが遅くなった。読み始めると通勤の電車の中で2日で読み終えたが、予想通りの本だった。

 最初から、「その通り!」と思わせる内容。第一章「春」の第一節「大人が人を叱る時の心得」から引用。

 この頃は、さまざまな理由で職場の中で怒る人が少なくなっている。
“それは断じて違う”
・怒りなさい。
・叱りなさい。
・どやしつけなさい。
 言い方に気を配ることなどさらさら必要ありません。あなたの言葉で、ダメなものはダメだと言いなさい。
「何をやってるんだ」
「仕事を何だと思ってるんだ」
「そんなこともできんのか」
 社会というものは、学校とも、サークルとも、家庭とも・・・・・・、まるで違う場所であることを教えなさい。それで新人が、
「そんな言い方は・・・・・・」
「そんな理不尽な・・・・・・」
 と思うなら、それで結構だと、私は考えている。
 私は、人が社会を知る、学ぶ上でいくつかの条件のひとつは、
“理不尽がまかりとおるのが世の中だ”
 ということを早いうちに身体に叩き込むことだと思っている。
 力を持つ者が白い玉を載せて、
「これは黒ですね」
 と訊く。誰が見ても白い玉を見て、
「はい、それは黒ですね」 と返答しなくてはならぬ時が人生にはいくどとなく訪れる。我慢して応え、それで済むならそうするのが世間でもある。


 後半は、ほとんど柳家権太楼のマクラのような話ではないか。実際、伊集院さんは落語も色川武大さんの影響もあって嫌いじゃなさそうだ。

 そうだ、遠慮せず叱ろうじゃないか、若者を。もちろん、叱り方も「大人の流儀」が必要であるし、相手をよく観察することも大事だ。
 いずれにしても、叱られた経験の少ない若者に、その手ほどきをしてあげないことには、体だけ大人の馬鹿ばかりになってしまう。それでなくても将来が危うい日本。若者がしっかりした大人になり、今の子供たちが心身ともに健康な若者になって、日本の未来を明るくしてもらいたいと願うばかりだ。

 今後も、適宜この本から「流儀」を紹介したいとも思うが、非常に読みやすい本だし、コンパクトなサイズで値段も手ごろ。図書館で借りてもいいし、その気のある方は買って読まれることを推奨。かつて山口瞳を読んでZIPPOのライターを手にしたり、池波正太郎の真似をして蕎麦で一杯呑んだ経験などのある方にとって、きっと久しぶりにスカッとする本だと思う。こういう男だったから、もてたんだねぇ、と再び嫉妬がはじまりそうにもなるが、“大人”として、がまんがまん・・・・・・。
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by kogotokoubei | 2011-05-15 20:44 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(4)
この顔ぶれ、この木戸銭(2,000円)、そして土曜日、なのに300席ある会場は半分位の入り。このあたりは何とも分からないが、とにかくゆったり楽しめた。次のような構成。
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(開口一番 林家はな平 『ぞろぞろ』)
古今亭朝太  『素人鰻(鰻屋)』
三遊亭丈二  『権助魚』
東京ガールズ 音曲バラエティ
柳亭左龍   『短命』
桂文生    『ずっこけ』*『居酒屋-後編-』
(仲入り)
ホンキートンク 漫才
橘家圓太郎  『真田小僧』
アサダ二世   奇術
古今亭志ん輔 『幾代餅』
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はな平 (12:45-13:00)
師匠が師匠なので、これでもまぁまぁというところか。しかし、なぜあの師匠なのか、は疑問。

朝太『素人鰻(鰻屋)』 (13:01-13:16)
悪くはないのだが、それほど良くもない。鰻をつかまえよとする、その太い腕の残像がまだあるが、噺の出来もあの腕のイメージ。白く同じ太さで短い、そんな感じだ。筋肉の盛り上がりや、力んだ時に血管が浮いて見えるようなメリハリや、浅黒さが光るような力強さが欲しい。二ツ目だからこんなもの、と思ってはいけない。君は志ん朝の最後の弟子なんだから。

三遊亭丈二『権助魚』 (13:17-13:36)
昨年の同じ会場、扇辰が主任の9月中席で柳朝の代演の時(『のめる』だった)以来だが、その時と印象は大きく変わらない。もう入門20年以上になろうというのに、どうしても線の細さ、もっと言うと男としてのどっしりとした安定感のようなものがなさすぎる。白酒と同じ平成17年9月の真打昇進。円丈門下で古典でがんばるのは、ある意味でユニークだが、いつまでも便利な代演男でもないだろう。

東京ガールズ (13:37-13:50)
初めてである。なるほど、産地偽装は本人達自ら暴露したが、プログラムの写真を見ると、年令詐称も・・・失礼しました。オヤジギャグをネタにするオ○○芸、ということか。師匠が紫文、なるほど。

左龍『短命』 (13:51-14:11)
非常に良かった。この人の強みとも言える“目力(めじから)”と顔の表情による演技もメリハリが利き、隠居t八五郎とのやりとりも、程よい色気で結構。久しぶりだったが、左龍健在、という印象。この人が今後どうなるかが楽しみだ。

文生『ずっこけ』 (14:12-14:35)
この人の漫談ではない“ネタ”を、実は初めて聞いた。「なんだ、落語できるんじゃない!」と、妙にうれしい高座だった。『居酒屋』の後編とも言われているが、ネタの名を、反省会後の帰路の電車の中でようやく思い出した。八代目春風亭柳枝の音源を久しく聞いていなかったからなぁ、と反省。小三治は下戸なのだが、酔っ払いを冷静に観察することによって高座での酔っ払いは、頗る上手い。それに比べて、この人は、ほとんど「地」じゃないかと思える、酒飲みの芸。しかし、サゲまでこの噺をしっかり演じた高座、非常に得したような気がした。反省会で、S先輩が、「主任が志ん輔だからでしょう」とおっしゃったが、そうかもしれない。

ホンキートンク (14:49-15:05)
とにかく、笑わせてもらった。落語協会の寄席には「笑組」「ロケット団」とともに欠かせない中堅漫才コンビである。テレビなんかに出ず、ぜひ寄席でがんばって欲しい。

圓太郎『真田小僧』 (15:06-15:29)
歌舞伎ネタのマクラが長かったので『七段目』か『淀五郎』あたりかと思ったが、マクラとは関係なくこのネタへ。歌舞伎の「大仰さ」が、金坊の話につながるのかもしれないか。なかなか楽しい高座だった。もちろん実力はある人だ。このくらいは当然なのだろうが、その当然がなかなか出来ないのも、こういった芸の世界。圓太郎、しばらく気にかけてみようか、と思わせた高座。

アサダ二世 (15:30-15:45)
いつもの飄々としたとぼけた語りで始まったまでは良かったが、お客さんを巻き込んでのトランプ手品で、ちょっとリズムが狂った。同じ人を二度指名したのだが、このお客さんが、「お約束」とも言えることをしてくれなかったのが原因。しかし、最初指名した際の感じで、察することができなかったアサダ二世も悪い。こういったハプニングも、また寄席である。

志ん輔『幾代餅』 (15:46-16:19)
アサダ二世のお客さんのことで思い出したという昔話の短めのマクラで本編へ。古今亭はこれだ。決して『紺屋高尾』ではない。ほどよい軽さと重さのバランスとでもいう高座。決してお涙ちょうだいにばかりふらないで、泣かせどころで、効果的な笑いをはさむ巧の芸といえる。搗き米屋夫婦や店の若い衆も生き生きしていた。今年のマイベスト十席候補とする。


 顔ぶれもよく、時間的にもちょうど良く、後味もよい寄席だった。
 さて、終演後はかねて約束していた落語ブログ仲間SさんYさんお二人との反省会。しかし、その前にまだ店が開くまでの時間を使って銭湯でさっぱり。
 半蔵門で、数少ない五時から開けていた居酒屋に行き当たりで入り、三時間余りの会の楽しかったこと。つい、私が読んでいた伊集院静『大人の流儀』を褒めたら、Sさんが、「夏目雅子を奪ったあの野郎は許せない」となり、「その通り!」と他の二人も受け、それはそれで大盛り上がり。男は、こういうことでは結託できる(!?)。

 今後、月例会をすることを三人で約し、会の名前も「居残り会」と決まった。次の会の日程は・・・それは秘密です。
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by kogotokoubei | 2011-05-15 15:06 | 落語会 | Comments(4)
もしかすると、現在少数精鋭という意味ではもっとも充実した一門のように思う、にぎわい座での雲助一門会へ初の参上である。会場は八分ほどの入りで当日券もあった。このへんが一門会の難しさなのかもしれない。構成は次の通り。
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(開口一番 柳家おじさん 『狸の札』)
蜃気楼龍玉 『粗忽の釘』
五街道雲助 『野ざらし』
(仲入り)
桃月庵白酒 『だくだく』
隅田川馬石 『柳田格之進』
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おじさん 『狸の札』 (19:00-19:15)
ずいぶん久しぶりだと思って帰宅してからブログで調べたところ、2009年8月29日の南大沢文化会館での権太楼独演会の開口一番以来。その日は、独演会&一門会のような構成で、この人の他にほたると甚語楼も出演し、客演に菊之丞、権ちゃんは『火焔太鼓』と『代書屋』の二席という豪華版だったことを思い出す。三年~四年前くらい、この人が2009年1月に入門する前は、当時のごん坊(現ほたる)が最後の弟子、のようなことを権ちゃんは寄席や落語会で言っていた気がする。まぁ、その後で気が変ったのか、はたまた私の勘違いか分からないが、まず、この人が最後の弟子になるだろう。一年半ほど前の「子ほめ」よりは良い。しかし早く二ツ目になって師匠が元気なうちにどんどん修行しなきゃね。

龍玉『粗忽の釘』 (19:16-19:35)
短いマクラの後、引越しが済んで八寸の瓦釘を打ち込むところから。向かいの家へ行き、帰ってカミさんに叱られ隣家に行って、「落ち着け」と煙草をくゆらせて、カミさんとの馴れ初め話。隣家の主人と粗忽者との会話が可笑しかった。この人は人情噺よりもこういった粗忽者の滑稽噺のほうが、私は好きだ。『夏泥』などもいい。師匠のために短い時間でしっかりこなした、と思ったら師匠も短かったなぁ。

雲助『野ざらし』 (19:36-19:56)
定番の「笑いは健康によろしいようで」と口火を切って、「馬鹿の東の大関は釣り人だそうで」ときて、まさかと思ったがこの噺へ。雲助では初だ。たった20分で、八五郎が勢いあまって水たまりならず川に落ち助け上げられるところでサゲたが、途中はまったくの本寸法かつ雲助流の楽しいクスグリのオンパレード。「鐘がボンとなりゃあさ~上げ潮、南風(みなみ)さ、からすがとびだーしゃ、こりゃさのさ、骨があーるさーいさい~」の調子も結構。三代目柳好の音源と趣は違うが、この人ならではの調子が心地よい。釣り糸をたれながらの妄想で、幽霊(骨)の年増が嫉妬深くたずねる「いい女(ひと)がいるんだろ!」に対し、「カミさんもいなけりゃ、財産も学問も、何もない」が妙に可笑しかった。仲入り後の二人の高座で判明したが、馬石の長講のためのショートカットだったようだが、こういった滑稽噺の雲助は好きだ。

白酒『だくだく』 (20:06-20:27)
馬石以外は、判で押したように20分の持ち時間だったようだ。テレビ朝日の三遊亭兼好のこの噺も楽しかったが、さすがの白酒ワールド、という印象。“先生”に書いてもらう家財道具の絵の中でも、この人らしい演出があって笑えた。掛け軸の文字に「原発反対」も、なるほどという感じ。へっついの燃え盛る火の「ゴーッ」の吹きだしを見ても、絵と気付かない粗忽な泥棒が可笑しい。
ここでハタと気がついた、龍玉も師匠雲助も、そして白酒も粗忽者が主役の滑稽噺。さて、白酒が、「トリの馬石は、長いですよ」と言っていたネタとは何か?と思いながら、さて馬石が登場。

馬石『柳田格之進』 (20:28-21:05)
マクラで、この噺を師匠に稽古をつけてもらい、ネタおろしはしたのだが、かけるところはあまりないだろう、ということでトリでの登場になったと説明。なるほど、そういう背景でしたか。本人白状したとおりで、まだ日が浅くこなれていない面はある。独特の間なのか言いよどみか微妙な瞬間もに三四回あった。しかし、この人ならではの格之進の方向性のようなものは、よく分かった。今後変る可能性はありえるが、この日の高座はこうである。
・格之進の娘きぬは、吉原には行かない
・万屋の番頭徳兵衛は、それほど憎たらしくない。
・万屋の主人源兵衛と番頭徳兵衛は、お互いを庇いあう
など、ともかく「ハッピーエンド」で筋をつくっている。
マクラでこの夏にかける『牡丹灯篭』の勉強の一環として、明治座の『牡丹灯篭』を見に行ったら、終演後にロビーでご婦人達の「ハッピーエンドじゃなかったわね・・・・・・」という会話が耳に入ったとのこと。「牡丹灯篭でハッピーエンドはないでしょう」とふっていたが、彼のこの噺は、まずはとことんハッピーエンドにしてみたようだ。これも、一つの解釈だが、今後より一層熟成されてから、あらためて聞きたいと思う。


 白酒も馬石も、マクラで言っていたが、師匠をはじめ自分達の出番が終わったらそれぞれ帰ったようだ。それが一門の文化なのか、たまたまこの日だけのことなのかは不明。しかし、さん喬一門会のような“学芸会”的なお遊びはなくてもいいが、全員顔を揃えてのトークなどは、あってもいいと思うなぁ。それぞれが忙しい身ではあるのだろうが、せっかくの一門会なのである。白酒の“毒”が適度にまぶされたトークで一門のエピソード披露など、結構楽しいと思う。
 それぞれの芸は相応に楽しめたのだが、一門の“組織”としての演出がなかったのを少し残念に思いながら、桜木町の駅へ向かった。
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by kogotokoubei | 2011-05-09 22:47 | 落語会 | Comments(8)
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*テレビ朝日HPの落語者ページより
 昨日深夜放送の録画を見た。実は初めて聞く。名前は知っており、評価が高いとも聞いていた。
 吉朝の五番目の弟子。一門恒例の米朝邸での内弟子修業を三年経験している。上方落語協会のHPからプロフィールを紹介。
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1.芸名/桂吉坊(かつらきちぼう)
2.本名/津田 恵
3.生年月日/1981年(昭和56)年 8月27日
4.出身地/兵庫県西宮市
5.血液型/A型
6.入門年月日/1999年(平成11年) 1月10日「桂吉朝」
7.出囃子/もしも月給が上がったら
8.紋/結び柏
9.趣味/古典芸能鑑賞及び実演
10.ホームページ/http://www.kichibo.net/
11.所属/米朝事務所
12.その他/大阪府立東住吉高校芸能文化科卒
平成22年なにわ芸術祭新人奨励賞、平成20年11月、第3回繁昌亭輝き賞受賞
主な会は「吉坊ノ会」「ろくろく坊's」「ぱくす亭噺の会」
「タユタウまん坊大阪記」
ひとこと/古風に生きております。
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 東京の『四段目』に当たる歌舞伎ネタだが、29歳、入門12年とは思えない。もちろん見た目を含め若さは感じるが、その芸の安定感は、十分に中堅クラスである。プロフィールにある「ひとこと」が頷ける。
 師匠吉朝も歌舞伎ネタは良かったが、この人も歌舞伎をしっかり見ているのだろう、一門の伝統が継承されていることがうれしい。

 この人につきものの疑問は、性別だが、ネットで調べてみると、どうも「宝塚」がヒントになるようだ。しかし、この芸なら、そんなことも関係なく思えてくるから不思議だ。あくまで“高座”が勝負であり、どこかの電力会社のように出身学校なども、芸の世界には関係がない。

 生でぜひ聞きたくなったが、来週もこの人で『崇徳院』とのこと。まずは、映像で楽しませてもらおう。
 兼好で二週、吉坊でも二週、理由はともかく、私にはうれしい構成である。

テレビ朝日HPの落語者ページ
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by kogotokoubei | 2011-05-07 07:32 | テレビの落語 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛