噺の話

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末広亭の友の会の四月末までのチケットを、ぎりぎり使うことができた。土曜の夜と日曜は落語会に行かないというのが自分に科したルールなので、もちろん昼席。これまでの鬱屈した気持ちを、寄席は落語会とは別な空気で紛らせてくれるだろう、という思いもあった。
 出かける前に落語協会のHPで確認すると結構代演が多い。主任の川柳師匠の代演でしん平、木久扇に雲助など。白酒、扇遊、市馬は予定通り出演らしい。これは、なかなかの顔ぶれと期待して新宿三丁目の駅から向かうと、11時半には結構並んでいた。結果として二階席も開放の大盛況。皆さん、笑いに飢えているんだ、私と同様!
震災後数日休んだが、すぐに営業を再開した唯一の寄席。賛否両論あるかもしれないが、落語会ではない、寄席なのだから、それはそれで一本筋を通したように思う。震災後初めて行った末広亭、いつもなら他の店で買って持ち込むのだが、あえて弁当もお茶や他の飲み物も末広亭の売店で買った。自分なりの感謝の気持だった。
 寄席が初めてと察するお客さんに囲まれた桟敷に座り、いつも通りに10分前の開口一番から幕を開けた。まずは、すべての演者とネタを書いておく。
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(開口一番 三遊亭歌る美 『初天神』)
川柳つくし   『少子化対策』
ひびきわたる   漫 談
桃月庵白酒   『つる』
三遊亭吉窓   『大安売り』
林家正楽     紙切り
三遊亭若円歌   漫 談
松旭斉美智・美登 奇 術
入船亭扇遊   『人形買い』
柳亭市馬    『親子酒』
五街道雲助   『子ほめ』
三増れ紋     曲ごま
三遊亭歌之介  『龍馬伝』
(仲入り)
ロケット団    漫 才
春風亭柳朝   『宗論』
桂南喬     『短命』
桂文生      漫 談
翁家和楽社中   大神楽
林家しん平   『お血脈』
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それぞれ、手短に感想を書く。
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歌る美(所要時間9分)(カルビ、と読むらしい・・・)
落語協会HPで調べたら、歌る多の弟子の入門四年目の前座さんらしい。とにかく、頑張ってください、と言うしかないなぁ。
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つくし(9分)
なぜ、主任の川柳が楽日なのに休演なのか、という疑問に答えをくれた。川柳は今日は以前から予定されていた、“なかの小劇場”での昼夜二回の「傘寿を祝う落語会」らしい。つくしは、「夜の会は空席が多くて、みなさんぜひ!」と師匠の会の営業。「もうこれで役目を果たしました」とは言いながら、しっかりこの人ならではの新作。話題になったことがあるので、この噺のことは知っていたが、ある意味で女流噺家の一つの方向性を示すような優れた新作だと思う。通常なら今年真打になるはずだった・・・・・・。なぜ、今年、落語協会も芸術協会も真打昇進がないのか、という謎は置いておいて、十分にその力はある。
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ひびきわたる(11分)
紫文の代演だったが、私にはうれしかった。どうも紫文は・・・・・・。
こういう時期なのだ、後からの演者も取り上げる「AC広告」ネタを含め、なかなか楽しい漫談。“煙管”の芸は、少しくどかったが、それもこの人の持ち味なのだろう。結構、会場を沸かせて白酒につないだ。
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白酒(11分)
私の周囲にいらっしゃった寄席ビギナーらしき人たちは、白酒が出てきた時は、それほど反応しなかった。「早い出番だから、そんなに上手い人じゃないんだろう」という思いだったはず。この人のこの噺だ、はずすはずがない。私の席の周囲のみならず、会場全体が、あの芸に沸いた。この噺、何度聞いても、笑える。
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吉窓(16分)
受けてはいた。しかし、私には、なぜこの人が落語協会の常任理事(なんら権力はないにしても)なのか、という疑問を感じながらの高座。
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正楽(12分)
本来は二楽だが、うれしい代演。昨日の今日、「ロイヤルウェディング」のリクエストに、弱ったふりをしながら、見事に切るあたりがプロなのだろう。
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若円歌(18分)
実は初めてである。新作で結構頑張っているベテランということは聞いていたが、なるほど、こういう人か、とその存在感は分かった。師匠円歌に入門して、途中で“色物”に転向(?)し、24年後の真打昇進という、珍しいキャリアの人だが、なるほど“漫談は”上手い。ギャグの中には、八代目正蔵の逸話のパクリなどもあったが、高校野球優勝チームや歴代横綱など、その記憶力で会場をひきつける高座のパワーは、なかなか好ましい。次の演者が来ないのでつないでつないで18分。こういう芸達者が寄席には必要だと思う。
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松旭斉美智・美登(12分)
本来は木久扇の出番。だから雲助になるはずだが、奇術の美女(?)コンビの登場。若円歌がつないで雲助を待っていたが、間に合わないと分かり順番を替えたようだ。この後、私は雲助がいつい出るか、結構ソワソワ待つことになった。しかし、それも寄席なのだ。お二人の奇術もなかなか結構でした。特に、会場を巻き込んでの美智さんの巧みな話術を交えた芸には、拍手である。
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扇遊(15分)
“旬”な噺をしっかりと!こういう芸に出会えると、寄席に来る楽しみが増える。小僧の定吉が背中に荷を背負ってする仕方噺が、なんとも楽しい。この人は寄席も落語会も、まったくはずれがない。かと言ってその芸にマンネリを感じない。マクラなども含め、実は結構程よい隠されたブラックさもあって、気が抜けないことがあるのだ。
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市馬(13分)
酔っ払いが古い唄を歌うシーンを挟んだが、それほど嫌ではなかった。寄席でこの噺、となると、どうしても私は歌武蔵を思い出す。息子が酔って家に帰って来た時にあの巨体を高座にぶつける迫力は、他の噺家には真似ができない。市馬も、それなりの表現。なかなか楽しませてくれたが、やはり、奇麗事な高座、という印象は拭えない。しかし、寄席でのこの高座に文句は言えないなぁ。
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雲助(11分)
ようやく登場である、結果として、扇遊、市馬、そして雲助と続いた。この顔ぶれだけの落語会でも結構動員力はあるよ!木久扇の代演というオマケに加え、寄席でしか聞けない(であろう)「子ほめ」に、初めて出会えた。
ずいぶん前になるが、長井好弘さんの『新宿末広亭のネタ帳』という本を紹介した。2009年7月16日のブログこのネタは、雲助が寄席でかける一番好きなネタなのだが、落語会で聞くことは、まずありえないだろう。代演で、高座順も替わった中で、ほぼ10分で演じたこの結構なネタだけでも、今日末広亭に来た甲斐があった。
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れ紋(13分)
いつもの元気な芸。桟敷にいた十二歳の男の子を舞台に引き上げてのエンディングもなかなかの演出ではあった。紋之助の代演。やはり、先輩には勝てない。当り前だが。これも寄席なのだ。
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歌之介(14分)
初めての寄席、初めての歌之介、というお客さんが多かったようなので、会場が沸かないはずがない。ここまでくれば、マンネリではなく立派な芸、であろう。何度聞いても笑えるネタ、というのはそう多くはない。
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ロケット団(10分)
今の寄席における漫才で、笑組とロケット団が双璧だろうと思っている。程よいブラックさ、リズム、そして若さが楽しい。
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柳朝(13分)
鉄平の代演。三人の子供のお父さんは、次第に貫禄のようなものがついてきたように思う。いつもの丁寧な高座は、夜席の主任である師匠一朝譲りだろう。この若手が今後どう化けるのか、それが楽しみだ。
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南喬(16分)
寄席にはこういう人が欠かせない。お客さんの受けも良かったし、このベテランは、これからますます聞きたくなる気がしてきた。
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文生(14分)
南喬と比べて、この人のいつもの漫談は、正直言っていただけない。今さら、あの名人の女将さんの悪口を言って何が楽しいのか・・・・・・。これも、寄席なのだが。
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和楽社中(8分)
非常にレベルの高い本寸法の大神楽。染之介・染太郎の後継は、はっきりした、という感じ。あとは話芸だな。メモを読み返して、あれがたった8分、と驚く。芸の中身の濃さ、ということだろう。こういった寄席の色物を、今後もぜひ残し続けて欲しいと思う。
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しん平(28分)
私とほぼ同世代だが、以前は尖ったところが、嫌味になっていた。しかし、ずいぶん丸くなり幅が広がったような印象。それは、あの映画を完成させたことも影響しているのかもしれない。とは言うものの、歌之介は定番ネタで笑わせるが、この人のマクラや本編には、いい意味でのドキドキ感がある。入門も年齢も歌之介より先輩だが、真打昇進は彼より遅れをとった。これから、もしかするととんでもない噺家になるのかもしれない。そんな可能性を感じさせる高座で締めてくれた。今後、この人は、もう少し聞いてみようと思わせる高座。


 代演の雲助がいつ登場するのか、という妙なスリルを味わいながら、寄席ならではの暖かい会場の空気と、それぞれの芸を楽しむことができた4時間半だった。やはり、来て良かった。
 こういった笑いへの“飢え”は、今回の震災、原発への不安を肌で感じていない西日本の人には、分かれと言っても無理があるのだろう。しかし、ようやくある程度通常に電車も動き、当座は停電の不安もなくなってきた。これまでの鬱屈した毎日から、少しでも笑いを求めてやって来た多くのお客さんで、二階席をも開けさせ満席。客席の不思議な一体感は、無言でも“笑って笑って日本の復興だ!”といった思いを共有していたからなのだろう。
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by kogotokoubei | 2011-04-30 19:06 | 落語会 | Comments(6)
プロ野球のセリーグ、今のところ、非常にうれしい展開になっている。
 ナベツネや、名前も忘れた馬鹿な球団代表が4月12日のセパ同時開催に異を唱えていた中で、ヤクルトは“虚人”のプレッシャーにも負けす、「セパ同時開催」を堂々と主張していた。そして、新井選手会長は同時開催への強い意志で選手会を一つにまとめていた。ヤクルトと新井が所属していた広島、そして今のチーム阪神、この3チームが上位に並ぶ。特に、原爆被災の広島の名を世界に訴えるべき年でもある。できるものなら、最後までこの3チームで優勝争いしてもらいたいものだ。
 もちろん、最終的な結果がどうなるかは分からない。しかし、どこかの首長が言っていた「天罰」は、あの球団にはきっとあるように思う。
 別に、「正力」の件を書いたからではない。子供の頃は、あのチームのファンだった。田舎では、テレビが応援するチームを好きになるものだし、スーパースターもいた。今思えば、あれも情報操作の一つだったなぁ。
 昭和55(1980)年のオフ、六年間で優勝二回という長嶋監督が解任された。そして、あの江川事件。あの頃から、急速にあのチームへの熱も、プロ野球への興味も薄れていった。

 昨日は楽天が震災後初めての本拠地開催で田中の力投で勝利し、まるで心が通じたようにJリーグのベガルタ仙台が、これまで勝ったことのない浦和に本拠地で勝利した。その翌日、新聞を見ながら、今年は応援したいチームがあることを感じ、少しはプロ野球を楽しもうかと思っている。
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by kogotokoubei | 2011-04-30 08:11 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
この会場は、昨年12月の『東へ西へ』以来である。2010年12月11日のブログ
 兼好を横浜にぎわい座以外で聞くのは久しぶりだ。昨年6月、「六郷」の寶憧院というお寺での落語会「たから寄席」以来になる。その前は昨年2月の座間での会で、その時は今回もゲストで登場の鯉昇との二人会だった。

 会場について少し小言。この会場はさまざまな施設が入っていて、なかなか「伝承ホール」が分かりにくいのに、この会場の外の掲示板には、何らこの会の案内がない。前回同様だが、これでは少し不親切。ポスター位は貼らせてあげなよ、と言いたい。339あるらしい座席は、桟敷92席を含む合計なので、椅子席だけなら約250席。残念ながら六分くらいの入り。兼好、ゲスト鯉昇でこの入りは、私には解せない。会場のせいもあるのかもしれない。まだ新しい設備で、馴染みがないでいではなかろうか。実は、渋谷駅からも近く、会場もとても結構良いのだ。もっと、渋谷区はこの会場をアピールし当日の案内なども積極的に支援しないと、使う人が増えないのではなかろうか。せっかく良い施設が出来たのに、そういう余計な心配をさせる会場でもある。
 
 さて、次のような構成だった。
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(開口一番 瀧川鯉ちゃ 『寄合酒』)
三遊亭兼好 『締め込み』
瀧川鯉昇  『時そば』
(仲入り)
恩田えり  寄席囃子
三遊亭兼好 『井戸の茶碗』
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鯉ちゃ『寄合酒』 (19:00-19:15)
横浜にぎわい座での睦会で過去二度開口一番で聞いている。2010年6月(『転失気』)そして、今年の私の落語初めであった1月11日に、同じ『寄合酒』だった。その2回とも、結構肯定的な感想を書いているが、今回もなかなか良かった。①数の子②干し鱈③鯛④鰹節⑤味噌(by与太郎)と、それぞれが酒の肴をかき集めた様子が、そこそこに描かれているし、昔風の味もある。とても前座とは思えない風貌なので、芸術協会のサイトで調べたが生年月日も入門年も記されていない。こういうのは、いけません。最低限の情報を入れて、少しでも覚えてもらうようにしないと損だと思うよ。今後どうなるか楽しみな前座さんの一人だ。だから、自己PRも仕事のうち。

兼好『締め込み』 (19:16-19:48)
大いに楽しめた。マクラで本人、ゲストの鯉昇、そして“座敷わらし”の恩田えり、全員が渋谷には似合わない、と軽いブラックで笑わせる。次に無理なく東京の区による違い、というネタにつなげた。“本人が住む足立区は刑法犯罪の認知件数が東京都内で連続ワーストワンの犯罪が多い場所。しかし昨年は新宿にワーストワンの座(?)を奪われた。震災後、新宿から外国人の多くが帰国したから、来年はワーストワンに返り咲いているだろう”と、この人らしいネタで会場を沸かせる。それぞれの区の犯罪予防の標語といういつものギャグでは、お客さんの笑いの渦が、しばらく鳴り止まなかった。初兼好のお客さんも多かったろうが、しっかり心を掴んで本編へ突入。これが、また良かった。喧嘩する夫婦のやりとりもテンポがよく気持いいし、何と言ってもドジな泥棒が可笑しい。夫婦喧嘩の原因をつくったのに、その喧嘩を仲裁することになり、「ありがとう、一杯飲んで!」とご馳走になる際、酒を注いでもらいながらの一言、「なに、この流れ!」などがこの人らしい。結構酔いが回ってからの「いい一日だったなぁ、明日もがんばろう!」も可笑しい。基本はスピーディーに、そして、その中で独特のクスグリと表情で、聴かせどころをしっかり演じるこの人の芸が映える高座だった。文句なく、今年のマイベスト十席の候補とする。

鯉昇『時そば』 (19:49-20:20)
マクラは、最初地震のネタから、浅草でネズミがあの直前に逃げ出した、というネタから、“三味線をもらったが破けていて、なんとか直そうと出かけたが、公演から猫が消えていた。動物が危機を察する能力とは凄いものがある”というのは、新作(?)だろう。もちろん会場は爆笑。見合いの自虐ネタのマクラから食べ物の話になり、「えっ、まさか!?」と思っていたが、その期待通りの十八番へ。しかし、これだけ進化(?)するとは、と驚きである。詳しくは書かないが、このネタの鍵を握るのが「時」ではなく「年令(トシ)」に変わった。前夜の男の真似をして一文設けようとして失敗する男が食べる蕎麦屋の屋号も変わった。なんと「ベートーベン」である。その理由は後から明かされる。「えっ」と驚いてから大爆笑となった。ネタバレしないよう、このへんまでに情報公開はとどめよう。客演とはいえ、今年マイベスト十席候補に入れないわけにはいかない。
この噺は、定評があり、いつもの内容でも、食べるシーンの顔の表情を見るだけでも十分に楽しめるのに、こういった工夫をする姿勢が、この人の凄さだと思う。もちろん、今後も間違いなく変わっていくだろうし、次のバージョンに会う楽しみが増える。さすが芸協の“最終兵器”と百栄が言うはずだ。

恩田えり『寄席囃子』 (20:30-20:50)
さぁ、“座敷わらし”の登場(笑)。ご尊顔(?)を高座で拝見したのは、実は初めてである。寄席囃子には「出囃子」「地囃子」「はめもの」「踊り」の四つがあると説明し、代表的なものを、この人ならではの“ゆるさ”で披露してくれた。何ともいえない語り口とギャグで会場を笑わせてくれる。今回ご一緒した落語愛好家仲間のYさんによると、市馬の会では欠かせないエンターティナーらしい。調べたら百栄と組んでM-1に出場し三回戦まで進んでいるんだね。そりゃぁ、笑えるはずだ。あ~っと、もちろん三味線もようござんしたよ!

兼好『井戸の茶碗』 (20:51-21:21)
マクラもふらずに本編へ。初めての渋谷を意識してのネタ選びかとも思うが、もっとこの人らしい軽い滑稽噺のほうが、私は良かったように思う。ところどころに工夫もあって、もちろん水準以上なのだが、噺そのものが、兼好的(?)ではないような、そんな印象。善人ばかり出るネタよりも、少し抜けた可愛い悪人が登場する噺が、やっぱりこの人に“ニン”だと思うなぁ。

 会場は兼好曰く“ほどほど”の入り。実際のところは、中央部にまとめて空席があり、どうなってるんだ、という状況にも関わらず、非常に楽しい会だった。主催のショーキャンプさんには、懲りずに継続して欲しいと思う。がんばってください。
 終演後、Yさんと久しぶりの“反省会”へ。まったく行き当たりバッタリで、二人とも落語と同様に好きな「Jazz」の名前が看板に掛かった店に飛び込んだが、大音響の音楽はとてもジャズとはいえず、かといってリクエスト禁止、喫煙禁止・・・・・・。お互いの話し声も聞き取りにくく、ピザとチーズをビールとハイボールで流し込んでもう一軒で飲みなおし。ビヤホール的な店だったが、ずっと落ち着けた。落語とジャズの話で元気になって、雨の中を、渋谷駅へ。とにかく、一日も早く、福島方面を憂うモヤモヤした気分が、ちょっとでも見通しのある復興への意欲に変わることで、もっと心の底から落語を楽しむ日が来ることを祈りながら帰宅した時は、もちろん日付変更線を超えていた。
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by kogotokoubei | 2011-04-28 10:33 | 落語会 | Comments(6)

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              (写真は「宅ファイル便」のサイトより)

 私は仕事や私用で大容量のデータなどを送る場合、「宅ふぁいる便」を使うことがある。「宅ふぁいる便」のサイトのエンターテインメントの一つに、「私の職務経歴書」というシリーズがあり、最新の第5回は仙台で被災した伊集院静さんへのインタビューである。非常に興味深い内容なので、リンクさせていただく。
「宅ふぁいる便」サイトの“私の職務経歴書”のページ
 長いインタビュー記事で、読み応えがある、一部紹介したい。まず、冒頭の部分から引用。

伊集院さんはエッセイ『大人の流儀』(講談社)の中で、これまで多くの危険を経験してきたと書かれています。ですが今回、仙台のご自宅で経験した地震は、その中でも特別な体験でしょうね?
「もちろんです。そしてそれは、とても不幸なことです。私が仙台に居を移したのは16年前のことですが、そういう場所を選んだということは、人間として手ぬるくなっていたのかもしれません。
私が仙台に移り住んだのは、そこが今の女房(女優の篠ひろ子さん)の故郷だったからです。幸いなことに、女房を含め、身内が命を落とすようなことはありませんでしたが、引っ越しをする際、私は海沿いの土地に家を持つことを提案したんです。私は瀬戸内の海辺で生まれ育ちましたからね。
それでも、海辺ではなく高台に家を建てたのは、女房の母親の『神主が来てお祓いした土地は、10年住まないと本物にならない』という話に従ったからです。昔の人の言うことは、90%は間違いがないということを私は知りました。女房たち家族は16年前、私の意見を退けたことで、自分の命を救ったわけです。
私にとってこれは、死というものが生と紙一重であることを改めて実感した体験でした。2年前、地震に備えて耐震工事をすませておいたのは正しい判断だったし、非常食や手回しラジオなどの防災品を用意しておけと命じたことも功を奏しました。言われた通りに備えをしてくれた女房には、感謝をしなければいけません」


 「昔の人の言うこと」を聞くことの重要性について、なんとも説得力のある裏づけと言えるではないか。この後に、“あの人”の「天罰」発言について、こう答えている。

この震災を「天罰」と意味づけした人がいましたが、人生の中で、被災を経験するということに何か意味はあるのでしょうか?
「いえ、意味などありません。地震というのは、地球が起こしているんです。天罰でもなければ、神の啓示でも何でもありません。
そもそも津波という語は、慶長16年(1611年)に発生した慶長三陸地震の記録で初めて出てきた言葉ですが、そのときは住民の9割が亡くなったそうです。しかしその後、被災地は見事に復興しました。今回の震災についても、同じことが言えます。復興は、必ず行われるでしょう。もしかすると、以前よりよくなるかもしれません」


伊集院さんは東北の復興を「確信」している、と言う。その理由がこう明かされている。

「私がなぜ東北の復興を確信しているかというと、これからは国がいう政策を鵜呑みにするのではなく、自分たちの頭で考え、行動する人が多数を占める世の中になるだろうからです。企業はリスクを避けるのが常ですから、半分は東北から去っていくでしょうが、ここを故郷だと思っている人たちは必ず帰ってきます。
東北という土地は、これまで日本が存亡の危機に直面する際、つねに矢面に立ってきました。日清戦争しかり、日露戦争しかり、東北人は兵の先頭に立ちました。東北の人は、日本の誇りだと思います。東北の再生は、日本全体の再生にもつながるのです」


 まさに、これからの日本は、自分たちの頭で考え、行動する人が多数を占める世の中 になるだろう。そうならないといけないと思う。
 前妻の夏目雅子さんのことについての内容も印象的だ。

夏目雅子さんが亡くなったのは1985年9月11日です。伊集院さんにとって、そのことを語るには25年もの年月が必要だったわけですね?
「死は哀しいものです。しかしそれは、『二度と会えなくなる』という意味において、それ以上でも以下のものでもありません。そのことに気づくには、それなりの時間がかかったけど、哀しみには終わりが来るんです。
私は、数年前に観た映画のこんなセリフに心を打たれました。チェチェンの老婆がそこで、こんなことを語ったんです。『あなたはまだ若いから知らないでしょうが、哀しみにも終わりがあるのよ』と」


 私は未見だが、伊集院さんが見た映画は『チェチェンへ アレクサンドラの旅』かと察する。老婆の、哀しみにも終わりがあるのよ、という言葉が心に響く。

 最近発行されたエッセイ『大人の流儀』と自伝的小説『いねむり先生』、両方さっそく読もうと思っている。伊集院さんなら、その印税を有効に使ってくれそうな気がするし、何と言っても、前者は“小言幸兵衛”と波長が合いそうだ。後者は落語愛好家でもあった色川武大さんのと交流がたっぷり書かれているらしいので、これまた楽しみ。最近読む本は原発関係書ばかりだったこともあり、一息つくことも必要だろう。読後、感想を書かせてもらうつもりです。
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by kogotokoubei | 2011-04-26 14:56 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
先週開催された、「アナザーワールド8」の間違いではありません。3月の「アナザーワールド7」、3月9日、三日目の記録です。
 五日間同じネタで口演する3月11日の千秋楽が本日4月20日に延期された。ネタバレを良しとしなかったので、ずっと未公開にしていた内容。地震の翌3月12日に、お詫びかたがたご報告していた通りです。
2011年3月12日のブログ

 いっそ未公開のままにしようかとも思ったが、「震災前に成城ホールに行ってたなぁ」というノスタルジーもあって、本日の開演時間後での掲載とした次第。 そもそも、このブログは落語会の備忘録から始まったので、どこにもないと、記録の意味もなくなるのでね・・・・・・。
 
 内容をご覧になれば分かる通り、3月9日の深夜に書いたのだが、震災がなければ3月11日の開演時間後に掲載するつもりだった・・・・・・。 私のその時の思いを、今になって“捏造”することもできないので、まったく手を入れずに掲載する。談春ファンの中には心外な方も多いかもしれないが、ご容赦のほどを。
-------------------ここから------------------------------------------------  
 行ったのは二日前の9日だったが、ネタ出しされていない噺を五日続けるということで、四日目・五日目のお客さんの楽しみを減らすまいと、今日まで公開しなかった。落語愛好家のブログの中には、気配りをされてネタばらしをせずに書かれている例もあったが、私はそんな器用なことは出来ないので、楽日の開演時間を過ぎてから、ネタを含めて公開した次第。内容は必ずしもポジティブとは言えないので、談春大好きで、批判めいたことは知りたくない、という方はお読みにならないほうがいいかもしれません。

 私にとっては久しぶりの談春だ。昨年4月、自宅から近い相模大野で、花緑、三三との三人会に行き、『慶安太平記-吉田の焼き討ち-』を聞いて以来。独演会としては二年前2月の新百合ヶ丘駅前の麻生市民館にまで遡る。その日は『寝床』と『三軒長屋』で楽しませてもらった。二年前は、その後で喬太郎との二人会(6月)、雀々との二人会(9月)に行ったが、どちらも共演者側の高座の方が映えていたので、「この人は、行くなら独演会なんだろうなぁ・・・・・・」などと思いながらも、すぐに売切れになるチケットを横目で見ながら他の噺家さんの会に行く日々が続いていた。今回は何とか都合のいい日のチケットが入手でき、初めて行く成城ホール。五日間シリーズの中日の高座。構成は次の通り。
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(開口一番 立川春樹 『道灌』)
立川談春 『按摩の炬燵』
(仲入り)
立川談春 『木乃伊取り』
エンディング
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春樹『道灌』 (19:01-19:14)
昨年12月の“かもめ亭”以来。小せん・龍玉の真打昇進を記念した会で、ゲストが白酒だった。この会のレギュラー(?)立川こはるが風邪で急遽休んだため開口一番を務めた。その時の無駄に長い『るくろ首』は酷評した。しかし、今回はまぁまぁの出来と言えるだろう。もちろん、まだ小言を言いたい部分はたくさんあるが、噺そのものの可笑しさで笑ってくれるお客さんも結構いらっしゃったようで、会場にも救われたように思う。会場の後方にいるこはるを見かけたが、たぶん彼女は楽日に登場なのだろう。

談春『按摩の炬燵』 (19:15-20:00)
 マクラで、五日間の中でチケットの売れ方は、楽日、四日目、そして初日の順と説明し、それぞれ理由は分かるが、「三日目の方は何を望んで来られたのでしょう?」と言っていたが、こっちにもいろいろ都合があるのだよ。このへんから、どうも私自身には、この会の居心地が良くなかった。ファン倶楽部の会員のみというようなクローズされた落語会ならともかく・・・何か勘違いしているような印象。
 本編は八代目文楽の十八番だったネタ。「冬と春の間くらいの気候だろうから、まだ冬の噺でもいいだろう」ということで選択した、とのこと。この噺は、以前に紹介した矢野誠一さんの『新版 落語手帖』において、駸々堂発行の旧版から省かれた二席のうちの一席(もう一席は『松田加賀』)で、平成の世ではあまり高座にかからなくなったことも理由だろうが、もう一席との共通点が、目の不自由な人を題材にしていること。そういったことも新版から消えた理由なのかもしれない。しかし、ここ最近、なぜかこのネタをかける人が増えている。師匠譲りの小満ん師匠のこの噺が絶品なので、その影響もあると察する。さん喬、喬太郎師弟も持ちネタとしている。こういった最近の流行(?)に遅れまいということではなかろうが、談春はこのネタを選択した。
 二席目のマクラで、文楽の米市の声色を少し披露し、「初日は文楽風でやったんですが・・・・・・」と言っていたが、この日は、言わば談春版制作途上、ということか。文楽の渋さ、あるいは重さのような味わいを、あえて取り去ったような演出で、とにかく会場の笑いはとっていた。しかし、私はどうも笑えない。米市が五合の酒を飲むうちに酔ってくるはずが、だんだん元気になっていくような感じなのが、聞いていてもっとも違和感があった。一つの実験なのだろうが、あれだけ威勢のいい米市はこの噺には似合わないように、私は思う。二席目のマクラで「佐平次のような按摩」と自ら言っていたから、分かった上での演出なのだろう。

談春『木乃伊取り』 (20:15-21:13)
 マクラで、初日終演後、スタッフの一人が血相を変えて『按摩の炬燵』について、「あれはいったい何ですか!」と抗議めいた口調で突っかかってきたとのこと。何のことか分からなかった談春が会話を積重ねていった末、要するに目の不自由な人を馬鹿にしている、というふうにスタッフは受け取ったらしいことが分かったようだ。談春が返した言葉として「あれも落語だよ」「目は見えなくても、食べていくのには困らない人。弱い者いじめでもない。」というようなニュアンスで答えたらしい。確かにその通り、ではある。しかし、今の時代、こういった噺がやりにくくなったことの一つの証とも言えるエピソードとして聞いていた。この噺はマスコミの電波に乗せることができない時代。タブーが多い社会は何かと住みにくいし、特に落語から差別用語を取ったら、その噺の持ち味の半分も伝わらないだろう。
 さて、二席目のこの噺。師匠談志家元も十八番にしているし、談春も過去には何度か高座にかけているはずだが、久しぶりなのだろうか。あるいは、演出を大幅に変えたのかもしれない。このネタも今回の五日間で毎日違っているのかと思うが、三日目は、とにかく爆笑ネタに徹した、という印象。笑いをとれる部分は全部押さえた、というような演出で、聞いている私は、やや疲れた。もしかすると、開口一番の春樹でさえあれだけ笑ってくれるということで、その“笑いたい”客層のリクエストに答えた、ということかもしれないが、いわゆる「緩急」の“緩”がない笑いどころ満載のスピード感で、たしかに会場は沸いた。
 たとえば、旦那よりも相当年上に思えてしまうお店の女将さんの仕草や科白で笑わせ、棟梁が早とちりで威勢のいい啖呵をまくし立てる一幕でも爆笑させ、もちろん主役である清蔵の演技では目一杯、といった次第である。だから、吉原に居続ける若旦那を連れ戻しに行こうとする清蔵に、年老いた母親が、「これを息子ではなく番頭に渡して、払いが足らなかったらこれで済ませて息子を連れ帰っておくれ」と巾着を渡す場面も、あまり胸に沁みてこない。解釈も演出も人ぞれぞれでいいし、今回は実験的な試みの途中経過でもあるのだろうが、こんなにヤマ場をテンコ盛りにしてくれると、「お腹一杯」になる。四日目、楽日がどうなるか分からないが、近くの席に見かけた堀井憲一郎さん(すいません、有名税ということで!)が、きっと五日通しではないかと察するので、シリーズとしての感想をどこかに発表してもらいたいところだ。

エンディング (21:13-21:21)
 高座に残ったまま、受付で配布された「白談春」におけるリクエストの方法などについて説明があった。ネットでの投票に限りリクエストを受付て、その第一位と第二位のネタをかけるとのこと。ただし、『九州吹き戻し』と『三軒長屋』が一位と二位の場合は、とても無理なので会は中止、と笑わせたが、結果として8分間ほどかけたエンディングで21:21となり、時計を見て、「なぜか終演は21:21・・・・・・」と言うことで、ようやくお開き。私はこの後の反省会(?)の約束もあり、ややイライラしながらの退場。

 どうも終演後に会場を出ても、すっきりしない。久しぶりの談春に過度な期待をし過ぎたのかもしれないが、何かが違う、という感じが残る。
 ここまでネガティブなことを書いてきた上で、あえて小言めいたことを付け加えたい。一席目のマクラは、「寝たのが朝の八時で起きたのが夕方だったので、髪が伸びたのに気がついたがもう遅かった」、という話から、「成城に来る電車から見た月が綺麗で、上弦の月かと思い携帯の辞書で調べていたら(それ位は使えます、とのこと)、危うく駅で降りそこないそうになった」、と言う話が続いた。「上弦を調べたら旧暦と言う言葉が出てきたので旧暦を調べているうちに成城学園前に着いていた」らしい。ご本人は、「今日が旧暦で何日かなんて知りません。」と堂々と言っていた。この人らしさなのだろうが、私にとってはやや残念な告白(?)だ。ちなみに3月9日は旧暦の2月5日。月齢では4から5の間なので、上弦ではない。上弦の月は、新月から満月になる間の半月を言うので、月齢では7から8の間となる。明後日3月13日(旧暦2月9日)が上弦、3月20日(旧暦2月16日)が満月である。
 「そんな細かいことを!?」という指摘もあるかもしれないが、落語は、多分に江戸時代の生活と密着している。談春自身も使う郭噺のマクラでの常套句「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦日に月が出る」というのも、旧暦の晦日には月が出ない、から。江戸の生活は旧暦(太陰太陽暦)と切り離せない。噺家さんなら、落語会に出かける前に、“今日は旧暦なら何日で、月はどんな具合か”を確認する習慣があってもいいように思う。落語の楽しみ方の一つは、噺の舞台である江戸時代に聞く者を連れて行ってくれることだろうと思うし、談春にはその芸の力が、もちろんある。しかし、「旧暦は知りません」の一言は、彼への期待や評価などに冷たい水を浴びせる言葉のように感じたのは私だけだろうか。 「エクボがアバタ」になるような一言も、この会を楽しめなかった要因の一つだった。

 それと、ついつい書いてしまうが、独演会とは言え、この二席は、いわば「お店(たな)ネタ」ということと、「酒」ということで微妙に重なる内容。完全に“つく”(かぶる)ネタとは言えないかもしれないが、『木乃伊取り』で清蔵がかしく花魁に注がれた酒を飲む場面で、私は米市が酒を飲む場面を思い起こしてしまった。このへんも、すっきりしない理由の一つかもしれない。

 落語の楽しみ方のもう一つは、終演後に噺を肴においしいお酒をいただくこと。この日も先輩の落語愛好家のお二人と初めての居酒屋に飛び入った。結構、“正解”なお店で、その日に主が釣ったという新鮮な“いか刺し”や手作りの“いかの塩辛”で落語談義にふけることができた。そこで、先輩のお一人が、二席目の『木乃伊取り』について、「談春は、出来ちゃうから頑張るんでしょうね」とおっしゃったが、確かに、あれだけの登場人物を演じ分け、その誰もを引き立てるのは芸の力に拠るところだろう。なかなかやろうたって出来ない芸当だ。しかし、その先輩も、かつてブディストホールでの独演会での凄さを懐かしがっていらした。ノスタルジーもあるのだろうが、四席かけた日もある、という数年前の独演会を、どうしても思い出してしまうのだろう。前売り券を持たずに当日でも座れた独演会の時代と、チケットは即完売、追っかけも多い人気者になった今、四十路も半ばを過ぎ、彼にもいろいろ考えるところはあるのだろうし、今後も期待することは変わらないのだが、来月以降のこのシリーズに行くことを逡巡させる内容であった。
----------------------ここまで-------------------------------------------

 あらためて読んでみて、あの時はこんなこと書いたのか・・・と、ずいぶん昔のことのように思える。

 今夜も同じ『按摩の炬燵』『木乃伊取り』だったとしても、中身は相当違っているだろう。このブログとのギャップは、連続五日間の二日の差より、 もっともっと広がっているに違いない。何より3.11後なのだから。あくまで、3月9日という“点”での私の記録とご理解いただきたい。

 今思うと、この落語会のことを書くために、それ相応の時間を要していたことに、感慨深いものがある。きっと、書いている間は時間のたつのを忘れていたと思う。
 誰であろうと自分が出向いた落語会の噺家さんの高座について、ポジティブだろうとネガティブだろうと、好きなことを無邪気に書いていた自分が、あの頃にはいたのだなぁ、と思うと、たった一ヶ月半前のことなのに、あれからの時間の経過、そして世の中の変貌ぶりに、何とも言えない感情が漂う。
 
 そして、今やこのブログは「噺の話」からは、相当に趣が変わってきていることに、正直なところ「これでいいのか?」と思わないでもない。
 原発などのことは、別なブログで書くべきだろうか、とも。一方、一人の日本人として、また“小言幸兵衛”として、このブログで継続して書くべきか、とも・・・・・・。
 
 もし、私のつたないブログを読んでくださる方にご意見などあれば、参考にお聞きしたいと思う次第です。
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by kogotokoubei | 2011-04-20 16:34 | 落語会 | Comments(4)
ゲストが喬太郎ということもあるが、そのゲストにどう平治が挑むか、という興味のほうが強かった。この人は三遊亭遊雀が三太楼時代に『反対俥』でNHK新人演芸大賞を受賞する前の年、1994年に『平林』で大賞を受賞している。喬太郎が『午後の保健室』で受賞する4年前である。年齢は平治が喬太郎より四つ若いが、入門は三年、真打昇進は一年、平治が先輩である。私は芸術協会では鯉昇の次の現役実力者は、この人だと思っている。
 全席自由席だった200席ほどの客席は、ほぼ満席。“大人”のお客さんによる非常に良い雰囲気の中で、次のような構成でこの会は行われた。
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(開口一番 春風亭昇也 『子ほめ』)
瀧川鯉橋  『厩火事』
桂平治   『禁酒番屋』
(仲入り)
柳家喬太郎 『錦の袈裟』
桂平治   『お血脈』
-----------------------------------

昇也『子ほめ』 (18:46-19:01)
名前から分かる通り、昇太一門の前座さん。街を歩いているお兄ちゃんが、そのまま高座に上がった印象。後で平治がいじっていたが、次の平治の独演会は昇太がゲストで前座がこの人で二つ目が先輩。まるで昇太一門会のよう、と言っていたが、やっぱりそれは平治に言わせなきゃだろう。平治に可愛がられている(?)お返しかもしれないが、このへんの気配りは大切。やさしい会場の雰囲気に乗って話したのかとも思うが、まずは気配りから勉強。

鯉橋『厩火事』 (19:2-19:24)
初めてだが、鯉昇門下で11年目の二つ目さんで、日本演芸若手研精会の顔ぶれでもあるので、どんな人か興味があった。よく言えば、“古き江戸”を感じさせるタイプ。厳しく言うなら、少し“地味”すぎるかもしれない。ただし、全体的な印象は悪くはない。師匠が師匠なので、もう少し自分なりのクスグリなども入れるかと思ったが、あえてしっかり基本を身につけようとしている、そんな姿勢を感じた。それほど器用な人ではないと思うが、今のうちに土台を作っておけば将来の成長が期待できる、そんな潜在能力を感じた。

平治『禁酒番屋』 (19:25-19:57)
師匠十代目文治の十八番を披露。このネタは期待していただけに、非常にうれしかった。会場にはこの噺をご存知ないお客さんも多かったようで、ネタの可笑しさだけでも沸いていたが、私も久しぶりに大いに笑わせてもらった。ややもすると、このネタなので後味が若干悪くなる場合もあるのだが、番屋を欺こうとする明るい酒屋の面々と、次第に呂律が回らなくなる番人とのやりとりが巧みで、後味も良い結構な高座。 “禁酒”になるいきさつから演じる本寸法の構成に、この人らしい賑やかさと明るさで演出され、文治一門の十八番がしっかり継承されていることが、落語愛好家としてうれしい。この後に登場する喬太郎もこの噺を時たまかけるが、やはりこのネタはこの一門だと感心し、笑った。

喬太郎『錦の袈裟』 (20:08-20:34)
平治の会の客演だから、まず間違いなく古典だろうと思っていたのでうれしい高座。町内の若い衆の威勢の良さ、そのリズムを少しずらし気味に程よく小憎らしさのある与太郎、対照的にしっかり者の与太の女房、脇を固める吉原の面々、などすべての登場人物を大いに楽しみ感心した高座。一夜明けて与太郎が起きた際の科白などに喬太郎らしいクスグリも交えながら、“錦の輪”の部分では、平治の禁酒番屋と下ネタ噺でかぶったことを自虐的にいじって笑わすなど、この人ならではの生での演出もあり、さすがだ。

平治『お血脈』 (20:35-21:09)
マクラから大いに楽しませてくれた。師匠十代目文治が酔った時の楽屋での定番“ワンセット”に、他の噺家さんの物真似があり、その中に古今亭今輔師匠の真似もあるのだが、今輔師匠は真似されるのが嫌いで会うと厭味を言われた、というその口ぶりも可笑しい。また、「師匠は“火の玉”を掴まえたことがあると言っていた」、「志ん生は鯉が登って龍になるのを見たことがあると言っていたらしい」、「玉川スミ師匠は・・・・・・」という名人達が「見た」ことがあると言い張っているネタについて、「見た人にはかなわない」という話も笑えた。このネタなのでいろいろ細工が出来るわけだが、三遊亭歌之介も真っ青のカットバック多様の自由自在な展開。実際に歌之介がよく使う、森元首相が次は北海道から立候補するらしい、というネタもパクっていたが、それもご愛嬌。講談の話を伏線に交え、「9時になりましたので、本来ならばお血脈という噺になるところ、本日はここまで」と言った時は、本当に終わるのかと思ったが、そこでもはぐらかして最後までつとめ、万雷の拍手。


 プログラムに書いてあり、一席目で平治がマクラでも言っていたように、「被災していない我々が元気で明るくなくては、被災地が元気になるわけがありません。元気とお金を回すことが、復興につながります」という意気込みが、高座と会場の一体感にもつながったように思う。
 まだまだ、不安が続く中だが、そろそろ平治の言うとおり、元気を取り戻すために頑張る段階なのだろうし、そのために、笑いは必要だとしみじみ感じた。平治の『禁酒番屋』と、客演とは言え喬太郎の『錦の袈裟』を、今年のマイベスト十席候補としたい。『お血脈』の楽しさは、あらためて番外的に振り返るかもしれない。全体として非常に良い落語会だった。
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by kogotokoubei | 2011-04-18 23:16 | 落語会 | Comments(4)
昨夜の収録を今見たところだ。兼好のマクラへの反応で、この会場のお客さんの“若さ”が分かる。
 「陽気がよくなってきた・・・」と気温によって売れるものが違う、という私の好きなマクラ。「21度を一度でも上回るとビール会社1社あたり250万本売り上げが増える、10度を一度でも下回ると、どんなまずいラーメン屋でも客が増える、28度を一度でも上回ると健康ドリンクの売り上げが80%増える」そして、肝腎の次のネタ「38度を一度でも上回ると、朝鮮半島で戦争が始まる」・・・反応が少なく、それも遅い。落語ビギナーの若い女性が大半なのだろう。へんにゲラ子さんが多すぎるよりもいいかもしれないが、この番組、どうも会場の感度が毎回気になる。兼好だよ、今がもっとも旬かもしれない噺家だよ、と言いたくなるなぁ・・・・・・。

 さて、テレビの客の一人である私の感想。
 このネタは、4月2日にWOWOWで放送された今年の「志の輔 in パルコ」の一席目と同じだったので、自然に比較しながら見ていた。

 絵師に部屋の“書き割り”を描いてもらうところから噺が始まる点と、サゲで絵師を再登場させる点が、偶然だろうが一緒である。持ち時間の短さで考えると、兼好の方にハンデがあるが、まったくそれを感じさせない。

 余談だが、私は、今年のパルコでの志の輔の二席目「ガラガラ」を含め前半の二席をテレビで見たが、正直なところ、楽しめなかった。長講の三席目はこの秋に放送されるようだが、このトリネタがよほど凄かったのだろうか・・・・・・。
 もちろん、好みの問題なのだが、以前にも書いた通りで、もうパルコはやめてはどうかと勝手ながら思う。同じネタ三席を20日間、私にはまったく理解できない。談春もアナザーワールドで踏襲しているが、疑問だ。

 さて、兼好のこの噺、この人らしさが溢れ、軽いノリが楽しかった。この噺は、軽い馬鹿馬鹿しい噺でいいのだ。
 書き割りの可笑しさの例。
 ・掛け軸に「冷やし中華はじめました」の文字
 ・金庫の扉が開いていて、中からお金が6000万ほど
 ・猫が、昼寝から目がさめたばかりで欠伸をしている
 ・へっついの鍋の味噌汁は、冷めにくい“なめこ汁”
 ・時計は、あまり腹が減らないように四時十分
 ・ラジオに「あしたの天気は晴れ」と書いてある
などなど。

 終演後のアナウンサーとの対談でも話題になった「盗人」という言葉。そう、上方では『書割盗人』である。

 来週も兼好らしい。同じ噺家が二週連続というのは、第一シリーズにはなかった。その理由は分からないが、私はうれしい。
テレビ朝日サイトの落語者次回案内ページ
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by kogotokoubei | 2011-04-16 08:11 | テレビの落語 | Comments(2)
予想通り、民主党内部でも菅おろしの動きが出てきた。それも、小沢一郎が吼えている。
時事ドットコムの該当記事

菅政権「さらなる災禍招く」=小沢氏、首相の震災対応を批判 
 民主党の小沢一郎元代表は13日、東日本大震災や福島第1原発事故への菅政権の対応について「初動対応の遅れをはじめ、菅直人首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない」などと厳しく批判する見解をまとめた。10日の統一地方選前半戦での民主党大敗で菅政権の求心力が低下する中、小沢氏が公然と首相を批判したことで、首相退陣を求める声が高まる可能性がある。
 見解は、小沢氏を支持する若手議員による「北辰会」の13日の会合で配布された。小沢氏周辺によると、同氏と12日に会談した鳩山由紀夫前首相も、認識を共有しているという。
 小沢氏は見解で「地震、津波による被災者への対応は遅々として進んでいない」と強調。「政治家が最後に責任を取る覚悟を持てないのであれば、何のための政権交代だったのか」と指摘し、統一地方選の結果については「国民からの菅政権への警告だ」としている。(2011/04/13-16:17)



 小沢よ、そこまで言うなら早急に自ら「責任を取る覚悟」で、“元”代表から“現”代表に復帰してもらおう。そして、一向に先が見えない災害対策の道筋を示し、率先して困難な状況を打破するために、自らの政治生命を賭けてもらおうじゃないか。もし、憎い菅をひきずり下ろすためだけの民主党の内輪もめなら、勘弁願いたいものだ。
 この人は、前に出るべき時に隠れ、隠れていて欲しい時にでしゃばる人、という印象が強い。菅や鳩山にはない“豪腕”は、この時のために必要な気がする。“ゆぅだけ”の「うどん屋の釜」で終わって欲しくないものだ。
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by kogotokoubei | 2011-04-13 16:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
昨日9日は、大手町落語会の余韻に浸っていたので、収録していた菊志んの『祇園祭』を、先ほど見た。どうも、三人旅シリーズの最後を飾る江戸連作落語の『祇園会(ぎおんえ)』という言葉では通じなくなってきたようだが、これも時代なのかもしれない。

 マクラで携帯や写真やらの落語会でのべからず集を話題にしていたが、テーマはともかく、なかなかエンジンのかかりが悪く少し心配な出足だった。しかし、本編はこの人の“スピード”と“リズム”を楽しむことができた。
 以前にこのネタのことを書いたことがあるので、私の過去のブログから、あらすじを引用したい。
2009年7月4日のブログ

-------------------------------------------------------------------
(1)江戸っ子三人が連れ立って伊勢参りを済ませた後、京見物にやって来たが、
  京都の夜の街で金を使い過ぎてしまい二人は先に江戸に帰り、京都に叔父の
  いる男だけが残る。
 (かつては、残る江戸っ子を八五郎として、八五郎が病に伏せ、他の二人が先に
  江戸に帰る、という筋書きが主流だったようです)

(2)叔父と茶屋で祇園祭を楽しむ予定だったが、祇園祭の当日、伯父に用事が
  でき、替りに茶屋で一人で楽しむことに。
 (この部分も叔父に替わって一緒に飲むことになったのが叔父の知り合いの京者、
  という設定もあります)

(3)茶屋に居合わせた京者がいつしか京都の自慢話を始めた。「王城の地だから、
  日本一の土地柄だ」と自慢する京者。「ワァー、ハー、ハーッ」という間延び
  した笑いが、短気な江戸っ子をいらつかせる。ついに京者が、江戸を「武蔵の
  国の江戸」ならぬ「むさい国のヘド」と言うに至り、江戸っ子は“切れた”。

(4)江戸っ子は、京都の町の面白くないところをことごとく上げて反論していく。
  そしてこの噺のヤマ場に向かう。、

(5)江戸と京都の祭りのどっちがいいかという話になり、二人は祭り囃子や神輿
  の情景をそれぞれ言い合って譲らない。
  京者が祇園祭の囃子を「テン、テン、テンツク、テテツク、テンテンテン・・・
  ・・・」とやり、対抗して江戸っ子は「なんて間抜けな囃子だい。江戸は威勢
  がいいやい。テンテンテン、テンテンテンツクツ、ドーンドン、ド、ド、ドン、
  テンツクツ、テンツクツ・・・・・・」とやり返す。

(6)二人のお国自慢合戦はまだ続き、京者が
 「御所の砂利を握ってみなはれ、瘧が取れまんがな」と言うと、江戸っ子は、
 「それがどうした!? こっちだって皇居の砂利を握ってみろい・・・・・・」
 「どうなります?」
 「首が取れらぁ!」で、サゲ。
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 (1)と(2)は、いわゆる地噺、噺家がストーリーを説明する場面。このネタのヤマは(3)以降となる。
 何と言っても、京者の京自慢と江戸っ子の江戸自慢の戦いが、この噺の聞かせどころだが、広島出身の人なので、上方なまりも、まぁまぁであり、江戸っ子の啖呵は定評のあるところ。こういった元気な噺を聞くと、うれしくなる。
 終演後の対談で、花緑との二人会の話があった。菊志んが語ったとおり、昭和46(1971)年生まれの同じ年ではあるが、花緑が入門で7年、真打昇進で13年先輩。今年7月に菊志んが、8月に花緑が四十歳となる。二人会では、お客さんより当の二人がいちばん楽しんだ、と言っていたが、なかなかいい交流だと思う。柳家と古今亭の中堅同士で切磋琢磨する会、機会があればぜひ行きたいものだ。

 菊志んと三三との二人会に行った記憶がある。ブログを書き始める前のことか、と思っていたら2009年3月の内幸町ホールだった。相当に脳細胞が減ってきた・・・・・・。
2009年3月6日のブログ

 二人は誕生日が同じ7月4日。三三の方が三歳若いが、入門と真打昇進が菊志んより一年先輩の“兄さん”である。ちなみに映画『しゃべれども しゃべれども』の落語指導は三三と菊志んだった。
 こういった芸達者な相手との二人会でも、十分に拮抗するだけの実力者であることは認める。NHK新人演芸大賞も同門の先輩である菊之丞が受賞した翌年、桂かい枝が受賞する前年の平成15(2003)年に獲得している。(当時は菊朗、ネタは『紙入れ』)
 しかし、もう一つ名が売れないのは、たぶんにこの人が“器用”過ぎるからなのかなぁ、と思わないでもない。あるいは、髪型を含め“現代的”に過ぎるのだろうか。しかし、そういったことも、プラスの個性だとも言えるので、必ずしも小言の対象とはならないだろう。

 いずれにしても、まだこれからの人だ。圓太郎や一朝くらいしか名前が出ない、この噺の新たな担い手として期待しているし、機会があればもっともっといろんなネタで聞いてみたい人だ。

 それにしても、このネタは『祇園会』として欲しいものだ。ネタを現在に合わせてしまって、その言葉の持つ風情が失われてしまうような気がしてしょうがない。これは、噺家への小言ではなく、落語界への小言になるのかもしれない。残しましょうよ本来の演目の名を。今じゃ噺を聞いても演目とのつながりが分からなくなった噺はいくつかある、『妾馬』『宮戸川』などなど、そのネタへの好奇心から知ろうとする行為こそが、もう一つの落語の楽しみ方だと思う。たとえば、『八五郎出世』なんていう演題、私は嫌いだ。
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by kogotokoubei | 2011-04-10 16:11 | テレビの落語 | Comments(2)
震災後初めての落語会である。2回分のチケットがあったが、一つは震災翌日に予定されていた茅ヶ崎の会で、この会はもちろん中止。11月に延期されたのだが、私は都合がつきそうにないので来週払い戻してもらうつもりだ。もう一つは、ブログでも書いた、東京音協の3月17日の睦会。停電の予想もされた日に、この主催者は強行した。
 原発の不安はまだ大きく残っている。しかし、停電や交通網の乱れは、当時の不安な状況からは相当改善された。そろそろ、“日常”を取り戻す努力の段階かと思い、大手町にやって来た。副題が“再臨 ザ・柳家!Ⅱ”とされている、柳家の会。
 受付で渡されたプログラムの次の内容を読んで、正直ガックリし、心配した。
 

*今回出演予定の柳家権太楼、都合により休演の為、柳家さん喬が代演させていただきます。どうかご了承ください。


 さて、サプライズを含む内容は次の通りだった。
-----------------------
柳家権太楼 『お詫び口上』
柳家三三  『岸柳島』
柳亭市馬  『厩火事』
(仲入り)
柳家花緑  『蜘蛛駕籠』
柳家さん喬 『百川』
-----------------------

権太楼 『お詫び口上』(14:03-14:13)
 幕が上がって、本来は開口一番のはずだが、めくりに「権太楼」の文字。会場のお客さんの大方は、私と同様に「前座がしくじったなぁ・・・・・・」と思ったのではなかろうか。しかし、マスク姿の権太楼が登場し、会場は無言な中にも、「?」とか「!」の渦だったように思う。
 たぶん、相当悩んだ末の登場だったのだと思う。「都合」の内容を隠さず、公表することで自分自身も戦うつもりだったのだろう。だから、権太楼が語った内容を書くことにする。
 昨年11月に腎臓にガンが見つかった。今年1月に片方の腎臓を手術で除去。3月に医者に勧められて抗ガン剤治療を1週間入院して行い、放射線治療も受けたらしい。今は通院でいいのだが、治療の結果として白血球が減少しているので、人前に出る時はマスク必須、と医者に言われているらしい。
「マスクして、百年目はできないでしょう!」で、会場は大爆笑。この会の顔ぶれを語り、「柳家でこの人たち以外には・・・喬太郎くらいしかいない、凄い顔ぶれで出たかった・・・」と語ると、良いタイミングで「小三治!」と声がかかる。「あの人は別、ですから」で、また会場が沸く。 マスク越しとはいえ、権太楼節は健在、のように思えた。いや、そう思いたい。「これから帰って、婆さんの言うとおりにうがいして手洗って、ニンニク卵黄飲みます!」と高座を降りる時の会場の拍手は、結果として他の出演者よりも一段と大きく、そして長い時間続いた。

三三『岸柳島』  (14:14-14:39)
メクリを自分でめくっての登場。権太楼の登場で、楽屋や前座も少し動揺したのかもしれない。
この会への出演は初めてらしい。椅子が広く立派であることから、浅草演芸ホールの椅子、改装前の末広亭の椅子のことに話をつなぎ、“雑俳”のことに話は移った。「さてことだ、馬の小便、渡し舟」の句をふって、本編へ。この顔ぶれでトップバッターという役割を考えて選んだネタかと思う。三三なら、“想定範囲”の出来。侍と爺さんが登場するなら、安心できる。今日の会全体の構成を考えると、ネタ選びも良かったと思う。少し控えた高座という印象で、ちょっとした言いよどみもあったが、十分に許せる。さぁ、彼は花緑との二人会で、一部のファンも従えて赤羽へ移動だ。

市馬 『厩火事』 (14:40-15:08)
先日のテレビ朝日「落語者」の『高砂や』には小言を言った。さて、生の高座はどうか。
結論を先に言うなら、非常に良かった。私はこの高座を楽しめた。孔子の“厩火事”の逸話についても、丁寧に紹介されていた。『論語』の中の「郷党」に出てくる「廏焚けたり、子、朝より退きて曰く、人を傷えりや。馬を問わず」という一節である。旦那、お崎さん、そして髪結いの亭主の三人の登場人物も生き生きしていた。特に「麹町のサル」旦那が、「瀬戸物は大丈夫か、瀬戸物は割れなかったか、・・・・・・」を長めに繰り返す場面が、効果的で印象に残った。マクラで、三三の「情熱大陸」や花緑のテレビCMで、後ろを通行する“歌うオジサン”で登場したかった、という話をしたが、このネタには「歌」は登場しない。もしかすると、私は市馬の「歌」が噺に入ると、拒絶感が高まる、のかもしれない。

花緑『蜘蛛駕籠』  (15:20-15:51)
小学一年、二年の頃から知っている市馬とさん喬に挟まれて、「緊張感がない」と言っていたが、それが本音ではないことは、この高座が物語っていた。マクラでは、本編につながる“旅”をテーマに、新幹線で美輪明宏と40~50分、隣同士で話す機会があった、というエピソードも披露されたが、結構楽しい話だった。この人のマクラでは、もっとも良かったように思うし、このネタ本編も私がこれまで生で聞いたた中ではベストに近い。重要な登場人物の酔っ払いが秀逸だった。川崎で昔の仲間と飲んでヘロヘロになり、新米の駕籠屋をからかった後で、泣いて詫びを言う時に高座に寝そべるシーンの大胆さは、私には不自然に思えず可笑しかった。少しだけ枝雀を思い出したなぁ。
 お世話になった大先輩達のいる会で、花緑自身の成長を見せたい、そんな意気込みを感じた高座。 本寸法の『蜘蛛駕籠』に大胆な味付けをし、この人の将来を期待させる高座に出会えた、そんな気がする一席だった。

さん喬『百川』  (15:52-16:37)
こういう時、「普通にすることが難しい時ですが、普通にすることが、今は大事だと言う人もいます。そう思います。」という言葉で、なぜか胸が詰まる。その後の花緑をいじるマクラが可笑しかった。「剣道も、日舞も、噺も教えた。・・・・・・しかし、盆暮れの挨拶はない」と繰り返す。これは、お互いお約束のネタだろう。祭りの掛け声の「ワッショイ」の語源が、「輪(は)一緒」であることや、祭りで着るのは、本来“祭り半纏”であるなど説明があり、勉強になった。本編は、この人である、はずすはずがない。百川の主人が、客の河岸の若い衆の呼ぶ手に、「へぇ~い」と長~く返事をする際の心地よい声が、耳に残る。権太楼のお詫び口上についてマクラでふれた時、「あれだけ元気なら、やればいいのに」の言葉は、落語協会の実力二枚看板仲間としての心からのエールとして聞こえた。


 結果として権太楼がつくった流れを、しっかり柳家の後輩達がつないだ、そういったなんとも言えず良い感じの会だった。今年のマイベスト十席候補には、花緑の『蜘蛛駕籠』を入れる。

 とにかく、「権ちゃん、頑張れ!」という思いだ。
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by kogotokoubei | 2011-04-09 19:07 | 落語会 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛