噺の話

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サッカーアジア杯決勝後の深夜の放送となり、録画を今ほど見たのだが、結構楽しめた。
 白鳥は、昨年2月の第一回大手町落語会で『はじめてのフライト』に感心し、ネタの名を『エアポート2010』に変えてはどうかとブログで提案した(つもり)だが、何のレスポンスもなかった。その後で、『エアポート2010』という映画が本当にあることを知って、そりゃぁ不採用になるだろうと思った次第。

 落語者の第一シリーズで演じた『戦え!おばさん部隊』も、なかなかの作であった。
 
 今回は、よく知られた前座噺の“改作”だが、初めて聞くこともあり結構可笑しかった。
 人間国宝となった未来の白鳥による縁起の良い名前は、オリジナルへの長い地口となっていて、その理屈は割愛するが、「ジュテームジュテームおこうのズリ切れ銀しゃり水餃子の水餃子待つエビフライ待つうどんライス待つ金あるところにすぐ所綾小路仲本工事・・・・・」と続く。

 聞いていて思ったのだが、新作をつくるすべての噺家さんが参加して、“寿限無改作大会”をする、なんてのも洒落としては楽しい企画になりそうだ。

 高座の後のインタビューで『富久』の主人公が落語家だと間違えて説明していたのも、この人なら笑って許せる。もちろん、久さんの職業は幇間である。

 ちなみに、先週第二回の彦いち『初天神』も録画して見ていたのだが、遊雀のこのネタを知っている者としては何とも月並みな出来で、あえてコメントをしなかった。彦いちなら新作のほうがこの番組や観客には合うのではなかろうか、と思いながら見ていた次第である。

  さて、来週は、第一シリーズでは生志が登場した立川流から、志らくが初登場。ほぉ、出ますか彼が、ということで、最近は生で志らくを見ていないこともり、また録画して日曜日に見ることになりそうだ。テレビ朝日「落語者」次回放送予定の案内
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by kogotokoubei | 2011-01-30 17:34 | テレビの落語 | Comments(4)

四代目古今亭志ん生

今日1月29日は、四代目古今亭志ん生の命日である。彦六の八代目林家正蔵の命日でもあるが、今日は四代目、鶴本の志ん生について書きたい。
 明治10(1877)年4月4日生まれで、大正15(1926)年の1月29日没。本名鶴本勝太郎、それで「鶴本の志ん生」。
 師匠と名前は次のような変遷をたどる。(Wikipediaなどより)
・2代目古今亭今輔門下で、1890年頃今の助(今之助)を名乗ったと推定
・1896年、むかし屋今松と改名
・師匠今輔死後は兄弟子の5代目雷門助六(後の3代目古今亭志ん生)門に移り雷門小助六
・1910年古今亭志ん馬で真打
・1912年に6代目金原亭馬生を襲名
*既に大阪で5代目馬生(本名宮島市太郎)がいたので、名古屋以西では名乗らないと言う条件付であった。よって鶴本の馬生を6代目として数える。
・1919年頃、大阪の5代目馬生が東京に出演する事になったので、紛糾の末、大阪の方を赤色、東京の方を黒色でビラの字で区別する事になったため、「黒馬生」と呼ばれた。
・1924年10月、4代目古今亭志ん生を襲名

 この人は、初代柳家小せん(「めくらの小せん」)、三代目蝶花楼馬楽(「弥太っぺ馬楽」「狂馬楽」)と仲が良く、三人で暮らしていたことがある。興津要さんの『落語家-いま、むかし』(旺文社文庫)に「三羽烏売り出す」として、次のようにある。
*この本を含め、旺文社文庫で発行された興津要さんの三冊の本から、昭和の噺家さんのみを選んで編集し『忘れえぬ落語家たち』として河出文庫から発行されているが、もちろん、鶴本の志ん生を含め明治・大正の噺家は含まれていない。

 明治三十八年に発足した落語研究会が、補助出演者を廃止したために若手落語家が浮かびあがった。とくに蝶花楼馬楽、柳家小せん、雷門小助六(古今亭志ん馬から四代目志ん生)の三人が、にわかに注目された。
 三人は、功利的な新時代になじめず、江戸っ子風の反俗精神に生きていたことから、明治末期の都会的耽美派文学流行の風潮のなかで、その洒脱な芸が歓迎された。
 (中 略)
 三人は、吉野町(現東京都台東区東浅草一丁目辺)に、ちいさな家を借りて同居していたが、裏に池があるので、夏は蚊がひどかった。
 なけなしの金を出しあって古蚊帳を買うことになり、馬楽が買いに出たが、蚊帳のかわりに『三国志』を買って戻って来た。
「ばか野郎、本で寝られるか!!」
 と、ふたりが怒ると、
「蚊に食われなけりゃあいいんだろう」
 と言った馬楽は、『三国志』を読みながら、一晩中、ふたりをあおいでいた。
 蚊帳のかわりの読書なのだから、江戸戯作や斎藤緑雨を愛読した小せんも、趣を同じくする志ん馬も納得したのだった。
 こんな脱俗的な生きかたが、新時代についてゆけぬ人たちの共感を得ていた。
 それは<古き佳き日>への郷愁でもあった。


 五代目志ん生を描いた結城昌治さんの『志ん生一代』では、次のように登場する。当時小円朝門下で円菊を名乗っていた五代目志ん生は、師匠から預かった羽織を酒代にしてしまっていた。仲のいいい稲蔵は金原亭馬生となっていた四代目の門下で馬好と名乗っていたが、その二人の会話である。結城昌治『志ん生一代』

「小円朝さんに謝っても、許してくれねえのか」
「いや、まだ謝ってねえんだ」
「どうして」
「飲み代のかたに羽織を取られたなんて言えやしねえ。それから二十日も経ってるんだ」
「それじゃどうにもならねえじゃねえか。じきに正月がくるってえのに、干上がっちまうぜ」
「鶴本さんに頼めねえかな」
 馬生の本名が鶴本勝太郎、のちの四代目志ん生である。江戸前の、いかにも芸人らしい粋な落語家で、節をつけて唄っているような口調に人気があった。きれいな声で唄もうまくて、三味線もひけるという芸達者である。円喬とはまったく違う芸風だが、円菊がうまいと思っている落語家の一人だった。とくに廓ばなしがうまい。
「そうだな、うちの師匠なら厭とは言わない。頼っていけば大抵引き取ってくれる。ずぼらなところが孝ちゃんに似てるけどな」
 馬好は師匠に話してみると言った。


 友人馬好の言うとおり、馬生は円菊を引き取って、美濃部孝蔵は円菊あらため金原亭馬之助になった。
 この本から、四代目が亡くなった時の文章も引用したい。

 病気は胃潰瘍である。四代目志ん生を襲名してから、わずか一年と二か月余しか経っていなかった。
「円右の没後、純粋の江戸前の話をする人はこの志ん生たった一人でした・・・・・・」
 と三語楼が新聞記者に語っているが、廓ばなしが得意で、孝蔵にとっては二人目の師匠だった。孝蔵はこの師匠から「二階ぞめき」「あくび指南」などを教わっている。



 この文を読んでで思い出すのは、彦六の正蔵である。正蔵で30年、彦六ではたった1年である。正蔵の前の五代目蝶花楼馬楽だって、22年間も名乗っていた。この二人、命日も一緒なら、改名して1年ほどで亡くなったという共通点もある。八代目の正蔵については、そのうち何か書きたいと思っている。九代目しか知らない若い人も増えてきたからね。
 
 さて、興津さんが“三羽烏”と称した三人のことを、小島貞二さんは『高座奇人伝』(ちくま文庫)で、次のように書いている。小島貞二『高座奇人伝』
 

 弥太さんの“弥太っぺ馬楽”と、巳之さんの“モリョリョン文楽”がお神酒徳利といわれたように、鶴本勝太郎の“鶴本の志ん生”と、鈴木万次郎の“めくらの小せん”と弥太さんは、五徳の足とうたわれた。火鉢の灰の中に埋めて、鉄びんをのせる五徳の足は、三本が相場である。みんな、弥太さんにヒケを取らない珍談、奇行を持つ。


 ちなみに巳之さんとは五代目の文楽。さぁ、この“五徳の足”が吉原に繰り出す。
 

 くりこんだのは吉原の成八幡。弥太さんには紅葉、勝ちゃんには霞、万ちゃんには小稲という妓がそれぞれついた。そのあくる日、寄席の楽屋で顔を合わせた三人は、
「どうだい、今夜も・・・・・・」
「うん、そうしよう」
 と、これまた話がまとまって成八幡へ。
「かけつけ三杯てえ言葉もあるほどだ。二杯でやめとく手はねえだろう」
「それも、そうだな」
 と、勝手な理屈をつけて、そのあくる晩も、三人は成八幡へ。
「わるいけど、今夜も、オレは行くよ。女が、オレが来ねえと、死んじまうというんだから、しょうがねえやな」
「オレだって、同じことよ」
 意地の張り合いで、またあくる晩も、その次の晩も・・・・・・と重ねて、気のついたときは連続十三日間という記録をつくっていた。
 さすがに三人とも、体力も金も底をついている。その晩、寄席を終えて、青い顔で三人がそば屋に集まった。いつも、ここで一杯ひっかけ、腹ごしらえして、そこから吉原へくりこんでいた。
「もう、今夜は、よそうよ」
「オレは、もうひと晩だけ行ってみようと思うんだ。ちょうど二週間てえのは、オツな数字だぜ」
「うーん、気分としちゃァ行きてえが、もう一人のオレが、思案をよびかけやがるだ・・・・・・」
 また、相談がはじまった。こんな入念な相談ははじめてである。
「じゃァ、どうだい、お互ェに、今の気持ちを、自分の掌に書いてさ、、いちにのさんで見せ合おうじゃァねえか」
「うん、そいつァいい」
 三人は、当たり箱(すずり箱)をかりて、自分の左掌に、何やら書いた。そうして、ひらいてみた。三人が三人とも「行こう」と書いてあった。



 なんとも凄い三人である。こうした度を過ぎた遊びもあって、馬楽は後に狂い、小せんは失明することになる。鶴本の志ん生は女郎買いによる病があったようには思えないが、すでに紹介したように、志ん生襲名後一年余りで四十九歳で亡くなった。決して長生きとは言えまい。だから、この人は、現役の時の通称は、「鶴本の志ん生」よりも、「鶴本の馬生」と言われた期間のほうが長い。12年と1年の差だ。

 興津要さんは、前掲の書で四代目志ん生の死を次のように結んでいる。
 

 大正十三年十月、四代目志ん生を襲名した馬生は、馬楽、小せんを失った寂寥感ゆえに深酒をつづけ、大正十五年(1926)年一月二十九日、胃潰瘍のために五十年の生涯を終えた。
 <志ん生の富本>とうたわれるほどの富本節の名手でもあり、純粋の江戸前の落語家ともいわれた彼の死によって、<古き佳き日>は終りを告げた。


 あえて補足するが、興津さんも大正十三年生まれなので、鶴本の志ん生を生で聞いているわけではない。しかし、まるで見てきたような、講釈師のような文章には、嘘はないと思う。

 四代目志ん生のことを思う時、どうしても“三羽烏”や“五徳の足“という言葉とともに、今では考えられない、いわゆる“破滅型”芸人達のことにも思いが至るのである。
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by kogotokoubei | 2011-01-29 08:52 | 落語家 | Comments(2)
昨年5月7日以来の、池袋ネオン街真っ只中にある映画館での落語会。珍しく昨日今日の連ちゃんである。
 副題に「2011年<イチ押し>の若手競演」とある。構成は次の通り。
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(開口一番 桂三木男 『長短』)
春風亭一之輔 『茶の湯』
春風亭百栄  『鼻ほしい』
(仲入り)
柳家三三   『高砂や』
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三木男 (19:00-19:20)
20分もかけて、目一杯客席を冷え込ませた。このネタで短七が長さんのまどろっこしい話し方にじれるように、この噺がじれったくてしょうがなかった。かと言って、眠れるほどの心地よい語り口でもない。マクラで自らの氏素性を明かしていたが、祖父三代目三木助の十八番にばかりこだわる必要はなく、もっと落語会の開口一番としての役割を認識してネタを選ぶべきだろう。この後、それぞれニュアンスは違えど、三人の先輩全員にイジラレたが、それもやむなし。一之輔の二年、菊六の一年後輩で今年入門九年目。才能が必ずしも遺伝されないのは、根岸の例を見れば明らか。もっと精進が必要だろう。もしかすると、母親の期待が強すぎるのも問題なのかなぁ。少し気を楽にして、前座噺からしっかりやり直して欲しい。

一之輔 (19:21-19:49)
この落語会での登場が少ないのか、「他の人はいいから私の名前だけ覚えて帰ってください。特に三木男はどうでもいいです」と、会場をだまらせた開口一番への釘をさしたが、その通り。このネタは結構聞いている。この人の十八番の一つで、まず、はずれがない。ご隠居が繰り返す「風流だなぁ」が、以前よりは回数が少なく感じたが気のせいかもしれない。別にあの科白のリフレインを力んでで笑わせなくても、全体で笑わせる自信がついた、と理解しよう。楽しめたのだが、正直なところ、もう少し大きいネタ、たとえば昨年にぎわい座のげシャーレで聞いて感心した『五人廻し』あたりを期待していたのだが、そうはいかなかった。独演会ではないし、持ち時間の制限などもあるからね。でも、やや残念。

百栄 (19:50-20:18)
一之輔のことを「また、茶の湯かって思う人もいたでしょう・・・(云々)」といじっていたのは、昨年の横浜にぎわい座での二人会などを含めよく顔を会わせるこの人だから言えること。まさか、三木男をイジったから擁護したというわけでもあるまい。なぜなら、三木男がマクラで「19歳で入門して、15歳年上の後輩がいた」とふったマクラに対し、百栄にとっては定番のマクラネタとはいえ、「32歳で入門したので、15歳下、17歳の兄さんがいた・・・・・・」と、その兄さんを与太郎風、というか幼稚に演じるカウンターがあった。サッカーの話題から野球の斎藤佑樹のネタに移った時は、てっきり『甲子園の魔物』かと思ったが、回りまわってこのネタに。「おかふい」と同じテイストの滑稽噺で会場は結構沸いたが、私としてはこの人ならではの新作を期待していた。 やや残念。

三三 (20:33-21:12)
この落語会の第一回に呼ばれて、自分だけ一席演じ、メインは師匠小三治の映画だった、とのこと。当初、小三治本人に出演依頼があったが、三三にお鉢が回ったらしい。落語と映画、「生ものと巻きもの(三三談)」の会だったようだ。このことについては、下記の新文芸坐HPの「巻頭コラム集」のページに詳しいのでご参照のほどを。さて、本編は、もちろん師匠小三治版を踏襲している。随所にこの人ならではのクスグリはあるが、ほぼ師匠の型。もちろん無難で楽しめはしたが、少し鼻声だったことに加え、時々瞬時ではあるが言いよどみもあり、絶好調とはいえない高座。ちなみに、三三の三木男ネタは、彼が寄席通いしていた頃の池袋演芸場二階の喫茶店での深夜の光景のことや、この会場周辺のネオン街にふれ、“堅気の人が少ない夜の池袋”を終演後に歩くのが怖いので、「先頭には百栄、次が一之輔、その後に自分、そして三木男はおいていく」という内容。23日のよみうりホールにおける「根岸ネタ」が、どういうわけか本人にバレていたので、会場の音響が良すぎて話の内容は壁に全て吸収されるので“お客様方も、くれぐれもよろしく”と、マクラでやんわりブロガーへの注文をしていたので、少しは気をつかうが、これ位ならまったく問題なかろう。


 三三が出演したこの第一回目のことは、新文芸坐のHPにある「巻頭コラム集」のページで、2009年9月号の巻頭コラムとして、次のように掲載されていた。少し長いが、この落語会の背景を知ることができるので、全文を引用したい。
新文芸坐HP 2009年の「巻頭コラム集」ページ

『新文芸坐落語会』始まる!
(2009年・9月号・通巻205号)
落語界で当代人気、実力№1の柳家小三治の日常を撮ったドキュメンタリー映画『小三治』を上映することになり、ご当人にゲスト出演を打診したところ、「映画との絡みでの出演は断るが、落語会だったら出ても良い」との返事であった。◆文芸坐時代には、小三治師匠も出演した『文芸坐金曜落語会』を、1978(昭和53)年から15年間開催していたし、新作落語の会『応用落語』は閉館まで続けた。小三治師匠は、今でも続いていると誤認しているのかも知れないが、“瓢箪から駒”急遽、落語会を復活することにした。『第一回 新文芸坐落語会』は、9月27日(日)午後7時に始まる。◆ドキュメンタリー映画『小三治』は、映画にも出演している小三治門下の柳家三三の出演で、「映画を語る 師匠を語る 落語を演る」というライブを付加して上映する。三三は、若手落語家の中で本格派実力№1と評価の高い真打で、こちらは9月23日(水)午後7時の開演である。◆映画ファンに通い慣れた映画館で、一流落語家の熟練した話芸、〔生〕の魅力を堪能してもらいたいと思う。これを切っ掛けに、“看板”と言われる人気、実力のある落語家の出演による落語会を月1回開催していきたいと思う。また、映画とトークショーのイベントなども企画している。(10月にみうらじゅん来館予定)◆江戸時代の寄席は、銭湯や髪結い床と同じように身近な町内にあり、日常生活に欠かせない社交場であったという。新文芸坐も、新作、旧作の邦画、洋画の上映がメインであるが、落語会、トークショーなどのライブを織り交ぜた多様なラインアップを編成して、多くの人々の耳目を集める“娯楽の発信拠点”として魅力溢れる映画館にしていきたいと考えている。(N)



 なるほど、文芸坐時代からの小三治との縁で、彼の映画上映をきっかけとして、この落語会開催につながった、ということか。歴史もあるし、意気込みも分かる。ネットで調べたところ、旧文芸坐が平成8年に閉館し、平成12年(12月12日)に新文芸坐として再開したらしい。
 今回の「2011年<イチ押し>の若手競演」という謳い文句については、一人だけ相応しくない人選があった、という小言をあえて言わせてもらう。他にも<イチ押し>の二つ目や前座がいるよ。 ぜひ、今後はそういった将来性のある若手が登場することを期待したい。
 プログラムには、本来担当されている新文芸坐の方(永田稔さん)が静養中とのことで、「落語ファン倶楽部」編集部の松田健次さん代筆で、出演者のことを、アジアの若手映画監督に喩えて紹介している。映画のことは詳しくないので、該当する映画監督のことを表現しながら、それぞれの噺家さんの寸評にも相当する部分のみ紹介する。
三三
人心の深い闇をえぐりながらも、その一方で理屈に拠らない人間存在のユーモアを忘れません。
百栄
一瞬「え!」という意外な映像演出を挟むなど新世代らしい遊び心を見せます。
一之輔
あらゆるシーンに縦貫するやるせなさと可笑しみに目を離すことが出来なくなります。
三木男(映画監督の喩えはない)
只今短編で腕を磨きつつ初長編の構想に明け暮れる若き監督の卵でしょうか。

 新文芸坐の「友の会」会員は、3,000円の木戸銭が,2000円になる。会場の湧き方から、六割位は友の会の方で映画はお詳しいが落語はあまりよくご存じない方か、と察する。だからこういう紹介内容にもなるんだろう。あえてこれ以上のコメントはしない。

 一之輔や三三がふれていたが、266席ある椅子の座り心地が良くて、音響も良い。ただし、噺家さんの方は、スクリーンの前にこしらえた高座や、一之輔がこぼしていた二畳位の控え室を使った楽屋を含め、必ずしもやりやすい環境とは言えないかもしれない。昨年5月、初めて体験したこの環境での、菊之丞『愛宕山』、花緑『紺屋高尾』の二席が強く印象に残っている。花緑はマイベスト十席に選んだ。だから今回も、この顔ぶれから期待していたが、少し思いが強すぎたかもしれない。そこそこ楽しめはしたが、残念ながら期待したネタは登場せず、際立った高座にもめぐり会えなかった。しかし、これも寄席・落語会の常である。この会には顔ぶれと都合を相談してまた来たいと思っている。

 外に出ると、本当にこのあたりは異質の世界だ。なんとも言えないネオンや看板の数に、つい「ブレードランナー」や「ブラックレイン」の映像を思い出した。館内で、いろんな映画のポスターを見てきたせいかもしれないが、日本について京都・富士山(フジヤマ)・芸者、といったステロタイプのイメージをもつ外人さんがこの周辺を歩いたら、間違いなく強い刺激を受けるだろうという光景。「風流」とは言えないが、あながち「野暮」とも言えない、なんとも不思議な空間を後に、サッカー中継を見るために家路を急いだ。
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by kogotokoubei | 2011-01-25 23:17 | 落語会 | Comments(4)
11月に開催をお知らせしていた三遊亭遊雀の新たな月例独演会の最初。2010年11月15日のブログ
 構成は次の通り。
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オープニングトーク 三遊亭遊雀・瀧川鯉昇
三遊亭遊雀 『初天神』~『浮世床』
瀧川鯉昇  『千早ふる』
(仲入り)
三遊亭遊雀 『井戸の茶碗』
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オープニングトーク (19:00-19:08)
緞帳が上がると、深々と下がる二つの頭。下手に茶髪、上手には“やかん”。
頭を上げてからの会場は、「えっ、鯉昇!?」という私と同様に驚いた人たちのドヨメキ。
なんと芸術協会のツートップの登場。(個人的には昇太はトップではないので)
遊雀いわく、ここで会場をどよめかせるためだけの企画、とのこと。
プログラムに「オープニングトーク」や「お楽しみ」という言葉が並んでいたので、
誰かゲストがいるだろうとは察していたが、まさかのうれしい人選である。
遊雀が紹介する際、つい「春風亭鯉昇師匠、いえっ、瀧川鯉昇師匠!」と間違えたのはマジにミスったのであろう。遊雀が芸協に移籍(?)したのは、鯉昇が瀧川の名跡に変えた一年後だが、二人の付き合いは結構古いようなので、つい旧名が口をついたということか。
その古い付き合いにまつわる相当下品で笑えるトークだったが、とてもとても書けない。ある意味、遊雀が権太楼をしくじるのも頷けるエピソードだった。

遊雀『初天神』 (19:09-19:35)
この噺は、ブログを書く前の2007年4月14日に、現在は開催されていない「南大沢寄席」の白酒との二人会で、パイプ椅子の前の方に座り、高座から汗や唾もかかろうかという席で最初に聞いて以来。その時は白酒が『花筏』をかけたのだが、彼の汗が飛んできた、ような気がしたものだ。南大沢における遊雀のもう一席が『紺屋高雄』だったとノートには書いているのだが、実は『初天神』しか覚えていない。というよりも、金坊の壊れ方が夢にまで出たほどの衝撃だった。今回は、時間のせいもあり飴のシーンは飛ばして団子だけなのだが、初めて彼のこのネタに出会う人には十分にそのエキスが伝わる高座ではあったと思う。ちなみに、テレビ朝日『落語者』の再開第二回で林家彦いちがこのネタをかけたが、このネタに関して言うのならば、格が違う。遊雀の持ち味である“狂気”を秘めた演出を小品に凝縮したこの人十八番だ。

遊雀『浮世床』 (19:37-19:57)
いったん高座をおりて着替えての再登場。2分の早替わり。ついでにお茶も一口飲んだらしい。あの金坊をやれば、喉も渇くだろう。この噺は『初天神』に比べれば“まっとう”だが、私は彼のこういう噺も好きだ。半公が夢物語の惚気噺を語るシーンなどは、安心して楽しめる。この二つのネタを、この順番で並べたのもよく分かる。いったんざわめいた空気を整え、客演の先輩の高座につなげようという気配り、と言ったら大げさかもしれないが、二つのネタの順が逆だったら、いくら鯉昇と言えどもは出にくいよねぇ。

鯉昇 (19:58-20:33)
定番のマクラで会場の空気を測る。
□集合住宅の下の階の家が寒がりでその部屋の暖房のおかげで・・・・・・
□熱があるので測ろうと思ったら体温計が見当たらず・・・・・・
□インフルエンザが流行った時、大阪でマスクがどこも売り切れて月亭八方の奥さんが北海道にいた八方の携帯に・・・・・・
などなど。
このマクラへの反応で“初鯉昇”が結構いると見立てたのだろう、どの会場でもハズレのないこのネタへ。
私は何度目かなぁ、この噺。とにかくよく聞いている。もちろん、モンゴルまでをも舞台にするネタは大受け。確かに、鯉昇に馴染みの薄いお客さんが多かったようだ。そりゃぁ、遊雀の独演会で、ゲストはシークレットだったからね。しかし、本当に風邪気味のようで、絶好調時のこの人と比べると、ややパワーダウン。とは言え収穫はあった。サゲが変わっていた。なるほど、本編は進化してますなぁ。できれば、マクラももう少し新ネタで、と言いたいところだが、客演としては十分の高座。

遊雀『井戸の茶碗』 (2045-21:25)
予想に反して(?)本寸法だった。まとまった印象はあるが、しかし平凡ではない。この人独特の表情と声による演じわけが演出としては評価できる。基本的には声がよく役者的なので侍には合っている。たとえば、千代田卜斎や高木作左衛門が屑屋の清兵衛を、刀の鞘に手をかけながら、「ちこうへ寄れ!」と言って脅す場面などには効果的だ。『初天神』の金坊の壊れ方でも発揮されるが、時折出す太い声が芝居じみて効いている。全体の演出としては、もっと清兵衛を可笑しくすることもできるのだろうが、三作目でもあり無難にこなしたかな、という印象。


 サプライズゲストを含め、内幸町ホールで、この内容で木戸銭2,200円(前売り)は、とんでもなくお徳。1,000人以上収容できる大ホールで、人気者ばかり集めて3,500円とか4,000円という会に比べれば、寄席の感覚も残しながらの落語会、アットホームで好ましい。
 終演後には落語ブログ仲間と美味しい酒をいただくこともできた。そういえば会場から近いそのお店には、あちらこちらのテーブルで、この落語会に行かれた方が反省会(?)を開いていたなぁ。考えることは皆同じ、ということですなぁ^^

 残念なのは2月、3月が日曜開催で行けそうにないこと。特に3月は、2009年3月21日の朝日名人会の高座で、見事に他の演者を“喰った”と思わせた『崇徳院』がネタ出しされているのだが、行けそうにない。残念でならない。 土曜の落語は昼席のみとしているし、日曜は落語以外の日としている我が身としては、ぜひ平日夜か土曜昼での開催をご検討願いたいところだ。 

 本寸法の実力を持ちながら、ほのかな“狂気”を宿す噺家として、今後も遊雀は気にかけていきたい。しかし、余計なところでは尖る必要はない。1月8日の末広亭初席では、芸協移籍の翌年に南大沢で聞いた時に比べれば、良い意味で年ずいぶん相応の丸みを帯びてきたように思ったが、できれば髪型や髪の毛の色なども“普通”にしてもらいたい。見た目でムダに客を警戒させるような印象を与えずに、噺そのものはキラっ光る鋭さを隠し持つ、そんな噺家さんになって欲しいのだ。 茶髪の噺家は一人でたくさんだ・・・・・・。

 私は、今でも遊雀が喬太郎の好敵手であると思っている。喬太郎より入門は一年早かったが、NHK新人演芸大賞は喬太郎が受賞する三年前の1995年に『反対俥』で獲得している。芸協に移籍後にも2008年には国立演芸場の「花形演芸大賞」を受賞した。もちろん、受賞歴が全てではないが、それだけの実力者である証ではなる。しかし、私にとっては、今のままでは物足らない。まだ、のびしろがあるし、化ける余地があると思う。もっともっと大きくなって欲しい。それが、二人の師匠や彼をこれまで支持してくれた人達への恩返しでもあるはず。白酒や三三そして遊雀の、手作り感のある落語会を長らく主催しているショーキャンプによる新たな独演会によって、この人が一層飛躍することを祈っている。
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by kogotokoubei | 2011-01-25 08:37 | 落語会 | Comments(4)

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『杉浦日向子の江戸塾 笑いと遊びの巻』

 江戸や相撲をテーマに、以前にも杉浦さんの著作を紹介したことがあるが、2008年にPHPから単行本で発行されていた「江戸塾 特別編」が文庫でも発行されたので、ご紹介したい。さまざまな分野の達人九人の方との対談集だが、これが頗る楽しい。
 “笑いと遊び”と副題にあるが、関連して、粋と野暮、男と女、江戸っ子と仕事、酒の飲み方などなどについてテーマは広がっている。
 
 第一章は、大阪芸術大学教授でフランス文学専攻の奥本大三郎さんとの対談。江戸時代のお酒のことでこんな会話が交わされる。
 

 杉浦 江戸は不況知らずです。だから地方から人々が江戸に出てくるん
     ですね。そして様々な商売が盛んになる中でも、お酒は高かった
     ですね。
 奥本 へえ、いくらなのですか?
 杉浦 屋台の上酒で一合四十八文。蕎麦が十六文ですから、その三倍
     です。
 奥本 鰻が蕎麦の十倍以上でしたっけ。それにしても、酒一合が蕎麦の三倍
     は高い。そう気軽には飲まないなあ(笑)。
 杉浦 八文、十六文という安酒もありましたが、それは水っぽい。
 奥本 水割りなのですね(笑)。
 杉浦 はい、当時、下町は水の質が悪く、水売りから水を買って飲んでい
     ました。いまと同じ感覚ですね。その水売りの水が安酒と同じく
     一杯八文します。
 奥本 割るのは誰だったのですか?
 杉浦 酒屋さんです。当時は、蔵元から仕入れたお酒をブレンドして販売
     しました。もちろん、生一本も売りますが、水で割ったり産地の
     違うものを合わせて、その店独自の商品としました。
 奥本 当時の酒屋はブレンダーだったわけだ。それを買って置いておくと、
     家でおかみさんがこっそりまた水で割って、限りなく水に近い
     酒になる(笑)。
 杉浦 調合の割合は見せの腕の見せどころ。合わせる水も江戸市中の悪い
     水ですませる店もあり、きれいな水を遠くまでわざわざ汲みに
     行く店もあったとか。
 奥本 そういう努力をして他の店との差別化をしたわけですね。それでも、
     安い酒はそうとう危なそうですね。よく落語で「こりゃいい酒だ」
     なんて酒を褒めますが、あれは日頃、いい酒が高くて飲めず、安
     酒ばかりだったからなのでしょうね。


 “灘の生一本”、など様々な落語で登場する江戸の酒の時代背景が、これで分かろうというものだ。

 田辺聖子さんとの対談では、江戸時代の物価と併せて江戸っ子と仕事との関係について興味深く語られている。イントロは、田辺さんが「深川江戸資料館」を訪れると飽きることがない、というネタから始まる。 
 

 田辺 もらったパンフレットを見たら、大工の手間賃が一日五百文とか
     書いてある。家賃が月三百文。一日の稼ぎの中で、家賃が一月分
     払えるという、実に泰平の世ですね。
 杉浦 理想的ですね。
 田辺 アサリの剥き身が、すり鉢いっぱい五文。それでおいしい朝ご飯を
     いただいて、お酒が十二文くらいですか。
 杉浦 月のうち、七日とか十日働けば、充分一家四、五人養えるんです。
 田辺 いいわねえ(笑)。最高の世の中じゃないかしら。で、部屋が狭いん
     ですよね、一軒が。
   (中 略)
 杉浦 江戸の人々というのは、結局、全員がフリーアルバイターという感じ
     ですね。ちゃんとお店を構えている商人は、みんな大阪とかあちら
     から来た人ですから。
 田辺 でも、大商人の生涯が幸福だったか、熊公、八公が幸福だったかと
     いうと、これは、本当にわからない。


 江戸時代の“幸福論”まで話が広がるが、この二人の対談である、江戸時代の「男と女」の世界にも触れないはずがない。
 

 田辺 江戸の川柳で言えば、江戸の人は、夜が明けてから寝るまで、
     色事のことばかり考えてるみたいね。
 杉浦 ほとんど全部、男女の句。
 田辺 しかも、いま読んでもニタッと笑えるような。思いあたることはないん
     だけど、わからないわけではない。
 杉浦 江戸っ子というのは、色気と食い気。そればっかりで、日々暮らして
     いたように感じますね。川柳を見ていると、特にそう。川柳から、
     男女のこととか、俗にバレ句という色っぽい句を抜いたら、ほとんど
     なくなってしまいます。
 田辺 有名な「泣く泣くも良いほうを取る形見分け」「国の母生まれた文を
     抱き歩き」なんて、こういうノーマルで健康的な句は、正面だけを、
     ショーウィンドウに飾っておく・・・・・・。
 杉浦 本当に表だけ飾っておいて・・・・・・。
 田辺 入ったお客さんには、「どうぞどうぞ、裏に面白いもがあり
     ます」(笑)。江戸の文芸や文化を研究していると、奥が
     深いんですよね。


 さすが“江戸の達人”お二人の対談で、楽しくタメになる。

 また、泉麻人さんとの対談では、「粋」とは何かが解き明かされている。
 

 杉浦 粋というのは、江戸を研究するにあたって、またいで通れない、
     要としておさえておくべくポイントです。しかし、粋について
     語ってしまうと粋でなくなってしまう。粋について語るほど
     野暮なことはありません。ですから、こうして話し始めると
     私は野暮ですと言っているようで気が引けるところがあります。
 泉  粋という基準が、いまなくなってきていると思います。昔は
     粋=オシャレだったけれども、特にこの十年ぐらいは、野暮
     でも貪欲に情報を吸収したり、マニュアルをつくりあげた
     ほうがオシャレということになってしまいました。
    (中 略)
 杉浦 本来の粋というのは、自分の中で熟成され、個人個人で基準
     が違うものなので、粋のマニュアルはないんです。しかも、
     野暮は目に見えますが、粋は目に見えない。粋というのは
     雰囲気の粋でもあるわけで、その人が発するオーラのような
     ものなんです。


 この後に、「粋」「野暮」「半可通」「気障」などについて、興味深い対談が続く。

 他にも高橋克彦さん田中優子さんや石川英輔さんといった物書きの方や、大阪の老舗鰻店「阿み彦」のご主人である奥田幸彦さんといった“塾生”たちと杉浦“塾長”との楽しい対談で構成されている。文庫になるのを待って良かった、としみじみ思える本である。

 落語のバックボーンでもある江戸を知ることのできる、こんな洒落た「塾」があるのなら、通ってみるのも“オツ”であろう。
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by kogotokoubei | 2011-01-22 10:12 | 江戸関連 | Comments(0)
大寒、満月の夜に人形町へ。今回は主催者である小学館から2月に発売される「落語 昭和の名人 完結編」創刊決定記念と題され、昭和の各名人の弟子にあたる噺家さんが、師匠の十八番を披露する趣向。構成は次の通り。

------------------------------------------------
(開口一番 春風亭朝呂久 『饅頭こわい-序-』)
古今亭志ん輔 『駒長』
柳家小はん  『へっつい幽霊』
(仲入り)
柳家小満ん  『厄払い』
柳家さん喬  『うどんや』
------------------------------------------------

朝呂久 (18:50-19:00)
11月の第30回の時以来。その時の『道灌』にも好意的なことを書いたが、今回もなかなかのものだった。一朝門下の前座さんで、大きな体を揺すりながらメリハリの利いたハキハキした声で熱演。いわゆるフラを感じさせる人で、今後の成長が楽しみである。

志ん輔 (19:01-19:29)
大ネタではないが、大師匠志ん生、師匠志ん朝と伝わる古今亭の噺。結構あっさり目の演出だったが、なかなか楽しめる高座だった。前半のヤマ場である長八とお駒の会話が好きだ。借金で首が回らない二人が、お駒に惚れて毎日のように借金の催促に訪れる損料屋の丈八を、芝居を打って美人局で騙そうという計略を相談するところだが、この人らしい顔や身振りのオーバーアクションと独特の一拍間を置く(アフタービート?)のリズムが良い。本人の日記風ブログによれば駒ヶ根での落語会(ネタは『幾代餅』)から帰ってきたばかりで、このネタをさらった形跡がないのだが、体に染み込んでいる噺なのだろうと感じた次第。

小はん (19:30-20:04)
実は初めて聞く。登場して来て高座に上がるまで、やや足元があやしく、どうなることかと思ったが、語り始めると結構安心して聞くことができた。見た目の様子からは、詳しく知らないが、以前に大病をしていて少し後遺症が残っているようにも見受けた。しかし、このネタは相当深く体に染み込んでいると見えて丁寧に最初の師匠三木助の十八番を演じてくれた。昭和16年生まれで35年に三代目桂三木助に入門しているが、翌年三木助がなくなって五代目小さん門下に移籍しているので、このネタを三木助から直接稽古してもらったとは思えない。しかし、最初にへっついを買った男が幽霊が出て返しに来た際の言葉の終わりに「~道具屋」を入れて笑いをとるところや、熊さんと若旦那がへっついを運ぶ途中でへっついをぶつけて中から金が出てくるところなど、まさしく三木助の型である。入門当時の高座を目に焼きつけ、今に残る音源を聞きまくって自分のものにしたのかもしれない。昭和の香りのする今年満70歳になる噺家さん。貴重な高座を見たように思う。

小満ん (20:14-20:34)
マクラが楽しかった。昭和の名人達が健在だった時代の寄席の楽屋風景を思い出しながらの語りは、この話だけでもずっと聞いていたい懐かしく楽しい内容だった。最初の師匠文楽、志ん生、そして金馬などの声色は、声が似ているというよりは、雰囲気をつかんださり気ない隠し芸と言えるだろう。落語黄金時代にその場にいた人しか語れない話。本編は、昨年も1月7日に、横浜にぎわい座での白酒独演会の客演として登場した市馬で聞いていたが、やはり文楽譲りのこの人の高座に軍配が上がる。与太郎ものもなかなかだ。炒った豆を食べるシーンは、一瞬明烏の甘納豆を彷彿とさせる。短い時間だったが、懐かしさと暖かがこもった高座に感謝。

さん喬 (20:35-21:05)
いくつか師匠小さんの思い出話を披露してから本編へ。ネタについてはやや言訳じみたことをマクラで語っていたので、普段はあまりかけないのかもしれない。私自身はさん喬でこのネタは初。上方の『風邪うどん』を三代目小さんが東京に移植して代々小さん門下の十八番。時間のせいもあるのだろう、笑いをとる場面である酔っ払いが仕立て屋の太兵衛の娘の結婚という同じ話をうどん屋に何度も聞かせてからむ部分は、繰り返しがいっぺんだけだった。マクラで自信なさげに語った理由は分かる。あまりこの人には向いていないネタかもしれない。同じ酔っ払いでも、妾馬の八五郎などは光るが、ただの酔っ払いは苦手と見た。会場では結構笑いが起こったが、私には今一つ、という印象。現役の一門では先輩小三治のこのネタが筆頭だろう。何ともいいんだよね、下戸の人が演じる酔っ払いが。さん喬には次に会える時の高座を期待しよう。


 どれか一つ飛び抜けた高座があったわけではないが、会としは、時間配分も良く十分満足。そして、何と言っても終演後に落語を愛好する先輩達との噺を肴のおいしい酒に、時間のたつのも忘れ、大寒の冷え込みも吹き飛ばし心地よく酔えたことが収穫。人形町の夜空に輝く満月を眺めながら、再会を約して水天宮の駅に向った。
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by kogotokoubei | 2011-01-21 09:08 | 落語会 | Comments(7)
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佐藤義和『バラエティ番組がなくなる日』

 昨今相次いで終了したつまらない“ネタ見せ番組”や『M-1グランプリ』について何度か書いてきたが、かつて『THE MANZAI』や『らくごin六本木』『オレたちひょうきん族』、『笑っていいとも』などのディレクターやプロデューサーとして、新しいお笑い番組の創造に取り組んできた創り手の方が、大いに共鳴できる内容の本を書いてくれた。サブタイトルには、“カリスマプロデューサーのお笑い「革命」論”、とある。次のような章の構成。

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序章  危機に瀕するバラエティ番組
第1章 バラエティ番組の進化
第2章 お笑い芸人の習性
第3章 バラエティ番組をダメにしたテレビマンたち
第4章 バラエティ番組はどこへ行けばよいのか?
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 著者は佐藤義和さん。フジテレビの制作会社フジポニーを経て1980年にフジテレビに入社。演芸制作担当部長などを歴任され、2005年にフジテレビを退社されて、現在フリープロデューサーという方である。「ひょうきんディレクターズ」5名の一員だった方でもある。「夢で逢えたら」をとっかかりにダウンタウンやウッチャンナンチャンを表舞台に引き上げ、SMAPをバラエティ番組に登場させた方でもあるらしい。

 この本は至るところ「うん、うん」頷ける部分があり、ついつい引き込まれて読んでしまった。たとえば、次のような指摘。

 ネタ見せ番組に、才能を感じさせる新しいコンビなどが出てくると、彼らの将来に期待をしたくなるだろう。しかし彼らが、ひな壇に座って、大きな笑いをとることはない。お笑いタレントそのものには可能性を感じたとしても、新しい笑いを生み出してくれそうな可能性を感じさせるバラエティ番組は皆無である。お笑いタレントたちの才能はまったく生かされていない。(序章)


 「ごもっとも!」、である。この“ひな壇形式”のバラエティについては、次のような制作者達の問題を指摘している。

 たとえば、6人の出演者を選ぶという場合、その人選はひとりひとり入念に行われなければならない。それが10人であっても同じことである。しかし最近のバラエティ番組は、とりあえず、そこそこのレベルのタレントを集めておけばなんとかなるといった安直さが目立つ。その典型例がひな壇形式のバラエティ番組である。(第3章)


 そして、ご自分の経験に基づく鋭い指摘につながる。

 30年前の『THE MANZAI』において演じている漫才師たちを、それ以前に浅草や花月の舞台で見た人がいても、テレビの画面で演じている漫才師と同一人物とは思わなかっただろう。それほどに、『THE MANZAI』は、出演者たちを化けさせることに成功した。私自身が、彼らの変貌ぶりに驚いたのだ。
 だからバラエティ番組において、出演者選びを安直に行うべきではないし、使い捨てにすることを前提にタレントを使うべきではない。ひと目見ただけで、素人でも与えられた役割がわかってしまうような予定調和的なバラエティ番組は、視聴者にばかにされるのがおちである。(第3章)


 現在のバラエティ番組なるものが、“タレントの使い捨て”であり、視聴者に“ひな壇タレント”の役割を見透かされる予定調和の番組であるからこそ、この小言なのだ。

 この本は、主婦の友新書の「なくなる日」シリーズの新刊として最近発行されたばかり。前半は、著者佐藤さんのフジポニー入社のいきさつや、入社後のさまざまな番組づくりにおける苦労話などが時系列的に綴られている。しかし、決して鼻持ちならない自慢話ではなく、フジテレビがフジポニーなどの制作子会社を吸収する際、『THE MANZAI』の成功がなかったらリストラされていただろう、と非エリートでだった自分のことを率直に語っている。ビートたけしや明石家さんま、タモリ達のデビュー当時のエピソードなども興味深く読める。もちろん、著者がディレクター時代に上司だった横澤彪プロデューサーの思い出も語られている。

 『夢で逢いましょう』や『シャボン玉ホリデー』に刺激を受けてテレビ番組制作者の道を目指し、1980年代以降の傑作バラエティ番組をいくつも手がけた佐藤さんが、本書の最終章「バラエティ番組はどこへ行けばよいのか?」で、次のように書いていることが、落語ファンにはうれしいじゃないか。「落語がバラエティ番組を救う」から、中略しても少し長くなるが引用する。

 私は、日本で新しい笑いをつくっていくためには、まず落語の魅力を知る必要があると考え、後輩たちにも常にそのことを伝えてきた。団塊の世代以上の日本人は、多かれ少なかれ落語の洗礼は受けている。子どものころ、テレビではけっこう寄席中継をやっていた。バラエティ番組と比べれば、ずいぶんと地味な雰囲気ではるが、期待もせずに見ていると、思わず引き込まれていく経験をみな何度かはしている。
 しかし、現在、落語は意識をしなければ、なかなか触れるチャンスはない。寄席中継はあるにはあるが、放送時間は、視聴率が期待できない時間帯だからである。
 私は、落語の魅力を多くの人に知ってもらいたい思いで、漫才ブームが渦巻く1981年4月に、『らくごin六本木』という番組を深夜枠で立ち上げた。
 (中 略)
 江戸時代後期から明治時代に、その原型が確立された落語は、世界的に見てトップといえる話芸であり、そのユーモアのレベルはきわめて高いと私は確信している。社会風刺もあり、ニュアンスの機微を描く洗練されたコメディもあり、荒唐無稽ともいえるアバンギャルドな設定の上のナンセンスジョークもある。一切セットのないなかで、たったひとりでさまざまなキャラクターを演じ分ける技能は、他の国のコメディアンにはまねはできない。
 私はここで「みなさん落語を鑑賞しましょう」というつもりはない。ただ、落語的な笑いの世界を軽視しないでほしいといいたい。それが日本人の笑いを堕落から救ってくれると考えるからである。お笑いバラエティが破たんする前に、制作者もお笑い好きの視聴者も、落語に目配せしながら、笑いとは何かを考えてもらえればいいと思う。
 そして、私自身も、これからの創作活動のなかで、落語との付き合い方を模索している。


 この最終章には、落語以外に次のようなキーワードが並ぶ。
  ◇見えていない中高年へのアプローチ
  ◇社会を風刺しなければお笑いではない
  ◇時代劇の可能性
  ◇時代のリズムをつかむ
  ◇ジャーナリズムの視点を取り戻す

 佐藤さんがフジポニー入社時の指導員的な存在でフジテレビ開局に文化放送から参画した元フジテレビプロデューサー常田久仁子さんが昨年11月に亡くなり、先日横澤彪さんも・・・・・・。テレビの作り手の世界に向けて正しい小言を発することのできる人がどんどん少なくなっていく中で、団塊世代の佐藤さんが鳴らす警鐘は貴重だろう。
 佐藤さんが過去に制作者として携った番組や、その番組の出演者が輝いていた頃に興味があり、昨今のバラエティ番組に憤りを感じる方にとっては、結構カタルシス効果の大きい本としてもお奨めします。
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by kogotokoubei | 2011-01-19 15:22 | お笑い・演芸 | Comments(8)
少し先の話になるが、4月にフジテレビで、落語をベースとしたドラマが放送されるらしい。
SANSPO.COMの1月14日の記事

俳優の高橋克実(49)と女優、長澤まさみ(23)が4月放送のフジテレビ系ドラマスペシャル「誰(タレ)よりも君を愛す」(仮題、放送時間未定)で親子役を演じることが13日、分かった。
 静岡を舞台に、うなぎ店を営む父親と子連れの出戻り娘が絆を取り戻していくホームコメディー。古典落語をベースにした笑いと涙の物語で、脚本は落語が題材のNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の藤本有紀氏が書き下ろした。


 フジテレビHPの番組案内ページには次のような内容が記載されている。
フジテレビHPの番組案内ページ

物語は、突然子どもを連れて帰ってきた華子と父・幸平の親子の絆の再生を中心に、笑って、泣ける、古き良き日本の家族愛が描かれたホームコメディ。古典落語がベースとなったオリジナル脚本で、2008年放送で話題になった朝のテレビ小説『ちりとてちん』(NHK)を執筆した藤本有紀が脚本を担当する。


 春風亭昇太も一枚噛んでいる。

浜松が舞台ということで、静岡出身の落語家、春風亭昇太がドラマの監修を務めるとともに、なんと本人役で出演。物語のキーパーソンとなる大事な役どころを演じる。


 そして、出演する高橋克美のコメント。

「文七元結」の吾妻橋のくだりから始まり、いろんな落語が盛り込まれた脚本で、すごく面白い! 静岡(浜松)が舞台で、静岡発信のドラマですから、ドラマを見てくださった皆さまに静岡のいいところが伝わるように、頑張ります。



 スポンサーの名をとって“うなぎパイドラマスペシャル”と銘打ってあり、このドラマの特長が次の掛け算で表されている。。
 「ホームコメディ」×「古典落語」×ご当地名物「うなぎ」

 テレビで、いわゆるゴールデンタイムに放送されるドラマは、ほとんど見ない。かつてはNHKの大河ドラマをよく見ていたが、最近は興味が薄れた。人気俳優の起用で視聴率を稼ごうという姿勢ばかり目につくことや、原作の良さを台無しにする内容だったり、原作そのものがまったくいただけないもの(例えば『天地人』。本屋で立ち読みしただけで頭痛がした。直江兼続を素材にするなら藤沢周平の『密謀』をベースとするべき!加えてあのヘタクソな俳優である)だったりで、見ていて腹立たしくなる位なら見ないほうがいいと思う次第。『坂の上の雲』のみ例外。三年がかりで見ることになりそうだ。
 ただし、NHKの朝ドラは、意外に見ている。『ゲゲゲ・・・』も見ていた。ただ、見るのは土曜にBSでまとめてである。朝見ていたら遅刻する。(だから、地上波のみを対象とする視聴率という指標が、あまり信じられない。)

 もちろん、『ちりとてちん』も毎週土曜日に楽しみに見ていた。だから、このスペシャルドラマが藤本有紀脚本となれば、ほうっておけない気がする。ただし、古典落語をベースのドラマと言っても、噺家の世界そのものを扱った『ちりとてちん』とは違ってドラマの味つけが落語というのは、よっぽどオチャラケ・コメディにするならいいが、シリアスな内容も醸し出すようなのでどこまで出来るのか・・・そういったことも含め興味深い。キャストも嫌いではない。少し先ではあるが、楽しみである。
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by kogotokoubei | 2011-01-18 10:35 | テレビの落語 | Comments(0)
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*テレビ朝日HPの番組案内ページより

 あれだけ煽ったのだから、見た後の感想も書かないわけにはいかないだろう。
 まず、このネタを選んでくれたことは、素直にうれしい。かつて彦六の正蔵が十八番(オハコ)にしていたが、最近は高座にかける人が少ない噺。しかし、その荒唐無稽さということで言えば、これほど落語的なネタもないだろう。

 まず、ケチ噺の定番マクラである“隣の家から金槌借りて来い”の小噺でも、会場はこの沸き様である。このほど良い暖まり方は決して悪くない。もちろん、いわゆるご通家より落語初心者の方のほうが多そうだが、なかなか幸せじゃなかろうか、この番組の収録で初めて落語の楽しさを知る人は。これは嫌味ではない。
 ケチ兵衛が冒頭でサクランボを食べるシーンもなかなか可笑しいし、何と言っても“お婆さん”がいい。ケチ兵衛の頭に桜の木が生えた際の「うんにゃ~」と驚くセリフや「あ・た・ま・の・う・え・に、桜の木」は、花緑オリジナルなのだろうが、素直に笑える。お婆さんが、後半はあまりの騒動に“切れる”が、これもご愛嬌だろう。

 演出の部分もあるだろうが、会場は笑うべき場面で相応に盛り上がっていたように思う。途中はさんだ『長屋の花見』や『愛宕山』のクスグリは、会場のお客さん大多数からあまり反応がなかったが、これはやむなし。

 カメラワークも思っていたほどゴチャゴチャ動かず、最近のテレビの落語としてはなかなか楽しめたほうである。

 今年四十路になる花緑には、昨今成長著しい後輩の三三や一之輔などの刺激をバネにより一層飛躍を期待しているし、こういう忘れられかけた古典ネタを現代に生かす担い手でもあって欲しい。 この人なりに新作なども出来そうに思うが、古典だけで行くのだろうなぁ。

 第2シーズンのスタート、期待通りに花緑で勢いがついたのではなかろうか。番組HPには次回は、彦いち『初天神』と紹介されている。テレビ朝日HPの「落語者」のページ
 顔ぶれに第1シーズンから新奇性が加わるのかどうか分からないが、中堅若手落語家のネタをそれなりの時間を割いて放送する稀有な番組として、今後もできる限り見ていきたいと思う。
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by kogotokoubei | 2011-01-16 15:19 | テレビの落語 | Comments(4)
ようやく第一回の内容が局のHPで案内された。花緑の『あたま山』らしい。

 「えっ、前のシリーズの第一回も花緑だったのでは?」と思われる方は、記憶力がよろしい。前シリーズの13回の噺家さんとネタは以下の通りだった。
--------------------------------------------
1.柳家花緑    『時そば』
2.三遊亭白鳥   『戦え!おばさん部隊』
3.桃月案白酒   『替り目』
4.柳亭市馬    『粗忽の釘』
5.林家彦いち   『みんな知っている。』
6.立川生志    『反対俥』
7.橘家文左衛門  『のめる』
8.古今亭菊之丞  『幇間腹』
9.笑福亭風喬   『堪忍袋』
10.五明楼玉の輔 『悋気の独楽』
11.三遊亭歌武蔵 『大安売り』
12.柳家甚語楼  『狸賽』
13.古今亭菊志ん 『天災』
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 まさか、同じ噺家さんで今回もなぞるわけでもあるまい。他にも登場を期待する若手だっているし、テレ朝のプロデューサーだって新しい顔を登場させたいだろう。スタートダッシュを花緑でつけようということかと察する。

 このネタ、彦六の正蔵の音源は持っているが、寄席や落語会では今日では珍しい。
 荒唐無稽な落語らしい噺と言うことはできる。これは、結構楽しみである。
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by kogotokoubei | 2011-01-14 11:01 | テレビの落語 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛