噺の話

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素人芸能人で落語を演じる人が出演する落語会について、率直な気持を書く。
 俳優の風間杜夫や月亭方正(山崎邦正)が出演する“有料”の落語会がある。共演者の“プロ”の落語家の名前で検索しスケジュールも都合がよくて一瞬チケット購入への食指が動くが、その横に彼ら素人芸能人落語家の名前が並んでいるので、「げっ!」となり断念する。
 WOWOWで三三や遊雀といった落語家がお笑い芸能人に落語の稽古をつける企画があったが、これは稽古のプロセスが中心の番組なので、楽しめないこともない。
 しかし、上述したお二人は、落語会への出演である。たしかに、風間杜夫は器用だし、『火焔太鼓』は“素人ばなれ”しているとは思う。しかし、“玄人”ではない。山崎邦正という人は、おおかたのイメージと違って頭も良く多彩な人のようだし、聞いたことはないが落語も素人としては上手いのだろう。でも、あくまで素人の余興なのだ。
 私はこういった会に行こうと思わない。そして、共演する好みの落語家には、素人と付き合うそんな閑があったらまともな落語会や独演会にその貴重な時間を使って欲しいと思う。共演者には結構多忙な顔ぶれが並んでいるのだ。

 「落語がそれだけ普及した証拠だから、いいじゃないか?」「彼らの落語を楽しみたいという客だっているだろう」という声もあろう。
 しかし、落語ファンの大半は、当たり前だがプロの芸を楽しみたいのだ。素人が落語を披露するなら、仲間内で無料か、もし有料の会場を借りて演じるならその費用支援のカンパ程度でお願いしたい。
 「落語映画だって落語素人の俳優さんが出演しているじゃないか」と指摘する人もいるかもしれないが、映画は落語会ではない。俳優は落語家のみならず、いろんな人物になりきって演じるのはあたりまえのことである。
 「落語は一人芸だからいいじゃないか」という抗議もあるだろう。違うのだ。独演会ではなく落語会となって複数の出演者が登場するイベントは、プログラムそのものが素人出演者を意識した構成にならざるを得ない。だから、プロだけの落語会とは自ずと違った“空気”、ちがった“演出”になるし、座談会などが組まれれば間違いなく素人さんが中心になる。
 
 私自身が気のあった仲間と行く旅行で、夕食後の余興に下手な落語を酒の勢いで演じるので、よく分かる。仲間うちだからいいんだよ。とてもとてもプロの落語の世界は奥が深い。あまり“図に乗る”のは野暮ってもんでさぁ。素人芝居だって、全員素人だったら結構。落語も全員素人の会なら、それはそれで楽しめる。先日、岐阜で2月に行われた“落語のインカレ”とでもいうべき安楽庵策伝大賞をBSで見たが、なかなか面白かった。しかし、彼ら彼女たちが精一杯奮闘する姿にスポーツにも似た見どころがあるのであって、今後プロの道に入って大成しそうな素材は何人かいるにしても、芸はやはり“おちけん”のそれなのである。

 素人芸能人落語家の方々、プロと一緒に落語を演じるその「勇気」は認めましょう。しかし、度が過ぎた「稚気」を私は認めない。どうぞ、仲間内で酒の肴におやんなさい。
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by kogotokoubei | 2010-03-30 11:59 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
ほぼ九割の入り。本人も一席目のマクラで言っていたように、途中の席が穴のように空いていたので、チケットを購入したが何らかの理由で来れない人が若干いたのだろう。一之輔ファンが大半だったように思うが、木戸銭の安さもあって来場した落語ビギナーも数名いらっしゃったようだ。

演者とネタ。
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(開口一番 春風亭一力 『たらちね』)
春風亭一之輔 『花見の仇討』
(中入り)
伊藤夢葉 奇術
春風亭一之輔 『抜け雀』
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一力(19:00-19:17)
青々とした丸刈りが妙に似合う昨年入門したばかりの前座さん。どこか不思議な魅力がありそうなのだが、まだこれから。がんばってもらいましょう。

一之輔『花見の仇討』(19:18-20:01)
学校寄席の話を中心にマクラが17分。工業高校の男子生徒、女子高生といった観客を前にした苦労話もそれなりに楽しかったが、その分、約25分になった本編にしわ寄せがあった印象。3月5日横浜にぎわい座での兼好のこの噺がすこぶる良かったので、どうしても比較してしまった。兼好と本編に要した時間はそんなに違わないのだが、その出来栄えと会場の反応には少し大きな差がある。やはり一人一人のキャラクターの描き方がその大きな違い、あえて言えば二つ目と真打の差でもあるのかもしれない。長屋の友人四人が全員一之輔なのだ、まだ。六部役がおじさんの家で酔いつぶれるシーンなどは、もっとこの人なら弾けていいと思う。この人にしては少し淡白だった印象。

一之輔『抜け雀』(20:38-21:12)
短いマクラで雲助、駕篭かきのことを説明して本編へ。無難な出来なのだが、どうも今ひとつしっくりこない。ネタ出ししてあるぶん、もう一席よりは完成度は高いのだが、こっちの期待が高すぎるのだろうか・・・・・・。相模屋の夫婦の会話なども、もっと盛り上げられるように思うし、絵師の演出もまだまだ工夫ができるはず。教科書的には問題ないだろうが、芸としては、まだまだ先を期待する。


まだ二つ目、三十を過ぎたばかりということは十分承知しているのだが、この人にはもっともっと上を期待してしまう。持ち味のダイナミックさが今日の二席ではあまり感じられなかった。過渡期なのだろう。「上手く」演じようと思ってはいないのだろうが、そうしているように感じる。もっとクサくていいと思う。弾ける時でも遠慮している印象。

来年からは日暮里サニーホールの独演会(真一文字の会)も含めて毎月この会場で行うことになったとのこと。オフィスM'sさんが後押ししているのだろう。本人は「大丈夫でしょうか・・・・・・」とか「ちょっとバブルで」とか謙遜していたが、この会場を平日でも満席にする力と人気はある。ただし、「上手い」だけの一之輔を彼の客は求めていないはずだ。もっとスリリングで骨太の噺家になって欲しい。白酒や兼好に負けない毒も持って欲しいし、遊雀に負けずに弾けても欲しい。一朝師匠の弟子であっても芸風まで似る必要はない。もっともっと彼ならではの噺家像を目指して欲しい。その力は間違いなく持っている。
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by kogotokoubei | 2010-03-26 22:27 | 落語会 | Comments(0)

五代目 柳亭左楽

 今日3月25日は、五代目柳亭左楽の命日である。本名中山千太郎、明治5(1872)年3月5日に生まれ、昭和28(1953)年の3月25日に亡くなっている。その壮大な葬儀の記録なども掲載された『落語百景』をすいぶん前に取り上げたことがある。
2008年8月23日のブログ

 八代目桂文楽は、芸の上では三代目の三遊亭円馬に数々のネタを授かったが、人生の師としてはこの五代目左楽を挙げている。他にも八代目の三笑亭可楽、四代目柳亭痴楽などが弟子だった。一時隆盛を誇った「睦会」の会長として時の落語界における重鎮であった人物。関東大震災後の左楽の活動により現在の落語協会につながる「東京落語協会」ができたことや、その後の睦会のことなどが落語協会のホームページに紹介されているので引用する。落語協会HP 「協会沿革」
 大正12年10月関東大震災の後に、五代目柳亭左楽が奔走した結果、大同団結し「東京落語協会」を設立する。これが現在の社団法人落語協会のルーツとなる。
しかし、翌13年6月には、またまた分裂。旧睦会が独立し「東京落語睦会」として復活する。その後も、両会派はさらに小さな分裂や解散を繰り返す。その団体名を挙げるだけでも「落語演芸東西会」「柳三遊研成社」「日本演芸協会」「東京演芸組合」「三語楼協会」「金語楼一座」「東京落語組合」など、正確に把握する事さえ困難なありさまである。
昭和5年、六代目春風亭柳橋と柳家金語楼が「日本芸術協会」を創設する。これが現在の社団法人落語芸術協会の母体である。

 どんな噺家であり、どんな人物だったか、『続聞書き 寄席末広亭』から深く親交のあった北村銀太郎の回想で紹介。続聞書き 寄席末広亭 -席主北村銀太郎述-(富田均)

 五代目が高座で脚光を浴びたってのは、日露戦争から帰ってからなんだ。当時三十代の半ばで、若手のバリバリだ。銀座の夜店で『原田重吉玄武門破り』という一冊二銭の豆本を買って来て、これを一席にまとめて高座にかけたら、やんやの喝采だ。話は原田が玄武門を超えて中に入り、閂を外したっていう、例の肉弾三勇士みたいな戦勲物なんだ。この話は五代目の尾上菊五郎も芝居でやったくらいに、当時は誰もが知っている有名な話で、聞いたところで珍しくもなんともないっていう代物だったんだけど、そこが芸というか、話術のおもしろさというもんで、お客が沸きたっちゃった。なにしろ本人が戦線に行ってたんだから、話に迫力がある。それから『乃木大将』、これも大当たりだ。例の二百三高地の話なんだけど、時代が時代だから大人気だ。とにかく機を見るに敏で、もともとが講釈師だから歯切れがいい。戦勲物なんて、持って来いなんだ。
 そのあと暫くは大当たりが出なかったけど、大正の末にもう一度左楽人気が訪れた。鬼熊事件というのがあって、それを高座にかけたのが大ヒットしたわけだ。人を殺して、千葉の多古の山中に逃げ込んだ犯人を追って大捜査が布かれたんだけど、山中ということもあってなかなかつかまらない。多古というのは成田から南東に二十キロばかり入ったところにある山村でね。なんで鬼熊かっていうと、これがよく出来ていて、犯人の名前が熊次郎なんだよ。この男が飲み屋上州屋に勤めるおけいという情婦がほかの男に心を寄せたのを怒って復縁を迫ったが結局は駄目、おけいは浮気もん、おととい来いってはねつけた。で、とどのつまりが撲殺よ。焚火か鍬で殴ったんだろう。ところが、熊はそれでもおさまらない。おけいを横どりした男の家に突っ走って、その家に火をつけた。そして、山の中へ、とこうなったわけなんだ。千葉県警と近くの消防団員、こういう連中までが総動員されて、いつかの虎探しじゃないけど、熊を求めて山狩りが行われた。(中 略)この熊探しを、五代目がルポしたわけなんだよ。
 五代目は毎日、昼前に出かけて行っちゃ、夕方東京に戻って来て、すぐ高座にそれをかける。こまかいんだよ、話が。山のどこそこに大便がしてあったとか、やれ、足跡がどこそこにあったとか、どこから逃げ込んで、今日の昼の状況はこうだとか・・・・・・。それをお客が目当てで連日聞きに来る。(中略)
 五代目は古典もやって、「五人まわし」なんてかなりよかったけど、ま、落語一席となると、どうしても弱かった。三代目小さん、初代円右、二代目燕枝、こんな名人たちと比べりゃ、ずっと下だったよ。どう贔屓目に見ても、高座じゃ名人と呼ばれるような噺家じゃないんだよ。ところが、なぜかそれでいて重鎮なんだ。実に不思議な、一般の人にはない不思議な魅力があった。大体、気骨があったという点じゃ、すば抜けてたよ。だから、小さん、円右、燕枝なんてところも、芸でははるかに上まわっていながら、五代目には結局かなわなかった。明治、大正、昭和の三代で、私の知る限りあの人以上の器量人は、ほかにいないね。

 噺家としては、本寸法とは言えず時流にのった新作派であり、それも当時としては非常にオリジナリティがある噺を語っていたようだ。北村翁が語るように、芸人としてより人物としての評価が高い人。その“器量人”の具体像を次のように回想している。
 あのころで月三回、市内の席亭が全員神田の花月に集まっちゃ、どの芸人をどの寄席にまわす、いや、まわさないって、俗にいう顔づけ、早く言えば、いい芸人のとり合いをやってたわけだ。むろん席亭だけじゃなくて、協会の方からも小さんを初め大幹部が出て来る。一応平等らしくやらなきゃおさまらないから、まず一流の寄席にとりあえずひとりずついい噺家を配る。四谷喜よし、神楽坂演芸場、芝恵智十、神田花月、白梅、立花、こんなところから決まってゆくわけだよ。一流はのんびりとしていても、ひとりは必ずいいのがまわって来るのはわかっているから煙草吸ったり、おしゃべりしたりで余裕しゃくしゃくだ。
 ところが、それが一流から二流、三流へと下りてゆくに従い、灰皿は飛ぶ、椅子は飛ぶ、殴り合いは始まるの大騒ぎに変わって行っちゃう。あのころで何十って寄席があって、いい芸人は何十人もいないから、そりゃあ凄いとり合いなんだ。喧嘩は席亭同士だけじゃない、芸人も芸人で格下の寄席にはまわされたくねえって、あれこれいちゃもんつけちゃゴタを巻き、とっくみ合いを始めちゃう。しかし、騒ぎの中心はなんと言っても席亭の方だ。お膳なんかあっちこっちでひっくり返されて、至るところ滅茶苦茶。みんなどうかしちゃったんじゃねえかと思うくらいの荒れ放題なんだ。そりゃあ、そうしてもそうなるよ。隣の寄席にいいのが出て、こっちに出ないじゃ、やる前から商売上の勝負がついちゃってるわけなんだから。私はどうでもいいですなんて顔してたら、すぐ廃業だよ。まあ、ここでも結局、五代目が割って入るようなことで決着をつけることになる。また、五代目がいなきゃ、まとまらない。席亭と芸人で五十人近くもいるんだもの、それがみんな自分にいいことばかり考えてんだから・・・・・・。とにかく、小さんがいても駄目、燕枝がいても駄目。小さんがいくら夏目漱石に絶賛されるほどの名人だとしても駄目。また、横山大観が燕枝の人格をどれほど称讃していようとも、これも駄目。外部の声なんぞ、内側に入ってみればなんていうことないんだよ。芸もあることながら、たくさんの人間がそこに寄って来ると、とどのつまりは人間としての大きさ、深さ、暖かみ、こんなものしか通用しなくなっちゃう。

 当時の寄席は鳶や北村銀太郎のように大工の棟梁などが経営していることも多く、顔づけが修羅場になったことは容易に推察できる。そして、その修羅場を治めるだけの器量人が五代目左楽だったというわけだ。

 弟子の八代目桂文楽の芸談『あばらかべっそん』からも引用。
*この本、私は朝日ソノラマの昭和44年初版を古本屋で買ったが、その後でちくま文庫から出ているのだが現在品切れ状態。ちくまが重版してくれるか、“落語本復刊”の河出書房新社に期待している。
 ところで左楽師の話ですが、年のくれになって我々がどうにもしょうがないから、師匠のところへ借金にゆきます。
 そうすると、
 「いつ返すかイ?」
 「ヘィ正月早々お返しに・・・・・・」
 こんなことでもいってごらんなさい。
 「冗談いうなイ。正月早々に返せるわけがないだろう」
 とやられてしまいます。
 そりゃお正月は、初席(はつせき)といって大へんにお客さまが来ますから、ふだんの何倍という収入があるにはちがいないが、何しろ年のくれで乾き切ったあとだから、先ず自分の身の廻りのことにつかいたかろう。
 だから正月早々に返せるわけがないと、苦労人の師匠はこういうのです。
 急所を突かれて、
 「へっ・・・・・・へィ・・・・・・」
 と、こっちがヘドモドしていると、
 「二月の一日に返しねえ」
 師匠の方からハッキリとこういわれます。
  (中 略)
 師匠が、まだオットセイ(四代目)のところにいて、仙台の開汽館(かいきかん-汽は喜だったかもしれません)へ興行にいったとき大へんな入りで、初日に酒がでる、モートロ(ばくち)をはじめて、大へんな景気でいるところへ、警察の手入れがあってみんな縛られてしまった。
 このときに師匠はいちはやく証拠の品をみな破いたり何かしてしまい、自分ひとりが罪をしょって七十五日だか未決に入りました。
 そうしたら、でて来るときに検事が師匠の肩を叩いて、
 「お前はえらい人だなぁ」
 といったそうです。

 この義侠心というか、自らを犠牲にして師匠や仲間を救おうとする精神には頭が下がるじゃないか。盗撮をしながらしらばっくれて病気などと嘘をつき、バレてから空虚な言葉だけの詫びを入れ、まだ一年の謹慎が明けないのに練馬の方の地域寄席で、予想通りコッソリと復活している正朝などとは、器があまりにも違う。まぁ、比べるのも五代目に失礼な相手だった。
*IMAホールのサイトには“公式情報”として顔写真入りでこの人の参加するイベント情報が掲載されている。この件、この寄席が社会福祉的なイベントであるようだが落語協会の許しを得ているのか・・・・・・。落語協会のホームページに彼の名前はまだ復活していない。もし特定の目的などで出演するのであれば、自分のブログで明言すべきでしょう。ブログはいまだに年頭のお詫びの挨拶からの更新がない。
光が丘IMAホール 公式情報

 命日ということもあるが、なぜ五代目左楽を取り上げたかというと今回の七代目円生襲名騒動があったからでもある。前代未聞の「襲名対決」という興行そのものはユニークで外野も楽しめるのだが、この噺にはサゲが見えない。どうも大山鳴動して両者とも襲名せず、円生の名跡はしばらく空席のままになる予感がする。

 修羅場とまではとても言えないレベルの混乱も、五代目のような器量人が不在だから起ったと言うこともできるだろう。噺家でも席亭でも、そして評論家でもご意見番でも誰でもいいが、その人物の器量・度量をもって周囲を鎮め納得させて一つの結論を導き出すだけの人物がいない。協会も芸協の現会長も犬の遠吠えのような寝言を吐いているだけに見える。

 さて五代目左楽ならどう仕切っただろうか、という思いから命日の今日取り上げてみた次第。もちろん、今のような事態になる前に何らかの解決策を引き出したに違いない。“できた”人物、“器量人”というのは、問題が発生する前に芽をつむことができるから偉いのだ。あまりに器量人を欠く現在の落語界を思うと、古(いにしえ)の偉人へのノスタルジーが募る。
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by kogotokoubei | 2010-03-25 12:39 | 落語家 | Comments(4)
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*パルコ劇場のホームページより
パルコ劇場ホームページ

 昨日3月22日、WOWOWで見た。今年1月30日の収録だから楽日前日。たっぷりの三席。もちろんその高座そのものは悪くないし、テレビという映像で楽しむ落語としては、演出・カメラワークなど総合的に今日ベストと言っても良いエンターテインメントだと、思う。三席の中ではネタおろしの新作『身代りポン太』が良かった。ある一日の落語会として評価するなら、非常にクォリティが高いことは間違いない。しかし、一日だけの“断面”だけを見て判断することに抵抗がある。この一ヶ月近い興行を考える時、はたして手放しで褒めていいのか迷うのだ。どうしても、このイベントには“ガッテン”できないところがある・・・・・・。そして、この放送にも数名出演していたが、いわゆるご通家な有名人の志の輔ファンが多いので、志の輔のことを批判するのがためらわれるムードがあるし異論もたくさんあるだろうが、あえて嫌われるのを承知で書く。

 私は後からWOWOWで見ることができることもあるが、もし放送がなくてもこの会のチケット争奪戦には参加しようとは思わない。どうもその気になれないのが、パルコなのだ。
 パルコ劇場のホームページに残るスケジュール表を確認すると通算24回の口演、そのうち昼夜が三日間ある。総て同じネタ三席・・・・・・。この日程をこなすこと自体は敬服に値するが、果たして同じネタばかりを演じるこのパルコの一ヶ月興行って何なのだろう。加えて三席のうちの唯一の古典『中村仲蔵』は、演出を変えているとはいえ三年前にも演っている。

 元々円朝が自作の怪談噺を毎日少しづつ口演したことに端を発する長期連続落語会だが、昭和の落語家でまず思い出すのが米朝や枝雀がサンケイホールという米朝一門の由緒ある(?)会場で、毎日三席づつ六日間演じた「十八番」という快挙。ちなみに枝雀は昭和56(1981)年と昭和60(1985)年の二度口演している。そして、忘れもしない昭和56年の「志ん朝 七夜」がある。

“七夜”では、結果として十七席のネタが披露され、その中の『首提灯』以外の十六席の音源を今でも楽しむことができる。

志ん朝 七夜
・昭和56(1981)年4月11日~17日、本駒込 三百人劇場
第一夜 「大山詣り」「首提灯」
第二夜 「百川」「高田馬場」
第三夜 「代脈」「蔵前駕籠」「お化け長屋」
第四夜 「大工調べ」「甲府い」
第五夜 「堀の内」「化物使い」「明烏」
第六夜 「火事息子」「雛鍔」
第七夜 「真田小僧」「駒長」「干物箱」


ちなみに立川談春が志ん朝にあやかった七夜のネタは次の通り。
志ん朝と同じ十七席。

談春 七夜
・平成18(2006)年10月3日~9日、池袋東京芸術劇場小ホール
第一夜「粗忽の使者」「芝浜」
第二夜「錦の袈裟」「除夜の雪」「夢金」
第三夜「首提灯」「妾馬」
第四夜「おしっくら」「たちきり」
第五夜「桑名舟」「居残り佐平次」
昼祭 「紙入れ」「木乃伊とり」
第六夜「乳房榎~重信殺し」「棒鱈」
第七夜「小猿七之助」「包丁」


 何を言いたいか・・・・・・。
同じネタ三席をほぼ一カ月演じることには、「どんなネタを演ってくれるのか?!」というお客の“ワクワク感”や“緊張感”は、ない。初日でもない限り誰かがブログに書いたりマスコミで取り上げられて“ネタバレ”は必至。
 もちろん、6,000円の木戸銭に見合うかどうかは別として、志の輔の芸を楽しむというご利益はある。加えて、志ん朝七夜、談春七夜、そして平成2(1990)年の小朝の博品館の一ヶ月口演にしたって一度限り、志の輔はここ数年恒例である。一ヶ月口演としては今年で5年目になる。興行としての成功も含め、志の輔の「継続する力」は際立っている。
 しかし、今日の現役落語家のなかで、もっとも“名人”という名に近づいている志の輔である。せっかくなら、ネタへの興味だって抱かせて欲しいではないか。

 昨年、NHKで放送された「あの人に会いたい 桂枝雀」に関連して少し書いた。
2009年4月11日のブログ

 その内容と重複するがご勘弁を。桂枝雀が自殺した際に遺書はなかったが、枝雀が一枚残した紙きれに、復帰後予定していた20日間連続で毎日3席づつ披露する独演会「枝雀六十番」のネタ順が書かれていたという。
“幻”の「枝雀六十番」のネタの抜粋。
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初 日  延陽伯・一人酒盛・どうらんの幸助
  ・
三日目  代書・植木屋娘・愛宕山
四日目  壷算・くやみ・高津の富
  ・
七日目  七度狐・くしゃみ講釈・寝床
  ・
十二日目 鷺とり・宿替え・仔猫
  ・
十四日目 時うどん・雨乞い源兵衛・質屋蔵
  ・
十九日目 幽霊の辻・替り目・茶漬けえんま
千秋楽 つる・景清・崇徳院
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 なんとも涎が出そうなネタばかり。私は、枝雀が残念ながら実現できないままだった「三席づつ二十日間」の試みを、「志の輔 六十番」とでも題してトライしてくれるのなら、何が何でもチケットを求めたい。あるいは、一席のみは新作のネタおろしで全日通し、残る二席が日替わりでもいい。三席づつ十日間の「志の輔 三十番」だって、彼ならではのもの凄い興行になると思う。志の輔の持ちネタの数なら、まったく問題がない。
 もちろん同じネタだからこそ可能な演出があることは百も承知、二百もガッテン(!?)である。彼ならではのセンスとパルコのスタッフとのシナジーで生まれたのが今の姿なのだろうとも思う。
 しかし、なのだ。木戸銭の金額やローソンチケットだけでの販売という手法などを考えると、正月の年中行事化したパルコのスタイルには疑問を持つ。ほぼ同年齢の彼の“気力”や“体力”については高く評価するものの、どうしても“金力”とでも言うべきものも意識せざるを得ない。「もうそんなに稼がんでもいいでしょう、オフィスほたるいか」と言いたくなる。もちろん志の輔がカネのためだけにパルコをやっているとは毛頭思っていない。落語初心者をも含む客への気配りやサービス精神も十分に理解する。
 
 そろそろマンネリ化してきたこの興行について志の輔自身が疑問を感じているのではなかろうか。しかし、これだけチケットが売れ続けている以上、将来に保障のない芸人稼業、気力と体力が続く限り今のスタイルで行こうと思っているのだろう。でも志の輔さん、あなたの器の大きさを見込んで、あえてさらなるチャレンジを期待したいのだ。「志の輔らくご 六十番 in PARCO 201x」、ぜひ実現していただきたい。
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by kogotokoubei | 2010-03-23 12:09 | テレビの落語 | Comments(0)
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*飛鳥山の桜(東京都北区のホームページより)東京都北区のホームページ

「長屋中 歯を食いしばる 花見かな」 
 この句は、上方落語だった『貧乏花見』の舞台を東京に移し、内容にも手を加え明治38(1905)年の落語研究会で演じた三代目蝶花楼馬楽の句。噺の中でも長屋の住人に言わせている。桜咲く春にふさわしい噺で、この季節に落語会でよく出会うネタ。
お金はなくてもなんとか花見を楽しもうという長屋の面々の楽しい噺は次のような内容。

(1)大家からの召集
 貧乏長屋の大家が店子(たなこ)一同に召集をかけた。「店賃(たなちん)の催促か?」と疑心暗鬼な一同。長屋に引越してから十八年間店賃を払っていない者がいれば、なかには「店賃てぇのは、何だ?」と、店賃を知らない住人までいる始末。「大家が叱言をいったら、なるべくあたまをさげて叱言が通りすぎるまでがまんしよう」と、ともかく行くことになった。

(2)大家が呼び出した理由
 実は大家が店子を集めたのは、大家が酒肴を用意するから皆で花見に行こう、という相談。しかし、店賃をほとんど払わない住人ばかりの貧乏長屋の大家がそう豪勢な酒肴を用意できるはずもなく、三升用意したという酒は実は番茶を煮出した“お茶け”。重箱の中身も、蒲鉾の代わりが大根の香子(こうこ)、玉子焼に似せたのが沢庵という具合。それでも「向こうに行きゃあ財布ぐらい落ちているだろう」というさもしい了見で、毛氈替わりの莚(むしろ)を持って一同出かけることになった。

(3)花見の席
 ようやく着いた上野のお山は花盛り。周囲は本物の酒肴で盛り上がっている。大家が“蒲鉾”をすすめるが、「大家さん、あっしゃあ、これが好きでねえ。毎朝、お汁(つけ)の実にしてますよ。胃の悪い時なんざあ、蒲鉾おろしにしましてね」という奴がいるかと思えば、「この頃は練馬のほうでも蒲鉾畑が減ったらしいぜ」と言い出す輩(やから)もいる始末。
 大家が話題を変えようと、俳句に凝っている熊さん(注:演者によって名前は変わる)に一つ即興で披露しろというと、熊さんのひねった句の一つが「長屋中 歯をくいしばる 花見かな」。陰気になったので大家が月番に“ふり”でもいいから酔えと命じて月番が酔った真似をすると、他の者が「悪い酒だな、どこの酒だ」と聞くので「灘の生一本だ」と答えた。「俺は宇治かと思った。辛口か」「いえ、渋口です」といった具合。大家が苦りきっていると、「大家さん、近々うちの長屋にいいことがありますぜ」と言う声。大家がほっとして訳を聞くと、「酒柱が立ちましたから」で、サゲ。


 三代目の蝶花楼馬楽は本名が本間弥太郎で、“弥太っぺ馬楽”あるいは“気違い馬楽”と呼ばれていた。初代の柳家小せんとは遊び仲間。小せんが遊びがすぎて失明し“めくらの小せん”と呼ばれたの対し、馬楽は晩年に脳を病んで狂ってしまったため、二人ともありがたくない通称を頂戴した。この通称は、今日では口にすることがはばかれる放送禁止用語になってしまったが、史実を曲げることはできないので・・・・・・。
 
 この馬楽の最初の師匠は“蔵前の師匠”と言われていた三代目の春風亭柳枝。馬楽がもらった名前が千枝。その蔵前の師匠の門下に若枝という弟子がいた。本名金坂巳之助。巳之さんと弥太さんは大の遊び仲間で、「御神酒徳利」(いつも二人一緒なので)と呼ばれていた。この巳之さんが後の五代目桂文楽となる。この二人、いろいろなハプニングを巻き起こしているが、馬楽と初代小せんとの交流なども含め、昨年ちくま文庫で復刊された小島貞二さんの『高座奇人伝』に詳しい。
小島貞二 『高座奇人伝』
 
 馬楽は安政5(1858)年生まれで大正3(1914)年に亡くなった。馬楽を信奉していた弟弟子の四代目柳家小さんに伝わって彼が馬楽のクスグリにさらに手を加えてからこの噺は定着し、人間国宝だった五代目の小さんも得意だった。五代目のこの噺も、なかなかでした。
 馬楽のこの噺の音源がコロンビアから発売されているSP盤発掘シリーズで収録されており、ほんの三分ほどだが軽妙でリズミカルな語り口を楽しむことができる。五代目小さんは複数の音源が発売されていて入手しやすい。
落語蔵出しシリーズ 第九集 三代目蝶花楼馬楽『長屋の花見』他
五代目柳家小さん 『長屋の花見』他

 花見の場所は、本家といえる柳家は上野だが、古今亭では王子の飛鳥山にしている。

 上方の『貧乏花見』は大家が発案するのではなく、長屋の店子同士で話がまとまって桜の宮に花見に出かけるという筋書き。出かける前の会話が実に楽しい。それぞれが花見に持ち寄る肴の相談では、「蒲鉾がある」というので見せたのが“釜の底”。「かまそこ」である。そうかと思うと「そうめんがある」と醤油を出す者がいる。「これをご飯にかけて食べる時、醤油がなかなか箸で“はさめん”」。「はそうめん」という無理な洒落。ともかく出かけて、しばらくはワイワイ騒いでいたが、やはり本物の酒でなければ酔えない。そこで一計を案じた。女子供や幇間をつれて楽しそうにしている一行のそばでなれあいの喧嘩をして、連中が逃げ出したあとで残った酒や肴をいただき酒もりをはじめる。これを見た幇間の一八、酔ったいきおいで一升徳利を手に怒鳴り込んだが、多勢に無勢。逆に長屋の連中に脅かされ、「いったい何しにきた?」と言われ、「酒のおかわりを持ってきました」でサゲ。

 昭和48(1973)年、まだ四十歳代の桂米朝がサンケイホールで毎日三席を六日間連続で演じた「米朝十八番」の音源があるが、マクラで昔の長屋のことなども丁寧に説明してくれる秀作。
桂米朝 上方落語全集

 この上方のオリジナル版について、矢野誠一さんの『落語手帖』のこのネタの「鑑賞」欄には、次の永六輔さんの文章が引用されている。
矢野誠一 『新版・落語手帖』

東京の『長屋の花見』が、大家の発案で店子連中しぶしぶ出かけるのに対し、『貧乏花見』は、朝の雨がやんで仕事に出そこなって、身をもてあましていた店子たちの相談がまとまって、いわば自発的に出かける。大家が顔を出さないあたりが大阪的だ。(永六輔)


 お上の住む江戸(東京)で、大家と店子との主従関係を縦糸にして作り変えた馬楽版も楽しいし、もちろん上方版も、なるほど大阪ならではのワイワイ言う展開。どちらも結構だと思う。
 
 この時期の落語会ではよく出会うネタ。2月27日に日経ホールの大手町落語会でも披露していたが、最近では瀧川鯉昇のこの噺が秀逸だ。サゲも工夫されていて効いている。CDも発売されている。

 以前のように会社の仲間と花見をする機会は減ってきたが、この噺のように洒落のきいた会話ができる仕事を離れた顔ぶれとなら、ぜひ本物の生一本を持って花見に行きたいと思う。
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by kogotokoubei | 2010-03-20 09:34 | 落語のネタ | Comments(0)
昨夜の「円生争奪杯」は、当の円丈師匠が予想した以上のマスコミの反響を引き起こしたようだ。

今日18日の朝日新聞は、なんと一面トップに写真入りである。オンライン・ニュースでももちろん報じられている。「次回は夏」とのことで、一回限りではなくなったらしい。これは、めでたい。
asahi.com

読売新聞の本紙がどうなったかはわからないが、オンラインには、あの京須さんの次のコメント入りで掲載。
Yomiuri Online

円生の録音を手がけた落語プロデューサー京須偕充さんは、「お客を巻き込んだイベントとしては面白い。でも、候補の2人が60歳代では、とうがたった感じ」と手厳しい。


どうも、私が以前に“野暮”と指摘した「止め名」維持の意向か・・・・・・。もし若手で候補がいるのなら、誰を推すの?兼好なら私は異論なし、です。しかし、周囲には異論百出でしょう!

円丈一門の亜郎がブログで昨夜リアルタイム速報(実際にはリアルタイムではなかったが)をしたのに続き、終演後の打ち上げの様子を掲載している。ご両人、仲良く飲んでらっしゃるように見受けるが、どっちが上手い酒を飲んでいるのやら・・・・・・。
三遊亭亜郎のブログ

昨夜の内容については、度々訪問させていただいている「j_i_k_a_nの日記」さんのブログで詳しく書かれている。
「j_i_k_a_nの日記」さんのブログ

NHK、テレビ朝日というテレビを含め、これだけマスコミにも話題を振りまいたことでご両人の知名度も上がったことは間違いない。特に定席に出ない鳳楽にとっては格好のPRの場となっただろう。ある意味では、それだけでも興行の成果と言えなくはない。
どちらが襲名するにしても角が立つ、ということで京須さんがグレーな態度なのかもしれんなぁ。だったら、円楽一門もアンチ円楽だった六代目の弟子ご一同も了解できるようなオチが必要だろう。落語だけにオチが肝腎。さて、どうサゲてくれるのか、まだまだこの騒動で楽しめそうだ。
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by kogotokoubei | 2010-03-18 08:01 | 襲名 | Comments(2)
さて、本日開催される「円生争奪杯」について、昨夜の“円丈一門お仕事ブログ”で、このイベントのことがテレビ朝日、そしてあのNHKでも放送されると書かれている。せっかくのニュースなので引用。
円丈一門お仕事ブログ

なんと17日の東洋館「円生争奪杯」をテレビ朝日「スーパーモーニング」で流す。しかも17日、18日の2日にわたって流すのだ。そして18日はNHKの「おはよう日本」多分、7時台に流す予定なのだ。新聞はほぼ全紙来るんじゃないかね。ここまで盛り上がるとは、思わなかった。頭を絞って考えれば、話題になる面白いイベントまだありそうだ。えんちゃん


「えんちゃん」は、円丈師匠ご本人ということだろうね。
ブログには取材風景と思しき写真も掲載されている。

さてさて、この大名跡を巡る騒動、今夜のバトル(?)以降どのような展開になるのやら・・・・・・。
一回限りの『妾馬』と『居残り佐平次』で勝負をつけること自体はナンセンスだし、いわば出来レースかとも思う。円丈師匠は名乗りを上げて衆目を集めることだけでも目的を果たしたと思っていると察するが、マスコミを巻き込むこともできたことだし、これを機に大きな名跡の襲名に関して建設的な議論が起ることを、少しは期待している。

何度も書いてきたが、「止め名」派のあの人の発言や行動に注目だなぁ。そもそも、あの人は今夜会場に行くのだろうか。私は行かないので、本日浅草東洋館に行かれるブロガーの方のご報告を期待しています。

そもそも落語家の名跡は、先代が存命中ならご当人の意向が優先されていいが、人の生命はそう計算通りはいかない。だから本人が亡くなってから親族とその取り巻きだけで襲名権的なものを暗黙のうちに握ってしまうことになり、いろいろと問題が起る。

歴史ある名跡(代々継承されている名跡)は、本来は協会が管理し、適宜関係者に相談してふさわしい若手に継がせるようにして欲しい。そうしないと、一代限りとも言える名前で実力者であればあるほど、ふさわしい名跡への襲名のチャンスがないために現在の名前のまま、という状況が続くだろう。それはそれでいい、という考えもあるが、落語という文化の背景には江戸時代からの綿綿と続く歴史があり、名跡もその一つなのだ。「協会」という組織なのだから、それ位の仕事をする必要があるだろう。大相撲みたいに名跡に「値段」をつけて売買するわけにもいかんだろう。

とにかく、燕枝、柳枝などの大きな名跡が、今のような管理放置状態であれば「止め名」や「空き名跡」ではなく「死に名」になると思い、残念でならない。だからこそ、どんな方法であれ今回の襲名争奪戦が盛り上がるのは結構なことだと思う。
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by kogotokoubei | 2010-03-17 09:23 | 襲名 | Comments(0)
中ホールでは柳家喬太郎だったようだ。寄席もあるし、池袋もなかなか落語が盛んな場所といえる。
演者とネタ。
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(開口一番 古今亭半輔 やかん)
古今亭朝太 饅頭こわい
古今亭志ん輔 お見立て
(中入り)
三増紋之助 曲独楽
古今亭志ん輔 子は鎹
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半輔(19:01-19:15)
名乗るだけの余裕がなかったようだ。精一杯言い立てのセリフをなぞる姿は、ある意味微笑ましいが、まだコメントできる段階ではない。大きな声ではっきりと話していたことは認めます。志ん輔の弟子で今年1月から前座デビューだから、これからです。

朝太(19:16-19:35)
さすがに開口一番とは”格”の違いを見せれくれる芸を披露。この人の場合は、どうしても「志ん朝最後の弟子」ということで見て聴いてしまうので、ある意味ではハンディがあるとも思うのだが、なかなかいい味を出してきた。志ん朝がわざわざ事前におさらいをしてまでこの人に『道灌』の稽古をつけてくれたエピソードを思うと、なぜか彼が憎らしくなるのは私だけだろうか・・・・・。

志ん輔『お見立て』(19:36-20:17)
久しぶりに結構な芸を見させていただいた。たった三人の登場人物による噺なのだが、その三人すべてがなんとも生き生きとした、そして個性的な落語の国の住人だったことか。特に杢兵衛大尽の表情と田舎言葉による演技には、この人のいい意味での「くささ」が凝縮されていて、笑わずにはいられない。喜助の弱りぶりやお茶目なところなど随所に笑わせる勘どころがある。会場には“初志ん輔”のお客さんも結構多かったように思うが、終始爆笑の渦。近くの席で体を大きく揺すって笑っていた男性がいた。文字通り「会場を揺るがす」内容。

紋之助(20:32-20:49)
さすがの芸。寄席の色物さんの域を超えそうな上手さと若さとセンスを感じる。いつ見ても最後の芸であの独楽が落ちてこないのが不思議。それが芸なのであろう。

志ん輔『子は鎹』(20:50-21:20)
この噺は結構難しい面もあろうが、なるほどという芸。志ん輔の熊さんは少しカッコ良すぎるかもしれないが、この位じゃなきゃ別れた女房がヨリを戻そうとは思わないかなとも感じ、納得。終演時間を少し気にしたのか最後はやや急ぎ気味で、それほどヤマ場での「泣かせ」にはかからない演出だったが、それでも会場のあちこちではハンカチを取り出す音がしていた。安心して聴けるし、この人ならではの金坊が秀逸だった。


志ん輔落語における登場人物の会話には特有の緩急のリズムがあり、これが心地よさになっていると思う。志ん朝のリズムよりもっとメリハリがある。言い換えれば若干くさい。もちろん志ん朝のように流れるようなリズムはなかなか出来ないし、志ん輔もあえて真似しようと思ってはいないだろう。私は志ん輔のこのリズムが好きだ。また人によっては好き嫌いがあるかもしれないが、顔の表情での演技を目一杯生かした演出も、私には好みだ。『お見立て』の杢兵衛さんを見ながら、昨年末広亭で爆笑した「夕立勘五郎」を思い出した。大切な持ち味だと思う。
たとえば、国立演芸場での独演会とは演者も会場も微妙に違うものがあったが、志ん輔の世界を堪能させてくれたことには変わらない。聞く度に味が出てくるスルメのような存在。本寸法なのに、会場をドッカンさせる爆笑派にもなれる。私にはますます目の離せない人である。
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by kogotokoubei | 2010-03-15 23:22 | 落語会 | Comments(0)
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『落語を聴くなら 古今亭志ん朝を聴こう』

 書店で買おうかやめようか、悩むこと約10分。

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「買え」という自分:
 「志ん朝」ものは、できるものなら全部欲しいよなぁ。落語ファン倶楽部と内容がかぶって
  いても、あっちは重くてかさばるから持ち歩きできないし・・・・・・。

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「買うな」という自分:
 今さら、そんな当たり前のこと(タイトルについて)を言われなくても・・・・・・。
 内容は落語ファン倶楽部のVOL.3『そうだ、志ん朝を聴こう!』の二番煎じじゃないか。
 値段だって、1,000円もするしなぁ。
落語ファン倶楽部 VOL.3「そうだ、志ん朝を聴こう!」

そして、・・・・・・結局買ってしまった。

 志ん朝との思い出や印象に残るネタなどを語る噺家さんは次の通り。

  林家正蔵、桂米團治、笑福亭鶴瓶、林家たい平、春風亭小朝、
  春風亭昇太、三遊亭小遊三、古今亭朝太、林家木久蔵、古今亭志ん五、
  笑福亭仁鶴、柳家花緑、立川志の輔
 <特別採録>五代目三遊亭円楽 志ん朝を語る


 内容は、ほぼ「落語ファン倶楽部 VOL.3」と同じ。違うのは昨年亡くなった五代目円楽の章は「笑芸人 VOL.6」からの引用。これは持っていなかったから、少しは得した気分はある。
 あとは、各落語家さんを紹介する浜さんのコメントも、まぁオマケと考えられないこともない。巻末のCDやDVDのリストも、本書を買わなければ分からない情報ではない。

「早い話が、この本買って良かったのか?」という声にお答えするならば・・・・・・
 
 志ん朝生誕記念日3月10日に、このブログで紹介できたことだけでも良かった、と思う。まだまだ、志ん朝落語を知らない若い落語ファンもいるだろうしね。誕生日というきっかけで、この本を紹介するというのも、そう悪くない試みでしょう。

 そうなのだ、昭和13年の今日3月10日にお生まれになったのである。生まれた時、たしか名古屋で高座に上がっていた父志ん生は、志ん朝が生まれる前後は『桃太郎』ばかりかけていたらしい。強次という名前は、同じ長屋に住み志ん生の師匠でもあった初代の柳家三語楼が名付け親。昔の陸軍記念日にあやかり、「強い男の子」に育って欲しいとの思いで名付けたらしい。ちなみに、陸軍記念日は、明治38(1905)年の3月10日に日露戦争の奉天会戦に勝利したことを祝ったもの。3月10日は東京大空襲の日でもあり、いろいろとメモリアルな日ということですなぁ。

 立川志の輔の章から、少し長いが引用。
 確か地方の落語会でご一緒した時なんですが、驚いたのは、志ん朝師匠がいらっしゃるだけで、楽屋がパーッと明るくなったこと。
 志ん朝師匠は、おかみさんと楽屋で何ごとか話してたんですけど、居場所が見つからなくてうろうろしていた私にふと気づいて、「ねぇ志の輔さん、お弁当あるからさ、こっちぃ来ておあがんなさいよ」って声をかけて下さった。
「わー、志ん朝師匠がわたしの名前を呼んで下さった」って、もうまるでジャニーズのファンのような気分でした。
 そして、驚いたことに、その声がもう高座そのままだったんです。
 志ん朝師匠は落語の時だけ、ああいう口調になるわけじゃない。
 普段の会話からしてもう、人が心地よいと感じる口調なんです。
 しかも、どんな言葉も落語の台詞に聞こえるんです。
 そういう音、リズム感が体中から出てたんです。
 志ん朝師匠って、やっぱりミュージシャンなんだ、って、その時改めて確信しましたね。
 私の知人で、大の落語ファンのジャズ・ミュージシャンがこんな風にたとえてくれました。
 志ん生支師匠が、チャーリー・パーカー。
 我が師匠の談志は、マイルス・デイヴィス。
 そして、志ん朝師匠はビル・エヴァンスだよ、と。
 ついでに、私のこともたとえてくれたので、言っていいですか?
 本当にいいですか?(笑)
 ハービー・ハンコックですって。うれしいー、ははは。


 ジャズ・ミュージシャンのたとえは、志ん生のバード、談志のマイルスと管楽器できて、なぜ志ん朝でピアノになるの?管で揃えるなら、私なら迷うことなく志ん朝さんはクリフォード・ブラウンだ。たとえば、「チェロキー」のノーブレスのアドリブ・ソロのような、凄くて美しくて心地よいメロディー。マイルスならミュートを使いそうなバラードもオープンで泣かせる技術、まさに志ん朝落語に通じると思う。ビル・エヴァンスねぇ・・・・・・。もしピアノで揃えるとして、志ん生がモンク、談志がキース・ジャレット、そして志ん朝がビル・エヴァンスときて、まぁそれもあるかな、という感じ。金管・木管でたとえるなら、バード、マイルス、そしてブラウニーでしょう。人によっては異論もあるでしょうが、志ん朝さんはブラウニー。

 そうそう、これはジャズのブログじゃなかった・・・・・・。
そのうち、ジャズと落語についても書こうとは思っている。

 さて、この本は悪くないですが、白夜書房のビジネス感覚に、若干「宵越しの銭」稼ぎを思わないでもない。
 しかし、初出の「落語ファン倶楽部」や「笑芸人」をお持ちでない方には、手放しでお奨めします。やっぱり、志ん朝は不滅です。


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by kogotokoubei | 2010-03-10 12:07 | 落語の本 | Comments(0)
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矢野誠一 『新版 落語手帖』


昨年11月の発行なので、「何を今さら・・・・・・」という声もあるだろうが、一度は取り上げたかった本なので遅まきながらもご紹介。

本書は、「落語のネタ広辞苑」と言って過言ではない。274席のネタに関し、「梗概」「成立」「鑑賞」「芸談」「能書」といった分類でコンパクトながらも有益な情報が詰まっている。
20年以上も前1988年に、駸々堂出版から最初に発行されている。そして翌1989年に文春文庫から、非常によく似た内容で『落語読本-精選303席-』が発行されており、「矢野さん、それはないんじゃないの・・・・・・」と思わないでもないのだが、微妙な違いを探す楽しみもあって、今ではネタを調べる時に両方確認している。少なくともネタの数は303-274=29席の違いがある。文春のほうは再刊しそうにないだろう。

駸々堂版発行から六年後1994年に、今回の新装版と同じ講談社の「+α文庫」で再刊されたのだが、こちらは「プラス・アルファ」どころか、表紙の体裁も安っぽいし文章の組み方にも工夫がなく読みにくいので、がっかりした記憶がある。個人的にはこの本に限っては「マイナスβ」だと思っていた。だから、立ち読みしただけでこれは買っていない。
今回の新装版は講談社の仕切り直し版ということができるが、表紙デザインも綺麗だし文字の大きさやレイアウトも読みやすく、十分に推奨に価する。講談社に“良心”があったのか、あるいは単に落語ブームに便乗しただけかはわからないが、ともかく本書発行には拍手。
 
「新版 まえがき」で矢野さんは次のように書いている。

装い新たにといっても、二百七十四篇おさめた駸々堂版から二篇を割愛し、新たに二篇を書き下ろしたこと、その後にあった落語家の襲改名にともなう代数の表示、若干の誤植訂正などを行っただけで、内容的に変わったところはほとんどない。


 これを読んだ方は、「割愛した二篇」とは何か、そして「新たに書き下ろした二篇」とは何か、気になるでしょうねぇ・・・・・・。駸々堂版と本書の両方を持っている者の義務(おせっかい?)としてお教えしましょう。

 
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割愛した二篇:按摩の炬燵・松田加賀
 
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加えた二篇:松竹梅・田能久

矢野さんは何を割愛し何を加えたかを明言していない。皆さんは私が休日に両方の目次を見比べている様子をご想像願いたい。途中で目がクラクラしてきたから・・・・・・。(誰もそんなことしてくれって頼んでない、って。失礼しました。)

『松田加賀』は、まぁ仕方がないとして、『按摩の炬燵』をはずすのは勿体ない気もする。柳家喬太郎をはじめ、たま~に演ってくれる現在の噺家さんもいるしねぇ。もしかすると二席とも「目の不自由な弱者」へのいじめを題材としているということで自主規制したのかねぇ。でも、『按摩~』だけでも残して欲しかった。

『松竹梅』が駸々堂版になかったのは、私も気が付かなかった。これは加えるべきネタでしょうね。
『田能久』も談志家元の得意ネタであり立川流中心に後世に遺して欲しいネタなので賛成。


いろいろある項目の中で「芸談」が楽しくタメになる。たとえば『高砂や』の場合。

七代目三笑亭可楽さんに教わりました。それに、音曲の柳家小半治さんから三代目柳家小さん師の使っていたクスグリなどをきいて加えています。ヤマは、仲人さん後をといわれて、親類の人が続けてくれると思っていたら、結局だれもやってくれなくて、さあ大変だとあわてる、その辺りの気持の変わるところでしょうね。(五代目柳家小さん)


たったこれだけの芸談でも、なんと落語の歴史、深さのようなものが伝わるではないか。

落語愛好家の必携書ですぞ。
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by kogotokoubei | 2010-03-09 12:27 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛