噺の話

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企画・制作・主催がサンケイリビング、会場および協力は日経ホールという新しい落語会の第一回。顔ぶれの良さで楽しみにしていた。なお、チケット販売にはミックス寄席のオフィスエムズさんの名もある。企画にも関係しているのかは、不明。

演者とネタ。
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(開口一番 柳家小権太 金明竹)
三遊亭白鳥  はじめてのフライト
柳家喬太郎  ハンバーグができるまで
(中入り)
瀧川鯉昇   長屋の花見
柳家権太楼  御神酒徳利(「占い八百屋」)
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白鳥(13:56-14:22)
まだ実演三回目のネタで池袋では完全にすべった、とのこと。今日の会場の沸き具合からすると、お蔵入りにしなくても良いだろう。私も目一杯笑った。ただし、ある意味「時事ネタ」でもあるので、今だから笑えるということも言える。もし、その時代時代の“あこぎな政治家”を題材にしていけば長生きするネタともいえる。あっそうか!この噺は結構ロングライフかもしれない。なぜならそういう政治家はいなくならないからね。まだこなれていない部分もあって、特にサゲはもっと検討すべきのようだ。次の出番の喬太郎が冒頭で親切に解説してくれなかったら分からなかったお客さんも多かっただろう。そして、ネタの名前もいまひとつじゃないかな。今は思いつかないので、何かアイデアが浮かんだら書くことにします。

喬太郎(14:23-14:50)
上述した通り、まず最初にSWA仲間である白鳥の噺のサゲを解説してくれた。それも、この人らしさで。そして、白鳥のネタと同様にプログラムに「お楽しみ」となっていた噺は白鳥に対抗するかのような新作。喬太郎らしい。このネタを聞くのは初めてなのだが、以前に他の方のブログで読んでいた内容からは、部分的に演出が変わっていたように思う。それは喬太郎落語が生きている証拠なのだろう。男と女の物語に味付けされた笑いとペーソス、そして必ずしもハッピーエンドではないリアリズム。彼の新作の中でもこの噺は異質な魅力ももっているように思う。サゲもなかなか洒落ている。発表されてから5年位はたつようなので十分に練れていながらも演出への工夫や演技時間による構成の変化があるのだろう。上手いし強い、というのが今日の喬太郎の印象。

鯉昇(15:03-15:35)
定番といえるマクラ(バレンタインデーの倍返し、しゃぽん玉ホリデーの放送日、など)で、多かったと思われる初鯉昇のお客さんをしっかり掴んで本編へ。以前(2008年3月13日)に池袋の東京芸術劇場で行われた喬太郎との二人会以来のこのネタだが、やはりこの人にかかると、あたりまえだが“鯉昇の噺”になる。特に“大家の家の猫”のクスグリが冒頭での強烈なアクセントになるのだが、この人だからこそ笑って聞ける。以前にも感じたがオリジナルのサゲも秀逸。『時そば』『ちりとてちん』『茶の湯』『蛇含草』などと同様にこの人の重要な十八番ネタだと思う。

権太楼(15:36-16:16)
冒頭で「喉がちょっと・・・・・・」とことわりがあったが、なるほど絶好調の権太楼ワールドとはいえなかった。しかし、ツボはしっかり押さえていた。終演後のロビーでの会話を聞くと、主役が番頭ではなく八百屋という柳の型のこの噺を初めて聴く人も多かったようなので、それだけでもそのお客さんには良い経験だっただろう。もちろん初権太楼のお客さんならば、その表情を含む演出で強い印象を持ったとは思うが、まぁ、三割バッターが4打数1安打、というのが今日の権さんかなぁ。


白鳥が沸かせ、喬太郎が聴かせ、鯉昇が唸らせ、権太楼がなんとか安心させた、そんな落語会だった。
この会場、残念ながら都合がつかず行けなかったが今年1月には会場主催の「日経ホール落語」で、春團治と小朝の二人会が開催されている。二つの落語会で、ここに来る機会が増えそうだ。休日の大手町は喧騒がなく郊外の住宅地のような静かさ。ホールは立派で座席もゆったりしている。大会議場としても使われるのだろう、収納式のテーブルも広い。しかし館内放送で客の出入りの妨げになるから使用禁止と通達あり。まぁ、これは仕方なかろう。

サンケイ&日経という大手町チームが新たなホール落語会として朝日やTBSに伍していこうということかもしれない。八月からは一ヶ月おきに開催予定とのこと。落語会という市場で競争が活性化することは大歓迎なので今後に期待したい。ただし、8月7日の第二回目プログラムが権太楼、小さん、市馬、花緑、右太楼というこてこての柳家の会。
この落語会がどんなコンセプトや方向性なのかは、しばらく慎重に見ていく必要もあるかもしれないが、とにかく楽しみが増えたことは間違いない。
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by kogotokoubei | 2010-02-27 18:38 | 落語会 | Comments(0)

2月23日は「風呂敷の日」

今日2月23日は「風呂敷の日」らしい。
「つ(2)つ(2)み(3)」の語呂合わせとのこと。
詳しくは「日本風呂敷協会」のホームページをご参照のほどを。
日本風呂敷協会


ずいぶん前に古今亭志ん生の『風呂敷』を取り上げたことがあった。
2008年6月14日のブログ
この噺、志ん生は初代の小せんから教わった可能性が高い。初代三遊亭円遊の後は小せんが十八番にしていたようだ。もしかすると、小せんは円遊から習ったかもしれない。
・初代円遊     1850年7月7日生まれ、1907年11月26日没
・初代小せん    1883年4月3日生まれ、1919年5月26日没
・五代目志ん生  1890年6月28日生まれ、1973年9月21日没

小せんは十五歳で落語家になっているから、時代的にはありえるなぁ、円遊→小せん→志ん生、のライン。
他に『五人廻し』などもこの三人で伝承されたネタと推定できそうだ。

最近、この噺を聞くことは滅多にない。
ぜひ、わか馬が小せんを襲名してから聞いてみたいネタだ。もちろん、初代が今につながる内容の基礎固めをした郭噺も聞きたいが、このネタだって円遊が演じていた頃は「間男」のネタなので、立派な(?)艶笑落語であった。しかし、姦通に世間がやかましくなってきたので、小せんは女郎あがりの女将さんが昔の馴染み客を家に上げる設定に変え、志ん生は知合いの若い衆にして演じている。だから今日でも社会常識的に決して演じにくいネタではないはずだ。たしかに志ん生のクスグリ(「うちん中で船見送るような声だすんじゃないよ」とか「おまえなんかシャツの三つ目のボタンだ、あってもなくてもいい」など)があまりにも傑作なので挑戦しにくいのかもしれないが、現代的なクスグリや演出を入れれば十分に今でも楽しめる噺だと思う。たまに志ん五など古今亭一門の噺家さんが演るが、それにしてもあまり聞かない。ぜひ、五代目小せんに限らず現役の噺家さんにかけてもらいたいものである。
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by kogotokoubei | 2010-02-23 13:12 | 今日は何の日 | Comments(0)
円丈と鳳楽による「円生争奪杯」の件で、続報。というか、円丈がホームページ(タイトル「三遊亭円丈落語の世界」)に、次のようなことを書いているのでご紹介。
三遊亭円丈落語の世界

【多分、「円生争奪杯」は、これが最後?】
 この争奪杯、それなりに結構取り上げられているようだ。この会はアト2.3回はやりたいと思っていた。しかし、どうも実際はそうならないような気がする。今回だけで終わる公算が強い。別にこの落語会の人気を煽るために言ってる訳じゃない。結構、大変なのだ。しかも鳳楽くんとは、考え方がかなり違って、水と油だ。一緒に相談しながら会をやること自体が、結構ストレスになる。それにお互い利害が、真逆だし、それぞれが背負っているものが違うから、いや何だかんだとむずかしい。襲名なんてこうやってなりたい者同士が、高座で戦うのがいいんだが、なかなか現実には難しい。



開催準備の打合せをするうちに、あらためて“見解の不一致”を痛感したということだろうか。
想像する架空の二人の会話
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円丈  一回こっきりじゃ関係者も判断できないだろうから、三回くらいは
    実施しましょう。
鳳楽  何をおっしゃる。私は六代目の総領弟子だった師匠円楽のお墨付き
    をもらっているので、本来ならばこんなことはやらなくてもいいの
    です。円丈さんがどうしてもとおっしゃるから一回だけお付き合い
    するのです。ある意味では、襲名披露興行の事前イベントのような
    もの。二度も三度も開催する意味はございません。」
円丈  な、な、なんということを!あくまでこの争奪杯で襲名の是非を
    関係者に問うために行うのであって、あんたの襲名披露の前座の
    ようなものではない。あれだけのネタの数を誇った六代目円生の
    後継を決めるのに、たった一席では無理でしょう。
鳳楽  総領弟子円楽と行動を共にしなかった人たちが、今さら円生の名跡
    を継ごうなんてことは、はなからありえないことなのです。勝手に
    決めたとかなんとか言う陰口なんざぁあたしゃ気にしませんが、
    円丈師匠は襲名に名乗りを上げられ、対戦をご希望されたのでお受
    けしたまでです。一席でも、見る人が見て、聞く人が聞けば、私の
    襲名にご反対にはならないでしょう。」
円丈  あのねぇ、あたしだって円生師匠が亡くなられるまで一緒でしたよ。
    十分に七代目を継ぐ資格はあると思いますよ。第一、あぁたは孫弟子
    じゃぁないですか。入門だって真打昇進だってあたしのほうが早い。
    あぁたが協会にいたら香盤はあたしが上だよ。
鳳楽  あたしは協会ではなく六代目の血統を伝承する円楽一門ですから、
    落語協会の香盤なんていうもんは、まったく関係ない。すでに六代目
    のお孫さんのお一人には私が襲名することの了解をいただいており、
    残る関係者の皆様方にもご挨拶をしようと思っていました。ちょうど、
    そのご挨拶代わりとして私はこの会をお引き受けしたんでげす。
円丈  な、な、なんだと・・・・・・。挨拶代わりだと!
楽太郎 まぁまぁ、お二人とも落ち着いて!

と楽太郎が中に入って二人を分けたが、円丈の怒りはおさまらない……。
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*くどいようですが、こんな会話だったんじやぁねぇかなぁ~という フィクション ですよ!

まさか、65歳と62歳のお二人が、こんな子供じみた会話をするとは思えないが、いずれにしても、一回限りという鳳楽案に円丈が押されているのは確からしい。

3月17日一回だけの争奪戦で、果たして本当に関係者といわれる方々は判断できるのだろうか?
もちろん出来レースで、あくまでこの会がセレモニーなら問題はないのだろうが、いわゆるコンセンサスを得た襲名にはならないだろう。
ましてや、「止め名」決定委員会(?)の人々は、このイベントそのものを認めちゃいないはず。

本来、こういう大きな名跡の襲名の際のご意見番である都内四席の寄席の席亭達の意向は、さてどうなのか。
楽太郎の円楽襲名披露興行が3月下席の新宿末広亭で組まれ、その後も浅草、池袋で予定されているらしい。「笑点」仲間である芸術協会の歌丸会長の大きなバックアップが背景にある。もちろん、芸協が出演できない鈴本での開催は、ない。
もしかすると、旧円楽一門の芸協入りを前提に、歌丸は鳳楽の円生襲名を支持するのかもしれない。七代目円生の襲名披露興行なら、いつもは落語協会に比べ観客動員の少ない芸協主催の寄席も賑わうだろう。しかし、芸協の三遊亭のベテラン達は歌丸会長を支持するだろうか・・・・・・。まぁ、ただ単に“歌さん”の“楽さん”への友情の印で、それ以上の政治的な要素はないのかもしれない。

もし、円楽襲名披露興行を行わない鈴本が、円生の名跡を止め名にしたいと考えているなら、鈴本と険悪な関係になることを避けるため他の三つの寄席も「止め名」派になるように思う。

3月17日の争奪杯、大山鳴動して「止め名」になった場合、円丈は「炎上」、鳳楽は「崩落」という名に襲名してもらおう!(蛇足ながら、冗談ですよ、冗談!)
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by kogotokoubei | 2010-02-18 18:04 | 襲名 | Comments(0)
襲名関連ネタのつづきということで、それ程大きな名跡ではないけど、落語史においては重要な名前の継承者が決まったというグッドニュースについて少し書いてみたい。

鈴々舎わか馬が今年9月の真打昇進を機に、五代目柳家小せんを襲名することになったようだ。おめでとうと言いたい。師匠馬風のブログ(一門のブログ、という感じ)に掲載されているのでご確認のほどを。鈴々舎馬風ブログ 2月4日の内容

先代の四代目小せんは五代目小さん一門の総領弟子で、2006年に83歳で亡くなっている。オリンピックと同じ(?)4年後の襲名はタイミングもよいと思う。先代はなんとも言えないとぼけた味でテレビなどでも活躍していたし、私も好きだったが、この名前はなんといっても初代の存在が大きい。今では差別用語なのでやや気が引けるが、歴史は曲げられないので通称を書く。初代の小せんは「盲(めくら)の小せん」として知られ、“郭噺”の名人だったらしい。
今村信雄さんの著作『落語の世界』の「盲(めくら)の小せん」の章から引用する。
今村信雄 『落語の世界』

 柳家小せんは明治16年4月15日浅草区福井町で提灯屋をしていた四代目花山文(後に二代目万橘と改名)の倅に生まれた。本名は鈴木万次郎。十五の時に座り踊りの達人四代目柳橋の門人になって柳松、後に三代目小さんの門に移って小せんと名乗った。二代目小さんの門人にも小せんというのがあったようだが、世の中に現れたのは、この盲小せんからである。
 才人小せんは、十五歳で落語家になり、二十七歳で腰が抜け、三十歳にして失明し、三十七歳で没した。大正八年五月二十六日である。
 (中 略)
 小せんは三代目小さんの弟子であっても、三代目のやる落語はほとんどやらなかった。それは師匠の前に高座に上がって、師匠のやり物をやってしまうことは失礼だという遠慮だったかも知れないが、二代目小さん、即ち禽語楼の物はよくやっていた。「鉄かい」にしろ「五人回し」にしろ、そうであった。小せんにはまた「白銅」だの「ハイカラ」だのという新作もあり、古い落語も得意の警句を入れて新しくしていた。
 小せんの所には、大勢若い者が稽古に来ていた。


それでは、当時の「若い者」の一人、五代目志ん生の『びんぼう自慢』から引用。
古今亭志ん生 『びんぼう自慢』

 失明して二月、三月は家にジーッとしていたが、両国の立花家ではじめて独演会をひらいたときなんぞ、えらい人気でした。
 「小せんの五女郎買い」ってんで、天紅(てんべに)の巻紙に、おいらんの文のような仇っぽい文章のあいさつ状を出した。何でも『五人廻し』『とんちき』『明烏』『錦の袈裟』『付き馬』の五席をタップリきかしたんですから、あれだけ吉原の気分が出た落語の会なんてえものは、あとさきありませんね。(中略)
 あたしは、この小せん師匠ンとこへも、随分稽古に通いました。あたしの行きはじめたころは、まだ目が見えなくなる前でしたが、盲になってからでも行きましたよ。
 失明のあと、この人は金をとって稽古をつけるようになった。落語の社会、はなしを教えるのに金なんぞ取りゃしませんが、この人の場合は、体が不自由なんだからしようがない。師匠の小さんが、そうすすめたって話をききました。(中略)
 あの時分、三好町通いをした人は、あたしのほかにいまの文楽、円生、それに柳橋・・・・・・なんてえ人たちで、もうあまり居やしません。


小せんの家に稽古に通うことは「小せん学校」とか、家のあった町名から「三好町通い」と言われたらしいが、その生徒の顔ぶれが凄いではないか。この他に三代目の金馬もよく通ったらしいから、今につながる郭噺のルーツが初代小せんであると言っても過言ではないだろう。興津要さんの『落語-笑いの年輪-』によると、『居残り佐平次』の終盤、佐平次にセリフとして白浪五人男の忠信利平の口上を入れたのも初代小せんらしい。この場面の古今亭志ん朝の名調子、いいんだよなぁ。
興津要 『落語-笑いの年輪-』
*2004年9月に講談社学術文庫から再刊されたばかりなのに、残念ながら現在は注文できないようです。重版を期待する良書。

わか馬が五代目を襲名することで、先代や初代の小せんのことが落語ファンの話題になることは、非常に良いことだと思う。そういえば、初代小せんが真打に昇進したのが1910(明治43)年なので、ちょうど100周年ではないか。
懐かしい名前の復活は落語の知る楽しみを広げてくれるから、歴史的な名跡はできるだけ継いで欲しいのだ。
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by kogotokoubei | 2010-02-17 17:43 | 襲名 | Comments(0)
七代目三遊亭円生の襲名争奪戦のニュースを目にして、落語家の名跡について少し考えた。
今回のような「争奪戦」は、もしかすると最初で最後かもしれない。
なぜなら、他の大きな名跡については、複数の噺家がこのような形で争いそうな気がしないからだ。

たとえば、三遊亭の円生に匹敵する柳派の名跡は小さんだが、こちらの七代目は、数年後に花緑が襲名することで、たぶんスンナリおさまるだろう。五代目の孫、六代目の甥という「血統」は動かし難いアドバンテージである。

また、三遊亭の他の大名跡となると円朝になるが、円朝の二代目を襲名するはずだった初代円右は襲名することが決まってすぐに亡くなっているので、二代目としては実質的には認められていない。円朝は一代限りの名人として「止め名」になるのだろう。もちろん、初代円右も名人だったという評価は残っている。

柳派で空席となっている大きな名跡は春風亭柳枝。この名もこれまでの経緯を考えると止め名になりそうな気がする。落語の世界では、すでにそう決まっているのかもしれないが、あの世界からは“公式発表”的なことがないし、またいつどのようなきっかけや力で状況が変わるか知れたものじゃない。だから、今のところは止め名状態、ということかと思う。先代が亡くなった時点では落語協会に所属していた。しかし出世名である小柳枝の名は現在落語芸術協会にある。ネジレ現象なのだ。詳しいことは過去のブログに書いたが、誰が継ぐにしても、えらいややこしいことになるので敬遠されるだろう。
2009年4月15日のブログ

さて、また三遊派にもどって、現在空席となっている大きな名前なら古今亭志ん生。鈴本の席亭を後ろ盾にして六代目を志ん輔が継ぐことになっても、一部に反対の声を上げる人はいても、対抗して決戦を挑む噺家がいるようには思えない。たぶんスンナリいくと思うし、できれば早く襲名してもらいたい。五代目の思い出を語れる人がまだ存命なうちに襲名して欲しい。

また、現在活躍する中堅噺家さん達は、歴史的な名跡に、ほとんど関心がないように察する。志ん朝が志ん生を継がず、小三治が小さんを襲名せずに自らの名前を大きくしたことに端を発し、今の自分の名前を大きくする、という思いが強いのではなかろうか。
たとえば、立川流。志の輔も談春も、そして志らくだって、談志を襲名しようとは思わないだろう。もし、志らくが欲しがっても、それは無理だろう。争奪戦もありそうにない。立川流は止め名にしたがるような気がする。
また、柳家喬太郎が花緑に対抗して七代目小さんの名を欲しがるとは思えない。実は、個人的に喬太郎に襲名して欲しい名跡がある。柳派の大きな名前が空席なのだ。円朝のライバルだった柳亭燕枝(談洲楼燕枝)の名が、三代目が亡くなった昭和30年以来途絶えている。初代は名人三代目小さんの師匠である。小さんの名は、この三代目が大きくしたわけで、燕枝の名跡のほうが柳派では上ともいえる。新作も演じたらしいので、大名跡を相応しい人に継いで欲しいという意味で喬太郎に襲名してもらいたいのだが、さて彼自身にその気があるかどうか疑問だ。

芸術協会に話を移そう。もしかしたら春風亭昇太が、師匠柳昇の名を欲しがっているかもしれない。香盤で先輩の人たちはどうか。小柳枝は、もうこの名前のままでいいと思っているだろう。もし柳昇を襲名したら、本来継ぐべき柳枝の名跡の権利を落語協会に譲ることにもなる。昔々亭桃太郎が柳昇の名を欲しがりはしないだろう。瀧川鯉昇も、自分の名前を大きくすることを優先するような気がする。すでに大きくなりつつある。ただし、小柳枝という名であれば、欲しいかもしれない。私の邪推が正しいとして、昇太が「柳昇を襲名したい」と言えば、たぶん柳昇一門の皆さんは賛成するはず。まぁ、「その前に結婚しろ!」とギャグを一発喰らうくらいだろう。

そんなことを考えていると、この「争奪戦」、最初で最後かと思う。出来レースかもしれないし、一つの興行でしかないかもしれないが、歴史の一頁を飾ることにはなるだろう。
まさか、今回の一件が「争奪杯」ブームにつながって、「円朝争奪杯」「柳枝争奪杯」「燕枝争奪杯」が行われる、なんてことはないだろうなぁ・・・・・・。実現すればそれはそれで面白いのだが、まずありえないだろう。
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by kogotokoubei | 2010-02-16 08:46 | 襲名 | Comments(0)
自宅近郊での地域落語会なのだが、都合が合わなかったり、チケット販売が座間市民会館の窓口だけであること、全席自由席なので良い席を確保するには当日早めに行く必要があること、そして何よりも交通の便が良いとはいえないなどの理由から、第137回目の本日初めて参上。
なんと言ってもこの二人の会で前売りなら700円、当日でも800円という木戸銭、諸般の事情も飲み込まなければいけないだろう。小雪の降る中、久しぶりに連れ合いと一緒に車で会場へ。13:30開場、14:00開演だが、13:10頃到着し前から50番目ほどだった。400名の会場はほぼ満員。
演者とネタは次の通り。
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(開口一番 柳亭市也 『牛ほめ』)
瀧川鯉昇  『千早ふる』
三遊亭兼好 『締め込み』
(中入り)
三遊亭兼好 『磯の鮑』
瀧川鯉昇  『質屋庫』
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市也(14:00-14:14)
この会場のやさしく暖かい地元の落語ファンのおかげで、結構笑いをとっていたが、どうしても昨夜の辰じんと比べてしまう私にとっては、彼の進歩の速度は少し緩慢な気がする。まだまだ基礎的な話し方の勉強が必要だろう。もしかして師匠から歌の課題が多すぎて落語を稽古する時間が少ないか・・・・・・。

鯉昇『千早ふる』(14:15-14:48)
定番のタミフルのマクラなどで会場を盛り上げで数多い十八番からこのネタ。竜田川がモンゴル出身の相撲取りといういつもの設定なので、今の時期にはもっとクスグリが入るかと思ったが、それほどブラックにはしなかった。遠慮や限度もあるし、朝青龍の引退はあまり突っ込みにくいのかもしれない。また、客層に合わせ、あまりトピックス的なイレゴトのない内容にしたのだろう。会場には、この噺自体を知らないお客さんが3分の一はいらっしゃったようで、筋そのものの可笑しさで沸いていた。こういう会場なら、さぞかし演者もやりやすいだろう。

兼好『締め込み』(14:49-15:21)
こちらは、始まったばかりのオリンピックなどを素材に、いつも通りのエスプリの利いたスピーディーなマクラから本編へ。盗人が登場してからの盛り上げ方が良い。とにかく、これだけ可愛いい盗人なら一杯飲ませて泊めてやってもいいか、と思わせる達者な演技。

兼好『磯の鮑』(15:31-15:55)
生でお目にかかるのが初めてのネタ。彦六の先代正蔵がよくかけていたらしいので、師匠好楽から正蔵の得意ネタとして伝授されたのだろう。廓噺としては、非常に珍しい展開で、花魁は最後の最後に登場するものの、あくまで主役は甚兵衛さん(人によっては与太郎らしいが)。とにかく、初めて聴く貴重な高座だったが、この人は結構演じているのだろう、十分自分のものになっていたと思う。

鯉昇『質屋庫』(15:56-16:30)
無難な芸ではあったが、質屋の主が預かった「帯」の推測による由来を語るくだりが、やや一本調子で、ちょっと瞼が重くなった。熊さんがやって来て、主の話を聞く前に先走りして自分の悪事を暴露してしまうあたりから乗ってきたように思うが、寒い外から暖かい会場に入り2時間を越えると、さすがに私も会場全体も睡魔と固い椅子の疲れで限界に近づいてきたようだ。

出演者によってはまた来たいと思うが、やはり諸般の事情は壁である。少なくとも指定席で販売してもらいたいものだ。この会のチケットなら、買占め屋によりオークションに流れることもないだろう。主催の「座間市スポーツ・文化振興財団」さんに、よろしくご検討をお願いしたい。木戸銭が少し上がっても結構ですよ。早く行って座席確保の心配をしなくて済むだけでも助かる。
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by kogotokoubei | 2010-02-13 17:18 | 落語会 | Comments(0)
東京音協が主催で、「噺小屋スペシャル!」と銘打たれた会。銀座ブロッサムの一階はほぼ満席。二階は見ていないが、反響を聞くと結構埋まっていたように思う。
演者とネタは次の通り。
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(開口一番 入船亭扇じん たらちね)
柳家喬太郎 幇間腹
入船亭扇辰 徂徠豆腐
(中入り)
橘家文左衛門 らくだ
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入船亭辰じん『たらちね』 (19:00-19:09)
1月7日の横浜にぎわい座での桃月庵白酒独演会で初めて聞いたわけだが、たった一ヶ月の間でずいぶん成長の跡が見える。大幅にショートカットした内容だが、メリハリの効いた江戸っ子口調の気持ちの良い出来栄えだった。師匠扇辰のようなイナセな噺家さんになる潜在力は十分にありそうだ。期待する。

柳家喬太郎『幇間腹』 (19:10-19:39)
池袋での主任を一昨日まで務めた疲れを心配したが杞憂だった。あきるの市の落語会で当日の主任であった馬風現会長の締めの「峠の唄」に合わせて前座時代以来久しぶりに披露した踊りを、高座から下りて実演するサービスまであった。次の扇辰が暴露したが楽屋ではネタではなく、この踊りをおさらいしていたらしい。円生襲名の件についても内幕暴露ネタをマクラでまじえて、93Kgと自ら白状した体型をふんだんに生かした本編へ。たしかに、この噺が最近増えたのには訳があるわなぁ。名人八代目桂文楽が幇間の登場する落語を十八番にしていたのは周知だが、実はこのネタはレパートリーにない。甚語楼時代の志ん生に何度も習ったのだが、どうも上手くできずあきらめたということが矢野誠一さんの『落語読本』や『落語手帖』に記されているが、なるほど体型もネタ選びに影響するだろうなぁ、とうなづける。
矢野誠一 落語読本(文春文庫) 矢野誠一 落語手帖(講談社)
とにかく会場はマクラから沸きっぱなし。喬太郎、健在である。

入船亭扇辰『徂徠豆腐』 (19:40-20:14)
冒頭、楽屋でネタを一生懸命さらう文左衛門と、対照的に隅のほうで「こんなことしている」(と踊る仕草で)喬太郎の様子を暴露し巧みに会場の空気をキープ。このネタは志の輔がパルコで披露して若い落語ファンにもお馴染みになったように思うが、扇辰版も決して悪くない。食べる仕草など細かな演出のことを取り上げるのは落語の見方として適切ではないのだろうが、出世前の荻生徂徠が冷奴を食べる仕草はなかなかの技だった。豆腐屋の七兵衛夫婦のやりとりも楽しいし、定評のある「表情豊かな」扇辰落語、その語り口の鮮やかさもあって江戸の風を感じる。喬太郎との同期二人会のチケットが取りにくいのは、実は扇辰ファンも相当いるからだと思う。

橘家文左衛門『らくだ』 (20:30-21:18)
トリのプレッシャーはあったと思うが、マクラなしの「文左衛門らくだ」は見事だった。もちろん、風貌や芸風などから、このネタはまさに「ニン」ではあるが、そういったアドバンテージに甘えた芸ではなく、見た目から想像できないきめの細かい演出を交えて笑わせ、そしてうならせた。もちろん、ヤマ場の屑屋清兵衛が酒を飲むにしたがって丁の目の半次と形勢逆転していくカラミの場面は十分に楽しいが、最初に半次に月番のところへ行く用を言いつけられた清兵衛が、「なにこれ?」とつぶやく一言や家主に言われたことを端折って半次に伝える台詞など、この人なりの演出が大いに効いていた。語り口の巧な緩急のリズムで、江戸長屋の生き生きとした登場人物を浮かび上がらせた。今年を振り返る時に、私の個人ランキングで相当上位に残りそうな気がする。


ここのところ円生襲名争奪戦の件を書いていたので、喬太郎のマクラにおけるこの件のネタを書かざるを得ないだろう。「週刊新潮」にも出ているので話す、と喬太郎は言っていたが、私は読んでいないので内容がまったく同じかは請け負えないが、昨年の暮に円丈が『死神』を演じる落語会の楽屋を喬太郎が訪ねた時、三遊亭楽太郎と鳳楽がやってきて、「すわ、つかみ合いか!?」と思っていたら和気藹々と何事か話をしていた、とのこと。なるほど・・・・・・、なのだ。裏に誰がいるかは別として、「円生争奪杯」というイベントをすることで襲名問題を決着させること、旧円楽一門と落語協会に残った円生の弟子たちのコンセンサスはとれているのだろうと察する。いまだに円窓ほかが3月17日の決戦に異を唱える動きもないしね。円窓のブログでは、襲名問題を書いた内容に、2月6日のニュースを見た訪問者がコメントに書いた「円丈が名乗りを上げたがあなたはどう思うか」という質問に、「あたしにはもっと大事なことがあるので、、、」と答えている。三遊亭円窓ブログ 襲名問題の内容
息子の真打昇進もあるわなぁ。しかし、あれだけのトーンで円楽の「横暴!」と抗議していた人が、同じ心境なら書く返事ではなかろう。何かがあった、と思うしかない。

さて、この落語会のことに戻る。開口一番は短い時間で場の空気をつくり、芸達者な三人が、それぞれニンなネタをしっかりと演じてくれた。総合的な落語会として高い点をつけられる内容だった。この組み合わせならまた来たいと思いながら地下鉄新富町駅にむかっていた。
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by kogotokoubei | 2010-02-12 23:33 | 落語会 | Comments(0)

円生襲名バトル 続報

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よく訪問させていただいているブログ「yotaro-3の日記」のyotaro-3から、「円生争奪杯」の詳細情報が下記にあることを教えていただきました。円丈の本を出版している彩流社HPにある「円生争奪杯」の情報です。
彩流社HPの内容

円丈のホームページにも上のポスターを含め掲載されています。
三遊亭円丈落語の世界

ちなみに、鳳楽のホームページには、現時点では何ら本件についての記載はなし。初めてこのサイトを見たが、なんともひどい自画自賛、ミーイズム・・・・・・。
三遊亭鳳楽HP

そうか、こういうプログラムか。ちょっとイメージが違ったなぁ。まぁ、洒落としては面白いかもしれないが、結末は見えているような気もする。 そもそも例の“ナビゲーター”某氏がからんでいるので、本音のところ私はこの企画にだんだん興味が薄れてきている・・・・・・。いわば出来レースの臭いがプンプンするなぁ。東洋館と出版社(『正論』や彩流社)の商売に乗せられているだけのようにも思えてきた・・・・・・。

気を取り直して書くならば、『妾馬』vs『居残り佐平次』だけでは、やはり決着はつけられないと思う。六代目は人情噺も滑稽噺も含め膨大なネタ数を持っていた。まぁ、円丈が言うように少なくとも三回位やってみたら、という感じ。そうする間に、なんらかの空気が醸し出されてくるのでしょう、きっと。

あと二回開催するのであれば、そのうち一回は『豊竹屋』とか『引越しの夢』『なめる』『てれすこ』『寝床』『蝦蟇の油』『汲みたて』あたりの滑稽ネタで勝負して欲しいものだ。残る一回だって必ずしも怪談噺で闘う必要はないと思う。円朝を襲名するのではないのだから。同じ『死神』でバトルするなんてのも面白いのでは。

また、このバトルを“一門対決”に拡大して、白鳥や兼好なども出演する企画にすると、興行としては魅力的だろう。円生襲名についてそれほど関心がない落語ファンにもチケットは売れるだろうから、200席ほどの東洋館ではビジネスとして勿体ないので、もっと広い会場に変更する必要が出てくるだろう。「お台場寄席」のイベントとしてやる手もあるか。あっ、それも狙いのうちか!?

ところで、この一件について例の「止め名決定委員会」(?)の京須さんは、何か発言しているのだろうか。何らかの意向を明らかにする責任はあると思いますがねぇ。べき論で言うなら、この会の対談に出て、“襲名コメンテーター”の大友浩さん、高信太郎さんと一緒に、当日の円丈と鳳楽の評価を含め、円生襲名問題について持論を展開したらいいと思う。
まぁ現実には、この企画そのものを認めないというスタンスで、ダンマリをきめこむだろうと察する。

ともかく、当事者のご両人にはがんばっていただきましょう。
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by kogotokoubei | 2010-02-10 12:04 | 襲名 | Comments(0)
七代目の三遊亭円生襲名が、予想通り(?)の争奪戦の展開を迎えた。この名跡について騒動が起るだろうとか、柳派と三遊派のことを書いたのは昨年11月だったが“やはり”、である。
2009年11月12日のブログ
ただし、私の想像したシナリオではなく、なんと円丈が鳳楽とのガチンコ決戦を挑み、鳳楽も受けて立つようだ。詳しくはMSN産経のニュースをご参照の程を。
2月6日付_MSN産経ニュース
私が予想した騒動は円窓が火付け役になるだろう、ということなのだが、今回の件も背後には円窓が絡んでいると思う。円窓は最初に入門したのが八代目の春風亭柳枝だったので生粋の円生門下とは言えない。もちろん彼自身が襲名する気持も闘う気もないので、初めから六代目に入門し現在の落語協会で存在感があって(協会の監事でもある)襲名する気持も十分あり、加えて今日活躍する中堅新作派の指南役でもある円丈を、落語協会の相談役でもある円窓が決戦のリングに持ち上げたのだと、想像する。(もちろん、まったく邪推です!)

この一件、ポッドキャスト「お台場寄席」の“ナビゲーター”塚越氏のインタビューに円丈が応えるかたちで挑戦を表明したようである。この内容は月刊『正論』に掲載されているらしい。
*ふだん落語愛好家があまり読まない本だが、さっそく立ち読みしよう。

この決戦、大賛成である。
そもそも落語家の名跡は先代やその家族、あるいはその一門のご意見番の意向が重視されるようだが、どちらにしても相当“グレー”な要素がある。早い話が五代目小さんだって、桂文楽の強引ともいえる後押しがあったからこそ襲名できたわけで、当時五代目小さん襲名の本命は、四代目小さんから出世名である蝶花楼馬楽を譲り受けていた後の彦六(八代目林家正蔵)だったのだから。その名にふさわしい存在になるかどうかは、襲名後の本人の芸、努力によるものだ。まぁ、歌舞伎の世界のような世襲というのも、大衆文化である落語には似合わない。ただし、誰が襲名するかについて落語の世界で最低限のコンセンサスがとれていないと、せっかくの大きな名跡そのものが歴史から忘れ去られる危険性があることが問題だと思う。たとえば春風亭柳枝という名跡のように。
*柳枝の件は昨年4月15日のブログをご参照の程を。
2009年4月15日のブログ

いっそ、こういうスポーツのような決戦の勝ち負けで争うという試み、平成のデジタルの世にふさわしい。ただし、鳳楽が「『妾馬』をやる」と先にネタ出ししているところが粋とはいえない。このへんがこの人らしいところだろうが、ちょっと待てよ、と言いたくなる。勝負のギリギリまでネタを明かさない決戦になれば、ネタへの興味も増すだろうに。よほど『妾馬』に自信があるのだろうが、逆に他のネタでは自信がないと言っているようなものだろう。ジコチュウで洒落のわからんところは、ある意味で六代目に似てはいるのだが・・・・・・。あえて書くが、私は六代目の芸はもちろん凄いと思うが、人間性には疑問あり、なのだ。

最近は古典にも力を入れている円丈、さて、どんなネタで挑むのか。
3月17日の浅草東洋館での決戦、ワクワクするではないか。でも、行けるかどうかはあやしい期末の時期である。いっそ生でテレビ放送して、視聴者の投票も生かして決めて欲しいものだ。スポンサーは付くと思うけどなぁ、このバトルなら。
どちらが襲名するにしても、公の場で決戦(一回では終わらないかもしれないが)することで、後腐れのない決着をすることが重要だと思う。今後、このパターンが続くのなら、我々場外の無責任な観客には楽しみが増える。落語協会と落語芸術協会の代表が九代目春風亭柳枝を決戦で争う、というシナリオも期待する。大名跡でもない名前を世襲して安易に金儲けをたくらむような下衆な企画より、ず~っと有意義ではなかろうか。
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by kogotokoubei | 2010-02-09 09:31 | 襲名 | Comments(2)
関東では数少ない仁鶴の独演会なので楽しみにしていた。ほぼ地元なのだが初めて行く会場。1200席はある広い会場に約800名位の入りだったろうか。多摩川超えで、最寄り駅(JR相模原)からそれほど近いわけでもない場所柄を考えると、すごい数だと思う。

演者とネタは次の通り。
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(開口一番 笑福亭笑助 『つる』)
笑福亭仁昇 『手水廻し』
笑福亭仁鶴 『道具屋』
(中入り)
笑福亭仁智 『トクさんトメさん』
笑福亭仁鶴 『崇徳院』
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仁昇(14:14-14:32)
初めて聴くが、体調のせいなのかどうか、少し噛みすぎだった。元高校の先生というのが、なるほどと思わせる語り口で、わかりやすいのはいいが、リズムに乗れないままの出来だったように思う。本当はもっと上手いのだと思う。

仁鶴『道具屋』(14:33-14:57)
この噺はうれしかった。仁鶴健在の証だった。もちろん往年のエネルギッシュな芸とは違うが、古希を過ぎても十分に現役であることを、前座噺を見事に演じて証明してくれたように思う。隣に店を広げる下駄屋が脇役として効果的だったし、それぞれの道具で客と珍妙なやりとりをするのだが、安心して聞けたし笑えた。
間違いなく、これまで私が聴いた『道具屋』のベストである。

仁智(15:13-15:36)
テレビ(主にCSのCATVでの放送)では何度か聴いているが、生は初めて。本日会場がもっとも笑ったのがこの噺。お客様の年齢層にも近く(?)、エスプリも利いた新作で、この人の才能の高さを感じた。昭和27(1952)年生まれで来年には入門から40年を迎えることになる仁鶴の一番弟子だが、その芸は若いし、クスグリも決して褪せていない。上方ではもちろん高く評価されているのだろうが、もっと注目しなくてはいけない噺家さんであることを認識した。

仁鶴『崇徳院』(15:37-16:11)
実は時節柄『初天神』を期待していた。マクラの話題が正月から七草と続いて、「やった、『初天神』か」と思わせておいて、百人一首の話からこちらのネタへ。しかし、この噺も十八番のひとつ。しっかりとした芸で、あらためて仁鶴が元気であることを確認した。


ともかく、仁鶴が期待通り、いや期待以上であった。吉本興業が今後戦略的に落語に力を入れるということも影響しているのかもしれないが、上方落語の重鎮は、まだまだ現役である。昭和12(1937)年1月28日の生まれなので73歳。談志の一歳年下、小三治の二歳年上である。「どんなんかなぁ~」の時代から年月を経ており、もちろんあのエネルギッシュさやスピード感は消えて“枯れ”てはきたが、持ち味は十分に健在である。決めのセリフで表情豊かに口だけを動かす定番の演技には、思わず笑ってしまう。

この落語会は「名人劇場」というタイトルがついており、(財)相模原市民文化財団の主催。今回が通算第34回で『20周年記念』の会とのこと。
第一回は1990年1月11日に「初笑い東京名人会」と題して桂米丸ほかの出演で開催されている。1992年から1997年までに、なんと柳家小三治が五回も出演し、2005年には米朝・小三治の二人会という豪華な顔合わせもあったようだ。1997年には立川談春の真打昇進披露公演が談志家元も出演して行われている。残念ながら昨年の開催はなかった。ちなみに一昨年は9月に桂三枝の独演会、三年前2007年も9月に立川志の輔の独演会の一回公演づつ。年に一回あるかないかという落語会のようだが、噺家は厳選しているようだ。地元でもあるので、開催と出演者の情報を見逃さないようにしておきたい。

今年は従来以上に自宅近郊の地域落語会に行こうと思っている。都内で開催される大手プロモーターによる“人気者を単に集めた会”や、“気配り少な目、商売気たっぷり”の会に出会うことが多くなり、近くて無理なく行けそうな、そして“手作り”感のある落語会にもっと目を向けようと思うのだ。
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by kogotokoubei | 2010-02-06 18:42 | 落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛