噺の話

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平成21年10月29日という日は、なんと罪な日なのだろうか。
この日の午前中に亡くなって、マスコミへの発表が翌30日だった五代目の三遊亭円楽については、各メディアには十分に追悼記事を掲載させる準備があったようだが、同じ日夜に亡くなった立川文都の扱いは、あまりにも対照的だ。
落語協会から脱退した翌年の昭和54年9月3日に円楽の師匠六代目の円生が亡くなった時、同じ日の夜半、日付がかわった頃に亡くなった上野動物園の人気者パンダのランランのニュースのほうが新聞やテレビにあふれ、名人円生のメディアでの扱いが極端に少なかったことを思い出す。

円楽は、いわゆる「四天王」の一人であったし、「笑点」で全国区の人気だった。もちろん落語界にとって伝承者として得がたい人を亡くしたことは残念である。しかし、個人的には、まだ49歳の文都の死が重い。

前座時代の立川関西、と言ったほうがなぜか馴染み深いが、それは多分に『赤めだか』での印象が強いからだろう。談春とは入門が一ヶ月違いの同期。談春のベストセラーエッセイ『赤めだか』で語られる修業仲間の談春達に示していた関西の友情や、高座やテレビなどでもうかがえる彼のなんとも言えない柔らかな笑みが暖かな人柄を表していた。出身の上方ではなく、あえて立川談志に入門してからの関西弁を直すための悪戦苦闘、談春達との“理不尽”な築地市場での修業などを経て、いまや一大勢力となった立川流においても、欠かせない中堅の位置づけだったはず。良くも悪くも“尖った”人材の多い立川流で、文都の柔らかさは得がたかった。直球勝負ばかりの噺が続く時に、文都の変化球には救われるような思いもした。

あの世では今頃、
「談志の弟子?師匠じゃなく、弟子のお前が先に来たのか!談志って奴ぁ・・・・・・」
と昔話をする円楽に耳を傾け柔和に微笑む文都の顔が眼に浮かぶ。

お二人に、合掌。
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by kogotokoubei | 2009-10-31 08:01 | 落語家 | Comments(0)
にぎわい座の地下にある“秘密倶楽部”のような「のげシャーレ」が満員である。開演10分前ほどに着いたが前三列のパイプ椅子席はすでに埋まっており階段席へ。パイプ席は一列18席ほどで3列。階段席が一列14~15席で4段、だったかと思う。満席で100余りの会場が開演前に埋まった。白酒人気を物語っていた。

今日が第二回目で一回目は気がついた時には“ぴあ”では完売だったので今回は発売日に購入していた、楽しみにしていた会。
時間を含めて下記の通り。
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古今亭志ん公  厩火事       19:15-19:35
桃月庵白酒   錦の袈裟      19:36-20:11
(仲入り)
桃月庵白酒   宿屋の仇討    20:23-21:05
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開口一番はないのかと思ったが、前座ではなく二つ目の志ん公が白酒の依頼で務めたようだ。
この会場は不思議な空間で、階段席は高座よりも高い位置になり、私の席あたりが噺家の目線と同じ位の高さになる。「高座」ではなく「低座」である。主役の白酒はさすがに目線がしっかりしていたが、志ん公にはこの環境はプレッシャーがかかったようで、前半はややオドオドした様子。「麹町のサル」あたりから落ち着き出したが、噺の出来は本人も満足はしていないだろう。いい雰囲気のある古今亭の若手なので、今後も暖かく見守りたい。

白酒の第一席。
今日の高座だから、やはり円楽のことからマクラが始まったが、途中から円生つながりで川柳のことになり結構引っ張る。先日のよみうりホールでも共演した記憶も蘇ったのだろうつい長引いて円楽ネタになかなか戻らなかったのだが、それはそれで、いつもの“毒”のある現代風のエスプリが楽しい。マクラ15分で、さてどんなネタかと思ったら『錦の袈裟』へ。本編20分だが肝腎な筋はしっかり押さえて、与太郎の味もよく、「澄み切ったバカ」などの白酒ならではの表現も笑いを誘い、十分に楽しめた。

二席目のマクラは約10分で、チケットの購入ノウハウなど。
この噺でこの人らしさがもっとも発揮されたと感心したのは、三人組で相撲をとる際に「佐野山」や「花筏」をクスグリで巧に盛り込んだところ。もちろん、江戸っ子三人組の中でリフレインされる「想い出づくり」というキーワードも現代風でユニークだし、効いている。侍が何度も伊八に前夜のことを繰り返すダレ場もうまく聞かせて、流石である。先日の『替り目』通しを聞いたあとなので、今後はこの噺の江戸版とも言える、かつて志ん生くらいしか演らなかった『庚申待』を聞きたいものだ。


エスプリの効いたマクラにオリジナルの現代版クスグリ、そして師匠雲助譲りの本寸法。この人の可能性は体型と同様大きい。朴訥や素朴というイメージの強い九州男児とは思えない現代的なセンスの良さ(九州出身の方、ゴメンナサイ)もあって、急速に人気が高まってくる理由が、よく分かる。12月の会の次は会場の関係で来春4月らしいが、その前に上の演芸ホールで雲助一門会があるかもしれないとのこと。なかなかの顔ぶれが揃ってきた一門である。都合次第で要検討だ。

現代と古典の融合という観点で落語の可能性を考えた場合、白酒への期待は高まる。志ん輔が志ん生の名を継がないのなら、この人ではないかとも思う。七代目円生も継ぐ人がいるようだし、早く誰かが六代目志ん生を襲名して欲しい。若手で可能性のある人という選択肢があったっていいんじゃないだろうか。そんな思いもした夜だった。
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by kogotokoubei | 2009-10-30 23:16 | 落語会 | Comments(0)
今月はいろいろと仕事やら野暮用やらがあって、今日が最初の落語会。
よみうりホールの一階はほぼ埋まったが2階は大半が空席。
実際のタイトルは「よってたかって秋らくご 21世紀スペシャル寄席ONEDAY」と、無駄に長い。
最近のつまらないテレビの特番並みである。センスのかけらもない。

演者とネタ。
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(開口一番 柳亭市也 金明竹)
春風亭一之輔  茶の湯
川柳川柳     ガーコン
(仲入り)
桃月庵白酒    替り目
柳亭市馬     掛取り
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市也(13:00-13:14)
コメントがしずらい。落語未体験と思えるお客様も多く結構笑いはとっていたが、「蛙とびこむ水の音」は噺の伏線として重要なので、最後の“おと”までしっかり発音しないとダメ。前座噺、という位である、この噺ならもっと自分のものにしなければならない。イケ面だが、だからフラを感じないタイプ。市馬師匠を見習って、しっかりした落語を今からしなければならないように思う。

一之輔(13:15-13:36)
なぜか青々とした丸刈りで登場。何かあったか・・・・・・・と勘ぐったが、床屋に行ったばかりなのだろう。久しぶりの一之輔だが、やはりこの人は間違いなく次の時代を担う一人になるだろうと思った。“なつめ”を“まさこ”と言ったり、隠居と定吉を“秘密結社”と表現するあたりのクスグリというかギャグの秀逸さもあるが、噺の本筋は絶対崩さないで自分の世界を作っている。
平成13年に一朝師匠に入門なので、来年で9年ということだが、落語協会が来年一之輔を真打にしても、落語ファンで小言を言う人は少ないのではないだろうか。もう十分に実力は周囲も認めるところだろう。

川柳(13:37-14:04)
寄席以外で「ガーコン」は初体験である。少し喉の調子が悪いようで途中で前座さんに水を頼んだが、その水が出るのが遅いことが気になった。イライラしていた川柳師匠に届けられたのが、安っぽい丸い茶碗に入った水のようで、それも気になった。師匠は相変わらずの調子で唄いまくっていただいたし、会場には師匠の唄を手拍子で楽しめる年代の方も多く、それなりの盛り上がり。だからこそ裏方の気の利かなさが気になった。

白酒(14:20-14:45)
『替り目』を、ほぼ通しで聞いたのは久しぶりだ。寄席のネタとしてもランキング上位だが、ほとんどは途中でサゲるので、うどん屋の「そろそろ銚子の替り目ですから」まで演じることは少ない。まず、白酒がこの噺を選んでくれたことがうれしい。もちろん定評のある適度に“毒”のあるマクラも含め、この人が持つ実力と潜在力には大いに期待したい。体と一緒で“大きな”噺家になって欲しいものだ。

市馬(14:46-15:25)
この時期にこの噺を聞けるとは・・・・・・。もちろん市馬歌謡ショーにハズレはない。しかし、この噺には早すぎるのではないかと思う気持も。「秋」のスペシャルでしょう・・・・・・。


白酒と一之輔は、この後は三田落語会で夜の部に出演予定。ちなみに三田の昼の部は扇辰と菊之丞。実は、今日のチケットを買ってから三田のことを知った。それは、まぁいい。自分の問題。

夢空間は、少し「遊びすぎ」である。それは、今日の会のタイトルであったり、川柳師匠への水の手当てであったり・・・・・・。落語会は寄席ではない。だから楽屋のことを前座にまかせっきりにはできないはず。ご高齢の川柳師匠の高座で、あらかじめ水やお茶の手配、薬やもしやの場合の救急車まで気配りをしておくのは主催者の当然の仕事だろう。
先週、仕事で複数の大きなイベントがあり、その事務方として準備期間から実際の運営まで緊張感が続いた。だから今日は噺家の芸よりも運営側に余計に注意が向いたようだ。イベントは「無事」で当り前と評価される。いかに事前にリスクをヘッジするか、あらゆる機会損失を想定するのが運営側の当り前の仕事である。またお客様に喜んでいただけるための細かな演出や気配りを考えるとなかなか眠れないし、夢で仕事をしていることが幾晩もあった。要するに、大きなイベントの場合、運営側スタッフ(特に責任者)の仕事には際限がないのだ。
「夢空間の会だから行こう!」と言わせるか、「夢空間か、やめとこう」と思わせるかは紙一重であることをわかっているだろうか。アンケート用紙も相変わらずの使いまわし。見る人は見ている、ということを肝に銘じて欲しいものだ。

構成についても、この会のコンセプト(そんなものがあるとして)を踏まえてどれほど主催者側の配慮があったのか疑わしい。「寄席」と銘打っていながら色物はない。たぶん、噺家のネタもご当人任せだろう。大きな会場と落語家を押さえたら、あとは当日、アルバイト(社員?)に仲入りでトイレに行く人に半券の注意を大きな声で言わせるだけ、だとしたら「スペシャル」の名が泣く。

八王子や三田、また相模原や他の地域で手弁当で頑張っている落語会の主催者のきめの細かい気配りと真摯な態度と、大手と言える興行主のアバウトさとやや傲慢に見える姿勢を、どうしても比較してしまう。今日の会、4,000円は決して安くはない。やはり「三田」だったかな・・・・・・と思いながら地下鉄の駅に向かった。
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by kogotokoubei | 2009-10-24 18:54 | 落語会 | Comments(0)
正直あまり高い期待は持っていなかったので、次の映像にはうれしかった。
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第19回(昭和36年1月13日)
古今亭志ん生 『おかめ団子』
三遊亭金馬  『薮入り』
第265回(昭和56年7月17日)
柳家小さん 『禁酒番屋』
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それぞれ約1分ほどなのだが、NHKには、全編残っているのだろうか?
あるのならぜひ放送して欲しい。
志ん生に関しては、『風呂敷』(NHK)、『替り目』(映画「銀座カンカン娘」)以外で初めて見ることができた。
400回記念の口上での志ん朝もうれしかったが、落語ではない。

600回記念での6席は「日本の話芸」で放送済み(あるいは放送予定?)の内容(一部は短縮)で、まとめて見せてもらったからといって、コメントのしようもない。

収穫はあくまで上記の貴重な映像。残っているライブラリの全編再放送を期待したいが、番組のエンディングではなんらそういう類の告知はなかった。第600回の落語会そのものもいいが、それを記念して過去の名作を放送するというところまで、今後発想が拡大していくことを強く期待したい。何度も言うが、志ん朝を含む名人の“旬”の時代のライブラリーがたんまり残っているはずだ。
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by kogotokoubei | 2009-10-13 21:26 | テレビの落語 | Comments(0)
たまたま来週の番組を調べていたら、NHKのBS2で10月12日の3時間のスペシャル番組が組まれているのを発見した。NHKのホームページの案内は下記の通り。
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東京落語会600回スペシャル 10月12日(月) 午後4:00~7:00 

昭和34年(1959年)に始まったNHK主催の落語会「東京落語会」。今年
6月19日の公演をもって、600回・50周年という節目を迎えた。これまで
東京落語会では、志ん生、小さん、文楽、正蔵、志ん朝など至芸を誇る“名人”
たちがその舞台を踏んできた。今回の第600回公演では、現代の名人6人
が勢揃いし、記念のステージを極上の話芸で盛り上げた。
番組では、記念口上や楽屋・舞台袖のロケ映像を交え、さらに東京落語会
600回の歴史を振り返りながら、まるごと6本の落語を一挙放送。落語の
魅力を再認識してもらう、またとない番組。

【出演】三遊亭小遊三(落語「浮世床」)、桂米丸(落語「旅行鞄」)、
三遊亭圓歌(落語「中沢家の人々」)、柳家小三治(落語「馬の田楽」)、
桂歌丸(落語「小言幸兵衛」)、鈴々舎馬風(落語「猫の災難」) ほか
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“まるごと6本の落語”そのものは、すでに「日本の話芸」で放送済みの内容かと思うが、“記念口上や楽屋・舞台袖のロケ映像”、“600回の歴史”の振り返りには興味がある。

でも、ちょっと待てよ?
30分の落語を6本とすると、それだけで3時間・・・・・・。どんな構成になるのか、ということも楽しみのひとつとしよう。
このブログで私が度々NHKの落語ライブラリーをもっと放送して欲しい、と書いたからではなかろうが、なかなかうれしい企画だ。「体育の日」を「落語の日」に替えることにしよう。

NHK BS オンライン
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by kogotokoubei | 2009-10-10 06:51 | テレビの落語 | Comments(0)
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保田武宏著『志ん生の昭和』

 志ん生ファンが泣いて喜ぶ本だと思う。アスキー新書での発行。
 著者の保田さんは志ん生のCDとDVDの全作品691のガイドブックを書いているが、本書は”志ん生全高座と放送で見る昭和の落語”という趣だ。
志ん生全席落語事典-CD&DVD691-
「はじめに」に著者が執筆の狙いを語っているので引用する。

 

 志ん生の生き様は、いままでに三種類の伝記に描かれている。自伝『なめくじ艦隊』(昭和31年・朋文社)、同じく自伝『びんぼう自慢』(昭和39年・毎日新聞社)、小説の形をとっている結城昌治著『志ん生一代』(昭和52年・朝日新聞社)である。三つとも文庫化されているので、いまでも入手しやすい。
 いずれもエピソードがたくさんで、おもしろく読めるが、志ん生の高座についてはほとんど描かれていない。志ん生の芸が、どのようにして向上していったのか、当時の落語界は、どのような状態だったのかについては、ふれていないのである。そこを少しでも説明したいと思って書いたのが、本書である。



 これだけ読んでも、志ん生ファンがワクワクする姿が浮かぶ。私がそうだった。
 以前に『志ん生一代』については書いたことがある。
2008年10月13日のブログ_志ん生一代
 もちろん、『なめくじ~』も『びんぼう~』も読んでいる志ん生ファンの私にとって、この“マクラ”の効果は大きかった。各章のタイトルをご紹介。
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はじめに
第一章 なめくじ長屋
第二章 「火焔太鼓」
第三章 ああ、満州
第四章 「お直し」
おわりに
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「おわりに」の後の次の付録もうれしい。
・志ん生のホール落語出演記録
・志ん生の放送出演記録(落語のみ)

 保田さんの真骨頂は、まさに本文と巻末を含む「記録」にある。志ん生の高座や、落語界の動向について記されたそのデータには、この著者の執念のようなものを感じる。また、前述の三冊の著作はあくまでも志ん生を主役に描かれているのだが、本書は志ん生の“あの時”に他の昭和の名人達はどうだったか、という視点でも書かれているのが“その時”を客観的に知ることに役立つ。

 たとえば、戦後満州から引き揚げてきてからの志ん生については語られることが多いが、戦前のことについては、“びんぼう”とか、“借金”という言葉のイメージが強すぎて、寄席での人気をとる姿が浮かびにくい。しかし、志ん生襲名の前年、馬生時代の昭和13年でさえ、次のように名門の寄席でトリをとるだけの評価を受けていたことがわかる。

 

 馬生の人気が高まっていき、文楽はすでに大看板。それなのに橘屋圓蔵(山崎松尾・後の六代目三遊亭圓生)は低迷を続けた。自分は落語家に向いていないと真剣に思い込むようになり、ついに七月に東京落語協会に脱退届を出した。幸い届は保留されたが、圓蔵は七月中席から寄席に出なくなってしまう。九月上席から復帰したが、このあいだどうしていたのか、自著『寄席育ち』にも書いていないので不明である。
 圓蔵の苦悩をよそに、馬生は寄席でトリをとりまくる。五月は上席神田立花、中席人形町末広、下席駕籠町鈴本ととり続け、その後も人形町末広、四谷喜よしととる。ただ上野鈴本だけは、回ってこなかった。やはり落語睦会脱退以来のしこりが、まだ残っていたのかもしれない。



 この文章だけでも、戦前の「その時」の文楽、志ん生、そして圓生という三人の名人の位置づけがわかろうというものだ。馬生から志ん生を襲名したのは翌昭和14年だが、この年は東宝名人会とも契約をした画期的な年でもある。著者の記録が次のように記されている。
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 昭和14年に志ん生が東宝へ出演したうち、演目のわかっているのは
次のとおりである。
3月1日-10日
 替り目 千早振る 肥がめ たいこ腹 風呂敷 将棋の喧嘩
 火焔太鼓 大工調べ 売物八景 三助の遊び
5月1日-10日
 不精床 甲府い 犬の御難 町内若者 麻のれん 替り目
 馬鹿泥 後生鰻 万病円 宿屋の仇討ち
6月1日-10日
 がまの油 お化け長屋 女給の文 (四日は立川談志代演 反対車)
 鰻屋 三枚起請 鮑のし 狸 そば清 金名竹
10月1日-10日
 物識り 肥がめ お灸 替り目 穴泥 氏子中 火焔太鼓
 鰻屋 風呂敷 鮑のし
11月21日-30日
 鮑のし 町内若者 肥がめ 桃太郎 穴泥 ラブレター
 付き馬 お灸 火焔太鼓 雨の将棋 
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太字は複数回演じたネタ

 『火焔太鼓』を十八番にし始めたのがこの頃だということがよく分かる。後に十八番(オハコ)となる『替り目』『風呂敷』『鰻屋』、そして志ん朝が父の噺の中で“意外な十八番”と指摘する『鮑のし』も複数回披露している。なぜか『肥がめ』も多いが、これも志ん生らしさだろう。『雨の将棋』は、碁よりも将棋の好きな志ん生による『笠碁』の改題であろう。

 戦前と戦後、というテーマに関連しては、次のような文章もある。
 

 志ん生の高座が、一番よかったのはいつだろうか。長男の馬生は、「おやじさんは終戦前のほうがうまかったと思う」といっていた。馬生は昭和18、19年に、志ん生が数多くやっていた独演会の前座を務めていた。そこで満員の客に向かって迫力のある芸をぶつける志ん生をみて、「すごいなあ」と思ったであろう。
 しかし芸の巧拙は、数字で表すのは難しい。多分に聴いた者の主観によることになる。戦時中のほうが戦後よりうまかったことを証明するのは至難のわざである。


 この後、著者は「一番活躍したのはいつか」ということを“数字”で証明せんと、ホール落語が始まって以降の落語会、寄席、そしてラジオ・テレビといった放送への出演統計を紹介し、特に“活躍していた”と数字が物語る昭和30年から32年の三年間の演目をすべて並べた上で、次のように記している。
 

 昭和30年は70、31年は93、32年は68種類の噺を演じている。三年間を通算すると実に141種類となる。・・・(中略)・・・全盛期には寄席にも休まず出演している。多いときは年間63興行に出ており、一興行十日間のうち、二日休んだとしても年間500回は寄席で口演している勘定になる。寄席とホールと放送の口演合計が年間620を超える。こんなに数多くの噺と、多い回数を演じた落語家をほかに知らない。まさに質、量ともにナンバーワンである。


 この数字には圧倒される。
 
 巻末には、三越落語会・東横落語会・東京落語会・精選落語会・紀伊国屋寄席での全演目が一覧化され、NHKと民放のラジオとテレビでの演目も網羅されている。ちなみにテレビは昭和28年2月2日NHKで放送された『火焔太鼓』から、昭和41年10月9日に日本テレビで放送された『後生鰻』までの116席がリストアップされている。くどいようだが、ラジオではなくテレビで、14年間に100以上の放送があったのだ。それなのに、なぜ我々が今日映像で懐かしいあの顔と声、仕草に出会えるのが、NHK所蔵の『風呂敷』と、映画「銀座カンカン娘」の中で演じる『替り目』くらいしかないのが、不思議だ。ラジオはあれだけ音源が残されているのに。もちろん、版権の問題、広告主の問題、再生するための技術的問題、保存していなかったという過失、などいろいろ理由があるだろうが、まったく勿体ない話であり、勿体ない“噺”ではないか。

 本書の主役はもちろん志ん生だが、落語研究会やホール落語会、ラジオ・テレビで共演した噺家のこと、睦会や落語協会など所属団体の噺家のこと、そしてもちろん本人の演目について非常に丁寧に調べられている。代々の歴史のある名前を持つ落語家については本名を添えてあり、読者に間違いなく伝えようという著者の気配りがわかる。志ん生の落語家としての歴史を縦軸にしながら、その人生の時々で縁のあった人々や、“その時”の演目を知ることで新たな発見に素直に驚かされたり、『火焔太鼓』のレコードがなぜ戦後まで発売されなかったか、という謎解きなどもうれしい。200頁にも満たない本なのだが、なかなか味わい深いし貴重なデータブックでもある。

 とにかく、志ん生ファンと、古典落語ファンには、楽しくてためになる本としてお奨めします。
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by kogotokoubei | 2009-10-03 08:08 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛