噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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こんなことを書くつもりはなかったのだが、公共の電波を使った横暴が目に余るので書く。あまりにも「瞬間芸」「一発ギャグ」中心の、個々の持ち時間の短すぎるお笑いの番組が多すぎる。
 多くの若い芸人さん達が切磋琢磨すること自体は結構。しかし、それぞれの漫才やコントの芸人さんの持ち味が十分にわかろうはずのない「瞬間芸」や「一発ギャグ」といわれるものばかりを、どこのチャンネルでも放送しすぎる傾向に嫌気がさすのだ。「嫌なら見なきゃいいだろう」という声も聞こえるが、広告費を商品購入という形で支払っているのは、我々視聴者である。
 今のテレビのお笑い番組、いや「お笑いを中心とするバラエティ番組」は、正直言って見る気がしない。別に落語を放送しろ、と言っているのではない。漫才にしろコントにしろ、優れた芸は見たいと思うし、理屈ぬきで笑いたいとも思う。しかし、テレビの、それもゴールデンタイムで「瞬間芸のカタログ」とでもいうものをたれ流しするだけの番組には魅力を感じない。
 テレビ局側の理由はわかる。制作費は安くあがるし、そこそこに視聴率もとれるのだろう。しかし、そういう理由で作られた番組ばかりではもっとお笑いの「芸」を楽しみたいと思っている視聴者には迷惑だ。民放こそ、もっと良質の「お笑い・演芸」番組を編成して欲しいと思うのだが、現状ではNHKにはるかに劣っている。地上波での視聴率競争から開放される可能性のあるBSや地デジの普及は「お笑い・演芸」ファンにも期待をもたらしたはず。しかし、番組枠は確実に拡大しているのに、増えるのはテレビ・ショッピングや音楽番組に名を借りた通販番組ばかりではないか。
 持ち時間に関していえば、M-1にしても少なすぎる。オンエアの関係など、もろもろの事情はあるのだろう。しかし、寄席での持ち時間約15分とまでは言わないが、決勝くらいは持ち時間を10分程度で行うべきではなかろうか。その位の時間でしっかり芸のできる漫才でなくてはグランプリの価値などないだろう。しかし、テレビ用の「瞬間芸人グランプリ」の大会であれば、いたし方ない。
 
 そんなことを考えていると、最近は良質のお笑いのバラエティがないから、同じような番組ばかりになるのかと思い当たった。古くは「シャボン玉ホリデー」「ゲバゲバ90分」少し前なら「花王名人劇場」や「オレたちひょうきん族」など。プロデューサー他の作り手の志にしても、芸人の意気込みにしても、そして「瞬間」ギャグのおもしろさにしても、今日とは雲泥の差だった。 さて現在のお笑いバラエティは・・・というと、どのチャンネルも同じような顔ぶれの芸人達が、ほとんど「素」のままで楽屋話をするだけの番組や、ある一部の人気者とその取り巻きたちが学芸会レベルの他愛ない、そして笑えないコントでお茶を濁すような番組しかないのではないか。その人気者たちもかつてデビュー当時は光るものがあったはずだが、昨今の過剰露出の結果、彼ら自身も構成作家たちも企画が枯渇し、そして若くして゛大御所゛としての傲慢さだけが目立ってくる。
 
 もちろん五十路男の「ノスタルジー」もある。「団十郎じじい」と言われても結構だが、かつての「お笑い・演芸」と言う言葉のイメージは、今日ほど軽くなかったはずだ。挑戦的な番組をつくろうという意欲も明確なコンセプトもない現在のテレビ界には、「瞬間芸」「一発ギャグ」を数だけ並べて番組を制作するしか、それこそ゛芸゛がなくなっているのだろう。
 つまらない「瞬間」「一発」芸オンパレードの番組を提供しているスポンサーの商品はできるだけ買わないようにしようと思う。個人でできる抵抗はこれぐらいしかない。広い意味で落語も「お笑い・演芸」という範疇に入るわけだが、テレビという「お笑い・演芸」の舞台での余りにも寒いプログラム構成が、特に年末・年始に凝縮されるのが憂鬱のタネである。
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by kogotokoubei | 2008-12-29 11:14 | お笑い・演芸 | Comments(0)

『富久』

代表的な冬の噺で私の好きなネタの一つ。この時期、数多くの落語会や寄席のトリネタとして選ばれることが多くなってきたのはうれしい限り。先日の三三冬噺のネタだったこと、そしてその後に出向いたビクター落語会の会場がニッショーホール、というつながりもあって、今回は火事を題材にした、この噺。
 三三の落語会の後、師匠小三治のCDを聞いた。1993年1月、鈴本の独演会での収録。小三治は三代目小さんの速記を参考にしてできるだけ忠実に柳家の型で演じているらしい、と解説で京須偕充さんが書いている。

 三遊亭円朝作ともいわれているが、円朝が生まれて3年後の天保13年には水野忠邦によって突富興行は一切差止を命じられていることや、『円朝全集』に収められていないこともあり、どうも円朝の創作ではないのではないか、と言われている。
 中込重明さんは、岩波書店発行の、「落語の世界」シリーズの第一巻『落語の愉しみ』の中で、「円朝のネタさがし」という章を執筆しているが、引用を含め次のように記している。落語の世界(1)「落語の愉しみ」(岩波書店)

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『円朝全集』未収だが、『芝浜』『富久』についても、『日本国語大辞典』
(小学館、初版・二版とも)で「芝浜」の項目を引くと、これを円朝作品と
している。また、昔の落語の本には、『富久』を円朝が実話にもとづいて
作った落語と説明しているものも多い。このような問題の答えになるであろ
うか、五代目古今亭志ん生は、小島貞二氏に興味深いことを語っている。
 「『鰍沢』だってあれは円朝さんがこしらえたんじゃないんだよ(中略)
  『文七元結』だってそうなんだ。あれだって円朝の作じゃないんだ(中略)
  あの時分にね、円朝作って出しやあ売れるから、みんな円朝にしたんです。
  だから、円朝さんの作じゃないのが随分あるんだ」
              (三一書房刊『これが志ん生だ』第四巻より)
これは、鋭く円朝ブランドの存在を指摘した言葉である。
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 ちなみに、中込さんは『落語の種あかし』『明治文芸と薔薇-話芸への通路』といった本格的な落語・芸能研究書や、落語を素材として江戸の庶民の生活を平易に解説してくれる『落語で読み解く「お江戸」の事情』という本を著した人なのだが、4年前に39歳という若さで脳腫瘍で亡くなられた。この方が存命であったなら、落語や演芸の謎や埋もれた歴史などを、もっともっと掘り起こしてくれていただろうと思うと残念でならない。

 さて、「円朝ブランド」などという言葉を眺めると、昨今世間を騒がせる食品の「偽装問題」をイメージするが、まさに円朝の作品ではない落語に「円朝作」と偽装することは、マスコミなどの存在しない時代は今日よりもはるかに容易だったに相違ない。何名かの“さくら”を仕込むか、限られた紙媒体に書けば口コミで伝わることだろう。
 しかし、「円朝作」という偽装が長らく巷間信じられてきたほど、この噺は良く出来ている、ということも言えるだろう。

 こんなあらすじである。

(1)富くじを買う
  暮れも押し迫った頃、酒のせいで客をしくじった幇間の久蔵が知り合いから
  富くじを買う。
(2)大神宮様への願掛け
  富札を大神宮様の神棚にしまい願掛けをし、当たった場合の皮算用をしている
  うちに酒がまわって眠ってしまう久蔵。
(3)旦那の家の近くが火事
  その夜、しくじった旦那の住まいの周辺で火事だと知らされ走って旦那の家に
  向かう。
(4)火事収まり、酔って寝る
  旦那から出入りを許され、風向きが変わり火事も収まり、たくさんの見舞客が
  帰ったあと、酒を呑んで久蔵は寝込んでしまう。
(5)今度は久蔵の長屋が火事
  今度は久蔵の長屋の近辺で火事が発生し、急いで長屋に向かうが長屋は焼失。
(6)富くじ当たるも札はなし
  旦那の家に戻りしばらく居候していた久蔵だったが、富の日に自分が買った
  くじが千両あたったことを知る。しかし、札と引き換えでなければ千両は
  もらえないと知り、落胆
  する久蔵。
(7)鳶頭と出会う
  町内の鳶頭が火事の時に久蔵の家から布団などと一緒に神棚も持ち出してくれて
  いたと分かり、あわてて鳶頭の家に行く。
(8)富札が見つかる~サゲ
  大神宮様の神棚に富札が見つかり安堵する久蔵。そして、
  「ありがたい、これも大神宮様のおかげ、ご近所のお払いをいたします。」と
  ゛お祓い゛との地口でサゲ。

 かつて名人と言われた噺家それぞれに型があり、内容の分かりやすい違いとして、久蔵と旦那の住んでいる地名、富くじの番号、そして 富興行を行う場所を指摘することができる。

1.久蔵と旦那の住んでいる地名
 桂文楽(もちろん八代目)
  久蔵の住まいは浅草阿倍川町。旦那の住まいを当初は芝神明としていたが、
  久保田万太郎から、「安倍川町から芝神明では遠すぎるだろう」と指摘されて、
  日本橋横山町に変更したとのこと。

 古今亭志ん生
  久蔵の住まいは浅草三間町、旦那の住まいは芝の久保町。
 金原亭馬生(十代目)
  旦那の住まいは日本橋石町としているが、他は志ん生と同じ。
 古今亭志ん朝
  父の志ん生と同じ設定。

 三笑亭可楽(八代目)
  久蔵の住まいを日本橋へっつい河岸、旦那の住まいは芝の久保町。

 柳家小さん(五代目)
  志ん生と同じ設定。

2.富くじの番号
 文楽は「松の110番」、志ん生、馬生、志ん朝の親子は「鶴の1500番」、
 可楽は「鶴の1555番」そして小さんは「鶴の1888番」である。

3.富興行の場所
 文楽は深川八幡、志ん生親子は椙森(スギノモリ)神社、
 可楽と小さんは湯島天神

 それぞれの噺家が、どの場面に演技と時間の重きを置くかで、この噺の味わいは変わってくる。

 安藤鶴夫さんを筆頭に評価の高い文楽の場合。演出の力点は、まず願掛けと当たった場合の皮算用の冒頭部分、そして越後屋の旦那の家がある横山町へ駆けつける時と自分の住む長屋のある安倍川町に駆けつける際の仕草の演出。そして後半のヤマとしては、火事見舞客の応対シーンであろう。見舞客の応対場面については、矢野誠一さんが著作の中で次のように記している。落語読本
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 ふつうの落語家が、扇子と手ぬぐいを小道具として使うのは周知
のとおりだが、どういうわけか桂文楽というひとは、手ぬぐいを使わ
なかった。代りに真白なハンカチを用いたのである。その文楽が、
『富久』を演じるときばかりは、手ぬぐいを用いたのである。
 このはなしには、横山町の越後屋にかけつけた幇間の久蔵が、
旦那にいわれて町内の火事見舞客の名前を帳面につけるくだり
がある。池田屋さんだの、三鉄つぁんに安田さん、坂下さんの
お坊ちゃん、万定さん、ご本家、石町さん、加賀屋さんといった
見舞客の名前をどうしても覚えられなかった文楽は、紙に記して
手ぬぐいにはさんで高座にあがったのだそうだ。一種のカンニング・
ペーパーで、台詞のはいらない役者が、しばしば用いる便法である。
ところがそれ以降、見舞客の名が完全に頭にはいっているのにも
かかわらず、あらかじめ名前の書き連ねてある紙がないと、不安に
なってしまうのだそうだ。(文春文庫『落語読本』より)
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 また、見舞客の応対の後の酒を呑む場面の文楽の小道具として、「なんごのわたぬき目刺し」も有名。神奈川県茅ヶ崎市南湖(なんご)地方は鰯の名産地で、内臓を抜いた物が“わたぬき”であるらしい。 

 志ん生は、この噺も文楽とは対照的である。願掛けの場面での調子の良さや、自分がどうやって火事を撤退させたかという法螺話など、とにかく天才的なくすぐりで笑わせながら、ノー天気で尻の軽い幇間、非常にいい加減な男として久蔵を描いている。自分の持ち味を最大に活かし、あくまでも志ん生の久蔵である。もちろん、久蔵が酒を呑んでいい調子になる場面も楽しい。私の所有する音源では、文楽は安倍川町に久蔵が息せき切って駆けつける場面で会場から拍手が起こるが、志ん生では酒を呑む場面で拍手が沸き起こる。映像が残っていないのが非常に惜しい。よほど、美味そうに呑んでいるのだろう。しかし、この場面に限れば、可楽の酒乱の久蔵の味も捨て難い。
 とにかく、酔っ払いの登場する可楽の噺は楽しい。『士族の鰻』(『素人鰻』)の神田川の金、『うどんや』の酔っ払い、『味噌蔵』の番頭、『親子酒』の親子などなど。富久でも可楽の久蔵の酔い方は迫力がある。酒で旦那をしくじった、という前提から考えれば、「これなら、そりゃあしくじるだろう」、と思わせる。可楽も三代目小さんの型を踏まえているらしい。柳家の型は「酒乱の久蔵」なのだ。これは小三治も弟子の三三も踏襲している。文楽の描く久蔵がほろ酔いでも粗相をしてしまう、お調子者として描かれるのとは対象的だ。柳家の型では旦那の家での家財道具の持ち出しや見舞客への応対の場面はほとんどカットして酒を呑んでの醜態に重きを置いている。

 文楽の噺のルーツに関して。安藤鶴夫さんによれば、文楽はこの噺を芸の師匠と崇めた三遊亭円馬(三代目)から稽古をつけてもらっている。その円馬は円朝の愛弟子であった初代の円左から授けられたとのこと。だから、文楽の演出は正統な三遊亭の型ということになる。柳と三遊の両派で、この噺の演出の最大の相違点は、久蔵を酒乱として描くか否かだろう。
 この点について文楽派の代表アンツルさんは次のように書いている。
 *この文は途中に句点(。)がない一つの文なので、長いが引用する。わが落語鑑賞
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三代目小さんの所演によれば久蔵は酒乱ということになっているが、
そういう性格にしてしまってはいたって人物が浅く単純になり、酒を飲むと
だらしなくなって、客に喧嘩をふツかけるのではなく、ついして座敷の寸法を
忘れて、だらしなく嬉しがってしまうところから始終客をしくじるといったあわれな
野幇間(のだいこ)の、ほとんど一人舞台であるうえに、しくじった客の家へ
かけつけて出入りを許され、町内の人びととの火事見舞の応待、本家から
届いた見舞の酒で酔うこと、一転して今度は自分の家の火事にかけつけるくだり、
そして最後に富籤の札場における歓喜と絶望が、町内の頭によって救われる
という、まず普通至難とされている名作の、少なくとも三つぶりぐらいの苦心は
あろうという名作であり、その傑出した演出が、いま桂文楽によって危うくその
芸脈を保っている貴重品である。(筑摩叢書『わが落語鑑賞』より)
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 酒乱の久蔵か、あるいはお調子者でつい遊びの程度を超える久蔵かは、演じるほうも聞くほうも好みの問題。(あるいは「流派」の違い!)

 柳家と三遊亭の型に加えて、三遊を基本にしてはいるが自分なりに構成を作り変えた上で、独特のクスグリをちりばめて爆笑を誘う志ん生。落語愛好家も、この噺の好みは分かれるに違いない。あるいは、どれも好き、という答えがもっとも多いのかもしれない。いずれにしても、それぞれの『富久』が今後も゛久゛しく残って欲しい、というなんとも低俗な地口でもってサゲ。

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by kogotokoubei | 2008-12-25 21:15 | 落語のネタ | Comments(0)
地下鉄銀座線の虎ノ門駅から地図を見ながらニッショーホールへ。初めて来る会場だが、座席のゆとりもあり、ステージも見やすく、なかなか良い会場だ。
 かつて三田で毎月のように開催されていたビクター冠の落語会が、今後ホールで回数を減らして開催されるその第一回である。三田の仏教伝道センターでは「三田落語会」として再出発。
さて、今日の贅沢な顔ぶれとネタ。
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(開口一番 柳家小ぞう 金明竹)
古今亭菊之丞   元犬
柳亭市馬      松曳き
春風亭正朝    はてなの茶碗
(仲入り)
柳家喜多八    盃の殿様
柳家さん喬     芝浜
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小ぞう(13:00-13:15)
開口一番について普段多くを語らないのだが、今後に期待する人だからこそあえて。
私が出会うここ最近の小ぞうはさんは、なかなか良かったが、今日は少し緊張もあったのだろう、どうも今ひとつ。限られた時間のことも頭にあったせいだと思うが、この噺の肝腎な部分が出来ていなかったように思う。それは、必ずしも早口で言わなくても効果を出すこと。言い立ての最後の部分(「わての旦那の檀那寺が兵庫に・・・・・・)は、たしかに前半から次第に口調の速度を上げていくので早口になるのだが、お客さんに聞き取れないようでは困る。スピードだけで誤魔化す噺ではない。他の落語会ではもっとはっきり話していたはず。すでに勉強しているとは思うが、三代目三遊亭金馬のCDなどを聴いて、あらためてこの噺を磨いて欲しい。この人は特有の「フラ」を感じるだけに、あえて小言でした。

菊之丞(13:16-13:38)
マクラで、二代目木久蔵襲名披露の引き出物のハチミツのネタが笑えた。なぜ菊之丞でこのネタになったのかは分からないが、まぁ全体のバランスを考えたのだろう。人間になったシロが道端で蓄音機を見て「これを見るとどうしても首をかしげたくなる」というヨイショは笑えた。私は久しぶりの菊之丞なのだが、この人の醸し出す江戸と江戸っ子の世界は得がたい。このネタでこれだけこの会場を沸かすことができるのは、実力の証である。あえて言えば、主催者のなんらかの意図でこのネタに落着いたのだろうが、ネタのバリエーションを考慮したら「四段目(蔵丁稚)」「七段目」など歌舞伎ネタがベターであったのではと思う。約20分という持ち時間が影響しているのなら、出演者の人数を含むプログラム編成を再検討すべきである。寄席の持ち時間と大きく変わらないではないか。菊之丞目当てのお客さんだって結構いるはず。

市馬(13:39-14:07)
「粗忽大名」の別名のある噺。師匠小さんが昭和天皇の園遊会に出た時の話のマクラは、あまりにもこの噺にピッタリだった。市馬は、野球で言えば毎年確実に3割を打てる中核バッター。それが現在の落語界のおけるこの人ではないだろうか。いつも変わらぬ綺麗な高座姿、安心して江戸の懐かしさの漂う本寸法を味わえる噺家さんである。最近の寄席でこの噺がそれ程かけられるとは思わないので、この噺も、主催者の意図を感じるが、これは結構でした。あえて欲を言えば、仕込みとしては、殿様をもっと前半から粗忽っぽく演じるべきかもしれない。これも落語ファンの我侭とお聞き流しを。

正朝(14:09-14:50)
ご本人がマクラで暴露する通り、風邪の影響は確かにあり、残念ながら万全な内容とは言えなかった。しかし、茶金、鴻池など登場人物の関西訛りの出来栄えや、帝をはじめとする公家言葉で笑いをとる場面などはこの人ならではである。しかし、正朝さん、本来は江戸っ子の粋が似合う噺家さんである。ご本人が選んで挑戦したのかもしれないが、初めてのお客様のほうが多そうな会場。もっとニンなネタはいくらでもあったのでは、と思うのだ。

喜多八(15:04-15:33)
このネタは、米朝師匠なども指摘する数少ない「スケールの大きな噺」の一つ。まず、この噺を選んだ人に感謝。テレビでは円生版を見たことがあるがライブでは初めてだったのでうれしい限り。
九州から江戸吉原への「道中言い立て」を息をつぎながらも見事にこなしたところが、ヤマ場の一つ。前半は、やや噛む部分が少なくなかったが、殿様のお茶目ぶりが楽しい。埋もれかかった大ネタへの挑戦をとにかく評価したい。今後も多くの噺家さんに演じてもらいたい。

さん喬(15:35-16:15)
「女」を描かせたら、やはりこの人だ、ということを再認識させてくれた。私にとっては今年の落語のトリを、さん喬師匠の「芝浜」で迎えられたことを幸せに思うばかり。私にとってさん喬師匠のこの噺は初ライブなので、なおさら印象が強かった。本当に丁寧な噺家さんだ。それは語り口だけではなく、構成の面でも言える。まず冒頭で、芝には朝と夕に河岸で市がある、と説明していること。そして、おみつさんが最初と二度目に勝五郎を送り出す時の「喧嘩しないでね」の言葉。伏線をさりげなく張っているので、演出の効果も際立つ。ヤマは何と言っても、落とし主が見つからずお上から下がってきた財布のことを、いつ勝五郎に打ち明けようか逡巡していた葛藤の日々を、おみつさんが打ち明けるところだろう。ここは、素直に泣ける。終演後、ウルウルした目でアンケートを書いていた。

 なかなか良い雰囲気の会場、そしてこの顔ぶれ、文句を言える内容ではないのだが、ご覧のように一人当たりの持ち時間は、決して適切とは言えない。あえて言うなら、次回以降は、演者を一人減らしてでも持ち時間を増やして欲しいものだ。ビクターさんのバランスシートと合うのか否かはわからないが、菊之丞が20分、市馬が30分ということはないだろう。開口一番も時間を意識しなかったはずがない。
 
 朝日名人会や落語研究会などをライバル視して、なんとか差別化を図ろうという心意気は伝わる。しかし、こういう会は、観客にとって「晴れ」の日なのだ。せっかくネタ選定を含めて苦心しているのだから、もっと一席づつの重みを考えて欲しい。さん喬師匠のトリなら一時間の長講を客は喜ぶはず。DVDにするための時間制限?だったら2枚組で発売してください。今後に期待するからこその小言である。
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by kogotokoubei | 2008-12-20 19:23 | 落語会 | Comments(0)
雨の中、四ツ谷駅から会場の紀尾井ホール(小ホール)へ。8月1日以来の三三であり、紀尾井ホールだ。さすがにこの季節である、真向かいのニューオータニのクリスマス飾りがまばゆい。携帯のカメラでイルミネーションを撮影していた開場待ちのお客さんがいた。
演者とネタは次の通り。
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春風亭一之輔  代脈
柳家三三     夢金
(仲入り)
柳家小菊     粋曲
柳家三三     富久
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一之輔(19:02-19:19)
医者の見習いである銀南がとにかく可笑しい。特に羊羹を食べる場面がオリジナルのくすぐりとして秀逸である。医者の先生に伊勢屋の女将さんを「ご老母(ゴロウボ)とでも言いなさい」と言われたのを「ゴロンボ」として刑事コロンボのギャグをはさんだあたりも笑える。さまざまな医者(葛根湯、手遅れ)のマクラはやや急ぎすぎで少し心配したが、さすが一之輔、という出来。先輩と、その先輩が認める若手という関係でいえば、談春にとっての三三、三三における一之輔、とたとえると、人によっては異論もあるかもしれない。しかし、私は一之輔の可能性に大いに期待している。

三三「夢金」(19:20-19:58)
侍の噺に合わせてであろう、黒紋付での登場。マクラを昨日四ツ谷駅から会場に向かう際の上智大学の「暮れ六つ」の鐘のこと、10月1日から変わった東京のゴミ分別ルール、そしてWBCの黒幕「欲の深い」ナベツネのネタなどから本編へ。船頭の熊を三三らしい軽さで演じたことが全編の出来を左右した。もちろん吉と出ている。船を漕ぎながら適度に発する「(酒手)出ないのぉ~」が可笑しい。聞こえよがしにねだっても酒手が出ないと「感じないねぇー」と続けるあたりが今風で良い。船を漕ぐ姿もさまになっている。侍を中洲に置き去りにした後の「ざまぁ見やがれー、馬鹿~」も利いている。船宿のオヤジ役がはまっているので、いかに熊を主役にするかという苦労はあるだろうが、この噺は三三の冬の十八番(おはこ)の一つになりそうだ。

小菊(20:10-20:28)
小円歌姐さん以外では初めての粋曲の芸。途中で音合わせのご苦労もあったように見受けるが二分五十秒の「仮名手本忠臣蔵」は良かった。独演会に寄席の香りを加えたいという趣向には大賛成。

三三「富久」(20:29-21:35)
昨日も夜は寝る前に反省していた、という話のあと、年内にまだネタおろしが四席あり、23日は左龍との二人会で三題噺が待っている、といったマクラを約5分ふって本編へ。吉兵衛さんが久蔵を訪ねるという設定で、富くじを久蔵が買うまでのプロローグに最初のヤマを作りたかったのだろうか、半鐘が鳴るまでに約15分かけている。三三の工夫なのだろうが、この部分は吉兵衛さんが残った一枚の富くじを売りたかったのか、売りたくなかったのか、という点でちょっと混乱した感があった。今夜も寝る前の反省材料かもしれない。舞台設定は久蔵が浅草三間町、火事で久蔵が駆けつける旦那が芝の久保町。小三治師匠のこの噺を聞いたことがないので、師匠譲りなのかどうかは分からないのだが、過去の名人で言えば、文楽は安倍川町と芝神明(後に横山町)、志ん生と小さんは今夜の三三と同じである。可楽(八代目)は久蔵は日本橋へっつい河岸、旦那は久保町。ちなみに、三三の富は「鶴の1888番」。オリジナルであろう。近いのは可楽の「鶴の1555番」、志ん生は同じ鶴で1500番、文楽は「松の110番」である。
三三は、名人の多くが噺のヤマ場の一つにした旦那の家での荷物の運び出しや火事見舞い客への対応ではなく、火事が収まったあとの久蔵の酒でのからみに置いた。富の番号、このヤマ場作りから考えると可楽の型に近いといえる。もちろん志ん生版の面影もある。明確なのは文楽型ではない、ということだ。この噺は非常に難しく、名人それぞれに個性的な型がある。冒頭の富くじを買うまでを少し引っ張った工夫は今後どう刈り込まれるかは分からない。また、酒でからむ場面をあえて強調するのは、この会だからこそ三三がトライしたのだろうと思う。今後はいろいろと変化し発展する予感がする。しかし、こういった前半部分への若干の疑問をも吹き飛ばしたのが、今夜もっとも秀逸だった最後の久蔵の泣き笑いの演技である。鳶頭の家にあった大神宮さまの中の富くじを手にした時の久蔵の姿が、三三版富久の今後を期待させてくれた。これだけはCDでは味わえない生の落語の魅力である。

来年の「月例三三独演会」は国立演芸場に場所を変えて行われるようだ。すでに1月12日は完売とのこと。今年の三三は夏の唐茄子屋も良かったし、今夜の噺も十分に次代の名人を感じさせた。ますますチケット入手が困難になるだろうが、四季に一度は彼の会に足を運びたいものだ。そんな思いで小雨が残った夜の四ツ谷駅へ向かっていた。上智の鐘は鳴っていなかったが、心の中ではまだ富久の半鐘の余韻が残っていた。

p.s.
あとで調べましたら、富札の番号「鶴の1888番」は大師匠小さん、師匠小三治と伝承されている柳家の型のようですので、補足訂正します。
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by kogotokoubei | 2008-12-17 23:50 | 落語会 | Comments(0)

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KAWADE 道の手帖「安藤鶴夫」

 安藤鶴夫の生誕100年を記念した河出書房新社「道の手帖」シリーズでの発行。河出文庫では『巷談 本牧亭』が復刊されたばかりであり、河出としては多角的なアンツル特集といえる。歯に衣をきせぬ物言いで、容赦なく批判されたり無視された芸人の多くを敵にしたことは有名である。初代柳家権太楼、三代目の三遊亭金馬、そして先代を評価するあまり無視された八代目の三笑亭可楽など、アンツルという影響力のあるご意見番の評価によって損をした噺家は多い。文楽、三木助への偏執的ともいえる高い評価とは対照的だ。
 よく引き合いに出されるが、本牧亭でアンツルさんが「桂三木助を偲ぶ会」を行った時に、アンチ・アンツルのメンバーが本牧亭の階下の食堂でアンツルの悪口を言う「偲ばずの会」を開き、その場には席亭の石井英子さんも参加した、というエピソードがある。しかし、石井英子さんの『本牧亭の灯は消えず』という一代記には、次のような英子さんの言葉がある。
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人の悪口を言う会をつくるなんてことは趣味のいいことではありませんからね。
すぐやめようと思ったんです。そうこうしているうちに、安藤さんが亡くなっ
ちゃって・・・・・・。本牧亭のことを書いてくださったのだから、恩を感じるのが
当たり前なのに、悪口を言う会に入るなんて、先生に申しわけないことをした、
なんとしても謝ろうと思いましてね。たまたま本牧亭で「安藤鶴夫を偲ぶ会」が
催されて、三千子夫人がいらしたんです。このときしかないと思ったから、
恥じをしのんで、
「これこれこうで、安藤先生にはたいへんに悪いことをしました」
と謝ったんです。顔中の毛穴が開くような恥ずかしさで、カッとなりましたね。
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 いわゆるエピソードというものは、おもしろ可笑しいところだけが伝達され、その背後にある真実や後日談などはかき消されることが多い。

 私は、アンツルさんの基本姿勢とでも言うものは、『巷談 本牧亭』で示されているような古き良き日本の芸能と、その芸の習熟と研磨のために血の滲む修練を積む芸人達への尊敬であり、賛歌なのだと思う。それは、本人が義太夫語りの八代目竹本都太夫(本名、安藤鶴吉)の長男として明治41年に生まれ、本人も玄人はだしに義太夫を語っていたからこそ、芸人の心と生活がわかるのだろう。それは、次のような文章でも裏づけされる。
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あんつるさんが、父親の都太夫に稽古をつけてもらっていた時も、程度こそ違うが、
似た情況もあったようだ。
「おやじの教えている通りに、こっちはやっているつもりなのに、ちがう、という。
そうなると、ぜったいに稽古はさきへ進まず、その、たったひとことをくりかえさせ
られ、そうなると、なお、へんてこになった」
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 山川静夫さんによる「あんつるさんと義太夫」からの抜粋である。『芸阿呆』というラジオ放送のためにアンツルさんが執筆した、義太夫語りの厳しい修行をテーマとした作品に関連した部分である。
 
 アンツルさんの守備範囲は「劇評」に始まり、ラジオ台本、講談や落語などの芸能評論、そして小説と幅広い。本書は、その対象の広さを精一杯カバーしようという姿勢があり、落語の部分が決して多くはないかもしれない。しかし、志ん生、文楽との対談があり、お嬢さんの安藤はる子さんへの特別インタビューがあり、『安藤鶴夫作品集』未収録の落語エッセイも数多く収録されている。
 
 作品集未収録の中の「落語三題」(1952年5月『馬酔木』掲載)からの抜粋。
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 死んだ三語楼の”寝床”は別に取りたてて巧いものでもなんでもなかったが、
一ヶ所、いかにも三語楼式の、これでもかというおかしいところがあった。
 旦那の義太夫を聴くのが辛くって、みんながなんとかかんとか理由をつけて
逃げる、そのうちにお長屋を一軒一軒歩いて、どうか旦那の義太夫を聴いて
くれと頼んできた店の者を掴まえて、旦那が義太夫を語ろうとする。店の者が
土蔵の中に逃げ込む、それを追い掛けた旦那が、土蔵の扉の外から、中へ
義太夫を吠え込むというギャグである。
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 私は古今亭志ん生が好きで、志ん生に大きな影響を与えたと思われる柳家三語楼をもっと評価してもいいのではないかと思っている。このブログの「落語家」のテーマで三語楼を最初に取り上げた。
2008年6月12日のブログ
 だから、この文章は三語楼から志ん生への芸の伝承について、アンツルさんの生きた証言を確認する思いで感慨深く読んだ。

 本書で驚くのは執筆者の顔ぶれの多彩なことだ。ほんの数名紹介するにしても、大佛次郎、戸板康二、金子桂三カメラマン、江國滋、矢野誠一、吉川潮、高田文夫、そして立川談春(今年河出文庫で復刊された絶筆『三木助歳時記』の「あとがき」)という顔ぶれが並ぶ。

 安藤鶴夫さんは、『落語鑑賞』『寄席紳士録』『落語国・紳士録』『寄席はるあき』『わたしの寄席』などの落語評論・エッセイの名作をはじめ、直木賞受賞の『巷談 本牧亭』という傑作で小説家としても十分に評価に値することは疑いがない。今でもNHKアーカイブスで見ることのできる「夢で会いましょう-落語国紳士録-」の中で、当時まだ友好関係にあった若き立川談志家元と冗談を言い合う、粋な着物姿のアンツルさんが偲ばれる。

 本書は、生誕100年の年にぎりぎり間に合った価値ある保存版だと思う。
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by kogotokoubei | 2008-12-12 21:50 | 落語の本 | Comments(0)
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 個人的には私は花緑ファンではない。正直なところ、ライブやテレビでの彼の芸には馴染めない。それは、まだ若いせいもあるのかもしれないが、同じ年令層で好きな噺家がいないわけではないので、単に好みの問題ともいえる。だからそれほど気にかけている噺家ではなかったので、この本も偶然書店で出会わなければ読まなかっただろう。ネットで買うほどの思い入れがある噺家ではないのだ。
しかし、本書はなかなかの掘り出し物であった。
 
 この本は、これまで数多の落語関係本、落語家のエッセイなどが出版されている中で、まったく異色なものと言える。なぜ異色かと言うと、ここまで噺家がネタ帳を自ら明らかにすることもなかったし、その145のネタを「いつでも高座にかけられるネタ」(24席)、「二~五回さらえば高座にかけられるネタ」(72席)、「高座にかけたことがあるが作り直す必要のあるネタ」(49席)などと分類して提示するなどということが前代未聞だと思うからだ。

 本書は15歳で祖父小さんに入門してからの、ネタとの格闘の記録でもある。その内容には、孫だからこそ五代目小さんのエピソード がふんだんにちりばめられている。また、折々に小三治師匠から受けた厳しくも愛情ある言葉が語られているし、『紺屋高尾』 を習った時のお礼についての談春の気配りなど、現在進行形の噺家さんとの交流も、「へぇ~、ここ までバラスすの!」という内容が語られている。
 稽古に関する思い出が豊富に綴られているが、印象的だったのが古今亭志ん朝直伝の『愛宕山』に関する部分だ。この稽古の思い出とともに次のような記載がある。本書のタイトルへのタネ明かしになってしまうかもしれないが、少し引用する。
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こうして持ちネタのひとつひとつを思い起こしてみると、稽古を付けてくれた
師匠方の言葉のほか、稽古場の風景や当時の自分の考え方、あるいは
ノートに書き込まれた文字の様子など、いろいろなものが一瞬にして蘇って
きます。ネタと格闘した思い出とでもいいましょうか。いろいろな情報が染み
込んでいるのです。
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 落語を題材にした、「記号論」「情報論」などと言うと大げさかもしれないが、そういった要素も本書にはあるし、狙いもそこにあるのだろう。ただ機械的な暗記では、試験勉強の一夜漬けと一緒で、そのうち間違いなく忘れてしまうのだ。関連して記憶されている情報によって、その記憶の深さ、長さが違う、ということなのだろう。

 『笠碁』について は、いかに師匠小さんの十八番を花緑オリジナルにするために苦労したか、という一つのネタを中心とする格闘の物語ともなっており、オマケとして巻末に、現時点での花緑版『笠碁』が収録されている。

 本書の内容は、決して花緑という噺家にとって「徳」な情報公開には見えない。しかし、「おわりに」で彼は次のように、執筆の動機を語っている。
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 ここで、はっきりと言っちゃいましょう。私はそうとう「野暮」な落語家です。
しかも我が家小林家、柳家一門で私だけです。五代目も六代目も粋を重ん
じる噺家です。私だけが突然変異のように、こんなんなっちゃったんです。
 でも考えてみれば、人間、基本はみんな野暮じゃないんですか。人間は
野暮だという前提のもと、だから粋を目指そうとした。
 今、時代がどっちかというと野暮な時代なんだと思います。お客様が「粋」
だけじゃもの足らない。もっと見たい。もっと聞きたい。それに応えようとする
時代。だから昔は、「いよっ粋だねェ」がほめ言葉。これからは「いよっ野暮
だねェ」がほめ言葉になるんじゃないんでしょうか。
 私はお客さんともっと近づきたい、という純粋な気持がこの本を書かせた
と思います。
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 花緑の「野暮」と「粋」についての解釈には異論がないわけではないが、本書は、落語ファンへの彼なりのサービス精神の表れであり、その挑戦的でオープンな姿勢も評価したい。読後に花緑の噺を聞きたくなったのだから、本書は少なくとも一人の落語ファンの彼への認識を変えたことは間違いない。
柳家花緑_落語家はなぜ噺を忘れないのか
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by kogotokoubei | 2008-12-02 12:29 | 落語の本 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛