噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

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八代目 春風亭柳枝

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立川談志家元は『談志絶倒昭和落語家伝』の中で、こう書いている。
立川談志_談志絶倒昭和落語家伝
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俗名を「お結構の勝っちゃん」といって、つまり相手に逆らわない。
「晴れてきたね」
「ええ、結構な晴れで」
「降ってきたね」
「ええ、降ってきました。また結構で」
何かってえと、“結構”と言う。その会話は、私も聞いている。
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CDで聞くどの噺も、非常に丁寧で、その紳士としての人柄が偲ばれる。
ただし、気骨のある紳士である。上述の書から再び引用する。
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この師匠、何処へ出しても受けた。爆笑させた。といっても大して
オーバーに演るわけではない。天下一品の柳好の『野ざらし』に対して、
同じ噺を演ったのは柳枝師匠しか知らない。
その柳好師匠の『野ざらし』は緻密なものであり、柳好を“陽”とすると、
“陰”とまではいかないまでも柳枝独特で、『野ざらし』は“柳好とは比べ
ものにならない”と言い切れないものがあるのだ。
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家元は同書の三代目春風亭柳好の章で、「“誰のどの噺が一番か”と絞っていったら、文句なく、春風亭柳好『野ざらし』となる。」と語っているのだ。柳枝のすごさが、分かろうというものだ。

ポニー・キャニオンから名演集が3作出ているはずなのだが、なぜかネットで注文しても、『元犬』『山号寺号』『たらちね』の収録されている(はず)の第一集はいつも品切れで入手できない。なんとかしてもらいたい、ポニー・キャニオンさん!
上の画像は第三集で『子ほめ』『喜撰小僧』『四段目』『花筏』が収録されている。定吉が主役の噺が『喜撰小僧』『四段目』と二つあるが、どちらも楽しく味がある。
同シリーズ第二集の『節分』『ずっこけ』『堪忍袋』『高砂や』も素晴らしい出来だ。
また、コロンビアミュージックからは、柳好『野ざらし』『がまの油』と柳枝の『花色木綿』のカップリングという贅沢なCDも発売されている。ユニバーサルミュージックからは『甲府い』『搗屋無間』がCD化されており、これも佳作である。
滑稽噺、お店噺、芝居噺、どれをとっても丁寧でツボを押さえた名人上手。聞き終わった後の爽やか感は、現在の落語家にはまず見当たらない。
昭和34(1959)年 9月23日、ラジオ公開録音で『お血脈』を口演中に脳出血で倒れ、10月8日日比谷病院にて死去、享年54歳。
「月並みな文句だが、その早世は惜しみて余りある。」という談志家元の言葉の通りである。
春風亭柳枝_名演集三
落語蔵出しシリーズ_野ざらし/ガマの油/花色木綿
春風亭柳枝_甲府い・搗屋無間
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by kogotokoubei | 2008-06-27 15:22 | 落語家 | Comments(0)
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志ん朝一門_よってたかって古今亭志ん朝

今月文庫になったのを機に初めて読んだ。志ん朝ファンなので、どんな些細なことでも新たな発見があればうれしい。まず、昭和39年に役者志ん朝に弟子として入門し長らく運転手を勤めた郡正明さんから、平成10年入門の最後の弟子朝太まで、綴れ織りのような歴史の流れを背景にしてそれぞれの弟子たちに語られる師匠志ん朝の姿を知ることがうれしい。もう一つの大きな収穫は、末尾に記載された「古今亭志ん朝 主要演目一覧」である。
・東横落語会   72回
・紀伊国屋寄席  68回
・東京落語会    71回
・落語研究会   101回
・二朝会       28回
・志ん朝の会    19回
・志ん朝七夜
・大須独演会   30回

上記の開催日ごとのすべての演目が記載されている。この記録だけでも価値がある。この膨大な演目のことについては別の機会に記したいと思う。

本書は志ん朝のことを多くの弟子の視点から描いた好著には違いないが、もっと美濃部強次という一人の男の恋や青春のこと、昭和53年の騒動での苦悩などを知るためには、本書でも触れられているが兄馬生の弟子で同時代に身近にいて海外での落語会にもよく同行した金原亭伯楽著『小説・古今亭志ん朝』がお薦めである。また、生い立ちから亡くなるまでを地道な取材で綴った評伝として大友浩著『花は志ん朝』がある。
金原亭伯楽_小説・古今亭志ん朝
大友浩_花は志ん朝
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by kogotokoubei | 2008-06-22 11:45 | 落語の本 | Comments(0)
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立川談志家元の話を立川流顧問でもある吉川潮さんが聞き手となってまとめた、『小説新潮』連載の単行本化である。あとがきで「こういう文体(スタイル)の本は私の中にはない。ほとんど自分で書いていた。」と書かれているように、家元自らの著作は多いが“聞き書き”という形式は初である。修行時代の交遊や師匠小さんへの思い、なつかしい噺家への賛辞などは昭和62年に初版が発行され、その後文庫にもなっている『談志楽屋噺』のほうが詳しいし、読み応えもある。また、昨年発行された『談志絶倒昭和落語家伝』は田島謹之助さんの写真と家元の昭和の名人達への熱いメッセージとが見事にブレンドされた名著である。もちろん昭和40年発行の『現代落語論』が立川談志の著作の最高傑作であるのは今でも変わりはない。では、この本の魅力は何か。ご本人も他の著作に「遺言」という表現を使うことが最近は多いが、「今のうちに遺しておこう」という意味で特筆すべき内容はある。『小説新潮』に連載された回数がそのまま章の名前に使われているが、「第四回 結婚、そして先を越された真打昇進」の章にある、おかみさん則子(ノンくん)のことは、たぶん書物としては初登場であろう。ノンくんは素晴らしい、そしてユニークな女性である。「則子(ノンくん)語録」から少しだけご紹介しよう。

・ある友人のことを「竹馬の友」と言われ、「違うわよ。だって、あの人と一緒に竹馬乗ったことないもん」
・「あたしはペットなの。でもいいペットでしょ。トイレも自分で行けるし、ラーメンも作れるし」
・師匠が癇(ひきつけ)を起こした時、なぜか真っ先にガスを止めた。「地震じゃねえや」と突っ込んだのは言うまでもない。

なんとウィットに富んだ語録であろうか。このおかみさんだからこそ、家元が現役で今も活躍できるのだと確信した。本書には家元24歳、則子さん22歳の新婚時代の写真が掲載されている。とってもチャーミングな方だ。きっと今でも素敵な女性なのだろう。

本書ならではの、もう一つの遺言が、「第10回 落語家という人生」の志の輔を交えた座談の章にある。家元は、とにかく志の輔に心から感謝しており、それを吉川潮さんを媒介して伝えたかったのだろう。この章での家元は「誉め殺し」とでも言うほど志の輔を評価する。たしかに昭和58年に落語協会を飛び出した年に脱サラして入門し寄席を経験しないまま精進し、パルコを1カ月満員にし続けるまでになった志の輔は、その後の志らく、談春の大きな支えにもなったろうし、家元の言う通り、完全に小朝を抜いた。もちろん小朝には挽回を期待しているが・・・・・・。

この本全体としては、気心の知れた聞き手とビール飲みながら、子供時代から今までの人生を振り返っているわけだが、なかでもおかみさんと志の輔への感謝のメッセージが「遺言」として重きがあるように感じる。読んでいるうちに、ほろ酔い気分で上機嫌の家元の姿が見え隠れし、読後感も心地よい。
立川談志_人生、成り行き
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by kogotokoubei | 2008-06-20 14:26 | 落語の本 | Comments(0)

桂吉朝

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昨日17日に行われた「東西若手落語家コンペティション2008」(共同通信社主催、内幸町ホール)で桂よね吉が優勝したようだ。彼がNHKのコンクールで優勝した時に「師匠に報告したい」と涙ながらに語っていた姿を思い出す。その師匠が桂吉朝である。「ちりとてちん」出演で人気が全国区になった桂吉弥の師匠でもある。平成11(1999)年に爆笑王桂枝雀が亡くなった後、師匠である人間国宝桂米朝は大いに悲しんだ。その後吉朝に期待をいだいていた矢先の平成17(2005)年11月8日、またもや弟子が先に胃がんで51歳の生涯を閉じた。

大阪府立今宮工業高等学校卒業後、昭和49(1974)年に桂米朝に弟子入りした。
師匠米朝ゆずりのネタにオリジナルの「くすぐり」を加えて、味わいと品格のある芸風を確立しつつあった時期だけに、吉朝の死は師匠のみならず彼の弟子達にとっても大きなショックだったはず。亡くなってからあらためて聞いてみて、「愛宕山」「七段目」など残された演目のすべてに、この人ならでは華やかな味があり、その力量を再認識させられた。「七段目」のマクラなどの現代的なセンスなどは秀逸である。芝居噺がニンであったし、上方落語の大ネタ「地獄百景亡者戯」も時間がたつのを忘れる出来栄え。
中島らもとの交流や劇団の役者として活躍などは、ひとえに落語の芸に磨きをかけるためであったのだろう。

亡くなる直前、平成17(2005)年10月27日の国立文楽劇場で行われた「米朝・吉朝の会」では、楽屋で医師が付き添い酸素を吸入しながら45分以上をかけて「弱法師」を熱演したと言われる。
彼が生存していれば「米團治」を継ぎ、3代目桂小米朝が「米朝」を襲名する話が進められていたが、結果として小米朝が「5代目桂米團治」を襲名することになった。本当に惜しい噺家を早くになくした。CD、DVDが少しでも残されたことで彼を偲ぶことができるのだけが救いだ。
桂吉朝_愛宕山・七段目
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by kogotokoubei | 2008-06-18 18:03 | 落語家 | Comments(0)
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昨日の深夜、正確には本日の早朝、古今亭志ん朝のDVD発売記念、ということでTBS「落語研究会」で放送された。解説の京須さんによれば、昭和48(1973)年、志ん朝が35歳のとき、父親志ん生が亡くなった年の収録とのこと。調べてみると10月31日の公演であり、志ん生の命日が9月21日だから、亡くなってから約1カ月後、ということになる。すでに発売されたDVD(上)に収録したものは平成10(1998)年、60歳のときの収録だから、見比べるのには適した選択といえる。
志ん朝の落語に関するテレビ放送の記録は、NHKも数多く所有しているのだろうが、残念ながらDVD化はされていない。「落語研究会」のDVDは、解説で登場した京須偕充さんが監修だが、発売にあたってこの人の存在が大きいだろう。志ん朝が唯一人CDのプロデュースを許した人であり、榎本滋民さんを継いだ「落語研究会」の解説者でもある。音だけでも記録に残すことを渋っていた志ん朝、映像の発売には遺族も慎重であったろうし、京須さん自身も複雑な思いがあったに違いない。いきさつはもちろん私などに知るすべはないが、昨年七回忌、今年3月が生誕70年ということで、何らかの縛りがほどけ、あるいはふんぎりがついてのDVDの発売、そして昨夜の放送ということなのだろう。

とにかく若い。35歳の志ん朝の芸は、その20数年後の円熟した味わいがないかわりに、溢れんばかりのパワーとスピード感がたまらない魅力となっている。前年昭和47年に文部省芸術選奨を受賞し、長男も誕生している。3年前からテレビ時代劇「鬼平犯科帳」に木村忠吾役で出演、のり平劇団でも看板俳優として活躍していた時期で、文字通り“油が乗っている”時期だ。父志ん生が磨いた噺に自らの工夫も加え、観客を笑わせながらも登場人物を見事に演じ分け、おもわず「うまい」と声をかけたくなる場面の多い名演である。

志ん朝の芸の記録は、落語ファンと落語界で広く共有すべき財産ではなかろうか。これを機に、NHKが所有する「東京落語会」などの財産が、時おり思い出したようにBSで放送されるだけではなく、DVD化してリリースされることを期待したい。『愛宕山』『大工調べ』『酢豆腐』など「落語研究会」の内容とは時期、場所の違う内容を見比べることもできるし、NHKにしか残っていない貴重な記録も多いはず。

DVD発売のキーマンである京須さんには、ちくま文庫『志ん朝の落語』全6巻をはじめ数多くの落語関係の著作があるが、もっとも意欲的かつ革新的な作品は『らくごコスモス』(弘文出版、1996年)だと思う。落語関係本の復刊で奮闘している某出版社などでぜひ再刊されることを祈る次第である。
らくごコスモス
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by kogotokoubei | 2008-06-15 12:07 | テレビの落語 | Comments(0)

古今亭志ん生『風呂敷』

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梅雨どきに、『夢の酒』と同様に雨が演出上のアクセントになっている噺ということで、古今亭志ん生の『風呂敷』をとりあげる。好きな志ん生のネタは多いが、この噺はベストテン、いやトップ5に入る。

ストーリーを時系列で説明するとこうだ。
(1)長屋に住む夫婦。亭主が寄り合いで帰りが遅くなると言い残して出かけた。
(2)カミさんが家でお茶を飲んでいたら近所の若い衆が訪ねてきた。雨が降ってきたので家の中へ入れて話をしているうちに、遅く帰るはずの亭主が酔っ払って帰ってきた。大のヤキモチ焼きで手が早い亭主のことを案じ、若い衆を押入れの中に隠した。カミさんは亭主に早く寝るように言うが、押入れの前にドンと座り込んで酒を飲み始め、なかなか寝ようとしない。
(3)困ったあげく、カミさんは同じ長屋に住む面倒見のいい「アニさん」(鳶頭か?)に助けてくれと頼みに行く。
(4)アニさんが風呂敷をもって夫婦の家に駆けつけ、酔った亭主に、「今、人助けをしてきた」と言い、この家の話を他所の家のように説明しながら、酔った亭主に風呂敷をかぶせ、押入れの若い衆を逃がしてやる。

実際の噺は、カミさんがアニさんの家に行き、(1)(2)を説明することで展開する。
オリジナルは間男の噺なのだが、その後は間男ではなく近所の若い衆が訪ねてきた、という設定に変わっており、志ん生もそう演じている
とにかく、志ん生ならではのクスグリ(ギャグ)を目一杯詰め込んだ噺である。

・アニさん(夫)が女房(妻)から風呂敷を受け取り出かける場面
妻「どこ行くのぉー?」
夫「大きな声だね。俺は屋根に上がってるんじゃないんだよ。うちの中で船を見送るような声出しちゃあいけないよ」
・・・・・・
妻「私はおまえさんの女房なんだからね」
夫「わかってるよ、女房、女房って・・・女房ってほどのもんじゃねぇんだよおめえなんて、シャツの三つ目のボタンみてぇんなもんだよ、あってもなくてもいいんだよ」

・酔った亭主がアニさんに、自分が帰ってきてからの顛末を話す場面
「・・・化けるほど夫婦になって(早く)寝ようもねぇもんだ。・・・」
「・・・油虫の背中みたいな色をして、寝ようとはなにごとか。なぜそう亭主をおびやかす。・・・」

などなど、全編小気味のいいテンポで笑わしつづけてくれる。
音源が多く、マクラも微妙に違うが、紹介したクスグリは定番だ。
ギャグとは別の噺本来の聞かせどころは(4)。アニさんが酔った亭主に「しかたばなし」を聞かせながら、押入れの若い衆に逃げるよう細工していく場面。

他の噺とのカップリングのCDも複数あるが、キングレコードのCDは単品での発売。
現役で演ずる落語家が少ないのは、志ん生の印象がいまだに強すぎて腰が引けるのだろうか。今日的なクスグリで中堅や若手が挑戦することを期待したい。
古今亭志ん生_風呂敷
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by kogotokoubei | 2008-06-14 15:10 | 落語のネタ | Comments(0)

今が旬のネタ『夢の酒』

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落語を聞くのなら、やはり旬のネタがいい。ある落語会で夏に『芝浜』を聞く機会があったが、いくら芸達者の噺家でも、いただけなかった。その落語会については詳しくふれないが、ネタに限らず観客不在の楽屋ばなしも多く、どうも馴染めなかった。
梅雨どき、初夏というこの季節のネタで思い浮かぶのは、『夢の酒』だ。

次のような噺である。
(1)大黒屋の若旦那が昼寝をして夢を見て、向島で夕立に遭い軒先を借りた家の女主人が若旦那を知っており座敷にあげる。若旦那は普段飲まない酒を飲んで酔い、布団に横になって休んでいるところに女が長襦袢姿で横にスッと入ってきたところで、女房に起こされる。
(2)女房は怒らないと約束して若旦那に夢の話をさせるのだが、話をきくうちに嫉妬にもだえ、怒り、しまいに泣き出してしまう。
(3)泣き声を聞いた親父が驚いて嫁に理由を聞き息子を叱るのだが、夢の話と分かりホッとする。しかし嫁は親父に、すぐに昼寝をして夢をみて向島の女に意見をしてくれとせがむ。
(4)親父はしぶしぶ昼寝をし向島の家を訪ね、女から酒を勧められる。下女がいったん落とした火をおこしているがなかなか燗がつかない。親父は若い時に冷酒(ひや)を飲みすぎてしくじりが多かったこともあり今では燗酒しか飲まない。女がつなぎで冷酒をすすめるのだが断る。しかし、なかなか燗はつかずいらいらする。
(5)嫁が親父を起こす。そして、サゲ

同じ夢を扱ったネタである『夢金』と同様、タイトル自体がネタバレになっているので初めて聞いてもサゲは想像がつく。夢と日常を行き来するなかで、父親と息子夫婦、向島(色っぽい女が囲われていそうな響きでなないか)の女とその下女という登場人物が、落語らしい「ありえない」ドラマを繰り広げる。
この噺で思いつく代表的な演者は、なんといっても桂文楽(八代目)だろう。
見せ場、聞かせどころは特に(2)と(4)。文楽は嫁と向島の女を見事に演じ分けるし、それぞれがなんとも艶っぽい。文楽はムダをそぎ落とし一つの噺を磨き上げると言われるが、(4)で親父が横になるや否や向島に着いている描写のスピード感などに文楽の「研磨」の成果がうかがえる。

現役の噺家もこの季節によくやるネタだが、十八番(オハコ)の一つになりそうなニンな噺家は柳亭市馬だろう。(3)の場面、親父が嫁が泣いている理由を聞いていく場面などに市馬ならではの味がある。

桂文楽_夢の酒
柳亭市馬_夢の酒
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by kogotokoubei | 2008-06-13 11:13 | 落語のネタ | Comments(0)

初代 柳家三語楼

この噺家がいなかったら、あるいはこの噺家に出会わなかったら、古今亭志ん生(五代目)は誕生しなかったにちがいない。

 6月29日は、初代柳家三語楼の命日である。

 興津要著『落語家-いま、むかし』(旺文社文庫、昭和62年初版発行)から、大正10年元旦の「都新聞」における新人物評を孫引きさせていただく。

落語界にたった一人しかない新語を巧みにつかう柳家三語楼は、天狗連から出身した男である。彼が新語を高座で連発して以来、蝙丸、金三の如き類似者が大分できた。大阪の千橘も新語を使うが、とうてい三語楼と同日の談ではない



 ちなみに、この新聞記事は暉峻康隆著『落語の年輪』(河出文庫)ほか、三語楼を語る場合に、さまざまな本で引用されている。また、引用した興津さんの本の三語楼の章を含めた一部が『忘れえぬ落語家たち』として河出文庫から今年1月に発行されている。河出文庫の落語関係本の復刊に今後も期待したい。

 さて、初代柳家三語楼。本名は山口慶三

 明治8(1875)年に生まれ、昭和13(1938)年没。横浜生まれで少年時代から外国人商社で働いていたため英語が堪能だった。名人の誉れ高い4代目橘家圓喬に入門。師匠圓喬の死後は2代目談洲楼燕枝門下に移籍し、後に、夏目漱石も小説の中で絶賛した名人、3代目柳家小さん門下で三語楼を名乗った。大正5(1916)年5月に真打昇進。
上述した新聞にもあるように、大正時代を代表する人気落語家の一人で、マクラに英語を入れるなど「新語」を駆使する独自のネタで人気をとった。昭和2(1927)年、東京落語協会を飛び出し、5代目の三遊亭圓生と共に独立し、俗に言う「三語楼協会」を設立した。昭和5(1930)年三語楼協会を解散して東京落語協会に戻るが、2年後再度離脱。昭和13(1938)年没。享年63。没後70年になる。

 門下に柳家金語楼、7代目林家正蔵(林家三平の父、9代目林家正蔵、林家いっ平の祖父)、初代柳家権太楼、5代目古今亭志ん生(一時、同じ長屋に住んでいた)、三味線漫談の柳家三亀松など。
 亡くなる直前、志ん生の次男古今亭志ん朝の本名「強次」の名付け親となった。SP盤で残された音源が少なく残念だが、革新的な爆笑派であったことが記録からわかる。

 興津要さんの本から「新語」の噺をちょっとだけ紹介しよう。

「外国で、けちな野郎のことなんか、なんと云うんで」
「クワズカセグと云うんだ」
「へえー、それじゃあ怠け者のことは、なんてんで」
「ヒビブラリーズだ」
・・・・・・
「夜逃げは、スマイルスだ」
「なるほど、こりゃあ住居(スマイ)留守(ルス)にちげえねえ。犬のことは」
「ホエルカム」
・・・・・・

 もちろん、今の時代にこのナンセンスでは笑えないだろうが、大正時代の古典オンリーの落語界ではこのギャグは大受けだったに違いない。
 門下にはきらびやかな名前が並んでおり、昭和から現在までの「一門」とは組織的なつながりは相当違っていると思うが、これだけの人材を輩出したことは特筆ものである。

 当時甚語楼と名乗っていた志ん生は三語楼と出会うことで、それまでの真面目で陰気な芸風が一変したという同時代の落語家の指摘が多い。また、志ん生は三語楼が亡くなった後に彼の残したネタ帖をいただいて、その後自分のマクラやクスグリに活かしたと言われている。とんでもない財産となったに違いない。

 複数の名人のもとで修行した基本の上にオリジナリティを加えた滑稽落語で一時代を築いた人。落語ブームに乗って昭和の名人が語られることも多くなったが、彼らのバックボーンとなった大正、明治の噺家について、もっと語られてもいいように思う。残された音源はできるだけ多くCD化されることも期待したい。
興津要_忘れえぬ落語家たち
柳家三語楼_厄払い
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by kogotokoubei | 2008-06-12 10:28 | 落語家 | Comments(0)

立川談春著『赤めだか』

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 落語家の書いた本の傑作というと、古くは三遊亭金馬(三代目)『浮世断語』、ここ数年では立川談志の『談志絶倒昭和落語家伝』だと思う。
 前者は博学で釣りなど趣味も多彩な金馬師匠の面目躍如といった優れたエッセイ。後者は田島謹之助さんの写真集でもあるが家元の古き落語家と当時の落語界を語る筆(口?)も冴えており、歴史書としても価値がある。

 その家元に高校を中退して入門してから真打になるまでを舞台としたのが本書。
 現在の落語ブームの主役の一人であり、古典派として将来の名人候補である談春が赤裸々に自分の内面をもさらけ出した意欲作である。

 雑誌掲載の単行本化だが、これは出版した意義が大きい。

 立川流のこと、落語家修業のこと、そして談春という一人の男のことと師匠談志家元のことについて、数多くの発見があるし、当事者しか知りえない数々のエピソードがふんだんに散りばめられている。

 弟弟子だった志らくへの嫉妬と友情、途中で挫折していった修行仲間たちとの別れ、など笑いと涙にあふれた傑作であり、小言が言いにくい本。
立川談春_赤めだか
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by kogotokoubei | 2008-06-11 11:56 | 落語の本 | Comments(0)
演者とネタは次の通り。

-------------------------------
林家正蔵&柳家三三のトーク
柳家三三  五貫裁き
林家正蔵  子は鎹
柳亭市馬  片棒
柳家喜多八 鰻の幇間
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最初のトークで、「今日は他の三人のリクエストでネタを決めます。」
とのことで、正蔵と三三のリクエストでお互いのネタが決まったが、
他の二人はまだ会場に到着していないため、どのネタになるか未定、
という状態で始まった。

市馬、喜多八両師匠は、結果として自分でネタを選んだと思われる。

「五貫裁き」
三十歳台半ばで、これだけ渋い大家を演じれるのはこの人だけでは
ないだろうか。ニンであり、この噺は十八番(オハコ)の一つになるだろう。
「子は鎹」
たしかに襲名後の評判は良く、この噺でもツボは押さえている。
しかし、うまくなった、のその先が見えない。
「片棒」
市馬師匠の美声をふんだんに盛り込めるという意味で「掛取り」
まではいかないが、手の内の噺。無難で粋。
「鰻の幇間」
5月7日の横浜にぎわい座での「睦会」と同じネタだが、男に逃げ
られてから鰻屋の女中さんにからむ場面が一層ふくらんだ。ニン。

全体として気になったのが、“けち”が「五貫裁き」と「片棒」でかぶり、
“鰻屋”が「子は鎹」と「鰻の幇間」でかぶったこと。
夢空間さんは、どの位この会のプロデュース役を果たしたのかが疑問。
まったくのフリー、噺家さん任せ、ということだったとしたら、この顔ぶれ
がもったいない。まだまだこの4名なら「聞きたい噺」はあるのだ。
噺の話は、笑ってばかりではいられない。
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by kogotokoubei | 2008-06-10 13:51 | 落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛