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カテゴリ:映画など( 2 )


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オリジナルサウンドトラック「約束の地。メンフィス~テイク・ミー・トゥ・ザ・リバー~」

 居残り会リーダー、ブログ「梟通信」管理人、佐平次さんのお奨めの映画を、ようやく関内の横浜シネマリンで観ることができた。
「梟通信」の該当記事

 久しぶりの映画館。
 なんと、五年余り前の「聯合艦隊司令長官 山本五十六」以来。
 あの時は、結構辛口の感想を書いた。
2012年2月5日のブログ

 今回は、下記の公式サイトの謳い文句通り、感動した。
「約束の地 メンフィス」公式サイト

テネシー州メンフィス。ここでは多種多様な音楽が生まれ融合し、また、数々の“生ける伝説”と呼ばれる世界的ミュージシャンたちを輩出してきた。彼らを今一度この故郷に呼び戻し、名門ロイヤル・スタジオ等にて、ジャンルや人種、世代を超えた新たなレコーディングを行い、メンフィスの音楽と精神を現代の世界に再び送り出そう――この破天荒なプロジェクトの過程を追ったドキュメンタリーである本作。

ブッカーT.ジョーンズやメイヴィス・ステイプルズ、惜しくも収録後にこの世を去ったボビー・ブランドやスキップ・ピッツといった巨匠たちが次世代を担う若者に音楽を継承する貴重なセッションの数々を、かのスタックス・レコードの盛衰に象徴される黒人差別の歴史と絡めつつ綴っていく。偉大なる先人たちがプレイの秘訣を惜しげもなく伝授してゆくシーンが印象深く、過去から現代へ粛々と受け継がれるこの地の“ソウル”がスクリーンから溢れ出す。音楽の本質を垣間見せてくれる感動作。

 オリジナルサウンドトラックCDの越谷政義さんのライナーノーツからも引用。
 映画「約束の地、メンフィス~テイク・ミー・トゥー・ザ・リバー~」の監督マーティン・ショアは、キース・リチャードと懇意にしていた故ジム・ディキンソンのゼブラ・ランチのスタジオで友人であるジムの二人の息子のうちの一人のコーディ(兄のルーサーとノース・ミシシッピ・オールスターズで活動)と一緒にいる時こう閃いた。メンフィス音楽を生み出していった伝説のアーティストに集まってもらい、その素晴らしさをもう一度世界に発信しよう。でもノスタルジーに浸るだけでなく、足跡をドキュメントするだけでなく、大ベテランたちをリスペクトしその歴史を受け継ぎながらも斬新なムーブメントの中で活躍している“若いミュージシャン”と“伝説”との“競演”をひとつの“世界”に作り上げよう。それがCDとなり、映画となって完成した。

 このマーティン・ショアの思いは、見事に素晴らしい作品となって結実した。
 
 最初に佐平次さんからメールをいただき公式サイトを見て、ブッカー・T.ジョーンズ(Booker T. Jones)の名があったことに興奮した。

 私は、中学生の頃からクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)が好きで、NHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で最初にCCRを取り上げた時は、興奮しながら観ていた。
 Wikipediaで確認すると、1971年10月24日の放送だ。
Wikipedia「ヤング・ミュージック・ショー」

 ブッカー・T&ザ・MG'sは、その時に知った。

 CCRメンバーとのセッションも印象的だったし、彼らのビッグヒット「Green Onions」は、今でも耳に残っている。

 そのブッカー・T.ジョーンズも登場するなら、観ないわけにはいかない^^

 ブッカー・T&ザ・MG'sは、メンフィスのスタックス(STAX)・レコード専属のスタジオ・バンドだった。
 オルガンのブッカー・T.ジョーンズを中心に、ギターは、あのスティーヴ・クロッパー、ベースがルイス・スタインバーグ、ドラムのアル・ジャクソン。ベースは、その後、あのドナルド・ダック・ダンの代わっている。
 “あの”への私の思い入れが分かる人は、この映画是非見て欲しい。
 スティーブ・クロッパーは「ブルース・ブラザース」で知った方も多いと思うが、あの「The Dock of the Bay」の作曲者。

 スタックス・レコードは、アメリカのR&B、ソウルミュージックを語る上で欠かせないレーベル。
 この映画は、そのスタックス・レコードの歴史、数多くの伝説的なミュージシャンの歴史とともに、人種差別を背景として銀行の融資を止められて倒産してしまった歴史も、しっかりと伝えている。

 もちろん、音楽もとびきり素晴らしい。
 収録されたセッションは、次の9つ。
 短い私の補足や感想(*)を添えてみた。

Session1
「サポーズド・トゥ・ビー(Supposed to Be)」
ブッカー・T.ジョーンズ with ノース・ミシシッピ・オールスターズ featuring アル・カポネ
 *アル・カポネは、ラッパーの芸名なので、お間違いなく^^
  ブッカー・Tはこれだけだったのは、少し残念。
  しかし、ところどころにMG'sの曲がBGMとして流れていた!

Session2
「愛なき世界で(Trying to Live My Life Without You)」
オーティス・クレイ featuring リル・ピーナッツ
 *ジャクソン・ファイブ時代のマイケルを思わせるようなリル・ピーナッツ
  の、なんとも可愛いこと!
 残念ながら、オーティスは2016年1月18日、日本公演を前に旅だった。
 リル・ピーナッツには一生の思い出になったことだろう。

Session3
「プッシュ・アンド・プル(Push and Pull)」
ボビー・ラッシュ featuring フレイザー・ボーイ
 *ボビー・ラッシュは、今でも現役。まだまだ、頑張って欲しい。
 サウンドトラックCDには、もう一曲'Hen Pecked'が収録されている。

Session4
「イフ・アイ・シュド・ハブ・バッド・ラック
(If I Should Have Bad Luck)」
チャーリー・マッセルホワイト with ザ・シティ・チャンプス
 *チャーリーの鞄の中には、とんでもない数のブルース・ハープが詰まっていた!
  サウンドトラックでは、この人の声、実に味わい深く聴くことができる。
 
Session5
「シッティング・オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
(Sitting on Top of the World)」
ヒューバート・サムリン featuring エリック・ゲイルズ & イアン・シーゲル
 *ヒューバート・サムリンはハウリン・ウルフのバンドで活躍した人。
  2011年12月4日没。だから、この映像も貴重な記録だ。

Session6
「ウォーク・アウェイ(Walk Away)」
テレンス・ハワード with ハイ・リズム・セクション
 *映画「陽のあたる教室(Mr.Holland's Opus)」に出ていたテレンス・ハワードが、
  こんな素晴らしいミュージシャンでもあったとは知らなかったなぁ。

Session7
「消えゆく太陽(Ain't No Sunshine)」
ボビー“ブルー”ブランド featuring ヨー・ガッティ 
 *ボビー・ブランドは、エリック・クラプトンが尊敬し、ボビーの
  「Farther On Up The Road」をレパートリーにしていて、The Bandの
  ファイナルコンサート「The Last Waltz」で披露していたなぁ。
  車椅子で登場していたボビーは、惜しくも2013年6月23日に旅立った。

Session8
「アイ・フォーガット・トゥ・ビー・ユア・ラヴァー
(I Forgot to Be Your Lover)」
ウィリアム・ベル with スタックス・ミュージック・アカデミー学生
featuring スヌープ・ドッグ
 *このセッションには、しびれたなぁ。別途、書きます。

Session9
「ウィッシュ・アイ・ハド・アンサード
(Wish I Had Answered)」
メイヴィス・ステイプルズ with ノース・ミシシッピ・オールスターズ(NMA)
 *ザ・ステイプル・シンガーズのメイヴィスと、ルーサーとコーディの
  ディキンソン兄弟を中心とするNMAの楽しいセッション。
  曲が決まり、ネットから懸命に音を拾うコーディとルーサーが、
  メイヴィスを深く尊敬していることが、映像から伝わる。


 それぞれ素晴らしいセッションだが、中でも「I Forgot To Be Your Lover」が収録されていく様子には、見ていて鳥肌が立った。

 この映画で、その優しさが滲み出るギターリストのCharles “Skip” Pittsが、スタックス・ミュージック・アカデミーで学ぶ少年にギターを教えている間に、彼らが滞在できる時間内に一曲一緒にやろうと提案。あと30分ほどしか時間がない。急いでWilliam Bellと相談して、彼が作り、ブッカー・T.ジョーンズのプロデュースでスタックスからリリースしたヒット曲に決まる。メンフィスゆかりのスタックスやハイといったレコード会社の曲を聴いて育ったラッパーのSnoop Doggが急いで自分のパートの詞を作る。

 そして、アカデミーの少年達との素晴らしいセッションが収録されていく。

 観終わってから迷いなく買ったサウンドトラックCDには、残念ながら日本語の歌詞しか載っていない。

 オリジナルの歌詞と、CDの和訳に少しだけ手を加えてご紹介。

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I Forgot To Be Your Lover

Have I told you lately that I love you?
Well, if I didn't, darlin', I'm sorry!
Did I reach out and hold you in my loving arms
Oh, when you needed me?

Now I realize that you need love, too
And I'll spend my life making love to you
Oh, I forgot to be your lover

最近君に愛してると言ったかな
言ってなかったらごめん
手を伸ばし君をこの腕に抱いたかな
ああ 君は俺を求めてた

今さら気づいたんだ 君も愛を求めてたと
これからの人生は君に捧げるよ
ああ 俺は君の恋人らしくなかった
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 いい歌だと思うが、なかなか日本人には言えない科白だなぁ^^

 サウンドトラックCDには、スタックス・ミュージック・アカデミーの少年たちの名もクレジットされている。
 Charles “Skip” Pittsは、彼らを褒め、そして笑顔で手を差し伸べた。
 彼は、少年たちにとって、まさに“伝説”である。
 Pittsはアイザック・ヘイズ(Isac Hayes)が頼りにしていたギターリストであった。

 Hayesの大ヒット曲「黒いジャガーのテーマ」は、1972年の第44回アカデミー賞で歌曲賞を受賞。Hayesは、俳優部門以外でアカデミー賞を受賞した初のアフリカ系アメリカ人となった。同じ年の8月20日、スタックス・レコードはロサンゼルス・メモリアル・コロシアムでコンサート「ワッツタックス」を開催し、Hayesはトリで出演し「黒いジャガーのテーマ」を歌ったのだが、その映像も、この映画で挿入されている。Hayesが、若き日のPittsに丁寧にお辞儀をしている姿が、そこにはあった。

 そのPittsも、2012年5月1日に旅立っている。
 
 映画の中では、Sam&Daveの大ヒット曲「Hold On,I'm Comin'」をIsac Hayesと一緒に作った名プロデューサーのDavid Porterが登場し、同曲誕生の逸話を披露していた。結構、あの場面は笑えたなぁ。
 PorterはPittsに向かって、「Hold On(待っていろ)I'm Comin'(俺が行くから)」と笑いながら言っていたが、晩年癌で入院していたPittsの部屋を、Porterは訪れていたに違いない。

 Isac Hayesが獲得したオスカー像は、スタックス・ミュージアムに展示されていることが紹介された。ヘイズが乗っていた車も、そこにあった。
STAX MUSEUMのサイト

 STAXの歴史は、主にAL BELL (Alvertis Isbell) と、WILLA DEAN “DEANIE” PARKERによって語られる。
 この映画のアメリカの公式サイトにある、二人のプロフィールを少しご紹介。
Take Me To The River公式サイト(英語)

 Al Bellについては、次のような説明がある。
Bell was vital to the careers of many of Stax’s stars, including The Staples Singers, Isaac Hayes, The Emotions, and The Dramatics. Bell’s promotional efforts drove the “Memphis Sound” internationally, and made Stax the second-largest African-American owned business in the 1970s. In 2009, the BBC profiled Bell as “one of the icons of soul music.”
 メンフィス・サウンドを国際的なものとした(drove the “Memphis Sound” internationally)、ソウル・ミュージックの象徴的な人物の一人(one of the icons of soul music)。

 Parkerは、元は、いわゆるシンガー・ソングライターだった。
 その後の経歴は次の通り。
After her retirement, Parker became CEO of Soulsville, where she spearheaded a fundraising campaign to raise the $14 million required to build the Stax Museum of American Soul Music and The Stax Music Academy on the original site of Stax Records. Soulsville was also a force behind the South Memphis neighborhood’s redevelopment. In 2009, she executive produced the Emmy-winning documentary, I AM A MAN, about the 1968 sanitation strike that brought Martin Luther King to Memphis, to which she contributed the title song (with Fred Jones), the first song she wrote in 45 year. The film played numerous festivals, and won prizes at the CMJ Film Festival, Indie Memphis, Trimedia, Cape Fear, the Charlotte Film Festival, and Louisville Film Festival.
 募金活動によって、Stax Museum、Stax Music Academyを設立した人であり、キング牧師をメンフィスに招致して行われた公民権ストのドキュメンタリー、エミー賞受賞「I AM A MAN」の制作を行った彼女は、この映画で重要な役割を演じている。
 彼女の存在が、この映画をメンフィス・ミュージックの歴史の記録にとどまらず、アメリカの公民権運動の歴史の一面を描写する優れたジャーナリスティックな映画に高めているように思う。

 メイヴィスがメンバーだったザ・ステイプル・シンガーズが1965年に発表したアルバム『Freedom Highway』は、当時の公民権運動で、キング牧師が先導したアラバマ州モンゴメリーからセルマまでの行進を支持する意図で行われたコンサートを収録したものだ。その有名な行進の映像も挿入されている。
 映画では、Session9の曲を決めようとする際、ルーサー・ディキンソンが「Freedom Highway」がいいとメイヴィスに言って、彼女を驚かせていたなぁ。

 ちなみに、タイトルの「Take Me To The River」は、Al Greenの1974のアルバム'Explores Your Mind'の中に収録されていたヒット曲。Talking Headsのカバーでも有名。
 Al GreennとギターリストMabon “Teenie” Hodgesとの共作で、ロイヤル・スタジオでWiilie Mitchellがプロデュースしているから、まさにこの映画に相応しいということで名付けられたのだろう。
 ただし、Alのスケジュールと映画の撮影日程が合わなかったらしく彼が出演していないのは、残念。

 とはいえ、映画には、Mabonが登場する。
 彼は2014年6月22日に旅立っており、この映画は、やはり貴重なのだ。


 誰かが、酒やドラッグに溺れることがなかったのは音楽のおかげ、と語っていた。
 貧しく、そして人種差別の激しかったアメリカ南部の街で彼らを救った音楽は、厳しい環境に耐えながら音楽を守ってきたレコード会社やスタジオ関係者の多くの人々によって彼らに与えられた素晴らしい贈り物であることを、彼らは分かっている。
 多くの先人への感謝の気持ちがあるから、伝説となった彼らを心底尊敬する後継者たちを見守る目は優しい。
 それぞれのセッションは、歴史を紡ぐ場であり、、そこには“師弟”の交流、それも、一期一会と言うべき交流が見事に描かれている。
 

 この映画に関して書きたいことは、まだまだあるが、この辺でお開き。

 R&Bやソウル、幅広くアメリカの音楽が好きな方には、素直にセッションを楽しんでもらえるし、アメリカの公民権運動に関心のある方にも、十分に見応えのある映画だと思う。

 私は、この映画を見て、嫌いだったラップが好きになりそうだ^^
 ただし、日本語のラップを除くけどね。


 公式サイトにあるように、関東地区や新潟では、まだ上映予定がある。

 東京
 下高井戸シネマ 9月2日(土)〜9月8日(金)
 神奈川
 横浜シネマリン 8月12日(土)~9月1日(金)
 栃木
 宇都宮ヒカリ座 調整中
 新潟
 シネ・ウインド 10月7日(土)~10月13日(金)

 サウンドトラックを聴くと、それぞれのシーンが甦る。


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by kogotokoubei | 2017-08-24 23:36 | 映画など | Comments(2)
長岡に一時期住んだことがあり、連れ合いの実家もある。長岡時代には居酒屋で河井継之助や“米百俵”の小林虎三郎、そして山本五十六の話題を肴に飲むこともあった。河井に対しては、中には批判的な年輩の方もいらっしゃったが、山本五十六についての悪口はほとんど聞かなかったように思う。

 半藤一利と阿川弘之の本も読んでいたので、もうじき上映が終るらしく、後で観なかったことを後悔しないよう、昨日久しぶりに映画館へ行った。いわゆるシネコンなので、昔の映画館のような大きなスクリーンではないが、家でテレビで見るのとは違う。

---ここから先は、この映画のネタバレ注意です。これから観る方は読まない方がよいと思います。---


 上映期間最後の週末の土曜に、一回だけの上映にもかかわらず、観客は十数名。かろうじて“つばなれ”したような閑散とした館内・・・・・・。昨年末の封切り時点では結構観客動員も良かったように思うが、尻すぼみなのだろう。

 ポップコーンと飲み物を買い込んでほぼ真ん中の席で観た。果して2時間半の感想は・・・・・・。
 
 事前にこの映画の評価などは一切読まず、また、「そんなに期待するな」と自分に言い聞かせて行ったのだが、正直なところ、がっかりした。
 
 この映画で、監督他のスタッフは、いったい何を伝えたかったのか。

 監督以下のスタッフとキャストは次のような顔ぶれ。(Wikipediaからの引用。)
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監督 成島出
監修・原作 半藤一利
脚本 長谷川康夫、飯田健三郎
製作 小滝祥平
出演者 役所広司
主題歌 小椋佳『眦(まなじり)』
撮影 柴主高秀
編集 阿部瓦英
特別協力 山本義正
製作会社 「山本五十六」製作委員会
配給 東映
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主要キャスト
山本五十六(聯合艦隊司令長官) - 役所広司
堀悌吉(元・海軍中将。山本と海軍兵学校同期) - 坂東三津五郎
米内光政(海軍大臣) - 柄本明
井上成美(海軍省軍務局長) - 柳葉敏郎
三宅義勇(聯合艦隊作戦参謀)※架空(モデルは三和義勇) - 吉田栄作
山口多聞(第二航空戦隊司令官) - 阿部寛
宇垣纏(聯合艦隊参謀長) - 中村育二
黒島亀人(聯合艦隊先任参謀) - 椎名桔平
南雲忠一(第一航空艦隊司令長官 兼 第一航空戦隊司令官) - 中原丈雄
永野修身(軍令部総長) - 伊武雅刀
牧野幸一(山本と同郷の零戦パイロット。海軍少尉])※架空 - 五十嵐隼士
秋山裕作(「東京日報」記者)※架空 - 袴田吉彦
真藤利一(「東京日報」記者)※架空 - 玉木宏
草野嗣郎(「東京日報」編集長)※架空 - 益岡徹
宗像景清(「東京日報」主幹)※架空 - 香川照之
谷口志津(小料理屋「志津」の女将)※架空 - 瀬戸朝香
神埼芳江(「志津」の常連客のダンサー)※架空 - 田中麗奈
高橋嘉寿子(山本の姉) - 宮本信子
山本禮子(山本の妻) - 原田美枝子
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 いくつかの観点で、この映画への小言を書く。

(1)山本五十六の描き方が、浅い
 もし、“人間 山本五十六”を描きたかったのなら、愛人であった新橋芸者「梅龍」こと河合千代子とのことが一切登場しないのは、まったくもって片手落ちである。
 もちろん“主旋律”にはなりえないが、国を代表して軍縮交渉に臨んだり、海軍内の「艦隊派」と緊張感の続く戦いをする「条約派」のキーマンとしてのストレス、そして、開戦後の司令長官としての葛藤などの“主旋律”は、そういった過度の緊張をほぐすためでもある別の人間五十六の側面があってこそ、ハーモニーを奏でるように思うのだ。大食漢であったとか、ギャンブルが好きだったということに加えて、色街での五十六の姿は欠かせないのではないだろうか。

 半藤一利『山本五十六』から引用する。

 二人が深い関係になったのは昭和九年九月、山本がロンドンの軍縮予備交渉に海軍の主席代表として出発直前であった。詳しくは、当の元梅龍の証言に耳を傾けたほうがいい。沼津在住の医師・望月良夫先生が直接に、戦後は沼津に住んでいた彼女から聞き出した貴重なものである。
「お兄さん(彼女は山本のことを最後までこう呼んだ)と初めて会ったのが昭和五年、私が二十六のときです。何かの送別会だったと思います。威張ってむっつりとしているので、しゃくにさわって誘惑しようときめました。ところが、何回か顔を合わせているうちに、私のほうが参ってしまいました。お兄さんは、『お金がないから援助はできない。妹としてつき合って下さい』と言いました。ロンドン会議へ発つ前夜に結ばれました。そのあと。『妹に手をつけて済まぬ』と畳に手をついて詫びました。それから戦死するまで十三年間(実は八年余)愛人関係にあり、妹のように可愛がってくれました」


 また、阿川弘之の『山本五十六』には、連合艦隊司令長官に任命され、和歌之浦に停泊する艦隊に向かう昭和14年8月31日の行動を書く中で、次のような記述がある。

「かもめ」は午後九時二十分の大阪到着で、山本は同行の女性と副官と三人で、その晩新大阪ホテルに泊まった。


 この女性こそ、梅龍なのである。

 別に、五十六の愛人のことを強調しろ、とは言わない。しかし、2時間半の中に、まったくそのことをにおわす場面やナレーションすらないことに、私は納得できない。

 ご長男が製作に協力することで、家族仲睦まじい食事風景などが描けたとは思うが、あまりにも“良き父”“良き夫”を描こうとする無理を感じる。それ相応の男が妾を持つことに寛大な時代であったし、国の行く末を左右する重責を担う政治家や軍人が、その緊張を緩和する場として夜の花街は重要だったのだと思う。
 五十六の苦悩や葛藤の深さを描くには、あの最中に新橋で芸者と興ずる姿なども不可欠なはず。なぜ、昭和29年の「週刊朝日」で公けになって以来は衆知となった河合千代子との関係を隠すのか、私には分からない。

 加えて、冒頭シーンで、少年期に祖父が戊辰戦争に参戦したことが描かれているが、五十六は山本家の養子になる前は高野五十六であった。その山本家が、戊辰戦争で河井の盟友として戦った山本帯刀の家であることなどは、一切触れられていない。山本家は維新後に廃絶となり、明治16年にようやく家名再興を許された。その山本家を牧野子爵の推薦もあり、大正5年に再興するために養子となったのが五十六である。時に三十二歳。そういった、“賊軍”長岡(牧野藩)が維新後に味わった悲哀をバックボーンに抱えていた五十六の描き方が、やはり不十分である。

(2)海軍の「艦隊派」と「条約派」の葛藤の描き方が、不十分 
 あの戦争は、陸軍の暴走に海軍が引きずられた面もあるが、日露戦争での成功体験にしがみついた「大鑑巨砲主義」にしがみつく海軍内の「艦隊派」の存在も大きい。「艦隊派」に対抗するのが米内光政・山本五十六・井上成美の三人を代表とする「条約派」。アメリカにまともに戦って勝てるわけがない、軍縮比率は米英に比べ国力を考慮すれば日本が6割でも条約に同意すべき、という条約派の、陸軍や艦隊派からの圧力を受けた状況での葛藤の描き方が、あまりにも不十分。陸軍や艦隊派がマスコミを巻き込んで「日独伊三国同盟」賛成の世論を高めていた世情についても、もう少し描き方があったはず。

 少しだけ救われるシーンとして、大正10年、11年のワシントン軍縮会議に参加した加藤友三郎の有名な次の言葉は、一応、五十六から新聞記者宗像(香川)に語られていた。
「国防ハ軍人ノ専有物ニ非ず戦争モ亦軍人ノミニテ為し得ベキモノニ在ラズ国家総動員シテ之ニ当ルニ非ザレバ目的ヲ達シ難シ(中略)国防ハ国力ニ相応スル武力ヲ整フルト同時に国力ヲ涵養シ一方外交手段ニ依リ戦争ヲ避クルコトガ目下ノ時勢ニ於テ国防ノ本義ナリト信ズ」
 しかし、その加藤を精神的な柱とする条約派のことについては、もう少し歴史的背景を説明しないと、当時の海軍の空気や、五十六の立ち位置が分かりにくい。とにかく、この映画は言葉が足らない。
 キャッチフレーズである「誰よりも、開戦に反対した男がいた。」という五十六を描くなら、アメリカ駐在時代や、昭和9年のロンドン予備交渉なども、何らかの方法で補足しないと立体化しないだろうと思う。五十六の盟友であった堀悌吉が艦隊派のたくらみで予備役入りさせられたことなども、その背景を含め描いて欲しかった。

(3)映画としての演出の稚拙さ 
 まず、CGによる戦闘シーンが今一つ迫力不足。もう少しCGに予算をかけて欲しかったなぁ。1970年の『トラ・トラ・トラ!』のほうが迫力があったのではないか、と思わせる。それこそ、あの『パールハーバー』から部分的に映像を借りてきたほうが良かったのではなかろうか。(もちろん、これは冗談^^)

 また、当時の世情を表す演出が、なんとも不十分だ。例えば、瀬戸朝香が女将に扮する小料理屋に、常連のダンサーの芳江(田中麗奈)や新聞記者の真藤(玉木)、他の男二人が集って語る会話が、ある意味で庶民感情を代弁する役割になっているが、あまりにも描き方が単純すぎるし、役者も活きていない。


 他にも小言はいくつもあるが、細かいことはこの位にしておこう。

 映画のサブタイトルに「太平洋戦争70年目の真実」とあるが、どの「真実」を伝えたかったのだろうか。
 
 観終わって印象に残っているのは、ミッドウェイで赤城などの空母が次々に沈没する報告を受けても将棋を指している五十六の姿と、南雲忠一(中原丈雄)と永野修身(伊武雅刀)を象徴的に悪者にしようとしていたと思われる演出。「違うんだよなぁ、浅いんだな、もっと描き方があっただろうに・・・・・・。これなら寄席に行くんだった。」と思いながら帰途についた。でも観なければ、良いも悪いも分からないのだ。

 欠点ばかりでもない。配役は小料理の女将とダンサー役の女優以外は、それほど悪くない。役所も適任だと思うし、黒島先任参謀役の椎名桔平も好演と言える。登場時間は少ないが五十六の姉役の宮本信子は、長岡弁も含めなかなかの名演。
 しかし、映画全体として、非常に物足りない。また、五十六を知らない人にとって、あの映像にある情報だけで訴えようとするのは、あまりにも不親切。脚本の問題でもあろうが、例えばナレーター役でもある新聞記者の真藤(玉木)は半藤一利を反映した人物だと思うが、もっとナレーションで語るべき情報があっったはずだ。原作が興味深く読めるのは、そういった歴史の胎動が伝わるからなのであって、いくら映画という手法の違いがあっても、原作の持ち味を生かして欲しいものだ。だから、監修・原作の半藤一利が、この内容で、本当に良しとしたのかは疑問に残る。同じ半藤一利原作の『日本のいちばん長い日』は、テーマの劇的さの違いなどはもちろんあるのだが、日本の戦争映画の傑作の一つだと思う。しかし、この二つの映画を観終った後の印象は、あまりにも違うものだった。

 これで、また日本映画を見に行く回数は減り、落語に行くことになるなぁ。
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by kogotokoubei | 2012-02-05 17:45 | 映画など | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛