噺の話

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カテゴリ:寅さん( 5 )


 昨日8月4日は、渥美清の祥月命日だった。

 亡くなって20年ということで、メディアでも何かと取り上げていた。
 私は一昨日3日、NHK BSプレミアムのアナザーストーリーズ「映画“男はつらいよ”~寅さん誕生 知られざるドラマ~」を観た。

 ちなみに9日の午後11時45分から再放送がある。
NHKサイトの該当ページ

 この番組では、先にテレビ版を作った当時のフジテレビ制作スタッフの証言なども興味深くはあったが、何と言っても、渥美清こと田所康雄と結核療養所で同じ病室にいた梅村三郎さんのお話が貴重だった。

 死も覚悟した手術で右肺を摘出した“やっさん”(田所康雄)は、もう体を張ったドタバタコメディは無理と考え、病床で香具師の啖呵売の稽古を熱心に繰り返していたという。
 子供の頃から慣れ親しんで覚えた口上を生かし、俳優として香具師の役をやりたかったのである。

 テレビ化され、やっさんの晴れ姿を観た梅村さんは、テレビを抱きしめて泣いて喜んだというのだ。
 
 当時不治の病と言われた結核と向かい合った戦友としての絆が、二人にはあったのだろう。

 番組全体としては、正直な感想として、やや物足りなかった。
 主題と言える映画化へのプロセスについて、掘り下げ方が浅かった印象だ。

 映画化は、そんなに簡単なことではなかったはずだ。
 松竹内部でも、渥美清の扱い方について、いろいろと意見が分かれたはず。

 小林信彦が『おかしな男 渥美清』という本を書いており、映画化される前の状況などが詳しく書かれている。昨年6月に三回にわたって同書を元に記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2015年6月9日のブログ
2015年6月14日のブログ
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 久しぶりに、シナリオ集の本『男はつらいよ』の第一巻(立風寅さん文庫、昭和51年発行)を開いてみた。
 シリーズ第一回「男はつらいよ」、第二回「続男はつらいよ」、第三回「男はつらいよ・フーテンの寅」が収められている。

 巻末の解題を遠藤周作が書いていた。
 
 興味深い内容だったので、一部引用したい。
 私は寅さんのうしろに江戸の滑稽本や落語の主人公たちを感じてしまう。鯉丈や一九の主人公たちと同じ血液を嗅いでしまう。一九の弥次さんや喜多さんと寅さんとを比較するといい、寅さんが結局、根をおろす家も家族もなく、いつかは旅に出ねばならぬように、弥次、喜多もただ面白おかしいだけではない。膝栗毛の序篇を見ればわかるように、この二人は故郷の静岡からも追われ、江戸でも住めなくなったゆえに旅に出た男たちで本来「根なし草」なのだ。「膝栗毛」を今でも我々が愛するのはこの「根なし草」の哀しみ、寂しさがその旅するうしろ姿にまつわり、そのはしゃぎ方にも言いようのない空虚感があるからであろう。寅さんにもそれがある。我々は寅さんやその仲間に大いに笑うのだが、同時に寅さんのなかに「膝栗毛」に見出す寂しさと哀しさも感ぜざるをえないのだ。
 「根なし草」のもつ笑いと寂しさ。それは山田監督の作品を流れる主題のように思える。「家族」や「同胞」のような彼の別な作品には家を捨てねばならない家族たちが描かれている。彼等は言いかえれば根をおろすべき故郷を去り、家を離れた寅さんと同じではないのか。山田洋次氏の作品のテーマは「根なし草」なのである。

 
 この文章を読んで、実は、真っ先に喜多八のことを思い浮かべていた。
 そして、亡くなった中村勘三郎と柄本明による映画『やじきた道中 てれすこ』を思い出した。
 勘三郎が演じたのは弥次さんの方だったなぁ。
 あの映画は、スタッフが『幕末太陽傳』を意識しており、落語ネタもふんだんにちりばめられた楽しい映画だった。
 かつて記事にしたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年12月8日のブログ

 あらためて遠藤周作の文章のこと。
 寅さんと弥次さん・喜多さんには、同じ「根なし草」としての笑い、寂しさ、哀しさが共通しているという指摘、よく分かる。

 定住地を持たない人々の旅は、気楽でいいなぁ、という羨望と同時に、一人ぽっちの人間の哀愁を感じさせる。

 山田洋次の映画の主題としての「根なし草」か・・・・・・。
 浅丘ルリ子扮するリリーも、まさに「根なし草」だった。

 遠藤周作の文章で思い浮かべるのは、あの三部作。
 昭和45(1970)年の『家族』は、『男はつらいよ』が始まった翌年の公開作品だ。
 いわば、長崎から北海道へのロードムービーとでも言える、まさに家族丸ごと「根なし草」の作品。
 開催中の大阪万博での撮影もあった。
 渥美清や三崎千恵子も、通りすがりの人物として登場していた。
 祖父役の笠智衆は、ようやくたどり着いた北海道中標津での歓迎会で「炭鉱節」を楽しく歌った夜、息を引き取る。
 
 倍賞千恵子扮する“民子”三部作の第一作で、『男はつらいよ』撮影以前から山田洋次が持っていた構想だ。

 昭和47(1972)年に『故郷』、昭和55(1980)年に『遙かなる山の呼び声』が封切り。
 どの作品も、私は好きだ。
 第二作から第三作まで間隔が空いたのは、やはり、『男はつらいよ』で多忙だったからだろう。
 

 山田洋次が、あの頃、寅さんだけではなく、社会的なメッセージを込めて“民子三部作”を作っていたことは、忘れてはならないと思う。
 松竹からは、寅さんを三作つくったら好きな映画を撮っていい、と言われていたらしいから、山田が本来作りたかったのは、こっちなのである。

 望むと望まざるとに関わらす、「根なし草」となった人々のことを描く山田洋次の思いは、何だったのだろうか・

 遠藤周作の文章の続きをご紹介。
 最後の部分には、実に興味深い山田洋次との対談での会話が登場する。

 根なし草には祈りがある。「家族」や「同胞」は勿論のことだが、我々が「寅さん」を愛するのは、そこに山田氏の祈りが感じられるからだ。でなければ、すべての喜劇作品はウェル・メイド・コメディで終ってしまうであろう。寅さんのような人間は現実には存在しない。そして彼を囲む世界は一種の均衡によって成立していることは誰でもわかっている。だからこそ観客は寅さんを愛し、寅さんの世界に心ひかれるのだ。
 いつだったか、山田洋次と対談した時があった。その時、寅さんは晩年、幼稚園の小使さんとなり、子供と遊んでいるうちにポックリ死に、町の人が彼の思い出のために地蔵さまをつくる、そんな結末を時々、考えますと氏は語っておられた。何という優しい。美しい結末であろう。

 「祈り」か・・・・・・。
 遠藤周作ならではの言葉とも言えるかもしれないが、たしかに山田映画からは、伝わるものがある。
 あるいは、もっと平易な言葉で、観る不特定多数の日本人への「励まし」と言ってもいいのかもしれない。

 最終作では、阪神淡路大震災の傷跡の残る神戸に、山田洋次は寅さんを訪ねさせる。
 あの街で復興へのエールを寅さんに送らせるのは、「根なし草」にならないこと、家族の絆を断ち切らせないことを祈ってのことなのだろう。

 『家族』では、旅の途中で亡くなった幼児と源蔵の二人の十字架が、北の大地に並んだ。
 そして、牛に、民子に、新たな生命が宿る。
 家族再生への祈りがこもる筋書きだ。

 『男はつらいよ』最終作となった第48作で、寅さんは幼稚園の小使さんを務め、ポックリ亡くなるという優しい結末にはならなかった。だから、お地蔵さんも作られなかった。

 しかし、寅さん地蔵は、寅さんを愛し、平和な生活を祈るすべての人の心の中にあるに違いない。
 
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by kogotokoubei | 2016-08-05 22:35 | 寅さん | Comments(4)
 8月1日の寅さんは、第29作「あじさいの恋」、昭和57(1982)年8月に公開された作品だ。

 小林信彦の『おかしな男』を紹介した三回目に、この作品に関する山田監督の言葉を引用した。
2015年6月21日のブログ

 重複するが、このシリーズを考える上で重要なことなのだ、再度ご紹介。


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小林信彦著『おかしな男 渥美清』(新潮文庫)

 重大な変化は1982年(昭和57年)にきた。
 この年の八月に封切られた第二十九作「寅次郎あじさいの恋」について、山田監督は、
「大きなターニング・ポイントです」
 と語っている。
 渥美清、五十四歳。肝臓に異変が生じていたとのことである。
<「本格的に病院に通いだしたのに気がついているんですよ。どの辺からとははっきり言えないけれども、私も彼が治療を開始しているのは知っていました」
 「第二十九作はつらかった。渥美さんは元気がなくって、芝居がはずまないんです。まいったな、と思った。二十九作がどこかに暗い話になっているのは、渥美さんの体調と関係あるかもしれませんよ。確実に、このころから病気が始まってるんです」>
 この件はNHKのドキュメンタリー番組(1999年2月)でも、山田洋次自身によって語られていた。「男はつらいよ」は二十六年間の真ん中で変貌せざるを得なかった、と。

 第二十九作「あじさいの恋」は、マドンナの“かがり”役はいしだあゆみ。

 ラスト近くの重要な場面は、鎌倉のあじさい寺が舞台。
 かがりから呼び出された寅は、一人では出かけにくく、満男を連れて行ったのだった。

 たしかに、この作品は全体に暗いトーンがあったと思うが、その背景には、こんな事情があった。
 あらためてこの作品を見て思ったのは、山田監督が、渥美清の体調不良をシナリオで補おうとした一つの策が、落語であったのか、ということ。

 冒頭、おなじみの夢のマクラ。
 信濃を旅する老人に扮する寅。道に迷った老人を泊めてくれた貧しい農家がさくら一家。
 自分たちは腹が減ってグーグー鳴らしているのに、白米を出してくれた夫婦のために老人は襖に雀を描く。そして、その雀が本物の雀になって朝になって襖を飛び出し・・・・・・。
 これはまさに『抜け雀』なのだ。

 そして、本編。
 京都の葵祭りでバイをする寅。万能接着剤を売るが、なかなな売れず店終い。
 鴨川の河川敷で下駄の鼻緒が切れた老人(片岡仁左衛門演じる高名な陶芸家加納作次郎)を見かけ、下駄の鼻緒を継いであげたのを機に、その老人の家に泊めてもらう。
 マドンナいしだあゆみを巡るいろいろがあった後、加納作次郎の家を去る際にもらった茶碗を柴又に持ち帰った。すると、サゲ前に、タコ社長が灰皿に使っていたその茶碗が大変な名品と分かる。
 まさに、これは『井戸の茶碗』だ。
 
  正直なところ、同じ夏休み公開作品で比較するなら、二年前の傑作「ハイビスカスの花」(マドンナは、もちろん、浅丘ルリ子)、一年前の「浪花の恋の寅次郎」(マドンナは松坂慶子)と比べると、この作品は、寅に躍動感が、ない。
 それは、監督山田洋次が吐露するとおり、この作品は大きなターニングポイントだったのだろう。

 肝臓に異常が見つかり医者に通っていたことに‘気がついた’山田監督が、なんとか、筋書きで寅の元気のなさを補おうとしたのが、マクラと、本編での落語ネタの活用だったような気がしてしょうがない。

 それが、どこまで効果的であったかは、人それぞれの判断によるだろうが、私は全体の暗いトーンを救っていたと思う。

 48作もあれば、いろいろあるだろう。

 次回は、あの二人の恋のきっかけとなった作品である。
 これも、楽しみだなぁ。


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by kogotokoubei | 2015-08-03 08:30 | 寅さん | Comments(4)

 雨のため、日曜恒例のテニスは休み。
 昨夜のBSジャパンの寅さんシリーズ第25作「ハイビスカスの花」の録画を見たところ。
 浅丘ルリ子が演ずる松岡リリーが三度目の登場。

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 上の全48作の観客動員数を見ても分かるように、この作品の前に公開された数作は百万人台でやや低迷していたのだが、この作品は二百万人を突破したヒット作。
 ちなみに、リリーがマドンナ役の一作目第11作「忘れな草」も、二度目の第15作「相合い傘」も、二百万人突破の実績を残している。

 観客動員のみならず、寅さんファンからの評価も高い作品だろう。もちろん、私も大好きだ。
 この作品は、寅からリリーへの、“幻のプロポース”が印象的だ。

 沖縄で喧嘩別れをした寅とリリー。
 翌朝、リリーが出て行ったのを知った寅は、慌てて船に乗り、十日がかり、三日三晩飲まず喰わずで葛飾へ戻ってくる。
 そして、リリーと再会。
 その後のとらやでの会話で、あのひと言が寅から発せられる。
 それは、リリーが沖縄民謡「白浜節」を口ずさみながら、二人の沖縄での短いながら幸福だった日々を思い出す中で、ふと発せられる。


 -寅、寝転んで、沖縄を思い出している-
寅  暑い一日が終って夜んなると、すぅ~っと涼しい風吹いてナァ。遠くで波の音がザワザワザワザワザワザワ。
リリー ほら、庭にいっぱい咲いたハイビスカスの花に、月の光が射して、いい匂いがして・・・
   昼間の疲れでうとうとしてると、お母さんの歌う悲しい歌が聞こえてきてなぁ。 
リリー emoticon-0159-music.gif我んや白浜ぬ 枯松がやゆら~、
     あたしは白浜の枯れた松の木なのか、春になっても花は咲かない、好きな人とどうして一緒になれないんだろう、って歌なの
さくら  素敵な歌
リリー emoticon-0159-music.gif春風や吹ちん花や咲かぬ 二人(たい)やままならぬ枯木心・・・・
     あたし、幸せだったあの時・・・
 -一瞬の、間-
    リリー、俺と所帯持つか
 -寅、ふと横を見るとリリーと目が合う。慌てて、寅、起き上がる-
   俺、今なんか言ったかな
リリー (笑いながら)や~ね寅さん、へんな冗談言って、みんな真に受けるわよ、ね、さくらさん
さくら (力弱く)えぇ
   はは、そうそうそうだよ、ここは堅気のうちだからな
リリー そうよ
寅   こりゃまずかった
リリー  あたしたち、夢見てたのよ、きっと、ほら、あんまり暑いからさ
   そう、夢だ夢だ
 -寅、縁側に出て外を見ながら-
   あ~ぁ、夢か

 もちろん、寅とリリーが一緒になったんじゃ、あの作品は続かなくなる。
 しかし、山田洋次など製作者側にも、また寅さんファンにも、二人を一緒にさせたい気持ちがないわけじゃない。
 
 だから、寅とリリーも夢を見たが、寅さんファンにも、一瞬夢を見させてくれた、そんな演出だったと思う。

 書き起こすために何度も見たが、何度見ても、いいんだなぁ、あの場面。

 そして、この作品は、サゲも結構。
 バス亭で待つ寅の前を通り過ぎるマイクロバス。実は、そのバスはバンド仲間と移動中のリリーを乗せたバス。通り過ぎたところでバスは止まる。リリーがバス亭まで戻ってきて、次の会話。

 -落とした団扇を拾おうとする寅の目の前に立つリリー-
   どこかでお目にかかったお顔ですが、姐さん、どこのどなたです
リリー 以前、兄さんにお世話になった女ですよ
   はて、こんないい女をお世話した覚えはございませんが
リリー ございませんか、この白状者
 -二人、満面の笑み-
   何してんだおまえこんなとこで
リリー 商売だよ、お兄さんこそ何してんのさ、こんなとこで
   おりゃおめい、リリーの夢を見てたのよ

 この後、草津へ行くというリリーご一行のバスに寅は乗せてもらい、この作品のお開き。

 だから、この作品は、「寅次郎の夢」と銘打っても不思議のない作品なのだが第10作で「夢枕」、一つ前の第24作で「春の夢」の題を使っていたから、沖縄を象徴するハイビスカスを使ったのだろう。

 さて、雨のおかげで、行けないはずだった落語会に行けそうなので、出かけよう。
 そのご報告は、たぶん明日。
 
 それにしても、寅とリリー、最強のコンビだね。


 
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by kogotokoubei | 2015-07-05 10:15 | 寅さん | Comments(6)

 土曜の楽しみBSジャパン「男はつらいよ」シリーズは、先週6日が第21作、昭和53(1978)年8月5日公開の「 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく」(マドンナは木の実ナナ)だった。
 そして、今週13日が第22作、同じく昭和53(1978)年12月27日公開「男はつらいよ 噂の寅次郎」(マドンナは大原麗子)。
 先週土曜は合宿だったので録画をしておき昨日観た。木の実ナナが紅奈々子という役名で、さくらの幼馴染でSKD(松竹歌劇団)のスター役。ご承知のように、倍賞千恵子がSKD出身である。この作品は、いつもの寅さんシリーズと違ってSKDのレビュー「東京踊り」が主役とも言える。会場の国際劇場は、この映画の4年後1982年に閉鎖され、その跡地に現在の浅草ビューホテルができた。「国際通り」の名は、国際劇場があったからなのだが、由来を知らない人も多いのだろうなぁ。
 もしかすると、国際劇場の閉鎖を知っていて、映像として「東京踊り」を残したい思いで山田洋次が構想したのだろうか。詳しいことは知らないが、そんな気もする。ちなみに、SKDも1996年に解散している。昭和は遠くなりにけりだ。
 また、この作品には、前年昭和52年に「幸福の黄色いハンカチ」で映画デビューした武田鉄矢が、後藤留吉という役で出演。とらやで喧嘩騒ぎを起こして飛び出した寅が訪ねた熊本県田の原温泉で、娘にふられたばかりの留吉を寅が目撃。寅によって真面目な人間として改心する青年留吉、という設定。留吉の母親役杉山とく子が、相変わらず良いねぇ。
 寅からの葉書で宿代を届けに田の原温泉までさくらが訪れると、寅が近所の住人から‘先生’扱いされており、留吉などは、寅が書いた「反省」の字を壁にかけてありがたがっているところが、可笑しい。
 楽しい作品ではあるが、この年の二作の中では、次の第22作、「噂の寅次郎」の方が、映画としては味わいが深いと思う。詳しい筋書きは書かないが、この作品の32歳の大原麗子は、いいよ。室田日出男も好演だ。ちなみに、大原麗子は昭和59(1984)年公開の第34作「真実一路」にも出演している。
BCジャパン・サイト「男はつらいよ 噂の寅次郎」の案内ページ

 第22作、ということは、結果として48作を数えたので、もうじき半分、という回数。
 
 テレビ版を映画化したのが最初だが、テレビの視聴率がそれほど良かったわけではない。10%を越えていたようだが、当時としては驚くような数字ではない。
 映画化につながったのは、最終回で寅がハブに咬まれて死んだことに、多くの視聴者から抗議の手紙などが届いたこと。視聴者の数ではなく、その‘質’というか、番組と寅さんへの思い入れの強さを感じた山田洋次や松竹関係者が「これはいける!」と思い、まず、第一回が封切られ、50万人を超える観客動員があった。
 しかし、大ヒット、という数字ではない。

 ある本からの孫引きになるが、日刊スポーツ新聞社文化部編の「寅さんは生きている」によれば、

 結果は動員数54万人、合格点ぎりぎりという成績だった。シリーズ化の決め手となったのは、この“そこそこの成績”ではなく、大船撮影所に「とらや」(40作目から「くるまや」になる)のセットが残されていたことだった。

 そこそこの動員、そしてセットが残されていたことで、第2作、第3作、そして第4作と製作は続き、そのうち3作目と4作目は、山田洋次は監督ではなかった。動員力にも陰りが見えていた。
 山田洋次は、3作目、4作目について“良い悪いではなく、寅さんのにおいがしない”という思いがあったため、完結篇を作るつもりで、第5作「望郷篇」のメガホンを取る。

 この第5作が、当たった。

 「男はつらいよ」の松竹公式サイトに、各作品の観客動員数が掲載されている。
「男はつらいよ」松竹公式サイト

 この数字を元に、昭和44(1969)年から平成7(1995)年までに公開された「男はつらいよ」全48作の観客動員数をグラフ化してみた。

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 ご覧のように、第5作は70万人を突破した。
 翌昭和46年にも三作が制作され、第8作「寅次郎恋歌」で観客動員数は100万人の大台を超えた。
 昭和47年からは年二作が定着し、吉永小百合が最初にマドンナ役を演じた第9作「柴又慕情」と、八千草薫の第10作「寅次郎夢枕」が公開された。
 先日寅さんのことを書いた拙ブログに、「夢枕」が好き、というhajimeさんのコメントをいただいたが、この作品で、観客動員は初めて200万人を超えた。
2015年5月30日のブログ
 
 公開年とマドンナを含めて、次のような作品が、この後四半世紀にわたって公開されることになった。

第 1作 昭和44(1969)年 男はつらいよ 光本幸子
第 2作 昭和44(1969)年 続・男はつらいよ 佐藤オリエ
第 3作 昭和45(1970)年 フーテンの寅 新珠三千代
第 4作 昭和45(1970)年 新・男はつらいよ  栗原小巻
第 5作 昭和45(1970)年 望郷篇 長山藍子
第 6作 昭和46(1971)年 純情篇 若尾文子
第 7作 昭和46(1971)年 奮闘篇 榊原るみ
第 8作 昭和46(1971)年 寅次郎恋歌 池内淳子
第 9作 昭和47(1972)年 柴又慕情 吉永小百合
第10作 昭和47(1972)年 寅次郎夢枕 八千草薫
第11作 昭和48(1973)年 寅次郎忘れな草 浅丘ルリ子
第12作 昭和48(1973)年 私の寅さん 岸恵子
第13作 昭和49(1974)年 寅次郎恋やつれ 吉永小百合
第14作 昭和49(1974)年 寅次郎子守歌 十朱幸代
第15作 昭和50(1975)年 寅次郎相合い傘 浅丘ルリ子
第16作 昭和50(1975)年 葛飾立志篇 樫山文枝
第17作 昭和51(1976)年 夕焼け小焼け 太地喜和子
第18作 昭和51(1976)年 純情詩集 京マチ子
第19作 昭和52(1977)年 寅次郎と殿様 真野響子
第20作 昭和52(1977)年 寅次郎頑張れ! 藤村志保
第21作 昭和53(1978)年 寅次郎我が道をゆく 木の実ナナ
第22作 昭和53(1978)年 噂の寅次郎 大原麗子
第23作 昭和54(1979)年 翔んでる寅次郎 桃井かおり
第24作 昭和54(1979)年 寅次郎春の夢 香川京子
第25作 昭和55(1980)年 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
第26作 昭和55(1980)年 寅次郎かもめ歌 伊藤蘭
第27作 昭和56(1981)年 浪花の恋の寅次郎 松坂慶子
第28作 昭和56(1981)年 寅次郎紙風船 音無美紀子
第29作 昭和57(1982)年 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ    
第30作 昭和57(1982)年 花も嵐も寅次郎 田中裕子
第31作 昭和58(1983)年 旅と女と寅次郎 都はるみ
第32作 昭和58(1983)年 口笛を吹く寅次郎 竹下景子
第33作 昭和59(1984)年 夜霧にむせぶ寅次郎 中原理恵
第34作 昭和59(1984)年 寅次郎真実一路 大原麗子
第35作 昭和60(1985)年 寅次郎恋愛塾 樋口可南子
第36作 昭和60(1985)年 柴又より愛をこめて 栗原小巻
第37作 昭和61(1986)年 幸福の青い鳥 志穂美悦子
第38作 昭和62(1987)年 知床慕情 竹下景子
第39作 昭和62(1987)年 寅次郎物語 秋吉久美子
第40作 昭和63(1988)年 寅次郎サラダ記念日 三田佳子
第41作 平成元(1989)年 寅次郎心の旅路 竹下景子
第42作 平成元(1989)年 ぼくの伯父さん 後藤久美子
第43作 平成 2(1990)年 寅次郎の休日 後藤久美子
第44作 平成 3(1991)年 寅次郎の告白 後藤久美子
第45作 平成 4(1992)年 寅次郎の青春 後藤久美子
第46作 平成 5(1993)年 寅次郎の縁談 松阪慶子
第47作 平成 6(1994)年 拝啓車寅次郎様 かたせ梨乃
第48作 平成 7(1995)年 寅次郎紅の花 浅丘ルリ子、後藤久美子

 
 寅さんファンの方は、タイトルとマドンナの名前で、映像が浮かび上がってくるのではなかろうか。

 観客動員数が200万人を超えた作品が14作。
 順番にマドンナの名を含め並べてみる。

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 もちろん、動員数が多いこと、すなわち名作とは言えない。
 個人的には、渥美清が年齢を重ねて肉体的な無理もきかなくなったのだろう、失恋する主役が満男に移っていった後半の作品は、後藤久美子の動員力は認めるが、前半の作品とは相当に趣が違ったものと言わざるを得ない。

 浅丘ルリ子の松岡リリーの作品は、どれも好きだなぁ。
 
 私なりのベストテンはあるが、内緒にしておこう(^^)

 渥美清、本名田所康雄が亡くなって、来年で二十年になる。
 テレビであらためて寅さんを観た後で、思うのは、車寅次郎を演じた渥美清、そして渥美清という俳優を演じた田所康雄という人は、どんな人間だったのか、ということ。
 晩年の渥美清は、国民的映画とまで言われるようになった「男はつらいよ」以外の仕事を極力受けず、メディアへの露出も避けていた。
 しかし、浅草フランス座の幕間のコント役者からスタートし、結核による療養を経て、NHK「若い季節」「夢であいましょう」などで茶の間に顔を売って、いくつかの映画、そして舞台に出て、昭和44年に「男はつらいよ」が始まるのだが、‘寅さん’前、‘寅さん’中、‘寅さん’後、とでもいえるような大きな変遷が、あの人の人生にはあったのではなかろうか。

 車寅次郎-渥美清-田所康雄、という一人の男性、そして俳優については、ある本を元に、近いうちに記事を書くつもり。

 今しばらくお待ちのほどを。

 最後に第21作「寅次郎わが道をゆく」で、タコ社長と喧嘩した挙句とらやを出て行く際の、寅さんの科白で、お開き。

  emoticon-0160-movie.gif
   「夏になったら鳴きながら、
     必ず帰ってくるあのつばくろさえも、
      なにかを境にぱったり帰ってこなくなることも
       あるんだぜえ・・・・・・」

 ‘つばくろ’なんてぇ言葉、寅さん以外で聴いたことないねぇ!



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by kogotokoubei | 2015-06-08 22:09 | 寅さん | Comments(8)

 落語会に行く予定だったのだが、野暮用で行けなくなった。
 そういうこともあるのが、人生。ちょっと大袈裟(^^)

 でも、最近の土曜は、BSジャパンの「男はつらいよ」があるのだ!

 寅さんシリーズは、全部見ている。
 映画館で見たこともあるが、テレビで観ている方が多いかな。

 とにかく、このシリーズは、日本人にとって大事な映画だと思っている。
 何度観ても、同じ場面で笑い、そして、目頭が熱くなる。

 今夜は、第20作「寅次郎頑張れ!」だった。

 松竹の公式サイトから、この作品の「かいせつ」と「ゲスト」などをご紹介。
松竹「男はつらいよ」公式サイトの第20作のページ


かいせつ
 とらやに下宿中のワット君こと良介(中村雅俊)が、初対面の寅さんを“押し売り”と間違えたことから大騒動となる。結局、寅さんと意気投合した良介は、食堂「ふるさと亭」の幸子(大竹しのぶ)との恋愛を、寅さんの指南で成就させようとするが、振られたと勘違い。良介はガス自殺を計ろうとして、とらやの二階は大爆発! 責任を感じ、長崎県平戸に帰った良介を、励まそうと寅さんがやってくるが、良介の姉・藤子(藤村志保)に一目惚れをして、そのまま居着いてしまう…
 テレビドラマで人気絶頂の中村雅俊と、若手実力派ナンバーワンの大竹しのぶをゲストに迎えた、シリーズ二十本記念作品。寅さんが“恋の指南”を買って出るパターンは、第14作『寅次郎子守唄』以来だが、本作を機に、寅さんの「恋のコーチ役」は定着していく。寅さんが、良介の美しき姉・藤子にぞっこん惚れてしまう後半、藤子と二人きりになってしまう状況を“寅さんのアリア”で語るシーンは、シリーズの白眉。平戸の船長を演じたベテラン・コメディアン、石井均の「惚れとるばい」の名台詞とともに、華やかな笑いに包まれた一編。

マドンナ 藤村志保
ゲスト 中村雅俊、大竹しのぶ
ロケ地 長崎県平戸

 昭和52(1977)年の作品。だから、中村雅俊も大竹しのぶも、若いねぇ。
 もちろん、渥美清も、藤村志保もだが(^^)

 昭和52年、渥美清が49歳、藤村志保は38歳、中村雅俊が26歳で、大竹しのぶは、まだ20歳である。
 ちなみに、私は22歳の大学4年生の頃で、たぶん、劇場でこの映画は観ている。
 その頃は、体育会の部活動の費用を稼ぐ旅館でのアルバイトをする時は、中村雅俊演じる良介のようなジーパン姿だったなぁ。本人は、松田優作に似ている、と思っていたのだが(^^)


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吉村英夫著「へたな人生論より『寅さん』のひと言」

 吉村英夫著「へたな人生論より『寅さん』のひと言」は、単行本が2006年発行されていたらしいが、2008年に同じ河出から文庫で発行されてから気づいて読んで、すぐにAmazonのレビューを書いた。
 このブログを書き始めた頃だ。
 
 この本の著者は、昭和15年生まれで早稲田で映画研究会に所属していたらしい。卒業後、高校教諭や大学の講師を勤め、この文庫発行時は、愛知淑徳大学文化創造学部教授、とのこと。『山田洋次X藤沢周平』(大月書店)という本も出しているようだ。
 とにかく、著者は寅さんが好きで、映画を観るのみならず、全作品のシナリオをつぶさに読んでいる。

 「第三章 たしかな絆に気づく『寅さん』のひと言」で、今日放送があった第20作から紹介されている寅さんの言葉があるので引用したい。


「例えば、俺が旅をしている、秋の日はつるべおとしよ、遠くの寺で、ゴーンと鐘の音が聞こえる。そんなときにも、あーあ、今ごろとらやでは、みんな、どうしているんだろうな-。さくらや博は元気か、ヒヨッとしたら、おじちゃんは持病の喘息が出てるんじゃないか。おばちゃんは腰が冷えてるんじゃ、そう思うと、もう、矢も楯もたまらなくなってよ、とびおりして一目散に帰って来た帝釈天の参道だ。お寺の山門、みやげ屋の家並、ここだけは昔と一ツも変わってやしないよ」

 いいよねぇ、こういう科白。

 この作品は、松竹公式サイトでも紹介されている“寅さんのアリア”も聴きどころだが、他にもたくさん見どころがある。
 脇役陣も石井均も良いし、神父役の桜井センリも、実に結構。
 粗筋として主旋律は、良介と幸子の、今ではありえないであろう、淡く純な恋。
 この若い二人は、初心なので、プロポーズもすんなり上手くはいかなかったことを、本書から引用する。

 第20作は告白が拙速だった。ラーメン屋に勤める幸子(大竹しのぶ)に良介(中村雅俊)が告白するが、その直前、幸子は故郷の母親が倒れて緊急手術を受けるとの連絡が入っていた。

 良介 「幸ちゃん」
 幸子 「え?」
 良介 「結、俺と結婚してくれ」
     幸子、呆然としている。・・・泣き出しそうな困惑に耐えながら、
     幸子が答える。
 幸子 「・・・・・・・・こんなときに、なんてこと言うの、バカ・・・・・・・・」

 この場面、ジーンときて、いいんだよねぇ。

 この本から、放送と連動して、今後も紹介することがあると思う。
 「寅さん」というカテゴリーもつくった。
 
 Amazonの私のレビューをご紹介して、今回は、お開きとします。

寅さんファン必携の本。泣けるセリフに映像が蘇る!
 著者は『男はつらいよ』や山田洋次監督に関する著作のある大学教授。私自身が大の寅さんファンであるので、割り引いて評価する必要があるが、やはりこの本はお奨め。2年前に単行本で発行されていたらしいが、まったく気づかなかったので文庫での発行に感謝。
 タイトルは少し長いが、「その通り!」と共感。偉い先生たちの処世訓やら人生論などよりも、人生や家族、生きるために大切なことを教えてくれるのが『男はつらいよ』であり、寅さんをはじめとする登場人物の数々の“名言”なのだ。

 “第一章 心がまっすぐになる「寅さん」のひと言”から“第六章 生きる勇気がわく「寅さん」のひと言”まで、もちろん「寅さん」の言葉のみならず、全48作のシナリオを読み抜いた著者に選ばれた、会話、モノローグ、手紙の文句などがぎっしり詰まっており、寅さんファンも、そうじゃない方も、日本人ならうれしくなる言葉の宝庫である。
 山田洋次という、冷徹な目で日本人や家族の原風景に迫り続ける映画監督と、渥美清という稀代の名優によって初めて成し得た数々の傑作。そこには、多くの人生哲学が織り込まれている。山田洋次は、「笑い」があって初めて人が心を開くということを知っている。
 巻末の全48作のリストもうれしい。読みながらリストを参照し、より一層懐かしく、そして感慨を新たにした。学生時代に見た名画座でのオールナイト3本立てなども思い出す。
 そして、あらためて、その凄い出演者の顔ぶれに、「国民映画」と呼ばれただけの価値を再確認するのだ。いまだ、この映画に代わるものは出ていないし二度とありえないだろう。
 目一杯笑わせながら、「日本人で良かった」と思わせるそれぞれの会話や寅さん一流のセリフに、まさに気持ちが“やわらかーく”なるのだ。


 観ている途中の地震・・・・・・。

 最終第48作、1995年の阪神淡路大震災の傷跡がまだ残る街に立つ、寅さんを思い出した。

 寅さん、やっぱり、いいんだよねぇ!

 それにしても、地震大国日本で原発を再稼動させようとしている人達に、寅さんだったら、なんと言うだろう。
 「そりゃあないよ、おっさん!」かな。
 
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by kogotokoubei | 2015-05-30 21:02 | 寅さん | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛