噺の話

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カテゴリ:落語芸術協会( 21 )


 落語芸術協会の下席のメールマガジンが届いた。

 毎回楽しみなのが、小南治による「小南への道」。

 入門一ヶ月で、ついに師匠が『平林』の稽古をしてくれたとのこと。

 一部、ご紹介したい。

二日目、三日目、と演って頂き、四日目に私が師匠の前で喋るのです。

「思った程の訛りは無いなぁ。」

上下(カミシモ)の事、登場人物の年格好、そして、もっと大きな声で喋る事など注意して
頂きました。

「高座で演ってもええよ・・・。」

隣の部屋で聞いていた、南なん兄さんと南てん兄さんから

「紙切りで人前で喋った事があるんだろう。
もう少し上手いと思っていたのになぁ~。」と、残念がられました。

「平林」を喋る私の高座を見た南喬師匠からも言われました。

「お前は、身体を動かし過ぎだ。
歩く、走る、の描写以外は身体を揺らすな!」

子供の頃から正楽に紙切りの手ほどきを受けていた私には、座布団に座ると身体を揺らす。
このDNAが組み込まれていました。

 父の弟子だった当代正楽の科白を思い出すねぇ。

 動いていないと、暗くなります^^

 つい、紙切りの癖が出てしまったわけだ。

 なかなか、微笑ましい逸話だ。

 浅草の下席、昼の主任が寿輔で、夜が小南治。
 
 色物を含め、なかなか魅力的な顔ぶれが並ぶが、行けるかなぁ・・・・・・。

 そろそろ、生の落語への禁断症状が出てきた。

 いろいろ野暮用があるが、僥倖と縁を期待しよう。


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by kogotokoubei | 2017-02-20 21:45 | 落語芸術協会 | Comments(0)
 桂春之輔が、来年四代目春団治を襲名するというニュースには、驚いた。
毎日新聞の該当記事

 三代目のご指名だったんだ。

 春之輔をよく知らないので、何とも言えないのだが、ちょっと時期が早すぎるような気がするなぁ・・・・・・。

 襲名と言えば、落語芸術協会の桂小南治が、今年9月に三代目小南を襲名する。

 毎席ごとに月に三回送られてくるのが楽しみな落語芸術協会のメルマガには、小南治の「小南への道」という連載(?)があって、毎回楽しみにしている。

 第一回は、昨年11月上席のメルマガだった。
 引用する。

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【小南への道】 ~桂 小南治~
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興行は来年9月21日新宿末広亭から始まります。
役員会議で決定されましたが、まだまだ何も手を付けておりません・・・。

そこで、私の入門の経緯など書かせて頂きます。

御存知の方もいらっしゃると思いますが、私の親父は紙切りの二代目林家正楽で、
二楽は私の実弟です。そして、親父の一番弟子が現三代目の正楽師匠です。小学校
の頃から何の違和感も無く、いずれ親父の後を継いで紙切り師になるものと思って
いました。その為には人前でもあがらない様、また、自分の手元では無く他の師匠
の所で修業させようと親父は学校寄席などで良く御一緒した鷺ノ宮の小南を選びま
した。

 二代目正楽は、テレビで見たような記憶はある。
 非常に貫禄のある姿だったはず。

 12月上席版もご紹介。最初に名をもらったことなど。

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【小南への道】 ~桂 小南治~
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初めて対面した小南師匠は、この年還暦を迎えております。
正楽の隣で何もわからず正座をしている18歳の私に諭す様に話してくれました。

「この世界は弱肉強食じゃよ。一人前になる事が出来れば、こんないい商売は無いよ。
その分、なり損ねると惨めなもんじゃ…。高座には千両箱が落ちていて、それを拾いに
行く、っと言う気持ちを持つ事じゃよ。」

「噺家の空気に慣れる事。その為に鷺ノ宮のアパートに下宿して、毎朝、ここへ来て掃
除をするんじゃ。それと用足しなどもな。それから頭も、もう少し短く苅っといで!」

今朝、床屋へ行ったばかりの私は小さな声で「はい。」「はい。」と返事をするのがや
っとでした。 何も知らない子供の私には落語界が怖くて仕方なかったのです。

「正楽さんの楽で、南らくにしよう!」

名前も頂き帰り仕度にかかりますが、慣れない正座で痺れが切れて立つ事が出来ません
。これを見た、おカミさんが一言。

「ウチに来れば正座なんて直ぐに慣れる様にしてあげるから!」

私は、益々、この世界が怖くなりました。

 先日届いた、2月上席版には、兄弟子に関する、少し悲しい物語があった。

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【小南への道】 ~桂 小南治~
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小南一門は弟子が7人居ました。
前座名、南らくと言った私が一番の末弟です。

2ヶ月先輩で約1ヶ月、共に前座修業をした、なんば兄さん。
私より三つ年上で、もうお酒の味を知っていました。毎晩、遅くまで呑むのでしょう・・。
何時も師匠宅へは遅刻です。

南なん兄さん、当時、南てんと名乗った金太郎兄さん、なんば兄さん、そして私、四人は毎
朝9時に師匠宅へ行き掃除から一日が始まります。ところが、掃除を終えて朝食を頂く頃に、
なんば兄さんが真っ赤な目をしてやって来ます。と、自衛隊出身の南てん兄さんが
「表へ出ろ!」

玄関のドア越しに

「兄さん、堪忍しとくなはれ…明日からは必ず・・・。」
「その言葉は昨日も聞いた!」

何処の世界でもそうですが時間にだらしが無い・・・これはいけません。

師匠の口から「破門・・・。」の言葉が出ました。

大阪生まれのなんば兄さん、
「南らく、頑張りぃや・・・。」
鷺ノ宮の三畳一間の私の部屋で、キツく私を抱きしめて辞めて行きました。
そして、入門の際、師匠が私に言った 「弱肉強食」 こんなところにもあるものかと知りました。

 なかなか、興味深いでしょう。

 立川談春の『赤めだか』を最初に読んだ時や、最近になって立川談四楼の『シャレのち曇り』(そのうち記事にするつもり)を読んだ際にも感じた、落語家という芸人の修業時代の内幕を覗き見る楽しさがある。

 二代目桂小南は、京都に生まれ、東京に来てから三代目金馬の内弟子となった後で二代目小文治の預かりとなったが、上方落語を学び直し、独特の小南落語を作り上げた人。
 小南の名は、初代の弟子だった八代目文楽の了解を得て名乗った。
 先日の末広亭で円馬が演じた『ふぐ鍋』をはじめ『いかけ屋』『ぜんざい公社』『夢八』などが十八番として有名。
 今は亡き桂文朝や、現在は落語協会の桂南喬も小南の弟子。
 私は小南の名が復活するのは、二代目や初代が振り返られることにもなるだろうから、大いに結構だと思う。
 
 小南治も、なんとも個性的な噺家さんで、襲名を機に、先日の『隣の桜』などの上方ネタを聴く機会が増えることを期待している。


 芸協のメルマガには、定席寄席の出演者一覧や該当期間の落語会の情報もリンク先URLを含め掲載されていることに加え、このような読み物の連載や新真打のメッセージなどもあり、メルマガとしては実に良く出来ていると思う。

 ご興味のある方は、ぜひ登録なさっていはいかがだろうか。
落語芸術協会サイトの該当ページ

 そうそう、あの落語協会も、かつてはメルマガを発行していたのだよなぁ・・・・・・。

 あえておことわりするが、私は芸協の回し者でもなんでもない。

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by kogotokoubei | 2017-02-03 21:58 | 落語芸術協会 | Comments(6)
 落語芸術協会のホームページに、会長の挨拶が掲載されている。
 新真打の紹介もあるので、全文を引用したい。
落語芸術協会HPの該当記事


会長新年ご挨拶

あけましておめでとうございます。
平成二十八年元日、晴れやかな新年を迎えました。
私ども公益社団法人落語芸術協会は、初席より都内各定席をはじめ、全国各地で寄席高座を務めております。新年も皆様に「笑い」をお届けするべく、協会員一同全力で取り組んで参ります。どうぞ変わらぬご支援、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

本年五月には、きらり改メ神田鯉栄、橘ノ圓満、可女次改メ三笑亭可風の三名が真打昇進致します。三者三様の持ち味を活かし、新たな一歩を踏み出します。彼らの姿にご注目頂ければ幸いです。

ベテランから若手まで切磋琢磨し、当協会ひいては業界全体を盛り上げていきますことをお約束いたします。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

公益社団法人落語芸術協会
会長 桂 歌丸

 なんとか真打昇進披露興行に、一日でも駆けつけたいものだ。

 歌丸会長の、“ベテランから若手まで切磋琢磨し、当協会ひいては業界全体を盛り上げていきますことをお約束いたします”という言葉で、今年も芸協に期待したくなるではないか。

 落語協会のホームページにも、会長挨拶は掲載されている。
落語協会HPの該当記事
 昇進する真打が五人いること、ある名跡の襲名があることなどを含んでいる。
 
 その内容は、芸協に比べると・・・正月から小言でもないだろう。

 両会長、本年も落語という素晴らしい芸能の発展のために、よろしくお願いします。
  
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by kogotokoubei | 2016-01-02 10:20 | 落語芸術協会 | Comments(0)
 落語芸術協会(芸協)の真打昇進披露興行、本日の池袋演芸場から後半戦開始だ。
 
 芸協のホームページの「最新情報」に、今後の予定と主任の日程が掲載されているので、ご紹介。
落語芸術協会ホームページの該当情報

-----------------------------------------
池袋演芸場 夜の部
6月11日~20日
主任出演日
小柳 12.15.18
小夢 13.16.19
夢丸 11.14.17.20

※上記定席について、新真打三名は
主任出演日以外も口上および高座に上がります。

お江戸日本橋亭
小柳 6月23日
小夢 6月24日
夢丸 6月25日

国立演芸場 昼の部(3 日夜の部あり)
7月2日~10日
主任出演日
小柳 3昼.6.9
小夢 4.7.10
夢丸 2.5.8
※3夜は全員出演予定

お江戸上野広小路亭
小柳 7月10日
小夢 7月8日
夢丸 7月9日
-----------------------------------------

 行きたいのはやまやまなのだが、今月は何かと野暮用が多い・・・・・・。

 お江戸日本橋亭、7月の国立、お江戸広小路亭を含め、なんとかもう一回は行こうと思っている。

 こうやって、しっかり案内してくれているので、先の計画も立てやすい。

 いまだにリニューアル途上の無残なホームページの姿を晒している落語協会とは、大違いである。

 
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by kogotokoubei | 2015-06-11 18:07 | 落語芸術協会 | Comments(6)
 落語芸術協会は、大須演芸場があった頃には大須での落語会を開催していたが、今年は会場を替え、真打昇進披露興行と、上方落語協会と協力した落語会を7月に開催すると案内されている。
落語芸術協会ホームページの該当ページ

 内容を少し短くして、ご紹介。
 すべての内容は、ぜひ落語芸術協会のホームページでご確認のほどを。
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【公演名】
2015芸協らくご・名古屋寄席 七月公演

【日時】
平成27年7月16日(木)-20日(月・祝) 各日2回公演 計10公演

【会場】
長円寺会館 名古屋市中区栄2-4-23
伏見駅より東へ徒歩5分/栄駅より西へ徒歩8分

【入場料】
前売2,200円/当日2,500円 整理番号付自由席


【真打昇進披露・番組】
7月16日(木)11:30開場12:00開演
宮治/京子/遊雀/仲入/夢吉改メ夢丸/うめ吉/柳橋
7月16日(木)15:00開場15:30開演
宮治/京子/柳橋/仲入/口上/遊雀/うめ吉/夢吉改メ夢丸
7月17日(金)11:30開場12:00開演
宮治/京子/遊雀/仲入/笑松改メ小柳/うめ吉/柳橋
7月17日(金)15:00開場15:30開演
宮治/京子/柳橋/仲入/口上/遊雀/うめ吉/笑松改メ小柳
7月18日(土)11:30開場12:00開演
昇々/柳之助/遊雀/仲入/朝夢改メ小夢/うめ吉/柳橋
7月18日(土)15:00開場15:30開演
昇々/柳之助/柳橋/仲入/口上/遊雀/うめ吉/朝夢改メ小夢

【東西落語競演・番組】
7月19日(日)11:30開場12:00開演
福丸/柳之助/文治/仲入/昇々/花丸/文都
7月19日(日)15:00開場15:30開演
福丸/柳之助/文治/仲入/昇々/花丸/文都
7月20日(月・祝)11:30開場12:00開演
昇々/花丸/文都/仲入/福丸/柳之助/文治
7月20日(月・祝)15:00開場15:30開演
昇々/花丸/文都/仲入/福丸/柳之助/文治

7/16-20全公演前座 たか治、希光

【主催】
公益社団法人落語芸術協会 03-5909-3081
【共催】
公益社団法人上方落語協会
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 前半三日間は新真打三人の昇進披露興行。
 後半の日曜と祝日が東西交流。

 7月16日、17日の平日の開催時間が、会社員の方には行きづらい時間帯ではあるが、後半の土曜・日・祝日を含む三日間は、二回公演で、多くのお客さんの来場が可能だろう。

 
 会場の長円寺会館のホームページを見ると、ホールの定員は143名らしい。
 協会の回し者ではないが(^^)、前売り券を早めに確保された方が良いだろう。
長円寺会館のホームページ
 場所は、名古屋市のほぼ真ん中、と言ってよく交通の便が良い。かなり以前だが、中部地区担当でよく出張したので、名古屋は結構知っているのだ。栄や錦の夜が、懐かしいなぁ(^^)

 これは、名古屋の落語愛好家の方が羨ましい、と思わせる番組だ。

 落語芸術協会の最近の取組やホームページの充実度、そして東西交流は、実に良い傾向にあると思っている。

 私は行けそうにないが、名古屋の方でいらっしゃった方から、どんな会だったかお知らせをいただければ、嬉しい限り。

 落語芸術協会、頑張れ!


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by kogotokoubei | 2015-05-29 08:26 | 落語芸術協会 | Comments(0)

落語芸術協会、頑張れ!

 落語芸術協会(芸協)の真打昇進披露興行は、新宿末広亭での5月上席に続き開催された浅草演芸ホールの中席での興行が、今週20日に千秋楽を迎えた。

 芸協のホームページに、浅草の楽日の写真なども含めて紹介され、今後の定席以外の会を含む日程が、三人の新真打の主任の日も含め紹介されている。
落語芸術協会ホームページの該当記事

 写真の一枚は、楽日に主任(トリ)だった三笑亭小夢が、幕が閉まりきっても頭を深々と下げている様子。

 もう一枚の写真は、楽屋での乾杯の様子。

 どちらも、客席から見ることのできないカットで、なかなか興味深い。

 この写真を見て、私が行った5月5日の末広亭を思い出した。主任の小夢の高座の後、楽屋での笑い声が聞こえてきたが、なかなか、楽屋の雰囲気がいい感じなのだ。

 披露興行は、少し間を開けて、6月中席の池袋から再開される。

 今後の予定を引用。
次の真打昇進披露興行は6月11日からの池袋演芸場となります。
益々の笑顔で張り切っております新真打を是非叱咤激励にご来場下さい!

真打昇進襲名披露興行

池袋演芸場 夜の部
6月11日~20日
主任出演日
小柳 12.15.18
小夢 13.16.19
夢丸 11.14.17.20

※上記定席について、新真打三名は主任出演日以外も口上および高座に上がります。

お江戸日本橋亭
小柳 6月23日
小夢 6月24日
夢丸 6月25日

国立演芸場 昼の部(3 日夜の部あり)
7月2日~10日
主任出演日
小柳 3昼.6.9
小夢 4.7.10
夢丸 2.5.8
※3夜は全員出演予定

お江戸上野広小路亭
小柳 7月10日
小夢 7月8日
夢丸 7月9日

 落語協会も、5月20日まで、最後の国立演芸場での披露興行が開催されていた。

 鈴本演芸場 3月21日~30日(夜席)->新宿末廣亭 4月01日~10日(夜席)->浅草演芸ホール 4月11日~20日 (昼席)->池袋演芸場 4月21日~30日(昼席)->国立演芸場 5月11日~20日 昼席(15日のみ昼夜)

と、二か月に渡る十人の新真打の披露興行が終わったのだが、協会のリニューアル中のホームページには、事後報告も御礼も、掲載されていない。
落語協会リニューアル・サイトのトップページ

 ホームページの下の方にある「最新情報」は、いくつか増えているので、披露興行無事終了の報告と、御礼くらいしても、罰は当たらないように思うが・・・・・・。

 こんな大事な時に、4月末まで「本日の寄席」の代演情報は案内できなかった。また、5月から再開された「本日の寄席」にしても、‘図’を貼ったものであり、読みにくいし、コピペできない。
 
 どんな理由があるにせよ、二か月が経過しようとしているのに、いまだにリニューアルの途上であるのは、お客様に対し大変失礼なことだ。

 私は、落語協会のホームページのリニューアルが終了するまで、同協会の定席には行かない。
 
 逆に、芸協の今後の披露興行や定席には、ぜひ駆けつけようと思っている。

 ちなみに、今回の芸協の三人真打の定席での披露興行は、十日間通しで三人揃って口上に並び、主任以外の二人も高座に上がる、なかなか結構な構成になっている。
 私が行った末広亭は祝日でもあり、二階席まで開ける盛況だったが、落語愛好家のお仲間からいただいた報告では、浅草の平日昼席も大盛況だったようだ。

 今後の昇進について、少し考えてみる。
 今年の三人の昇進が案内された時、拙ブログにいただいたコメントでもご指摘をいただいたが、「なぜ、圓満が昇進しないのか?」という疑問があった。
 圓満は、私も連雀亭で高座を聴いたが、十分に真打に相応する力があるし、二ツ目昇進も二代目夢丸と同じ平成18年なのだ。

 香盤で圓満以下の二ツ目さんの落語家は、次のような状況だ。

  橘ノ圓満:平成14年入門、平成18年二ツ目
  三笑亭可女次:平成14年入門、平成19年二ツ目
  昔昔亭桃之助:平成14年入門、平成19年二ツ目
  笑福亭和光:平成14年入門、平成19年二ツ目
  桂夏丸:平成15年入門、平成19年二ツ目

 夏丸の次の鯉斗は平成21年に二ツ目なので、少し間が空く。
 だから、来年はこの五人が昇進かと察する。

 ここで、思い当たった。
 圓満を今年昇進させることによる四人での番組構成は、少し難しかったのだろう。
 だから、圓満の昇進を来年にすることで、五人というキリの良さで興行を組めることが、今年三人昇進の背景にあるような気がする。

 そして、再来年は、二ツ目年代が一年空くので、昇進者がいない可能性の方が高いだろう。
 個人的には、小痴楽には昇進して欲しいのだが、抜擢昇進は難しいかな。

 
 芸協は、神田連雀亭や巣鴨獅子座の案内などをホームページで掲示するなど、若手の売り出しに熱心に取り組んでいる姿勢を感じる。
 
 2011年の年末、末広亭の社長から、芸協の興行に客の入りが悪いと苦言が呈された。
 他流派の出演などを促す、言わば屈辱的な申し出だった。その時の拙ブログの記事から、すでにリンク切れになっている2012年1月26日の朝日新聞の記事を一部紹介する。
2012年1月27日のブログ

昨年末の芸術協会の納めの会であいさつに立った末広亭の真山由光社長が、芸術協会が出演している時の客入りの悪さに言及し、「円楽一門会や立川流と一緒になってほしい」と発言した。この二つの会も出演させたいとの趣旨で、浅草演芸ホールと池袋演芸場も同調の姿勢だ。

 これに対して、芸術協会の三遊亭小遊三副会長は「重く受け止めたい」と答えた。

 その後、芸協は、試行錯誤してきた。
 立川流からの出演はなかったが、円楽党から日替わりで出演する番組も組まれたりした。
 しかし、拙ブログで、そういった試みが本質的な問題解決にはならないと、ややきつい小言を書いたこともある。
2012年7月23日のブログ

 その後、芸協は、結構真剣に協会員の噺家の底上げに注力してきたように思う。
 他流派との合同開催を中堅以上の会員が反対したと察するが、そうなれば、自分たちでなんとか観客を動員しようと、真剣にならざるを得なかったはず。そういう危機感が、協会内にほど良い緊張感を生み出したのではなかろうか。

 また、若手を支援する姿勢が明確になり、ホームページも大幅に改善され、小さな落語会でもしっかり案内して観客動員を図ろうとしていると思う。
 そういう協会の後押しもあるから、若手も、お客さんが少ない会であろうが積極的に自分たちの修業の場を作ろうとする、好循環になってきたのだろう。

 今でも、円楽一門から好楽などが出演したりするが、それは、他流派の力を借りるということとは異質なものだ。
 基本的には、十分に協会会員だけで、観客を動員できる状態になっているのではなかろうか。
 ただし、定席に上方の噺家さんが出演するのは、良い企画だと思う。東西の交流は、もっと活発に行われて欲しい。


 私が行った末広亭の披露興行では、長老、中堅、若手の一体感が伝わってきた。
2015年5月6日のブログ

 二代目夢丸にも期待したいし、二ツ目には来年は昇進するであろう圓満や、小痴楽、にっかん飛切落語会最優秀賞を二年連続で受賞した宮治など、有望な若手も多い。

 私は、ネット時代の‘顔’とも言えるホームページは、そのままその組織の活性度や健康の具合を反映しているように思う。
 
 健康で活性化していなければ、良い高座、お客さんと一体化した一期一会の得難い出合いの空間を生み出すことはできないだろう。

 ここしばらくは、芸協を応援したい。頑張れ!

 
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by kogotokoubei | 2015-05-22 12:47 | 落語芸術協会 | Comments(8)
立川談幸一門の落語芸術協会(芸協)入会に関し、弟子の二人のことを心配していた。2015年1月6日のブログ

 古今亭志ん輔の日記風ブログ「志ん輔日々是凡日」の2月23日の記事に、吉幸が一年間は芸協で前座修業することになった、との記事を発見。
「志ん輔日々是凡日」の該当記事

 志ん輔の元へ太鼓の稽古に来ているようだ。

 そういうことだったのか。

 これは、道理だろう。

 もう一人の弟子、幸之進も、同じように前座修業なのだろう。

 師匠の談幸は、すでに真打の一番下の香盤として位置づけられ、寄席などにも出演している。
 談幸なら、寄席に出たい、という思いがかなえられれば、香盤など気にすることもないだろう。

 ところが、二ツ目や前座の移籍(?)は、そう簡単にはいかない。
 彼らは、寄席での前座修業をしていないので、協会の同じような経歴の噺家さんの香盤に位置づけるには、協会員からの反発もあろう。
 特に、吉幸は経歴から真打昇進を目前にしているので、実に微妙な時期での入会。

 一年間、寄席の楽屋でしっかり修業して、芸協の先輩たちに認められて、数年以内に晴れて真打に昇進して欲しい。
 吉幸の寄席修業において、私は、志ん輔の存在は実に大きいと思う。
 志ん輔本人から学ぶことも多いはずだし、たまごの会や神田連雀亭などにおける、両協会の二ツ目さんとの交流も得難いものだろう。
 
 この試みは、今後、立川流や円楽一門会を脱退し東京の二つの協会に入る場合の一つの指針になるかもしれない。

 もちろん、どんな経歴、実力、人気の噺家さんが移籍するのかによって対応は変わるだろうが、若手二ツ目にとっては、やはり寄席の前座修業は大事だし、受け入れる側も、そう思っているのは明白だ。

 「太鼓も叩けないんじゃなぁ・・・・・・」と言われては、本人も辛いだろう。
 また、噺をするにあたっても、笛や太鼓の素養は実に重要だ。

 どんなキャリアの二ツ目さんでも、まず一年は寄席の前座修業を課す。そして、その内容をもとに、香盤を決める、ということになれば、一つの基準が出来る。
 もちろん、立川流や円楽一門会の噺家さんについて、その師匠との過去の軋轢などから、入門を認めたくない両協会のベテランは、まだ多いかもしれない。
 しかし、それは、時間が解決する部分もある。
 そして、若手の移籍に関する難問も、一年間は前座修業、とすることで来る者と迎える者の双方が歩み寄れる可能性はある。

 寄席に出たい、という談幸の思いから、一門の垣根をなくす動きが今後続くかもしれない。
 しかし、定席は四つ、芸協はそのうち一つ出れないので三つ。
 以前にも書いたが、少ない出演機会を増やすためにも、鈴本と芸協の雪解けを期待したいものだ。
2014年3月5日のブログ

 すでに、神田連雀亭には、一門の壁など存在しない。

 まずは、吉幸の芸協での立場が分かり、少しほっとした。

 今後、吉幸には、良い意味で苦しみながら前座修業を務め、早ければ来年、遅くとも再来年真打に昇進することを期待している。

 それにしても、これからの落語界にとって、志ん輔は、重要な役割を担っているような気がする。
 落語協会や芸協、立川流に円楽一門会といった垣根を越え、前座や二ツ目という若手に目を向けて彼らの活躍の場を作るために手弁当で奮闘する人などは、他に見当たらないように思う。

 談幸にも、一門を超えた交流があってこその芸協入会だったのだろう。
 
 いわゆるグローバルな活動には異文化と上手に交流する必要がある。
 落語という世界でも、元々は根が同じ同士。良い意味で一度離れて出来た異文化がふたたび交流して、良い刺激を与え合う時が来ているのかもしれない。

 以前、小朝が垣根を超えた活動を試みたことはある。しかし、その試みは残念ながら継続性を持てなかった。

 それとは別な切り口で、将来の落語という芸のことを考え、触媒役を担う人が志ん輔も含めて登場することで、この芸能の未来が明るくなるかもしれない。

 吉幸のことを知って、そんなことも思うのだった。
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by kogotokoubei | 2015-02-25 19:48 | 落語芸術協会 | Comments(10)
立川談幸一門が、立川流を退会することは、以前に書いた。2014年12月9日のブログ

 落語芸術協会(芸協)のサイトに下記の桂歌丸会長の新年の挨拶が掲載され、五月に真打昇進する三人の襲名を含む紹介とともに、立川談幸が入会したことが案内されている。
落語芸術協会サイトの該当ページ

会長新年ご挨拶

あけましておめでとうございます。
平成二十七年元日、東京は強い寒さながら晴れやかな青空で新年を迎えました。私ども公益社団法人落語芸術協会は協会員一同、時に強い寒さに打たれようとも精進を重ね、芸を磨き、本年もこの青空のように晴れやかに、皆様に『笑い』をお届けしたいと願っております。

五月には当協会に新真打が三名誕生いたします。
笑松改メ春風亭小柳、朝夢改メ三笑亭小夢、夢吉改メ二代 三笑亭夢丸、三者とも芸道に励み、来るべき時代を担う逸材です。彼らの活躍にご注目頂ければ幸いです。
また、1月1日より立川談幸さんが当協会に入会いたしました。併せてご贔屓いただけましたら幸いです。

変革の年となります。当協会が打ち出して参ります様々をどうぞご期待ください。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

公益社団法人落語芸術協会
会長 桂 歌丸



 ここで不思議なのは、談幸の名のみ紹介されており、彼の弟子、吉幸と幸之進については、何ら触れていないこと。

 協会員プロフィールの欄には、真打の最下位の香盤に談幸が位置づけられている。落語芸術協会サイトの該当ページ
 談幸のホームページにも、本人が芸協入りしたことは書いているが、弟子にことは書かれていない。
立川談幸のホームページ

 年末28日に朝日にも記事が載った。朝日新聞の該当記事

立川談幸、立川流を脱退 談志の内弟子、落語芸術協会へ
篠崎弘、山根由起子
2014年12月28日15時36分

 落語立川流の真打ち、立川談幸(60)が立川流を脱退、落語芸術協会(桂歌丸会長)に移ることが決まり、28日、東京都内で開かれた協会の納会であいさつした。立川流一門の了承も受けた。家元の談志が2011年に亡くなって以来、脱退者は初めてだ。

 納会で談幸は「決死の覚悟で立川流を抜けて参り、落語芸術協会にお世話になることになりました。一生懸命努めて参りたいと思います」とあいさつ。歌丸会長が「立川という亭号は昔、芸術協会にありました。立川の亭号が復活したわけであります。頑張って頂きたい」と話した。

 立川流を脱退した理由について「寄席に出たい、それが最大の理由です」と談幸は語る。立川流は1983年に落語協会を抜けて以来、都内の寄席の定席には出演できない。このため同年に談志に入門した志の輔以降の弟子はホール落語や独演会などで活動してきた。談幸は、寄席での修業を経験している最後の弟子だ。談幸自身にも弟子が2人いる。

 談幸は談志に78年に入門。87年に真打ちになった。師匠の自宅で一緒に暮らす「内弟子」を経験したのは一門では談幸1人。

 談幸は「だから家元への敬慕の情は人に負けない。でも、三回忌が済み、14年には立川流創立30周年も済んで、一区切りついたかと思う。私も60歳で、現役で落語ができるのはあと10年くらい。チャンスがあればまた寄席に出たいと思っていた」と胸の内を明かす。「残りの落語家人生は心残りのないようにしたい。寄席を離れて30年以上たつが、寄席の雰囲気と芸の流れを勉強して一生懸命務めたい」と話した。

 来年1月1日から落語芸術協会の準会員となり、新宿末広亭や浅草演芸ホール、池袋演芸場などに出る。(篠崎弘、山根由起子)


 弟子がいることは、記されている・・・・・・。
 談幸と一緒に弟子も芸協入りしたと思っていたのだが、今のところ弟子の処遇は分からない。

 これは、疑問だなぁ。

 いろいろあって、師匠のみ芸協入りすることにした、ということはありえないだろう。
 
 弟子も芸協に入るのだが、香盤がまだ決まらず案内できないということか。

 談幸にとって真打における香盤は、それほど気にするものではないかもしれないが、二ツ目は、真打昇進の時期に影響するからねぇ。

 会長挨拶の、‘変革の年となります。当協会が打ち出して参ります様々をどうぞご期待ください’、の言葉には期待したい。
 たとえば、昨年、神田連雀亭のことは芸協はサイトで案内していたが、落語協会のサイトでは案内されないままだった。
 私は、新たな二ツ目の修業の場を、落語協会が支援していないように思えてならない。中心となって連雀亭を手弁当で支えている志ん輔が落語協会の所属であるので、なおさら、芸協の姿勢に好感を持っている。

 なお、夢丸門下で真打昇進する二人のうち、弟弟子である夢吉が二代目夢丸を継ぐことを喜びたい。二ツ目昇進は兄弟子の朝夢が一年早い。年齢は一回り朝夢が上だが、弟弟子の実力をよく知る兄弟子なのだろう。未見だが、ぜひ朝夢の高座にも出会いたいと思う。


 それにしても、談幸の弟子二人のことが気になる。
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by kogotokoubei | 2015-01-06 00:53 | 落語芸術協会 | Comments(4)
落語芸術協会の桂歌丸会長が4月26日の岩手での「笑点」の収録から復帰する、と林家たい平が言っていたらしい。

 夕刊フジのサイト「ZAKZAK」の記事を引用する。
ZAKZAKの該当記事

桂歌丸「笑点」4・26収録で復帰へ!林家たい平「だいぶ元気」
2014.04.15

 慢性閉塞性肺疾患と左側肋骨骨折で入院中の落語家、桂歌丸(77)が26日に岩手・大船渡市で行われる日本テレビ系「笑点」(日曜後5・30)の公開収録で復帰予定であることが14日、分かった。

 同番組レギュラーの落語家、林家たい平(49)が都内で行われた企画&主演映画「もういちど」(8月公開、板屋宏幸監督)の製作発表で明かし、「だいぶ元気になられたようです」と近況報告した。



 このニュースを目にした後で、芸術協会のサイトを度々確認した。しかし、新たな情報は掲載されていない。

 芸協のサイトには4月4日付けで歌丸から次の発表が掲載されている。
落語芸術協会サイトの該当ページ

桂歌丸より皆様へ

 この度は各方面の皆様に多大なご迷惑、ご心配をおかけいたしまして心よりお詫び申し上げます。
3月20日(木)大阪からの移動中に咳き込み、胸が急に痛くなりました。最初は我慢できていたのですが、痛みが増し呼吸も苦しくなった為、3月29日に病院に行ったところ、「肋骨骨折」と「慢性閉塞性肺疾患」との診断でした。2~3日食事も摂れていなかったので、大事をみて入院しましょうということになりました。動いたり話をすると痛みがあるため、ある程度動ける状態になるまでお休みを頂く所存でございます。四月中席の国立演芸場定席公演をはじめ幾つかの落語会を休演、また今月収録の「笑点」も欠席することは大変申し訳なく思っております。退院時期は未定でございますが、体と相談しながら復帰を目指したいと思っております。何卒ご理解のほど、よろしくお願い申しあげます。

公益社団法人 落語芸術協会
会長 桂 歌丸



 休演について、これだけしっかりした情報を発信している。

 この記事を書いているのは、4月16日の夜だが、芸協のサイトには何ら新情報は掲載されていない。

 もし、本当に復帰できるのなら、「笑点」仲間とは言え別の協会の林家たい平による、それも自分の出演映画の宣伝の場における“ついでの”コメントではなく、芸協のサイトに掲載すべきではなかろうか。

 落語芸術協会は、いつから落語協会の噺家を広報担当に任命したのだろうか。

 もし、たい平の発言をもって歌丸復帰の情報を発信したと思っているのなら、それは大間違いである。

 あるいは、まだ復帰するには問題があるのか・・・・・・。

 少なくとも、たい平の記事が出た時点で何らかの情報を発信すべきであろう。“公益社団法人”落語芸術協会の対応に、私は釈然としない。
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by kogotokoubei | 2014-04-16 21:21 | 落語芸術協会 | Comments(2)
 昨日の『ずっこけ』というネタの記事の中で、三年ほど前の桂文生の高座のことを書いた。

 文生は、桂文朝、桂南喬と一緒に、昭和59年に落語芸術協会を脱退し、落語協会に入った人である。

 なぜ、そんなことが起こったのか・・・・・・。

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吉川潮著『戦後落語史』(新潮新書)

 ご存知の方も多いとは思うが、あえて芸協と鈴本との関係について書いてみたい。

 吉川潮著『戦後落語史』から引用。この本、著者が立川流の顧問であるため、立川流にやや肩入れ気味ではある。それは仕方のないこととして目をつぶり、戦後の東京の落語界の歴史を知るにはそれほど悪い本ではない。

 落語会の後の我らが居残り会では、奥さんへの嫉妬(?)もあって、伊集院静と同様、この人は評判が悪い^^

 さて、昭和59年に、何があったのか。
 池袋演芸場を除く三軒の寄席は、両協会が十日ごとに交互で興行を行う慣わしだった。ところが五十九年三月、鈴本の席亭、鈴木肇から「両協会の観客動員に開きがあり過ぎるので、芸術協会の興行に限り半数は落語協会の落語家を出す実質的合同公演にしたい」との提案があった。つまり、落語協会より芸術協会の興行は入りが悪いので、てこ入れ策として落語協会の落語家の出番を大幅に増やすということだ。

 2011年末、末広亭の席亭が芸術協会の納会で似たようなことを言った。ブログで紹介した朝日の記事から少し抜粋する。
2012年1月27日のブログ
---朝日新聞2012年1月26日の記事抜粋--------------------
真山社長は「具体的な数字をあげることは避けるが、芸術協会の時は客が入らない。所属の落語家の数も落語協会の半分で選択肢が狭い。なんとか考えて欲しいという問題提起をしたつもり」と話す。

 その後、芸協は円楽一門とが相談したようで、一時、円楽グループの客演による番組構成などもあったが、今では通常の芸協の番組が組まれている。

 桂宮治のNHKの優勝など、実力のある若手も育ってきたこともあり、今では芸協の席でも、客の入りが増えてきているのだと思う。私がよく行く土曜の昼席の入りは悪くない。何と言っても色物が落語協会より総合力で上だと思う。

 昭和59年の鈴本との間では、末広亭との関係のようには収まらなかった。
 六月二十六日、芸術協会が鈴本に出した要望書は、「落語協会からの応援は三人までで理事以上とする」、「出演料は芸術協会が鈴本から支払いを受け、それを落語協会の出演者にワリ(定席における出演料のソステム)で支払う」。「これらが受け入れられなければ芸術協会としては鈴本への出演を辞退する」というものだった。つまり条件を飲まなければボイコットすると表明したのだ。

 この後、芸協は米丸会長以下、末広亭を借り切って臨時総会を開いた。
 米丸会長が経過説明し、柳昇副会長以下、十六名の理事全員が発言。会員の意見は鈴本批判が大勢を占めた。そして、観客動員減少という問題の本質をはずし、感情論でボイコット決議に走ってしまった。米丸会長は、「皆がここまで結束してくれてほっとした」と言ったらしいが、反対意見を言いたくとも言えない者がいたことまで考えが及ばない。
 芸協の姿勢に鈴本が折れることはなく、結果として、昭和59年の八月下席を最後に芸協の鈴本への出演はない。

 そして、末広亭での会合では、とても言い出しにくかった三人が、芸協を去る日がやってくる。
 そんなあわただしい師走、芸術協会の中堅真打、文朝、文生、南喬が同時に脱会届けを出した。三人は鈴本の席亭に買われていて、鈴本の出演回数が多かった。恩ある鈴本に忠義を尽くしたわけで、落語協会は翌年一月一日付けをもって正式に「客分扱い」として鈴本に出演させると表明。いずれは正式な会員となる確約があったようだ。
 柳昇は三人を「裏切り者」と非難し、「私の眼の黒いうちは絶対許さない」と怒りをあらわにした。

 “客分扱い”など、まるでヤクザの世界^^

 とにかく、昭和59年に芸協と鈴本の協議(?)が物別れになり、それから三十年もたっているのだ。

 
 芸協と鈴本が、最近になって何らかの協議をしているという情報はない。

 鈴本はいち早く、消費税アップに伴い、四月からの木戸銭の改訂(値上げ)を決めたようだが、シニア割引の廃止など、私には理解しにくい内容だ。昼夜の入替え制であり、末広亭のような「友の会」制度もない。

 私は、鈴本の姿勢に疑問を感じている。私も、たまに“上から目線”“偉そうに”などと批判されることがあって、時には反省することもある(本当だよ!)。

 鈴本からも、ちょっと“上から目線”的で閉鎖的な印象を受けなくもない。もう少し大らかなところを見せてもらいたいものだ。六代目席亭には、まだ芸協を許せないという思いが残っているのだろうか。

 今、芸協は鈴本に頼らなくても活動の場には困らないかもしれない。鈴本も、落語協会だけで十分に番組が組めるかもしれない。
 しかし、あれから三十年、である。たとえば、上席、中席、下席のどれか一つだけでも十日間を芸協が受け持つなど、落語界全体を見据えた上での、歩み寄りがあってもよいのではなかろうか。東京の定席は国立を含めたって、たった五つしかないのだ。
 
 当時の芸協会長の米丸は健在だが、相手は代替わりしている。米丸の鈴本への恨みは深いだろうが、果たしてこのままでいいのか・・・・・・。

 客の立場で言わせてもらうなら、私は鈴本で、小柳枝や寿輔、宮治そしてボンボンブラザースなどによる芸協の定席をせひ見たいし、聴きたい。
 
 季節もそろそろ雪融けである。ぜひ、三十年を機に、この芸協と鈴本との間の氷壁が融けて欲しいと願う。
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by kogotokoubei | 2014-03-05 20:32 | 落語芸術協会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛