噺の話

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カテゴリ:落語と映画( 3 )

 私は歌舞伎を見たことがない。どうも、自分の柄に合わないような、そんな思いが強い。もちろん、江戸時代に生まれていたら見に行ったように思う。(そんなこと言ってもねぇ^^)
 今日の歌舞伎が、とても“庶民の娯楽”とは思えないイメージと木戸銭の高さもあって、敬遠してしまう。歌舞伎に一度行くお金で、寄席や落語会に何回行けるだろうか、と計算してしまうのである。根が貧乏性だということか。

 だから、同世代で亡くなった中村勘三郎、どうしても私の中では“勘九郎”だが、については歌舞伎や舞台も見ていないので、テレビや映画での思い出だけになる。

 彼の映像作品の中で印象深いのは、テレビなら昭和60(1985)年TBSで放送された『幕末青春グラフィティ 福沢諭吉』の福沢諭吉役、映画なら五年前平成19(2007)年に公開された『やじきた道中 てれすこ』の弥次さん役である。

 落語との関係もあり、『てれすこ』について少し書きたい。

 ちなみに、テレビの『幕末青春グラフィティ』の福沢諭吉役は良かったのだが、このドラマをきっかけに知り合った監督と女優の、あの事件(?)に記憶がつながってしまうので、どうしても苦い思い出が伴うのが残念だ。


 さて、映画『てれすこ』に戻ろう。公式サイトにも紹介されているように、この映画には随所に落語のネタが使われている。
『やじきた道中 てれすこ』のサイト

 タイトルになっている『てれすこ』はもちろんだが、『お茶汲み』『浮世床』『狸賽』『淀五郎』『野ざらし』などを素材にした内容が組み込まれている。
 監督の平山秀幸は、同じ年公開の『しゃべれども しゃべれども』の監督。好きなんだよ、この人は落語が^^

 Movie Walkerのサイトから、スタッフをご紹介。Movie Walkerサイトの該当ページ

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監督   平山秀幸
脚本   安倍照雄
企画協力 田中亨
製作   佐々木史朗 、 川城和実 、 皇達也
プロデューサー 渡辺敦 、 久保田傑 、 佐生哲雄
撮影   柴崎幸三
美術   中澤克巳 、 中山慎
音楽   安川午朗
録音   橋本文雄
照明   上田なりゆき
編集   川島章正
衣裳   竹林正人
アソシエイトプロデューサー 河野聡 、 上山公一 、
                 仲吉治人 、 駒崎桂子
アシスタントプロデューサー 坂巻美千代
制作担当  宿崎恵造
監督補   蝶野博
助監督   山本透
スクリプター 近藤真智子
スチール  鈴木さゆり
視覚効果  橋本満明
俳優担当  寺野伊佐雄
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 監督の平山秀幸と脚本の安倍照雄は、『しゃべれども しゃべれども』でもコンビを組んでいる。

 余談だが、制作者の一人である皇達也は、テレビ朝日時代にコント55号モノなど、数々のお笑い番組をヒットさせた人。今でも放送中の「タモリ倶楽部」や「ビートたけしのTVタックル」なども手がけた。テレビ朝日在職中は「天皇」と呼ばれていたらしい。


次にキャストのご紹介。
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弥次郎兵衛    十八代目中村勘三郎
喜多八      柄本明
お喜乃      小泉今日子
梅八        ラサール石井
         麿赤兒
         波乃久里子
地廻りの太十    松重豊
地廻りの甚八    山本浩司
          ベンガル
          坂東彌十郎
          六平直政
          諏訪太朗
          綾田俊樹
          星野亜希
          大寶智子
          三浦誠己
          ささの貴斗
          柳家三三
建蔵       螢雪次朗
          佐藤正宏
          左右田一平
          吉川晃司
          鈴木蘭々
おさん      淡路恵子
与兵衛      笑福亭松之助
           南方英二
奉行        間寛平
お仙        藤山直美
代貸        國村隼
お喜乃の父杢兵衛 笹野高史
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 なかなか芸達者な顔ぶれが並んでいるのだ。

 このキャスト、奥山和由が松竹在席時に、寅さんシリーズの後継として考えていた幻の映画のキャストの名が結構含まれていて、なかなか興味深い。
Gendai.Netの該当記事

 実は、渥美清さん主演の「男はつらいよ」シリーズの後継は勘三郎さん主演で話が進んでたというと驚かれるでしょうか。

 96年に渥美さんが亡くなった後、松竹としては後継シリーズの製作が急務でした。そこで僕が企画したのが、勘九郎(当時)主演、久世光彦演出の舞台「浅草パラダイス」の映画化でした。この作品は勘三郎さんの他、藤山直美さん、柄本明さんという芸達者が脇を固める抱腹絶倒の人情芝居。この舞台を映画でシリーズ化すべく、動き出しました。

 後は勘三郎さんの舞台スケジュールの調整だけ……という時に、クーデターで松竹を去らざるを得なくなり、映画は幻となってしまいました。


 「浅草パラダイス」、観たかったなぁ。

 ここで私は手抜きをして、Movie Walkerから、あらすじを引用する。よって、ここから先は、事前情報抜きにDVDや再放送を見たい人には“ネタバレ注意”ということになるので、ご用心のほどを。

 時は太平。大阪で「てれすこ」という怪魚の噂が飛び交っている頃、江戸のとある遊郭では、花魁・お喜乃(小泉今日子)が、新粉細工職人の弥次郎兵衛(中村勘三郎)に、郷里の父親が病気だと嘘をつき、遊郭から連れ出してくれるよう頼んでいた。お喜乃に惚れている弥次郎兵衛は、これを快諾する。
 一方、舞台役者の喜多八(柄本明)は、舞台での大失敗を苦に自殺を企てるも、結局死にきれずにいた。その場を弥次郎兵衛とお喜乃に目撃された喜多八は、旅への同行を申し出る。機転をきかせて、お喜乃を遊郭から連れ出し、江戸を後にした三人。
 途中、喜多八の酒癖の悪さから宿を壊し弁償することになったり、狸を助けて恩返しをされたりと、珍道中は続く。三人は、ようやく山中の温泉で一息つく。弥次郎兵衛への想いを募らせていたお喜乃は、弥次郎兵衛に全て嘘であったことを打ち明ける。そしてまた、喜多八から、弥次郎兵衛の亡き妻と自分がうり二つであることを聞かされるのだった。
 翌朝、お喜乃は、置き手紙を残し、二人の元を去っていった。お喜乃を追う弥次郎兵衛と喜多八。その頃、お喜乃は、遊郭からの追っ手をかわして、生まれ育った村へと戻っていた。遅れて村へ到着した弥次郎兵衛と喜多八は、村人達に遊郭からの追っ手と間違われ、お喜乃は死んだと告げられる。
 弥次郎兵衛は、悲しみにくれ、村でお喜乃の葬式をあげる。お喜乃は二人の前に姿を現すが、結局、亡き妻の代わりにはなれないと身を引き、村に留まる決意をする。村を出た弥次郎兵衛と喜多八は、立ち寄った店でてれすこを見つけ、早速口にする。だが、弥次郎兵衛は、てれすこの毒にあたって、生死の境をさまよう羽目に。朦朧とする意識の中で、亡き妻と再会した弥次郎兵衛は、亡き妻にお喜乃への想いを打ち明ける。無事に息を吹き返し、喜多八と共に旅を続ける弥次郎兵衛。そんな二人の前に、再びお喜乃が現れ、三人の旅は続いていくのだった。



 この映画のサイトには、喜多八の“舞台での大失敗”が、どんな芝居で何をやったかなども説明されているので、ご興味のある方はご覧のほどを。

 さて、落語を素材にした江戸を舞台の映画、となると、どうしても『幕末太陽傳』を思い浮かべる。もちろん、『てれすこ』のスタッフも、あの映画を知らないはずがない。
 
公式サイトの「製作手記」からご紹介。

撮影七日目。東宝撮影所に建てられた「遊郭・島崎」の大セットの撮影が始まる。「島崎は“幕末太陽傳”だよな」とスタッフ間で言われてきた重要なセットがついにお披露目となる。『幕末太陽傳』とは川島雄三監督、フランキー堺主演の傑作時代劇(1957年、日活)。遊郭の話や落語ネタをベースにするなど、『てれすこ』との共通点も多く、監督とスタッフの間でいつしかこの偉大なる映画が「共通イメージ」として認識されていた。


 『幕末太陽傳』のことに興味のある方は、こちらをご覧のほどを。
2012年1月9日のブログ
 さて、『てれすこ』のこと。正直なところ、映画全体の出来としては、評価が分かれるところで、やや筋書に無理があることは否めない。
 しかし、この映画は、主人公の二人、勘三郎と柄本明の演技が見どころ、と割り切れば十分に楽しむことができると思う。小泉今日子もお喜乃役を頑張って演じているが、役者として柄本明、勘三郎の前に位負けするのはやむなしだろう。


落語ネタをベースとする場面を順に紹介。こちらも目一杯“ネタばれ注意”です^^

◇『てれすこ』(&『兵庫舟』)
 冒頭場面は、おさん淡路恵子と与兵衛の笑福亭松之助が心中しようとする場面。“てれすこ”がネッシーのように登場(と言っても姿は見せない)する。船が水中の“何者か”によってグルグル回り出し、おさんが「鱶だよ、与兵衛、何とかしておくれよ」に「鱶に喰われて、蒲鉾になりたくはない」の問答は、『兵庫船』がネタですな。

◇『三枚起請』(&『お見立て』)
 お喜乃が嫌な客である麿赤兒が扮する和尚に、弥次が作った新粉細工の偽の“切り指”と一緒に起請文を梅八(ラサール石井)に渡させる場面がある。もちろん、お喜之は数多くの客に、偽の“切り指”と起請文を渡しており、後半、彼らが大挙してお喜之に起請文を振りかざし押し寄せることになる。

◇『品川心中』
 島崎で板を張っていたお喜乃が、後輩女郎に上客を取られ、ナンバーワンの座から落ちていくという設定の元はこれですな。

◇『淀五郎』&『中村仲蔵』
 喜多八が芝居(仮名手本忠臣蔵の三段目、刃傷の場)をしくじって、「上方へ行こう」と思う筋書きは、この二つの芝居噺が下敷き。

◇『野ざらし』&『反魂香』
 戸塚の宿で隣り部屋にいた二人組、吉川晃司と鈴木蘭々が芝居をうって弥次をだます場面、このネタが元だろう。

◇『狸賽』
 子供にいじめられたいた狸を、弥次が鍋にして喰おうと助けたが、お喜乃が狸を逃してあげたので恩返しにサイコロに化けで小田原の賭場で大儲け。しかし、針でつつかれ正体がバレタのに、よく賭場から逃げることができたものだ。このあたりの筋書きの不思議さ、この映画にはいくつかあるが、あまり気にしないことにしている^^

-ちょっと一服-
 さて、箱根で二人と別れて一人道を進むお喜乃は、足抜けしたお喜乃を探していた地廻りに見つかる。そこに、お喜乃が“切り指”でだました島崎の客が集団で起請文を掲げて走って来る。その中に柳家三三が扮する源さんがいるのだが、なかなかの名演技だ。

 ネタのことに戻る。

◇『高砂や』
 お喜乃が沼津の家に戻ると、ちょうど父親と後家との結婚式で、仲人役の左右田一平が「高砂や」をうたっている。 祝言でうたうのは当たり前とも言えるが、ネタに“かすっている”、ということで書いておきたい。

◇『二十四孝』、『野ざらし』
 お喜乃を追って沼津にやってきた弥次さん喜多さん。父親と村の衆は地廻りと勘違いし、「お喜乃は父親の好きな鯉こくを食べさせようとして、底なし沼に落ちて死んだ」と嘘をつく。親孝行の嘘は前者のネタから。
 底なし沼からお喜乃の死体を引き揚げて弔いをしようと、網を投げながら弥次さんが唄うのが、さいさい節の替え歌。「鐘がぁ~ ボンとなりゃぁさ 上げ潮~ 南さ」は後者のネタから。
 沼から上がったしゃれこうべを弔っている場面は、これまた『反魂香』を思い出す。


 筋書きとしては、この後、藤山直美の茶店で弥次が“てれすこ”を食べて生死の境をさまよう。
 生き返った弥次と喜多が大井川を渡るシーンでお開きとなるが、このシーンの裏話も、公式サイトにあるが、二人が役者魂を見せた撮影だったようだ。

 そう、この映画は、落語ネタも楽しいが、この二人の役者の芸が何とも楽しい。

 なかでも柄本の演技が鬼気迫るものがある。忠臣蔵の三段目でしくじって自殺しようとする場面、裏話として、公式サイにもかかれていることだが、柄本はこの撮影の直前に腰の手術をして、まだ抜糸をする前の状態だったらしい。戸塚の宿で、酒乱の喜多八の暴れ方もすさまじい^^

勘三郎は、どの場面がということより、この映画を自分も楽しんでいるのが伝わってきて、それが全体をやさしく包んでいる、そんな印象を受けた。

 公式サイトには、この映画は、下北沢で柄本と勘三郎、監督の平山が飲んでいる時に、勘三郎の言葉がきっかけと記されている。

 居酒屋での会話から、きっといろんなアイデアが生まれ、彼の舞台にも生かされてきたのだろう。

 この映画を見直して、その背景を振り返るにつれて、あらためて偉大な同世代の役者をなくした喪失感が訪れた。
 
合掌。


p.s.
追悼番組の一つとして、12月10日(月)21:00からNHK BSプレミアムで放送されるようです。NHKサイトの案内ページ
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by kogotokoubei | 2012-12-08 00:10 | 落語と映画 | Comments(4)
4月28日の夜にWOWOWで放送された林家しん平脚本・監督による『落語物語』の録画を見た。
 昨年3月12日から封切り、という時期的には不運とも言える巡り合わせがあったし、正直あまり期待をしていなかったので劇場では見なかったが、予想以上に良かった。

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「落語物語」公式ホームページ

 落語協会の協力で噺家本人、色物芸人さん本人が多数登場することと、都内定席四席で撮影されたことで、リアルに落語の世界を描く映画になっていたように思う。

 私がもっとも感心したのは、田畑智子のお内儀さん役。ピエール瀧が演じる今戸家小六を支えるチャキチャキの江戸っ子女房役は光っていた。林家しん平が「理想のお内儀さん像」として、彼女をイメージして脚本を書いたようだが、これはハマリ役だった。

 この映画のベースは、落語家の生活そのもの。中心の舞台は寄席である。そして、その落語家の世界に、林家しん平がこれまで暖めていたらしい次のようなエピソードが織り込まれる。

(1)引っ込み思案で口べたな若者が落語の世界へ入門し理不尽な修業に悪戦苦闘する
(2)実力はそれほどでもないがマスコミ受けをする噺家が人気を背景に昇進する
(3)いわゆる“フライデー”されてしまい、干される
(4)自信過剰だった噺家が挫折を味わい、自暴自棄になってしまう
(5)元気で健気だった噺家のお内儀さんが突然病魔に襲われる

 (1)の若者を演じるのが柳家わさびだが、まるでオーディションをして探してきたような適役。

 (2)(3)で、せっかく抜擢されて二ツ目で主任をとらせてもらったのに、不倫現場が暴露されて干される役を演じるのはぽっぽ、今のぴっかり。なるほど入門前は舞台女優を目指した片鱗を見せている。

 (4)で山海亭心酒を演じる隅田川馬石も、入門前は石坂浩二主宰の劇団にいただけの演技を見せている。嶋田久作演じる師匠文酒との二人会、出番前の楽屋での会話などなかなかの見せ場である。

 (5)のお内儀さんが田畑智子なのだが、その主人役ピエール瀧は、田畑のお内儀さん(役名山崎葵)やたった一人の弟子わさび(役名小春)の引き立て役、という印象。それでいいのだろう、この映画は。

 他の噺家さんの演技では、協会の寄合で末広亭の席亭役だった柳家小さんが、妙にハマリ役だった。科白はほとんどないのだが、ただのおじさん風で可笑しかった。
 
 小さんと対照的なのは、バーのマスター役の喬太郎、協会の事務局長役の笑組・ゆたか、寄席の常連役の百栄などで、強いキャラそのままの演技で、楽しい。

 ややトリビア的だが、警官役で一之輔も登場している。

 この映画は、主役が独りではない。下座さん達も光っているし、寄席の楽屋の映像なども主役の一人。また、さりげなく登場する銘店のどら焼きやカステラなどのお菓子も、重要な脇役。

 上述したようなエピソードが凝縮されているので、やや全体のストーリーとしては落着きがない。しかし、落語の世界や寄席の舞台を知りたい人には興味深いだろうし、落語愛好家が楽屋の様子を知って喜び、落語家の演技を見てニヤニヤと楽しむ、そういう映画であろう。

 5月8日にWOWOWで再放送される。WOWOWオンラインの該当ページ

 今戸家小春のその後を描く『落語物語Ⅱ』の制作を期待したい、そんな思いがした落語ファンにとっての秀作。
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by kogotokoubei | 2012-04-30 09:23 | 落語と映画 | Comments(10)
二谷英明の訃報を聞いて、この映画を思い出し、休日を幸いにビデオを取り出して見直した。二谷英明は昭和31(1956)年、日活の第三期ニューフェイスとして小林旭らと同期で映画界に入った。この映画はその翌年の作品である。(以下、同様に敬称は略すが、この映画のスタッフと出演者すべての人には敬意を表したい。凄い映画なのである!)


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*「幕末太陽傳」のポスター(Wikipediaより)

 二谷英明は当時の志道聞多、後の井上馨の役で登場する。この映画は、長州の若い志士が品川御殿山に異人館を建設中の英国人を襲撃したものの、馬上の英国人の反撃を受け聞多がピストルで打たれて右手に傷を負い、その聞多が落とした懐中時計(高杉晋作が上海で買ったもの)を佐平次が拾う、というシーンから始まる。その後、映像は当時(昭和32年頃)の品川の駅前の風景、遊郭-売春防止法による赤線廃止一年前-の映像となり、あらためて本編が再開されるが、昭和30年頃の品川の映像でさえ、今となっては非常に貴重だと思う。
 ちなみに井上馨のことは、二年前の命日に書いた。その際に、“この映画のことは後日書こうと思っている”、と記しているが、すいぶん時間がたってしまった。
2010年9月1日のブログ
 昭和32年に、日活が映画製作再開三周年を記念して作られたこの映画は、川島雄三監督の代表作であり、私は日本映画の代表作の一つでもあると思っている。落語愛好家の方はもちろん存知のように、古典落語の代表作を散りばめた作品。構成の第一の柱が「居残り佐平次」であり、もう一つの柱が、高杉晋作(石原裕次郎)や志道聞多、久坂玄瑞(小林旭)、伊藤俊輔(のちの博文、関弘美)たちの、英国公使館館焼き討ち事件(実際は未遂)など、幕末の志士の江戸での活動を軸としている。

 時代は文久2(1963)年、主な舞台は、外壁が土蔵のような海鼠壁だったため通称「土蔵相模」と呼ばれた「相模屋」である。
 フランキー堺が演じる佐平次が居残り覚悟で相模屋に上がり込んでから、物語がスピーディに動き出す。この佐平次は労咳病みという設定。落語をネタにしたリズミカルで明るく楽しいストーリーの中で、時たま咳をしながら、死の恐怖と直面しているであろう佐平次が、この映画を単なる面白おかしいコメディに堕さない重厚な味付けとなっている。もちろんコメディとしてだって一流。
 そして、この佐平次の病人としての設定には、監督川島雄三自身の人生観、あるいは死生観が反映されていると思わざるを得ない。川島雄三は長らく筋萎縮性側索硬化症という難病と戦い、45歳の若さで亡くなっている。大正7(1918)年生まれなので、この傑作は監督39歳での作品。

 映画検索サイトの“allcinema”から、まずスタッフを紹介したい。
「allcinema」検索サイトの該当ページ
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監督: 川島雄三
製作: 山本武
脚本: 田中啓一
    川島雄三
    今村昌平
撮影: 高村倉太郎
美術: 中村公彦
千葉一彦
編集: 中村正
音楽: 黛敏郎
監督助手: 浦山桐郎
       遠藤三郎
       磯見忠彦
資料提供: 宮尾しげを
       安藤鶴夫
照明: 大西美津男
特殊撮影: 日活特殊技術部
助監督: 今村昌平
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 今村昌平が脚本の共同執筆者と助監督として名を残している。大正15(1926)年生まれなので、当時31歳の若さ。翌年監督としてデビューしている。監督助手の浦山桐郎は昭和5年生まれなので、当時27歳。五年後に『キューポラのある街』で監督デビューすることになる。

 主なキャストを、公開された昭和32年当時の年齢を加えて紹介したい。
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フランキー堺  居残り佐平次(28歳)
左幸子   女郎おそめ(27歳)
南田洋子  女郎こはる(24歳)
石原裕次郎 高杉晋作(23歳)
芦川いづみ 女中おひさ(22歳)
市村俊幸  杢兵衛大盡(37歳)
金子信雄  相模屋楼主伝兵衛(34歳)
山岡久乃  女房お辰(31歳)
梅野泰靖  息子徳三郎(24歳)
岡田真澄  若衆喜助(22歳)
菅井きん  やり手おくま(31歳)
小沢昭一  貸本屋金造(28歳)
植村謙二郎 大工長兵衛(43歳)
西村晃   気病みの新公(34歳)
殿山泰司  仏壇屋倉造(42歳)
二谷英明  長州藩士志道聞多(27歳)
小林旭   久坂玄瑞(19歳)
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 とにかく、皆若い!
 しかし、年齢より揃って上に見えるのは、芸のなせる業だろうか。

 素材となる落語のネタを確認した。
(1)居残り佐平次
(2)船徳*相模屋の倅の名が徳三郎、ということで。
(3)明烏
(4)品川心中
(5)三枚起請
(6)文七元結
(7)五人廻し
(8)お茶汲み*こはるが客を騙す“うそ泣き”場面
(9)付き馬
(10)お見立て

 何らかの関係で挙げれば、他にも関連するネタはあるかもしれないが、とにかく落語愛好家には、あまりにもうれしい映画。

 懐かしさを含め、とにかく見ていて飽きない。
 
 例えば基調となる『居残り佐平次』で、フランキーと一緒に「相模屋」に乗り込んだ“気病みの新公”役の「黄門様」西村晃が、何ともとぼけた味で可笑しい。当時34歳の黄門様の滑稽な役回り、その後の映画においても悪役ではない西村晃など、なかなか拝見できないのではなかろうか。

 『品川心中』の主役(?)とも言える“貸本屋金造”の小沢昭一が、何と二十代で素晴らしい演技をしている。落語では、ほとんど「上」しか演じられないが、この映画では「下」のおそめへの仕返しも演じられる。これも佐平次が仕掛け役なのだが、小沢金造の早桶に入った幽霊が、なんとも笑えるのだ。

 金造に心中を持ちかけながら裏切った“おそめ”の左幸子も、良いのだ。そして、相模屋でおそめと「板頭」を争う“こはる”の南田洋子も、これまた結構。二人とも二十代、若くてお美しい。途中で取っ組み合いの喧嘩までするライバル役を見事に演じたお二人も、すでに鬼籍に入ってしまったんだなぁ。

 落語では左官だが、この映画では植村謙二郎が扮する大工の長兵衛が、借金のカタに相模屋に女中奉公としてあずけている“お久”は、なんと(?)当時22歳の芦川いづみ。「可憐」という言葉はこの人のためにある。

 やりて婆ぁ“おくま”役の菅井きん。当時31歳なのに、その老け方の見事なこと。おそめに貸した金の返済と迫る場面や、貸し本屋の金造が海に沈んだ後、おそめを止めに入る場面などで、渋いバイプレーヤーとして味を出しているが、その後の映画やテレビドラマの当たり役そのままなのである。

 裕次郎のこと、もちろん主役のフランキーのことなど、この映画のことを書き出したらきりがなくなるので、今回はこのへんでラストシーンのことで、サゲとしたい。

 最後に登場する落語の素材は『お見立て』。
 こはる(落語では喜瀬川)が嫌がる杢兵衛大盡役の市村俊幸(この人も、とても37歳には見えないなぁ)を墓地に連れ出した佐平次が、墓のことで嘘をついて逃げ出したのに怒った杢兵衛。杢兵衛と佐平次との最後の会話、そしてエンディングシーンはこうなっている。

杢兵衛 「これぇ、嘘こいていると地獄さ落ちねばなんねえどぉ」
佐平次 「地獄も極楽もあるもんけ、おりゃあまだまだ生きるんでぃ」
杢兵衛 「これえ、地獄さ落ちるどぉ」
-軽快なBGM、品川の海を左に、一目散で走り去る佐平次-
(終)

 このエンディングには逸話がある。川島雄三は、プロローグと同様に、エピローグで昭和32年の品川の映像に替え、そこに佐平次が旅姿のままで品川の廓を歩いていて、店から昭和の衣装をまとった左幸子(おそめ)や南田洋子(こはる)が佐平次を手招きする、といった演出にしたかったらしい。しかし、スタッフのほとんどが現代(当時の昭和32年)の映像に戻ることに反対したため川島も断念したとのこと。果して昭和32年の映像に戻るエピローグの方が良かったのかどうかは、何とも言えない。

 とにかく、落語好きの私にとって、この映画は日本映画のベストスリーに入る作品なのである。

 実は、日活が創立したのが大正元(1912)年なので、今年創立100周年ということを記念して、この映画のデジタルリマスター版の公開が昨年末から始まっている。場所によってはまだ公開されているはずなので、ぜひ、次のサイトでご確認のほどを。「幕末太陽傳」デジタルリマスター版のサイト

 二谷英明の訃報は、休日の私にこの日本映画の傑作をじっくり見直す機会を与えてくれた。
 「聞多、ありがとう!」と言いたい。

p.s.
“幻のラストシーン”については、その後、小沢昭一さんの発言より、スタッフが反対したのではなく、俳優のスケジュール確保できないために実現しなかったということが判明しました。
2012年1月15日のブログ

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by kogotokoubei | 2012-01-09 09:57 | 落語と映画 | Comments(10)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛