噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:落語会( 413 )

 雨でテニスが中止。
 こうなれば、行きたかった末広亭へ駆けつけるしかない。
 昼が小満んの主任で、顔付けも悪くない。
 諸般の事情で、夜の真打昇進披露興行までは居続けできないが、それもやむなし。

 熊本復興支援(?)で桂花ラーメンで昼食をとってコンビニでお茶などを仕入れて、小雨降る中を少し並んでから入場。

 椅子席は八割ほどすぐ埋まったが、好みの下手桟敷に場所を確保。
 仲入り時点では、すでに一階は椅子席も桟敷もほぼ満席で、二階席も開いていた。

 出演順に感想などを記す。

橘家かな文(10分 *11:52~) 
 昨年11月、国立の志ん輔独演会以来。ネタも同じ。
 あの時にも気になったのだが、どうも長髪が馴染めない。
 後から出て来る小辰や一之輔ほどにはしないにしても、もっと爽やかさが欲しい。
 高座も、二年前に聞いた『やかん』の出来の方が良かったように思う。
 文蔵は、頭髪のことなどはあまり注意しないのだろうか。

入船亭小辰『狸の札』 (12分)
 かな文とは対照的な剃ったような頭が清々しい。
 久しぶりだが、ずいぶん上手くなった。声のメリハリが効いていて、少しだけ師匠を彷彿とさせる。
 独演会なども積極的に開いているようなので、何とか行きたいものだ。

林家楽一 紙切り (8分)
 ご挨拶代わりの「土俵入り」の後、上手桟敷の女の子のリクエストで「バレリーナ」、下手桟敷、私のすぐ近くに母親と一緒に来ていた男の子のリクエストで「バッタ」を切ったが、どちらもなかなかの出来栄え。語りも以前よりは落ち着いてきた。
 紙切りという伝統芸に継承者がいることは、実に嬉しい。

春風亭一之輔『権助芝居』 (8分)
 この日、客席からもっとも大きな反響と笑いをとったのは、マクラを含むこの人の高座と、仲入り後の白酒。
 どちらも客席の反応は、良い勝負だったなぁ。
 あれがたった8分だったとは・・・後からメモを見て驚かされる。
 寄席が好きでしょうがない、という噺家は高座を自分も楽しんでいるようだし、もちろん客席もその楽しい時間と空間を共有している、そんな感じなのだ。
 今夜楽しみにしているNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で特集するだけのことはある。

古今亭志ん陽『代書屋』 (12分)
 天どんの代演。
 履歴書を代書屋に頼みに来る男の名が、太田道灌。
 代書屋が、「おおの字は大きいなの、太いなの」と聞くと「あっしのは、太くて大きい」と返したが、小学生が客席にいるのも構わぬクスグリ^^
 道灌の字は、かんの字が難しい。前座が良く間違えて叱られるんだ、には笑った。
 久しぶりだが、この人、こういう噺も悪くない。

東京ガールズ 邦楽バラエティ (13分)
 ♪裏路地の~
 のネタ、結構客席を沸かしていたし、クスグリの後のなんとも言えない二人の表情が可笑しい。このネタは初めて聴くが、なかなか楽しいね。

古今亭志ん弥『替り目』 (15分)
 志ん輔の代演。この日は、代演が多かった。
 女房が、都腰巻一枚で、アブラムシの背中のような顔色、という描写が、なんとも結構。
 酔っぱらった男の「つまみ出しな」に、女房の「お前さんをかい」で客席も私も大笑い。“間”が良いのだ。
 おでん屋に行く前に鏡台の前に向かった女房に「消し忘れた黒板みたいになっちまって」も笑える。
 この人は古今亭の伝統を伝える本格派だとつくづく感じた。これまでの印象以上に巧さを感じた高座。こういう高座に接し、無理に笑わせようなんて思わず、落語本来の持つ楽しさを引き出すことが大事なのだと、若手には伝わって欲しいものだ。

金原亭馬の助 漫談&百面相 (14分)
 落語界と相撲界の身分制度(?)などについて語った後で、十八番の百面相で客席を沸かす。
 相撲界で、幕下になって初めて角帯、角そで(外套)が許される、三代目でようやく雪駄が履ける、などは初めて知った。
 こういう漫談なら、実に結構ではなかろうか。

ニックス 漫才 (14分)
 ロケット団の代演。
 この人たちはこれまで苦手だったのだが、初めて笑わせてもらった。
 日本語と英語の掛け合いは、結構良いネタではなかろうか。
 妹「虎?」
 姉「タイガー」
 妹「虎のおしっこ」
 姉「?」
 妹「タイガージャー」
 など、私の仲間内での落語のマクラでいただくつもり^^

林家種平『お忘れ物承り所』 (16分)
 正蔵の代演。
 以前も聴いたことがあるが、新作とはいえ、時代性の面できついネタ。
 笑わせどころはあるのだが、若干無理がある。
 
金原亭伯楽『長屋の花見』 (14分)
 まさに旬のネタ。
 それぞれの語りを、実に丁寧に進め、本来のネタの可笑しさで、しっかり客席を楽しませる高座。これぞ、寄席の逸品だ。忘れないように、を付けておく。
 居残り会仲間の佐平次さんが四日目にいらっしゃって、このネタを始めたところ、二階席の酔っぱらった客がわめき出して、途中で漫談に替えざるを得なかったとのこと。
 この日は、実際の酔っ払いは客席にはいず、噺に客が酔っていた。

松旭斉美智・美登 奇術 (15分)
 近くにあの男の子がいたせいか、プレゼント・マジックでキャンデーをゲット。美味しくいただきました。
 
桂文楽『看板のピン』 (14分)
 仲入りは、この人。
 羽織の脱ぎ方が、こんなに綺麗だったっけ、と新たな発見をした気分。
 東五西二南三北四なんていうサイコロの説明なども渋さが漂う。
 ソース焼き蕎麦CMの方も、年齢相応に貫禄が増してきたなぁ。

柳家一九『湯屋番』 (15分)
 クイツキは、トリの小満んの二人の弟子の一人。
 マクラは以前も聞いているネタだが、青森で路上のリンゴの直売に「地方発送、承ります」と書いてあり、「主にどこに送ることが多いの」と農家のお婆さんに聞くと、「ほとんど、東京だ」との答え。この、お婆さんに、拍手^^
 東京は、大いなる田舎だからね。
 一九は、『そば清』なども実に味があるが、こういう噺も、しっかり楽しませてくれる。お妾さんに惚れられる妄想による一人芝居は結構だったし、弁天小僧の口上を立て板に水で聞かせてからの「煙突小僧煤之助」も、決まった。

笑組 漫才 (11分)
 ずいぶん久しぶりだ。
 師匠だった内海好江の思い出話から、好江→志ん朝→志ん五、と弟子になった師匠が次々に・・・という、ちょっとだけブラックな自虐ネタ。
 誰かが、「うちの師匠の弟子になってくれ」と言ったとのことだが、誰かは、内緒。
 かずおの持っている“オーラ”が“幕内オーラ”で、幕を越えて客席に届かないというのは、初めて聴いたかなぁ。
 かずおが、「白内障」を「水晶米」と間違えた、というのはネタか、それもと事実か・・・・・・。
 主任の持ち時間を作るのも、この時間の色物さんの大事な仕事。キリンとゾウのネタでサゲたが、やはり、この人たちの漫才は、いいねぇ。

桃月庵白酒『つる』 (12分)
 この人は、寄席の十八番をたくさん持っている。その、一つ。
 ご隠居が八五郎に、首長鳥がなぜつると呼ばれるようになったか、という謎解きをした後の、言葉にならない言葉(?)が、とにかく可笑しい。
 一之輔と同様、実力者は10分もあれば客席をひっくり返すことができる、という証のような高座。

柳家小団治『ぜんざい公社』 (16分)
 初めてだ。協会のプロフィールによれば、小さんに入門した後に、大学を卒業しているらしい。剣道七段、はあの一門だから驚かない。
 マクラで、なかなか理知的なギャグを披露。
 オリンピックの話題から、必ずしも金メダルでなくてもいい、銀は金の右の字に点を付ければ金より良いになるし、銅は金に同じ、という話はごもっとも。
 金を失ってサビるなんてことはなく、酸化(酸化)するのことに意義がある、とのこと。
 それらのマクラがほぼ七分あったので、本編は九分ほど。どちらかと言うと、マクラの方が楽しかったかな。

翁家勝丸 太神楽 (10分)
 膝はこの人。
 珍しく、毬の芸で、何度か失敗。ご本人も苦笑い。こういう日もある。

柳家小満ん『盃の殿様』 (24分 *~16:28)
 ある国の殿様が江戸で気の病。茶坊主が見せた豊国描く錦絵の花魁があまりに綺麗で、実物もそうだと聞くや、吉原に“素見物”、いわゆる“ぞめき”に行きたいと言い出して、ダダをこねる。見るだけなら、と三百人を超える大行列で押しかける。お気に入りの花魁、花扇の言葉に負けて、毎晩のように吉原に通った殿様。国に帰ってからも、花扇が忘れらない。七合入りの大杯を、三百里の道を十日で駆ける早見東作に吉原まで持って行かせて、花扇と盃を交わす、という何ともスケールの大きな噺。
 さて、夜の部は披露興行があるから、さて、どこで収めるかと思いながら聴いていたが花扇が「ちょいと」と声をかけた時には、早見東作はすでに海老名のインターにいた、というところでサゲた。
 九日目で、やや声にかすれを感じないこともなかったが・・・いつもの小満んか。
 寄席用の短縮版ではあったが、聴きながら、この噺のもう一人の名手だった喜多八のことも思い出させる好高座だった。
 なお、小満んのこの噺では、昨年2月のJAL名人会が印象に残る。筋書きも書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2016年2月24日のブログ

 
 夜の披露目の花が並ぶ脇を通って外に出ると、雨は上がっていた。

 やらずの雨、ではなく、私にとっては、寄席にやる雨、の恩恵に感謝。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-04-10 21:25 | 落語会 | Comments(13)
 雨の中を関内へ。
 いつものように、ロビーでおにぎりを急いでかっこみながら、モニターの開口一番を眺める。
 知らない前座さん。
 途中から会場に入ったが、春風亭きいち、とメクリにあった。
 『二人旅』で、『居酒屋』で客が小僧をからかう、いろはに点を打つと音が変わるというクスグリを入れるのは初めて聴くように思う。リズム感のある若々しい高座は好感が持てる。
 後で調べたら、一朝ではなく、一之輔の弟子。そうか、もう弟子をとったか。それも本人の成長のためにも悪いことではないだろう。サゲの後、いつものように五割程度の入りで、空いた席に落ち着く。

 小満んの三席について、感想など。

柳家小満ん『和歌三神』 (16分 *18:53~)
 古今亭志ん生の音源では聴いているが、生では初めてのネタ。
 こういうネタを、実に味わい深く演じてくれるのが小満んの魅力の一つだ。
 まず前半は、俳句や川柳が好きで風流人を自認する主人と使用人の権助との会話が楽しい。主人がどれほど雪が積もったかと権助に聞くと「三寸ほど積もったが、幅は分からねぇ」なんて答えるあたりから、この権助が“ただ者”ではないことが分かる^^
 その権助に鍬で雪かきをするよう主人が言うのだが、権助は「紙屑屋が来て、何も下げるものがないので、シャレで鍬を下げて、(その代金で)一杯飲んだら、シャレで美味かった」という。主人が歌が好きだから、詫びに歌を詠んだと権助が披露するのが「俳諧の家にいりゃこそ鍬(句は)盗む」。権助、なかなかの通人でしょ。
 この部分の“シャレ”という言葉、実にお洒落で効果的だ。
 さてその後、主人と権助は向島へ雪見に出かける。
 道中の短めの言い立ても粋だった。麻生芳伸さんの『落語特選-上-』から引用。

 「主(しゅう)と家来の二人連れ、並ぶ夫婦の石原や、吾妻橋をば左に見、二つ並べし枕橋、連れひき合うも三囲(みめぐり)の、葛西の梅に白髪や、齢を延ぶる長命寺、うしろは堀切関谷の里、木隠れに誘う落合の、月の名所や綾瀬川、向島は名所の多いところでございます」

 この言い立て、うっとりしながら聴いていたなぁ。
 主と家来の二人連れが向島に着き、誰もいない掛け茶屋に腰をかけて、持参した瓢箪の酒を飲もうとしていたら、橋の下で酒盛りをしている三人のお菰(こも)さんを発見。
 主人が「風流じゃないか」と三人に交わり、持って来た酒を瓢箪から注いでそれぞれの名を尋ねると、名とその謂れを答えて作った歌を披露する、というのが後半。
 最初のお菰さんは、名は元は安(やす)と言っていたがここでは秀(ひで)と名乗っていて、綺麗好きなのでお茶屋さんや料理屋さんの前にある犬の糞を片付けてお金をもらっているので、「糞屋の安秀」。その糞屋の安秀が詠んだ歌は、”吹くからに 秋のくさ夜は長けれど 肘を枕に 我は安秀”。
 二人目は、日向で暖ったかな垣根の下で丸くなって寝ているばかりなので、「垣根の元の人丸」。人丸の歌は、”ほのぼのと 明かしかねたる 雪の夜も ちぢみちぢみて 人丸く寝る”。
 三人目は、小満んは、顔がひどいナリと言っていたが、本来は、らい病(ハンセン氏病)のことである“癩ん坊(なりんぼう)”の平吉で癩平(なりひら=業平)。そのお菰の業平さんの歌は、”千早ふる 神や仏に見離され かかる姿にわれは業平”。
 主人が感心して、「おまえさんがたは実に雲の上の和歌三神ですな」と言うのに三人が「いえいえ、菰の上のバカ三人でございます」でサゲ。
 もちろん、三人の名は有名な歌人の名のパロディ。
 一人目の本家は、文屋の康秀。歌は、“吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ”。
 二人目のモデル(?)柿本人麿呂の元歌は“ほのぼのと 明石の浦の朝霧に 島かくれ行く船をしぞおもふ”。
 業平の元歌は、説明する必要もないだろう。
 この三人目は、たしかに、元ネタの通りでは、当今ではやりにくいかもしれない。
 麻生芳伸さんの注釈には、「現在上演するならば、在平業平に拘らず、山部赤人、衣通姫(そとおりひめ)に変更した形での再演が望ましい」とある。
 たしかに、和歌三神がどの三人かは諸説あるようだし、山部赤人などはパロディにできそうだ。とはいえ、元ネタを大事にし、差別的な表現を際どく避けた小満んの演出も捨てがたい。
 私は子供の頃、家族で下の句だけの板カルタをよくやったので、まだ百人一首への馴染みがあるが、今では、こういった歌も、落語でしか出合わない人は多いかもしれない。
 ぜひ、業平役のお菰さんに関する工夫をした上で、他の噺家さんにも演じて欲しいネタだ。

柳家小満ん『鴬宿梅』 (22分)
 いったん下がって、すぐに登場。
 初めて聴く噺。
 村上天皇と紀内侍の鴬宿梅(おうしゅくばい)の逸話をマクラで仕込んで本編へ。
 こんな内容だった。
 (1)あるご隠居が、とある大店の若旦那の六さんに、先日道で血相を変えた
   姿ですれ違ったが、あれは何かあったのか、と問う。
 (2)この若旦那、小僧からの叩きあげで養子になった堅物。まったく
   遊びを知らなかったので、半玉を半熟を間違えるほど。
   先日、柳橋の茶屋に誘われ、さんざん食べた後の帰り際に女将から、
   すぐにまた来てくれなくては怨みますよ、と言われた。怨まれては
   かなわないと、一人で茶屋に裏を返しに行った。
   ご隠居とすれ違ったのは、その後のことだと言う。
 (3)いったい何があったとご隠居が聞くと、若旦那がその茶屋での出来事を
   振り返った。芸者が『春雨』という端唄を唄い踊ったのだが、唄の終わりの
   ほうで「身まま気ままになられない、養子くさいじゃないかいな」と、
   養子の私を馬鹿にしたので怒って帰った、とのこと。
 (4)それを聞いたご隠居は、それは聞き違いで、“身まま気ままになるならば、
   さぁ鶯宿梅じゃないかいな”っていうのが唄の文句だ、と種明かしをする。
 (5)若旦那が「鶯宿梅ってのは何ですか?」と訊ねる。
   ご隠居、その昔、村上天皇が清涼殿に梅を植えたいので良い梅を探させた。
   紀貫之の娘、紀内侍の家の梅がたいそう綺麗なので、植え替えさせた。
   その梅に、「勅なれば いともかしこし鶯の 宿はと問はばいかがこたえむ」
   という内侍の歌が添えてあった。村上天皇は、大いに反省して、その梅を
   紀内侍に返したが、その逸話から鴬宿梅と名がついた、と故事を説明。
 (6)自分の聞き違いを恥じる若旦那が、詫びを入れにその茶屋へ行った。
   鶯宿梅の故事を話そうとするが、うろ覚えで、頓珍漢な話になる。
   芸者が、「あーら、若旦那、何のことやらちっともわかりませんわ」
  「なに、わからない?私としたことが、これは大しくじりではないかいな」
   でサゲ。

 端唄『春雨』の歌詞を調べたら、ブログ「懸想文」さんで紹介されていた。
 こういう歌だった。
ブログ「懸想文」さんの該当ページ

  060.gif春雨に しっぽり濡るる鶯の
   羽風に匂う 梅が香や
   花に戯れ しおらしや
   小鳥でさえも 一と筋に
   寝ぐら定めぬ 気は一つ
   わたしゃ鶯 主は梅
   やがて身まま気ままになるならば
   サァ 鶯宿梅じゃないかいな
   サァーサ なんでもよいわいな

 サゲは地口でそれほど秀逸とは言えないかもしれないが、鴬宿梅の故事、端唄『春雨』を踏まえた、粋な噺で、小満んならでは、という噺だと思う。ここで、仲入り。

柳家小満ん『味噌蔵』 (33分 *~20:23)
 三席目は、楽しみにしていたこの噺。
 「吝嗇(しわい)家は、七十五日 早く死に」という川柳は、吝嗇家は高い金を出して初物を食べるようなことはしないから、とマクラでふった。
 ケチにまつわる小咄を三つ(扇子を長持ちさせる方法、火事の熾火をもらいにいかすケチ、薬代で目を廻すケチな旦那)並べてから本編へ。
 名を吝嗇屋けち兵衛と言う、味噌屋の主人、名の通りのケチで、それも何事にも徹底している。女房をもらうと金がかかるといって独身。しかし、親戚もうるさく言うので、ようやく結婚するが、床を一緒にすると間違って子供が出来て金がかかるからと、女房は二階、自分は階下で別々に寝る。
 しかし、冬の寒い夜、せんべい布団ではあまりに切なくなる。
 なぜ大店の主人がせんべい布団かと言うと、いいふとんをこしらえても、いやな夢をみて手足をつっぱったとたんに、ふとんに爪でもひっかけて破かないとも限らない、と言うのだから、ケチ兵衛さんのケチぶりには、ある種の感動(?)さえ覚える。
 その薄い布団にくるまって小僧時代を思い出し、寒い夜は先輩の布団に入って暖めてもらったが、今になってまさか小僧の布団に入ることもできない、と言うあたりに、このケチ兵衛さん、不人情なだけの男ではないなぁ、と思わせてくれる。
 あまりの寒さに、つい、ふかふかの絹布の布団で寝ている二階の女房の床へあったまりに行った。そんな夜が続くうちに、「あったまりのカタマリ」の子どもが出来た。
 困った困った金がかかる、と番頭に相談すると、里で子どもを産ませて「身二つ」になってから戻せば、出産の費用もかからない、と知恵を授かり、女房を里に帰した。
 「身二つ」なんてぇ言葉も、いいねぇ。
 そして、日が満ちて無事奥さんは実家で出産。先方からお祝いをすると誘われ、定吉を連れて家を出るのだが、定吉には空の重箱を持たせる。お祝いの膳、定吉には汁とお新香は食べていいが後は、重箱に詰め、皆さんが酔っぱらったら、その膳の残りも詰めて来い、という命令なのであった。番頭には、味噌蔵には商売ものの味噌で目塗りをしておけ、と言う。「旦那様にしては、もったいないことで」と番頭が返すと、「そんなことはない、焼けた味噌は香ばしくて美味いから、お前達のおかずになる」に「無駄のないことで」と番頭も感心(?)しきり。
 使用人たちが、重箱を背負い、かかとのない下駄をはいた定吉の後ろ姿を見送る場面、なんとも、せつなく、そして笑えてしまうのだ。
 さあ、鬼の居ぬ間のなんとやら。ここから、番頭以下のどんちゃん騒ぎになる。
 普段、味噌汁は薄くて実も入っていない。久しぶりにタニシが入っていると喜んだが、それは、薄い汁に映った自分の目だった、というあまりにも切ない食生活をしている使用人たち。ケチ兵衛に実なしは縁起が悪いと言っても、三年前から使っているスリコギが減っているから、実が入っていると言う始末。凄いねぇ、ケチ兵衛。
 今夜はケチ兵衛も泊りで帰らないだろうからと、悪い相談はすぐまとまる。番頭が筆先で帳面をドガチャカドガチャカして、美味い物を頼んで宴会をしよう、と相成った。
 刺身、寿司、鯛の塩焼き、牛鍋など、そして、横丁の豆腐屋で売り始めたばかりの木の芽田楽も頼み、店の酒を飲みまくるぞ、と普段の粗食の怨み晴らさでかという勢いのご一同。
 酔った勢いで甚助が『磯節』を歌い出す。
 060.gifちゃちゃらちゃん 磯で名所は大洗さまよー 松が見えますほのぼのと~
 絶好調のご一同だったが、なんと泊ってくるはずのケチ兵衛が帰ってくるのだった。
 帰り道でも定吉の悲哀は続く。
 せっかくご馳走を詰めた重箱を忘れた、提灯の蝋燭にと先方が五本くれようとしたのを二本でいいと断った、新しい下駄を履いたと言うが片ちんばじゃないか、などと叱られている。
 家に近づくと、どこかの家で宴会の騒ぎが聞こえてくる。あんな奉公人がいるのは旦那の心がけが悪いからだ、と定吉に言ってみたものの、なんと自分の店から聞こえるではないか。
 定吉に節穴があると教わり、中を覗くケチ兵衛さん。
 旦那が帰ってきたらどうすると言われた甚助が、なに、この鯛の塩焼きを目の前に突き出してやれば、鰯しか見たことがないから、驚いて目を回してぶったおれるさ、と言うのを聞きつけ、ついに戸を叩いた。
 慌てたご一同、食べ物や器を袂などに隠すものの、床に刺身などが散乱した状態でケチ兵衛さんが入ってきて、一同は固まったまま迎える羽目に。
 「なんです、みんなしてペリカンみたいな格好して」というケチ兵衛さんの科白に大爆笑。
 番頭以下を叱りつけていると、表の戸を叩く音。
 ここからは豆腐屋とケチ兵衛とのサゲにかかる会話。興津要さんの『古典落語-続々-』を参考に再現。
 
  豆腐屋  え、こんばんは、え、こんばんは
  ケチ兵衛 どなたでございますか?お買いものなら明朝に願います
  豆腐屋  ええ、焼けてまいりました。焼けてまいりました
  ケチ兵衛 え、焼けてきた?だから言わないこっちゃない。
       わるい時に焼けてきたもんだ・・・・・・
       どこが焼けておりますか?
  豆腐屋  横丁の豆腐屋から焼けてまいりました
  ケチ兵衛 なんだって、横丁の豆腐屋から、どれ位焼けてきましたか?
  豆腐屋  二三丁焼けてきました
  ケチ兵衛 二、三丁、こりゃあ火足が早いや
      ただいま開けます
 と戸を開けたとたんに田楽の匂いが鼻へプーンとはいったから、
  ケチ兵衛 いけない、味噌蔵に火がはいった

 サゲでは、田楽の味噌の香りが漂った。
  
 なんとも素晴らしい高座に、終始笑い、また感心していた。 
 この噺では鯉昇の高座も得難いものだが、それは、たぶんに食べる場面が秀逸で、ドンチャン騒ぎが際立っているからかと思う。
 どちらが良い悪いではなく、好対照なのが小満んの高座。
 無理にウケようなどと露とも思わないだろうが、噺のツボを外さずに笑いを誘い、それぞれの情景が目に浮かぶ高座も、実に結構。
 この高座を今年のマイベスト十席候補にしないわけにはいかない。
 
 
 さて、小満の高座に酔った後は、佐平次さんとI女史、そしてF女史とのよったりで、関内で開業四十余年といういつものお店での居残り会で酔うのだった。
 生ビールと熱燗で乾杯の後、なんとも珍しいホッケの刺身、北海道出身の私も生涯二度目だ。他にも、宮崎でとれた初カツオ、タラの芽と稚鮎の天ぷら、定番の八丈島のクサヤ、そして牡蠣がふんだんに入ったオムレツなどの絶品の肴で、小満んの高座を振り返っての話に弾みがつく。男山の徳利を次々に空にしながら、実に幸せなひと時が続き、ついお店の看板まで居座ってしまった。それでも、話し足りないよったりは、お隣のバーにはしご!
 少し興奮をクールダウンさせるナイトキャップで締めて、ようやくお開き。
 日付変更線は、帰りの電車の中で超えていたのであった。

 実は、居残り会で盛り上がったネタがある。
「ペリカン」の科白に関する、ちょっとした笑い話。
 居残り会で私は何ら疑問なく「ペンギンには笑いましたね!」と言って、女性陣に「ペリカンでしょ」と修正されてしまった。慌ててメモを見たら、ほんとに、ペリカンだった。
 なぜか、宅配便のはずが、歯磨きに替わっていた次第。(古いか^^)
 ペリカンで多いに笑っていたのに、どうもペンギンに頭の中で化けていたようだ。
 この勘違い、実は佐平次さんも同様に「ペリカン」とメモしていて「ペンギン」と私が言うのに疑問を抱かれなかったようで、それが妙に嬉しかった^^
 

 いつもある程度の言いよどみがあるのは承知しているのだが、この日の小満んはほとんどそういうこともなく、絶好調、という印象。
 前日まで、末広亭で主任小里んの席で仲入りを務めていたことも、好影響を与えたのかもしれない。
 小里んの高座には“品”を感じ、小満んの高座からは“粋”が滲み出てくる、そんな印象。
 どちらも、結構。

 それにしても、今回の三席すべての高座と居残り会は、まさに至福の時間と空間だったなぁ。

 次回は5月23日(火)、ネタは『しびん』『三方一両損』『御神酒徳利』と案内されている。
 さて、『御神酒徳利』は、以前落語研究会で聴いた犯人(?)が番頭の長講か、それとも柳家の「占い八百屋」か。二ヵ月後も、今から楽しみだ。

[PR]
by kogotokoubei | 2017-03-22 21:18 | 落語会 | Comments(4)
 午前中は、毎年この時期恒例(?)の人間ドックを予約していたので、一日休みをとって、午後から小里んが主演の末広亭の昼の部へ。

 今回は、居続けはできない。
 
 入場した際は、夢葉の手品の途中。
 なんと、平日とはいえ椅子席は九割ほど埋まっていた。
 仲入り時点では、椅子席はほぼ埋まった。

 壁に貼ってあった出演一覧を見ると、開口一番の後の二ツ目以外は代演がない。
 実に珍しいのではなかろうか。

 夢葉の後に、まだ、数名しかいない好みの下手の桟敷、前寄りに落ち着くことができた。

 登場順に感想などを記したい。

柳家海舟『金明竹』 (11分 *12:25~)
 初めて聴く。二年前に真打昇進した主任の小里んのお弟子さんだが、なんと、私よりたった二歳下で今年還暦。入門が四十二歳だからねぇ。
 年齢よりは若く見えるが、語り口は相応に渋い^^
 松公の地で状況を簡単に説明し、奇妙な関西弁を話す男が登場。
 サゲにつながるキーワードを印象付けようということなのかもしれないが、「木ィが違うとります」を繰り返すのは、いただけない。
 これが師匠の型とは思えない。短い時間で演じるための工夫かもしれないが、初めて聴く人にもサゲを悟られるような演出は良くないなぁ。
 自分の年齢を武器にできるだけの古風な良い雰囲気を持っている人なので、本来噺が持つ味わい、可笑しみで演じて欲しい。

柳家喬之助『つる』 (15分)
 マクラからの丁寧さはいつもの通りなのだが、そろそろ若手から中堅の域にかかる時期、噺にもう少し深さというか、重さのようなものが欲しい。
 明るく元気な高座は好感が持てるが、師匠さん喬、兄弟子喬太郎から、もっと盗めるものがあるはずではなかろうか。

ホンキートンク 漫才 (8分)
 何度聞いても、ことわざの現代風言い換えが可笑しい。
 「海老で鯛を釣る」→「エビはタイから輸入する」は、今度使わせていただこう^^

宝井琴調 講談『赤垣源蔵 徳利の別れ』 (17分)
 初である。落語協会に三名しかいない講談の一人。
 見た目も、髪をオールバックにし、さも講談師然としている。
 討ち入りを前にし別れに寄った兄の家。留守の兄の代わりに羽織を相手に酒を酌み交わす源蔵が、討ち入り後に、下男の市助に見せた爽快さ、そして気配りが(日本人なら)泣けてくるのだ。まさに、「講釈師、見てきたような嘘」が結構だった。
 源蔵のモデルである赤埴重賢(あかばね しげかた)は、実は下戸であったらしい。また、兄はなく、討ち入りの前に妹の嫁ぎ先に行って、妹の舅から仇討ちをしないことで罵られた、と言われている。
 あくまで、歌舞伎も講談も、「忠臣蔵」は“お芝居”であり創作であるが、そこに聴く者の胸を打つものがあれば、それが芸というものだろう。
 
三遊亭吉窓『狸の札』 (13分)
 どうも、この人とは相性が悪い。この高座も、駆け出しの真打クラス、という印象。

柳家小菊 粋曲 (11分)
 「お酒ひと樽 千両しようとままよ 主の寝酒は絶やさせぬ」なんて、我が家の同居人に聞かせたいぞ。
 都々逸の新内のアンコ入りや、さのさも挟んで、この時間。
 「水攻め火攻めは厭わねど 油攻めとはーあぁ~情けなや」と豆腐が嘆くのは初めて聞いたような気がするが、忘れただけかもしれない。「親たちゃ在所で豆でいる」とは、目出度い目出度い。
 両協会を含め、三味線の技術、歌、見た目を含む総合力でトップであることを再認識。

柳家はん治『妻の旅行』 (16分)
 当代文枝作シリーズの一つだが、初めて聴いた。
 定年を迎え、女房が沖縄旅行に出かけ、犬と一緒に留守番の亭主が、息子に向かって嘆く女房と二人暮らしの悲哀(?)が、なんとも説得力があることか。
 オリジナルのサゲまではいかなかったが、小さなテレビで野球を楽しんでいる時に、三時間のサスペンスドラマを観ている女房から「こっちを見て」と声がかけられ、「この人が犯人よ」とか、橋から何者かに突き落とされた人物の姿に「あれ、人形よ」と話す女房に辟易する様子が、実に可笑しい。
 やはり、文枝の作品は、この人が演じる方が、ずっと面白い。

林家種平『ぼやき酒屋』 (14分)
 あら、はん治の十八番を、この人も演るんだ。
 同じ寄席の席で文枝の新作を二つも聴くのは初めてだなぁ。
 独自のオヤジギャグ風クスグリ満載。
 「モズク酢 レーニン主義」「漬け物 名を名乗れ」など。
 この人では以前に『お忘れ物承り所』を二度聴いているだけなので、古典はまだ一度も出合っていないことになる。
 前座時代に、立川談四楼、らぶ平、柳家権太楼(当時ほたる)の四人で「少女ふれんど」というバンドを結成しレコード(CDじゃない^^)を出している。
 芸風からは、こういう噺の方が合っているのだどろうが、古典滑稽噺も聴いてみたいものだ。結構、悪くないと思うのだがなぁ。

林家正楽 紙切り (13分)
 ご挨拶代わりの「相合傘」の後、お客さんの注文に応じたが、「雪の穴に落ちたシロクマ」というお題を出したお客さんは、本当は、ただの紙一枚を希望したのだろうか^^

柳家小満ん『素人鰻』 (16分)
 仲入りはこの人。神田川の金が酔って飛び出すところまでの短縮版で下がったが、もう少し聴きたかったなぁ。
 幕末のことに関するマクラで、ペリー艦隊を脅かそうと、台場に寺から集めた釣鐘を大砲の代わりに並べたという逸話で「唐人に釣鐘・・・本当は提灯に釣鐘ですが」と元ネタを説明しなければならないもどかしさが表情からうかがえた。来週関内で開催される独演会(小満んの会)などでは、説明のいらないクスグリだろうが、寄席のお客さんの反応を見ての種明かしだったのだろう。
 「提灯に釣鐘」は、つり合いがとれないという意味だが、ホンキートンクなら、どう現代風に言い換えるかな、なんて思いながら聴いていた。

林家木久蔵『やかんなめ』 (14分)
 クイツキは、この人。マクラでこの名前を襲名して十年、と言っていたが、そうか、早いものだ。ということは、この九月で真打昇進からも十年、ということだ。
 高座は、それだけのキャリアなら、まぁ、当たり前という印象。親の七光りを隠すこともなく、天然キャラで売ってきたが、今後の十年が、本当の勝負だろう。

ロケット団 漫才 (12分)
 上手側、ツッコミ役の倉本剛が入院していたことを知っているお客さんから「治ったのぉ?」と声がかかり「治ったよう!」と返した。
 胃に三つ穴が開いて、先月五日間ほど入院していたらしい。
 ボケ役の三浦は去年膝の手術で入院したようだ。 
 ともかく、二人元気になり、メデタシ。
 テレビではできない危ないネタで会場を沸かすこのコンビ、好きだなぁ。
 「大麻・コカイン・タンジェント」なんてぇギャグも秀逸。
 最後は、三浦が出身地山形弁を使った十八番ネタで会場を沸かした。
 なお、倉本のブログ「ギョロ日記」は、結構マメに更新されていて、入院のことや、退院後の様子なども、細かく書かれている。入院中や節制中の相棒や同じ事務所のサンドウィッチマンからのイジメ(?)が結構楽しく、ついつい読んでしまった。
ロケット団倉本剛のブログ「ギョロ日記」

柳家小ゑん『すて奥』 (14分)
 動かない主婦を自由に扱うリモコンがあれば、五千円位なら買う、という話に、つい頷く。
 足立区の築85年、7.5坪の三角形の家に住む夫婦の会話による本人の新作。
 同世代なので、ふんだんに散りばめられるクスグリも素直に笑える。
 この人の新作は、おでんを擬人化した『ぐつぐつ』が他の噺家さんでも演じられていて有名だが、他にも数多くあるようだ。しかし、生で聴くのは実は二度目で、まだ、聴いたことのない噺ばかり。
 私より少し年上で今年九月で64歳になるとは思えないエネルギッシュな高座。新作でも古典でもいいので、もっと聴きたい人、のリストに加わった。

柳家小はん『馬のす』 (14分)
 三木助から小さん門下、という今年喜寿の噺家さんが、文楽が軽い出番で十八番としていたネタを披露。
 いいなぁ、この人。夫婦の会話の途中で、「隣の婆さんは丈夫だねぇ、死ぬのを忘れたんじゃないかねぇ」なんて科白も、何とも可笑しいのだ。
 馬の毛を抜くと「大変なことになる」という謎をふったまま、酒を二合じっくり飲みながら、枝豆を美味そうに食べる勝ちゃんの姿に、こっちも喉が鳴るのだ。
 池袋では、小のぶが出ているので、どちらへ行こうか迷ったのだが、この人や小のぶは、私のまだまだ聴きたい人リストの筆頭と言える。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておきたい。
 
翁家社中 太神楽 (10分)
 小楽と和助の二人。
 和助の、ハラハラさせる土瓶芸が見応えがあった。
 小花をしばらく見ないが、元気なのだろうか。

柳家小里ん『山崎屋』 (32分 *~16:39)
 吉原の花魁のことなど、この噺に今では不可欠な仕込みのマクラが約五分。
 その後、若旦那に妾を囲っていることがバレた番頭が、若旦那と花魁と一緒になるための狂言を創作し、その芝居をすることに若旦那が合点するまでが、約14分。ほぼ同じ時間で後半が演じられた。
 それぞれの場面をしっかり演じ、聞かせどころ、笑いのツボを外さないながら、実に品のある高座だ。
 かつては円生、そして正蔵が十八番とし、今でも多くの噺家がこのネタを演じるのは秀逸なサゲの魅力のみならず、談志が言う人間の「業」を描いているからだろう。
 初出は「文藝春秋」昭和49年11月号で、その後『真二つ』に収められ、作品社「日本の名随筆」の「落語」の巻の一篇にも選ばれているが、山田洋次は、“あっぱれな親不孝「山崎屋」”と題して、この噺のことを書いている。
 その骨子は、親には孝行しろ、夫婦は仲良くしなさいという健康な道徳意識に、時にはみ出してしまいたい、と思うのが人であって、「つまり、山崎屋の若旦那とその父親は、両方とも民衆の心の中に矛盾しながら生きて」いて、「人間の意識をそのようにとらえて物語にして見せるところに、落語というリアリズム芸術の近代性があるのだ」と山田洋次は言う。なるほど、合点だ。
 この噺では、どうしても五街道雲助の名高座を思い出すのだが、雲助が演じる山崎屋の大旦那は、さもケチであろう、という個性が見た目からも浮かび出ているような気がする。対して、小里んの大旦那は、見た目には気品があり、その吝嗇な性癖が見えにくい。
 だからこそ、その内面が表出する場面が、効果的でもある。
 番頭に言われ、鳶頭(かしら)の家に息子が落した(ということになっている)百両を拾ってくれた礼に山崎屋の大旦那が行くが、番頭の思惑通り、最初は十両の目録を鳶頭が返そうとするのだが、横から女房が「せっかく、大旦那ご本人がわざわざ持ってきてくれたんだから」と、ニンベンの切手と一緒にもらってしまう際の、大旦那の落胆ぶりに、そういった内面が現われていた。また、お茶を出しに来た花魁を見て、その美しさに驚き誰かと問えば、鳶頭の女房の妹とのこと。その際の「おかみさんとは・・・似てないねェ」の呟きにも、この人の本音の部分が窺えて、味がある。
 そういった民衆の代表たる(?)親子の姿を中心として、番頭や鳶頭、そして花魁を配して見事に描いた高座、今年のマイベスト十席候補としたい。


 久しぶりの寄席は、やはりいいねぇ。
 なかでも、小ゑん、小満ん、小はん、そして、小里ん・・・そうか、この席は小さん門下での、小(ショー)タイムだったか。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-03-17 12:57 | 落語会 | Comments(8)

 テニスの後、クラブハウスでの談笑や昼食を遠慮して、桜木町は横浜にぎわい座へ。
 にぎわい座へは、昨年2月の、かい枝・兼好の会以来ほぼ一年ぶり。
 のげシャーレの会は、一昨年11月の若手六人の東西交流落語会以来となる。

 お目当ての人を含め、若手三人の会に興味があったし、“秘密地下倶楽部 のげシャーレ”独特の雰囲気を久しぶりに楽しみたい思いもあった。

e0337777_18543712.jpg


 にぎわい座のサイトにあるこのチラシに大きく写真が載っているが、その三人は、三遊亭時松、古今亭志ん吉、桂伸三。
横浜にぎわい座サイトの該当ページ

 なぜ、この三人が“魅せる”と形容されるのかなどは、最初の会では説明があったのだろうが、不勉強で私は知らない。

 本来はテニス主体で落語には行かない日曜に出向いた動機の第一は、巷で評判の高い、もうじき真打に昇進する時松(昇進と同時に、ときん襲名)を聴きたかったからである。
 また、他の二人、志ん吉と伸三も以前に聴いていて悪い印象はなかった。
 それぞれ、久しぶりでもあり、どんな成長ぶりを見せて(魅せて?)くれるか、楽しみだった。

 この三人のプロフィールを、それぞれの協会のサイトから確認。

三遊亭時松
昭和51(1976)年1月28日生まれ。
平成15(2003)年4月 金時に入門
平成18(2006)年5月 二ツ目昇進
平成29(2017)年3月 真打昇進し、ときん襲名

桂伸三(しんざ)
昭和58(1983)年2月10日生まれ
平成18(2006)年4月 春雨や雷蔵に入門し、雷太
平成22(2010)年8月 二ツ目昇進
平成28(2016)年3月 桂伸治門下となり、伸三

古今亭志ん吉
昭和55(1980)年3月6日生まれ
平成18(2006)年 志ん橋に入門
平成19(2007)年3月 前座となる
平成22(2010)年9月 二ツ目昇進


 時松と志ん吉が落語協会、伸三が落語芸術協会(芸協)の所属。

 志ん吉と伸三は、協会は違うが、ほぼ同期と言えるので、どこかで接点があったのかと察する。

 さて、久しぶりの地下秘密倶楽部には、この三人のために、最大で141席の会場を満席近く埋めるお客さんが駆けつけていた。
 日曜ということもあったのか、あるいは、時松に限らずそれぞれ結構固定のお客さんがついているということなのだろうか、なかなかの“にぎわい”だ。

 ネタ出しされており、時松は『井戸の茶碗』ともう一席、志ん吉が『明烏』、伸三が『宿屋の富』となっていた。

 出演順に感想などを記したい。

三遊亭時松『白日の約束』 (20分 *14:00~)
 この日二席披露する真打昇進直前のこの人の一席目。
 なかなか端正な顔立ちをしている。これが普通なのか、少し風邪気味なのか、若干鼻にかかった声が、やや見た目とは違う印象を与える。
 この後の志ん吉の語り口と声が良かったので、対照的だった。
 マクラで、以前のこの会では一人三席演じた後に踊りを披露したとのこと。もしかすると、この三人、踊りつながり、かな。
 3月21日から始まる真打昇進披露興行のチケットを“偶然”持ってきており、買っていただくと、三人の絵の巨匠(?)による、本人の似顔絵入りクリアホルダーをプレゼントすると、営業活動。
 その巨匠三人は、わざび、志ん八(真打昇進により志ん五襲名)、そして正太郎。
 それぞれに違った画風で、なかなか特徴をとらえたイラストではあった。
 しかし、先のことは分からないので、チケットは買わなかったけどね。
 この人については予備知識がなかったのだが、喬太郎の新作が飛び出すとは思わなかった。
 この高座から、この人が新作にも取り組める器用さは伝わったし、会場はよく笑ってくれるお客さんで湧いていたが、本編の時間も短く、私にはやや物足りなかった。二席目に期待だ。

古今亭志ん吉『明烏』 (45分)
 昨年3月の「さがみはら若手落語家選手権」本選(決勝)以来。
 あの時、私は優勝した柳家花ん謝ではなく、この人の『片棒』に一票を投じた。
2016年3月14日のブログ
 マクラでは、素人の落語教室の指導をしていて、とあるテレビ局が「ビジネスに役立つ習い事」というテーマで取材に来て、実に困った、と話す。
 役に立つことを全部取り払って残ったオリのようなものが、落語ですから、と語るが、若い噺家さんがこういうことを言うとサマにならないことが多いのに、この人は不思議に説得力がある。
 結構以前から聴いているが、その度に上手くなっているという印象で、この高座を、やや驚きながら聴いていた。
 全体を通して印象深かったのは、これだけ源兵衛と太助を見事に描き分けたこの噺を聴いたことがない、ということ。やや乱暴な口ぶりの太助なのだが、源兵衛が困った時に助ける知恵者であるという造形が明確だった。
 もうじき三十七歳、前座から今年十年目という経歴ながら、日向屋半兵衛の年齢相応の姿を見事に演じた。登場はしないが、半兵衛の語りかける先にいる女房の言動も効果的に浮かび上がってくる。
 初午で赤飯を二膳ご馳走になった後、子供達と太鼓を叩き、♪(時次郎)ドンドン、(子供たち)カッカ、ドンドン、カッカ♪と、「・・・おもしろかったです」と語る時次郎の幼い姿を冒頭でしっかり描くことで、サゲ前のデレっとした態度との落差が一層可笑しくなる。
 そこがお稲荷さんではなく吉原であると分かった後に、初めて聴く、なかなか楽しい件があった。隅の方で泣いている時次郎に、源兵衛が「ぼっちゃん、さっき可愛い新造の話を知ってるって言ってたじゃないですか、聞かせてくださいよ」とふると、時次郎が、戦争を前にした上野動物園のゾウ、ジョン、トンキー、ワンリーの悲しい物語を語り出し、慌てて源兵衛が止めに入って、「それは、かわいいしんぞじゃなくて、かわいそうなゾウの話じゃねんぇですか」というネタなのだが、果たして自分のクスグリなのだろうか。
 確かに、二宮金次郎のクスグリを後生大事にすることもないだろう。
 サゲ前、源兵衛と太助が連れて帰ろうと時次郎の部屋に行ったものの、時次郎ののろけに呆気にとられ、時次郎が「昨晩は眠れませんでしたから、あ~っ」と欠伸をしたところで、太助が「オレの欠伸とは違うぜ、この野郎」と怒る場面なども、なかなか味があった。
 見た目の噺家らしさ(?)、しっかりとした語り口、口跡の良さなど、もはや二ツ目の域は十分に超えている。
 昨日から旧暦2月で、もうじき初午という時期の旬な噺、45分の長さを感じさせない見事な高座だった。今年のマイベスト十席候補とはいかないまでも、何かの賞をぜひ与えたいので、を付けておく。
 一夜明けても、その評価には変わりがない。実に結構な高座だった。

 ここで仲入り。

桂伸三『宿屋の富』 (30分)
 仲入り後は、この人。
 春雨や雷太の頃、志ん輔が支援する“たまごの会”のメンバーだったので、志ん輔の国立演芸場やにぎわい座の独演会、そして三代目春団治をゲストで迎えた“東へ西へ”などで聴いている。
 なぜ、昨年伸治門下に移ったかは、よく知らないが、伸三として初めて聴く高座。
 個性的な、噺家らしい(?)見た目は、この人の武器だと思う。
 その強みを生かすネタとして、この噺が相応しかったのかどうか。
 主役の一文無し、宿屋夫婦、富興行をしている神社に集まった人々、それぞれを無難にこなしていたが、どうも、この人の個性が発揮できたようには思えない。
 以前、この三階ホールでの志ん輔の会で、『古手買い』(『古着買い』)という珍しい噺を楽しく聴かせてくれたことを思い出す。
2013年12月4日のブログ
 聴く側の勝手な言い分かもしれないが、この人には、他の若手とは違うネタ選びを期待してしまうなぁ。
 とはいえ、今後も気になる存在であり、ぜひ「たまごの会」出身者としての成長を願っている。

三遊亭時松『井戸の茶碗』 (45分 *~16:31)
 入門する時、師匠からは「嘘をつくな」と「楽屋の女に手を出すな」の二つを守るよう言われた、とのこと。後者については、「師匠、過去に何かあったのでしょうか」と笑わせる。
 屑屋の清兵衛が、千代田卜斎の仏像を預かった後に細川屋敷お窓下を訪れ、二階の窓から高木作左衛門に呼ばれた場面で、呼ばれて高木の部屋に入るという演出は、関内の小満んの会で聴いて以来二度目。
 元が講談「細川茶碗屋敷由来」で、初代や三代目の春風亭柳枝が手掛け、名人三代目小さんが改作し、その後は古今亭志ん生、志ん朝親子の十八番となるまで、多くの噺家さんによっていろんな改編、演出が施されているだろうから、どれが正しいとは言えないだろう。
 私は、二階からザルで高木と清兵衛がやりとりする姿に、その場の空間の広がりを感じるので、好みである。
 登場人物が皆いい人、というネタだが、時松が演じる清兵衛は、後半はやや幇間めいた姿になるのが気になる。
 やはり、正直者清兵衛であって、曲がった道もまっすぐ歩こうという男として描いて欲しかった。
 茶碗の取り分である百五十両のカタを何にするか思案する卜斎が、清兵衛に「高木どのは、ひとりものか」と聞いて、清兵衛が「いえ、あわせを着ていました」という何気ないクスグリでも笑わせる技量があるし、噺本来の可笑しさは十分に伝わっていたので、清兵衛の造形さえもう少し工夫してもらえれば、と思った次第だ。


 初めて時松を聴くことができたし、伸三も久しぶりに聴けた。
 そして、何と言っても志ん吉の見事な高座に出会えたのが嬉しい。
 日曜日に野毛に出向いただけのことはあった。
 
 帰宅してから、座右の書をめくってみた。
 実は、意外なことに『井戸の茶碗』は、講談が元ということが理由なのかどうか分からないが、興津要さんの『古典落語』にも、麻生芳伸さんの『落語百選』にも入っていない。

e0337777_11472596.jpg

 野村無名庵の『落語通談』は昭和18年に高松書房より単行本が発行され、中公文庫で昭和57年に再刊された本。
 この本の前半にこのネタについての記述があり、興味深いことが書いてあった。
 清兵衛が、茶碗の褒美として細川様が払った二百両を持って卜斎を訪れた際の卜斎の言葉から。なお、細川家の若侍の名は高木佐太夫。

「屑屋殿も喜んでくれ。よい事は重なるもので、このたび旧主家への帰参がかなった。承れば佐太夫殿まだ御独身の由。何と不束な娘ながら、その方橋渡しになって、ああいう潔白なお方に貰うて頂くよう、働いてはくれないか」と頼んだ。屑屋も喜んで、「それはそれは結構なお話でございますが、しかしお嬢さんをあまり美しくおみがきになりますとまた騒動になりましょう」というサゲ。

 へぇ、卜斎の帰参がかなったという筋書きは、まだ聞いたことがないなぁ。
 サゲは、やはり高木の部屋に行ってからで良いと思うが、善人ばかりのこの噺、いっそ、紹介したように卜斎の窮状を救ってから娘を嫁にやるのも悪くないと思う。
 講談では、卜斎は元々浅野家の家臣で、茶碗を手に入れた細川候が仲介し浅野家に戻ることができた、という筋書きらしい。いいんじゃないの、落語もそれで。

 一夜明けて、時松の師匠金時のブログなどを見ると、先週は真打昇進披露のパーティーがあったらしい。本人のツィッターでは、末広亭深夜寄席の卒業公演もあったようだ。
 そういう状況からも、声の調子などを含め、昨日の高座は万全な体調ではなかったのだろう、と思う。

 ぜひ後日、ときんの元気な高座を聴きたいものだ。

 同時に真打に昇進する中には、朝也あらため三朝もいる。
 どちらかの主任の披露目には行きたいと思っているのだが、都合と縁次第だなぁ。

[PR]
by kogotokoubei | 2017-02-27 12:54 | 落語会 | Comments(10)
 いろいろとあって、しばらく落語会、寄席から遠のいていた。

 20日にある会にお誘いを受けていたのだが、涙を飲んでお断りし、この会も行くのを諦めていた。
 しかし、状況の変化(好転)もあり、なんとか駆けつけることができた。

 今松のホームページ・出演情報のページに、『一文笛』と『品川心中~通し~』がネタ出しされていた。
むかし家今松ホームページの該当ページ

 『品川心中~通し~』は、2012年、末広亭の師走下席の主任の高座で聴いている。
2012年12月27日のブログ

 初めてあのネタを通しで聴いたのは、2008年9月の県民ホール寄席、さん喬。
2008年9月18日のブログ

 さん喬が1時間15分だったのに比べ、今松が38分でこなしたのには驚いたものだ。
 しかし、この時間では、無理があるのも致し方なく、それぞれの場面の描写がどうしても浅くならざるを得なかった印象。

 さて、今回はどうなのか、楽しみだった。

 この会は「ごらく茶屋」主催の伝統ある地域落語会。
 県民ホール寄席として、通算341回目とのこと。
 この伝統ある会には、三年前の七月、同じ会場の一朝独演会以来。あの時は「県民ホール寄席ー馬車道編ー」と銘打っていた。
2014年7月31日のブログ
 この日、受付でいただいたプログラムには、今後の予定が7月まで載っているのだが、会場はすべて関内ホール(小ホール)だ。
 かつてのように神奈川県民ホールの小ホールが主会場、関内が出張版、ということではなく、関内ホールを今後はメインにするということなのだろうか。
 私個人にとっては、それなら実に結構。県民ホールは、少し遠いのだよね。

 関内なら、勤め帰りで行く場合の便も良い。
 小満んの会で親しみのある会場での今松の会に行くことが出来た僥倖に、感謝。

 念のため昼に電話し、まだチケットがあることは確認していた。
 受付には、ごらく茶屋さんの有志(?)の方が数名いらっしゃって、あの懐かしい家庭的な雰囲気が漂っていた。

 運よく、結構前の方の席も残っていた。
 小満んの会の時と同じようにコンビニで買ったおにぎりをロビーで食べ、腹ごしらえ。
 会場は、六割ほどの入りか。
 小満んの会と同じ位かと思うが、指定席を前の方から販売していたようで、前の方がしっかり埋まっている。
 小満んの会では、四方にお客さんが散っているので中央が空いていたりするのに比べ、この方が噺家さんにとっては、やり良いのではなかろうか。客席も、一体感があるように思う。

 さて、こんな構成だった。
-----------------------------------------------
(開口一番 立川らくぼ 『二人旅』)
むかし家今松 『一文笛』
(仲入り)
むかし家今松 『品川心中~通し~』
-----------------------------------------------

 感想などを記す。

立川らくぼ『二人旅』 (21分、*19:01~)
 初である。受付でいただいたプログラムには、学習院大学卒、2013年6月に志らくに入門、とのこと。
 志らくには二十人近く弟子がいるようだが、なぜそんなに多いのか、不思議だ。
 マクラでスラム街を歩くのは好きなどとふってから本編なので、流れは悪くない。
 謎かけ部分は、今では分かりにくい洒落ではあるが、なんとかこなして茶屋へつないでサゲた。噺家らしさを感じる見た目を含め、印象は悪くない。
 それにしても、同じ大学の大先輩は、入門の選択肢には入らなかったのかな。

むかし家今松『一文笛』 (26分)
 県民ホール寄席には初登場なのだろう、結構しっかりと自己紹介。
 師匠のことを語る中で、中尾彬が義理の息子と説明し、信用できない人間つながり(?)で、トランプ、大阪人、京都人、のことなど。
 若い頃によく大阪に行き、その際に米朝に稽古してもらった噺として本編へ。
 ネタのマクラとして意外に思ったのが、大阪では掏摸のことを“チボ”という。本にもなっている「チボー家の人々」・・・読んでないので内容は知りませんが、で会場も大笑い。へぇ、こんなクスグリもするんだと思って私も笑っていた。
 この噺は、正直なところ、あまり好きではない。あの右の人差し指と中指を・・・という部分が、聴いていて“痛い”のだ。同じような理由で、犬が登場する『無精床』も、苦手だ。
 しかし、そういう“痛さ”を今松の高座では感じさせない。それも芸だろう。
 主催者からリクエストがあった噺とのこと。理由は、以前、米朝がこの自作のネタを演じてくれたことによるらしい。
 四年前の三百回記念企画、小三治独演会の時にいただいた「演目一覧」を確認すると、この会が始まって四年目の昭和58(1983)年3月17日、第18回の桂米朝独演会で、『持参金』『算段の平兵衛』と『一文笛』の三席を演じたらしい。34年前だ。
e0337777_12164388.jpg

 米朝はまだ五十路、さすがの三席。
 その年の一月には小朝の名もある。
 「演目一覧」を眺めると、あらためて、この会の歴史を感じるなぁ。

 さて、ここで仲入りだった。

むかし家今松『品川心中~通し~』 (52分、*~20:56)
 仲入り後、羽織を脱いで登場。
 結論から書くが、圧巻の高座。この会の目の肥えたお客さんに今松の存在感をしっかり印象づけたように思う。
 まず、日本橋から京都三条大橋までは、距離にして約五百キロ、徒歩で十四~五日の旅だったと説明。
 吉原からの帰りは「後朝(絹々)の別れ」だが、品川は少し落ちて、「木綿木綿の別れ」と言って笑わせる。どこか、小満んの会を思わせるようなこういったマクラも実に結構。
 昨年師走の末広亭、あの『鼠穴』でも感じたことだが、おそめの表情の変化が巧みだったことにも驚いた。貸本屋の金蔵とのやりとりでも、それが際立つ。
 金蔵がやって来たのはいいが、果たして一緒に死んでくれるのやら、と思案している時の表情から、金蔵がおそめが死ぬならおれも死ぬ、と言ってくれた後の満面の笑み。また、金蔵が海に飛び込んだ後で、若い衆が番町の旦那が移り替えの金を持ってきてくれたと伝えた後の、なんとも白状な態度、などなど。
 前の方の席だったので、その表情の豊かさが、よく分かった。
 聴かせどころの一つは心中をしようとする件だが、金蔵が親分に暇乞いに行った際、あわてて短刀(あいくち)を忘れてきたと判明した後の会話を、座右の書興津要さんの『古典落語(続)』と記憶を元に再現。

おそめ まあ、そそっかしいねぇ、この人は・・・・・・あたしも、こういうことがあるかと思って、昼間のうちに、カミソリを合せておいたから・・・・・・金さん、死ぬのはかみそりに限るよ
金 蔵 おい、待ちなよ・・・・・・かみそりはいけねえ、刃の薄いので切ったやつは、あとで縫うのがていへんだと医者が言ってた

 このあたりでも笑いが起こるのが、芸というものだろう。
 結局、品川の海に飛び込もうということになって、裏の木戸を外して桟橋へ。

おそめ さあさあ、金さん、なにしてるんだよ、ずんずん前へいくんだよ。桟橋は長いよ。
金 蔵 桟橋は長いが寿命は短けえ。おいおいおいおい・・・水がある

 この「水がある」なんてなんでもない科白にも、会場の多くの方と一緒に笑ったなぁ。

 「上」のサゲ部分、あの親分の家でのドタバタも、淡々と進めながらも、十分に楽しかった。
 
 「下」の『仕返し』の部分では、幽霊役の金蔵がおそめに縁起の悪い話をする場面も、なかなか出合えない聴かせどころ。

 いったん死んだが、十万億土という暗いところを歩いていると、金蔵、金蔵とよばれてふりかえると生き返った、という金蔵。

おそめ まあ、よかったねぇ。じゃあ、こうしよう。今夜はいろいろはなすことや聞くこともあるから、あたしが台のものをとってあげよう
金 蔵 それが、もう、いったん死ぬと、人間は意気地がねえもんだから、なまぐさものはちっとも食べられねえ
おそめ あらそう・・・・・・じゃあ、精進ものならいいだろう
金 蔵 うん、そんならすまねえけど、おだんごをすこし・・・・・・
おそめ いやだよ。で、おだんごは、餡かい、それとも焼いたのかい
金 蔵 白だんごがいい
おそめ いやなことおいいでないよ
金 蔵 ここにある紅い花なんぞよしちまって、樒(しきみ、別名仏前草)を一本・・・・・・
おそめ おふざけでないよ、縁起でもない。今、だんごをそう言うから
金 蔵 いや、もう、なにも食べたくない、なんだか心持が悪いから、寝かしてくれ

 これだけの科白にしたって、白だんごや樒を調べることで、その時代の人々の風習などを知るヨスガとなる。
 枕団子や枕飯なんてぇのも、死語になりつつあるなぁ。

 金蔵の戒名は、大食院食傷信士。ちなみに興津さんの本では、養空食傷信士。

 以前、末広亭で38分で聴いたが、今回は52分で仕立て上げた。
 この噺では、映画『幕末太陽傳』を思い出すが、金蔵が小沢昭一さんに、そして、おそめが左幸子さんに見えるかどうか、などと開演前に思っていたが、あくまで今松が描く、金蔵であり、おそめであった。金蔵は小沢さんよりもアクを少しなくした感じ、おそめは左さんよりは優しい印象。それも、悪くない。
 とにかく、おそめが、生き生きとしていた。落語登場人物の中では、嫌な女の筆頭にもなろうかというおそめが、表情に愛敬のある、なんとも可愛い女として描かれていて、それがまた噺に艶を与えていた。 
 サゲは、従来の「比丘(魚籠)」ではなく、尼にちなんだものにしていたが、これも無理はなく、結構。
 よく今松の高座を評して、“軽さ”という言葉が使われるが、単にそれでは誤解を招くだろう。まったく、言い足りない。
 小満んとは味わいが違うのだが、あえて言うなら、軽妙洒脱、なのだろうなぁ。軽いだけではないのだ。
 同門の雲助とは好対照だが、師匠の芸風を思うと、今松こそが継承者だと思う。
 長講を感じさせない好高座。迷うことなく、今年のマイベスト十席候補としたい。


 おそめについて、少し。
e0337777_11125210.jpg

安藤鶴夫著『落語国紳士録』

 安藤鶴夫さんの『落語国紳士録』で、「おそめ」はこう書かれている。

 「品川心中」に登場。品川新宿・城木屋の女郎、神田から通ってくる馴染客の貸本屋の金蔵(三二)と心中をやりそこなったひと、当時二十七、八。
   □
 勝気で、意地ッ張りで、伝法で、色の浅黒いきりっとしたいい女だったから、若いうちはいつも板頭を張っていた。板頭というのは吉原でいうお職、つまりいちばんその店で営業成績のよろしいスターを宿場の女郎屋でそういっていた。
 ちょいと新内ぐらいはやりそうな女にみえるが、別に音曲の素養はなかったようだ。しかし、手紙を書かしたらまず品川はおろかなこと、花の吉原にもおそめほどの女はいないといわれたものである。大の男を骨抜きのひょろひょろにして、心中を決意させるほど、ことほど左様に、見事な手紙を書いた。
 とあって、金蔵に宛てた手紙が掲載されている。
 ちなみに、城木屋は、白木屋とする本もある。

 今松は、アンツルさんの見立てよりは、おそめの勝気、意地っ張りの度合いを薄め、以前は板頭を張っていたのだから、さもありなんという可愛さや愛嬌を少し強く押し出していたように思う。二十七、八なら、今松の造形は納得できる。

 せっかくなので(?)、おそめの手紙もご紹介。
一筆書き残しまいらせ候 御前様も御存知の如く この紋日には金子なければゆきたち申さず ほかに談合致す者もなくに泣かれぬ鶯の 身はままならぬ籠の鳥 ほう法華経までおかしく申し候えども 今宵限り自害致し相果て申し候 時折の御回向をほかの千部万部より嬉しく成仏仕り候 ほかに迷いは御座なく候えども 妾(わたくし)亡きあとはお神様をお持ち申し候かとそれのみ心にかかり候 百年の御寿命過ぎての後 あの世とやらにてお目もじ致し候をなによりのたのしみと致し申すべく候 書き残したきことは死出の山ほど候えども こころせくまま あらあらかしく
   金さま まいる                  おそめ より
 これが、アンツルさん曰く、品川どころか吉原も含めてもナンバーワンと言える技による、男を迷わす手紙^^

 なお、かつて通しで演じられる際は、最初の夜に、金蔵を目の前にしておそめが手紙を書いて、その手紙を金蔵に読ませていたようだ。
 今松は、おそめの言葉で、紋日前の切ない女郎の心境を語らせた。
 この手紙の件を入れると、あと五分は必要になるかな。
 おそめの語りで良いのだろう。

 それにしても、おそめから死ぬと聞いた金蔵が、心中に付き合う時の決断の早さは、落語ならでは^^


 一夜明け、関内で、なかなか聴く機会のない噺、そして今松に出会えた幸運を、あらためて噛みしめている。

p.s.
記事を書いてから、いただいたプログラムの今後の予定の脇の小さい文字の「これからの県民ホール寄席」という案内に気が付いた。県民ホールが7月から、関内ホールは11月から改修工事に入り、来春まで使えないと記されていた。「その期間の会場をどこにするのか只今頭を悩ませています」とのこと。そうだったのか。県民ホールは来春までだが、関内ホールはサイトを見ると来年9月まで工事で使えないようだ。あら、小満んの会は、どうなるのだろう・・・・・・。
[PR]
by kogotokoubei | 2017-02-22 12:57 | 落語会 | Comments(4)
 寄席禁断症状のため、午後から休みを取って、少し本屋に立ち寄ってから末広亭の下席楽日に駆けつけた。

 旧暦なら正月三日、まだ休み、と言い聞かせて休んだ次第^^

 三時を少し回った昼の部の仲入り後、クイツキの鯉橋『道灌』の途中で入場。
 鯉橋、少し貫禄がついた印象。
 ゆめ子・京太の漫才は後ろのパイプ椅子で聴いた後、桟敷も結構な入りなので、椅子席の空きをみつけて、残りの昼の部を聴いた。

 順に感想など。

<昼の部>
三遊亭とん馬『他行(出張)』 (15分 *15:25~)
 この人も、このネタを生で聴くのも、初である。とん馬としては三代目、師匠遊三が二代目だったらしい。ちなみに、大師匠の四代目円馬が初代とん馬。
 見た目は、志ん輔に似ていなくもない。
 与太郎が、父親に頼まれ借金取りが来たら、「お父さんは出張でいない」と答えて追い返せ、と口上を書いてもらい、父親は二階で昼寝。
 何人かは目論見通り追い返したものの、風が吹いて口上書きが飛ばされ、やっと見つけて読み上げると、相手から「出張って何か知っているのか」「知ってるよ、二階で昼寝することだ」でサゲ。小咄に近いネタ。
 「他行」では今の時代に通じないから、「出張」なのだろう。
 デジタル大辞泉で調べると、「他行」はこう説明されている。
た‐ぎょう〔‐ギヤウ〕【他行】
[名](スル)よそへ行くこと。外出すること。たこう。
「明日から―するかも知れないが」〈木下尚江・火の柱〉

た‐こう〔‐カウ〕【他行】
[名](スル)「たぎょう(他行)」に同じ。
「此両三日職務上―したり」〈蘆花・不如帰〉
 落語って、勉強になるねぇ。
 あえてマクラで仕込んで「他行」のままでも良いようにも思うが、それだけ時間が長くなるね。難しいところだ。
 珍しいネタを楽しませてくれた後に、かっぽれも披露。
 芸協の寄席だなぁ、と感じさせてくれる好高座。

桂歌春『強情灸』 (16分)
 マクラで、落語家に本当の江戸っ子は少ない、師匠歌丸は横浜とふってから自分はロサンゼルスのビバリーヒルズと言って実際の出身地は言わなかったが、宮崎日向の出だ。
 軽いノリで、いつも朗らかな高座は、安心して聴いていられる。
 この人や、桂伸治などが高座に上がると、なんとなくホッとする。
 客を緊張させたり、身構えさせる噺家さんもいるからね^^

ボンボンブラザース 曲芸 (14分)
 十八番の紙の芸で、下手桟敷まで出張(他行?)し、帽子でも同じ場所のお客さんを巻き込む。このお客さんが、結構マジに帽子を投げるのだが、明後日の方角に行くものだから、客席大爆笑。
 いつもながら、流石の芸で、しっかり膝代わりを務めた。

三遊亭遊三『子は鎹』 (26分 *~16:37)
 最近、いわゆる“マイブーム”のネタ。
 期待して聴いていたのだが、正直なところ、熊さんと別れた女房の口調も同じように感じる一本調子で、噺にメリハリがつかない印象。
 母親が握るのが玄能ではなくカナヅチだったのも、残念。
 つい、耳に残る志ん朝や小三治、そして小満んと比べてしまうからかもしれないが、楽日の高座としては、期待外れと言わざるを得ないなぁ。

 ここで、昼の部がハネた。

 一斉にお客さんが退場。
 好みの下手桟敷に場所を確保し、コンビニで買ったおにぎりで夜の部に備えた。
 昼の部がほぼ満席近かったのに比べ、四割程度の入りにまで減ったのは、少し残念。

<夜の部>
春風亭昇市『つる』 (10分 *16:47~)
 初。昇太の七番弟子とのこと。
 ご隠居の科白が、仲間同士の会話に聞こえる。無駄なクスグリなど入れずに、本来の二人の会話をそれぞれの人物の気持ちになって語る稽古をして欲しいものだ。

橘ノ双葉『一眼国』 (10分)
 初めての女流。こういうネタに挑むのは結構なのだが、やや上すべり気味。
 マクラでは、もう少し仕込みが必要だった。持ち時間がないから焦ったのかなぁ。

マグナム小林 バイオリン漫談 (11分)
 話芸の部分に、もう少し工夫が欲しい。
 また、この芸なので、和服である必然性はないように思うなぁ。
 特に後半の曲弾きとタップダンスは、洋服の方が似合うのではなかろうか。
 ご本人としては、袴に執着する思いがあるのだろうが・・・・・・。

桂小南治『隣の桜(鼻ねじ)』 (13分)
 円満と昼夜交替したようだ。少し早いですが、と言って披露した上方ネタ。
 独特の声、仕草、表情などで、楽しく聴かせてくれた。花見の宴の場面では、ハメモノ入り。一瞬、高座が上方落語の世界に早変わり。
 この噺では、七代目松鶴を継いだ松葉を思い出す。
 九月に師匠小南の名跡を継ぐが、何とか披露目に行きたいものだ。

桂文月『出来心』 (12分)
 初。後で調べたら、十代目文治の七番弟子のようだ。
 なんとも不思議な印象。もう少し弾けると、南なんのような味が出るような気がするが。

宮田 陽・昇 漫才 (13分)
 芸協の若手(中堅?)漫才の筆頭格か。空席の目立つ客席だが、奮闘。

桂米福『てれすこ』 (14分)
 2015年12月に国立演芸場で『時そば』を聴いて以来。
 米丸一門なのだが、二度とも古典。
 サゲは、かみさんが火物(=干物)断ちをしたから、ではなく、魚は勘弁サバかれる、に替えていた。元は上方ネタで、東京では円生がよく演じていたようだが、こういう噺、好きだなぁ。
 噺家さんらしい見た目も含め、印象は悪くない。

三遊亭円馬『ふぐ鍋』 (15分)
 大いに笑った、圧巻の高座。
 家の主人と出入りの幇間が、初めてフグを食べる、という冒険(?)談。
 二人とも、怖くて箸をつけられない時、お余りをもらいに、おこもさん(乞食)が訪ねてきた。主人が、おこもさんを実検台にしようとフグを少し分け与える。しばらくして幇間の繁が、おこもさんをつけて行って、橋の下で息をして寝ているのを確かめてから、ようやく主人と繁は食べる始めるのだが、その場面の可笑しいこと。
 そのおこもさんが本を読んでいて、それがリフォームの本というクスグリも、なんとも可笑しい。
 鍋から湯気が見えたように思えたし、とにかく主人と幇間の繁が、おそるおそる鍋のフグの身を口に入れようかどうしようかと、相手の様子を探りながら苦闘する場面の、顔や口、目の表情が出色。柳家金語楼を彷彿(?)とさせる演技で、会場からは、実際の倍以上お客さんがいるかのような爆笑が起こった。
 ほぼ、二代目小南の型なのかと思う。
 こういう噺を聴くと、芸協の寄席の良さを再認識する。
 短い寄席の高座だが、今年のマイベスト十席候補としたい。

北見伸 奇術 (15分)
 ちょっと一服の時間とさせていただいた。
 最後に教えてくれた手品は、後ろのパイプ椅子で見ていたが、どこかでやってみようか^^

春雨や雷蔵『権助提灯』 (12分)
 酒も女も過ぎてはいけない、どちらも二合(号)まで、というマクラ、ぜひ使わせてもらおう。
 いいなぁ、こういう高座。
 芸協の寄席では欠かせない人ではなかろうか。
 女房とお妾さんの演じ分けも見事だし、主役の権助もなんとも楽しい。
 寄席の逸品賞候補として印をつけておこう。

神田松鯉『扇の的』 (15分)
 仲入りは、この人の講談。
 落語の間に色物だけでなく、講談が入るのは気分転換にもなって好きだ。
 玉虫御前の美しさを形容する長い言葉があったが、メモるの忘れたなぁ。
 この日は、最後まで眼鏡を外さなかった。そういうことも、あるのだねぇ。

春風亭昇乃進『看板のピン』 (15分)
 クイツキはこの人。柳昇に入門し、現在は小柳枝門下。
 元気なのは結構・・・なのだが。
 師匠は、昨年四月に脳梗塞で倒れ、現在は退院もし寄席復帰を目指していると聞く。
 早く、あの渋い高座に再会したい。

Wモアモア 漫才 (14分)
 前半は千代田区長選挙やトランプのイスラム七か国入国禁止令などの時事問題を、結構真剣に語る。
 やや、会場が冷えてきたとみて、いつものネタに入り、場内の笑いの温度も上がった。
 相撲ネタから下手の東城しんが、行司の口調を繰り返すネタは、初めて聴いた。
 しんが家に行司の口調で帰宅を告げ、女房役の東城けんに向かって「飯だ」と言って、けんが冷や飯を出し「何だ、この冷や飯は」への返事は・・・お察しの通り^^

桂南なん『徳ちゃん』 (14分)
 この噺を芸協の噺家さんで聴くのは初めてではなかろうか。
 見た目が、なんとも言えない芸人さんの味がある人なので、こういう噺も実にニンだ。 人によってクスグリをたくさん入れることができるネタ。
 徳ちゃんが通される“離れ”の形容などが、頗る可笑しかった。
 貧乏噺家に向かって妓夫太郎が「この手のひらに愛を乗せて!」なんて一言も笑える。
 サゲも工夫されていて、終始会場を沸かせた。

三笑亭夢太朗『浮世床』 (13分)
 師匠夢楽が神田の生まれと言っていたが、調べてみると岐阜の地名だった、とのこと。
 主任の茶楽の時間を作るためだろう、あっさり目でサゲた。

翁家 喜楽・喜乃 太神楽 (10分)
 喜乃さんの芸、以前より落ち着いてきた印象。
 その笑顔が、なんとも良い彩りとなる。

三笑亭茶楽『芝浜』 (26分 *~21:00)
 旧暦では、この席の間に年を越した勘定になるから、このネタは旬のうち。
 三木助版を基本としているのだろう、芝の浜で財布を拾う場面も挟んでこの時間なのだから、よくぞ縮めたものだ。
 冒頭場面で登場するキーワード(?)、「盤台の糸底」や「ばにゅう」も、しっかり押さえる。
 今では、こういう言葉も落語でしか聞けないねぇ。
e0337777_13383450.jpg

『古典落語 正蔵・三木助集』(飯島友治編・ちくま文庫)

『古典落語 正蔵・三木助集』の注を引用しておこう。
盤台の糸底 棒手振が天秤でになう盤台は、普通、小判型盥状の木桶である。長く使わないでいると、木が乾燥して水が漏るので、裏返して、糸底、つまり底板を嵌め込んだところへ水を満たして木を膨張させてから使う。
ばにゅう 盤台の上に重ねて載せる木製の容器。棒手振の魚屋は、これに包丁その他道具類を入れる。
 茶楽の高座、サゲ前の福茶なども含め、こういった季節や職人さんたちに関わる言葉を大事にしているんだろうなぁ、と思わせた。
 やや短縮版にした分だけ駆け足の感は拭えないが、予想もしなかったネタに満足。
 

 今年の初寄席、いろんな高座があったが、何より円馬が特筆ものだったし、雷蔵や南なんも寄席らしい好高座。とん馬との出会いもあった。
 そして、楽日に、今松のように『芝浜』で締めた茶楽も良かった。

 夜の部の客の入りは、昼に比べて激減したが、決して芸協の寄席は悪くない。
 果たして落語研究会のプロデューサーは、芸協の寄席に通ったことがあるのだろうか、などと思いながら地下鉄で帰路についた。

 本格的な古典落語を演じる実力者が落語協会に多いのは、百も承知。
 しかし、現在の第五次落語研究会が始まった頃、四代目三遊亭円遊がレギュラー的な扱いだった時期がある。発案者の川戸貞吉さんには、円遊のような味わいのある噺家を評価する鑑識眼もあった、ということだろう。
 来月主任の鯉昇はよく声がかかるようだが、他にも芸協ならではの味のある噺家さんはいるのだ。
 茶楽や円馬などは、ぜひ知って欲しいなぁ。蝙丸、雷蔵、伸治、柳好などもいる。
 そうだ、寿輔だって、半分の客が席を立とうが、いいじゃないか^^
 せめて、割合にして五人に一人は芸協から出演者を選んでも不思議はない、などと思いながらビールを飲んでいたら、物足らなくなって日本酒も少々。
 肴は、末広亭の売店で買った豆菓子の残り。
 残念ながら、ふぐ鍋は、なかった。
 

[PR]
by kogotokoubei | 2017-01-31 22:06 | 落語会 | Comments(4)
 前回の記事で、八代目林家正蔵が、最後の師匠であった三代目柳家小さんについて語った内容を、暉峻康隆さんの聞き書き『落語藝談』から紹介した。

 名だたる三遊派の顔ぶれが並ぶ中で、小さんのみが柳派を代表して第一次落語研究会の「発起人」として出演したわけだが、その頃の落語界のことを少し振り返りたい。

e0337777_11091986.jpg

暉峻康隆著『落語の年輪』

 同じ暉峻康隆さんの『落語の年輪』から引用。

明治三十八年(1905)三月、三遊亭円左が石橋思案、岡鬼太郎、今村次郎の応援を得て、円喬、円右、小円朝、円蔵の仲間と、柳派からは三代目小さん一人を誘って、“落語研究会”を結成し、日本橋の常磐木倶楽部で第一回の発表会を催したのは、同月二十一日のことであった。

 この三月二十一日という日、落語界にとっては、結構重要な日。

 「二十一日」→「廿一日」→「昔」ばなし、という洒落で、烏亭焉馬が「咄の会」をこの日に開催してきたことは、昨年三月二十一日に書いた通り。
2016年3月21日のブログ

 落語協会の真打昇進披露興行は、鈴本で三月のこの日(下席の初日)から始まる。

 第一回落語研究会の開催日も、そういった歴史、縁を大事にしたのだろう。

 そもそも、三遊亭円左が開催の提案者だから、なるほど三遊派が中心となるのも、むべなるかな。
 だが、他に柳派にめぼしい噺家はいなかったのだろうか、という疑問が残る。

 それは、当時の東京落語界の歴史を振り返ることで、明らかになる。

 三十三年に三遊・柳の両巨頭をはじめ、二月に柳派の二代目頭取に推されたばかりの四代目麗々亭柳橋や、三代目春風亭柳枝などの、明治落語を支えていた重鎮を一括して失っただけでも、東京落語界にとっては大打撃であったのに、その後の三遊派を後見していた四代目三遊亭円生が、三十七年一月に五十九歳で没した。

 円朝と初代談洲楼燕枝は、明治33(1900)年に、相次いで旅立った。
 それだけでも、東京の落語界の虚脱感は小さくなかったろうと察するが、紹介したように、柳派、三遊派のそれぞれの重要人物が相次いで去っていったことが、円左の危機感の背景にあった、ということだろう。

 引用を続ける。
 その翌二月、日露戦争が勃発したために、当時百十軒あった東京市内の寄席はひどく不景気であった。五、六月ごろには三遊派の大看板の三遊亭円遊は、立花家橘之助、朝寝坊むらく(六代目)などとともに地方巡業に出かけ、席亭はその穴埋めに、名古屋芸者や壮士芝居あがりの桜木武夫などをかき集めて、改良日露戦争談などを高座にかけるという体たらくであった。

 今年三遊亭小円歌が二代目を襲名する橘之助の名前が登場。
 
 それにしても、明治末期でも、東京には寄席が百軒以上あったんだねえ。
 本書では、この後に、寄席が廃れていった大きな原因は、戦争や大看板を失ってことばかりではなく、席亭たちの営業姿勢にあったと、明治四十年の「万朝報」の「掛持主義」という記事を引用している。

 要するに彼等は私欲にかられ、人気をとらんとて、無暗に座組の人員を増加し、限りある時間に於て多数の芸人を高座にのぼらせたるは、其一大原因なり。演芸時間に限りある故に、一人の高座時間は十分か十五分、甚しきは都々逸の二つ三つも唸って下りる落語家も出来るなり。かくして得る所はただ聞き手は感興をそがれ、芸人の芸はすさみ、つひに其社会の衰微を来たらすの外、何等の効もあらざるなり。

 今の東京の寄席・・・高座時間は、明治末期に衰退を招いた時期と、変わらないではないか。
 初席などは、まさに都々逸の二つ三つで高座を下りる落語家もいる。

 円左の呼びかけで実現した、明治三十八年、三月二十一日の高座について。

当日はあいにく吹雪であったが、あちゃらか物やこま切れ落語に愛想をつかしていたファンで超満員となった。
 咄家も威儀を正して、羽織袴でつとめた。初席は円左の「子別れ」、次席は小円朝の「文違い」、続いて円右の「妾馬」、円喬の「茶金」、円蔵の「田の久」、承知の上で欠席した円遊に代わって、円左が「富久」を再演、最後に小さんの「小言幸兵衛」で、いずれもそれまでのように端折らず、サゲまで演じて聴衆を堪能せしめた(「万朝報」)。これを第一回として、大正十二年(1923)九月の関東大震災で中絶するまで毎月開催し、東京落語の声価を高めた功績は大きい。
 この努力によって、地味な円朝ゆずりの江戸前芸のゆえに、いささか世間が忘れかけていた円喬・円左・円右・小円朝らも再評価され、大正落語を担う新進の柳家つばめ(二代目)、三遊亭金馬(二代目)、蝶花楼馬楽(五大目)、柳家小せん(初代)、金原亭馬生(九代目)、三遊亭円窓(五代目円生)、林屋正蔵(七代目)なども、この研究会によって腕を上げたのであった。

 第一回落語研究会における三代目小さんの演目が「小言幸兵衛」であるのは、拙ブログ管理人としては、少し嬉しい^^

 円左は、地味な噺家さんだったようだが、あの三代目円馬が師事したことで、その実力を推し量ることができる。

 
 さて、寄席衰退への危機感から円左の発案で始まった落語研究会は、今では第五次の段階にある。
 
 ◇第一次 明治38(1905)年~大正12(1923)年:18年
 ◇第二次 昭和3(1928)年~昭和19(1944)年:16年
 ◇第三次 昭和21(1946)年2月~8月
    *第三次は落語会の開催を目指したものではないらしい。
 ◇第四次 昭和23(1948)年~昭和33(1958)年:10年


 さて、第五次は昭和43(1968)年から始まったので、来年で50年になる。
 もちろん、これまでの歴史で、最長寿となる。
 それには、理由がある。
 第四次までと第五次との大きな違いは、発起人という名前で落語家が運営に関わっていないこと。
 「TBS 落語研究会」という名前の通りで、TBSというスポンサーがついているからこその長寿なのだろう。
 だから、出演者はTBSが選ぶのは、当たり前のこと。
 
 しかし、この会の始まりにおいて、円左が、当時は三遊派が圧倒していた中、柳派の小さんにも声をかけたような、会派を超えて落語を盛り立てようという了見は、生かされているのか、否や。

 ということで、三遊派と柳派という区分ではなく、二つの協会などで、どのような出演状況になっているか確認したくなった。

 こういう時は、喜多八の落語研究会でのネタを調べる際にもお世話になった「手垢のついたものですが」さんのサイトの「落語はろー」にあるデータに頼るのが一番。
 同サイトから、昨年一年間の落語研究会の出演者を調べてみた。
「手垢のついたものですが」さんのサイト
 
 左から、通算回数・開催日・ネタ・噺家。

571 2016.01.20 強情灸 柳家わさび                
571 2016.01.20 孝行糖 三遊亭萬橘 
571 2016.01.20 化物使い 橘家文蔵(3) (*当時は文左衛門)              
571 2016.01.20 蛸坊主 林家正蔵(9)                
571 2016.01.20 百年目 柳家さん喬                
572 2016.02.26 鈴ヶ森 柳家さん若                
572 2016.02.26 三方一両損 金原亭馬玉                
572 2016.02.26 明烏 柳家喜多八  
572 2016.02.26 位牌屋 桂文治(11)                
572 2016.02.26 二番煎じ 柳家権太楼
573 2016.03.29 代り目 柳家ろべえ                
573 2016.03.29 岸柳島 柳家燕弥                
573 2016.03.29 小言幸兵衛 柳家喬太郎                
573 2016.03.29 三人兄弟 柳家小里ん                
573 2016.03.29 時そば 柳家小三治                
574 2016.04.27 夢八 鈴々舎馬るこ                
574 2016.04.27 将棋の殿様 入船亭扇蔵(4)                
574 2016.04.27 菊江の仏壇 五街道雲助                
574 2016.04.27 無精床 三遊亭歌武蔵                
574 2016.04.27 花見の仇討 柳亭市馬                
575 2016.05.25 真田小僧 柳亭小痴楽         
575 2016.05.25 阿弥陀池 柳家さん助                
575 2016.05.25 髪結新三(上) 柳家小満ん                
575 2016.05.25 厩火事 古今亭志ん輔                
575 2016.05.25 紺屋高尾 柳家花緑                
576 2016.06.30 権助提灯 柳家花ん謝                
576 2016.06.30 甲府い 古今亭文菊                
576 2016.06.30 船徳 桃月庵白酒                
576 2016.06.30 日和違い 瀧川鯉昇
576 2016.06.30 髪結新三(下) 柳家小満ん                
577 2016.07.13 家見舞 立川吉幸
577 2016.07.13 馬の田楽 台所おさん                
577 2016.07.13 雉子政談 柳家喬太郎                
577 2016.07.13 粗忽の釘 春風亭一之輔                
577 2016.07.13 藁人形 入船亭扇辰                
578 2016.08.04 だくだく 桂三木男                
578 2016.08.04 袈裟御前 林家たけ平                
578 2016.08.04 心眼 柳家権太楼                
578 2016.08.04 よかちょろ 柳家さん喬                
578 2016.08.04 怪談牡丹燈籠(お札はがし) 入船亭扇遊                
579 2016.09.30 臆病源兵衛 古今亭志ん八                
579 2016.09.30 高砂や 柳家三三                
579 2016.09.30 茶の湯 立川生志                
579 2016.09.30 目黒の秋刀魚 春風亭一朝                
579 2016.09.30 山崎屋 柳家さん喬                
580 2016.10.28 のめる 入船亭小辰                
580 2016.10.28 附子 三笑亭夢丸(2)
580 2016.10.28 おかめ団子 橘家円太郎                
580 2016.10.28 風呂敷 三遊亭兼好                
580 2016.10.28 お化け長屋 柳家小三治                
581 2016.11.21 まぬけの釣(唖の釣) 春風亭朝也                
581 2016.11.21 法事の茶 古今亭菊之丞                
581 2016.11.21 品川心中(通し) 五街道雲助                
581 2016.11.21 茶代 柳家喬太郎                
581 2016.11.21 子は鎹 橘家文蔵(3)                
582 2016.12.26 たらちね 柳家小はぜ                
582 2016.12.26 四段目 隅田川馬石                
582 2016.12.26 鰍沢 林家正蔵(9)                
582 2016.12.26 だるま 三遊亭歌武蔵                
582 2016.12.26 睨み返し 柳家権太楼

 立川流からは一人、円楽一門から二人。

 ピンクの色をつけたのは、落語芸術協会の噺家さんだが、たった五人とは、私も驚いた。

 相応しい噺家さんが、少ない?

 そんなことはない!

 これでは、「落語(協会)研究会」、ではないか。

 正蔵の命日->師匠三代目小さんの思い出->第一次落語研究会、というつながりから、あらためて現在の落語研究会のことに思いが至ってしまった。

 それにしても偏っているでしょ、これじゃ。
[PR]
by kogotokoubei | 2017-01-29 21:18 | 落語会 | Comments(6)
 いろいろと年明けから野暮用続きで、今年最初の落語会が、この小満んの会となった。

 今回は、終演後の居残り新年会も楽しみに、関内へ。
 地下の小ホールへ降りたが、いつものように小満んの奥さんやお嬢さんの姿はなく、有志の方が数名お迎えだった。
 ロビーのモニターで開口一番を見ながら近くのコンビニで買ったおにぎりを、ほうばる。
 少し腹に入れとかないと、居残りまでもたないのだ^^

 モニターでは『饅頭怖い』の後半にかかっていた。知らない前座だ。
 サゲ少し前に会場に入りメクリを見ると、柳家寿伴、と実に個性的な字で書かれている。
 このメクリ、いつもの柔らかな字ではなく、角張った書き初めの失敗作のようだったなぁ^^

 寿伴は、後で調べたら柳家三寿の弟子のようだが、その小さん門下の師匠も聴いたことがない。まだ、知らない噺家さんがたくさんいるねぇ。

 その前座さんがサゲたところでほぼ真ん中あたりの席に落ち着く。
 いつものように、六割程度の入りかな。

 小満んの三席、順に感想など。

柳家小満ん『千早ふる』 (26分 *18:46~)
 マクラでは“いろはカルタ”のいくつか(「月夜に釜を抜く」など)と、知ったかぶりの道案内の小咄などをふって本編へ。
 ご隠居を訪ねるのは、柳家だから金さんだ。
 歌の意味をと問われたご隠居が、最初に業平の歌を切れ切れで詠む部分、後半の「からくれないに」が出てこなかったので、成り行きを少し心配したのであった。
 いろいろと噺家さんによって独自の、今風のクスグリを入れたくなる噺だと思うが、そこは小満んであるから、ネタそのものの楽しさを味わわせてくれる。
 花魁道中の千早を見て、いい女を見たので竜田川が三日三晩震えが止まらなかったと言うご隠居に、金さんが「マラリアで?」と混ぜっ返す師匠小さん譲りのであろう古風なクスグリも、なんとも可笑しい。
 歌の後半部分は、竜田川と千早の物語をなぞるうちに思い出したようで、サゲでは復活。聴いているこっちが、ホッとした。
 こういうスリルを味わえるのも、この会ならではか^^
 この噺の改作といえば、瀧川鯉昇が代表かと思う。竜田川がモンゴル出身であるなど飛び抜けて可笑しいのだが、それはそれ。本来の型を崩さなくても十分に楽しいことを小満んの高座が示している。
 ちなみに、毎回受付でいただく小さな可愛い栞、今回は「百人一首」がお題。
 川柳が二つ並んでいて、短いコメントがついていた。
○ふり袖を うごがすたびに 歌がへり
○歌がるた 下女はまたぐらへ 取りためる
えらい違いである。
 これには、笑った^^

柳家小満ん『姫かたり』 (20分)
 一度下がってから再登場。
 この日は旧暦十二月二十二日。噺の舞台は「歳の市」の浅草。師走の十七、十八日の行事だから、まさに旬のネタなのだ。
 初めてこの噺を聴いたのは、二年余り前の「雲助五十三次」で、その時の記事には、佐藤光房著『合本 東京落語地図』を参考にして、あらすじも紹介した。
2014年12月2日のブログ
 侍と姫を中心とする詐欺軍団に騙られる(たかられる、ではない)医者の名、本では吉田玄竜とあり雲助は吉田玄端(げんずい)としていたが、小満んは高橋玄庵だった。
 その藪でありながら高い薬代を請求し、貯めた金で高利貸しをする悪徳医者、いわば算術の玄庵と対照的な仁術の医者として、小満んは浅田宗伯の名をあげた。
 浅田は有名な漢方医であり儒学者。徳川将軍家のご典医をつとめ、幕末に天璋院が書いた徳川慶喜の助命を求める書状を西郷隆盛に届けた人として伝わるが、そういう説明は、小満ん割愛。まぁ、本筋ではないからね。
 この噺のサゲは、最初に歳の市の呼び声「市ぁ負けた、注連(しめ)か飾りか橙(だいだい)か」を仕込んでおいて、サゲで玄庵には「医者ぁ負けた、姫かかたりか大胆な」と聞こえるところに地口の可笑しみがあるのだが、この売り声の部分で少し言いよどみもあって、本来の可笑しさんを描き切れなかったのは残念。
 とはいえ、姫に扮した詐欺軍団の女が美人であることを描写する場面で、小野小町を引き合いにして、「雪にカンナをかけて、トクサで磨いたように白い」とか、「梅香口唇」なんて言葉が登場するあたりが、この人ならでは。そうそう、雲助は、「い~~~ぃ、女」と、やけに長く引っ張っていたっけ^^
 もし、そんな女性が、しなだれかかってきたら、玄庵でなくても・・・・・・。残念ながら(幸いにも?)、そんな女性には巡り合ったことがない。
 駕籠について、塗り物が施された上等のものは「御乗り物」と言われ、駕籠かきは棒の長さから“六尺”と言われた、などの薀蓄も勉強になる。褌ばかりではないのだねぇ。
 悪党軍団が玄庵から口止め料と言って騙った金、雲助は二百両としていたが、小満んでは値が上がった。最初玄庵が三百両を提案(?)したものの、お供の者に一人十両づつを加えて足すこと百両、計四百両と要求し妥結。腰元役や六尺、共の者も含め、結構な人数の騙り集団だ。
 売り声とサゲとの関係については、もう少し伏線を張って欲しかったとも思うが、旬のネタを楽しく聴かせてくれた。

 ここで、仲入り。

柳家小満ん『質屋庫』 (36分 *~20:21)
 仲入り後は、上方ネタ(読み方は、「ひちやぐら」)のこの噺。
 私が東京の噺家さんで聴くのは、権太楼、鯉昇についで三人目。
 権太楼はブログを始める前に朝日名人会で聴いている。
 鯉昇は、座間と日本橋で遭遇。
 さて、小満んの高座はどうだったのか。
 まず、マクラは湯島天神のことから入り、宮司さんのことで結構笑えるネタがあったが・・・秘密にしよう。
 サゲにつながる菅原道真の「東風吹かば 匂ひをこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」をしっかりとふって、右大臣だった道真が左大臣の藤原時平の諫言で大宰府に流されたが、時平は「しへい」と呼ばれていた、と説明し小噺につなぐ。
 天神様の賽銭に五百円玉二枚を投じた男に、どうして千円札にしない、と聞くと、天神様は“紙幣”がお嫌いだから、というサゲ。いいねぇ、こういうの。
 それらの短いマクラから長講に入った。
 小満んらしいとは言えるが、この噺としては、やや大人しい高座という印象。
 どうしても比較してしまうのが枝雀の音源、そして随分前のことになるが、鯉昇の日本橋での高座。
2011年9月2日のブログ

 とはいえ、小満んは小満ん。枝雀や枝雀を意識していると思しき(枝雀派?)権太楼、鯉昇のような派手さはないが、この難しい噺を楽しく聴かせてくれた。
 そう、この噺、次のように場面転換が多く、聴かせどころが盛りだくさんなだけに、結構難しいネタなのだ。

(1)質屋の旦那が、三番蔵に出るという噂の幽霊について、質草に
   なっている繻子の“帯”にまつわる、ある夫婦の物語を空想して
   長科白で語る場面。
(2)番頭がお化け(と塩辛、と小満んは加えた)が怖いから一人では
   蔵の番ができないと言うので、旦那に言われて熊さんを呼びに
   行った定吉と熊とのすがらの会話。
   この場面では、定吉が立ち聞きした旦那の話を中途半端につない
   で熊さんから芋羊羹(上方のオリジナルや鯉昇は栗)を奢らせる。
(3)定吉から旦那が怒っていると早とちりした熊が、酒・たくわん
  (小満ん、下駄を割愛したのは時間調整か?)を出来心で樽のまま
   いただいたという過去の悪事を、つい白状してしまう場面。
(4)旦那に「熊さんは強いだってね」とおだてられて強がっていた
   熊が、相手が“幽霊”と聞いた途端に威勢が衰えていく。
(5)熊と番頭とが幽霊の正体を暴くために離れで寝ずの番をしている
   時の、二人の滑稽なやりとり。
(6)丑三つ時になり、三番蔵に質草の幽霊が出てからサゲまで。

 これだけの場面転換がある噺なのだ。
 小満ん、最初の場面の旦那の長科白は、結構立て板に水だった。十分位はあっただろう。この部分だけでも、聴きごたえがあった。
 定吉と熊の掛け合いも可笑しかった。芋羊羹を三個せしめた定吉、そのうち一本は世話になっている向かいの小僧にやると言うと、熊が「人のゼニで義理を果たすな」の科白なども楽しい。
 熊が旦那の家に着いてからの早とちりで、つい“樽泥棒”の前科を白状する場面は、枝雀派のような大袈裟な演出ではないものの、例えば熊が繰り返す「悪気があったわけでは・・・」の科白は、聴いていて普通に可笑しい。
 寝ずの番での熊と番頭の二人の場面、正直なところ、枝雀派的な爆笑ネタにならないことへの物足らなさを感じてはいたが、これもこの人の味なのだろうと思い直した。
 爆笑させるだけが落語ではない、という見本か。

 やはり、最初の帯の逸話の作り話が、印象に残るなぁ。
 私は、中盤から後半の動きのある場面も楽しいのだが、あの旦那の質草に関わる空想物語の部分が、実はこの噺の要ではないかと思っている。
 
 爆笑派の頭取、枝雀も、そう思っていたふしがある。
 
e0337777_15305152.jpg


『桂枝雀のらくご案内』(ちくま文庫)

 文庫タイトル『桂枝雀のらくご案内ー枝雀と61人の仲間』は、昭和59(1984)年に徳間書店で『桂枝雀と61人の仲間』として単行本が発行され、平成8(1996)年にちくま文庫で再刊された。

 『質屋庫』の章に、こんなことが書いてある。

しかしよくできた噺ですね。ことに前半の旦那のひとりしゃべり。空想の世界の中の嫁はんの心の動き、そして工面のしかた。「竹の筒」なんていう小道具のうまさ、「不縁になって戻って来た妹」なんていう心にくいまでの人物設定のリアリティ。あれだけでひとつの世界ができてますからね。これから生まれてくる人があの世界を「ええなァ」と感じてくれるかどうか心配なんですが、なんとか伝えたいものです。また、旦那のしゃべりを説明として淡々とはこぶか、噺中劇として気を入れてやるかなのですが、今のところは劇として処理してます。将来はどちらに落ちつくようになるでしょうか・・・・・・。
 小満んは、淡々とはこんだ、と言えるのだろう。とはいえ、あの“嫁はんの心の動き”は、十分に伝わった。あれだけでひとつの世界が、できていたのだ。

 もし、枝雀が古希を迎えていたら・・・きっと小満んのような語り口になったかもしれない、などと思ったりするが・・・・・・。
 

 さて、帰り際に受付を見たら、依然として奥さんとお嬢さんの姿がなかったのは、やや残念ではあった。
 そこで、あっ、そうか、と前回の会での小満んの発言を思い出した。
 昨年11月の会、本当はこれでおしまいのつもりで、奥さんからもそろそろ終わったらと言われていたが、高校の後輩を中心とする有志が手伝うからと継続することになった、と言っていたなぁ。
2016年11月28日のブログ

 ということは、もう奥さんやお嬢さんはお手伝いにいらっしゃらない、ということか。
 実態は分からない。
 私は、ご都合が良い時だけでもいいので、お二人のご尊顔を拝したいぞ。
 

 さぁ、終演後は、お楽しみの居残り新年会。
 顔ぶれは、佐平次さんに久しぶりのYさんと私という居残り会発足メンバー三人に、ほぼ居残り会常連と言えるI女史とM女史という強力(?)な女性陣、そして今回はそのお二人よりも先輩という、さん喬がご贔屓と後で知ったNさんが加わっての六人が、関内で開業四十年を超える、いつものあのお店Dへ。

 いつものカウンターではなく、初の座敷(小上がり)。

 事前にお願いしていたご主人お任せのお通しが並んでいる。
 菜の花のお浸しにホッキ貝の酢の物、湯葉の後には、大好きなクサヤも出てきた。
 どの肴も実に結構。初参加のNさんが喜んでいただけたのが、幹事役としては嬉しかった。
 落語の話題はもちろん、よもやま話に花が咲く。
 NさんはIさんMさん、佐平次さんと落語研究会や暮れの末広亭「さん喬・権太楼二人会」の常連さん。かつて、研究会のチケット獲得のために泊まり込みした決死隊(?)のメンバーのお一人。
 実は、佐平次さんは、役割分担や時間割りなどのシナリオを作るなど奮闘されていたのに、当日は風邪でダウンだったのだ^^
 会話が弾む中、貝づくしの刺身が大皿で登場した後に、立派なのどぐろの塩焼き、最後は、特大牡蠣のオムレツまで。
 素材良し、料理良し、話良しで楽しい宴が続いた四畳半の座敷は、その後、なんと高座に早変わりするのだった。
 相撲好きで“プチたにまち”のYさんが、友人たちの前で『阿武松』を演じたことを彼のブログで知っていたので、さわりだけでも演ってよ、と言うと、澱みなくほぼサゲまでを語って拍手喝采。扇辰版を元にしたようだが、なかなかしっかりとネタが入っていて、感心した。好きなことを扱っているから、覚えも早いのだろうなぁ。
 その後で、私も、とのご注文。私がYさんに無茶ぶりしたのだから、これは受けないわけにはいかない。
 一瞬ネタをどうするか迷ったが、テニス仲間との合宿の宴会で披露した『子別れ』の下(『子は鎹』)に決めた。時間を考え、途中を端折った短縮版でご披露。あの時のように、登場人物が勝手にしゃべり出すという感覚は、残念ながらなかったし、志ん朝版と小三治版、さん喬版がごっちゃになったような感じで、自分としては今一つ。そう何度も落語の神様は助けてくれないのだ。
 こんなことなら、もっと、稽古しておくんだった^^

 そんなこんなで、千福の熱燗徳利が、さてさて、何本空いたのやら。
 最後はご当地の瓶ビールを、ビアソムリエ(?)佐平次さんに注いでいただき、お店のご夫婦も交えて乾杯。
 あっと言う間のほぼ二時間半、楽しかったなぁ。

 久しぶりの落語と居残り会だもの、もちりん、帰宅は日付変更線を越えたのであった。
 なお、次回は3月21日(火)、ネタは『和歌三神』『鶯宿梅』『味噌蔵』と告げられている。初めて聴くネタもあり、これまた楽しみだなぁ。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-01-20 21:18 | 落語会 | Comments(4)

今年のマイベスト十席


 27日の末広亭を締めとして、今年一年で寄席、落語会に行った回数は24回。
 月に二回平均というのは、想定通り。
 評論家でもない素人の落語愛好家としては、こんなものだろう。

 末広亭での昼夜居続けが三度あるので、昼と夜を分けて数えるなら、27回。

 聴いた高座の合計は156席。

 その中で、マイベスト十席の候補にしたものは次の通り。

平成28年 マイベスト十席候補

(1)柳家小満ん『城木屋』
(2)柳家小満ん『厩火事』
(3)柳家小満ん『御慶』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 1月19日

(4)三笑亭茶楽『三方一両損』
>新宿末広亭 1月下席 夜の部 1月29日

(5)三遊亭兼好『置泥』
(6)桂かい枝『茶屋迎い』
>西のかい枝 東の兼好 横浜にぎわい座 2月8日

(7)笑福亭松枝『三十石 夢の通い路』
(8)柳家小満ん『盃の殿様』
>JAL名人会 内幸町ホール 2月23日

(9)柳家権太楼『代書屋』
(10)柳家権太楼『百年目』
>とみん特選小劇場 柳家権太楼独演会 紀伊国屋ホール 3月8日

(11)柳家小満ん『愛宕山』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 3月22日

(12)柳家小満ん『小言幸兵衛』
>新宿末広亭 4月上席 昼の部 4月8日

(13)柳家小満ん『抜け雀』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 5月19日

(14)桂南喬『短命』
>新宿末広亭 6月下席 夜の部 6月27日
*寄席の逸品賞候補

(15)柳家小満ん『千両みかん』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 7月21日

(16)柳家喬太郎『路地裏の伝説』
>とみん特選寄席 紀伊国屋ホール 8月22日

(17)立川龍志『化け物つかい』
(18)入船亭扇遊『妾馬』
>似たりヨッタリ会(仮)の三人で前夜祭 国利演芸場 9月6日

(19)春風亭正朝『六尺棒』
>新宿末広亭 10月上席 昼の部 10月9日
*寄席の逸品賞候補

(20)橘家文蔵『文七元結』
>新宿末広亭 10月上席 夜の部 三代目橘家文蔵襲名披露興行 10月9日

(21)柳家小満ん『子別れー上・中・下ー』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 11月27日

(22)柳家三三『嶋鵆沖白浪』 十一
(23)柳家三三『嶋鵆沖白浪』 十二
>月例三三独演 イイノホール 12月8日

(24)むかし家今松『ねずみ穴』
>新宿末広亭 12月下席 夜の部 12月27日


 関内ホールの独演会は皆勤だったこともあり、小満んが圧倒的に多い。
 お客さんの入りがもう少しだけ増えればとは思う会だが、今聴いていて、もっとも心が和む落語会だ。
 
 かと言って、自分の評価を甘くしたつもりはなく、それだけ良い高座に出会ったということ。

 一人一高座は自分に課したルールなので、九つから一つに絞ろう。
 
 悩みに悩んで、日曜のテニスを途中で抜け出して行っただけのことがあった、『子別れー上・中・下ー』とする。

 それぞれの場面で、熊さんが生き生きと描かれていたし、無理な演出はなくとも、最後は目頭が熱くなった。
 なかなか出合える高座ではない。

 他に複数候補としたのは、柳家権太楼の『代書屋』と『百年目』。
 同じ3月8日の「とみん特選小劇場」の二席。迷うところだが、長講『百年目』に絞る。

 また、先日の柳家三三『嶋鵆沖白浪』も十一話と十二話の二席ある。

 実に悩ましいが、『勝五郎の仇打ち』などの題にして『嶋鵆沖白浪ー外伝ー』として今後独立した一話となっても不思議のない十一話の方を選ぶ。
 

 時系列順で、さっそくマイベスト十席を発表。

◇平成28年 マイベスト十席

(1)三笑亭茶楽『三方一両損』
>新宿末広亭 1月下席 夜の部 1月29日
師匠八代目可楽譲りの、見事な啖呵に酔った!
2016年2月1日のブログ

(2)桂かい枝『茶屋迎い』
>西のかい枝 東の兼好 横浜にぎわい座 2月8日
都々逸に小唄、ハメモノに合わせて芸者小照を艶っぽく演じた好高座!
2016年2月9日のブログ

(3)笑福亭松枝『三十石 夢の通い路』
>JAL名人会 内幸町ホール 2月23日
初見の松枝、その文章のみならず、噺家としても実に結構!
2016年2月24日のブログ

(4)柳家権太楼『百年目』
>とみん特選小劇場 柳家権太楼独演会 紀伊国屋ホール 3月8日
還暦で初めて演じた大ネタが、十年目の古希に光り輝いた!
2016年3月9日のブログ

(5)柳家喬太郎『路地裏の伝説』
>とみん特選寄席 紀伊国屋ホール 8月22日
高い完成度を誇る新作の好高座と、“寄席”プロデューサー喬太郎に拍手!
2016年8月23日のブログ

(6)立川龍志『化け物つかい』
>似たりヨッタリ会(仮)の三人で前夜祭 国利演芸場 9月6日
正蔵の型で演じた実に結構な高座は、立川流実力者の面目躍如!

(7)入船亭扇遊『妾馬』
>似たりヨッタリ会(仮)の三人で前夜祭 国利演芸場 9月6日
流れるような語り口と心地よさは、他の追随を許さない!
2016年9月7日のブログ

(8)柳家小満ん『子別れー上・中・下ー』
>柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 11月27日
熊五郎の三態を演じ分け、最後は目頭を熱くさせた僥倖の通し口演!
2016年11月28日のブログ

(9)柳家三三『嶋鵆沖白浪』 十一(『勝五郎の仇討ち』仮称)
>月例三三独演 イイノホール 12月8日
強面の『子別れ』を含む劇的な高座は、大団円前の外伝候補の佳作!
2016年12月09日のブログ

(10)むかし家今松『ねずみ穴』
>新宿末広亭 12月下席 夜の部 12月27日
兄弟の愛憎劇を見事に描き出した、今松とネタへの印象を一変させる力演!
2016年12月28日のブログ



 なんとか、選ぶことができた。

 次は、「寄席の逸品賞」。これは迷うことはない。
◇上半期
桂南喬『短命』
>新宿末広亭 6月下席 夜の部 6月27日
このネタを演る若い噺家さんが見習うべき、まさに熟練の高座!
2016年6月28日のブログ

◇下半期
春風亭正朝『六尺棒』
>新宿末広亭 10月上席 昼の部 10月9日
いろいろあったが、そろそろ時効かーやはり、この人は上手い!
2016年10月10日のブログ

 次に、どうしても記憶にとどめておきたい高座がある。

 今年の落語初めだった、横浜にぎわい座での、あの人の高座だ。

◇特別賞
柳家喜多八『やかんなめ』
>睦会 横浜にぎわい座 1月14日
2016年1月15日のブログ

 ブログ記事を、再録したい。
柳家喜多八『やかんなめ』 (25分)
 久しぶりに聞く出囃子「梅の栄」とともに緞帳が上がり、高座に喜多八の姿。
 痩せた・・・・・・。
 まくらで、栄養失調で1月4日まで入院していた、と語る。入院前は40キロそこそこで、それより3キロ体重は戻ったと言っていたが、頬はこけている。髪も、以前は染めていたのかもしれないが、白っぽい。
 しかし、声は、いつもの喜多八なのだ。あるいは、かつて聴いた中でも、大きいくらい。
 以前演じたネタを調べていたら、「これ、やってなかったんだ」と選んだネタは、十八番の一つ。
 侍がお供の可内(べくない)に向かって何度か「笑うな!」と叫ぶ場面で、会場も大いに沸いた。
 本編にかかるマクラで「一病息災」の言葉があったが、それは自分自身に言い聞かせていたのかと思わないでもない。
 上方では『癪の合い薬(あいぐすり)』の題。
 高座は、何ら健康時とは変わらない、いや、それ以上かもしれない。
 しかし、まだ体重は戻っていないし、歩けない状態は、健康とは言えない。
 喜多八にとっての「合い薬」が見つかり、無事快癒することを祈るばかりだ。

 ここ数年、そのやつれ具合に驚愕し、不安を払拭する張りのある声に感心する、という経験をしてきた落語愛好家の方は、私がそうだったように、「蝋燭が消える前の・・・」という思いがよぎったのではなかろうか。

 そうは思っても口に出すのを憚った人が多いはずだ。
 口に出したことが現実になる、それを怖れたのは私だけではないだろう。

 しかし、残念ながら、喜多八の合い薬は、なかったようだ。

 失って、その存在の大きさを痛感した柳家喜多八という得難い噺家さんのご冥福を祈りたい。


 平成28年は、喜多八が旅立った年として忘れることはないだろう。

 でも、嘆いているばかりではいけないのだろう。

 きっと喜多八は、「もうあっしのことは忘れて、生きている噺家さん達を応援してあげてくださいな」と天国で呟いているような気がする。

 来年も、一期一会を楽しみたいものだ。


[PR]
by kogotokoubei | 2016-12-29 20:18 | 落語会 | Comments(10)
 昨年は野暮用続きで楽しむことができなかったが、むかし家今松主任の師走下席へ。
 なんとか時間のやりくりがついて、コンビニに寄ってから、開演の五時直前に入場できた。

 仲入り後で、客席は七分から八分の間位の入りだったろうか。

 開口一番の金原亭小駒が『からぬけ』のサゲ近くだった。

 好きな下手の桟敷は、最前列も空いていたので場所を確保。
 この日は、色物でいじられそうな出演者もいないようだったしね。

 久しぶりの古今亭志ん八から、感想などを備忘録代わりに記すことにする。

古今亭志ん八『ざるや』 (6分 *16:59~)
 ほぼ二年前、2014年11月の落語研究会以来。志ん五門下から今は志ん橋の元にいる人だが、すぐ近くで拝見すると、意外に渋い顔つきだったことが分かる。協会のプロフィールを確認すると四十路を越えていた。童顔のイメージがあるが、だんだん噺家らしくなってきたかな^^
 短いながら寄席らしい噺を器用に聴かせた。来秋、真打昇進。一層の飛躍を期待したい。
 
林家楽一 紙切り (9分)
 初、である。こんな人がいたのか、と思ったが、協会HPで確認すると2001年に正楽に入門しているが、協会には昨年入会とのこと。
 ご挨拶代わりの「横綱の土俵入り」の後は、最前列のお客さんが雑誌を渡してのリクエストで「チアリーダー」。なかなかの出来映え。次に、上手の桟敷最前列にいた母親と一緒に小学生らしく女の子からの「ピッチャー」のリクエスト。自分も野球(ソフトボール?)をしているらしい。三人目のお客さんの「水族館」までを無難にこなした。
 語りの面ではまだまだ慣れが必要だろうが、紙切りの技量自体は、悪くない。
 数少ない伝統芸の色物に、こういう若手が登場するのは、大歓迎である。

隅田川馬石『反対俥』 (13分)
 お目当ての一人。昨年4月に池袋でも聴いたネタ。
 マクラは、7月に初めて行った「シブラク」の扇辰との二人会でも聞いた浅草の人力車のことだったが、渋谷ではその後に『野ざらし』だった。
 池袋でもそうだったが、末広亭も桟敷の最前列となると、俥屋と客の息遣いまでよく分かる。噺家さんによっては袴でなければ裾が乱れるネタなのだが、激しく動きなからも、まったく着物に乱れがないことに、もっとも感心した^^
 雲助一門トリオの中で、寄席がもっとも似合う人だと思うし、今後も寄席の顔付けで名前を見るのが楽しみな人だ。

入船亭扇辰『一眼国』 (16分)
 デジャブ、という感じ。馬席との渋谷での二人会で聴いたネタ。
 とはいえ、あの時は、馬石の浅草の人力車のマクラをひきとって長いマクラがあったので、今回は本編のみ。
 扇辰の高座については、極端な表情の変化など、彼の特徴的な演出に対し賛否両論かと思うが、こういう噺には、この人のそういった個性が活きる。
 『団子坂奇談』などもニンな噺で、少し怪談めいたネタが合うのかもしれない。
 「巡錫」のみぎり、なんて言葉、もはや落語でしか出合えないのではなかろうか。

とんぼ・まさみ 漫才 (15分)
 やはり、私はこの人たちの漫才とは、相性が悪い。
 無駄な間も含め、聞いていて少し辛かった。
 昼から時間がとれれば、池袋の昼の部から新宿にはしごを目論んでもいたが、それは出来なかった。池袋、はん治の主任で、笑組も出演だったのだ・・・・・・。
 これも、縁だね。

橘家蔵之助『ぜんざい公社』 (15分)
 この人はそう多くは聴いていないが、このネタは二度目。
 あれ、ぜんざいの代金を支払う場面あったっけ?

桂才賀『カラオケ刑務所』 (15分)
 10月9日、橘家文蔵襲名披露興行の日の昼の部、主任の高座で聴いた爆笑ネタの新作。
 最後には踊りまで披露の、元気一杯の姿を見せてくれたなぁ。
2016年10月10日のブログ
 二年まえの新作台本コンテストの準優秀作品で、柳昇の『カラオケ病院』への“オマージュ”作品。
 サゲの後に「これで、現金20万円ですよ。来年6月まであります。ぜひご応募を!」と応募を勧めていたのは、応募作品が少ないのだろうか。書いてみようかな、と少し思っている^^

柳家紫文 三味線漫談 (13分)
 この人も、私には相性が悪い。長谷川平蔵ネタは、まだ古典化するような域には達していないのだが、いつもあればかり。知っていても笑えるような内容ではないで、聞いていて辛い。
 三味線の技量はあるのだから、もっと芸の幅を広げて欲しいと思うのだが・・・・・・。

金原亭馬生『辰巳の辻占』 (14分)
 師匠の十八番。しかし、この人の丁寧な語り口とは、今一つ合わないネタのように感じた。この男女、もっともっと因業に描くべきではなかろうか。
 このへんは、個性とネタの相性という面で、なかなか難しいところだ。

三遊亭歌之介『お父さんのハンディー』 (13分)
 仲入りは、この人。
 いつもほどは会場の爆笑度合いはなかったように思うが、それはネタのせいもあるか。ゴルフ知らないと笑えないからね。
 この人の『爆笑龍馬伝』などが、知っていても笑える、古典化する新作の名品、ということなのだ。

古今亭菊千代『権助魚』 (15分)
 仲入り後、いわゆる“クイツキ”でこの人とは意外。
 しかし、歌る多とともに東京落語界で女性初の真打になった実力は、伊達じゃない。
 権助も女房も、生き生きと演じ、会場を沸かせた。十分に役割を果たした高座。

ペペ桜井 ギター漫談 (17分)
 ギターの音にやや雑音が混じったが、元気でいていただければ、それだけで結構。

吉原朝馬『六尺棒』 (14分)
 このネタで、倅が人力車で家の近くまで来る場面は、初めて聴いたように思うが、道理だろう。
 どうしても、文蔵襲名披露興行の日の才賀が主任の昼の部、春風亭正朝の名高座と比べてしまう。噺本来の可笑しさで十分に楽しめるはずなのに、なぜ隣が錦織さんの家である必要があるのか、疑問。テニスをクスグリに使ってもいないし。
 自分なりに噺を変えること自体は悪いとは思わないが、それが裏目に出ている印象。

桂南喬『壺算』 (15分)
 寄席に欠かせない人。
 噺の基本をほとんど変えないのに、しっかりと笑いが起こる。
 女房を呼び捨てにして山葵卸しで顔を削られた、で爆笑。
 要するに、聴く側との共感性の問題なのだろう。
 瀬戸物屋の主の困惑が伝わり、可愛そうになってくる、そういう感情を共有できた好高座だ。

アサダ二世 奇術 (9分)
 勝丸の代演。
 最初のスカーフの芸で拍手が起こり、「そんなたいしたことないんです」で、会場から笑いを招く。
 ヒザの役割を短い時間で果たした。

むかし家今松『ねずみ穴』 (38分 *~21:10)
 生で聴くのは、2012年5月、博品館の喜多八以来だ。
2012年5月17日のブログ
 あの時は、絶品の『短命』の印象が強く、この噺はそれほど記憶に残っていないのだが、ご一緒した佐平次さんは、居残り会で褒めていらっしゃったはず。

 では、今松はどうだったのか。
 結論から書く。
 これまでの印象を払拭した、と言うと誤解を招くかもしれないが、実に見事な高座だった。
 淡々と語る独特の高座、という思いが強かったが、顔の表情の変化を含め、こんな劇的な今松の高座は初めて体験。
 もちろん、底に流れる主旋律とでも言うべきものは、今松ならではの重低音なのだが、場面場面での演出は、活き活きとしていた。
 また、こんなに顔の表情が豊かな人だったことを再認識させられた。
 たとえば、夢の中でのことだが、火事で焼け出された竹次郎が娘のお花を連れて無心のために兄を訪ねた場面。
 まず、お花を見た兄のこぼれるような笑顔に、この人が根っからの守銭奴ではない、ということが伝わる。だから、弟に三文しか渡さなかったのは、あれから十年後の酒盛りで兄が語った通り、あくまで弟のためを思ってのことなのだと得心。
 そして、その兄が夢の中では守銭奴そのもので、竹次郎が店を再開するための金は返ってくるアテがないのにで貸せないと言い、挙句の果てに竹次郎が兄に殴られた後、お花に向かって「よく見ておけ、お花。これが鬼の顔だ」という場面の竹次郎の表情を含む、静かな中での壮絶さも、見応えがあった。
 全体の情景描写も、過不足はない。
 三つの蔵に火が入って崩れ落ちる場面も、しっかり目に浮かんだ。

 この噺、以前はそれほど好きではなかった。
 同じ夢の噺にしても、『天狗裁き』や『夢の酒』のような落語的可笑しみはなく、後味が良いとも思わなかった。
 しかし、竹次郎が自前の店を持てと兄に渡された金の入った財布の中身を見る前、「これで江戸の酒でも」と呟く場面に、人間の本質的な弱さを覗き見、また、たった三文と知って落胆し、憤慨した後、思い直して「いや、地べたを掘っても三文出て来るわけはではねぇ」と一念発起する心情の変化には、十分に説得力があったし、竹次郎がんばれ、と思わせてくれた。
 また、今松の高座には、夢ではあっても、人が儲かっている時と奈落の底にある時とで、周囲がどう接するものか、いわば、人間の業を淡々とした中で表現していたようにも思う。
 桟敷最前列という場所の良さもあったのだろうが、表情、仕草、語り口の全体で、実に活き活きと兄と弟の愛憎劇を描き出した。
 元は上方ネタで、三代目円馬が東京に写し、六代目円生が継承したと言われる。
 文楽が十八番としなかったのは、その長さもあると思うが、好きな噺ではなかったのではなかろうか。
 それだけ、難しいし、夢の噺に共通する“損”なネタでもあるのだろう。筋書きを知っていれば、夢だった、ということの客の驚きはなくなるからね。

 田舎言葉の扱いも含め、噺家さんが、躊躇うネタの一つではなかろうか。

 そんな噺を好きにさせてくれそうな今松の高座、今年のマイベスト十席候補とするのを躊躇わない。

 仲入りで、同じ下手の桟敷で、顔見知りの今松ご贔屓の落語愛好家の方にお会いした。
 帰り際にお会いした時の立ち話で、あれほど今松師匠が表情豊かだったとは思わなかったと申し上げると、あの噺ではいつもとそう変わらないとのこと。
 とするならば、それは、結構凄いことだと思うなぁ。
 よくお聴きになる方は、きっと当たり前になっているのかもしれないが、初めて末広亭で聴いてからの私の印象は、大きく変わった。

 久しぶりの今松、なおかつ初のネタを楽しめたのは、僥倖だったことを再認識。

 さて、そろそろ、今年のマイベスト十席を選ぶ時期がきた。
 
 数年前からは行った落語会や寄席は少ないながらも、候補はそれなりにある。
 
 ある噺家さんは複数選んでいるし、選ぶのは簡単ではなさそうだ。。

 毎年暮れの、うれしい悩み、ではある。

 
[PR]
by kogotokoubei | 2016-12-28 12:53 | 落語会 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛