噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:落語会( 421 )

 土曜日の「ざま昼席落語会」の今松の名高座二席の余韻がまだ残っている。
 一席目の『お若伊之助』は、かつて苦手なネタだったのだが、今松のおかげで印象が変わった。

 あの狸が伊之助に化けてお若に会いに来る場面の描き方などで、結構印象は変わるものだ。
 初五郎の根津-両国-根津-両国-根津、という行ったり来たりのドタバタが、まったくダレることなく楽しかった。

 この噺は、志ん朝がホール落語会でも少なからず演じていた。
 亡くなる半年前の朝日名人会の音源も残っている。

 そんなこともあり、朝日名人会がらみでネットを少しサーフィンしていて、Sony Music Directの“otonano”というサイトに、朝日名人会プロデューサーである京須偕充さんの「落語 みちの駅」というコラムがあるのを発見。

 朝日名人会の内容が中心だが、ざっと読んでいて、気になることがあった。

 それは、3月の名人会における柳亭市馬の『御神酒徳利』に関する内容。
Sony Music Direct「otonano」サイトの該当ページ

 引用する。
柳亭市馬さんは「御神酒(おみき)徳利」。数年前にいちどこの会で演じたネタですが、そのとき「東下り」の道中付けに少し乱れがあったので再演してもらいました。三代目柳家小さん以来の「占い八百屋」系「御神酒徳利」が大勢を占める今日、この大坂まで行く版は貴重です。こちらのほうが超現実の部分も含めて噺が格上だと思います。

 柳家の「占い八百屋」が大勢を占めて、それのどこが問題なのか。
 この噺は元が上方の「占い八百屋」で、東京への伝達経路には二つの流れがあると言われる。
 一つは三代目小さんが東京に移植したと言われており、柳家に伝わる「占い八百屋」だ。
 円生の御前口演に代表される番頭が大阪まで行く型は、五代目金原亭馬生が円生に伝え、円生が練り上げたと言われる。
 私はあの型では、円生より三木助の音源の方が好きだ。
 番頭が大阪に行く型は、どうしても時間がかかる。
 「占い八百屋」に比べてあまり演じられないのは、柳家の噺家さんが多いということと、その所要時間も影響しているのではなかろうか。
 柳家でも小満んはどちらの型も演じるし、私は瀧川鯉昇の大阪まで行く三木助版を踏まえたと思しき名演を二度聴いている。
 とはいえ、小満んも、落語研究会からの要望で演じたようだし、朝日名人会では京須さんが柳家の市馬に、柳家ではない型を、あえてリクエストしたわけだ。

 噺の元をたどるなら、番頭&大阪型の噺が「格上」とは言えないだろう。

 古くなるが、私は、第一回大手町落語会で権太楼が「占い八百屋」を演じた会の終演後のロビーで、番頭が犯人の型しか知らないお客さん同士が、「番頭じゃなく、八百屋なんだぁ」」と話していたのを耳にしたことを覚えている。
2010年2月27日のブログ


 それはともかく、気になるのは、“再演”のこと。
 読んでから、これはソニーで音源を発売するための再演なのだなぁ、と察したが、そんなのありか・・・と思う。

 かつて、まだ木戸銭がA席3500円の時代に、よく朝日名人会に行った時期がある。
 小三治の会はすぐにチケットが完売になっていたが、他の顔ぶれでは、それほどチケットが入手できにくいこともなかった。

 今は、木戸銭が高いことと、自分にとってあの会への有難味がなくなって、行く気にはなれない。
 結構“ハレの日”の落語会、という気分の高揚感のようなものが最初はあったが、それも次第に薄れてきた。
 そうそう、仲入りにシャンパンなんぞを飲んでいたことを思い出す^^

 いまだに、年間通し券、半年通し券の案内はもらうが、興味が薄れたことに加え、先の予定などは決められないので、内容に目を通すのみ。

 四月の会の記事では、一朝の初CDがもうじき出ることが書かれている。

 たしかに、志ん朝の音源なども含め、あの会は芸達者たちの音源を数多く出しているが、それが会の目的のようになってはダメなのではないか。

 以前の高座のやり直しで同じ噺家が同じネタ、というのは、決して“お客様ファースト”とは言えないだろう。

 落語研究会は、イーストの今野プロデューサーが人選、ネタ選びをしているようなので、京須さんは、あくまでテレビ用の解説者として関わっているのだろうが、朝日名人会は人選とネタ選びに加えソニーの音源制作にも関わっている。

 これって、結構凄い権力を持っているわけで、危険な面もあるように思う。

 数年前の高座が、残念ながら音源発売に及ばない内容であれば、その噺家のその高座は、残念ながら、二次的な商売と縁がなかったと諦めるべきではなかろうか。

 ソニーの音源発売のための再収録の場に朝日名人会を利用するのは、私は実に野暮なことだと思う。

 他に、その一席の枠を与えるべき噺家もいるだろうに。

 かつて京須さんの落語の本からは多くの示唆も受けたし、勉強にもなった。
 しかし、ここ数年の著作や、新聞などで書かれていることには、疑問を感じることも多い。

 老害とは言いたくないが、権力のある地位に長く居座ることは、政治と同じで、良いことはない。

 あの会についての小言は久しぶりだが、やはり、書かないわけいにはいかないと思う、コラムの内容だった。

 ソニーの音源を作るために朝日名人会が存在しているとするなら、高い木戸銭を払ってその場に足を運ぶお客さんを馬鹿にしていると言えないだろうか。

 生の落語会、寄席は、その一期一会が大事なのであって、その音声や映像は、あくまで二次的なおまけである。

 そのおまけのために、同じホール落語会で同じ噺家とネタが選ばれるというのは、本来の落語会の主旨に反する行為ではないか。

 私は、そう思う。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-06-12 22:09 | 落語会 | Comments(4)
 なんとか都合がついて、久しぶりに、自宅近くの歴史のある地域落語会へ。
 なんと、2015年8月の正雀・彦丸の親子会以来になった。

 通算207回目とのこと。
 通常は真打二名の二人会なのだが、今回は今松と二ツ目の市童。市童が前座の市助時代にこの会の前座役を長らく務めたご褒美かな。
 電話で当日券があることを確認していた。
 当日券販売は開演一時間前の一時からだが、ちょっと油断して一時半少し前に行くと長蛇の列。
 結局308席の会場には、八割を超え九割ほどのお客さんが入っていたような気がする。
 今松の座間での人気は、なかなかのものだということか。

 次のような構成だった。
-----------------------------------------
開口一番 柳亭市朗『狸の札』
柳亭市童  『棒鱈』
むかし家今松『お若伊之助』
(仲入り)
柳亭市童  『ろくろ首』
むかし家今松『笠碁』
----------------------------------------- 

 感想などを記す。

柳亭市朗『狸の札』 (15分 *14:01~)
 初である。現在二ツ目の市楽の前座時代と同じ名。まだ、先代(?)の印象が残っている。
 見た目は市童より上に見えたので後で調べたら、やはり市童より四歳上の三十歳。
 どうもリズムが悪い。大きな声ではっきり、という基本はできているのだが、途中途中で小さなブレーキがかかるような印象。精進してもらいましょう。
 それにしても、以前、白酒が入門希望者が多く、結構前座になる前の待機児童(?)が多いと言っていたが、この人の落語協会のホームページでのプロフィールも次のようになっている。
2015(平成27)年2月9日 柳亭市馬に入門
2016(平成28)年4月1日 前座となる 前座名「市朗」

 一年余り、待機したということか・・・・・・。

柳亭市童『棒鱈』 (24分)
 久しぶりだ。名は童顔からきているのかもしれない、市朗よりはずいぶん若々しい。
 なかなかの熱演ではあったが、まだ肝腎の主役と言える酔っ払いの男が十分には描けていない。二ツ目としては十分に評価できる高座だが、私のこの人への期待は、もっと高いところにある。
 ぜひ、この噺を十八番とするさん喬など芸達者の高座で勉強して欲しい。
 酒は好きなようだが、酒飲みを演じることは上戸も下戸も関係がないことは、小三治が証明している。

むかし家今松『お若伊之助』 (53分)
 マクラでは、実は私も会場に来る際に気になった、地元を基盤とする、ある政治家のポスターのことにふれた。
 「ひたむきに これからも」というキャッチフレーズの元大臣の看板を見て辟易していたのだ。
 さすが、今松、「ひたむきに これからも 金集め」とひねった^^
 会場には支持者もいただろうが、結構笑いが多かった。今松、なかなかやるねぇ^^
 時事ネタが続き、「こりゃ旨い 安倍のおそばのもりとかけ いつの間にやらキツネとタヌキ」では、会場から大きな拍手。
 そんな私好みのマクラの後に、タヌキからつないだ、この噺へ。
 実はこの噺は苦手だった。それは、狸が登場する噺なのだが、サゲ前の筋書きがメルヘン調にはならず、残酷な印象があるからかもしれない。
 古くなるが、人形町らくだ亭で、さん喬、志ん輔で聴いているのだが、どちらも楽しむことができなかったのは、自分の記事を読んでも分かる。
2010年10月29日のブログ
2013年4月9日のブログ
 しかし、この今松の高座は、この噺への苦手意識を払拭してくれそうだ。

 こんなあらすじ。
(1)横山町三丁目、栄屋という生薬屋の一人娘が、一中節が習いたいと母親にせがむ。母親が出入りの鳶の頭初五郎に師匠を頼むと、もと侍で大変に堅いものがいる、自分が仲に入り保証するというので、その伊之助に来てもらうことになった。
(2)ところがこの伊之助が実にいい男で、お若が惚れ、二人がいい仲になる。気付いた母親は、初五郎を呼んで、三十両を出して二度とお若に逢わないと約束させるよう頼む。一方お若は、母親の義理の兄で根岸御行の松近くで剣術の町道場を開いている長尾一角に預けることとなった。
(3)一年ほどした頃、お若のお腹が大きくなりだした。これは一大事と一角が忍んで来る男を確かめると伊之助だ。翌日初五郎を呼んで話をする。手切れ金は確かに渡したのかと聞かれ頭に血がのぼった初五郎は、昨夜伊之助と吉原の角海老で一緒だったのを忘れ、伊之助のところへ駆けつける。しかし、伊之助に言われて昨夜のことを思い出し、根津に帰って一角に人違いだと告げる。しかし、一角に、伊之助が寝転かし(ねこかし)したのではないか、と言われ、初五郎、また両国に取って返した。しかし、また伊之助に昨夜は一晩中一緒に飲んでいたじゃないですかと指摘され、またまた、根津に戻る。
  (注)「寝転かし」は「ねごかし」とも言い、寝ている人をそのまま
     放っておくこと。特に、遊里で客が寝ている間に、遊女がこっそり
     いなくなってしまうこと。
(4)その夜、初五郎に確かめさせると、昨夜のは伊之助ではないが、今居るのは間違いなく伊之助だと言う。そこで一角が短筒(種子島)で撃ち殺すと、それは伊之助ではなく、大きな狸。その後お若は身籠り、日満ちて産み落としたのは狸の双子。すぐに死に、しばらくしてお若も亡くなった。お若と狸を弔うために御行の松の根方に塚をこしらえた。「根岸御行の松のほとり、因果塚由来の一席でございます」でサゲ。

 この筋書きで、初五郎が根津と両国を行ったり来たりする(3)の場面が一番の聴かせどころだが、今松の高座、なんと楽しかったことか。
 筋を知っていると、ここはダレる危険性があるのだが、今松の高座では笑い続けながら楽しむことができた。
 また、随所に入るクスグリや川柳なども実に効果的。
 たとえば、箱入り娘のお若に美男の伊之助を引き合わせる場面、「猫に鰹節、噺家に現金」で会場から大きな笑い。
 狸が化けた伊之助とお若が出会う場面の、去年(こぞ)別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものは涙なりけり、なんてぇのも実に味がある。
 初五郎が根岸に呼ばれた時に門弟が、“に組”を“煮込み”などに聞き間違うところも、なんとも可笑しい。
 これだけこの噺を楽しく聴けたことはない。
 それは、きっと、狸が伊之助に化けてお若に会いに来る場面を、それほど怪談めいた、おどろおどろしい場面にしなかったからかもしれない。
 あの場面を湿らせすぎると、どうも後味が良くないのだ。今松のようにあっさり演じれば、この噺の味わいが大きく変わる。
 この人らしいマクラも含む長講を、まったく飽きさせなかった高座、今年のマイベスト十席候補とする。

柳亭市童『ろくろ首』 (26分)
 前半、伯父さんと松公との会話の場面は、良かった。
 松が兄と同じように「おかみさんが欲しい」と言う場面、なかなか「おかみさん」と言えなくて顔を歪めて苦悶する表情の楽しかったこと。
 この高座は、十分に真打のものだ。

むかし家今松『笠碁』 (38分 *~16:47)
 マクラでは巨人の連敗のことにふれる。私は同じアンチ巨人なので、心地よく聞いていた^^
 そこから、中国、トランプなど時事ネタになり、詳しくは書かないが、十分を超えるマクラがあったので、一席目の長講を考えると何か短めの軽い噺かと思っていたので、この噺と分かって驚いた。
 ネタにまつわる川柳、「ほんの一番と 打ち始めたのは 昨日なり」などをふって本編へ。
 師匠馬生とは若干設定が違う部分もあった。
 たとえば、待ったをする方の旦那、私が持っている馬生の音源では、前日に根岸の碁の先生のところに行き、待ったをしないよう忠告された、という設定。
 今松は、その日、相手を少し待たせたのは、根岸のご隠居のところに寄っていたからで、ご隠居に忠告されたのですが・・・となっていた。
 今松、この根岸のご隠居のことを語る場面、「剣術は、やりませんがね」と、一席目に関わるクスグリを挟み、客席から笑いが起こる。
 待った禁止でやりましょうと決める際の会話、「そうしましょう、そうしましょう、碁を打っているのか、待ったを打っているのかわかりませんからね」は、師匠譲りの楽しい科白。
 言い出しっぺの方が待ったを頼んだ後の会話が、次第に喧嘩腰になる様子の、なんと楽しいこと。
 待ったの旦那の科白は、「あなたが、そんな薄情な人だとは思わなかった」や、「人間の付き合いというものは、そんなもんじゃないでしょう」なども、客席からは少なからず笑いが起こる。二人の表情などが、十分に想像できるからだろう。
 「碁敵は 憎さも憎し 懐かしし」とふった後の再会までの後半の場面もダレることはなく、待ったの旦那が相手が現れたのを見た時の、「来たよ、来たよ」の今松の破れるような笑顔には、その旦那の喜びが溢れていた。
 この高座も、今年のマイベスト十席候補としない理由は、まったくない。

 
 なんとも驚きの二席。
 その余韻に浸りながら、駅までの道をゆっくり歩いていた。

 この日は、高座と客席が一体化した感じがしたなぁ。

[PR]
by kogotokoubei | 2017-06-11 20:19 | 落語会 | Comments(0)
 夜の部、はじまりはじまり。

開口一番 桃月庵ひしもち『平林』 (8分 *16:45~)
 初である。前座としては、まあまあ、という印象。
 なんともひよわな印象を与えるが、高座は語り口もしっかりしている。見た目と高座のギャップは、一つの売りになるかもしれない。

林家たこ平『出来心』 (12分)
 本来は、朝之助・一蔵・一左の一之輔の弟弟子による交替出演枠なのだが、その誰でもなく、この人。三人とも都合が悪くなるなんてぇことがあるんだ・・・・・・。
 代演のたこ平は、マクラからリズムが合わない。言いよどみも多い。
 実に残念な高座。2015年の連雀亭初席で聴いた『松山鏡』などは、結構味があったのだがなぁ・・・・・・。
2015年1月4日のブログ

東京ガールズ 邦楽バラエティ (14分)
 一人は「非売品」、相方は「返品」という自虐ネタが、失礼ながら可笑しい。
 ♪ぎっちょんちょんも悪くないし、♪裏路地の~は、何度聴いても、歌った後のあの表情が可笑しい。
 三味線の腕も結構凄いのではなかろうか。
 この人たち、だんだん好きになってきた。

台所おさん『弥次郎』 (11分)
 名前にまつわる逸話などのマクラから本編に入ったが、この短い時間で客席を沸かせた、なかなかの高座だった。
 「柔道二十三段」「そんなのがあるかい」「先生がまけてくれた」なんて科白でも笑った。
 最初に聴いたのは九年前になるが、2008年の厚木で鬼〆時代。あまり良い印象はない。
 その後、連雀亭で聴いて印象は好転し、この高座では、結構唸った。
 そのなんとも言えない風貌も含め、実に個性的かつ古風な、噺家さんらしい人。

春風亭百栄『鼻ほしい』 (14分)
 おさんの次がこの人、という流れは、なかなかに楽しい。
 こういう地噺は、お手のものだなぁ。新作か地噺の百栄、ということか。

 この人のこの噺をいつ聴いたか調べたら、2011年1月25日の新文芸坐だった
2011年1月26日のブログ
 あの落語会には、何度か足を運んだが、2014年4月21日で終了した。
 百栄が『鼻ほしい』を演じた日は、他に三三と一之輔、そして三木男が出演。
 その時の記事で、プログラムに、本来担当されている新文芸坐の永田稔さんが静養中で、「落語ファン倶楽部」編集部の松田健次さんが代筆して出演者を短い言葉で評していたことも引用していたので、再掲しよう。
 □三三
  人心の深い闇をえぐりながらも、その一方で理屈に拠らない人間存在のユーモアを忘れません。
 □百栄
  一瞬「え!」という意外な映像演出を挟むなど新世代らしい遊び心を見せます。
 □一之輔
  あらゆるシーンに縦貫するやるせなさと可笑しみに目を離すことが出来なくなります。
 □三木男
  只今短編で腕を磨きつつ初長編の構想に明け暮れる若き監督の卵でしょうか。

 なかなかに適確な評ではなかろうか。

伊藤夢葉 奇術 (12分)
 いつもながらの技と話芸。いいねぇ。

古今亭菊寿『初天神』 (12分)
 初である。年齢は私とほぼ同じなのだが、もっとふけて見える(はず^^)。
 金坊の演出が際立った。たくさん店が出ているのを眺めながら「りんご・・・はいらないんだよね」「みかん・・・もいらないんだよねぇ」「バナナ!・・・もいらないんだよね」
 「りんごもみかんも、バナナもいらないんだよねぇ・・・・・・」の後に、じわじわと切なさがこみ上げ、次第に顔がくちゃくちゃになって泣き出す様子は、生の落語でなければ楽しめない。
 円菊一門、奥が深い。

橘家円太郎『浮世床ー本ー』 (16分)
 仲入りの一朝が休演で、正朝が仲入りになり、そこに代演のこの人。
 近くの若いカップルが懸命にプログラムを見て不審がっていたので、よほど教えてあげようかと思ったが、高座が始まっていたので、やめた。
 マクラが楽しかった。浅田麻央の父親になりたい、というネタで、ところどころに師匠小朝の前妻のことなども挟んだが、詳細は秘密。
 本編は、私が知る筋書きとは異なり、「まっこう、まっこう」「おい、松公呼んでるぜ」なども、ない。
 とにかく、本を読んでいる留さん(源さん?)が、読もうとして顔と口をゆがめる表情が可笑しい高座。マクラが長くなって短縮したのか、この人はこういう型なのか知らないが、寄席らしい佳品だった。

林家ペー 漫談 (14分)
 ギターではなく、師匠の奥さん(海老名香葉子)からもらった赤いバッグを持って登場。赤いTシャツには「余談」の二字。
 最後に自分の歌「余談ですけど愛してる」を披露し、カラオケで歌ってくれ、と言って退場。
 昭和16年生まれ、今年76歳での、あのパワー、凄いね。
 
桂文生 漫談 (15分)
 二日酔いの様子とは、この日は思えなかった^^
 円生や正蔵の声色を挟んでの漫談は、なかなかに楽しかった。
 寄席のこの人でネタを聴くのは、十回に一度位の確率ではなかろうか。

春風亭正朝『町内の若い衆』 (16分)
 一朝に代わる仲入り。
 こういう噺は、本当に上手い。太った女房を形容する「氷上のトドだね」とか、鼻の穴からタバコの煙を上に吐く女房の様子には「インディアンの狼煙か」で笑わせる。
 仲間が何か褒めるものを探そうと、蜘蛛、あぶら虫、ナメクジなどに溢れた(?)家を「まるで、ファーブル昆虫記だね」なども、センスの良さを感じる。
 弟子の正太郎も順調に成長しているように思う。親子会でもあるなら、行ってみたいものだ。


 -仲入り-

 昼の部の後、椅子席は四割ほどの入りに減ったのが、次第に埋まってきた。仲入り後には七割程度まで入ったのではなかろうか。桟敷は六割ほど。
 二階にはカメラが据えてあったが、撮っているのか、あるいはこの後で何かイベントでもあるのかな。

 さて、休憩も終り。

春風亭柳朝『持参金』 (15分)
 クイツキを主任の兄弟子が務めた。今や弟子10名を数える一朝一門の総領弟子。
 最前列の席の方は、奇術の美智さんにどこから来たか聞かれ北海道と答えていたから、もしかすると、柳朝のつながりの方だろうか。
 この噺も、一門や人によって微妙な違いがある。柳朝は、吉兵衛さんが翌朝、あの女性を連れてくるという設定。
 筋書きをご存じないお客さんから、サゲ前に、番頭ー男ー吉兵衛さんの関係が明らかになり、どっと笑いがくる。
 こんなに顔の表情のある人だったろうか、と思わせる熱演。
 柳朝のブログ「総領の甚六」によると、あの古今亭右朝から稽古をつけてもらったネタとのこと。そして、その歴史をたどると次のようになるらしい。
 春風亭柳朝-古今亭右朝-立川談之助-立川談志-桂米朝。
ブログ「総領の甚六」の該当記事
 なんとも、由緒ある噺ではないか。

ホームラン 漫才 (10分)
 落語協会漫才の重要メンバーという地位を確立しつつある、という印象。
 勘太郎と私は同じ昭和30年生まれだが、彼の方がふけて見えるよなぁ、間違いなく^^
 たにしの腹話術のような相槌が可笑しい。
 しっかり客席を暖め、トリの時間も確保する、名人芸だった。

春風亭勢朝 漫談 (11分)
 十八番の彦六ネタなどを含め、この人ならではの高座。
 
初音家左橋『替り目』 (11分)
 もっとも難しいとも言われる出番のヒザ前は、十代目馬生門下のこの人。
 ちなみに、昼の部では、はん治が務めた。
 なぜ、難しいかは落語愛好家の方なら先刻承知だろうが、盛り上げなくてはならないが、主任を喰っちゃいけない。また、それまで出ているネタと主任のネタにもをつかないようにしなければならない。
 なるほど、そういう位置づけには相応しい芸達者である。
 昼の部から通しで、なぜかこのネタが出ていなかったねぇ。加えて、『親子酒』や『試し酒』、『居酒屋』など酒の噺もなかった。
 何かつまむものはねえか、の後に納豆や、糠漬けの部分を省いておでん屋につなげ、いわゆる『元帳』でサゲたが、実に結構でした。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (10分) 
 仙三郎、仙志郎、仙成の三人が揃って登場。
 今や落語協会の色物で香盤の一番上にある。
 土瓶の芸、和楽とは年季の違いを感じさせるなぁ、やはり。
 しっかり、トリにつなげました。
 それにしても、昼も夜もヒザが太神楽というのは、私のような(数少ない^^)居続けには、ちょっと残念。

春風亭一之輔『蛙茶番』 (33分 *~21:03)
 登場し、会場から「待ってました!」の声。
 少しの間を空けてからマクラに入ったが、前日に国立劇場の歌舞伎教室へ行ったとのこと。券をもらったらしい。高校生(一之輔いわく、北関東のどこかでしょう^^)が団体で来ており、説明役に若いイケメンの歌舞伎役者が出てきたら、女子高生がキャーッやら何やら嬌声を上げた・・・その後、そのイケメンが「ここが、花道」とか説明を始めたが、「あれ位なら私だってできる」と一之輔。
 歌舞伎の食事と寄席のそれ(おいなり)、客の服装、木戸銭などなどで歌舞伎より寄席がいいと言いながら、「早い話が、悔しいんです」と言う。本音なのだろう。
 そんなマクラから、昔は素人芝居が流行っていまして、と本編へ。
 なんとも結構なマクラなのだろう、と思いながら聴いていた。
 このネタのために、わざわざ歌舞伎教室へ行ったわけでもあるまい。こういう、生きのいい(?)ネタに関わりのあるマクラは、好きだ。
 「天竺徳兵衛」のガマ蛙の役を伊勢屋の若旦那が断って定吉にお鉢が回った。しかし、芝居番の半公が来ないので幕が開けられない。番頭に言われて定吉が半公を迎えに行き・・・という筋書きの中で、それぞれの人物が見事に描かれている。
 お店の主人の貫禄。知恵者の番頭のなんとも言えない、したたかさ。定吉の無邪気さ。建具屋の半次の一本気な江戸っ子ぶりと粗忽ぶり。風呂屋から芝居に向かう途中で出会う、鳶の頭(かしら)の鯔背ぶり。芝居の観客・・・・・・。
 聴いていて、素人芝居の舞台、客席が目に浮かんでくる。
 このバレ噺(艶笑噺)を、まったく下品さを感じない、質の高い爆笑噺に仕立て上げた。
 何と言っても、惚れている小間物屋のミー坊が帰っちゃ大変と、自慢の縮緬の褌を締めるのを忘れて湯を出た後、途中で頭(かしら)親娘に、その物を見せて「町内一」とか「これだけあると重い」と言うあたりで、会場がひっくり返るような大爆笑。近くに若いカップルがいたが、女性が大声あげて、泣きながら笑っていた。
 その御開陳のすぐ後に、頭が大慌てで「やめろ、やめろ!」と言って、娘に「見るなぁ!」と叫んで半公を隠そうとするあたりでも笑いが巻き起こる。
 もちろん、この人なりの楽しい演出も加わる。
 たとえば、最初に定吉が迎えに行った時、半公が怒って人差し指と中指で「目ん玉くり抜くぞ」と脅かされたことを番頭に言うと、「こうして防げ」と手の平を縦に目の前に構えてみせる。「足んなきゃ、両手で」と言う。これを、番頭のミー坊作戦の知恵を授かって再訪した場面で定吉が実践するところなども、実に可笑しい。
 科白で印象に残るものもある。定吉が、番頭の作戦を聞いた後の、「番頭さん、凄いですねぇ。味方にしておいて良かった」なども効果的な一言。
 あの禁演落語五十三席の一つであるネタを、女性が大声で笑える見事な噺に仕立てた高座、今年のマイベスト十席候補に選ぶ。いやぁ、笑ったなぁ。


 実は昼の部がはねた後で、末広亭の従業員の女性の方から、一之輔の初日から六日目までのネタをお聞きしていた。
 鰻の幇間・青菜・代書屋・化け物使い・千早ふる・百川、だったとのこと。
 そして、この日の蛙茶番。

 一之輔の2012年3月21日から5月20日までの真打昇進披露興行50日51席のネタは、以前書いた。回数ごとに、次のネタが並ぶ。
2012年5月21日のブログ

 5回(1):茶の湯
 4回(3):百川、子は鎹、粗忽の釘
 3回(4):欠伸指南、初天神、明烏、らくだ
 2回(6):短命(長命)、不動坊、長屋の花見、花見の仇討、青菜、藪入り
 1回(10):竹の水仙、雛鍔、くしゃみ講釈、鈴ケ森、蛙茶番、代脈、大山詣り、鰻の幇間、へっつい幽霊、五人廻し

 あの二十四席と、末広亭の主任興行のネタ、春から初夏までの同じような季節なので、同じネタが並ぶのは当然のことだろう。
 しかし、あの披露目では、代書屋、千早ふる、化け物使い、は演っていない。
 
 ネタも着実に増やしていることが分かる。
 
 そして、その高座に久しぶりに触れて、若さ、勢いを保ったまま、どんどん上手くなっていることを実感した。
 貫禄さえ感じさせる。
 横浜にぎわい座の地下秘密倶楽部“のげシャーレ”で二ツ目時代に聴いた時に、この人のチケットは取りにくくなるとは予想したが、まさか、NHKが「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げるまでになるとは、思わなかった。
 三三、白酒、などには良い刺激になっているだろう。
 
 落語協会は、今春五人、秋にも三人の真打昇進。
 あくまで、増え続ける二ツ目への落語家稼業スタートの儀式、ということか。
 抜擢昇進は、たった五年前のことだが、そんな大きな状況の変化が、ずいぶん前のことにも感じさせるのである。


 九時間近い居続けではあったが、昼の部では、いぶし銀とでも言える芸達者達による高座を楽しみ、最後には一之輔の見事な“芝居”を堪能した。

 やはり、寄席はいいねぇ。
[PR]
by kogotokoubei | 2017-06-09 12:36 | 落語会 | Comments(6)
 休みをとっての末広亭居続けを敢行。

 途中で昼食をとりコンビニで助六などを買い込んで、12時15分頃に入場。
 一風・千風という、聴いたことのない漫才の途中だった。
 客席は椅子席で六割位、桟敷はパラパラと四割位。漫才が終わってからいつもの下手桟敷に場所を確保。二階席に修学旅行の団体の生徒さん達がいた。どこの学校か知らないが、先生は偉い。
 トリの時点で椅子席は九割近く埋まり、桟敷も七割方はお客さんが入っていたように思う。

 まず、昼の部について、出演順に感想などを記す。

三遊亭歌実 漫談 (12分 *12:20~)
 初。五月に二ツ目になったばかりの、歌之介の二番弟子とのこと。警察官から落語界入りとは珍しい。明るい芸風は好感が持てる。名前の由来は鹿児島の出身高校。警察官時代の逸話や外人のネタなどで客席から笑いをとる。師匠は一度は入門を断るものだが、歌之介は初対面で即入門となったとのこと。薩摩ということでのことかな^^

柳家三語楼『転失気』 (13分)
 いかつい風貌のこの人は、前座名のバンビ、二ツ目の風車から、三年前の真打昇進を機にこの懐かしい名の四代目を襲名したのだが、風車の時に感じた、いわゆるフラがこの高座からは感じなかった。誰でも通る芸の曲がり角かもしれない。今後に期待しよう。

ひびきわたる 漫談 (14分)
 煙管ではなくフルートを持って登場。実家の両親をネタにして、
 「母は、味噌汁薄いが化粧は厚い、父は耳は遠いがトイレは近い」などで笑わせるが、この人自身が昭和17年生まれで、今年75歳。そう考えると、実に若々しい芸と言えるだろう。

古今亭志ん弥『無精床』 (14分)
 愛犬家の私としては、この噺はサゲ近くで犬の話がやや残酷で好きになれないのだが、そういう点を差っ引いても、楽しい高座と言える。
 床屋の主の「おい、小僧、生きた頭につかまりな」などの科白がなんとも言えず良い。焙烙(ほうろく)のケツで小僧(奴)が稽古、なんて言葉も、焙烙という道具、言葉が失われつつあるだけに、歴史や文化を残すためにも落語が大事であると思わせる。
 寄席で重要な役割を担う噺家さんの一人と言えるだろう。円菊一門は、人材が豊富だ。

五街道雲助『粗忽の釘』 (14分)
 久しぶりの雲助。間違ってお向かいに行った後、「落ち着いて」隣を訪ね、女房とのなれ初めを独演する場面が、やはり頗る可笑しい。八五郎が彼女の八ツ口から手を入れてくすぐる場面は、何度聴いても笑えるし、最後に「そこは脇の下じゃないわよ・・・てな具合で一緒になりました」が、いいんだよ。
 二階席の修学旅行生には、少し刺激が強すぎたかな^^

のだゆき 音楽パフォーマンス (13分)
 三年ぶりだが、自分のスタイルを確立しつつあるようだ。
 コンビニのチャイムや救急車のサイレンの真似などの後で頭で演奏するピアニカ(本人いわく、神-髪-業)、二本同時に吹くリコーダーなどの芸の技量も高いし、なんとも言えないゆる~い語りも、板についてきた、という感じ。
 メールで届く案内で、結構、いろんな噺家さんの落語会の助演として名前を目にすることが増えてきたような気がする。認められてきた、ということだろう。
 夫婦楽団ジキジキも好きだが、ピンのこの人も貴重な」存在になりそうだ。
 
吉原朝馬『源平盛衰記』 (14分)
 地噺でいろいろと自分なりのクスグリを入れることができる噺だが、今一つ遊びの少ない大人しい高座だった。
 途中で「いいくにつくろう鎌倉幕府」や「ふじさんろっくにおーむなく」、元素記号の覚え方などを挟み、「こんなもん覚えても、なんの役に立たない」が、この日二階の修学旅行の団体さんに一番受けていたかもしれない。

松旭斎美智・美登 奇術 (14分)
 この日は、和の衣装。
 キャンディのマジックで二個もいただいた。おもちゃのバドミントンのラケットでは二階は難しいか。

柳家小満ん『金魚の芸者』 (16分)
 仲入りはこの人。昼の部から駆けつけた理由の一つでもある。
 冒頭で「水中に牡丹崩るる金魚かな」(筏井竹の門作)をふってくれるあたりが、小満ん落語の楽しさ。
 初代円遊作の噺を小満んが復活したことは知っていたが、ようやく聴くことができた。
 狸の恩返しの金魚版、とでも言おうか。
 狸は札になったりサイコロになって恩返しするが、金魚は柳橋の芸者になる。
 置屋の面接では、小唄「並木駒形」を聴かせてくれる。
 ♪並木駒形花川戸 山谷堀からチョイトあがる~
 いいなぁ、こういう噺。

 -仲入り-
 
 一服し、席に戻ると、私が来る前から隣にお一人で座っていらっしゃった高齢(私より)の女性から、話しかけられた。よく寄席にいらっしゃる方で、昨日は鈴本だったらしい。「夜もお聴きになるのですか?」と訊ねたら、お帰りになるとのこと。なかなか、居続けする人(馬鹿?)はいないよねぇ^^
 鈴本でもらったプログラムを見せてくれたが、小ゑんが主任の昼の部だったようだ。川柳の名があったので「出てましたか?」と聞くと「えっ、お元気でした」との答えに安心。会場が暗くなり始まりそうなので、それ以上の会話はなかったが、またどこかでお会いしたものだ。

 さて、仲入り後。

桂文雀『虎の子』 (10分)
 クイツキのこの人は、随分久しぶりだ。ほぼ八年前、同じ末広亭で、真打ち昇進を翌年に控えた笑生時代に『八問答』という珍しい噺を聴いた。
2009年6月6日のブログ
 この日も、また珍しいネタを披露。
 後で調べると、上方の『真田山』を元にした噺らしい。
 毎夜お婆さんの幽霊が出て、上野すり鉢山の祠の下に、「虎の子の金」があるから掘り出して欲しい、と言う。気味が悪くなり仲間に話すと、「彰義隊の埋蔵金が埋まっていて、息子の代りに母親が頼みに来てるに違いない」と、上野へ。
 しかし、その場所を掘り返して出てきたのは、何かの骨。
 そこに幽霊登場。それは幽霊の寅さんの子の兼(かね)の骨、「虎の子の金」ではなく、「寅の子の兼」だった、という次第。
 『真田山』は、真田幸村が埋めた軍用金と間違うという筋。
 ネタ選びを含め、実に不思議な魅力のある人だ。

ペペ桜井 ギター漫談 (12分)
 声は若干かすれているが、十八番ネタをしっかり。
 昭和10年10月生まれ、今年82歳の得難い色物の芸人さんだ。まだまだ、高座で見て聴きたい人。

三遊亭歌る多『金明竹』 (15分)
 円歌一門は、とにかく皆、冗舌だ。この高座では、不思議な関西弁を話す人物が、道具屋の女将さんに、あの言い立てをもう一回と言われ、「わてはいいんですが、会場のお客さんが可哀想」とか「本当は四回やるんですが」などと挟む。
 自分なりの工夫とも言えるが、これは好みが分かれるだろう。
 私は、せっかく気持ち良く噺の世界に入っている流れが途切れるような気がして、いきなり素になってのクスグリは、あまり好きではない。

柳家はん治『妻の旅行』 (12分)
 後でメモを読んで、「えっ、あれ12分!?」と驚いた。
 三月の中席で初めて聴いたが、また笑った。
 大変なんだよ、妻と良好な関係をつくるのは^^

翁家社中 太神楽 (12分)
 小楽と和助。和助の土瓶の芸は、仙三郎に迫りつつあるのではなかろうか。
 だから、「寄席のxxxxxです」の役者の名を考えることだ^^

三遊亭歌奴『子は鎹』 (28分 *~16:32)
 四月にもこの場で『初天神』を聴いている。
 この人の清潔感は、ある意味で落語家として不似合かもしれないが、爽やかな高座は好感が持てる。
 いろんな型や工夫などもあって、筋書きは一門や人によって微妙に違うが、歌奴は、こうだった。
 ・八五郎が亀に出会うのは、番頭の仕掛け
 ・地主の倅に駒をぶつけられたと八に話した後、亀は泣く
 ・二人の側で聴いている八百屋は、出てこない
 ・亀と別れた後、八は番頭に礼を言う。こんな感じの会話
  八五郎 もう木場には行かなくていいんですね
  番 頭 さっしがいいなぁ、ばれちまったかい
  八五郎 おかげさまで、いい木口を見せていただきました
 ・かと言って、鰻屋の場面に、番頭は登場しない

 やはり、円歌一門は、冗舌だなぁ、とも思ったが、人物の演じ分け、丁寧な仕草、目と顔だけでの表情の巧みさ、など、歌彦時代からもずいぶん上手くなったと思う見事な高座だった。母親が玄能を持ったまま振り上げないのも結構。
 今年のマイベスト十席候補、とまではいかないが、今後もこの人の高座を聴きたくさせる好高座。


 さて、ようやく昼の部がはねた。

 志ん弥、雲助、小満ん、はん治など、芸達者の寄席ならではの高座が印象に残る。
 歌奴は、もう少し色気のようなものを醸し出せるようになると、凄い噺家になる潜在力があるように思う。

 夜の部は、次の記事までお待ちのほどを。

 やはり、いいね寄席は。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-06-08 15:18 | 落語会 | Comments(6)
 金曜の池袋まで、いろいろ野暮用で落語に行けなかった。
 その間、ネットで調べていて、この落語会を発見していた。

 あら、日曜の昼だ・・・・・・。
 恒例のテニスの日。

 しかし、どうしても三日間開催の千秋楽、トリの談四楼の高座を聴きたくて、演芸場に電話したところ、チケットが二席残っているとのこと。
 これはご縁があるということと、テニスを休んで隼町へ。

立川流落語会と言っても、人気者は、初日に談笑、二日目に志らくが出るが、志の輔と談春は出演しない。
国立演芸場サイトの該当公演のページ

 これが三日目の顔ぶれ。

28日(日)
落語  立川三四楼
落語  立川小談志
落語  立川志ら乃
落語  立川雲水
  -仲入り-
落語  立川談慶
落語  立川ぜん馬
字漫噺 立川文志
落語  立川談四楼 

 相当前に志ら乃を聴いているが、他の人は初めて聴くことになる。
 いただくコメントで評価の高い古参ぜん馬は、体調が悪いと伝え聞くので、気になっていた。

 名前の売れている四人の誰も出ない三日目、トリが談四楼となれば、私の天秤ばかりでは、テニスより“ら族”の立川流が重くなった^^

 “ら族”については、昨年、談四楼の著書『談志が死んだ』について何度か書いた中で、談志の祥月命日の記事でふれた。
2016年11月21日のブログ

e0337777_10175456.jpg

立川談四楼著『談志が死んだ』(新潮文庫)
 昨年の記事では引用しなかった文章を、『談志が死んだ』より紹介する。
 談志が死んだ際、様々な活字が新聞や雑誌に躍った。中にその後進育成に触れた記事があり、それは概ねこうだった。「・・・・・・談志は名伯楽でもあり、志の輔、談春、志らくらを育てた」。
 その場合は三羽烏などという言葉が添えてあり、そこに談笑を加えて四天王とするメディアもあって、いずれにしても志らくら、談笑らであり、ら族とは志らく、談笑のらなのである。
 談笑が入るんなら生志を入れてやらないとヘソを曲げるぞ等の一門における意見はあったが、その三人もしくは四人が談志によって育てられた代表的な弟子であると、マスコミは報じていた。つまり直弟子二十一人中、十七人がその他大勢の扱いを受けたわけで、先述のように、いいツラの皮であった。

 命日の記事にも書いたように、私は、実は“ら族”こそが、談志のDNAを継いでいる人たちではないかと思っている。

 演芸場の窓口でチケットを受け取り近くの中華料理店で昼食をとってから、会場へ。

 客席は九割ほど埋まっている。
 しかし、客層は志の輔や談春の会とは違う雰囲気。寄席に近い空間とでも言って良いかもしれない。

 出演順に、ネタと感想などを記す。

(開口一番)立川だん子『転失気』 (12分 *12:46~)
 登場して、会場に静かなざわめき。女流で、若い・・・とは言えない。
 談四楼の弟子とのこと。後で調べたら三年前の入門。誕生日は分かったが、生年は不明^^
 高座の方は、前座としてなら決して悪くない。医者と珍念との会話で、「玉子は御所車」など寺の隠語を挟むあたりの工夫も楽しかった。
 それにしても、どういう経緯で落語界に入ったのかなど、少し気になる方ではある。
 なお、だん子と次に登場した三四楼については、談四楼の「だいしろう商店」というサイトの弟子紹介ページでプロフィールを確認できる。
「だんしろう商店」サイトの弟子紹介ページ

立川三四楼『天狗のお願い』 (14分)
 紹介したサイトにあるように、快楽亭ブラック門下から移った談四楼の筆頭弟子らしいが、なんとも不思議な人だ。
 高座で立ち上がって大声でなにやら自己紹介。
 本編は新作。主人公の男の部屋に天狗がやって来て、翌日のTPP(天狗プロフェッショナル会議)参加のために、鼻をカタに一万円を貸してくれと言ったことから始まる噺。鼻用の小道具や天狗のお面なども使うネタに、会場もやや引き気味だったように思う。

立川小談志『お菊の皿』 (17分)
 前座がまとめて破門になった時の被害者(?)の一人。今は龍志の預かりらしい。
 二ツ目で泉水亭錦魚を名乗っていて、その名だけは記憶に残っていた。
 ようやく本来の古典落語を聴けた、という印象。
 なかなか気持ちの良いリズムの語り口。
 「幽霊と貧乏人、どちらも、オアシがない」なんて地口も含め、江戸の風を感じさせる。
 龍志という新師匠の選択は間違っていないようだ。 
 
立川志ら乃『子ほめ』 (18分)
 唯一、聴いたことのある人が登場。
 ブログを始める前にも聴いているが、横浜にぎわい座での2008年9月の「志らく百席」以来なので、9年ぶりになる。
2008年9月4日のブログ
 最初の「志らく百席」には数回行っている。結構、意識的に聴きに行った時期だった。
 志ら乃は、こしらと共にすでに真打昇進が決まっていたので、談志の一周忌での記念落語会に出演しているようだが、家元の孫弟子としては、もっともそのDNAを感じさせる。
 高座での素振りも、意識しているのかどうか分からないが、どことなく、「う~」という言葉や間を含め、家元に似てきた。これは、結構後から悩みの種になるかもしれない。
 マクラでは表参道で教会が実施したホームレス(150人!)への「炊き出し」の余興として落語を披露したという逸話。その時と同じネタを、とこの噺。
 八五郎が「赤ん坊はどこだ~」と言う、なまはげ的な演出などもあったが、基本は大きく変えていない。
 ギャラは炊き出しのカレーライスです、と言ったら会場が不満を訴える雰囲気になり、翌日神父からお礼のメールの中で、ある一人の男が千円札を神父に私、志ら乃に渡してくれとのことだった、というのはもしかするとネタか^^
 先日、菊丸の一席目でもこの噺を聴いたが、違う味わいとはいえ、前座噺を真打がしっかり演じれば楽しいという実例を連続して聴いた印象。家元の孫弟子の筆頭と言えるだろう。

立川雲水『阿弥陀池』 (22分)
 仲入りは、神戸出身で、文都亡き今、立川流で唯一上方落語を演じる人。
 談四楼の著作では、談志が亡くなる前後で、一門メンバーに精力的に連絡役を果たしたらしい。
 現在、立川流の公演情報は、この人のブログで案内されている。
立川雲水のブログ
 なかなか楽しい高座だった。
 たとえば、男が聞いたばかりの作り話、米屋のおっさんが泥棒に刺された一件を友人に語る件の一回目に、心臓と言う場面で「しんねこ」->「しんおおありくい」から「しんぞう」になるあたりも可笑しい。
 しかし、町内を調べつくすことについて、「町内の落合信彦」は、ちょっと古くてマイナーで、客席の大半のお客さんには難しすぎるだろう^^

 なるほど、こういう人もいたんだ、と発見した気分。
 それにしても、東にいて上方落語を演じるにあたっては、稽古するにしても苦労は多いだろうなぁ、と思う。
 
立川談慶『紙入れ』 (17分)
 後半は、かつて立川ワコールを名乗っていたこの人。
 ネタに入る際の羽織の脱ぎ方が粗っぽく座布団の脇に置きっぱなしで、それが最後まで気になった。
 落語をあまりお聴きではないお客さんも多かったようで、会場からこの日もっとも多くの笑いを引き出していたように思うが、一つ一つの所作も大事なのだ。
 雰囲気や芸風は林家種平に似ているような印象。
 笑いのツボは押さえているように思うが、落語家としてのツボもしっかり押さえて欲しい。

立川ぜん馬『唖の釣り』 (22分)
 ようやく聴くことが出来た。昭和56年、二ツ目の朝寝坊のらく時代にNHKで優勝している実力者だ。
 マクラで、二年前に急に声が出なくなり病院に行くと、食道癌のステージ4と言われたと明かす。その後の放射線と抗がん剤の治療で快復しつつあり、なんとか高座に上がることができた、と笑顔で語る。
 声はかすれているが、落語を演じることのできる喜びを全身で表現するような高座だった。
 マクラで釣り好きの小咄をふっていたので、「もしかして、『野ざらし』か?」と思っていたらこの噺。
 生の落語でなければ味わえない楽しさに溢れていた。
 今年のマイベスト十席とはいかないが、何か賞を贈呈したいので、を付けておく。

立川文志 字漫噺 (15分)
 立川流では貴重な色物。
 寄席文字に似た文志流の江戸文字を書く人。
 その内容などは、ご本人のサイトに詳しい。
 立川文志のサイト
 奥さんをネタにした造語を江戸文字にした内容が多かった。
 「一住一妻」などは褒める内容だが、結構恐妻家か、と思わせる内容で笑いをとっていた。

立川談四楼『人情八百屋』 (25分 *~15:54)
 春の国立演芸場でのこの会も、開催からすでに七・八年経ち定着してきたとマクラで語る。また、もう七回忌と言っていたが、そうか、六年経ったか。
 春日清鶴の浪曲を元に談志が創作した噺を、とこのネタへ。
 しかし、浪曲の前に講談があったようなので、講釈->浪曲->落語、という沿革の中で磨かれてきた噺と言って良いのだろう。
 亡くなって約三ヵ月後のBSジャパンの追悼番組で、縁ある人が、家元のネタで何が一番好きか、という問いに、吉川潮がこの噺を挙げていたことを記事に書いた。
2021年2月9日のブログ
 聴いたことがなかったので、嬉しいネタの選択。

 『唐茄子屋政談』で徳が誓願寺長屋(せいがんじだな)の貧しい母子の家を訪れた後から始まるような、こんな内容。

(1)棒手振りの八百屋を営む平助が女房に訊ねる。十日ほど前、霊岸島で貧しい母子に出会った。聞くと、亭主は患って寝たきりとのこと。残った茄子と持っていた三百文を渡してきたのだが、あれっぽっちの銭じゃ、失礼だったか。できた女房に、そりゃ失礼だ、家の有り金全部持ってお行きと言われ再訪。

(2)その親子の住む長屋に着くが、貸家になっている。不審に思い近所の人に聞くと、平助が訪ねた後、因業大家の伊勢勘がやって来て恵んだ銭を店賃の一部だと持って帰ったとのこと。平助に申し訳ないのと、哀しみのあまり夫婦は二人の子どもを残して死んでしまったとのこと。

(3)その話を聞かせてくれた女性の旦那が鳶の頭(かしら)で、その夫婦が、その子供たちを預かっているとのこと。今、夫は出かけているが、八百屋さんに会いたがっているから、線香をあげて、帰りを待っておくれ、と言われた平助。

(4)平助が仏壇に向かって悔やみをつぶやいているところに、頭が子どもとたちと一緒に帰ってきた。この頭、夫婦が自殺したのを知り大家の家に乗り込んだ。伊勢勘はどこかへ引っ越したようだったが、日頃の怨みが募る長屋の連中と一緒に、その家を取り壊したらしい。

(5)町方同心も伊勢勘には厳しくあたり、長屋連中には憐み深いお沙汰になったとのこと。頭から、ぜひ義兄弟になって欲しいと言われた平助。弟文になった頭は、残った子供たちが心配だだ、いつ火消で命を失うかわからない鳶があずかるわけにもいかないから、平助夫婦に預かって欲しいと頼む。

(6)子供に恵まれなかった平助は、喜んで二人を預かると請け合う。あらためて迎えに来ると言って頭の家を去りかけた平助が振り向いて頭に言う。子供を育てたことのない身で、果たして躾ができますでしょうか」

(7)頭の「大丈夫だよ。火消の俺が、とても火付けはできねぇ」でサゲ。

 談四楼の高座で光ったのは、まず、平助夫婦の会話。中でも、女房の優しさと内に秘めた強さがしっかり伝わった。
 そして、群馬生まれの談四楼による鳶の頭の江戸弁も悪くない。
 機会があれば、『大工調べ』など聴きたくなった。
 平助に世話になることになった時、健気に挨拶をする姉のタミ、無邪気ながら平助を慕う弟のゲンの姿も、聴く者の目頭を熱くさせる。
 なかでも印象に残ったのは、頭が最初、二人のうちどちらかを預かってくれ、と言うのだが、平助は「いえ、二人とも預かります。二人いれば、哀しみは半分になり、喜びは倍になると言いますから」の言葉だ。この場面、良かったなぁ。
 初の談四楼で、この人の力量の高さを十分に感じた高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 終演後、喫煙室で一服しながら、余韻に浸っていた。
 談四楼、そして、ぜん馬を聴くことができただけでも、来た甲斐があった。

 談志の七回忌記念の秋の落語会は、大きなホールで開催するようなので、行くつもりはない。
 次は談四楼の独演会にでも足を運びたいと思っている。

 “ら族”どころではなく、雲水、ぜん馬、もちろん談四楼も含め、それぞれ一枚看板である。

 私は談四楼のツィッターのファンでもある。
 時事ネタを交えながらも、ユーモアたっぷり。
 さすが、小説も書ける噺家。

 23日の小満んの会には行けなかったが、なんとか、今月も月末に二度、落語会に行くことができた。
 偶然にも菊丸と談四楼の二人は、昭和二十六年生まれ、私の四つ年上で六十六歳。
 団塊の世代の少し下で、私とほぼ同じような時代を生きてきた人たちだ。
 こういう人たちの元気な高座を聴くのは、自分への励ましにもなるような気がする。
 そんな思いのした、金曜と日曜の落語会だった。
 
 
[PR]
by kogotokoubei | 2017-05-29 12:27 | 落語会 | Comments(4)
 都内で用を足して、池袋へ。
 予定が決まった当初は末広亭に行くつもりでいたのだが、池袋でこの二人会があることを知り変更。菊丸の名に惹かれたのだった。

 それにしても、この二人、年齢は少し離れているはずなのに、どんな縁があったのだろう、と落語協会のホームページを見て得心。
落語協会ホームページの「芸人紹介」のページ

古今亭菊丸
1975(昭和50)年11月 古今亭圓菊に入門 前座名「菊助」
1976(昭和51)年3月 広島修道大学卒業
1980(昭和55)年6月 二ツ目昇進 「菊之助」と改名
1990(平成2)年3月 真打昇進 「菊丸」と改名

柳家福治
1980(昭和55)年3月 広島修道大学卒業
1981(昭和56)年3月 柳家小三治に入門
1982(昭和57)年2月 前座となる 前座名「つむ治」
1986(昭和61)年9月 二ツ目昇進 「福治」と改名
1996(平成8)年3月 真打昇進


 なるほど、大学の先輩と後輩だった。

 念のため開演30分ほど前に入ると、すでに客席が八割ほど埋まっている。
 開演前には九割がたの入りの大盛況。
 週末とは言え、平日夜の池袋とは思えなかった。

 後で二人のマクラで知るのだが、年に一回15年、今回の15回目で最終回とのこと。

 なるほど、仲入りの際に顔見知りと思しきお客さんの会話で大学の名も聞こえたので、二人を知る人たちが大勢駆けつけたということか。

 長らく開催されているある落語会を、池袋で最初で最後に経験するというのは、二年前の「たまごの会」でもそうだった。
2015年10月24日のブログ

 なんとか縁があって、最後の会に立ち会えたのは僥倖と言えるのだろう。

 福治は初めて聴く。
 菊丸は、五年余り前の横浜にぎわい座で『火事息子』を聴いて以来になる。
2012年12月1日のブログ


 こんな構成だった。
-------------------------------------
(開口一番)林家彦星『真田小僧』
古今亭菊丸 『子ほめ』
柳家福治  『だくだく』
(仲入り)
柳家福治  『目薬』
古今亭菊丸 『中村仲蔵』
-------------------------------------

林家彦星『真田小僧』 (14分 *18:31~)
 四月の末広亭夜の部の開口一番で初めて聴いて以来。やはり、語り口がはっきりしていない。二列目の席でよく見え、よく聞こえる場所でさえ、会話の切り返しで科白を飲むのが気になる。昨年正雀に入門したばかりなのだから、まずは、大きな声ではっきりと、という基本を大事にして欲しい。
 正直なところ、私の方がうまいぞ^^

古今亭菊丸『子ほめ』 (15分)
 15年目、15回の最終回と聞き、初めて来た身としては、少し驚く。
 昭和26年4月生まれなので、私の四歳上で66歳だが、若々しいなぁ。
 彦星にあえて聴かせたかったのかと思わせる、お手本のような寄席の前座噺だが、芸達者が演じるとこれだけ面白い、ということだ。
 雲助もこの噺が好きで、寄席でまだこのネタがかかっていなかれば好んで演じるとのことだが、この人もこの噺が好きなのだろうなぁ、と思わせる好演。

柳家福治『だくだく』 (28分)
 ちょうど還暦、だから私の二歳下になる。しかし、見た目は菊丸より上に見えないこともない。
 小三治の弟子は、入門順に次のようになっている。

 柳家〆治・柳家喜多八・柳家はん治・柳家福治・柳亭燕路・柳家禽太夫・柳家小多け (1985年入門、1987年破門)・柳家一琴・柳家さんぽ(破門の後に三遊亭圓橘門下となった四代目三遊亭小圓朝)・柳家三三・柳家三之助・柳家小八(喜多八門下より)
 他の一門の噺家さんより寄席への出演などが少ないのが不思議だ。親しみのある雰囲気が私は嫌いじゃないし、この高座も悪くなかった。
 天才的な先生の絵が目に浮かんできた。

柳家福治『目薬』 (17分)
 仲入りをはさんで再登場。
 一席目のマクラで、これまでは二席づつ違うネタを演じてきたが、最終回ということで、お客様の様子を見て、以前にかけた噺をしたいと言っていたが、まさかこのネタとは。
 しかし、トリの先輩菊丸への配慮もあると思われるこの軽いネタは楽しかった。
 女房が尻を出している姿に「その包をほどけ」が妙に可笑しかった。
 この人の持ち味で、下品にならない高座。
 前日の客の入りが良い場合は翌日は天麩羅蕎麦をおごると言っていたが、今日の昼はきっと天麩羅蕎麦だろう。

古今亭菊丸『中村仲蔵』 (30分 *~20:30)
 黒紋付きで登場。マクラもふらずに本編へ。
 圧巻の高座と言って良いだろう。
 二列目なので、その顔の表情、身振り手振りがよく分かるが、過度に劇的にならず、落語としての歌舞伎の世界、とでも言うような「五段目」が登場した。
 果たして誰の型なのだろう。
 役者の身分を、下立役-中通り-相中-相中上分-名題下-名題、と丁寧に説明。
 「夢でもいいから持ちたいものは、金の成る木といい女房」を挟む。
 ざわめくばかりの客席に、「しくじった、ワルオチだった」と落胆して上方へ向かう途中、魚河岸で芝居を見た二人の会話を耳にし、「広い世界でたった一人でも、褒めてくれる人がいた」と呟く、などは正蔵の型だが、他の設定が少し違う。
 妙見様で満願の後に雨で飛び込んだ蕎麦屋で出会う浪人が、実は彼が中村仲蔵であると知っていた。しかし、侍本人は名乗らない。
 サゲ前には、団十郎の家に頭取と師匠の伝九郎が揃って待っているとともに、隣の部屋に女房のお吉がいる、という設定。
 サゲは祝いの肴に八百膳の弁当があると若い衆が言うと、団十郎が、「いやいや、もう仲蔵の前で、弁当へ喰えねぇや」。
 師匠円菊のこの噺を知らないのでなんとも言えないが、自分の工夫もあるのかもしれない。
 ちなみに、私の持っている音源では、志ん朝は正蔵版に近く、たとえば蕎麦屋の場面、浪人は名乗る。そして、浪人は仲蔵を役者と察するが堺屋とは知らない。
 志ん生は、どちらの名も明かさない。
 黒羽二重のひもときや茶献上の帯、蝋色の艶消しの大小落とし差し、などの浪人の姿の形容もリズミカルで、聴いていて心地よい。
 それぞれの人物造形も良く、なかでも仲蔵を慕い、そして元気づける女房おきしが実に良かった。
 一門の伝統とも言えるのかもしれないが、この人も女性が上手い。とはいえ、仲蔵の苦悩する姿、師匠や団十郎の貫禄、などそれぞれの登場人物が生き生きと描かれていた。
 最初で最後の会に出会った僥倖は、この見事な高座にも恵まれた。
 今年のマイベスト十席候補としないわけにはいかない。


 久しぶりの落語、池袋、菊丸・・・最初で最後の福治との二人会に行けたのは、まさに僥倖。
 さて、次の落語はいつ、どこでやら。
 結構近いうちかも^^

[PR]
by kogotokoubei | 2017-05-27 10:55 | 落語会 | Comments(2)

 昨年12月、イイノホールの最終公演になんとか間に合った三三の『嶋鵆沖白浪』。
2016年12月9日のブログ

 三三は「たびちどり」と称して、今年は名古屋と大阪、そして福岡で今月から六か月公演を行う。
 
 「ぴあ」に掲載された記事を紹介したい。
「ぴあ」サイトの該当記事

落語の豊かさを伝える“続き物”に柳家三三が挑む
2017/5/8 16:40配信

落語の伝統を守る一方で、独演会ではさまざまな挑戦を続けている柳家三三。昨年は文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞するなど、その活躍がいっそう注目されるなか、六ヶ月連続独演会〈たびちどり〉で挑む演目が、大作『嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)』だ。幕末から明治期に活躍した柳派の談洲楼燕枝(だんしゅうろう・えんし)が創作した長編人情噺を、毎回2話ずつ高座に上げ、全12話を通すという試み。長らく演じ手が途絶えていたという本作への想いを、三三に聞いた。

大商人の跡取りでありながら侠客となった“佐原の喜三郎”。物語は彼と、やはり裕福な家の娘ながら芸者から遊女へ身をやつすお虎の運命を軸に、巾着切りの庄吉や、なまぐさ坊主の玄若、三宅島に流された罪人の長・勝五郎、旗本の優男・梅津長門ら多彩な人物を巻き込んで展開する。「人情噺というと泣ける話をイメージするかもしれませんが、元々は広い意味で人情の機微を描いた話のことなんですよ」と三三は言う。「燕枝は九代目市川団十郎と親交が深かったこともあり、この作品も“白浪物”(盗賊を主人公とする物語)や“三尺物”(博徒や侠客が主人公)、“世話物”(町人の人情を活写した芝居)と、色々な要素がたっぷり詰まっているんです」と、その口調にも自然と熱がこもる。

今回はこの大作を12話に分け、三三自ら再構成。「怪僧玄若坊」「闇の島脱け」「お虎の美人局」など、内容に合わせて付けられたタイトルは、どれもワクワクするものばかりだ。「本当にね、なぜこの演目が長い間忘れ去られていたのか不思議なくらい」と三三は話しつつ、「ただ、長編だけにダイナミックな場面と地味な場面とがありますから、そこは1話ずつ観ても楽しめるように調整しました。あとは、初見でも、途中の回を観ていなくても内容が分かるように、前回までのあらすじは読み物で配る予定です」と“続き物”ならではの工夫を明かす。

そんな苦労もいとわないのは、落語のもつ豊かな世界をもっと知ってもらいたいから。「燕枝が活躍した当時は町内に1軒ずつくらい寄席があって、人々は晩ご飯を終えた後、ちょうどテレビを観てくつろぐ感覚で寄席に足を運んだそうですよ」と三三は語る。「だから『あの寄席で面白い“続き物”をやってるぞ』と評判になると、その寄席によその町からわーっとお客さんが集まったりしてね。艶のある場面にドキドキしたり、切った張ったの立ち回りにハラハラしたり。そういった楽しさを、現代のお客さんにどうやったら届けられるか。それだけを考えて演りたいですね」という三三。その言葉からは、名作を伝える演じ手としての覚悟が伝わってきた。

公演は愛知・大須演芸場と大阪・グランフロント大阪にて、5月から10月まで毎月1回ずつ開催。チケット発売中。

取材・文 佐藤さくら

 「ぴあ」での取り扱いは名古屋と大阪だが、福岡でも開催される。
 「落語 de 九州.com」のサイトに日程などが案内されている。
「落語 de 九州.com」サイトの該当ページ

 名古屋・大阪・福岡での全6回の開催日程は、次のようになっている。

 会場は、名古屋が大須演芸場、大阪はグランフロント大阪のナレッジシアターー、福岡が森本能舞台。


   名古屋  大阪  福岡
①  5/25  5/26  5/27
②  6/20  6/19  6/18
③  7/12  7/13  7/14
④  8/17  8/9   8/10
⑤  9/11  9/19  9/18
⑥  10/12  10/13  10/14

 四回目と五回目を除くと、この三都市にまたがって三日間連続公演になっている。
 結構、移動などが大変だろうが、三三の各開催場所への“たび”ちどりによって、お客さんは登場人物それぞれの人生の“たび”ちどりを楽しむことになるだろう。


 私は、初演の2010年11月の紀尾井ホール「談洲楼三夜」、初日のみだが行くことができた。
2010年11月16日のブログ

 
 その翌年、横浜にぎわい座での六か月公演では、私は七月の第三夜(『大坂屋花鳥』に相当)と八月の第四夜(三三によると『闇の島抜け』)を聴くことができた。
 
2011年7月7日のブログ
2011年8月5日のブログ


 そして、昨年12月の最終公演と、七年に渡って、序盤、中盤、千秋楽を楽しんだことになる。

 三三が言うように、それまでの筋書きを書いたものを用意しているので、通しで聴かなくても十分楽しむことはできる。

 もちろん、通しで毎月聴くことができれば、それは生涯忘れることのできない落語体験になるだろうことは、七年かけて聴いてきた私が保証しましょう。

 紹介した三三の言葉を借りるが、この作品には、
“白浪物”(盗賊を主人公とする物語)や“三尺物”(博徒や侠客が主人公)、“世話物”(町人の人情を活写した芝居)と、色々な要素がたっぷり詰まっている
 から、どの回でも、楽しむ要素がある。

 それぞれの地域の落語愛好家の方に、ぜひお奨めしたい落語会。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-05-10 12:40 | 落語会 | Comments(2)

 28日の金曜日、午後から休みをとり、末広亭へ。
 夜の部の主任、白酒が目当てだったが、落語協会HPで確認すると、この日は代演で歌之介。
 師匠円歌逝去後五日目。
 昼の部には歌奴、歌司、夜の部には歌る多の名もある。
 ちょっとした円歌一門の追善寄席という感じで、それも良しと思い他にもいろいろな会がある中、予定を変えずに新宿三丁目に向かった。

 コンビニでお茶や助六を仕入れて入場した時は、仲入りの権太楼『町内の若い衆』が始まっていた。来るのが、ちょっと遅かった。
 会場は椅子席はほぼ満席。桟敷も七割位は埋まっていた。平日の昼、なのに。
 一番後ろでしばらく立ったまま、権太楼の高座を聴く。
 女房が湯に行くという旦那に向かって「そのまま風呂屋で弔いを出してもらいな!」が可笑しかった。客席から大きな笑いをとった高座が終わり、後ろから移動して好みの桟敷真ん中位に場所を確保。

 その後の高座について、短い感想を含め記録として記す。

<昼の部-仲入り後->

三遊亭歌奴『初天神』 (13分 *14:59~)
 クイツキは、この人。久しぶりに爽やかとでも言える高座に接した。
 天神さまに並ぶ屋台を目にした金坊の、「大人は偉い、汗水して働く大人は偉い、なんとか少しでも売上の協力したい」という科白が可笑しい。
 まだ歌彦の名が頭に残るが、早く新しい歌奴像をつくって欲しいし、もちろんそれが可能な力量を持っている人だ。

ホームラン 漫才 (10分)
 十八番の結婚式ネタを中心に、安心して聴いて、笑える漫才。
 今や、落語協会の漫才の中核と言って良いだろう。

蝶花楼馬楽『時そば』 (17分)
 ずいぶん久しぶりだ。ブログを始める前の末広亭以来だろうから、十年ぶり位かと思う。よく笑ってくれる客席から、蕎麦の食べ方で拍手。寄席に相応しい噺家さんを、一人思い出した、そんな結構な高座。

三遊亭歌司 漫談 (12分)
 冒頭、「八十六になりまして・・・ウェストが」で大爆笑。
 かつての寄席の違いによる客層として、末広亭には大学生が本を持ち込んでいて、ネタをかけると「xxページ」と本を読んでいた学生が仲間に教え、それを読んでいる学生が「間違わず、やっている」とか言ってやりにくく、池袋ではご通家がにこりともせず聴いていて、どこか間違えると、「ふっ」と笑う、と言うのは、その昔の落語風景としてありそうな話。
 漫談でも一つの芸にしていた師匠を思い出しながらの高座、そんな気がした。

鏡味仙三郎社中 太神楽 (13分)
 仙三郎と仙成の二人。傘の芸からバチの取り分けまでを、しっかり。
 仙成が上手くなった気がする。
 寄席の吉右衛門が健在で、何より。

柳亭小燕枝『笠碁』 (33分 *~16:39)
 昼の部の主任は、この人。
 ネタは師匠小さん直伝なのだろうが、筋書きやサゲを少し変えていた。
 「待った」をした方の旦那が雨の日に碁敵の美濃屋が来るのを待っている間の話相手が女房ではなく番頭。そして、その番頭が二人を指して「お互いに一目置いている」でサゲ。いぶし銀とも言える高座は良かったのだが、このサゲは疑問。本来のサゲでこそ“笠碁”だと思う。
 
 ここで昼の部はお開き。歌奴と歌司の円歌門下が光った。

<夜の部>

(開口一番)林家彦星『無学者』 (8分 *16:49~)
 初である。後で調べると、正雀の弟子。大師匠の晩年の彦六から一字もらった、ということか。
 なんとも評しにくい高座。味はあるが、もう少し大きな声でメリハリを、という前座の基本を期待したい。

桂三木男『お化け遊園地』 (12分)
 古今亭志ん八との交互出演で、残念ながら、この日はこの人。
 自分の新作なのかもしれないが、遊園地のメリーゴーランドに侍の幽霊が出るという設定の作品の内容も決して良いとは思えないし、演者としても褒められるものではない。不思議な髪型も含め、今秋に真打昇進し五代目三木助を襲名するのは、どちらも時期尚早と思う。

ニックス 漫才 (11分)
 姉がある元プロレスラーのイベントに行って声を嗄らして出ない。そうじゃなくても妹が圧倒的にしゃべるのだが・・・・・・。
 客に失礼だ。代演を依頼すべきである。

三遊亭彩大『幇間腹』 (12分)
 初である。円丈門下で前名が、ぬう生だった。出身大学にちなんで二年前の真打昇進でこの名にしたようだ。
 針で縫うクスグリで由利徹の真似をしたのは可笑しかった。
 なかなか楽しい高座ではあった。
 しかし、この人、今後は古典と新作のどちらを主軸にするのだろうか。
 親近感があり、基本は結構出来ていると思うので、古典を中途半端なクスグリでいじるだけの噺家にはなって欲しくない。

柳亭左龍『家見舞』 (15分)
 この人から、夜の部が、まさに寄席らしくなったし、締まった。
 兄貴分の新築祝いに瓶を買いに行った古道具屋の主人が、実に良い。
 その瓶がどこから掘り出した物かを解き明かしながら、「ふっふっふっふ・・・だから水瓶には、なりません」の間の良さ。そして、その表情や口ぶり、もちろんこの人の目が実に結構。

三遊亭歌る多『替り目』 (13分)
 この人に寄席で出会うとこの噺が多いが、悪くはない。
 途中で挟んだクスグリも良かった。居酒屋で「ひや」と言うと店の者が「冷酒ですね」と言う、「違う、ひやだ」と言うと「あっ、常温ですね」と言うのに小言を言っていたが、その通りだ。「何が常温だ、北朝鮮じゃねぇやい」とは、結構じゃないか^^
 本来は昼の部の予定が夜になったことが得した気分の好高座。

入船亭扇好『短命』 (14分)
 上手いんだが、何かが欲しい、というのがこの人の高座でいつも感じること。
 噺に遊びが必要、うまく言えないが、そんな気がする。

花島世津子 奇術 (12分)
 ヒモの奇術が、いつ見ても結構。
 大須の志ん朝の音源に、世津子さんの名が出てくる。この方の名を見ると、大須の音源を思い浮かべる。

柳家小袁治『うなぎや』 (15分)
 マクラで鰻屋での披露宴で司会を頼まれたが、その際の来賓で、酒を飲みながらぶつぶつ言っていたので聞いてみたら「鰻屋で披露宴なんかやるもんじゃねぇ・・・裂いて身を焦がす」と言っていた、というのはネタか事実か分からないが、なるほど、と思って聞いていた。

桂南喬『粗忽の釘』 (16分)
 仲入りは、大好きなこの人。
 お客さんの笑いの感度も高かったが、本来のネタの可笑しさで会場を沸かせる技量は本物である。
 なんと、父親を前の長屋に忘れて来て、自分も「我を忘れます」という本来のサゲだった。もしかすると、初めて生で聴くかもしれない。貴重な高座だった。

柳家小せん『黄金の大黒』 (15分)
 クイツキは、龍玉の代演でこの人。少し痩せたかな・・・・・・。
 相変わらず、良い声をしている。
 マクラでこのネタか『長屋の花見』かどっちかと思っていたが、こちら。
 久しぶりだったが、その古風(?)な風貌も含め寄席に似合うなぁ、とあらためて思いながら聴いていた。

ホンキートンク 漫才 (10分)
 客席のウケも良かったし、ネタの切れ味も抜群。今、最ものってる漫才コンビかもしれない。

古今亭菊之丞『元犬』 (14分)
 この噺になったので、この後の馬石の寄席の十八番とも言えるのがこの噺だから、「へぇ~、いじめ!?」と思ったが、そんなことはないわなぁ。
 昼の部のトリの小燕枝と同様、サゲを替えていた。
 途中で、女中の名、お元を出さなかったので、どうするのかと思ったが、男が上総屋に戻って来てからサゲになるのだが、どうも落ち着かない。
 高座は、もちろんこの人なのだ悪うはずがないのだが、本来のサゲでスッキリさせて欲しかったというのが、本音だ。

隅田川馬石『子ほめ』 (10分)
 この人の噺は、やはり“劇”の要素が背景にあると思わせる。
 普通の会話ではない、独特の間が個性なのだろう。
 トリの時間調整としての役割も果たす、好感のもてる高座だった。

翁家社中 太神楽 (10分)
 小助の土瓶の芸が安定してきた。
 染一、染之助の芸が懐かしいが、あの話芸もなんとか学んで欲しいなぁ。

三遊亭歌之介 (『B型人間』『母ちゃんのアンカ』) (34分 *~21:05)
 冒頭に「なんとか普通の姿になって」と言うようなことを言って、師匠円歌の思い出話が続く。
 途中から『B型人間』になったものの、『母ちゃんのアンカ』に変わり、小学生で父親と離婚して苦労した母親のことを語り出してから目が赤くなってきた。
 十八で入門してから父親代わりだった円歌のことが走馬灯のように脳裏に浮かんできたのだろう。
 九時までにはハネなくてはならないトリだったが、歌之介の熱い思いがつい時間を忘れさせたのだろう。
 こういった高座も、なかなか良いものだし、たまたま故郷薩摩の後輩白酒の代バネであったという巡り合わせ、そして、その客席にいた僥倖なのだと思う。
 今年のマイベスト十席とはならないが、記憶に残すためにを付けておきたい。


 終演後は、同じ空間を共有していた佐平次さん、そして、後で四ツ谷で小満んを喬太郎と扇辰が囲む会に行っていたI女史、日本橋で一之輔と萬橘の二人会だったM女史も合流し、久しぶりの居残り会。
 盛り上がらないはずもなく、案の定、帰宅は日付変更線超えだった。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-04-30 22:24 | 落語会 | Comments(4)
 雨でテニスが中止。
 こうなれば、行きたかった末広亭へ駆けつけるしかない。
 昼が小満んの主任で、顔付けも悪くない。
 諸般の事情で、夜の真打昇進披露興行までは居続けできないが、それもやむなし。

 熊本復興支援(?)で桂花ラーメンで昼食をとってコンビニでお茶などを仕入れて、小雨降る中を少し並んでから入場。

 椅子席は八割ほどすぐ埋まったが、好みの下手桟敷に場所を確保。
 仲入り時点では、すでに一階は椅子席も桟敷もほぼ満席で、二階席も開いていた。

 出演順に感想などを記す。

橘家かな文(10分 *11:52~) 
 昨年11月、国立の志ん輔独演会以来。ネタも同じ。
 あの時にも気になったのだが、どうも長髪が馴染めない。
 後から出て来る小辰や一之輔ほどにはしないにしても、もっと爽やかさが欲しい。
 高座も、二年前に聞いた『やかん』の出来の方が良かったように思う。
 文蔵は、頭髪のことなどはあまり注意しないのだろうか。

入船亭小辰『狸の札』 (12分)
 かな文とは対照的な剃ったような頭が清々しい。
 久しぶりだが、ずいぶん上手くなった。声のメリハリが効いていて、少しだけ師匠を彷彿とさせる。
 独演会なども積極的に開いているようなので、何とか行きたいものだ。

林家楽一 紙切り (8分)
 ご挨拶代わりの「土俵入り」の後、上手桟敷の女の子のリクエストで「バレリーナ」、下手桟敷、私のすぐ近くに母親と一緒に来ていた男の子のリクエストで「バッタ」を切ったが、どちらもなかなかの出来栄え。語りも以前よりは落ち着いてきた。
 紙切りという伝統芸に継承者がいることは、実に嬉しい。

春風亭一之輔『権助芝居』 (8分)
 この日、客席からもっとも大きな反響と笑いをとったのは、マクラを含むこの人の高座と、仲入り後の白酒。
 どちらも客席の反応は、良い勝負だったなぁ。
 あれがたった8分だったとは・・・後からメモを見て驚かされる。
 寄席が好きでしょうがない、という噺家は高座を自分も楽しんでいるようだし、もちろん客席もその楽しい時間と空間を共有している、そんな感じなのだ。
 今夜楽しみにしているNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で特集するだけのことはある。

古今亭志ん陽『代書屋』 (12分)
 天どんの代演。
 履歴書を代書屋に頼みに来る男の名が、太田道灌。
 代書屋が、「おおの字は大きいなの、太いなの」と聞くと「あっしのは、太くて大きい」と返したが、小学生が客席にいるのも構わぬクスグリ^^
 道灌の字は、かんの字が難しい。前座が良く間違えて叱られるんだ、には笑った。
 久しぶりだが、この人、こういう噺も悪くない。

東京ガールズ 邦楽バラエティ (13分)
 ♪裏路地の~
 のネタ、結構客席を沸かしていたし、クスグリの後のなんとも言えない二人の表情が可笑しい。このネタは初めて聴くが、なかなか楽しいね。

古今亭志ん弥『替り目』 (15分)
 志ん輔の代演。この日は、代演が多かった。
 女房が、都腰巻一枚で、アブラムシの背中のような顔色、という描写が、なんとも結構。
 酔っぱらった男の「つまみ出しな」に、女房の「お前さんをかい」で客席も私も大笑い。“間”が良いのだ。
 おでん屋に行く前に鏡台の前に向かった女房に「消し忘れた黒板みたいになっちまって」も笑える。
 この人は古今亭の伝統を伝える本格派だとつくづく感じた。これまでの印象以上に巧さを感じた高座。こういう高座に接し、無理に笑わせようなんて思わず、落語本来の持つ楽しさを引き出すことが大事なのだと、若手には伝わって欲しいものだ。

金原亭馬の助 漫談&百面相 (14分)
 落語界と相撲界の身分制度(?)などについて語った後で、十八番の百面相で客席を沸かす。
 相撲界で、幕下になって初めて角帯、角そで(外套)が許される、三代目でようやく雪駄が履ける、などは初めて知った。
 こういう漫談なら、実に結構ではなかろうか。

ニックス 漫才 (14分)
 ロケット団の代演。
 この人たちはこれまで苦手だったのだが、初めて笑わせてもらった。
 日本語と英語の掛け合いは、結構良いネタではなかろうか。
 妹「虎?」
 姉「タイガー」
 妹「虎のおしっこ」
 姉「?」
 妹「タイガージャー」
 など、私の仲間内での落語のマクラでいただくつもり^^

林家種平『お忘れ物承り所』 (16分)
 正蔵の代演。
 以前も聴いたことがあるが、新作とはいえ、時代性の面できついネタ。
 笑わせどころはあるのだが、若干無理がある。
 
金原亭伯楽『長屋の花見』 (14分)
 まさに旬のネタ。
 それぞれの語りを、実に丁寧に進め、本来のネタの可笑しさで、しっかり客席を楽しませる高座。これぞ、寄席の逸品だ。忘れないように、を付けておく。
 居残り会仲間の佐平次さんが四日目にいらっしゃって、このネタを始めたところ、二階席の酔っぱらった客がわめき出して、途中で漫談に替えざるを得なかったとのこと。
 この日は、実際の酔っ払いは客席にはいず、噺に客が酔っていた。

松旭斉美智・美登 奇術 (15分)
 近くにあの男の子がいたせいか、プレゼント・マジックでキャンデーをゲット。美味しくいただきました。
 
桂文楽『看板のピン』 (14分)
 仲入りは、この人。
 羽織の脱ぎ方が、こんなに綺麗だったっけ、と新たな発見をした気分。
 東五西二南三北四なんていうサイコロの説明なども渋さが漂う。
 ソース焼き蕎麦CMの方も、年齢相応に貫禄が増してきたなぁ。

柳家一九『湯屋番』 (15分)
 クイツキは、トリの小満んの二人の弟子の一人。
 マクラは以前も聞いているネタだが、青森で路上のリンゴの直売に「地方発送、承ります」と書いてあり、「主にどこに送ることが多いの」と農家のお婆さんに聞くと、「ほとんど、東京だ」との答え。この、お婆さんに、拍手^^
 東京は、大いなる田舎だからね。
 一九は、『そば清』なども実に味があるが、こういう噺も、しっかり楽しませてくれる。お妾さんに惚れられる妄想による一人芝居は結構だったし、弁天小僧の口上を立て板に水で聞かせてからの「煙突小僧煤之助」も、決まった。

笑組 漫才 (11分)
 ずいぶん久しぶりだ。
 師匠だった内海好江の思い出話から、好江→志ん朝→志ん五、と弟子になった師匠が次々に・・・という、ちょっとだけブラックな自虐ネタ。
 誰かが、「うちの師匠の弟子になってくれ」と言ったとのことだが、誰かは、内緒。
 かずおの持っている“オーラ”が“幕内オーラ”で、幕を越えて客席に届かないというのは、初めて聴いたかなぁ。
 かずおが、「白内障」を「水晶米」と間違えた、というのはネタか、それもと事実か・・・・・・。
 主任の持ち時間を作るのも、この時間の色物さんの大事な仕事。キリンとゾウのネタでサゲたが、やはり、この人たちの漫才は、いいねぇ。

桃月庵白酒『つる』 (12分)
 この人は、寄席の十八番をたくさん持っている。その、一つ。
 ご隠居が八五郎に、首長鳥がなぜつると呼ばれるようになったか、という謎解きをした後の、言葉にならない言葉(?)が、とにかく可笑しい。
 一之輔と同様、実力者は10分もあれば客席をひっくり返すことができる、という証のような高座。

柳家小団治『ぜんざい公社』 (16分)
 初めてだ。協会のプロフィールによれば、小さんに入門した後に、大学を卒業しているらしい。剣道七段、はあの一門だから驚かない。
 マクラで、なかなか理知的なギャグを披露。
 オリンピックの話題から、必ずしも金メダルでなくてもいい、銀は金の右の字に点を付ければ金より良いになるし、銅は金に同じ、という話はごもっとも。
 金を失ってサビるなんてことはなく、酸化(酸化)するのことに意義がある、とのこと。
 それらのマクラがほぼ七分あったので、本編は九分ほど。どちらかと言うと、マクラの方が楽しかったかな。

翁家勝丸 太神楽 (10分)
 膝はこの人。
 珍しく、毬の芸で、何度か失敗。ご本人も苦笑い。こういう日もある。

柳家小満ん『盃の殿様』 (24分 *~16:28)
 ある国の殿様が江戸で気の病。茶坊主が見せた豊国描く錦絵の花魁があまりに綺麗で、実物もそうだと聞くや、吉原に“素見物”、いわゆる“ぞめき”に行きたいと言い出して、ダダをこねる。見るだけなら、と三百人を超える大行列で押しかける。お気に入りの花魁、花扇の言葉に負けて、毎晩のように吉原に通った殿様。国に帰ってからも、花扇が忘れらない。七合入りの大杯を、三百里の道を十日で駆ける早見東作に吉原まで持って行かせて、花扇と盃を交わす、という何ともスケールの大きな噺。
 さて、夜の部は披露興行があるから、さて、どこで収めるかと思いながら聴いていたが花扇が「ちょいと」と声をかけた時には、早見東作はすでに海老名のインターにいた、というところでサゲた。
 九日目で、やや声にかすれを感じないこともなかったが・・・いつもの小満んか。
 寄席用の短縮版ではあったが、聴きながら、この噺のもう一人の名手だった喜多八のことも思い出させる好高座だった。
 なお、小満んのこの噺では、昨年2月のJAL名人会が印象に残る。筋書きも書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2016年2月24日のブログ

 
 夜の披露目の花が並ぶ脇を通って外に出ると、雨は上がっていた。

 やらずの雨、ではなく、私にとっては、寄席にやる雨、の恩恵に感謝。


[PR]
by kogotokoubei | 2017-04-10 21:25 | 落語会 | Comments(13)
 雨の中を関内へ。
 いつものように、ロビーでおにぎりを急いでかっこみながら、モニターの開口一番を眺める。
 知らない前座さん。
 途中から会場に入ったが、春風亭きいち、とメクリにあった。
 『二人旅』で、『居酒屋』で客が小僧をからかう、いろはに点を打つと音が変わるというクスグリを入れるのは初めて聴くように思う。リズム感のある若々しい高座は好感が持てる。
 後で調べたら、一朝ではなく、一之輔の弟子。そうか、もう弟子をとったか。それも本人の成長のためにも悪いことではないだろう。サゲの後、いつものように五割程度の入りで、空いた席に落ち着く。

 小満んの三席について、感想など。

柳家小満ん『和歌三神』 (16分 *18:53~)
 古今亭志ん生の音源では聴いているが、生では初めてのネタ。
 こういうネタを、実に味わい深く演じてくれるのが小満んの魅力の一つだ。
 まず前半は、俳句や川柳が好きで風流人を自認する主人と使用人の権助との会話が楽しい。主人がどれほど雪が積もったかと権助に聞くと「三寸ほど積もったが、幅は分からねぇ」なんて答えるあたりから、この権助が“ただ者”ではないことが分かる^^
 その権助に鍬で雪かきをするよう主人が言うのだが、権助は「紙屑屋が来て、何も下げるものがないので、シャレで鍬を下げて、(その代金で)一杯飲んだら、シャレで美味かった」という。主人が歌が好きだから、詫びに歌を詠んだと権助が披露するのが「俳諧の家にいりゃこそ鍬(句は)盗む」。権助、なかなかの通人でしょ。
 この部分の“シャレ”という言葉、実にお洒落で効果的だ。
 さてその後、主人と権助は向島へ雪見に出かける。
 道中の短めの言い立ても粋だった。麻生芳伸さんの『落語特選-上-』から引用。

 「主(しゅう)と家来の二人連れ、並ぶ夫婦の石原や、吾妻橋をば左に見、二つ並べし枕橋、連れひき合うも三囲(みめぐり)の、葛西の梅に白髪や、齢を延ぶる長命寺、うしろは堀切関谷の里、木隠れに誘う落合の、月の名所や綾瀬川、向島は名所の多いところでございます」

 この言い立て、うっとりしながら聴いていたなぁ。
 主と家来の二人連れが向島に着き、誰もいない掛け茶屋に腰をかけて、持参した瓢箪の酒を飲もうとしていたら、橋の下で酒盛りをしている三人のお菰(こも)さんを発見。
 主人が「風流じゃないか」と三人に交わり、持って来た酒を瓢箪から注いでそれぞれの名を尋ねると、名とその謂れを答えて作った歌を披露する、というのが後半。
 最初のお菰さんは、名は元は安(やす)と言っていたがここでは秀(ひで)と名乗っていて、綺麗好きなのでお茶屋さんや料理屋さんの前にある犬の糞を片付けてお金をもらっているので、「糞屋の安秀」。その糞屋の安秀が詠んだ歌は、”吹くからに 秋のくさ夜は長けれど 肘を枕に 我は安秀”。
 二人目は、日向で暖ったかな垣根の下で丸くなって寝ているばかりなので、「垣根の元の人丸」。人丸の歌は、”ほのぼのと 明かしかねたる 雪の夜も ちぢみちぢみて 人丸く寝る”。
 三人目は、小満んは、顔がひどいナリと言っていたが、本来は、らい病(ハンセン氏病)のことである“癩ん坊(なりんぼう)”の平吉で癩平(なりひら=業平)。そのお菰の業平さんの歌は、”千早ふる 神や仏に見離され かかる姿にわれは業平”。
 主人が感心して、「おまえさんがたは実に雲の上の和歌三神ですな」と言うのに三人が「いえいえ、菰の上のバカ三人でございます」でサゲ。
 もちろん、三人の名は有名な歌人の名のパロディ。
 一人目の本家は、文屋の康秀。歌は、“吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ”。
 二人目のモデル(?)柿本人麿呂の元歌は“ほのぼのと 明石の浦の朝霧に 島かくれ行く船をしぞおもふ”。
 業平の元歌は、説明する必要もないだろう。
 この三人目は、たしかに、元ネタの通りでは、当今ではやりにくいかもしれない。
 麻生芳伸さんの注釈には、「現在上演するならば、在平業平に拘らず、山部赤人、衣通姫(そとおりひめ)に変更した形での再演が望ましい」とある。
 たしかに、和歌三神がどの三人かは諸説あるようだし、山部赤人などはパロディにできそうだ。とはいえ、元ネタを大事にし、差別的な表現を際どく避けた小満んの演出も捨てがたい。
 私は子供の頃、家族で下の句だけの板カルタをよくやったので、まだ百人一首への馴染みがあるが、今では、こういった歌も、落語でしか出合わない人は多いかもしれない。
 ぜひ、業平役のお菰さんに関する工夫をした上で、他の噺家さんにも演じて欲しいネタだ。

柳家小満ん『鴬宿梅』 (22分)
 いったん下がって、すぐに登場。
 初めて聴く噺。
 村上天皇と紀内侍の鴬宿梅(おうしゅくばい)の逸話をマクラで仕込んで本編へ。
 こんな内容だった。
 (1)あるご隠居が、とある大店の若旦那の六さんに、先日道で血相を変えた
   姿ですれ違ったが、あれは何かあったのか、と問う。
 (2)この若旦那、小僧からの叩きあげで養子になった堅物。まったく
   遊びを知らなかったので、半玉を半熟を間違えるほど。
   先日、柳橋の茶屋に誘われ、さんざん食べた後の帰り際に女将から、
   すぐにまた来てくれなくては怨みますよ、と言われた。怨まれては
   かなわないと、一人で茶屋に裏を返しに行った。
   ご隠居とすれ違ったのは、その後のことだと言う。
 (3)いったい何があったとご隠居が聞くと、若旦那がその茶屋での出来事を
   振り返った。芸者が『春雨』という端唄を唄い踊ったのだが、唄の終わりの
   ほうで「身まま気ままになられない、養子くさいじゃないかいな」と、
   養子の私を馬鹿にしたので怒って帰った、とのこと。
 (4)それを聞いたご隠居は、それは聞き違いで、“身まま気ままになるならば、
   さぁ鶯宿梅じゃないかいな”っていうのが唄の文句だ、と種明かしをする。
 (5)若旦那が「鶯宿梅ってのは何ですか?」と訊ねる。
   ご隠居、その昔、村上天皇が清涼殿に梅を植えたいので良い梅を探させた。
   紀貫之の娘、紀内侍の家の梅がたいそう綺麗なので、植え替えさせた。
   その梅に、「勅なれば いともかしこし鶯の 宿はと問はばいかがこたえむ」
   という内侍の歌が添えてあった。村上天皇は、大いに反省して、その梅を
   紀内侍に返したが、その逸話から鴬宿梅と名がついた、と故事を説明。
 (6)自分の聞き違いを恥じる若旦那が、詫びを入れにその茶屋へ行った。
   鶯宿梅の故事を話そうとするが、うろ覚えで、頓珍漢な話になる。
   芸者が、「あーら、若旦那、何のことやらちっともわかりませんわ」
  「なに、わからない?私としたことが、これは大しくじりではないかいな」
   でサゲ。

 端唄『春雨』の歌詞を調べたら、ブログ「懸想文」さんで紹介されていた。
 こういう歌だった。
ブログ「懸想文」さんの該当ページ

  060.gif春雨に しっぽり濡るる鶯の
   羽風に匂う 梅が香や
   花に戯れ しおらしや
   小鳥でさえも 一と筋に
   寝ぐら定めぬ 気は一つ
   わたしゃ鶯 主は梅
   やがて身まま気ままになるならば
   サァ 鶯宿梅じゃないかいな
   サァーサ なんでもよいわいな

 サゲは地口でそれほど秀逸とは言えないかもしれないが、鴬宿梅の故事、端唄『春雨』を踏まえた、粋な噺で、小満んならでは、という噺だと思う。ここで、仲入り。

柳家小満ん『味噌蔵』 (33分 *~20:23)
 三席目は、楽しみにしていたこの噺。
 「吝嗇(しわい)家は、七十五日 早く死に」という川柳は、吝嗇家は高い金を出して初物を食べるようなことはしないから、とマクラでふった。
 ケチにまつわる小咄を三つ(扇子を長持ちさせる方法、火事の熾火をもらいにいかすケチ、薬代で目を廻すケチな旦那)並べてから本編へ。
 名を吝嗇屋けち兵衛と言う、味噌屋の主人、名の通りのケチで、それも何事にも徹底している。女房をもらうと金がかかるといって独身。しかし、親戚もうるさく言うので、ようやく結婚するが、床を一緒にすると間違って子供が出来て金がかかるからと、女房は二階、自分は階下で別々に寝る。
 しかし、冬の寒い夜、せんべい布団ではあまりに切なくなる。
 なぜ大店の主人がせんべい布団かと言うと、いいふとんをこしらえても、いやな夢をみて手足をつっぱったとたんに、ふとんに爪でもひっかけて破かないとも限らない、と言うのだから、ケチ兵衛さんのケチぶりには、ある種の感動(?)さえ覚える。
 その薄い布団にくるまって小僧時代を思い出し、寒い夜は先輩の布団に入って暖めてもらったが、今になってまさか小僧の布団に入ることもできない、と言うあたりに、このケチ兵衛さん、不人情なだけの男ではないなぁ、と思わせてくれる。
 あまりの寒さに、つい、ふかふかの絹布の布団で寝ている二階の女房の床へあったまりに行った。そんな夜が続くうちに、「あったまりのカタマリ」の子どもが出来た。
 困った困った金がかかる、と番頭に相談すると、里で子どもを産ませて「身二つ」になってから戻せば、出産の費用もかからない、と知恵を授かり、女房を里に帰した。
 「身二つ」なんてぇ言葉も、いいねぇ。
 そして、日が満ちて無事奥さんは実家で出産。先方からお祝いをすると誘われ、定吉を連れて家を出るのだが、定吉には空の重箱を持たせる。お祝いの膳、定吉には汁とお新香は食べていいが後は、重箱に詰め、皆さんが酔っぱらったら、その膳の残りも詰めて来い、という命令なのであった。番頭には、味噌蔵には商売ものの味噌で目塗りをしておけ、と言う。「旦那様にしては、もったいないことで」と番頭が返すと、「そんなことはない、焼けた味噌は香ばしくて美味いから、お前達のおかずになる」に「無駄のないことで」と番頭も感心(?)しきり。
 使用人たちが、重箱を背負い、かかとのない下駄をはいた定吉の後ろ姿を見送る場面、なんとも、せつなく、そして笑えてしまうのだ。
 さあ、鬼の居ぬ間のなんとやら。ここから、番頭以下のどんちゃん騒ぎになる。
 普段、味噌汁は薄くて実も入っていない。久しぶりにタニシが入っていると喜んだが、それは、薄い汁に映った自分の目だった、というあまりにも切ない食生活をしている使用人たち。ケチ兵衛に実なしは縁起が悪いと言っても、三年前から使っているスリコギが減っているから、実が入っていると言う始末。凄いねぇ、ケチ兵衛。
 今夜はケチ兵衛も泊りで帰らないだろうからと、悪い相談はすぐまとまる。番頭が筆先で帳面をドガチャカドガチャカして、美味い物を頼んで宴会をしよう、と相成った。
 刺身、寿司、鯛の塩焼き、牛鍋など、そして、横丁の豆腐屋で売り始めたばかりの木の芽田楽も頼み、店の酒を飲みまくるぞ、と普段の粗食の怨み晴らさでかという勢いのご一同。
 酔った勢いで甚助が『磯節』を歌い出す。
 060.gifちゃちゃらちゃん 磯で名所は大洗さまよー 松が見えますほのぼのと~
 絶好調のご一同だったが、なんと泊ってくるはずのケチ兵衛が帰ってくるのだった。
 帰り道でも定吉の悲哀は続く。
 せっかくご馳走を詰めた重箱を忘れた、提灯の蝋燭にと先方が五本くれようとしたのを二本でいいと断った、新しい下駄を履いたと言うが片ちんばじゃないか、などと叱られている。
 家に近づくと、どこかの家で宴会の騒ぎが聞こえてくる。あんな奉公人がいるのは旦那の心がけが悪いからだ、と定吉に言ってみたものの、なんと自分の店から聞こえるではないか。
 定吉に節穴があると教わり、中を覗くケチ兵衛さん。
 旦那が帰ってきたらどうすると言われた甚助が、なに、この鯛の塩焼きを目の前に突き出してやれば、鰯しか見たことがないから、驚いて目を回してぶったおれるさ、と言うのを聞きつけ、ついに戸を叩いた。
 慌てたご一同、食べ物や器を袂などに隠すものの、床に刺身などが散乱した状態でケチ兵衛さんが入ってきて、一同は固まったまま迎える羽目に。
 「なんです、みんなしてペリカンみたいな格好して」というケチ兵衛さんの科白に大爆笑。
 番頭以下を叱りつけていると、表の戸を叩く音。
 ここからは豆腐屋とケチ兵衛とのサゲにかかる会話。興津要さんの『古典落語-続々-』を参考に再現。
 
  豆腐屋  え、こんばんは、え、こんばんは
  ケチ兵衛 どなたでございますか?お買いものなら明朝に願います
  豆腐屋  ええ、焼けてまいりました。焼けてまいりました
  ケチ兵衛 え、焼けてきた?だから言わないこっちゃない。
       わるい時に焼けてきたもんだ・・・・・・
       どこが焼けておりますか?
  豆腐屋  横丁の豆腐屋から焼けてまいりました
  ケチ兵衛 なんだって、横丁の豆腐屋から、どれ位焼けてきましたか?
  豆腐屋  二三丁焼けてきました
  ケチ兵衛 二、三丁、こりゃあ火足が早いや
      ただいま開けます
 と戸を開けたとたんに田楽の匂いが鼻へプーンとはいったから、
  ケチ兵衛 いけない、味噌蔵に火がはいった

 サゲでは、田楽の味噌の香りが漂った。
  
 なんとも素晴らしい高座に、終始笑い、また感心していた。 
 この噺では鯉昇の高座も得難いものだが、それは、たぶんに食べる場面が秀逸で、ドンチャン騒ぎが際立っているからかと思う。
 どちらが良い悪いではなく、好対照なのが小満んの高座。
 無理にウケようなどと露とも思わないだろうが、噺のツボを外さずに笑いを誘い、それぞれの情景が目に浮かぶ高座も、実に結構。
 この高座を今年のマイベスト十席候補にしないわけにはいかない。
 
 
 さて、小満の高座に酔った後は、佐平次さんとI女史、そしてF女史とのよったりで、関内で開業四十余年といういつものお店での居残り会で酔うのだった。
 生ビールと熱燗で乾杯の後、なんとも珍しいホッケの刺身、北海道出身の私も生涯二度目だ。他にも、宮崎でとれた初カツオ、タラの芽と稚鮎の天ぷら、定番の八丈島のクサヤ、そして牡蠣がふんだんに入ったオムレツなどの絶品の肴で、小満んの高座を振り返っての話に弾みがつく。男山の徳利を次々に空にしながら、実に幸せなひと時が続き、ついお店の看板まで居座ってしまった。それでも、話し足りないよったりは、お隣のバーにはしご!
 少し興奮をクールダウンさせるナイトキャップで締めて、ようやくお開き。
 日付変更線は、帰りの電車の中で超えていたのであった。

 実は、居残り会で盛り上がったネタがある。
「ペリカン」の科白に関する、ちょっとした笑い話。
 居残り会で私は何ら疑問なく「ペンギンには笑いましたね!」と言って、女性陣に「ペリカンでしょ」と修正されてしまった。慌ててメモを見たら、ほんとに、ペリカンだった。
 なぜか、宅配便のはずが、歯磨きに替わっていた次第。(古いか^^)
 ペリカンで多いに笑っていたのに、どうもペンギンに頭の中で化けていたようだ。
 この勘違い、実は佐平次さんも同様に「ペリカン」とメモしていて「ペンギン」と私が言うのに疑問を抱かれなかったようで、それが妙に嬉しかった^^
 

 いつもある程度の言いよどみがあるのは承知しているのだが、この日の小満んはほとんどそういうこともなく、絶好調、という印象。
 前日まで、末広亭で主任小里んの席で仲入りを務めていたことも、好影響を与えたのかもしれない。
 小里んの高座には“品”を感じ、小満んの高座からは“粋”が滲み出てくる、そんな印象。
 どちらも、結構。

 それにしても、今回の三席すべての高座と居残り会は、まさに至福の時間と空間だったなぁ。

 次回は5月23日(火)、ネタは『しびん』『三方一両損』『御神酒徳利』と案内されている。
 さて、『御神酒徳利』は、以前落語研究会で聴いた犯人(?)が番頭の長講か、それとも柳家の「占い八百屋」か。二ヵ月後も、今から楽しみだ。

[PR]
by kogotokoubei | 2017-03-22 21:18 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛