噺の話

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カテゴリ:落語会( 429 )

 恒例の日曜のテニスが、雨で休み。

 さっそく、ネットで寄席、落語会の情報を確認。
 浅草で、行きたかった二代目志ん五の披露目だ。
 三人の交代だから、この日に当たるのは、僥倖と言えるだろう。
 落語の神様が雨を降らせてくれた(^^)と勝手に喜び、しばらくメジャーリーグの試合を観た後で、浅草へ。

 雨とはいえ日曜の浅草は、海外からの旅行者を含め、人通りが多い。
 裏道を通りながらホールに着いたが、先に近くのコンビニで食料と飲料を仕込んで、12時を少し回った頃に入場。
 志ん丸が『浮世床ー本ー』を演っていた。
 一階席は、結構埋まっていた。ところどころに十席ほど空席が見えるだけ。
 腹も空いていたので、買った弁当を食べやすいであろう二階席へ。
 二階は三分の一位は埋まっていたが、最前列の下手端の席が空いていた。

 後ろ幕の送り手は、ちょっ蔵応援団、有限会社希助、みかねた、の合同。
 上手の酒は、長命泉。下手には、帯が五本。

 二階席に落ち着いて、ちょうど始まった色物さんから順に、感想などを記したい。印象が良かった落語の高座には、を付ける。

おしどり 音曲漫才 (11分 *12:14~)
 聴きたかった二人。出番が少し押していたようで、これも僥倖。
 女性のマコがアコーディオンとメインMC担当。男性のケンが、針金細工。
 お客さんへのお土産になるケンの金正恩やトランプにそっくりな針金細工は見事。また、マコの語りは、スピーディでセンスが良い。ほぼ満席のお客さんを大いに沸かせた。
 お土産の針金細工は、遠くから来た人ということで客席に挙手してもらったところ、鹿児島や北海道から、というお客さんがいた。はとバスのお客さんかな。
 この二人、私は、その芸よりも、社会的な活動で先に名を知った。
 彼らのホームページから、プロフィールを紹介したい。
「おしどり」ホームページ
マコとケンの夫婦コンビ。横山ホットブラザーズ、横山マコトの弟子。
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。社団法人漫才協会会員。
認定NPO法人沖縄・球美の里 理事。二人はフォトジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」の編集委員でもある。
ケンは大阪生まれ、パントマイムや針金やテルミンをあやつる。パントマイムダンサーとしてヨーロッパの劇場をまわる。
マコと出会い、ぞっこんになり、芸人に。マコは神戸生まれ、鳥取大学医学部生命科学科を中退し、東西屋ちんどん通信社に入門。アコーディオン流しを経て芸人に。
東京電力福島第一原子力発電所事故(東日本 大震災)後、随時行われている東京電力の記者会見、様々な省庁、地方自治体の会見、議会・検討会・学会・シンポジウムを取材。また現地にも頻繁に足を運び取材し、その模様を様々な媒体で公開している。
第22回平和・協同ジャーナリスト基金 奨励賞を受賞。
 「DAYS JAPAN」の編集委員だよ。
 東電の記者会見におけるマコの毅然とした態度での取材は、ネットで結構見ている。
 社会問題に対して発言し、行動する芸人さんとして、今後も期待したい。
 落語協会には今年6月に正式会員として入会したばかりなので、プロフィールにはまだ反映していないようだが、同じ日に正式会員となったジキジキとこの二人の夫婦の音曲漫才、落語芸術協会と比べて色物全体では見劣りする落語協会にとって、貴重な戦力となるだろう。

金原亭世之介 漫談 (9分)
 定番の漫談。少し押している状況で、披露目の短い出番としては、やむを得ないかな。
 I Live In 東京.の過去形が、I Live In 江戸.ってぇネタは、どこかで使おう^^

春風亭栄枝 『都々逸坊扇歌伝』 (15分)
 久しぶりだ。小さなネタをいくつかふってから、十八番へ。
 田舎の人が東京に出てきて、長命寺の桜餅を食べる時に、どうやって食べるのか聞いたら、皮をむいて食べるとのことで、隅田川の方を向いて食べた、というネタでも、会場からは笑いが起きる、実に良いお客さん達。ビートルズが来日した際に、林家三平がネタにしていた、オナラの温度は、ヘイ・ジュード、も結構受けたねぇ。
 「七つ、八つでいろはを覚え、はの字が抜けて、いろばかり」なんてぇのも、オツ。
 秋田藩佐竹公と扇歌との逸話なども楽しませ、しっかりとした高座。
 昭和13年生まれは、志ん朝と同じだ。79歳の元気な姿を見ることができたのも、雨のおかげだなぁ。

 二階から観ていて、一階の最前列の下手側の端の席が空いているのが分かったので、この後に急いで一階に移動した。

 なんとか、落語から漫談への高座切り替え中に座ることができた。
 最前列は、すべての寄席を含め、初体験かな。

昭和こいる 漫談 (8分)
 相方のいるが、自転車で転んで複雑骨折のため長期療養中。
 元気だ、とのことだが、少し休養期間が長いのが、気になる。
 師匠てんや・わんやのことや、森昌子ショーでの逸話などで楽しませてくれたが、やはり二人の漫才が、早く見たい。

春風亭柳朝 『紙入れ』 (11分)
 若手から中堅、という表現に近づいている印象。この人の醸し出す、清潔感というか品の良さは、二ツ目あたりの見本になるだろう。
 その生真面目さは、毎日更新されるブログを見ても、分かる。
 とはいえ、芸の幅もあって、この噺での女性の描き方にしても、艶っぽさもほどほどで悪くない。だんな、新吉も、しっかりと表情や仕草などで演じ分ける。
 人によっては、もう少しアクが欲しい、という思いを抱かせるかもしれないが、最近のアクの強すぎる若手を多数見ていると、まずは基本を大事に、丁寧な高座を心がけることの大切さを感じさせる噺家さんだ。
 もう少し年齢を重ねれば、自然と味わいが増すに違いない。一之輔とは違う持ち味で、一朝の総領弟子は、大きな看板となると私は思っている。

 
三遊亭円丈 『金さん銀さん』 (14分)
 母校の熱田高校のことや名古屋自虐ネタをいくつかふってから、本編へ。
 「あまり、おもしろくないです」と前置きしたが、会場大爆笑。
 新作落語の大御所の健在ぶりを確認できた。
 なぜか、講釈の台が設置されている状態での高座だったが、あれ、必要あったのかなぁ。
 
ロケット団 漫才 (13分)
 前半は、十八番の四字熟語ネタ。
 「疑心暗鬼」となるはずの設問で「加計学園」は、センスの良さを感じさせる。
 後半は、セキュリティ、エグザイル、アルギニンが、秋田では日常会話だ、という、これまた十八番ネタ。
 初めて聴くお客さんも多かったようで、大いに客席を沸かせた。
 
柳家甚語楼『猫と金魚』 (14分)
 このネタも持っていたのか、と少し驚いた。
 居残り会のお仲間であるI女史は、この人の大の贔屓だが、それも納得できる、しっかりした高座で、笑いも多い。
 平成18(2006)年三月真打昇進の同期に、三三、左龍がいるが、それぞれ個性の違う三人は、きっと良きライバルなのだろう。
 まだ、行ったことはないが、同期との二人会や、一年先輩の白酒との二人会も、芸を磨くための良い機会となっていると思う。そのうち、それらの会にも足を運びたい。
 この高座でただ一つの疑問に思ったのは、トリの志ん五のネタとツクのは、志ん五のネタを知らなかったからだろうか、ということ。

三遊亭吉窓 『大安売り』 (13分)
 協会理事で、後の口上でも司会役を担っていたが、この人の高座、私は相性が悪い。
 円窓の総領弟子なのだが、後継者としては、萬窓の方がずっと相応しいと私は思っている。
 
鏡味仙三郎社中 太神楽 (14分)
 三人で登場。近くの二列目と三列目に座っていた、初めて寄席に来たと思しき五~六名のグループの方から、小さな歓声が続いていた。初めて、それも高座近くで太神楽を見た時は、私もそうだったなぁ。
 寄席の吉右衛門は、健在だった。
 それにしても、浅草演芸ホールのプログラムでは、「曲芸」となっているのが、いつも気になる。太神楽にしましょうよ。

 感心しきりのグループが、ここで退場。飲み会の前の時間潰しであったような、そんな、会話。
 さすがに最前列で端っこは、首がくたびれるので、空いた二列目のやや中央寄りの席に移動。
 
桂文楽 『替り目』 (11分)
 途中でサゲたが、寄席らしい楽しい高座は、悪くなかった。
 「ペ・ヤング」の小益も、志ん朝、栄枝と同じ昭和13年生まれの、傘寿なんだなぁ。しかし、この後には、米寿の方が登場。

三遊亭金馬 『表彰状』 (17分)
 仲入りは、大御所。
 見台は用意されていたが、板付きではなく、自ら歩いて登場。
 このネタは、初めて聴く。
 泥棒の兄貴分と弟分の会話が中心。二人で泥棒に入ったが見つかってしまい、弟分が走って逃げる途中に、お婆さんを突き飛ばした。しかし、その結果、車でお婆さんがはねられるのを助けたので、警察に表彰される、というのが、発端。その後、表彰されて新聞などに顔がばれたら困るから、悪いことやって表彰を取消しにしてもらおうとするが、何をやっても裏目(逆裏目?)に出て良い行いになり表彰されることになる、という筋書き。
 後で、ネタをを調べたら、昭和38(1963)年に、「創作落語会」として芸術祭に参加し、奨励賞を受賞している中の一席だった。
 Wikipedia「創作落語会」から、引用する。
Wikipedia「創作落語会」
1963年11月30日の第14回創作落語会公演は、団体として以下のプログラムで芸術祭に参加した。

「表彰状」(作:大野桂)演:三遊亭小金馬
「遺言」(作:正岡容)演:三遊亭歌奴
「賢明な女性たち」(作:星新一)演:桂米丸
「一文笛」(作:中川清)演:3代目桂米朝
「義理固い男」(作:玉川一郎)演:春風亭柳昇
「時の氏神」(作:粕谷泰三)演:三遊亭圓右
「笑の表情」(作:はかま満緒)演:林家三平
特別出演:5代目古今亭志ん生
(中川清は米朝の本名である)
その結果、昭和38年度(第18回)の芸術祭奨励賞を受賞することとなった。
 米朝の『一文笛』や、三平のために、はかま満緒さんが作ったネタも含んでいる。
 トリの志ん五のネタを知って、古典ではなくこの噺を選んだのであれば、さすが金馬、と思わせるじゃないか。
 それにしても、この創作落語会の作者の顔ぶれが豪華だ。
 山田洋次が五代目小さんのために落語を創作してから、しばらく経つ。作家や脚本家が落語を創作して芸達者が演じる会、今でもおもしろい試みになるのではなかろうか。

 さて、仲入りで、外の喫煙コーナーで一服。
 雨は、まだ止まない。

二代目古今亭志ん五真打昇進襲名披露興行 口上 (17分)
 幕が上がり、下手から、司会役の吉窓、続いて権太楼、志ん五、志ん橋、金馬、馬風の六人。
 後ろ幕は、東松山のやきとり、「ひびき」の寄贈。
 権太楼は、先代志ん五とは、同時期に前座修業をしていたと話す。
 実際は、昭和41年9月に志ん五が志ん朝に入門、権太楼は昭和45年4月につばめに入門、志ん五は翌昭和46年11月に二ツ目になっているので、前座で一緒だった時期は、一年余り。その一年ほどの共有体験の印象が、きっと強いのだろう。
 二人は、昭和57年9月に権太楼、同11月に志ん五が真打昇進している。
 権太楼は、二代目志ん五は、その可愛さ(?)のためいろんな女性の魔の手が待ち受けているだろう、それは、昔の私と同じ、で笑わせた。
 金馬は、実に真面目な口上を披露。馬風は、いつものノリで笑いを誘う。
 二人目の師匠である志ん橋は、「新作もたくさん作ったようだが、ほとんどが駄作」と会場を笑わせてから、「ようやく二つ三つは、マシになった」と語っていたが、この日にその新作を演ることを知っての言葉だったのだろうなぁ。
 馬風の音頭による三本締めでお開き。

 いったん閉じた幕が上がった。
 後ろ幕は、立正大学校友会、立正大学同窓生有志、であい寄席実行委員会の合同。

にゃん子・金魚 漫才 (7分)
 金魚の頭の飾り(?)は、志ん五からのもらい物を材料にしたので、費用ゼロとのこと。
 十八番ネタで、会場は大爆笑。

古今亭志ん橋 『からぬけ』 (10分)
 古今亭で入門後最初に稽古をしてもらう前座噺を披露。
 披露目に相応しいと思う。

柳家権太楼 『代書屋』 (12分)
 白夜を見にアイスランドにまで行った、というお得意のマクラなどから、予想もしなかった(私だけ?)十八番ネタに。
 学歴はー>小学校ー>どこの学校ー>森友学園、でサゲたが、場内この日一番の笑いが渦巻いた。さすが。

鈴々舎馬風 漫談 (6分)
 談志、三平、毒蝮などが登場する十八番ネタを軽く。権太楼がつくった会場の空気を維持して、さすがの話芸。

林家楽一 紙切り (12分)
 膝替りはこの人。ご挨拶代わりに「土俵入り」の後、リクエストで「新郎・新婦」「志ん五」「屋形船」。紙切りの技術は、相当上がっていると思う。話芸も、あの独特の間が、板についてきたようだ。この人、結構、凄いかもしれない。

古今亭志ん五 『出目金』 (19分 *~16:30)
 オレンジの派手な羽織で登場。実は、この衣装もネタの重要な演出の一つであったことが、後で判明。
 遠隔地の落語会に行くには、格安航空会社をもっぱら利用するが、と最近乗った某航空会社での経験を、楽しく聞かせた。その行き先の徳之島の落語会のことでも、大いに笑わせてくれた。
 この人、こんなにマクラが良かったっけ、と再認識。話の間が、実に結構なのだ。
 本編は、昨年公開の映画「の・ようなもの のようなもの」のために志ん五が作った新作だったことを、帰宅後に調べて知った。
 残念ながら、あの映画は観ていない。松山ケンイチが、どう演じたのか、興味があるなぁ。そのうち、CSで放送されるのを、待とう。
 筋書きは、こんな感じだ。
 父親が、金魚すくいで出目金をすくってきた。しかし、男の子は、「ちっとも目が出ていない」と拗ねる。それを聞いた出目金が、排水溝を経由して墨田川に逃げて、あちこち修業の旅に出る、という筋書き。
 川で泳ぐ出目金が、オレンジの羽織をばたつかせる姿が、なんとも可笑しい。
 その川には、魚を相手にした寿司屋がある。主人の魚が何かは、不明としている。その寿司屋の主人の羽織のバタつかせ方、伝法な物言いが、なんとも滑稽で、会場が沸く。その寿司屋でメダカの握りなんぞを、出目金は注文するのである。
 その後、出目金は草津温泉に行きついた。志ん五は、湯もみの仕草をして「草津節」を唄い出し、「さぁ、皆さんもご一緒に」で、結構なお客さんが唱和^^
 「初めて、一緒に歌ってもらったなぁ。これも披露目のおかげだなぁ」と出目金に言わせて、ここでも会場から笑いが起こる。
 北極で皇帝ペンギンに食べられそうになった後に、浅草の大道芸人に呑みこまれてしまった。
 逃げた出目金を探し回っていた父親が、倒れているその男の腹を叩いたら、出目金が戻った。ここでのクスグリ、「富士そば、食べたな」が、あまりにも可笑しい。
 父親が出目金に「逃げて、どこへ行っていた?」に、出目金が「ほうぼう(あちこち?)で修業をしてまいりましたが、○○○○○○○○○!」でサゲ。
  サゲの言葉は、想像のほどを^^
  最初に、子どもがどんなことを言ったか、がサゲにtながっているのだ。

 筋書きにやや無理はあるが、SF的な要素、すなわち、落語的な要素もあるし、とにかく、出目金や寿司屋を描く姿が、頗る可笑しく、擬人化によるネタとしては、三年ほど前に同じ浅草で聴いた、喬太郎の『任侠流山動物園』にも似た味わいがある。
 トリにしては短い時間での高座だったが、マクラの良さ、その仕草を含めた自作ネタの秀逸さを含め、今年のマイベスト十席候補に値すると思う。
 この人、やはり、並みじゃない。


 夜の部の主任、志ん輔には申し訳なく思いながらも、小雨の中を帰路についた。
 良い披露目だった。
 浅草まで来て良かったなぁ、と思いながらの帰路は、ついうとうとと寝てしまった。
 そして、自分が出目金になっている夢を・・・見たわけではない。
 
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by kogotokoubei | 2017-10-16 18:27 | 落語会 | Comments(2)
 昨日は途中まで書いて、晩酌の酒がまわってきて断念。
 今日のテニスの後、クラブハウスで缶ビールを飲み、昼食に誘われたが、それ以上飲むと今日も書き終わらないと思い、心を鬼にして断った^^
 
 さて、夜の部。三代目桂小南襲名披露興行だ。

 客席は、椅子席が三割から四割。桟敷にはそれぞれ三~四人。
 仲入り後には、椅子席も桟敷ももう少しお客さんが増えたが、平日雨交じりの夜とはいえ、ちょっと寂しいねぇ。

 出演順に感想など。

開口一番 桂こう治『転失気』ー>『牛ほめ』 (13分 *16:48~)
 初めて聴く、小文治門下の前座さん。
 『転失気』を始めたので、「おいおい、可風とツクよ!」と思っていたら、案の定、楽屋の前座からダメ出し。ネタ帳を見せてもらって、「それでは、『牛ほめ』を演らせていただきます」と仕切り直し。客席から「がんばれ!」の声。優しいお客さんだ。
 しかし、本人はもうアップアップという感じで、噛むやら言いよどみやら、科白を忘れるやら・・・・・・。
 これも、経験。精進してもらいましょう。
 それにしても、秋葉様のお守りではなく、防火宣伝のビラ、というのはいかがなものだろう。師匠譲りなのかもしれないが、通じなくなった言葉を言い換えてばかりいると、落語そのものが壊れてしまうのではなかろうか。やはり、秋葉様だと思うなぁ。

山遊亭くま八『魚根問』 (8分)
 これまた初めて聴く人。
 繰り返されるネタの後に笑いを待つ間が、あまり好きではない。
 これは、後から出る歌春でも感じたことなのだが、笑いを半ば強制するような間が頻繁に続くのは、あえて言えば品のない行為であり、それは芸とは言えない。
 まだ、若く明るい高座には好感が持てるので、今後の成長を期待したい。

新山真理 漫談『巨人軍の納会』 (11分)
 このネタは初めて聴いたこともあり、結構笑った。
 詳しくは書かないが、三十数年前、横浜ファンと西武ファンの若手女性漫才師が、熱海後楽園ホテルの巨人の納会に呼ばれて漫才をした時の逸話。さて、どこまでがフィクションかは分からないが、ネタとしてはよく出来ている。この人の話芸、結構、レベル高いんだよね。

三笑亭夢丸『お菊の皿』 (12分)
 久し振りだが、少し太ったか^^
 この人の持ち味は、そのスピードであり、弱点もその速さかもしれない。
 立て板に水の勢いの良さを感じる時もあれば、次の科白が待てないかのような忙しさが聴く方を落ち着かせてくれないこともある。
 まだ、若いので今後次第に落ち着きが出て来るとは思う。
 この高座では、スピードの良い面が出ていたようだ。
 芸協の将来を担う一人であることは間違いがない。

三笑亭可龍『宗論』 (14分)
 見た目の若さに反して落ち着いた高座。夢丸はこういう先輩に見習うべき点が多いように思うなぁ。
 十八番と言えるだろう。このネタなら、春風亭正朝とこの人の二人が双璧ではなかろうか。小三治は、別格^^
 拙ブログを書き始める前、2008年2月9日のさがみはら若手落語家選手権の予選、一之輔が出場したのだが、この人がこのネタで一位通過。私が一票を投じたものの(?)一之輔(『鈴ケ森』)は僅差の二位だった。ちなみに、一之輔は、予選全体の二位でもっとも惜敗率が高いということで本選会に出ることはできたが、その年の本選会は三遊亭歌彦(現歌奴)が優勝。一之輔もきっと忘れられない予選ではなかったかな。
 短い噺とお祝いの踊りかな、と思っていたが、テッパンとも言えるネタを楽しく聴かせてくれた。寄席の逸品賞候補としたいので、色を付けておく。

松旭斎小天華 奇術 (10分)
 無言での紐とスカーフの奇術。なんとも言えない雰囲気は、この人ならでは。
 “職人”という言葉が当てはまるような、そんな人。嫌いではない。

三遊亭遊之介『真田小僧』 (15分)
 これまで聴いた高座の印象が良いので、少し残念。表情が硬いのだ。
 口上の司会という大役が待っているせいか、あるいは、打ち上げの酒が残っているのか^^

桂歌春 漫談 (15分)
 歌丸の総領弟子なので、私も歌丸の襲名披露をしたいが・・・といった内容を中心の漫談。笑いを待つ間が、気になった。この人も、打ち上げ疲れか。
 とはいえ、口上では、なかなかいいこと言ったなぁ。

桧山うめ吉 俗曲 (13分)
 小唄「水の深さ」から「三階節」、新内の「蘭蝶」、締めに躍りで「茄子と南瓜」。
 まさに、寄席の“彩(いろどり)”だなぁ。

桂南なん『辰巳の辻占』 (12分)
 見た目に騙されてはいけない噺家としては、病弱を装った頃の喜多八とこの人が双璧ではなかろうか。
 高座に上がった時の、なんとも言えない見た目と靜的な印象と、ダイナミックな所作と表情の豊富な高座との落差の大きさは、これまでの経験がなせる技なのだろう。 

三遊亭小遊三『蛙茶番』 (18分)
 仲入りは、この人。
 この噺は、たぶん十八番の一つではなかろうか。
 女性のお客さんも、あの場面(?)で笑うこと、笑うこと^^
 この人が、なぜ会長にならないのか・・・きっと、政治的なことより、自ら演じることが好きなのだろうなぁ。
 そんなことを思わせる高座だった。
 
 
 一息入れて、口上だ。

三代目桂小南真打昇進披露口上 (13分)
 後ろ幕は、落語芸術協会から、岩槻の須賀食品寄贈に替わった。
 下手から、遊之介、遊吉、金太郎、小南、南なん、歌春、小遊三の六人。
 印象に残る内容は、まず、兄弟子の金太郎。師匠は三代目三遊亭金馬を師匠に東京落語を百席以上覚えてからすべて捨て去って上方落語を学び直した人で、「東京でも大阪でもない、場所で言うなら、静岡落語」と称していたが、独自の小南落語と評された。三代目小南は春日部出身、東京との間、自分独自の北千住落語を目指して欲しい、と笑いも意図したネタだったのだろうが、客席はまともに聞いていたなぁ。トースターにまつわる逸話も紹介されたが、その犯人のためにも割愛。
 南なんは、披露目は金がかかり、春日部の畑を売って費用を捻出したが、落語という畑を耕し欲しい、と締めた。
 歌春が、自分の高座よりもずっと良かった^^
 小南治の真打昇進披露に、協会の違う父親の二代目林家正楽が出演したらしい。今回も、協会の枠を超えて、父の芸を継いだ弟の二楽が出るので、ぜひ兄弟の高座を楽しみにして欲しいと、知らない人もいたかもしれない補足情報が良かった。
 締めの小遊三は、先代の小南に聴いた逸話を披露。ある程度、自分の落語に自信を持ってきた頃、師匠の金馬が高座を聴いてから、「お前のは、金が欲しい欲しいという落語だ」と言われ、呆然とした、とのこと。いったいどうすればいいのか分からなかったと二代目小南は述懐していたらしい。
 今、金が欲しい欲しい落語、蔓延しているなぁ。
 お約束の三本締めで口上は、結構真面目な雰囲気のままお開き。
 兄弟子二人の優しさが伝わる、実に結構な口上だった。

ボンボンブラザース 曲芸 (8分)
 十八番の紙の芸、下手桟敷への出張サービスで、私のすぐ後ろまで来ての熱演。
 いいねぇ、いつ見ても、この人たち。

三遊亭遊吉『粗忽の釘』 (14分)
 何度か聴いているが、もっともスピード感のある高座。地味な印象だが、その飄々とした個性は、嫌いではない。

山遊亭金太郎『たらちね』 (13分)
 先に口上を聴いたが、高座は初。
 ロマンスグレーの頭髪。金じゃなくて銀太郎か^^
 無理に笑わせようとはしない、無駄のない高座。兄弟子南なんと弟弟子小南が、個性が強いのとは対照的。
 トリの時間を作るための短縮版だが、一番難しい膝前の役割をしっかり務めた。

林家二楽 紙切り (9分)
 元気に高座へ。挨拶代りの「桃太郎」の後、お客さんの注文で「文治の相合傘」「選挙」の三作で兄につないだ。協会を越えた出演、本人も楽しんでいるのが、伝わった。

桂小南『しじみ売り』 (26分 *~20:57)
 自分の羽織と着物をつくり、余った分で二楽の羽織ができた、とマクラで話す。彼らしい、弟への感謝の思いなのだろう。
 本編は、師匠の十八番の一つだった、この噺。もちろん、上方版。だから、しじみ売りの子から、しじみを買ってやるのは、鼠小僧次郎吉ではなく、ある親分。
 匿名で演じる場合もあるが、人によっては、遊びを入れる。五年余り前、テレビ朝日「落語者」で桂まん我のこの噺を聴いた際は、米朝の本名を使っていた。
2012年5月12日のブログ
 実は、いただいたコメントで親分の名前の由来に気が付いた次第。
 三代目小南は、師匠と同じ市村三五郎という名の侠客にしていたが、場所は江戸に替えていた。時期も師匠が十日戎で、三代目は初午。
 親分、しじみ売りの子、そして、子分の留公の三人が、主な登場人物。
 あの独特の声は、親分にはピッタリ^^
 しじみ売りの子どもの可愛さ、家族思いの健気さは、よく伝わった。
 欲を言うなら、バイプレーヤーの留公を、もう少し軽いお調子者に描いて欲しかったが、全体としては、師匠の得意ネタへの取り組みを嬉しく思いながら聴けた好高座。
 サゲは、師匠と同じ「あまり声が大きいので、しじみ(縮み)あがりました」。
 その独特の声、しぐさ、間など、三代目小南の落語の可能性を感じていた。


 中にいる間に降った雨も、嬉しいことに上がっていた。
 なんとか来ることのできた披露目だが、披露目が終わってしばらくしてから、また、小南の高座を聴いてみたいと思う。できれば、南なん、金太郎との三人会などがあれば、駆けつけたいなぁ。地下鉄の駅に向かいながら、そんなことを思っていた。

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by kogotokoubei | 2017-10-01 16:46 | 落語会 | Comments(6)
 午後から休みをとって、久し振りの寄席へ。

 夜の部は、三代目桂小南襲名披露だ。

 午前中の雨は上がっていたが、いつ降ってもおかしくない空模様。
 中で高座を楽しんでいる間は、実際に舗道を濡らしていたようだ。

 コンビニでおにぎりやお茶を仕入れてから末広亭到着は、ちょうど昼の部の仲入り。

 客席は、椅子席が七割ほど、桟敷はそれぞれ四~五人ということろ。
 迷うことなく、好みの下手の桟敷を確保。

 後ろ幕は、落語芸術協会。
 客席後方にもいくつか花輪があったが、高座上手の花は京王プラザホテル、下手は東京かわら版。

 クイツキ以降について、感想などを記す。

三笑風可風『転失気』 (12分)
 出囃子「ハイサイおじさん」で登場した昨年真打昇進の人だが、私はまだ可女次の名の印象が強い。
 協会ホームページのプロフィールにあるように、最初は八代目古今亭志ん馬(「意地悪バアサン」の志ん馬)に入門したが、師匠没後、小笠原の父島でウミガメの調査をした後、三笑亭可楽に入門し直したという異色の経歴の持ち主。
落語芸術協会HPの該当ページ
 以前にも聞いているが、マクラが可笑しかった。
 師匠可楽が、「落語家は、売れるか、ゴミになるか、どっちかだ」と言うので、「師匠はどちらですか」と尋ねると、しばらくの沈黙の後、「おれは、これから売れるんだ」と答えた、とのこと。可楽は昭和11年生まれなので、可風が入門した昭和14年時点でも、66歳。師匠の言葉の後に、可風が「ゴミなんかじゃないですよ、私は師匠を、誇りに思っています」でサゲ。
 本編は、クイツキとしては疑問に思わないでもない、前座噺。
 「ロシアの揚げパン」というギャグを途中に挟んで楽しく聴かせてくれたのだが、このネタ選びが、夜の部開口一番の前座に、多大な被害をもたらすことになる^^

東京太・ゆめ子 漫才 (14分)
 高齢化問題をテーマの、十八番ネタ。
 ゆめ子が「100歳以上が六万七千八百二十四人、90歳以上が二百六万人」と数字を挙げた。共通の趣味を持つことで、夫婦の会話ができるというネタが続くが、途中、どうも本当に、ゆめ子がネタを忘れたことを京太がやる込める場面が、一番可笑しかった。
 もし、あれもネタだったとしたら、それは、凄い技術と言えるだろう。でも、きっと、忘れんだろうなぁ。ゆみ子曰く「ボケは、うつる」。
 色物が充実している芸協において、欠かせない存在。

桂伸治『あくび指南』 (16分)
 登場しただけで、客席を明るくさせる噺家さんは、そう多くないが、その一人だ。
 あくびの種類の説明を丁寧に挟んだ。春のあくびは、のどかな春の陽ざしを浴びて、菜の花が一面に咲く中で出るあくび。秋は、長夜、人を待っていて待ちくたびれて出るあくび。冬は炬燵に入っていて、猫のあくびに思わず誘われて出るあくび。加えて、寄席のあくび、そして、究極が臨終のあくび。
 文治という大名跡は弟弟子に譲ったが、結果、その方が良かったのかもしれない。伸治という名前が寄席にあるのも、嬉しいではないか。
 ほっとさせる高座、とでも言えようか。その笑顔で寄席に潤いを与える大事な噺家さんだ。

柳家蝠丸『弥次郎』 (13分)
 なんとも楽しい高座だった。
 北海道の寒さを表す小便がすぐ凍るというネタや、イノシイの大事なところを摑む、というネタも決して下品にはならず、女性のお客さんも大笑い。
 この人は、結構最近になって知ったのだが、芸協では貴重な存在だと思う。
 噺家さんの個性の多様さは、圧倒的に芸協が落語協会より上だろう。夜の部の南なんなども含め、実に「落語家らしい」人材が豊富。
 
翁家喜楽・喜乃 太神楽 (8分)
 膝替わりは、この親娘。
 五階茶碗から組みとり。
 茶碗などを手渡ししながら、娘の芸を見つめる父親の姿が、なんともなくいいのだ。
 最後の組みとりで、輪を落しそうになった後の喜乃ちゃんの照れ笑いが、可愛かった。
 いいねぇ、伝統芸能を父と娘でつないでいく姿。

春風亭柳之助『井戸の茶碗』 (30分 *~16:36)
 夜の部が目当てではあったが、ぜひ、この人の昼のトリも聴きたかった。
 柳昇に入門し、今は小柳枝門下。なかなかの二枚目で古典本格派は、芸協では少数派ではなかろうか。
 千代田卜斎や高木佐久左衛門が、屑屋に「いくつになられる」と聴くクスグリで笑いをとったが、全体的には、真っ正直な高座、と言えるだろう。
 清兵衛が千代田と高木をいったりきたりする場面の短縮の芸も違和感はないし、若々しく実直な高木の役はニンと言える。
 好演、なのだが、やはりもう少し“遊び”というか、余裕が欲しい。
 それは、年齢のせいもあるかもしれないが、昭和41年生まれだ、無理な注文ではないと思う。
 千代田卜斎親娘の住まいが、芝新堀裏という設定は、初めて聞いた。清正公様脇を入った裏長屋ではない型もあるんだ。小柳枝譲りかな。
 協会HPのプロフィールを見て、鹿児島出身に気づく。
落語芸術協会HPの該当ページ
 てっきり関東の出身かと思っていた。年齢は五十路を越えたばかり。現在の師匠の後継者となりうる潜在的な力は感じるので、今後も期待したい。


 さて、これにて昼の部お開き。

 喫煙所から外を見たら、多くのお客さんが柳之助を取り囲んでいる。
 彼の主任の席に、多くの後援者が駆けつけたようだ。笑顔で応対し、一緒にカメラに収まる柳之助の姿に、この人の実直さが見てとれる。
 平日の、やや雨まじりの天候でも、襲名披露という特別興行の夜の部より客の入りは多かった。来てくれたお客さん達の思いを大事に、今後も柳之助には精進してもらいたい。
 昼夜のお客さん入替えで、ずいぶん、客席は寂しくなった。
 平日夜、雨交じりとはいえ、ちょっと残念。

 昼の部の仲入り以降は、実に充実していた。
 可風は、マクラで楽しませてくれた。
 伸治、蝠丸というベテランの高座は、期待通り。
 喜楽・喜乃の父娘は、太神楽という芸能が継承される現場を見た思いで嬉しかった。
 柳之助は、基礎は十分できている。今後は伸治や蝠丸などの高座に見られる、懐の深い芸を盗んでもらいた。

 夜の部は、別途書くことにしよう。

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by kogotokoubei | 2017-09-29 12:45 | 落語会 | Comments(2)
 なんとか都合がつき、ご旅行で行くことができなくなったF女史より、四日の浅草見番の会の後にいただいたチケットを活かすことができた。

 本来は喜多八ファンの方によって企画された二人会の予定だったとのこと。
 二月の第一回目も佐平次さんからお誘いがあったのだが、都合が合わず、今回は落語研究会で佐平次さんは来られないのだが、私は僥倖に恵まれた。

 久しぶりの会場は、ほぼ満席に近い盛況。

 こんな構成だった。
 
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開口一番 入船亭遊京 『つづら泥』
入船亭扇遊 『夢の酒』
入船亭扇遊 『青菜』
(仲入り)
入船亭扇遊 『牡丹燈篭ーお札はがしー』
-----------------------------------------------

入船亭遊京『つづら泥』 (20分 *19:00~)
 扇遊の二人目のお弟子さんを初めて聴いた。
 マクラでの80日間中国旅行の逸話が本編よりは楽しかったかな。
 与太郎の女房が登場する噺はこのネタと『錦の袈裟』くらいだろう。
 まだ、それぞれの人物を描くのは難しそうだが、明るい高座には好感が持てた。頑張っていただきましょう。

入船亭扇遊『夢の酒』 (26分)
 熱海の夜という会の名は、扇遊の出身が熱海であること、本来は喜多八との二人会の予定だったこと、などを説明。
 電車ではスマホを見ている人ばかり、あまりウトウトしている人はいない、などとふって本編へ。
 寄席を含めて何度目だろうか、この人のこの噺は。
 間違いなく十八番の一つだと思う。
 ブログを初めて、「落語のネタ」というお題で最初に取り上げたのは、文楽版を元にしたこの噺だった。
2008年6月13日のブログ
 その記事を元に、あらすじをご紹介。

(1)若旦那の夢の説明
 大黒屋の若旦那が昼寝をして夢を見た。女房お花がどうしても聞きたい
 というので、若旦那が嫌々説明をする。向島で夕立に遭い軒先を借りた家
 の女主人が若旦那を知っており座敷にあげる。若旦那は普段飲まない酒を
 飲んで酔い、布団に横になって休んでいるところに女が長襦袢姿で横に
 スッと入ってきたところで、女房に起こされる。
(2)女房お花の怒り
 女房は怒らないと約束して若旦那に夢の話をさせたのだが、話をきくうちに
 嫉妬にもだえ、怒り、しまいに泣き出してしまう。
(3)大旦那登場
 泣き声を聞いた大旦那が驚いて嫁に理由を聞き息子を叱るのだが、夢の話と
 分かりホッとする。しかし嫁は大旦那に、すぐに昼寝をして夢をみて、
 向島の女に意見をしてくれとせがむ。
(4)大旦那の夢
 大旦那、しぶしぶ昼寝をし向島の家を訪ね、女から酒を勧められる。
 下女がいったん落とした火をおこしているがなかなか燗がつかない。
 大旦那は若い時に冷酒(ひや)を飲みすぎてしくじりが多かったことも
 あり今では燗酒しか飲まない。女がつなぎで冷酒をすすめるのだが断る。
 しかし、なかなか燗はつかずいらいらする。
(5)サゲ
 そこで、嫁が親父を起こす。そして、サゲ「ヒヤでも良かった」

 扇遊は、若旦那と女房のお花との会話で、次第に怒りが募るお花を、絶妙な表情の変化で描く。若旦那が向島でグダグダになる様子も、実に楽しい。
 科白の間も味がある。たとえば、普段は大旦那が酒を飲むと嫌な顔をする若旦那が向島で酒を飲んだと知り、「えっ、こいつが・・・酒を・・・こういう奴なんです」の可笑しさは、譬えようがないなぁ。
 そして、女性の描き方が絶妙だ。
 女房のお花の嫉妬する姿、向島の女の艶やかさは、同じ演者とは思えない巧みさ。
 袖で見ていた遊京には、ずいぶん勉強になったのではなかろうか。
 この噺では当代の噺家で随一だと思う。
 もちろん、今年のマイベスト十席候補だ。

入船亭扇遊『青菜』 (30分)
 座ったままで、二席目へ。
 今年の天気のことなどネタに相応しいマクラ。とはいえ、かつて定番(?)だった半井さんの名前が出なかったのは、ちょっとだけ寂しい^^
 お約束でもあるが、蜀山人の狂歌がいい。
 蜀山人は、涼しさをこう表現した。
 「庭に水 新し畳 伊予簾 透綾縮に色白の髱(たぼ)」
 反対に、暑さは、こうだ。
 「西日さす 九尺二間にふとっちょの 
  背中(せな)で子が泣く 飯(まま)が焦げつく」
 
 こういうマクラを聴くと、小満んを思い出すのだ。
 さて、この噺も、古くなるが拙ブログ「落語のネタ」で取り上げたことがある。
2009年5月21日のブログ
 同記事を元に、扇遊の高座のあらすじを書くと、こうなる。

(1)植木屋が仕事先のお屋敷の主人から接待を受ける
 初夏の夕暮れ時、ひと仕事終えた植木屋が、主人から声をかけられた。
 大阪の友人が送ってくれた柳影、関東で言う「なおし」があるから、
 一杯やってくれとのことでご馳走になる。”鯉のあらい”を肴に、
 冷やした柳影でいい気分の植木屋さん。
(2)奥さんと主人の会話
 主人から「菜のお浸しはお好きか?」と勧められ、「でぇー好き」と
 答える植木屋。主人が奥さんに言いつけるが、奥さんがかしこまって
 言うには「鞍馬山から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官」、この
 言葉を聞いた主人が「では義経にしておけ」と答えた。
 植木屋が不審に思うと、これは「菜を食ろうて、なくなった」ということを
 隠し言葉、洒落で答えたのだと主人の説明。
(3)植木屋が長屋に帰宅
 お屋敷の夫婦の会話にいたく感心した植木屋さん。家に帰り、がさつな
 女房に、おまえにはこんなこと言えないだろうとけしかけると、女房が
 「私にだってそれくらい言える」との返答。ちょうどやって来た建具屋の
 半公を相手に芝居をすることにし、女房を押入れに隠す。
(4)植木屋夫婦の芝居~サゲ
 熊さん相手に「冷やした柳影」は「燗冷ましの酒」、「鯉のあらい」は
 「鰯の塩焼き」で代替、菜は嫌いだという半公になんとか頼み込んで、
 ようやく待望の夫婦芝居。
 「奥や、奥!」と声をかけると押入れから汗だくになった女房が出て来て、
 「鞍馬山から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官、義経」と言って
 しまう。
 慌てた植木屋、「え、義経、う~ん、じゃあ、弁慶にしておけ」でサゲ。

 この人の噺で、これほど笑ったことはないと思う。
 また、蜀山人の二つの狂歌の落差のように、涼と暑の落差が見事に描かれていたことも、噺の味を引き出していた。
 庭に吹く風、植木屋の見事な水遣り、などの涼の光景が目に浮かぶから、後半の暑さが際立つ。
 鯉の洗いを見た植木屋の、「鯉ってぇのは黒いかと思ってたら、白いんですねぇ・・・よっぽど洗ったんですか」に主人が「あれは鯉の外套だ」と返すと、植木屋「鰻なんざぁ、さしづめズボンですか」などもほど良い笑いを誘う。
 氷を頬張る仕草なども、なんとも可笑しい。
 長屋に帰ってからの夫婦の会話も、楽しく聴かせる。見合いの場所が上野動物園で、長い時間カバを見ていたせいで女房が良く見えたのは、仲人の作戦か、というやりとりでも大いに笑った。
 サゲ前の半公との会話では、植木屋の、いわゆる鸚鵡返しの楽しさが満載。
 半公が「なにか、のりうつったんじゃねぇか」で爆笑。
 この噺の名手は少なくないが、間違いなくこの人もその一人だと感じた高座。
 もちろん、今年のマイベスト十席の候補である。

 仲入りでは、次回、来年三月の会のチケットが販売されていたが、そんな先のことは分からず、買わなかった。しかし、行きたいとは思っている。

入船亭扇遊『牡丹燈篭ーお札はがし』 (50分 *~21:22)
 白い着物に着替えての登場。
 マクラもふらず「根津に~」とこの噺へ。
 発端の本郷の刀屋の件は、割愛。また、お露が柳橋の寮(別荘)に住むようになったいきさつは、途中でお米が語るという構成にしていた。
 根津に住む萩原新三郎が、二月に亀戸の梅見の後、幇間医者の山本志丈に連れられて、柳橋の寮でお露と最初の出会いをしたことからしばらくは、地での語り。
 新三郎は、お露に会いたくてたまらないのだが、一人で行くのは厚かましいと思い、山本志丈が来るのを待つが、なかなか来ない。原作では夢を見る場面があるが、多くの演者同様それも割愛して早や時は過ぎて六月も半ば、ようやく志丈がやって来た。しかし、なんとお露が、新三郎に恋焦がれて死に、看病疲れで女中のお米も後を追ったとのこと。
 悲嘆にくれる新三郎が、お盆七月十三夜の月を見ていると、深夜八つ過ぎに、下駄の音がカランコロンと・・・と怪談話のクライックスにつながっていく。
 やはり、この噺は難しいなぁ、と感じた高座。
 山本志丈が、武士のようみ見えたことから、ちょっと噺に入り込めなくなった。伴蔵とおみねの会話を中心に据えたと思われるが、二人があまり悪い人には思えなかったなぁ。
 ニンではない、とは言わない。そうとう高いレベルの高座だったのだとも思う。
 やはり、前半の二席が良すぎたのだろう。


 お腹いっぱいの三席。
 この会を教えていただいた佐平次さん、チケットを譲っていただいたF女史に感謝しながら、帰途についた次第。

 電車の中で見た受付でいただいたチラシには、扇遊の独演会の案内がいくつか入っていた。
 分かる人には分かるのだ、と心で呟いていた。
 
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by kogotokoubei | 2017-08-23 12:47 | 落語会 | Comments(5)
 池袋の先月中席で、昼の部の主任が小のぶだったのだが、都合がつかず行けなかった。
 その小のぶの名をオフィスエムズさんの企画で発見し、休みをとって久しぶりの見番へ。2014年7月の雲助蔵出し以来なので、ほぼ三年ぶりだ。
 この会、他の三人も小満ん、一朝、そしてまだ聴いたことのない春輔である。こんな渋い(?)顔付けはそうあるものではない。

 神保町で途中下車して古書店を少し回ってから、神保町駅の近くのジャズ喫茶Bigboyで涼もうと思ったら、なんと居残り会仲間のYさんに遭遇。彼にこの店を教えたのは私。
 最近、よく立ち寄るらしい。マスターとも馴染みになったようだ。
 彼は夜は中学・高校の同窓との会があるらしい。30分ほどの懐かしい会話の後、先に辞した。
 落語好きでジャズ好きの良き友と会えて嬉しかった。

 さて、神保町散策の後、浅草へ。
 途中、携帯メールに、I女史から都合が悪くなり欠席の連絡。仕方がないよね。
 ということで、佐平次さんとF女史と三人での居残り会になりそうだ。
 
 仲見世の脇を歩いて、見番に行く前に、居残り会の場所候補として考えていた、酒場放浪記で見たことのある店の場所を確認。
 6時にご主人が暖簾を出したので、事情を説明すると、午後八時以降の予約はとらないので、電話をして欲しい、とのこと。ちらっと中を見ると、なるほどそう広い店ではなさそうだ。了解して、見番へ。

 好みの場所の座布団に荷物を置いて席を確保。すると、すぐ斜め前の席にF女史がいらっしゃった。佐平次さんとすれ違ったら、予想通り後部に用意された椅子を確保されたとのこと。

 外で一服し、あらためて会場の桟敷へ。限定100席の会場は、ほぼ八分近く入っていたのではなかろうか。

 出演順に感想などを記す。

(開口一番)柳家小はぜ『富士詣り』 (16分 *18:45~)
 7月1日の山開きの日に、『富士詣り』について記事を書いた。
2017年7月1日のブログ
 あの記事には多くの方からコメントをいただき、当代で演じる噺家さんの情報を頂戴した。
 小はぜが演じることも教えていただいたが、生で聴けて、結構嬉しかったなぁ。
 急な天候の崩れは、登山する中に五戒(ごかい)を破りながら懺悔の足らない者がいるからだと先達さんに言われ、湯屋で下駄泥棒した男、人妻と深い仲になったことを白状する者が出てくる。実はその人妻が先達さんの女房、でサゲた。
 なかなか楽しい高座だったのだが、「五戒」で言い間違いがあったことと、四つまでしか言えなかったのが、残念。
 先達さんが語る、五戒とは次の通り。
 ◇妄語戒(もうごかい):嘘を付いたり人を騙したりすること。
 ◇偸盗戒(ちゅうとうかい):人の物を盗んだり取ったりすること。
 ◇殺生戒(せっしょうかい):殺生して山に登ってはいけない。
 ◇飲酒戒(おんじゅかい):酒を飲んで山に登ってはいけない。
 ◇邪淫戒(じゃいんかい):女を騙したり泣かしたこと。連れ合い以外と交渉を持つこと。
 さぁ、自分はどこまで懺悔しけけりゃならないかなぁ・・・・・・。
 また、この高座の途中、楽屋と思しき場所での会話の声が大きく、実に小はぜには可哀想な状況だった。なんと、廊下を隔てた楽屋部屋に注意に行ったのは、佐平次さんだった^^

八光亭春輔『九段目』 (25分)
 初めて聴くのを楽しみにしていた人。八代目正蔵の弟子。
 この噺も、初めて生で聴く。初ものづくしの日だ。
 マクラでサゲにつながる煙草のことをふって本編へ。
 この段の主役とも言える加古川本蔵役を予定していた者が急病(だったはず)でできなくなり、田舎(三河)訛りたっぷりの医者太田良庵が演るハメになってのドタバタだから、設定は『権助芝居(一分茶番)』に似ている。
 マクラで、大量の科白を覚えなければならない割りに受けない苦労の多い噺と言っていたように、番頭が良庵に口移しで教える科白の、なんと多いこと。
 この番頭が教える場面での、少ないながら良庵の言葉も可笑しい。
 「三方をこわします」「もってぇねぇこった」などで笑わせる。
 本番での良庵先生、絶好調。客席から「よおよお、太田先生」と声がかかると「どなたでしたかねぇ~」と受け答え、患者の様子を訊ねる始末。
 終盤、力弥がまだ刀を突き刺さないのに勝手に脇腹を血だらけにして、持っていた煙草を血止めにし、客席から「血止めのタバコとは、細っかいねェ」 「いやあ。手前切り(自分で刻んだ煙草)だで」 で、サゲ。
 私は活字でしか知らない九段目だが、歌舞伎通の方には、さぞ楽しい高座だったろうと思う。当代で演じる噺家さんは、そういないのではなかろうか。
 芸風は、いたって大人しいように思うが、ネタ選びなどを含めなかなか侮れない噺家さん、という印象を受けた。

柳家小のぶ『へっつい幽霊』 (31分)
 さぁ、お目当ての小のぶだ。
 序盤は、声をあえて小さくしているのか、実際に出ないのか^^
 この人は2013年6月下席で『長短』を聴いて以来。
2013年6月29日のブログ
 その後に、堀井さんの本からは“幻の落語家”の由来、江國さんの『落語美学』からは、ある逸話を紹介する記事も書いた。
2013年7月11日のブログ
 マクラで「納涼ということで、その昔は怪談噺で涼んだものでして」とふったが、納涼という会のお題に相応しいネタは、この一席だけだったのではなかろうか。
 流行らない居酒屋に訪れた客が幽霊の絵を描いて掲げて繁盛したことや、へっついは竈とも言い家の中でも大事なもので、竈を譲るなどの言葉もある、といった今では滅多に聞くことのできないマクラ、私は好きだ。小さい頃、父母は竈を譲るとか分けるなどという言葉を日常的に使っていたことを思い出す。
 筋書きは、今よく演じられるものと違う。
 熊(と思しき)男が、博打で儲かったと喜んでいる場面から始まる。
 竃が壊れているので、新しい竃を買いに行ったら、いわくつきの竃なので、とタダでもらえることになった。そして、夜、八つを過ぎた頃に、青い焔が出て、幽霊登場。
 とにかく、この左官の半次の幽霊が楽しい。手を陰に下げて、ぶらぶら振る様子が、今でも目に焼き付いている。
 科白もなかなか効いている。
 熊「うらめしー、なんてぇことはねぇじゃねえか」、半次「これは、幽霊の枕詞でして」とか、熊の「なかなかいい度胸してるじゃねぇか、惜しい奴を殺しちまった」なども可笑しかった。
 半次が自分で塗り込んだ竃の中の百両を取り戻したいのは、その金で有難いお経をあげてもらうなど、あらためて弔ってもらい浮かばれるため、というのも初めて聴いた。
 場面場面の勘所では、声はしっかり出ていたので、序盤の声の調子は、やはり芸ということか。
 マクラで丁寧に仕込んでいた「寺を建てる」でのサゲも初めて聴くが、悪くない。
 無理に笑わせようなどという姿は微塵も感じないのに、半次の所作、二人の会話で楽しませてくれた高座、今年のマイベスト十席候補とする。

春風亭一朝『紙屑屋』 (20分)
 仲入り後は、この人。
 この噺こそ、この人の自家薬籠中というものだろう。
 紙屑屋で屑の選り分けをすることになって最初に、歌舞伎舞台「紙屑の場」が演じられる。
 若旦那が紙屑屋で発見するしろものは、野菜づくしの手紙、都々逸集、新内の本などだから、一朝の芸の見本オンパレード、という高座。
 ♪箸は右だと教えた親に 左団扇を持たせたい
 なんて都々逸を聞かされると、この会の客席からは拍手が起こるのである。
 ♪夢に見るよじゃ惚れよが薄い しんから惚れたら 眠れない~
 なんてぇのもいいねぇ。
 先輩たちに囲まれ、十八番の小品で埋めた時間、ということだろうが、やはりこの人はいい。

柳家小満ん『中村仲蔵』 (41分 *~21:11)
 この噺と分かった時は驚いた。
 たぶん九時には終演だろうと思っていたことと、春輔の『九段目』があったからだ。
 う~ん、いろいろこの人らしい薀蓄などもあったのだが、場内の蒸し暑さもあって、楽しめない高座だった。
 同じ忠臣蔵のネタになった理由は、いったいなんだったのだろう。
 関内の独演会と比べると、残念な高座と言わざるを得ない。
 別途、この噺を聴き直した時に、その味わいを書けることを期待し、詳細は割愛。


 終演後、例の店に電話すると入れるとのこと。
 三人で居残り会だ。
 最初は気難しそうな顔をしていたご主人も次第に柔和な感じになり、ホヤやハラミとじゃが芋のグリルなど肴も美味しく、お二人との会話も盛り上がる。ご主人のお任せにしたぬる燗の酒も結構、となると、もちろん(?)帰宅は日付変更線を越えたのであった。
 
 今でも、小のぶの半次の幽霊の手つきが、目に浮かぶ。
 実に絵になる噺家さんだと、私は思う。
 

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by kogotokoubei | 2017-08-05 13:49 | 落語会 | Comments(6)
 雨で日曜恒例のテニスが休みになった。
 そうなれば、行きたかったこの二人会に出向かねばと、志ん輔の会、とされている携帯の番号に当日券の有無を確認のため電話したのだが、留守電になっていた。
 チケットが残っているかどうか携帯に返事が欲しいと伝言を残し、一枚位ないはずがないと、国立演芸場に向かった。

 この二人会は、二年前の4月にも聴いている。
2015年4月30日のブログ
 あの会では、龍志の『花見の仇討ち』の楽しさが格別だったし、志ん輔の『幾代餅』も良かった。

 その時の記事に、詳しいプロフィールを掲載したが、龍志は昭和45年4月に立川談志に入門し昭和51年7月二つ目昇進、志ん輔は昭和47年3月志ん朝に入門し昭和52年3月二ツ目昇進。
 龍志が少し先輩だが、前座、二ツ目を同時期に過ごした仲間といえる。

 さて、半蔵門駅近くで昼食をとったが、まだ携帯に返事はない。
 12時少し過ぎに会場に行くと、テーブルに龍志、志ん輔、それぞれのチケット販売窓口があった。
 どちらからでもチケットが確保できれば良かったのだが、今朝電話をしたこともあり、志ん輔の窓口でチケットを入手。私の好みの、少し後ろ目だが中央近くの席が残っていた。

 会場は、最終的には300席の客席が八割近く埋まっただろうか。

 それぞれ二席で、ネタ出しされている。

 開口一番を含め、出演順に感想などを記す。

橘家かな文『一目上がり』 (15分 *13:00~)
 四月の末広亭『たらちね』よりは良い出来だった。
 しかし、ネタのせいもあるかな。私は小さんのこの噺の音源が大好きだ。また、当代の噺家さんがこのネタを演じると、その出来はともかく、こういう噺を大事にしていることだけで、許してしまおう(?)と思いがちなのだ。
 かな文、師匠文蔵譲りの『道灌』のみならずこういう噺も磨き続けて欲しい。

古今亭志ん輔『三枚起請』 (36分)
 前座修業時代、龍志の奥さんの雑司ヶ谷の家にお邪魔してご馳走になったと思い出を語る。
 前夜は12時過ぎに寝たが夜中3時半頃にトイレに起きてから眠れなく、5時前には起床と、目をこすりながら話していた。
 口説き上手な男が羨ましいなど、全体で12分ほどのマクラの後、「三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」の高杉晋作がつくったと言われる都々逸から本編へ。
 前半は、それぞれ喜瀬川から起請文をもらった三人をどう演じるかが肝要で、下手に演るとだれる恐れがある。
 志ん輔は、持ち味である軽やかなリズムを刻んで、伊之さん、棟梁、清公それぞれの物語を、過不足なく聴かせてくれた。
 軽い調子の伊之さんが、喜瀬川からもらった起請文での浮かれようが楽しい。起請文を棟梁に見せる際、「手を洗って、口を漱いで、身を清めて」から読んで欲しい、という科白も可笑しかった。
 また、もっとも可哀想な清公の妹を巻き込んでの物語は、涙なくしては聴くことができなかった^^
 後半、榎原へ向かう場面への切り替えは早く、このスピード感がこの人の持ち味。
 終盤は、喜瀬川の気丈夫さがしっかり描かれていた。志ん輔は、顔の表情が豊富なことが持ち味の一つだが、強面の女性もなかなかのものだ。
 「クリープを入れないコーヒー」なんてクスグリは、この日の客席を笑わせる。
 本編20分余りとはとても思えない中身の濃い好高座だった。
 今年のマイベスト十席候補とする。
 
立川龍志『藪入り』 (32分)
 自分が育った鐘ヶ淵や玉の井近辺では下水道ではなく溝(どぶ)で、リボン印の蠅取り紙が活躍した、という話で笑いが多い会場で、私を含め客の年齢層が分かる。鰻のタレのかかったご飯が好きだった、という話にも共感。
 父親の熊は病み上がりで、まだ体が本物ではない、という設定は、この噺では初めて。
 前半は、亀の帰りが待ち遠しい夫婦の会話が中心だが、三年会っていない子供への深い情愛が見事に描かれていた。亀が帰宅してからの騒動も、母親の急変ぶりを含めて楽しく聴かせた。
 サゲは工夫されていたが、私は、通常の「忠のおかげ」で良かったかと思う。
 ここで、仲入り。

立川龍志『酢豆腐』 (33分)
 旬の噺。どうしても文楽や志ん朝の音源を思い出すが、龍志はどうだったのか。
 まず、このネタについて。落語には、その昔の“町内の若い衆”を描いたものがいくつかある。この噺もその一つで、今で言えば、町内の集会場のような場所に泊った連中が、暑気払い、迎え酒で皆で一杯やろう、ということで盛り上がる。
 『羽織の遊び』や『寄合酒』なども同じ部類に入るが、私はこの手の噺は、実に貴重ではないかと思っている。今は失われた世界が、これらの噺にはあると思う。
 次のように、大きく三つの場面がある。
  (1)町内の若い衆たちの酒の肴の算段
  (2)半公への策略
  (3)伊勢屋の若旦那の奮闘
 (1)は、酒はあるが“あて”がない。かと言って宵越しの銭もなく、さて、酒の肴をどう調達するかという算段場面で、龍志はそれぞれ個性的な若者を、楽しく描き分ける。最後に熊ちゃんが、糠味噌桶の底に残った古漬けをきざんで、水で絞ってかくやのこうこにしようじゃないか、という妙案を出したのだ。しかし、誰も糠味噌桶に手を入れたがらない。龍志は、だれるのを避けたのだろう、親の遺言男は登場させなかったが、それも結構。
 そこに通りかかったのが、お馴染みの建具屋の半公ということで、場面は変わる。小間物屋のミィ坊が半公に惚れているという作り話で、のぼせた顔が次第に崩れ、でれでれになっていく半公の姿が、実に可笑しい。結局、金を巻き上げられてしまった上に、酒も飲ませてもらえなかった半公の可哀想なこと。「お前たちは山賊か」で笑った。
 さて、前の晩残った豆腐を、与太郎が釜の中に入れていたから、腐って黄色いカビが生えていた。捨てようとしたものの、そこに通りかかったのが伊勢屋の若旦那。しんちゃん(若旦那は、すんちゃん^^)が一計を案じて、若旦那をおだてて腐った豆腐を食べさせよう、というのが最後の場面。半可通、知ったかぶりを意味するこのネタの題の主役登場だ。昨夜は吉原で「しょかぼのべたぼ」だったとのろける若旦那。懐石料理のようなものは食べ飽きた、近頃はなるべく珍らかなる物を食べるようにしていると若旦那が言うものだから、ついに若い衆たちの格好の餌食となってしまうのだった。
 「その黄色いところが、いいんでげす」と一匙食べさせられた若旦那の苦悶の表情も、大袈裟に過ぎず結構だった。
 上方に移って『ちりとてちん』になったが、それは、知ったかぶりを懲らしめる(3)の場面が強調された噺。『酢豆腐』には(1)や(2)の楽しさもある。それだけ難しいネタとも言えるわけで、なかなか若い人には手におえないだろう。
 龍志の高座、それぞれの場面の楽しさが生き生きと表現され、夏場の江戸の情景がくっきり浮かんだ。迷いなく、今年のマイベスト十席候補とする。
 
古今亭志ん輔『柳田格之進』 (47分 *~16:01)
 マクラなしで本編へ。
 この人のこの噺では、2013年4月、横浜にぎわい座での「志ん輔三昧」での高座が印象深い。
2013年4月12日のブログ
 その年のマイベスト十席にも選んでいる。
 それだけに、私自身の聴き方も、つい厳しい尺度にならざるを得ないのだが、さて、今回はどうだったか。
 三年前の高座は、それまでの師匠の呪縛から解き離れつつある、ある意味歴史的な高座だったような気がするので、比べてはいけないのだろう。
 途中にやや長めの間があったのは、寝不足気味なのが影響していたか。
 地で格之進の人物像を語り、以前より早めに十五夜の場面となったように思う。
 中盤の見せ場は、格之進と娘おきぬの、あの場面。
 格之進が切腹を覚悟し、おきぬに叔母の家に手紙を届け、久し振りだから泊まってきなさい、と言った後、父の覚悟を察して、「父上、お腹を召されてはなりませぬ。その五十両、私が廓に身を売ってつくります。だから、父上は生きて嫌疑を晴らしてください。おきぬは・・・武士の娘です」と言う場面、私は好きだ。
 その後、万屋の暮れの煤掃きでの場面の“動”から、正月に湯島切通しで番頭徳兵衛と格之進が対面する場面の“靜”の場面までは、だれることなく聴かせる。
 しかし、三年前には、湯島に降る雪が見えたのだがなぁ。
 万屋での最後の幕、源兵衛と徳兵衛の命を惜しまぬ主従の真心に打たれた格之進が碁盤を真っ二つにし、「柳田の堪忍袋の一席」でサゲる部分、少し言いよどんだ。
 決して悪い高座ではない。三年前の高座が良すぎたということだろう。やはり、寝不足もあって、二席目の長講はきつかったのかもしれないなぁ。


 一階喫煙室で一服しながら携帯のスイッチを入れると、留守電とショートメールで、今朝の電話に返事ができなかった丁寧なお詫びが入っていた。
 また二階に戻り、志ん輔の奥さんに、無事お聴きすることができたことの伝言をお願いした。

 外に出るともう降りそうな空ではない。
 この二人会に来れたことを、朝の雨に感謝しながら地下鉄の駅へ。
 帰宅後は犬の散歩の後に晩酌。
 あてに、かくやのこうこはなかったが、つい飲み過ぎてブログを書き終えることはできなかったのであった。
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by kogotokoubei | 2017-07-31 12:22 | 落語会 | Comments(4)
 五月の会は、野暮用で来れなかったので、三月から四か月ぶり。

 通算140回目とのこと。

 日中の豪雨は上がり、蒸し暑い中を関内へ。
 いつものように、コンビニで買ったおにぎりを食べながら、モニターで柳亭市坊の『転失気』を聴く。
 市坊のサゲ少し前に会場に入って後ろで待って、市坊が下がってからほぼ中央の空席へ。
 五割ほどの入りか。いつもながら、なんとも残念な客席だ。

 ネタ出しされていた三席について、順に感想などを記したい。

柳家小満ん『王子の幇間』 (22分 *18:45~)
 一席目は、最初の師匠文楽の十八番。初代円遊作と言われるが、文楽は三代目の円遊から稽古してもらったとのこと。
 お店では、その口の悪さで嫌われている、神田の幇間、平助。
 「平助入るべからず」という魔除けの札を門口に張ったが、「この札、十枚集めたら、何かいただけますか」という調子者。
 その平助の、とどまることのないヨイショの体裁をした毒舌の語りが、絶妙。
 最初の標的となった女中おなべどんには、白粉(おしろい)が厚いから話をすると白粉が落ちる、「おひろい、おひろい」やら、「その帯、雑巾をうまくつなぎましたね」とか「その皺だらけの顔・・・あなた、薩摩の生れでしょう・・・かおしま県」などと言って泣かせてしまう。足のアカギレの間から青い物が芽を出していて、それが田舎で踏んでいた粟だという設定が頗る可笑しいが、それを見て「かかとに田地を持っているのは、あなた一人だ。かかとを抵当に借金ができる」と平助絶好調。
 鳶の頭がやって来て、これまた平助の標的に。
 吉原の茶屋の二階で三味線を弾いて歌っていたことを大きな声で暴露したものだから、頭から殴られるが、なかなかへこまない、実に骨太の幇間^^
 実は、旦那と女房が示し合わせて、旦那な留守ということにして悪口を言わせ、出入り止めにしようという策略があった。
 ついその芝居に乗せられた平助、旦那が吉原の花魁を見請けしているから女将さんは追い出されますよと、出まかせを言う。
 女将さんが「それじゃ、私と一緒に所帯を持とう」と言って、つづらに金の延べ棒が六十三本入っているからと言って背負わせ、ついでにからくり時計に鉄びん、猫のミーまで平助に持たせたところで、隠れていた旦那が登場。
 つづらには、石臼に漬物石が二つ三つ入っていると明かされる。これは、重いはずだ^^
 旦那「平助、いったいなんてぇザマだ」に、平助が「御近火のお手伝いにまいりました」と答える。
 後からYoutubeで聴いた文楽版は、ここでサゲとしているが、小満んは、旦那が「火事などどこにもない」と返し、平助が「私の顔から、火が出ています」でサゲた。 

 矢野誠一さんの『落語手帖』によれば、上方落語の二代目染丸作『茶目八』を、三代目染丸が『顔の火事』で演じていたが、全体の筋立ては『王子の幇間』とほぼ同じとのこと。
 小満んは、師匠文楽版に、上方のサゲをブレンドしたのかもしれない。
 いやぁ、この平助、なかなか憎めない^^
 もちろん、今年のマイベスト十席候補だ。

柳家小満ん『大名房五郎』 (37分)
 いったん下がって再登場。
 マクラで説明しなかったが、この噺は宇野信夫が三遊亭円生のために作ったもの。
 宇野信夫による落語、となると、2015年5月のこの会で、『江戸の夢』をかけている。
2015年5月19日のブログ

 また、雲助は師匠馬生のために宇野が作った『初霜』を、浅草見番で演っていた。
2014年1月26日のブログ

 宇野信夫が若い頃から多くの落語家と交流があったことを著作から紹介したこともある。
2015年5月24日のブログ

 マクラで、なぜ「大名」なのか仕込みがなかったのは、残念。

 いつもお世話になる「吟醸の館」サイトの「落語の舞台を歩く」に、この噺が紹介されているので、引用する。
「落語の舞台を歩く」の該当ページ

房五郎と言うのは、下谷車坂に住む大工の棟梁。茶席を作らせると、この人の右に出る者が無いと言う。仕事も上手いが、今で言う、設計も優れておりまして、頭がいい。歳は二十九で、九代目の市村羽左衛門に生き写しと言う、誠にいい男です。まだ、女房を持ちませんで、お大名や旗本のいいお得意はあるので、かなりの収入はあったが、年中火(し)の車と言う。それは、居候を置きまして「ま、い~やな、俺ンとこへ来ていろ」と、年がら年中貧乏すると言う誠に変わった人でございます。
 余技に書画骨董の目が利いておりまして、見ると「こりゃこう言うもんでございます」とはっきり断定した。目利きの天才でございました。「あれはどうも普通の人間じゃァないね、大名の落とし子かじゃないか」なんてぇ事を言う。そこで「大名房五郎」と言う渾名(あだな)が付きました。

 昨夜の居残り会で、私は大名のように施しをするから「大名」と、お仲間の皆さまにとんでもない嘘をついてしまった^^
 そもそも、大名が、施しをするか!

 佐平次さん、Iさん、Fさん、実はこういうことですので、お詫びして訂正します。

 ということで、筋書きなどは吟醸さんのサイトでご確認のほどを。

 それほど楽しめるネタではなかったのだ、正直なところ。
 房五郎の設定は、ちょっとだけ『名人長二』を思わせ、ケチな質屋をやり込めるという内容は『五貫裁き(一文惜しみ)』に似ていなくもないが、どうも中途半端な作品という印象。
 これは、小満んのせいではない、あくまで、このネタの問題。

 ここで仲入り。

柳家小満ん『湯屋番』 (28分 *~20:29)
 設定が、浜町の梅の湯で、前半にも妄想場面があるから、元は円生版と思われる。
 若旦那は、すでに梅の湯に行っており、二十二~三の美人の女房と、青白い顔をして痩せた(“ハイガラ”)亭主がいることを下調べ済み。
 初回は、のぼせて醜態を見せて湯屋の女房に介抱してもらい、その後に菓子折を持って礼に行った、という設定だから、居候先から紹介状をもらう必要はない。
 それにしても、風呂で一足三十の都々逸にとどまらず、清元二段、常磐津二段、端唄、小唄に、八木節まで唸っていれば、のぼせもするだろう^^
 亭主が死ねば、あの女房と湯屋は自分のものと、前半の若旦那の妄想が楽しい。
 世話好きの吉兵衛さんが湯屋の裏に呼び出して、かんな屑の上で内緒話。
 「まるで、猫のお産だね」で笑った。
 隘路を「英語でネック」なんてぇのも、この人らしい。
 立花町の頭が入ってくれて、話はついている。勇躍、梅の湯に乗り込む、若旦那。
 そこからの妄想は、通常のこの噺とほぼ同じだが、演じ手が違うとこうも変わるかという、なんとも言えない味わいと、楽しさが横溢した高座。男湯の「七ケツ」の中で太った男のそれは燃料になるだろうから、役所に脂肪届をしたらいい、なんてのも実に可笑しい。
 彫りものをした御爺さんの背中の獅子と牡丹は、もちろん、ブルドックとキャベツでブルキャベ。
 清元の師匠との艶っぽい妄想の世界も、若手の落語家とは、一味もふた味も違うのだ。
 若旦那が体をくねらせる様子を女中お清が「まるで、印旛沼の鰻みたい」なんてぇ科白は、なかなか決まるものではない。
 艶っぽい妄想の世界から、男湯の客に現実に戻された若旦那。
 サゲは、下駄の後送りで、「最後の人に、下駄をあずけます」と綺麗に収めた。
 こちらも、今年のマイベスト十席候補にしないわけにはいかないね。

 
 なんとも、楽しい高座の後は、その余韻を楽しむ、居残り会。
 佐平次さん、I女史l、F女史とのよったりで、関内ではお決まりのあのお店。
 定番のくさやはもちろん、岩牡蠣、めごちの天ぷら、ほや・・・などなどを肴に、佐平次さんの初恋談義まで飛び出せば、男山の徳利がどんどん空く。

 看板まで居座っていれば、帰宅はもちろん(?)日付変更線越であった。

 『王子の幇間』といい、『湯屋番』といいい、小満ん落語の真髄とも言える二席、今でも平助や若旦那の名調子が耳に残っている。

 次回は9月19日(火)、『渡しの犬』『酢豆腐』『九州吹き戻し』とネタ出しされている。
 何かと野暮用の多い時期だが、なんとか駆けつけたいものだ。
 ちなみに、会場はまだ関内ホール。


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by kogotokoubei | 2017-07-19 12:12 | 落語会 | Comments(0)
 この会は、なんとも久しぶり。
 調べてみたら、2014年12月の会以来だ。
2014年12月2日のブログ
 いろいろ野暮用もあったし、一時、浅草見番の会を含め、集中的に雲助を聴いたこともあり、しばらく時間を空けようという思いもあった。
 また、できるだけまだ聴いたことのない人の高座に出会いたいということと、寄席を優先した、ということもある。
 
 しかし、たまに寄席以外で、長講を聴きたくなる人である。

 今回は、行こうと決めてから、久しくお会いしていない方を含め、落語愛好家のお仲間にずうずうしくもお声をかけて、居残り会も幹事的に段取りしていた。

 落語会とアフターと、どっちが主役か^^

 会場は七分程度の入りか。
 当初この会には半分位しか埋まらなかったことを考えると、ある程度固定客がついたのだろう。

 こんな構成だった。
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(開口一番 桃月庵はまぐり『子ほめ』)
五街道雲助『千両みかん』
(仲入り)
五街道雲助『菊江の仏壇』*ネタ出し
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桃月庵はまぐり『子ほめ』 (14分 *18:58~)
 何度か聴いているが、これまでではもっとも残念な高座。
 気になるのは、主人公(八五郎?)の口調が乱暴すぎること。
 あえてそういう人物造形をしているのかもしれないし、自分のネタとして発展途上なのでもあろうが、世辞を言って一杯ゴチになろうというのに、あんな伝法な口をきいちゃいけねぇや^^

五街道雲助『千両みかん』 (30分)
 暑くてエアコンをかけっぱなしで、少し喉をやられた、と言っていたが、聴く側としては、あまりそれを感じなかった。
 しかし、体調は十分ではなかったのかもしれない。それは、これまでこの会で経験したことのない、二席のみでの早いお開きにつながったと察する。
 マクラの、お天道様とお月様、雷様が一緒に旅行に行った、というネタは、以前も聞いていると思うが、今度自分が余興で落語をする時に使わせてもらおう。
 今では、氷イチゴなんてぇのはなくなって、氷フラッペ、氷の上に果物の切れっぱしなんかが乗っている、とふって本編へ。
 達者な芸であり、ツボを押さえた高座であるのは間違いないのだが、この人にしては軽い、あっさりとした高座と感じた。
 二席とことわっていたので、トリのネタを考えると、九時までなら、この噺も膨らませて45分位で演じるのではないか、と勝手に思っていた。
 しかし、番頭が若旦那から臥せている理由を聞き出す場面にしても、短く淡泊。
 番頭に笑わないでくれと言って、悩みの元を明かす場面。
 若旦那「ふっくらとした」
 番 頭「ふっくらとした?」(怪訝そうな顔)
 若旦那「丸みのある」
 番 頭「丸み・・・のある!」(察した様子)
 若旦那「艶のある」
 番 頭「艶のある」(頷きながら)

 の会話も、鸚鵡返しすることなく、すぐこの後に

 若旦那「おつゆのたくさんありそうな」
 番 頭「おつゆ・・・・・・・?」
 若旦那「蜜柑が、食べたい」
 
 で謎が解ける。

 好みもあるし、くどすぎるのも問題ではあるが、なんともあっさりとした種明かしは、私には拍子抜けだった。
 三戸前ある蔵の中に、一個だけ腐っていない蜜柑があったのは、神田多町の「万惣」ならぬ「千惣」。
 番頭から蜜柑一個が千両と聞いた若旦那が、あっさり「そう」と答える場面の可笑しさなどは、この人ならではの味があったが、全体としては大人しい高座と言えるだろう。
 近所の八百屋が磔の描写をするのを、番頭が泣きそうになりながら聞く場面は楽しかったが、番頭はもっと感情の起伏があって良かったのではなかろうか。
 久しぶりの会に期待しすぎたのかもしれないが、雲助落語はあんなものではない、と思う。
 ネタのせいもあるかなぁ。
 矢野誠一さんが『落語歳時記』(文春文庫)の中で、金原亭馬生が、あるテレビ番組で翌週放送される本人演じるこの噺について、「あんまり面白い話じゃないン」と語り、聞いていた番組プロデューサーが思わず椅子からころがり落ちた、というエピソードを紹介している。労多くして、なかなか報われないネタであることを、再確認したような思い。
 二席目に期待、と仲入りの一服。

五街道雲助『菊江の仏壇』 (35分 *~20:30)
 仲入り後は、ネタ出しされていたこの噺。
 元は上方。初代円右が東京に移したとされるが、かつては小文治が十八番とした後は演者がなかなかいなかったのだが、雲助の師匠馬生が久しぶりに手がけ、昨今では、さん喬が『白ざつま』の題で演じている。
 馬生の音源は、残念ながら持っていない。

 この噺で思い出すのは、かれこれ六年半ほど前の桂文我の高座だ。
 ゲストの小金治さんに、八代目三笑亭可楽譲りの『三方一両損』で、見事な江戸っ子の啖呵を聴かせていただいた日だった。
2010年12月6日のブログ
 その時の内容と重複するが、このネタにはいろんな噺の要素が入っていると思う。
 次のような場面で他のネタを彷彿とさせる。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他同様の“バカ旦那”シリーズ
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは、『山崎屋』
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は、『味噌蔵』

 これまた矢野誠一さんの本『落語讀本』(文春文庫)になるが、このネタの「こぼれ話」から引用。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。
 
 さて、雲助の高座に、“茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気”はあったのか。
 若旦那が、番頭佐兵衛が清元の師匠を囲っていることを、じわじわと暴露していく場面は、『山崎屋』でも聴いているが、実に巧みな芸と言える。
 「そのまま、算盤弾いて」と言われたって、佐兵衛も心おだやかなはずがない^^
 若旦那のよく出来た女房お花と柳橋の芸者菊江が、そっくり、というのは師匠馬生譲りなのだろうか。
 番頭に、なぜ病のため里で療養している女房のお花を見舞いに行かないのか、と問い質される若旦那。
 お花は、なんでもよく気が付き、算盤だって番頭並み、若旦那は「なんでも見透かされているようで」気づまりで、顔は似ているが菊江のほうは、一緒にいると心が休まる、と言う。
 こういう若旦那の心理描写も、師匠譲りなのかどうか勉強不足で分からないのだが、男という生き物の心理を言い得ているようだ。出来過ぎた女房は息が詰まる、少しはいい加減なほうが、こっちも楽、ということで、この場面は、実に説得力があった、などと書くと、世の女性から顰蹙か^^
 残念なのは、題にもなっている菊江の姿が、あまり表現されていなかったこと。
 菊江の姿、艶、色気が、今一つ私には映像として浮かんでこなかったのだ。
 髪を洗っている途中に呼び出され、白薩摩の単衣のまま駕籠に乗せられてやって来るわけだが、駕籠を降りて番頭と若旦那の前に姿を現した時に、菊江の科白がなかったのも、影響しているかな。
 帰ってこないはずの大旦那が帰ってきてから二言、三言科白があったものの、菊江像を描くには不十分な印象。
 大旦那が若旦那にお花の最後の様子を聞かせる場面は、サゲの可笑しみを倍加させ、この噺の奥の深さのようなものを感じさせたし、もちろん、人並み以上の好演ではあったのだが、私が期待した雲助ならではの高座とは言い難い印象。

 桂小南もこの噺を十八番としていたようだ。ぜひ、秋に誕生する三代目小南のこのネタを聴きたいものだ。

 さて、私が知るこの会は、三席で九時終演だったが、二席で八時半にお開き。

 雲助の体調のせいなのかは分からないが、短いネタがもう一つ加わっても良かっただろうと思いながら、席を立った。
 

 しかし、落語会の物足りなさは、居残り会が早く始められる喜びに変わったのであった^^

 久しぶりにお会いするOさん、そして、I女史、F女史とのよったりは、四年前にこの会の後に寄って、靴をなくしたあのお店へ。
2013年8月3日のブログ

 若女将に「落語会が早く終わったけど、大丈夫?」と聞くと、「どうぞお二階へ」とのこと。
 良かった、二階なら靴を脱ぐことはない^^

 いろいろと話は盛り上がったなぁ。

 印象深いのは、かつては、見知らぬ人を家に泊めてあげることが多かったという話題。
 I女史が若き日、“ユースホステルの女王”として北海道で顔を売った(?)という話から発展したのだが、私の北海道の実家でも、何度もバイクや自転車でやって来た若い旅行者を泊めたことがある。そして、F女史も若かりし日、その広い実家ではいろんな方をお泊めしたとのことで、帰宅すると知らない人に「お帰りなさい」と挨拶されることもしばしばだったらしい。
 今では、とても考えられない、何ら疑うことなく人を信じることができた時代の思い出だ。
 もちろん、落語や講談、浪曲などにも話題は広がった。子供の頃から寄席体験を積み重ねているOさんは、今ではお嬢さんを浪曲にも連れて行くなど、立派な教育(?)をなさっている。落語の科白もよく覚えていらっしゃるので、「お嬢さんに落語を演って聞かせてあげたら」、と私がふったら、数多の名人の高座を聴いていると、とても人前ではできない、とのこと。
 私が、酒の勢いにまかせて友人に落語を聴かせていることが、どれほどの暴挙なのか、と反省しきり^^
 そんなこんなの楽しい会話が弾み、“ねのひ”の徳利が、さて何本空いたのやら。
 そうそう、I女史が、次の日はゴルフで早起きしなければならないので、「軽くね」ということで始めたのだったが・・・大丈夫だったかな。

 つい、看板まで居座った楽しい居残り会だから、帰宅が日付変更線を越えたのも当然であった。

 今、入場の際にいただいたプログラムを開いてみると、日付には「 月 日」とあり、ネタの部分も空白の中央に「お仲入り(休憩)」と記してあるだけ。

 要するに、どの会でも使えるようになっている。

 コスト削減することも大事ではあると思う。
 しかし、かつては、プログラムのみならず、ロビーにネタの補足説明などを書いたものを貼っていたり、とにかく、手作り感たっぷりの会だったことを思い出すと、正直、少し残念だ。

 このブログは、ある大手の興行会社による大ホールでの、何ら主催者の意図を感じない、出演者への気配りのない落語会への小言がきっかけで始まった。
 その会社のアンケート用紙は、何度もコピーにコピーを重ねて文字が薄くなっている、どの会でも使えるものだった。

 その対極にあるのが、雲助五拾三次のような会だと思っていた。

 始まって二回目から聴いている。あの2013年5月の会では、『髪結新三』を堪能した。
2013年5月14日のブログ


 雲助好きで落語好きな愛好家が始めた、手作りの良心的な会、というのが当初の印象だ。

 久しぶりに出向いて、番組の構成やプログラムなどに、この主催者の今後に不安を抱いたことも事実だ。

 人気があり実力も評価されている若手講談師の会も開催しているらしい。

 もちろん、興行を継続するには、利益も相応になければならないだろう。

 しかし、甘いかもしれないが、そして生意気を承知で書くが、この会を始めた当時の純粋な了見を失わずにいて欲しい。

 二年半ぶりに行った会で、そんな思いも抱いたのだった。

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by kogotokoubei | 2017-07-13 12:58 | 落語会 | Comments(4)
 土曜日の「ざま昼席落語会」の今松の名高座二席の余韻がまだ残っている。
 一席目の『お若伊之助』は、かつて苦手なネタだったのだが、今松のおかげで印象が変わった。

 あの狸が伊之助に化けてお若に会いに来る場面の描き方などで、結構印象は変わるものだ。
 初五郎の根津-両国-根津-両国-根津、という行ったり来たりのドタバタが、まったくダレることなく楽しかった。

 この噺は、志ん朝がホール落語会でも少なからず演じていた。
 亡くなる半年前の朝日名人会の音源も残っている。

 そんなこともあり、朝日名人会がらみでネットを少しサーフィンしていて、Sony Music Directの“otonano”というサイトに、朝日名人会プロデューサーである京須偕充さんの「落語 みちの駅」というコラムがあるのを発見。

 朝日名人会の内容が中心だが、ざっと読んでいて、気になることがあった。

 それは、3月の名人会における柳亭市馬の『御神酒徳利』に関する内容。
Sony Music Direct「otonano」サイトの該当ページ

 引用する。
柳亭市馬さんは「御神酒(おみき)徳利」。数年前にいちどこの会で演じたネタですが、そのとき「東下り」の道中付けに少し乱れがあったので再演してもらいました。三代目柳家小さん以来の「占い八百屋」系「御神酒徳利」が大勢を占める今日、この大坂まで行く版は貴重です。こちらのほうが超現実の部分も含めて噺が格上だと思います。

 柳家の「占い八百屋」が大勢を占めて、それのどこが問題なのか。
 この噺は元が上方の「占い八百屋」で、東京への伝達経路には二つの流れがあると言われる。
 一つは三代目小さんが東京に移植したと言われており、柳家に伝わる「占い八百屋」だ。
 円生の御前口演に代表される番頭が大阪まで行く型は、五代目金原亭馬生が円生に伝え、円生が練り上げたと言われる。
 私はあの型では、円生より三木助の音源の方が好きだ。
 番頭が大阪に行く型は、どうしても時間がかかる。
 「占い八百屋」に比べてあまり演じられないのは、柳家の噺家さんが多いということと、その所要時間も影響しているのではなかろうか。
 柳家でも小満んはどちらの型も演じるし、私は瀧川鯉昇の大阪まで行く三木助版を踏まえたと思しき名演を二度聴いている。
 とはいえ、小満んも、落語研究会からの要望で演じたようだし、朝日名人会では京須さんが柳家の市馬に、柳家ではない型を、あえてリクエストしたわけだ。

 噺の元をたどるなら、番頭&大阪型の噺が「格上」とは言えないだろう。

 古くなるが、私は、第一回大手町落語会で権太楼が「占い八百屋」を演じた会の終演後のロビーで、番頭が犯人の型しか知らないお客さん同士が、「番頭じゃなく、八百屋なんだぁ」」と話していたのを耳にしたことを覚えている。
2010年2月27日のブログ


 それはともかく、気になるのは、“再演”のこと。
 読んでから、これはソニーで音源を発売するための再演なのだなぁ、と察したが、そんなのありか・・・と思う。

 かつて、まだ木戸銭がA席3500円の時代に、よく朝日名人会に行った時期がある。
 小三治の会はすぐにチケットが完売になっていたが、他の顔ぶれでは、それほどチケットが入手できにくいこともなかった。

 今は、木戸銭が高いことと、自分にとってあの会への有難味がなくなって、行く気にはなれない。
 結構“ハレの日”の落語会、という気分の高揚感のようなものが最初はあったが、それも次第に薄れてきた。
 そうそう、仲入りにシャンパンなんぞを飲んでいたことを思い出す^^

 いまだに、年間通し券、半年通し券の案内はもらうが、興味が薄れたことに加え、先の予定などは決められないので、内容に目を通すのみ。

 四月の会の記事では、一朝の初CDがもうじき出ることが書かれている。

 たしかに、志ん朝の音源なども含め、あの会は芸達者たちの音源を数多く出しているが、それが会の目的のようになってはダメなのではないか。

 以前の高座のやり直しで同じ噺家が同じネタ、というのは、決して“お客様ファースト”とは言えないだろう。

 落語研究会は、イーストの今野プロデューサーが人選、ネタ選びをしているようなので、京須さんは、あくまでテレビ用の解説者として関わっているのだろうが、朝日名人会は人選とネタ選びに加えソニーの音源制作にも関わっている。

 これって、結構凄い権力を持っているわけで、危険な面もあるように思う。

 数年前の高座が、残念ながら音源発売に及ばない内容であれば、その噺家のその高座は、残念ながら、二次的な商売と縁がなかったと諦めるべきではなかろうか。

 ソニーの音源発売のための再収録の場に朝日名人会を利用するのは、私は実に野暮なことだと思う。

 他に、その一席の枠を与えるべき噺家もいるだろうに。

 かつて京須さんの落語の本からは多くの示唆も受けたし、勉強にもなった。
 しかし、ここ数年の著作や、新聞などで書かれていることには、疑問を感じることも多い。

 老害とは言いたくないが、権力のある地位に長く居座ることは、政治と同じで、良いことはない。

 あの会についての小言は久しぶりだが、やはり、書かないわけいにはいかないと思う、コラムの内容だった。

 ソニーの音源を作るために朝日名人会が存在しているとするなら、高い木戸銭を払ってその場に足を運ぶお客さんを馬鹿にしていると言えないだろうか。

 生の落語会、寄席は、その一期一会が大事なのであって、その音声や映像は、あくまで二次的なおまけである。

 そのおまけのために、同じホール落語会で同じ噺家とネタが選ばれるというのは、本来の落語会の主旨に反する行為ではないか。

 私は、そう思う。


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by kogotokoubei | 2017-06-12 22:09 | 落語会 | Comments(4)
 なんとか都合がついて、久しぶりに、自宅近くの歴史のある地域落語会へ。
 なんと、2015年8月の正雀・彦丸の親子会以来になった。

 通算207回目とのこと。
 通常は真打二名の二人会なのだが、今回は今松と二ツ目の市童。市童が前座の市助時代にこの会の前座役を長らく務めたご褒美かな。
 電話で当日券があることを確認していた。
 当日券販売は開演一時間前の一時からだが、ちょっと油断して一時半少し前に行くと長蛇の列。
 結局308席の会場には、八割を超え九割ほどのお客さんが入っていたような気がする。
 今松の座間での人気は、なかなかのものだということか。

 次のような構成だった。
-----------------------------------------
開口一番 柳亭市朗『狸の札』
柳亭市童  『棒鱈』
むかし家今松『お若伊之助』
(仲入り)
柳亭市童  『ろくろ首』
むかし家今松『笠碁』
----------------------------------------- 

 感想などを記す。

柳亭市朗『狸の札』 (15分 *14:01~)
 初である。現在二ツ目の市楽の前座時代と同じ名。まだ、先代(?)の印象が残っている。
 見た目は市童より上に見えたので後で調べたら、やはり市童より四歳上の三十歳。
 どうもリズムが悪い。大きな声ではっきり、という基本はできているのだが、途中途中で小さなブレーキがかかるような印象。精進してもらいましょう。
 それにしても、以前、白酒が入門希望者が多く、結構前座になる前の待機児童(?)が多いと言っていたが、この人の落語協会のホームページでのプロフィールも次のようになっている。
2015(平成27)年2月9日 柳亭市馬に入門
2016(平成28)年4月1日 前座となる 前座名「市朗」

 一年余り、待機したということか・・・・・・。

柳亭市童『棒鱈』 (24分)
 久しぶりだ。名は童顔からきているのかもしれない、市朗よりはずいぶん若々しい。
 なかなかの熱演ではあったが、まだ肝腎の主役と言える酔っ払いの男が十分には描けていない。二ツ目としては十分に評価できる高座だが、私のこの人への期待は、もっと高いところにある。
 ぜひ、この噺を十八番とするさん喬など芸達者の高座で勉強して欲しい。
 酒は好きなようだが、酒飲みを演じることは上戸も下戸も関係がないことは、小三治が証明している。

むかし家今松『お若伊之助』 (53分)
 マクラでは、実は私も会場に来る際に気になった、地元を基盤とする、ある政治家のポスターのことにふれた。
 「ひたむきに これからも」というキャッチフレーズの元大臣の看板を見て辟易していたのだ。
 さすが、今松、「ひたむきに これからも 金集め」とひねった^^
 会場には支持者もいただろうが、結構笑いが多かった。今松、なかなかやるねぇ^^
 時事ネタが続き、「こりゃ旨い 安倍のおそばのもりとかけ いつの間にやらキツネとタヌキ」では、会場から大きな拍手。
 そんな私好みのマクラの後に、タヌキからつないだ、この噺へ。
 実はこの噺は苦手だった。それは、狸が登場する噺なのだが、サゲ前の筋書きがメルヘン調にはならず、残酷な印象があるからかもしれない。
 古くなるが、人形町らくだ亭で、さん喬、志ん輔で聴いているのだが、どちらも楽しむことができなかったのは、自分の記事を読んでも分かる。
2010年10月29日のブログ
2013年4月9日のブログ
 しかし、この今松の高座は、この噺への苦手意識を払拭してくれそうだ。

 こんなあらすじ。
(1)横山町三丁目、栄屋という生薬屋の一人娘が、一中節が習いたいと母親にせがむ。母親が出入りの鳶の頭初五郎に師匠を頼むと、もと侍で大変に堅いものがいる、自分が仲に入り保証するというので、その伊之助に来てもらうことになった。
(2)ところがこの伊之助が実にいい男で、お若が惚れ、二人がいい仲になる。気付いた母親は、初五郎を呼んで、三十両を出して二度とお若に逢わないと約束させるよう頼む。一方お若は、母親の義理の兄で根岸御行の松近くで剣術の町道場を開いている長尾一角に預けることとなった。
(3)一年ほどした頃、お若のお腹が大きくなりだした。これは一大事と一角が忍んで来る男を確かめると伊之助だ。翌日初五郎を呼んで話をする。手切れ金は確かに渡したのかと聞かれ頭に血がのぼった初五郎は、昨夜伊之助と吉原の角海老で一緒だったのを忘れ、伊之助のところへ駆けつける。しかし、伊之助に言われて昨夜のことを思い出し、根津に帰って一角に人違いだと告げる。しかし、一角に、伊之助が寝転かし(ねこかし)したのではないか、と言われ、初五郎、また両国に取って返した。しかし、また伊之助に昨夜は一晩中一緒に飲んでいたじゃないですかと指摘され、またまた、根津に戻る。
  (注)「寝転かし」は「ねごかし」とも言い、寝ている人をそのまま
     放っておくこと。特に、遊里で客が寝ている間に、遊女がこっそり
     いなくなってしまうこと。
(4)その夜、初五郎に確かめさせると、昨夜のは伊之助ではないが、今居るのは間違いなく伊之助だと言う。そこで一角が短筒(種子島)で撃ち殺すと、それは伊之助ではなく、大きな狸。その後お若は身籠り、日満ちて産み落としたのは狸の双子。すぐに死に、しばらくしてお若も亡くなった。お若と狸を弔うために御行の松の根方に塚をこしらえた。「根岸御行の松のほとり、因果塚由来の一席でございます」でサゲ。

 この筋書きで、初五郎が根津と両国を行ったり来たりする(3)の場面が一番の聴かせどころだが、今松の高座、なんと楽しかったことか。
 筋を知っていると、ここはダレる危険性があるのだが、今松の高座では笑い続けながら楽しむことができた。
 また、随所に入るクスグリや川柳なども実に効果的。
 たとえば、箱入り娘のお若に美男の伊之助を引き合わせる場面、「猫に鰹節、噺家に現金」で会場から大きな笑い。
 狸が化けた伊之助とお若が出会う場面の、去年(こぞ)別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものは涙なりけり、なんてぇのも実に味がある。
 初五郎が根岸に呼ばれた時に門弟が、“に組”を“煮込み”などに聞き間違うところも、なんとも可笑しい。
 これだけこの噺を楽しく聴けたことはない。
 それは、きっと、狸が伊之助に化けてお若に会いに来る場面を、それほど怪談めいた、おどろおどろしい場面にしなかったからかもしれない。
 あの場面を湿らせすぎると、どうも後味が良くないのだ。今松のようにあっさり演じれば、この噺の味わいが大きく変わる。
 この人らしいマクラも含む長講を、まったく飽きさせなかった高座、今年のマイベスト十席候補とする。

柳亭市童『ろくろ首』 (26分)
 前半、伯父さんと松公との会話の場面は、良かった。
 松が兄と同じように「おかみさんが欲しい」と言う場面、なかなか「おかみさん」と言えなくて顔を歪めて苦悶する表情の楽しかったこと。
 この高座は、十分に真打のものだ。

むかし家今松『笠碁』 (38分 *~16:47)
 マクラでは巨人の連敗のことにふれる。私は同じアンチ巨人なので、心地よく聞いていた^^
 そこから、中国、トランプなど時事ネタになり、詳しくは書かないが、十分を超えるマクラがあったので、一席目の長講を考えると何か短めの軽い噺かと思っていたので、この噺と分かって驚いた。
 ネタにまつわる川柳、「ほんの一番と 打ち始めたのは 昨日なり」などをふって本編へ。
 師匠馬生とは若干設定が違う部分もあった。
 たとえば、待ったをする方の旦那、私が持っている馬生の音源では、前日に根岸の碁の先生のところに行き、待ったをしないよう忠告された、という設定。
 今松は、その日、相手を少し待たせたのは、根岸のご隠居のところに寄っていたからで、ご隠居に忠告されたのですが・・・となっていた。
 今松、この根岸のご隠居のことを語る場面、「剣術は、やりませんがね」と、一席目に関わるクスグリを挟み、客席から笑いが起こる。
 待った禁止でやりましょうと決める際の会話、「そうしましょう、そうしましょう、碁を打っているのか、待ったを打っているのかわかりませんからね」は、師匠譲りの楽しい科白。
 言い出しっぺの方が待ったを頼んだ後の会話が、次第に喧嘩腰になる様子の、なんと楽しいこと。
 待ったの旦那の科白は、「あなたが、そんな薄情な人だとは思わなかった」や、「人間の付き合いというものは、そんなもんじゃないでしょう」なども、客席からは少なからず笑いが起こる。二人の表情などが、十分に想像できるからだろう。
 「碁敵は 憎さも憎し 懐かしし」とふった後の再会までの後半の場面もダレることはなく、待ったの旦那が相手が現れたのを見た時の、「来たよ、来たよ」の今松の破れるような笑顔には、その旦那の喜びが溢れていた。
 この高座も、今年のマイベスト十席候補としない理由は、まったくない。

 
 なんとも驚きの二席。
 その余韻に浸りながら、駅までの道をゆっくり歩いていた。

 この日は、高座と客席が一体化した感じがしたなぁ。

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by kogotokoubei | 2017-06-11 20:19 | 落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛