噺の話

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カテゴリ:幸兵衛の独り言( 247 )

病院の時間割、など。

 本日は、主治医(執刀医)の先生に診ていただき、「順調」のお墨付きをいただいた。
 やはり、嬉しい。
 調子にのって、つい、
 「先生、お風呂はシャワーでなく湯船に入れますか?」
 とお聞きすると、先生が看護師さんに「どうだっけ?」と尋ねられ、看護師さんから
 「手術から二日後ですね、まだ今日はシャワー、明日から湯船OK」とのこと。
 これは、事前に知っていたルール通り。
 この病院の日程表の信頼度を確認するつもりでも聞いてみたのだが、なかなか日程遵守のガードは堅い(^^)

 ガラケーで部分的に撮ったピンボケ写真なので、これでは何か分からないが、入院中の日程表である。
e0337777_15272778.jpg

 この日程表にあるアクションプランは、この病院の歴史と、数多くの経験を背景にしたものであるのだろう。

 日程表の全体は明かさないが、きっと、どこの病院でも大きくは変わらないだろうと思う一日の時間割がある。

 では、全身麻酔で副鼻腔の内視鏡手術をした翌日から三日間の時間割をご紹介しよう。
 四日目から、天敵、もとい、点滴がなくなる。

 この時刻ピッタリではないが、ほぼこのような行動が「ルーティン」となっている。

 -07:00   起床  検温、血圧測定

 -08:00~  朝食 
 
 -09:15~  診察(主治医とは限らず)
 
 -10:00~  点滴(抗生剤)

 -12:00~  昼食

 -14:00~  検温、血圧測定

 -16:00~  点滴

 -18:00~  夕食

 -20:00~  検温、血圧測定

 -22:00   消灯・就寝
       *眠れない時は、食堂に24時までいて構わない。

 なるほど、これでは逃亡できにくい(^^)

 今は、四時の点滴前。
 今日は、三時頃に、先生がベッドを回っての内科検診があった。これはルーティンではない。
 二時半頃からベッドで待つように言われ、待った挙句たった一分で終了。 
 あぁ、あの医者は財前だったのかな(^^)
 しかし、この病院は耳鼻咽喉関連の専門病院なので、院長ではないね。

 さぁ、そろそろベッドに戻って点滴をしていただきましょう。

p.s.
後で発見。内科検診は、日程表の欄外に小さく「毎週木曜3時頃」と書いてあった。
でも、一人の先生がベッドを回って一~二分話すだけで、効果あるのかなぁ。
本当にやるなら、一人づつ診察室で行うべきじゃないか・・・・・・。
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by kogotokoubei | 2016-04-21 15:44 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

手術終了のご報告。

 昨日19日(火)の午前9時から、予定通り2時間半の内視鏡による副鼻腔手術を行い、無事終了した。
 とはいっても、私自身は全身麻酔から醒めたら、終わっていた、ということなのだが。

 主治医の話では、長年にわたり出来た鼻ポリープを取るのには苦労されたようだが、取れる範囲のものはすべて除去できたとのこと。

 まだ、脱脂綿を丸めて鼻に詰めて、出血に備えているので、「鼻が通った」という感覚を味わえるのは、あと二~三日後かなぁ。

 ともかく、無事手術が終わり、術後のケアを含め、これから一週間ほど禁酒・禁煙の養生生活となる。

 ベッドではパソコン禁止なので、昼食後の食堂で、この記事を書いている次第。

 あまり本を持って来なかったので、外出が許されたら近くの神保町古書店で調達しよう。

 せっかくなので、病院名も明かしましょう。

 神尾記念病院です。
神尾記念病院のサイト

 場所は神田淡路町。退院したら、藪か、まつやの蕎麦で熱燗だ!

 場所で選んだわけではないのですよ。

 長年の慢性蓄膿症による鼻ポリープのため、花粉症の時期などは、ほとんど鼻呼吸のできなかった男が、ようやくまとまって休暇が取れそうになったので、いろいろと調べて決めた病院です。
 今のところ(?)、選択は間違っていなかったと思う。

 順調なら、明後日には短時間の外出許可が出るはず。楽しみ。

 まずは、無事手術終了のご報告まで。

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by kogotokoubei | 2016-04-20 13:19 | 幸兵衛の独り言 | Comments(12)
 昨日は、スポーツ選手のギャンブル問題報道において、「ギャンブル依存症」という病気に関する視点が欠けている、ということを書いた。

 その後、朝日に、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表である田中紀子さんの記事が掲載されたのは、良いことだと思う。
朝日新聞の該当記事

 昨日の記事の中で、2014年11月に放送された「クローズアップ現代」からも引用した。

 いただいたコメントに、国谷キャスターを懐かしむお声があった。
 あらためて、あの番組は、国谷裕子さんという得難いキャスターの存在を含め、良い番組だったと思う。
 NHK朝の連続ドラマが終了したり、話題の出演者の出番がなくなると「○○ロス」(シンドローム)などと表現する傾向が強い。
 「あまちゃん」が終了した時の「あまロス」あたりから流行り始めたと思うが、一つ前の「あさが来た」では、五代友厚役の俳優がドラマの中で亡くなった際、「五代ロス」などという言葉が出現した。
 この言葉が流行ること自体は個人的に歓迎しないのだが、あえて、時流(?)に乗って使うなら、私は「国谷ロス」シンドロームである。

 NHKは、4月の改編で、まったく違う番組に「クローズアップ現代 +(プラス)」というとんでもないタイトルを付けて、女子アナ日替わり出演という、民放やAKBを真似た番組をスタートさせた。
 週刊誌系のWebサイトでは「神セブン」などと煽っているが、NHKの販促効果(?)なのだろうか。
 昨夜、少し見て、しばらくしてチャンネルを替えた。
 民放でよく見る、あのオネイ言葉の教育評論家が出演していたからだ。
 別に差別するわけではない。
 あの人の、発言などに対して、しばしば違和感を覚えるからである。
 この度のバドミントン選手の賭博問題も、ブログで若手選手の精神面の問題を指摘して「残念です」なんて書いている。他のスポーツと比較して、バドミントンにおいて特に選手教育が欠如しているかのように書いているが、これでは問題の本質を見失っている。
 この「つぶやき」的なブログは、他に自分の出演番組などの告知で溢れていて、何ら、骨のあるメッセージは存在しない。
 多くの人が賛同するであろう弱い者いじめでは、橋下と変わらない。
 私には、この人、害のないコメントを発するするタレントとしか思えない。
 こんな人に「教育」など語って欲しくない。

 「+」の内容、報道番組の体裁をとってはいるが、日替わり局アナキャスターという番組構成もコメンテーターの顔ぶれからも、民放のバラエティ番組的になっている。

 これは、実に酷い、あの番組の継続的な視聴者への裏切りだと思う。
 番組名は、替えて欲しかった。

 「クローズアップ現代」では、たしかに「やらせ」があったのだろう。
 しかし、その責任は、国谷キャスターにはなく、暴走した記者と、その管理をできなかったNHK上層部にある。
 あの2014年の4月から5月にかけて二度放送された「出家詐欺」への追跡番組について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が、昨年11月に報道機関などに公開した検証結果資料には、次のように記されている。
色つきの太字は管理人。
BPOサイトの該当資料(PDF)

 今回の問題を受けて、NHKは、再発防止のためにいくつかの具体策を公表した。
 この中で、NHKは、本来は実名を原則とするインタビューを匿名とする場合の「正確さと事実確認」を徹底するため、緊急の討議・勉強会で「匿名での放送の原則」を確認し「匿名での取材・制作チェックシート」を導入するとしている。
 また、試写などでのチェックの強化のために「取材・制作の確認シート」を活用するとともに、ジャーナリストとしての再教育も実施するとのことである。問題の背後にある要因を取り除くために、いずれも一定の効果は期待できるであろう。
 しかし、放送局に不祥事が起きると、再発防止策はどうしても制作現場の管理を強化するという方向に傾きがちである。新たな防止策によって報道現場の管理が必要以上に強化され、「情報源の秘匿」を損なったり事件の真相に迫る取材活動の萎縮を招くことのないよう十分な配慮を期待する
 また、今回の問題が生じた原因のひとつに、番組スタッフ間の率直な対話の欠如があった。真実に迫る取材は報道番組の命であるが、その成果を視聴者に分かりやすく伝える演出も、欠くことのできないものである。両者が結びつき、番組が深化し向上するためには、番組制作に携わる者の間での真に率直な対話が必要である。現場のありようや空気を劇的に変化させる即効性の特効薬はないであろうが、番組にかかわる者すべてが心がけ、真摯な対話が活発に行われるように体制を整えていくべきである。
 『クローズアップ現代』は、「最終報告書」が公表された4月28日の放送を、すべてこの問題の検証にあてた。
 キャスターは、番組の最後を「22年間この番組が続いてきたのは、多くの視聴者の方々の番組への信頼という支えがあったからこそであり、今回のことはそのことを損ねてしまいました。この信頼を再び番組の支えとしていくためには、これからの一本一本の番組を今回の調査報告の指摘も踏まえて、真摯な姿勢で制作し続けていくことしかありません」と結んだ。調査報告書自体の不十分さはさておき、番組内で説明を尽くそうとする自律的な検証の姿勢と真摯さは十分に評価されるべきであろう。
 今回の問題によって番組の活力が削がれることなく、キャスターの言葉どおり、視聴者に信頼され社会の真実に迫る意欲的な番組が今後も生み出されていくことを強く期待している。

 BPOは、結構、真っ当な指摘をしていると思う。
 国谷キャスターの2015年4月28日の検証番組の発言内容は、評価されてはいても、キャスターの責任などは、一切指摘していない。
 
 すでに知っている人は知っていることではあるが、国谷キャスターが降ろされたのは、「やらせ」問題による“けじめ”の一環でもなんでもなく、政府にとって、邪魔な存在と思われたからである。

 2014年7月11日のハフィントンポストが参考になる。
ハフィントンポストの該当記事
 引用する。記事で引用されている「フライデー」の内容はイタリックで表記する。

「NHK『クローズアップ現代』を首相官邸が叱責」フライデー報道 菅官房長官は否定
The Huffington Post
投稿日: 2014年07月11日 19時43分 JST 更新: 2014年07月12日 00時38分 JST

7月11日発売の週刊誌「フライデー」が、「国谷キャスターは涙した 安倍官邸がNHKを"土下座"させた一部始終」と題して、首相官邸側が放送内容を巡りNHKを叱責したと報じた。これに対し菅義偉官房長官は「ひどい記事だ」と述べ、事実に反しているとの認識を示した。

フライデーが報じたのは、7月3日にNHKで放送された「クローズアップ現代」をめぐる首相官邸とNHKのやりとり。この日の番組では、集団的自衛権を特集。菅官房長官がゲストとして招かれ、番組キャスターや記者からの質問に答えた。しかし、フライデーによると、番組終了後に菅官房長官に同行していた秘書官が「いったいどうなっているんだ」とクレームをつけたという。同誌は「国谷裕子キャスターの質問が鋭かったうえ、国谷さんが菅さんの質問をさえぎって『しかしですね』『本当にそうでしょうか』と食い下がったことが気にくわなかった」とした。

国谷キャスターと菅官房長官は番組中、次のようなやりとりを行っていた。

国谷キャスター:解釈の変更は日本の国のあり方を変えると言うような事だと思うのですが、国際的な状況が変わったというだけで憲法の解釈を本当に変更してもいいのかという声もありますよね。
 
菅官房長官:これはですね、逆に42年間、そのままで本当によかったかどうかですよね。今、大きく国際化という中で変わってることは、事実じゃないでしょうか。そういう中で、憲法9条を私たちは大事にする中で、従来の政府見解、そうしたものの基本的論理の枠内で、今回、新たに我が国と密接な関係がある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立そのものが脅かされ、国民の生命・自由・幸福追求の権利が、根底から覆される明白な危険ということを入れて、今回、閣議決定をしたということです。
 
(中略)
 
国谷キャスター:密接な関係のある他国のために、もし集団的自衛権を行使した場合、第三国を攻撃することになって、第三国から見れば日本からの先制攻撃を受けたということになるかと思うんですね。戦争というのは、自国の論理だけでは説明しきれないし、どんな展開になるかわからないという危険を持ったものですから…
 
菅官房長官:いや、こちらから攻撃することはありえないです。
 
国谷キャスター:しかし集団的自衛権を行使している中で、防護…
 
菅官房長官:ですからそこは、最小限度という、3原則という、しっかりした歯止めがありますから、そこは当たらないと思いますよ。

国谷キャスターは番組の終了間際まで「解釈を変更したことに対する違和感や不安をどのように払しょくするのか」などと質問。菅官房長官が回答を返す途中で、番組は終了してしまった。

その数時間後、再び官邸サイドからNHK上層部に「君たちは現場のコントロールもできないのか」と抗議が入ったという。局上層部は『クロ現』制作部署に対して「誰が中心となってこんな番組作りをしたのか」「誰が国谷に『こんな質問をしろ』と指示をしたのか」という"犯人探し"まで行ったというのだ。
 
さらに、別のNHK関係者からは驚きの証言が飛び出す。
 
「放送が終わったあと、国谷さんや番組スタッフは居室(控室)に戻るのですが、この日、国谷さんは居室にもどると人目もはばからずに涙を流したのです」
 
(フライデー 2014年7月25日号より)


インターネットでは、「事実なら、安倍政権を倒すことになる内容」、「国谷さんとその隣にいた記者は、国の偉い人にそれ聞きたかったということを代弁して聞いてくれた」という意見や、「国谷キャスターは気骨のある人と評判なので、恫喝された程度で涙をみせないはず」と記事は誤りだとする意見などが出ていた。

 あの番組をきっかけに、国谷降ろしを政府側が意図したことは明白だろう。
 籾井という安倍のお気に入り会長が、その意向を受けて、今回の改編につながったと見て、間違いないと思う。

 古館のいない「報道ステーション」も、見るに堪えなくなった。

 安倍の食事接待を受けているテレビ朝日の早河という会長は、橋下の番組をスタートさせた。
 今のテレビ界は、政府への批判能力を失うどころではなく、経営者が“あっち側“に入ろうとしている。権力に追従しているメディアに、存在意義などあるのだろうか・・・・・・。

 少しは、明るい話題も。
 TPP交渉締結は、野党が結構頑張って今国会では見送りになる可能性が出てきた。
 アメリカでは、政府が議員に交渉内容の詳細を公開しているのに、日本政府は、すべからく「黒塗り」にしようとしたことが、野党の反発を煽り、攻勢を強めたと言えるだろう。

 夏の参院選に向けて、安倍政権は、自分たちの非を明らかにするようなメディアや人物への攻撃を続けるだろうし、言論の自由を奪う憲法違反を続けるに違いない。

 しかし、潮目は完全に変わっている。

 気に入らない番組や人は、思うままに消してしまえ、という政府の暴力に屈していれば、日本からは真っ当な新聞記事や報道番組は、なくなっていくばかり。
 しかし、そうはさせない、と思う国民が増えていると確信する。

 彼らの暴挙を決して忘れないために、この記事を書いた次第だ。

 それにしても、国谷裕子さんの元気な姿を、どこかで、ぜひお目にかかりたいと願うばかり。

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by kogotokoubei | 2016-04-13 21:58 | 幸兵衛の独り言 | Comments(9)
 プロ野球選手の問題の後に、バドミントン選手の賭博関与問題が続いてメディアを賑わわせている。

 この問題には、人それぞれの感想なり、心情を持っているだろう。

 メディアに現われる内容には、主に次のような指摘や感想があるように思う。

(1)本人の責任
 つい、海外で「合法」賭博を経験し楽しい思いをしていたので、軽い気持ちで、
 「違法」賭博に手を出した、本人の問題である、という指摘。
  
(2)協会など周囲の管理不行き届き
 国際試合などへの参加に税金が使われていることもあり、所属する協会に、
 選手の日常行為についても監督し、また、行動について教育する義務があるのに、
 それを怠った、という指摘

(3)賭博を合法化しないことが問題
 賭博を合法化しないから、違法賭博がはびこる。積極的に合法化し、国の管理下に
 おくべきだ、という主張

(4)情状酌量して良いのでは、という擁護論
 日々辛い練習に明け暮れ、世界レベルの緊張感の高い試合に臨んでいる選手には、
 そういう気晴らしも必要。今回の罰則は厳しすぎるのではないか、という主張。

 私には、何か重要な視点が抜けている気がしてしょうがない。

 「ギャンブル依存症」という病気に関する視点である。

 若手の後輩を誘った先輩のバドミントン選手は、ほぼ間違いなく、この病気だと思う。
 プロ野球選手で罰則を受けた人の中にも、患者がいたと察する。

 今回の一連の問題、「病気」という認識を持つことも、重要だと思っている。
 もちろん、病気だから仕方がない、ということではなく、この病気の患者を増やさないためにどうしたらいいか、という議論が必要だと思うのだ。

 プロスポーツ選手や、アマチュアでも世界的レベルの戦いに明け暮れる人は、たしかに、その緊張感の「オン」を緩和する「オフ」の必要性も高いだろう。
 また、気質として、スポーツ選手にギャンブル好きが多いという指摘も、あたっていると思う。

 しかし、「ギャンブル依存」という病気は、スポーツ選手に限った疾病ではない。

 過去に、この問題を真正面から取り上げたテレビ番組もあった。
 この4月から大幅に装いが変わり、民放のような軽い番組になってしまった感のあるNHKの「クローズアップ現代」だが、かつては実に良い内容を放送していた。数少ないジャーナリスティックな報道番組として、録画してよく見たものだ。

 その中に、2014年11月17日の「“ギャンブル依存症” 明らかになる病の実態」がある。
 NHKのサイトに過去の放送を紹介するページがある。
NHKサイト「クローズアップ現代」過去の放送の該当ページ

 一部引用する。
 まず、ギャンブルにのめり込むことで、脳の活動そのものが変わる、という専門家の指摘。
 画像は、ぜひリンク先でご確認のほどを。


いったんギャンブルにのめり込むと、なぜやめられなくなるのか。
右側の画像は、一般の人の脳が周囲の刺激に対し、赤く活発に活動している様子を示しています。
一方、左側の依存症患者の脳では活動が低下しています。
ギャンブルにだけ過剰に反応するようになり、脳の機能のバランスが崩れてしまったのです。

京都大学大学院医学研究科 医師 鶴身孝介さん
「意志の問題で片づけられてしまいがちだが、脳にも明らかな変化が起きている。
(ギャンブル依存症の)影響は大きい。」
 
 これは、間違いのない「病気」である。

 他の専門医師の証言もある。

本人の資質の問題とされがちだったギャンブル依存症。
これを精神疾患と捉え本格的な治療を訴えてきたのが、精神科医の森山成彬(なりあきら)さんです。
精神科医 森山成彬さん
「なまやさしい病気じゃないんです。ギャンブル障害になったら脳が変わる。」

森山さんは9年前、正確な実態を知ろうと、患者100人に対して日本で初めてのギャンブル依存症の調査を行いました。
平均的な姿は、20歳でギャンブルを始め、28歳で依存症の兆候である借金をし始めます。
ところが、病院で受診したのは10年余りあとの39歳。
周囲の人が依存症の兆候にいち早く気付き、本人に治療を受けさせることが重要ですが、見過ごされているのが実態です。
依存症患者がつぎ込んだ金額は平均1,293万円。
中には1億円を超えてもなおやめられない人もいました。

 ごく「普通の人」でも、この病気になるのだ。
 
 「クローズアップ現代」は、たしかに「やらせ」が存在した放送もあったのだろう。
 しかし、その一部をもって、あのシリーズを有害とするには、あまりにも惜しい番組だった。

 病気を発症した人がのめり込んだギャンブルは、パチンコ・パチスロという「合法」駅な遊戯も含んでいる。

 プロスポーツ、あるいは、世界トップレベルのスポーツ選手たちには、他の人よりも、気質的にギャンブルが好きな人の割合が高いと思うし、活躍している時期には収入も多いだろうから、「違法」賭博関係者からの誘惑の手が伸びやすいだろう。

 しかし、「ギャンブル依存症」という病気は、誰にでも発症の可能性がある。

 これは、「違法」を「合法」化したら、その患者を増やす可能性は増えても、減らす方向には進まないに違いない。

 そうなると、病人を増やし健康保険に税金の投入を増やすだけではないか。

 親や親戚、所属団体といった周囲の人からの管理や教育的指導も必要かもしれない。

 しかし、「病気ではないか?!」という視点があれば、その病気を「治療」させようという方向に行動は進むはずではなかろうか。

 韓国では、パチンコ(名称は「メダルチギ」)を、贈収賄などの犯罪の温床になっていることと「ギャンブル依存症」となる国民が増えたことを踏まえ、2006年に全廃した。

 日本でも、まったく同様の問題を抱えている。

 精神科医で作家でもある帚木蓬生は、自分の医者としての経験を元に「ギャンブル依存症」の実態を明らかにし、警鐘を鳴らす本を何冊か書いている。
 昨年『ギャンブル依存国家・日本』(光文社新書)を上梓し、光文社のニュースサイト「NEWSポスト・セブン」に、「著者に訊け」という記事が掲載されている。
NEWSポスト・セブンの該当記事

 この記事から引用したい。


 ギャンブル依存は本人の性格でも自己責任でもなく、「脳内の報酬系神経伝達物質ドパミンが異常分泌する精神疾患であり、病気。ピクルスが胡瓜、たくわんが大根には戻れないように、本人の意志ではどうにもなりません」と、作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏は言う。

 その実態を広く訴えたのが、『ギャンブル依存とたたかう』(2004年)や『やめられない』(2010年)だとすれば、本書『ギャンブル依存国家・日本』の主語は国や社会。つまり日本では患者以前に社会そのものがギャンブルなしでは生きられない、またはそう思い込む、依存体質に陥っているというのだ。

 昨年、厚労省が発表した国内全成人の有病率は4.8%(男性8.7、女性1.8%)。この数字は米国1.6%などと比べて圧倒的に高く、実数にして536万人もの患者を日本は国ぐるみで放置してきたのである。その背景には各種公営競技やパチンコまで、持ちつ持たれつの利権構造が絡み、国や自治体は経済振興や雇用対策を今なお口実にする。

 福岡・黒崎駅前から南は筑豊直方まで、かつて炭鉱で栄えた町々を結ぶ線路を、二両編成の車両がゴトゴト行き交う筑豊電鉄・通谷駅。無人駅のホームを出てすぐの線路脇に『通谷メンタルクリニック』はあり、帚木氏はここで2005年以来、依存者の治療にあたっている。

「元々は以前勤めていた八幡厚生病院でギャンブル依存の患者と出会い、このクリニックを開業したのが10年前。ここなら患者さんも来やすいですし(笑い)」

 現在、福岡県内には専門病院が5軒、自助グループ(通称〈GA〉)も15あり、比較的先進的環境と言える。が、全国に目を移すとGAが計146、岩手・岐阜・鳥取の3県はそれすらなく、わざわざ本州から足を運ぶ患者も少なくないという。

「この病気は薬が効かないから、知らん顔する医者も多いとですよ。いくら専門外だからって風邪の患者を断る内科医はいないわけで、精神科医なら全員、ギャンブル障害を診ないと駄目! ましてギャンブル障害の8割はパチンコやスロットによるもので、パチンコ店は全国に約1万2000軒とコンビニ並みにある。市場規模も約20兆円ですよ」

 薬の効かない病気・・・とは、実に厄介だ。
 
 もちろん、そんな病気にならないための予防段階では、行動や倫理面の指導は必要である。
 しかし、一線を越えて病気が発症したら、専門家による治療がなくては、治すことはできない。
 その施設は、上の記事にあるように、実に少ないのが実態だ。

 今回の一連のスポーツ選手の賭博問題を良い契機としなくてはならないのではないか。

 根本的な問題解決のためには、個人や周囲の努力だけでは済まない、構造的な、国家レベルの取り組みが必須であろう。

 しかし、「ギャンブル依存症」問題を議論したくない人がたくさんいることが、メディアの報道には影響しているに違いない。
 それは、違法ギャンブルに関与する「反社会的」組織だけではない。
 パチンコ・パチスロ業界に関与する人たちは、この問題をあからさまにはして欲しくないに違いない。
 そういう立場にいる人は、本人の責任や周囲の教育の問題に転化しようとするだろう。
 まったくの、誤魔化しである。
 また、「違法」を「合法」にすべき、と主張する人たちは、この病気の蔓延による問題には関心がなく、「経済効果」という名で特定組織・個人の利益を狙っているだけのことであると、私には思える。

 プロスポーツ選手や世界レベルのアスリートの賭博問題に関し、その表層のみをなぞるようなニュースやコメントが多い。
 この「ギャンブル依存症」という病気の視点に立ち、経済、社会福祉などの仕組みを含む構造的な問題としての議論がないことこそ、私は問題だと思っている。

p.s.
ようやく朝日に、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表・田中紀子さんの記事が掲載された。
朝日新聞の該当記事
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by kogotokoubei | 2016-04-12 12:43 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

 エキサイトブログのアクセスレポートでは、日別、そして月別でアクセスの多いトップ10の記事が分かるようになっている。

 3月の月間アクセスのトップ10は、次のようになったていた。
 *( )内は記事の公開日。

1 落語協会HP、柳家喜多八の休席告知について。(2015.12/15)
2 『笑点』メンバー、新幹線でのマナー違反。(2016.2/29)
3 大演芸まつり、芸協は協会ぐるみで“成り金”応援だ! (2016.3/6)
4 落語協会、来春の真打昇進の五人を決定、したらしい。 (2015.4/21)
5 権太楼夫婦にとっての寄席、などー『権太楼の大落語論』より。 (2016.3/10)
6 柳家権太楼独演会 紀伊國屋ホール 3月8日 (2016.3/9)
7 さがみはら若手落語家選手権、本選出場者が変更。(2016.3/4)
8 第15回 さがみはら若手落語家選手権・本選会 杜のホールはしもと 3月13日(2016.3/14)
9 松鶴に土下座させた、笑福亭小松という落語家のこと。(2014.8/4)
10 柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 3月22日(2016.3/23)

 昨年の師走に、落語協会HPに掲載された鈴本初席における喜多八休席案内について書いた記事が、3月にアクセストップとは、まったく想定外。
 試しに、「柳家喜多八」でGoogleとYahooで検索すると、この記事が上位から3~4番目になっている・・・・・・。
 なるほどアクセスが多いはずだが、ブログの管理人としては、やや不本意。
 喜多八の高座などについて書かれた記事でアクセスが多いのなら、嬉しいのだがなぁ。

 「笑点」メンバーの新幹線で大騒ぎ、という記事が二番目というのは、なるほど「笑点」という番組名が浸透している、ということなのであろう。該当メンバーの失態を知りたかったからのアクセスとは、思えない。

 ゴールデンウィーク「恒例 第27回大演芸まつり」、落語芸術協会が担当する5月4日「成り金」の会、チケットはもうすぐ完売らしい。私は行けないが、実に良い企画だと思う。
「 ぴあ」で確認すると、初日の講談の会のチケットも売れてるようだ。「真田丸」人気なのか、それとも講談人気の復活なのか・・・・・・。
「チケットぴあ」の「恒例 第27回大演芸まつり」のページ
 
 落語協会の今春の真打昇進者に関する、ほぼ一年前の記事へのアクセスが多いのは、なぜなのだろうか。落語協会からのメディアへのニュース発信やホームページを使ったPRが少ないことが関係しているような気がする。
 落語協会・・・それ以上は、今回は語らないことにしよう。だらしのないHPに、腹が立つだけだ。

 権太楼の独演会、さがみはら若手落語家選手権、柳家小満んの会といった落語会のアクセスは、本来はもっと上位にきて欲しいところだが、まあ、トップ10に入っているから、よしとするか。

 古い記事では、笑福亭小松の逸話の記事が、安定的(?)なアクセス数の高さを誇る。
 彼のことを書いたブログやニュース記事が少ないということか。

 さて、落語協会のことはいろいろ書いてきた。
 私の真意が、協会の方に伝わっているかどうかは疑問だが、それはともかくとして、同協会の定席にはしばらく行っていないので、近いうちにどこかに駆けつけるつもりだ。

 今週末は、散る桜を愛でることができそうだ。

 ほぼ二年前の記事で紹介したが、杉浦日向子さんが、散る(単弁の)桜にこそ、風雅がある、と著書に書いていらっしゃったことを思い出す。
2014年4月2日のブログ

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by kogotokoubei | 2016-04-06 12:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

 今日から、落語協会の新真打披露興行が鈴本で始まる。
 三月二十一日という日が初日になることは、落語の歴史から考えても実に良いことだと、私は勝手に思っている。
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桂文我著「落語『通』入門」(集英社新書)
 
 明治時代のフランス公使館書記官Jules Adamの著『JAPANESE STORY TELLERS』のことでも、いただいたコメントのおかげで引用することができた本だが、桂文我の「落語『通』入門」(集英社新書)は、数多くの文献を元に、噺家の元祖から寄席の成り立ち、そして明治から大正、昭和初期の落語界のことを丁寧に振り返った好著だと思う。
 ただし、私がAmazonのレビューでも書いたことだが、本の題はもう少し検討の余地があったと思うなぁ

 さて、本書の中で、江戸落語の中興の祖と言われる烏亭焉馬と彼が開催した会について、次のように書いている。

 安永末年(1780~81)頃から。大坂の会咄(かいばなし)に刺激を受けて江戸でも会咄が始まりました。
 活動を軌道に乗せたのは江戸落語中興の祖・初代烏亭焉馬で、寛保三年(1743)、江戸・本所相生町の大工棟梁の家に生まれ、本名を中村英祝、通称を和泉屋和助。狂歌の号は「鑿釿言墨曲尺(のみちょうなごんすみかね)」と言いました。
 天明三年(1783)に柳橋・河内屋で行われた狂歌師の集まり「宝合わせの会(滑稽な題材や、いかがわしい物を見立てた茶番、地口の会)で短い噺を二、三席披露して好評を得ました。
「上手いじゃねえか」
「見事なもんだぜ、まったく」
 と、人々が誉めたことに気を良くし、三年後の天明六年(1786)四月十二日、向島の料亭・武蔵屋権三(権三郎)で、自らが主催する第一回目を開催しました。
 この会は木戸銭を取らず、同好の士が集まって発表し合うのが目的で、上方の会咄のように一般からの公募は行いませんでしたが、当日は狂歌師が百人近く集まるという盛況で、参加者が作った小噺は約三百にもなったと言います。
 会場設定にも凝ったようで、座敷に毛氈を敷いて、正面には机を置いた口演席を設け、床の間に桃太郎の掛け軸、その前にはキビ団子を供えるという設(しつら)えが評判を呼び、それ以降もこの形式に従いました。
 その後も「咄の会」は不定期ながら催され、寛政四年(1792)以後は毎年正月二十一日を「咄初め」と称して、料亭で開催されるのが恒例となりました。
 咄初めを二十一日としたのは、廿一日の字を「昔」に見立てた洒落で、「昔ばなし」の意味を含んでいると言います。
 また、毎月二十一日にも、焉馬の自宅などで「定会(じょうかい)」という月例会が開かれました。
 このように、21日は、「二十一日」→「廿一日」→「昔」ばなし、という焉馬の洒落に基づく、実に落語と縁の深い日。

 「6月5日」を「ろくご」→「らくご」の洒落で、「落語の日」という案よりは、ずっと歴史的な根拠がある。
 また、初代三笑亭可楽が、最初の江戸での定席寄席を始めたのが六月ということから、6月1日を「寄席の日」とするイベントもあるが、これも、根拠的にはやや弱い。

 私は、一月二十一日こそ、「落語の日」に相応しいと思っている。

 落語協会の真打昇進披露興行の初日である春分の日に、文我の本を読みながら、そんなことを思っていた。
 

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by kogotokoubei | 2016-03-21 11:45 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 拙ブログのアクセスレポートでは、日別、そして月別でアクセスの多いトップ10の記事が分かるようになっている。

 せっかくなので、1月、2月のアクセストップ10記事をご紹介。
 ( )内は、記事の公開日である。

 1月のアクセス上位記事。
1.桂りょうば誕生-桂枝雀の長男前田一知が、桂ざこばに入門。(2015.9/1)
2.落語協会HP、柳家喜多八の休席告知について(2015.12/15)
3.TBS「赤めだか」を見て。(2015.12/30)
4.古今亭駿菊が落語協会を退会するらしい-新日刊マックニュースより(2015.12/17)
5.三代目桂春団治の襲名披露のこと、など。(2016.1/16)
6.睦会 ~扇遊・鯉昇・喜多八 三人会~ 横浜にぎわい座 1月14日(2016.1/15)
7 大西信行、逝く・・・・・・。(2016.1/22)
8.落語芸術協会会長の新年挨拶-新真打の紹介も含め。(2016.1/2)
9.「真田丸」は、乾ききった歴史ドラマ愛好家の喉を潤しそうだ。(2016.1/12)
10.桂りょうば、初高座への関心が高いことへの、複雑な心境・・・・・・。(2016.1/9)

 一月は、とにかく、桂りょうばに関する記事にアクセスが多かった。
 不思議、ではある。
 また、喜多八を心配する人が多いのだろうと思われる。
 そして、三代目、大西信行と訃報が続き、関連する記事にも多くの方にお越しいただいたようだ。

 次に、2月のアクセス上位記事。
1.命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。(2013.10/5)
2.落語協会HP、柳家喜多八の休席告知について。(2015.12/15)
3.落語協会、来春の真打昇進の五人を決定、したらしい。(2015.4/21)
4.二・二六事件で思う、五代目柳家小さんが語らなかった戦争のこと。(2013.2/26)
5.大いに期待する新二ツ目、雷門音助。(2016.2/12)
6.新宿末広亭 1月下席 夜の部 1月29日 (2016.2/1)
7.松鶴に土下座させた、笑福亭小松という落語家のこと。(2014.8/4)
8.JAL名人会 内幸町ホール 2月23日 (2016.2/24)
9.西のかい枝・東の兼好 横浜にぎわい座 2月8日 (2016.2/9)
10.露の五郎兵衛一門のこと-『当世落語家事情』より。(2016.2/21)

 まったく、意外な結果。

 なぜ、今になって談志の本を元に書いた、小円遊の記事に、これだけアクセスが集中したのか、不明だ。命日近くでもない。

 2.26近辺、小さんの記事は、毎年アクセスが増える。

 小松の記事、こっちは季節など関係ないなぁ。


 落語会には一月三回、二月二回、計五回。
 小満んの会へのアクセスが少ないのは、しょうがないかなぁ。
 いいんだ、知る人そ知る、素晴らしい会なのである。。
 
 結構、謎(?)の多いトップ10であったことが、分かった。


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by kogotokoubei | 2016-03-01 21:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 このブログを開設しているエキサイトのニュースに、週刊ポストの記事が掲載されていた。

 青山繁晴が、新幹線の中で、とんでもないマナー違反の乗客に出会ったことが、彼のブログに書かれており、その内容を元にした記事。引用する。
エキサイト・ニュースの該当記事
『笑点』メンバーSとT「新幹線で女と大騒ぎ」を認め謝罪
NEWSポストセブン 2016年2月29日 07時00分 (2016年2月29日 10時33分 更新)

 <お二人の振る舞いは、人のこと、周りのことを考えている気配は、カケラもありませんでしたね。いったい、誰に支えられての成功でしょうか>

 この怒りの文言は、民間シンクタンク・独立総合研究所社長の青山繁晴氏(63)が2月21日に自身のブログに書き込んだものだ。その矛先は、今年5月に50周年を迎える日本テレビの看板番組『笑点』に出演する人気落語家2人に向けられていた。

「著名人のマナー」と題されたブログ記事で青山氏は、2月20日夜、名古屋駅から東京へ向かう新幹線に乗車した際、マナーの悪い乗客に遭遇したことを明かした。同じく名古屋駅から乗車した男性2人、女性2人の4人組は、青山氏と通路を挟んだ反対側で座席を回転させて4人向かい合わせで座り、大声で宴会を始めたという。

〈周りが吃驚(びっくり)するくらいの大声で、何かの宴会ゲームのようなことに興じるわ、騒ぎに騒いでいます〉

 翌日、同行していたスタッフと前日の騒がしい乗客について話題になると、青山氏はこう告げられた。

〈あれはテレビの『笑点』に出てる有名な落語家さんですよ。SさんとTさんです、男性二人は〉

『笑点』を見ない青山氏は2人が落語家と気付かなかったようだ。青山氏は長寿番組の出演者は視聴者に支えられていることを忘れてはならないと指摘した上で、2人の関係者へ向けてブログをこう締めくくった。

〈万一、お読みになれば、ご当人たちにお伝えください。もうほんの少し謙虚になっていただけませんか、と〉

 改めて青山氏にコメントを求めるも、秘書から「お断わりします」との返事。SとTとは誰なのか。

『笑点』に出演する落語家8人の2月20日の予定を調べると、愛知県の常滑市民文化会館で春風亭昇太(56)と林家たい平(51)が「特選花形落語会 春風亭昇太・林家たい平 二人会」を開いていた。しかも、「二人会」は14時開演の約2時間の公演なので、帰路につく時間帯もブログの記述と重なる。2人に話を聞いた。

「少し騒がしかったかもしれない。青山さんをはじめ同乗のお客様に対する配慮が足りなかった。今後は舞台人として恥ずかしくないよう努めてまいります」(春風亭昇太)

「この度は不快な思いをさせてしまいましたこと、申し訳ございません。自分を律して、姿勢を正して参る所存でございます。今回、青山様、ご不快な思いをされた方々にこのような形でお詫びをさせていただく機会を作っていただいた週刊ポスト様にもお礼申し上げます」(林家たい平)

 と、2人とも潔く認めたが、今回は「座布団一枚!」とはいかなそうだ。
※週刊ポスト2016年3月11日号
 
 彼らは、本当に反省しているのだろうか。
 昇太の「少し騒がしかったかもしれない。」という言葉には、あまり潔さを感じない。

 これ、青山繁晴がブログに書かなきゃ、表沙汰にならなかっただろう。
 
 『笑点』メンバーは、やはり勘違いしていると思う。

 全国区の人気者、と思っているのだろうが、だからこそ、襟を正さなければならないのではないか。

 昇太、たい平の高座を聴かなくなって久しいが、『笑点』も見なくなった。

 マクラで、どうしても、あの番組のネタを離れることができないような高座には、興味がどんどん薄らいでいくのだ。

 50年を機に、やめる、という決断はできないだろうが、番組としての改善があっても良いのではなかろうか。

 いまだに、大喜利を落語と勘違いしている人がいるが、それはあの番組の影響だろう。それだけ視聴者がいるのだから、落語界への貢献も考えて欲しいものだ。

 色物ばかりではなく、短くてもいいので落語の高座を大喜利の前に入れて、大喜利は時間を短くするなども一つの方法ではないかと思う。

 偉大なマンネリ、という評価もあるだろうが、人気に胡座をかいていては、芸がすさんでいくばかりだ。


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by kogotokoubei | 2016-02-29 20:23 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 2月3日に行われた、浅草ビューホテルでの「国本武春お別れ会」には、大変多くの方が集まったらしい。

 私の数え方が間違っていなければ、今日が四十九日に当たる。

 満五十五歳、浪曲界、そして大衆芸能界にとっても、あまりにも惜しい早世だ。

 私は、彼の生の芸を聴いたことはない。
 評判は聴いていたし、「そのうち」と思っていただけに、残念でならない。

 落語愛好家仲間で居残り会メンバーのお一人M女史は、彼のファンであり、懇意にもされていたらしい。

 昨年師走19日の忘年居残り会で、入院した彼のことを心配なさっていたことを、思い出す。

 亡くなった後、Mさんにお悔やみのメールを出したところ、「なぜか武春さんはいつも心配な人でした。元気でいてとお会いするたびに願ってました」と返信があった。

 Mさんが、そう思っていたほど、彼には心配させる何かが、あったということか。

 彼は、2010年の師走にも公演中に倒れて入院し、リハビリをして復帰した過去をもつ。

 とにかく、精一杯に生きてきた人、ということなのだろう。

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『小沢昭一がめぐる寄席の世界』

 小沢昭一さんの名著にある、国本武春との対談から引用したい。

小沢 伝統と現代のなかで悩むということですかな。
国本 たとえば僕ぐらいの年の浪曲師が五、六人いて、俺は新作だとか、俺は古典だとか、こっちはライブハウスでこっちは寄席だとかいうバリエーションがあれば、「それはもうお前に任せた。俺はこっちをやるよ」と言えるんです。でも、結局僕一人しかいないから、自分であっちもこっちもやらなきゃいけない。それで、いまなにをすれば一番いいのかということを考えて、弾き語りなんかをしているんですね。
 やっぱり将来、巡り巡って自分が古典的な浪曲と向き合ったときに、どれだけ水準を上げられるかというのは、今やっている寄り道にかかっているような気がしているんです。その時代までに、お客さんも含めて、どうにか浪曲の機運を少し盛り上げておきたいというか。
小沢 長期戦ですね。
国本 (東家)楽雀先生、(桃中軒)雲右衛門先生の録音を聞いたりするとしびれますし、虎造先生の「次郎長伝」の演出にはなにからなにまで恐れ入る。(京山)幸子若師匠にしても、こんな天才の節はないと思います。ただ、そんなすごい人たちがたくさん出てきて、しのぎを削ることはもうないでしょうから、自分のなかにそのパーツをたくさん入れていって、臨機応変にはいはいと出せるようになりたいと(笑)。今、これが武春節ですよというには、自分としてはまだまだ早いんじゃないかなという気はしているんですよね。
小沢 でも、やっぱり武春節の完成を、遠い目標には置いていらっしゃるんでしょう。
国本 そうですね。

 本書は2004年に朝日新聞から単行本が発行され、2008年、ちくま文庫で再刊された。

 この対談の後半で、9月からアメリカに行く、と語っているから、対談は2003年に行われたようだ。実際にテネシー州を本拠として、約一年、アメリカに行っている。
 中学時代にブルーグラスミュージックを知りフラットマンドリンを弾き始めた、という彼にとって、アメリカ行きは、若い時分からの夢でもあったのだろう。
 ブルーグラスのミュージシャンの中では、ビル・モンローが好きだったらしい。
 私もブルーグラスは好きで、もちろんビル・モンローは好きだなぁ。

 さて、この対談の年、彼は43歳。
 前年にはアメリカでミュージカルに出演し、高い評価を得ていた。
 対談の四年前1999年には、芸術選奨文部大臣新人賞を大衆芸能部門で受賞している。
 浪曲にロックやR&Bを取り入れるなど、それまでの浪曲のイメージを打破し続けていた矢先での対談だと思う。

 「あっちこっち」への「寄り道」と自分で称しているが、それぞれ生半可な「寄り道」ではなかったに違いない。

 この対談の最後の部分を引用する。
 アメリカ行きを知ってからの小沢さんの質問から。

小沢 なるほど、すばらしいなあ。でも、アメリカで生活するのもなかなか大変ですね。
国本 大変ですけど、行動できるのは今のうちかなと思って。もう少したっちゃったら、そういう気も起きなくなると思うので。とりあえず、行けるときに行ってみようかなということですけどね。
小沢 浪花節の途中で、三味線をバンジョーなんかに持ち替えたりするのもおもしろいかもしれませんな。
国本 そうですよね。一つの話を伝えるために、節や楽器を道具として自在に使えればいいんじゃないか。こんな面白い話があるんだよと言いながら、いろんな楽器を弾いたり、わーっと歌ったりする、そういう歌語りはありだと思うんです。楽器を弾いてお話をして、面白いことを言ったり泣かしたりするスタイルを、「ROUKYOKU」として世界に広げるぐらいなことを。
小沢 「ロウ・ミュージック」ですね(笑)。
国本 そうなればいいという気はするんですよね。
小沢 すごい夢をお持ちだと思います。武春さんなら、きっと、実りが多いでしょう。新しいフシモノ、語り物の出現。私としては期待満々です。今日はいいお話をありがとうございました。

 ある人の人生について、「生き急ぎ」という言葉は、できれば使いたくない。
 しかし、あまりにも多くのことに興味を示し、それぞれに高い目標を定めて、前人未到の道を歩もうとしてきた国本武春には、「生き急ぎ」と形容せざるを得ないような気もする。

 世界の「ROUKYOKU」という発想をした浪曲師は、他にいないだろう。

 調べてみたら、「J-Popworld」という海外のサイトで、2009年のインタビュー記事を見つけたので、ご興味のある方はご覧のほどを。
「J-Popworld」サイトの該当記事


 彼はアメリカで、自分がリーダーとなってブルーグラスのバンドをつくって演奏していたようだ。

 バンド名は「Takeharu Kunimoto & The Last Frontier」。

 バンド名の、「ラスト・フロンティア」は、直訳したら、「最後の未開拓地」。

 世界の「ROUKYOKU」への「開拓者」は、自分が(最初で)最後、という思いで名付けたのではないだろうと思うが、今後も「世界」を目指す浪曲師は、なかなか現れることはないだろう。

 たしかに、彼の存在は、浪曲師だけ、三味線師だけでは、表現しつくせないようだ。

 やはり、「ROUKYOKU」ミュージシャン、かな。

 “今やっている寄り道にかかっている”と自分に言い聞かせ、「浪曲」を脱し世界の「ROUKYOKU」を目指していた、国本武春。

 彼は、精一杯「寄り道」を駆けていたのだろう。

 唯一無二の「ROUKYOKU」ミュージシャンであった国本武春のご冥福を、心よりお祈りする。


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by kogotokoubei | 2016-02-10 22:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 大失策!

 三代目桂春団治の訃報に接して書いた記事で、自分が生で聴くことができた高座は二席、と次のように書いていた。
2016年1月14日のブログ
 私が生で聴くことができた高座は、二席。

 2009年12月、麻生市民館で開催された「桂枝雀 生誕70年記念落語会」での『祝い熨斗』。
 あの時、米朝と三代目と同じ空間を共有できた、至福の時間だった。
2009年12月4日のブログ

 そして、翌2010年、同じ師走の場所は渋谷、志ん輔との「東へ西へ」で聴いた、『代書屋』。
2010年12月11日のブログ

 その後、何か抜けているような妙な気がしていたのだが、そのうち、その“妙な心のうずき”のことを忘れていた。

 大西信行の本のことについて記事を書き、「大西さんは昭和4年生まれ、三代目は昭和5年生まれか・・・・・・」などと思っていたら、あの“妙な心のうずき”がよみがえった。

 あらためて振り返ってみて、「たしか、『お玉牛』を聴いたはず・・・」と思い確認してみたら、やはり2011年の師走に「東へ西へ」で聴いているじゃないか!
2011年12月22日のブログ

 そして、この高座が、私が接した最後の三代目だった。

 三代目直伝のこのネタを桂まん我がNHK新人演芸大賞で演じたので、「あれは、まん我か・・・・・・」と思い込んでいたのかもしれない。

 実に情けなくも恥ずかしい失態。

 恥の上塗りを覚悟で、その時の三代目の高座に関し書いた内容を引用する。
 昨年の渋谷での会の『代書屋』も楽しかったが、今回のほうがお元気そうにお見受けした。結構前のほうの席だったので、お顔の色合いなども十分に分かったのだが、元気一杯の感じで、うれしかった。志ん輔がマクラで言っていたが、毎年だんだん元気になるような気がする。「百二十歳まで」は無理としても、過去に百歳で現役の落語家は存在したはずなので、頑張っていただきましょう。
 いつものように短いマクラからの本編は、感心と爆笑の連続。
・最初に大勢登場する村の若い衆の名前を並べる、道中言い立て風の楽しくも見事な口調
・アババの茂平が、若い者の憧れであるお玉ちゃんの唾のついた煙管を舐める場面
・夜這い男が、牛と知らずに寝床に忍び込み、牛の尻尾をお玉ちゃんのお下髪げと間違い、
 そのお下げ(尻尾)で頭を叩かれる場面での、扇子を使った見事な芸
・鬢付け油と間違えた○○○の臭いを嗅いだ時の、何とも可笑しな仕草
などなど。
 絶妙と言うか何と言うか、終演後も余韻がしばらく消えない素晴らしい三代目の高座に、ただ感謝である。

 こうまで書いていた高座を、すっぽりと忘れていたなんて・・・・・・。

 三代目と志ん輔に、心からお詫びしたい。

 あんな素敵な会、高座を忘れていて、ごめんなさい。

 それにしても・・・・・・。

 毎日、とんでもない数の脳細胞が死滅しているだろうから、つい最近のことは忘れることはしょうがないにしても、数年前のことは結構覚えているつもりでいたのだが、そろそろ危ない状況になってきたか(^^)

 昨日の立春に書いた記事で紹介した、一茶が還暦の時の句、

 春立つや 愚の上に又 愚にかへる

 を、しみじみと口ずさむのであった。

 ところで、今夜のNHK BS「大岡越前」の脚本は、大西信行ではなかったなぁ。

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by kogotokoubei | 2016-02-05 21:18 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛