噺の話

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カテゴリ:幸兵衛の独り言( 247 )


 若者の落語ブームについて書いた記事にいただいたコメントで、確実に落語会や寄席で若いお客さんが増えているという情報に加え、一部の若いお客さんのマナーの悪さについてご指摘があった。

 せっかく、落語愛好家のすそ野が広がっているのに、ベテラン落語ファンとの間で軋轢があっては、いけない。
 しかし、教えなければ分からないこともあるだろう。
 また、いわゆる「マニュアル世代」は、一度教えてあげると守ってくれるような気がする。

 落語会や寄席でのマナー違反は、若い人に限らない問題である。

 落語芸術協会のホームページには、マナーに関して次のようなことが記されている。
 「寄席に行こう-落語はじめの一歩-」というページから引用。
落語芸術協会ホームページの該当ページ

寄席でのマナーって?

寄席は、好きなときに入って好きなときに出ることができます。寄席自体の再入場はお断りしているところが多いですが、基本的に客席は出入り自由。ただし、マナーとして、高座の切れ場(演芸と演芸の間)にするとよいでしょう。
また、飲食も自由です。売店でお弁当を売っているところも多いので、それも寄席の楽しみのひとつです。ただ、こちらもあまり音のするものやアルコール飲料はお控えください。アルコールOKの寄席でも、飲みすぎて芸人に絡まないようにしましょう。
このように、寄席には窮屈なルールはなく、とても自由な空間です。他のお客様や出演者に迷惑をかける行為に気をつければ大丈夫。携帯はマナーモードにしておいてくださいね。


 なかなか良いガイドだと思う。
 “他のお客様や出演者に迷惑をかける行為”に気をつける、ということが基本だね。

 私が気を付けていることや、気になることを踏まえてマナーについて書くなら、こんな感じ。
 
(1)着席は高座の切れ場
  これは、大前提。高座が盛り上がってきた時に、近くで他のお客さんが席に着く
  ためゴソゴソされること位、興醒めなことはない。
  一般的には、開口一番なら高座の途中でもまだ許される。色物も、まぁ途中着席も
  構わない、という風潮がある。
  しかし、私の場合は、開口一番も色物も、できるだけ切れ場になるまでは着席しないよう
  心がけている。演者に、そしてお客さんに耳障り、目障りであることに、変わりはない。
  また、奇術や太神楽の後には、道具の片づけや高座の準備のために少し時間がかかるので、
  着席するのに余裕もできる、ということを付け加えておこう。

(2)音(ノイズ)に注意  
  落語は、見て、そして“聴く”芸。
  人によっては、目をつぶって聴いている。だから、“ノイズ”は大敵である。
  近くで、お菓子の袋やポリ袋でガサゴソと音を立てられる位、気になることはない。
  音を立てそうな場合、これも、切れ場にするよう心掛けたい。
  また、高座の途中で、入場の際にもらったチラシを音を立ててめくっている人
  (だいたいは中高年の女性)がいるが、困ったものだ。
  
(3)携帯・スマホは電源を切る
  私は、マナーモードではなく、電源を切る。
  着信が途中で鳴るのは言語道断だが、バイブレーターの音だって、耳障りだ。

(4)メモは、迷惑にならないように
  私もメモは取る。ほとんどはチラシの裏。
  しかし、高座の噺家や近くのお客さんに迷惑をかけないよう出来るだけポイント
  を絞り、短時間で殴り書きするようにしている。
  場合によっては、前を向きながらペンを見ずにメモる。
  その結果、後から自分の字が判読できないこともあるが、熱心に下を向いて
  メモを取り続けるのは、噺家にも周囲のお客さんにも迷惑なことだ。

(5)高座途中の会話や発言はご法度
  若いカップルもお客さんに増えたようだが、高座の途中での会話はダメ。
  切れ場に小さな声で話すのは構わない。
  最悪な例は、ネタが分かった時に隣りの連れの人に告げる人や、サゲ前に
  サゲを言う人。
  これは、初心者ではなく、少し落語を知っている人なのだが、勘弁願いたい。
  以前、地域落語会で、高座の噺家に話しかけるお婆さんがいたが、実に驚いた。


 主だったマナーは、こういうことかと思う。

 あえて付け加えると、笑い方にも、できれば注意したいものだ。
 なかなか矯正するのが難しい面もあるが、無駄に大きな声で笑う“ゲラ男”さん“ゲラ子”さんが、たまにいらっしゃる。できれば、そのボリュームを調整していただきたい。
 本当は、笑いのツボでもないのに、むやみに笑う人も迷惑なのだが、これは感性の問題だろうから、治らないだろうなぁ。
 他に、座高が高い人や、頭の大きい人が前に座っていると高座が見えにくいが、これは、そういう席を避けるしかない^^

 マナーに関連して、お客さんではなく、落語会や寄席のスタッフにも言いたいことがある。
 お客さんを“高座の切れ場”ではなく、途中で客席に誘導するスタッフがいるが、困ったものだ。
 切れ場になるまでは、後ろで立って待つように注意すべきなのに、お客さんのマナー違反を誘導しているようなものである。
 
 主催者側に言いたいことは、他にもあるが、マナーのことから話が別な方向に進みそうなので、これ位にしておこう。

 結局は、他のお客さん、そして噺家の立場になって行動しよう、ということに尽きる。
 想像力の問題、と言えるかな。

 そういう想像力の豊かな人は、落語を堪能することも出来るはず。

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by kogotokoubei | 2016-06-21 12:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(12)

 最近、若者の落語ブームのことがメディアで取り上げられることが増えた。

 集英社「週刊プレーボーイ」のweb版「週プレNEWS」の6月18日の記事をご紹介。
 見出しは、ややウケ狙いに過ぎる気がするなぁ^^

「週プレNEWS」の該当記事
暴走族の元総長に女子が出待ち? グラドルもハマる若手落語家人気とは
[2016年06月18日]

高座も観客も老人ばかり――そんなイメージもあった落語で、噺家(はなしか)もファンにも“若返り”が起きているという。

■観客席に増える若者&女性

「最近、意外と若いお客さんも多いですよ。平日に行っても混んでますし、ひとりの女性やカップルで来てる方とかいます。昔よりはだいぶ、TVとかにも落語家さん出てきたりとかニュースで取り上げられたりしているので興味のある人が増えたんじゃないですかね」

というのは、グラビアアイドルの川奈ゆうだ。5年前にファンにもらった落語CDを聞いて以来、落語にハマり、時間があれば寄席(よせ)に通っているという落語好きだ。

確かに近年、“落語ブーム”と言われて久しい。2005年に宮藤官九郎脚本・長瀬智也主演でドラマ化された『タイガー&ドラゴン』や2007年の国分太一主演映画『しゃべれどもしゃべれども』あたりから火が付き、大泉洋が売れない落語家役を務めた『トワイライト ささらさや』(2014年)、松山ケンイチが主演を務めた『の・ようなもの のようなもの』(2016年)と最近も落語を題材にした映画がヒット。漫画『昭和元禄落語心中』も今年、アニメ化され、話題となった。

「『行ってみたいんだけど、ひとりで行けない、行きづらい』という友達も少なくないですね。『行きたいから連れてって』といわれて一緒に行ったりしますよ。知り合いのアイドルのコでも好きなコがいて、今度行こうという話をしたりしています」(川奈)

映画やアニメなど普段、落語を観ない層からファンが増える一方、落語界もブームに乗って変わってきている。特に注目を集めているのが、若手の台頭だ。

2014年にスタートした、落語に造詣(ぞうけい)の深いお笑い芸人・サンキュータツオが主催する、若手落語家が中心となった「渋谷らくご」(通称:シブラク)は連日満員。

さらに『平成27年度 NHK新人落語大賞』を獲った柳亭小痴楽(りゅうていこちらく)と瀧川鯉八(こいはち)などが結成した若手落語家ユニット『成金』の公演も満員御礼が続いている。

「今はSNSもありますし、若手落語家自ら発信する機会も増えました。そうしたところから各々アピールして認知され始めていると思います。特に昔と違って、今は元お笑い芸人出身だったり前職のある若手も多く、キャラクターに富んでいるので面白いんですよ」

そう話すのは、演芸情報誌『東京かわら版』の佐藤友美編集長。「落語」という芸だけでなく、その魅力的な人間性でファンを増やしているとのことだ。

 元暴走族のことや、このグラビアアイドルさんが、落語の楽しみ方について、なかなか良く分かっていらしゃることは、リンク先の2ページ目でご確認のほどを。
 同ページにあるのだが、なんと、若者にとっては、柳家喬太郎が“渋めの落語家”らしい。

 紹介した文中では、小痴楽が昨年のNHKで大賞を取ったことになっているが、それでは、桂佐ん吉が可哀想だろう^^
 たしかに小痴楽の高座も良かったけどね。
 ご興味のある方は、拙ブログの感想などの記事をご覧のほどを。
2015年11月1日のブログ


 落語芸術協会が、二ツ目の「成り金」メンバーを売り出そうと後押ししてきたことなどが、実を結びつつあることは、結構だと思う。

 漫画やドラマ、映画をきっかけに、これまで落語に接することのなかった若い人が落語と縁が出来ることも、良いことだと思う。
 「落語女子」が、寄席にかけつけることで、寄席の空間も華やかになるだろう。

 しかし、危惧することもある。

 本当に“人間性”で人気になるのならいいが、決してそうは言えないだろう。

 ブームの中で、果たして冷静にいられるかどうか、少し心配だ。
 人気になることで、また、若い女性に追いかけられて、自分を見失わないで欲しい。

 実力と人気とは比例しない。

 テレビも「イケメン」落語家などということで若手を紹介するのは、あまり感心しない。
 見た目の魅力(?)と落語の実力は、まったく別物である。
 ちなみに、紹介した記事の中でイケメン若手二ツ目として二人の名が挙がっているが、私は、どちらの技量も、まだまだ、と思っている。

 お客様の前で落語を披露する機会が増えるのは、自分の芸を磨くために良いことだが、チヤホヤされることで、勘違いしないで欲しい。

 ブームは、いずれにしても一過性のものである。

 いつブームが去っても不思議はない、という心づもりで、この流れをぜひ芸を磨くための場として活かせるかどうかが、長い落語家生活を左右するだろう。

 繰り返しになるが、今の若者の落語ブームは、落語芸術協会の若手を支援しよう、売り出そうという努力が実を結びつつあることが背景にある。

 そして、その活動は、危機感を背景にしていたと思う。

 2011年師走の同協会納会の席で、末広亭の社長が、落語芸術協会の寄席の客の入りの悪さに対し、他派との合同での開催なども含めたテコ入れを要請した。
 このことは、翌年正月の朝日の記事を引用して拙ブログで書いた。
2012年1月27日のブログ
 この記事で、私は、当時の落語芸術協会のホームページの問題などを含め、結構きつい小言を書いた。

 その後、ホームページは、当日の代演情報の掲載など、一歩づつ改善され、今では適宜最新情報も掲載されているし、二ツ目昇進者の案内も、出演予定の寄席情報を含め掲載されるなど、実に良いホームページとなっている。

 どうしても、落語協会のホームページと比べてしまう。

 五年前と今とでは、両協会のホームページは、まったく逆の状況になっている。

 あえて書くが、柳家喜多八のプロフィールは「物故者」の欄ではなく、現役のページに残ったままだ。
 四十九日までは、このまま、とでもいう規定があるのだろうか・・・・・・。

 7月11日の「お別れの会」についても、何ら案内されていない。

 昨年のNHK新人落語大賞の本選には、落語協会から一人も出場できなかった。

 協会は、これを“危機”として、考えているのかどうか・・・・・・。

 若い落語ファンから“渋め”と形容されている、柳家喬太郎理事あたりが、今何を考えているのか、気になるところだ。

 ネット時代の今日、ホームページは、その組織の「顔」とも言えるものである。

 落語芸術協会のホームページからは、実にニコニコした、元気な協会の顔を拝むことができる。

 一方、落語協会のそれは、“渋め”の色調と同様、なんとも活力のない顔としか見えない。

 若者の落語ブームという記事から、五年前から、ほぼ完全に逆転した両協会の勢いのことなどに思いた至った次第だ。

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by kogotokoubei | 2016-06-20 12:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

 土日は一泊二日でテニス仲間との合宿だった。

 年二回の恒例で、次回は12月の予定。
 ここ数年は、鎌倉のテニスコートのある宿泊施設を利用している。

 土曜にテニスと夜は宴会、日曜は希望者で鎌倉近辺の観光というのがお決まりのパターン。

 今回は、天候が危ぶまれたが、土曜日にしっかりテニスを、それも大会形式で行うことができた。
 そして芒種の昨日、計ったように関東地区が梅雨入り(した模様?)。
 昨日がテニスなら、ちょっと無理だったなぁ。

 結構、我々の旅行、天候には際どく恵まれている。
 例年5月開催だったが、複数のメンバーの都合が合わず、この時期になり、「梅雨は大丈夫か?」と心配していただが、メデタシ、メデタシであった。

 昨日は雨のため、希望者で江ノ島でボーリングをした後、知る人ぞ知るらしい(私は知らなかった^^)「九つ井(ここのついど)」という蕎麦懐石などのお店へ。
 他にもお店があるようだが、向かった先は本店。

 拙ブログでは「グルメ」系の記事はほとんど書いていないし、居残り会で行ったお店も、あえて名前は明かさないようにしている。
 しかし、このお店は紹介したいので、ご興味のある方はサイトをご覧の程を。
「九つ井(ここのついど)」サイトの「本店」のページ

 竹林の中の古風な佇まいのお店だった。
 離れなどもあり、法事などでの利用も多いようで、昨日も、それらしきご一行が数組いらっしゃった。
 もっと、混んでいるかと思ったが、12時半頃着いて、15分~20分待ち。雨のおかげかな。
 味のある建屋の中もいいが、外に、壁はないが屋根がある小屋の席がある。
 周囲を、竹林と雨に濡れるアジサイが囲む。
 大きさの違う、しっかりした天然木のテーブルが五卓ほどあったが、誰も座っていない。
 屋根があるから濡れることはないし、寒いというほどの雨でもない。
 我々一同「外がいいね!」となった。このへんは、気が合うのだ^^
 「外でいいですよ」と言ったら、思惑通り(?)、すぐに座れた。
 実に客対応が素晴らしい女性店員の方がお茶と品書きを持ってきた。
 私は、迷わず「もり」を頼もうとしていたのだが、品書きには「ざる」しか見当たらない。
 彼女に、「もりはないんですか、海苔はいらないんですけど」と言うと、「ざるに、海苔はついていないんですよ」とのこと。
 このお店、本来、「もり」は“ぶっかけ”のことで、「ざる」は“竹ざる”にのった蕎麦をつけ汁で食べる、という本寸法をわきまえているのだろう。
 もっと言うなら、「もり」と「ざる」は、その汁にも違いがあるのだが・・・細かいことは後日書くことにしよう。蕎麦は、奥が深いのであるよ。

 その、客あしらいが見事な店員さんの言葉を再現。
 「私もお蕎麦が大好きで、ざるの大盛りでも平気で食べますよ。ここのお蕎麦食べたら、他で食べれなくなりました」と、嫌味っ気なしで、笑っておっしゃった。
 お奨めにしたがい、大盛りを注文。ざる800円に大盛りがプラス350円。
 
 たしかに、大盛りでもペロっ、だったし、実に美味かった。
 ネギもついてきたが、私は山葵を少しだけ汁に入れて食べる。
 好みの問題だが、私は、海苔もネギも、本来の蕎麦の味を楽しむには、邪魔になると思う。
 残ったネギ・・・もちろん、酒の肴。
 熱燗の徳利は、お店の窯で焼かれた、鳥にも似ているが、なんとも個性的なものだった。

 いただいた後であの店員さんに確認したら、二八蕎麦。
 蕎麦粉は北海道中心、この日は幌加内産とのこと。
 もちろん、蕎麦はお店で打っているのである。
 原料を吟味しての打ち立て、茹で立て、まずいはすがない。

 借景も良かった。
 芒種の雨に濡れるアジサイを見ながら、しばし、絶妙な蕎麦と熱燗で、池波正太郎気分を味わった。

 我々(私?)の我がままな注文にも嫌な顔一つせず、そば湯も何度も出していただいた。
 そばがきも、酒のあてにはもったいないほど美味。

 運転手の二人は甘党で、蕎麦ぜんざいと、くずきりを楽しみ、私のような辛党は、熱燗をおかわり。
 締めて金額を聞いても、その内容から考えて、満足度は高い。

 このお店、蕎麦以外に懐石料理、炭火焼ステーキ、しゃぶしゃぶなどもあるようだ。
 コースのメニューは、決して安いとは言えないかもしれないが、次回はぜひ蕎麦懐石などを楽しみたい、と思った。
 
 蕎麦と肴、お酒を堪能し、運転手さんには悪かったが、帰りの車の後部座席で熟睡してしまった^^

 帰宅して、ブログを眺め、コメントに返事をしてから、記事を書き始めたが、テニスとボーリングの疲労もあるだろうし、昼の酒もきいてきたようで、途中で断念。


 振り返って、土曜の夜の宴会。
 食堂での懐石料理の夕食後には、カラオケ。
 どうしても踊りたい人がいたので、私はアバの「ダンシング・クィーン」などを歌ったのであった^^
 その後、幹事部屋で宴会。
 「先に落語!」とのご要望に応え、二席ご披露。

 一席は、喜多八の音源を元にした『あくび指南』。
 もう一席は、前座噺でまだ残っていた『転失気』。

 どちらも、自分ではまあまあの出来だと思う。

 しかし、笑いは、圧倒的に『転失気』が多かったは、仕方がないなぁ。

 『あくび指南』のマクラでは、「下地」のこと、吉原を「なか」と呼ぶことなどの前置きをふっておいたので、言葉が分からないので楽しめない、ということはなかったと思うのだが、「大笑い」ではなく「微笑」の噺である。
 演じた後の感想の一つに「落語や昔のことをよく知っている人なら、楽しめるんでしょうね」という言葉があった。
 その通りで、それを百も承知で選んだのだから、私自身は、笑いが少なくても、納得している。

 それに比べて、『転失気』は、予想以上に笑ってもらえた。
 ほとんどの人が初めて聴くので、ネタそのものの可笑しさでウケる。

 昨年冬の合宿では、柳家喬太郎の『夜の慣用句』が、バカ受けだった。
 いろいろ、自分なりのクスグリも入れたしね。
 『子ほめ』では静かだったので、その差が大きかったなぁ。

 これで、思い出す限り、テニス仲間の合宿と大学の同期会で演じたネタは、次のようなものになる。
  『道灌』・『金明竹』・『寿限無』・『牛ほめ』・『替り目』・
  『小言念仏』・『千早ふる』・『代書屋』・『高砂や』・『居酒屋』・
  『うどん屋』・『雑排』・『厩火事』・『買い物ブギ』・『看板のピン』・
  『天災』・『目黒のさんま』・『紙入れ』・『元犬』・『持参金』・
  『三方一両損』・『たらちね』・『そば清』・『親子酒』・『藪入り』・
  『子ほめ』・『夜の慣用句』・『あくび指南』・『転失気』

 自慢でもなんでもなく、次のネタを考えるための備忘録である。

 いつでも、これらのネタが出来るわけでは、ない。当たり前か^^

 11月には大学の同期会、12月には次のテニス合宿。
 まだ、先なのだが、最近は、月日が経つのが、早いこと早いこと。

 さて、次回は、どんなネタで挑もうか・・・・・・。

 「笑い」をとれるネタか、「微笑み」を誘うネタか・・・演じてみると、これが悩ましい。

 やはり、ウケたい、という気持ちもある。
 笑ってもらった時の快感は、演じた人しか分からないだろうなぁ。

 しかし、自分が聴き手の立場からは、やはり、「微笑み」を誘う、いわば、大人のネタにも挑戦したいと思う。
 それは、自分の力量も上がなければならない、ということだ。
 笑いがそれほど多くない噺でも、「いいねぇ、渋いねぇ」とでも仲間が言ってくれるようにならないといけないなぁ。

 さて、次はどのネタにしよう・・・アレ、コレ・・・・・・。

 こうやってネタを考えるのも、実は、楽しみの一つではあるのだ。

 思い出した。
 私が持っているフジテレビお台場寄席の喜多八の『あくび指南』の音源、まくらで「立ち食い蕎麦は、かき揚げ蕎麦」に限ると言っていたなぁ。それも、かき揚げをダブルで、という贅沢な蕎麦。

 それも一理ある。
 立ち食いでは、私も結構、かき揚げ蕎麦を頼むのである。

 手打ちで二八の「もり」もいいが、蕎麦粉が半分も入っていないだろうが、立ち食いでの「かき揚げ」も悪くない。

 ということは、落語も「笑い」をとれるネタもいいが、「微笑み」を誘う噺もいい、ということか。

 なんとも無理のあるサゲとなってしまった・・・・・・。


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by kogotokoubei | 2016-06-06 22:36 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 今月一日に、4月の拙ブログへのアクセスランキングで、二年半近く前に書いた、「命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。」という記事へのアクセスがトップであったことを書いた。
 
 エキサイトブログの管理ページでは、月別に限らず、日別でも上位10のアクセスページのランキングが確認できるのだが、この記事は、その後も毎日トップの座にある。それも、二位以下を圧倒的に離しての一位。

 私は、一日のブログで、なぜこの記事がトップか分からないと書いたら、コメントで、歌丸が「笑点」の司会を降りるというニュースが出ていることと関係しているのではないか、とお教えいただいた。
 
 なるほど、そういうことだったか、と合点。
 その後、あの番組と歌丸に関するニュースは、日を追って増えている。
 
 検索キーワードでは「三遊亭小円遊」からのアクセスが急増している。

 また、実際に小円遊で検索して初めて拙ブログにアクセスしていただいた方からのコメントも頂戴した。

 そんな記事を書いた直後の今月二日、新宿末広亭夜の部の落語芸術協会新真打昇進披露興行が目当てであったが、歌丸が主任である昼の部から居続けした。
 少しは心の準備(?)はできていたのだが、あの昼の部でトリの歌丸の高座の際の混み具合は、私が過去末広亭で経験した中で最多人数であった。

 桟敷後ろの通路に、三重、四重の人が立ち見していたからねぇ。
 私は、二階席でなんとか座布団一枚の空席を発見したので、そこに座ることができたけど、足を伸ばすこともできない状況だった。

 その日は、午後一時少し過ぎに末広亭に入る時点で「立ち見」と案内されており、私の近くで、入場するかどうか悩んでいたご夫妻と思われるお客さんが、「どうしようか、立ち見だって?」「入ろうよ、歌丸さんだけでなく、好楽も出るんだよ」「そうだね、入ろう!」というような会話を耳にした。
 「ほら、歌丸だ!」と叫びながら入場された、男性複数のお客さんの姿も見かけた。

 察するに、あの方たちは、初めての寄席体験だったのではなかろうか。

 初めての寄席体験が、超満員で入場から三時間余りを立ち見で過ごすということが良かったのかどうか・・・・・・。
 「生の歌丸さんを見ることができた」という嬉しさが、少々の足腰の疲れなどを上回った人も、きっと、いらっしゃったのだろう。
 また、歌丸目当てで来て、新たな噺家さんとの嬉しい出会いができた人もいたかもしれない。
 しかしその反面、「寄席って、誰もが面白いわけじゃないだ」とか、「なんで木戸銭払ってずっと立ってなきゃなんねぇんだ」という思いを抱き、二度と寄席に来ない人もいるかもしれない。

 私としては、ある特定の寄席や落語会だけで、落語という芸を評価して欲しくないし、テレビに出ている人だけが落語家じゃないですよ、と言いたくなる。
 
 次の日曜で、司会者歌丸の放送は、最後らしい。
 ジャニーズの人気者も出るらしい。
 後任の司会者も発表されるのだろう。
 
 私は、見るつもりは、ない。

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『談志楽屋噺』(文春文庫)

 「笑点」は、五十年の間に、放送開始当初から、大きく様変わりしている。

 アクセスが急増した二年半前の記事でも引用したのだが、立川談志の『談志楽屋噺』から、放送開始直後のことに関する談志の回想を、少しだけ紹介したい。
 その頃はメンバー全員『笑点』の問題を一所懸命考えてきたもんだ。答えを持ち寄りアドリブはいっさい無しで、全部演出、その基は作家とメンバーが創り、それを割りふった。それでもいい。あの番組に基本はウィットにあったので、こんなときはこういうことを言おう、というWIT(ウィット)、それを許すユーモアにナンセンスを加えた番組だった。
 諺のパロディにこんなのがあった。
「よしのずいより天井のぞく」にあらず「よしのずいから戦場のぞく—大森実」だとか、「老いては子に従い」は「老いても子に従わず—美空ひばりのおっかさん」、傑作に「弘法も筆のあやまり」が何と「暴行も筆のあやまり」

 とても、今のあの番組では登場しそうにない内容。

 当初、談志が考えていた「笑点」が、間違いなく大人向けの番組だったことが分かる。

 そういう大人向けのウィットやブラックを含むユーモアについて番組関係者との意見が合わなくなり、談志は司会を降りた。

 談志、前田武彦、そして三波伸介が司会を務めていた時期は、司会者の技量、そして小円遊、小痴楽(のちの梅橋)などの持ち味などで、楽しませてくれた。

 私があの番組を観なくなったのは、先代円楽が司会の時代、昭和50年代の半ばからかと思う。
 まず、二十代半ばの独身男は、日曜の夕方五時に、アパートの自室にほとんどいなかった(^^)
 そして、たまに見ても、以前に比べてつまらなかった。
 この二つが主な理由だろう。
 
 歌丸が司会の最近の笑点を、テレビのチャンネルを切り替えている途中で短い時間眺めたことはあるが、チャンネルはとどまらない。やはり、つまらない。

 さて、ここからが、今回の本論(マクラが長い!)。

 きっと歌丸が司会降板のニュースで、「昔、小円遊ってのが出ていたなぁ」などと思い出されて、検索された少なくない方が、拙ブログにたどり着いたのだろうと察する。

 初めてアクセスしていただいた方も多いと思うので、あえて書かせていただきます。
 (なぜか、ここから「です、ます調」です)

 (1)大喜利は、あくまで余興であって、「落語」ではありません。
 (2)「落語」は、江戸時代からの歴史と伝統を持つ、日本固有の素晴らしい
   一人語りの“話芸”です。
 (3)その話芸「落語」を楽しみたいのであれば、「笑点」に出演している噺家
   より、もっと上手い、可笑しい、素晴らしい噺家さんが、たくさんいます。
 (4)落語を、ぜひ寄席や落語会で楽しんでください。
 (5)地域落語会なども探せば結構あちこちで開催されています。ぜひ、ご自宅
   近くでの落語会も探して、落語に接して、その魅力を味わってください。

 ここから、また調子が戻る。
 「笑点」出演者は、全国的な人気者になるので、その技量には関係なく、落語会の出演料も高くなる。
 しかし、その高座が、その木戸銭に見合うものかどうかは、他の噺家さんの高座を聴いてから、ご判断願いたい。
 テレビに出ている噺家さんは、全体のほんの一部。

 誤解なきように付け加えるが、私は、落語芸術協会会長としての桂歌丸という方は、偉いと思う。
 何度か記事に書いてきたが、同協会のホームページなども含め、若手協会員を応援する姿勢が明確だし、会長個人も若手に温かい声援を送っている。
 しかし、一人の噺家としての桂歌丸は、必ずしも傑出した存在だとは思っていない。
 他にも聴きたい噺家は、いくらでもいる。

 好みを押し付けることになるので、あえてお奨めの噺家などの名は、この記事では書かない。
 もし、ご関心があれば、ここ数年、年末に発表している、マイベスト十席をご覧のほどを。

 テレビの影響は大きく、寄席での観客動員力は、5月2日の末広亭昼の部に関しても書いた通り。

 歌丸人気、そして、笑点人気で、初めて寄席に行かれた方が、落語との接点がそれっきりで終わりではなく、ぜひ、それを縁に落語に接する機会を増やしていただければ、と思う。
 高座と客席が一体感の持てる寄席や落語会の一期一会を、一度でも多く経験されることを期待する。
 また、落語による笑いが、心身の健康につながるなら、そんな素晴らしいことはないだろう。
 落語好きなブロガーとして、あの番組をきっかけにご縁があった方に、以上のことを、ぜひお伝えしたかったのである。

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by kogotokoubei | 2016-05-16 21:50 | 幸兵衛の独り言 | Comments(8)
 振り返ると、意外に楽しい入院生活だったなぁ、と思う。

 それは、主治医の先生、看護師さん、食堂の方々など病院の皆さんのおかげだと思っているが、私も、病院で重要なキャスト“患者”として頑張ったと、自負している(偉そうに!)。

 今回の入院では、気持から病気にならないようにしよう、と肝に銘じていた。

 結果として、本当に運や縁に恵まれて術後の痛みもほとんどなく順調に退院できたのだが、自分自身としては、次のようなことに気を付けていた。

 入院における私の心がけであり、宗教じゃないが、入院中の我が「戒律」だ。

(1)できるだけ、パジャマ(寝る服装)でベッド、の時間をつくらない。
(2)とはいえ、疲れたら無理せず、普段着のままでもベッドに横になる
(3)食事、パソコンを含め食堂に行く時の服装はパジャマは厳禁とする
(4)許可が出たら、無理はしないが、できるだけリハビリとリフレッシュのため外出する
(5)食事は、しっかり食べる

 早い話が、服装なども含め、気の持ちようで、患者ではなく健常者側に自分をどんどん引っ張って行こうと思っていたのだ。

 結果として、この戒律を守ることができた。
 
 食事に関しては、朝・昼・晩、ご飯大盛りで最後まで通した。
 しかし、二十代、三十代と思しき男性患者は、入院数日たっても「ご飯少な目」なんてのばかり。

 もちろん、病気によっては、こんな戒律をあてはめることはできないものもあるだろう。

 しかし、日常においても、今の若い人は、ご飯を食べなさ過ぎに思えてしょうがない。
 太り過ぎはいけないが、たくさん食べて、たくさん体を動かすことが、健康の元だと思うがなぁ。
 杉浦日向子さんは、著書『杉浦日向子の江戸塾』の中で、次のように江戸時代のご飯を食べる量について、紹介している。
杉浦日向子の江戸塾
 一日五合が基準。二食のときは一食で二合半です。だからどこの家庭にも、二合半の升が必ずあった。一人前の分量ということで。それで、一人前じゃない人に対して「この一合野郎」という罵り言葉があったほどです。半人前以下ってことですね

 一日「五合」ですよ!
 八っあん、熊さんが、現代の若者の食事風景を見たら、間違いなく「この、一合野郎!」と言うことだろう。
 いや、一回の食事で、「一合」も食べないか。
 ということは「この、五勺(しゃく)野郎!」となり、半人前どころか、江戸っ子から見たら、「四半人前」なんてぇ新しい言葉が必要になりそうだ。

 紹介した言葉は宮部みゆきとの対談から抜粋したのだが、この本を中心にして六年前の杉浦さんの命日に記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2010年7月22日のブログ

 入院中に思ったことの、つづき。
 症状や考え方の違いもあるのは、百も承知二百も合点なのだが、同じような耳鼻咽喉関係の手術の方の大多数が、昼食時もパジャマ姿であったり、外出が可能な日数を経過しても、リハビリ外出に行かない人も少なくない。

 私は、朝起きたら、すぐ普段着に着替えていた。
 逆に、寝よう、と思うギリギリまではパジャマには着替えない。
 拙ブログをご覧いただいていた方は、私が食堂でブログを書いていた時間が短くないことは、お察しいただけると思う。
 結構、消灯ぎりぎりまで、ベッドに戻らなかったなぁ。

 だから、ほとんど痛みも消えていそうに見受けられるのに、パジャマやジャージなど寝る時の服装で終日過ごす人や、外出できるのに行こうとしない人たちは、私にとっては疑問だった。

 病は気から、という格言(?)は、入院前から常に頭で響いている言葉だった。

 落語などによる笑いは、実に免疫力を高める効果があることは、自らが患者として体感できた。

 そして、病院内で過ごす服装などを含め、精神的な面から健常者に近くあろうとする気持ちのあり方も、大事であると実感している。

 自分自身は、これらの戒律を守ることで、術後の快復度が高まったと思っている。

 退院診察の際に主治医から、いきなり健常者としてふるまうことには釘を刺された。
 それは、そうだ。退院=健康、ではないからね。
 実に話しやすい先生だし、質問には丁寧に答えてくれた。入院中に信頼度が大いに高まった。
 次回の外来診療で会うのが楽しみな先生である。
 まつやでの一杯に、誘いたいくらいだ。


 せっかくの私の体験である。
 もし、私のように鼻の中がポリープだらけになるなどの慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の方で、私が実際に受けた「内視鏡下副鼻腔手術(ESS)」の詳細などをお知りになりたい方は、管理者のみが見えるモードでのコメントでメールアドレスをお知らせいただければ、ご質問などにお応えしたい。

 かつては、もっと大変な外科手術で一か月の入院は必要だったのが、今日では内視鏡で行うことができ、十日ほどの入院で済むという事実は、同じ病でお悩みの方に、ぜひお知らせしたい情報である。

 「一歩」を踏み出すきっかけは、人さまざまだろう。
 私は、還暦を過ぎたこともあって長期の休暇が取りやすくなったことと、ここ数年、花粉症-今回の入院で初めて調べたら、スギ・ヒノキ・ダニ・ハウスダストにアレルギー-の時期の鼻づまりが半端じゃなく、ほとんど鼻から息が出来ない状況から脱したくなったことが大きな動機だった。

 鼻から息ができることの幸福感は、それが出来なかった人にしか味わえないものである。

 しかし、「目から鼻に抜ける」のは、手術では難しいので、ご勘弁を。


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by kogotokoubei | 2016-04-28 12:52 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
  
 先ほど無事退院した。

 その後、開店を待つ「まつや」の店先で、気さくなご夫婦にお会いした。
 
 ちなみに、最近の人は「まつや」と言うと、牛丼の「松屋」と間違うのである。

 さて、そのご夫婦から、私の荷物が多いので、「ご旅行ですか?」とお声をかけていただいたのである。

 私が退院したばかりであることを話すと、「それはおめでとうございます」とおっしゃっていただき、開店して、一番奥のテーブルでご一緒させていただいた。

 お店のベテランと思しき従業員の方を名前でお呼びになっていたから、相当の常連さんだろう。

 お二人は、両国にお住まいで、週に一度は自転車で夫婦で来られるらしい。

 まつやの蕎麦とつゆが一番合っている、とおっしゃる蕎麦通のご主人。
 
 ビール大瓶一本を仲良くお二人でお飲みになってから、もりをお一つづつの後、天丼一つを、これまた仲良く分けていらした。
 なんとも、いい雰囲気のご夫婦。

 私は・・・S先生は脅された(?)が、「もり」の前にビールの小瓶を、味噌を舐めながら、ゆっくりと美味しくいただいた。
 
 それにしても、なんとも素敵なご夫婦だったなぁ。

 せっかく神田にいるのだ。
 連雀亭の「きゃたぴら寄席」へ行くことにしており、始まるまで時間があるので、今は喫茶ショパンでお茶をしているところ。

 今では珍しくなった、ミルクがなかなか落ちない、本物(?)の濃厚なアイスコーヒーと半分のサンドイッチを食べながら、少しくつろいでいる。

 当初出演予定の小痴楽は出なくなったようだが、若々しい高座を楽しみたいものだ。

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by kogotokoubei | 2016-04-26 12:40 | 幸兵衛の独り言 | Comments(8)
 本日、主治医S先生の、退院のための診療を受け、経過は順調、予定通り明日退院、とのお墨付きをいただいた。

 この診療の最初には、血止めとともに副鼻腔に空間を作るために左右に2枚づつ入れてあったガーゼを取った。
 取る際には少し涙が出たが、とんでもない痛さというわけではない。

 その後で、明日退院OKをいただいた、のだが・・・・・・。

 退院=健常者、ではないことを痛感する会話が交わされた。

 途中で看護師も口をはさむが、S先生との会話を再現する。
 
S   「順調ですね。明日退院で問題なし」
私   「先生、退院後に綿球は、いらなくなりますか」
S   「たぶん、血が垂れてくることはないと思いますが、念のため渡しておきます」
私   「明日退院後のお昼は、まつやか藪の蕎麦と熱燗で自分で祝うつもりです」
S   「私の好みなら、まつやだね」
私   「私も、そうです。焼き味噌なんか、いいですよね。ヌキと洒落ようかな」
S   「ヌキもいいねぇ、高いけど。でもねぇ・・・お酒は控えましょう」
私   「えっ、だめですか?」
S   「あのねぇ、手術後にも話したけど、長年のポリープを除去するのに、結構、
    骨も削ったりしてるんだよ。今残っていたガーゼも取ったし、もし、酒のせいで、
    内部から出血したら、また入院することになるかもしれないよ」
私   「・・・・・・」
看護師「えぇ、以前にも出血で再入院された方がいます」
私   「・・・・・・では、運動はどうなんですか、毎週日曜にテニスをしていて、
    次の日曜、1日に行くつもりだったのですが」
S   「テニスねぇ、激しいスポーツだからね・・・次の日曜は控えましょう。
    そうだ、次の外来、都合がいいなら2日やりましょう。その時の状態をね、
    診てね、お酒のことや運動のことも相談しましょう」
私   「・・・あぁ、そうですか・・・分かりました。楽しみにしていましたが、
    明日の蕎麦屋での酒・・・控えるようにします」

 冒頭の会話で、“先生も蕎麦好きなんだなぁ”と喜んだのもつかの間、明日の当初の計画は無残にも打ち砕かれてしまった・・・・・・。
 加えて、次の日曜のテニスも断念。

 退院=健常者、ということではないということだ。
 
 病人-----------------←自分→----------------健常者

 このどこに自分が位置しているかは、きわめて流動的、ということだろう。

 退院したからといって、病人から健常者に、ジャンプアップできるわけもない、よなぁ。
 しかし、八泊九日の入院は、結構、退院した時点で健常者にきわめて近くなることを期待していた私としては、まつや&熱燗を、夢にまで見ていたのに・・・・・・。

 2日の外来の後にOKが出たら、S先生を蕎麦屋に誘おうか。

 夕食前、病院のすぐ目の前にある、淡路公園で春風にあたっていた。
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 高層ビルの中の、実に狭い公園でも、つつじを眺め風に当たれば、春を感じるねぇ。

 蕎麦屋で一杯できないのは残念だが、明日、無事退院できることを喜ぼう、と公園にいる間に思い直していた。

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by kogotokoubei | 2016-04-25 19:34 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 別に入院日記を書こうと思ったわけではないのだが、そんな雰囲気も出てきたので、ご期待(誰も期待してないってか!?)に応えて、少し。

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 ガラケーのピンボケ写真で恐縮だが、これが、お風呂の入り口にかかっている入浴時間記入ボード。
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 すでに書いたように、翌日手術の方が、18:30以降に入ることができる。

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 他の入院患者は、翌日手術の人がいなくても、午後一時から午後六時半までの入浴、ということになる。

 非日常的な入浴時間なのだが、朝風呂は、許されない。

 蛇の目の自動温度管理システムで、入ろうと思えばいつでも入れるのに、入浴時間は「規則」を守らなくてはならない。
 このあたりのことが、病院が監獄に、患者が囚人に近い存在である、ということだね。

 私は、病院という存在が、TPPなどの影響を受けて、今後は、次の左右の位置づけの中で、どんどん右に進まざるを得なくなるだろう、と思っている。

 【医は仁術】-----------------←病院→-----------------【医は算術】
 <怖い先生のいる病院>             <健康サービス産業の中核である病院>
 (過去の日本)                     (現代のアメリカ)

 とうの昔に、「医は仁術」という価値観はなくなり、この言葉も死語化しているように思う。
 しかし、本来の医者や医療に携わる人のあるべき姿は、赤ひげであり、ナイチンゲールであり、マザー・テレサであるべきだと、個人的には思っている。
 しかし、医者の威厳や品格が落ち、同時に人々の医者への尊敬の念も希薄になってきた。

 そして、人・モノ・カネで考えるならば、病院という環境が、できるだけ患者にとってQOL(Quality OF Life)を維持、向上させるものであるためには、医者や看護師さんたちによる人的なサービスや精神的な支えだけでは、足らなくなっているのも事実だろう。 

 医者、看護師さん、医療に携わる人々への負担を軽減させ、なおかつ、外来、入院を含む患者にとって、「ハコモノ」としての病院という環境のみならず、サービス提供の仕組みを日々改善するよう努めなければ、近い将来、「xxxホスピタル」という外資系の病院が、日本に増えることは必定だと思うし、優秀な医者などは、間違いなく引き抜かれる。

 仕組みとして、いわゆる、構造的に改善しなくてはならないことなのだが、私がガラケーで入浴時間記入ボードを撮っていたら、三日前に手術をした方がやってきて、「午前中に入れると、嬉しいんですがねぇ・・・・・・」と言って、部屋に戻って言った。
 まった同感だ。
 お風呂には、緊急時用のナースコール・ブザーだって付いている。
 
 今は、私も我慢しよう。
 しかし、もうちょっと先の未来。
 私が、鼻の調子がまた悪くなったとしよう。
 今回のように病院をネットで探すことになるだろう。
 もし、信頼できそうな実績のある医者もいるようであり、24時間入浴可能、食堂以外にもくつろげるカフェがあり、テレビなども最新の設備の整った外資系ホスピタルがあったなら、迷わずそっちを選びそうな気がしてならない。 


 最初のネタは、入浴時間のこと。
 「たかが、入浴時間・・・・・・」と、病院関係者が思っていたら、それは大間違い。
 患者を患者としてしか見ないようでは、取り返しのつかないことになりかねない、と私は思うなぁ。
 そこに、現在と将来の日本の病院の本質的な問題点、患者を「お客様」として考える視点などを読み取らなくてはならないのではなかろうか。

 安倍政権が、TPP締結でやろうとしていることは、間違いなく「医は算術」という考え方に基づいている。
 
 私は、今入院している病院を、最優先課題として、「信頼できる手術と術後のケア」を基準として選択した。
 その目的は、ほぼ達成している。

 しかし、人間という動物は我儘だ。
 あまり考慮していなかった「心地よい入院環境」、という次なる課題について、今は小言を書いている。
 それも、また大事なことと、患者として今は思うからである。

 さて、今日は、午前中にすでに一時間の外出許可をもらって、雨上がりの神田界隈を散歩し、カフェでお茶をしながら、昨日購入した本を読んでいた。
 これが、何とも楽しい本で・・・ということは、午後、あるいは夜の記事で、少しだけ書くつもりである。
 もうじき検温時間。
 さて、午後の外出は、どんな戦略と戦術(?)で計画しようか・・・・・・。
 

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by kogotokoubei | 2016-04-24 13:53 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 昨日は、30分の外出を許され、午前中に病院近くのカフェでお茶をし、コンビニで買い物をした。

 今日は、3時から一時間の外出を許してもらえたので、楽しみでならない。

 今は、2時の検温前の5階食堂。

 できるものなら、7階にある病室のベッドには、いたくない。
 なぜか、ということを少しでもご理解いただきたく、ガラケーのピンボケ写真で恐縮だが、掲載したい。

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 これが、七階にある、私を含む六人部屋の様子。
 右に3、左に3づつベッドが並び、カーテンで仕切られている。
 この階には他にも、四人部屋、二人部屋、個室がある。

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 これが、病室の奥の窓から見える風景。鉄格子のかかった、監獄のような窓・・・・・・。

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 そして、これが、私のベッドの頭の方にある、ナースコールのボタンなど。
 とにかく、狭い。
 ベッド以外に、壁には狭いクローゼット。椅子が一つ置いてあって、持ってきたバッグを空きスペースに置くと、足の踏み場がほとんどなくなる。
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 そして、こちらが、まさに今、この記事を書いている5階の食堂の様子。

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 こちらは、食堂のベランダから見た、外の風景。
 高層ビルばかりではあるが、七階でベッドに寝ているよりは、格段と解放感のある光景である。

 別に、閉所恐怖症ではないが、狭い空間に長いこといるのは、精神衛生上良いはずがない。

 ついつい、食堂に避難(?)する所以、お分かりいただけただろうか。

 これは、個室なら状況は変わるかもしれないが、四人部屋、二人部屋あたりまでは、基本的に変わらないだろうと思う。

 別に、この病院特有のことではなかろう。
 入院患者は、規則正しい生活を強いられる。それは、「正常」ではない健康状態を、快復させるための措置なのだ。そして、手術などの後は、睡眠がもっとも重要な回復への要素となる。
 だから、その環境が無駄に快適であることを、病院に求めてはならないのだと思う。

 しかし、問題は、「不健康」(「異常」)と「健康」(「正常」)のはざまにある場合なのである。
 適宜、ベッドで休息をとることは重要である。
 しかし、今の私のように、そろそろ日常生活へのリハビリモードに入るべき段階においてまで、不必要な時間をパジャマでベッドで過ごすのは、「健康」状態への復帰を遅らせるばかりだと、私は思っている。

 だから、いろいろと看護師さんにも要求をするのだが、なかなか敵(?)もさる者、なのだ。
 
 たとえば、昼食後に入浴時間をお風呂の前のホワイトボードに記入するのだが、夜7時以降の入浴は、翌日手術を受ける人が優先。
 しかし、明日は日曜で手術がない。よって、該当者はいないのだ。
 だから、さきほど、看護師さんに、「今夜は遅く入浴してもいいのでは?」と聞いたのである。
 しかし、その答えは、その時間帯の入浴は「規則」であり、「遅番」の看護師さんの負担が増えるので、と退けられた。
 術後の入院患者は、昼12時から夜7時までに入浴するという、「原則」を守らねばならないのである。

 分からないではないけれど、それって、入院患者のQOL(Quality Of Life)という観点から考え、適切なのか、私には疑問だ。

 ただし、看護師さんの仕事の大変さ、ハードさを今回の入院で実際に認識している身としては、それ以上、特定の看護師さんを追求することはしなかった。彼女の責任では、ないのだから。
 
 さて、そろそろ、その看護師さんが検温に来る時間だ。
 嫌なベッドに戻らねば。


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by kogotokoubei | 2016-04-23 13:50 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

 手術明けから三日が経った。

 差額など払いたくないし、寝るだけと思っているので六人の大部屋にいる。
 耳鼻咽喉科の専門病院で、私のような鼻の病気に限らず、扁桃腺の手術をした方も同室にいらっしゃる。
 昨日私と同じ副鼻腔手術をされた方もいるのだが、術後の状況は辛そうだ。
 看護師さんとのやりとりから、実に生真面目な五十代の会社員と想像している。

 また、昨日、副鼻腔と併せて鼻中隔の矯正手術をした二十代の若者の術後の辛さは、見るに忍びない状況が続いている。
 病院のサイトでは、鼻中隔の矯正のみなら約30分の手術と紹介している。
神尾記念病院サイトの該当ページ
 彼の手術所要時間自体は、私より短く1時間半だったようだが、鼻の骨を削るのだから、きついよね。
 関西からお見舞いにご両親が来られていて、一昨日-彼の手術前日で私の手術翌日-食堂でお会いし、「麻酔から醒めたら無事終わっていますよ」と、私は励ましていたのであるが・・・・・・。

 扁桃腺の手術の方が二人、鼻中隔の手術の方がもう一人、という病室の構成。

 自慢でもなんでもないが、私がもっとも術後の経過が良いと思う。

 手術の当日から、看護師さんが「痛み止めは、いりませんか」と聞くのだが、痛くないのだから、決まった以上のクスリはもらっていない。

 もちろん、病気にもよるし、その症状もそれぞれ、手術の内容によっても違うことなのだが、私自身は、今回の入院で落語による笑いの効能を再認識した。

 手術前夜も寝る時に携帯音楽プレーヤーで聴いていたし、手術の夜も、聴いていた。
 早い話が、毎晩聴いている。
 22時に消灯されても、すぐ眠れるはずもない。
 また、同じ部屋の他のベッドからは、さまざまな声や音が聞こえてくる。
 辛い声は、聞く側も・・・辛くなる。

 だから、落語を聴くに限る。日中、少し横になる時も、聴いている。
 聴きながら眠くなり、イヤホンをはずして、すぐ眠れる。麻酔より効くのではないか(^^)

 入院してから聴いた落語を、ランダムにあげてみよう。
   枝雀『口入屋』『替り目』『軒づけ』
   米朝『京の茶漬け』『稲荷俥』
   古今亭志ん生『風呂敷』『火焔太鼓』
   三代目春団治『お玉牛』『寄合酒』
   春風亭柳枝『四段目』『花色木綿』『喜撰小僧』
   春風亭一之輔『代脈』『雛鍔』
   春風亭勢朝『荒茶』
   柳家権太楼『人形買い』

 こう並べてみると、ポッドキャスト系の音源が多い。
 時間的にも手ごろだし、マクラも結構楽しいものが多い。
 今思えば、ニフティのぽっどきゃすてぃんぐ落語や、フジポッドの、懐かしの塚ちゃんのお台場寄席には、大変にお世話になった。

 また、現役の噺家さんの音源は、途中で寝ちゃってもいいや、と軽い気持ちで聴ける。 
 好対照なのは、志ん朝。
 聴きながら寝れないように思うので、もう少し先にと思っている。
 そうか、大須のマクラだけ、という手もあるか。

 笑いが免疫力を向上させる、といったことについては、日本やアメリカで学会もでき、「笑い療法士」という資格まであるそうな。
「一般社団法人 癒しの環境研究会」サイトの該当ページ
 この「一般社団法人 癒しの環境研究会」サイトから、「笑い療法士」に関する記述を引用する。
笑い療法士の誕生と今後についてのメッセージ

 社)癒しの環境研究会(理事長=高柳和江)では、『笑い療法士』の認定を2005年10月23日に行い、第1回の認定者として49人を3級に認定しました。2015年に認定した11期生までで、およそ785名が全国各地で実践を重ねています。

 この笑い療法士とは、笑いをもって自己治癒力を高めることをサポートする人のことです。笑いは、人が幸せに生きることを支え、また病気の予防にもつながっていきます。そうした笑いをひきだすのが「笑い療法士」です。

 笑い療法士は癒しの環境の理念から生まれました。 そこにいるだけでほっとして元気になる。これが癒しの環境の基本です。落ち着いた環境でその人らしい生き方を取り戻せば、ふつふつと自分の力が湧いてくるのです。患者さんがどんなに落ち込んでも、自己治癒力が高まるこうした環境を提供していきたい。この理念から、笑いによって自己治癒力を高める笑い療法士の活動が始まったのです。

 患者さんやストレスをたくさん抱えている人は、笑おうと思ってもなかなか笑えません。その人といると、いつの間にか笑っている。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと。心温まる笑いを引き出すのが笑い療法士です。特別な療法があるわけではなく、笑い療法士のメソッドは、各自が相手と心の交流をするなかで模索していくものと考えています。ここで重要なことは、単に援助の手をさしのべることではなく、その人自身の生きる力を引き出すことです。

 その人といると、いつのまにか笑っている――。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと。そのような人を、社会にどんどん送り出していきたいと考えます。

 そして、もっとも大切なことは、笑い療法士がそれぞれに地道な活動を長く続けること、質を高めることです。私たちは、この課題に全員が一致して取り組みたいと思います。

癒しの環境研究会理事長 高柳和江

「笑い療法士」認定評価委員会
委員長:山崎陽子(童話作家・ミュージカル脚本家)
委 員:田辺 功(ココノッツ・元朝日新聞編集委員)
委 員:土井章弘(一般財団法人 操風会 岡山旭東病院・院長)
委 員:阪口周二(JA尾道総合病院 精神科医)
委 員:高柳和江(癒しの環境研究会・理事長)


 熊本、大分での大地震災害後、お笑い系のテレビ番組を自粛すべきかどうか、巷では、私にとってどうでもいい議論(つぶやき合いか?)があるようだが、問題は、その内容であり、質である。

 上記に、“患者さんやストレスをたくさん抱えている人は、笑おうと思ってもなかなか笑えません。その人といると、いつの間にか笑っている。笑い療法士とは、笑いの感染力が強い人のこと”と書かれているが、今必要な芸人やタレントは、まさに「笑い療法士」のような人なのだろう。
 その番組を観ることで、ストレスを抱えた震災の被害者の方が、「自然と笑える」強い「笑いの感染力」を持った番組であり、人であるか、ということが重要であるということだ。
 しかし、そう考えると、現在のテレビ界に、該当する番組は、正直見当たらないかもしれない。
 「笑ってやるぞ」と待ち受けている人に対しても、必ずしも笑いを提供できない人や内容なのに、そんな状況にない人に、いったい何を提供できるのか。

 いわゆるバラエティの笑いと、落語の笑いは違う。
 落語には、話芸としての味わいがあり、そこに人に共通して「伝わる力」、そう、「感染力」があると思う。

 もちろん、「笑い療法士」さんの役割と、落語家のそれとは違うだろうが、根っこの部分はつながっていそうな気がする。

 被災地の状況が落ち着いたら、出前の落語会や、落語のCDなどによる「笑いの感染力」で、「自然」な笑いを被災者の皆さんに取り戻して欲しいと、現在は「患者」の側の私は思うばかり。
 
 さて、今夜は誰の何を聴こうかなぁ。

 残念ながら、旧暦3月16日の満月、今年地球からもっとも遠くにあって小さく見える満月「ミニマムーン」は、雲に隠れているようだ。
 以前は「マイクロムーン」と言っていたはず。逆に、もっとも地球に接近した大きな満月は「スーパームーン」。
 ミニマムとムーンを合成して「ム」を一つ減らしたわけだね。
 「無」を減らすことはできない。
 「夢」は減らしてはいけない」。
 将来の見通しを邪魔する「霧」は、ぜひ減らしたいね!

 さあ、看護師さんが検温にやってくる前にベッドに戻らねば。

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by kogotokoubei | 2016-04-22 19:46 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛