噺の話

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カテゴリ:幸兵衛の独り言( 247 )

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写真はNHKのホームページにある、“夏の「戦争と平和」関連番組”の同番組紹介ページからの借用。
NHKのHP内 “夏の「戦争と平和」関連番組”
この時期に戦争にまつわる番組が多くなるのは、それはそれで悪くないとは思うが、毎年似たような番組ばかりで閉口することもある。
しかし、8月11日のNHK(総合)のこの番組は、寄席・演芸の“お笑い”の切り口から、あの愚かな、そして二度と繰り返してはいけない戦争をテーマにした好企画だった。
この番組を見ながら、「わらわし隊」を含め、戦中・戦後のことを落語を中心に芸能分野から振り返った名著、小島貞二さんの『こんな落語家(はなしか)がいた-戦中・戦後の演芸視-』(うなぎ書房)を思い出した。
小島貞二 『こんな落語家(はなしか)がいた-戦中・戦後の演芸視-』
この本は2003年8月発行だが、6月に84歳で亡くなった小島さんの遺著となった。まさに「語り残したい」という思いの溢れた本である。番組と関連する部分を引用したい。

 戦時中、日本軍は“皇軍”と呼ばれた。
外地にいるその皇軍のため内地から駆り出された「演芸慰問団」の数は大変なものだった。芸能人と呼ばれる人で行かなかった人はいないといわれたほどに、みんな出かけている。
 因みに昭和十三年四月から十六年八月にかけて外地に行った慰問団の資料がある。
 陸軍恤兵部派遣が満州に21団、166人、970日。北支に38団、435人、1594日。中支に43団、382人、2182日。南支に20団、197人、1160日。計122団、1180人、のべ5906日。
 このほか各府県派遣が満州に45団、405人、2525日。北支に72団、647人、3026日、中支に66団、609人、2831日。南支に54団、422人、2010日。計237団、2083人、のべ10392日。
 おどろくべき数字といえる。


 あの戦争が日中戦争からの一連のものであり、慰問団もそういった時期に合わせて行動していることがわかる。しかし、「おどろくべき数字」という表現を超える、なんともすごい数の慰問があったものだ。
 さて、この本から“わらわし隊”のことも少し引用。

 昭和十三年に朝日新聞と吉本がタイアップして「わらわし隊」という慰問団を結成した。当時、陸軍の飛行隊は「陸の荒鷲隊」、海軍は「海の荒鷲隊」と呼ばれ、時代の花形であった。それを「笑鷲隊」とモジったネーミングで洒落ていた。命名は吉本の長沖一(漫才作家)と伝わる。


 NHKの番組では、この慰問団のこと、そして慰問団「わらわし隊」のスーパースターであったミス・ワカナのことを、生き残られた数少ない当時の兵士の方々への取材で振り返るとともに、芸能人からは、今年で83歳になる喜味こいしさん、そして共に今年90歳になる森光子さん、玉川スミさんが当時の回想を貴重な映像として残してくれた。
 喜味こいしさんは当時を振り返り、有無を言わせず慰問団に順番に派遣されていく先輩達の顔を見ると、「これが最後か・・・・・・」という万感の思いだった、と語る。
 玉川スミさんが、いまだに艶やかな舞台を勤めた後で、たぶん滅多に口にされないはずの、残酷な戦争という名の殺人シーンを回顧された言葉は、胸に重く突き刺さる。
 そして、ミス・ワカナに可愛がってもらい、舞台『おもろい女』でワカナを演じた森光子さん。正直な感想として、この番組を見ながら、「森さんの遺言か・・・・・・」という思いが募った。彼女が語る戦争体験とワカナへの思慕、結果として伝わる強烈な反戦の主張。演技ではない、人間“森光子”として語り残したいことを振り絞っている、という印象を強く受けた。

 ミス・ワカナは、番組でも紹介されていたが「ヒロポン中毒」で若くして世を去っている。再び、小島貞二さんの本から引用。

 「ヒロポン」というのも、戦中戦後の芸能界をゆさぶった。
 上方漫才の生き字引だった吉田留三郎さん(演芸評論家)にきいたところによると、初見は昭和十六、十七年ごろ。所は松島の八千代座。初代のミス・ワカナ(玉松一郎とコンビ)が、強行軍の巡業を終えて、グロッキーの状態で楽屋入りしたものの、とても高座はつとまりそうもない。支配人は医者よ薬よと大あわて。
 と、そこへ現れたのが陸軍の軍医大尉。ちょうど休暇の帰省中で、支配人の顔見知りだったらしい。一発ブスっと射ったところ、ワカナは生気はつらつ、体の疲れも頭のモヤモヤも吹っ飛んで、元気に高座をつとめた。
「この薬は眠気さましにもきくが、一刻を争う戦争に対し、一時的にエネルギーを集中出来る」という軍医の説明をきき、「兵隊の薬」は大したもんだと、吉田さんは驚いたという。どうやらこれが芸能界における「ヒロポン事始め」らしい。
 結局、ワカナは戦後間もなくの昭和二十一年十月十四日、三十六歳の若さで亡くなったがはっきりとヒロポン中毒であった。天才といえる稀有の才能の持ち主だっただけに惜しまれた。


 ワカナも、数多くの悲惨な現場を見たことだろう。たしかにヒロポンは、当時超売れっ子の彼女が激増する仕事をこなすための「魔法の薬」だったかもしれない。しかし、中毒になった場合の危険性を、ワカナがまったく知らなかったとは思えない。邪推であるが、私には、ワカナはヒロポンを服用することによる自殺であったのではないだろうか、と思うのだ。なぜなら、彼女が戦地で笑わせてきた兵士の多くが、ワカナの漫才で最後に腹を抱えて笑ったことを思い出として、死の戦場に戻って行ったのである。

 小島貞二さんも森光子さんや玉川スミさんとほぼ同年齢だったが、小島さん自身は終戦(敗戦)を南方の島で迎えている。思い出とともに、芸能に携わった一人としての反戦への思いをこの本に残したかったに違いない。

 森光子さん、玉川スミさん、そして喜味こいしさんには、まだまだあの戦争のことを語り残していただきたい。「敗戦」を「終戦」に言い換える誤魔化しに加え、時の流れは確実に「この前の戦争」を風化させていくのだから。
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by kogotokoubei | 2010-08-11 20:15 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
今日の昼食は、会社の近くのショッピング・ビルにあるトンカツ屋さん。
チェーン展開している大手企業と言えるのだろう。たまに食べたくなるんだなぁ、トンカツって。
週に一回は行っていると思う。だから、従業員の皆さんは、きっと私の顔を知っている、はず。
頼んだセットが来て、ここからがいつもストレスがたまる。
「御飯、味噌汁、キャベツのお替りはサービス、ソースはこの皿をお使いください、ドレッシングは・・・・・・」と一連のマニュアル通りの内容を言い始めたので、「御飯、味噌汁」あたりで口をはさんで遮った。
「仕組みは知っていますので!」一瞬、険悪なムードが漂う。
当の店員さん、間違いなく私が一見の客ではないことは知っている。
しかし、「規則だから」「マニュアルにあるから」と、責務を果たすために定番の口上をするのであろうことも、百も承知、二百も合点。ご本人に非はない。このお店、当たり前だが日本のチェーン店である。

ハンバーガー屋の小咄でこんなのがある。
お客「コーヒー10杯とチーズバーガー10個、お願い」
店員「店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか」

あのなぁ、一人で食べるか、そんなに!
きっと会社の仲間から頼まれて買出しにでもに来たんだろう。

外資系外食チェーンで、十代のアルバイトだったらマニュアル通りでもしょうがないとも思えるが、日本のトンカツ屋さんの店員さん(パートさんだろうなぁ)は、酸いも甘いも知り尽くしていようと思われる(?)年齢の日本女性。
もっと臨機応変な対応ができないものか、あるいは店長やチェーン店の経営者がそういった配慮や指導をすべきではなかろうか。

海外にだって有名な「ノードストローム」というデパートがあるではないか。
シアトルに本部があり、「ノー」と言わない店、社員個人に大きな裁量を与える店として、数多くの伝説を残している経営的にも優良企業だ。

伝説-その1-
お客がセール商品を気に入ったのだが、合うサイズが在庫になかったため、従業員がライバル店で買ってきてそのお客にセール価格で販売した。

伝説-その2-
航空券を店に忘れたお客がいたので、従業員がタクシーで空港まで行ってそのお客を見つけ忘れ物の航空券を渡した。

伝説-その3-
アラスカのノードストロームでは扱ってない商品である「タイヤ」を、買った店を勘違いして返品しに来たお客に、レシートもないのに、その場で返金に応じた。

その3は、ちょっと首を傾げざるを得ない内容だが、いずれにしても「マニュアル」で行動を規定されたお店ではあり得ないサービスである。こういう店は、客が離れない。だから、経営内容も良い、という好循環になるわけだ。いわゆる「フォーチュン500」に入る企業。

こういう店がアメリカにだってあるのに、和食チェーンでは外資系ハンバーガー屋と基本的には同様の思考で、従業員の「顔」の見えないサービスをさせている。

日本の外食チェーン店経営者の苦労も分からないではない。マニュアルという便利な道具があれば、パートさんの力量によるサービスの差は出にくいだろう。しかし、外国人のパートではないのだから、もっと「日本」「和」「美」「個」「ソフト」あるいは「やさしさ」といったキーワードでサービスを考えて欲しいものだ。もちろん、従業員を一人前に扱った上での指導も含めて。
「日本的」という言葉は、海外では「クール」なもの、いかしたもの、という認識をされているのに、日本のサービス業はまったく「クール」じゃないわけだ。

今日は、結構待たされていて急いで食べなければならない状況でもあったので、ついつい大人気ない態度をしてしまったことは反省。しかし、いつも感じていたんだよ、紋きり型のサービスは客の心に届かないよって!
バスの運転手の、「バスの中では携帯電話の電源はお切りください」という虚しいアナウンスや、電車の車内放送で、「優先席近くでは携帯電話の電源をお切りください」と言っている時、その優先席に五体満足な若者が座って携帯で通話してたり、ゲームをしている不思議。
「こんなことをしている国のどこがクールなんだ、頭にクール」、というなんとも情けない地口でサゲ。
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by kogotokoubei | 2010-06-03 16:38 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
素人芸能人で落語を演じる人が出演する落語会について、率直な気持を書く。
 俳優の風間杜夫や月亭方正(山崎邦正)が出演する“有料”の落語会がある。共演者の“プロ”の落語家の名前で検索しスケジュールも都合がよくて一瞬チケット購入への食指が動くが、その横に彼ら素人芸能人落語家の名前が並んでいるので、「げっ!」となり断念する。
 WOWOWで三三や遊雀といった落語家がお笑い芸能人に落語の稽古をつける企画があったが、これは稽古のプロセスが中心の番組なので、楽しめないこともない。
 しかし、上述したお二人は、落語会への出演である。たしかに、風間杜夫は器用だし、『火焔太鼓』は“素人ばなれ”しているとは思う。しかし、“玄人”ではない。山崎邦正という人は、おおかたのイメージと違って頭も良く多彩な人のようだし、聞いたことはないが落語も素人としては上手いのだろう。でも、あくまで素人の余興なのだ。
 私はこういった会に行こうと思わない。そして、共演する好みの落語家には、素人と付き合うそんな閑があったらまともな落語会や独演会にその貴重な時間を使って欲しいと思う。共演者には結構多忙な顔ぶれが並んでいるのだ。

 「落語がそれだけ普及した証拠だから、いいじゃないか?」「彼らの落語を楽しみたいという客だっているだろう」という声もあろう。
 しかし、落語ファンの大半は、当たり前だがプロの芸を楽しみたいのだ。素人が落語を披露するなら、仲間内で無料か、もし有料の会場を借りて演じるならその費用支援のカンパ程度でお願いしたい。
 「落語映画だって落語素人の俳優さんが出演しているじゃないか」と指摘する人もいるかもしれないが、映画は落語会ではない。俳優は落語家のみならず、いろんな人物になりきって演じるのはあたりまえのことである。
 「落語は一人芸だからいいじゃないか」という抗議もあるだろう。違うのだ。独演会ではなく落語会となって複数の出演者が登場するイベントは、プログラムそのものが素人出演者を意識した構成にならざるを得ない。だから、プロだけの落語会とは自ずと違った“空気”、ちがった“演出”になるし、座談会などが組まれれば間違いなく素人さんが中心になる。
 
 私自身が気のあった仲間と行く旅行で、夕食後の余興に下手な落語を酒の勢いで演じるので、よく分かる。仲間うちだからいいんだよ。とてもとてもプロの落語の世界は奥が深い。あまり“図に乗る”のは野暮ってもんでさぁ。素人芝居だって、全員素人だったら結構。落語も全員素人の会なら、それはそれで楽しめる。先日、岐阜で2月に行われた“落語のインカレ”とでもいうべき安楽庵策伝大賞をBSで見たが、なかなか面白かった。しかし、彼ら彼女たちが精一杯奮闘する姿にスポーツにも似た見どころがあるのであって、今後プロの道に入って大成しそうな素材は何人かいるにしても、芸はやはり“おちけん”のそれなのである。

 素人芸能人落語家の方々、プロと一緒に落語を演じるその「勇気」は認めましょう。しかし、度が過ぎた「稚気」を私は認めない。どうぞ、仲間内で酒の肴におやんなさい。
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by kogotokoubei | 2010-03-30 11:59 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
堀井憲一郎さんの『落語論』で、噺家さんの“声”に関する考察があったのを、昨日や今朝の通勤のバスの中や、今日昼食のために出かけたとんかつ屋さんで思い出した。二日間で、違った年齢層の「ボリューム故障症候群」(Volume Failure Syndrome、略してVFSと名付ける)の方に出会ってしまった。要するに、周囲の状況や語っている相手の距離などに無関係に、むやみに声が大きい病のこと。どうも、世の中にはご自分の声の「ボリューム」が壊れている人がいるらしい。

(1)やや高齢者の女性
 まず、昨日の帰宅のため最寄駅に向かうバスの中。途中のバス停から乗った、60歳台後半と思しき女性二名。ご近所のお知り合いが、たまたまバス停で一緒になったらしい。このお二人、同じ健康食品関係の会に参加しているようで、共通の知り合いの話題になった。それが、どちらかと言うと“悪口”である。お二人のうちのうち一人、仮にAさんとする、が「VFS」である。知り合いの方の実名を堂々と公表しながら「○○さんはズルイ」などと、バスの乗客全員が聞こえる大きな声で、終点までしゃべりまくっていた。もう一人の御婆さん、Bさんとする、はごく普通の声の大きさで、かつノーマルなマナー感覚をお持ちのようなので、Aさんがしゃべり出すたびにBさんは、少し周囲を気にするそぶりを見せる。しかし、注意をするわけではない。Bさんのその時の心境は「早く終点について、Aさんから逃げたい!」ということだったと察する。もしバスの中に「○○さん」の親戚や近所の方が乗っていたら、どう思っただろうか。ともかく、Aさんの「独演会」には、バス中が閉口した。

(2)女子高校生
 今朝会社へ向かうバスでの話。会社に行く途中に、この周辺では進学校として一応名前の通った公立高校がある。夏休みのクラブ活動に行くらしい女子高校生が三人、駅で待ち合わせでもしたのであろう、バスに乗った。この三人のうちの一人が「VFS」だった。好きな同級生の男の子の話題あたりは、まあそう害のないネタでもあったが、家族の秘密めいたエピソードというか、いわば身内の恥までを、ほとんどのバスの乗客が、いやでも知ることになった。女子高校生には、この患者が実は多い。理由はわからない。

(3)子供
 今日の昼休みは、買い物(と言っても、100円ショップだが)する都合もあり会社の近くのショッピングセンターの中にある、とある“とんかつ屋”に行った、いわゆるチェーン店である。蜆の味噌汁のお替りができる。これ以上は明かさない。父親も夏休みをとったのだろう、両親と小学校低学年と思しき女の子、そして4~5歳と察する男の子の四人家族が、私が坐ったテーブルの隣に来た。私が店に入ったのが12:15位。この家族が来たのは12:30位。私はすでに定食を出されており食べ始めていた。さて、この家族の女の子が若いVFS患者である。目の前に母親がいるのに、とんでもない大きな声で、どんな些細なことでも「お母さ~ん!」と叫ぶような声を出す。相手は目の前だよ。顔と顔の間隔50センチという状況で、周囲の客の全員が振り向きかねない声を出す。やや、グズッテいたこともあるが、まるで志ん生の『風呂敷』でのギャグ、「船見送るような声を出すんじゃないよ!」なのだ。しかし、父親はビールを飲みだして少しいい気分、母親もまったく注意などしない。

聞こえるか聞こえないかという小さな声の人も困るが、周囲への迷惑度合いでいけば、間違いなく「VFS」の人たちのほうが厄介だ。落語会や寄席で、周囲と遊離した“間”と大きな声で笑うお客さんがたまにいるが、まだその人たちは、同じ場と空間を共有する落語好きの同好の士として、なんとか我慢できないことはない。しかし、まったく見ず知らずなのに、他人の実名入り悪口の独演会をする御婆さん、自分の家族の恥を堂々を曝す女子高生、顔を見合わせていながら“船を見送る”小学生には困ったものだ。あ!全員、女性だ。「VFS」は、女性だけの病ではないと思うが、昨日と今日はこの病の男性には出会わなかったなぁ。しかし、女性に多いような気もする・・・・・・。待て待て、「口は災いの元」!「VFS」ウォッチャーになりたくはないのだが、この件、今後男性を見かけたら報告します。

さて、この病はどうすれば治るのかというと、ともかく自分が「病気」だと気づくことが先だと思う。しかし、自覚していないからこうなっているのだから、他人が注意しないと分からないかもしれない。とは言っても、家族、学校の先生、クラブ活動の仲間も注意しにくいのだろうなぁ。周囲の人間も「VFS」として認識していないかもしれないし。また、小言幸兵衛が嫌われ者になって注意する日が近いうちに来るのだろう、とイヤ~な気分でのエンディングになっってしまった。でも、ホント迷惑なんだよ、あなた達!
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by kogotokoubei | 2009-07-31 17:48 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
7月10日は、六代目尾上菊五郎の祥月命日だった。明治18(1885)年8月26日生まれ、 昭和24(1949)年の7月10日に亡くなった。大正から昭和にかけて活躍した歌舞伎役者であり、屋号はもちろん、音羽屋。歌舞伎界で単に「六代目」と言うと、通常はこの六代目尾上菊五郎のことを指すらしい。初代中村吉右衛門とともに、いわゆる「菊吉(きくきち)時代」の全盛期を築いた人。ちなみに、初代中村吉右衛門は明治19(1886)年3月24日生まれで六代目より一つ年下、亡くなったのは昭和29(1954)年9月5日である。屋号は播磨屋だが、「大播磨」の掛け声で知られたらしい。

古今亭志ん生(五代目、明治23年生まれ)は、この二人に贔屓にされており、酒席などにも数多く誘われていたようだ。『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)によると次のような記述がある。少し長いが六代目との初対面の思い出が書かれた、なかなか心温まる話なので引用する。
古今亭志ん生_なめくじ艦隊
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 音羽屋(六代目菊五郎)とも、あたしはしたしくしていました。あるときあたしに
一席きかしてくれというんです。はじめあたしは、音羽屋という人は傲慢で、ぶっ
きらぼうで何だかつきあいにくい人だときいていたから、行くのがあんまり気が
すすまなかった。
 とにかく、あたしだって、音羽屋になにかしてもらわねば食っていけないという
訳じゃない。もしも気にくわんことがあったら、サッサと帰ってきちゃおうとハラを
きめて、築地のやしきへ出かけていったんです。
 するとそこに、さきごろ亡くなった三升がいて、音羽屋を火鉢をかこんで何か
話をしている。あたしがその部屋へスーッと入っていくてえと、
 「いくつになったい?」
 音羽屋はぶっつけにこう言った。その調子ったらないんです。たいていの人
だったら、おたがいに一礼して、それから初対面のあいさつをして、年配だから
「あなたはいくつになられました」とくるのが常識でしょう。それなのに座敷に入っ
て行ってあたしが、坐るかすわらないうちにこうきくんですよ。文字にしてしまっ
たんじゃわかんないでしょうけれど、その発音間合がとてもうまくて、なんとも
いえぬ親しみがある。で、あたしがそれに答えると、
 「そうかい。いつのまにかお互いに年をとったね、ハハハハ・・・・・・」
 といった調子なんです。あたしはそれがスッカリ気にいっちまいましてね。
そのぶっきらぼうなことばの中にこもっているあたたかい親しみぶかい気持が、
あたしの心をスーッとほぐしてくれたんです。あたしはうれしくなりましてね。
 「おらァ、なんだよ、おめえの師匠とは、すいぶんいろんなことがあったよ」
 といった話っぷり、まるで肩をたたいて話しあっているようで、まったく十年も
つきあった友達に出くわしたような気持になったんですよ。
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話し言葉そのままのような楽しい文章を読んでいると、まるで二人が旧知の仲のように軽口をたたいているその初対面の光景が現れてくるようだ。

さて、六代目で思い出すのは、「菊吉爺(きくきち じじい)」という言葉である。その前の時代なら「團菊爺(だんぎく じじい)」である。
歌舞伎好きの中で用いられる俗語が一般化した言葉である。九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が最高の歌舞伎役者であって、他の若い役者を認めない頑固爺が「團菊爺」であり、その対象が六代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門になると「菊吉爺」となる。
“菊吉爺”は言う。
 「六代目に比べりゃあ、今の役者なんて・・・」
 「初代吉右衛門を知らないって、それじゃあ話にならん」

自分が同時代でその至芸を経験した名人・達人を、ノスタルジーもあるのだろう、過大に賛美するあまり、ついつい若者に憎まれ口をたたく爺(あるいは婆!?)は、間違いなく後輩世代から煙たがれる。しかし、この「爺」たちはどんな世界にでもいた。もちろん、落語の世界でもである。
たとえば、小島貞二さんが「四代目橘家圓喬爺」だったのは有名。先日取り上げた『祇園会』も、圓喬が最高だった、と小島さんは書いている。志ん生や文楽なら小島さんの噺を聞いても実際に圓喬の芸に接し尊敬していたから納得できたのだろうが、圓喬の生の落語に接することができなかったそれより若い世代は、小島さんの話を聞いて、さぞやストレスがたまっただろうと思う。

しかし、「菊吉爺」達は、ある意味で伝統芸能の歴史に関する「口承者」であると思うし、その芸の詳細に渡って語ることができる場合は、「口伝」の役割さえ担っているように思うのだ。
もちろん、今や昭和や平成の名人上手の芸はCDやDVDで再現することはできる。しかし、ある特定の「一期一会」に居合わせた人にしか語れないことは間違いなくある。特に、「落語の神」が舞い降りたと思われるような至芸の場に出会った場合など、その時の「背筋がぞっとする」感覚などは、同じ時間と空間を共有した者しか語れないことである。

もう数年すると、「談志爺」とか「志ん朝爺」、あるいは「談朝爺(?)」が登場するのだろう。
私は残念ながら全盛期の二人の“生の芸”にほとんど接していない。もっぱらCDの音源を楽しむばかりなので、「志ん朝爺」と言う資格はない。もし15年後、20年後になれるとしたら、「さん喬爺」とか「鯉昇爺」かな・・・・・・。そして、このブログを見ている私より若い落語ファンの方々も、これから先には次のように後輩の落語愛好家から言われるだろうか。「談春爺」「喬太郎爺」・・・・・・。
「xxx爺」のxxxに入るだけの名前になったら、それは凄いことなのである。もしこの先、いろんな「xxx爺」が存在感を持つことができたら、それは今が落語ファンにとって素晴らしい時期にある、ということなのだろう。間違いなく落語家の人数は昔に比べ格段に多い。好きな噺家のバリエーションが増えるということは、きっと良いことに違いない。

でも、よく考えたら、いくら「xxx爺」のxxxが増えようと、自分より若い人達に嫌われるのを承知で「xxx爺」になる人そのものが少なくなるだろう。煙たがられるのが嫌で小言を言う人が少なくなるのと同じ理屈である。せっかく後輩達に自慢できるだけの、自分が同時代で経験した贔屓のエンターティナーの思い出があるのに、それを嫌がられてでも語ろうとする「爺」は少なくなるのは、世の中にとって寂しいこと、もったいないことだと思う。

昔は、日本全国、家の近所には“恐い”おじさん、おばさんが必ずいて、他人の子であっても、マナーやルールを守れない子供を叱ったものだ。だからこそ、「これはやっちゃいけないことなんだ」と、身をもって学ぶことができた。小刀やナイフで鉛筆を削り、刃を滑らせて怪我をするからこそ、刃物による人の痛みが分かる、のと同じ道理であろう。
昨今は市町村合併やら道路拡張やらで、伝統的な地名は消え去るばかりだし、地域の共同体としてのつながりは、ますます希薄になっている。こういうことがボディブローとなって、他人の迷惑を省みない子供と親が充満する世の中になるのではなかろうか。モンスターペアレントなんていうのは、この悪い風潮の最悪な事例だと思う。私が小学校、中学校時代、先生に叱られ殴られて帰ると、親は先生にお礼を言いこそすれ抗議するなど考えられなかった。もちろん、先生の能力も権威も、そして品格も昔とはまるで違うのではあるが・・・・・・。

話はちょっと脱線気味になってきたが、「團菊爺」や「菊吉爺」といった言葉も死語になりそうな趨勢が、誠に寂しいじゃないですか。いいじゃないの、自分より若い人に嫌われても。どんどん「xxx爺」になりましょう、とあえて言いたい。子供の頃、近所や銭湯などで叱られた恐いおじさん達のことって、結構覚えていて、「あ~、そういえばあのおじさんに、あんなこと教わったなぁ」なんて今になって思い出すのである。恐い人達って、それだけいろんなことも知っていたなぁ、とも思う。そんなことを思い出しながら、こんなブログでもそれなりにがんばって「小言」を書いていこう、と気持を新たにするのである。
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by kogotokoubei | 2009-07-13 12:02 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

匿名性の功罪

このブログを見ていただいている人の中には、すでにお気づきの方もいらっしゃるのだろうが、私はAmazonで落語関係本中心にブックレビューを書いている。(ニックネームは幸兵衛ではない。)
今日、久しぶりに自分のレビューの状況を見て驚いた。たった4~5日で、ある自分のレビューの「参考にならない」という数が30ほど増えている。通常ではありえない数だ。ここまでカミングアウト(?)したのだから、そのレビューの対象も明らかにしよう。昨年発行間もない頃に読んだ立川談春の『赤めだか』である。通勤電車の中で読了し、ついつい涙が出たことを今でも思い出す。もちろん星5つで評価した。しかし、なぜ今になって、あえて「No」という意思表示を一日平均5~6件も受けたのか・・・・・・。これは普通ではない。高い評価の定まった本であり、ここ数カ月は、私のレビューへの投票は2~3週間に一つあるかどうかという状況だったのだから。そう思って最近書かれた他のレビューを見ていると、以前にはなかったネガティブなレビューが並んでいた。加えて、そのレビューへの支持が、短期間では考えられないレベルで多い。一週間で20も30も「参考になった」という投票があるのは、よほど話題性のある新刊の場合くらいである。非常に不思議だ。また、そのレビューを読むと、「この本は楽しめた。しかし・・・・・・」と、本そのもののことではなく、この本を高く評価することが過剰な「談春礼賛」だと短絡している。「本」は本であり、「高座」は高座、「人」は人である、という当り前のことが分からないレビューが、なぜそんなに支持されているのか?

あえて勘ぐるなら、何らかの「談春憎し」といった意図を持った人が『赤めだか』憎し的な動きにつながったのだろう。そして、ポジティブなレビューの中で「参考になった」という支持の多いものに、意図的にネガティブな評を入れているように察する。技術的にどんな手法を使っているか分からないが、私以外の高い評価のレビューにも同様の現象が見られるのだから、尋常ではないと思う。もちろん私は談春の身内ではないし、出版社の回し者でもない。良い本と思うから良いと言うのであって、それは本という作品への評価ではあるが、著者を「礼賛」するものではない。

しかし、私のレビューへの「賛成票」とともに「反対票」の数の多さは、これから初めて読もうとする人への影響もあるだろう。また、何らかの作為的な、あるいは不自然な動きに自分のレビューが曝されるのは許せない。自分のレビューを本日削除した。
もちろん『赤めだか』が素晴らしい本であるという思いは今でも変わらない。

なぜ、一年も前のブックレレビューに、いきなり「No」「No」「No」という意思表示をされなくてはならないのか・・・・・・。匿名であることは、メリットもたくさんある。匿名だからブックレビューも書きやすいし、このブログも書いていると言える。しかし、今日は匿名であることの、特にネットでの危険性を、身にしみて感じた。よく「ブログ炎上」という表現があるが、これはたぶんに「便乗派」の付和雷同がもたらしているのだと思う。“みんなで渡れば怖くない”というギャグは笑えるかもしれないが、特定のポジティブ、あるいはネガティブなキャンペーンをするのに「匿名性」は“みんなで渡りやすい”、格好の隠れ蓑ともなり、この現象は笑って見過ごせない恐さがある。「匿名」であることは、群がりすごいエネルギーで流れを突き動かすこともあるが、反面大きな危険性も持つ。2チャンネルも氏名を公表するのなら成立しない。身をもって匿名性の功罪を再認識したのだった。

しかし、これからも「良いものは良い」「悪いものは悪い」と、幸兵衛は書く。もし、何らかの作為的な意図でこういうことをする人がいるのなら、私はその人を心底かわいそうに思う。また、やたらネガティブなレビューばかり投稿している人にも、憐れみを感じる。私のレビューの基本姿勢は、ほんの一部の例外を除き、「ぜひこの本を他の人にも読んでもらいたい」というポジティブなお奨め本紹介である。お奨めできない本は、レビューを書かなければいいのだ。どうも、世の中には良い面を発見することがヘタで、悪い面ばかり見えてしまうかわいそうな人もいるようだ。小言は言うが、幸兵衛は“良いもの”がわかるつもりだから、その目指すレベルと現状とのギャップに小言を言っているのである。最後はちょっと偉そうだが、自分が受けたショックから立ち直るには、これ位は許していただこう。
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by kogotokoubei | 2009-07-01 23:50 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
春休みなのだろう、どこへ行っても家族連れが多い。それはそれで日本経済復興のために少しでも良いことなのであろうが・・・・・、平日の12:00−13:00という標準的な昼食時間に、なぜこれほど若い母親と子供連れが混んだ飲食店でサラリーマンの意地悪をしなければならないのか、が疑問だ。
今日も今日とて私は落語会の席料を振込むため昼食時間に銀行へ行った後で、馴染みのラーメン店へ向かった。港北ニュータウンの地下鉄駅の近くのビルにある、札幌に本店のある店、とまでは明らかにしておこう。すでに4名のサラリーマンと道路工事関係と思しき人たちが並んでいる。私も含め皆さん、限られた時間で昼食を済ます必要がある人だ。待つこと10分。中は、30歳代半ばから40歳代前半までと思われる母親と幼稚園から小学生低学年までと察する子供の母子連れで半分以上占められていた。そして案の定、子供は半ば遊びながらラーメンを食べており、時間をかけた挙句ラーメンを残して終了、かと思いきや食後のプリンにとりかかるのだ。私より先に食べていた親子連れに私は両隣りを挟まれた席だったが、味噌ラーメン&半ライスをどちらのお隣さんよりも先に食べ終えて、店を出た。まだ待っている人が店外にいた。
この母子連れは、どうしてもサラリーマンの昼食休憩である繁忙時間帯に、店に来なければならない理由があったのだろうか。その食べ方から察するに、食後に急ぎの用があるようには、到底思えない。12時前に店に来るとか、13:00近くに店に入るといった配慮は、まったく思いつかないことなんだろうか。そもそも、あんな遊び半分でタラタラ子供に食事をさせること自体が教育的な配慮を欠いている。それと、当たり前のことだが、注文した以上は残させてはいけないのだ。注文したら残さず食べる、そういった教育や躾を含めての食事時間なのだ。だからこそ、超繁忙時間帯に彼らは店に来るべきではない。
江戸時代の代表的な仕草である「傘かしげ「肩引き」「こぶし腰浮かせ」などは、すべからく他人と気持ちよく暮らすための気配りの仕草であり、その時代には常識的な礼儀、マナーであった。そして、親や近所の大人が子供達に実践して教えてきた伝統である。
「混む時間は自分たちが待たされるからはずそう」ではなく、「混む時間は、昼食時間が限られているサラリーマンの人たちに迷惑だから、時間が自由な私たちはその時間をはずそう」という気配りを、残念ながら、多くの若い母親達にはできないようだ。そして、この母親達の子供が将来は社会人になる・・・・・・。この母親達は、自分の旦那が別の混んでいるお店で、迷惑な他の母子連れに歯軋りしているとは思わないのだろうか。
「侍ニッポン」、が賛美されているうちに、侍や町人、職人さん、そして彼らのオカミさんなど全員が当たり前のように身につけていた「江戸」の粋や礼儀などについて議論が沸きあがることを期待したいものだ。
落語から離れた小言だけを書き込むことは想定していなかったのだが、私の名前に免じて許していただきたい。実はあるんだよ、毎日、小言を言いたくなることが。たまには書かせてもらいます。
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by kogotokoubei | 2009-03-26 13:41 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛