噺の話

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カテゴリ:幸兵衛の独り言( 254 )

12月の末広亭の余一会は通常と違って29日の開催だが、その案内に昼の部が「扇遊・正朝 二人会」、夜の部が「さん喬・権太楼 二人会」と案内されている。
新宿末広亭 12月29日の余一会

 本当に正朝が出演するのだろうか。末広亭は、この日から正朝出演が解禁?
たしか、事件のあったのは、末広亭で主任だった期間ではなかっただろうか・・・・・・。

 他の寄席にはまだ名が見当たらないが、これが謹慎明け定席への復活初日となり、その後他の定席でも復活していく先駆けとなるのだろうか。

 ともかく、落語協会も本人も、何ら“説明責任”っていうやつを果たしていない。
 夜の部の権太楼だって、復活できるのかどうか心配なので、この“余一会”そのものが告知通りに開催されるのかどうか・・・・・・。
 末広亭さん、大丈夫?!
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by kogotokoubei | 2010-11-24 10:57 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
噺家さんのブログの中で、その更新頻度の高さと内容の楽しさで結構好きなものの一つに春風亭柳朝のブログ「総領の甚六」がある。昨日11月19日の内容に、あの正朝が11月19日に落語協会に復帰、と書いてあった。
柳朝のブログ「総領の甚六」 11月19日

池袋演芸場さんヨル席を勤めてから急ぎ光が丘IMAホールへ。謹慎中だった春風亭正朝師匠が本日より落語協会へ復帰に相成りました。去年の9月に光が丘へ玉の輔師匠と急遽代演に来た際には事件のことをワタシ自身も知らなかったので、『月日が経つのは早いものだと…』今日は少しホッとしております (^_^;) お弟子さんの正太郎君が一番ホッとして嬉しかったと思います。よく耐えたもんな…

我々芸人は舞台でしかお返しが出来ません…皆様応援宜しくお願いします!



最初は処罰に煮え切れなかった落語協会が、週刊誌によって事件が公になり、ホームページで処分を公開したのが昨年の11月20日。よって、一年間の謹慎が明けたということか。2009年11月20日のブログ

 まだ、本人のブログには今年の正月の挨拶のまま。落語協会のHPには何ら告知はないし、芸人紹介のページにも、まだ春風亭正朝の名は復活していない。まぁ、古い業界である、デジタルな反応は期待できないし、まだ手続きが残っているのかもしれない。協会幹部と一緒に定席席亭へのご挨拶あたりから始まるのだろう。

 彼のファンを含む落語ファン、弟子の正太郎、寄席や落語会の関係者など多くの人たちに有形無形の迷惑をかけた償いは、「舞台」で返すと言えば聞こえはいいが、それだけでは済まされない。もっと別の形での落語界への恩返しを考えて欲しいものだ。ボランティアでの落語会開催やチャリティなど含め、いろいろありえるだろう。

 私は、あの事件の後で、彼の著作を褒めたブログを削除した。だから、なおさら事件による落胆と怒りは強い。しかし、捨てようと思ったその本も付属のCDも、なぜかまだ持ったままである。あえて、「罪を憎んで、人を憎まず」を肝に銘じたからである。しかし、事件以降はその本を読む気にも、CDの内容を聞く気にもなれない。

 もし昨年の週刊誌上で一部の噺家の聞書きとして書かれたように、事件を起こした彼の性癖が根深いもので、かつ今回の処罰を軽く考えているようなら、再犯の有無にかかわらず、協会ではなく落語界から追放すべきだろう。
 柳朝のブログにある彼の笑顔に、どんな了見が隠されているのか、今後しっかり見届けたい。なぜなら、本来ならば、その歯切れのいい江戸弁と粋で東京の落語界を将来背負って立つ一人になることを期待していた人だからである。その周囲の期待をしっかり受け止めることができるだけの器量があるのか、器用なだけの噺家なのかが今後問われるということを本人がしっかり自覚して欲しい。これからが彼の噺家人生の勝負なのだ。一年後に、また彼のことを書く時にはどんな内容になるか、ある意味では楽しみである。
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by kogotokoubei | 2010-11-20 10:10 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
11月6日に放送された「NHK 新人演芸大賞-落語部門-」は、春風亭一之輔が大賞を受賞し、これで東京勢が三連勝となった。この賞は、前身となる賞において選考手法の変遷がいろいろあったが、1994年から現在のような「落語部門」「と「演芸部門」とに分かれての表彰になった。

 そこで、1994年以降の大賞受賞者を東と西に分けて並べてみる。。
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        西             東
1994年                桂平治
1995年                柳家三太楼(→三遊亭遊雀)
1996年                古今亭志ん次(→志ん馬)
1997年  桂宗助
1998年                柳家喬太郎
1999年  桂都んぼ(→米紫)
2000年                林家彦いち
2001年  桂三若
2002年                古今亭菊之丞
2003年                古今亭菊朗(菊志ん)
2004年  桂かい枝
2005年                立川志ら乃
2006年  笑福亭風喬
2007年  桂よね吉
2008年                三遊亭王楽
2009年                古今亭菊六
2010年                春風亭一之輔
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 東の11勝、西の6勝と、ほぼダブルスコアになっている。この結果をどう考えるかは難しいが、間接的に次のようなことが結果に影響していそうな気がする。
・賞に対する価値観の違い →東>西 *あくまで邪推
・出演可能な二つ目相当者の母集団の差 →東>西
・前座・二ツ目・真打昇進制度の有無 →東:有、西:無

 さて、では来年は、どうなりそうか・・・・・・と考えると“鬼が笑う”のだろうが、西が有利、ということは言えるかもしれない。なぜなら、審査委員や主催するNHKが、東西のバランス感覚を働かせるだろう、ということがひとつ。そして、東で頭一つ抜け出た優勝候補者と私が思っていた一之輔と菊六がすでに受賞してしまったためでもある。
 そして、今回の放送で、私は2008年に大賞受賞を逃した時の菊六と同じような悔しい表情を、発表後のまん我に見たのだ。たしかに、まん我の芸は悪くはなかった。また、2008年には『骨つり』というより東京の『野ざらし』で勝負し、今年は贅沢かつ無謀(?)にも三代目(春團治)に稽古をつけてもらった『お玉牛』というネタで勝負したチャレンジ精神を高く評価する。来年、まん我が予選を突破した時は、大本命と見る。今年出演した由瓶も来年またチャンスがあれば、ダークホース的存在になるかもしれない。妙に印象に残る人なんだよねぇ。何かある、という感じ。
 それでは東はどうか、と言うと今年出場した立川流の二人のうち談修は来年は出場しない(できない?)だろうし、志ららはネタが“はまれば”可能性があるが、確率はあまり高くないかもしれないなぁ。三振かホームランか、という感じでブレが大きい人。となると、落語協会か芸術協会の二ツ目が優勝を狙うことになるのだろうが、今一つ本命が見当たらない。数年後に入船亭辰じんが二ツ目に昇進して出場可能になった場合は期待できるし、受賞して欲しいと思う。春風亭ぽっぽだって将来は可能性がある。女流での初受賞を目指してほしい。そうだ、立川こはるもいたぞ!彼女のほうが実力はあるなぁ。いずれにしても、ここ数年以内に女流落語家が大賞を受賞するのも時勢的にはいいことだろう。

 そろそろ“鬼”がやって来て「まだ、来年のことグダグダ言ってるのか」と噛みつかれそうなので、このへんにしておこう。

 それにしても、今年の審査結果の講評で神津友好のおっさんの乱れぶりはひどかったなぁ。意味不明だったぞ。酒でも飲んで審査してたんとちゃうの(笑)
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by kogotokoubei | 2010-11-10 12:08 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
フジポッド「お台場寄席」のことを何度か書いているが、同じフジポッドの新企画として「ふじ特撰落語会」というイベントが始まるらしい。
ふじ特撰落語会のHP

 「お台場寄席」や、そのコンテンツの一つである「目玉名人会」で司会を務めるアナウンサーの塚越孝が次のように口上を述べている。

こんにちは。フジテレビアナウンサーの塚越 孝です。
11月18日に神楽坂・赤城神社参集殿のこけら落しとして「ふじ特撰落語会」が開催される運びとなりました。
3月17日、浅草・東洋館での「圓生杯争奪」では、両師匠に評論家の方々も加わって、私が討論会の進行を致しました。
今回は小さなホールなので、両師匠を挟んで鼎談。私が互いに「圓生」を譲る気はないのかなど、質問をぶつけます。
あの討論会から8ヶ月後に実現した二人会。フジテレビの動画配信サービス「フジポッド」では、この模様を、11月22日から毎週月曜日更新の4~5話シリーズ(予定)で無料配信します。ぜひご期待下さい。


そして、第一回の「番組概要」として、こう書かれている。

第一弾は、今、落語界で大きな話題となっている「七代目圓生襲名問題」の渦中にある二人が、奇跡の揃い踏み。題して、「やっぱり圓生は俺だ!『円丈・鳳楽二人会』~あの対決から8ヶ月!!」。
1979年に古典落語の名人・先代三遊亭圓生が亡くなってから永く空席となっていた名跡。生前の円楽が弟子の鳳楽を圓生に指名。これに円丈が異議を唱え、ここから円丈・鳳楽による「圓生」を巡った争いが始まりました。
円丈が「芸の上で決着を」と呼びかけ。鳳楽がこれに「一回やりましょう」と応じたことから、3月17日に浅草東洋館で「圓生争奪杯」が開催されました。落語界内外の話題をさらった対決から8ヶ月。ついに両師匠が再び競演する日が訪れました。

【番組情報】
収録:2010年11月18日 第一回『ふじ特撰落語会』(神楽坂・赤城神社参集殿)
配信:
フジテレビ動画配信サービス「フジポッド」にて11月22日より無料配信。
毎週月曜日更新 全4~5回(予定)

【出演者】
三遊亭円丈 / 三遊亭鳳楽

【解説】
塚越 孝(フジテレビアナウンサー)


 HPには二人の写真、プロフィールも掲載されているが、円丈と鳳楽の“再戦”が、さて、あれから半年以上も過ぎて、落語界では「大きな話題」になってるの?
 主催は「粋まち」、制作協力がフジテレビジョン、協賛は冨士フィルムとなっている。

 まぁ、「神楽坂のまち興し」「赤城神社参集殿のPR]を考えるチームと、自前のコンテンツが不足で少しでも配信できる素材が欲しいフジポッドが意気投合し話題性のある落語会を企画した、つもりなのだろう。

 ちなみに「粋まち」という組織は、NPOから発展した株式会社らしい。
「粋まち」のHP


 会場の赤城神社のHPに、この神社の提唱する“キーワード”である「ヒトイキ」という言葉の説明が次のように書いてある。赤城神社のHP


赤城神社では、コレまでの伝統と地域に根ざしながら、これからのくらしを育む新しい文化活動をはじめます。
キーワードは「ヒトイキ」。
これは、一息であり、人息、人粋、人意気であり、神の域に接する人の粋と考えています。あわただしい日常の中で、自分を見つめて、気持ちを確認し、人が集い、つながる場をつくっていきたいと思います。



 「そうか、塚越が仲に入って円丈と鳳楽の抗争(?)をなだめ、あらたに二人を“つなげる”ためのイベントか」などと深読みしても、まず間違いなくハズレだろう。*分かってて書くな、と言われそう・・・・・・。

 まぁ、配信されるようだから聞いてはみようと思うが、とても神楽坂に行く気にはなれない。特に「鼎談」が想像できてしまい、とても“粋”な内容になるとは思われないからだ。盛り上がるとは思えないなぁ。

 さて、この企画が円生襲名問題に「一息」入れることになるのか、それとも「一息」入れるべきところを、マッチポンプ役がはしゃいで無駄な混沌を作り出すのか・・・・・・。どうしても後者のような気がしてしょうがないのだが、どうなることやら。

 正直、私の中では関心が急激に冷めつつある襲名争いであり、冷却期間をおいて近い将来に兼好に継いでもらいたいという思いもある。以前にも書いたが、円丈も鳳楽も、そして円窓も“ニン”ではない。誰が継いでも、芸風、力量、年齢(将来性)などで違和感がある。逆に言えば、誰が継いでも「セコ円生」として中継ぎをして、次につなげてもらっても結構。
 そんな思いで、秋の夜は過ぎていく・・・・・・。(なんてね!)
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by kogotokoubei | 2010-10-20 18:28 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
昨日10月16日に行われた平成22年度NHK新人演芸大賞<落語部門>の結果が、落語協会のHPや本人のブログ、さまざまなニュース、そして落語愛好家の方のブログで発信されているので、11月の放送の前に私も書くことにした。
落語協会のHPのニュース
春風亭一之輔のブログ“いちのすけえん”
MSN産経ニュス
 一之輔のブログに書いている通り、放送は、11月6日(土)15時50分~16時55分のNHK総合。

『初天神』だったんだ・・・・・・。

 さて、受賞するか否か関わらず、私は一之輔の来年真打昇進を期待しているが、受賞したほうが昇進はしやすいだろう。先日書いた通り、“年功”では先輩がたくさんいるが、十○人抜きがしばらくぶりにあってもよいだろう。2010年10月13日のブログ

 一之輔には、それだけの実力と人気が間違いなくある。落語協会が、来年は一之輔、再来年に菊六、この二人の昇進を英断することを強く期待している。
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by kogotokoubei | 2010-10-17 15:45 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
 今週末16日(土)に、恒例の「NHK 新人演芸大賞」の落語部門の本選(決勝)が行われる。観覧募集はもう終了したが、今年は東京での開催。下記の案内にあるように、渋谷の「NHKみんなの広場 ふれあいホール」での開催。
「NHK 新人演芸大賞」の日程や場所
落語部門は午後1時半:から3時半の2時間で収録するらしい。たしかに一人の持ち時間10分余りしかなかったはず。審査も含め2時間あれば撮れてしまうわけだ。しかし、審査時間も1時間に満たないいうことだろうなぁ。声の大きな人の言いなりにならなければいいが・・・・・・。

テレビ放映は例年通りなら11月23日だろうが、芸能ニュースや会場へ行かれた落語愛好家の方のブログでその模様や結果が速報されることと思う。私もニュースやブログを楽しみに待つ。

本選出場者は、複数のブログ情報によると次の通りらしい。

春風亭一之輔、立川志らら、立川談修、桂まん我、笑福亭由瓶

それぞれの入門年と師匠は次の通り。
一之輔:平成13(2001)年に一朝に入門。平成16(2004)年に二ツ目昇進。
志らら:平成9(1997)年に志らくに入門。
談修:平成7(1995)年に談志に入門。
まん我:平成11(1999)年に文我に入門。
由瓶:平成9(1997)年に鶴瓶に入門。

一之輔は平成19(2007)年以来。三年前の演目は十八番の『鈴ケ森』。なかなかの出来だったが、桂よね吉の『七段目(芝居道楽)』には勝てなかった。私の採点では、二人はほぼ同点だったので異存なし。二人に続いて良かったのが菊六の『権助提灯』だったと記憶する。
志らら、まん我は一昨年、平成20(2008)年に出場。志ららは『壷算』、まん我が『野ざらし(骨つり)』だった。まん我も良かったのが、それ以上に感心したのは菊六の『やかん』。しかし、なぜか王楽が大賞。この結果にはブログで疑問を書いた。
2008年11月24日のブログ

 談修と由瓶はこれまで聞いたことがないので、コメントできない。

 さて今年の興味は、関東の落語愛好家の多くが本命と思うだろう一之輔が、果たして大賞を取るかどうか、ということ。
 昨年の菊六は入門年次でもっとも若かったが、四年連続本選出場という実力を発揮して栄冠を獲得した。まったく異存のない結果だった。
2009年11月23日のブログ
 菊六は平成14(2002)年の入門なので、一之輔の一年後輩だが、先に大賞を受賞した。だから、今年の出場者の中で入門年次がもっとも若いことは一之輔のハンディにはならないはず。同じ落語協会からの出場者はいないので、立川流二人と上方二人との戦いということ。予選に誰が出たのか知らないが、落語協会と落語芸術協会の二ツ目代表と言ってもよいだけの人気と実力を有していると思うので、個人的にはぜひ大賞を取って欲しい。予選の演目は分からないが、時間と彼の持ちネタから想像すると『短命』あたりかなぁ。どう刈り込んでも、とても『五人廻し』や『らくだ』をかける時間はないだろう。『抜け雀』もあるか・・・・・・。まぁ、それは当日の楽しみということにしよう。

 そして、大賞を受賞してもしなくても、小三治新体制になった落語協会には、一之輔を来年真打に昇進させて欲しい。もう十分に真打の実力と人気があるし、個人的にはチケットが取りにくくなり困ったものだが、独演会での動員力はたいしたものである。

 もし一之輔が昇進する場合、いわゆる“何人抜き”になるかを予想してみる。
彼より入門年次と二ツ目昇進の両方で先輩の二つ目は、次のような名が並ぶ。
(落語協会HPより。名前の五十音順)
-------------------------------------------------------------
三遊亭亜郎:平成9(1997)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
三升家う勝:平成12(2000)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
柳家右太楼:平成12(2000)年入門、平成16(2004)年二ツ目。
金原亭馬吉:平成12(2000)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
金原亭馬治:平成12(2000)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
柳家喬四郎:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
柳家喬之進:平成12(2000)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
三遊亭金兵衛:平成10(1998)年入門、平成13(2001)年二ツ目。
金原亭小駒:平成9(1997)年入門、平成12(2000)年二ツ目。
柳家小権太:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
桂才紫:平成11(1999)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
柳家さん弥:平成12(2000)年入門、平成16(2004)年二ツ目。
柳家初花:平成12(2000)年入門、平成16(2004)年二ツ目。
古今亭志ん公:平成11(1999)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
古今亭朝太:平成10(1998)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
三遊亭司:平成10(1998)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
川柳つくし:平成9(1997)年入門、平成12(2000)年二ツ目。
三遊亭天どん:平成9(1997)年入門、平成13(2001)年二ツ目。
鈴々舎風車:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
入船亭遊一:平成11(1999)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
柳家麟太郎:平成11(1999)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
-------------------------------------------------------------
 同期は別として、同じ二ツ目の一之輔の先輩は、この二十一名。

 ちなみに、今秋の真打昇進者五名は、平成8(1996)年と平成9(1997)年の入門で、二ツ目昇進は全員が平成12(2000)年。入門年次と二ツ目昇進の時期を考えると、従来通りの年功序列なら次の方々は、よほどのことがない限り、来春の昇進当確者。
金原亭小駒:平成9(1997)年入門、平成12(2000)年二ツ目。
川柳つくし:平成9(1997)年入門、平成12(2000)年二ツ目。
三遊亭天どん:平成9(1997)年入門、平成13(2001)年二ツ目。
三遊亭金兵衛:平成10(1998)年入門、平成13(2001)年二ツ目。

そして、春のもう一人と秋は、平成14(2002)年の二ツ目昇進者も対象となり、次のような名前が並ぶ。
三遊亭亜郎:平成9(1997)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
柳家喬四郎:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
柳家小権太:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。
鈴々舎風車:平成11(1999)年入門、平成14(2002)年二ツ目。

この八名の次に入門が古く悩ましいのは、入門が平成10(1998)年で二ツ目昇進が平成15(2003)年のこの二人。
古今亭朝太:平成10(1998)年入門、平成15(2003)年二ツ目。
三遊亭司:平成10(1998)年入門、平成15(2003)年二ツ目。

もし、この十人が来年の春と秋に真打に昇進すると、綺麗な従来通りのエスカレーターである。

さて、それでいいのか!?

 非常に身勝手な案を出す。

 春の昇進は小駒、つくし、天どん、金兵衛、そして亜郎の五名として、秋は年功基準を取りはずして、あえて思い切った実力主義で昇進者を決めて欲しい。競馬の天皇賞だって春と秋のレースは場所も距離も違うじゃないか。
*ちょっと無理があるか・・・・・・。

 たとえば、秋の昇進の基準は、「NHK 新人演芸大賞」本選出場の実績や大賞受賞、その他の賞の受賞歴、寄席席亭の評価などを加味し、決めるというもの。
もし一之輔が昇進したら、上述した春の昇進者五名以外の先輩十六人抜きである。
ただし、菊六が昇進した場合はあと六人ほど多い先輩を抜くことになるので二十二人抜き。過去にはそれ以上の例がある。実績、実力を考慮したら、まったく問題ないと私は思うが、一之輔が来年昇進するなら菊六は再来年でも結構。*少しは譲歩もしないと(!?)

 落語協会は、来年の昇進者の名をまだ発表していない。大幅な改革を水面下で検討しているのではないか、と内心期待しているのだが、まったく勘違いかもしれない。
志ん五師匠の四十九日過ぎに、新たな常任理事を含む役員の任命などがあってから、いろいろと動き出すのだろうとも思うが、ぜひ実力とやる気のある若手噺家に夢を持たせるような昇進者の選抜があることを望んでいる。
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by kogotokoubei | 2010-10-13 17:38 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
今日9月19日の朝日新聞の「天声人語」で、明日が命日である(初代)林家三平のことを書いていた。噺家のことを題材にしてもらえたことは落語愛好家としてはうれしくもあるのだが、その内容にもう一つ納得できず、書くことにした。部分的に引用するが、全文はasahi.comでご確認のほどを。朝日新聞 9月19日付「天声人語」

 “マクラ”はこうだ。

ある時代、「型破り」はほめ言葉だった。逆に、無難を旨とし、勢いと遊びを欠いたデジタルの世からは、破壊のエネルギーにあふれた初代林家三平の高座が恋しい。早いもので、「昭和の爆笑王」が鬼籍に入って明日で30年になる▼若い頃の古典落語はとっちらかり、噺がまとまらない。ところが、生来の明るさゆえにそれがまた受けた。大御所たちの渋面をよそに、客席での人気はテレビの登場で全国区になる▼世相小話をつないで、歌あり客いじりありの異形の高座。



 “揚げ足”をとるような言い方になるが、かの「天声人語」なのであえて書く。
 この文章では誤解を招く。三平の「古典」が「生来の明るさ」で受けた、ということはないはず。あくまで“異形”と筆者が評する芸が受けたのだ。人気が出てから唯一ともいえる古典(らしき)ネタ『源平』は別にして、若い時の三平の「古典」が「生来の明るさ」で受けたという話は聞いたことがない。
 東宝名人会の専属であった七代目林家正蔵という偉大な父を持ち、強いプレッシャーや周囲の目があったはずだ。当時は、“親の七光り”でなんとかなる時代ではない。若い時に古典では芽が出ずもがき苦しんだ結果として、テレビという新たなメディアを意識したあの「異形」の三平の芸が生まれたはずだ。もちろん、はかま満緒たちブレーンの存在も大きかっただろうが、三平が経験したであろう過酷な修練の日々は想像できる。

 そして、文章の真ん中あたりに次のエピソードが紹介されている。

時事ネタを求めて7紙を購読していたそうだ▼出番前、共演者と談笑していても父親の手は冷たく汗ばんでいたと、次男の二代三平(39)が『父の背中』(青志社)に書いている。はぐれぬよう楽屋でずっと手を握っていた者だけが知る緊張だ。指先から血の気を奪ったのは「爆笑の使命」の重さだろう


 出番前には三平でなくても緊張はする。あの志ん朝師匠が、出番前に必ず手に「人」と指で書いて飲み込む御まじないしていた、という逸話だってある。「爆笑の使命」の重さを象徴するエピソードなら、別にあの次男の本などから引用する必要もなく、いくらでもあるはず。
 そして、サゲがこうだ。

型にとらわれず、目の前の客を笑わせたい。初代三平の誠心誠意は、皆が明日の幸せを素朴に信じた時代に呼応する。爆笑王への郷愁、詰まるところ右肩上がりへの憧れらしい。懐かしむつもりが、ついつい無い物ねだりになった。


 このサゲがもっともがっかりする。三平を題材にして、サゲがこれ?
 筆者は「三平に郷愁を感じる。そして、三平が活躍していた頃の右肩上がりの日本にも思いは募る。ついつい、三平への郷愁で今の日本の無い物ねだりをすることになってしまった」、ということを言いたいわけか?
 竜頭蛇尾というか、一貫性に欠け、なんとも味わいの不足した文章と言わざるを得ない。「昭和の爆笑王」の命日、ということで書き始めたはずなのに、最後がコレ?
 テレビというメディアに相応しい芸を生み出したから三平は時代の寵児になったのだから、例えば、“ネタ見せ”お笑いテレビ番組の終了を引き合いにして、サゲにすることもできたように思う。私ならそうするなぁ。例えば、「三平はテレビというメディアに相応しい芸を開拓した革命児ともいえるだろう。昨今相次ぐテレビの“ネタ見せ”お笑い番組の終了を思うと、取替えの可能なタレント達と唯一無二の芸人との大きな違いを考えざるを得ない」とかね。でもこんなこと書いたら、同じ系列のテレビの人間と喧嘩になるか・・・・・・。

 三平の最大の貢献は、テレビ的な演芸を生み出したことで人気者になり、結果として寄席にも大勢の客を集めたこと、と多くの方が指摘している。当時二ツ目で主任を務めたのは三平と円歌の二人だけのはず。三平が出る日の寄席に主演した噺家の“ワリ”は間違いなく多く生活の足しにもなっただろうし、何より三平をきっかけにして寄席に通い始めた客も多いだろう。

 テレビというメディアの存在は彼の人気爆発への必要条件ではあるが、「右肩上がり」の景気が三平人気の必要条件であったわけではなかろう。筆者がそういう連想をしたとしても、「天声人語」って、そんな個人的な感慨だけで書いていいの?そもそも、この筆者は落語やその歴史をどれだけ知っているのだろうか。

 ・言葉足らずのマクラ
 ・引用するエピソードの不適切さ
 ・サゲの唐突さ、話の一貫性のなさ、味わいのなさ
 天声人語って、いつからこんなレベルになったのだろう、と購読者として余計な心配をしてしまった。

 一時大学試験に頻繁に出題されるということで受験生の家庭で朝日新聞の購読が多かった、という時代があった。あるいは、未だに試験に出るのかもしれない。このような内容ばかり書いていると、数年後にこの筆者は、“大学受験のために『天声人語』を読みなさい、と高校の国語の先生が言っていた時代”への郷愁を感じるかもしれない。
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by kogotokoubei | 2010-09-19 18:04 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
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写真はNHKのホームページにある、“夏の「戦争と平和」関連番組”の同番組紹介ページからの借用。
NHKのHP内 “夏の「戦争と平和」関連番組”
この時期に戦争にまつわる番組が多くなるのは、それはそれで悪くないとは思うが、毎年似たような番組ばかりで閉口することもある。
しかし、8月11日のNHK(総合)のこの番組は、寄席・演芸の“お笑い”の切り口から、あの愚かな、そして二度と繰り返してはいけない戦争をテーマにした好企画だった。
この番組を見ながら、「わらわし隊」を含め、戦中・戦後のことを落語を中心に芸能分野から振り返った名著、小島貞二さんの『こんな落語家(はなしか)がいた-戦中・戦後の演芸視-』(うなぎ書房)を思い出した。
小島貞二 『こんな落語家(はなしか)がいた-戦中・戦後の演芸視-』
この本は2003年8月発行だが、6月に84歳で亡くなった小島さんの遺著となった。まさに「語り残したい」という思いの溢れた本である。番組と関連する部分を引用したい。

 戦時中、日本軍は“皇軍”と呼ばれた。
外地にいるその皇軍のため内地から駆り出された「演芸慰問団」の数は大変なものだった。芸能人と呼ばれる人で行かなかった人はいないといわれたほどに、みんな出かけている。
 因みに昭和十三年四月から十六年八月にかけて外地に行った慰問団の資料がある。
 陸軍恤兵部派遣が満州に21団、166人、970日。北支に38団、435人、1594日。中支に43団、382人、2182日。南支に20団、197人、1160日。計122団、1180人、のべ5906日。
 このほか各府県派遣が満州に45団、405人、2525日。北支に72団、647人、3026日、中支に66団、609人、2831日。南支に54団、422人、2010日。計237団、2083人、のべ10392日。
 おどろくべき数字といえる。


 あの戦争が日中戦争からの一連のものであり、慰問団もそういった時期に合わせて行動していることがわかる。しかし、「おどろくべき数字」という表現を超える、なんともすごい数の慰問があったものだ。
 さて、この本から“わらわし隊”のことも少し引用。

 昭和十三年に朝日新聞と吉本がタイアップして「わらわし隊」という慰問団を結成した。当時、陸軍の飛行隊は「陸の荒鷲隊」、海軍は「海の荒鷲隊」と呼ばれ、時代の花形であった。それを「笑鷲隊」とモジったネーミングで洒落ていた。命名は吉本の長沖一(漫才作家)と伝わる。


 NHKの番組では、この慰問団のこと、そして慰問団「わらわし隊」のスーパースターであったミス・ワカナのことを、生き残られた数少ない当時の兵士の方々への取材で振り返るとともに、芸能人からは、今年で83歳になる喜味こいしさん、そして共に今年90歳になる森光子さん、玉川スミさんが当時の回想を貴重な映像として残してくれた。
 喜味こいしさんは当時を振り返り、有無を言わせず慰問団に順番に派遣されていく先輩達の顔を見ると、「これが最後か・・・・・・」という万感の思いだった、と語る。
 玉川スミさんが、いまだに艶やかな舞台を勤めた後で、たぶん滅多に口にされないはずの、残酷な戦争という名の殺人シーンを回顧された言葉は、胸に重く突き刺さる。
 そして、ミス・ワカナに可愛がってもらい、舞台『おもろい女』でワカナを演じた森光子さん。正直な感想として、この番組を見ながら、「森さんの遺言か・・・・・・」という思いが募った。彼女が語る戦争体験とワカナへの思慕、結果として伝わる強烈な反戦の主張。演技ではない、人間“森光子”として語り残したいことを振り絞っている、という印象を強く受けた。

 ミス・ワカナは、番組でも紹介されていたが「ヒロポン中毒」で若くして世を去っている。再び、小島貞二さんの本から引用。

 「ヒロポン」というのも、戦中戦後の芸能界をゆさぶった。
 上方漫才の生き字引だった吉田留三郎さん(演芸評論家)にきいたところによると、初見は昭和十六、十七年ごろ。所は松島の八千代座。初代のミス・ワカナ(玉松一郎とコンビ)が、強行軍の巡業を終えて、グロッキーの状態で楽屋入りしたものの、とても高座はつとまりそうもない。支配人は医者よ薬よと大あわて。
 と、そこへ現れたのが陸軍の軍医大尉。ちょうど休暇の帰省中で、支配人の顔見知りだったらしい。一発ブスっと射ったところ、ワカナは生気はつらつ、体の疲れも頭のモヤモヤも吹っ飛んで、元気に高座をつとめた。
「この薬は眠気さましにもきくが、一刻を争う戦争に対し、一時的にエネルギーを集中出来る」という軍医の説明をきき、「兵隊の薬」は大したもんだと、吉田さんは驚いたという。どうやらこれが芸能界における「ヒロポン事始め」らしい。
 結局、ワカナは戦後間もなくの昭和二十一年十月十四日、三十六歳の若さで亡くなったがはっきりとヒロポン中毒であった。天才といえる稀有の才能の持ち主だっただけに惜しまれた。


 ワカナも、数多くの悲惨な現場を見たことだろう。たしかにヒロポンは、当時超売れっ子の彼女が激増する仕事をこなすための「魔法の薬」だったかもしれない。しかし、中毒になった場合の危険性を、ワカナがまったく知らなかったとは思えない。邪推であるが、私には、ワカナはヒロポンを服用することによる自殺であったのではないだろうか、と思うのだ。なぜなら、彼女が戦地で笑わせてきた兵士の多くが、ワカナの漫才で最後に腹を抱えて笑ったことを思い出として、死の戦場に戻って行ったのである。

 小島貞二さんも森光子さんや玉川スミさんとほぼ同年齢だったが、小島さん自身は終戦(敗戦)を南方の島で迎えている。思い出とともに、芸能に携わった一人としての反戦への思いをこの本に残したかったに違いない。

 森光子さん、玉川スミさん、そして喜味こいしさんには、まだまだあの戦争のことを語り残していただきたい。「敗戦」を「終戦」に言い換える誤魔化しに加え、時の流れは確実に「この前の戦争」を風化させていくのだから。
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by kogotokoubei | 2010-08-11 20:15 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
今日の昼食は、会社の近くのショッピング・ビルにあるトンカツ屋さん。
チェーン展開している大手企業と言えるのだろう。たまに食べたくなるんだなぁ、トンカツって。
週に一回は行っていると思う。だから、従業員の皆さんは、きっと私の顔を知っている、はず。
頼んだセットが来て、ここからがいつもストレスがたまる。
「御飯、味噌汁、キャベツのお替りはサービス、ソースはこの皿をお使いください、ドレッシングは・・・・・・」と一連のマニュアル通りの内容を言い始めたので、「御飯、味噌汁」あたりで口をはさんで遮った。
「仕組みは知っていますので!」一瞬、険悪なムードが漂う。
当の店員さん、間違いなく私が一見の客ではないことは知っている。
しかし、「規則だから」「マニュアルにあるから」と、責務を果たすために定番の口上をするのであろうことも、百も承知、二百も合点。ご本人に非はない。このお店、当たり前だが日本のチェーン店である。

ハンバーガー屋の小咄でこんなのがある。
お客「コーヒー10杯とチーズバーガー10個、お願い」
店員「店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか」

あのなぁ、一人で食べるか、そんなに!
きっと会社の仲間から頼まれて買出しにでもに来たんだろう。

外資系外食チェーンで、十代のアルバイトだったらマニュアル通りでもしょうがないとも思えるが、日本のトンカツ屋さんの店員さん(パートさんだろうなぁ)は、酸いも甘いも知り尽くしていようと思われる(?)年齢の日本女性。
もっと臨機応変な対応ができないものか、あるいは店長やチェーン店の経営者がそういった配慮や指導をすべきではなかろうか。

海外にだって有名な「ノードストローム」というデパートがあるではないか。
シアトルに本部があり、「ノー」と言わない店、社員個人に大きな裁量を与える店として、数多くの伝説を残している経営的にも優良企業だ。

伝説-その1-
お客がセール商品を気に入ったのだが、合うサイズが在庫になかったため、従業員がライバル店で買ってきてそのお客にセール価格で販売した。

伝説-その2-
航空券を店に忘れたお客がいたので、従業員がタクシーで空港まで行ってそのお客を見つけ忘れ物の航空券を渡した。

伝説-その3-
アラスカのノードストロームでは扱ってない商品である「タイヤ」を、買った店を勘違いして返品しに来たお客に、レシートもないのに、その場で返金に応じた。

その3は、ちょっと首を傾げざるを得ない内容だが、いずれにしても「マニュアル」で行動を規定されたお店ではあり得ないサービスである。こういう店は、客が離れない。だから、経営内容も良い、という好循環になるわけだ。いわゆる「フォーチュン500」に入る企業。

こういう店がアメリカにだってあるのに、和食チェーンでは外資系ハンバーガー屋と基本的には同様の思考で、従業員の「顔」の見えないサービスをさせている。

日本の外食チェーン店経営者の苦労も分からないではない。マニュアルという便利な道具があれば、パートさんの力量によるサービスの差は出にくいだろう。しかし、外国人のパートではないのだから、もっと「日本」「和」「美」「個」「ソフト」あるいは「やさしさ」といったキーワードでサービスを考えて欲しいものだ。もちろん、従業員を一人前に扱った上での指導も含めて。
「日本的」という言葉は、海外では「クール」なもの、いかしたもの、という認識をされているのに、日本のサービス業はまったく「クール」じゃないわけだ。

今日は、結構待たされていて急いで食べなければならない状況でもあったので、ついつい大人気ない態度をしてしまったことは反省。しかし、いつも感じていたんだよ、紋きり型のサービスは客の心に届かないよって!
バスの運転手の、「バスの中では携帯電話の電源はお切りください」という虚しいアナウンスや、電車の車内放送で、「優先席近くでは携帯電話の電源をお切りください」と言っている時、その優先席に五体満足な若者が座って携帯で通話してたり、ゲームをしている不思議。
「こんなことをしている国のどこがクールなんだ、頭にクール」、というなんとも情けない地口でサゲ。
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by kogotokoubei | 2010-06-03 16:38 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
素人芸能人で落語を演じる人が出演する落語会について、率直な気持を書く。
 俳優の風間杜夫や月亭方正(山崎邦正)が出演する“有料”の落語会がある。共演者の“プロ”の落語家の名前で検索しスケジュールも都合がよくて一瞬チケット購入への食指が動くが、その横に彼ら素人芸能人落語家の名前が並んでいるので、「げっ!」となり断念する。
 WOWOWで三三や遊雀といった落語家がお笑い芸能人に落語の稽古をつける企画があったが、これは稽古のプロセスが中心の番組なので、楽しめないこともない。
 しかし、上述したお二人は、落語会への出演である。たしかに、風間杜夫は器用だし、『火焔太鼓』は“素人ばなれ”しているとは思う。しかし、“玄人”ではない。山崎邦正という人は、おおかたのイメージと違って頭も良く多彩な人のようだし、聞いたことはないが落語も素人としては上手いのだろう。でも、あくまで素人の余興なのだ。
 私はこういった会に行こうと思わない。そして、共演する好みの落語家には、素人と付き合うそんな閑があったらまともな落語会や独演会にその貴重な時間を使って欲しいと思う。共演者には結構多忙な顔ぶれが並んでいるのだ。

 「落語がそれだけ普及した証拠だから、いいじゃないか?」「彼らの落語を楽しみたいという客だっているだろう」という声もあろう。
 しかし、落語ファンの大半は、当たり前だがプロの芸を楽しみたいのだ。素人が落語を披露するなら、仲間内で無料か、もし有料の会場を借りて演じるならその費用支援のカンパ程度でお願いしたい。
 「落語映画だって落語素人の俳優さんが出演しているじゃないか」と指摘する人もいるかもしれないが、映画は落語会ではない。俳優は落語家のみならず、いろんな人物になりきって演じるのはあたりまえのことである。
 「落語は一人芸だからいいじゃないか」という抗議もあるだろう。違うのだ。独演会ではなく落語会となって複数の出演者が登場するイベントは、プログラムそのものが素人出演者を意識した構成にならざるを得ない。だから、プロだけの落語会とは自ずと違った“空気”、ちがった“演出”になるし、座談会などが組まれれば間違いなく素人さんが中心になる。
 
 私自身が気のあった仲間と行く旅行で、夕食後の余興に下手な落語を酒の勢いで演じるので、よく分かる。仲間うちだからいいんだよ。とてもとてもプロの落語の世界は奥が深い。あまり“図に乗る”のは野暮ってもんでさぁ。素人芝居だって、全員素人だったら結構。落語も全員素人の会なら、それはそれで楽しめる。先日、岐阜で2月に行われた“落語のインカレ”とでもいうべき安楽庵策伝大賞をBSで見たが、なかなか面白かった。しかし、彼ら彼女たちが精一杯奮闘する姿にスポーツにも似た見どころがあるのであって、今後プロの道に入って大成しそうな素材は何人かいるにしても、芸はやはり“おちけん”のそれなのである。

 素人芸能人落語家の方々、プロと一緒に落語を演じるその「勇気」は認めましょう。しかし、度が過ぎた「稚気」を私は認めない。どうぞ、仲間内で酒の肴におやんなさい。
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by kogotokoubei | 2010-03-30 11:59 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛