噺の話

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2018年 01月 09日 ( 1 )

 「オヨヨ」の三枝のだらしない下半身について、ライブドア・ニュースでは、「週刊新潮」の記事が引用されているので、紹介したい。

LivedoorNEWSの該当記事

 被害者(と言ってよいだろう)の女性の回想だ。

「文枝さんが家に来るのは2カ月に1回ぐらい。いつも食事をして寝室で過ごすというパターンでした。当時の私は文枝さんに夢中で“月に1度は来てほしい!”とお願いをしていたのですが、文枝さんは“束縛されたくないんや”と言うのです。家に来られない日は繁昌亭の会長室で会ったり、外でデートしたり。彼は私が寂しがらないように電話を一日3回、メールも写真付きで送ってくれました」

 恵美子さんにすれば、せっかくの逢瀬だというのに、文枝師匠は平気で弟子も連れてやって来た。

「お弟子さんは入れ替わりで2人ぐらい連れて来たでしょうか。車を運転させて “ご飯食べさせてや”とやって来る。食事をしてから、2階の寝室で文枝さんと過ごすのです。その間、お弟子さんが階下で落語の稽古をしていたこともありました。でも、私と文枝さんが抱き合っていたのを分かっていたと思います。そんな時は“下に若い子(弟子)がおると燃えてくるやろ”とからかうのです」

 三枝は、今回の「週刊新潮」の記事について、彼女をストーカーよばわりして、自分の非を認めようとしないようだ。

 しかし、なんとも下品なメールを含む“証拠”は揃っており、恵美子さん(仮名)を都合の良い遊び相手とみなし、あの演歌歌手と二股で長年付き合っていたことは、間違いのない事実であろう。

 まったく、呆れ返る。

 それにしても、師匠も師匠なら、弟子も弟子だなぁ。

 この時、階下にいた弟子が、二十一人もいる弟子の誰かは分からない。
 きっと、愛人宅に同行したのは、当時の若手なのだろう。
 しかし、年長の者だって、師匠の女遊びのことを知らないはずもない。

 もっと言うなら、関西の芸能界で、三枝の女好きは、ほぼ公然のことであり、愛人と目された女性の名は、芸人の中でも複数存在する。

 吉本は、これまでの功績もあって、彼を守ろうとするだろう。

 そこで、はたと思う。

 もし、吉本せいや、林正之助だったら、どうしただろう。

 算盤勘定だけで考えるとは、思えない。
 もう少し、厳しい目で芸人を見ていたと思う。

 今の吉本は、さまざまな面でドライな商売に徹している組織であり、一人一人の芸人の私生活までは、あえて立ち入らない、という立場なのだろう。

 しかし、彼の下半身のだらしなさは、吉本も、間違いなく知っていたはずである。
 マスコミを利用して大々的に襲名披露興行を行って稼いだ吉本の責任は、小さくない。


 もし、彼が名跡を返上する気がないなら、私は「セコ文枝」「オヨヨの文枝」とでも呼ばせていただくが、「公益」社団法人である上方落語協会の会長は、すみやかに辞任して欲しい。

 次のように、歴代の会長だって、そんなに長くは居坐っていない。

①三代目林家染丸   1957年 - 1968年(11年)
②六代目笑福亭松鶴  1968年 - 1977年(9年)
③三代目桂春団治   1977年 - 1984年(7年)
④三代目桂小文枝   1984年 - 1994年(10年)
⑤二代目露の五郎   1994年 - 2003年(9年)
⑥六代目桂文枝    2003年 -

 彼の会長職は、すでに15年にもおよぶ。

 権力の座に長くいると、老害が組織を蝕むのは、どの世界も一緒。

 本来、文枝という名は、上方落語界の光輝く歴史の中だけで語られるべきであったのに、その名跡を汚すだけ汚している者に、その世界の長たる資格などない。

 彼は、文枝を継ぐに際して、落語作家としては三枝の名を使い、落語家として文枝を名乗りたいなどと言っていた。
 早い話が、女性問題と同じく、二股をかけようとしていたのである。
 芸にも、女にも、まったく、軽い男なのだ。
 
 相次ぐ女性問題発覚で、もはや逃げることは許されない。
 そして、名前も名誉も、という二股は許されない。

 せめて、会長職は、早々に降りてもらいたい。
 
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by kogotokoubei | 2018-01-09 12:27 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛