噺の話

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2017年 11月 21日 ( 1 )

 関内ホールの改修工事のため、今回から会場が、地下鉄駅で関内から三つ目の吉野町駅から数分の市民プラザに替わった。
 ちなみに関内ホールは竣工30年を超えての長寿命化工事とのことで、今月から来年9月まで休館。

 六時半の開演には間に合わず、ホールに着いたのが七時十分ほど前。受付の方が開口一番がちょうど終わって、一席目が始まるところと教えていただき、ホール内にこっそり入って空席を見つけ、なんとかマクラが始まってすぐのところに滑り込んだ。

 200席の会場は、七割ほどの、見た目はちょうど良い感じの入り。
 小満んの同級生有志が、頑張って動員したのではなかろうか。

 通路を隔ててお隣にI女史がいらっしゃったので、目でご挨拶。

 三席、順に感想などを記す。

柳家小満ん『奈良名所』 (15分 *18:48~)
 上方の『伊勢参宮神乃賑』、『東の旅』の冒頭部分にあたる。
 小満んが演じるので、旅をするのは江戸っ子の二人連れ。京大坂を見物して、奈良まで足を伸ばした。
 尼ケ辻で道が二つに分かれて右が大和郡山、左は南都奈良、「今なら、尼ケ辻ジャンクション」で軽く笑わせる。前にいたご一行の笠に○にアとあるから、「阿波の百人講だ」と分かる。腹がへったという相棒に、そういうときには「粋に、ラハが北山(きたやま)と言え」と叱る。ラハ は、腹のひっくり返し、北山は、天気がいいと透いて(空いて)見える、という洒落。やり込められた方が、「腹がラハなら、メは?」「ハ は?」とやり返そうとする会話は、『居酒屋』の酔っ払いと小僧のやりとりを思わせて可笑しい。
 着いたところが、奈良の宿屋町。うるさい客引きに、定宿がある、と断る。宿の女中に「定宿はどちらで?」と問われ、「インバイヤ・・・いや、インバンヤ・シュウエモンだ」「手前どもがインバンヤで」というやりとりの後、この噺の聴かせどころの奈良名所の流れるような紹介が続く。上方落語『猿後家』でもこの部分は登場するねぇ。
 興福寺の南円堂、西国三十三所九 番目の札所、三作の塚、三作という小僧が習字の半紙を食べた鹿を追い払おうと文鎮を投げたら死んでしまい、石子詰の刑に処せられたという逸話を披露。「いにしへの 奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな」は伊勢大輔の作、「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠山に出でし月かも」は、阿倍仲麻呂、などの百人一首がズラっと並べられるなど、これぞ小満んワールド。
 春日神社では、その灯籠 の数と鹿の数をよんだら長者になると言われている。灯籠は数えることができても、鹿は皆同じような顔をしていて、しかとわからぬ、で笑わせて、奈良では放してある鹿を大事にしている・・・放してある鹿、はなしか、噺家を大事に、と畳み掛ける。 
 本来は大仏様で、目から鼻に抜ける、というネタのサゲだが、短縮版で切り上げた。とはいえ、小満んの奈良名所案内、実に結構でした。

柳家小満ん『なめる』 (38分)
 いったん下手に引っ込んで、再登場。場所は変われど、この会の決め式は不変だ。
 「猿若に 七つ目を積む にぎやかさ」の川柳で始まった。
 『今昔物語集』に原話があるという由緒ある(?)艶笑噺で、だから、円生が十八番としていた。
 多くの落語と似た設定があるのを発見するのが、落語愛好家の別な楽しみかもしれない。
 前半、八五郎が猿若町の中村座の桟敷で、若くて綺麗なお嬢さんと連れの年増に頼まれ、「音羽屋!」の声をかけて喜ばれ、弁当をご馳走になり、その後、業平の寮(別荘)に招かれる、という件は、『浮世床』の「夢」に実によく似た設定。しかし、これは夢ではない。
 十八歳のお嬢さんは乳房の下にデキモノがあり、易者によると四つ上の男に舐めさせれば治るという。八五郎は、まさにその二十二。
 デキモノを舐めれば、この娘は自分のもの、と思って舐めた八五郎。さぁ、泊まっていこうかと思っていたところへ、酒乱の叔父さんが戸を叩く音。
 年増女によると、ついこの前、八百屋が訪ねてきていたところに酔ってやって来て、八百屋は斬られそうになったと聞けば、すたこら駒形の家へ逃げるしかない。このあたりは、『紙入れ』にも似た騒動だ。
 翌日、業平を再訪した八五郎。寮に着いたが、人気がない。隣の煙草屋の主に尋ねると、「あぁ、出入りの方。それならお話しましょう。こんな可笑しな話はない」というあたりからは、まるで『転宅』。
 こういう筋書きそのものの楽しさを十分に味わわせてくれるだけではないのが、小満ん落語。
 マクラでは、猿若町の芝居小屋の構造を、詳しく紹介してくれた。平土間に高土間、高土間の奥に上と下に桟敷(しゃじき)があり、下が「うずらの席」。八五郎が、二人の女性の計略とは露知らず、鼻の下を伸ばして「音羽屋!」と叫んでいたのは、この「うずらの席」だ。
 奈良名所案内の後には、猿若町芝居小屋案内。
 円生のこの噺をテレビで観たことがあるが、やや下卑た印象を受けた。小満んは、オデキを舐める場面、「こういうのは、私の柄じゃないんですが」と笑いながら、軽く演じて、後味も良かった。これまた、好高座。
 
 ここで、仲入り。
 ロビーでこの日の居残り会参加の方々と、居残りはできないながらお越しのお仲間にご挨拶。

 さて、トリネタは、あの噺だ。

柳家小満ん『お直し』 (40分 *~20:36)
 今度のマクラは、小満んの「吉原講座」だ。
 籬(まがき)の位置や、西の河岸が二朱店、東が羅生門河岸、などなど、勉強になったなぁ^^
 志ん生なら、「こんなこたぁ、学校じゃ教えない」と言いそうだ。
 その志ん生がこの噺で昭和31年の芸術祭文部大臣賞を受賞したのは、有名。
 筋書きは、吉原の中(位の)店で働いていたベテラン花魁と牛(妓夫)太郎の二人がいい仲になり、主人の計らいで証文を巻いて(棒引きにして)もらって夫婦になり、女は遣り手、男は変わらず店の若い衆(わかいし)として働くことになった。少し小金がたまってくると男が千住(こつ)で遊び始め、揚句には博打でスッカラカンとなって、羅生門河岸で二人で「けころ」を始める、というもの。
 私は、この噺、夫婦のみならず、店の主も重要な登場人物だと思っているが、小満んが演じる主人、良かったねぇ。
 威厳もあれば、あの世界で生きているだけあって、腹も座っている。
 けころまでになって客をとり、酔った客を手玉に取る女房の姿も、見て聴いていて、なんとも小気味がいい。
 「直してもらいなよ」と繰り返しながら、最後は感情が高ぶってくる男の様子の描写も見事。
 ヤキモチは焼くなと念を押していたのに、つい女房と客の会話で取り乱す姿に、男の弱さがしみじみと表される。
 そして、その旦那に「易者と同じで、口裏を合わせるのが商売なんだよ」と言い切る姿に、女の強さをまざまざと感じたなぁ。
 小満んは、志ん生版を土台にしていると察するが、着物などの形容も、実に渋いのだ。
 花魁が遣り手になった時の身なりの変化の描写、志ん生の高座では、次のようになる。
『志ん生廓ばなし』(ちくま文庫)
 緋縮緬の長襦袢に禰襠(しかけ)を着て、髪は赭熊(しゃぐま)に結って、お客をとっていたのが、今日はがらっと変わっちゃって、髷に結って眉を落として、唐桟の襟つきの着物に、八端の黒繻子の腹合わせの帯を引っ掛けに結んで、食いこむような白足袋ィはいて、煙管ゥ持って、お客と花魁の間の、つまりこのォ事を運ぶんですな。これをおばさんてェます。
 こういう描写は、誰でも似合うってぇことはない。
 しかし、小満んには、ピッタリだった。
 吉原講座のマクラと本編を含め、今年のマイベスト十席候補とする。
 

 終演後は、佐平次さんが前もって予約していたお店で、I女史、F女史とよったりでの居残り会。
 さすが、飲み屋の目利きでは日本一の佐平次さんの選択である。旨い焼き鳥と、楽しい落語談義で、松竹梅「辛口豪快」の二合徳利が、何本空いたのやら。
 居残り会を含め、小満んワールドに浸りきった夜だった。
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by kogotokoubei | 2017-11-21 15:32 | 落語会 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛