噺の話

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2017年 09月 16日 ( 1 )

 食欲の秋、である。
 
 先日の同期会加賀の旅、山中温泉で夕食後の幹事部屋での仲間との会話で、私が春の合宿の朝食で、どんぶり飯を七杯食べたことも、ちょっとしたネタになった。

 そうそう。
 三杯目からは、仲間が食べない漬物などのおかずを集めて食べたものだ。

 それでも、午前中の練習後に、しっかり昼飯を食べることができたからねぇ。
 
 まぁ、四十年以上前のお話。

 今はどうか。
 日頃、私は一日の食事の中で、昼食でもっとも多い量のご飯を食べる。
 平日の外食の場合、おかわりをしたり、大盛りを食べる時も多い。

 最近、外食の際に気になるのが、若い男たちが少食であること。
 「ご飯少な目」なんて注文する人が、なんと多いことか。

 そんな思いがあるので、江戸や落語関連の本から江戸時代の食生活のことを知ると、あまりにも現代と違うことに驚くのだ。

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中込重明著「落語で読み解く『お江戸』の事情」

 まず、何度も引用しているこの本から。
 中込重明さんが若くして旅立ったことは、惜しんで余りある。

 『目黒のさんま』の章を読んでいて、あらためて江戸時代の食生活について再確認した。
 引用したい。

 『目黒のさんま』では、殿様ははじめてさんまを食したことになっている。寛永、宝暦から文化年間(1804~1817)頃までの、世情、売り物などに関する随筆『続飛鳥川』にも、さんまは下の魚だから、下々の者しか食べなかった、寛政の頃から追々食用になったと記されている。
 当時の庶民の食卓には、他にどんなものが上っていたのだろうか。『目黒のさんま』は江戸郊外の農家が舞台になっているが、江戸の長屋住まいの人々を基本に考えてみたい。『守貞謾稿(もりさだまんこう)』によると、庶民の食事は一般に以下の通りということになる。朝、飯を炊き、味噌汁を合わせる。昼と夜は冷や飯。ただし昼食は野菜か魚のおかずを一品添える。夕飯はお茶漬けと漬物を食べる。
 また、『文政年間漫録』に記されている大工の一家の場合、夫婦に子供一人で、年間に米を三石五斗四升食したとある。これを手がかりに算出してみると、江戸では大人一人あたり一日に四合近くの米を食べていたことになる。出職の職人や棒手振などが持っていく手弁当も、握り飯にたくわんか梅干というのが定番だった。
 以上の情報をもとに推測すると、江戸の人々は現代に比べると米中心の食事であったと考えられる。

 もう一冊。


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『杉浦日向子の江戸塾』

 七年余り前の記事と重複するが、『杉浦日向子の江戸塾』(PHP文庫)からも、江戸時代の食生活についてご紹介。
2010年7月22日のブログ
 日本橋生まれの杉浦さんと、深川育ちの宮部みゆきとの対談から。

宮部 江戸時代は初期から一日三食だったんですか。
杉浦 中期以降ですね。初期は二食です。
宮部 小説のなかで食事の回数を書くとき、いつも迷うんですよね。
杉浦 その家の風習にもよるんです。江戸の中期以降でも、二食で通して
   いた家もありました。
宮部 決まった時間に食べてはいなかったんですか。
杉浦 腹が減った時が食べる時。日に六度飯の人もいれば、一日一回、
   ドカ食いする人もいる。商家のように大人数を抱えているところ
   では、食べる時間が決まっていましたけどね。
宮部 朝昼晩で、どの食事が一番豪勢だったんでしょう。
杉浦 それはお昼。昼には焼き魚がつきましたから。ご飯は冷や飯
   だけどね。午前中でほぼ仕事が終わってしまう河岸の衆などは、
   酒も付けてまるまる一刻(二時間)かけて食べるんですよ。
宮部 ラテン系の人たちみたい。
杉浦 そう。それで夜はお茶漬けでさらさらっと。
宮部 たりない分は夜食で補う。
杉浦 そうなんです。
宮部 当時の人はたちは、お米をたくさん食べていたんですよね。
杉浦 一日五合が基準。二食のときは一食で二合半です。だからどこの
   家庭にも、二合半の升が必ずあった。一人前の分量ということで。
   それで、一人前じゃない人に対して「この一合野郎」という罵り
   言葉があったほどです。半人前以下ってことですね。
宮部 一合野郎か、今度使ってみよう。

 中込さんの本はある史料から一日約四合と記されていたが、杉浦さんは、一日五合と説明。

 二合半の升、という裏付けからも、一日五合に説得力があるなぁ。

 あっしも一日五合は、食べない。
 八っつぁんや熊さんから、「この一合野郎」と罵倒されるだろう^^
 
 こういう話を知って、すぐこう反応する人は少なくないだろう。
「だから、寿命が短かったんだ」。

 大きな誤解だ。江戸時代の統計として寿命が短かった大きな理由は、乳幼児死亡率が高かったからで、長生きした人はいくらでもいる。

 葛飾北斎などは九十まで生きた。

  炭水化物->血糖値上昇->糖尿病

 というイメージが、あまりにも沁みついていることもあるのだろうが、現代の日本人は、あまりにも米を食べなくなった。

 ご飯をよく噛むことで、栄養にもなり、満腹感も得られる。

 あのタニタの食堂だって、白米や玄米は重要な主食。

 二十代の二割の人が、一ヶ月に一度もご飯を食べていない、という統計もある。
 
 代わりに、お菓子にコーラ、サプリメント・・・・・・。

 日本の将来を考えると、この若者の食生活の問題、結構大きな危険性を孕んでいると思うなぁ。
 米をもっと食べないとねぇ。

 さぁ、これからご飯、米を食べよう!

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by kogotokoubei | 2017-09-16 11:30 | 江戸関連 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛