噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2017年 08月 11日 ( 1 )

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柳家権太楼著『江戸が息づく古典落語50席』(PHP文庫)

 『へっつい幽霊』のサゲの調査(?)のために久しぶりにめくった本に、なかなかいい文章があったので、ご紹介。

 柳家権太楼の『江戸が息づく古典落語50席』は、2005年にPHP文庫のために書き下ろしたもの。
 
 「まえがき」から引用したい。

 若い女性たちを中心に、いま落語がちょっとしたブームになっているようです。若手が独演会を開くと、若い女の子がどっと押し寄せるといいます。現代を諷刺した創作落語うぃ聞かせたり、古典落語に新しい味付けをして、若い人たちの心をつかんでいる。

 くどいようだが、この本は2005年2月発行。
 まえがきの日付は平成十六年(2004年)師走、となっている。

 もちろん、今の“成り金”たちのことではない。

 果たして、当時の若手って、いったい誰だったのかな。
 
 ちなみに、白酒の真打昇進が2005年、三三、左龍、甚語楼が2006年、馬石、菊志んが2007年、だなぁ。2007年には秋に木久蔵もいるけど・・・・・・。

 もしかすると、権ちゃん(と呼ばせていただく!)の言う若手の年齢の幅は広いのかもしれない。

 2000年真打昇進の喬太郎、たい平、2001年の白鳥、三太楼(遊雀)、2002年には扇辰、彦いち、2003年には一人昇進の菊之丞、あたりも含んで“若手”と言っているような気がする。
 ちなみに、本書執筆時点、まだ三太楼は弟子である。

 引用に戻る。

 落語の世界に身を置く者として、実に有り難い。実に有り難いですが、せっかく落語に関心を持ったなら、ちょっとその領域を広げて、古典落語そのものもじっくり味わって欲しいなあと思います。古典というと、何か古色蒼然とした芸能と思うかもしれませんが、古典落語はそんなもんじゃありません。

 まったく道灌、いや同感!
 言葉ではできないギャグはスルーしていただき、引用を続ける。

 江戸、明治、大正のころにできた噺を、何十人、何百人という落語家が工夫を凝らし、師匠から弟子へと受け継がれ、練りに練り上げた噺が、いまも何百と残っている。そんな「生命力」が古典落語には漲(みなぎ)っています。その生命力を是非味わって欲しいと思い、本を出すことにしました。

 ね、権ちゃんの心意気のようなものが伝わるでしょう。

 落語家が監修者として名を出している本ではなく、書き下ろしですからね。
 私の琴線にもっとも触れた部分を含め、ご紹介。

 数ある噺のなかから二百を百席に、百を五十席に絞り込む過程で、一つの発見がありました。それは、やっぱり古典落語は古くない、ということでした。何故かといえば、古典落語は人間の本質(われわれの世界の言葉を遣えば「了見」です)が見事に集約されている。時代が移り変わっても、夫婦や親子の愛情、お金や物への執着など、そう簡単に人間の了見なんて変わるもんじゃありません。NHKの教養番組じゃありませんが、古典落語は人間の本質を笑いのオブラートでくるんで見せる「人間講座」のようなもんです。「人間とは何か、人生とは何かを知りたければ古典落語を聞け」と言いたいくらいです。

 いいでしょ、この権ちゃんの「了見」!

 古くなるが、この本は2009年5月に書いた『青菜』の記事でも引用している。
2009年5月21日のブログ


 こういう文章を読むと、権ちゃんの高座(講座?)、聴きたくなる!
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by kogotokoubei | 2017-08-11 15:02 | 落語の本 | Comments(2)

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by 小言幸兵衛