噺の話

kogotokoub.exblog.jp

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2017年 07月 13日 ( 1 )

 この会は、なんとも久しぶり。
 調べてみたら、2014年12月の会以来だ。
2014年12月2日のブログ
 いろいろ野暮用もあったし、一時、浅草見番の会を含め、集中的に雲助を聴いたこともあり、しばらく時間を空けようという思いもあった。
 また、できるだけまだ聴いたことのない人の高座に出会いたいということと、寄席を優先した、ということもある。
 
 しかし、たまに寄席以外で、長講を聴きたくなる人である。

 今回は、行こうと決めてから、久しくお会いしていない方を含め、落語愛好家のお仲間にずうずうしくもお声をかけて、居残り会も幹事的に段取りしていた。

 落語会とアフターと、どっちが主役か^^

 会場は七分程度の入りか。
 当初この会には半分位しか埋まらなかったことを考えると、ある程度固定客がついたのだろう。

 こんな構成だった。
--------------------------------------
(開口一番 桃月庵はまぐり『子ほめ』)
五街道雲助『千両みかん』
(仲入り)
五街道雲助『菊江の仏壇』*ネタ出し
--------------------------------------

桃月庵はまぐり『子ほめ』 (14分 *18:58~)
 何度か聴いているが、これまでではもっとも残念な高座。
 気になるのは、主人公(八五郎?)の口調が乱暴すぎること。
 あえてそういう人物造形をしているのかもしれないし、自分のネタとして発展途上なのでもあろうが、世辞を言って一杯ゴチになろうというのに、あんな伝法な口をきいちゃいけねぇや^^

五街道雲助『千両みかん』 (30分)
 暑くてエアコンをかけっぱなしで、少し喉をやられた、と言っていたが、聴く側としては、あまりそれを感じなかった。
 しかし、体調は十分ではなかったのかもしれない。それは、これまでこの会で経験したことのない、二席のみでの早いお開きにつながったと察する。
 マクラの、お天道様とお月様、雷様が一緒に旅行に行った、というネタは、以前も聞いていると思うが、今度自分が余興で落語をする時に使わせてもらおう。
 今では、氷イチゴなんてぇのはなくなって、氷フラッペ、氷の上に果物の切れっぱしなんかが乗っている、とふって本編へ。
 達者な芸であり、ツボを押さえた高座であるのは間違いないのだが、この人にしては軽い、あっさりとした高座と感じた。
 二席とことわっていたので、トリのネタを考えると、九時までなら、この噺も膨らませて45分位で演じるのではないか、と勝手に思っていた。
 しかし、番頭が若旦那から臥せている理由を聞き出す場面にしても、短く淡泊。
 番頭に笑わないでくれと言って、悩みの元を明かす場面。
 若旦那「ふっくらとした」
 番 頭「ふっくらとした?」(怪訝そうな顔)
 若旦那「丸みのある」
 番 頭「丸み・・・のある!」(察した様子)
 若旦那「艶のある」
 番 頭「艶のある」(頷きながら)

 の会話も、鸚鵡返しすることなく、すぐこの後に

 若旦那「おつゆのたくさんありそうな」
 番 頭「おつゆ・・・・・・・?」
 若旦那「蜜柑が、食べたい」
 
 で謎が解ける。

 好みもあるし、くどすぎるのも問題ではあるが、なんともあっさりとした種明かしは、私には拍子抜けだった。
 三戸前ある蔵の中に、一個だけ腐っていない蜜柑があったのは、神田多町の「万惣」ならぬ「千惣」。
 番頭から蜜柑一個が千両と聞いた若旦那が、あっさり「そう」と答える場面の可笑しさなどは、この人ならではの味があったが、全体としては大人しい高座と言えるだろう。
 近所の八百屋が磔の描写をするのを、番頭が泣きそうになりながら聞く場面は楽しかったが、番頭はもっと感情の起伏があって良かったのではなかろうか。
 久しぶりの会に期待しすぎたのかもしれないが、雲助落語はあんなものではない、と思う。
 ネタのせいもあるかなぁ。
 矢野誠一さんが『落語歳時記』(文春文庫)の中で、金原亭馬生が、あるテレビ番組で翌週放送される本人演じるこの噺について、「あんまり面白い話じゃないン」と語り、聞いていた番組プロデューサーが思わず椅子からころがり落ちた、というエピソードを紹介している。労多くして、なかなか報われないネタであることを、再確認したような思い。
 二席目に期待、と仲入りの一服。

五街道雲助『菊江の仏壇』 (35分 *~20:30)
 仲入り後は、ネタ出しされていたこの噺。
 元は上方。初代円右が東京に移したとされるが、かつては小文治が十八番とした後は演者がなかなかいなかったのだが、雲助の師匠馬生が久しぶりに手がけ、昨今では、さん喬が『白ざつま』の題で演じている。
 馬生の音源は、残念ながら持っていない。

 この噺で思い出すのは、かれこれ六年半ほど前の桂文我の高座だ。
 ゲストの小金治さんに、八代目三笑亭可楽譲りの『三方一両損』で、見事な江戸っ子の啖呵を聴かせていただいた日だった。
2010年12月6日のブログ
 その時の内容と重複するが、このネタにはいろんな噺の要素が入っていると思う。
 次のような場面で他のネタを彷彿とさせる。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他同様の“バカ旦那”シリーズ
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは、『山崎屋』
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は、『味噌蔵』

 これまた矢野誠一さんの本『落語讀本』(文春文庫)になるが、このネタの「こぼれ話」から引用。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。
 
 さて、雲助の高座に、“茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気”はあったのか。
 若旦那が、番頭佐兵衛が清元の師匠を囲っていることを、じわじわと暴露していく場面は、『山崎屋』でも聴いているが、実に巧みな芸と言える。
 「そのまま、算盤弾いて」と言われたって、佐兵衛も心おだやかなはずがない^^
 若旦那のよく出来た女房お花と柳橋の芸者菊江が、そっくり、というのは師匠馬生譲りなのだろうか。
 番頭に、なぜ病のため里で療養している女房のお花を見舞いに行かないのか、と問い質される若旦那。
 お花は、なんでもよく気が付き、算盤だって番頭並み、若旦那は「なんでも見透かされているようで」気づまりで、顔は似ているが菊江のほうは、一緒にいると心が休まる、と言う。
 こういう若旦那の心理描写も、師匠譲りなのかどうか勉強不足で分からないのだが、男という生き物の心理を言い得ているようだ。出来過ぎた女房は息が詰まる、少しはいい加減なほうが、こっちも楽、ということで、この場面は、実に説得力があった、などと書くと、世の女性から顰蹙か^^
 残念なのは、題にもなっている菊江の姿が、あまり表現されていなかったこと。
 菊江の姿、艶、色気が、今一つ私には映像として浮かんでこなかったのだ。
 髪を洗っている途中に呼び出され、白薩摩の単衣のまま駕籠に乗せられてやって来るわけだが、駕籠を降りて番頭と若旦那の前に姿を現した時に、菊江の科白がなかったのも、影響しているかな。
 帰ってこないはずの大旦那が帰ってきてから二言、三言科白があったものの、菊江像を描くには不十分な印象。
 大旦那が若旦那にお花の最後の様子を聞かせる場面は、サゲの可笑しみを倍加させ、この噺の奥の深さのようなものを感じさせたし、もちろん、人並み以上の好演ではあったのだが、私が期待した雲助ならではの高座とは言い難い印象。

 桂小南もこの噺を十八番としていたようだ。ぜひ、秋に誕生する三代目小南のこのネタを聴きたいものだ。

 さて、私が知るこの会は、三席で九時終演だったが、二席で八時半にお開き。

 雲助の体調のせいなのかは分からないが、短いネタがもう一つ加わっても良かっただろうと思いながら、席を立った。
 

 しかし、落語会の物足りなさは、居残り会が早く始められる喜びに変わったのであった^^

 久しぶりにお会いするOさん、そして、I女史、F女史とのよったりは、四年前にこの会の後に寄って、靴をなくしたあのお店へ。
2013年8月3日のブログ

 若女将に「落語会が早く終わったけど、大丈夫?」と聞くと、「どうぞお二階へ」とのこと。
 良かった、二階なら靴を脱ぐことはない^^

 いろいろと話は盛り上がったなぁ。

 印象深いのは、かつては、見知らぬ人を家に泊めてあげることが多かったという話題。
 I女史が若き日、“ユースホステルの女王”として北海道で顔を売った(?)という話から発展したのだが、私の北海道の実家でも、何度もバイクや自転車でやって来た若い旅行者を泊めたことがある。そして、F女史も若かりし日、その広い実家ではいろんな方をお泊めしたとのことで、帰宅すると知らない人に「お帰りなさい」と挨拶されることもしばしばだったらしい。
 今では、とても考えられない、何ら疑うことなく人を信じることができた時代の思い出だ。
 もちろん、落語や講談、浪曲などにも話題は広がった。子供の頃から寄席体験を積み重ねているOさんは、今ではお嬢さんを浪曲にも連れて行くなど、立派な教育(?)をなさっている。落語の科白もよく覚えていらっしゃるので、「お嬢さんに落語を演って聞かせてあげたら」、と私がふったら、数多の名人の高座を聴いていると、とても人前ではできない、とのこと。
 私が、酒の勢いにまかせて友人に落語を聴かせていることが、どれほどの暴挙なのか、と反省しきり^^
 そんなこんなの楽しい会話が弾み、“ねのひ”の徳利が、さて何本空いたのやら。
 そうそう、I女史が、次の日はゴルフで早起きしなければならないので、「軽くね」ということで始めたのだったが・・・大丈夫だったかな。

 つい、看板まで居座った楽しい居残り会だから、帰宅が日付変更線を越えたのも当然であった。

 今、入場の際にいただいたプログラムを開いてみると、日付には「 月 日」とあり、ネタの部分も空白の中央に「お仲入り(休憩)」と記してあるだけ。

 要するに、どの会でも使えるようになっている。

 コスト削減することも大事ではあると思う。
 しかし、かつては、プログラムのみならず、ロビーにネタの補足説明などを書いたものを貼っていたり、とにかく、手作り感たっぷりの会だったことを思い出すと、正直、少し残念だ。

 このブログは、ある大手の興行会社による大ホールでの、何ら主催者の意図を感じない、出演者への気配りのない落語会への小言がきっかけで始まった。
 その会社のアンケート用紙は、何度もコピーにコピーを重ねて文字が薄くなっている、どの会でも使えるものだった。

 その対極にあるのが、雲助五拾三次のような会だと思っていた。

 始まって二回目から聴いている。あの2013年5月の会では、『髪結新三』を堪能した。
2013年5月14日のブログ


 雲助好きで落語好きな愛好家が始めた、手作りの良心的な会、というのが当初の印象だ。

 久しぶりに出向いて、番組の構成やプログラムなどに、この主催者の今後に不安を抱いたことも事実だ。

 人気があり実力も評価されている若手講談師の会も開催しているらしい。

 もちろん、興行を継続するには、利益も相応になければならないだろう。

 しかし、甘いかもしれないが、そして生意気を承知で書くが、この会を始めた当時の純粋な了見を失わずにいて欲しい。

 二年半ぶりに行った会で、そんな思いも抱いたのだった。

[PR]
by kogotokoubei | 2017-07-13 12:58 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛