噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2017年 07月 10日 ( 1 )

 このブログを書き始めてからの年月について、自分で少し勘違いをしていた。

 2008年6月から始めたので、丸九年がすぎ、なんと十年目に入っている。
 てっきり、まだ九年目に入ったところ、と思っていた。

 ちょうど九年前の七月十日に、『船徳』のことを書いていた。
 今まで通算1620の記事の、12本目だった。
2008年7月10日のブログ

 昨日と今日は、今年も浅草寺の「ほおずき市」。
 あらためて、浅草寺のサイトから引用。
浅草寺サイトの該当ページ

平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。 四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、われ先に参拝しようという気持ちから、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至る。 四万六千日にともなうほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。四万六千日の縁日は浅草寺にならって他の寺社でも行なわれるようになり、芝の愛宕神社では四万六千日の縁日にほおずきの市が立った。「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間信仰があり、ほおずきを求める人で賑わったそうである。その愛宕神社のほおずき市の影響を受け、四万六千日の大本である浅草寺にもほおずき市が立った。ちょうどお盆の季節でもあり、ほおずきを盆棚飾りに用いる方も多い。 かつては、四万六千日の縁日に赤とうもろこしを売る屋台もあった。これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間信仰により、文化年間(1804〜18)頃に境内で売られるようになったという。ところが明治初年(1868)頃、不作によって赤とうもろこしが出回らないことがあった。これに困ったご信徒が浅草寺に雷除けのお守りを求めた縁から、浅草寺では竹串に挟んだ三角形の守護札を授与するようになった。これが今も四万六千日に授与されている雷除札【かみなりよけ】である。 9日・10日の両日、いなせな恰好の売り子たちが声をあげてほおずきを売り、境内は朝から晩まで参拝者で埋まる。観世音菩薩の功徳に感謝して参拝し、ほおずき市を散策して江戸情緒を味わいたい。

 126年分の功徳、ですよ!

 かつての「四万六千日」は、もちろん旧暦の七月十日。
 今年は閏五月があったこともあり、旧暦七月十日は、新暦八月三十一日。

 七夕が秋の季語であるように、季節は秋だ。

 だから、桂文楽の科白で有名な『船徳』の「四万六千日、お暑いさかりでございます」は、新暦の七月十日でなければ当てはまらない。

 同じ功徳日の歳時だが、浅草より先に「ほおづき市」(なぜか、「ず」ではなく「づ」)を開いていた芝の愛宕神社では、今でも6月に「夏越しの祓え」の一環として催されている。
 同神社のサイトから引用。
愛宕神社サイトの該当ページ

【千日詣り ほおづき縁日】6月23日~24日この両日に社殿前にしつらえた茅の輪(ちのわ)をくぐりお参りすれば千日分の御利益(ごりやく)があると昔から信仰され、境内で自生してていたほおづきを飲めば子供の癇・婦人病に効くと言われていた。
現在はお祓い済みのほおづきを受けると特別に社殿の中で本人もお祓いしてくれる。
ほおづき市と言うと浅草が有名だが、もともと愛宕神社から始まったもの。蛇足ながら羽子板市も当社が発祥。
その賑わいは平岩弓枝氏著「犬張り子の謎」にも記されている。

【中祭式】6月24日 11時自分の厄を移した形代(ひとがた)を神社に納め半年間の厄を祓い清める行事。年末の大祓いに対し、夏越し(なごし)の祓えと言う。

 ほおづき市のみならず、羽子板市も愛宕神社が先であると、“蛇足ながら”主張している^^
 
 ほおずき市で思い出すのは、落語を題材とした2007年の映画『しゃべれども しゃべれども』だ。
allcinameサイト「しゃべれども しゃべれども」

 国分太一演じる二つ目の落語家今昔亭三つ葉が、ひょんなことから開くことになる「話し方教室」に通う女性、十河五月(香里菜)との淡い恋の舞台として、ほおずき市が登場する。

 あの映画では、原作では主人公が演じる師匠の十八番ネタが『茶の湯』であるのに、『火焔太鼓』に替えていたなぁ。

 「話し方教室」に通う生徒は他にもいて、元プロ野球選手で野球解説者の湯河原太一(松重豊)と、関西育ちで東京の小学校でいじめられているのが森永悠希演じる村林優少年。
 優は、桂枝雀にぞっこん惚れており枝雀版の『まんじゅうこわい』を演じる。実に上手い。凄い、と言っても良い。
 森永悠希という俳優さんは、この映画の後にテレビや映画に数多く出演して存在感のある役者に成長しているが、私は、十年前のデビュー作村林優役が、もっとも輝いているのではなかろうかと思っている。
 同じ発表会で「まんじゅうこわい」対決をするはずの五月が、ネタを急遽変更して、科白を立て板に水とはいえ、登場人物すべて同じ口調の『火焔太鼓』を演じる。
 その五月の『火焔太鼓』を酷評する三つ葉は、自分自身が師匠小三文十八番のそのネタに挑む。
 今昔丁小三文役の伊東四朗は、とにかく上手い。
 三つ葉の祖母役で八千草薫も、実に良いアクセント。

 ほおずきのことに戻るが、三ツ葉と五月は、実際に浅草寺のほおずき市でほおずきを買うわけではない。
 しかし、ほおずきは大事な小道具として登場する。
 そうだ、大川と船、ということでこの映画と『船徳』は共通点があるなぁ。
 監督は平山秀幸で、同じ2007年に『やじきた道中 てれすこ』も撮っている。
 この映画については以前記事を書いた。
2012年12月8日のブログ

 ほおずき市のことから映画に発散してしまったが、落語に話を戻す。

 『船徳』の時期を七月十日に設定したのは、三代目小さんだと言われている。
 新暦の七月十日、ほんとに今日もお暑いさかりだった。

 この時期の年中行事で思い出したが、先週、近所の幼稚園に七夕飾りがあって、園児のさまざまな願いが短冊に書かれて吊るしてあった。
 しかし、先週七月七日は、旧暦閏五月十四日で、月齢十三の月が明るく輝き、天の川を見ることはできなかった。

 園児に、天の川が見れないことを、旧暦のことなどを含めて説明できる先生は、果たしていただろうか。

 昨夜の閏五月十六日の満月、そして今夜の月齢十六日の月も、実に綺麗だった。

 以前にも書いたが、旧暦七月七日の半月は、満月の約十二分の一の明るさだからこそ、天の川も牽牛と織姫星も、きれいに見えるのである。

 今年は、八月三十一日に、ぜひ天の川を見るのを忘れないようにしなきゃ。


 さて、今年もすでに半分が過ぎ、来週19日から、夏の土用入り。
 今年は土用の丑の日が二日あるので、スーパーもコンビニも中国産ウナギの販売ノルマが増えて、働く方は大変だろうなぁ。

 私の場合は、一年で鰻を食べないと決めているのが、土用の丑の日。

 鰻にまつわる噺はいくつかあるが、同じ原話から、文楽で有名な『素人鰻』と、志ん生が得意にした滑稽噺の『うなぎ屋』がある。
 
 私は、『うなぎ屋』にならって、鰻職人がいない鰻屋を、なんとか見つけたいと思っている^^
 間違っても、神田川の金のような酒乱の職人のいる鰻屋には行きたくない。

 四万六千日のお暑いさかり、落語や映画など、鰻のようにいろんなことに思いがいったりきたり、であった。

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by kogotokoubei | 2017-07-10 20:54 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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by 小言幸兵衛