噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

2017年 07月 01日 ( 1 )

 今日七月一日は、富士山の山開き。
 昨日から登り始め、ご来光を拝もうとした山好きの方も少なくないだろうが、残念ながら天候が悪かったらしい。

e0337777_11134083.jpg

矢野誠一_落語歳時記

 『富士詣り』という噺がある。
 矢野誠一さんの『落語歳時記』から引用。

富士詣り

 七月一日の富士山の山開きに、登山して頂上の富士権現に参詣することをいう。登山者は、白衣をつけて金剛杖をたずさえる。富士講と称し、団体をくんで登る人も多い。
  *
 「お富士様へ参りますに、近頃は山の登り口がたいそう変わりまして、昔江戸の道者はみな甲州へ行って、北口から登山いたしました」
 というのが、落語『富士詣り』のマクラだ。このはなし、富士詣りの途中で、山が無事にすむようにと、みんなが犯した罪をざんげする。湯屋で新しい下駄をはいてきたとか、色事のざんげなどがあって出かけると、一人が青くなった。
「この人は初山で酔ったな」
「酔ったかもしれねえ、ちょうど五合目だ」
 別題を『五合目』というゆえんだ。


 今日、どこかの寄席で、『富士詣り』を演る噺家がいるだろうか。

 『大山詣り』は、今の時代にも残りよく聴くことがあるが、『富士詣り』はまだ寄席で聴いたことがない。

 ネットで調べたら、Youtubeに柳家権太楼の音源があった。



 本来のサゲではないが、なかなかに楽しい。

 本編はちょうど寄席の尺。

 同じ矢野さんの『落語手帖』によると、かつて、七代目三笑亭可楽が得意とし、三遊亭小円朝に可楽から伝わったらしい。
 小円朝は、本来は柳派の噺、と言っている。
 権太楼は、小さんから習ってのだろうか。

 小円朝の弟子の朝之助から当時の若手にも伝わり、よく演じられたとのことだ。

 朝之助は、若くして亡くなった人で、談志との縁も深かった。
 酒さえ飲まなければ、次代を担う名手だったはず。

 朝之助がもう少し生きていてくれれば、この噺も今のように消えかかることはなかったかもしれない。

 富士山の山開きの日、今やなかなか聴くことのできない『富士詣り』という噺と、そのネタを得意としていた噺家のことを思っていた。
[PR]
by kogotokoubei | 2017-07-01 12:31 | 落語のネタ | Comments(12)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛