噺の話

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2017年 04月 05日 ( 1 )

 今日の毎日新聞「記者の目」で、東京学芸部の濱田元子という記者による、“落語ブーム?”という記事を掲載している。

 まず、冒頭から少し引用。

毎日新聞の該当記事

記者の目
落語ブーム?=濱田元子(東京学芸部)
毎日新聞2017年4月5日 東京朝刊
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波が来た今が正念場

 落語の話題がさまざまなメディアをにぎわせている。この3月には落語協会(柳亭市馬会長)から5人、5月には落語芸術協会(桂歌丸会長)から2人が二つ目から真打ちに昇進。落語協会の真打ちは200人となった。東西合わせて落語家は約800人に上る。観客動員も好調だ。大ヒットミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」になぞらえ、「ら・ら・らくご」なんて声も聞こえてきたりする。

 こうした隆盛ぶりは演芸担当記者、そして落語を楽しむ一人として、うれしい限りである。一度に何千人も動員する芸ではないが、観客が多彩な個性を楽しめる環境もできてきた。400年続く古くて新しい芸をより広く浸透させるチャンスであり、この機に寄席や落語会に足を運ぶ人がもっと増えてほしい。

 一方で「ブーム」と呼ばれることに一抹の不安がないわけではない。いずれ熱は冷めてしまうのではないか、と。 江戸時代中期、落語家の祖といわれる露の五郎兵衛、米沢彦八、鹿野武左衛門が京都、大坂、江戸の3都にほぼ同時に現れ、小屋掛けやお座敷など興行のスタイルこそ違え人気を集めて以来、落語は浮沈を繰り返してきた。

 直近で“ブーム”と呼ばれたのは約10年前、2005年前後。落語家を主人公にした宮藤官九郎さん脚本のテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」(05年)や、上方落語を舞台にしたNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」(07~08年)で、落語が一気にお茶の間に浸透した。

 今回、火が付くきっかけになったのは、人気と実力を兼ね備えた立川談春さんが師匠談志の下での修業時代をつづったエッセー「赤めだか」の2時間ドラマ(15年)、そして漫画原作のテレビアニメ「昭和元禄落語心中」(16~17年)だといわれる。

 2015年12月28日に放送されたドラマ「赤めだか」についての私の感想は、以前書いた通り。
2015年12月30日のブログ

 あまり良い印象はないのだが、とはいえ、落語を知らない人を落語に振り向かせたという意味で、ジャニーズ系の人気者が落語家に扮したドラマの効果は否定しない。

 さすがに、談春が役者をするよりは、役者が談春に扮した方が上手い^^

 そして、漫画とテレビアニメ「昭和元禄落語心中」が、その物語の魅力によって、若者に落語という芸の世界や個々のネタを知らしめた効果は大きいだろう。

 あのアニメ、初心者のみならず、長年の落語愛好家の中にもファンはいるからね。
 私は二度ほど観ただけだが、なるほど、巧いこと漫画にしたものだ、とは思う。

 記事の引用を続ける。

若い観客層が二つ目を支持

 前回と同じくドラマにけん引されてはいるが、目を引くのが二つ目と呼ぶ若手落語家の人気、そして若い観客層の支持である。寄席の一つ、末広亭(東京都新宿区)の真山由光席亭は「ブームというのは大げさだが、たしかに若い人が増えている。二つ目あたりがお客さんをつかんでいる」。落語協会も「右肩上がりです」と手応えを話す。

 受け皿となる落語会も飛躍的に増えた。首都圏だけで月1000件が開催され、寄席やホール以外にも小さなカフェなど落語を聴ける場所が多様化。間口も確実に広がっている。

 ぴあ総研の調べでも、寄席・演芸の動員数は、東日本大震災があった11年に前年比減となり、12年には129万人に落ち込んだが、13年に156万人、15年には151万人と堅調に推移している。

 そんな活況を象徴的に示したのが今年1月31日、落語協会が都内の寄席3軒に呼びかけて実現した「昭和元禄落語心中寄席」だ。アニメに絡めた落語を特集し、チケットは発売から10日で完売した。「普段の寄席とはまったく違う(若い)お客様がきた。どういう入り口であれ、寄席にお客さんを呼びたい。そのうち10%でも残ってくれればいい」と協会は期待をかける。

 寄席も動いている。昼間はどうしても年配層が中心になるが、末広亭では若い層を取り込もうと、数年前から夜の部で、午後7時以降入場料を半額の1500円にした。トリの演者によっては、半額狙いで行列ができる。

 ブームかどうかはさておき、波が来ているのは確かだろう。落語に注目が集まっているからこそ、落語家にとってもここが正念場だ。多数の中から頭一つ抜け出すためには目先の笑いを取ることに走るだけでなく、波に左右されない芸の積み重ねが必要だ。

 五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭円生ら「昭和の名人」はとうになく、その次の世代である、東京の古今亭志ん朝、立川談志ら、大阪の笑福亭松鶴、桂米朝ら、それぞれ東西の「四天王」と呼ばれた絶対的な規範も失った。

 今回の値上げがどう影響しているかは確認していないが、末広亭の深夜寄席にも、若い人たちの長い行列ができる。
 
 “しぶらく”に触れてないのは、何か理由があるのか・・・・・・。

 加えて、どうも、この記事は落語協会寄りに思えるが落語芸術協会には取材したのだろうか。

 記事内容について小言を言うが、東西の四天王も、名前を出すなら全員の名を載せて欲しいものだ。
 これでは、柳朝(あるいは円鏡)、円楽、そして春団治、小文枝(文枝)は、立川談四楼の本を記事にした際に紹介した、「ら族」ではないか^^

 さて、ここまできたら、記事を最後まで紹介しよう。
言葉の復権の鍵を握るかも

 その一方で、東京では柳家小三治さんや、立川志の輔さんらベテランから、柳家喬太郎さんや桃月庵白酒さん、春風亭一之輔さんといった中堅・若手まで、人気、実力ともに充実した層の厚さがある。二つ目人気も、その裏打ちがあってのことだ。

 生のコミュニケーションが希薄な時代。「ご隠居さん、こんちはあ」「おや、八つぁんかい。まあまあ、お上がり」という会話で始まる落語は、緊密な人間関係をベースに、喜怒哀楽、庶民の心のひだに優しく寄り添う。若い客層に響く魅力の一つではないだろうか。落語復権は、言葉を根幹にしたコミュニケーション復権の鍵を握っているのかもしれない。

 舞台装置もなにもないところに、演者の言葉だけで、観客が想像力で噺(はなし)の世界を描く。いたってシンプルな芸、だが奥は深い。今ちょうど、東京都内の寄席では50日間にわたる落語協会の真打ち昇進披露興行の真っ最中。普段とはまた違う華やいだお祝いムードに包まれているから、これを機に寄席デビューも悪くない。ブームとやらであろうが、あるまいが、息長く見守っていきたい。

 う~ん、小三治と志の輔を同じ“ベテラン”で括るな、と言いたくなるなぁ。

 この記者は、ご自身が落語が好きで、若いファンが増えることを喜んでいるのは分かるのだが、良くも悪くも若さが記事に露呈しているように思う。

 とはいえ、“言葉の復権”という指摘は悪くない。

 できれば、そこから一歩進んで、江戸時代の季節や自然と調和した生活を知ることができる、そして、士農工商と言われたタテマエとは別の、落語の世界の住人の“たくましさ”や“生きる知恵”の発見などにも、落語を知ることによる効能を膨らませて欲しいものだ。

 小言が多いのは管理人の名前からしてそうなので、許して。

 真打昇進披露興行を機に寄席デビューも悪くはないだろう。

 口上はなかなか観ることができないし、ハレの雰囲気が会場全体に溢れている時間と空間を共有するのは、悪いことではない。

 そこで知った新真打と、長い付き合いが始まるかもしれない。
 

 たしかに、ブームとは言えなくても“波”は来ているのだろう。

 今来ている“波”は、いったい何を運び、何を“上げ潮のごみ”として残していくのだろうか。

 私は、“波”や“ブーム”という現象によって、優れた噺家が一人でも多くなることを期待している。
 そのためには、定席や大小の落語会を開く場という、環境も重要。
 しかし、場が増えたところで、一人でいくら稽古していても、成長は限られている。
 それぞれの一門で師匠や他の師匠たちの稽古で芸を磨くことも大事だが、もっと重要なことは、いわば“他流試合”を多くこなすことだと思う。

 流行を表す“boom(ブーム)”には、“とどろく”とか“景気づく”という意味がある。
 ドラマ「タイガー&ドラゴン」は、2004年から2008年まで開催された「大銀座落語祭」と時期が重なる。

 大いに、落語は“景気づいた”のだった。

 大銀座落語祭りは、春風亭小朝、笑福亭鶴瓶、林家正蔵、立川志の輔、春風亭昇太、柳家花緑の六人の会が主催で、小朝というプロデューサーの力によって、東西と東京の両協会を越えた落語家たちの結託が背景にあった。

 今、博多などでも、大同連合的な落語会は開催されていて、それはそれで結構だと思うが、大銀座ほど“ブーム”を牽引する力はないだろう。

 私は、また大銀座をやれば良い、と思っているのではない。

 新たな落語界の胎動があっても良いと思っていて、それがなければ“ブーム”とは言えないだろうと思っている。

 そういう意味で、私が期待しているのは、以前、横浜にぎわい座・のげシャーレで聴いた「東西交流落語会」のような、若手の活動だ。
2015年11月26日のブログ

 博多での出会いをきっかけとしたこの六人は、横浜にぎわい座や天満天神繁昌亭で交流落語会を開いている。

 六人のメンバー(春風亭昇也、桂二乗、三遊亭橘也、桂佐ん吉、笑福亭鉄瓶、そして柳亭小痴楽)は、東京の三人のうち落語芸術協会が二人、円楽一門が一人。上方は米朝(米二&吉朝)一門が二人、松鶴(鶴瓶)一門が一人。

 佐ん吉が一昨年のNHKで優勝するなど、なかなかの実力者揃い。

 こういった威勢の良い若手が、一門や東西の隙間を越えて交流することで、何かが生まれるような気がするし、期待している。

 中堅どころが一門や東西の壁を乗り越えて、というのはなかなか難しいし、今さら、という感もあるだろう。

 どんな芸能やスポーツもそうだが、有望な若手に落語の将来はかかっている。
 
 かつては、ある一門にいても、その師匠の裁量で一門以外の他の師匠のところへも稽古に出すことはあったし、東京と大阪の交流も今日より日常的なものではなかっただろうか。

 良い意味で、そして潜在能力の高い若手が、良い意味で「危機感」を持って壁を越えた交流をすることで、自分の芸を磨くための師匠の数も広がっていくはずだ。

 あえて具体的なネタの例を挙げるが、昨今、上方の噺家さんが東京版の『時そば』を演じることがある。
 私の好みは、上方版は、やはりあの二人連れのからみだろう、と思うのだが、試みとしてはいいと思う。
 ならば、東京の噺家さんが、旬のネタ『長屋の花見』を、上方版の『貧乏花見』で演じるなどの試みなども面白いだろう。

 そういったことに挑戦せきるのも、若いうちではなかろうか。

 小痴楽が、佐ん吉や二乗から米朝の源をたどれる『貧乏花見』を上野に置き換えて演じる、なんて高座は、ぜひ聴きたいものだ。

 そんなことも、この季節にこの新聞記事を読んで、考えてしまうのだった。


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by kogotokoubei | 2017-04-05 21:27 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛