噺の話

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2016年 12月 19日 ( 1 )


 「真田丸」が、お開きとなった。

 なんとか最後まで見続けてきたが、途中でずいぶん挫けそうになったなぁ。

 午後6時からのBSの放送は我が家のお犬様の散歩タイムとなり、総合8時からはサッカー放送を観たので、サッカーの後に録画を観た次第。

 鹿島アントラーズの素晴らしい戦いに熱くなった後で、しっかり、冷めさせてくれたなぁ・・・・・・。

 茶々と信繁が、ああいう状況になるとは、私には思えない。
 これは、前提の違いが発端でもある。
 秀頼が大野治長と茶々の子であると考える私には、どうしても信繁と茶々の濡れ場が気に入らないのだよね。
 最後まで大野治長を悪者にせず、母親の大蔵卿局をヒールにするのも、解せない。
 大蔵卿局が、あれほど重要な役割を果たすのには、毎度違和感があった。
 
 昨夜は思わぬ鹿島の決勝進出という裏番組への対抗措置(?)でもあったのか、NHKは直前の午後七時のニュースで、「真田丸」最終回を煽るような内容を放送していた。
 NHKサイトから引用する。
NHK NEWS WEBの該当ニュース

真田幸村の最期 新資料で謎に迫る企画展 福井
12月18日 17時59分

 大河ドラマ「真田丸」の主人公、真田幸村こと信繁が大坂夏の陣でどのような最期を迎えたのか、最近、見つかった資料などを基にした企画展が福井市で開かれています。

 福井市の福井県立図書館で開かれている企画展には、越前藩主・松平家に伝わる真田信繁の最期に関する資料7点が展示されています。このうち4年前、県立図書館で見つかった大坂夏の陣について書かれた覚書では、「越前藩士・西尾宗次は、身分の高い敵と遭い、やりで戦って名前も知らないままに討ち取った。のちに討ち取った首が真田信繁のものだとわかった」と記されています。

 さらに、同じく県立図書館でことし見つかった西尾が書いたとされる手紙の写しには、自分が信繁を討ち取り、徳川家康にその首を献上したという内容が記されています。これまで信繁の最期については、戦いで疲れて動けなくなっているところを討ち取られたとする説が一般的でしたが、西尾が直接戦ったとする説を補強するものだと解説されています。

 福井県立図書館の長野栄俊主任は、「謎に包まれた真田の最期について紹介しているので楽しんでほしい」と話していました。この企画展は今月28日まで開かれています。

通説は「無抵抗説」

 大坂夏の陣で真田信繁を討ち取ったのは、福井藩士の西尾久作。のちの仁左衛門、宗次だとされています。信繁は西尾にどう討ち取られたのか。最も知られているのは「戦いで疲れ抵抗できない信繁が、福井の無名の武士に討ち取られた」というものです。信繁が「手柄を取らせよう」とみずから首を差し出し、討ち取らせたとも言われています。

 戦国大名の細川忠興が大坂の陣で耳にしたことを国元の重臣へ書いた書状では、「真田の首は越前の武士が持って行ったが、真田が傷を負ってくたびれているところを討ち取って首をあげたということで、全く手柄ではない」と記され、討ち取ったことが不名誉であるかのように伝えています。

 家康をあと一歩のところまで追い詰めながら目的を果たせなかった信繁が、越前藩士に抵抗できずに討ち取られた「無抵抗説」は、その後、ロングセラーとなっている池波正太郎の小説『真田太平記』や、多くの歴史の本や漫画にもなり、信繁の最期として印象的に伝えられてきました。

 ニュースで、このような内容が、最終回の視聴につなげようとばかり放送された。

 さて、実際の放送での信繁の最後は・・・まだご覧になっていない方のために、詳しくは書かない。
 一つだけ、信繁と佐助の姿に、最後の最後、脚本家三谷の池波正太郎『真田太平記』へのリスペクトを見た気がする。とはいえ、太平記では佐助ではなく佐平次だが。
 夏の陣の終盤、「真田太平記」の方には、滝川三九郎なども登場し、二重三重の物語としての深さがあるのだが・・・・・・。

 番組の終わり方は、悪くはなかったと思う。
 そもそも、番宣で「真田一族の最後」というような表現をしていたのがひっかかり、「何を言っている、何のために信之が残ったんだ!」と思っていたからね。

 しかし、松代のことを語るなら、事前の回やナレーションで、信之の後年のことをもっと語っておかなきゃ。いわゆる“仕込み”が足らない。

 松代というと、池波正太郎が晩年の信之を描いた『獅子』を思い出すなぁ。いろいろあったんだよ、信之は最後まで。

 シリーズを通して俳優のMVP(?)は、草刈正雄の昌幸という私の思いに同意される方は多いのではなかろうか。

 『真田太平記』の信繁役として、昌幸役の丹波哲郎さんを観てきた草刈の体験が十分に生きたのだと思う。


 戦国時代や幕末が好きで、池波正太郎に限らず歴史小説の好きな私には、毎回一つや二つは首をかしげる場面のある大河だった。

 たとえば、小田原攻めで北条氏政に降伏するよう説得に行くのが信繁であったのには、大いに驚いた。あの役が黒田官兵衛であったことは、「黒田家譜」にも記載されていることでもあるし、いわゆる“通説”。

 もちろん、昔の資料の信憑性は疑わしいものもあるが、史料や手紙などを踏まえ、またその時の状況を考えれば、あの場面で信繁が小田原城に入るのは、実に不自然。

 あのドラマの時代考証担当者は、いったいどんな根拠があって、あのような筋書きを認めたのか疑問だった。

 一昨日、あのドラマの時代考証を担当した方の記事が新聞に載っていた。
 朝日から引用する。
朝日新聞の該当記事
真田丸「期待裏切らない終わり方」 時代考証の丸島さん
文・写真 田玉恵美 2016年12月17日07時12分

 ベテラン研究者の起用が多かったNHK大河ドラマの時代考証で白羽の矢が立った。「真田丸」で史実に基づく助言を担当。大役の打診に驚いたが、主人公の名を通称の「幸村」ではなく本名の「信繁」にすると聞き、「史実を大切にしようとする意気込みを感じて」引き受けた。

 話題を呼んだ場面の一つが豊臣秀吉のおい秀次の最期。秀吉の命令で切腹させられた、と描かれることが多かったが「真田丸」の秀次は自ら死を選ぶ。発表直前の論文に新しい学説が載るのを知って提案。脚本の三谷幸喜さんが描く秀次像に合致し、採用されたという。

 ログイン前の続きツイッターでも注目を浴びた。どこまでが史実でどこからがフィクションか、放送後に解説した。「なじみのない学説を使ったので、『でたらめだ』と言われるのを防ぎたくて」。フォロワーは約2万人。新しい大河の楽しみ方を提供した。幼い頃、三国志を読んで歴史好きに。最も好きなのは足利尊氏の弟の直義だ。真田と対照的に「戦には弱かったが、室町幕府の秩序を作った人なんです」。

 慶大で非常勤講師をするかたわら、制作陣からの電話に土日もなく対応し続け、「確定申告もしそびれた」ほどの忙しさだった。最後に受けた問い合わせは、物語を締めくくるナレーションが妥当かどうか。「皆さんの期待を裏切らない終わり方になったと思いますよ」(文・写真 田玉恵美)

 本名の信繁にする、というのは私も賛成。
 幸村という名は、史料にはほとんど登場しない。
 ただし、池波正太郎さんの『真田太平記』では途中から、もちろん史実を理解した上で、一般に馴染みの深い名前の幸村に替えているが、説明をしてからのことであったし、物語そのものが面白くて違和感なし。

 この新聞で、「史実を大切にしようとする意気込みを感じて」時代考証を引き受けたという丸島さんに、ぜひ、小田原攻めの一件について、聞いてみたいものだ。

 また、豊臣秀次の最後には、以前から諸説多かった。だから、切腹であっても自死でも、いずれでも構わないと思う。どちらも間違いとは言い切れない。

 それより、生存中の秀次の描き方に疑問があった。
 あんなに、“いい人”であったとは思えないのだ。
 宣教師たちの残した記録なども含む多くの史料を踏まえると、相当に野蛮な面のある人物。あるいは、一度は秀吉の後継者と喜ばせておいての秀頼誕生による秀吉の自分の扱いの変節のため、捨て鉢になっていろいろと惨いことをした人だ。

 と書き出したら、いろいろあるのだが、これまでの高齢者の常連さんではなく、若い方が時代考証を担当されること自体は結構だと思う。

 新たに明らかになった史料なども踏まえ、誤って伝わっている“通説”を覆して欲しいものだ。

 以前、松本順(良順)を主人公とする小説、吉村昭の『暁の旅人』と司馬遼太郎『胡蝶の夢』を引き合いにして、史伝と歴史小説の違い、のようなことを書いた。
2013年3月12日のブログ

 史実ー史料ー史伝ー歴史小説ー歴史ドラマという順に脚色の度合いは深まっていくだろう。

 史料も信憑性の疑わしいものが多いから、複数の史料や聞書きなどで共通する内容が、いわば“通説”となるのだろう。

 史伝は、吉村昭のように数多くの史料にあたり、出来る限りの聞き書きも頼りに、歴史を浮かび上がらせようとする。
 だから、ドラマ性を高めようとする作為的な脚色は施されない。
 比べて歴史小説は、ある特定の人物や出来事のドラマ性を大事にするので、作家の解釈や思い入れによる脚色があって、史実からはどんどん距離ができる可能性も高い。

 そして、歴史ドラマは、原作がある場合は、どの原作を中心とするにせよ、“視聴率”を上げようとし、“おもしろおかしい”内容にするための脚色が施される。
 そして、原作のない脚本から発したドラマの場合は、その脚色の自由度が増すから、史実との乖離が大きくなる可能性が高い。

 典型的な例として、『花燃ゆ』に、吉田松陰の妹で長女の千代が登場しない、なんて馬鹿なことになるのだ。


 史伝、通説、歴史小説などは、長い間に専門家や読者などの目で、いわば“校正”を経て、誤りは途中で訂正されていることもある。
 しかし、原作を元にせず初めて登場するドラマには、脚本家や時代考証家など制作陣がよほど注意しないと、とんでもない誤った歴史観や人物像を提示する恐れがある。
 
 しかし、昨今の歴史ドラマは原作を特定しないものが増えている。

 なぜ、原作がなく、脚本家による創作、いわゆる「歴史を元にしたフィクション」というドラマが増えるかは、いくつか理由が考えられる。

 第一に、その内容に、原作にしばられない自由さが欲しいのだろう。
 二つ目としては、原作者や版権管理人などによるチェックの手間も省きたいという思いもあるに違いない。
 次に、いくら位か知らないが、原作者への費用も発生するから、コスト抑制にもなるはず。

 そういう利点はあるかもしれないが、上述したように、大きな危険性もある。
 
 制作者、脚本家、時代考証家、演出家などが、常に「これで大丈夫か?という姿勢を常に維持しないと、テレビという大きな影響力を持つメディアが、誤った歴史像、人物像を多くの人の脳裏に形成しかねないのだ。

 特に視聴率が伸び悩むと、つい、“おもしろおかしい”見せ場をつくろうとしたり、ありえないキャラクターを登場させがちになる。

 そうなることが、長年の大河ファンや歴史小説ファンは、どんどん離れていくという悪循環になるということを知るべきだろう。

 次の大河、史料にも史伝にも、歴史小説にも乏しい主人公を扱っている。
 緊張感を制作陣が維持してもらいたいものだが、果たしていつまで観ているかどうか。

 ここ数年の歴史ドラマでは、昨年の木曜時代劇『風の峠~銀漢の賦~』が傑出していると思う。

 何度も書くが、ぜひ葉室麟作品を、今の土曜時代劇で取り上げて欲しい。
 
 立花宗茂と妻の誾千代を描いた『無双の花』も良いだろうし、忠臣蔵への独自の解釈を底流とする『いのちなりけり』~『花や散るらん』なども見ごたえがありそうだ。
 読後感が爽やかだった『川あかり』なんかも期待するなぁ。
 葉室作品で映像化を望むものは、他にも、たくさんある。

 私はケーブルテレビに加入しており、時代劇専門チャンネルで、藤沢周平『用心棒日月抄』を元にした『腕におぼえあり』を今は楽しんでいる。

 史実を元にしてはいなくても、良質な時代小説は、その原作の味わいをドラマとしてしっかり映像化することで、十分楽しめる娯楽作品になり得る。そういう作品は、何年経っても視聴に耐える。

 NHKのBSで、1月から八回シリーズで『雲霧仁左衛門3』が放送されるのが楽しみだ。
 しかし、その後は、昔の番組を観る機会が増えそうだなぁ。


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by kogotokoubei | 2016-12-19 12:27 | 歴史ドラマや時代劇 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛