噺の話

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2016年 02月 24日 ( 1 )

 出演者に笑福亭松枝、そして小満んの名を見つけ、久しぶりにこの会へ。

 私にとっては、2012年8月に笑福亭松喬の最初で最後の生の高座に出会った会であり、翌年7月には、師匠の訃報を知ったばかりと察する弟子三喬の高座を聴いた会でもある。
 そして、そのまた翌年は三喬の弟子、喬若をこの会で聴いている。
2012年8月29日のブログ
2013年7月30日のブログ
2014年3月27日のブログ

 松喬一門に縁がある会だが、今回は松喬の弟弟子に出会うことができた。

 出演順に内容と感想を記したい。

柳家圭花『初天神』 (8分 *18:31~)
 開口一番は、この人。三回目のはず。最初新宿末広亭、その後で国立演芸場で聴いている。古風(?)な見かけが忘れがたい。よく笑ってくれるお客さんにも助けられたが、なかなか楽しい高座。とはいえ、やや粗っぽさも目立つ。落語協会の前座ではもっとも香盤が上のようなので、今年二ツ目昇進は間違いないだろう。もう一段上を目指して精進していただきましょう。
 それにしても、この会に開口一番は、必要かな。疑問だ。

桂三木男『猿後家』 (23分)
 久しぶりだ。髪型が、妙に気になる。ワキをそり上げていて、上の方が長髪でオールバック。カリアゲ君的だが、彼のような純朴な印象は、ない。
 口調でも気になる点があった。「え~」「う~」「あ~」という間投詞が多すぎる。自然な語り口としての間投詞なら構わないのだが、あれだけ聴かされると、「ネタ、思い出しているか?」などとも邪推するし、年齢的にも似合わない。
 演出面では、親指で「Good!」とやる源兵衛の仕草なども、私には笑えなかった。
 会場でいただいたプログラムには「サラブレッド」という言葉が載っている。たしかに三代目三木助の孫、四代目三木助の甥には違いないが、そろそろ、そういった形容による圧力から解放してあげないと、いけないのではなかろうか。
 順当なら再来年に真打昇進だろう。ウケを狙うことより、まだまだ基本を身に着けることが大事な時期かと思う。周囲の期待と現実の乖離に打ち克つだけのものが備わっているかどうか。
 あくまで、将来楽しみな二ツ目の一人として精進してもらいたい。いつか、その高座を聴いた後で、その血筋の良さに「なるほど」と思わせるような芸を期待したい。

春風亭柳好『宮戸川』 (23分)
 そうそう、柳好の名があったのも今回来た理由の一つだった、と思い出した。
 この人のこの噺は、昨年11月に新宿末広亭(寿輔が主任)で聴いて、2015年の「寄席の逸品賞」に選んだ。あの時同様、実に結構な高座。
 マクラは、師匠柳昇が将棋連盟の名誉三段をもらった逸話など、昨年11月と同じ内容もあったが、波照間での落語会のことは初めて聴いたように思う。また、過去二度の出演では、JALの国内線では何席かが選択して放送されるが、これまで「一勝一敗」で、この日に勝ち越しをかけている、とのこと。
 この内容なら、「勝ち」だろう(^^)
 冒頭の半七とお花の掛け合い、霊岸島の叔父さん夫婦のやりとり、など筋を知っていても、また以前聴いていても笑えて楽しめるということに、この人の力量の高さがある。
 勘違いする叔父さんと半七との会話、「わかってる、わかってる」「ちがう、ちがう、わかってない」「わかってる、まかせておけ」なども、リズミカルで楽しい。
 最後の方で一度だけ言い直しがあったのが残念だが、それもご愛嬌だ。
 会場には初めてこの人を聴くお客さんも多かったように見受けるが、結構驚かれたのではなかろうか。芸協は、実は(?)層が厚いのだよ。

笑福亭松枝『三十石 夢の通い路』 (30分)
 仲入りは、この人。ようやく聴くことができた。
 ブログの写真に慣れているので、そうか、あれは少し前のものだな、と感じた次第(^^)
 右ひざの痛みのことから、客席をほどよくいじるマクラが楽しい。
 焼き芋を食べる場面、機上で聴く方は、どこまで想像力をたくましくできるかなぁ(^^)
 本編は、時間の関係だろう、京人形屋で買い物をする場面をカット。
 伏見の浜、船茶屋で番頭が帳面をつける場面は、お約束で上方の噺家の本名が並んだ。竹内梅之助は五代目松鶴、河合浅次郎は二代目春団治、大橋駒次郎は三代目染丸。中川清も登場。長嶋茂雄は・・・出なかった(^^)
 船頭が「出しましょう~」の後に「ハコハコハコハコ」と叫ぶ件、「師匠(松鶴)のこの科白、最初何を言ってんのか分からんかった」と振り返る。
 「早く来い」が「ハコ」なんだ。これは笑福亭だけの科白かな。

 圧巻は、これこそ笑福亭の型なのだろう、混みあった三十石船に、もう一人「お女中」を乗せてくれ、と船頭に言われてからの、ある男の妄想場面。

 この男の想像力は、船の中にとどまらない。
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 ここからは、座右の書、興津要さんの『古典落語』(「続」)から引用。
 この本、上方落語だって収録している。
 男の妄想部分の一部を引用する。たぶん、松枝の高座もほぼ同じだったように思う。
 「船が八軒家へつきますと、『兄さん、えらいお世話になりましたなあ』『どういたしまして・・・・・・』『兄さん、どっちへお帰り?』『へえ、久宝寺町へ帰りますが、ねえさんはどちらへ?』『わたしは、上町の和泉町へ帰りますねんが、おんなじ方角でっさかい、ごいっしょに帰りまひょか?』『そんならお供いたします』『ほな、人力車(くるま)いいまひょ。あの・・・・・・人力車屋はん!人力車屋はーん!』
 「わあ、びっくりした、あんた、大きい声やなあ」
 「『人力車屋はん、合乗り一台』『へい、どうぞ・・・・・・』『兄さん、お乗り』『いえ、ねえさん、お乗り』『兄さんから・・・・・・』『ねえさんから・・・・・・』『ほな、ふたりいっしょに乗りまひょ。ひい、ふう、みい。やっ、乗ったわ・・・・・・人力車屋はん、母衣(ほろ)かけてんか?』♪合乗り母衣かけ頬ぺたひっつけ、テケレッツのパー!」
 「おい、船頭はん、気ちがいが乗ってるで、投(ほ)りあげてしまい」
 「とたんに人力車がガラガラガラ・・・・・・」
 「わあ、まだやってるわ」
 「人力車がとまる。『人力車屋はん、おおきにごくろうはん』、帯のあいだから銭入れをだして、人力車屋に銭をやると一軒路地。表の戸をトントンをたたくと、なかなかから女中(おなごつ)さんがでてきて、『あら、お帰りあそばせ』『ただいま・・・・・・これ、お梅、ここにござるおかたは、船でご厄介になったおかたや。お礼いうとくれ』『まあ、さよでござりますかいな。主人が、船でお世話になったそうで、ありがとさんでござります。さあ、どうぞこっちはおはいり』『いえ、これでおわかれいたします』『そんなこといわんと、おはいりあそばせ、おはいり、おはいり・・・・・・』」
 「もしもし、なにをしなはんねん、あての袖をひっぱって・・・・・・もし、これ、はなしなはれ!袖がちぎれるがな、はなしなはれ!」
 (中 略)
 「・・・・・・料理がとどく・・・・・・酒のしたくができて、女中さんがはこんでくる・・・・・・チャプ、チャプ、チンチロリン、チャプ、チャプ、チンチロリン、チャプン、チリンのトプン」
 「もしもし、そのチャプ、チャプ、チンチロリン、チャプン、チリンのトプンちゅうのはなんだす?」
 「女中さんが気取(ようす)して歩きますさかい、盃洗の水が、チャプ、チャプ、チャプンといいます。そのひょうしに、さかずきがあたって、チンチロリン、チリン、底へ沈んでトプン」
 「わあ、こりゃ、いうことがこまかいわ」

 この妄想場面、実に楽しい。『湯屋番』的な味もある部分だ。
 松枝は、男が酒、肴をご馳走になった後、雷に驚いた年増が抱きついてくる、という設定。まるで『宮戸川』ではないか。『夢の酒』にも似ているなぁ。
 その後の演出が、凄い。松枝は、クレヨンしんちゃんが興奮した時に機関車となって走り出すような状態(?)で、「アウ~、アウォ~」と叫ぶのであった(^^)
 ちなみに私が聴いている六代目の音源は、ここまでは弾けていないので、松枝ならではの演出かと察する。
 この、やや(ずいぶん?)下がかった空気は、この後に舟歌にハメモノが入ることで一変する。
 松枝、なかなかの喉を披露。
 ♪やれ~ ここはどこじゃとな 船頭衆に問~えばよ
   ここは枚方な 鍵屋浦よ
 舟歌の場面では、扇子を使って櫓を漕ぐ擬音を出していたが、こういう小技も上手いねぇ。
  ちょうど30分が経過し、船が枚方にたどり着いたところでサゲた。
 
 期待はしていたが、大ネタを見事に松枝は演じてくれた。
 男の妄想を膨らませる演出は、五代目松鶴からの笑福亭の伝統かと察するが、その歴史を引き継ぐ松枝の力強い高座、今年のマイベスト十席候補とする。 

宮田陽・昇 漫才 (16分)
 いいねぇ、この二人。日本地図のみならず、ギリシャで世界地図も登場しかけた。
 「わかんねぇんだよ」の得意フレーズも楽しいが、この人たちらしいブラック・ジョークが好きだ。
 JAL名人会で、「皆さんが喜んでいただける話題」として、陽が「北海道新幹線開通!」だからね(^^)
 また、懐かしいテレビ番組のネタも登場。
 陽が竹下景子派で、昇が北川景子派。
  陽 北川景子は、何点?
  昇 100点だ!じゃ、竹下景子は?
  陽 竹下景子に3000点!
  昇 クイズじゃないんだから。でも、どうして全部賭けないの?
  陽 残りは、はらたいらさんへ
 で、私も含め会場は大笑いなのだが、彼らは「クイズダービー」観ていた世代だっけ。
 プログラムに「ナイツ、ロケット団、ホンキートンクと並んで漫才協会の四天王とも呼ばれています」と載っているが、おいおい、笑組を忘れちゃいけねぇ!
 とはいえ、この二人は、結構。

柳家小満ん『盃の殿様』 (30分 *~20:56)
 この噺は、何度か聴いているが、この高座がベストだった。
 米朝が、東京落語の中では、スケールの大きな噺、と評するネタ。
 演じ手で有名なのは六代目円生。現役では、小満んと喜多八でしか、聴いたことがない。
 どんな噺か、あらすじとともに、小満んの高座についても感想を記したい。

(1)お殿様の心の病気
 参勤交代の江戸詰めのお殿様が、うつ病的な心の病。剣術や馬術の稽古も具合が
 悪い、といって引きこもっているので、重役でご意見番の植村弥十郎も困って
 いた。
 小満んの植村弥十郎の造形が、何ともご意見番という感じで良い。だから、
 お国入りした後のお殿様の無茶ぶりで、弥十郎が花魁の真似をする場面が、
 なんとも可笑しい。
(2)珍斎の妙案
 お茶坊主の珍斎が、お慰みにと、お殿様に豊国の作である『全盛花競六花撰』を
 お見せした。綺麗な花魁を描いたこの錦絵をご覧になったお殿様、珍斎から、
 錦絵のような美女が吉原に実際にいると聴いて、とたんに元気になる。
(3)ご一行は吉原へ
 お殿様、植村弥十郎に「吉原へ行って、傾城(花魁)を見たい」と言うが、
 止められる。駄々っ子のようなお殿様、「頭(つむり)が痛い、気分が悪い、
 しかし、薬は飲まん。」と言い出した。弥十郎は医者とも相談の上、 しかたが
 ないので、観るだけ(素見-ひやかし-)なら気晴らしにもなるでしょう、と吉原行きを
 許した。なんと三百六十何人と言うご一行が、金紋先箱、槍、鉄砲、薙刀を揃え
 大名行列での登楼。
(4)花魁道中から、お泊りへ
 お殿様、茶屋の二階から、艶やかな花魁道中を見て感激。なかでも五番目に
 登場した花扇に一目ぼれ。ここで、「能狂言の見物左衛門よろしく」という言葉が
 出てくるのが、小満んらしさ。見物左衛門では、お殿様満足しない。
「遠くから見るだけではなく、近くで盃の相手をさせたい」と弥十郎に言うが、
 弥十郎に断られる。そうなれば「頭が痛い」と、奥の手。弥十郎も負けて、
 花扇を呼んでのお殿様とのご対面。近くで花扇を見たお殿様、もう止まらない。
 「泊まりたい」と言うが、弥十郎が駄目だと言うので、「頭が痛い、気分が
 悪い」で、一泊することに。家来もご相伴あずかった。
 小満んの演じるお殿さまの駄々っ子ぶりが、楽しい。
(5)裏から馴染みへ
 次の日はなんとか我慢したが、一日おくと、もう我慢のならないお殿様、
 弥十郎を呼び、「かの花扇が、初めて行くのを初回。二度目に行くを裏と申す
 と教えくれた。初回に参り、裏に来ん時は、その客の恥辱にあいなると言う」
 と花扇の言葉を武器に使い、「先祖は戦場において敵に後ろを見せたことがない、
 いやしき傾城に後ろを見せるのは無念。武士の意気地で、行くぞ」。と弥十郎を
 丸め込んで吉原は。その後は、連日連夜の登楼。
(6)お国入り、盃が江戸へ
 弥十郎はじめ家来達は、吉原遊びがお上にばれて、何かお咎めがなければ
 良いがと心配していたが、何事もなく、一年経ちお国入りとなった。
 花扇から、仕掛(内掛け)をもらって、原羊遊斎作と小満んが説明する蒔絵が
 見事な百亀百鶴(ひゃっきひゃっかく)の盃で別れをし、江戸から三百里という
 お国へ帰った。お殿様。仕掛を見て、つい懐かしくなり、「弥十郎、その仕掛を
 着て、余の側に来い」と無茶を言う始末。この場面の弥十郎の姿が、前言した
 ごとく、なんとも可笑しいのだ。廓と同じ作法で酌み交わしたい、とお殿様が、
 「誰か、足の丈夫な者はいるか」と問うと、お目見え以下だが、早見東作という
 三百里の道を十日で駆ける藩きっての早足が召し出され、殿様が呑んだ大盃を
 担いで、江戸の花扇へ届ける。喜多八は、ここで道中付けを聴かせてくれた。
(7)箱根で粋な大名登場
 花扇がこの盃を受け、なみなみとついで呑み干し、東作は、すぐに帰路へ。東作は、
 急ぐあまり、箱根の山で、ある大名の供先を切り、無礼者と取り押さえられて
 しまった。そのお大名が訳を聞くので、東作は、主人の名や国元の名を明かす
 ことなく、国元と三百里離れたお殿様と吉原の花魁との盃のやりとりのことを説明。
 この殿様が、実に粋な人で、三百里離るる酒盛りとは面白い。大名の遊びは
 かくありたいものと、感じ入り、「あやかりたい」と、例の盃に酒をなみなみと
 ついで一気に飲み干し、「そちの主人によろしく伝えてくれ」と、返盃。
(8)帰国、そして捜索、サゲ
 国へもどった東作が、箱根の山中での出来事を殿様に話すと、「お見事。ぜひご返盃したい、探してまいれ」。
 東作、また、盃を担いで駆け出したが、名も国も聞かずじまいで、さて、どこの
 お大名だかわからないんで、何でもいまだにほうぼう探しているそうで・・・
 で、サゲ。小満ん、この日は「佐川急便が、いまだに探し回っているようで」と
 していた。

 体調も良いようにお見受けした。私が聴いた小満んのこの噺で、これまででベストなら、今年のマイベスト十席候補に入れないわけにはいかないねぇ。

 緞帳が下がり、近くにいらっしゃったご常連と思しき方が、お連れの人に「今日は、あたりだな」と言っていた。
 私は比較できるほどこの会には来ていないので、何とも言えないが、全体として、中身の濃い会だったことは、間違いない。

 三代目の訃報に接して以来、上方落語関係の本を読み直し、音源を聴く日々が続いている。
 そして、生の高座でも、これまで聴いたことのない上方の噺家さんに出会えた。
 松枝は、拙ブログでも紹介している本の著者として文才を発揮しているが、本業(?)の高座も、なかなか結構だった。
 天満天神繁昌亭のサイトの「上方落語家名鑑」にある松枝のプロフィールで分かることだが、平成11年に、昨年露の新治が受賞した、文化庁芸術祭優秀賞を受賞している実力者だ。
「上方落語家名鑑」の該当ページ

 まだまだ、聴いていない上方の噺家さんが多いなぁ。 
 こうやって、一人一人、自分の落語家地図の空白を埋めていくしかないのだろう。

 松枝が演じた『三十石』は、初代文枝の作。金の工面のため、この噺を質入れした、という逸話の持ち主。

 ここ数日、高座や作品とは関係ないことで世間を賑わわせている、当代文枝を名乗る人がいるが、本人も言う通り、まったくの自業自得だろう。
 できるものなら、あの名を返上してもらいたいものだ。

 そんなことも思いながら、帰路の車中では、五代目文枝の『三十石』を聴いていた。
 文枝系と、松鶴系、どちらも、それぞれにいいんだよねぇ。
 加えて、関内で聴いた小満んの『三十石』も、泥棒の場面を含むサゲまでを演じる素晴らしい高座だったことを思い出す。

 帰宅して「あさが来た」の録画を見ながら、一杯。
 何気なくチャンネルをひねっていると、NHK BSプレミアムで広岡浅子特集の再放送があった。
 『土佐堀川』作者の古川智映子さんが、どのような経緯であの本を執筆することになったかなどの内容を、ついブログの記事を書きながら見ていたのであった。

 ちなみに、昨夜の番組のお題は、“アナザーストーリーズSP「これがリアル“あさ”だ!女傑 広岡浅子」”で、3月19日(土)にも再放送されるらしい。

 それにしてもNHKは、主役のあさが「妾」の子であったことを、どうしても明らかにしたくなかったようだなぁ。あの時代は、決して珍しいことではないのにねぇ。
 
 その広岡浅子も、京都と大阪の移動には、三十石船にも乗っていたはず。そんな時代のお話は、落語でもドラマでも、私は好きなのだ。

 さてさて、飲み過ぎて船を漕ぎだす前に、この記事はお開きとしよう。

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by kogotokoubei | 2016-02-24 20:47 | 落語会 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛