噺の話

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2016年 02月 09日 ( 1 )


 旧暦元旦の日に、久しぶりに、この二人会へ。
 第二十三回、とのこと。

 2013年2月1日の第十七回以来、ほぼ三年ぶり。
2013年2月2日のブログ

 三年前は、兼好が『厄払い』を演ってくれた。結構、彼はそういう古風(?)なところがある人なのだよ。

 かい枝の『親子茶屋』に、やや辛口の小言を書いたら、ご本人からコメントをいただき、少し驚いたことを思い出す。

 会場は七割ほどの入りか。
 さて、今回。ネタ出しされている、かい枝『茶屋迎い』、兼好『紀州』を含めて次のような構成だった。

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(開口一番 雷門音助『たらちね』)
桂かい枝 『私がパパよ』
三遊亭兼好『紀州』
(仲入り)
三遊亭兼好『置泥』
桂かい枝 『茶屋迎い』
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雷門音助『たらちね』 (16分 *19:00~)
 久しぶりだ。2013年に二度聴いている。二度目は10月の扇辰と兼好の二人会だった。兼好お気に入りの前座さんかな。その年5月、芸協の国立演芸場での真打昇進披露興行が初だったが、二度とも好印象。
 マクラで、明々後日(二月中席)から二ツ目で前座最後の高座、と言うと会場から拍手。
 今回も、大いに感心した。とにかく口跡が良い。また、上下を含めた仕草もしっかりしている。見た目も落語家さんらしいし(?)、八五郎が隣の婆さんに七輪の火種をもらう道具を“十能”を言うあたりも、私好み(^^)
 高座から感じる印象では、昨年二ツ目になった柳亭市童に似ていなくもない。市童もそうだが、基本がしっかり出来ていて将来が楽しみな若手だ。

桂かい枝『私がパパよ』 (23分)
 女性はしっかり者で、男は嘘が下手。「美味い、美味い」とか「良かった、良かった」という重ね言葉は、ほぼ嘘、とマクラで実にためになる情報、「おおきに、おおきに」(^^)
 三年聴かない間、マクラが楽しいし、深い味わいのようなものが出てきたなぁ、と感じた。
 インドのIT会社の社長が結婚相手を募集し、三人に絞った候補に5000ドルを渡して、その使い道で妻を決める、というネタ(?)のサゲは、何気に可笑しかった。やはり、男は馬鹿だねぇ、と思いながら、自分もそうするかと思い笑った。
 池田のイノシシ打ち、プロのハンターは、夫婦のイノシシがいたら先に雌から打つ、というのもうなずける。雄は、雌がいなくなったら、なんともだらしがないのだ。
 本編は後で桂三枝作と知った。
 産院で妻の出産を待つ二人の夫の会話が中心。
 方や21歳で妻が19歳、三人目の子供の出産を待つ、近所の家具屋の二代目。
 もう一人は、53歳で妻が45歳、初産の卵の卸商の二代目、という設定。
 若い父に、年輩の新米の父がいろいろと教えを乞う、という場面は悪くないが、サゲがなんとも・・・・・・
 かい枝は、楽しく演じてくれたのだが、作品自体には、同じ作者の他のネタ、たとえば『ぼやき(居)酒屋』『鯛』『背なで老いてる唐獅子牡丹』などに比べると、出来は落ちると言わざるを得ないだろう。
 新作なら、かお枝のネタを聴きたかったが、この回も二十三回目ともなると、やや厳しいのだろうなぁ、などと作者を知った後の帰り道で思った。

三遊亭兼好『紀州』 (30分)
 この地口噺をネタ出しするというのも、二十三回の歴史(?)が背景にあるのか、などと思っていたが、まさか三十分まで膨らますとは予想外。 
 マクラが実に可笑しかったのだが、書けない内容が多かったなぁ。
 北朝鮮のミサイルという旬な話題から「トップになると我儘やり放題」とふって、とある団体のトップのことにつないだが・・・名前は書けない(^^)
 そんな代替わりのことから七代目円生のことになり、「最近、音沙汰ないですね・・・どさくさに紛れて継いじゃおうかな」で会場から大拍手。
「怪談噺も人情噺もできない、円生、えへへ」と自嘲したが、怪談噺はともかく人情噺はぜひ今後ネタにして欲しいものだ。この人の『文七元結』や『紺屋高尾』を、ぜひ聴きたい。
 本編に入ったかな、と思うと噺はまだ膨らみ、七代将軍家継は四歳で将軍となり七歳で亡くなったことから、「四歳じゃ、とても将軍はできないでしょ」「舌足らずで、まともに口も利けない」と、某政治家も舌足らずとつないで、真似をして笑わせる。そこから、政治家は儲かるんですねぇ、と甘利問題に発展。
 「五十万もらったら、口利いてあげないといけなんじゃないですか。口利きをしていないほうが悪いのでは」と、なかなか深い指摘(^^)
 その後も、ある前座さんのしくじるネタで会場を沸かせてから、ようやく本編が進んだ。
 ある意味では、この人らしい高座、と言えるだろう。しかし、人情噺は聴きたいぞ、と思いながら、仲入りで外で一服しながら思ったものだ。

三遊亭兼好『置泥』 (20分)
 マクラは清原ネタなど5分ほど。
 冒頭、泥棒が、なかなか開かない長屋の戸を開けようとする場面を、擬音効果と無言の顔の表情や仕草で見事に演じる。この人ならではの巧みさが表われる、こういう細かいところ、上手いんだよなぁ。
 一文無しの底抜けの明るさと、つい道具箱などの質草を出して来いと財布から金を出す泥棒の人の好さとの対比が、実に可笑しい。
 一文無しの部屋に落とし穴がある設定は、初めて聴くように思う。
 両隣が剣術の先生と柔の先生というのも、初めてかなぁ。『転宅』や『三軒長屋』を思わせないでもない。
 泥棒が「博打は、もうやめて働け」「分かった、博打はやめる、賭けてもいい」「それがいけねぇんだ」といったテンポの良い会話なども結構。
 道具箱、着物の後、すぐには大工の手間賃は入らないからと、しばらく食いつなぐための金をせびる一文無しが、今にも泣き出しそうな泥棒に向かっての「仏つくって魂入れず」なんていう科白も、妙に楽しい。
 こういう噺は、まさにニンの一言。
 短い滑稽噺ながら、兼好ならでは好高座。
 こういう高座を聴くと、やはりこの人はただ者ではないと思う。
 今年のマイベスト十席候補としたい。
 しかし、人情噺を聴くのは、あきらめないぞ(^^)

桂かい枝『茶屋迎い』 (27分 *~21:10)
 澤などスポーツ選手の引退の言葉から、八代目文楽の例をひき、自分も引退の科白を考えている、と千代の富士の「体力の限界」を真似て「おわらいの限界」はどうか、などとマクラでふる。途中、「なかには現役でも引退同様の噺家もいますが」の言葉に、何か含みがあったのか、他意がないのかは、不明。
 三代目のことに少しふれてから、師匠文枝の思い出話を楽しく聴かせてくれた。少し暴露するが、弟子には、床がちびる(減る)からすり足で歩け、と言っていた別荘に、ご贔屓の社長さんの婦人たちが団体でフラダンスを踊りに来たという話、ネタではないのなら、さぞ横で見ていた弟子たちは笑いをこらえるのが大変だったろう(^^)
 「親の意見と茄子の花は、千に一つも無駄がない」とふって本編へ。
 東京では、今では三三の独壇場の感がある『不幸者』の元ネタらしい。六代目円生が東京に移したと言われるが、前半は、『木乃伊取り』によく似ている。
 すでに東京に『木乃伊取り』があったので、円生が前半を大幅に刈り込んだ、ということだろうか。
 あらすじと、かい枝の高座の寸評を記す。
 (1)船場の大店である丹波屋の道楽者の倅が、書き出し(請求書)を
  持ち出して「集金に行って来る」と出かけたきり帰らないことを、父親の
  大旦那が番頭から聞き出す。「集金した金で遊びほうけているに違いない」
  と番頭を問いただすと、「どうも、新町の茶屋・・・茨木屋に・・・小雪
  という贔屓の女がいるようで・・・」ということが判明。
  この冒頭部分、番頭の口調や表情から、この番頭が放蕩息子を「アホボン」と
  馬鹿にしながらも、若旦那の味方であることを察することができる。
 (2)まず最初に、久七を茨木屋に倅を連れ戻しに行かせるが、五日経っても、
  音沙汰なし。次に固いのが取り柄で「干し椎茸のような」と番頭が
  言う杢兵衛を送り込む。
 (3)大旦那「番頭さん、倅はどうしました。あれから五日・・・」と、杢兵衛も撃沈。
  番頭の、「干し椎茸も、相手が水商売で、戻りました」は想定できた地口
  だが、可笑しい。番頭、次につい出て来る笑みをこらえきれず
  「では、私が」、と三人目の木乃伊が誕生。
 (4)五日経っても、誰も戻らない。大旦那が一計を案じ、飯炊きの権助から、
  筒袖の汚れた着物と、醤油で煮しめたような頬っかむりを借りて、使用人
  のフリをして茨木屋へ行こうとする。女房が「あんたさんも行くなら、
  あちらで店が開けますな」の一言が、なんとも結構。
 (5)この場面転換で重要なのが、上方落語ならではの、ハメモノ。一気に
  色街が高座に浮かぶ。大旦那が茨木屋を訪ねる。その姿、格好を仲居から聞いて
  権助が来たと思った若旦那が、遊んでいる二階の部屋に呼ぼうとするが、
  へべれけになった番頭が「いや、いけません。あんな酒癖の悪い奴はいない」
  と言うものだから、一階の小部屋で待たせることになった。大旦那、小部屋に
  通され、供された酒と肴で時間をつぶすことに。
 (6)また、ハメモノが入り、「奴さん」が聞こえてくる。
  旦那は「何が、あ~、こりゃこりゃじぁ」などとぶつくさ文句を言いながら、
  倅のことをぼやく。
  三味線がやんだ。番頭が義太夫(『艶容女舞衣』)「酒屋の段」を語る、という。
  しかし、知っている節「♪今頃は、半七っつぁん」を繰り返すのみ。
  次に杢兵衛が歌うという。
 「あの干し椎茸、何が歌えんねん? あんな堅物が」と毒づいていると、
 「♪一つ積んでは父のためぇ~ 二つ積んでは母のためぇ~ ♪チ~ン」と
 「賽の河原」の歌。「茶碗たたいて、行儀が悪い。陰気な歌うたいおって。
  そら、やめさすわな」と思っていると、次は倅の小唄の番。

  ここからは、上方落語のネタでは、たびたびお世話になる「世紀末亭」さんの
  サイトにある、桂文珍版のこの噺のページから、大旦那の科白と歌詞を引用。
  このサイトには、この噺、雀三郎版と二つ掲載されているが、かい枝の高座は、
  ほぼ文珍版と同じ。師匠にこの噺があったのかは知らない。
  文珍に稽古してもらったのかなぁ。
「世紀末亭」サイトの該当ページ
 では、この高座で感心した、大旦那の小唄の場面。
小唄か、何を歌うんじゃ、水の出端(でばな)、あれはな、文句がえぇなぁ「水の出端と二人が仲は」ちゅてな「堰かれ逢われぬ身の因果」なぁ、そこからが難しぃぞ「♪たとえぇ~どなたの意見でも 思ぉ~い思い切る気ぃ~は ♪えぇ~ 更にないぃ~」と、歌えんもんかなぁ・・・・・・
  ここで、かい枝がなかなかの喉を披露してくれた。
 (7)この小唄を聴いて、そこがお座敷と思って「まぁ、結構なお声でしたなぁ」
  と入って来たのが、旦那が八年前に別れた芸者の小照。久しぶりの対面(^^)
  近況を聞く旦那に、「今は、ひ・と・り」と艶めかしく答える小照。盃のやり
  とりをしながら、「お前こっちおいでぇ」「あんッ、えぇのん?」「来たらえぇ
  がな」と近づいて、さぁ、これからという時に、仲居が戸をガラッと開けて
  「若旦さん、お帰りでっせぇ」・・・・・・「親不幸者め」でサゲ。

 少し長くなったが、ご覧のように、東京落語なら、前半は『木乃伊取り』で後半『不幸者』。
 記事の冒頭で書いたように、三年前のこの会でかい枝が演じた『親子茶屋』に小言を書いた。どちらの噺も茶屋遊びが重要な場面設定になっている。
 三年前の記事では、半分冗談、半分本気で、
師匠文枝、米朝、そして三代目春団治などの名人の芸と比べるのは可哀想だが、もう少し茶屋遊びをする必要がありそうだ。まだ四十三、ぜひ修行してもらいましょう
などと書いていた。
 はたして、茶屋遊びの修行の成果なのかどうかは分からないが、(6)の場面の都々逸のひとくさり、そして小唄に、三年前よりは格段の上手さと、艶を感じた。
 なにより、サゲ前の芸者小照の、なんとも色っぽかったこと。

 前半の船場を舞台にした滑稽味と、後半の色街の艶っぽさが好対照。また、大旦那も、前半の型物イメージから、茶屋でのベテラン(?)色男ぶりとの落差が、しっかりと演じられた。
 この噺、今まで知らなかったが、上方のトリネタとして相応しいかもしれない。滑稽噺としての可笑しみと、ハメモノを含む茶屋噺の明るい色気の両方を楽しめる。だから、そう簡単な噺ではない。
 前後半両方の持ち味を十分に楽しませてくれた久しぶりの高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 この二人会は、やはり良い。

 かい枝が昭和44年5月生まれ、兼好が昭和45年1月の早生まれなので同学年だ。四十代後半を迎え、ますます今後楽しみな二人だ。
 入門は、かい枝が早いが、どちらも二十代半ばでの入門。
 友人でもあり、良きライバルでもあるだろう。
 東と西、間違いなく得難い交流になっているはず。
 兼好が、ドイツなどヨーロッパでの落語会を行ったのは、仲介のクララさんの力も大きかったろうが、英語落語でアメリカを行脚したかい枝からの影響もないとはいえないだろう。
 
 久しぶりの兼好、マクラの切れ味は、相変わらずだ。記事にできにくいマクラという意味では、白酒とこの人がツートップか(^^)
 かい枝の二席目には、よいしょなしで、大いに感心した。高座からは、以前よりも、貫禄のようなものも感じたなぁ。

 旧暦元旦、なかなか結構な落語初めができたと嬉しい思いで帰路についたのであった。
 帰って一杯やりながら「あさが来た」の録画を見て、ブログのさわりだけ書いているうちに、うとうと。風呂に入って爆睡だった。

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by kogotokoubei | 2016-02-09 12:58 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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