噺の話

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2016年 01月 06日 ( 1 )

 昨日の毎日新聞のコラム「余録」が、理化学研究所が検出した第113番元素のことに関し、落語『御慶』を含む内容だったのに続き、今日の東京新聞の「筆洗」は、サウジアラビアとイランとの関係について、落語『宗論』を素材に書かれている。

 まず、「余録」から一部引用。
毎日新聞の該当「余録」
落語「御慶(ぎょけい)」では、年末にはしごの上の鶴の夢を見た男が富くじを買う。鶴は千年、はしごは八四五、鶴の千八百四十五を買おうとするが、はしごは上るものゆえ鶴の千五百四十八がいいとの占いで思い直し、めでたく大当たりの初春となる▲実は化学の授業で習った元素の周期表も夢の「大当たり」の産物だという。ロシアの化学者メンデレーエフは各元素をカードにして、学生に教える順序を考えているうちにうたた寝をした。「すると夢に表が出てきた。すべての元素があるべき場所に収まっていた」
 サゲは、今回の113番目の検出も、別な意味の「夢」のたまもの、『御慶』はおめでたいこと、という内容。やや、展開に無理がないでもないが、最初にメンデレーフのことが連想されて、「夢のおかげで大当たり」ということで『御慶』につながったのかと思う。
 しかし、個人的には、自然界に存在しない元素を人工的に作り出すという行為は、プルトニウムを連想するので、おめでたいとは思えないのだ。

 次に「筆洗」の内容を、少し引用。
東京新聞の該当「筆洗」
 落語の「宗論」は、浄土真宗の熱心な信者である父が、キリスト教に深く帰依した息子と、珍妙な宗教論争をくり広げる噺(はなし)だ▼子が「天の神は我々の造り主であります」と言えば、父は「おまえてぇものはね、あたしと死んだおばあさんと二人でこしらえたんだ。だれにも手伝ってもらった覚えはない」と怒る▼ついには手を上げるほどのけんかになった父子を、ぼくとつな奉公人の権助が「宗論は、どちらが負けてもお釈迦(しゃか)さまの恥でごぜえます」と戒めて、事を収める▼「宗論はどちらが負けてもムハンマドの…」と思わずつぶやきたくなるのは、中東情勢だ。イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアが、同じイスラム教でもシーア派を国教とするイランとの国交を断絶。周辺国を巻き込み、互いを「テロ支援国」と非難し合う事態となっている
 こちらのサゲ(?)では、ビアスの『悪魔の辞典』における“宗教は「希望」と「恐怖」を両親とする”という言葉を用いている。『宗論』は、記事のきっかけ(まくら?)として使いたかった、ということだろう。

 それぞれの筆者が、たまたま落語好きだったのかもしれないが、世の中の事象をコラムとして論じるのに、落語のネタは重宝なのかもしれない。

 いわば、野球の投手が直球ではなく変化球で攻めるように、落語という素材が使われているような気がする。
 
 事実を基本とするニュース記事と違って、コラムには文章として読ませる魅力が求められる。
 また、筆者の引き出しの多さやセンスが、魅力ある文章のために重要なことは言うまでもない。

 一方、朝日の今朝の「天声人語」は、1月4日の安倍晋三の年頭記者会見で「挑戦」という言葉が乱発されたことを指摘した後、昨日、安保法廃止と立憲主義の回復を求めて新宿西口に五千人が集まった「新春大街宣」における内田樹などの言葉を引用し、最後は野党への要望で締めている。
朝日新聞の該当「天声人語」

 実に直球・・・の内容。
 主張は同意できるが、さて、これが「天声人語」の内容として妥当かどうかは、疑問だなぁ。
 どちらかと言えば、「社説」とすべき内容ではないか。

 コラムニストの引き出しの中に落語があることは、悪いことではない。
 落語の基本は長屋が舞台であり、登場人物は八っあん、熊さん、庶民が中心。
 また、二本差し(侍)が怖くて田楽が食えるか、という江戸っ子もいる。
 したたかな女性もいれば、抜け目のない商人もいるし、甚兵衛さんもいれば、与太郎さんもいる。
 

 年末にTBSで放送された「赤めだか」について記事を書いたが、原作にもドラマにもある話として、談志は「落語は赤穂浪士で討ち入りした四十七士を扱うのではなく、討ち入りしなかったその他大勢の赤穂の藩士を扱う」と言った。

 これは、落語を語る言葉として、名言に入るだろう。
 
 あの時、赤穂藩には、主君の行動を批判的に見ていた者も少なくなかったろうし、討ち入りに誘われても、「冗談じゃねぇ」と思った藩士もいたに違いない。
 
 赤穂浪士の美談も、たぶんに歌舞伎などで脚色されたからこそ後世に名を残したわけで、果たして彼らが英雄なのかどうかは、議論が分かれるだろう。

 安倍の「挑戦」は、間違いなく国民の中の「四十七士」を対象にしている。
 お国(藩)のために、生命をかけて戦え、と言っているのだ。
 
 しかし、四十七士以外の多くの藩士(国民)のことは、まったく念頭にない。

 年頭の首相記者会見では、20分余りに24回の「挑戦」が語られたらしい。
 「挑戦」の大安売り。
 言えばいいってものじゃない。

 八っあん、熊さんの短い会話で、安倍の発言を素材にしてサゲとしよう。

 熊  安倍の旦那が、やたら“チョウセン”“チョウセン”って言っているが、
    それは、北かい、南かい?
 八  そりゃ“あ北(飽きた)”に決まってるじゃねぇか

 オソマツ。

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by kogotokoubei | 2016-01-06 12:54 | メディアでの落語 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛