噺の話

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2015年 09月 14日 ( 1 )

 なんとか野暮用をやりくりして、国立演芸場へ。

 『へっつい幽霊』と『業平文治漂流奇談より 業平文治』がネタ出しされていた。

 開演時点で七割五分の入り、というところだったろうか。
 年に一度の独演会を楽しみにしていた顔見知りの今松ファンたちの集会、という趣き。

 ちなみに、昨年(ネタ出し『敵討札所の霊験』)、一昨年(『名人長二』)、三年前(『大坂屋花鳥』)にも来ており、滅多に独演会をしない今松が、円朝作品などの大作に挑む会として、楽しみにしていた。
2014年11月9日のブログ
2013年11月7日のブログ
2012年11月9日のブログ

 次のような構成だった。
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開口一番 笑福亭喬介『牛ほめ』
柳家小せん  『黄金の大黒』
むかし家今松 『へっつい幽霊』
(仲入り)
江戸家猫八 物まね
むかし家今松 『業平文治漂流奇談より 業平文治』
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笑福亭喬介『牛ほめ』 (16分 *18:00~)
 昨年2月に行った横浜にぎわい座の上方落語会以来だ。
2014年2月16日のブログ
 三喬の二番目の弟子なので、松鶴→松喬→三喬、よって六代目からは曾孫弟子になる。兄弟子は喬若。
 実は今松とは楽屋で初めて会った、とのこと。
 ネタは、にぎわい座の時と同じ。よほど自信がある噺、なのかもしれない。
 東京版では主役は与太郎だが、上方では池田の伯父貴の甥になる。与太郎ではないから、口上は自分で書いて池田へ行く、という寸法。この口上書きを懐に入れて、それを見ながら普請を褒める、とんちんかんな語りが笑いを誘っていた。さわやかな印象の高座ながら、笑いのツボは外さないところが、一門の伝統なのかもしれない。品の良さも感じた、上方では珍しい存在(^^)
 終演後に翌日曜の連雀亭での落語会のチラシを配っていたのは身内の方だろうか。残念ながら日曜はダメヨの男なのであった。

柳家小せん『黄金の大黒』 (18分)
 実に久しぶり。調べてみたら、三年前の8月の国立、志ん輔が主任の会以来だ。
2012年8月5日のブログ
 相変わらず、声の良さが印象的。冒頭の店賃をめぐる頓珍漢な会話、一枚の羽織で吉っあんが見事な口上を披露した後の源ちゃんの珍妙な口上、などを楽しく聴かせる。世間から「ギリシャ経済っぽい長屋」と呼ばれている、というクスグリなども挟み、しっかりと今松の一席目を前にした客席を温めた。
 以前よりはずいぶん貫録がついてきたような気がする。今後は、初代が得意にして廓噺なども聴いてみたい。

むかし家今松『へっつい幽霊』 (40分)
 安倍内閣に関する時事的な内容を少し、そして、鬼怒川の氾濫についてもふれてから、今は死語化している“へっつい”や“かまど”のことをふって本編へ。
 私は初めて聴くが、十八番の一つのようだ。
 いわゆる古今亭の型ではなく、円生や三木助のように元ネタである上方の型に近いが、今松ならではなのが、サゲも本来の上方の内容にしていること。
 志ん生や志ん朝は、へっついを返しに来る客、という内容を省いて、いきなり熊さんが買って、その夜に幽霊が出るので、若旦那も登場しない。
 今松版は、一分二朱で売ったへっついを誰もが返しに来るので商品はそのまま残り、一回の商売で売値の三割の二朱づつ儲かる、という前段がある。しかし、へっついから幽霊が出るという噂から客足が途絶えて、金を付けてでもへっついを誰かに引き取ってもらおう、という道具屋夫婦の話を裏長屋に住んでいる熊が聞きつけて、若旦那の徳さんを巻き込んで・・・という円生、三木助と同じ筋書き。
 しかし、サゲは、熊との博打に負けた幽霊の長兵衛が、翌日に賭場を開いている最中の熊の家にあらためて出現する、という内容。
 熊が、「まだこの金に未練があるのか」と言うと、「いえ、テラをお願いに参じました」でサゲ。寺と博打のテラ銭を掛けたものだ。
 この噺、幽霊の仕草の可笑しさは、生で見ないと分からない。今松の幽霊が、熊のサイコロをあらためる時に、うらめしや~の両手の恰好のままで賽を振る場面が、可笑しい。
 また、幽霊が賽を持った時の科白「サイコロを持つと、浮世の苦労を忘れますねぇ」に対し熊の「おめえはとうに死んでるじゃねえか」のやりとりで、会場から程よい笑いが起こる。
 この噺でも、独演会のトリネタとして十分通用するだろうが、二席目には、あの大ネタが控えているのだよ。

 ここで、仲入り。

江戸家猫八 物まね (14分)
 昨年に続き、膝替りはこの人。
 猫の紋の着物で登場し、座布団に座った。かつて、祖父の初代猫八の時代には、もの真似も落語と同様に座って演じた、息子の小猫が洋服で立って演じているので、私は古風な形で、と説明。
 その表情が、ますます父親に似てきたなぁ、という印象。猫や犬、鳥などの「音をつかむ」コツを演技を挟んで解説。森の五種類の小鳥の鳴き声を交え、その覚え方のコツ(たとえば、三光鳥は「月、日、星、ホイホイホイ」と鳴くなど)を披露しながらの芸は、すでに父親と並んだか、もしかすると越えているかもしれない、と思わせた。
 「お後、今松師匠の大作がございます。準備もできたようですので」と下がった姿が、なんとも粋に感じたのは、私だけではないだろう。

むかし家今松『業平文治漂流奇談より 業平文治』 (78分 ~20:58) 
 この長い演題には、それなりの理由がある。
 なぜなら、この通し口演では「漂流」の場面もなければ、円朝の原作のように、最後に漂流することの説明も、ないからだ。

 この噺については、以前に三回に分けて記事を書いたので、ご興味のある方は、ご参照のほどを。
2015年7月8日のブログ
2015年7月9日のブログ
2015年7月10日のブログ

 私の感想から記すが、歴史的な高座だったと思う。
 誰も手掛けていない通しで、見事に仇討ちまでを演じきった今松には、感心した。

 今松の高座の概要を記す都合上、7月10日に紹介した、永井啓夫さんの『三遊亭円朝』の梗概を引用し、森まゆみさんの『円朝ざんまい』も参考にして、今松が、どのように通しとして再構築したのか、また、どう脚色したのかを振り返りたい。

 円朝の原作では、次のような物語が、半ば並行して語られることになる。
 今松が主に演じた内容にはをつける。

前提
安永年間、本所業平村に浪島文治郎という浪人が母と住んでいた。七人力で真影流に秀で、侠客として盛名があった。

本所中の郷杉の湯の場
文治は中の郷杉の湯で、ゆすりを働こうとした浮草お浪と夫まかなの国蔵をこらしめ、改心をさせる。

天神の雪女郎
業平天神前で雪中百度詣りをしていたおまちを救い、父の浪人小野庄左衛門を見舞う。そしておまちを妻にしようとする大伴蟠竜軒の門弟をこらしめる。

③柳橋芸者お村の話 
 両国の芸妓おむらは、芝紀伊国屋手代友之助と心中し、二人は文治に救われる。

神田の勇亥太郎の話
 文治は豊島町左官亥太郎と喧嘩し、これが縁で交誼を結ぶ。

⑤おむらの怨み 
 おむらは文治に不貞の心を見破られ、逆に怨みの心を抱く。

おあさ殺し
 浪人藤原喜代之助の妻おあさの不貞と不孝を知った文治は、折檻を加え、あばら骨を折って殺す。
 *今松は、文治を犯人にしない脚色をしているので、題の色を替えた。

⑦蟠竜軒兄弟おむらを奪う
 文治の母は絶食して意見をする。大伴蟠竜軒兄弟はいつわって友之助からおむらをうばい、友之助は自殺を計る。

蟠竜軒の小野庄左衛門殺し
 兄の蟠竜軒は小野庄左衛門を連れ出し、お茶の水で殺害する。

文治とおまちの蟠竜軒への切り込み 
 文治はおまちと結婚し、その夜、斬り込んで弟の蟠作おむらを斬る。
 *今松は、弟を登場させず、文治は蟠竜軒を斬った。

 以前書いたように、志ん生の音源は、これだけ多くの物語がある中で、①と④のみを、ラジオで15分づつ五日連続で放送した記録。
 現役の噺家さんでも、①と④しか演じた人はいないはずなので、この噺を通しで演じようとすること自体が、実に挑戦的なのである。
 まくらで今松が、「円朝の噺は、長い・・・無駄に長い」と語っていた言葉は、よく分かる。
 怪談にしても、円朝の噺には、「えっ、そんな話まで盛り込むの!?」という疑問に突き当たることが多い。
 80分で通し一席に仕立てるには、もちろん、割愛すべき話があって当然である。

 さて、今松はどうしたか。
 まず、①を最初に持ってくるのは、自然な流れ。志ん生の音源との違いは、浮名のお浪が文治に殴られた翌日、夫のまかなの国蔵と文治の家に強請に来た際、文治が留守で母親が相手をする場面を丁寧に描いた。
 文治が帰宅して、国蔵を懲らしめ改心の約束をさせるまでの所要時間は約25分。
 次にすぐ④にはいかず、私が期待していた②をしっかり挟んでくれた。後に文治の妻になるおまちとの出会いの場、おまちを妾に欲しいという大伴蟠竜軒の使いの者を退けるまでを約10分で語り、高座に雪を降らせた。
 この場面で嬉しかったのは、おまちの家の一軒挟んだ長屋に、お浪と国蔵が引っ越してきており、引っ越し蕎麦の最初の一杯を文治に食べさせる件を入れてくれたこと。これで、文治も、そしてお浪と国蔵、あわせて聴いている我々も、救われるのである。

 その後、④の亥太郎の登場。亥太郎がどれほどの向こう見ずな男かという逸話を二つ三つ挟む。
 居酒屋での騒動を止めに入った文治との喧嘩沙汰になり文治に痛めつけられた亥太郎が、浅草見附から鉄砲を奪ってお縄にかかり牢に入る。文治は病気の亥太郎の父親を訪ね見舞いとして十両を渡す。二か月後に百叩きを受けてから牢を出た亥太郎が家に戻り、父嫌に文治に仕返しに行くと言うと、父親は文治を殺す前に俺を殺せ、と叱る。亥太郎が改心して豊島屋の酒を持ってお礼に行こうとする場面までを、約17分で演じた。
 よって、ここまでで約52分。結果として、残りが約26分だった。
 次に亥太郎つながりで⑧を語った。亥太郎が、おまちの父小野庄左衛門を蟠竜軒が殺す場面に出くわし、蟠竜軒の煙草入れ(原作では胴乱)をもぎ取った。これが、後で犯人を特定するための重要な証拠となる。

 一人ぼっちになったおまちは、身の振り方を近所の国蔵に相談する。国蔵は文治の子分である森松に相談。二人はなんとかおまちを文治の家の飯炊き、いや女房にお世話しよう、ということになるが、国蔵や森松が言ったところで文治は首を縦には振らないだろうと浪人の藤原喜代之助に頼むことにする。
 この浪人藤原喜代之助は、元は老中松平右京の家臣だったが、品川の女郎おあさに熱を上げて一緒に住み始め、主君から放逐されていた人。
 原作では、舅の面倒をろくに見ない悪女おあさを文治が殴り殺すのだが、今松は、藤原喜代之助が叩っ斬った、と脚色した。
 この脚色は、良かったと思う。

 実は、原作の文治は、円朝の作品で言うなら『名人長二』の長二のような職人としての潔癖さがあるわけでもなく、侠客の元祖とも言うべき幡随院長兵衛ほどの男気や器の大きさのある男とは言えないのだ。
 親の残した財産のおかげで金に困らず、やたら人に大金をばら撒きたがり、その金の力で人をつないでいるような印象が強い。また、女性への暴力をはじめ、その七人力を見境なくふるう乱暴な男と言えないこともない。
 特に、印象が悪いのは、おあさ殺しだ。

 森まゆみさんも『円朝ざんまい』のこの噺の章の最期で、相棒のぽん太との居酒屋での会話として、「ちょっとお金を恵みすぎですよう」とか「あんな簡単に人をぶったり殺しちゃいけない」と言わせているが、私も同感だった。
 だから、おあさを藤原喜代之助に殺させ、その後、おあさの悪行が判明して喜代之助にはお咎めなく、老中の家臣として復帰できるという今松の脚色で、文治も、そして聴いている側も救われるのである。

 今松の脚色の良さは他にもあって、原作では蟠竜軒兄弟が登場し、話をやや複雑にしているのを、兄一人だけにしたことも、なかなか良い工夫だった。
 文治の支援で袋物屋を営むことのできた友之助は、煙草入れが蟠竜軒のものであることを証言する役として登場させた。③、⑤、⑦の、おむらがらみの話は割愛しても、友之助はこの場面では必要。違和感はなかった。

 さて、藤原喜代之助のおかげで老中を味方につけることができた文治、妻となったおまちとと一緒に蟠竜軒の家に乗り込み、同心たちの助っ人も得て見事に義父の仇を討つことができた。
 なんと、文治には、多くの藩から召し抱えたいとの声がかかり、父親がかつて仕えていた堀丹波守のお抱えとなる、という大団円でサゲ。

 原作では大伴蟠竜軒は不在で、仇討ちはできないまま、数人を殺害した罪を自ら名乗り出て小笠原の無人島に七年の島流し。その後に、おまちと仇を討ったと地で語られているのみ。
 円朝は続編を書くつもりだったのだろうが、残念ながら世に出す機会を失い、弟子の円橘が遺稿を元にしたのであろうか、『後の業平文治』として発表した。しかし、この内容も、新潟の海で漂流した船が小笠原に漂着するなど、やや不可解。

 今松の脚色は、複雑でやや難解な原作を、通しで演じるために見事に仕立て直したように思う。

 途中では笑いを取る場面も適度にあり、まったく80分飽きさせることがなかった。
 いろいろと‘救い’のある噺に仕立てたのも後味を良くしていたと思う。出来過ぎ、という指摘もあるかもしれないが、原作に忠実に通しを語っては、文治の侠客としての姿は存在感を持ちにくい。

 多くの物語から、①と④を中核とはしているが、他の物語からも適宜内容と人物を違和感なく挟み、好脚色で仇討ちまでを描き切った今松の高座、文句なく今年のマイベスト十席候補とする。

  
 永井啓夫さんの『三遊亭円朝』によると、明治十二年の本郷の春木座二番目狂言として「業平文治」が上演されたらしい。本名題は『業平文治松達摂』。円朝の作品で初めての芝居上演がこの作品で、円朝は当時『侠客浪島文治郎』として高座にかけていたようだ。
 そこには、「漂流」の文字は、ない。


 終演後も、帰宅の電車の中で、結構興奮していたように思う。

 翌日曜も、いろいろとあって記事を書き終えることができなかった。

 今振り返っても、歴史に残る高座だったという思いは変わらない。

 加えて、開口一番の喬介、小せん、猫八の高座のすべてが良かった。主役を立てながらも、自分の役割はしっかりこなす、という姿勢も感じた。

 あの場にいて良かった、としみじみ思う。


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by kogotokoubei | 2015-09-14 12:22 | 落語会 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛