噺の話

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2015年 06月 08日 ( 1 )


 土曜の楽しみBSジャパン「男はつらいよ」シリーズは、先週6日が第21作、昭和53(1978)年8月5日公開の「 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく」(マドンナは木の実ナナ)だった。
 そして、今週13日が第22作、同じく昭和53(1978)年12月27日公開「男はつらいよ 噂の寅次郎」(マドンナは大原麗子)。
 先週土曜は合宿だったので録画をしておき昨日観た。木の実ナナが紅奈々子という役名で、さくらの幼馴染でSKD(松竹歌劇団)のスター役。ご承知のように、倍賞千恵子がSKD出身である。この作品は、いつもの寅さんシリーズと違ってSKDのレビュー「東京踊り」が主役とも言える。会場の国際劇場は、この映画の4年後1982年に閉鎖され、その跡地に現在の浅草ビューホテルができた。「国際通り」の名は、国際劇場があったからなのだが、由来を知らない人も多いのだろうなぁ。
 もしかすると、国際劇場の閉鎖を知っていて、映像として「東京踊り」を残したい思いで山田洋次が構想したのだろうか。詳しいことは知らないが、そんな気もする。ちなみに、SKDも1996年に解散している。昭和は遠くなりにけりだ。
 また、この作品には、前年昭和52年に「幸福の黄色いハンカチ」で映画デビューした武田鉄矢が、後藤留吉という役で出演。とらやで喧嘩騒ぎを起こして飛び出した寅が訪ねた熊本県田の原温泉で、娘にふられたばかりの留吉を寅が目撃。寅によって真面目な人間として改心する青年留吉、という設定。留吉の母親役杉山とく子が、相変わらず良いねぇ。
 寅からの葉書で宿代を届けに田の原温泉までさくらが訪れると、寅が近所の住人から‘先生’扱いされており、留吉などは、寅が書いた「反省」の字を壁にかけてありがたがっているところが、可笑しい。
 楽しい作品ではあるが、この年の二作の中では、次の第22作、「噂の寅次郎」の方が、映画としては味わいが深いと思う。詳しい筋書きは書かないが、この作品の32歳の大原麗子は、いいよ。室田日出男も好演だ。ちなみに、大原麗子は昭和59(1984)年公開の第34作「真実一路」にも出演している。
BCジャパン・サイト「男はつらいよ 噂の寅次郎」の案内ページ

 第22作、ということは、結果として48作を数えたので、もうじき半分、という回数。
 
 テレビ版を映画化したのが最初だが、テレビの視聴率がそれほど良かったわけではない。10%を越えていたようだが、当時としては驚くような数字ではない。
 映画化につながったのは、最終回で寅がハブに咬まれて死んだことに、多くの視聴者から抗議の手紙などが届いたこと。視聴者の数ではなく、その‘質’というか、番組と寅さんへの思い入れの強さを感じた山田洋次や松竹関係者が「これはいける!」と思い、まず、第一回が封切られ、50万人を超える観客動員があった。
 しかし、大ヒット、という数字ではない。

 ある本からの孫引きになるが、日刊スポーツ新聞社文化部編の「寅さんは生きている」によれば、

 結果は動員数54万人、合格点ぎりぎりという成績だった。シリーズ化の決め手となったのは、この“そこそこの成績”ではなく、大船撮影所に「とらや」(40作目から「くるまや」になる)のセットが残されていたことだった。

 そこそこの動員、そしてセットが残されていたことで、第2作、第3作、そして第4作と製作は続き、そのうち3作目と4作目は、山田洋次は監督ではなかった。動員力にも陰りが見えていた。
 山田洋次は、3作目、4作目について“良い悪いではなく、寅さんのにおいがしない”という思いがあったため、完結篇を作るつもりで、第5作「望郷篇」のメガホンを取る。

 この第5作が、当たった。

 「男はつらいよ」の松竹公式サイトに、各作品の観客動員数が掲載されている。
「男はつらいよ」松竹公式サイト

 この数字を元に、昭和44(1969)年から平成7(1995)年までに公開された「男はつらいよ」全48作の観客動員数をグラフ化してみた。

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 ご覧のように、第5作は70万人を突破した。
 翌昭和46年にも三作が制作され、第8作「寅次郎恋歌」で観客動員数は100万人の大台を超えた。
 昭和47年からは年二作が定着し、吉永小百合が最初にマドンナ役を演じた第9作「柴又慕情」と、八千草薫の第10作「寅次郎夢枕」が公開された。
 先日寅さんのことを書いた拙ブログに、「夢枕」が好き、というhajimeさんのコメントをいただいたが、この作品で、観客動員は初めて200万人を超えた。
2015年5月30日のブログ
 
 公開年とマドンナを含めて、次のような作品が、この後四半世紀にわたって公開されることになった。

第 1作 昭和44(1969)年 男はつらいよ 光本幸子
第 2作 昭和44(1969)年 続・男はつらいよ 佐藤オリエ
第 3作 昭和45(1970)年 フーテンの寅 新珠三千代
第 4作 昭和45(1970)年 新・男はつらいよ  栗原小巻
第 5作 昭和45(1970)年 望郷篇 長山藍子
第 6作 昭和46(1971)年 純情篇 若尾文子
第 7作 昭和46(1971)年 奮闘篇 榊原るみ
第 8作 昭和46(1971)年 寅次郎恋歌 池内淳子
第 9作 昭和47(1972)年 柴又慕情 吉永小百合
第10作 昭和47(1972)年 寅次郎夢枕 八千草薫
第11作 昭和48(1973)年 寅次郎忘れな草 浅丘ルリ子
第12作 昭和48(1973)年 私の寅さん 岸恵子
第13作 昭和49(1974)年 寅次郎恋やつれ 吉永小百合
第14作 昭和49(1974)年 寅次郎子守歌 十朱幸代
第15作 昭和50(1975)年 寅次郎相合い傘 浅丘ルリ子
第16作 昭和50(1975)年 葛飾立志篇 樫山文枝
第17作 昭和51(1976)年 夕焼け小焼け 太地喜和子
第18作 昭和51(1976)年 純情詩集 京マチ子
第19作 昭和52(1977)年 寅次郎と殿様 真野響子
第20作 昭和52(1977)年 寅次郎頑張れ! 藤村志保
第21作 昭和53(1978)年 寅次郎我が道をゆく 木の実ナナ
第22作 昭和53(1978)年 噂の寅次郎 大原麗子
第23作 昭和54(1979)年 翔んでる寅次郎 桃井かおり
第24作 昭和54(1979)年 寅次郎春の夢 香川京子
第25作 昭和55(1980)年 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
第26作 昭和55(1980)年 寅次郎かもめ歌 伊藤蘭
第27作 昭和56(1981)年 浪花の恋の寅次郎 松坂慶子
第28作 昭和56(1981)年 寅次郎紙風船 音無美紀子
第29作 昭和57(1982)年 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ    
第30作 昭和57(1982)年 花も嵐も寅次郎 田中裕子
第31作 昭和58(1983)年 旅と女と寅次郎 都はるみ
第32作 昭和58(1983)年 口笛を吹く寅次郎 竹下景子
第33作 昭和59(1984)年 夜霧にむせぶ寅次郎 中原理恵
第34作 昭和59(1984)年 寅次郎真実一路 大原麗子
第35作 昭和60(1985)年 寅次郎恋愛塾 樋口可南子
第36作 昭和60(1985)年 柴又より愛をこめて 栗原小巻
第37作 昭和61(1986)年 幸福の青い鳥 志穂美悦子
第38作 昭和62(1987)年 知床慕情 竹下景子
第39作 昭和62(1987)年 寅次郎物語 秋吉久美子
第40作 昭和63(1988)年 寅次郎サラダ記念日 三田佳子
第41作 平成元(1989)年 寅次郎心の旅路 竹下景子
第42作 平成元(1989)年 ぼくの伯父さん 後藤久美子
第43作 平成 2(1990)年 寅次郎の休日 後藤久美子
第44作 平成 3(1991)年 寅次郎の告白 後藤久美子
第45作 平成 4(1992)年 寅次郎の青春 後藤久美子
第46作 平成 5(1993)年 寅次郎の縁談 松阪慶子
第47作 平成 6(1994)年 拝啓車寅次郎様 かたせ梨乃
第48作 平成 7(1995)年 寅次郎紅の花 浅丘ルリ子、後藤久美子

 
 寅さんファンの方は、タイトルとマドンナの名前で、映像が浮かび上がってくるのではなかろうか。

 観客動員数が200万人を超えた作品が14作。
 順番にマドンナの名を含め並べてみる。

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 もちろん、動員数が多いこと、すなわち名作とは言えない。
 個人的には、渥美清が年齢を重ねて肉体的な無理もきかなくなったのだろう、失恋する主役が満男に移っていった後半の作品は、後藤久美子の動員力は認めるが、前半の作品とは相当に趣が違ったものと言わざるを得ない。

 浅丘ルリ子の松岡リリーの作品は、どれも好きだなぁ。
 
 私なりのベストテンはあるが、内緒にしておこう(^^)

 渥美清、本名田所康雄が亡くなって、来年で二十年になる。
 テレビであらためて寅さんを観た後で、思うのは、車寅次郎を演じた渥美清、そして渥美清という俳優を演じた田所康雄という人は、どんな人間だったのか、ということ。
 晩年の渥美清は、国民的映画とまで言われるようになった「男はつらいよ」以外の仕事を極力受けず、メディアへの露出も避けていた。
 しかし、浅草フランス座の幕間のコント役者からスタートし、結核による療養を経て、NHK「若い季節」「夢であいましょう」などで茶の間に顔を売って、いくつかの映画、そして舞台に出て、昭和44年に「男はつらいよ」が始まるのだが、‘寅さん’前、‘寅さん’中、‘寅さん’後、とでもいえるような大きな変遷が、あの人の人生にはあったのではなかろうか。

 車寅次郎-渥美清-田所康雄、という一人の男性、そして俳優については、ある本を元に、近いうちに記事を書くつもり。

 今しばらくお待ちのほどを。

 最後に第21作「寅次郎わが道をゆく」で、タコ社長と喧嘩した挙句とらやを出て行く際の、寅さんの科白で、お開き。

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   「夏になったら鳴きながら、
     必ず帰ってくるあのつばくろさえも、
      なにかを境にぱったり帰ってこなくなることも
       あるんだぜえ・・・・・・」

 ‘つばくろ’なんてぇ言葉、寅さん以外で聴いたことないねぇ!



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by kogotokoubei | 2015-06-08 22:09 | 寅さん | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛