噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

2015年 06月 03日 ( 1 )


 三代目桂春蝶が、「特攻」をテーマにした新作落語を演じているらしい。
 毎日の記事から引用する。
毎日新聞の該当記事

桂春蝶、特攻をテーマにした創作落語を口演 父の死が影響
2015年06月02日

 落語家の桂春蝶さん(40)が「明日ある君へ〜知覧特攻物語」という落語を手がけている。鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館を訪れ、この創作落語を思いついたという春蝶さんに、なぜ特攻隊員を落語で取り上げようと思ったのかを聞いた。

 春蝶さんの名を聞いて、阪神ファンでタレント活動も多かった、父親の先代、二代目春蝶さん(1993年に51歳で死去)を覚えている方もいるかもしれない。春蝶さんは保育士を目指していたが、父の死を機に落語家になろうと決め、父と同じ三代目桂春団治さんに入門。2009年、三代目春蝶を襲名。11年からは東京に住み、東西を往復する日々だ。ちなみに先代同様に阪神ファン。

 春蝶さんは上方落語の古典を演じるだけでなく、「落語で伝えたい想い」というシリーズで、特攻隊員に続いて、1890(明治23)年にオスマン帝国の軍艦「エルトゥールル」が和歌山県の潮岬沖で遭難し、地元の人々が救助に当たった事件をもとにした「約束の海〜エルトゥールル号物語」などを手がけてきた。

 「なぜ、こういう話にトライしてきたかというと、知覧もエルトゥールル号も、実は、人の生死をめぐる話なんです。なぜか興味をひかれるんです」

 その理由は、自身の少年期にあるという。高校卒業の直前、父の先代春蝶さんが亡くなった。晩年は体調を崩していたが、関西では人気落語家で、タレントとしても知名度が高かった。

 春蝶さんは振り返る。「今でいううつに近いものが父にあったんでしょうね。酒を飲み、食事も取らず、死にたいと。業界ではゆるやかな自殺ではないかと言われたりしました。それを見て、生きてることって、人生を終えることって、どういうことなのかを考える少年期を送ってしまった」

 その後、落語家として、そして子を持つ親として「生きてることはものすごくありがたいこと。この生命をどうやって使っていったらいいのか、と思うようになった。そこで、落語を通じて表現したいという気持ちが強くなった」という。

 そんな頃、知覧平和会館に行った。「あっ、これを落語にしたら、自分の思いが伝わるのではないかと思ったんです」

 「明日ある君へ〜知覧特攻物語」は、初演から好評を得た。特攻隊員をテーマに春蝶さんが考えた展開は、新しい人情噺(ばなし)へとつながった。だが実は、初演をすると発表した直後から「なんで特攻隊をやるんですか」という批判的な意見も春蝶さんのもとには届いていた。

 「こうしたデリケートな作品を扱う時に、自分の中でちょっとしたルールみたいなものがあるんです。世の中の人は、さまざまな思想をお持ちじゃないですか。僕の条件は、どの人に見ていただいても納得していただけるような作品にしないといけないということ。イデオロギーを伝えたいということは全くない。どちらかといえば、そういう時代は終わらせて、もっと一人一人がそれぞれの思考をしていこうよと思うんです」

 春蝶は、今後、 ハンナ・アーレントをテーマにした落語も作りたいらしい。
 ハンナ・アーレントの名を、噺家さんから聞くなんて・・・なぜか嬉しい。

 三代目春蝶、寅さんなら、
 「おまえさん、さしずめ、インテリだね」と言いそうではないか(^^)

 彼の父は、上の記事でも紹介されているが、大の酒好き、そして虎キチとして知られた二代目春蝶。健康診断でドクターストップがかかっても酒を止めず、ほとんど食事も食べずに飲み続けたと伝わっている。51歳で肝硬変で亡くなっている。

 二代目の持ちネタにも、新作落語はあった。枝雀の実質的には最初の弟子であり、アナウンサーでもあった桂音也が作った『昭和任侠伝』が、二代目の十八番だったが、このネタは三代目も継いでいるらしい。

 さて、三代目春蝶の「特攻」ネタのこと。
 まだ聴いたことのないネタなので、内容について語ることはできない。
 あくまでも、その素材と、上記記事からの印象を元に思うこと。

 「特攻」と言うと、先頃亡くなった俳優の舞台や、NHKの経営委員を務めていた男のゼロ戦を主題にした小説などを、一瞬、思い浮かべる。

 どちらの人も、やや戦争を美化しているむきがあるのは否めないだろう。

 だからと言って、春蝶が特攻を素材にすること自体が、戦争美化とは到底思わない。

 たしかに、人によっていろんな意見はあると思う。
 落語、それも上方落語は、爆笑ネタこそ大事、とする風潮も強い。
 「なんで、特攻隊なんや!?」という批判めいた声は、間違いなくあると思う。

 しかし、「落語家は世情のアラで飯を食い」という言葉の‘世情のアラ’の中に、戦争という“アラ”があっても不思議ではない。マクラやネタに反戦的要素が含まれても良いだろうし、特に今日の政治状況からは、噺家にだって他人ごとにはできない重要なことだと思う。

 マクラで時事的な話題を取り上げ、世情を批判的に語る噺家さんもいる。
 最近聴いた高座では、まず、桂文我。ざま昼席落語会や、かつて国立演芸場での会で聴く文我のマクラは、他の噺家さんと一線を画している。
 時事問題を、真正面から取り上げ、自分の考えを堂々と主張する。もちろん、笑わせながら、である。
 そして、私が最近になって驚いたのが、むかし家今松の座間での高座におけるマクラだ。
 歯に衣着せず、政府を批判する主張を堂々と展開していた。

 反権力的なメッセージを、直球ではなく、笑いに包んで伝えることこそ、落語家の姿なのだと思う。
 
 以前、CSスカイAの「らくごくら」という番組だったと思うが、桂春菜時代の高座を見たことはあるが、印象は悪くない。

 彼の言葉、‘イデオロギーを伝えたいということは全くない。どちらかといえば、そういう時代は終わらせて、もっと一人一人がそれぞれの思考をしていこうよと思う’は、結構大事なことを言っているように思う。

‘イデオロギー’ではなく、あくまでネタとして伝わり、聴く側が笑いながら、戦争のない平和な社会の良さを尊ぶことになるなら、それも、落語という芸能が持つ姿の一面でもあろう。

 また、落語が“生きた”芸能である以上、江戸や明治、大正だけを舞台とするのではなく、平成につながる昭和の特定時期と場所を舞台に設定しても良いはずだ。

 新聞の記事にあるように、現在は東京住まいで、落語会もよく開いているようだ。

 この噺はまだ聴いたことがないので、そのうちぜひ聴きたいものだ。


[PR]
by kogotokoubei | 2015-06-03 21:37 | 落語のネタ | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛