噺の話

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2015年 05月 31日 ( 1 )

 
 昨日は、落語会に行くつもりが野暮用のため行けなかった、と書いた。
 その行けなかった落語会は「花形演芸会」で、お目当ては桂吉坊の『冬の遊び』だった。

 悔しさはあるが、この噺のことは、やはり書いておきたい。

 この噺は、ある本で知った。
 その本のことは、かなり前になるが、記事で書いたことがある。
2008年10月4日のブログ



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『小沢昭一がめぐる寄席の世界』
 
 その本とは、『小沢昭一がめぐる寄席の世界』である。
  
 以前のブログと重複するが、紹介したい。

 この本での落語家との対談のトップは、同じ正岡容門下生の桂米朝師匠。
 米朝師匠が4つ年上。この二人の付き合いは長い。
 対談の中で「スケールの大きな落語とは」というテーマでの会話。

米朝 スケールの大きい落語というのは、どんなもんがあるかなと思って考えたんやけれども、案外ないんでね。「盃の殿様」というのが東京にありますけど、あれなんかは江戸の落語には珍しく、えらい大きな噺やな。・・・・・・・
小沢 いい噺ですね。
米朝 ・・・・・・大きい噺ですよ。長い噺ではないんやけどね。こういうもんは大きいなと思うんですよ。大坂落語でいろいろ考えたら「冬の遊び」というええ噺があってね。

 本書を元に、「冬の遊び」の内容を説明すると、こうである。
(1)なにかの事情で奉行所ににらまれ、夏の真っ盛りに花魁道中をやる
  ことになった。
(2)堂島の米相場町の連中が遊郭のある新町にやって来てお目当ての
  栴檀太夫を呼んでくれと言ったが、道中のさなかなので、と断られる。
(3)堂島の衆、「えっ、道中、聞いたか」「いや俺は知らん」と、事前に
  挨拶がなかったことが面白くない。
(4)堂島衆が帰ろうとすると、仲居のお富があわてて押しとどめ、急いで
  道中に栴檀太夫を探しに行く。
(5)お富が道中の見物客をかき分け「新町の一大事」と叫び、相談の結果、
  役人をお茶屋に連れて行っている隙に栴檀太夫を急病と偽って連れ出した。
(6)新町に戻ってくると、道中で歌舞伎の服装をしていたため、栴檀太夫も
  「船弁慶」の知盛の格好をしているのを堂島衆が見て、みんなで冬の袷を
  着て、襟巻きをして「冬の遊び」をすることになった。
(7)そこへ幇間が「暑いこったんなー」と入ってきた。店の主人に着ぶくれ
  姿にされた幇間が暑さに辛抱できなくなって着ているものを脱いで庭に
  飛び降り、井戸の水を浴び出す。
(8)「冬の遊びなのになにしてんねん」「寒行のまねをしています」・・・
  がサゲ。

 昨日の吉坊が、この筋書きの通りか、何か工夫をしたのかは、聴いていないので分からない007.gif
 
 米朝師匠は、この噺に当時米相場を舞台に勢力のあった堂島衆の影響の強さや、夏真っ盛りに「冬の遊び」に興じる洒落っ気を含め「スケール」が大きいと評しているのだろう。

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『米朝ばなし』(講談社文庫)

 『米朝ばなし』では、「新町」の章で、次のように書かれており、大夫道中の時期が変わったことの、補足となっている。


 大夫の道中、これは大変金がかかるものですが、ふつうは花見どきにやったものらしい。しかし、たびたびのご法度や禁制で、いろいろ変転もあって、お上のご威光で花どきにはやってはならんということになって、これが真夏に変更になった。群衆が雑踏してけが人か死人でも出たんでしょうか。これは幕末のことで、明治になるとまた花どきに戻った。『冬の遊び』という話は、この幕末の真夏のころの九軒あたりが舞台です。


 さて、実際に吉坊の高座をお聴きになった方は、どんなご感想をお持ちだろうか。

 私は、そのうち、誰かのこの噺の高座を聴く思いを捨てないぞ!


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by kogotokoubei | 2015-05-31 20:59 | 落語のネタ | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛