噺の話

kogotokoub.exblog.jp

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2013年 10月 20日 ( 2 )

e0337777_11123420.jpg

むのたけじ(聞き手 黒岩比佐子)『戦争絶滅へ、人間復活へ』

 2008年7月に岩波新書で発行された『戦争絶滅へ 人間復活へ』の副題は「九十三歳、ジャーナリストの発言」である。

 すでに「ジャーナリズム」「ジャーナリスト」という言葉が日本では実質的には“死語”になったと思っているが、この本は、現在もジャーナリズム精神を忘れない骨太の人物への、黒岩比佐子による聞書きの本だ。

 本書から紹介したい部分はいくつもあるが、最初に落語に関連した内容を引用したい。「第一章 ジャーナリストへの道」の最後の部分。

五代目柳家小さんの落語

 当時のことで思い出すのが、落語家の五代目柳家小さんです。彼は私と同じ生年月日、1915(大正4)年1月2日生まれで、2002年に亡くなってしまいましたけどね。
 じつは、私は落語が大好きなんです。なぜかというと、あの「間」の取りかたで、落語は「間」の芸術だと言ってもいいほどです。いまもずっとラジオで落語を聴いているんですよ。でも、下手だと思ったら、すぐにラジオを切ってしまいますが。
 私が五代目小さんの落語にすごく心を惹かれるのは、同じ日生まれだったこともあるけれど、二・二六事件のとき、彼が兵隊に取られて反乱軍のなかにいたからです。あの事件で反乱軍にいた人たちは、良くない兵隊だということで、できるだけ危険で、死亡率の高い戦場へ送り込まれたと言われています。
 彼はその年満州に行かされ、三年後に除隊したものの、1943年12月に赤紙が来て再徴兵されるのです。このとき彼は死を覚悟しますが、運よく生き残ることができて、敗戦の翌年にようやく帰国する。そしてふたたび落語をやれるようになった。
 私は彼の落語を聴くと、あざむかれた者の哀愁を感じるんだな。私から言えば、何かむくれている。でも、むくれたってだめだ、と自分で自分に言っている。笑い話をやりながらも、彼は普通の落語家とは全然違うね。
 あざむかれた世代ゆえのうらみつらみというものがあって、それを自分でなめながら我慢しているような、やる気がないようで、なにか寂寞としたものをもっている。そう感じているのは、私だけかもしれないけれども。


 五代目小さんを評する言葉として、“哀愁”という二字を目にしたのは初めてだ。たしかに、むのたけじさんのように、小さんの背後に戦争のイメージが見える人だけ特有の感慨なのだろう。

 今年の2月26日に、その少し前に放送されたNHKの「ファミリーヒストリー」の内容を含め、五代目小さんと戦争のことを書いた。
2013年2月26日のブログ

 その時に書いた内容を一部再録したい。

 四代目小さんに入門して、三年目、陸軍に入隊してたった一か月後のことである。
 
 占領から二日たった2月28日には食糧が届かなくなり、天皇の命令により鎮圧部隊が派遣された。反乱軍の汚名を着せられ、沈鬱なムードになる中で、上官が小さんに落語をやるように命令した。小さんは『子ほめ』を演じたが、誰も笑わなかった。「面白くないぞッ!」のヤジに、「そりゃそうです。演っているほうだって、ちっとも面白くないんだから。」と答えたと伝えられている。

 小さんの演じた『子ほめ』の中で、もっとも観客が静かだった高座に違いない。

 本書に戻る。聞き手の黒岩比佐子の質問から。

—五代目小さんが、二・二六事件とそういう関係があったとは知りませんでした。

 あるとき、私が東京に出てきて、帰るために上野駅へ向かって歩いていると、偶然、小さんが上野の寄席から帰ってくるのに出会った。向こうは私を知らないはずだけど、「やあっ」と声をかけたら、彼も「やあっ」と言ってくれました。なんとなく同世代だとわかったんでしょうね。彼の落語には独特のムードがありますよ。お客をうわーっと笑わせたりしないで、そこでちょっと自分を抑える。そういう品の良さみたいなものがある。


 五代目小さんの芸に、“哀愁”を感じ“品の良さ”を感じた、むのたけじさん。それは、五代目小さんになる前に小林盛夫という一人の兵士が味わった戦争の体験が小さんの芸にも少なからず影響を与えたということなのだろう。

 噺家の高座には、その人のそれまでの人生のさまざまな経験が何らかのかたちで反映されていると考えると、これからの落語の聴き方も、少し変わってくるような内容だった。

 本書からは他にも紹介したい内容がいくつかあるので後日書くつもりだ。

 むのたけじさんは、98歳の今も健在。しかし、聞き手だった黒岩比佐子は、数冊の優れた著作で注目されていた矢先、三年前に52歳の若さで癌で亡くなった。私は今、むのたけじさんと黒岩比佐子の本を読んでいる。それらの内容もそのうちぜひ紹介したいと思う。
[PR]
by kogotokoubei | 2013-10-20 19:50 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)
今、放送を見たところ。事前に出演者のプロフィールを含めて書いた通り、聴いたことのない人も多く今回は予想ができなかった。
2013年9月20日のブログ

 落語協会のサイトで大賞受賞者を事前には知っていたが、いったい五人がどんな高座をした結果そうなったのかを確認するためにも放送を見た。

次の七名の審査員が五点満点で審査していた。(いつものように敬称略)
東京落語界から金馬、上方からは病後の回復状況を心配していた染丸。繁昌亭支配人の恩田。なぜか赤井英和。堀井憲一郎。神津友好。NHK大阪放送局のチーフプロデューサー藤澤。

出演順に寸評と私の五点満点評価。

立川志の春『ナンシー』
 初めて聴くこの人は、新作。喬太郎の『夜の慣用句』に似た上司と部下の盛り場での会話が中心。しかし、上司一人、部下一人なので空間の広がりに欠けるし、一本調子の語り口に、ほとんど“間”が入らない客を疲れさせる高座。金馬や堀井憲一郎は褒めていたが、社交辞令としか思えなかった。採点は3。

春風亭昇吉『たけのこ』
 喜多八がたまに演るらしいが、私は初めて聴くネタ。侍役は確かに恰好がつくが、自分でその姿に酔っていたような印象。染丸が講評していたが、口調がまだたどたどしくて痛々しかったなぁ。昇吉は昨年の旬を無視した『たがや』よりはネタ選びの工夫を含め良かったが、4どまり。

鈴々舎馬るこ『平林』
 演者によって細工のしやすい噺だが、この人の好きな歌入りでの改作。かつて落語会で聴いた頃からは成長が見える落ち着いた高座だったが、評価は4を越えない。たい平の質問に「これが師匠馬風ゆずりの鈴々舎の芸です」と答えていたが、そうかなぁ。小せんだっている。

露の紫『厩火事』
 聴くのを楽しみにしていた人。“芋蛸南京”ばかり食わせている、と亭主が怒ったので喧嘩になった、というのが噺の発端だった。兄さん(東京落語の隠居役)は「あんな酒飲みなんか、やめとき」と言って唐土(もろこし)の学者と“さる”旦那の例からサゲまでは、ほぼ東京版と同じ。
 非常に結構だった。ネタ選びも良かったと思うし、演じ分け、間の取り方も他の四人から頭一つ抜けていたように思う。誰か一人には最高点5をつける決まりがあるのなら、私は迷わずに5をつける。

月亭太遊『たまげほう』
 初めて聴く。新作だった。古典で言うなら『てれすこ』に似たシュールな筋書き。しかし、あそこまで造語が続くと、聴いていてしんどい。とはいえ、最年少で私は将来性を強く感じた。期待をこめて4とする。


最後に審査員が五点満点で点数をつけ一人づつ公開していた。
-----------------------------------------------------------------
       金馬  染丸  恩田  赤井  堀井  神津  藤澤    計
志の春    4   4   4   4   4   4   4    28
昇吉      5   5   5   4   4   5   4    32
馬るこ     5   4   5   5   5   5   5    34
露の紫    5   5   5   5   5   5   4    34
太遊      4   4   4   5   3   3   4    27
-----------------------------------------------------------------

 馬ること紫が同点となり七人がどちらかの名札を挙げる決選投票。染丸、恩田、赤井は紫、他の四人が馬るこで大賞となった。
 藤澤審査員は、大阪放送局の人なのに出身は東京なのだろうか・・・・・・。それとも逆に地元の上方を押しづらかったのか。いずれにしても彼の審査結果が左右して露の紫は大賞を逃した。私の審査結果では差をつけて大賞は紫だ。私の評価が染丸に近いのが、なぜかうれしい。紫には来年もう一度挑戦してもらいたい。東京の立川こはるに加え上方の露の紫、この二人が女流落語家において私が期待する若手となった。

 今年は予選で敗れたのかもしれないが、来年こそ小辰、一蔵に本選に出場してもらいたい。予選に出ていたら、決して馬るこにひけをとることはないはずなのだがなぁ。
[PR]
by kogotokoubei | 2013-10-20 16:24 | テレビの落語 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛