噺の話

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2013年 09月 26日 ( 1 )

 今年はまだ機会のなかった県民ホール寄席だが、通算300回記念シリーズの中のズバリ300回、第一回の出演者でもあった小三治独演会というメモリアルな落語会。

 当初はチケット争奪戦に勝てそうにないと思っていたのだが、落語仲間のIさんが苦労してチケットを入手してくれたおかげでご縁があった。

こんな構成だった。
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柳家はん治 『鯛』
柳家小三治 『道灌』
(仲入り)
柳家小三治 『付き馬』
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柳家はん治『鯛』 (26分 *18:32~)
 開口一番は前座でも二ツ目でもなく、三番弟子のこの人。ちなみに一番弟子は〆治、二番弟子が喜多八である。
 上手から登場し高座に上がろうとしてから気が付いて、メクリを自分でめくった。なんとも手づくり感のある幕開きである。
 ネタは、お得意の(?)当代文枝作品の一つ。七月の池袋でも聴いたなぁ。それほど多く聴いている人ではないが、『背なで老いてる唐獅子牡丹』、『ぼやき酒屋』とこの噺しか聴いていないなぁ。
 舞台は、生簀のある料理屋。新米の鯛が見事なジャンプで網で掬われるのを阻止した。先輩に言われ、開店以来生き延びている“生簀の主”銀次郎に挨拶に行くと、銀次郎から、いかに掬われずに生き残るかという極意を伝授される。店の人間が見ている時は、店は弱った魚から料理するから、精一杯元気にふるまう。逆にお客さんが見ている時は、いかにも活きが悪いように、腹を見せて背泳ぎ、これが極意。ここで場内爆笑。
 しかし、ついに銀次郎も生簀から掬われて活き造りにされてしまって・・・・・・というネタなのだが、銀次郎が来店するお客様の名前と好みを語るあたりが、妙に可笑しい。
 私は当代文枝のネタは、ご本人よりもこの人の方がニンであると思っている。終演後の居残り会で、M女史が、「はん治は、あれでいいのかしら?」とおっしゃっていたが、私は、あれでいいと思う。とは言いながら、古典もいつか聴いてみたい気はするなぁ。

柳家小三治『道灌』 (29分)
 高座に上がっての第一声は、「太鼓のバチをはん治に渡したのは、お気づきでしたか」。そうか、二人と下座の太田その、三人しかいないのか。300回記念、木戸銭も通常より高めな会と、舞台裏とのギャップを感じないでもないが、私はこういう手作り感は嫌いではない。最近読んだ本(『枝雀らくごの舞台裏』)で、米朝から枝雀へのバチの引き渡しなどの逸話が書いてあったことを思い出した。
 300回記念に関することは、二席とも一切口にしない。これが小三治流なのだろう。独演会を開くこと、そして、その高座の内容でこの落語会への祝いとする、といった了見と察した。
 マクラは太鼓は「ステツクテンテン」のリズムで、「ス」はいわばタメにような一拍であることを解説。そこから、ベートーベンの「運命」を指揮したことがあり、楽譜を読んだら、いきなり「休止符」があって驚いたという逸話も含め八分のマクラは、この人にすると短かったなぁ。
 なんとも贅沢な『道灌』、という印象。隠居と八五郎との会話が中心のネタだが、次のようなやりとりが、絶妙な間も効果的で楽しかった。

 隠居 「それは、歴史画だよ」
 八五郎「・・・轢死画・・・電車にでも敷かれた」
   ・
   ・
 八五郎「なんだい、ごきじょう、ってなぁ」
 隠居 「(道灌公は)お城にお帰りになったな」
 八五郎「・・・・・・越後獅子かい」
 隠居 「どうして」
 八五郎「後ろにひっくり返った」
  
 八五郎が「轢死」という言葉を知っているところが、なんとも可笑しい。
 緩急を自在に使い分け、八五郎の表情も豊か。サゲ前、八五郎が“賤の女(しずのめ)”に扮して「おはずかしゅう」と言う場面などは、なんとも可愛いかったなぁ。前座噺を、いかにも楽しそうに語った高座で、会場は終始笑いに包まれていた。流石である。こんな“贅沢”とも言えるような『道灌』、今年のマイベスト十席候補としたい。

 仲入りで、携帯を確認すると、夕方に仕事で行けないかもしれない、とメールのあったYさんから新たなメールは届いていない。私の隣りの席が空いているのだ。残念ながら居残り会創設(?)メンバー勢揃いとはならないようだ。宮仕えは辛いのぉ~。
 次がトリネタになるが、さて何だろうと考えても想像がつかない。入場の際にいただいた、過去の出演者と全演目の立派なパンフレットを斜めに読むと、『付き馬』と『死神』が複数回演じられていることが目についた。ちなみに昭和55(1980)年1月18日の第一回が、『付き馬』と『芝浜』であった。

柳家小三治 マクラ&『付き馬』 (67分 *~20:58)
 やや間をつくっての登場。「俳句仲間に小沢昭一さんがいて・・・」という言葉から始まった時、少し“ゾクッ”と身震いした。さて、どんな逸話を聞かせてもらえるのか、と期待が高まった。十歳上の小沢昭一の葬式のことを「いいお弔いでした。・・・でもね、生きている時にいいことしなきゃね」と語り、「私なんか、落語の小三治なんて言われたことはない・・・オーディオ評論家とかオートバイとか・・・」と趣味人としての過去の思い出に少しふれて、次第に葬式からお棺のことに話題は移っていく。
 父方の祖父が宮城の人で、その葬式に行ったらしい。土葬で、土を掘って埋めたのが、桶のような座棺。座った姿で棺に納めて土に埋めるもので、縦長の棺に寝かせるのが寝棺(ねかん)、と解説。そこから江戸時代の早桶屋のことになり、その昔の早桶の大きさの種類は「並一」「並二」と言って、いわば今で言うなら「M」と「S」、それより大きいのは「大一番」。その 中でも飛び切り大きいのが「図抜け大一番」と、分かりやすく丁寧すぎる程の解説。もちろん『付き馬』のためのマクラである。その後、小沢昭一のことに話が戻って、小沢昭一が早稲田の落語研究会の創設者であり、彼自身も落語が大好きで、高座にも上がりたかったろうと察して、小三治が主任の末広亭に出演してもらった、という思い出を語った。これは、平成17(2005)年の六月のことで、本にもなっている有名な話。
 「おや、どこまで行くかな・・・・・・」と心配(?)したが、30分ほどのマクラから本編へ。
 まず、最初に登場する廓の若い衆、妓夫太郎(ぎゅうたろう、牛太郎とも書く)の表情が何とも結構。いかにも、かつては客として遊びが過ぎて今の仕事になっただけのことはある。言葉巧みに客をその気にさせて廓の二階に放り込めるだけの勢いがある。そういう設定だから、小三治の筋書きでは、きっかけで妓夫が主導的役割を果たす。
 風邪をひいた叔父さんの代りに仲之町の茶屋に集金にやって来た、と言う男がに、「集金したお金で上がってくださいよ」と誘うのだが、金を返してもらったら遊びになんぞ使わず叔父さんのところにすぐ帰る、と言う。すると、妓夫太郎の方から「あなたが集金をしたお金を見て里心がつくのなら、先に遊んでいただき、明日集金してはいかがですか。必ずいただけるお金なんでしょう」と悪魔のささやきをするのだ。なるほど、こういう展開もあり、だな。他の噺家の場合は、あくまで男のほうが、先に遊んで明日集金して払う、と仕掛ける。
 他にも志ん朝などと違う演出として、翌朝、茶屋に集金に行くと言って妓夫太郎を連れ出した男が、まだ朝早いから時間を潰そうと、食べたり湯に入ったりする場面は地でさっと流して説明し、その後の行動をしっかり描写する。志ん朝は湯に入り、その後で豆腐で一杯やる場面も描くが、小三治の主眼は、その後の場面にあるのだ。

 田町のおばさんから金を借りる、と言っていたのが田原町のおじさんに替わり浅草へ。そろそろ“切れかかっている”妓夫太郎は無口になり、“我が道を行く”男の一方的なしゃべりが続く。

 「花やしきに象がいるけど、パンやりに行こうか・・・(男を振り返って)・・・そう、行かないのぉ」
 浅草寺境内で鳩の豆を売っている婆さんの悪口も可笑しい。「自分のところに鳩が寄ってくると、棒で叩くんだよ、あの婆さん。鳩の豆のおかげで食べてるのに、ひどいことするだろう、ひどいと思わない・・・・・・ひどいと思わないんだ」
 この時に声にならない妓夫太郎の心境は「お前に比べたら婆さんなんて可愛いんもんだ」といったところか。
 次は仲見世めぐりである。たとえば、電車の方向指示器の説明をしてから「そうだ、電車に乗ってどっか行こうか・・・・・・電車、乗らないんだ」
 このあたりで、そろそろ堪忍袋の緒が切れて妓夫は男に噛みつく。それに答えて男が最後の仕上げ(?)にかかるのだ。近くにいる早桶屋のおじさんから金を借りると言って、早桶屋の場面へ。

 男の騙しのテクニックの真骨頂が、早桶屋の主との会話。少し離れたところに妓夫太郎を残し、「おじさ~ん、おじさ~ん」と声をかけ主との会話になる。妓夫太郎の兄が昨夜“腫れの病”で死んだので、“図抜け大一番小判型”の棺桶をつくってくれ、と言って、早桶屋が請け合うと、あの男が心配しているから私がお願いしますと言ったら分かったと言って胸を叩いてくれと頼み、大きな声で「おじさん、つくってくれますか」に対し主が胸を叩く。次は小声で「あの男は急に兄貴が死んで気が動転していて、おかしなことを言うかもしれませんが気にせず、早桶を作って渡してやってくれ」、と、用があると言って逃げる。この男、並大抵の詐欺師ではない。

 次の早桶屋の主と妓夫との会話も、なんとも結構だった。煙草を吸いながら主が発する質問に、妓夫が珍回答を続ける。聞かれた後に、一瞬「えっ?」と質問の意味を推し量る妓夫が、勝手な解釈で応じるのだ。

 早桶屋の主「突然だったのかい」
 妓夫太郎 「・・・えぇ、突然お越しになったんで」
   ・
 早桶屋の主「だいぶ、腫れたんだろうね・・・」
 妓夫太郎 「・・・えぇ、ずいぶん惚れたようです」
   ・
 早桶屋の主「お通夜は、どうだったい・・・」
 妓夫太郎 「・・・それはもう芸者をあげて大盛り上がりで」

 文字で書くとつまらないが、早桶屋の主の煙草をゆっくり吸う仕草や低い声の調子と、妓夫太郎の頓珍漢な返答の落差で、つい笑いが起こる。妓夫太郎の返答の後、早桶屋の主の苦りきった顔が、陰陽をさらに強める。
 無理に笑わせようとしているのではなく、登場人物になりきって丁寧に描くことで自然な笑いが起こる、そんな時間と空間だった。このネタでこれだけ笑ったことはない。どちらかと言うと、暗いネタという印象があったが、ネタへの考えを一変させてくれた高座、もちろん今年のマイベスト十席候補とするのを迷わない。


 ちょっとネタバレ的に書いてしまったが、それだけ書きたいこと満載の高座であったということで、ご容赦のほどを。

 終演後は、リーダーSさん、そしてほぼレギュラーとなってきたIさんとMさんの美女お二人と、Sさんが事前に当たりをつけていた居酒屋で居残りである。
 この日も、Sさんの旨い居酒屋を見つける嗅覚と眼力は流石であった。ビールと剣菱で乾杯し、後半は剣菱の二合徳利が、さて何本空いたのやら。Sさんが仲入りで係の人に尋ねたところ、一門に前座も二ツ目も少なくて、はん治が前座的な仕事をしたらしい。邪推だが、若い者には、この会の前座役の荷が重いので、あえて二人でこなしたのではなかろうか。
 そんなことや他の落語の話題はもちろんのこと、昨今巷をにぎわすニュースや事件など、話題は尽きない。途中で「十一時には帰ろう」と言っていたことは、四人とも会話に夢中ですぐに忘れており、あやうく店で日付変更線を超えそうになってお開き。なんとか終電前には乗り込んで帰宅してからでは、とてもブログなど書けるものではない。

 一夜明けても、あの小三治の、程よい“間”と緩急自在な語り口、そして時折見せるあどけないとも言える表情が、目と耳に焼き付いている。手作り感たっぷりながら、同時代の実力者にしっかり語ってもらうこの伝統ある地域落語会の300回記念、第一回出演者である小三治からの最大のお祝いとなったのが二つの高座と言えるだろう。

 いただいた過去のネタ一覧のパンフレット、いやちょっとした冊子のことも含めると、決して木戸銭は高くなかった。そのネタ一覧には古今亭志ん朝、桂枝雀の名がいくつも並んでいる。生の落語には接していなかった頃だが、横浜には遠くない場所にすでに住んでいた・・・・・・。
 そんなことを思うと、なおさら昨夜の小三治の高座に出会えた喜びも増してくる。
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by kogotokoubei | 2013-09-26 07:32 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛