噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2013年 04月 12日 ( 1 )

 にぎわい座で志ん輔の独演会シリーズが始まるとのことで、何とか初日に駆けつけることができた。会場の入りは七分ほどだろうか。立川流は(談春一門会でさえ)即チケット完売になっていたが・・・・・・。
 まぁ、分かる人だけ来られたということだろう。そんなことを思っていたら、開演直前、隣の席に落語仲間のI女史が来られた。まったくの偶然。分かる人には、分かるのだ。

次のような構成だった。
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(開口一番 古今亭半輔『出来心』)
桂才紫   『黄金の大黒』
古今亭志ん輔『柳田格之進』
(仲入り)
古今亭志ん輔『幾代餅』
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古今亭半輔『出来心』 (19:00-19:10)
 8日のらくだ亭と同じネタだったが、やはり上手くなった。落語家らしい雰囲気も醸しだしてきたし、師匠にもだんだん似てきたようにも思う。こういう若手が成長する姿を見ていけるのも落語の楽しみである。

桂才紫『黄金の大黒』 (19:11-19:30)
 チラシの写真は十年前のもので、今はこんな感じです、で笑いをとる。来春の真打昇進を機に、三代目桂やまとを襲名すると報告。ほう、そうなんだ。
 この人を聴くのは昨年の文菊、志ん陽の浅草での真打昇進披露興行の席以来だが、その時に感じたように、明るく丁寧な高座に好感を持てる。大家にお祝いの口上を言う際に舌が突っ張らかった金ちゃんの「うかたがたがまわりますれば・・・・・・」が何とも可笑しかった。メリハリの効いた語り口も結構。才賀の弟子ということも、なぜかうれしい。古今亭一門として志ん輔も「たまごの会」などで目をかけてやっているのがブログでもうかがえる。昇進をバネにますますの成長を期待したい。

古今亭志ん輔『柳田格之進』 (19:31-20:22)
 マクラで、どうしても嫌いなネタが三つあり、その一つとのこと。残る二つは、私も8日月曜の人形町らくだ亭で聴き、ブログにも好きではないと書いた『お若伊之助』と『黄金餅』らしい。どれも、古今亭ならではの噺だが、お若嫌いは同感なのだが、残る二つ、私は嫌いではない。志ん輔は、とことん善人ばかり登場したり、とんでもない悪党が主役のネタへの抵抗があるのかなぁ。CDに小さな手拭いのおまけ付きで販売するとの案内もあった。「手ぬぐいなの」という名前も楽しい。
 さて、その格之進である。結論から言うと、50分の長講は、まったく飽きることもダレルこともない素晴らしい高座だった。講談を元にした噺だが、良質の芝居を見たような心地よさがあった。
 登場人物、まず主役の格之進。彦根の城主井伊氏の家来で、その真っ正直さが疎まれて浪人の身となった男。文武両道に優れているが、あまりに正直で潔癖すぎるため、いわば今の世なら“KY”的な人物なのだろう。だから友達が少なく、敵が多い。そんなところが、周囲の反感を買ったのだろう。
 そして、格之進の一人娘、おきぬ。早くに母をなくし、父の手ひとつで育てられた根っからの武士の娘。
 碁会所で格之進と知り合い、その潔癖な性格に惚れ込んで家に呼んで碁を楽しむ仲となったのが、質屋、万屋源兵衛。その万屋の番頭の徳兵衛が、この噺の筋書きで重要な役割を果たす。
 まぁ、この四名が主にこの噺を構成するのだが、詳細な筋書きは割愛するが、私が感心した場面をいくつか紹介したい。まず、徳兵衛から、身に覚えのない五十両の盗みの疑惑をかけられ、奉行所に訴えると言われた格之進が、切腹を覚悟し、おきぬに叔母の家に手紙を届け、久し振りだから泊まってきなさい、と言った後のシーン。父の切腹の覚悟を察して、「父上は、お腹を召されてはなりませぬ。その五十両、私が廓に身を売ってつくります。だから、父上は生きて嫌疑を晴らしてください。おきぬは・・・武士の娘です」と言う場面が、頗る結構だった。健気な娘おきぬ、その言葉から武士としての有り様を教わった格之進の複雑な沈黙。場内も一瞬静まりかえった、何とも言えない時間と空間を共有できた“間(ま)”だった。
 さて、五十両紛失事件のあった八月十五夜から時間は経過。大晦日の煤掃きとなり、源兵衛と格之進が碁の対局でいつも使っていた部屋の額縁の裏から、小僧が五十両を発見。源兵衛は番頭以下店の者に、あの事件の後に長屋から姿を消した格之進を探させるが、なかなか見つからない。正月が明けた四日、年賀の挨拶の途中で湯島天神にさしかかった徳兵衛が、降り始めた雪の中でふとすれ違ったのが、豪華な煤竹羅紗の合羽を羽織った立派な身なりの侍。何と藩の江戸留守居役として返り咲いた格之進であった。

 この場面では、いつも広重「東都三十六景」の湯島天神の浮世絵を思い浮かべる。
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 格之進が、すれ違いざまに徳兵衛に気づき、
「失礼だが、万屋のご支配徳兵衛殿ではござらぬか」
「おっしゃる通り、万屋の徳兵衛でございますが、どちらのお侍さんでございましょうか」
「柳田格之進だ」
 で、徳兵衛の顔が青ざめる場面も結構だった。このすぐ後に、一緒にいた棟梁が徳兵衛に向かって「ありゃぁりゃりゃ・・・じぇじぇ」とクスグリを入れて笑いの場面に転じさせたが、このあたりの明暗、メリハリ、そして光景を思い浮かべさせる技量などは、非常に高度な技術に裏打ちされている。
 湯島天神境内の居酒屋で、徳兵衛から五十両が見つかったと聞いた格之進、徳兵衛に「明日の昼過ぎにうかがう。湯にでも入って、(見つかったら差し出すと言っていた)首のまわりを清めておけ」と言い放つ。さて、翌日、主の源兵衛は、品川に使いに行けと徳兵衛を外出させて格之進を迎えた。格之進には「あの時に柳田様の家に行かせたのは私が命じたこと。番頭徳兵衛は主に言われたことに従ったまで。どうか徳兵衛を助けていただき、その代りに私の首を討ってください」と言うのを聞いて隠れていた徳兵衛が慌てて部屋に入り、「とんでもない、旦那様は柳田様はそんなことをする人ではない、と止めるのを聞かず、私が勝手にやったこと。どうか私をお切りください」と頭を下げる。もちろん、格之進は二人を斬ることはなく、碁盤を真っ二つ。
「なる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが勘忍・・・・・・柳田勘忍袋の一席」でサゲた。
 師匠の志ん朝や、先代の円楽などは、おきぬと徳兵衛が夫婦になるというハッピーエンドにしていた。講談の元になった実話も夫婦になる話らしいのだが、私は志ん輔のサゲは結構だと思う。どうしたって、廓に身を売るきっかけをつくった徳兵衛とおきぬでは、うまくいきようがないだろう。
 
 もちろん、今年のマイベスト十席候補。相当高いレベルでのノミネートである。
 
 素晴らしい余韻を残してお仲入り。私は隣りの席からIさんが「この一席だけでも価値あるね」という言葉に強く頷いた。二人でCDを買いにロビーへ。『妾馬』と『稽古屋』二席のCDに、この日の高座で使っていたものと同じような茶の格子柄のミニ手拭い付き。これは得した気分。

古今亭志ん輔『幾代餅』 (20:34-21:10)
 仲入り後のマクラで、次回8月9日のネタ出しをしてくれた。過去のにぎわい座でのネタ帳を見て、かけていない噺として『唐茄子屋政談』にしたとのこと。他のネタはお楽しみ。「チケットは7月1日から販売のようですが、いいじゃないですかねぇ、もう販売しても」には納得。そうだよ、売ってくれれば、つい買うよ^^
 さて、そういったご案内の後で本編へ。この噺は、一昨年の国立での三夜で聴いて、その年のマイベスト十席にも選んだ高座以来。2011年11月15日のブログ
 あの時にも感じたが、師匠の芸を追いかけるという、ある意味重い肩の荷を下ろし、自分なりの古今亭の十八番を作りつつある、と感じる。独自の演出として効いていたのは、藪井竹庵だ。搗米屋の親方である六衛門が、清蔵が一年働いて貯めた十三両と二分で吉原へ行くなら、一晩で使わずに細かいところをちょちょこと遊んだほうがいい、と勧める。対照的に竹庵は、清蔵が幾代の錦絵を見て一目ぼれし、他は相手にせず幾代一筋の思いを告げる場面で、「そういうのが遊びの真骨頂。細かいところをちょこちょこツマミ食いするのは、愚の骨頂」と褒める。
 清蔵と幾代との逢瀬もあっさりと流して、全篇心地よい笑いを伴いながらサゲまで淀みなく通した。一席目の熱演長講の後だが、まったく手抜きもなければ、乱れもない。実に結構な高座だったが、どうしてもこの二席なら、柳田の印象が強すぎるなぁ。


 終演後、I女史に挨拶し、しばらく外の喫煙所で余韻に浸っていた。それでも十分にその日のうちに帰宅できたのだが、酒を呑みつつ高座を思い出しながら、会場でもらったチラシを見ていたら、10月6日、7日、8日が今年の国立での「志ん輔 三夜」で、各三席づつネタ出しされている中に、初日『柳田格之進』、二日目『お若伊之助』、千秋楽に『黄金餅』が入っているじゃないか。おいおい、嫌いなネタだろ、と思ったが、考え直してみた。それぞれ古今亭十八番の重要なネタと十分認識しているのだが、なかなか難しい、という意味で“嫌い”という表現をしたのかなぁ。あるいは、正直なところ“好き”とは言えないが、代々継承されてきたから演じないわけにはいかない、でも難しい、というような複雑な心境なのかもしれない。そんなことを思い呑んでいるうちに、ついブログを書く時には日付変更線を越えていた。

 とにかく、この日の柳田は、とんでもない高座だったような、そんな気がする。国立の三夜の初日は日曜なので、残念ながらあらためて聴くことはできないが、そてもまた良し。しばらくの間は、この噺を聴かなくてもよいような、そんな濃厚な一席だった。
 志ん輔、六代目志ん生を襲名しろ、と心の中で叫んでいたのは、あれは夢の中だったかもしれない。私は、同じ六代目でも上方の方の襲名には喜べなかったが、こっちの襲名は大賛成である。そして、その資格は十分ある、と感じさせた高座であったと思う。
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by kogotokoubei | 2013-04-12 00:47 | 落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛